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狂った果実 by 石原裕次郎 (OST 日活映画『狂った果実』より) その4
タイトル
狂った果実
アーティスト
石原裕次郎
ライター
石原慎太郎, 佐藤勝
収録アルバム
N/A (未発売)
リリース年
1956年
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近ごろはニュースを見ず、新聞もあまり読まず、仙人への道を歩みはじめていたのですが、新型インフルエンザへの対応が極端にノロいので、毎日、ウェブでチェックするようになり、すこし地上に引き戻されました。

映画『アウトブレイク』でも、警報を出すか否かで登場人物たちが争いますが、今回もCDCなどではきっと大激論があったのでしょう。いまごろ、早期警報派が、だれそれが責任を負うのをこわがったせいで、ここまで広がってしまった、と地団駄踏んでいるにちがいありません。

わたしは報道を見た瞬間(テレビではなく、ニュース・フィードで見た)、即座に徹底した空港検疫をはじめれば日本政府は合格、と思いましたが、案の定、無責任だから、ためらってしまいました。CDCの段階ですでに大きく遅れたことを計算に入れれば、即座に断固たる手段を執らねばいけないことは、わたしのような市井の人間にも簡単にわかることで、それができないようでは、役人も政治家も仕事をしていないことになります。

しかし、どこの国の政府もみな似たり寄ったりで、あそこは立派だった、なんていうのはないようです。21世紀のもっとも深刻な世界的流行病は、新型インフルエンザではなく、不決断病、無責任病のほうかもしれません。

◆ イレギュラーな楽器構成 ◆◆
わたしもやっと21世紀に追いついたのか、不決断病にかかりました。『狂った果実』をここまで引っ張って、このうえまだ4回目をやるのか、です。人のことを不決断とそしるなら、決断せざるをえず、「止めてくれるなおっかさん、だれも読まなくても4回目をやるぞ!」と決めました。いや、じつは、3回目をやって、カウンターの数字がおもいきり「引いた」らやめようと思ったのですが、午前中まででかなりいい数字だったので、他力本願の「決断」をしただけです。

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こういう砂浜につくられた夏場だけの臨時のアミューズメント・パークというのは昔はよくあったのだが、近年はあまり見ない。もっとも、逗子や葉山に行くこともめったにないから、こちらが知らないだけか。

もうひとつ、武満徹のスコアについてちょっと書くつもりだったのに、サンプルの出し遅れのせいであわてたために失念してしまった、ということもあります。前の記事に戻るのは面倒だというわがままなお客さんのために、もう一度ここにリンクを貼ります。なんて親切なんだろうと、自分を尊敬してしまいますよ。

サンプル3(ラヴ・テーマ)
サンプル4(ラヴ・テーマ、オルタネート)

この2曲のアレンジです。最初はハーモニカ、ウクレレ、ペダル・スティールというトリオの演奏です。って、これ、じつは、ものすごくイレギュラーな楽器編成です。わたしの自前脳内データベースはかなり規模が大きいはずですが、何日もずっと検索をかけているにもかかわらず、類似楽器編成の曲にヒットしません。これが唯一の例ではないでしょうか。いや、もちろん、そんなことはない、というご意見があれば大歓迎ですので、ほかの例をご存知なら、ぜひコメントなさってください。

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北原三枝と津川雅彦の背後に見えるのは国鉄逗子駅旧駅舎。記憶にございません。そういえば、殿山泰司がここで川地民夫に出くわし……いや、いまはそんなことを書いている場合ではないので、またいつか。

サンプル4のラヴ・テーマ変奏曲も、やはりイレギュラーな楽器編成です。こんどはリード楽器をハーモニカからトランペットに変更しているのですが、この組み合わせも他の例を思いつきません。ハワイアン的編成に異質なリード楽器を持ち込む、という基本方針を立ててから、スコア全体のアレンジに取りかかったのかと思っちゃいます。

いまになっても、この映画のスコアが古めかしく聞こえず、依然として相応の訴求力をもっている理由は、楽曲そのもののみならず、アレンジ、サウンドにもあるのだと考えます。

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ここでのショットは二度出てくる。カーヴに記憶があるのだが、どことも特定できず。たぶん、逗子から鎌倉に抜けるあたりではないか。

◆ 葉山テキトー散歩 ◆◆
さて、残るロケーションはほとんど海です。いちおう、映画を見直してから葉山に出かけたのですが、なんせ、あそこは荷車か駕籠が通るのが精いっぱいという江戸時代的な道幅なのに、無数の車が無理矢理通るために、おそろしく剣呑で、のんびりあちこち写真を撮って歩くわけにはいきませんでした。自転車で転倒した小学生が、うしろから来た車に轢かれて死んじゃった町ですからね。それくらい道幅が狭くて、ヘビとミミズの専用道路といったところです。

