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木村威夫追悼 鈴木清順監督『悪太郎』その4

週に一度ほどチェックする海外のブログで、鈴木清順のインタヴューを見つけました。形式はFLVです。

鈴木清順 in LA

映画を学んでいる学生の質問に答えたようですが、外国人が相手なので、ふだんなら省略するような、かつての日本映画界のありようにもふれていて、面白い談話になっています。また、おそらくは通訳しやすいようにという配慮なのでしょう、いつもの韜晦的言辞はすくなく、わかりやすく話しています。

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撮影中の鈴木清順監督(右)。撮影監督のお名前がわからず申し訳ない。ご存知の方がいらしたらご教示を。しばしば鈴木清順についた撮影監督は、永塚一栄と峰重義のお二人だが。

「小津さん」については、年齢のせいか、海外の学生のあいだにもいるであろう小津ファンに配慮してか、おだやかに語っています。映画ではなく、書籍の『けんかえれじい』に収められた、エッセイとも自伝小説ともつかない松竹助監督時代の回想では、もっとストレートに小津を否定していますが、上記のインタヴューで語っていることが、レトリックを取り去った本音なのだろうと想像します。

音楽にたとえれば、小津安二郎は完璧主義者の「スタジオ録音の人」、鈴木清順はspontaneity、インプロヴ重視の「ライヴの人」、小津はポップ・ミュージックの作り方、清順はジャズ的嗜好だったというあたりでしょう。

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鈴木清順のエッセイ集『けんかえれじい』に収められた「洋パンと『野良犬』と自動小銃」の冒頭。このとき、彼の仕事場だった松竹大船撮影所に通勤できる範囲で、海岸に「占領軍の飛行場」がある土地といえば、かつての海軍航空隊の本拠、横須賀市追浜[おっぱま]しか考えられない。次ページに「まちから近い金沢八景の海」とあることも、その裏付けとなる。金沢八景は横浜市、追浜は横須賀市だが、隣接した町である。

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当時の若手監督の多くが、年をとってから小津が理解できるようになったと、いわば「転向」をしているが、鈴木清順がこのように小津を見ていたのだとしたら、いまでも否定的だろうと感じる。

このインタヴューの最後に収められている『東京流れ者』のオリジナルのエンディングについては、木村威夫が『映画美術』のなかで語っていますが、監督自身の言葉としてきいたのは、これがはじめてでした(DVDボックスのオーディオ・コメンタリーなどで話しているのかもしれないが)。

かつての『東京流れ者』の記事(その1およびその2)は、ちょっと拙速だったような気がして、改めてやり直したいとずっと思っています。でもまあ、とりあえずは、まだ取り上げていない映画をやるべきだろうと自重しています。

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おおいに感じるものがあったので、このインタヴューには、枕ではなく、改めてきちんとふれたいと思います。人間は衰え、やがて滅するのが運命なのだから、やむをえないのですが、この人ばかりは長生きしてほしいと思います。健康を取り戻されんことをお祈ります。

◆ ロケーションでの美術 ◆◆
極端な言い方になってしまいますが、しばしば、映画はロケーションで決まる、と思います。とくに日本映画にはそのタイプのものが多いと感じるのだから、つまりは、自国の風土を知っているがゆえに、外国映画よりはるかに視覚的ディテールが気になるのでしょう。

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『悪太郎』のロケハン、岐阜県元浜町とキャプションにある。

『悪太郎』はまさにロケーションで成功したタイプの映画で、やはり半世紀前の日本には、古いものがよく保存された町があったのだなあ、と思います。まずいものが入ってしまう心配なしに引きのショットが撮れるというのはすごいものです。

ただし、木村威夫美術監督は、こういう場合にどういう措置をするか、ロケーションでの美術の役割についても語っています。

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ほかの映画でも、このような消去、隠蔽の作業は必要でしょうが、『悪太郎』のように、近過去に時代を設定した作品では、きわめて重要になります。といっても、CGではないのだから、もとのロケーションがよくなくては、消去も隠蔽もあったものではなく、数カ所におよぶロケ地の選択(近江八幡、郡上八幡などらしい)が正しかったともいえるでしょう。

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白黒だから成功した、というのも、そうだろうなあ、と思います(昔はモノクロフィルムのほうが安かった。鈴木清順は前述のインタヴューで、カラーの場合よりも1作品あたり300万円安くすんだといっている。トータルの予算は一本当たり2000万、カラーだとここに300万上乗せだとか)。カラーでは、じっさいの町にもともとあったものと、「材木」でつくったものとのちがいが明瞭に出てしまい、うまくいかなかったにちがいありません。モノクロを選択することに、そういう効用があるなどということは、この木村威夫の言葉ではじめて知りました。

◆ ヴィジュアル箇条書き ◆◆
このところ毎度、箇条書きのような記事ばかりですが、ここから先は「視覚の箇条書き」という感じで、スクリーン・キャプチャーやスティルを並べていくことにします。

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書店の看板。文房具と書籍をいっしょに売るのが昔はふつうだったのか。いまでも丸善がそうだが。

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書店から和泉雅子が出てくる。

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入れ替わりに山内賢が、「白樺」の十月号は入ったか、と店に入っていく。ついでに、いま出て行った女学生はなにを買ったのかときく。

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へい、ストリンドベルヒの『赤い部屋』です、というので、山内賢は、彼女はストリンドベルヒなど読むのかと驚く。『赤い部屋』は重要な小道具になる。よけいなことだが、この書店主が、いつもならギャングを演じているはずの長弘(ちょう ひろし)なのが、日活アクション・ファンにはたまらなく楽しい。

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以下は「今宵こそ」というか、tonight the nightとなった、京都の一夜。会話はありません。

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そして、明くる日の同じ部屋。

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なんだか、妙に「小津調」の絵作りになっていて、思わずニヤニヤ笑ってしまいます。ほんとうに、小津をちょっとからかうつもりで、『晩春』のパロディーをやったのではないかと勘ぐりましたぜ。小津なら切り返しますが、鈴木清順はツーショットで二人をとらえています。

和泉雅子の父(佐野淺夫)は医者という設定です。以下はその医院の診療室と待合室。かなり凝ったデザインです。

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この和洋折衷の衝立がじつに面白い。

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木村威夫がいうとおり、まったくこのシーンには魅了されました。万灯会[ばんとうえ]がほのかに見えるところがなんともいえない味があります。

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画面奥に万灯会の灯り。

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牛鍋屋の「いろは」をモデルにしたという市松のガラス戸。コックは柳瀬志郎。

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短いシーンなので、時代劇のセットを流用できるという幸運がなければ、ここは簡略化されるか、室内のシーンで置き換えられてしまったのではないでしょうか。よくぞ撮ってくれたというシークェンスです。

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鈴木清順のエッセイ集『けんかえれじい』に収録された『悪太郎』のスティル


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鈴木清順監督自選DVD-BOX 弐 <惚れた女優と気心知れた大正生まれたち>
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by songsf4s | 2010-04-14 23:58 | 映画
木村威夫追悼 鈴木清順監督『悪太郎』その3

かつては野球小僧だったのですが、年々興味が薄れて、最近はすこし力を入れて見るのは開幕直後の数試合と、ポスト・シーズンの数試合ぐらいです。もちろん、そうなった理由は単純ではなく、複数の要因がからんでいるのですが、ひとつはFAのような気がします。



選手の権利なので、FAを否定する気はありません。ただ、結果として、生え抜き選手によるチーム作りの楽しみが奪われるのは事実です。とくに、わたしが贔屓にするジャイアンツの場合は、ご存知のようにそれが甚だしいのです。

しかし、蓋を開けてみると、今年はすこしだけちがった気分で楽しむことができ、各球団一回りしたいまも、球場に行ったり、テレビ観戦をしたりはしないものの(PCに向かいながらラジオ中継を聴くことはある)、依然として試合結果を気にするほど興味がつづいています。

今年の序盤の興味は、まず第一に、坂本、松本の若い一、二番コンビが昨年のように活躍できるか、でした。ひょっとしたら、どちらかが脱落するのではないかと危惧していましたが、二人とも大活躍、とくに松本選手は盗塁数も大きく増え、楽しみを倍増させてくれています。こういうファームから上がってきた選手が大活躍することが、なによりも野球の楽しみだと思います。松本選手の場合は、山口投手と並んで、育成選手制度が機能した生ける証拠でもあるので、うれしさもひとしおです。

ルーキーの長野〔ちょうの〕選手も楽しみでした。いまのところ、活躍もあり、失敗もありで、ルーキーらしくて、こちらも楽しませてもらっています。甲子園で、単打で出塁、二盗を決め、直後に阿部選手のライト前ヒットで本塁生還、というシーンは(ラジオで聴いただけだが)強く印象に残りました。ホームランもけっこうですが、こういう攻めはじつに気持のいいものです。長野選手はいずれ、3割30本30盗塁を達成するかもしれません。

そして、高橋由伸選手が還ってきたことも、今シーズンを楽しみのあるものにしています。かつてのスウィングはまだ見られないものの、もう一花咲かせてくれるものと信じています。いえ、日ハム時代から小笠原選手は大の贔屓だったし、もちろん、アレックス・ラミレス選手もすごいものだと思うのですが、でも生え抜きの主軸はまた格別なのです。

