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黒澤明監督『椿三十郎』(1962年、東宝=黒澤プロ) その4

いま、この記事をアップロードしようとして、ニュース・フィードを見ました。

タバコ盗難の被害が急増 「値上がりする前に…」

落語「千両みかん」的に計算すると、値上がりする前に盗むより、値上がりしたあとで盗むほうが価値が高くなります。「値上がりする前に」盗むのはまったく論理的ではありません。

そもそも、どうせ盗むのなら、金を盗んだほうがいいでしょう。単位重量およびサイズあたりの価値は煙草より紙幣のほうがずっと高く、煙草泥棒諸君は知らなかったのかもしれませんが、紙幣貨幣は煙草と交換できます。その意味ではパチンコ玉も同じですが、こちらは単位重量あたりの価値が低いのは三歳児にもわかります。

まったく、泥棒ですら盗むべきものがわからなくなるようでは世も末の末、情けないったらありません。白痴が増殖しているのでしょう。

最近、「しんせい」だの「わかば」だのが自動販売機に復活しているようですが、値上げ後は「ゴールデンバット」を自動販売機におくようにしたらどうですか。そうじゃなければ、20本入りをやめて、10本入りにする、ですね。

昔、そういう商売があったと聞きますが、どなたか、煙草のばら売りというのをおやりになってみては如何? 20本入り400円をばらして、1本20円ではもうからないから、25円ぐらいで売るわけです。煙草会社は認めないでしょうが、蛇の道は蛇、裏でこっそりなんて、たかが煙草でスリルが楽しめるようになっていいんじゃないでしょうか。

煙草は吸わないから、なんていっていると、いろんなものが増税されますぜ。こんどは「値上がりする前に」ビールを盗むとかいう、別種の低脳泥棒があらわれるかもしれません。

◆ 「まあ、きれい!」 ◆◆
行きがかりなので、『椿三十郎』のストーリーをもうすこし追います。

大目付一派に拉致された城代家老を奪回したい、それにはどこに囚われているのかを知る必要がある、という大前提があって、三船用心棒と九人の若侍はそのために動きまわり、トラブルに巻き込まれています。

どうやら、彼らがアジトにしている平田昭彦の家の隣、通称「椿屋敷」に城代家老は監禁されているようだということがわかって、彼らはさっそくたすきがけなどして、乗り込んでいくつもりになります。

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城代家老の奥方と娘が庭で隣から流れてきた椿の花を見て、「まあ、きれい!」などと喜んだとたん、その流れに紙切れが沈んでいるのを見つける。これが若侍たちの血判状で、前日、城代が加山雄三から受け取って引きちぎり、袂に入れたものだった。城代は隣に監禁されていて、この血判状を見られないように、隙を見て流れに捨てたのだと彼らは結論づける。

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もちろん、三船用心棒は、おまえらの馬鹿にはほとほと愛想が尽きる、向こうは待ちかまえているんだぞ、と嗤います。平田昭彦が隣家との境までいって、塀の上からのぞくと、ちょっとした軍勢が警備していることがわかります。

「こうなると、敵がこちらを買いかぶっているだけに始末が悪い」と加山雄三がつぶやくと、三船浪人は「それだ!」と叫びます。うじゃうじゃ人数が集まっているのを見たと注進してやろう、そうすれば奴らは軍勢をくりだし、邸の警備は手薄になる、というのです。

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三船用心棒が乗り込んで、警護の兵が出払って大丈夫と判断したら合図をする、ということになり、合図は、そうだな、邸に火をつける、というと、また城代の奥方に「いけませんよ、そんな乱暴な」と叱られます。

娘が、隣からこちらの庭に通じている流れに、お隣の椿の花を投げ込めばいいじゃないですか、といい、三船用心棒は、わかったわかった、そうすると、辟易しながらいいます。

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合図には椿の花を使うのがいい、という話から、奥方と娘は、椿の花はどちらが好きか、わたしは赤がいいと思う、いえ、やっぱり白いほうがきれいですよ、などと、いかにも女らしく、当面の問題から遊離した話になっていき、三船用心棒はうんざりしてしまう。

三船用心棒は、どこか離れた場所の寺はないか、と若侍たちにきき、光明寺がいい、というので、そこの山門の二階で寝ていて見たということにしよう、といって出かけます。

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◆ お呼びでない? お呼びである? ◆◆
三船用心棒が出かけた直後に、こんどは断りなしに、いきなり押し入れが開き、小林桂樹が飛び出してきます。

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「光明寺の山門はただの藁屋根の門です! 二階なんかありません。山門の上で寝ていたなんて話はすぐ底が割れますよ」

なんてんで、すっかり若侍の一味徒党の気分になっているのですが、本人も、周囲も、そんなことは意識していないところが愉快なシーンです。

ともあれ、とりあえずどうにもできないので、敵もそこに気づかないほうに賭け、見張りを送り出します。しばらくすると、その物見が戻って、目論見通り、大人数が隣の邸から出て行ったと報告します。