古今亭志ん生がいっていましたな。「昔はどこの家にも井戸というものがあって、よく若い娘が飛び込んで死んだものです。いまじゃあ、井戸もポンプで汲みあげるようになっちゃったので、死のうたってたいへんです。ほそーくなんないと飛び込めない」

葉山はだいたいそういう感じで、バスが来たら、ほそーくならないとすれ違えません。そういえば、昔、泊めてもらった軽音の仲間の葉山の別荘には井戸があって(いや、もちろん、簡単に飛び込み自殺はできず、「ほそーく」ならないと死ねないタイプの井戸だが)、海からあがると、井戸水で足を洗ったことを思い出しました。

というわけで、葉山ロケ地散歩は、立ち止まれるところで適当に撮ってきただけなので、映画と一対一対応で細かく見るというような、前回までの方法は使えません。どうかあしからず。たんに、1956年と2008年の葉山のムードの違いだけをご紹介するにとどめます。

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以上三葉は同じ場所でのショット。北原三枝はここに現れ、ここに消えるだけで、はじめのうちはどこに住んでいるのかもわからない。たんに「オンリーさん」であることを隠して、良家の子女であるかのように振る舞っているだけなのだが、岩場の構造のせいもあって、この隠蔽がなにやら彼女に神話的属性を付与する。

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江ノ島を臨む

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フランクのヴィラのありそうな場所を探したが、ついに見あたらなかった。もっと南のつもりか、あるいは逗子だったのか。

◆ 最後は相模湾南船北馬 ◆◆
東京都知事は、物書きとしてどれほどの才能があったのか、わたしにはよくわかりません。若くしてデビューした人はたいへんだな、と思うだけです。史上最高の物書きだとうぬぼれていれば、政治のほうに行ったりはしなかったでしょうから、ご当人もそれほどすごい才能とは思っていなかったふしがあります。

『狂った果実』の脚本はどうか? 政治家にしては悪くない本だと思います。兄弟の確執が単純な形をとらず、愛情と憎悪を一枚板の合金にしたところなんぞは、都知事だなんていうインチキ商売をやらせておくのは惜しい、あんた、物書きでも食えるよ、といいたくなります。でも、このスタイルでそのまま年をとるわけにはいかないから、物書きでありつづけたら、中年を迎えて苦しんだことでしょう。いくらご婦人方に人気があったからといって、渡辺淳一みたいな方向には曲がれなかったでしょうからね。

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ともあれ、『狂った果実』の、弟への思いやりなんだか、ただの身勝手なんだか、よくわからない兄の心情とふるまいは、それなりのリアリティーがあり、いまみても古くさくはありません。兄に対してやはり愛憎なかばする弟が、いくら激情に駆られたからといって、あそこまですることが納得いくようには丁寧に伏線が張られていないため、「こうでもしないと話が終わらない」という、エンディングのためのエンディングの感なきにしもあらずで、その点はささやかながら瑕瑾かなと思いますが。

さて、そのクライマクス・シークェンス。兄と恋人の行方を求めて、弟はモーターボートで相模湾を走りまわります。最初は、油壺に行くといっていたという話を信じて、南に針路をとります。そして、風向きからしてそれは考えにくい、「レッド・ヘリング」(ヒチコックがよくいっていた言葉で、辞書には「red herring_n.《深塩で長期燻煙処理した》燻製ニシン; [fig.] 人の注意をほかへそらすもの」とある)だと気づき、また葉山へ引き返します。このとき、一瞬だけ、油壺湾が映ります。

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こんな風景、わざわざ油壺まで行かなくても、葉山の近くで撮ればいいじゃないかと思うのですが、これはたしかに油壺のようです。連休中、お子さんやお孫さんと油壺マリンパークに出かけるようなことがあったら、あの岬の突端より手前にある、海に降りる道をちょっと散策なさってみてください。ああ、ここか、と思うことでしょう。

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昨年暮に油壺をぶらぶら歩いたのに、『狂った果実』にここが登場することを忘れ、肝心の同じ位置の写真は撮らず、富士山と海ばかり撮ってしまった。

劈頭の鎌倉駅のシーンからずっとロケ地を見てきて最後に思うのは、じつになんとも律儀に、忠実に「現地」を使って撮影していることです。つぎはぎで、適当に「それらしく」することは避けているのです。これはやっぱり、若さゆえの潔癖性ではないでしょうか。あとで会社の幹部に怒られたと思いますよ。もっと簡単に撮れるのに、よけいな金を使うんじゃない、1ショットのために油壺なんかにいくな、葉山ロケのついでに、そこらで撮れるだろうが、なんてね。

