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蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その5
 
前回のつづきで、今回も50年代横浜散歩です。

警察で当時の事情をたしかめたところ、ケンカで兄を殺したテツという男はすでに死んでいたことがわかり、島木は、そのテツを殺した「川上一家の竹田」という男(草薙幸二郎)に当たってみようと、まず竹田が根城にしているという「花咲町の白雪という寿司屋」に向かいます。

花咲町というのは、JR根岸線桜木町駅を指呼の間に見る場所で、したがって、みなとみらい地区(この時代にはまだそうは呼ばれていないが)にも近く、当然、レストラン「リーフ」のある新港からもそれほど遠くありません。

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真ん中上のピンクの部分が桜木町駅。この地図では見えないが、さらに上、すなわち北がみなとみらい地区。右側を流れるのは大岡川。南が上流、北が下流でまもなく海にそそぐ。

また、厳密には野毛町ではないのですが、「野毛の飲み屋街」といったときに、花咲町まで含めて思い浮かべる人のほうが多いでしょう。

野毛坂から都橋、吉田橋に至る野毛本通りと、それと直交する平戸桜木道路という二本の表通りから、中通りにいたるまで、飲食店が櫛比し、昼間よりも夜のほうがにぎやかな、猥雑な雰囲気のある界隈です。

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島木が寿司屋にいくと、川上一家の若い者(柳瀬志郎と黒田剛。ギャングのメンツはそろいつつある!)がいて、竹田は近ごろ寄りつかない、といわれますが、店の女の子に、ビリヤード屋へ行ってみたらと教えられます。

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最初に寿司屋に行く。左は柳瀬志郎。

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ここは現在「平戸桜木道路」といっている、桜木町駅から野毛坂下のほうにつづく道の、桜木町駅に近い場所だということが、あとのショットで確認できる。いまでもこのショットのような雰囲気が残っている。変わらない町というのもあるらしい。

いっぽうで、竹田が危険な存在だと感じた柴田も、手下たちに、竹田を見つけて連れてこい、と命じ、島木と鉢合わせしそうな動きで、彼らのほうも竹田を追いはじめます。

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竹田を追う柴田の子分たち。杉浦直樹(中)と青木富夫(右)。「銀座マーケット」といわれても、もはやわからない。中通りか。

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島木がビリヤード屋から出てきたのと入れ違いに、柴田の配下がやってくる。向こうに桜木町駅のプラットフォームが見えるので、ここはピンポイントで場所を特定できる。駅のほうに行ってはなにもないので、島木はすぐに右に曲がることになるだろう。

はじめのうちは島木が先行しているのですが、行きつけのバーの発見が遅れて、先を越されてしまいます。

まだ竹田追跡行はつづきますが、ここで、このモンタージュを生彩あるものにしている、佐藤勝のサウンド・コラージュをお聴きいただきましょう。長いシークェンスですが、丸ごと切り出しました。

サンプル 佐藤勝「Searchin'」

絵の出来がいいと自然に音のほうも出来がよくなるもので、テンポの速いモンタージュに合わせて、どのようにサウンド・コラージュをつくればよいかという、教科書といえるようなものになっています。

2分すぎに登場するハワイアンは、かつて佐藤勝が石原裕次郎のために書いた「狂った果実」のインストゥルメンタル・ヴァージョンでしょう。時間の節約のために再利用したのかもしれませんが、楽しい楽屋落ちになっています。

それでは竹田探索行をつづけます。

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雀荘

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竹田追跡隊。左から榎木兵衛、杉浦直樹、深江章喜、杉浦の背後に隠れているのは青木富夫。

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島木より先に、柴田の配下は竹田の女がつとめるバーにたどりつく。四人がカウンターにさっと腰を下ろすと、間髪を入れずにグラスが並ぶ。ギャングたちも、すぐに移動しなければならないと承知しているので、寸暇を惜しんで素早くタダ酒を飲みはじめるのがじつに可笑しい。日活ギャングたちもこういうときはおおいに乗って演じたのだろう。いやまったく、日活映画はこういうところが楽しい。

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竹田探しがはじまったときはまだ明るかったが、すっかり日が落ちて、ついにギャングたちは武田のすぐ背後に迫った。

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ホテル内部。なかなか雰囲気があるが、ほんの3、4ショットのためにセットをつくるとは思えず、ロケか、他の映画のセットの借用ではないだろうか。

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飛んで火に入る夏の虫、追っ手がきょろきょろしているところに、ことを終わった竹田(草薙幸二郎)が階段を降りてきた。

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ちょっと顔を貸してもらおうじゃないか、というルーティン。ホテル玄関付近も雰囲気があるが、これはロケ地に看板を持ち込んで飾りつけるパターンではないだろうか。

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遅かりし由良之助、そのころ島木は、やっと竹田の女がつとめるバー「キール」にたどり着いた。この酒場も海の縁語で命名されている。

柴田一味につかまった竹田の運命やいかに、と紙芝居じみてしまいますが、そこは書かずにおかないと、差しさわりがありそうです。

このモンタージュは非常に狭い範囲で動いているのですが、編集も手際がよく、場所に合わせて歌謡曲、ハワイアン、ラテン、ジャズと切り替わる音楽も楽しく、この映画のひとつの見せ場になっています。

ひょっとしたら、蔵原惟繕も、高村倉太郎も、そして佐藤勝も、黒澤明の『野良犬』を意識していたのかもしれません。とりわけ佐藤勝は、師匠・早坂文雄が『野良犬』のモンタージュをどう処理したかを意識して、このサウンド・コラージュをつくりあげたのだろうと推測します。

ディゾルヴやオーヴァーラップなどは使わず、「ドライに」カットをつないでいますが(一箇所だけ、島木が駅方向にむかうところでワイプが使われている)、それがこの映画のトーンに合った、きびきびとしたリズムをつくっていて、その面でも非常に好ましいシークェンスです。

次回、いくつかセットを見、あと二曲ほどサンプルを並べて、『俺は待ってるぜ』を完了する予定です。


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by songsf4s | 2011-09-21 23:57 | 映画
蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その4
 
いやはや、いろいろなミスをやるもので、前回の記事をアップしている最中、『赤いハンカチ』の記事から写真のアドレスをコピーしているうちに、その記事を消してしまいました。

そちらの記事の復元に手間取った関係で、新しい記事のほうに手がまわらず、ろくに文字校もしないまま、キャプションも抜けた状態で公開することになってしまいました。

いちおう格好がついたのは今日の午後なので、それ以前にいらしてしまい、スクリーン・ショットの意味がわからず、気になるという方は、公開から半日後にできた現在の版をごらんいただけたらと思います。

◆ 中盤のプロット ◆◆
『俺は待ってるぜ』には、二度、横浜の町の長いモンタージュが登場します。ひとつは、前々回のプロットですでに書いた、石原裕次郎と北原三枝が町に遊ぶシーンです。

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もうひとつのモンタージュに行く前にプロットの残りを書いてしまいます。どこまで書くかはまだ決めていませんが、ここから先はミステリー的要素が入ってきて、それが主眼ではないにしても、形式上は謎解きになるので、近々ぜひ見てみたいなどと思っている方は、読まないほうがよろしいでしょう。スクリーン・ショットを片目でチラッと見る程度にしておかれるように警告します。

早枝子(北原三枝)に襲いかかって逆に花瓶で殴られた柴田(波多野憲)は、町で島木と歩く早枝子を見かけて連れ戻そうとしますが、島木に軽くあしらわれてしまいます。柴田は再び島木を見かけたときに、子分にあとをつけさせ、レストラン「リーフ」を突き止めます。

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日本交通公社すなわち現在のJTBの関内周辺の支店というと、尾上町一丁目にあるようだが、1957年にも同じ場所に店舗があったかどうかは不明。

前々回に書いたように、島木には兄がいて、先にブラジルに渡り、準備ができしだい弟を呼び寄せる手はずになっていました。しかし、ブラジルの兄からは一向に連絡がなく、いっぽう、島木が兄に送った手紙はみな宛先人不明で送り返されてきます。

ある日、島木が外出から帰ると、柴田の兄(二谷英明、このときは若くて顔に険があり、ギャングのボスがさまになっている)以下、弟や子分たちが店を占領していて、まだ契約が残っているので早枝子を返してもらおうと島木に迫ります。ちょっと小競り合いになりますが、そこに早枝子が帰ってきて、クラブに戻ることを承知し、その場は収まります。

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左から杉浦直樹、石原裕次郎、榎木兵衛、深江章喜、波多野憲、二谷英明(背中を向けている)の面々。日活らしいアンサンブルがすでに形成されつつある。みな若い!

