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百両が欲しいと夢で金握り――先代三遊亭金馬「初夢」+古今亭志ん朝「夢金」
 
あけましておめでとうございます。旧年中はたびたびのご来訪ありがとうございました。本年も旧年と変わらぬお引き立てのほどをお願い申し上げます。

正月落語はすでに一昨年の元日に「新春名人寄席」という番組を組んでいます。そのときに好きな正月噺は集めてしまったので、今年はひとつだけ。

これは上記の新春寄席で短縮版をサンプルにしましたが、ノーカットのクリップがアップされていました。

三代目三遊亭金馬「初夢」


「縁起」を「いんぎ」と発音する下町訛りのすごさよ! 亡父もなかなか東京下町訛りが抜けず、「ひ」はみな「し」になっていましたが、「え」を「い」にすることはあまりありませんでした。落語では、おかみさんも、亭主のことを「おまえさん」とはいわずに「おまいさん」といいますが、あの系統の訛です。

声もよく、もの知りで、愛嬌があり、楷書で噺をやってもつねに軟らかく、三代目三遊亭金馬はじつにいい噺家です。こういう噺家を目の敵にした安藤鶴夫という人も、ずいぶんと意地の悪い人だったのでしょう。

べつに元日だとか正月だとかにかぎった話柄ではないのですが、冬の夢の噺を加えておきます。動画のほうはひどさもひどし、とんでもない代物なので、音声だけをどうぞ。

古今亭志ん朝「夢金」


夢は五臓の疲れとも申します。「鼠穴」という噺では、これを「夢は土蔵の疲れ」という、ものすごい駄洒落でサゲにしています。初夢も、見ないほうが安らかな眠りといえるのかもしれません。

なんだか、先代三遊亭金馬師に初春の挨拶をかわりにやっていただいたようなものですが、とりあえず、本日はこれまで。遠からず、レギュラー・プログラムに復帰の予定です。


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by songsf4s | 2012-01-01 14:51 | 落語
歳末寄席「富久」(八代目桂文楽、古今亭志ん朝、立川談志)
 
またしても積み残しをつくることになりますが、年の瀬も押し詰まってくると、やはり落語が聴きたくなり、森一生監督『薄桜記』はひとまず棚上げとさせていただきます。

一昨年の歳末の寄席ではなにをやったか確認したところ、富くじ噺の大物をオミットしたことに気づいたので、本日はそれをいきます。

現物があるので、あらすじは抜き、まずは桂文楽の古いものから。めずらしくも映像のあるものです。文楽の映像はそれほどたくさんは残っていないと思います。

八代目桂文楽「富久」


「松の百十番、こういう木で鼻をくくったようなすっとした番号」があたる、なんていうのは、いかにも江戸らしい言い様だと感じます。

落語というのは物語なのですが、志ん生にいわせると、小咄が長くなったものなのだそうです。長い噺にサゲをくっつけたのではなく、サゲの前に長い噺をくっつけた、というのです。そう見たほうが、ディテールの価値が相対的に上がるような気がします。

なぜ落語を聴くのか? 長く落語ファンをやっていると、知らない噺というのにはあまりあたらなくなります。たいていは先行きのわかった噺です。

それでも聴くのは、やはり異なった演者の演出やリズムの違い、そして、ちょっとしたディテールを楽しむためでしょう。「木で鼻をくくったようなすっとした番号」も、そういう、落語を豊かにするディテールのひとつです。

つぎは、父親・古今亭志ん生と八代目桂文楽の中間、ないしはハイブリッドのような存在だった古今亭志ん朝のものを。長いのでお時間のある方のみどうぞ。

古今亭志ん朝「富久」


すでに多くの先達が指摘するように、浅草から芝というのはちょっとした距離で、急いでも一時間半はかかるでしょう。火事だ、てえんで駈けだしても、着いたころには消えてしまう可能性も高い、というのももっともです。片道だって大変なのですが、この噺では、一晩のあいだに往復するのだから、無理といえばあまりに無理なつくりです。