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だからかどうか、空撮を含む最後の一連のショットは、穏やかで、周囲に船がなければ撮れるものなので、どこの海で撮ったかはわかりません。それこそ、葉山沖かもしれません。したがって、『狂った果実』散歩地図(アクセスしてくださった人が数人いらっしゃるようで、どうもありがとうございます。親兄弟親戚友人だけかもしれませんが!)に印を付けた真鶴岬沖のポイントはおっそろしくテキトーなので、信用しないでください。そもそも、真鶴には三十数年前に遊んだきりで、あまり縁がなく、土地勘ゼロなのです。

でも、映画のなかで、真鶴だ、伊豆だ、といっているなら、これまでの経緯から考えて、真鶴も現地まで行って撮影したのだろう、なんてうっかり思いこんでしまうほど、中平康が律儀に現地ロケ主義に徹したことが、その跡を歩いてみてよくわかったのでした。

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『狂った果実』(DVD)
狂った果実 [DVD]
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武満徹(7CD box)
オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽
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(『狂った果実』は、サウンドトラックではなく、ボーナス・ディスクに武満徹のこの映画の音楽に関するコメントが収録されているのみ)


武満徹全集 第3巻 映画音楽(1)
武満徹全集 第3巻 映画音楽(1)
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by songsf4s | 2009-04-29 23:56 | 映画・TV音楽
狂った果実 by 石原裕次郎 (OST 日活映画『狂った果実』より) その3
タイトル
狂った果実
アーティスト
石原裕次郎
ライター
石原慎太郎, 佐藤勝
収録アルバム
リリース年
1956年
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本日も引きつづき、しつこく『狂った果実』の音楽とロケ地の話をつづけさせていただきます。ローカルな話題で気が引けていたら、前回の記事に対して、大阪の「センセ」からコメントをいただき、いくぶん安堵しました。いちおう鎌倉は全国に知られた観光地ということで、ご容赦をいただきたいと思います(もう二、三度、鎌倉映画散歩をやる予定があるので、低姿勢なのだ!)。

◆ サントラ ◆◆
なんだか、このところ間の抜けたことばかりしているのですが、サントラ、サントラと騒いで、サンプルに番号までつけたのに、前回はテーマしかご紹介しませんでした。すっかり失念した残り3トラックを一挙公開です。

サンプル2(スティール&口笛)
サンプル3(ラヴ・テーマ)
サンプル4(ラヴ・テーマ、オルタネート)

OSTはリリースされていないので、タイトルはわたしが適当につけました。たいていのサントラ盤では、ラヴ・シーンに使われる曲は「ラヴ・テーマ」というタイトルがつけられているので、わたしもその習慣にならったしだいです。このラヴ・テーマが、武満徹的に、ではなく、世間的にいう「いい曲」だと思います。

邦画の音楽については、おおいなる疑問やら、大不満やら、いろいろ思うことがあるのですが、そういうことはまたいつか、ヤカンが沸騰したときにでも書くことにします。しかし、振り返って、子どものころにみた邦画のなかでは、日活がもっとも楽しめる音楽を提供していたと思います。

◆ 低コストの撮影法 ◆◆
ゴダールとトリュフォーの二人が、『狂った果実』を見て、そうか、こうやれば、自分たちにも映画が撮れるのだ、とわかって、キャメラを担いで町に出、その結果、ヌーヴェル・バーグが誕生した、ということを前々回に書きました。

ではなぜ、ゴダールとトリュフォーは「撮れる」と考えたのか。映画の製作費の大きな部分を占めるのはセットとスターのギャラです。もちろん、大人数で遠隔地に行けばロケーションにも大きな費用がかかりますが、それは「つねに」そうなるわけではありません。

『狂った果実』にだって北原三枝というスターが出演していますが、あとはみなアップスタートか、ちょい役で、キャストとしてはかなり「軽い」部類でしょう。フランス人にそんなことがわかったとは思えませんが、ほとんど俳優たちが「演技」をせず、いかにも素人じみた動きをしていることは、彼らにもわかったのでしょう。

もうひとつは、ロケです。日活は弱小独立プロというわけではないので、室内シーンのほとんどはセットだと思いますが、この映画に使われたセットは六杯ほどだろうと思います。ひょっとしたら、その一部はロケですませたかもしれません。このうちの一杯は屋外を模したセット(光明寺境内の貸家の庭)ですが、そういうタイプはこれだけで、他の屋外のシーンはすべてロケです。これだけでもかなりの節約になるはずです。

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葉山の海岸道路沿いにあるという設定の、岡田真澄が住む「ヴィラ」の室内。明らかにセット。

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裕次郎、津川雅彦兄弟の家。鎌倉のどこにあるとは明示されない。これはかなり大きなセット。

そういうわけで、彼らにとっては、『狂った果実』は逆転の発想であり、ハリウッド流映画撮影法というパラダイムからの解放だったのです。セットなし、スターなしで撮っても、これだけのことができるということがわかって、彼らは評論から実作へと舵を切ったのでした。