これで、優勝チームがそのまま日本シリーズに進む昔の形に戻り、屋根なし、土のグラウンド、開幕と日本シリーズがデイゲームに戻れば、また野球に熱狂できるような気がするのですが、まあ、昔を今になすよしもがな、ですな。優勝しなかったチームが日本シリーズに出るのでは、145試合のシーズンなんかまったくの無意味、そんなものを見るのは阿呆だけということに、どうしてプロ野球機構は気づかないのでしょうか。奇怪千万。

◆ 竹久夢二と花柄襖と「定斎屋」 ◆◆
さて、ずいぶんと間があいてしまいましたが、今日は鈴木清順監督、木村威夫美術監督の『悪太郎』の話に戻ります。できれば最後までいきたいのですが、たぶん無理でしょう。

もうお忘れでしょうが、『悪太郎』の前回では、芦田伸介の家のデザイン(「葭戸」をお忘れなく)と、和泉雅子、田代みどりの衣裳の大正趣味にふれました。

衣裳ではなく、建具に大正趣味が濃厚にあらわれたのは、田代みどりの家である、旅館・海士〔あま〕屋のセット・デザインです。

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海士屋の玄関に坐る女将役の東恵美子。右手、中央にガラスのはまった障子が時代らしさを醸している。

二度、長い芝居の舞台に使われる海士屋の二階は、商売用の部屋なのか、それとも田代みどりの部屋なのか、そのあたりは不明ですが(火鉢しかないのでたぶん前者。ただし、鈴木清順は飾りつけをみなどけてしまうことで有名なので、美術監督が配置した小道具をみんな消してしまった可能性もゼロではない)、木村威夫にしてはおとなしめのデザインばかりのこの映画のなかで、唯一、大胆な絵柄になっています。

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左から山内賢、田代みどり、和泉雅子

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わたしがしゃしゃり出るまでもなく、美術監督自身がこの部屋のデザインについて説明しているので、それをご覧いただきましょう。

「(木村)その襖柄をちょいと考えたというわけです。竹久夢二描く女人の立ち姿、その屏風に合わせたんです。こんな襖柄ないですよ。西洋壁紙使ったんだ。この男女に代表される世界。大正ラブロマンスを表現してみようかなと思ってね」
「(聞き手)花柄ではないんですね」
「(木村)花柄のようなもんだね。西洋壁紙を使うんだって、この時の僕にとっちゃ冒険ですよ。うまくいくかなって不安な気持ちでやった記憶がある。ライティングもなかなかいいんですよ。建具による奥行きの感じもまずまずじゃないかな」

というわけで、またしても、ありゃあ、そういう仕掛けですか、でした。大正らしいモダンな柄の襖だなあ、とは思ったんですよ。でも、西洋壁紙とは思いませんでした。トミー・テデスコがサウンドトラックの録音についていっていました。「結果がすべてである、方法はどうでもいい」とね。結果として「大正らしいモダンなデザイン」に見えれば、なにを使おうとかまわないのです。

べつの箇所で、木村威夫はさらにこのセットに言及しています。

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「定斎屋」というのは、百科事典に「夏に江戸の街を売り歩く薬の行商人。是斎屋(ぜさいや)ともいい、江戸では「じょさいや」という。この薬を飲むと夏負けをしないという。たんすの引き出し箱に入った薬を天秤棒で担ぎ、それが揺れるたびにたんすの鐶が揺れて音を発するので定斎屋がきたことがわかる。売り子たちは猛暑でも笠も手拭もかぶらない。この薬は、堺の薬問屋村田定斎が、明の薬法から考案した煎じ薬で、江戸では夏の風物詩であった」とあります。

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百科事典の記述とは異なり、このシーンの定斎屋は手拭いをかぶっている。ミスか、はたまた視覚的効果優先の意図的改変か? 黒い二つの箱がクスリの入った引き出し、その中間に白く見えるのが手拭いをかぶった定斎屋の頭。

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この定斎屋の鐶の音を、鈴木清順はクレッシェンドで使い、恋人たちの心の高まりに重ね合わせています。しかし、これがストレートな盛夏の表現でもあることなど、いまとなっては説明されないとわからないわけで、ちょっと情けなくも感じます。

花柄襖も目を惹きますが、夢二の二つ折りの屏風も目立ちます。大胆です。定斎屋の音を背景に、山内賢は和泉雅子を押し倒し、一儀におよばんとしますが、心の高まりにもかかわらず、和泉雅子はかろうじてそれをかわし、「京都で」といって、この派手な屏風の前に立ちます。その京都の一夜への転換もなかなかよろしいのですが、今夜は時間がなくなってしまいました。

ということで、さらに『悪太郎』はつづきます。


鈴木清順監督自選DVD-BOX 弐 <惚れた女優と気心知れた大正生まれたち>
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by songsf4s | 2010-04-12 23:58 | 映画
追悼・木村威夫 鈴木清順監督『悪太郎』その2

ときおり、アクセス・キーワード・ランキングのことにふれていますが、今月のトップは当家の名前そのまま、2位以下は「how high the moon 歌詞」「beyond the reef 歌詞」「アール・パーマー」「お座敷小唄 楽譜」(楽譜は提供できず失礼。しかし、あれはシンプルな3コードかなにかなのでコピーは容易かと)「シャドウズの紅の翼」「i put a spell on you 意味」といった感じです。

また今月も、このあと8位に「芦川いづみ」、10位に「赤木圭一郎」があるのがちょっとした驚きです。以前にも書きましたが、このキーワードで当家にたどり着くには何ページも見なければいけないでしょう。ブックマークの手間を省くのであれば、「芦川いづみ 乳母車」とか「赤木圭一郎 霧笛が俺を呼んでいる」ぐらいの狭め方をしたほうが、より短時間で当家にたどり着けるのではないかと、老婆心ながら申し上げておきます。まあ、どちらのキーワードをお使いの方も、芦川いづみ、赤木圭一郎の大ファンでいらっしゃるのでしょうから、途中でいろいろなところを見ながらいらっしゃるのかもしれず、よけいなお世話かもしれませんが。

◆ 日本間の夏 ◆◆
『悪太郎』は、今東光の自伝的小説を原作にしたもので、作者自身と主人公・紺野東吾(山内賢)をぴったり重ねてよいのなら、主人公の旧制中学時代を描く映画『悪太郎』の時代設定は大正初年とみなすことができます。



紺野東吾は恋愛問題で神戸の中学を諭旨退学になり、東京の中学にはいるつもりだったのが、母の考えで豊岡中学に編入されてしまい、この地方都市での主人公の暴れぶりと恋愛を描いたのが『悪太郎』と簡略にいうことができるでしょう。

当然、のちに大々的に前面に出てくることになる、鈴木清順の大正趣味の萌芽がここにあります。鈴木清順や木村威夫は今東光よりずっと若いのですが、ひるがえってわが身を考えれば、同世代の作り手より、一回りから二回り年上の人間がつくったものの影響を受けたわけで、鈴木清順は今東光の読者だとはいわないまでも、その描く世界を身近なものに感じられたのでしょう。木村威夫にしても大正生まれなので、その点は同じだったのだろうと推測できます。

大正趣味かどうかはしばらくおくとして、最初にいかにも木村威夫らしさを濃厚に感じるのは、主人公・山内賢が母・高峰美枝子(木村威夫は「まだ色香があって」と賞賛している)につれていかれた豊岡中学校長・芦田伸介の家の居間です(がんばってみたのだが、エアチェックしか入手できず、画質劣悪、残念ながらセットのディテールは不分明)。

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左端は芦田伸介、ひとりおいて山内賢、葭戸の影には高峰三枝子。

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同じセットをべつの角度から撮っている。背中を向けているのが高峰三枝子。

以前、『乳母車』の美術 その2という記事で、宇野重吉、山根壽子、芦川いづみの親子が暮らす鎌倉の邸宅の日本間のデザインをとりあげました。

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こういう葦簀張りの障子といった塩梅の建具は「葭戸」といい、もちろん、夏のあいだしか使わないものだそうです。細い葦の枝を並べて障子のようにしてあるのでしょう。これを使うと格式のある味が出せるので、木村威夫は『乳母車』の鎌倉の邸宅同様、この豊岡中学校長宅にも葭戸をもってきたのでしょう。

このふたつの部屋はタイプがちがうのですが、それでもやはり、同じ美術家がデザインした共通のムードがあります。木村威夫の『映画美術』のおかげで、美術を中心にして映画を見る習慣がつき(もちろん、もともとバックグラウンドが気になる人間だったからだが)、セットの味わいがいくぶんか理解できるようになったような気がします。

◆ 衣裳による時代の表現 ◆◆
山内賢は、芦田伸介の子どもをつれて川遊びに行こうとした途次、二人の女学生、和泉雅子と田代みどりに出会います。

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こちらはスティル。じっさいにはこのように四人がみなレンズに顔を向けているショットはない。

われわれ観客の目には、いかにも大正時代の女学生という容子に見え、日傘というのはけっこうなものだと思うだけですが、このシーンについて、木村威夫美術監督はつぎのようにコメントしています。

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当然ながら、日傘だって、着物だって、そこらにあるものを適当に選ぶなどということはありえず、ある意図のもとに選択されているわけで、だからこそ、ある時代のムードとか、ある人物のキャラクターといったことが視覚的に観客に伝わってくるのでしょう。

「ガス銘仙」というのは、「ガス糸」で織った銘仙という意味です。糸をガスの炎の上を素早く通過させ、毛羽を焼き落として滑らかにする加工法を用いたものは、素材のいかんにかかわらず、みな「ガス糸」というようです。

