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溝口健二監督『武蔵野夫人』(東宝、1951年、音楽監督・早坂文雄) その2

大岡昇平の『武蔵野夫人』は大昔に読んだきりで、プロットを忘れてしまいました。有夫の婦人が夫ではない若い男と、進展しない恋愛を抱えて、「ハケ」だの「恋ヶ窪」だのといった名詞のあいだをうろうろする、ぐらいの記憶です。

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現実の土地を舞台に、その場所のディテールを書き込んでくれる小説のほうが好きですが、さらに好ましいのは、よく知っている土地をスケッチしたものです。『武蔵野夫人』を読んだときは、あのあたりを散策してみる余裕がなく、ただ電車で通りすぎていただけなので、「知っている土地」ではなく「未知の土地」でした。

若いころは都市徘徊を好み、山岳はおろか田園地帯を歩こうという気もありませんでした。悪人がよからぬたくらみをするこの世の陰の場所を愛する小僧っ子にとって(小学校のとき、もっとも魅惑を感じたのは黒澤明の『天国と地獄』で山崎勉が徘徊する界隈。矢作俊彦の短編「暗黒街のサンマ」の少年は、小学校のときのわたし自身に見えた)、『武蔵野夫人』が描く「恋ヶ窪」のあたりは、全部が表で、裏も陰もなく、あまりにもとっかかりがなさすぎました。

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しかし、ここが小説と映画の決定的なちがい、溝口健二が描いた武蔵野を見て、なるほど、印象派か、と納得しました。そのあたりに重心の三分の二ぐらいをかけて『武蔵野夫人』を見てみます。

◆ 手練手管 ◆◆
太平洋戦争の末期、空襲で家を焼かれた忠雄と道子の秋山夫妻(森雅之と田中絹代)は、道子の実家(たぶん小金井村のあたりにある)に避難してきます。

実家には道子の老いた両親(進藤英太郎と平井岐代子)が暮らしていて、母のほうはどこが悪いのか、永の患いで床についています。また、すぐ向かいの家には、道子の従兄弟の大野英治(山村聡)と妻の富子(轟夕起子)が一人娘とともに暮らしています。

実家につく早々、森雅之は、道子ときたら、うろたえるわたしを冷然と見下しているんですからね、とボヤき、田中絹代は、あなたはここへ来る途中、一度でもわたしに、大丈夫か、と声をかけてくれましたか、となじります。

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ほど経ずして母がみまかり、墓参のおりに、父は娘の夫婦仲を心配している容子を示します。「おまえは手練手管というものが苦手だから」と新藤英太郎がいうと、田中絹代が「いやですわ」という強い嫌悪を示したところで、わたしは驚きました。

夫婦のあいだで手練手管ってなんだ、とカマトトをやりそうになりましたが、つまり「閨房」のあれこれをいったわけです。おまえたちは閨でしっくりいっていないのだろう、と父にいわれたのだから、娘が会話を打ち切るのも無理はありません。

しかし、飾りを剥ぎ取って、あからさまにいうなら、つまるところ、この映画の主題はセックスです。ポイントは二つ。彼女が既婚者でありながら性的に未熟であること、そして、夫とうまくいっていないことです。この二点から必然的にプロットが導きだされます。

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この映画に田中絹代はミスキャストではないかと思いましたが、よく考えると、結婚しても花開かなかった女を演じられるスターはそれほど多くないかもしれません。いや、田中絹代に惚れていたという溝口健二は、彼女に合った話柄を選択したということでしょう。

◆ タブローとしての映画 ◆◆
終戦直前に父もみまかります。森雅之は大学でフランス文学を教えていて、戦後の出版ブームのおかげで「スタンダールの翻訳が売れて」順調にやっていますが、山村聡は軍需景気が終わり、家運が傾きます。

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終戦から二、三年ののち、南方の捕虜収容所から解放されて道子の若い従兄弟・宮地勉(片山明彦)が帰還します。

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勉は義母しかいない自宅には帰りたがらず、田中絹代に、ここにおいてくれと頼みます。森雅之は、きみの昔の仲間たちは五反田にアパートを借りて面白おかしくやっているようだよ、若い者は若い者だけで楽しくやればいいといいます。

片山明彦は、収容所にいるとき、武蔵野の夢を見た、といいます。森雅之や轟夕起子は、そんなものがまだあるか、あったとしてもどうというものではないと相手にしませんが、田中絹代は父の蔵書から武蔵野に関するものを選び出したり、遠出の散策に誘ったりします。

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溝口健二が「泰西名画」(子どものころ、なんて古くさい響きと字面の言葉だと思った)を好んだから、そのオマージュとしてこういう絵を撮ったのか、それとも逆に、印象派なんて日本の物真似じゃないかと見下していたのか、そのへんはわかりません。とにかく、西洋絵画、とくにゴッホを念頭に置いて、こうした絵作りをしたと仮定しても、的はずれではないだろうと思います。

そして、この映画のもっともいいところは、この視覚的な美とそれを彩る音楽です。武蔵野の風景だけは美しく、あとは醜いばかりなのです。

人間たちの思惑は、どの人物についても、わたしには好ましくありません。森雅之は色欲に目が眩み、山村聡は左前の事業を立て直すために田中絹代が相続した財産を当てにし、轟夕起子も片山明彦に気があるいっぽうで、言い寄る森雅之を操って遊んでいます。片山明彦はどっちつかずの不決断、イノセントに見える田中絹代も、みずから性的開花を拒んだ小児症、男にとってははなはだ迷惑、夫にとっては悪夢です。

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轟夕起子は大学まで森雅之に会いに行く。背後に見える建物はまごうかたなき内田祥三スタイル。東大本郷キャンパスのほとんどの建物が内田祥三設計だが、他の東大関係施設など、都内にはいくつもあった。この建物は本郷の工学部一号館のように見える。

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その夜、飲みながら、森雅之は轟夕起子をくどくが、軽くいなされてしまう。背後に見える風車型のネオンサインは新宿のムーラン・ルージュという設定か。国分寺か小金井に帰るのなら、新宿で飲むのは筋が通っている。

◆ 人物造形 ◆◆
クレジットには、「脚色 依田義賢」と並んで「潤色 福田恆存」とあります(Movie Walkerすなわちキネ旬のデータベースは「恒存」と字をまちがえている。こういう間違いが多すぎる。そのくせ、おおいに役に立った年度別検索を廃止した)。福田恆存は『武蔵野夫人』を舞台化したそうで、その改変も映画に取り込んだという意味で、クレジットされたのだろうと想像します。

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原作を忘れてしまったので、どこをどう改変したのかはわかりませんが、結果的にできた脚本も、人物の描出という面ではうまくいっているとは思えません。森雅之と山村聡は見た目の通り、ただの俗物で、とくに解釈は不要、そこはいいとします。

轟夕起子は、森雅之と火遊びするいっぽう、片山明彦が好きで、ちょっかいを出すのは、ヴァンプ型と了解できますが、森雅之の夫であり、片山明彦を姉のように愛している田中絹代にどういう顔をするかというところがうまくいっていないと感じます。

片山明彦も、年齢からいって当然ながら、自分をもてあまして、どう生きればいいのか決めかね、「アプレな」(この言葉も通じるのは私らの世代が最後か)生活と、田中絹代を思う気持とのあいだで、うろうろするのですが、心理をはかりかねることが多すぎ、少なくとも後年の人間の目には不可解で、明瞭な像を結びません。まあ、演技がよろしくないせいもあるのでしょうが。

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田中絹代にいたっては、なんなんだ、この女は、と腹が立ってきます。愛はなくても夫婦は夫婦と思うなら、片山明彦のことで夫の疑いを招くようなふるまいはすべきではないのに、そういう知恵は働かないようで、頭の悪い聖母マリアといった気味合いの、おおいにはた迷惑な女です。

セックスをあからさまに表現できないからかもしれませんが、いったいどういうつもりで従兄弟に接しているのか、最後までわかりませんでした。男は嫌いではないが、性的な接触には嫌悪感があるということなのか、リアリティーがまったくありません。複数の矛盾する観念に甲斐庄楠音が見繕った衣裳をとっかえひっかえ着せただけに見えます。

◆ シェイクスピア悲劇 ◆◆
今回もエンディングを書きます。たぶん小説とはいくぶん異なるので、本を読もうという方は気にしなくてもいいかもしれませんが、映画をご覧になるつもりの方はここまでとしてください。

森雅之が田舎に帰って留守のとき(じつは轟夕起子と逢っている)、村山貯水池のほうに散策に行った田中絹代と片山明彦は、突然の嵐に遭って、ホテルに泊まることになります。

サンプル 早坂文雄「大雷雨」

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その夜、片山明彦に迫られ、田中絹代は拒絶します。嵐を奇貨として女をものにしようという男もあまり利口ではないし、その気がないのに、さんざん恋人のように振る舞った女も知恵が足りません。

サンプル 早坂文雄「嵐の翌朝」

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その翌日なのか、山村聡が血相を変えて田中絹代のところにやってきます。森雅之と轟夕起子が示し合わせて出奔した、土地の権利書ももっていったにちがいない、というのです。

田中絹代は金庫を開け、山村聡のいうとおり、権利書がないことをたしかめます。父から受け継いだ土地を守ることに強い義務を感じていた田中絹代は狼狽し、土地の売却を防ぐ方法はないのかと山村聡に問いただします。山村聡は、もうどうにもならない、といいながら、冗談半分のように、きみが死ねば、遺言が執行されることになるがね、といいます。

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田中絹代は墓に詣で、どうしたらいいのでしょうか、と亡き父に問います。いっぽう、森雅之は不動産屋に土地売却の話を持ち込みますが、名義人である田中絹代の同意書だかなにかが必要で、この書類だけではどうにもならないと断られてしまいます。

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金を持って逃げるという当てが外れ、森雅之と轟夕起子はその夜、飲み歩きますが、最後のところで、彼女はするりと身をかわしてタクシーにひとりで乗ってしまい、森雅之はやむなく家に帰ります。

サンプル 早坂文雄「ブギ」

大声で怒鳴っても妻はあらわれず、しかたなく雨戸を外して森雅之は家に入ります。横たわる妻を起こそうと布団をはがすと、両足はしごきで結んであり、枕元には薬瓶がありました。

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たいした根拠はないのですが、このあたりに福田恆存の「潤色」があるのではないかと思います。福田恆存は舞台演出家であると同時に(あまりうまいとは思わないが)シェイクスピアの翻訳家でもあったわけで、この些細な誤解と不運が招いた悲劇は、いかにもシェイクスピア的だからです。

舞台の芝居というのは、象徴的、様式的なものだから、そういう潤色もいいのかもしれませんが、映画にすると、いかにも作り事めいて見えます。ここが『武蔵野夫人』のもっとも弱い鎖だと感じます。

死なねばならぬほど重大なことには思えないし、たとえ重大だとしても、ふつうの人間なら、もっとさまざまな手を尽くして夫の土地売却を防ぐ努力をし、すべてが無駄だったときに、はじめて死を決意をするでしょう。いきなり死んでしまうなどというのは、まともな人間のすることには思えません。

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森雅之を振り切ってタクシーに乗った轟夕起子は、片山明彦のアパートに泊まったのだが、朝食の最中に田中絹代から速達が届き、二人は彼女の死の決意を知る。