◆ 由比ヶ浜銀座ロケ ◆◆
中平康にその自覚があったかどうかはわかりません。画面からも感じられるし、ロケ地を歩いて改めて認識したことは、すくなくとも、ロケ、ロケで安く上げようとしたようには思えない程度には、丁寧な演出と撮影をしているということです。安上がりではあっただろうけれど、手は抜いていないのです。

ロケ地の写真を撮ろうと思いたったのは、じつは裏駅の商店街(御成通り)と由比ヶ浜通りの交叉点での、津川雅彦と岡田真澄のシーンがあったからです。

まず、キャメラをどこにおき、どの方向にむかって撮影したかを記した地図を掲げておきます。いきなりこれを見ても、ご近所の人にしか面白くないので、ふつうの方はスクリーン・キャプチャーをご覧になってから、気になるなら、この地図を確認なさってください。

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鎌倉駅と撮影場所の関係を示す大域図。

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大域図でHEREと示した場所を拡大し、ショットのつなぎ順に、キャメラ位置、撮影方向を示した。

では、以上の図で「1」とした撮影位置からのショットを二つ。津川雅彦が駅に行こうと裏駅の通りに入りかけたとき、車で通りかかった岡田真澄が背後から呼び止める、というシテュエーションです。

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両側の店は『狂った果実』から半世紀以上たった現在も営業中。ただし、果物屋のほうは経営がかわったのか、「大木果実店」ではなく「浜勇」となった。この新しい店名には撮影のときに気がついたので、比較的最近の変化ではないだろうか。

キャメラは由比ヶ浜の通りを横断して、「花春生花店」のまえから長谷方向にレンズを向け、由比ヶ浜銀座を背景に二人を撮ります。

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「由比ヶ浜銀座」のアーチはなくなってしまった。これまた写真を撮るまでなくなったことに気づいていなかった。画面の奥に向かって1キロほど歩くと長谷寺にぶつかる。町名は由比ヶ浜だが、その名の由来となった浜(向かって左手にある)まではかなりの距離がある。

さすがは本編はちがう、ドラマだったらそこまではしない、と思ったのは、ここでもう一回、キャメラ位置を変えたことです。こんどは「2」とは反対側、江ノ電の踏切と下馬交叉点方向に切り返しています(よけいなことだが、「下馬」は「げば」と読む。江戸城の大手にも「下馬札」があったが、鎌倉の場合も「ここで馬から下りよ」という意味。ただし、城内だからということではなく、鶴岡八幡宮が近いからだろう)。

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左側の花春生花店のたたずまいは半世紀前とそれほど変わらない。外装を変えただけで、躯体は半世紀前と同じではないだろうか。木造建築はもちのいいものなのだ。

これが、明細地図で「3」としておいた撮影位置で撮られたもので、このシークェンスの最後のショットです。ロケなのに、細かく切り返していることがおわかりでしょう。

◆ 光明寺 ◆◆
つぎは光明寺のシーンですが、こんどはべつの地図を貼りつけてみました。広告が出るのが、ちょっとなあ、ですが、これは拡大縮小できるので、「引く」と、鎌倉駅からずいぶん遠く(歩くと30分近くかかる)、もうほとんど逗子だということがわかります。


赤い星印が山門で、ここには写真を載せませんでしたが、緑色のマークが、おそらく映画のなかで貸家があると想定された位置です。

久生十蘭はこの近くに住んでいて、戦後の長編『あなたもわたしも』の冒頭には、夏の終わりの光明寺一帯が描写されています。この長編はとくに出来のいいものではなく、後半は腰砕けですが、光明寺、飯島、材木座の描写は好きなので、しばしばそこだけ読み返しています。

映画のなかでは、裕次郎の仲間が光明寺境内の家を借り、海で遊ぶのに使っているという設定で、そこに兄を呼びに津川雅彦がやってくるというシーンです。いまでもこのあたりはサーフィン、ウィンド・サーフィンをやっている人が多く、そのための小規模な宿泊施設があります。光明寺の山門から出て、道路を渡り、さらに海岸道路のアンダーパスを通るともう砂浜なのです。ウン十年前、由比ヶ浜に住んでいたころ、このへんは散歩圏内だったこともあり、いまでもわが家では、鎌倉に行くと、人の少ないこのあたりをよく歩きます。

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さすがに、お寺の変化はゆっくりとしているので、光明寺山門はむかしのままです。ただし、向かって左側の映画の撮影に使われた部分は新しい房が建って、だいぶ様子が異なります。

うーむ、ひどく手間取ってしまい、肝心の葉山ロケに到達できませんでした。もう一回やるかもしれませんし、もういいや、というので、べつの話題に移るかもしれません。


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『狂った果実』(DVD)
狂った果実 [DVD]
狂った果実 [DVD]


武満徹(7CD box)
オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽
オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽
(『狂った果実』は、サウンドトラックではなく、ボーナス・ディスクに武満徹のこの映画の音楽に関するコメントが収録されているのみ)