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また、銘仙とは、

「絹織物の一種。江戸時代、天保の改革(1841)ころから玉紬を軸に秩父(埼玉県)や伊勢崎(群馬県)の太織(ふとおり)からつくられたもので、明治以降第2次世界大戦までの日本人の衣料に欠かすことのできない織物であった」

と百科事典にあります。念のため。

このシーンでは、鈴木清順は和泉雅子の顔をほとんど見せません。ファースト・ショットは背後から日傘の動きを見せ、子どもと出会って挨拶するのも背後からのショット、角の向こうから山内賢が姿をあらわすと、切り返して和泉雅子と田代みどりを正面から捉えるのですが、和泉雅子のほうは恥ずかしがって、顔を見せそうになったとたん、向こうを向いてしまいます。

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このショットで、背中を向けてとっとと歩く和泉雅子の歩行のリズムがいい。

なんだか、『エイリアン』でモンスターのすがたがなかなか見えないようなぐあいで、和泉雅子はこのシークェンスではついにはっきりと顔を見せることはありません。現代的感覚では、町で同年代の少年と出会ったからといって、少女が恥ずかしがって元来た道を引き返してしまうなどというのは奇異ですが、鈴木清順の世代にとっては、昔だったらおおいにありうる自然なふるまいだったのかもしれません。

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川のシーンのあと、自宅の外で山内賢と子どもの話声が聞こえ、和泉雅子はオルガンのまえから立ち上がって窓際にいく。ここでやっとヒロインの顔が見えるのだが、格子が影を落として、これまた「はっきりと見える」とはいえない。どう考えても意図的な演出。

◆ 「現実音」としての歌声 ◆◆
映画評論というのは音楽に冷たいもので、一流作曲家のスコアでも、よほど違和感があったりしないと言及すらしなかったりします。まして、劇中で俳優が歌う小唄の切れっ端など、なかったものにされるのがつねです。

上記の和泉雅子と田代みどりの歌もなかなかいい味で、こういう演出と、いかにも昔の女学生らしい二人の自然な歌いぶりはおおいにけっこうです。

さらにいいのは、子どもをつれて川に出た山内賢が艪をこぎながら口ずさむ歌です。よくあるオーケストラの伴奏が流れて、「どこにそんなバンドがいるんだ」とむくれながらも、「まあ、映画の決めごとだから」と我慢するようなものではなく、ごく自然にア・カペラで歌っていることもけっこうですし、ピッチをはずさずに歌っていることも、かといって、妙にうますぎることもなく、ちょっと歌える子どもが自然に歌っている雰囲気になっていて、非常にいい歌の使い方です。こういう「小さな演出」をし、それを成功させているからこそ、全体としてグッド・フィーリンのある映画が生まれるのだと思います。

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あといくつか面白いデザインがあるので、もう一回『悪太郎』をつづけさせていただきます。

たんなるオマケにすぎず、『悪太郎』に直接の関係はないのですが、この映画のヒーローとヒロインのデュエットはいかが?

二人の銀座

by songsf4s | 2010-03-28 15:12 | 追悼
追悼・木村威夫 鈴木清順監督『悪太郎』 その1

このところ、昼間歩くことがなく、今日、久しぶりに出かけたら、いやもう百花繚乱。下を見れば花ニラ、菫、姫踊り子草、ヒメツルソバ、菜の花、雪柳が満開、上を見れば白木蓮、木蓮(早い株なのだろう)、辛夷ときて、染井吉野も三分から五分と、大変な騒ぎです。花ではありませんが、諸処の生け垣の黒鉄黐も赤く芽吹き、わが家では海棠と鈴蘭水仙が咲きはじめました。

昨夜、オークション出品を終えたあとで、この三日ほどちびちび再見していた鈴木清順の『悪太郎』を見ました。あと15分でおわりというところで、用事を思いだしてブラウザーを起動し、検索しました。まったくべつの事柄を検索していたのですが、結果を眺めていて、木村威夫、美術監督、享年九十一の文字が目に入り、すぐさま新聞サイトで確認しました。

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昨年亡くなったわが亡父が1921年生まれ、木村威夫は1918年生まれなのだから、一大意外事にはなりようがないのですが、九十をすぎて初監督作品を撮るような人なので、なんとなく百まで生きそうな気がしてしまい、この死は思いがけないものになりました。

◆ 木村威夫記事一覧 ◆◆
これから何回かにわたって木村威夫の仕事を見ていくつもりですが、そのまえに、当家の記事のなかで木村美術にふれたものを列挙しておきます。ほんの刺身のつま程度でふれたものは省き、古いものから新しいものという順で並べてあります。

東京流れ者 by 渡哲也 (OST 『東京流れ者』より その1)

東京流れ者 by 渡哲也 (OST 『東京流れ者』より その2)

『東京流れ者』訂正

Nikkatsuの復活 その2

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その1

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その2

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その3

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その4

『乳母車』(石原裕次郎主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)の美術 その5

『真白き富士の嶺』および『狂った果実』の補足+『霧笛が俺を呼んでいる』予告篇のみ

霧笛が俺を呼んでいる』 その1

『霧笛が俺を呼んでいる』その2 バンド・ホテル

『霧笛が俺を呼んでいる』 その3 突堤と病院

『霧笛が俺を呼んでいる』 その4 「バンド」と日本

『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ

『霧笛が俺を呼んでいる』 その6

『霧笛が俺を呼んでいる』 その7

鎌倉駅と『乳母車』(石原裕次郎、芦川いづみ主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)

いやはや、ずいぶん書いたものです。映画関係者では、もっとも頻繁に言及した人物だと思います。

◆ 二人の挑発者 ◆◆
木村威夫が美術を担当した映画は二百数十本におよぶそうです。それだけの数があっては、木村威夫著・荒川邦彦編の大著『映画美術 擬景・借景・嘘百景』をもってしても、とてもひとつひとつの映画について細かく言及するわけにはいきません。ごく一部の重要な映画だけを取り上げています。

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鈴木清順作品であっても、ディテールについて言及しているのはほんの一握り、そのなかの一本はすでに取り上げた『東京流れ者』です。これは「映画美術開眼」ともいうべき作品だそうで、なるほど、クラブ〈アルル〉は、いかにも木村威夫らしい大胆不敵な挑戦的デザインでした。

『悪太郎』は、鈴木清順、木村威夫という、二人の大胆不敵なチャレンジャーが最初に出会った映画です。この映画を最初に見たのは1972年、池袋文芸座地下での鈴木清順シネマテークでのことでした。じつは、それっきりで、再見することはなく、今回が二度目でした。

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いや、つまらないから再見しなかったのではありません。72年のシネマテークのときは、たしかに、プログラムを見て、これはぜひ見たいわけでもないから(アクションものではないし、キャストにも惹かれなかった)、睡魔に襲われたら寝てよし(オールナイトなので)という気分で見ました。

しかし、これが予想外に面白い映画だったし、まだ十八歳だったわたしは、和泉雅子もいいじゃない、とその気になってしまいました。いやはや。浅丘ルリ子一辺倒だったわたしは、このシネマテークで松原智恵子や和泉雅子の贔屓になりました。清順を見るはずが、女優を見たようなものです。でも、『殺しの烙印』で南原宏治もすごいなと思いました。

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なんとかまとまりのある文章を書けるのではないかと思ってはじめたのですが、今日はセ・リーグの開幕などもあって、あまり時間をとれず、そろそろタイム・アウトです。例によって最初は予告篇程度、次回から本格的に『悪太郎』を見ようと思います。

いま、また検索して、訃報ではなく、すこしは意味のある追悼記事が見つかりました。木村威夫の人物が多少とも伝わってくる記事はこれくらいしかありません。また、『刺青一代』や『肉体の門』といった重要な映画に言及したのもこの記事だけです。


映画美術―擬景・借景・嘘百景
映画美術―擬景・借景・嘘百景
by songsf4s | 2010-03-26 23:38 | 追悼
『霧笛が俺を呼んでいる』 その7

先週後半からいつもよりお客さんが増えました。なんだろうと思ったら、クリスマス需要がはじまったようです。検索キーワードを見ると、クリスマス・ソングが増えています。

これだから、みなクリスマス・ソングをレコーディングするわけですよね。当ブログでも、一昨年の十一月から十二月にかけてクリスマス・スペシャルをやっただけで、毎年時期になると、それを目当てのお客さんがいらっしゃるぐらいなので、盤をつくって売っている人たちとしては、これをやらない手はない、というものです。

もう、一昨年のような怒濤のクリスマス・ソング特集はできませんが、昨年はサボったので、今年はクリスマス・スペシャルをやろうと考えています。まあ、スタートまでに少なくともまだ一週間はかかるでしょうけれど。

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一味に殺されそうになったホステスを赤木圭一郎が自分の船室にかくまう。昔の映画はどんどんセットをつくってしまう。

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◆ シティー・ホテルの先駆 ◆◆
うまくすると、今日中に『霧笛が俺を呼んでいる』を完了できるような気がするので、張り切ってスタートします。

西村晃たちに発見された葉山良二は、地下道から抜け出せなかったハリー・ライムとは異なり、地下出入口のおかげで、危うく窮地を脱します。そして、バンド・ホテルの赤木圭一郎の部屋にあらわれ、明日、「日比谷ホテル」(実在しない)に芦川いづみを連れてくるように頼みます。親友を逃げ延びさせてやろうと決めていた赤木は、この申し入れを承知します。

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逃亡を企てる葉山良二を尾行していた深江章喜が、葉山の動向をボスに連絡する。どうやら丸の内ロケらしい。背後の煉瓦のビルはいわゆる「一丁倫敦」ではないだろうか。

まあ、だれが考えてももう話は煮詰まっています。翌日、赤木圭一郎と芦川いづみ(彼女のほうは赤木の考えには不賛成で、葉山良二に自首させようと思っている)は、東京のホテルに出向きます。

このホテルがアッハッハです。日比谷の日活ホテルでロケされているのです。いえ、このときはまだできたばかりで、いわば「シティー・ホテル」のはしり、お膝元で撮影しやすいというだけの理由で使ったわけではなく、この非日本的風景に充ち満ちた映画の、クライマクスの舞台として最適だったのでしょう。

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キャメラは日活国際会館の外壁を面白いアングルで捉えた。

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アメリカン・ファーマシーの看板

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出典を思いだせず、いまは確認できないのですが、昔は地下駐車場というものがほとんどなくて、そういうロケが必要になると、かならず日活国際会館、すなわち、日活ホテルの入っているこのビルが使われたという話を読んだ記憶があります。

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地下駐車場に降りていく急カーヴ。「時速5メートル」とはすごい。たしかに「デッド・スロウ」だ。いや、このMはメートルではなく、マイルなのだろう。はじめから日本人は相手にしていない?