しかし、島木は、この小競り合いのときに、柴田の子分(青木富夫。この映画は日活ギャングの中核が揃いはじめていたことを示している!)がもっていたメダルが気になります。

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島木は、兄が土地を買う約束をしていた売主に問い合わせの手紙を送ったところ、約束の日になっても兄上はやってこず、その後、連絡もない、という返事を受け取り、愕然とします。

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入国管理事務所に行って調べてみると、兄が日本を出た形跡のないことがわかります。しかし、荷物は乗る予定だった船にそのまま積まれて南米まで行き、送り返されていました。そして、警察で、兄が出発するはずだった前の晩に酒場のケンカで死んだ人間がいることがわかり、その現場写真によって、兄が死んだことが判明し、正当防衛ということで相手はお咎めなしと、すでに事件は片付いていたことを島木は知ります。

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その酒場は「地中海」と名前が変わったものの、じつは早枝子がつとめる、柴田の兄が経営する店だったことがわかり、島木は早枝子に、柴田の子分が持っているメダルの刻印を確かめてくれないかと依頼します。それは、彼がボクシングの新人王になったときのメダルで、出発前に兄に渡したものに思えたのです。

早枝子の助けで、それが兄に渡したメダルであったことを確認した島木は、それをもっていた柴田の子分(青木富夫)をしめあげて、どこでどう手に入れたかをいわせます。

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早枝子は青木富夫をだましてナイフを借り、口紅を使ってその飾りになっていたメダルの拓本をとる。

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裕次郎が青木富夫を待ち伏せするのは、ひょっとしたら海岸通3丁目の日本郵船の付近か。

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青木富夫にメダルをやった男はケンカで兄を殴り殺した男だったのですが、彼はすでに死んでいたことがわかり、こんどはその男を殺した相手(草薙幸二郎)に当たってみようと、裕次郎が町を歩きまわる、というところで、また長い横浜のモンタージュになります。

◆ 50年代横浜散歩 ◆◆
ということで、蔵原惟繕と高村倉太郎が、どのように1957年の横浜の町を捉えたかをすこし見ていきます。まず、序盤のデイト・シークェンスから。

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デイト・シークェンスのファースト・ショットからして場所がわからない。「横浜会館」という文字が見えるのだが、ウェブの検索ではそのようなビルは発見できなかった。あてずっぽうをいうと、羽衣町(伊勢佐木町のとなりの筋にあたる大通り)あたりではないだろうか。

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平和堂薬局という文字が見えるが、現在の関内周辺にはそういう名前の薬局は見つからない。伊勢佐木町通ではないだろうか。昔はアーケイドがあった。

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このように角を切ったところというと、長者町五丁目の交叉点が思い浮かぶ。伊勢佐木町四丁目の交叉点のとなりにあたる。古い横浜日活には入った記憶がないが、あの建物からなら、長者町五丁目の交叉点がこのように俯瞰できた可能性がある。

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Acme Dry Goods Companyというのがテキサスにあったらしい。その横浜支店だったのだろうか? といっても、それがどこにあったのか、調べがつかなかったのだが。

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以上は映画館内部。撮影の都合から、伊勢佐木町の横浜日活を使った可能性が高い。窓に味がある。

べつのシークェンスも見るつもりだったのですが、デイトのみで時間切れとなりました。以下、次回へ。


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俺は待ってるぜ [DVD]
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by songsf4s | 2011-09-20 21:36 | 映画
蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その3
 
ほかのスタジオの映画もそうですが、とりわけ日活アクションには、しばしば引込線が登場しました。すでに取り上げた映画でいうと、舛田利雄の『赤いハンカチ』は横浜の貨物駅のシークェンスで幕を開けます。

ギャングの取引には好都合な場所だからということなのかもしれませんし、車輌の動きや足元が見えてしまう遮蔽物としての面白さ、そして凶器になりうることなどから、映画的効果を生みやすいということもあるのでしょう。

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以上三葉は『赤いハンカチ』冒頭の、石原裕次郎、二谷英明が榎木兵衛を追う貨物駅のシークェンスより。

前回の記事のコメント欄に書いたのですが、子どものころから引込線が好きでした。そのことは散歩ブログの「神奈川臨海鉄道本牧線の旅、とはいかなかったが──続・日活アクション的横浜インダストリアル散歩」という記事にも書きました。

映画をつくる側としては、いろいろ好都合なことがあって引込線を使うのでしょうが、見る側が引込線に魅力を感じるのはなぜなのだろうと思いました。最初に思いついた答えは、非日常性です。

子どものとき、引込線の線路の上を歩いていたときに感じたのは、非日常の喜びだったのだといま振り返って思います。「これはふつうならできない遊びだ」と感じていました。旅客を運んでいる鉄道の線路を歩くなど、まずできないことですから。

また、旅客を運ばない、いわば「プライヴェートな鉄道」であることも、子どもにはひどく面白く感じられました。言い換えると、ちょっと大げさですが、「この世の埒外にあるもの」としての深い魅力をたたえていたから、子どものとき、引込線のそばにいくたびに、その上を歩かずにはいられなかったのだろうと思います。

蔵原惟繕が、『俺は待ってるぜ』で、レストランのセットを「横浜市中区新港町埠頭構内」などという、無番地の奇妙な場所においただけでなく、線路の「砂かぶり」とでもいうべき近さに引込線があるという設定にしたのは、たんなる視覚的な面白さだけでなく、二重三重に主人公をこの世の外、といって大げさなら、「日本の日常の外」におきたかったからではないか、と想像しました。

◆ 外部の異界と内部の異界 ◆◆
『俺は待ってるぜ』のレストランのセットが置かれた位置については、前回、くどくどと書いたので、今回はセットそのもののことを少々書きます。

レストラン「リーフ」は、全体に西部劇の酒場のようなムードでデザインされています。とくにファサードを横から見たショットでは、ポーチのせいで西部劇のセットそのものに見えます。

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二、三段の階段を上がってポーチの上に立つと、ドアがあります。このドアも内部の床面より高いところにあり、二、三段の短い階段を降りて内部に入るようになっています。つまり、ポーチの階段を上がり、ドアをくぐると、こんどは階段を降りるという、考えようによっては無駄な構造になっているのです。

このような構造にした意味は、ひとつには視覚的効果の問題でしょう。いくつか、じっさいにそのようなショットがあるのですが、室内から見て、店に入ってきた人間を「奥」に配置しながら、なおかつ、その存在を強調することができるのです。

ドアから入ってきた人物は、やや高いところに立つことになるので、ちょうどステージに上がったように、室内の人間や調度のなかに沈まないのです。

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また、人物が水平移動するのは、見るものの視覚運動が小さいのですが、垂直方向に移動すると、目玉の運動量が増大し、映像に躍動感が生まれます。そのあたりの効果も狙ってのものでしょう。

もうひとつは、視覚的な意味ではなく、「界」と「界」の境を越える動作を強調し、レストラン「リーフ」の内部を「異界化」するためでしょう。リーフの位置自体が「異界」だということはすでに書きましたが、いわばその念押しとして、二重の異界化を、この松山崇のデザインになるセットはおこなっているのだと考えます。

ドアをくぐって店内に入ると、左手に長めのコントワールがあります。昼間はコーヒーや紅茶が、夜は酒が供されるのでしょう。このカウンターの両端には大型のコーヒーミルとラジオが見えます。正面奥の左側は調理場で、短めのカウンターがあり、できあがった料理がおかれます。

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開巻直後、石原裕次郎に誘われ、北原三枝がレストラン「リーフ」にやってきて、ドアのところに立ったたきの、彼女の「見た目」のショット。ドアが高いところにあるので、左手のコントワールの向こうにいる裕次郎を見下ろす格好になる。

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調理場内部からドアのほうを見たショット。右側にはコントワールの端が見え、その上にコーヒーミルが置かれている。

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こちらは逆方向からのショット。石原裕次郎の頭の向こうに調理場がある。そのむかって右はプライヴェート・スペースで、北原三枝がそこから出てきたところ。

調理場のむかって右にはドアがあり、その向こうには店主の私室があります。松山崇は、ここでも部屋と部屋の境に段差をつけました。私室には、店から二段ほどの階段を降りて入るようになっているのです。

この場合も、店の入口の階段と同じ視覚的効果を狙ってのデザインでしょう。部屋の奥からドアを狙ったたショットでは、手前のベッドに腰掛ける人物と、ドアから入ってきた人物に重みの差をつけずに、均等に見せることができます。

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そして、メタフィジカルなレベルにおいては、このプライヴェートな「奥の院」は、日本から遠くへ、遠くへと進むこのセット・デザインにおいて、最遠の地であり、もっとも異界性が強い場所として設計されています。

主人公がこの部屋のベッドに寝転がって、タバコを吸いながら思うのは、兄から手紙が届き、この日本を、心だけでなく、肉体としても離れ、ブラジルに渡るときのことにちがいありません。「ここではないどこか」で「自分ではない誰か」として生きる夢です。

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その想念のささやかな道具立てとして、壁には南米の地図が張られています。ここには日本を思わせるものはなにもなく、「異界性」は極限に達しています。

二十歳ぐらいのときにこの映画を再見して感じたのは、日本からの解放でした。いま改めてセットがおかれた場所と内部デザインを検討して思うのも、やはりそのことです。

1957年ほどには、あるいは、わたしがこの映画を再見した1970年代半ばほどには、いまは日本脱出願望というのは大きくありません。経済状態の好転とともに、むしろ日本肯定の気分が広がっていったのを、わたしは他人事のような遠さで見ていました。

しかし、大震災とその後の政治、経済、メディアを見ていて、1957年となにも変わっていない、あるいはさらに悪化したのではないかと思えてきました。

われわれはやはり、荒涼たる土地のはずれに小屋掛けし、その奥まった狭い一室に追い詰められ、いつか、この日本ではないどこかで、我慢のならない日本的政治風土から遠く離れ、それまでの自分とは異なる人間として暮らす夢を見ているような気がします。

今回は横浜の町のショットも検討すると予告したのですが、それは次回にさせていただき、本日はここまで。


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俺は待ってるぜ [DVD]
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by songsf4s | 2011-09-19 23:33 | 映画
『八月の濡れた砂』ロケ地再訪

朝っぱらから「今日はクリスマスイブですね」などという前に、eveの意味を辞書で調べたらどうだ、というツイートがあって、笑いました。だって、その直後に「今日はクリスマスイブですね」というツイートがあるんですからね。