◆ 武蔵野の夢 ◆◆
田中絹代は翌日にいたって息を引き取るので、関係者全員が枕頭に集い、死が宣告されたあとでそれぞれの不誠実をなじり合います。

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山村聡は田中絹代の遺言状を出し、財産の三分の二は片山明彦にいくことを明かしますが、当の相続人は、腹立たしげに、ぼくはいりません、あなたたちで分けなさいといって出て行ってしまいます。片山明彦が歩くさまに、田中絹代が書き送った手紙の言葉が重ねられます。

サンプル 早坂文雄「エンディング 武蔵野の夢」

「でも、その武蔵野はあなたの夢であり、感傷にしかすぎないのです。工場や学校、それから、たくましい力で生まれ変わろうとしている東京の町、それがほんとうの武蔵野の姿なのよ。あなたはそういう新しい土台から生まれ直さなければならないわ」

この結論はやや意外の感がありましたが、終戦六年後では、こういうほうがふさわしかったのかもしれません。

キャメラは田園の道からそのはずれの西洋館の廃墟へとたどり、さらに丘陵の下に広がる都市を見せます。

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このショットには軽い衝撃を覚えました。この時代、このような田園と都会の明快な界面がどれほど一般的だったか知りませんが、やがて、このような風景はどこにでも見られるようになります。わたしはこういう土地で数年間暮らしたことがありますし、この数年よく歩いている横浜南部から鎌倉にかけての丘陵地帯のあちこちに見られます。

こうしたことを肯定的に見るか否定的に見るかはとりあえず措くとして、これはきわめて予見的な絵でしたし、『武蔵野夫人』と題した映画がこういうショットで終わるとは思っていなかったので、感銘を受けました。

小説同様、結局、いいんだか悪いんだかよくわからずに終わってしまいましたが、ということはつまり、いいとは思わなかったということです。

それでも、フィルムに定着された武蔵野の風景(それを現実のものというのはためらう。日活映画の横浜がわたしが知っている横浜とは異なるように、溝口健二の武蔵野も現実の武蔵野とは異なるにちがいない)と、早坂文雄の音楽は魅惑的で、できればもっとよい画質と音質であってくれたら(さらにいえばもっと大編成の錬度の高いオーケストラであってくれたら)、話の結構の出来不出来なんかそっちのけで、美しい映画だ、と感嘆したかもしれません。

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武蔵野夫人 (新潮文庫)
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by songsf4s | 2010-11-03 23:59 | 映画・TV音楽
溝口健二監督『武蔵野夫人』(東宝、1951年、音楽監督・早坂文雄) その1

昔、国木田独歩の『武蔵野』というのは、渋谷を舞台にしているのだということをきき、驚きました。道玄坂を上りきったところは武蔵野台地の外れにあたり、昔は、あのへんはずいぶん寂しいところだったようです。

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わたしが十代のころだって、渋谷の町は道玄坂の途中までしかないようなもので、明治二十年代にはまさに「村」の風景だったのでしょう。江戸時代には、「江戸」の内と考えられていたのは青山まで、渋谷は江戸の外の村落だったのだから、独歩が武蔵野を題材にした小説の冒頭に渋谷の風景をおいたのも、昔ならべつに不思議ではなかったにちがいありません。

f0147840_23461723.jpgそもそも、「武蔵野」といっても広うござんす、なのです。北は川越、南は東京の山手線の内側まで入りこんでいます。上野の「お山」は武蔵野台地の外れと来るのだから、地形学的にはともかくとして、ひとつのイメージでとらえるのは無理というものです。

江戸は武蔵野台地の外れを切り崩して、その残土で海を埋め立ててできた町だから、太田道灌の時代には、そこらじゅうが「武蔵野」だったのでしょう。皇居のなかにはその時代の林が残っているそうですし、われわれも入れる皇居東御苑には、あとからつくったものでしょうが、武蔵野の名残のような雑木林があります。

半村良に『江戸打入り』という、徳川家の歴史でいうところの「神君江戸御打入」、すなわち家康の関東転封(秀吉に遠隔地へと追い払われた)を描いた秀作があります。この長編の最後のほうで、主人公が荒れ果てた江戸城の外に広がる砂浜に立つ場面があります。これが日比谷入江で、現在の日比谷公園のあたり。十六世紀末には江戸城のすぐ外でサーフィンができるほどだったのだから(だれもしなかったが)、徳川氏がどれほど派手に埋め立てたかわかろうというものです。

◆ 武蔵野は遠くなりにけり ◆◆
明治三十年代にすでに小説のテーマになるくらいだから、武蔵野に対する郷愁は江戸の昔からあったようです。斉藤鶴磯の『武蔵野話』(「むさしやわ」)はすでに文化年間(十九世紀初め)に書かれています。江戸後期の人間から見ても、武蔵野は「開発によって失われた」ものだったのでしょう。

東京の「下町」が失われ、気がついたら川を二本もわたったはるか彼方、東京というのはちと苦しい葛飾柴又が、いつのまにか「下町」になっていたのに似て、大岡昇平が『武蔵野夫人』を書いたときには、「武蔵野」といえば、新宿から中央線に乗って、何十分もかけないとたどり着けない場所になっていたようです。

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二十歳ごろ、バンドのために、そのころ住んでいた鎌倉から見ると、地の果てかと思うほど遠い国立や国分寺に通いました。「エラいこってすよ。こないだなんか、雨上がりの日に中央線に乗ったら、吉祥寺あたりから屋根に白いものが見えはじめてビックリ仰天。あっちは雪、それも派手に積もっていて、まるでトンネルの向こうは雪国だった、てやつです。居眠りしているあいだに新潟に行っちゃったのかと思いましたよ。山野浩一の『X列車で行こう』ですぜ、まったく」てなことを、嘘つき弥次郎よろしく大げさに話したら、ずっと年上の読書家が、これを読んでごらんなさいといってわたしてくれたのが、大岡昇平の『武蔵野夫人』でした。

わたしも本を目方で読むような子どもでしたが、ただし、純文学なんか中学生が読むものとてんから馬鹿にしていて、ミステリーやSFしか読まない小僧だったので、『武蔵野夫人』というのは、結局、なんの話なのか、さっぱりわからぬままに読了しました。

だいたい、ラヴ・ロマンスなんて、わたしにわかるのはジャック・フィニーのLove Lettersのような仕掛けのあるものがいいところです、ストレートに愛について書かれると、思いきり引いてしまいます。まして、昔の言葉でいう「よろめき」、不倫をあつかったものときては、キャッチャーとセンターぐらい守備範囲がちがいます。

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そもそも、国立駅(「くにたち」。以前、だれか日本の作曲家の英文バイオを読んでいたら、National University of Music卒業とあり、首をかしげた。芸大ならTokyo University of the Artsだ。長考一番、そうか、わかった、国立音大だ!)のあたりをウロウロしていては、武蔵野もへったくれあったものではなく、大岡昇平の描いた風景は、わたしが練習の行き帰りに電車から見る風景とはおよそかけ離れていました。

結局、この読書が残したものは、「ハケ」という言葉と、「恋ヶ窪」という地名だけでした。

◆ 早坂文雄のスコア1 ◆◆
もはや二十歳の小僧ではなく、あれから数十年、この世の光と影の両方を見たことでもあるし、小説ではなく、映画なら、ああいう世界にも関心が湧くかもしれないと思い、溝口健二の『武蔵野夫人』を見ました。

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結果は、うーん、です。登場人物たちの心理とふるまいは、依然としてわたしには共感できません。スタンダールの『ボヴァリー夫人』を元にしたものなのだそうですが、フランス文学という奴がまた、わたしにとっては父の従兄弟の姪の友だちの家の前に住んでいるおっさんが通勤に使う電車の車掌ぐらいに遠い縁戚関係で、まったく興味を持ったことがありません。わたしにとって外国文学とは、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』であり、アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』なのでして、フランス文学といえそうなのもの(いえないかもしれない)で好きなのは、アレクサンドル・デュマとジョルジュ・シムノンぐらいです。

しかし、そこはやっぱり映画、小説とちがって、光と影と音で表現されるのでありまして、圧倒的な絵があり、音があります。これだけで小説『武蔵野夫人』とはまったく異なった感興を映画に覚えました。手を触れると感染しそうな登場人物たちの色と欲の思惑は隔離して、目に見えるもの、耳に聞こえるものだけで捉えるなら、『武蔵野夫人』はそれほど悪くない映画です。

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いまからプロットを書いて、それにスクリーン・キャプチャーをはめこんで、という時間の余裕はないので、それは次回に先送りさせていただきます。今日は『武蔵野夫人』のサウンドトラックを切り出していたので、最後にサンプルをすこし上げておくことにします。映画から切り出したので、タイトルは当然、わたしが適宜つけたものです。

サンプル 早坂文雄「メイン・タイトル」
サンプル 早坂文雄「帰郷」

順番なので、まずオープニング・クレジットで流れる曲から。二曲目は、ヒロイン田中絹代の従兄弟である片山明彦が戦地から故郷に帰り、歩いて家に向かう途次で流れるものです。

『赤いハンカチ』以来、久しぶりに、音楽が鳴っているところはすべて切り出し、トラックごとに切り分けて、MP3に圧縮しました。全22曲、どれでも行ける状態なので、そのあたりは次回に。


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武蔵野夫人 (新潮文庫)
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by songsf4s | 2010-11-02 23:07 | 映画・TV音楽
池野成『牡丹燈籠』スコア、武満徹『雨月物語』スコア他、和風ハロウィーン怪談特集補足

今日はバーベット・シュローダー監督『陰獣』などという映画を見ていたのですが、記事にするには間に合いませんでした。そもそも、怪異ムードは横溢しているものの、怪談ではなく、ミステリーなので、怪談特集で取り上げるのもちょっとうまくないのです。ともあれ、途中までですが、それなりに楽しめる出来でした。

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江戸川乱歩の読者ならもちろん中編『陰獣』をご存知でしょう。博文館・新青年編集長だった横溝正史が、この原稿を乱歩からとった話を何度かエッセイに書いています。ミステリー的結構の出来不出来については見解は分かれるでしょうが、乱歩の代表作のひとつであることはまちがいありません。

フランス人がなんだって『陰獣』を映画化しようと思ったのかは知りませんが、ボアロー=ナルスジャック的な、無理に無理を重ねたトリッキーな展開がフランス人好みなのかもしれません。

じっさい、映画の冒頭はなかなか楽しいトリックになっています(スポイラー警報。この映画を見て驚きたい方はここでやめてつぎの見出しにジャンプされよ)。京都らしい町でなにやら事件があり、パトカー(大昔のトヨペット!)に乗って私服がひとりで駈けつけます。

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刑事は銃を構えて慎重に家に入っていき、女が座っているのを見て安心し、近寄ると、ゴロンと首が転がります。乱歩的ですな。さらに奥に入っていき、襖の影に刀をもった人物を認め、いきなり発砲します。

しかしそれは鏡の像で、背後の障子が赤く血潮で染まり、その向こうから縛られた女性が倒れてきます。誤射だったのです。瀕死の女を抱きとめ、刑事が振り返ると、刀をもった男がいます。刑事は刀掛けの長刀をとると、男と斬り合いをはじめますが、数合ののち、首を飛ばされてしまいます。

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犯人は悠々と現場から立ち去り、クレジットが流れはじめます。ずいぶん謎めいたアヴァン・タイトルだな、とりあえずさっぱり意味がわからんぜ、と思っていると、クレジットはオープニングではなく、エンディングで、映画は終わってしまいます。