ここで全員が手を取り合って飛び跳ね、大喜びするのですが、この仲間に小林桂樹も加わって、万歳、万歳とやってしまうのです。

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ふっと騒ぎが収まったとき、「シャボン玉ホリデー」の植木等の「お呼びでない」ギャグとまったく同じように、こりゃまたどうも、という感じで、小林桂樹は自分で押し入れに帰っていきます。

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黒澤明は「シャボン玉ホリデー」を見ていたか? わたしは見ていたのではないかと思います。黒澤映画にはコメディアンがたくさん出演しているわけで(古くはエノケン、横尾泥海男、並木一路、内海突破、渡辺篤、伴淳三郎、三波伸介、後年になると植木等その人、いかりや長介、所ジョージなどなど)、監督自身、あの世界に関するある程度の知識がなければ、長年のキャスティングの傾向がああなったとは思えません。他人の推薦だけを頼りにして、こういうキャスティングのリストができるとは思えないのです。

したがって、この小林桂樹の最後のシーンも、「お呼び」ギャグを意識していた可能性ゼロとはしません。もっとも、「シャボン玉ホリデー」の放送開始は1961年で、『椿三十郎』製作の時点で、もうあのギャグが誕生していたかどうか定かではありませんが。

◆ 小さいけれど重要な役 ◆◆
小林桂樹が登場するのは、城代家老の邸の廊下(襲撃、救出シーン、台詞なし、殺陣あり)、同じく邸のまぐさ小屋(拷問のあとの奥方との対面シーン)、そして、押し入れから出てくるのが3回、最後はひとつながりのものを、シーンを割って撮っているので、計6シーン。たったこれだけにすぎません。しかし、これがあるとないでは大違いです。

三船敏郎も、さすがにギャグの受けはうまいものですが、その面であまり能動的、積極的にに動くわけにはいかず、動くのは入江たか子と小林桂樹です。『椿三十郎』が『用心棒』より決定的にすぐれているのは、ユーモアです。順序を逆にして見ると、『用心棒』はひどく暗く、陰惨な映画に感じられます。

わたしは明朗な映画のほうが好きなので、このシリーズの二篇で比較するなら、『椿三十郎』のほうが数段いい映画だと思っています。そして、そう感じる理由の大きな部分は、小林桂樹、入江たか子の演技と、さらにいえば三船敏郎の受けの演技(よけいなことだが、クリント・イーストウッドもギャグの受けはすごくうまい)です。

オリジナルの『日日平安』の段階とは、大きく構想が変わったのに、当初、主役に予定していた小林桂樹を小さな役に縮小しながらも残した黒澤明も、そのオファーを受け入れた小林桂樹も、最終的にはその判断が正しかったことを証明したと思います。

◆ 黒澤明唯一の成功したコメディー ◆◆
以上で小林桂樹追悼として『椿三十郎』を取り上げた目的は果たしたので、これ以上、プロットを深追いはしません。もちろん、万事めでたしになるタイプの映画です。

ラストの有名な殺陣は、有名だから書くまでもないでしょう。当時は評判になったシーンですし、わたしも初見のときはビックリしましたが、あれは一度見ればいいショットで、この映画の価値を左右するほど重要なものではありません。また、人を斬ったときの効果音も、大々的に使われたのは『椿三十郎』が嚆矢のようですが、そういう歴史的価値というのは、後年楽しむ場合には大きな意味はもちません。

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初見のとき、「椿屋敷」の椿の咲き方がタダゴトではなく、つくったな、と思いましたが、実体は想像を絶する作り方で、日本でああいうことをするのは黒澤明だけでしょう。15000の花を作ったそうです。葉も、椿の葉は曲がっていて萎れたように見えるので、榊で代用したのだとか。榊は椿より色が薄いので、全部塗ったという話です。いやはや。

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シナリオのつくりがていねいで、小さなつなぎ目をきちんとつくってあるのがなによりも気持がいいですし、黒澤明のタイムは抜群で、小津安二郎と双璧を成す「ドラマーにもみまごう映画作家」であると納得のいく仕上がりです。

ただし、黒澤明は、これほど楽しく、気分の明るくなる映画はほかにつくっていないと思いますし、いいドラマーのプレイを聴いているようなグッド・フィーリンがある映画も、ほかにはないようです。

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黒澤明は、『椿三十郎』できわめてすぐれたコメディーのタイミングをもっていることを証明したのに、なぜほかにこういう映画がないのか、不思議きわまりありません。やはり野村芳太郎のいうように、橋本忍と出会わなければ、もっとべつの映画人生があったのかもしれない、と思ってしまうのでした。

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椿三十郎<普及版> [DVD]
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日日平安 (新潮文庫)
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映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇
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by songsf4s | 2010-09-27 23:57 | 映画
黒澤明監督『椿三十郎』(1962年、東宝=黒澤プロ) その3

リンクをまちがえてしまったBuddy Emmons "Bluemmons"も、Paul Smith "Blue Moon"も、ともにアクセスが多く、ホッとしました。

有名なアーティストはほうっておいても大丈夫なのです。でも、このバディー・エモンズやポール・スミスのように、どなたでもご存知というわけではないプレイヤーの場合、紹介のときに噛んじゃったりすると具合の悪いことになるので、しまった、と後悔していましたが、事なきを得たようです。