武満徹全集 第3巻 映画音楽(1)
武満徹全集 第3巻 映画音楽(1)
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by songsf4s | 2009-04-28 23:54 | 映画・TV音楽
狂った果実 by 石原裕次郎 (OST 日活映画『狂った果実』より) その2
タイトル
狂った果実
アーティスト
石原裕次郎
ライター
石原慎太郎, 佐藤勝
収録アルバム
N/A (未発売)
リリース年
1956年
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YouTubeのおかげで、動画サンプルを見せたいウェブサイトは大助かりですが、いざ邦画を検索してみると、外国映画にくらべてじつに貧弱な「品揃え」だということに気づきます。アップしても、すぐに消されてしまうのではないでしょうか。

著作権保護もだいじかもしれませんが、いわゆる「露出」のほうがはるかに重要で、拒否するよりは開放し、受け入れる方向で動いたほうが、多くのものごとはうまくいくように、わたしには思えるのですがねえ。

◆ スコア1 テーマ ◆◆
裕次郎の歌う、未発売のオリジナル版「狂った果実」もきわめて魅力的ですが、いまになると、武満徹が書いたと考えられるスコアもやはり魅力的で、『狂った果実』は音楽的にも実りの多い映画です。

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残念ながらサウンドトラック・アルバムはないので、いくつか映画から切り出してみました(音質は落としてあります)。まずは、当然ながら、タイトルに流れるテーマから。

サンプル1(テーマ)

なかなかグルーミーなサウンドで、わたしは『錆びたナイフ』を想起しましたが、スティール・ギターのサウンドが、ちがうぜ、と主張しています。タイプは違うのですが、エスクィヴァルのように、非ハワイアン的、非カントリー・ミュージック的なペダル・スティールの利用法で、じつに興趣あふれています。もうひとつ妙な方向に連想が飛びますが、ジェリー・ガルシアの最初のソロ・アルバムにも、こういうペダル・スティールがあったような気がします。エスクィヴァルにしてもガルシアにしても、『狂った果実』よりあとのことです。

検索していたら、「湘南という独立国」などと書いているところがあって、苦笑しました。「いまや湘南はダサさの象徴である」といった矢作俊彦のほうに賛成しますね。「湘南」ナンバーなんかぶら下げて、トップを開いている「トッポイ」お兄さんをご覧なさい。あれがダサくなければ、この世にダサいものなんてなくなってしまいます。

『狂った果実』は、「湘南」ナンバーをぶら下げただけで「出来上がって」しまうような、お気楽な「湘南映画」ではないので(そもそも、そんなものがかつてあっただろうか?)、武満徹のこのグルーミーなースコアは正しいのです。貧乏人が登場しないのは、たんに作者が貧しい家庭の生まれではなく、まだ人生の経験が浅くて、それ以外の階層を知らなかっただけであり、鎌倉や葉山を別世界の楽天地として描こうという意図ではなかったでしょう。「そうなってしまった」だけです。

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◆ オープニング:鎌倉駅 ◆◆
このテーマが流れるタイトルには、クライマクスと同じ、津川雅彦がモーターボート(「Sun Season」という船名!)に乗っているショットが使われています。その絵とは釣り合ったサウンドなのですが、その音のまま鎌倉駅のオープニング・シーンに入ったのは、あまりいい処理とは思えません。音を消すか、強引なつなぎでもいいから、アップテンポの曲に切り替えるべきだったように思います(と書いてから、武満徹のアップテンポ? と自分に反問してしまった)。

映画のトポロジーという記事で、軽くふれているのですが、先日、写真を撮っておいたので、すこしロケーションを追ってみたいと思います。南関東にお住まいの方以外はご興味が薄いでしょうから、飛ばしてください。では、そのアップテンポの曲に切り替えるべきと感じた、劈頭の数分間の流れを追ってみます。

今日はずっとグーグル・マップで地図をつくっていたのですが、結局、ここには貼れませんでした。ほんとうになにも貼れないブログで(YouTubeですら、貼れるようになったのはつい最近のことだから呆れる!)、また癇癪を起こしています。いずれにせよ煩雑で、読みながら地図を見るというわけにもいかないでしょうから、ご興味のある方はあとで、以下のリンクをご覧あれ。どういうわけか、最後の場所が最初に開くようになってしまい、修正する方法を発見できませんでした。左側の一覧の先頭にある鎌倉駅のリンクをクリックしてください。最初に表示される真鶴の海はラスト・シーンです。