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こういう日本映画には思えない絵が欲しくて、地下駐車場を使いたかったに違いない。

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葉山良二を深江章喜が尾行している。

そういえば、戦前のオフィス・ビルには駐車場がなく、使い勝手が悪いために取り壊されたものがいくつもあるということを、建築関係の本で読んだことがあります。「老朽化」のための取り壊し、という言葉の意味は、そういうことだったりするようです。

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以下三葉はセット。ホテル内部はほとんどセットと思われる。勘定してみると、やはり昔の映画、セットの杯数はいまどきの映画などくらべものにならないほど多い。

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西村晃らに追われて、葉山良二は外に逃げる。上掲二葉のセットは、逃亡シーンのために、外壁もつくってあったのである。このショットは、外からレースのカーテン越しに室内の芦川いづみを捉えている。

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ビルとビルのあいだから遠く議事堂が見える。その左側に葉山良二(というか、スタントマン)がいる。

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細かくカットを割って、ていねいに撮っている。時代のパラダイムといってしまえばそれまでだが、昔は良かったという禁句が、喉元まで迫り上がってくる。

日活国際会館は、その後、日活の屋台骨が傾いて売却され、日比谷パーク・ビルとなって、ついこのあいだまで(年寄りの時間感覚はあてにならない)あったのですが、気がつけばすでに建てかわっていました。日比谷パーク・ビルといっておわかりにならない方でも、アメリカン・ファーマシーがあったビルといえば、あのたたずまいを思いだされるのではないでしょうか。灰緑色の化粧タイルが特徴的でした。

以下の地図で、「ザ・ペニンシュラ東京」となっているのが、日活国際会館の跡地です。
日活国際会館跡地

以下は、見つけておいたものの、適当な置き場所がなく、ここまで引っ張ってしまった宍戸錠の赤木圭一郎の思い出。

宍戸錠コメント 調布撮影所事故現場 霧笛が俺を呼んでいる(テレビ) 黒い霧の町(テレビ、デュエット)


◆ 別れの握手??? ◆◆
葉山良二がどうなったかまでは書かずにおきます。まあ、おおかた推測はつくでしょう。プログラム・ピクチャーというのは、落ち着くべきところに落ち着くものと決まっています。

事件の片がついたら、コーダを奏でることになります。残された登場人物たちが、今後どうしていくかを明言したり、示唆したりして、それぞれの道を行くことになる、というように、ここも「型」が決まっています。男と女が結ばれることはまずありません。たいていの場合、淡い慕情で終わります。

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『霧笛が俺を呼んでいる』も、やはりその型に則って、パセティックであると同時にストイックな、日活独特の風味のあるエンディングになっています。当然、音楽も、冒頭と同じように、赤木圭一郎歌うテーマ・ソングが流れます。

エンディング


わが胸に手を当ててよく考えてみました。こういう日活アクション独特のセンティメンタリズム、なかんづく、テーマ・ソングと画面がつくりだす独特のムードが好きなのか、嫌いなのか? 留保なしというわけではありませんが、やはり嫌いではないようです。それはそうでしょう。このムードが嫌いだったら、そもそもはなから日活アクションは見られません。

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留保をつけるとしたら、曲の善し悪しにある程度左右される、ということと、映画のでき次第で、この「日活アクション・コーダ」に浸れるか否かが決まるようです。もちろん、『霧笛が俺を呼んでいる』は、曲の出来も上々、映画の出来も(脚本にはいろいろ文句をつけたが)よく、これで「コーダ」がなかったら腹を立てたでしょう。

ふと思いました。日活には、「ムード・アクション」と呼ばれた作品群がありました。勝手に定義を試みると、「ラヴ・ロマンス色が強く出たアクション映画」といったところでしょうか。『赤いハンカチ』『夜霧よ今夜も有難う』『帰らざる波止場』といったあたりの、石原裕次郎と浅丘ルリ子が共演した映画が、代表的な「日活ムード・アクション」といえるかと思います。

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そういう作品群が登場するのは1963、4年と考えていいのでしょうが、『霧笛が俺を呼んでいる』は、すでにのちの「ムード・アクション」の手ざわりをもっています。たんに、石原裕次郎と浅丘ルリ子ほどには男女の距離が縮まらず、お互いに「好意をもつ」段階でとどまることがちがうだけです。

だから、赤木圭一郎と芦川いづみがはじめて「肉体的接触」をするのは、霧の埠頭での別れの場面、ただ握手をするだけなのです。握手ですよ。日活映画は不良の見るものなんて、だれがいったのでしょうかね!

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by songsf4s | 2009-11-15 23:57 | 映画
『霧笛が俺を呼んでいる』 その5 木村威夫タッチのナイトクラブ

先は長く、遊んでいる余裕はないので、本日も無愛想に、枕なしで話に入ります。あしからず。いや、たいていのお客さんにとっては、そのほうが好都合でしょうが。

◆ 木村威夫ここにあり ◆◆
刑事との対話のシーンの直後に、説明なしで、芦川いづみがステージに登場して、彼女がクラブ・シンガーだということがわかります。その歌の最中に、赤木圭一郎が客としてクラブに入ってきて、バーカウンターのストゥールに腰を下ろします。埠頭で刑事たちと話したその足でここにやってきた、という想定でしょう。

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ステージのデザインが不思議なので、拡大してみた。上部は書き割りで、「『サンダカン八番娼館 望郷編』のような絵」と美術監督はいっている!

かくしてファンならご存知、日活アクションを特徴づける「毎度毎度のナイトクラブ・シーン」の幕開けです。ただし、小林旭の映画ではないので、白木マリのダンスはありません! おあいにくさま。

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こうなると、撮影監督としては、この複雑なセットを駆使して、さまざまな撮り方がしたくなるにちがいない。映画美術とはたんなる視覚デザインではないのだ。

「ナイトクラブの魔術師・木村威夫」なんていったりはしないのでしょうが、わたしとしては、そう呼びたくなります。『東京流れ者』のクラブ〈アルル〉は、いまや「木村ナイトクラブ」の代表作とみなされていますが、今回、20年ぶりに『霧笛が俺を呼んでいる』を見て、ちょっとばかり愕きました。

鈴木清順関係の書籍ではすでに繰り返し指摘されていることなのかもしれない、と先にお断りしておきます。わたしがこの『霧笛が俺を呼んでいる』のナイトクラブを見てビックリしたのは、その構造が鈴木清順的なのに、この映画は清順とは無関係だということです。どこが清順的か?

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一瞬、スプリット・スクリーンかと思うが……。

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キャメラが引くと、現物自体がスプリットされていただけとわかり……。

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じつは、ブロックガラスの壁をはさんで、ステージの反対側に事務室があり、そこから見たショットなのだとわかる。

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事務室では、二本柳寛のボスと内田良平の子分がよからぬ相談をしている。

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さらにキャメラが引くと(クレーン撮影なので、手前に広い場所が必要だ)、待ってました、深江章喜登場。今回も殺し屋に違いない、という風情なり。

というように、ステージの向こうにはオフィスがあり、ガラスを通して客席をのぞける構造になっているのです。これを見れば、清順ファンならだれでも『野獣の青春』を思いだします。しかし、『野獣の青春』の美術監督は木村威夫ではなく、横尾嘉良(ヨシナガ)なのです。

この算術の答えはなんでしょうかね? いちばん単純な解は、木村威夫と鈴木清順は、視覚的な構造の概念を共有するソウル・ブラザーズであった、というあたりでしょうか。もっと単純な答えもあります。鈴木清順ないしは横尾嘉良美術監督が、『霧笛が俺を呼んでいる』のセット・デザインを見て、このアイディアを拡大解釈した、ということです。

『野獣の青春』は近々取り上げる予定なので、ここではこれくらいにしておきます。このガラス・ブロックの使い方は、モンドリアン・パターンの現代版といったおもむきで視覚的にも面白いし、セットの構造という面でも興味深く、きわめて木村威夫的なデザイン、といえます。

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キャメラは再びガラスブロックに迫り、その向こう側で、赤木圭一郎と芦川いづみが話すすがたを捉え、事務室のワルたちが、二人の接近を警戒しはじめたことが観客にも伝わる。

木村威夫美術監督は、このナイトクラブのセットについて以下のように回想しています。

「芦川が上り下りする階段を配して、随分凹凸をつくったような印象があるね」
「建築的なものじゃなしに、敢えていえば、反建築的世界だよ。ドラマの組み立てから、逆にキャバレーの形式を打ち出していったんだ」


おかしなことに、というか、当然というか、木村威夫がデザインした映画のなかのナイトクラブを見て、そういうクラブをつくってくれという注文があり、いくつか現実のナイトクラブを設計したことがあるそうです!