◆ トリッキーな展開 ◆◆
今日は『椿三十郎』を完了したいと思うのですが、どうなりますやら。

ピンチはチャンス、チャンスはピンチなのかもしれませんが、三船用心棒が仲代達矢に仕事を世話してもらいに行ったあとのくだりが、この映画のシナリオ面での剣が峰です。

「『椿三十郎』その2」で書いたように、三船用心棒が出かけたあとで、残された若侍が、三船支持派と懐疑派に分かれて対立し、結局、双方から二人ずつ出して、容子を探ることになります。

三船敏郎のほうは仲代達矢と連れだって、悪党の首魁・清水将夫大目付のところに向かって出発します。どうせ仲代達矢が気づくにちがいないという判断なのでしょう、三船敏郎のほうから「つけてくるのがいるな」といい、角を曲がったところで、加山雄三、土屋嘉男、田中邦衛、太刀川寛の若侍四人組を気絶させて捕らえます。

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この種のアクション映画で重要なことは、主人公以下、観客が感情移入する対象を危地に放り込み、そこからどうやって脱出させるかで工夫を凝らすことです。

三船浪人は、四人の若侍をとりあえず斬らずに生け捕りにすることに成功しましたが、問題は、彼らをどうやって逃がすかです。こいつらを大目付への手みやげにしようということになりますが、その邸まで連れて行く方法が問題になり、敵に奪い返されないように護衛の手勢を呼んでこようと、使いの人間を三人やることになります。

その三人が出発した直後に、三船敏郎が、いや、三人でも危ない、俺もついて行く、と仲代達矢に断って駈けだします。シナリオ・ライター陣が脳髄を振り絞ったトリッキーなシークェンスのはじまりです。

ほんの一丁も行かないうちに、三十郎は三人の使者に追いつき、「俺もいっしょに行く」といって安心させて歩きはじめ、抜刀するや、瞬く間に三人を斃してしまいます。二太刀浴びせたのはひとりだけ、あとは一刀でおしまい。

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いまなら細かくカットを割るでしょうが、昔の映画ではありますし、三船敏郎だから、1カットで見せます。1カットなのに、あるいは1カットだからなのか、ダイナミズム、スピード感のあるすばらしいシーンです。

邸に駈け戻ると、「いけねえ、もう三人ともやられていた」と、敵の一派の待ち伏せにあったように仲代達矢に報告します。結局、仲代達矢がひとりで手勢を呼びに出かけ、わずかな侍、足軽とともに、三船浪人はその場に残ります。

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◆ 大殺陣 ◆◆
仲代達矢が出かけるや、三船敏郎は若侍たちを縛った縄を切りはじめ、見張りの侍に「なにをするのか」といわれると、「わからねえのか、こいつらを助けるのよ」といって、斬り合いがはじまります。

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正確かどうか自信がありませんが、時間にして約40秒間、4カットのあいだに、用心棒は二十三人を切り捨てるという、大殺戮をやってのけます。もちろん、こんなに斬れる日本刀は存在しませんが(数人斬れば、刃こぼれでささらのようになるか、曲がるか、折れるかするそうな)、三船敏郎の動きがすばらしく、ただただ見入ってしまうシークェンスです。

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アドレナリンが体を駆けめぐっているのがよくわかる息づかいと表情で、三船敏郎は、呆然と惨状を見つめる四人の若侍のところに行くと(こういう三船敏郎の動きを追うときのキャメラ・ワークはどれもお見事)、「おまえらのおかげで、とんだ殺生をしたぜ」と吐き捨てると、ものすごいビンタを食らわせます。

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インタヴューで田中邦衛が、三船さんの腕力を思い知りました、といっているくらいで、ここはよくある「見切り」ではなく、ほんとうに全員を殴り飛ばしています。

田中邦衛がものすごい一打を喰らうところは、キャメラがきっちり捉えていますし、加山雄三もちゃんと殴られているのがわかります。可哀想なのは、キャメラが振られて追いつかなかった土屋嘉男と太刀川寛です。

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たぶん、キツい一打を喰らったはずですが、キャメラはその瞬間を捉えていません。まあ、いまのはNG、なんてんで、もう一度殴られるよりは、一発の殴られ損ですんでよかったというべきでしょうが!

三船敏郎とはどういう俳優だったかというなら、この三人斬殺から、二十三人殺戮、そして四人殴打を、すばらしいダイナミズム、力感、スピード感をもって、みごとにやってのけた俳優である、といえばいいでしょう。すごいの一言。

◆ 文字と映像 ◆◆
シナリオとしては、ここはトリッキーなアイディアの連続で、薄氷を踏むクリティカル・パスです。三船浪人が瞬時に思いついたトリックは、ライター陣が何時間も、何日も知恵を絞った結果でしょう。いいアイディアではありますが、演出がタコだと、ガタガタになってしまう、危険なギャンブルです。

もっともきびしいのは、三人を殺されたあと、仲代達矢がひとりで出かけるところで、これは落ち着いて考えると合理的ではありません。

さらに、三船用心棒は四人を救出したあと、逃げずに、四人に縛らせ、自分も被害者のように装いますが、これも、ボンクラならともかく、仲代達矢なら、三船敏郎一人が生き残ったことをもっと疑ったところでしょう(自分は中立の部外者だといって抵抗しなかったと説明する)。

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このへんで、あれ、と鼻白まずにすむのは、ひとえに三船敏郎の力強さのおかげです。あのすさまじい瞬間的な殺戮の余韻から、観客はまだ立ち直っていないのです!