志ん朝は浅草三軒町(現在の元浅草あたり)と芝金杉(現在の港区芝あたり)という設定にしていますが、やはり二時間の距離でしょう。ご苦労なことです。

いま、たしかめたのですが、志ん朝の兄さん、先代金原亭馬生は、久蔵の家は浅草三軒町と志ん朝と同じですが、旦那のおたなは日本橋石町と、比較的近場に設定しています。

さらにいうと、八代目三笑亭可楽は、久蔵は日本橋へっつい河岸(現在の人形町)、旦那のおたなは芝の久保町(西新橋あたり)としていて、これまた現実的な距離です。

いや、現実的なほうがいい、といっているわけではなく、それぞれ、やり方が違うといっているだけです。非現実的な距離を歩く設定も、それはそれで悪くないと思います。

突き止め千両、といっても、現代ではその価値は想像しにくくなっています。まず、一両はいくらか、という問題があります。昔読んだものでは、幕末でだいたい八万円としていたものがありました。

であるとするなら、千両は八千万円。いまのジャンボ宝くじより低い額です。しかし、ここが微妙なのですが、三両あれば、一家四人が一年暮らせた、という説もあります。むろん、長屋住まいの話です。

そちらの価値の感覚をとるなら、千両は、八千万円よりずっと大きな額と見ることもできるでしょう。ここらが、往事の生活を想像するときのむずかしさでもあり、面白さでもあります。

音はよくないのですが、まだ若さの残る談志のものもどうぞ。後年のように自己批評満載の「メタ落語」ではなく、ストレートにやっています。

立川談志「富久」


この噺は昔から好きなのですが、どこがどう好きか、今回はまじめに考えてみました。

たとえば、冬の寒さと火事の描写、といった、いかにも落語らしい季節感の楽しみ、無一文から富くじに当たり、大喜びもつかの間、札はないという奈落の底に突き落とされ、つぎの瞬間、燃えたはずの札が見つかる、という波瀾万丈のプロット、などという当然のものもあります。

今回、あれこれ聴きくらべて、いちばん気になったのは、駈けつけた久蔵を見ての、旦那の反応の仕方とタイミングです。

どの演者も、ほとんど間髪を入れずに、酒のうえでのしくじりで差し止めていた出入りを許します。それも、あうんの呼吸とか、腹芸といった曖昧なものではありません。「よく来てくれた、向後、出入りを許す」とはっきりといっているのです。

極論かもしれませんが、「富久」という噺のヘソはここではないかと思いました。

出入りを許すぞ、といわれると、それが目当てで凍えるような夜に、必死に浅草から芝まで歩いた久蔵は、「そうくると思った」などと脇台詞をいい、旦那は「なんだい」などと聞き返します。

旦那だって、久蔵が息せき切って駈けつけたその胸算用は、はなから承知しています。だから、久蔵を見た瞬間、躊躇なく、出入りを差し許すのです。

長屋の隣人が久蔵に、お前の旦那はあっちなんだろ、こういうときに駈けつければ、しくじりを許されるかもしれないからいってこい、というし、久蔵も、千載一遇のチャンスと駆け出します。

旦那だって、なにを見え透いた、などと野暮はいいません。見え透いた行為とわかっていて、それを即座に受け入れます。これが彼らの生き方の「型」だったのだということでしょう。

かつて、こういう人間関係は当たり前だったのでしょうが、長い時間が流れて、当たり前のことが、当たり前に思えなくなりました。

面倒をかけるのが当たり前、面倒を見るのが当たり前、この馴れ合いをそのまま丸ごと肯定してしまう世界があった、ということに心惹かれた聞き直しでした。

しかし、改めて思うのですが、千両を得たあとの久蔵の暮らしぶりはどうなったのでしょうかねえ。こういう男なので、老後のために蓄えたり、これを元手に商売をはじめたり、なんていう地道な未来はないだろうと感じます。

やはり、ぱっぱと遊んでしまい、数年後にはもとの一文無し、また酒でしくじって旦那のところも出入り差し止め、なんてことになっているのではないでしょうか。いや、それもまた人生、悪い生き方とばかりもいえませんが。


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先代桂文楽
富久/船徳
富久/船徳


古今亭志ん朝「富久」
落語名人会(25)
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八代目三笑亭可楽
八代目 三笑亭可楽(3)
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十代目金原亭馬生
金原亭馬生(10代目)(5)
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by songsf4s | 2011-12-29 23:48 | 落語
新春名人寄席 古今亭志ん朝、三遊亭金馬、圓遊、雷門助六、柳家三喜松、人見明ほか
 