両方をリツイートする、なんていう意地の悪いことはしませんでしたが、ご存知のように人柄はひどく悪いので、いろいろなことを思いました。

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朝から「今晩は」というに等しい「今日はクリスマスイブですね」という自己撞着した言葉を発するのは、意味を混乱させ、言語の質を落とす行為です。外来語だからしかたない、という見方もあるでしょうが、このように意味が曖昧になることが外来語導入の最大の問題点なので、外来語を使うなら、できるだけ正確な使用を心がけるべきです。

小津安二郎の『お早よう』の子どもたちがぶんむくれていった言葉も思い出します。大人たちはなんだって、お早うございますだの、今日はだの、今晩はだのと意味のないことを云うのだ、というのです。もちろん、大人の側には立派な言い分があるのですが、子どもたちがそういう疑問を抱懐するのは健全なことです。

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これを思い出したのは、イヴの意味がどうこうという以前に、そもそも「今日はクリスマスイブですね」というのは、いわずもがなではないか、と思ったからです。「今日は啓蟄ですね」とはちがいます。12月24日の夜がクリスマス・イヴにあたることは、99.9999パーセントの人間が知っているでしょう。そんなことを改まって確認されるのは、馬鹿馬鹿しくて、「まあ、挨拶は馬鹿馬鹿しいものだからな、しかたないさ」などと、よけいな心理的手続きを踏まされます。

日本に半世紀以上暮らして、いまだに意味を解しかねていることがあります。商店街、デパート、ショッピング・モールなどといった商業施設に、小旗だのポスターだのといった形で、「Summer」とか「Winter」とか、季節が書いてあるのはなぜなのでしょう。

Summer Bargainだの、Winter Clearanceだのというならわかりますよ。ただ「夏」だの、ただ「冬」だのと、裸で(2010などと年が書き加えられていることはあるが)投げ出された文字を見るたびに、いまが夏だということを知らない人がいると思って確認しているのだろうか、と吹き出しそうになります。英語だから疑問に思わずにそんな無意味なことができるのです。漢字でやってごらんなさい、漢字で!

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◆ ウォーキング・ブルーズ ◆◆
引越しで少しだけへこんだ腹が、また出しゃばりはじめる兆候があるので、このところ、散歩の距離を長くしています。日に10キロを最低目標に、ときにはそれ以上歩いています。どうせ歩いているから、一両日中に散歩ブログを復活させようと考えています。今日はその予告篇として、いくつか写真を貼り付けます。

そういうことはあまり書かなかったのですが、散歩ブログのほうで明らかにするので、この際だからこちらにも書いておきます。わたしは神奈川県横須賀市というところに住んでいます。横浜の中心部から30キロほど南です。

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ふだん歩ける範囲は当然、住んでいる場所に規定されます。鎌倉まで歩いたら、帰路はどうしても電車になります。横浜で云えば、金沢区が往復できる限界で、それ以上は交通機関に頼らざるをえません

鎌倉より近い逗子はどうか? これが微妙な距離というか、トレーニングには適度な距離というか、往復が可能なのです。そのかわり、いまの体力では、誇張するなら「限界に挑戦」の距離になります。横須賀-田浦-東逗子-逗子-葉山-横須賀というコースを一度だけ歩きましたが、路程約30キロ、ほとんど休まずに6時間半かかりました。

強い陽射しを避けるには北上するコースがいいので(困ったことに北東に向かうと3分で海に出てしまうので、このコースは存在しない)、逗子には何度か行っていて、30キロ歩きの前々日、鎌倉まで抜けたときに、そうだ、『八月の濡れた砂』だ、と思い出し、コース変更して、商店街に行ってみました。今日はそのときに撮った写真を数点ご紹介します。

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上(北)にJR横須賀線と逗子駅。目的の場所は真ん中下の「花里生花店」のあたり。

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上の地図を拡大。

◆ 十二月の乾いた砂 ◆◆
警察だの、岩場だのといった、オリジナル記事のときに解決できなかった場所はいまだにわかっていないので、写真を撮ったのは、すでにわかっている場所です。以下、オリジナル記事と重複するものがありますが、説明のために必要なので、どうかあしからず。

『八月の濡れた砂』の冒頭、早苗をいったん無人の海の家に入れ、清は家に帰って彼女のために着るものをもっていこうとします。ここで清の家が登場します。

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それから、健一郎が清の家を訪ねるシークェンスというのもあります。

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また、清の家そのものではなく、そこから見える通りのショットもあります。清が食料品店の二階にある自室から下を見たら、同級生の和子が通りかかったので、声をかけるというシーンです。

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以上、このあたりはオリジナル記事でくわしく検討し、清の家として撮影された食料品店(「宝屋」)の隣にある、ヘンケル理容室という床屋を梃子にして、逗子駅近くの商店街で撮影されたことを突き止めました。

先日、逗子まで歩いたときに、このあたりが現在どうなっているかをたしかめてきたので、今日はその写真をごらんいただきます。

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真ん中、バイクのあるあたりが清の家として撮影された食料品店。店名は異なるがいまも食料品店として営業中。

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ヘンケル理容室。ここは外観も映画撮影当時のまま。すばらしい!

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「浜勇」は休業中だった。建て替わってしまったので、店名がないとわからない。

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そのお隣、花里生花店も建て替わり、モダーンになった。

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映画には富士トーイという店が映っていたが、玩具店は閉じたという。ただし、FUJIの名前でべつの業態の店が同じ場所にあった。商売の種類は失念してしまった。

なんだか微妙な結果です。同じ名前の店がほぼそのまま残っているけれど、当然ながら、建て替わったケースもあり、懐かしいなあ、というべきか、昔を今になすよしもがな、というべきか……。わたしは、思ったより昔をしのぶよすがが残っているなあ、と感心しました。

◆ 田越川の橋の上で ◆◆
健一郎が和子と橋ですれちがうシーンは、オリジナル記事で田越川とアイデンティファイしました。しかし、田越川のどのあたりかとなると、よくわかりませんでした。

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今回、いちおうたしかめようとしたのですが、グーグルのストリート・ヴューで試したときと同様、特定できませんでした。いちおう、つぎにあげた二つの橋が有力な候補だと思います。橋そのものも、あたりの建物もすっかり変わってしまったために、明確にはいえないのが残念です。

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このどちらかの橋ではないかと思うのですがねえ。地元の年配の方なら、映画のスクリーン・ショットから橋を特定できるのではないかと思うのですが、どなたかご存知でしたら、ご連絡を願います。

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べつの日に、小坪を経由して鎌倉まで歩いた。飯島まで来てから、いけね、『八月の濡れた砂』の逗子マリーナ撮影を忘れたと思い、遅ればせながら、あらぬ方向から逗子マリーナを撮影した。飯島というか和賀江島の前から見た逗子マリーナ(のあたり!)。



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日活映画音楽集 藤田敏八
日活映画音楽集~監督シリーズ~藤田敏八
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by songsf4s | 2010-12-24 12:34 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その8

すでにご承知でしょうが、谷啓没、だそうです。病気ではなく、事故なので、少々気が残るところですが、人間の運命ははかりがたく、こればかりはやむをえません。

あちこちでいろいろなことが云われ、書かれていることでしょうし、それがしばらくはつづくはずなので、わたしがなにか云うこともないから、ほんのすこしだけ。クレイジー・キャッツの一員としてではなく、単独の活動で印象に残っているのは、つぎの曲。



YouTubeのクリップはいつ消えるかわからないので、念のために自前のサンプルもアップしておきました。

サンプル 谷啓「図々しい奴」

『図々しい奴』は、先につくられたテレビ版がヒットして、あとから大映で本編が撮られたと記憶しています。テレビ版では丸井太郎が主演、本編では谷啓が主演という変則的なことになり、なおかつ、テレビ版の主題歌を谷啓が歌っているというややこしいつながりになっています。いや、わたしの記憶が混乱しているだけかもしれませんが。

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『図々しい奴』の本編は二本見たような気がします。それほど悪くなかった、笑えるシークェンスもあった、というように記憶していますが、もう二十年以上再見していないので、あまり当てになりません。

これも記憶ですが、谷啓は逗子開成卒業で、大昔、テレビで懐かしい場所を歩いたときに、逗子のつぎは横浜にまわって、野毛坂下で立ち止まり、ここに劇場があってね、駆け出しのころ、仕事していたんだ、といっていました。

その場所は、子どものころからしょっちゅう通っていたところで、へえ、と思いましたし、映画館や劇場というものが、なかに入らなくても、建物を見るだけでも好きなものですから、妙に印象に残りました。野毛の一帯には、ほんとうにたくさんの映画館や実演小屋があったのですが、いまではもうほとんどなくなってしまい、あのへんに行くたびに、谷啓の「ここに劇場があってね」を思いだします。

◆ 血の収穫の時いたる ◆◆
今日は『野獣の青春』を完結させます。いつもはエンディングまで書いてしまいますが、この映画については、いくつか伏せることにします。『野獣の青春』の場合、エンディングを知っていては、やはりかなり興醒めでしょうから。

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郷鍈治に撃たれた江角英明を助けて、渡辺美佐子未亡人の家に転がり込んだジョーは、まず野本興業に電話をし、小林昭二ボスに、柳瀬志郎と郷鍈治が死に、江角英明が重傷を負ったことを伝え、迎えをよこしてくれるように頼みます。ついでに、三光組はこちらのことをすべてつかんでいるようだ、この分ではいまごろ殴り込みの準備でもしているだろうから、気をつけてください、と云います。

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つづいて三光組の信欽三に電話をし、郷鍈治がやられたことを伝え、野本興業ははなからお宅をつぶす気だったんだ、いまごろ殴り込みの準備をしているだろう、と話します。いよいよ話は煮詰まり、『血の収穫』ないしは『用心棒』エンディングに向かって動きはじめます。

