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蔵原惟繕監督『俺は待ってるぜ』補足 ロケ地へ
 
Midnight Eyeという、日本映画を扱っている英文のサイトがあって、ときおり見ているのですが、今日は、エースのジョーと舛田利雄監督のインタヴューを読みました。イタリアのウディネという町での映画祭をお二方が訪れた際のものだそうです。

とくに突っ込んだ話はないのですが、舛田利雄監督の東映任侠映画と日活のやくざ映画との違いの定義は、簡潔明快で、なるほどと思いました。

「東映任侠映画、たとえば高倉健を主役にしたものと、日活アクション映画はまったく異なるものだった。日活は基本的には若者をめぐるヒューマン・ストーリー、つまり「青春映画」の会社であり、それがときにやくざのキャラクターやその世界を背景にすることがあったというだけだ。それに対して東映は、本物のやくざの映画をつくった。東映の俊藤浩滋プロデューサーはやくざといってよい人物だった。だから、彼らはやくざの現実とその美学を映画にしようとした。したがって観客もまったく異なった。東映の観客はやくざ映画を好んだが、日活の観客はドラマを見るために映画館へ行った」

東映映画を語るというより、日活映画を語ったわけですが、日活は青春映画の会社だというのは、当事者の共通の認識だったようです。以前、ご紹介しましたが、鈴木清順監督も、『野獣の青春』はなぜあんなタイトルになったのだときかれて、さあねえ、と笑いながら「まあ、日活は若者のための映画をつくっていたから」と答えていました。

大人のための映画をつくっていた、とは云えないし、よその会社のように、夏休みの子ども向け映画などもなかったようで、たしかに日活は「若者のための映画」をつくっていました。

でも、「青春映画」といわれると、それは吉永小百合と浜田光夫の担当であって(舟木一夫主演の映画もいくつか見た記憶があるが)、といいそうになり、いやまあ、大きく見れば、日活アクションもまた「青春映画」だったのか、と考え直したりしました。

さらに考えると、つまり、アクションも青春映画も均等にやった石原裕次郎は、日活映画の全スペクトルをカヴァーした、というか、つまり、裕次郎こそが日活だったのか、という落着でいいような気がしてきました。

今村昌平のような芸術映画の監督と、アクション映画の監督の関係、といった興味深い話題がほかにもありますが、それはまたいずれということに。

◆ ロケ地再訪 ◆◆
連休中に、『俺は待ってるぜ』のロケ地に行き、少し写真を撮りました。しかし、以前書いたように、レストラン「リーフ」のセットが組まれた場所はいまでは観光地になっていて、そういう場所に連休中などというタイミングでいったものだから、写真を撮るどころではなく、這々の体のヒット&ランになりました。

しかし、せっかく撮ったものを使わないのも癪だ、というケチくさい根性が頭をもたげ、また、つぎになにをやるかが決まらないため、観光地の混雑を写しただけの写真を並べることにしました。

写真を撮ったのは二カ所(ロケ地を特定できたのは二カ所だけだから当然だが)で、新港のほかに、裕次郎が証人を捜して歩きまわるシーンに出てきた花咲町の通りも行って来ました。

まずは、新港のロケ地から。どこにセットが建てられたかは、以前の記事で明らかにしていますが、もう一度、同じ地図を貼りつけます。真ん中やや上の青い丸がセットの位置です。

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それではロケ地、というより、観光地の写真というべきものへ。

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鉄橋の上から赤煉瓦倉庫を臨む。この方向のショットはラスト・シーンにしか登場しない。

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映画では桟橋があった「リーフ」のわきの斜面。左手に見える大型客船は飛鳥II、そのむこうのあたりに大桟橋がある。

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こういうアングルで撮りたかったのだが、あれこれ障害物はあるし、人通りも多く、そうはいかなかった。

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このように、かつては大小二種類のトラスがあったのだが、現在では左側に見える小さいほうしか残っていない。