あけましておめでとうございます。旧年中はたびたびのご来訪ありがとうございました。本年も旧年と変わらぬお引き立てのほどをお願い申し上げます。

さて、年忘れの寄席をやったのだから、当然、元旦も寄席をやらなければ収まりがつかないというものです。

年忘れ寄席は毎回一席でしたが、今日は元旦、寄席なので、色物も織りまぜつつ、ドンとひとまとめに噺を並べて、番組をつくってみました。

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◆ 五代目柳家小さん「御慶」 ◆◆
現代にもそういう人がいらっしゃるのではないかと思いますが、女房を質において初鰹を食うわけではなく、女房の羽織を質に入れて富くじを買ってしまう男の話です。古今亭志ん朝「宿屋の富」で書いたように、現今の宝くじとちがって、江戸の富くじの値は一分、そんなものに入れをあげられては家計はたまったものではありません。

この男、大晦日に鶴がはしごのてっぺんにとまって羽を広げている夢を見たので、鶴は千年、はしごだから、鶴の一八四五番を買おうとしますが、湯島に行ってみると、一足違いでその番号は売れたあと。ガッカリしていると易者に話しかけられ、はしごを下がってはダメだ、のぼらなくてはいけない、だから八四五ではなく、五四八だといわれて、鶴の一五四八番の札を買います。

ということで、よし、それだ、といって、再び富札を買いに駈けだすところからサンプルをどうぞ。

サンプル 五代目柳家小さん「御慶」

この鶴の一五四三番がみごと千両富の当たり札となって、そこからの騒動がこの長い噺の後半、元旦の景へと移っていきます。だから「御慶」となるというしだい。好き嫌いはべつとして、正月向きのじつにおめでたい話柄です。

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◆ 三代目三遊亭金馬「初夢」 ◆◆
わたしは先代金馬が大好きなので、こんな浅いところに出してしまうのは申し訳ないのですが、オールスター・チームの場合はやむをえないのです。そもそも、初夢をめぐる考証エッセイのような趣で、骨格らしい骨格も、ストーリーらしいストーリーもないので、まあ、よろしかろうと思います。

サンプル 三代目三遊亭金馬「初夢」

先代金馬は物知りで、ふだんの噺のなかにもさまざまな考証が出てきますが、これはその考証だけを独立させたようなものですから、なかなか勉強になります。

◆ 人見明とスウィングボーイズ「民謡教室」 ◆◆
人見明は、クレイジー・キャッツ・ファンならどなたもご存知、植木等にひどい目に遭わされるあの「課長」というか、「カチョー」を演じた人です。寄席芸人だという話は読んだことがありましたが、じっさいにそういう芸をやっているのは、この録音でしか知りません。

サンプル 人見明とスウィングボーイズ「民謡教室」

というように、ストレートなボーイズです。びっくりしたのは、ハーモニーがうまいこと。冒頭の会津磐梯山がじつにきれいで、フル・ヴァース歌ってもらいたかったほどです。まあ、ボロが出ないところでやめるのでしょうけれどね。

それにしても、最初にあれだけみごとなハーモニーを聴かせておいて、あとで単独になるとみな音をはずしてみせるわけで、これはこれでたいした芸だと感心してしまいました。うまい人がピッチをはずすのは大変というか、うまくピッチをはずせるほどうまいというべきか、いやはや、短いあいだに何度も感心させてくれる芸でした。

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◆ 八代目雷門助六「七段目」 ◆◆
助六師匠、わたしは大好きです。この噺はべつに正月向けというわけではないのですが、わたしの趣味を押し通してみました。なにしろ、好きが昂じて、これを演じてみようと思いたち、声色のあたりをコピーしたことがあるほどで、大好きな噺です。けっこういいところまで模写したのですよ。いや、ホントに。

サンプル 八代目雷門助六「七段目」

枕から噺に入って、前半だけで切りました。このあと、若旦那と小僧が二人で忠臣蔵の「七段目」を演じるくだりになります。わたしは「角が暗い」、ではなく、芝居に暗いのですが、落語の芝居噺は大好きです。なかでも、この助六の七段目はベストだと思います。