赤木圭一郎と芦川いづみがラジオに出演したときの録音というのがあったので貼り付けておきます。

キャバレーセット ラジオ放送


台本を読んでいるような放送で、いまとはずいぶん感覚が違います。赤木圭一郎が芦川いづみの歌を褒めていますが、これはたぶんプロの歌手のスタンドインでしょう。赤木圭一郎だってそのことを知っていたでしょうが、台本どおりに「演じた」と思われます。

◆ 駄菓子もまた捨て難し ◆◆
親友の死に関する事実を知る女が、冒頭に出てきたバー〈35ノット〉に勤めていて、芦川いづみと会ったあとでホテルに戻った赤木圭一郎は、その女からの「やっと話す気になった」という伝言を聞きます。

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女がバーのカウンターから、そういう重要な電話をかける(しかも、このバーが一味の内田良平が差配していて、その部下が女をいつも見張っている!)のは、この脚本のもっとも安易なところで、日活にかぎらず、昔の映画、とくに邦画にはよくある欠陥でした。こういう馬鹿馬鹿しさを回避するのはむずかしくないと思うのですが、映画関係者は視覚的に処理したいと考える傾向があり、絵のほうが先走ってしまうのでしょう。

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そもそも、この女を危険視し、見張っていて、口を開きそうだとなるや、まずい、すぐに消せ、なんていうくらいなら、もっと早い段階でそうしておくはずです。赤木に死体を発見させるという、これまた映画的効果と、書く側の話の運びの都合を重視したもので、論理的にはたがをはめるようにビシッとプロットに収まっているわけではありません。

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活動屋さんは「映画は理屈ではない」というでしょうが、要所要所でプロットのパーツとパーツをカチッとはめてくれないと、ドラマは弱くなっていきます。子どものころ、わたしが邦画を見なくなっていったのは、「そんな馬鹿な」と思うことが度重なったからです。いまさらわたしごときがなにをいってもはじまりませんが、双葉十三郎はリアルタイムでくりかえし日本映画界に苦言を呈しているわけで、批評家の言葉では客は来ない、などといわずに、すこしは耳を傾けるべきでした。

ただし、おかしなことに、これだけ時間がたち、「あ、またテキトーな処理をしやがって。まじめにやれよ」と思うことが習慣となった結果、これが日活映画(および昔の邦画全体)の味であるような気もしてきました。小津安二郎や溝口健二や成瀬巳喜男の映画には、こういう駄菓子のような味はないので、シナリオの欠陥、ご都合主義をプログラム・ピクチャーの持ち味として積極的に評価したくなってしまいます。時の経過による意識の変化というのは、じつにもって摩訶不思議ですな。

◆ 城ヶ島の磯に ◆◆
遺体の発見者として赤木圭一郎が、警察でまた西村晃の取り調べ(麻薬ルートを追っていたというので風紀課だと思っていたが、殺人課だったのね!)を受けるシーンが溶暗して、つぎのショットは郊外の風景になります。

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ここになにか高いものがあったのだろうか? それとも櫓を組んで撮影した?

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現在では、田園風景のなかにずいぶん住宅が混じり、週末は道路が渋滞するようになったが、三浦に行けば、いまでも道路ぎわに畑が広がっているのを見ることができる。もっとも、三浦大根の作付けは激減したらしいが!

前日、芦川いづみと話ができていたという設定なのでしょう。特段の必然性も説明もなく、二人は城ヶ島にドライヴします。「画面を動かしたい」という衝動はよく理解できるので、「映画的チェンジ・オヴ・ペース」なのだと解釈しておきます。

城ヶ島で赤木圭一郎は芦川いづみの言葉から、謎を解くヒントを得ますが、これだって、横浜でもかまわないことです。詰まるところ、美男美女をどこか景色のいいところに遊ばせよう、ロマンスの芽を感じさせようという意図の、視覚的な刺激だけを狙ったシーンです。

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郊外へ、と思ったとき、城ヶ島が選ばれたのは、横浜から遠くないということはもちろんですが、このとき、城ヶ島大橋ができたばかりで、観光資源としての価値があったためでしょう。と山勘で書いておき、泥縄で調べました。

神奈川県サイトの城ヶ島大橋ページ

1960年竣工なので、新しいもなにも、出来たてのホヤホヤ、まだ橋が柔らかいうちに(!)ロケしたことになります。わたしら神奈川県民の小学生も、このころ、みなこぞって遠足で城ヶ島に行き、北原白秋の名前をたたき込まれ、歌碑の前で記念写真を撮られました。しかし、国や市のものではなく、県主導でつくり、現在も県が管理しているものとは、いまのいままで知りませんでした。

というだけで、とくに書くべきことはないので、あとはスクリーン・ショットをご覧にいれます。

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ここはすぐに撮影場所がわかった。遠くに見えている岩のアーチのようなものは、〈馬の背洞門〉という名前までつけられている名所。

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昨年、城ヶ島に行ったときに撮った馬の背洞門の写真。映画は丘の上で撮っているが、こちらは磯から撮った。

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こういうこともあろうかと思った――はずもないが、「切り返した」写真も撮っておいた。馬の背洞門の前から、向こうの丘を望んでいる。左端、丘が海に向かって下っていくあたりにベンチがあり、映画はそこで撮影をしたのだと推測する。

城ヶ島は、この映画が撮影された半世紀前とあまり変わっていないようです。昨年撮った写真でわかるように、馬の背洞門は相変わらず崩れていませんし、ひどく混み合うこともありません。平日の早朝なら、無人の海岸のロケがいまでもできると思います。

グーグル・マップ・リンク
城ヶ島 馬の背洞門付近

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映画をつくる人たちとしては、やっぱりこういうショットが撮りたいのでしょうね。

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このロープの切れ端がヒントになる、といってもそれほどミステリー的興趣があるわけではないが。

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橋の位置から考えて、島の東端、現在、小さな灯台(城ヶ島灯台ではない)があるあたりでの撮影だと思う。昨年、城ヶ島で遊んだときは、このあたりにユリが咲いていて、その写真は撮ったのだが、こういうアングルで橋を捉えた写真は撮らなかった。

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これでようやく上映時間にして30分ほどです。まだ検討したいセット、ロケ地は相当数あるので、長丁場と覚悟を決めて、のんびり行きます。

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by songsf4s | 2009-11-13 17:14 | 映画
『霧笛が俺を呼んでいる』 その4 「バンド」と日本

前置き抜き、説明なしで前回、途中で終わってしまった「横浜バンド」の話にダイレクトにつなげます。説明の必要性から、前回掲載した「バンド」の写真をもう一度掲載しておきます。

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◆ 氷川丸以前! ◆◆
刑事たちと赤木圭一郎の対話の中身はさておき、問題はこのロケ地、そしてここから見える風景です。じつにもって、へへえ、でした。なんといっても、氷川丸がないのに愕いて、思わず調べました。

日本郵船歴史博物館 氷川丸のページ

同 歴史の生き証人「氷川丸」

日本郵船歴史博物館はこの「横浜バンド」にあります。わたしは一度入館したことがありますが、昭和戦前の歴史が趣味なので、それなりに楽しく過ごしました。図書資料も豊富です。

日本郵船のウェブサイトで調べたかぎりでは、氷川丸がホテル・ニューグランドの正面に係留されたのは1961年のようで、『霧笛が俺を呼んでいる』はその直前に撮影されたことになります。

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幼いころ、うち中で動かない氷川丸に「乗船」し、帰りに中華街で食事をした記憶がありますが、それはきっと61年のことなのでしょう。子どものいる家というのは、話題になったアトラクションには、古びる前にすぐに行くものですから。東京タワーもマリンタワーも、できたとたんにのぼった記憶があります。昭和30年代的心性なのか、いや、いまでも同じでしょうね。

◆ キングかクウィーンかジャックか? ◆◆
正面手前は山下公園ですが、夕暮れなので不分明。その向こう、左寄りのビルはニューグランド、その右手は、すでにシルク・センターができていたのだろうと思います(1959年竣工だそうな)。

久生十蘭によれば、船の送迎のあとは、ニューグランドかバンド・ホテルで一餐だったそうです。わたしの若いころは、船で外国に行くのはめずらしくなっていたのですが、それでも、不思議なことに、大桟橋で三度も出迎え、二度も見送りをしています。そういう場合、もちろんニューグランドも使いましたが、シルク・センターも使いました。そこが十蘭の時代とは違うところです。

右端に見える塔はちょっと悩みました。しかし、よく見ると二つのようなので、あとは高さ(見た目の高さなので、遠近も関係する)の問題だけです。低いほうが横浜開港記念会館、高いほうが横浜税関(このページには他のふたつの塔の写真も掲載されている)だろうと思います。ただし、低いほうは神奈川県庁かもしれません。小さなシルエットだけなのでなんとも判断しかねます。

税関は海に面して建っているので、これだけはまちがありません。横浜税関の地下には展示室があります。ここもなかなか興味深い展示がありますし、クラシックな建築の地下を見学できるという余録もあります。