つづいて花咲町の写真を。もうすこし庇が残っていると思ったのですが、いまや一カ所だけしかありませんでした。

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JR桜木町駅のプラットフォーム。昔とはだいぶ様子が異なる。

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逆方向に切り返し、JR桜木町駅を背にして京急日ノ出町駅方向にむかって撮影。庇はここしか残っていない。

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以上、たった二カ所のロケ地再訪でした。町は変わるようで変わらず、変わらないようで変わってしまう、というような気分です。まあ、丸ごと残っていたら、かえって興趣が薄いでしょうけれど……。


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俺は待ってるぜ [DVD]
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by songsf4s | 2011-09-30 21:44 | 映画
蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その4
 
いやはや、いろいろなミスをやるもので、前回の記事をアップしている最中、『赤いハンカチ』の記事から写真のアドレスをコピーしているうちに、その記事を消してしまいました。

そちらの記事の復元に手間取った関係で、新しい記事のほうに手がまわらず、ろくに文字校もしないまま、キャプションも抜けた状態で公開することになってしまいました。

いちおう格好がついたのは今日の午後なので、それ以前にいらしてしまい、スクリーン・ショットの意味がわからず、気になるという方は、公開から半日後にできた現在の版をごらんいただけたらと思います。

◆ 中盤のプロット ◆◆
『俺は待ってるぜ』には、二度、横浜の町の長いモンタージュが登場します。ひとつは、前々回のプロットですでに書いた、石原裕次郎と北原三枝が町に遊ぶシーンです。

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もうひとつのモンタージュに行く前にプロットの残りを書いてしまいます。どこまで書くかはまだ決めていませんが、ここから先はミステリー的要素が入ってきて、それが主眼ではないにしても、形式上は謎解きになるので、近々ぜひ見てみたいなどと思っている方は、読まないほうがよろしいでしょう。スクリーン・ショットを片目でチラッと見る程度にしておかれるように警告します。

早枝子(北原三枝)に襲いかかって逆に花瓶で殴られた柴田(波多野憲)は、町で島木と歩く早枝子を見かけて連れ戻そうとしますが、島木に軽くあしらわれてしまいます。柴田は再び島木を見かけたときに、子分にあとをつけさせ、レストラン「リーフ」を突き止めます。

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日本交通公社すなわち現在のJTBの関内周辺の支店というと、尾上町一丁目にあるようだが、1957年にも同じ場所に店舗があったかどうかは不明。

前々回に書いたように、島木には兄がいて、先にブラジルに渡り、準備ができしだい弟を呼び寄せる手はずになっていました。しかし、ブラジルの兄からは一向に連絡がなく、いっぽう、島木が兄に送った手紙はみな宛先人不明で送り返されてきます。

ある日、島木が外出から帰ると、柴田の兄(二谷英明、このときは若くて顔に険があり、ギャングのボスがさまになっている)以下、弟や子分たちが店を占領していて、まだ契約が残っているので早枝子を返してもらおうと島木に迫ります。ちょっと小競り合いになりますが、そこに早枝子が帰ってきて、クラブに戻ることを承知し、その場は収まります。

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左から杉浦直樹、石原裕次郎、榎木兵衛、深江章喜、波多野憲、二谷英明(背中を向けている)の面々。日活らしいアンサンブルがすでに形成されつつある。みな若い!

しかし、島木は、この小競り合いのときに、柴田の子分(青木富夫。この映画は日活ギャングの中核が揃いはじめていたことを示している!)がもっていたメダルが気になります。

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島木は、兄が土地を買う約束をしていた売主に問い合わせの手紙を送ったところ、約束の日になっても兄上はやってこず、その後、連絡もない、という返事を受け取り、愕然とします。