理想をいえば、どこから見ても隙のない処理で窮地を脱するほうがいいのかもしれませんが、このように、やや強引なのだけれど、映画的な処理のうまさと、大スターの迫力と、すばらしいアクションをたっぷり詰め込んで、クリティカル・パスを正面突破するのも、いかにも映画らしくて好ましいと思います。

柴田錬三郎が、たしか『七人の侍』について、あの程度のストーリーではダメだ、ということを書いていました。その通りです。小説だったら、あれは凡作です。チャンバラ小説の大家としては、あれですめば楽なものだと腹が立ったことでしょう。

しかし、『七人の侍』は小説ではありません。早坂文雄の音楽がつき、三船敏郎、志村喬、宮口精二といった俳優たちが、そして馬が、じっさいに体の動きで表現したものを、黒澤明と中井朝一がフィルムに定着したものです。

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アジトに戻った三船用心棒が、山賊の親方よろしく碁盤に坐って酒をやりながら、説教をするのが可笑しい。前列には現場にいた四人が並ぶ。左から土屋嘉男、加山雄三、田中邦衛、太刀川寛。後列左から平田昭彦、江原達治、松井鍵三、久保明、波里達彦。

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映画というのは、たんなるストーリーでもないし、文章表現とはまったく異なる性質も持っています。『椿三十郎』の若侍救出シークェンスは、小説としては成立しないかもしれませんが(小説を読むとき、われわれは映画を見るときよりずっと冷めている)、三船敏郎が縦横に走りまわるので、観客はこの俳優のパワーに気圧されてしまうのです。

完了どころか、小林桂樹の最後のショットにもたどり着けませんでしたが、『椿三十郎』でもっとも濃密なシークェンスを細かく見たので、すっかり疲れてしまいました。次回は断じて完結することにして、今日はここまでで切り上げさせていただきます。


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映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇
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by songsf4s | 2010-09-26 23:57 | 映画
黒澤明監督『椿三十郎』(1962年、東宝=黒澤プロ) その2

前回の枕で、バディー・エモンズというペダル・スティール・プレイヤーのBluemmonsという曲をサンプルにしたのですが、さきほどbox.netを見たら、アクセス0でした。

やっぱりペダル・スティールはダメか、どカントリーじゃなくて、4ビートですごく面白い曲なのだが、と思ってから、いままで、一日たってもアクセス0だったものは、すべてリンクの間違いだったことを思いだし、確認しました。空リンクではないのですが、OSTフォルダー全体に対するリンクになっていて、目的の曲にはたどり着けませんでした。平伏陳謝。

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すぐに修正したので、昨日、お試しになって聴けなかったという方は、以下のリンクをご利用になってみてください。なんとも表現しようのない、ジャンルに収まらない不思議なサウンドで、久しぶりに発見の興奮を味わいました。

サンプル Buddy Emmons "Bluemmons"

おっと。いま、もっとひどい間違いに気づきました。Blue Moonの5回目では、ポール・スミスのBlue Moonをアップしたはずなのに、box.netのファイルはBlue Roomとなっていて、おいおい、またファイル名をまちがえたか、と思ったら、そんな段ではなく、あらぬ曲をアップしていました。すでに多くの方がまちがった曲をお聴きになったようで、どうも失礼いたしました。平伏。いまアップし直しましたので、まだご興味がおありなら、こちらをどうぞ。これもすばらしい出来なのに、ファイルをまちがえては話がわやです。

サンプル Paul Smith "Blue Moon"

いやはや、いろいろな間違いをするものです。冷汗三斗でした。

◆ 耳から指突っ込んで奥歯ガタガタいわしたるで ◆◆
半分は偶然、半分はわたしの嗜好の偏りのしからしむる必然ですが、『椿三十郎』のスコアもまた佐藤勝によるものです。そもそも佐藤勝が多作だから当たりやすいのですが、それにしても、このところ、しじゅう佐藤勝作品です。

しかし、『椿三十郎』のフルスコアはもっていなくて、あわててわが友「三河の師匠」に救援を仰ぎ、無事、アウトテイクまで聴くことができました。三河の侍大将の支えがないと立ちゆかないブログなのです。

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だれでもすぐにわかることですが、『椿三十郎』のスコアの特徴は、パーカッションの多用と、同じことの裏返しですが、メロディーとハーモニーの不在、といってはいいすぎ、「微少さ」といっておきましょう。

いや、「パーカッションの多用」だけでは、やはり佐藤勝が書いた『用心棒』のスコアと同じになってしまいます。『用心棒』と『椿三十郎』のスコアのあいだには、厳としたちがいがあります。キハーダ(quijada)の有無です。

サウンドと奏法のわかりやすいものというと、これしか見つけられなかったのですが、よろしかったら、メキシコのキハーダという打楽器をご覧ください。全部見ることはありません。冒頭の2、3小節で十分です。



この楽器は、牛や馬などの頭部をよく干し、骨と歯だけを残してつくるのだそうです。ま、早い話が、楽器というより、馬のシャレコウベ。考えてみると、あまりプレイしたくなるような代物でもありません!