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鈴木清順の映画ではよくあることとはいいながら、『野獣の青春』には、変な人物、思考回路がねじれたか短絡してしまった人びとがたくさん登場し、ふつうの考え方をしない監督が、奇妙な操り方をします。

なんの説明もされないのですが、金子信雄専務(ボスが「社長」だから、「専務」はナンバー2なのだろう)はアルコール中毒のようで、酒の入ったフラスクを手放さず、仕事にもあまり興味がないらしく、たいていは画面の端で飲んだくれています。仕事らしい仕事をしたのは、冒頭でのジョーとのやりとりと、麻薬取引のあとでもめたときに、社長に諌言したことぐらいです。

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だいたい、人物配置からいって、金子信雄はいつもとはちがうところに置かれていますし、その置かれた場所が「専務」などという、なくても差し支えない役どころなので、宙に浮いています。なにか内部的事情があって、無理に役をつくってはめこんだ、という感触があります。

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で、その無理矢理なことをするときに、清順らしく、なんらかの理由で疎外され、仕事に興味を失ってしまったギャング、というじつに変なキャラクターをつくってしまったのだと思います。ストーリー展開にはなにも影響を与えず、ただ酔っぱらっているのです。殴り込みの準備のときなど、最悪の状態で、泥酔して床(青木富夫が投げ落とされた場所。マットが敷いてあるので安全!)に倒れてしまい、意味不明の指示をします。

◆ 本末転倒の親分 ◆◆
対する三光組の親分、信欽三もふつうじゃありません。子分たちが、ヤッパだのドスだの銃だのといった「通常兵器」で武装している脇で、トランクになにかを入れています。

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「いざ出陣という間際に、こいつを放り込んでやる。ドカーン。それで万事おしめえだ」なんていっています。たかがヤクザの縄張り争いだというのに、「縄張りを守る」という目的がどこかに消えてしまい、手段が肥大化してしまっているのです。

これは前振りなのでしょう。「祭」に突入するには「狂気」の踏切板が必要です。「目的達成のための必要最小限の暴力の行使」などという合理を超えたところに入りこまなければいけないのです。早い話がぶち切れてしまったのです。

その野本興業のほうも、たしかに出陣準備中で、「社長」が訓辞などしています。いざ出かけようとすると、ジョーは社長に呼び止められ、おまえは行かなくてもいい、行ってもどうせ高みの見物をするつもりだろう、すっかりネタはあがっているのだ、と図星を指されます。

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だれがそんな馬鹿なことをいったのだ、と叫んでから、ジョーは手当をされて眠っている江角英明に気づき、ハッとします。しかし、これはレッド・へリング、ミスリードで、じっさいには江角英明がバラしたわけではないのですが、どうしてバレたかを書いてしまうと、エンディングの興を殺ぐので、伏せておくことにします。

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肝心要の大ラスは書きませんが、クライマクスは書きます。いや、その部分も知らないほうが面白いでしょうから、ここらで読むのをおしまいになさるのもひとつの考えだと思います。

◆ 主演俳優兼格闘技コレオグラファー ◆◆
以上、警告はしたので、クライマクスに入ります。

関ヶ原の決戦は、小林昭二社長邸のすぐ外の河川敷でおこなわれるのですが、車の集団がすれちがいながら撃ちまくるという、なんだか、騎馬軍団の戦いのような形になります。信欽三は、手柄を立てた奴には縄張りの一部をやると「督戦」しますが、つぎつぎにやられてしまいます。

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しまいには「野本をやった者には縄張りを全部やる」なんて叫びます。もう縄張りを守るという目的などどうでもよくなり、利害を超えた次元に突入しているのです。そして、だれも行くものがいなくなり、自分自身でダイナマイトをもって車に乗り込みます。

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小林昭二邸では、ジョーが逆さ吊りにされています。監督自身が明言していますが、これは宍戸錠自身のアイディアなのだそうです。「ただ縛られているんじゃ面白くない。なにか考えはないか」ときいたら、逆さ吊りにしようといったのだそうです。

もちろん、宍戸錠の自己の運動能力に対する信頼が生んだシーンでしょう。細かくカットを割らなくても、逆さ吊りのまま長時間の芝居ができるという確信があったにちがいありません。

信欽三は「クソー、野本の野郎」などといいながら、ダイナマイトごと車を小林昭二邸に突っ込ませ、爆発で家は半壊してしまいます。ムチャクチャな展開ですが、信欽三が正気を失いつつあることは何度か描写されているので、いちおうの「手続き」は踏んでいます。それで納得する観客と、納得しない観客がいるでしょうけれど!

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◆ 約束をやぶりやがって ◆◆
爆発でみな死んでしまっては映画になりません。逆さ吊りになったジョーは、両手でテーブルの上を這って、拳銃をつかみ、間一髪、気を取り戻した小林昭二に応戦します。

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さすがは宍戸錠、このシーンは、スタントなし、細かいカット割りなし(3カット)で、「現実に」演技をします。これだけ動ける俳優は当時だってそうはたくさんいなかったでしょう。宍戸錠にしても、小林旭にしても、こういうところはほんとうにエラいと思います。

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逆さ吊りのまま小林昭二と格闘しつつ、子分を撃ち殺し、ジョーは銃で撃って縄を切るや、小林昭二に真相を吐かせようと、指を一本ずつ撃っていきます。いや、間接的な描写なので、これから見ようという方もご心配なく。

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撃たれたくなくて、きかれたことに素直にこたえたのに、やっぱり撃たれた小林昭二の子どもみたいな言いぐさが笑えます。

「ちきしょう、約束をやぶりやがって」

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ほんとうなら殺しているところだが、生きたまま渡すと約束したので命は助けてやる、といってジョーが立ち上がると、背後で物音がして、ジョーが振り返ると、瀕死の江角英明が階段の上に姿をあらわし、小林昭二を撃ちます。

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「執念深えのは、生かしといちゃいけねえ。ここらがあんたの甘いところだ」といって、江角英明は事切れます。まだキャリアの浅かったこの俳優は、きっとこの三波五郎役を喜んだことでしょう。鈴木清順映画では、いつも気持ちよさそうに演じています。

◆ ミシング・イン・アクション ◆◆
プロットを追うのはこのへんで終わりにしておきます。ここまでのところでも、最後の謎解きに関係のある部分は省略しています。小林昭二が指を撃たれてなにをしゃべったかなんてことを書いてしまうと、話の底が割れてしまうのです。

川地民夫についてあまり書かなかったのも、最後のお楽しみに関係があるからです。「すだれの秀」はこの俳優自身にとっても、忘れがたい役だろうと思います。

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しかし、金子信雄がどうなったのかを書かなかったのは、意図的に伏せたのではなく、どうなったのかわからないからです! 変な風に登場して、居場所がなさそうにしたあげく、最後は酔いつぶれて、あとは生死知れずです。

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プロットとは関係ないのですが、冒頭では目立っていた上野山功一も、途中で「行方不明」になってしまいます。金子信雄の片腕という雰囲気で登場したのに、麻薬取引やその後のジョーの拷問などの場面には登場せず、最後の決戦でチラッとセリフなしで再登場するだけです。たぶん、爆発で死んじゃったのでしょう! プログラム・ピクチャーの場合、こんなことは瑕瑾のうちにも入らないので、つまらない詮索はもうやめます。

『野獣の青春』は、鈴木清順の、ふつうの意味での「技術」が最良の形で生かされた映画であり、同時に、この監督のビザール嗜好が、ふつうの観客にも受け入れられる程度のほどのよさで発現された、バランスがよく、完成度の高い映画です。

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鈴木清順はノーマルな意味での「日活アクション」はほとんど撮りませんでしたが、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』とこの『野獣の青春』だけは、鈴木清順というブランド抜きで、たんなる「日活アクション」として見ても、満足のいく作品です。

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とりわけ、清順的アブノーマリティーがより強く表現されている『野獣の青春』は、『殺しの烙印』や『ツィゴイネルワイゼン』とはまったく異なった次元での代表作といえるでしょう。アーティスティックなものではなく、こちらの世界でもっと映画をとって欲しかったのに、と残念に思うほど、『野獣の青春』は、語の正しい意味で、すぐれた「アクション映画」です。

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野獣の青春 [DVD]
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日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
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by songsf4s | 2010-09-11 23:56 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その7

当地では窓を開けて寝ると、明け方、寒くて目覚めるほどになりました。いつもはカーテン越しの陽射しで目が覚めるのですが、今朝はそういうこともなく、じつは、逆に寝過ごしてしまったのですがね!

でも、こうなると、一年中、これくらいの気候で安定するといいのだけれど、と思います。夏の暑さもこたえますが、冬の寒さだって楽ではないのでして、やっぱりSummertime and living is easyというのは真理だなあ、と思います。急がないと、夏の終わりの歌のつづきをしようにも、夏の終わりではなく、秋になってしまいそうですが、そちらは他日のこととして、今日もまた『野獣の青春』です。

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◆ 吹けば飛ぶようにヒラヒラと登場 ◆◆
『野獣の青春』、さっそく前回の続きから。

ジョーはまたしてもピンチを切り抜けましたが、しかし、なぜ取引の情報が漏れたのかという謎は解決されません。そこでジョーは、保身と、二つの組を争わせるという二兎を追って、取引に出発しようとしたときに、三光組の男を見かけた、といいます。

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つぎのシーンではその男、青木富夫が宍戸錠と江角英明に拉致され、ボスの邸に連れ込まれて、どこで取引の情報を得た、と「責め問い」(いつも「拷問」では気が利かないので、チェンジアップとして、おそろしく古い表現をもちだしてみた)を受けます。

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松竹での子役時代とはちがって、日活時代の青木富夫は、そのヒラヒラした体躯を生かして、根性の据わっていない男の役ばかりを、ひどく地味に演じていました。当家で過去に取り上げた映画では、『悪太郎』の小遣い役がその典型です。『野獣の青春』でも、口先だけは威勢がよく、じつは小心そのものの三下ヤクザを演じています。

マットを敷いてあるとはいえ(それが観客にわかってしまうのはまずいのだが、なにせ2000万の予算しかないので、これくらいのことでは撮り直しなどしない!)、階段の途中から投げ下ろされるのは、ほんとうに痛そうで同情してしまいました。火をつけられた榎木兵衛(たまたま撮影を見に来た原作者の柴田錬三郎が感激し、あの俳優にと、金一封を置いていったのだとか)にくらべれば、まあ、安全といえるでしょうけれど!