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入国管理事務所に行って調べてみると、兄が日本を出た形跡のないことがわかります。しかし、荷物は乗る予定だった船にそのまま積まれて南米まで行き、送り返されていました。そして、警察で、兄が出発するはずだった前の晩に酒場のケンカで死んだ人間がいることがわかり、その現場写真によって、兄が死んだことが判明し、正当防衛ということで相手はお咎めなしと、すでに事件は片付いていたことを島木は知ります。

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その酒場は「地中海」と名前が変わったものの、じつは早枝子がつとめる、柴田の兄が経営する店だったことがわかり、島木は早枝子に、柴田の子分が持っているメダルの刻印を確かめてくれないかと依頼します。それは、彼がボクシングの新人王になったときのメダルで、出発前に兄に渡したものに思えたのです。

早枝子の助けで、それが兄に渡したメダルであったことを確認した島木は、それをもっていた柴田の子分(青木富夫)をしめあげて、どこでどう手に入れたかをいわせます。

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早枝子は青木富夫をだましてナイフを借り、口紅を使ってその飾りになっていたメダルの拓本をとる。

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裕次郎が青木富夫を待ち伏せするのは、ひょっとしたら海岸通3丁目の日本郵船の付近か。

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青木富夫にメダルをやった男はケンカで兄を殴り殺した男だったのですが、彼はすでに死んでいたことがわかり、こんどはその男を殺した相手(草薙幸二郎)に当たってみようと、裕次郎が町を歩きまわる、というところで、また長い横浜のモンタージュになります。

◆ 50年代横浜散歩 ◆◆
ということで、蔵原惟繕と高村倉太郎が、どのように1957年の横浜の町を捉えたかをすこし見ていきます。まず、序盤のデイト・シークェンスから。

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デイト・シークェンスのファースト・ショットからして場所がわからない。「横浜会館」という文字が見えるのだが、ウェブの検索ではそのようなビルは発見できなかった。あてずっぽうをいうと、羽衣町(伊勢佐木町のとなりの筋にあたる大通り)あたりではないだろうか。

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平和堂薬局という文字が見えるが、現在の関内周辺にはそういう名前の薬局は見つからない。伊勢佐木町通ではないだろうか。昔はアーケイドがあった。

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このように角を切ったところというと、長者町五丁目の交叉点が思い浮かぶ。伊勢佐木町四丁目の交叉点のとなりにあたる。古い横浜日活には入った記憶がないが、あの建物からなら、長者町五丁目の交叉点がこのように俯瞰できた可能性がある。

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Acme Dry Goods Companyというのがテキサスにあったらしい。その横浜支店だったのだろうか? といっても、それがどこにあったのか、調べがつかなかったのだが。

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以上は映画館内部。撮影の都合から、伊勢佐木町の横浜日活を使った可能性が高い。窓に味がある。

べつのシークェンスも見るつもりだったのですが、デイトのみで時間切れとなりました。以下、次回へ。


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俺は待ってるぜ [DVD]
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by songsf4s | 2011-09-20 21:36 | 映画
蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その3
 
ほかのスタジオの映画もそうですが、とりわけ日活アクションには、しばしば引込線が登場しました。すでに取り上げた映画でいうと、舛田利雄の『赤いハンカチ』は横浜の貨物駅のシークェンスで幕を開けます。

ギャングの取引には好都合な場所だからということなのかもしれませんし、車輌の動きや足元が見えてしまう遮蔽物としての面白さ、そして凶器になりうることなどから、映画的効果を生みやすいということもあるのでしょう。

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以上三葉は『赤いハンカチ』冒頭の、石原裕次郎、二谷英明が榎木兵衛を追う貨物駅のシークェンスより。

前回の記事のコメント欄に書いたのですが、子どものころから引込線が好きでした。そのことは散歩ブログの「神奈川臨海鉄道本牧線の旅、とはいかなかったが──続・日活アクション的横浜インダストリアル散歩」という記事にも書きました。

映画をつくる側としては、いろいろ好都合なことがあって引込線を使うのでしょうが、見る側が引込線に魅力を感じるのはなぜなのだろうと思いました。最初に思いついた答えは、非日常性です。