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画面が明るくなると、そこはフランスの大学の講義室らしく、若いフランス人が、いま終わった映画について論述をはじめます。この映画は日本の作家・大江春泥のベストセラーをもとにしたもので、ご覧のように、大江の話の特徴は、悪が凱歌をあげることだ、などといいます。

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やがて、この教師が作家で、これから新著のプロモーションで日本に行くところだということがわかります。この作家はしばしば悪夢を見るため、乱歩や正史の作品同様、この映画もなんとなく怪奇ものの様相を呈しはじめます。

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この種の映画はあまり書きすぎると興醒めなので、このへんでやめておきましょう。最初のうちは、どこが『陰獣』なのかと思っていましたが、途中から、骨組は乱歩の原作のままで、きちんとパラフレーズしていることがわかってきます。加藤泰監督、あおい輝彦主演の『陰獣』と並べて見るのもまた一興かもしれません。そういえば、テレビで天知茂のも見た記憶もあります。もちろん、小説がいちばんいいと思いますが。

◆ 池野成「牡丹燈籠」スコア ◆◆
さて、今日の本題は以前お約束した、池野成による『牡丹燈籠』のスコアです。

サンプル 池野成「牡丹燈籠」

これはどこの部分のスコアという風には簡単には云えないトラックで、さまざまな部分から抜き出したものがひとつにまとめられています。ひょっとしたら、新たに譜面を起こした再録音の可能性もあると思います。なんとなく、映画よりオーケストラのサイズが大きいように感じるのです。

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池野成「牡丹燈籠」は「怪獣王」という10枚組ボックスに収録されている。

この種の映画の場合、どうしても「スティンガー」、すなわち威しの音が必要で、そのために、いくぶんチープな印象になりますが、この独立したトラックには、そういう音はほとんど採録されていないため、ノーマルなオーケストラ音楽の味わいが強くなっています。

どうであれ、わたしはこのトラックを聴いて、映画のなかで聴いているより、単独で聴くほうがずっといいと感じました。まったく、昔の日本映画の音楽というのは、どこを掘っても大判小判ざくざくで、すごいものだと思います。

◆ 1キロ超のサウンドステージ!? ◆◆
さらに補足はつづき、こんどは小林正樹監督の『怪談』です。

まず、撮影場所ですが、京都の近くで、「戦争中に飛行機の格納庫として使われていた建物」を見つけたと小林正樹監督はいっています。そのサイズがじつに全長1000メートル、幅60メートル、天井まで18メートルだとか。道理で広く感じるわけです!

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そういう場所だから、映画スタジオの設備はなにもなく、ホリゾントからつくっていかねばならなかったそうです。そして、天井が高すぎて照明部は怖がり、鳶職をやとったけれど、ふつうのスタジオより距離が遠いので光量がいり、ライトが大きくなり、そのために発電機も多数必要になって、ひどく費用がかさんだとのことです

その結果、製作プロダクション「にんじんくらぶ」は倒産、小林監督自身も自宅を売却するハメになったそうです。まったく、映画作りはこれだから、監督がみな有名女優と結婚するのでしょう。稼ぐのは奥さんばかり。

スコアについて。中村嘉葎雄の語りと琵琶のスタンドインは鶴田錦史だったそうです。語り(謡い?)についてはわかりませんが、琵琶には感銘を受けました。ジミヘンがやって以来、ジミー・ペイジなども真似しておおいに流行った、ピックで弦をこするスタントがありますが、鶴田錦史は撥でガリガリギリギリ絃をこすっています。『怪談』の公開は1965年です。日本のギター・プレイヤーは『怪談』を見て、ジミヘンより先にあの技を思いつくべきでした。

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『怪談』では、武満徹はスコアばかりでなく、音響効果もすべてやったそうです。たとえば、尺八の演奏を録音し、それに大々的に加工を加え、風の音をつくったりしたというのです。画面もほぼすべてスタジオで撮られているので、この人工的な音は絵にふさわしい効果を生んでいます。

『怪談』の製作は1964年(公開は翌年正月)、ポップ/ロックの世界も1966年ごろから実験的なものが目立ちはじめますが(ビートルズがはじめてテープの逆回転を使ったのは、1966年のRain)、やはり現代音楽のほうがそのあたりは先んじていたようです。

◆ 早坂文雄倒れる ◆◆
最後は『雨月物語』の補足です。

この映画の音楽のクレジットが、「音楽監督 早坂文雄」「音楽補佐 斉藤一郎」となっていることにふれて、一部を斉藤一郎が書いたという意味だろうとわたしは書きました。

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それで間違いではないのですが、なぜそうなったとかというと、早坂文雄は胸が悪く、『雨月物語』のときに病勢が悪化してしまったかららしいのです。それで途中から斉藤一郎が作曲を引き継ぎ、オーケストレーションとコンダクトを佐藤勝がおこなったようです。

わが友、三河のOさんからのメールには、早坂文雄の譜面も一部は残ったと佐藤勝の著書に書かれている、とあります。ということは、斉藤一郎のほうが主体となったというように受け取れますが、関係者はみなすでに物故しているので、いまとなっては、細かいことはわかりません。

日本映画を代表する作品のスコアの成り立ちが謎に包まれてしまったとは、なんとも恥ずかしいことで、研究者や評論家はなにをボンヤリ突っ立っていたのかと思います。耳無し芳一評論家ばかりなのでしょうな。情けない!

黒澤映画OST以外の早坂文雄の盤はお持ちではないのかとOさんにたずねたら、いまのところ入手できず、という返事でした。どちらにしろフルスコアはリリースされていないから、映画から切り出してみたらどうですかと、逆に煽られてしまいました。まあ、切り出しは馴れたものですが、それでも手間暇かかるので、いつになるとはお約束せず、いずれ折を見て、私家版ベスト・オヴ・早坂文雄映画スコアを編集してみようと思います。


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by songsf4s | 2010-10-31 23:23 | 映画・TV音楽
和風ハロウィーン怪談特集1 溝口健二監督『雨月物語』(大映、1953年) その4

(追記: サンプル「湖水」のリンクが空だったのを修正しました。どうも失礼いたしました。他の2トラックは思ったより多くのアクセスがあり、少々驚きました。)


『雨月物語』のスコアからどこかを切り出そうと思ったのですが、いやもう途方に暮れました。これほど絵と切り離すと意味を失ってしまう音というのは、これまでに取り上げた映画にはありませんでした。絵があってこそ意味をもつ音ばかりなのです。

だから、単独で聴いても意味を成さないことを知っていただくためだけに、サンプルをつくろうと、方向転換しました。『雨月物語』のフルスコア盤はないので、以下は映画から切り出したもので、タイトルはわたしが便宜的につけたものです。いずれも台詞がかぶっています。

サンプル 早坂文雄(または斉藤一郎)「湖水」
サンプル 早坂文雄(または斉藤一郎)「天国」
サンプル 早坂文雄(または斉藤一郎)「囲炉裏」

「湖水」は「『雨月物語』その1」「『雨月物語』その2」でふれた一族五人が舟で湖水を渡るシーンです。水戸光子が艪をこぎながら歌う舟歌と大太鼓のステディー・ビート。歌がたくさん出てくるので、わざわざ吉井勇に作詞を依頼することになったのでしょう。

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「天国」は、前回の「『雨月物語』その3」でふれた、朽木屋敷で森雅之が目覚め、京マチ子と湯浴みをし、さらに湖を一望する屋敷の庭で戯れる場面です。西洋音楽と日本の音楽が交錯、混淆するところにご注意を。

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最後の「囲炉裏」は後述するクライマクスのものなので、未見の方はお聴きにならないほうがいいでしょう。幽霊の登場するところに「スティンガー」(するどい威しの音)がまったく使われていないことに特徴があります。

◆ 兜首 ◆◆
毎度同じようなことをいっていますが、今回はエンディングまで行くので、『雨月物語』を未見の方はお読みにならないほうがいいと、強く申し上げておきます。

小沢栄太郎は手負いの武者とその家来が戦場から離れるのを見つけ、つけていきます。敵に首を取られないように、家来が大将の首を刎ね、それをもって立ち去ろうとするところを、小沢栄太郎はうしろから突き殺します。

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大将の首を持ち帰り、自分の大将(なのだろう。例によって説明はない)に差し出したところ、「分不相応な落ち首を拾ったな」と笑われますが、それでも恩賞をとらすというので、鎧兜と馬と家来を望み、あたえられます。

その家来を連れて故郷に錦を飾ろうという途次、妓楼にあがることになります。ここで得々と大将の首を取ったときの自慢話をしていると、金を払わずに帰ろうとした嫖客を追って遊女があらわれます。女房の水戸光子だったのです。

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◆ 護符 ◆◆
森雅之は、朽木屋敷に行くときに通りかかった服屋で、京マチ子のために買い物をします。すこし金が足りなくなったので、そこの山陰の朽木屋敷まで届けてくれ、残りの代金はそのときに渡す、というと、主(上田吉二郎)はギョッとし、金はもういい、品物はやるから持って帰れと、けんもほろろに森雅之を追い出します。

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屋敷に帰ろうとすると、すれ違った僧に呼びとめられます。森雅之の顔に死相があらわれているというのです。僧侶は、妻と子があるなら、その者たちのもとに帰れと諭しますが、森雅之は肯わずに去ろうとするのを、僧はさらに引き留め、見殺しにもできない、といいます。

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京マチ子は、美しい着物を見て大喜びしますが、森雅之の浮かぬ表情に気づき、近寄って背中に触ろうとしたとたん、飛び退きます。市で出会った僧が森雅之の体に梵字の護符を書いておいたのです。

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その護符をぬぐってくれという京マチ子の嘆願を拒み、森雅之はそばにあった刀を抜いて狂ったように振りまわし、庭に出て気を失ってしまいます。

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朝目覚めると、人に取り囲まれていて、昨夜から握ったままだった刀を見とがめられます。それは先ごろ盗まれたご神刀で、盗人めとこづかれ、銭を奪われてしまいます。

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(衣裳を担当した甲斐庄楠音=かいのしょう・ただおとは、特異なスタイルの画家だった。三十年ほど前だっただろうか、「京都日本画展」という展覧会で楠音の絵を数点見て感銘を受けた。溝口のタダゴトではないテイストに、たしかにこの画家は合ったのかもしれない。ウェブ上にはいくつか甲斐庄楠音の絵があるので、ぜひ検索してご覧あれ)

◆ 幸福 ◆◆
さて、いよいよ未見の方はぜったいに読まないほうがいいくだりです。

夜分、森雅之は故郷に帰り着き、家に入りますが、なかは暗く、ひと気がありません。「宮木、宮木」と女房の名を呼びながら、土間を通って裏口から外に出て、ぐるっと回ってまた表口に立つと、さっきまで暗かった囲炉裏に火があり、その前に女房が坐っています。

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戸口から森雅之が入ってきて、土間を通って裏に抜け、また戸口に立って、女房の姿を認めるまでを、宮川一夫のキャメラはワン・ショットで捉えます。幽霊が登場するのだから、怖いシーンではあるのですが、どちらかというと、美しさに総毛立ちます。

『雨月物語』を見ていて、わたしは三度、ハッとしました。朽木屋敷の侍女(亡霊だが)たちが灯りをつけた瞬間、岩風呂からキャメラが横移動で地面をたどっていったら、突然、湖の畔に出た一瞬。そして、この囲炉裏に火が入って、田中絹代があらわれるときです。