キーポイントは歯肉を落とすことで、その結果、骨と歯のあいだに隙間ができ、叩くと両者がふれあうカラカラという音が生じます。このクリップでわかることは、ヘラのようなものでこすってギロのような音を出すのと、拳で叩いてrattling、つまりカラカラという音を出す、二種類の奏法があるということです。

つぎは『椿三十郎』の冒頭、東宝ロゴからタイトルにかけて流れるトラックです。

サンプル 佐藤勝「タイトル・バック」(『椿三十郎』より)

以上、キハーダがフィーチャーされていることがおわかりでしょう。

◆ デファクト・スタンダードの創造 ◆◆
歌舞伎の鳴物に、拍子木で板を強く叩く派手な効果音がありますが、あれに似た、この椿三十郎の「タイトル・バック」のような、キハーダの時代劇スコアへの応用というのはクリシェだと思っていました(さらにいえば、イタロ・ウェスタンにまで利用された)。

Titoli (『荒野の用心棒』挿入曲。多くの人が勘違いしているが、この曲はテーマではない。テーマは別にある。鞭の効果音はキハーダではないのかもしれないが、受ける印象は同じなので、佐藤勝に影響を受けた可能性はあると考える)


しかし、佐藤勝ですからね。しかも、黒澤映画のスコアです。クリシェを提出する状況でもなければ、クリシェにOKを出す監督でもありません。

わたしには日本映画音楽史の知識などありませんが、状況から想定できることは、佐藤勝はキハーダを歌舞伎の鳴物的に時代劇に利用する手法を『椿三十郎』で創始し、後続の作曲家たちがこのアイディアを遠慮なく頂戴した結果、「時代劇にはキハーダ」というのがクリシェに「なってしまった」、ということです。

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「三河の師匠」はほんとうに親切な方で、いつもわたしの救援要請に即座に答えてくださるばかりでなく、ブログに書くときの参考にと、ライナーや録音データの完全なスキャンをつけてくださいます。それによると、やはり、後年、こうしたキハーダの使い方はテレビ時代劇で大々的に利用されることになったそうです。そうか、そうだよな、佐藤勝と黒澤明だもの、工夫をしたに決まっているじゃないか、でした。

続篇としての連続性を維持するために、『椿三十郎』では『用心棒』のモティーフも使っているので、念のために、そちらのほうのサントラもざっと聴きました。太鼓や拍子木(ないしは西洋のウッドブロック)などのパーカッションを柱にしたサウンドであることは同じですが、まだキハーダは登場していません。『用心棒』で拍子木を多用した結果として、その延長線上にキハーダの利用を思いついたのではないでしょうか。

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佐藤勝が『椿三十郎』でオリジネートした「太鼓とキハーダを特徴とする、いかにも時代劇らしい勇壮なサウンド」は、その後、この分野の事実上の標準となり、無数にコピーされた、ということを確認させていただきました。耳慣れた音楽に聞こえるとしたら、そういう事情によるのであって、佐藤勝がクリシェにもたれかかって仕事をしたわけではありません。

◆ ニアミス ◆◆
いま、とんでもないミスをしたときに感じる、腹のなかで出合ってはいけないものが出合って、不快な化学反応を起こしたような感覚がありました。時代劇におけるキハーダの利用を佐藤勝の創始と断じるだけの十分な材料を、おまえはもっていないだろうが、という声が聞こえたのです。

ほら、あの曲があっただろ、あれはいつのものだ、いますぐ調べろ、とわが内なる声が叫んだので、あわててプレイヤーにファイルをドラッグしました。



このクリップ、冒頭のティンパニーが聞こえません。印象的な入り方なので、音だけのサンプルもあげておきます。

サンプル 芥川也寸志「赤穂浪士」

この大河ドラマのテーマは子どものころ大好きで、いま聴いてもいい曲だと思います。いや、問題はこれがいつのものかということです。1964年正月から放送がはじまったとありました。『椿三十郎』は1962年1月1日に封切りだそうですから、2年早かったことになります。

そもそも、こちらの曲に使われているパーカッションは、キハーダではなく、拍子木かスラップスティックか、なにかそういうものかもしれません。ただ、『椿三十郎』に印象の似たパーカッションの使い方ではあります。

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それにしても、『赤穂浪士』の配役を見ると、すごいものです。当時、本編ではこれだけの配役ができる大作はなかったでしょう。もうひとつ、『花の生涯』も見てみましたが、これも仰天のハイパー豪華キャスト。オールスター映画5本分ぐらいの豪華さです。ヒットするはずですよ。やがてわたしは大河ドラマというのが大嫌いになりますが、『花の生涯』と『赤穂浪士』だけは、じつに熱心に見ました。キャストを見れば、それも当然です。尾上松緑(『花の生涯』)と宇野重吉(『赤穂浪士』)は深く印象に残りました。