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青木富夫は、ジョーからの情報で取引に割り込むことになったとは知らないので、俺は知らない、武智(郷鍈治)の指示で動いた、と吐きます。では、武智を吐かせろ、というので、ジョー、江角英明、柳瀬志郎の三人が武智のアパートに送り込まれます。

◆ 異様な舞台が人を狂わせる ◆◆
『野獣の青春』には、まともではない人物がたくさん出てきますが、郷鍈治のアパートの部屋も、ちょっとふつうではありません。飛行機の模型が天井からむやみにぶら下がっているのです。

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そういっては模型好きの方に失礼かもしれませんが、ギャングの部屋にしては、これはやはり異常です。当たり前の飛行機ばかりでなく、子どものころに「丸」で見たような気がする、ものすごくマイナーな戦争中の爆撃機らしきものまであります。いや、そのあたりは監督のあずかり知らぬところで、スタッフが適当に集めただけでしょうけれどね。

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肝心なのは、鈴木清順がこういう奇妙な設定をもちだしたら、それは変なことが起こるサイン、前触れだということです(その点については、監督が明言している。入ってきた瞬間、俳優が「これは……」とギョッとするセットがほしいのだ、と)。

郷鍈治は留守で、部屋には情婦の星ナオミがいるだけだったので、三人は待つことにします。変な状況設定が暗示したとおり、ここで奇妙なことが起きます。銃器にしか興味を示さないはずだった江角英明が、星ナオミを見た瞬間、「いい女だあ」とわれを忘れてしまうのです。この女にすすめられて、飲めないのに酒を飲んだり、柳瀬志郎に、見張りを交代しろ、といわれても、星ナオミにべったりくっついて、云うことをきかなくなってしまうのです。

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郷鍈治に口を割られてはわが身が危ないので、ジョーは廊下から下の通りを見ていて、郷鍈治が通りかかったところに、マッチの燃えかすで書いたメモを落として、待ち伏せを知らせます。

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しかし、郷鍈治は逃げず、そのまま乗り込んできて、不意打ちで柳瀬志郎を斃します。江角英明は銃をかまえようとして、星ナオミに銃身を掴まれ、誤って彼女を撃ってしまい、それでタイミングが遅れたために、郷鍈治と銃を向け合って、一瞬、身動きできなくなってしまいます。

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結局、二人は同時に発砲し、相撃ちになって倒れます。郷鍈治は即死、江角英明は生き残り、ジョーは江角を助けて現場から逃げます。

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そこら中、警官があふれて、窮地に陥ったジョーは、たまたま死んだ竹下刑事の未亡人の家がそこにあったので、訳をいって、迎えが来るまでかくまってくれと頼みます。ここはちょっと「偶然度」がキツすぎて、苦しいかな、という展開ですが、エンディングの伏線にもなっているので、強引でもなんでも、こうせざるをえなかったのだと思います。

◆ 脇役にばかり目がいくわが人生の黄昏哉 ◆◆
今日は最後まで行けるかもしれないと思ったのですが、この映画はいつものようにエンディングまで書くわけにはいかず、そうかといって、そのどれくらい手前まで書くかは判断がむずかしく、まだ決めかねています。そのうえ、ふと興味が湧いて、青木富夫と江角英明のフィルモグラフィーなど眺めていたために、時間切れになってしまいました。

青木富夫は子役として小津安二郎の『突貫小僧』に主演したことで知られていますが、大人になってからはずっと大部屋役者で、とくに目立った作品はありません。そもそも、目立たないことがこの役者の特徴といいたくなるほどで、つねに出番はあまり多くありませんでした。

青木富夫インタヴュー


こういう人たちの晩年の作品というのが、近ごろはひどく気になります。鈴木清順の『ピストルオペラ』に出演しているということなので、近いうちに見てみることにしますが、三橋達也、大木実と共演した『忘れられぬ人々』(2001年)という映画も、ちょっと食指が動きました。昔なじみのヴェテランたちのアンサンブルというのは、オールドタイマーにはじつに楽しいものですからね。

江角英明は、過去に当家で取り上げた映画としては、やはり鈴木清順の『東京流れ者』での敵方ボス役が印象的でした。この人も長期にわたって活躍したので、いずれ、晩年の作品を取り上げたいと思います。

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江角英明(『東京流れ者』より)奥は川地民夫。

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江角英明(『東京流れ者』より)すぐ後ろに立つのは郷鍈治。

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江角英明(『東京流れ者』より)右は北竜二。

それでは、次回、『野獣の青春』を完結させることにします。


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日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
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by songsf4s | 2010-09-10 23:58 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その6

前回、深く考えずに「暴力描写」という言葉を使ったのですが、あとになって、「暴力描写」の定義は昔と今では天と地ほどもちがうなあ、と思いました。

スプラッターの、ゴアの、といわれるたぐいの、残虐性を売りものにした映画のことはどうでもいいのです。一般映画の暴力描写のことです。この20年ぐらいで、曲がり角と感じた映画はまずなによりも『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997年)です。

ロバート・ハインラインの『宇宙の戦士』にもとづくこの映画は、人間が殺されるところもグロテスクですが、敵の昆虫形異星生物が殺戮されるところは、いくら虫でもそこまでズタズタにすることはないじゃないか、です。虫だということを金科玉条にして、人間ではやりにくい残虐描写をしているように感じました。

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そのつぎは『プライベート・ライアン』(1998年)です。この映画のオマハ・ビーチ上陸の描写を見たとき、ここまでやるようになったか、と思いました。水中の弾丸のおそろしいこと。同じオマハ・ビーチを描いた『史上最大の作戦』も、当時としてはリアリスティックな映画で、怖いショットもありますが、『プライベート・ライアン』にくらべれば、じつに穏やかなものです(いや、『史上最大の作戦』の撮影では死者が出たそうだが)。

Saving Private Ryanのオマハ・ビーチの戦闘(音声がないのでいくぶん怖さは減じているが、なまじのスプラッター映画などよりよほど気色悪いので、ご覧になる方はそのつもりでどうぞ)


そして、もっとも最近、ひでえなと思ったのが『ランボー4』です。そもそも殺戮シーンのありそうな映画を好んで見ることに問題がある、といわれればそのとおりかもしれませんが、それにしてもねえ、というショットの連続で、「ドンパチ」どころの段ではありません。大口径の銃で撃たれれば四肢がちぎれ、顔がなくなることがある、という知識をもっていることと、それを映像化したものを見るのは、まったく次元の異なることです。

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1960年代、イタリア製西部劇の、あの当時としてはリアルな暴力描写に感心しました。そういう気分がやがて『ランボー4』を生むことになるとは、思いもしませんでした。ひとりひとりの嗜好の変化が集積された結果として、世の中は変化していくということを、若いころのわたしは理解していなかったのです。

リアリズムへの強い意志は、映画が誕生したときから定められていた運命です。だから、暴力描写については、よく考えてからなにかを云うべきなのですが、それでもなお、『野獣の青春』の暴力描写には美があることは、書かずにはいられません。人間は矛盾の動物です。

◆ 襲撃のテーマ ◆◆
ジョーは麻薬取引に同行するように命じられ、さっそくこの情報を三光組に売り渡します。大井競馬場で郷鍈治からその金を受け取った直後、ジョーは私服刑事に呼び止められます。おまえは性根まで腐ったのか、となじられ、ジョーはその刑事が知らない経緯を語ります。

クライテリオン版5/9

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この回想シーンの背後に流れるグルーミーなブルースがちょっと魅力的なので、映画から切り出してサンプルにしました。したがってセリフ入りですし、タイトルは例によって勝手につけたものです。

サンプル 奥村一「回想のテーマ」

ジョーは元刑事で、ギャングの罠にはめられ、汚職の罪で刑務所に入っていたことがわかります。売春婦と無理心中したことにされた竹下という刑事は、同じホシを追っていて、やはり罠にはめられたにちがいなく、そいつらをたたきのめしてやるつもりだ、と語ります。

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竹下刑事を演じる木島一郎は、オープニング・クレジットの背景で死体になって登場するのと、あとは法事のときの遺影だけ、なんていうのだと可哀想で、俳優も出演に気乗りしないことだろう。そんな俳優を宥めるために撮ったのではないかと勘ぐってしまう、回想シーンでのジョーとまだ生きている木島一郎。

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向こうに仁丹ビルがあるので、渋谷宮益坂上とわかる。しかし、このシーンでキャメラが切り替えされると見える坂の途中の映画館など記憶がない。

ここまででちょうど半分。もうジョーに関する謎はなくなり、元警官の復讐物語、それもどうやら『血の収穫』パターンになるらしいことがわかります。ヒーローは二匹の犬を噛み合わさせるつもりなのです。

さて、麻薬の取引です。これがやはりちょっと変わった状況設定なのです。まず真っ昼間であること。場所は川縁、『男はつらいよ』のおかげか、演歌のおかげか、すっかり有名になってしまった「矢切の渡し」です。