そのいずれもが、強いショックではなく、音でいえば立ち上がりの遅い、アタックの弱い、短いフェイドインではじまり、長いサステインがあるような波形をしています。ギョッとするというより、すうーっと静かに驚きがフェイドインしてくるのです。

これは、『雨月物語』が「ゴースト・ストーリー」ではあるけれど、「ホラー」ではないことを示しています。脅して怖がらせることが目的ではないのです。音楽も、いわゆる「スティンガー」(ジャン、ドン、バンといったオノマトペで表せるような、瞬間的なフォルテシモの音。観客をstingして跳びあがらせることからそう呼ぶ)をいっさい使っていません。

宮川一夫は、無人の囲炉裏と、田中絹代が坐り、火の入った囲炉裏をワン・ショットに収めたことについて、映画だからできることだ、といっています。そのとおりですが、でも、そんな簡単なことじゃなくて、もっとなにかあるでしょう、といいたくなります。幽霊をどのように出現させるかについては、たいへんな煩悶があり、そのうえで生まれたショットだろうと想像します。

このように、静謐のなかで、しかし、見るものの心をざわめかせるように幽霊を登場させたことで、この映画は永遠の命を獲得したと思います。そのあたりは、他の映画との比較で、後日、もう一度ふれたいと思います。

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女房は森雅之にすがりつき、無事の帰着を歓びます。粗末な土産しか持って帰れなかった、と藁苞を見せ、欲にかられた自分はどうかしていた、間違いに気づいたと謝る亭主に、親子三人、静かに楽しく暮らせればそれでいいのだと慰め、酒を飲ませます。

酔って森雅之が子どもを抱いて横になると、夜着をかけてあげ、亭主が脱いだわらじの土を払って片づけ、繕い物をはじめます。

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朝になって名主が訪れ、子どもがいなくなったので昨夜から大騒ぎで探していたが、お前のところに戻っていたのか、やれやれ、無事でよかったと歓びます。森雅之が、名主に挨拶させようと、その場にいない女房を呼ぶので、名主は驚き、夢でも見ているのか、お前の女房は落ち武者に殺されてしまったといいます。

女房が遊女になっているのを見て、侍がイヤになった小沢栄太郎も村に戻り、森雅之親子といっしょに野良仕事や焼き物に精を出し、昔の暮らしが戻ります。森雅之が粘土をこねているところで、田中絹代の霊が声だけであらわれ、こうしてろくろを廻してあなたを手伝っているときがいちばん幸せです、といいます。

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◆ 野心と安寧 ◆◆
男たちのささやかな野心は悲惨な結果を招き、結局、女たちのもとに戻っていき、日々の静かな生活のなかにこそほんとうの幸福があることを知る、というこの話の「レッスン」については、意見はさまざまおありでしょう。この設定から正反対の結論を導きだす物語もつくれます。

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しかし、こういう映画を見たときは、そんなことはどちらでもいいと感じます。「ある時間を経験した」という濃密さ、重さだけが残るのです。われわれは見ることと、聴くことという、心のもっとも根幹に関わる作業に専念してしまうので、「理念」ごとき表層的なことを気にする余裕はなくなってしまうのです。その意味で、『雨月物語』は「究極的に究極の映画」といえるでしょう。絵と音だけなのです。

だから、たとえあなたが、「男は戦場にあってこそ真の姿を発現する」という信念を持っていても、『雨月物語』に賛嘆する妨げにはなりません。理念だの信念だのといった精神の低次の問題ではなく、「光と影と音による時間の経験」というもっとも高次にある映画だからです。

いや、こんな小理屈をこねても無意味ですし、読んだところでなんのことかおわかりにならないでしょう。ただ見ればいいだけの映画です。

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by songsf4s | 2010-10-25 23:57 | 映画
和風ハロウィーン怪談特集1 溝口健二監督『雨月物語』(大映、1953年) その3

◆ この師にしてこの弟子 ◆◆
『雨月物語』の音楽監督は早坂文雄、「音楽補佐」として斉藤一郎もクレジットされています。一部の曲を書いたという意味でしょう。また、もうひとり、早坂文雄の弟子の佐藤勝もこの映画ではおおいに働いたそうですが、そのことはひとまず措きます。

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伊藤喜朔は木村威夫の師匠で舞台美術の大家

映画がすごいのは初見のときからわかっていることで、今回の再見で感銘を受けたのは音楽です。しかし、困ったことに、いいところをハイライトにするというぐあいにはいかないのです。そこが『雨月物語』の早坂文雄スコアのすごさを端的に示しているといえそうです。

『雨月物語』のゆったりとした、しかし、淀むことのない流麗なリズムをつくっているのは、宮川一夫のキャメラ・ワークと編集ですが、そのリズムとピッタリ寄り添うように、静かに、やわらかく、なくなったときにはじめて、いままで流れていたことに気づくほど、音楽が自然に絵に溶けこんでいるのです。

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早坂文雄

こういうスコアはほかに記憶がありません。しいていうと、いやホントに遠い遠い縁者にすぎませんが、モーリス・ジャールが書いた『史上最大の作戦』のスコアが、やはり存在を強く感じさせないものでした。

『雨月物語』と『史上最大の作戦』との類似点はもうひとつあります。パーカッションが中心だということです。あちらはスネア・ドラムひとつによる、マーチング・ドラムの断片を随所に使っていますが、『雨月物語』は、ゆるいテンポの大太鼓のステディー・ビートや小鼓のアクセントが中心です。

大映の時代劇は京都・太秦の撮影所でつくられていました。溝口健二は当然、京都に住んで、太秦に通っていました。同じ浅草生まれ(わが家の菩提寺の近所で育ったという。観音様にも吉原にも近い)の竹馬の友にして、撮影所長の川口松太郎も京都にいて、二人で遊んだり働いたりした容子が川口松太郎の小説に描かれています。とくに嵯峨野でのロケを描いた短編は忘れがたいのですが、どの本に入っていたのだったか。『古都憂愁』?

いや、音楽の話です。早坂文雄は東京に住んでいて、病弱で、とても京都と往復を繰り返すなどということはできませんでした。撮影の進捗に合わせて、細かく溝口健二と打ち合わせをするのは無理だったのです。

チーフ助監督の田中徳三によると、ここで佐藤勝の登場となります。京都の「オヤジ」と東京の師匠が動けないので、片や田中徳三、片や佐藤勝という二人の弟子に加えて、録音エンジニアの大谷巌の三人が集まり、音楽をどうするかというロードマップをつくっていったのだそうです。

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早坂文雄(左)と佐藤勝

ということで、早坂文雄か佐藤勝か(はたまた補佐した斉藤一郎か)、ピンポイントの狙いはつけられなくなりましたが、この師弟はすごいなあ、と今回も呆れました。さらに、「非公式の弟子」である武満徹もいるわけで、いやはやです。

どこか一カ所を取り出して、ここがすばらしい、などといえるようなタイプではなく、全体のムードとして「いい音楽だ」と感じるスコアなので、まだ考えがまとまらず、サンプルは棚上げにします。次回に。

◆ 地獄と天国はリヴァーシブル ◆◆
撮影初日は朽木屋敷の場面で、前回、スクリーン・ショットを掲げておいた、ひと気のない屋敷に、どこからともなく侍女たちがあらわれ、灯りをつけていくところだったようです。

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ここは美しいと同時にちょっと怖い場面で、ほう、と思うのですが、溝口健二は、不機嫌に黙り込んでいたそうです。田中徳三助監督に「きみぃ、これが朽木屋敷にみえるかね?」といったという話で、セット・デザインが気に入らなかったようです。

どうしろと指示はしない人だから、どのようなイメージを描いていたかはわかりません。デザイン的にはよくできているので、物語のなかでの位置づけの問題でしょう。

たとえば、ディズニーの『眠れる森の美女』の枯れ木の森が、エンディングで、さあーっと緑の森に変化するようなことが、あの時代に実写で実現できたなら、そういう処理もひとつの考えではないかと思います。あばら屋が人(いや霊なのだが)の出現とともに息を吹き返していくのです。侍女たちが灯りをつけるのは、そういう効果を小規模に実現したものなのだと思います。

わがままで口うるさい監督は気に入らなかったのかもしれませんが、朽木屋敷のシーンはすばらしい出来だと感じます。このシークェンスの出来が悪かったら、『雨月物語』は意味を失ってしまうでしょう。

溝口健二は、映画は絵巻物なのだといったそうで、その考えがもっともストレートにあらわれたのが『雨月物語』です。宮川一夫は、ある場面からある場面への移動を、クレーンの動かし方で絵巻物をすべらせるように表現しています。

森雅之が目覚めると、侍女が、二人で湯浴みをなさいとお節介を焼きます。キャメラは右から左のクレーンの横移動で庭の立木をたどって露天の岩風呂を見せます。

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つなぎのクレーンによる移動撮影が挿まれる。

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「わたしのことを魔性の者とお疑いでしょう」

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「たとえあなたさまが、物の怪、魔性の者でもかまわない、もうあなたさまを離しませぬ」

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京マチ子が帯をとき、動く影と水音で彼女も湯船に入ったことを暗示すると、またキャメラは右から左に移動し、岩や地面を見せ、すっと水辺の草地が出現します。

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よくまあ、こんな絵がつくれたものだと思います。これほど陶然とするような風景は、映画のなかでもそうしょっちゅうはお目にかかれないでしょう。

いったいどこでロケをしたのやら、早朝だったのかもしれませんが、広々とした水面に舟一艘見えず、手前の草地(これはもちろんつくったにちがいないが)ときれいに照応しています。この男と女が天国にいることは、台詞や動きがなくとも、この風景だけで即座に了解されるわけで、映画だけに可能な表現です。

◆ 食い物はないか ◆◆
大溝に行った三人は、運命の糸かなにか得体の知れないものに引っ張られて、それぞれの地獄に落ちこみましたが、子どもとともに北近江に残った田中絹代も平穏無事ではすみません。

夫が魔性の女を抱いて「天国だ」といったつぎのショットでは、女房は子どもを抱いて、野武士かなにかの荒っぽい連中に襲われた村のなかを逃げまどっています。

田中絹代は、親切な老女に握り飯をもらい、村の外に逃げようとしますが、運悪く雑兵に見つかってしまい、食べ物を奪われます。そこに敵方の侍があらわれ、混乱のなかで田中絹代は子を負ぶったまま槍で突かれてしまいます。

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二度出てくる戦の側杖のようなシーンでは、雑兵たちはつねに食べ物を探しています。日中戦争のときの日本陸軍もそうだったといいますが、戦国時代も食料の現地調達はごくふつうのことだったようです。

極論でしょうが、わたしは、戦国時代というのは天候不順による食糧難の時代の、食料ぶんどり合戦だったと理解しています。秋になると戦が始まることが多いのです。田んぼを挟んで、城方と攻め手が対峙すると、攻め手の側から少人数の部隊が出て行って、敵の目前で稲刈りをする、などということがよく書かれています。

はじめのうちは、なるほど、そういう挑発は有効だろうな、と読み過ごしていましたが、考えてみると、稲刈りができる季節はかぎられています。狙ってその時期に行かなければ、稲刈りで挑発するなどということはできません。それなら、考え方を逆にするべきではないでしょうか。米が戦の目的だと考えれば、話は明快です。

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そして、そういう前提ならば、『雨月物語』の雑兵たちが、食い物はないかと、一軒一軒しらみつぶしに見ていくのも、田中絹代がたかが握り飯を奪われまいと、雑兵に抵抗するのも、すっきりと納得がいきます。握り飯には命をかける価値があったのです。「切り取り強盗は武士のならい」とは、つまり、食い物のことでしょう。

『雨月物語』はさらにつづきます。


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by songsf4s | 2010-10-24 19:46 | 映画
和風ハロウィーン怪談特集1 溝口健二監督『雨月物語』(大映、1953年) その2

いつもは「切れ場」を考えて話を割っているのですが、昨夜は肝心のときにいろいろ支障があって、あわてて終えたので、話が途中になってしまいました。いや、昨夜切ったところで、つぎの段落でなにを書こうとしていたのか失念してしまったのですが!