なお、これはエアチェックなので、放送禁止用語がカットされています。「芝居気違い」といったのでしょう。

◆ 四代目三遊亭圓馬「けんげ者茶屋」 ◆◆
これは正月(正確には七草)の噺なのですが、わざと縁起でもないものばかり並べるところがミソです。これも上方から来た噺で、「けんげ」という言葉はこの噺の外題としてしか知りません。上方でも、もうふだんは使わない言葉ではないでしょうか。関東でいえば「験かつぎ」のことだそうです。

サンプル 四代目三遊亭圓馬「けんげ者茶屋」(2011年6月9日reup)

掛け軸を「のどがなる、はや、死にかかる松右衛門」と読むのは笑えます。くに鶴という妾の名前を「首つる」といったり、湯にいっていたというと、湯灌場かといい、お屠蘇をお上がりなさいというと、こりゃ冷たい、湯灌にしてくれと、じつに困った旦那です。

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◆ 四代目三遊亭圓遊「七福神」 ◆◆
「けんげ者茶屋」は関東ではあまり有名ではありませんが、同じ験かつぎの噺でも、こちらは有名も有名、正月には欠かせない噺です。

サンプル 四代目三遊亭圓遊「七福神」

七福神という噺の本体は「船屋」「宝船売り」が登場してからの部分ですが、圓遊は三つの短い噺をつないでいます。

まずは下男に若水迎えをやらせたら、「新玉の年立ち返るあしたより、若やぎ水を汲み初めにけり、これはわざっとおとし玉」という唱えごとを忘れてしまい、「目の玉のでんぐりけえるあしたより、末期の水を汲み初めにけり、これはわざっとお人魂」とやらかして、旦那と揉めるのが第一段。

験担ぎの旦那の名前が御幣担ぎだから「五兵衛」、そこへ友だちの早桶屋(棺桶屋)の四郎兵衛がやってきて、店先でさんざん縁起の悪いことをいって、五兵衛をくさらせるのが第二段。そして、翌日二日、先述のように宝船売りが来てからが第三段です。笑わせどころたっぷり、初笑いにはもってこいです。

◆ 柳家三亀松「粋談」 ◆◆
さて、膝がわり(上方でいうところの「もたれ」)は初代柳家三亀松の「粋談」ないしは「都々逸漫談」です。これはもう、ごちゃごちゃいわずにお聴きなさい、です。

サンプル 柳家三亀松「婦系図」

わたしは生粋のロックンロール・キッドだったわけでして、都々逸なんてものは、ああた、そういう東洋の退廃音楽は趣味じゃござんせんでしてな、てなことをいっていたのはいつのことやら、はじめて三亀松を聴いたときは愕きましたねえ。世間のいうことはきくものだと反省しましたよ。噂には聞いていましたが、いや、評判のはるか上をいく芸で、日本に生まれてよかった、といいたくなりました。こういう芸を生みだしたのだから、日本もたいしたもんですよ。

三亀松はしじゅう声色をやるわけではないのですが、わたしの趣味で役者の物真似が出てくるこのこの「婦系図」を選びました。

◆ 古今亭志ん朝「堀之内」 ◆◆
さて、トリは正月の噺ではありませんが、おめでたい人物ばかりの落語国でも、これほどおめでたい人物はほかにいないというくらいのキャラクターが大活躍する噺で、正月に聴くにはもってこいでしょう。

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堀之内妙法寺(お祖師様)

「堀之内」というと四代目三遊亭圓遊のものが有名で、そちらをサンプルにしようかと思ったのですが、すでに「七福神」で登場しているので、志ん朝のものにしてみました。長い枕をすべて飛ばし、噺に入ったところからどうぞ。

サンプル 古今亭志ん朝「堀之内」

じつにもって馬鹿馬鹿しい噺ですが、これほどおめでたい噺もそうたくさんはありません。堀之内に行くといって、両国に行ってしまい、ちがったといってこんどは浅草寺、それからまた堀之内に行くっていうんだから、考えてみるととんでもない健脚です。あっというまに江戸を縦横に歩いてしまうところが、志ん朝の噺の速さとみごとに呼応しています。

圓遊版は、リアリズムというべきか、志ん朝版よりずっと茫洋とした人物に描かれていて、そのへんに味があります。

さて、年末年始の寄席シリーズは(たぶん)今回でおしまい、次回からはレギュラー・プログラムに戻る予定です。

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