◆ 転向者 ◆◆
『椿三十郎』のストーリーを追うつもりはなかったのですが、小林桂樹の登場場面を説明しようとすると、やはりそうなってしまうようです。

冒頭の神社のシークェンスで三船浪人の腕に感銘を受けた室戸半兵衛(仲代達矢)は、仕官したいのなら、俺のところに来いと言い残します。三船用心棒は、あとでそのことを思いだし、ちょっと菊井のところに行ってくる、といってアジトを出て行きます。

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椿三十郎が室戸半兵衛に会おうと大目付の邸の門前に立つきわめて印象的なシークェンス。通用口を叩いて門番を呼び出し、室戸に会いたいというと、いまはそれどころではないといわれてしまう。

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なんだというのかと思うと、門が開いて、「出陣」の騒ぎがはじまる。

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あおり気味に撮りはじめて、しだいにティルト・ダウンして、ものものしさを強調している。ただし、現実にこのように馬前を横切ったりしたら、即座に首を飛ばされる。

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観客には、これは相手の懐に入りこんで容子を探るためとわかりますが、残された若侍たちは、三船浪人を信じる一派と、あいつは金欲しさに裏切ったのだという一派に分かれて議論になります。

議論が白熱したところで、ちょっと失礼します、という声が聞こえ、全員が押し入れのほうを見ます。

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すると、小林桂樹見張り侍が押し入れから出てきて、わたしもあの浪人を信用します、城代の邸から逃げるときに、奥方の踏み台になったじゃないですか、あれは奥方の人柄にうたれたからです、それだけとっても、あの人がいい人間だということがわかります、と、いうだけいうと、また自分で押し入れに戻っていきます。

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ここで小林桂樹登場はこの映画のなかのルーティンになるわけで、ギャグというもののあらまほしき姿を体現しています。

◆ ハル・ブレイン的役割 ◆◆
小林桂樹はインタヴューでこういっています。

「監督さんはわりあいに、ほっといてくれたというか、わたしが調子を出して一所懸命やると、黙って、よく笑って見ていてくれていましたからね」

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黒澤明は俳優のアドリブなどめったに許す監督ではありません。『日日平安』の段階では主役だった小林桂樹の役は、『椿三十郎』では、なくても話の運びには影響しない軽い役に縮小されたのですが、それでも削除しなかった、あるいは、それでも小林桂樹に振ったのは、いい判断だったと思います(もちろん、黒澤映画だから、小林桂樹も承知したのだろうが)。

小津安二郎の映画で、自主的に演技することを望まれていたのは杉村春子だったそうです。この女優も、小林桂樹と同じようなことを、たとえば『晩春』について回想しています。

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フィル・スペクターは、小津安二郎のようにガチガチに固めていくタイプのプロデューサーでしたが、好き勝手にやっていいとカルト・ブランシュを渡していたプレイヤーが一人だけいました。ドラムのハル・ブレインです。

自分の世界ができあがっている巨匠というのは、だれか、自分にはない要素をもった、すぐれたパフォーマーを必要としたのではないでしょうか。隅々までみずからの意思を浸透させ、作品を堅牢につくりたいという衝動があるいっぽうで、そこに意想外のもの、異質な要素が入ってきて、硬直を防いで欲しいとも願っていたのだろうと思います。

黒澤明は、成瀬巳喜男の演出についてこういっています。演技が気に入らないと、成瀬さんは、ただ「そうじゃない」というだけで、それ以上の説明をしたり、指導をしたりすることはなかった、俳優は自分で考えなければいけなかったのだ、ひるがって、自分は黙っていることができず、こうやるんだと指示を与えてしまう、溝さん、小津さん、成瀬さんに鍛えられた俳優たちは力があって、自分で演技を考えることができた、と。

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右から山村聡、成瀬巳喜男、原節子

小林桂樹に自由に演技をさせたとき、黒澤明は先達のことを思っていたのかもしれません。

『椿三十郎』は二回で十分だろうと思ったのですが、黒澤明と佐藤勝が相手ではそうは問屋が卸さないようで、もう一回延長することにさせていただきます。


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日日平安 (新潮文庫)
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映画音楽 佐藤勝作品集 第13集 : 黒澤明監督作品篇
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Steel Guitar Jazz
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Amazing Steel Guitar: The Buddy Emmons Collection
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芥川也寸志の芸術/蜘蛛の糸~芥川也寸志管弦楽作品集
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by songsf4s | 2010-09-24 23:55 | 映画
黒澤明監督『椿三十郎』(1963年、東宝=黒澤プロ) その1

前回完了したBlue Moon特集のために、当然、HDDを検索して、わが家にあるすべてのBlue Moonをプレイヤーにおいて聴きくらべました。

そのなかに、Blue Moonとはぜんぜん関係のないインストが入っていて、タグを見たら、タイトルはBluemoons、アーティストはバディー・エモンズとなっていました。Blue Moonではないのですが、ちょっとしたトラックです。