舟で兄と酒を酌み交わしながら、小沢栄太郎が「明日の朝には大溝に着く。あそこは名だたる勇将丹羽五郎左衛門さまのご城下だ、長浜よりももっと繁盛だぞ」といいます。

丹羽五郎左衛門、すなわち丹羽長秀が大溝城主だったのは、本能寺の変よりあとの天正十一(1583)年のことだそうで、これで映画『雨月物語』の時代設定がわかります。

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確信はないが、どうやら中央の赤い点のあたりに大溝城はあったらしい。

ちょいと手を焼かされましたが、「説明ではなく描写を」がフィクションの要諦です。「天正十一年――」と文字を出すのは「説明」です。そうではなく、物語のナラティヴ、描写のなかに自然に事実関係を織り込むべきなのです。

◆ 幽明、境を分かつ ◆◆
『雨月物語』は、90パーセントはクレーンで撮ったと宮川一夫はいっています。溝口健二がクレーンを好んだのだそうですが、見るほうは、宮川一夫のスタイルのように感じます。

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宮川一夫

ファースト・ショットも、当然のように華麗なクレーン・ワークで、うわあ、といったぐらいの時間では足りず、うわあ、うわあ、うわあ、ぐらいは繰り返して感心します。『山椒大夫』でもやった、斜め下への移動撮影です。

湖水のクレーン撮影は、開巻のような華麗なダイナミズムはなく、つねに静かに移動し、縹渺たる幽玄さを表現するのに寄与しています。キャメラをパーンやティルトさせる「強い」動きを嫌って、やわらかい、静かな動きをつくるためにクレーンを使っているのではないでしょうか。

そろそろ、未見の方には邪魔になるかもしれないことを書きはじめると、ご注意申し上げておきます。エンディングを書くかどうかはまだ決めていませんが、たいていのことは知らずにいたほうが映画を楽しめるものです。

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ゆっくりと霧の向こうから舟があらわれる。

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チーフ助監督の田中徳三、セカンドの池広一夫(クレジットなし)というのちの大映時代劇を支えた監督たち(ともに『座頭市』や『眠狂四郎』などを撮っている)が二月の極寒のなか、水に入って舟を押した。宮川一夫がファインダーをのぞきながら、スモークのかかりぐあいを見て、左が薄いとか、いろいろ注文をつけるが、相手は煙だから、思うようにはいかず、撮影には時間がかかったという。

わたしは、この湖水の場面から、もう幻想の世界に入ったと感じます。霧の向こうからゆっくりと舟が漂いあらわれるのは、この世からあの世に抜けたことをあらわしているように見えるのです。

そして、彼らの行く手の霧のなかから、べつの舟が漂いあらわれます。近づいてみると、さんばら髪の人が伏していて、田中絹代は「あっ、船幽霊!」と声を上げます。

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船幽霊とは「海上で遭難した人の亡霊が幽霊船に乗って,漁師などこの世の人に働きかけるという霊異現象」(世界大百科)だそうです。また、〈マリー・セレスト〉号のような「幽霊船」、つまり船自体を「船幽霊」と呼ぶこともあるようです。

そして、「船幽霊には、闇夜でもよく見える、避けようとすると害を受ける、ひしゃくを貸せというなどの共通点がある。(中略)船幽霊をさける方法やこれの見分け方も伝えられている。とくに、ひしゃくを貸してくれといわれたときには、底を抜いてから与えないと船に水を入れられて沈没する」のだそうです。

漂ってきた舟に伏していた男は、幽霊といわれると、ちがう、幽霊ではない、海賊に襲われた、といい(幽霊ではないというのは自己申告にすぎないからなあ、とツッコミを入れそうになる)、水をくれ、と所望します。

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「ひしゃくを貸してくれ」(たぶん、船底の水をかい出すのに必要だという意味だろう)といったわけではないのですが、森雅之たちはなんの用心もせずに水をあたえます。依田義賢が船幽霊の伝説を調べたかどうかはわかりませんが、調べないというほうに賭けるのは危険なので、知っていたと仮定すると、この不用心はすでにここが異界であることの念押しかもしれません。

◆ 殷賑きわめる巷の地獄巡り ◆◆
行く手は危険だ、気をつけろ、という死にかけた船頭の忠告を受けて、森雅之はいったん舟を戻し、妻と子を置いていくことにします。

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彼らの舟は再び霧のなかに入っていき、幽霊のようにわれわれの視界から消える。もう一度霧に戻っていくのにはなにかの意味があるはずだと直感が告げているが、いまだ明快に腑分けできない。

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水戸光子は漕ぎ手でもあり、また侍になりたいという亭主のことが気がかりでもあるのでしょう、男たちといっしょに大溝に行くことになります。

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大溝の市の大オープン・セットをクレーン・ショットで見せる。

大溝の市では、森雅之たち三人の商売は繁盛し、たちまちいくばくかの金を手にします。熱心に商売に励んでいた小沢栄太郎は、家来をしたがえた騎馬武者が通るのを見て、我慢できずに金をつかんでその場を去ります。

水戸光子はビックリして亭主を止めようとし、義兄にも助けを頼みますが、ちょっとその場を離れただけで、品物に人がたかっているのが見え、森雅之はあきらめてしまいます。

小沢栄太郎は、女房をまいてから、市の具足屋に行き、鎧と槍を買います。

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いっぽう、水戸光子は亭主を捜しているうちにひと気のない河原に出てしまい、雑兵たちに取り囲まれ、近くの寺のお堂に担ぎ込まれてしまいます。

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わたしが考えるように、湖水に滑り出したところで異界に入ったかどうかとはかかわりなく、彼らはそれぞれに地獄巡りをはじめました。

◆ 異界の女と契れば ◆◆
それより以前、おおいに皿や器を売りまくっているときに、貴婦人と供の中老の婦人が森雅之に声をかけ、いくつか品物を買い、そこの向こうの朽木屋敷まで届けてくれといいます。

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夕方になって売れ残った品物を片づけると、森雅之は買い上げられた品物をもって屋敷に向かいます。途中、美々しく着物を飾った店に立ち寄り、女房にきれいな服を着せる様を空想するリリカルなシーンが挿入されます。

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その幸せな幻想を破るように、ふと気づくと、店の外にさきほどの貴婦人・若狭(京マチ子)と侍女(毛利菊枝)があらわれ、案内がなければわからないだろうと、森雅之を屋敷に連れて行きます。

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玄関の式台に上がらず、品物を置いて平伏し、帰ろうとする森雅之を、京マチ子がとどめ、引きずるようにして座敷に通します。

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京マチ子は、あなたは北近江の源十郎だろう、あのような美しいものをつくる人に会いたかったといい、酒肴でもてなします。

あなたはもっとその才を伸ばさなければいけません、といわれて、森雅之は、それにはどうすればいいのですか、と問います。すると、侍女が「若狭様とお契りなされまし」といいます。

われわれ観客同様、森雅之も、論理の飛躍にビックリし、同時に、あまりにも身分がかけ離れていて、とうていそのようなことはできない、という恐懼の表情を浮かべます。

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しかし、わたしの考えでは、湖水に浮かんだときから、すでに異界に入っているのであり、まして、その異界のなかでもこの朽木屋敷はさらに妖しいのだから、ふつうの世界の論理は通用しません。

森雅之も、正気なら、こんな飛躍はおかしいと思い(じっさい、思うだけは思っていることが、あとで間接的に表現される)、逃げ出すでしょうが、異界では現世とは異なる論理が支配しているので、この妖しい姫君と契りを結んでしまいます。

かくして、三人が三様に地獄へと落ちこんで、物語は後半へと向かいます。


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雨月物語 [DVD]
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by songsf4s | 2010-10-23 23:58 | 映画
和風ハロウィーン怪談特集1 溝口健二監督『雨月物語』(大映、1953年)その1

タイトルを書いた瞬間に、あ、順番がちがった、とほぞを噛みました。真打ちを先に出してしまったのです。でも、ハロウィーンまでにどれだけ書けるかわからないし、ほかの映画はまだ準備ができていないので、これは荷が勝ちすぎるなあ、と思いつつ、ずるずると入ることにします。

◆ ヴィンティジ・イヤー ◆◆
溝口健二、小津安二郎、黒澤明の三人の映画はじつに書きにくく、当家のこれまでのスコアは、溝口=ゼロ、小津=1(『長屋紳士録』。ほかに、「日活ギャングと小津安二郎」という裏口から入った変なものがある)、黒澤=1(『椿三十郎』)のみです。

鈴木清順と成瀬巳喜男を合わせると、十本ほどは取り上げたはずで、それにくらべて三巨匠をいかに敬して遠ざけてきたかがおわかりでしょう。好みでいえば、小津安二郎がもっとも性に合います。あのエース・ドラマーのビートを聴いているような、小津の精密なタイムが好きなのです。いや、そういうことは『長屋紳士録』のときに事細かに書きました。

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溝口健二や黒澤明になると、そもそも見た本数ががたんと落ちます。小津安二郎、鈴木清順、成瀬巳喜男はシネマテークでドンとまとめて見たことがあるのに対し、溝口と黒澤はそういう経験がないのだから、当然です。いや、嫌いだというのではありません。映画館で見たことがあまりないだけであって、見れば、毎度、すごいものだなあ、と感心します。

『雨月物語』は溝口健二の代表作なので、わたしのように「角が暗い」溝口健二不束者でも、当然、大昔に見ました。ひっくり返りました。小津安二郎ひとりでも、日本映画黄金時代を背負えそうなのに、もうひとり、小津並みの人がいたのだから、いやまったく驚きました。

そして、小津安二郎の『東京物語』と溝口健二の『雨月物語』は、ともに昭和28(1953)年に製作されたのだから、二度驚きます。もうひとついえば、溝口はこの年にもう一本、秀作『祇園囃子』を撮っているのだから、言葉を失います。

ついでにいうと、同じ年、成瀬巳喜男は『あにいもうと』を撮っています。四半世紀前に見たきりですが、いい映画だったという記憶があります。黒澤明は、惜しいかな、『生きる』と『七人の侍』の中間で、一回休みです。例の『ある侍の一日』が頓挫して、『七人の侍』として再生するまでの苦しい時期に当たるのかもしれません。

ほかに、豊田四郎『雁』、木下恵介『日本の悲劇』、アメリカでは、ヴィンセント・ミネリ『バンド・ワゴン』、ハワード・ホークス『紳士は金髪がお好き』、ウィリアム・ワイラー『ローマの休日』、バイロン・ハスキン(というより、ジョージ・パルの、といいたくなるが)『宇宙戦争』、ラズロ・ベネディク『乱暴者〔あばれもの〕』(スコアに4ビートを取り入れた初期の映画として、ハリウッド音楽史では書き落とせない)などが公開されていて、ハリウッドも1953年はvery good yearだったようです。さらにいうと、だれも名作の、秀作のと、うっとうしい持ち上げ方をする心配はないけれど、わたしは大好きな『百万長者と結婚する方法』も1953年だそうです。