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横浜税関ファサード。税関のオフィシャル・サイトから拝借した。じつに興味深いことに、この建物は陸に背を向け、ファサードを海に向けている。玄関は海に向かって開いているのだ。

木村威夫じゃありませんが、昔の建物はやはり「寸法がちがう」のです。わたしは好んで戦前の建築の地下に入っていますが、一般論としていえることがあります。「現今の建築より階上は天井が高いが、逆に、地下は現今の建築より天井が低い」という原則です。これ、かなりの確率で当たっているはずなので、機会があれば、古い建物の地下に入ってご確認あれ。天井に違和感を覚えるでしょう。

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横浜開港記念会館。こちらもオフィシャル・サイトから拝借した。半地下式になっているので、歩道を歩いているだけでちょっと昔にタイムスリップしたような気分になる。

◆ 海岸都市または彼岸の風景 ◆◆
みなさんはどうお感じかわかりませんが、わたしはこの「バンド」をつくづく眺めていて、なんだか寂しいなあ、と思いました。主として上海バンドを思い浮かべているせいですが……。

わたしは旅というものをしない人間で、各地の風物についてはなにも知らないのですが、日本には「バンド」といえる海岸の町並みがあるのでしょうか。小さな漁業の町に行くと(たとえばわたしが知っている場所では三浦市の三崎港)、海に正対する形で町並みができています。海岸、海岸道路、家並み、という並びで、家々の正面が海に向かっているのです。

しかし、「都市」といえる場所で、大廈高楼がファサードを海に向けている、という土地が日本にあるのでしょうか。函館、室蘭、神戸、博多、新潟など、可能性を感じる場所はありますが、どうなのだろうかと思います。

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函館港。この坂道を小林旭と二本柳寛がのぼったのは、『ギターを持った渡り鳥』でのことだった。

日本中を歩いたわけでもないのにこういうことをいってはなんですが、日本の都市は、おおむね「海に背を向けている」といっていいのではないでしょうか。わたしの生活圏でいうと、たとえば湘南の海沿いには道路があり、それに沿って海に正面を向けて建物が建っていますが、大廈高楼といえるようなものはほとんどありません。ポツポツとホテルがある程度です。

東京にもそういうところはないでしょう。隅田川沿いですら、建物のほとんどは川に背を向けています。日本の大都市の海岸、河岸というのは、港湾施設、荷揚施設が集まるところであり、一般市民が遊興したり、買い物したりする場ではないのです。

そうなったについては、万やむをえぬ事情があったのだろうとは思いますが、都市の発達という側面から考えると、これは大間違いだったと思います。

たんなる間違い都市作りの一例としてあげるだけですが、いまどき、大都市のコンビナートなど、まったく無用の長物と化しつつあり(いまは加工済みの製品が来るので、都市部の石油精製施設は不用)、半世紀前とは事情が一変しています。横浜の根岸、磯子の海をつぶしたのは、ほんの一瞬の用に供する無駄遣いだったことになり、いまでは愚なる為政者の果てしない無思慮無分別の証拠として、コンビナートが無価値有害に残されています。

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バブルのときに「ウォーター・フロント」という「流行」があったのは、方向性としては間違いではなかったと思います。金がだぶついているときにしか大都市の改造はできません。でも、明確なヴィジョンと方向性を感じない開発ばかりだったような気がします。

横浜は相対的に(ということは東京にくらべてという意味にすぎないが)いい方向を目指したと思うのですが、経済情勢の激変に足をすくわれたのか、ちょっと、いや、ひどく寸足らずでした。それでも、「市民が憩う港」が部分的には実現されたと思います。

横浜に小規模な「バンド」ができたのは、ここが外国人居留地だったからであり、日本人の意思によるものではありません。結局、日本人のもっとも苦手とするところは、「都市を構想する」ことなのでしょう。

日活は、われわれが不得手とする「美的都市空間の構築」を、ロケーション・ハンティングとキャメラのフレーミングとフィルム編集によって、映画のなかだけで仮想的に実現しました。日活描く都市横浜は、現実の横浜ではなく、視覚的にパラフレーズされた「彼岸の横浜」「あらまほしき横浜」「そうであってほしい日本」だったのです。意図されたものではなく、なかば無意識に生じたサイド・キックなのかもしれませんが、これが「わたしが日活映画を見る理由」のひとつです。

またしても、一回に1シークェンスというのろまなことになってしまいました。つぎはいよいよ、木村威夫美術監督の腕が発揮されるナイトクラブへと向かいます。

by songsf4s | 2009-11-12 23:59 | 映画
『霧笛が俺を呼んでいる』 その3 突堤と病院

一度に1シークェンスなどというペースでは、いつまでたっても終わらないので、今日はスピードアップしようという決意で望んでいます。

しかし、テンポが遅いのにはそれなりの理由があります。木村威夫美術監督のフィルモグラフィーを眺めていて、そうか『霧笛が俺を呼んでいる』がそうだったか、あれは横浜が舞台で楽しかった、という、それくらいの気分で、この映画を見返したのですが、いざ検討にとりかかったら、日活アクションの魅惑のエッセンスが詰まった作品のような気がしてきたのです。

もうひとつ、舞台になったのが横浜、それも海岸付近が中心なので、あれこれと記憶がよみがえってしまう、という個人的な事情もあります。この舞台の選択は「無国籍性」と密接に関連しています。

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なぜ「無国籍」だったのか? それは当時の日本がひどく野暮な国に感じられたからです。だから、「無国籍」ではなく、正確には「非日本」「アンチ日本」なのです。いまの言葉でいえば「クールな」世界をつくるために、日本的要素を排除していったのが「日活無国籍アクション」です。

『霧笛が俺を呼んでいる』は、いまの若者の目には「クール」には映らないでしょうが、なにがクールか、なにが「イン」か、なにが「ヒップ」かは、すぐれて時代のコンテクストに依存します。いま現在「クール」なことは、明日の「スクェア」であることがすでに保証されています。

日本がイヤでイヤでしかたなく、非日本的音楽の極北であるロックンロールに狂った少年の目には、日活だけが「クール」な映画スタジオでした。『霧笛が俺を呼んでいる』のシーンのひとつひとつ、セット・デコレーションの細部、小道具、台詞が、わたしの大嫌いだった昭和30年代の日本国の現実を逆光で照らし出すのです。

◆ 日活突堤 ◆◆
それではシーンに戻ります。バンド・ホテルで芦川いづみを見かけた翌日、赤木圭一郎は、かつて親友が住んでいたアパートにいき、管理人に話を聞きます。

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このアパートも明らかに戦前の建築。スクラッチ・タイルや全体のデザインからわかる。いまあればもちろん写真を撮るし、なかにも入りたい。屋上にもなにか見るべきものがあると思う。

ここはロケ地の同定ができませんが、山勘でいえば、新山下のどこかではないかと思います。もっと南の、本牧の可能性もあるかもしれませんが。この風景、とくに小さな鉄の橋に見覚えがあるという方がいらしたら、ぜひコメントにお書きになってください。周囲の風景は変わっても、橋は残っている可能性があるので、チャンスがあったら、写真を撮りに行きたいと思います。

この管理人の話で、親友の死を知り、その水死体が発見されたという突堤に、赤木圭一郎は花を捧げに出向きます。

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横浜港にはこういう突堤がいくらでもあるので、どれだとはいいかねます。ただし、映画を作る側としては、どの突堤でもいい、などというはずがなく、おそらく、日活映画に登場した横浜港の突堤は、ひとつだけでしょう。これも地元では有名だったでしょうから、ご存知の方がいらしたら、ぜひご教示ください。

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突堤で話し合ったあと、芦川いづみは赤木圭一郎を墓地に案内する。ロケ地はおそらくバンド・ホテルの裏手、現在の「港の見える丘公園」付近だろう。

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どうも本物の墓地ではなく、空き地に墓石を並べたように見える。まったくの偶然だが、ブライアン・デ・パーマの『愛のメモリー』の墓を想起させる。

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二人を西村晃が尾行している。

◆ 日活御用達病院 ◆◆
芦川いづみに会い、親友の妹が足の手術のために横浜の病院に入院していることを知った赤木圭一郎は、果物かごをもって病院を訪れます。まだタイトルに「新人」と出ていた吉永小百合(デビュー作とはかぎらない。どういう決まりになっていたかは知らないが、「新人」表示は数作にわたってつづく)の美少女ぶりは印象的ですが、わたしは根が無粋なので、目はつねに背景へと向かいます。

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ここは一目でロケ地がわかります。『スター・トレック』の宇宙船エンタープライズそっくりの形をしたマーキーは、忘れようにも忘れられるものではありません。横浜中央病院というところです。グーグル・マップのリンクをおいておきます。

横浜中央病院航空写真

というように、足を運ばなくても、この写真を見れば、はっきりとあの特徴的なマーキーがわかるので、現存を確認できます。マーキーにかぎらず、全体にすぐれたデザインの病院で、現存はまことにもって慶賀に堪えません。今後も長いあいだ、道行く人の目を楽しませてもらいたいものです。

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病室の外景は、あの周囲の風景と矛盾しないように感じます。内部も現地でロケではないでしょうか。いや、病院が院内での撮影を許可するかどうかは微妙ですが。