散歩地図

ゴチャゴチャ動く地図は煩瑣で、表示に時間がかかったりするので、結局、いちばんいいのは、紙の地図をスキャンしたJPEGかもしれません。

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鎌倉駅の正面は地図には東口と書いてありますが、生きている人間がそんなことをいっているのを聞いたことはかつてありません。みな「表駅」と呼んでいます。東の反対だから、江ノ電のある側は正式には「西口」というのでしょうが、これまただれもそうは呼ばず、「裏駅」と呼び習わしています。この稿でも、表と裏という言葉を使うことにします。「裏駅の通り」とか「裏駅の商店街」などという言い方もします。この表現もあとで必要になります。

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鎌倉駅旧駅舎は1916年の建設だそうで、関東大震災以前からの貴重な生き残りだったことになる。老朽化してはいただろうが、壁だけみたいものなのだから、補強によって延命させるのは簡単だっただろう。テナントから小銭を稼ぎたいといういじましい欲のせいで、JRは社会貢献を放擲し、多くの人たちの記憶のよすがを消した。

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映画に近い位置で写真を撮った。映画のなかでは向こうに「団体休憩所」と表示があるが(「ウテナ」の広告の上)、ここは現在、横浜銀行になっている。さすがは幼児のときの映画、この「団体休憩所」はまったく記憶がない。なくなってからすくなくとも40年以上はたつだろう。鶴岡八幡宮の境内には、いまも「団体休憩所」というのがあるが……。

表駅でタクシーを降りた裕次郎と津川雅彦の兄弟は、切符を買わずに駅に飛び込みます。ここから横須賀線の下り電車に乗るまでの二人の身のこなしと、キャメラワーク、編集、いずれもスピード感があって、うん、この映画は面白そうだ、という期待が生まれます。あんなにあわてなくても、すぐにつぎの電車が来るはずですが、そこはそれ、「映画的リアリティー」というやつです。中平康は、まずなによりも、観客に二人の若さを印象づけたかったにちがいありません。

以前にも書いたのですが、駅に着いてからの二人の動きは、現実を忠実になぞっています。駅構内に入って、下り線の線路下を駈け抜け、(彼らから見て)左(すなわち逗子側)に曲がって階段を駈け上がって、左側、1番線に停まっている下り横須賀・久里浜方面行きに飛び乗ります。

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正面奥が表駅改札。したがって、向かって右手、裕次郎が曲がろうとしている方向が逗子・横須賀・久里浜方面になる。壁面の化粧タイルのかつての様子はよく記憶している。駅舎を建て替えたときに張り直したのだろう。また、通路が狭かった時代もよく記憶しているが、拡張されたいまも、好天の週末には「渋滞」が起きる。

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この階段を囲む鉄の手すりもまったく記憶がない。最近の改装ではなく、大昔に作り替えたのだと思う。やはり裕次郎が主演した『乳母車』に、芦川いづみが、家を出る母親をこのプラットフォームで見送るシーンがあったが、いつかチャンスがあったら、ここが映っていないかどうか、あの映画を確認してみたい。

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東京方向に向かって撮影している。したがって、背後が逗子・横須賀方向。平日の午前中だからこんな写真が撮れたが、週末になると、ここはつねに大混雑。

じっさいに鎌倉から逗子までいけばわかりますが、これがもっとも自然な動きで、階段のところで右に曲がるのはレア・ケース、すなわち、ちょっとした距離にもグリーン車(当時は一等車か二等車)を利用する人だけです。右に曲がって階段をあがると、そこはグリーン車停車位置なのです。

◆ 逗子駅:昔を今になすよしもがな ◆◆
二人は鎌倉のつぎの駅、逗子で下車します。鎌倉-逗子間は5分ほどの距離です。逗子駅の改札は上り線のほうにあるので、下り電車から降りたら、跨線橋を渡らねばなりません。そして、中平康は、この跨線橋で登場人物たちを接触させます。意図的ではないものの、津川雅彦が落とし物をし、それを北原三枝が拾うという、いわばルーティンですが、このシーンは成功しています。北原三枝の輝きと津川雅彦の初々しさのおかげでしょう。

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津川雅彦が階段で帽子を落とし、うしろから来た北原三枝が拾ってわたす。

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とまあ、そのようなドラマがあった階段だが、いまではかような姿と相成り、食指の動く被写体ではなくなってしまった。わたしも膝が悪く、いずれ階段を下りるのがつらい日が来るかもしれないから、エスカレーターに文句をつけるのはやめておく!