◆ 乱世の欲 ◆◆
映画『雨月物語』は、タイトルが示すとおり、上田秋成の小説を土台にしていますが、大幅に換骨奪胎したというか、「ヒントにした」程度の印象です。

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「品川心中」と川島雄三の『幕末太陽傳』の関係より、もっとずっと距離がありますが、『幕末太陽傳』が「品川心中」と「居残り佐平次」をつなげたように、映画『雨月物語』も、上田秋成の「浅茅の宿」と「蛇性の婬」の二つを(いちおう)もとにしています。そもそも、直接の原作は上田秋成の『雨月物語』ではなく、そこから川口松太郎(依田義賢とともにこの映画の脚本も書いている)がつくりあげた小説のほうなのだそうです。

源十郎(森雅之)は、妻の宮木(田中絹代)とひとり息子とともに、琵琶湖の北岸で暮らしています(当家のお客さん、mstsswtrさんのご近所)。森雅之は農事のかたわら、焼き物をつくっていて、それを隣家で暮らす弟の藤兵衛(小沢栄太郎、クレジットでは小沢栄)と、長浜(秀吉が城を築いた直後という設定か)の市に売りさばきに行きます。

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織田勢と浅井方の戦いなのか(お市の方は三人の娘とともに救出される)、その後の羽柴秀吉対柴田勝家の戦い(お市の方が死んでしまう)か、どちらかを背景にしているようで、長浜城下は繁栄し、品物さえあれば飛ぶように売れる(太平洋戦争後の闇市と重ねられている)いっぽう、あちこちで戦いがあり、また野伏りのたぐいも跳梁して、市までの道中は危険をともないます。

兄の森雅之はこの戦乱のなかの繁栄で大儲けしたいという欲をだし、いっぽう、弟の小沢栄太郎は、品物を売るのではなく、武士になって身を立てたいと思いますが、女房の阿浜(=おはま、水戸光子)はもちろん、兄や兄嫁も、愚かな考えと反対します。

市でおおいに稼いだ森雅之は、女房子どもに新しい服を買い、銀をもって帰ります(このあたりで、古太鼓を売って得た五百両をもって帰った「火焔太鼓」の甚兵衛さんを連想するのはわたしだけ?)。小沢栄太郎は市で会った侍に家来にしてくれと頼みますが、具足もないようなものはダメだと追い払われます。

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市で儲けた森雅之は欲に取り憑かれ、片や小沢栄太郎は具足を買う金が欲しくて、二人は必死になって働き、再び市に焼き物を売りに行こうとします。しかし、戦の火の手がそこまで迫り、かろうじて焼き物を守った二人は、長浜に出るのは無理だと考え、「船で湖水を渡ろう」ということになります。

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◆ 「監督」は「監督」するのが仕事 ◆◆
水戸光子は船頭の娘で、彼女が艪を操り、夫婦二組と幼児の五人は船に乗って湖水に滑り出します。

と、ここで立ち止まらないといけないのです。なぜならば、溝口健二の『雨月物語』を語る場合でも、この映画の撮影監督・宮川一夫のキャリアを語る場合でも、このシーンは避けて通れないからです。

宮川一夫が回想記に書いていたのだったか、ここは墨絵を狙ったのだそうです。

スクリーン・ショットでも、なんとも微妙な絵作りであることがそれなりに伝わるのではないでしょうか。

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面白いのは、「墨絵でいこう」という方針は、溝口健二の言葉として読んだわけではなく、宮川一夫がそう書いているのを読んだだけだということです。これが溝口映画の最大の特徴といえるのではないでしょうか。

溝口健二というのはほんとうに「監督」で、監督以外のことはしないのです。つまり、スタッフに指示を出すだけであり、キャメラをのぞいたり、脚本をいじったり、フィルムをつないだりといったことはぜったいにしないのです。

俳優にアドヴァイスすることもなかったそうです。「ダメですね」というだけで、どう修正するかは俳優の仕事であり、監督の仕事ではなかったのです。文字どおり現場の作業を「監督する」親方なのです。

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だから、なにをどうするかを考えるのはスタッフの仕事であり、その溝口流がもっとも性に合ったのは、撮影監督の宮川一夫だったのではないかと感じます。宮川一夫は、だれかに指示されるより、自分で撮りたい撮影監督で(撮影監督より長い時間ファインダーをのぞいていたという小津安二郎ですら、『浮草』のときは宮川一夫に遠慮したらしいと、厚田雄春が証言している)、各人が持ち場で死力を尽くせ、と要求するだけで、具体的な指示は一切しなかった溝口健二との仕事のときに、もっとも独創的な撮影をしたと感じます。

したがって、「ここは墨絵でいこう」というのは、溝口健二ではなく、宮川一夫であり、その方針をどう具体化するかを考えるのも宮川一夫だったのでしょう。溝口健二は、そういうスタッフの考えを是認したり、否認したりすることを仕事にしていたわけです。いや、この「否認」たるや、漢字二文字で片づけしまっては申し訳ないくらい、とんでもないものだったことは、多くの人が証言しているのですが!

中途半端なところですが、時間がなくなってしまったので、次回もこの湖水のシーンの話をつづけます。


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by songsf4s | 2010-10-22 23:58 | 映画
成瀬巳喜男監督『めし』(東宝映画、1951年) その5 補足 大阪ロケ、早坂文雄のスコア

『めし』の「その1」に書いたように、この映画の前半は大阪が舞台になっています。

原節子と上原謙の夫婦は横浜(川崎?)と世田谷に実家があり、関東から移ってきたという設定ですが、原作を読んでいないので、この設定の意図ははかりかねます。妻を遠い実家に戻らせたい、ただし、妻の実家から遠くないところに夫の実家もおきたい、となると、大都市間の移動であるほうが都合がいい、といったあたりでしょうか。

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本文に関係ないが、もう一枚猫の写真をあげておく。ついでによけいな話だが、昔の流しは石だった。同潤会江戸川アパートメントのような、ウルトラモダンでも、当時の写真を見ると石の流し。一軒家の台所は一段下がって土間よりちょっと高い板の間か、土間そのものだった。あれはなぜなのだろう? 水の供給方法の問題だろうか。

二人の故郷を田舎にし、結婚してから東京なり大阪なりに出てきたという設定でも不都合はないようですが、実家が都会にあるほうが、家が狭くて身の置きどころがない感じを強調できるかもしれません。

とくに、西と東の考え方の相違などというものは描写されないので、どこにお住まいの方も気になさらないでください。そういう意図ははじめからない映画なのです。

◆ 阪堺線沿線? ◆◆
わたしは南関東に生まれ育ったので、関西には土地鑑がなく、今回は調べて書くだけなので、信用しないでいただきたいと、はじめにご注意申し上げておきます。ちゃうでえ、ということであれば、どんどんコメントに書き込んでください。

タイトルからオープニングまでを、原節子のナレーション入りで(というか、たとえナレーションをとりたくてもとれないのだが)サンプルにしました。

サンプル 早坂文雄「メイン・タイトル~朝食」

この音楽とナレーションに乗って登場するのは、上原謙と原節子の夫婦が住む土地で、「その1」にも引用したように、「大阪市の南のはずれ、地図の上では市内ということになっているが、まるで郊外のような寂しい小さな電車の停留所」の界隈です。

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「停留所」といっているぐらいで、関東でいえば都電荒川線か江ノ電のような、路面電車と懸隔のない小規模な鉄道の「駅」が映ります。都電荒川線に似た路線というと、阪堺線だそうで、そのどこかの駅だろうと思いますが、わたしにはそれ以上のことはわかりません。阪堺電車のサイトから路線図を頂戴してきました。

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阪堺線はその名の通り、大阪と堺を結んでいるので、映画のナレーションにしたがえば、このうち、大阪側のどれかの駅に設定されているのでしょう。

駅からの道筋らしきものも映りますが、夫婦が住む、道路からちょっと下がった路地の一帯はオープン・セットです。砧撮影所でしょう。

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以上三葉はいずれもオープン・セット。この朝の光景は寸分違わぬタイミングで二度繰り返される。「気いつけていきや」といわれた子どもは二度とも階段を上がったところでコケ、お母さんが家に戻ろうとすると向かいの主人が出てきて挨拶、あとからその家の奥さんが走ってきて、階段のところで忘れた弁当を手渡す。成瀬巳喜男らしい控えめなユーモア。

◆ 大阪観光 ◆◆
東京から姪がやってきたので、上原謙はバスで大阪見物に連れて行くことにします。小津安二郎の『東京物語』では当然、笠智衆、東山千栄子は、次男の嫁の原節子に連れられて「はとバス」で市内を観光しましたが、大阪では、どの会社のバスと自動的には決められないようです。

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梅田の駅前、でよろしいあるか?>大阪ネイティヴ諸兄姉。

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バスガイドもそういっているが、これだけは云われなくてもわかる大阪証券取引所。

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北浜の株屋町。

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グーグル・マップ 大阪中之島周辺

この地図を見ると、スクリーン・ショットのように、渡りながら北浜の証券取引所が見える、という条件に合うのは天神橋以外にはなさそうです。いや、現在では高速道路が邪魔で、北浜はよく見えないでしょうけれど。

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このあと、大坂城見物までは団体バス観光のようです。「大坂城第二の大石」といっているので、どのあたりか、大阪の方はおわかりでしょう。「天下普請」なんて規模になると、どこでも大石の確保には苦労するようで、金もかかれば、人死にも出ます。

昼食は「まむし」です。

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鰻が蛇に似ているからかと思いましたが、「まぶし」の転訛だそうです。めしに鰻をまぶして「まぶしめし」、それが転じて「まむしめし」。大阪では「のせる」ことを「まぶす」というのでしょうか。知っているようで、やっぱり外国語、細かいニュアンスまではわかりません!

◆ 大阪デート ◆◆
上原謙と原節子の夫婦の近所に「谷口さん」(浦辺粂子)という人がいて、猫の面倒を見てくれたりすることはすでに書きました。その家の息子(大泉滉)が島崎雪子を誘ってデートのようなことをする場面があります。ここは有名なところしか行かないようで、大阪の方は一目でわかるのではないでしょうか。

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出かけるときに、大泉滉が「とりあえず難波のほうに」といっているのですが、そういう表現の場合、どのあたりに行くのやら。心斎橋の周辺ということでいいのでしょうかね。東京で云うと、とりあえず有楽町、なんてんで出かけて、銀座から日本橋のほうをぶらぶらするとか、そんな感じで?

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どのあたりなのでしょうか。新世界でいいんですかね。通天閣のあたりとか。当てずっぽうを並べてもしかたありませんね。「成瀬巳喜男監督 めし ロケ地」なんてキーワードで検索なさるといいでしょう。当家も引っかかってしまいますがね!