子どものとき、引込線の線路の上を歩いていたときに感じたのは、非日常の喜びだったのだといま振り返って思います。「これはふつうならできない遊びだ」と感じていました。旅客を運んでいる鉄道の線路を歩くなど、まずできないことですから。

また、旅客を運ばない、いわば「プライヴェートな鉄道」であることも、子どもにはひどく面白く感じられました。言い換えると、ちょっと大げさですが、「この世の埒外にあるもの」としての深い魅力をたたえていたから、子どものとき、引込線のそばにいくたびに、その上を歩かずにはいられなかったのだろうと思います。

蔵原惟繕が、『俺は待ってるぜ』で、レストランのセットを「横浜市中区新港町埠頭構内」などという、無番地の奇妙な場所においただけでなく、線路の「砂かぶり」とでもいうべき近さに引込線があるという設定にしたのは、たんなる視覚的な面白さだけでなく、二重三重に主人公をこの世の外、といって大げさなら、「日本の日常の外」におきたかったからではないか、と想像しました。

◆ 外部の異界と内部の異界 ◆◆
『俺は待ってるぜ』のレストランのセットが置かれた位置については、前回、くどくどと書いたので、今回はセットそのもののことを少々書きます。

レストラン「リーフ」は、全体に西部劇の酒場のようなムードでデザインされています。とくにファサードを横から見たショットでは、ポーチのせいで西部劇のセットそのものに見えます。

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二、三段の階段を上がってポーチの上に立つと、ドアがあります。このドアも内部の床面より高いところにあり、二、三段の短い階段を降りて内部に入るようになっています。つまり、ポーチの階段を上がり、ドアをくぐると、こんどは階段を降りるという、考えようによっては無駄な構造になっているのです。

このような構造にした意味は、ひとつには視覚的効果の問題でしょう。いくつか、じっさいにそのようなショットがあるのですが、室内から見て、店に入ってきた人間を「奥」に配置しながら、なおかつ、その存在を強調することができるのです。

ドアから入ってきた人物は、やや高いところに立つことになるので、ちょうどステージに上がったように、室内の人間や調度のなかに沈まないのです。

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また、人物が水平移動するのは、見るものの視覚運動が小さいのですが、垂直方向に移動すると、目玉の運動量が増大し、映像に躍動感が生まれます。そのあたりの効果も狙ってのものでしょう。

もうひとつは、視覚的な意味ではなく、「界」と「界」の境を越える動作を強調し、レストラン「リーフ」の内部を「異界化」するためでしょう。リーフの位置自体が「異界」だということはすでに書きましたが、いわばその念押しとして、二重の異界化を、この松山崇のデザインになるセットはおこなっているのだと考えます。

ドアをくぐって店内に入ると、左手に長めのコントワールがあります。昼間はコーヒーや紅茶が、夜は酒が供されるのでしょう。このカウンターの両端には大型のコーヒーミルとラジオが見えます。正面奥の左側は調理場で、短めのカウンターがあり、できあがった料理がおかれます。

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開巻直後、石原裕次郎に誘われ、北原三枝がレストラン「リーフ」にやってきて、ドアのところに立ったたきの、彼女の「見た目」のショット。ドアが高いところにあるので、左手のコントワールの向こうにいる裕次郎を見下ろす格好になる。

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調理場内部からドアのほうを見たショット。右側にはコントワールの端が見え、その上にコーヒーミルが置かれている。

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こちらは逆方向からのショット。石原裕次郎の頭の向こうに調理場がある。そのむかって右はプライヴェート・スペースで、北原三枝がそこから出てきたところ。

調理場のむかって右にはドアがあり、その向こうには店主の私室があります。松山崇は、ここでも部屋と部屋の境に段差をつけました。私室には、店から二段ほどの階段を降りて入るようになっているのです。