橋とか階段といった場は意味をもつことが多く、フィクションはしばしばそれを利用するのですが、いまの逗子駅ではどうでしょうかねえ。わたしが映画監督なら、ここはパスして、さらにロケハンをつづけることになるでしょう。いまの逗子駅は、テレビドラマのロケ地にはなりえても、本編には不向きです。とくに、最近、エスカレーターができてからは、味のない場所になりました。

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正面にまわっても、これまた鎌倉駅の新駅舎同様というか、鎌倉の上を行く味気なさで、とうていレンズを向ける対象ではありません。わたし自身、こんなところを写真に撮っている自分が、周囲の人にどう見えるかを意識して、赤面してしまい、2カット撮影するのが精いっぱいでした。

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写真を撮ってきたロケ地をすべて取り上げても、ちょいちょいとできるだろうと考えていたのですが、どうしてどうして、スクリーン・キャプチャーと自分の写真を比較するだけで時間を食ってしまいました。もう一回だけ、『狂った果実』を延長させていただきます。あと三カ所もロケ地が残っているのですが。


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『狂った果実』(DVD)
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オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽
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(『狂った果実』は、サウンドトラックではなく、ボーナス・ディスクに武満徹のこの映画の音楽に関するコメントが収録されているのみ)


武満徹全集 第3巻 映画音楽(1)
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by songsf4s | 2009-04-26 23:49 | 映画・TV音楽
狂った果実 by 石原裕次郎 (OST 日活映画『狂った果実』より) その1
タイトル
狂った果実
アーティスト
石原裕次郎
ライター
石原慎太郎, 佐藤勝
収録アルバム
N/A (未発売)
リリース年
1956年
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何度か書いていますが、母親が裕次郎ファン、兄が吉永小百合ファンだったおかげで、わたしは幼児のころから日活映画を見ています。だから、あとになって同世代と話すと、日活に関するかぎり、さっぱり意見が合いませんでした。われわれの世代の多くは全盛期の裕次郎を知らず、『西部警察』の太った中年男だと思っているのです。

そうじゃないんだ、若いころは体のキレがよかったんだ、といっても、矢作俊彦の「週刊サンケイ」連載エッセイそのままに「太った裕次郎は僕らの敵だ」になってしまって、まったく説得不能なのです。太ったエルヴィスと同じで、百パーセント純粋な「なんでいまさら」存在でした。

いまになって思いますが、裕次郎を見るなら、50年代の作品だと思います。わたしは舛田利雄が好きなので、『赤いハンカチ』のあたりもいいと思いますが、エルヴィスといっしょで、ほんとうにすごかったのは50年代のあいだだけでしょう。そういうものです。

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◆ 原初ヌーヴェル・バーグ ◆◆
さて、中平康監督の『狂った果実』です。これこそ、われわれの世代が「裕次郎に間に合わなかった」証拠です。わたしが映画館で裕次郎を見た記憶があるのは、『嵐を呼ぶ男』以降で、『狂った果実』をはじめて見たのは、裕次郎が没し、追悼としてさまざまな映画が放映されたときのことでした。

いやもう、びっくりしました。そもそも中平康という人が、こんなにすごい監督だなんて、まったく知りませんでした。どうしてこの人の凄みを見逃したのかと、あとになってべつの作品を再見しましたが、やっぱり「困った監督」であり、自分の目が節穴だったわけではないことを確認しただけでした。この映画だけ例外的に、まったくの別人が撮ったとしか思えないすばらしさなのです。だから、「中平康? ケッ」と思っている方に申し上げますが、この映画だけは別格です。

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わたしの言葉だけでは信用できないかもしれないので、虎の威を借る狐、親方を担ぎ出します。伝説によれば、フランスへと飛んだこの映画の試写を、当時「カイエ・ド・シネマ」に拠って論陣を張っていた若き映画評論家、フランソワ・トリュフォーとジャン=リュック・ゴダールの二人が見て、大いなる衝撃を受けました。二人は、そうか、こうやればわれわれにも映画が撮れるのだ、と覚り、カメラを担いで町に出ました。

かくして(やがて才能を失う)中平康は、乾坤一擲、この一作でヌーヴェル・バーグを誕生させ、世界映画史に貢献した、ということになっています。嘘かホントか、わたしは一介の講釈師なので、責任は持ちませんがね。でも、そういう話が、さもあろう、さもあろう、と納得できてしまう程度の近縁性が、『狂った果実』とゴダールの初期作品とのあいだにはあります。

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ビリングス・トップは北原三枝、という点にご注意を。このとき、彼女は実績十分、女優不足に苦しむ日活に三顧の礼をもって迎えられたスターだったが、裕次郎はこれ以前には『太陽の季節』にちょい役で出ただけ、津川雅彦はルーキーだった。

いや、まあ、そういう「虎の威」は、詰まるところ、それほど重要ではありません。所詮、「こぼれ話」のレベルを出ないのです。だいじなのは、公開されて30年もたったあとで、テレビの小さな画面で、いい大人が見て、おおいなる衝撃を受けるほどの魅力が、この映画にはあるということです。新しいスタイルの創造というのは、それが「古いスタイル」といわれるほど時代が下っても、やはり清新さをみなぎらせて、われわれに迫ってくるものなのでしょう。

◆ 2種類の「狂った果実」? ◆◆
当家は音楽ブログ、音楽にこじつけないことには映画を取り上げるのはためらわれるのでありまして、その点、日活映画はやりやすいのです。たいていの場合、主題歌ないしは挿入歌があるからです。スコアだけではなかなかむずかしいのです。