以上で『めし』はおしまいです。ちょっと音楽をはさんで、そのあとは、さらに成瀬巳喜男の、五尺の身さえ置きどころがなく、一日とて生き難い映画をつづけるつもりです。

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めし [DVD]
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by songsf4s | 2010-10-07 23:54 | 映画・TV音楽
成瀬巳喜男監督『めし』(東宝映画、1951年) その4

◆ 五尺の身の置きどころなし ◆◆
前回、「女三界に家なし」と書いたのですが、「三界」の中身を記憶していなかったので調べました。

「いっさいの衆生の生死輪廻する三種の迷いの世界。すなわち、欲界・色界・無色界」だそうで、「欲界」とは「性欲・食欲・睡眠欲の三つの欲を有する生きものの住む領域」、つまりわれわれの世界です。

「色界」は「三欲を離れた生きものの住む清らかな領域」ではあるけれど、依然として物質の存在する世界。

「無色界」は「最上の領域であり、物質をすべて離脱した高度に精神的な世界。ここの最高処を有頂天と称する」とあります。

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「三界に家なし」の典拠は、『平家物語』のようです。せっかくだから、原文にあたってみました。

大納言宣ひけるは、「三界広しと雖も、五尺の身置き所なし。一生程無しといへども、一日暮らし難し」とて、夜中に九重の中を紛れ出でて、八重立つ雲のほかへぞおもむかれける。 (平家物語第三巻)

大納言とは源資賢のことだそうです。ここは清盛が、多くの者の官位を剥奪して流罪にするくだりで、源資賢も畿外へと追放になったのだとか。

細かいことはどうでもよくて、大事なのは、この段階では、わずか五尺しかない身の置きどころを三つの界のどこにも見つけられないのは、女ではなく、男だったということです。

わたしは「女三界に家なし」と覚えていましたし、辞書にもそうありますが、これは後世のだれかが、家父長制のなかでの女の地位の低さを嘆いて創作したのでしょう。近代文学の有名な作品だろうと想像します。

つまり、なにごとも鵜呑みにするな、ということです。だれかが女のことへとねじ曲げたのであって、もとはといえば男、いや、性別とは無関係に、人間というのは身の置きどころがないものだ、という意味だったのです。

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このくだりには感銘を受けました。居場所がないだけでなく、人の一生は短いものだというのに「一日暮らし難し」なのだから、いやはや、です。まったく、あれから八百年たっても、やっぱり居場所はないし、一日生き延びるのも四苦八苦です。

◆ 一日とて生き難し ◆◆
今回は『めし』の結末にふれるので、ご注意ください。

前夜の義弟・小林桂樹の叱責に、身の置きどころがないことを思い知ったうえに、原節子は姪を送っていった夫の実家で、姑(長岡輝子)に、あなたの義弟さんはよくできた人だから、実家でのうのうとしていられるだろうけれど、ふつうだったらはそうはいかないのだから、もう大阪に帰りなさいな、と諭されます。

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前夜、人のいい義弟がめずらしく怒りをあらわにしたところに接し、もはや実家も自分の居場所ではないことを思い知ったばかりなので、この長岡輝子の言葉は、またしても、意図しないアイロニーになって、原節子を責めさいなみます。

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そして、(たぶん)「三界に家なしなのね」とため息をつくような思いで帰路につくと、前回の最後で見たように、戦争未亡人の同級生が新聞を売る姿を目撃してしまうわけで、一日とて生き難いことも痛感させられます。

そんなふうに、悄然と帰宅した原節子を、満面の笑みの母と妹が迎えます。

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靴を見て、上原謙がやってきたことを原節子は知ります。

ここで原節子は、身を翻して出て行ってしまいます。ビックリして止めようとする杉葉子に、杉村春子は「ほうっておきよ。気を鎮めてから会いたいんだろ」といいます。わたしも杉葉子と一緒に、なるほど、そういうものかねえ、と思ってしまいました。

前夜からいろいろと思い乱れる出来事がつづき、それまでよりも夫の面影が脳裡で濃くなってきたまさにそのときに、本人があらわれたものだから、図星を指されたようで恥ずかしかったのだろう、とわたしは受け取りました。

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成瀬巳喜男は皮肉な人、というか、原作者の林芙美子か、はたまた脚色者の田中澄江と井出俊郎のせいなのか、ここも意地の悪い展開になります。

祭で賑わう町を原節子が歩みます。その通りの脇の路地から、下駄履きで手拭いをもった夫があらわれ、うしろから原節子に声をかけるのです。

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◆ いっしょに帰るかい? ◆◆
ここまで読んできた方はやめにくいでしょうが、以下、わたしなりに、この物語をほぐしてしまうので、これから『めし』をご覧になる方は、お読みにならないほうがいいと思います。楽しみを減ずることはあっても、増やすことはないでしょう。

そういいつつ、この部分からエンドマークが出るまでのサウンドトラックを切り出してサンプルにしました。どうせなら映画を見たほうがいいとは思いますが、音だけの映画というのも、わたしは好きで、よく聴いています。

サンプル 早坂文雄「語り合い~エンディング」

さて、近所を歩きながらの話で、上原謙は急に出張することになって、今朝着いたことがわかります。ここはどう解釈しましょうかね。原節子を連れもどすことが上京の主たる目的ではない、ということは、彼女の気を楽にしたのではないでしょうか。賭金の低いゲームだと、夫のほうから切り出したのです。ノーというにも、イエスというにも、気の楽な状況です。

むろん、ものごとはつねに多面的です。夫が耐えきれずに、頭を下げに来たわけではない、ということは、一面で原節子をガッカリさせたでしょう。人生はそういうものなので、やむをえませんな。

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風呂上がりの上原謙は「喉渇いた」といいます。二人は、昔なら「簡易食堂」といったであろう、安直な飲食店に入ります。夫は銭湯帰りの下駄履きだから、ちゃんとしたところになど入れないのですが、それでも、これは意図的なセッティングであり、恋人たちの背景ではなく、夫婦の背景です。ふたりはビールを飲み、話しはじめます。

原節子「苦い」
上原謙「ああ旨い」
「Yシャツ、ずいぶんよごれているのね。替わりもっていらした?」
「うん」
「猫、います?」
「ああ、谷口さんにあずけてきた。あの息子さん、就職したそうだ」
「そう……あなた、あたしがすぐ帰るとお思いになって?」
「ああ。だから、手紙書かなかった。ぼくの仕事は明日すむんだ。いっしょに帰る?」
「そうね……。あたし、あなたに手紙書いたのよ。だけど出さなかった」
「どうして?」
「……」(ただ笑って答えず)

あらゆることに意味を見いだそうとするのは賢明ではありません。話の流れの都合で、「つなぎ」として書かれる会話もあります。重要なラインを導きだすための準備であったり、二つの重要なラインが団子にならないように、中間に無意味なラインを入れることもあります。だから、事大主義に陥るべきではないと思いつつ、でもやはり、ここはひとつひとつのラインに注意が向かってしまいます。

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Yシャツの一件はなるほどです。彼女は「わたしはあなたの妻だ」と宣言したのではないでしょうか。離婚の意思は、たとえあったとしても、もうそれは過去のことだ、あなたのシャツの汚れが気になるのだ、それは自分の役割だから、といったように感じます。

「苦い」と「旨い」の対比は、音のつながりも重要ですが、つまり、夫婦は異なった意見を持っているものである、でも、それだからこそひとセットなのだ、という意味だとわたしは受け取りました。ユニゾンではなく、異なる二つの音のハーモニーだという意味です。

猫のことを尋ねるのは、Yシャツの件に似ていて、彼女がまだ大阪に、すなわち亭主との生活に「気」を残していることを明瞭化し、いったん開いた二人の距離を彼女のほうから縮め、もとの距離を再獲得するための手続きです。二人は連続性を取り戻し、他人ではなく、数年の歴史をもつ夫婦であることを確認するのです。

すぐ帰ると思ったかどうかをきくのは、女房としては当然のことでしょう。あるいは、自分でもすぐ帰るのかどうかわからなくて、夫の目にどう見えたか知りたくなったのかも知れませんが。

いっしょに帰るかい、という台詞はギョッとします。これは二通りに解釈できます。上原謙がひどく無神経な人間で、深く考えずに、軽く、「ついでだから」「どうせだから」という意味でいったケース。

もうひとつは、夫が繊細な人間で、ことを大きくしたり、妻になにかを強く迫って、事態を崖っぷちに追い込むようなことは避けたくて、できるだけ軽く、さりげなく、まるで妻がちょっとした用を片づけに実家に帰ったかのごとく、いたって日常的なレベルに収めようとした、というケースです。

「手紙書いたのよ」もじつに微妙です。こういうことを云うとどうなるか? ひとつは、夫に、あなたのことを忘れていたわけではない、と告げる意味があるでしょう。

なんだか犠牲フライによる一点みたいで、ワンアウトはとられるけれど(夫は書かなかったのに自分は書いた)、あなたとちがって、わたしは二人のことを真剣に考えたのだ、という得点をあげることになるのではないでしょうか。

もうひとつ、夫は、どんな手紙なのだろうと思うにちがいなく、情報を握っている人間と、情報を欲しい人間という立場の違いが生まれる可能性があります。やっぱり、2ラン・スクイズみたいなものかもしれません!

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◆ 腹減ったなー ◆◆
途中で終わりにするのもなんなので、二人の対話を最後までほぐしてみます。

「ねえ、あたし東京へ来て、2500円も使っちゃった」
「竹中の伯父さんがねえ、こんど、東亜商事に勤めたらどうかっていうんだ。そうすりゃ月給もすこし上がる。きみに相談して返事するっていっておいた」
「いいのに、あなたがお決めになって」
「そりゃあね、ぼくだってきみが苦労しているのはわかっているんだけど……」
「いいのよ……」
「もうそろそろ帰ろうか」
「ええ。(残った自分のビールを差し出して)これ、お飲みになって」
「うん……あー、腹減ったなー。あ、ごめんごめん」
(声を上げて笑う)

ここには、もう緊張感はありません。「2500円」(4、5万というあたりか)も使ったというのは、ほんの軽いものですが、妻が夫に謝っているのです。危機にある夫婦はこんな話はしません。

わたしは省略しましたが、「竹中の伯父さん」(進藤英太郎)に転職を勧められるシーンでも、上原謙は妻に相談してといっています。この夫婦の経済はすこし改善されるかも知れないのです。ここにも危機の気配はありません。転職のニュースは謝罪であると同時に、和解の確認で、「いいのよ」ということで、原節子は謝罪を受け入れます。

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すごいのは「そろそろ帰ろうか」です。もちろん、もう夕食の時間だから、妻の実家にもどろうというのですが、同時に、大阪に帰ろう、もとの二人に返ろうと云っています。

それに対して、原節子は、ちょっとだけ口をつけた自分のビールを夫に差し出し、もったいないから飲んでくれといいます。これが妻のそぶりでなければ、妻らしさなんかこの世に存在しません。他人はもちろん、恋人でも、こういうふるまいはしません。妻が夫にだけいう言葉です。夫も当然のように、そのビールを飲み干します。これでもう二人はもとの夫婦です。

安心のあまり、上原謙は、そもそも原節子が夫婦の生活に疑問を抱くきっかけとなった「腹減った」という台詞を云ってしまいます。以前とはちがうのは、夫は、妻の不満のありかを明確に認識していることです。

だから、腹減ったと口にした瞬間に、上原謙は失策に気づいたのです。そして妻は、そんな夫を見て、こうして実家に戻ったことは、まったくの無駄ではなかった、二人は一歩ずつ歩み寄り、理解は深まったのだと思い、笑ったのです。

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とまあ、わかったようなことを書きましたが、要するに、これは「わたしのヴァージョン」にすぎません。解釈はいくらでもあります。だから、うっかり読んでしまったあなたが、いまから『めし』を見る妨げにはならないのではないでしょうか。