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屋上もこの病院の屋上で撮影したのだろうと思います。チラッと近くに見える褐色のスクラッチ・タイルの建物が気になります。ひょっとしたら、同潤会山下町アパートではないでしょうか? かつての古建築行脚では、同潤会アパートをすべて撮影したかったのですが、横浜の同潤会アパートは、平沼町(小津安二郎『東京物語』に登場する。戦争未亡人の原節子が住んでいるという設定)、山下町、ともに取り壊し後で、残念な思いをしました。

横浜中央病院は、横浜港や山手や元町に近いという地の利と、派手なデザインのおかげで、日活アクションに何度か登場しています。いま、どの映画と思いだせないのですが、裕次郎がこの病院に入院しているというシーンがあったと思います。

そういっては病院に失礼かもしれませんが、「病院まで“日活ぶり”しているじゃないか」と感心してしまいます。いえ、正しくは、横浜の風土に由来する、と考えるべきでしょう。それが日活の持ち味にピッタリだったというだけです。

◆ 横浜バンド夕景 ◆◆
病院を出た赤木圭一郎は、二人の刑事に呼び止められます。西村晃はこのころ、悪役が多かったと思いますが、こういう役でもピタッとはまって、プロだなあ、と思います。

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右手に見える全面ガラス張りの階段室のデザインが秀抜。思わず見ほれてしまう。

子ども心に焼きついているのは、『越前竹人形』で西村晃が若尾文子を「襲う」シーンです。水戸黄門も若いころはひどいことをしたものですな! これで若尾文子は妊娠してしまい、記憶はおぼろながら、たしか、水子にするという話だったと思います。色気づいた小学生は、意味がわからないながらもストーリーを記憶し、あとで、なるほど、あれはああいう意味か、と納得しました。

この映画では湯浴みのシーンもあり、若尾文子の裸の背中にもドキドキしました。子どものときに見たきりで、45年ぐらいはたっているのに、そういうことはぜったいに忘れないようです!

それはさておき、二人の刑事は赤木圭一郎を埠頭に連れて行き、これまでの経緯を話します。赤木の親友は麻薬ルートの大物で、彼らはそのルートを追っていたというのです。それで赤木圭一郎も、芦川いづみに突堤に行くように電話したのは刑事たちだと覚ります。観客のほうは、霧の夜、バンド・ホテルの外で芦川いづみを見張っていたのも、この二人だということを知っています。

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グーグル・マップ・リンク
山下埠頭

上記地図の「7号物置場」のあたりがロケ現場だろうと思います。形から想像するに、これはあとから付け足された部分かもしれないので、じっさいにはもうすこしズレた位置である可能性もあると思いますが。

この「バンド」の風景からいろいろなことを思ったのですが、ひどく長い話になってしまったので、それは次回送りにします。

by songsf4s | 2009-11-10 23:59 | 映画
『霧笛が俺を呼んでいる』その2 バンド・ホテル

『霧笛が俺を呼んでいる』は、いちおうミステリー仕立ての映画なのですが、その方面の興味は薄く、親友の消息という「謎」は映画のなかほどで「解決」されます。謎も謎というほどのものでもなければ、解決も解決というほどのものでもありません。純粋な謎解きものではないのです。

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この記事では、あるショットのコンテクストを説明するときに、「謎」の答えにふれる可能性が高く、そういうことをおおいに気にされる方は今回はパスされたほうがいいでしょう。つぎの段落ではそのことにふれます。

◆ ハリー・ライム物語 ◆◆
日活映画(にかぎらないだろうが)は、さまざまな外国映画をベースにしてプロットをつくっています。とりわけ「日活好み」だったのは、『望郷』『カサブランカ』『第三の男』ではないでしょうか。この三作はプロットやシーンの設定に何度も借用、引用されていると思います。

赤木圭一郎扮する航海士が消息不明の友人を探す、という『霧笛が俺を呼んでいる』の設定はすでに書きました。それだけでもう観客は、『第三の男』パターンか、と予測を立てます。そして、さまざまな状況がこの予測を裏づけ、わかってみるとやっぱり『第三の男』だった、という映画です。

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どこかで見たような……『第三の男』

したがって、ミステリー的興趣はほとんどありません。出だしの展開を重くしない潤滑剤として、「冒頭に興味深い謎を提示する」という探偵小説的アプローチを利用しているのです。

冒頭で謎が提示されるが、謎解きものではない、というのは日活アクションの典型的パターンです。謎解きの興味が最後まで持続したり、真犯人やその他の謎が解明されたときに、多少とも意外の感を味わうことはめったにありません。

以上、先に弁明しておき、あとは遠慮会釈なしに書くことにします。

◆ ロケかはたまた「ピックアップ」か ◆◆
舞台は、霧の埠頭、霧の裏町、紫煙の船員バー、と移動し、バーでの乱闘のあと、赤木圭一郎はホテルに部屋をとり、ロビーから階段で二階のレストランにあがります。

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ここで使われているバンド・ホテルは実在しました。この「バンド」は「上海バンド」などと同じもので、水辺の通りのことです(ふつうは海岸らしいが、上海の場合は前は海ではなく、揚子江だから、水辺とした)。

残念ながら、わたしはこのホテルに入ったことがありませんし、すでに取り壊されているので、内部の撮影がロケなのかセットなのかは判断できません。感触だけでいうなら、セットでしょう。

その理由のひとつは、レストラン内部を何回か横移動で捉えていることですが、しかし、回廊状になっているようなので、そこに移動車をおけば、ロケでも移動撮影ができるような気もします。たんに、なんとなく、全体の造りや汚れぐあいがセットに感じられるだけです。小規模なホテルの内部での撮影はやりにくいだろうとも推測します。ステディー・カムによる手持ち撮影などということはできなかった時代です(以前取り上げた、スタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』はステディー・カムを多用している)。

ただし、セットであっても、おそらくは「ピックアップ」と木村威夫が呼んでいた、現物の忠実なコピーでしょう。それなりに名を知られたホテルの実名を出したのだから、内部を大きく変更するわけにはいきません。それに、これがセットだとしたら、かなり規模が大きく、この映画にそれほどの予算があったかどうかはわかりません。

◆ 窓を開ければ…… ◆◆
藤浦洸は、このバンド・ホテルをイメージして、服部良一作の曲に「窓を開ければ、港が見える」という詞をつけました。淡谷のり子の「別れのブルース」です。

久生十蘭は昭和24年の長編『だいこん』のなかでこう書いています。

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十蘭の『だいこん』は、昭和20年8月15日から、同9月2日のミズーリ号艦上での降伏調印までにあった、軍部、政界のさまざまな動きを、鎌倉に住むリベラルな外交官の娘の目を通して描いたものです。

事実をゆるがせにする書き手ではないので、当初、司令部がバンド・ホテルにあり、その後、税関に移ったというのはほんとうなのでしょう。誤解されている方がいるといけないので急いで付け加えますが、このときダグラス・マッカーサーはまだ日本に着いていません。したがって、バンド・ホテルのすぐそばにあるホテル・ニューグランドに止宿してもいません。マッカーサーが厚木基地に降り立ったのは8月30日、降伏調印式の直前のことでした。

それよりも、久生十蘭という稀有の作家によって、終戦直後の「横浜バンド」のすがたが描写されていることに、何度読んでも興奮を禁じえません。山下公園一帯、とくにニューグランドにはかつてはよくいったし、書物によって、この一円が占領軍に接収されていたことも知っていましたが(山下公園にかまぼこ兵舎が並んでいる写真のなんとショッキングだったことか!)、作家がインティミットにその現実を描くのは、歴史書の「客観」を標榜した記述とはまったく次元が異なります。しかも、ただの作家ではありません。作家のなかの作家、日本文学史上のベストのひとりが書いておいてくれたのです。

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残念ながら、『だいこん』を収録した三一書房版全集は入手難、目下刊行中の全集新版は、まだ『だいこん』収録の第六巻の配本にいたっていません。青空文庫もチェックしましたが、久生十蘭の仕掛品リストによると、入力中、未公開です(よけいなお世話かもしれないが、青空文庫が底本にしている三一版全集は誤脱が多いし、社会思想社の文庫本はさらに質が悪い。入力後にもう一度、新版での交合、じゃなくて、校合が必要だろう。久生十蘭作品の校訂には十分なフランス語の知識が不可欠だが、三一版も社会思想社版も、フランス語のルビがまったく問題外だった。「寝椅子」のルビの「ディバン」ないしは「デイバン」あるいは「デイヴアン」か、どうであれ、これくらいのことはまちがえないで欲しい。フランス語など目に一丁字もないわたしですらdivanぐらいは知っている)。

しかし、まもなく新版全集か、青空文庫で読めるようになるので、枕を高くして果報は寝て待てばよろしいでしょう!