この映画のクレジットには二人の作曲家の名前があります。武満徹と佐藤勝です。

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ハリウッド的な「音楽監督」という概念は当時の日本にはなかったのでしょう。スーパヴァイザーとコンポーザーの区別はなされていませんが、佐藤勝は石原裕次郎が歌った挿入歌を書き、スコアは武満徹が書いたのではないでしょうか。すくなくとも、タイトルで流れるペダル・スティールとホーンを組み合わせた曲(「テーマ」といっていいのだろう)は、後年の武満徹の雰囲気がいくぶんか感じられます。まだ後年のアヴァンギャルド・タッチは見せていませんが、予定調和的な楽曲でもないし、凡庸なアレンジでもありません。

YouTubeには日本映画のクリップはきわめてすくなく、この映画もみつかりませんでした。かわりに、挿入歌のクリップはいかがでしょう。



あれ? 映画『狂った果実』のショットを引用してはいますが、この曲は映画の挿入歌とはちがいます。どうなっているのでしょう。もうひとつ、盤から起こしたらしいこのクリップではどうでしょうか?



あっらー、これもさっきのと同じ曲で、映画のものとはまったく異なります。奇妙なこともあるものです。このへんの事情をご存知の方がいらしたら、ご教示願えたらと思います。

では、映画のほうはどういう曲か? 以下は、MP3としてはそこそこの音質でエンコードしてありますが、それ以前のWAVに切り出した段階で音質を落としてありますし、元もかなりノイジーです。

サンプル

パーティー・シーンの冒頭付近を範囲指定の始点に設定したため(この部分のスコアも悪くないから)、裕次郎の歌が出てくるのは1:50台です。気の短い方は早送りしてください。歌そのものは短く、すぐにセリフがかぶってしまいます。

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♪潮風息吹く渚に佇み……

曲としてはこちらのほうがはるかに出来がよくて、なぜこれが盤にならなかったのか不思議千万です。裕次郎はこれが最初の録音じゃないでしょうか。それにしてはむずかしい曲で、予定調和的な自明のコード進行やメロディー・ラインではありません。最初のコード・チェンジはA-Ab7-Aでしょうか(いま、ちょいちょいとやってみただけで、信頼度低し。ご注意を)。ここの響きがじつにけっこうです。

ピッチの移動にむずかしいところのある曲で、とくに「渚に」でB-Ab-F#と降りていってから、最後にDへジャンプするあたりは難所で、カラオケだったら多くの人が外すでしょう。ひょっとしたら、盤にならなかった理由はそれかもしれません。とにかく映画では我慢して歌ったものの、のちに『俺は待ってるぜ』の主題歌のB面としてこの曲を録音しようという段になって、もっと歌いやすい曲にしてくれ、なんていい出したのかもしれません。

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カメオ・アピアランスと特別出演は、『太陽の季節』に主演した(というより津川雅彦の兄としてか)長門裕之と、裕次郎の兄で、この映画の原作、脚本を書いた東京都知事。海岸の遊園地で岡田真澄にからんだばかりに、裕次郎たちとゴロをまくハメになり、二人ともあっさり片づけられてしまう。痛そうかつ悔しそうな顔の都知事は、素人にしては演技派!

小林旭は美空ひばりが一目置くほどピッチがよかった(残念ながら過去形。お年を召して高音部が出なくなり、結果的にときおり外すようになってしまった)ので、それにくらべて裕次郎は不安定という印象がありましたが、これは無理な比較をしていたようです。しいていうと、フランク・シナトラが生まれつきのシンガーであるのに対して、ディーン・マーティンが、スタイル、雰囲気、ないしは「キャラクターの味」で聴かせるタイプだったように、裕次郎もスタイルの人なのでしょう。

アキラはものすごくピッチがよくて、レコーディングも短時間ですむそうですが(このへんもシナトラ的)、裕次郎は何テイクもかかってやっと録音が終わるという話を読んだ記憶があります。しかし、ほんとうにピッチの悪い人に「夜霧よ今夜も有難う」が歌えるはずもなく、一度、体に叩き込めば、そのピッチを忘れないという、めずらしいタイプの人だったのではないかと想像します。

2種類の「狂った果実」があるなどということは知らずにこの稿を書きはじめてしまったこともあって、今日はまったく時間が足りず、ほかにも材料があるので、残りは次回ということにさせていただきます。つぎは武満徹の手になると考えられるスコアと、ロケ地散歩の予定です。

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裕次郎と岡田真澄。この映画のフランクという役は、イヤな野郎であると同時に、すごくいい奴で、ファンファン以外にはだれにもできない。演技というより、柄でやり通したというべきだろうが、どうであれ、じつにすばらしかった。



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by songsf4s | 2009-04-25 23:53 | 映画・TV音楽