このあと、大阪に戻る東海道線の車中のシークェンスがあり、女の幸せに関する妻の考察が一人称で語られますが、そこはコーダにすぎず、二人のたどり着いた場所は、簡易食堂での対話で明快に示されています。なかば諦念ではありますが、諦念と縁のない夫婦があるとは、わたしには思えません。

今回も大阪のショットを並べられなかったので、もう一回、こんどはプロットを追うのではなく、「成瀬巳喜男が捉えた大阪」として、ヴィジュアルを追ってみます。


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めし [DVD]
めし [DVD]


by songsf4s | 2010-10-06 23:56
成瀬巳喜男監督『めし』(東宝映画、1951年) その2

勘定したわけではありませんが、成瀬巳喜男作品のヒロインを演じた女優で、最多出演はもちろん高峰秀子でしょう。『放浪記』『浮雲』『稲妻』『女が階段を上る時』など、秀作がずらっと並びます。戦前の『秀子の車掌さん』などという軽いものもありました。

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高峰秀子。成瀬巳喜男監督『妻の心』より。

考えてみると、子役時代から数えて、戦前、戦後の長いあいだ、主役をつとめたわけで、高峰秀子というのは、なんともすごい女優です。男優なら、六十代、七十代でもヒーローを演じた人がいますが(ケーリー・グラント、チャールトン・へストン、クリント・イーストウッドなど、わが国では佐分利信、山村聡、高倉健など)、女優の場合はそういうことは稀で、高峰秀子は例外的に華の命が長かったといえるでしょう。ああ、吉永小百合がいますね。あの人はモンスター。

そのつぎはもう飛び出た人はいなくて、晩年の作品に数本出た司葉子、その少し前が新珠三千代や淡島千景、ずっと昔の田中絹代、高峰三枝子といったあたりがヒロインを演じています。

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新珠三千代と小林桂樹。成瀬巳喜男監督『女の中にいる他人』より。

原節子が出演した成瀬巳喜男作品はほんの四、五本ですが、『山の音』と『めし』という、成瀬といえばかならず指を折られる映画に出たおかげで、「原節子=小津安二郎と成瀬巳喜男の女優」という強い印象が残ることになりました。

いや、山中貞雄『河内山宗春』での美少女ぶりもすごいし、デビュー作『新しき土』も驚きますが、まだ「モデル」のようなもので、「女優」になっていません。でも、木下恵介『お嬢さん乾杯!』や吉村公三郎『安城家の舞踏会』での没落貴族の子女は、いかにも似つかわしい役柄でした。

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以下はいずれも成瀬巳喜男監督『娘・妻・母』より。

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左からは高峰秀子(長男の嫁)、原節子(長女)、三益愛子(母)、団令子(三女)。

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◆ 顔のオンとオフ ◆◆
成瀬巳喜男作品での高峰秀子と原節子の表情を見くらべてみました。原節子の演技の特徴は視線の上げ下げです。『山の音』でも『めし』でも、スウィッチのオン・オフのように、視線が上がったり下がったりして、心理の変化を表現しています。それに対して、高峰秀子は視線の上下および顔の上げ下げはあまり使っていないようです。

ということは、成瀬巳喜男は役者に細かく指示を与えなかったという黒澤明の証言も併せて考えると、あの表情の変化は「成瀬巳喜男の演出」というより、「原節子の演技」なのでしょう。

『山の音』での気象と原節子の表情の対比の印象が強く、あれは成瀬巳喜男のスタイルのような気がしていましたが、原節子だったのですね。原節子の顔の上げ下げということでは、小津安二郎『晩春』の観能シーンで、三宅邦子に気づき、うつむいて夜叉の表情になるカットも印象的でした。

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昔の人が原節子は大根であるといい、小津安二郎がそんなことはないと擁護したのは、この顔の上げ下げ、視線の上下のせいかもしれません。わかりやすい心理変化の表現ですから。

でも、大根であるか否かはひとまず措き、『めし』と『山の音』という、静かで穏やかな映画にきびしい緊張感をあたえているのは、原節子の表情です。女性観客はどうか知りませんが、男の観客は、原節子が視線を下げるたびに、「やばい」と緊張することでしょう。成瀬巳喜男も、原さんは怖いなあ、と内心で思いながら撮っていたのじゃないでしょうか!

原節子が下を向いたら、それは否定、拒否なのですが、上原謙は、それに気づかないか、または気づかないふりをしています。そして、この「下向き」は、観客にはスコアボードのように見えます。10点差がついたところでコールド、大阪のゲームは終わり、舞台は東京と横浜に移ります。

◆ たかが猫の子一匹なれど ◆◆
どうでもいいことなのかもしれませんが、原節子が飼っている仔猫がすごく気になります。よくまあこういう猫を見つけたものだと感心するほど「微妙な猫」なのです。

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朝は亭主より先に猫にかつぶしご飯をあたえる。

仔猫らしく暴れるわけではなく(いや、そういうときには撮影しなかっただけだろうが)、ちょっと毛がぼさぼさで捨て猫のようなところがあり、背中が曲がって姿勢も悪いし、病気ではないかと思うほど動作が遅く、それでいながら、けっこう可愛いのです。

大阪にいる同級生だけで同窓会をするシーンがあり、大店の料理屋に嫁いだ同級生が原節子にききます。

級友「あたし、あなたみたいに、一日でもいいから主人と二人きりで暮らしてみたいわ。ねえ、どんなこと話してらっしゃるの?」
原節子(微笑みながら)「猫飼ってるの」

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これはなんでしょうね。この間に省略された原節子の思いを想像すると、「とくになにか話したりなんかしないわ。だから、いつも猫と話しているの」といったあたりでしょうか。あるいは「主人も猫みたいなもので、会話なんかないわ」でしょうか。

こういうところの成瀬巳喜男の処理というのはじつに細やかで、解読するのにこちらは大わらわになってしまいます。

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背中で芝居するところなんぞは、隅におけない演技派の猫。

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この映画で唯一、声を出して笑ったのも、猫がらみの会話です。島崎雪子を連れて帰郷する車中、窓外を眺めながら、原節子がつぶやきます。会話のなかの「谷口さん」とは、近所の家のおばさん(浦辺粂子)です。

「谷口さんに頼んできたけど、大丈夫かしら」
「なあに?」
「猫」

ここも素直に受け取っていいのか迷うところです。笑ったあとで、猫は亭主のメタファーかな、と思うのです。それで、あんなショボショボした、情けないような、可愛いような、微妙な猫をキャスティングしたのではないかという気がしてきます。

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それとも、ペットショップなんかあまりなかった昔は、みな和猫だから、あんなものだったのでしょうか。邦画にペルシャやシャムなどの「舶来」猫が目立ちはじめるのは、60年代に入ってからではないでしょうか(『霧笛が俺を呼んでいる』『野獣の青春』を参照あれ)。

◆ 成瀬巳喜男の町 ◆◆
原節子は矢向という駅で降ります。神奈川県民でありながら、南武線というのに乗ったのはこれまでにただの二回、さっぱり土地鑑がなくて、調べてしまいました。路線図を見ると川崎かと思うのですが、市境が入り組んだところで、横浜市の北部なのだそうです。

駅舎というのは案外建て替わらないもので、矢向駅は依然として同じ形をしています。表面は張り替えたのでしょうが、躯体は『めし』のころのままなのにちがいありません。

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なんでもないことにのようですが、わたしはこういう連続性、町の記憶というのは大事なことだと思います。矢向の町の人たちは、『めし』の重要な舞台になったことを自慢できます。ただし、画面上にあらわれるのは「川崎市」の文字で、ロケは川崎市側でおこなわれたようです(撮影許可をとるとすると、横浜、川崎の両方でとるのは煩雑だろうと考える)。

成瀬巳喜男は町を撮るのがうまい人で、いつも風景が気になります。矢向の駅の近くと設定された原節子の実家の界隈も、何度も登場するので、店の並びを覚えてしまいます。実家自体はセットですが。

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というように、母は杉村春子、妹は杉葉子(すばらしい。『青い山脈』のときよりずっといい)、その婿さんが小林桂樹という顔ぶれで、洋品店を営んでいます。

こんなふうに気をまわすのはわたしだけかもしれませんが、成瀬映画には、しばしば商売が左前になった家が登場するので、こういう店のたたずまいが出てくるだけで、このうちは大丈夫だろうか、と緊張してしまいます。こういうタイプの商店は現代では流行りませんからね。

しかし、数十年後のことはいざ知らず、どうやらこの店は現在、とくに心配事を抱えていないようで、ホッとします。成瀬巳喜男映画には、はげしい闘争は出てきませんが、こういう「静かな緊張」がずっとつづくのです。だれかが、ささいなきっかけで、重大な決心をしたりするので、画面から目を離せません。

◆ Home Again ◆◆
成瀬巳喜男の細密描写をいちいち追っていると手に負えなくなるので、前半は端折ってしまいましたが、後半はすこしストーリーを追ってみます。

実家に戻って、意外なシーンから後半がスタートします。夕食の支度ができたというときに、原節子だけはぐっすり眠っているというシーンです。夜行で着いて、午後から仮眠をしていたといったところなのでしょう。

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杉村春子は「女は眠いんだよ」と笑いながら娘を擁護します。昔は、嫁に行った女は、おちおち安眠をむさぼったりできなかった、というのは、わが母のことなどを思っても理解できますが、それを映画のなかで描写する監督はきわめて稀、ひょっとしたら成瀬巳喜男ただひとりじゃないでしょうか。久しぶりに『めし』を再見して、いちばん驚いたのはこのショットでした。

たぶん、その翌日のことなのでしょう、原節子は職安(現在はハローワークと名前を変え、体裁よくしたつもり)の外までいき、求職者がぞろぞろと建物に入っていくのを見て、たじろぎます。

彼女は、離婚も考えているので、職を探しに来たと解釈できます。もちろん、そこまではいかなくても、とにかく、遊んでいるわけにはいかないという思いがあったのでしょう。

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ここでまた、と胸(原節子と観客の両方の)を突かれる小さな出来事が起こります。これでは職を見つけるのは無理だ、と原節子が途方に暮れていると、子どもの手を引いて通り合わせた女性、中北千枝子に「あら、三千代さんじゃない?」と話しかけられます。

どうやら、二人は女学校の同窓生のようです。中北千枝子は戦争未亡人で、もう還らないとわかってはいても、ラジオの尋ね人の時間はきいてしまう、といい、つぎの瞬間、「でも、それももう売り払っちゃって、かえって気が楽になったわ」と、じつにアイロニカルな台詞をいいます。いやもう、たとえ原作にあるラインだとしても、なんともいえぬほど成瀬的な台詞です。

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あと三カ月で失業保険が切れるというのだから、彼女は明らかに職安を目指してやってきて、ここで原節子に会ってしまったのです。彼女は原節子が職安に用があるとは思っていないらしく、「ごめんなさい。あなたみたいに幸せな人にこんなことをいって」と謝ります。

当然、原節子は複雑な表情であいまいに返事を濁します。これがまたなんとも成瀬的アイロニー。じつに人の悪い監督です。成瀬巳喜男映画の特徴は、この「意識しない間の悪さ」といえるのではないでしょうか。思わず目をつぶってしまうような気まずいシーンが頻出します。

毎度甘い見積もりで、『めし』は二回ぐらいで、なんて目算でしたが、そんな簡単に片づくはずもなく、今日も「つづく」です。


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by songsf4s | 2010-10-04 23:57 | 映画