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ついでだから、グラム・パーソンズのアルバムでプレイしたことぐらいしか知らなかったこのペダル・スティール・プレイヤーのことを検索してみました。ディスコグラフィーを眺めていて、違和感があったので、よくよく見つめたら、Bluemmonsというタイトルになっていて、笑いました。文字が重なるとタイプミスをしやすくなります。

と思ってから、はたと気づきました。「このプレイヤーの名前はなんだっけ? Emmonsじゃないか!」つまり、Blueと名前を合成した造語だったのです。ということは、Bluemoonsというタグのほうが間違いだったことになります。

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このSteel Guitar Jazzというアルバムのオープナーはなかなかのものなので、袖すり合うも多生の縁、サンプルにしてみました。4ビートとペダル・スティールの組み合わせ自体がめずらしいのですが、ここまでホットなのはまずないでしょう。

サンプル Buddy Emmons "Bluemmons"

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アルバムの他のトラックも気になるかもしれませんが、Bluemmonsほど盛り上がる曲はほかにありません。だからアルバム・オープナーにしたのでしょう。

◆ 九人の馬鹿侍 ◆◆
さて、本日は、『江分利満氏の優雅な生活』に引きつづき、小林桂樹追悼です。



黒澤明映画を取り上げたって、いいことはなにもないのですが(1.めずらしくもないので当ブログの独自性を高めることはない、2.すでに大家気鋭がさまざまな言語で千万言を費やして語っているので、いまさら付け足すことはなにもない、3.うるさいファンが山ほどいて、なにかまちがえると、いらぬ面倒ごとを呼び寄せる恐れがある)、小林桂樹の映画というと、わたしは真っ先に『椿三十郎』を思い浮かべるのでして、この際だから、食い逃げのように、さっと書いてみるか、と思ったしだいです。

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多くの方がこの映画のことはご存知でしょうが、概要を書いておきます。前年の『用心棒』が大ヒットしたために、黒澤明は東宝から続篇の製作を要請されます。そこで黒澤明は、かつて弟子の堀川弘通のために書き、結局、実現しなかった山本周五郎原作の『日日平安』のシナリオに、『用心棒』で三船敏郎が演じた、名なしの浪人のキャラクターをはめこみました。

どことも知れぬ神社のお堂に九人の若侍があつまって、藩政改革について議論しています。代表者(加山雄三)が城代家老に意見書を提出したときの経緯を仲間に説明しているところです。彼は、家老にはまったく相手にされず、意見書は引きちぎられてしまったと仲間に報告します。

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そこで、菊井という大目付(清水将夫)にあたってみたところ、こちらはよく話を聞いてくれ、ほかの同士の諸君も会いたいといわれた――。

などといっているところに、お堂の奥からむさ苦しい身なりの浪人(三船敏郎)が、大あくびをしながらあらわれます。

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三船浪人は、さっきから話は聞いていた、岡目八目で当事者よりよく事情が見える、おまえたちは騙されている、と忠告します。

若侍たちは、この不作法な浪人を警戒しますが、お堂が大目付の手の者に包囲されたことがわかって、三船浪人の解釈の正しさはたちまち証明されます。この浪人が、頼りない九人の若侍を助けて、藩を牛耳ろうとする悪人たちを一網打尽にし、囚われた城代家老を救出するというのが、『椿三十郎』という話の骨子です。

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物語のプロットなどというのは、いくつかに分類できてしまうほどで、あまりたいした意味はありません。『椿三十郎』が稀有な映画になったのは、もっぱら黒澤明のディテールの描き方のうまさによります。

まあ、そんなことはたぶん多数の言語で繰り返し書かれているでしょうけれど、多数派はおそらく『生きる』や『七人の侍』を最上位におき、『用心棒』との比較においてすら、『椿三十郎』を下風に立たせるでしょう。わたしは、黒澤明の全作品のなかで『椿三十郎』がもっとも好きです。『用心棒』との比較でも、宮川一夫の撮影に気持は残るものの、この続篇のほうが数段好ましく感じます。

◆ 細やかなディテールの表現 ◆◆
インタヴューによると、小林桂樹は堀川正通監督『日日平安』の段階で主役を演じるよう依頼されていて、その役が『椿三十郎』にもスライドしたのだそうです。周五郎の『日日平安』は読んでいませんが、派手なアクションものを書く作家ではないので、小林桂樹が「地味な」主人公をやる予定だったというのは、さもありなん、です。目を吊り上げ、肩を怒らす改革派のあいだを泳ぎわたって、とぼけたことをいいつつ、改革を成功に導く、といったあたりなのではないでしょうか。

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しかし、三船浪人の登場で、この役は脇に押しのけられ、「見張りの侍A(木村)」なんてことになってしまいます。ところがどっこい、「A」に格下げされても、さすがは小林桂樹、じわじわとプレゼンスを強めていき、映画を見終わったときには、「あの小林桂樹の役がきいているなあ」と思わせてしまうのです。