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山本嘉次郎の『馬』や木下恵介の『喜びも悲しみも幾歳月』じゃあるまいし、ベルトコンヴェア方式で大量生産されるプログラム・ピクチャーを、季節を選んで撮影するなどということはありえないので、たんなる偶然にすぎないでしょうが、この川縁での麻薬取引は、満開の桜の下でおこなわれます。鈴木清順映画だから、いかにもそれらしい絵作りで、そのまますっと見てしまいますが、一歩ひいて考えると、これはかなりめずらしいセッティングでしょう。

この場面で流れる曲をサンプルにしました。セリフが入ったほうが盛り上がりそうな気もするのですが、せっかく盤になっているので、音楽のみのほうにしてみました。郷鍈治以下の三光組の連中が、桜の木の下で野本興業の車を待っているショットから入ってくる曲です。

サンプル 奥村一「襲撃決行のテーマ」

4リズム+3管(テナー・サックスとフルートが同時に聞こえるところはないので、同じプレイヤーだろう)のなかなかクールなトラックです。ジャズ・コンボという文脈での、このような非ジャズ的なエレクトリック・リズム・ギターの使い方は、この時代には稀有のことで、ええっと思います。ひょっとしてフェンダーではないかと思わせるほど、非ギブソン・フルアコ的サウンドであり、ロック的カッティングです。

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◆ さらに拷問 ◆◆
取引相手の組の平田大二郎が、ジョーの顔を見て、あんたとはどこかで会った覚えがある、などといってジョーをヒヤリとさせますが、三光組の襲撃は成功し、平田大二郎らは三光組に麻薬の代金を横取りされてしまいます。

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ジョーが指示したとおり、三光組は代金だけ奪い、野本興業が手に入れた麻薬には手をつけなかったために、事後処理がもつれ、野本興業はもう一度支払うように要求されてしまいます。その話し合いの席で、平田大二郎は、アッと大声を出し、ジョーが警官だったことを思いだします。

クライテリオン版6/9

計画がうまくいったので、ジョーは残りの半金を受け取りに三光組の事務所に出向きますが、このときにかかっている予告篇が笑えます。

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菊村到原作、楠侑子、信欽三、草薙幸二郎、山岡久乃出演と、これだけたくさん手がかりがあれば、この映画をアイデンティファイするのはむずかしくありません。鈴木清順自身の1960年の映画『けものの眠り』です。いや、可笑しいのは、「信欽三」と予告篇にクレジットされているその俳優が、「こちら側」で「現実に」芝居していることです!

例の売春組織の調査のつづきで、ジョーが女を呼んで部屋に戻ると、小林昭二、金子信雄、平田大二郎、柳瀬志郎らが待っていて、再び拷問されることになります。どんな状況でも、鈴木清順は工夫の人ですが、とりわけ暴力描写には工夫を凝らします。

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爪のあいだにナイフを刺すというのは、ほかの映画でも見たように思いますが、ふつうなら壁に押しつけるか、またはテーブルに手をつかせる形で撮るでしょう。鈴木清順はガラスに手をつかせ、正面から撮ることで、「強い画面」をつくっています。

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正面から撮るだけでなく、背後からの切り返しショットでは、ガラスであることを利用して、向こう側での芝居もする。思わず拍手したくなる演出。こちらに正対している人物は平田大二郎、向こう側で振り向いているのは金子信雄。

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ここでもジョーは、あっさり窮地を脱します。たしかに警官だったが、汚職でムショに入っていた、ちゃんと調べろ、と怒りをぶちまけ、疑いをはらすのです。

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後半はもうちょっとスピードアップしようと思いましたが、サンプルの用意をしているうちにはやシンデレラ・タイム、以下は次回に。


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野獣の青春 [DVD]
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日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順


by songsf4s | 2010-09-09 23:55 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その4


鈴木清順映画の音楽で、フルスコアがリリースされているのは『殺しの烙印』だけです。山本直純による『殺しの烙印』のスコアは、たしかに素晴らしい出来で、フルスコアが盤になったことも、またそれを歓迎する声が、とくに海外から多くきかれることも、当然だと感じます。

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しかし、ほかにもスコアの面白い鈴木清順映画はあります。すでに取り上げたものでいえば、伊部晴美音楽監督の『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』の音楽も楽しめますし、目下書きついでいる『野獣の青春』も『くたばれ悪党ども』に引けをとりません。

『野獣の青春』のスコアを書いた奥村一が音楽監督をつとめた作品は、当家では過去に『花と怒涛』(その1その2その3その4その5)と、『悪太郎』(その1その2その3その4)という、二本の鈴木清順作品(同時に木村威夫作品でもある)を取り上げています。

とはいいながら、どちらも大正という時代設定であり、スコアも現代的ではないため、記事では音楽にはあまりふれませんでした。しかし、『野獣の青春』は現代劇、それもアクション映画なので、『花と怒涛』や『悪太郎』とはまったく状況がちがいます。『野獣の青春』のスコアは、他の日活アクションと同じ土俵で比較しても、いい出来だと感じます。

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いずれ、出来のいいトラックはサンプルにしますが、今回は奥村一の略歴と作品についてふれているサイトを二つあげておきます。

奥村一映画音楽作品リスト

奥村一クラシック作品リスト

◆ 弟とのインターアクション ◆◆
小林昭二の情婦、香月美奈子がジョーの部屋にやってきて、野本興業の売春の元締めをしている、社長の六番目の女を見つけて殺してくれ、と頼みます。この六番目の情婦は、だれも顔を見たことがない謎の女なのだと、香月美奈子はいいます。

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日活きってのヴァンプ女優・香月美奈子。当時も今も大の贔屓。

前回、書きましたが、ジョーの狙いはまさしく売春組織にあるので、香月美奈子に探りを入れながら、欲得ずくであるかのようにして、この依頼を承知します。

修理に出すつもりか、故障したショットガンをもって、ジョーが出かけようとマンションの外に姿をあらわすと、郷鍈治以下の三光組の連中が取り囲みます。

「うちの社長がおまえに礼をいいたいそうでな、ちょっとつきあってくれ」といって銃を突きつける郷鍈治に、ジョーは「こんなところで撃つ気か、交番は近いし、アパートの真下だし」といいます。

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車に押し込まれたジョーは、そのまま向こうのドアから飛び出し、自分が落としたショットガンを拾って、窓から顔を突き出した郷鍈治に銃口を突きつける、という「籠抜け」をやってのけます。そして、こんどは郷鍈治が「撃つなら撃ってみろ。交番は近いし、アパートの真下だし」とやり返します。

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形勢逆転、優位に立ったジョーは、おもむろに「じゃあ行こうか。ちょうど、おまえらのボスと会いたかったんだ」と、三光組に乗り込みます。

話とは関係ないことですが、建物の正面には(スペルはまちがっているものの)「マンション」と書いてあるのに、セリフのなかでは「アパート」と云っています。つまり、1963年には「マンション」という変な外来語がまだ定着していなかったことを示しています。わたし自身の記憶でも、この言葉を頻繁に聞くようになったのは数年後のことです。

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Tではなく、Sなのだが……。

◆ 再び画面の多重化 ◆◆
野本興業と対立する三光組の事務所は、野本興業のナイトクラブとは対照的に、古めかしくデザインされていますが、それでもやはり、鈴木清順映画らしい奇妙なセットになっています。

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スクリーンショットではわかりにくいかもしれませんが、つまり、三光組の事務所は映画館のなか、スクリーンの裏側にあるという設定なのです。だから、壁のかわりにスクリーンがあり、向こう側からプロジェクトされた映画が「裏返しに」見えているのです。

クライテリオン版3/9

ここでもまた、鈴木清順は画面を縦方向に多重化し、芝居に立体感をあたえているのです。なんて批評的言辞を弄すると、監督は「客が眠らないようにちょっと驚かせようとしただけだ」と笑い飛ばすでしょうけれど!

野本興業のナイトクラブ同様、鈴木清順はこの環境をうまく芝居に利用します。社長(信欽三)とさしで話がある、といって、ジョーは手下どもを事務所から追い出します。すっかり顔をつぶされた郷鍈治は頭に血をのぼらせ、ドアのガラスの割れ目からジョーを撃とうと、狙いをつけます。

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そして銃声がするのですが、

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スクリーンに投影された銃口のクロースアップ

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最初は洋画だったのだが、いつのまにか二本柳寛が出演する邦画(たぶん日活アクション)になっていた。

それはいま上映中の映画のなかの出来事なのです。これで気勢を殺がれた郷鍈治は、結局、ジョーを撃つことができず、ジョーのほうは信欽三と合意に達し、野本興業の情報を三光組に流すことを約束します。

ここまでくると観客は、この映画がダシール・ハメットの『血の収穫』パターン、つまり黒澤明の『用心棒』パターンになっていく可能性を頭の隅に置きます(よけいなことだが、セルジオ・レオーネの『荒野の用心棒』は、この時点ではまだつくられていない)。

いや、そんなことはどうでもよくて、重要なのは、野本興業のキャバレーと、この三光組の映画館裏の事務所で、鈴木清順はきわめて純度の高い映画表現を試みたことです。ティーネイジャーでも、へえ、と思ったくらいなのだから、この映画を見た一握りの評論家たちが、この監督に注目したというのも、ごく当然のことだと思います。

さらに、このシークェンスでもまた、小さな工夫、「係り結び」のような処理もしています。ジョーは、堂々と引き上げて、万一、野本興業の人間に見られるとまずい、といって、信欽三を盾にして出て行きます。案の定、外には、ジョーが郷鍈治たちに囲まれて車に乗ったのを目撃した江角英明がいて、おまえのことだから大丈夫だろうと思ったけれど、いちおう加勢に来てみた、といいます。

