米調査「新聞、テレビは10年後に消える」
なんて記事がありました。消える、というところまではいかないでしょうが、一部の人だけが好む、取るに足らないマイナーなメディアになっているでしょう。テレビは早くなくなるべきですが、本が形を変えて生き延びるように、テレビもなにか生き残りの道を見つけるでしょう。テレビはまったく見ませんが、本は依然として毎日読んでいます。いまのところ、電子メディアに替えたいとは思いません。それしか方法がなくなればあきらめますが。
◆ 一斉職場放棄 ◆◆
『妖星ゴラス』を皮切りに、ドゥームズデイ・ディザースターを扱った映画や小説のことを書いているときに、あれもそうだったな、と思いだしながら、現物が見つからなくて取り上げなかった小説があります。半村良の処女作『収穫』です。

語り手は日比谷の映画館に勤める映写技師です。世界情勢は緊迫し、この半日、海外から羽田に到着した便はなく、日本を発った便はみな消息を絶ってしまったと、新聞に書かれているのを語り手は読みます。語り手がまだ二十代でひとり暮らし、テレビをもっていないことが暗示されていることにご注意。1963年ならそれも不思議ではなかったのです。
電波も共産圏からはまったく届かず、ついにフランスからの電波も途絶えたと新聞には報じられています。そこまで読んで顔を上げると、二人の映写助手が仕事の手を休め、ボンヤリしていたので、語り手はどやしつけます。しかし、助手は穏やかな笑顔で「やっと来ましたね」といいます。
語り手は館内の容子が奇妙なのに気づきます。いつもならドッと笑いが起こるところなのに、なにも反応がないのです。ロビーに行くと、売店や案内係の女性従業員も、映写助手と同じように、ポカンと遠くを見る目をしています。
ロビーのテレビのスウィッチを入れると、ブーム・マイクが垂れ下がって、そのまえでコーラス・グループがぼんやり突っ立っているのが映し出され、語り手は戦慄します。
案内係に声をかけると「早く行きましょう」といわれ、助手にも「主任は行かないんですか」ときかれてしまいます。どこへ行くというのだときくと、「だって、聞こえているでしょう……。あそこへ行くんです」といいます。
◆ 1962年のジョン・ウェイン西部劇 ◆◆
ちょっと脇道に入りますが、この映画館でいま上映しているのはジョン・ウェイン主演の西部劇だそうです。『収穫』が書かれたのはおそらく1962年、この年に製作されたジョン・ウェインの西部劇はジョン・フォードの『リバティ・バランスを射った男』とオムニバス映画『西部開拓史』の二本です。作者はどの作品とは書いていないので、好みで『リバティ・バランスを射った男』と仮定しておきます。
さらに脇道。ハル・デイヴィッドとバート・バカラックが書き、ジーン・ピトニーが歌ったThe Man Who Shot Liberty Valanceという曲がヒットしています。しかし、これは映画には出てきません。映画のために書かれ、録音されたものなのですが、パラマウントと楽曲出版社とのあいだでなにかトラブルがあったとかで、映画には使われませんでした。
べつに悪い曲ではないものの、とくによくもなく、ジョン・フォードのタッチとは水と油です。映画主題歌というのは、映画にピッタリくっつくのではなく、ちょっと距離をとった、汎用性、独立性のあるもののほうが好ましいと思います。映画のタイトルを連呼するような曲は問題外です。
◆ 銀座を行くレミングの群 ◆◆
『収穫』に戻ります。まだジョン・ウェインの映画の途中だというのに、観客が帰りはじめたのを見て、語り手は驚き、外に出てみます。日比谷の映画街はひと気がなくなったものの、晴海通り(いや、たぶん、この時代にはそうは呼んでいなかった。半村良は「電車通りに出てみると」というように、固有名詞は使っていない)は雑踏していて安心します。