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お堂を包囲されて窮地に陥った若侍たちを救うと(さすがは三船、この殺陣の動きはすばらしい。いくら撮りようと編集でごまかしがきくといっても、アクション映画の基本は体技、キレのある動きができる俳優が演じてこそ盛り上がる)、この数日メシを食っていないといって金を要求し、じゃあ、しっかりやれよ、と去ろうとして、いかん、と坐り直します。俺がその菊井という目付だったら、邪魔な城代を亡き者にする、急いで城代の安否をたしかめろ、と示唆します。

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九人とともに三船浪人が城代の邸に忍びこむと、案の定、一見静かだった邸には、菊井の手のものが入りこんで警戒していました。この点をたしかめるときに、三船敏郎が、その池には魚がいるか、ときき、加山雄三が、大きな鯉がたくさんいるとこたえます。

それなら大丈夫だろうという思い入れで、三船浪人が石を池に投げ込むと、とたんに障子が開いて、大刀を手にした侍たちが、何者、と誰何します。これで、城代家老がすでに殺されたか、悪人たちに監禁されたであろうことが、視覚的に確認されます。

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こういう処理というのは、一見、なんでもない、ささやかなものです。しかし、『椿三十郎』という映画のもっとも美しいところは、こうしたディテールのひとつひとつをまったくおろそかにせず、どのつなぎ目でも、小さな工夫をし、きちんと処理して話をつなげている点です。

とりあえずいいアイディアが出てこなかったからここは強引に押し通る、などという横着なことはまったくしていません。納得のいくアイディアが出てくるまでは、黒澤明がOKを出さなかったのではないでしょうか。シナリオの教科書であり、物語作りの根本にこれほど忠実な作品は、日本映画ではめったにお目にかかれるものではありません。

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◆ 見張りの侍A登場 ◆◆
善後策を練るために、三船浪人と九人の若侍は城代の邸の厩に移ります。そこに、逃げてきた女中が通りかかって、城代はどこかに連れ去られ、その奥方と娘は邸に軟禁されている、という事情がわかります。

見張りの侍たちにたらふく飲ませておけ、といって女中を戻し、三船浪人以下若侍たちはしばし時を稼ぎ、ころやよしと見ると、見張りを倒し、目星をつけた部屋に踏み込んで、城代の奥方(入江たか子)と娘(団令子)を救出します。

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小林桂樹(左端。顔は見えない)が殺陣をやったのは『椿三十郎』だけではないだろうか。三船敏郎に鞘で突かれて倒れるところ。

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三人の見張りのうち、ひとりだけ生きて捕らえられたのが「A」すなわち小林桂樹です。清水将夫大目付一派の事情を探るために、小林桂樹だけは生かしておいたのですが、結局、なにも吐かず、田中邦衛が「こいつをどうするんだ」というと、三船敏郎は「顔を見られたんだ、叩き斬るしかねえ」とあっさりいいます。しかし、入江たか子奥方は「いけませんよ、そんな。すぐに殺すのはあなたの悪いくせです」と叱りつけます。

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この入江たか子が、娘役の団令子とともに、じつに間延びしたいい味を出しています。椿三十郎のワイルドな味と、家老奥方のほわんとした味は、なんともいえない対比を成して、この映画を豊かにする大事な役割を演じます。

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清水将夫大目付の策略にのせられて、わずかな供回りの大目付たちを襲おうとし、幸運な偶然のおかげで(ここの処理もじつにうまい)、罠に陥るのを免れた若侍たちが三十郎とともにアジトに戻ると、小林桂樹が、閉じこめてあった押し入れから外に出て、乾いた服に着替えて(泉水に顔を押しつけられるという拷問を受けた)食事をしています。

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呆気にとられている若侍たちに、小林桂樹は、城代家老の奥方が出してくれた、とこたえ、この家の主である平田昭彦が「あ、こいつ、俺のいちばんいい服を着ている」というと、それも奥方が、といいます。

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加山雄三に「しかし、貴様、なぜ逃げなかった」ときかれると、奥方はわたしが逃げるなんてことはこれっぱかりも考えていません、そこまで信用されては逃げるわけにはいかないでしょう、と平然としたもので、また食事を再開します。

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どうも失礼しました、と自分で監禁場所の押し入れに戻る小林桂樹扮する見張りの侍。

このあたり、じつになんとも可笑しくて、愉快な気分になります。この続篇では、『用心棒』になかったユーモアを加えるというのは、当初からの考えだったようですが、それはみごとに成功し、『椿三十郎』の『用心棒』を上まわる大きな魅力になっています。そして、そのユーモアのかなりの部分は、小林桂樹という役者の力に負っています。

インタヴューで、ものを食べながらの演技のことをきかれ、小林桂樹は、ラヴ・シーンは下手だけれど、食べる演技はうまいと人からも褒められる、と笑って答えています。口に食べ物が入っていても、ちゃんとセリフがいえるのだとか。なるほど、そういうのもスキルの一種なのですねえ。考えてみれば、噺家にとっては食べる描写も重要な技芸なのだから、俳優にとっても同じなのでしょう。

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ここからが小林桂樹の本領発揮で、ポイント、ポイントで押し入れから出てきては活躍することになりますが、残りは次回ということにして、本日はこれまで。


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by songsf4s | 2010-09-23 23:56 | 映画