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「完全暖房」というのがいい! たしかに、昔、こういうフレーズを暖房、冷房、どちらに関しても見た記憶がある。上映中の映画は『ガールハント』となっている。リチャード・ソープ監督、スティーヴ・マクウィーン主演の1961年の作品だとか。見た記憶なし。

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この映画の鈴木清順演出は、このように、「やりっぱなし」にせず、うまいプレイヤーがインプロヴィゼーションの最後の小節をきれいにまとめるように、きちんと「畳んでおく」ところが冴えています。

今夜は短く切り上げ、川地民夫の見せ場と、これぞきわめつけ鈴木清順といいたくなる、コントラヴァーシャルなシーンについては、次回に繰り越します。


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野獣の青春 [DVD]
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日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
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by songsf4s | 2010-09-05 23:53 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その3

たとえば「ユーザー様」などという表現をよく見受けますが、こういうのを見ると、戦後日本語教育の退廃が行き着いたどん底のヘドロに顔を突っ込んだような気分になります。行きすぎた尊敬表現は、侮蔑も同然です。「ユーザーの皆様」「ユーザーの方」で十分でしょうに、なんだって「ユーザー様」などという汚い表現を使うのかと思います。

ウェブでとくに目立つのですが、公的人物を論評するときに、知人であるかのように敬称をつけるのも、「ユーザー様」に類似した敬意表現の混乱です。しかし、もはやわたしのように、公的人物には敬称をつけないという原則に固執するほうが少数派です。敬意表現は、適切な対象に、適切に使わないと、目的と役割を喪失し、無価値なものへと失墜します。やがて「さん」も「様」も、なんの意味ももたなくなることでしょう。

しかし、こういうことにも灰色領域があるなあ、と今日は考え込んでしまいました。

今朝、ウェブにフックアップしてメールチェックしたら、ツイッターからの「玉木宏樹があなたをフォローし始めました」という知らせが先頭にあって、瞬時にして目が覚めました。この「玉木宏樹」とは、「あの玉木宏樹」にちがいない、と即座に思いましたが、もちろん、すぐにプロフィールを確認しました。やはり、ヴァイオリニスト、作曲家のあの方でした。

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とりあえずフォローさせていただき、それから、いやはや、と困惑しました。ツイッターでちょっと『猛毒!クラシック入門』のことを書いたからこうなったわけで、映画音楽のことは書きにくくなり、今日は無ツイートの一日になりました。

『猛毒!クラシック入門』に関するツイートが契機になったにすぎず、このブログまではご覧になっていないでしょうが(しかし、ご存知のように、ツイッターのプロフィールからウェブサイトやブログにたどり着ける)、今後、敬称なしをつづけるのか、敬称をつけるべきなのか、とりあえず判断しかねて、立ち往生してしまいました。知り合いというには縁が薄すぎるし、フォローし、フォローされている以上、まったくの赤の他人ともいいにくく、どうすりゃいいんだ、です!

◆ 縄張荒らし ◆◆
敬称問題は判断停止のまま、今日はまた『野獣の青春』をリジュームします。前回まで三回連続でやった「夏の終わりの歌」は、まだいくつかあるので、例によって時間がとれなかったときの「雨傘」として、予告なしに復活させるつもりです。

さて、『野獣の青春』です。前回は、ジョーが自分を売り込みに行って、小林昭二ボスに会うところまで書きました。

ジョーは野本興行で働くことになり、江角英明が相棒兼お目付役を命じられますが、ガン・マニアの江角は、ジョーにライフルをもらって、あっさり懐柔されてしまいます。

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ジョーが「会社」から割り当てられたマンション。でも、スペルが……。

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最初の仕事は、不動産屋の山田禅二から300万の金を取り立てる(手形のサルベージと示唆される)というものでしたが、山田禅二が保護料を払っている、野本興業とは対立する三光組の人間に気づかれ、ジョーは入口をふさいで敵の侵入を食いとめますが、物干し台にあらわれた郷鍈治に銃を向けられ、手を挙げることになります。

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宍戸錠、郷鍈治の兄弟が同じ映画に出演したのは珍しくないと思いますが、この映画ほど二人がからむものはほかに記憶がありません。いや、そのことはまた改めて書くとして、ジョーと江角英明が「仕事」に出かけるときに流れる4ビートの音楽を切り出してみました。ものすごく短いキューですが、こういうちょっとした音楽が、この映画のグッド・グルーヴに寄与しています。

サンプル 奥村一「縄張荒らし」

ジョーが抵抗できなくなると、入口から三光組の連中がなだれ込み、ジョーに殴りかかりますが、そのとき、郷鍈治が「やめてくれ!」と叫びます。登場人物同様、観客も、なんだって郷鍈治がそんなことをいうのかと思います。

再度、郷鍈治が叫ぶと、やっと三光組の組員もジョーを殴る手を止め、郷鍈治のほうをふりかえります。物干し台においた椅子にまたがり、表情を強ばらせた郷鍈治が、ゆっくりと視線を下にやると、彼の股間を江角英明のライフルが狙っている、というコミカルな逆転劇で、ジョーと江角英明は山田禅二から300万をせしめます。

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この恐喝シークェンスも、アイディアも豊富に投入されていますし、テンポもよく、文句がありません。

クライテリオン版2/9

◆ もうひとりのサイコパス ◆◆
場面一転――。いきなり、床を這ってもだえ苦しむ女が登場し、まだ顔の見えない男に向かって、ヤクをくれ、と懇願しています。女が椅子のラシャをかきむしってしまうところが、清順らしいダメ押し演出です。

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男は薬包をひらひらさせながら、女をあやつり、もっと稼がないとダメよ、と女言葉で脅します。

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日活ファンは、まだ顔の見えないこの男が、川地民夫であることに、ここで気づきます。

宍戸錠もインタヴューで、この映画でもっとも印象に残ったのは川地民夫の演技だといっているくらいで、『野獣の青春』での野本秀夫役(小林昭二ボスの弟)は、川地民夫畢生の名演です。

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いや、つらつら考えてみると、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』のサディスティックなギャング・真部役も、『花と怒涛』のマントの刺客・吉村健二役も、『東京流れ者』の最後はやけどで顔面ただれてしまうサイコパス的刺客・辰造役も、鈴木清順映画はみな、川地民夫の代表作といえます。

いずれがアヤメかカキツバタ、甲乙つけがたい出来なのですが、でもやはり、一本選ぶならば、最後まで大活躍する『野獣の青春』でしょう。しかし、ここでは、ゲイっぽい(昔の「シスターボーイ」という言葉のほうがふさわしいかもしれない)うえに、サディスティックな性格だということが暗示されるに留まります。

◆ 今日は法事があってね ◆◆
ボスの家にもどったジョーは、川地民夫を見て、なぜか追いかけますが、逃げられてしまいます。

江角英明とともに、サルベージしてきた金を小林昭二ボスにわたし、ボスはそのなかから、契約金として100万をジョーにあたえます。ジョーは遊びに行こうという江角英明の誘いを、「法事があってね」と断ります。

これが渡り鳥シリーズなら、「どうも野暮用が多くていけねえ」といういつものシャレのヴァリエーションかと思ってしまうところですが、つぎのショットでは、警察関係者が一室に集まっていて、未亡人(渡辺美佐子)が給仕をしています。

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これで、タイトルバックで死体になっていた刑事の四十九日の法要なのだとわかり、そこにジョーがあらわれて焼香します。「法事があってね」がシャレでもなんでもないところがかえって可笑しくて、わたしは毎度、殊勝に焼香するジョーを見るたびにニヤニヤしてしまいます。

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しかし、あとでわかるのですが、このさりげない法要のシーンは大事な伏線の役割を負っています。まあ、未亡人は渡辺美佐子が演じているので、ちょい役ではないだろうと当たりをつけられるのが、良くも悪くもプログラム・ピクチャーというものですが。

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青い玄関(!)と赤い椿。まさに鈴木清順。

ジョーは香典を置くだけで、時間がないからと精進落としは断って、そそくさと帰りますが、未亡人の家を出たとたん、向こうから会いたくない人物がきたらしく、道を引き返してきます。

クライテリオン版3/9

このあたりで、ジョーがただのギャングではないことはわかるものの、では死んだ警官とどういう関係なのかはまだ明確にされません。起承転結の「転」、ヒーローは見た目の通りの人物ではないのだよ、という暗示です。

◆ 娯楽の本道を行く ◆◆
ジョーはどこかの駐車場で、えー、こういうものを指す一般名詞はなんなのか、よくわからないのですが、出張なんとかなどといわれる売春形態がありますね、ああいうものの広告ビラを集め、女を呼びます。

しかし、ジョーは、女に警官の心中事件の新聞記事を見せ、この女はおまえの同僚ではないかときき、否定の返事をもらうと、金を渡してそのまま帰します。

ここまでくれば、どういう立場にあり、どういう背景をもっているのかはいまだ明確ではないものの、主人公がいま追っているのは、この警官と娼婦の無理心中事件の真相であり、野本興業に自分を買わせたのも、その調査の一環なのだということがはっきりします。

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改めてこの秀作を見直して、ここまでの展開のうまさに溜息が出ました。『ツィゴイネルワイゼン』や『陽炎座』のせいで、鈴木清順はお芸術方面から高く評価されるようになってしまいましたが、日活首脳陣にもうすこし目があり、鈴木清順がほんのすこし早く監督になっていれば、すぐれたプログラム・ピクチャーの作り手として、舛田利雄と同じリーグの人とみなされるようになっただろうと思います。