◆ 吹き抜けと回廊 ◆◆
毎度のことながら、話がサブルーティンに入り、さらにサブ・サブ・ルーティンに潜り込んで失礼しました。人間の思考構造の美点も欠点も、この連想機能にあるのだからしかたがない、と開き直っておきます。まあ、わたしの場合は明白に欠点でしょうが。それではメイン・ルーティンに復帰。

ホテル内部の構造は、あつらえたような「日活ぶり」です。日活アクションに登場するホテルの構造というのはいつも興味深いのですが、このバンド・ホテル内部の造りは、ほとんど祖型的といっていいでしょう。ほかの映画にこの造りがやがて木霊することになりますが、そのへんは、その映画にたどり着いたときのことにしましょう。

このような構造は当然キャメラワークに影響します。姫田真佐久撮影監督は、この場面の撮影を楽しんだのではないでしょうか。動かしようがないとフラストレーションを感じるでしょうが(小津安二郎は例外だが!)、これならいろいろな撮り方ができます。

そして、ここで赤木圭一郎は芦川いづみに出会います。どうやら、外でなにかイヤな出来事があってここに逃げ込んだ様子の芦川いづみは「窓を開ければ、港が見える」で、窓の外に目をやり、胡乱な人物に気づきます。

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窓の外はセットには思えないので、やはりロケなのでしょう。ということは、スクリーン・プロセスではめこんだ? 芦川いづみが外景にかからない位置に立つことで、スクリーン・プロセスであることをわかりにくくする処理をしているのではないでしょうか。いや、スクリーン・プロセスにしては外景が鮮明で、悩んでしまいますが。でも、この設定で内景と外景をいっしょにきれいに収めるのも、それはそれでむずかしいでしょう。

細かく、意識的にキャメラの動きと画面の感触を見てきて、姫田真佐久撮影監督の仕事ぶりは、やはり名人上手といわれただけのことはある、文句なしだと感嘆します。

◆ バンド・ホテル・スーヴェニア ◆◆
なんとも進みがのろくて困ったものですが、今日はついにバンド・ホテルだけでおしまいです。

目下、散歩ブログでやっている古建築写真特集で利用している写真を撮って歩いたころに、バンド・ホテルまで行ったことがあります。80年代のことです。しかし、見た目にも老朽化がひどくて、なんだか撮るに忍びず、そのままにしてしまいました。

「窓を開ければ港が見える」で有名になったのに、その後、高架に目の前をふさがれ、「窓を開ければ高速が見える」になり、「バンド」に建つホテルの味を失ってしまったのは、このホテルにとってはなんとも不運でした。

毎日新聞のバンド・ホテルの記事

グーグル・マップのリンクをおいておきます。この地図でドンキホーテになっている場所が、バンド・ホテルの跡地です。

バンド・ホテル跡地(ドンキホーテ)

次回は、新山下のアパート、突堤、病院、この三つぐらいはこなしたいと思っています。「新人」吉永小百合も登場することになるでしょう。

by songsf4s | 2009-11-08 23:59 | 映画
『霧笛が俺を呼んでいる』 その1

前回は「予告篇」をやったので、今日からは『霧笛が俺を呼んでいる』を見ていきます。

しかし、なにをどう見るのか、今回はまだ考えがまとまらないまま、ブログは待ったなし、書きながら考える、でやっていくことにします。思いつきでいうと、「わたしが日活アクションを見たくなる五つの理由」てな方針かもしれません。

◆ 目と耳に訴えかける「非日本」 ◆◆
すでに前回の「予告篇」で見てしまったのですが、改めてオープニングに戻ります。このとろっととろけるような甘みのある夜のクレーン・ショットだけで、わたしはもう「その気」になってしまいます。日活映画にしかない味がたっぷりしみこんだ濃厚な絵作りです。

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このピックアップ・トラックの車種にしても、色彩にしても、偶然のはずがない。日本のトラックではないだろうし、こういう色もそこらにあるものではない。木村威夫美術監督が指定したものに違いない。慎重に非日本的要素が選択され、画面作りに、映画全体のムード作りに寄与するように並べられている。

もちろん、音楽も不可欠です。コンボの4ビートの曲、ビッグバンドでの派手な入り方というのもないわけではありませんが、やはり「正調日活アクション」は歌、それも主役スターが歌うものでなければいけません。だからこそ、歌が得意とは思えない宍戸錠や二谷英明も主題歌をうたったのです。

日活アクションが「無国籍」と評された理由はさまざまあるでしょう。

・台詞が外国映画のように気取っている。
・日本ではありえないような事柄や事件が頻出する(殺し屋の登場やギャングの銃撃戦)。
・ロケ地の選択、セット・デザインが非日本的。
・そうした被写体を捉える手法もまた非日本的で、しばしば外国映画のようなムードが画面に漂う。
・画面に合わせてスコアも非日本的で、コンボによる4ビートの曲がよく使われる。

こんなところでしょうか。アクションものに関しては、こういうファクターについて検討すればいいのではないかと思います。

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◆ 世界一の「4ビート・スコア・スタジオ」 ◆◆
予定では違うことを書くつもりだったのですが、スコアのことを書いたら、自分で、そうだなあ、これは極端だ、と思いました。日活はひょっとしたら「世界でもっとも4ビートのスコアを多用したメイジャー・スタジオ」と定義していいのではないでしょうか。

同時期(1950年代終わりから1960年代なかば)を見渡して、日本ではこのように4ビートを多用した撮影所はほかにありません。これは当然で、どなたでもすぐに想像がつき、納得がいくでしょう。もっとすごいのは、ハリウッドにだってこんなスタジオはない、ということです。

意外だ、などという人は、あの時代のハリウッドのスコアをご存知ないのです。スタジオ所属のオーケストラは50年代後半に解体されるのですが、それまでの遺産がたっぷりあるので、「映画スコアとはすなわちオーケストラ音楽である」というパラダイムは、その後も厳として存在しつづけました(どこでそれが壊れたかは見方が分かれるだろうが、ひとつのきっかけは1969年の『イージー・ライダー』だった)。

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『オズの魔法使い』のスコアを録音中のMGMオーケストラ。

ハリウッド映画で、スコアに4ビートが使われるようになるのは50年代に入ってからのことです。ジャズ・プレイヤーがスコアでプレイするようになるのも同じ時期です。

しかも、どういう映画にジャズ・スコアが使われたかはすでに完璧に研究済みというほど、数は限られています。『巴里のアメリカ人』『欲望という名の電車』『黄金の腕』『成功の甘き香り』などです。後二者はミュージシャンの物語なので、厳密には「スコア」とはいえず、「現実音」に分類すべきかもしれません。それほどにハリウッド映画のスコアでは、4ビートは傍流、少数派でした。

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◆ 日活の特殊事情 ◆◆
日活はハリウッドのどのメイジャー・スタジオにくらべても、圧倒的にジャズ・スコアを多用したと断言できます。なぜそうなったかも、簡単に推測できます。

ヴェテランのエンジニアが話していましたが、ハリウッドの撮影所のサウンド・ステージは、90ピースのオーケストラがプレイすることを前提につくってあったそうです。90ピースといえば、フル・スケールというか、これ以上大きなオーケストラはめったにないぐらいの規模です。

それに対して、4ビートのスコアはどうか? ビッグ・バンドといったって、20人もいれば十分に「ビッグ」なサウンドになります。コンボでよければ、三人にはじまって、せいぜいセクステットかセプテットぐらいで十分です。もうおわかりでしょう。コストの問題です。

いや、もうすこし考慮するべきファクターがあるかもしれません。いわゆる「ジャズ・コン(ジャズ・コンサート)・ブーム」というものがあり、他の撮影所とは異なり、日活(の少なくともだれか)はそれを十分に計算に入れ、『嵐を呼ぶ男』という映画を作って爆発的にヒットさせた、という実績です。

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いろいろな要素が絡まり合って、日活は世界で有数の、いや、おそらく世界一の「4ビート・スコア・スタジオ」になったのでした。リアルタイムではわたしは小学生だったので、スコアがどうだという意識はありませんでした。本格的に日活を見はじめた高校時代には、がちがちのロックンローラーだったのですが、それでも、オーケストラ音楽よりは、4ビートのほうがずっといいと思っていました。

昔は非日本的なものを「バタ臭い」といいましたが、日活は極端に「バタ臭い」絵作りをしたのだから、スコアもそれに合わせる以外に方法はありません。そして、たまたま、当時の日本のジャズ・ミュージシャンのレベルは高く、「バタ臭い」画面づくりとみごとに呼応する、「バタ臭い」4ビートのスコアができあがったのです。

◆ ひどい煙 ◆◆
話が具体性を欠くと退屈するのですが、サントラ盤がなく、唯一のよりどころとなる赤木圭一郎作品の音楽を集めたCDももっていないため、サンプルを提示することもできず、長広舌になってしまいした。

ご覧になった方はご存知のように、山本直純による『霧笛が俺を呼んでいる』のスコアは、ほぼすべて4ビートです。それ以外の音楽というと、赤木圭一郎が歌うテーマ曲と、クラブ・シンガー役の芦川いづみが歌うシャンソンぐらいでしょう。

テーマ曲で「悲しい噂」と表現されている出来事は、この町、すなわち横浜に住んでいた親友の行方がわからなくなったことです。たまたま乗船の機関の故障から出港が延びたのを利用して、船乗りの赤木圭一郎はその友人を行方を捜そうとします。

まずは船員バーでの一暴れが最初の山場ですが、ここまでの視覚デザインは完璧に非日本的です。

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『日活アクションの華麗な世界』で渡辺武信がつとに指摘していますが、この映画はタイトル通り、つねに煙っていて、埠頭も霧、バーの外も霧、バーのなかも紫煙、じつにもって見ているだけで噎せそうなスモークだらけの映画で、撮影が終わったとき、俳優たちはみな薫製になったような気分だったでしょう。

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どうであれ、視覚と聴覚と言語の三面から、日活は「ここではないどこか」をつくりだし、後年のわたしよりもっと切実に、「ここではないどこか」を必要としていた昭和30年代の若年層に、確固たる夢の基盤を与えたのだと思います。

なんだかまるで前に進まず、恐縮してしまいますが、次回からは物語に沿ってデザイン感覚を見ていくことにします。


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by songsf4s | 2009-11-07 23:58 | 映画