この場合も、店の入口の階段と同じ視覚的効果を狙ってのデザインでしょう。部屋の奥からドアを狙ったたショットでは、手前のベッドに腰掛ける人物と、ドアから入ってきた人物に重みの差をつけずに、均等に見せることができます。

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そして、メタフィジカルなレベルにおいては、このプライヴェートな「奥の院」は、日本から遠くへ、遠くへと進むこのセット・デザインにおいて、最遠の地であり、もっとも異界性が強い場所として設計されています。

主人公がこの部屋のベッドに寝転がって、タバコを吸いながら思うのは、兄から手紙が届き、この日本を、心だけでなく、肉体としても離れ、ブラジルに渡るときのことにちがいありません。「ここではないどこか」で「自分ではない誰か」として生きる夢です。

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その想念のささやかな道具立てとして、壁には南米の地図が張られています。ここには日本を思わせるものはなにもなく、「異界性」は極限に達しています。

二十歳ぐらいのときにこの映画を再見して感じたのは、日本からの解放でした。いま改めてセットがおかれた場所と内部デザインを検討して思うのも、やはりそのことです。

1957年ほどには、あるいは、わたしがこの映画を再見した1970年代半ばほどには、いまは日本脱出願望というのは大きくありません。経済状態の好転とともに、むしろ日本肯定の気分が広がっていったのを、わたしは他人事のような遠さで見ていました。

しかし、大震災とその後の政治、経済、メディアを見ていて、1957年となにも変わっていない、あるいはさらに悪化したのではないかと思えてきました。

われわれはやはり、荒涼たる土地のはずれに小屋掛けし、その奥まった狭い一室に追い詰められ、いつか、この日本ではないどこかで、我慢のならない日本的政治風土から遠く離れ、それまでの自分とは異なる人間として暮らす夢を見ているような気がします。

今回は横浜の町のショットも検討すると予告したのですが、それは次回にさせていただき、本日はここまで。


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俺は待ってるぜ [DVD]
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by songsf4s | 2011-09-19 23:33 | 映画
蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活) その2
 
スコアとロケーションを中心に『俺は待ってるぜ』を見る、と書きながら、前回はスコアのほうに必死になってしまい、肝心のロケーションにはふれられませんでした。

もっとも重要な舞台である、島木譲次(石原裕次郎)のレストランは、横浜港の新港埠頭、赤煉瓦倉庫と税関の中間くらいの場所に設定されています。レストランと線路と海と税関の位置関係から、そう判断できます。

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北原三枝の背後に横浜税関の塔が見える。この角度と、引き込み線の鉄橋(写真右端にわずかに見える)の位置で、オープンセットがつくられた場所がわかる。

税関のファサード(陸に背を向け、海に向かって建っている)をこのように真横から見るかっこうになり、線路と海に接する場所、というと、新港のはずれしかないという結論になります。

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ここはみなとみらい地区に接する場所で、みなとみらい同様、港湾施設としては無用になり、同時期に再開発されて(そのお披露目が横浜博覧会だった)、ご本尊の赤煉瓦倉庫(設計者の妻木頼黄=つまきよりなかは日本橋や横浜正金銀行、すなわち現在の神奈川県立博物館も設計した。国会議事堂を巡る辰野金吾との確執をはじめ、その事績は非常に興味深い)はショッピング・モール化し、付近も公園などになって、週末ともなるとおおいににぎわい、まさに隔世の感に打たれます。

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若かりし日、ガールフレンドと話し込んでいて、うっかり曲がるべき場所を通り過ぎてしまい、新港へと渡る万国橋にさしかかったとき、数人の港湾労働者に、そっちにいったって、なにもないぞ、いや、ひと気がなくていいけどな、と笑われました。

70年代はじめ、新港地区はふつうの人間が立ち入る場所ではなく、まだ正真正銘の港湾施設であり、それ以外のなにものでもありませんでした。『俺は待ってるぜ』が撮影された1957年と本質的な違いはなかったのです。現在の本牧のB、C、D埠頭あたりと同じようなものです。それがいまや横浜でも指折りのデート・コースとなり、日々若いカップルがうじゃうじゃ往来しているのだから、呆気にとられます。