いや、舛田利雄よりずっとうまいですからねえ、『赤いハンカチ』を撮らせたかったと思うほどです。海外の監督でいえば、ドン・シーゲルあたりが比較の対象にはもってこいで、『ダーティー・ハリー』だって、鈴木清順はみごとに撮ったにちがいありません。

いや、冗談ではなく、だれが撮ったか名前は忘れて、無心に『野獣の青春』を見れば、「この人、石原裕次郎はなにを撮ったの? なにも? じゃ、つぎは裕次郎主演の正月映画を撮ってもらおうよ」といいますね。

あの時代の日活に、これほどうまく娯楽映画を撮れる監督はほかに見あたりません。どのシーンも手抜きナシ、客が眠らないように、考えに考えて工夫を凝らしています。まったく、人の運というのは摩訶不思議です。


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日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順
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by songsf4s | 2010-09-04 23:53 | 映画
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その2

鈴木清順がインタヴューでいちばん多く発する語は「つまらない」「退屈」ではないでしょうか。「なぜ襖が倒れた向こうが赤いのですか?」「ただの黒い夜じゃあ当たり前すぎてつまらないからね」という調子で、映画の根本原理とは、すなわち、客を退屈させないこと、といわんばかりです。

というか、鈴木清順がつねに目指したのは、まさにそれ以外のなにものでもありません。日活時代に、意識的にアーティスティックな表現をしようと思ったことなど、一度もないでしょう。アーティスティックに見えるとしたら、「客をおどかそう」とあれこれ工夫したことが、結果的に、偶然、娯楽の向こう側に突き抜けてしまっただけです。

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ふつうの表現をしていては、客は退屈してしまう、つねに意表をつかなくてはいけない、という強迫神経症の症状が明白にあらわれた最初の鈴木清順映画は『野獣の青春』でしょう。

◆ 赤と緑 ◆◆
小津映画をからかったようなタイトル文字ではじまる『野獣の青春』は、オープニング・クレジットからすでに常道、すくなくとも日活アクションの習慣を踏み外しています。

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モノクロの絵に緑の文字を載せていますが、このモノクロとカラーの組み合わせ自体も例外的なうえに、緑色の文字をオープニング・クレジットに使った例というのも、ほかに記憶がありません。

日活以外でもあまり記憶がなく、ヒチコックにそういうのがあったと思ったのですが、こんなぐあいでした。

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文字を緑色にしたわけではなく、MGMを緑色に塗り替えてしまい(盤でいえば、超大物用のスペシャル・レーベルというところか)、つぎのタイトルとマッチさせているのです。緑色のクレジットというにはちょっとズレるかもしれませんが、思いついたのはこの『北北西に進路を取れ』だけでした。

鈴木清順がヒチコックを意識していたかどうかはともかく、『野獣の青春』では、開巻早々、後年、ファンを圧倒することになる清順独特の、観客を驚かせる色遣いが見られます。

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クレジットの背景で、すでにドラマははじまっています。連れ込み宿の男女の死体を検死する警察官の会話があり、遺書が見つかって、女のほうから仕掛けた無理心中か、という刑事の判断が示されます。この男は何者だろうと上級捜査官がいうと、部下が被害者の所持品から警察手帳を見つけ、死んだ男は警察官だとわかります。

このシークェンスでも、また清順の色へのこだわりが見られます。

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椿でしょうか、モノクロの画面のなかの赤い花にわれわれはギョッとします。同様の例としては、黒澤明のモノクロ映画『天国と地獄』に登場する赤い煙があります。ともに1963年封切りですが、『天国と地獄』が3月1日、『野獣の青春』が4月21日だそうです。

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◆ はじめはヘンリー・マンシーニ風に ◆◆
『野獣の青春』は、鈴木清順作品のなかでもっともテンポの速い映画でしょう。タイトル直後、一転してカラーになってからのシークェンスなど、じつに軽快で、すっと話に入れます。

野獣の青春 オープニング・シークェンス


はじめからちゃんと見たい方は、以下のエンベッド不可クリップをYouTubeでどうぞ。

クライテリオン版1/9

とりあえず意味はまだわからないのですが、宍戸錠扮する男が、街角にたむろっているチンピラをあっというまに「掃除」し、パチンコ屋でまたチンピラを片づけ、ナイトクラブでボーイを脅す、というところまでです。

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ここで流れる曲が、いちおうテーマと考えられるので、サンプルをアップしておきました。

サンプル 奥村一「暴れ者のテーマ」(『野獣の青春』より)

編成、サウンドはビッグバンド・ジャズ、ドラムがライドを4分で刻んでいるせいで不明瞭になっていますが、管とベースのリックは4ビートではなく、8ビートです。なんだかどこかで聴いたようなリックだなあ、と思いました。ヘンリー・マンシーニのPeter Gunn Themeの律儀なストレート・エイスのリックから、いくつか音符を間引いて、ちょっとスピードアップした、といったところでしょう。あちらもビッグバンド・サウンドなので、その意味でもよく似ています。

どうであれ、これはなかなか盛り上がるサウンドで、速い映像の語り口とあいまって、観客をドラマに引きずり込むのにおおいに貢献しています。

◆ ドラマの多重化、視覚の多重化 ◆◆
鈴木清順の本領が発揮されるのは、この直後からです。宍戸錠がおおぜいの女をはべらせて飲みはじめます。最初は音がしているのですが、同じ状況をべつのアングルから捉えたショットでは、音声が消えます。

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観客は一瞬戸惑いますが、やがて、マジック・ミラーをはさんだ事務室の内部にキャメラが移動したこと、そして、事務室では音が遮断されていることを理解します。

マジック・ミラーの向こうでは宍戸錠を中心にした無言劇がつづき、こちら側では、金子信雄、香月美奈子、上野山功一といった悪党と悪女が、この客の派手な金の使いっぷりを噂しています。「ただ撮ったのではつまらない」という鈴木清順の映画作りの根本理念(というとアーティスティックになってしまうから、「根本衝動」あたりのほうが適切かもしれない)が、じつに端的にあらわれたシークェンスです。

そこへ、宍戸錠にのされたチンピラが報告にあらわれ、金子信雄は、やったのはあいつか、とマジック・ミラーの向こうにいるジョーを示し、チンピラは、「あ、あ、あの野郎です」と肯定します。

最前から、チップを突き返したり、なにか悪態をついたりしていた女が、ふん、と向こうを向いたのが気に入らなくて、ジョーが女のドレスの背中にアイスバケットのなかの氷をあけてしまう、という無言劇が見え、そこへ上野山功一たちが店内にあらわれ、声は聞こえないものの、ジョーに「お客様、こちらにおいでください」といったのがわかります。

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ジョーが、わかった、と立ち上がって歩きはじめたとたん、照明がすっと落ち、おや、ここで暗転か、と思うと左にあらず、フロア・ショウがはじまります。

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いやもう、街角の乱闘からここまで約5分、みごとな展開で、アクション映画はこうでなくちゃ、とただただ感嘆します。

この「画面の多重化」は、たとえば、またしても黒澤明『悪い奴ほどよく眠る』の、車のなかから葬儀の容子を見るショットの「奥行きを使ったドラマの多重化」を連想しますが、あちらは困難な状況でパンフォーカスを実現したという、ひどく玄人っぽいレベルの力業であるのに対して、『野獣の青春』はケレン味たっぷりで、思わず手を叩きたくなります。

「縦方向への画面の多重化」については、また改めて検討することになるでしょう。

◆ オフビートなボス ◆◆
事務室に引っ立てられたジョーは、いきなり三下をのして、その銃を奪い、一瞬にして優位に立つや、俺を雇わないか、と金子信雄に持ちかけます。これで、やっとここまでのシークェンスの意味がわかります。

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金子信雄は、ボスに会わせてやると、ジョーを川のほとりの邸宅に連れて行きます。食堂に集まった悪党どもの描写も工夫の必要なところで、「野本興行」のボス(小林昭二)は、ドクター・ノオのようにペルシャ猫を抱いています。しかも、ジョーが部屋に入ってきた瞬間、いきなりナイフを投げつけたりしますし、話しぶりもやや女性的で、ギャングのボスというより、サイコパスという雰囲気です。

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ボスを演じる役者に、小林昭二という小柄な俳優を選んだのは監督自身かもしれないと感じます。タイプ・キャスティングなら、金子信雄でもいいし、日活には二本柳寛のように押し出しのいい悪役俳優もいたわけで、それをあえて小林昭二にしたのは、いかにも鈴木清順映画にふさわしいと感じます。

悪党のなかでほかに目立つのは三波(江角英明)で、「ちゃんとネクタイを締めろといっているだろうが」と小林昭二に怒られるところが愉快です。このボス、対立する旧弊なやくざとはちがう、われわれはビジネスマンである、という考えの持ち主なのです!

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ジョーと江角英明は、ガンマンどうし、素早く銃で相手を狙い、やめておこう、同時に銃を置こう、といいつつ、隠していたべつの銃を取り出し、結局、ジョーのほうが優位に立つ、というシークェンスを演じます。つぎの瞬間、ジョーが、こいつ、銃を隠しているな、という思い入れで、柳瀬志郎に跳びかかると、隠していると思ったはひが目、たんに片腕だというだけだった、などという仕掛けもつくってあります。

いや、ホントに忙しい映画で、まさしくnever a dull momentです。書いていて、鈴木清順の全作品のなかで、『野獣の青春』はもっとも高密度につくられていると改めて認識しました。焦ってもしかたないので、気長に、ゆっくり、ディテールを見ていくことにします。


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by songsf4s | 2010-08-31 23:55 | 映画