ここで広瀬正の『マイナス・ゼロ』に出てきた、戦前の銀座の描写を思いだします。主人公の時間旅行者は、車が少なくて静かだろうと思っていたのですが、あにはからんや、たいていの人が下駄を履いているので、足音がものすごくうるさいと感じるのです。
閑話休題。「電車通り」を尾張町方向に向かって歩く人びとは、まったくの無表情か、なにかすごく楽しいことでもしているような笑みを浮かべています。語り手は群衆の行方を見とどけようとします。人の群は尾張町交叉点を通過し、三原橋(このとき、下はまだ運河か?)をすぎて、まるでレミングの大群のように海のほうに向かっています。
語り手は晴海の自分のアパートにもどります。東京湾には口を開けた巨大な半球が浮かんでいて、人びとはそこにつぎつぎと飲み込まれていました。そして、その球が光り輝き、見えなくなると、つぎの球があらわれて、また人間を飲み込みはじめました。
通りにはまだ人がいますが、建物はどこも無人になってしまい、銀座に戻った語り手はデパートで高級品を漁り、空腹になったのでホテルに行きます。日比谷のホテルというと、あの時代なら日活ホテルと考えて大丈夫でしょう。
翌日、語り手は車で東京中を走りまわりますが、見かけるのは犬と猫ばかり、人間はまったくいません。桜田門で銃を手に入れ、主人公はパトカーを拝借し、サイレンを鳴らしながら走りまわります。ようやく、ひとりだけ人間を見つけますが、どうやら手術中に「事件」が起きたらしく、腹のあたりは血まみれで、語り手が駆け寄ったときには息絶えていました。
主人公は勤め先の発電機を利用してホテルに電気を送り込み、一人きりの生活をはじめます。ホテルには無線機を備え付け、東京のあちこちに、自分の居所を赤ペンキで書いて、この種の物語の登場人物がみなそうするように、生存者と接触することを生きる目標にします。
◆ 普通の人々の異常な経験 ◆◆
キリがないので、このへんでプロットを追うのは終わりにします。後半は他の生存者とのコンタクトと原因の究明なので、書かないほうがいいでしょう。
ディザースターと呼ぶのはためらいを感じますが、『収穫』もまた、『こちらニッポン』や『ツィス』と同類の「無人都市物語」であることはまちがいありません。そして、この三者のなかでは、『収穫』が最初に発表されています。
『収穫』は「SFマガジン」のコンテスト応募作で、受賞作なし、小松左京の「お茶漬けの味」(小津の映画を意識していたと思うのだが)とともに佳作入選だったと記憶しています。しかし、福島正実がなにを望んでいたかは措くとして、『収穫』は受賞に値します。
「処女作にすべてがある」かどうかは微妙なところですが、語り手が自分の平凡さを強調するところは、のちの半村良の諸作に通じます(たとえば『闇の中の黄金』)。『収穫』は、平凡であることが特殊だという物語(わかるように書くと具合が悪いのであいまいにした)で、いかにも半村良らしい設定です。
半村良のどの長編だったか(『聖母伝説』?)、主人公が百枚の中編小説を一気に書き上げ、翌朝、コンテストの締切ギリギリに郵送する描写があります。これを読むと、『収穫』は平凡な(と自分では信じている)人間の生への祈りだったことが実感されます。あまりいい心理状態で書かれたものではなく、作者はそれまでの生活を捨てようとし、その区切りとして、スプリングボードとして、ふつうの心理状態ならできないことをやってみるのです。
そのころ、川口松太郎の『人情馬鹿物語』を読んで、主人公が歌舞伎座だか松竹だかが募集した芝居台本のコンテストに応募する場面が出てくるのを知りました。半村良の直木賞受賞作『新宿馬鹿物語』(訂正。対象となったのはこの連作のうち「雨やどり」)は、川口松太郎の『人情馬鹿物語』へのオマージュとして書かれたものです。なるほど、あれがこうしてああなったか、と納得しました。川口松太郎の応募作も、やはり祈り、明日への願い、人生の区切りとして書かれたのです。

福島編集長は、半村良の「生活」小説が気に入らなかったかもしれませんが、この作家の小説に飽きが来ないのは、ふつうの小説のように書かれているおかげです。年を経るとともに、川口松太郎の影響の色濃いことがしだいに痛感されてきました。

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