もうひとつ、前回ふれたシーンで、ロケ地がわかるのは、早枝子(北原三枝)がたたずんでいた場所です。あれは山下公園に二カ所ある、テラスのように海に突き出した半円形のところでしょう。ただし、現在は、海に降りる階段はないので、ひょっとしたら、べつの場所かもしれませんが。

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したがって、そのシーンの直前、石原裕次郎が歩む道は、山下公園外の銀杏並木の下と想像されますが、こちらについては、そう断定できる視覚的手がかりは画面には登場しません。

舞台の説明はこのへんにして、以下、前回は冒頭だけになってしまったプロットを追います。

◆ ボクサーくずれにオペラ歌手くずれ ◆◆
人を殺したかもしれないという早枝子を、明日の新聞を見てから判断したほうがいい、と島木は諭し、彼女をレストランに泊まらせます。

翌日の朝刊にも夕刊にも殺人の記事はなく、早枝子は安心し、島木のレストランに仮寓することになる様子が、彼女が料理をテーブルに運び、調理の手伝いをするショットなどのモンタージュのなかで描かれます。

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翌日、あるいは翌々日ぐらいの設定でしょうか、二人は横浜の町に出かけ、ボクシングを見たり、(明白には描かれないが、たぶん)映画を見たりします。

早枝子に襲いかかろうとして花瓶でなぐられた男(波多野憲)が、二人を見かけてあとをつけ、早枝子が化粧室でひとりになったところを脅しますが、島木に見つかって、あっさり追い払われます。

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「横浜日」と読める。「横浜日劇」という映画館もあったが、これは日活映画だから「横浜日活」にちがいない。横浜日活は伊勢佐木町5丁目にあった。あのあたりには数軒の映画館があったが、ピカデリーでさえマンションになってしまい、昔日の面影はまったくなくなった。

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島木、早枝子それぞれの言葉の端々や、レストランの常連客である内山医師(小杉勇)の話から、徐々に二人の状況がわかってきます。

島木は元プロボクサーで、酒場でのケンカで相手を殴り殺した過去をもっています。兄が農園を経営するために二年前にブラジルに渡っていて、兄からの連絡がありしだい、彼も日本を離れようとしています。

いっぽう、早枝子は、オペラ歌手だったのですが、病気で喉を傷めてから声が出なくなり、そのとたんに、師であり、恋人であった男に弊履のごとく捨て去られ、いまはクラブ・シンガーをしています。彼女が花瓶で殴り倒した男は、そのクラブの経営者の弟でした。

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以上が前半のプロットというか、状況設定というべきでしょうか。こういう背景のなかから、後半にいたって一気に話は動きはじめます。

後半のプロットは次回ということにして、ここまでのところで、気になることを少々書きます。

◆ 横浜番外地 ◆◆
はじめに戻ってしまいますが、主人公の棲処、レストラン「リーフ」の位置は、じつにいいところを選びました。

現実には、『赤いハンカチ』の屋台のおでん屋同様、こんなところに店はつくれないでしょうし、たとえやっても、採算がとれないだろうと思いますが、しかし、物語世界としてはすばらしい選択でした。

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手紙の上書きは「横浜市中区新港町埠頭構内 レストラン・リーフ内 島木譲次」と読める。港湾施設などは、このように無番地であることがめずらしくない。

この世の外にヒーローを置き、同時にわれわれ観客を、日本ではない架空の場所、現実と地続きではない「ここではないどこか」へと連れて行くのは、ある種の映画の常套手段です。

小林旭の「渡り鳥」シリーズのように、あるいはそのインスピレーションとなった『シェーン』のように、たまたまある場所に仮寓した流れ者、というのは典型的なパターンですが(典型だからよくない、という意味ではない)、この『俺は待ってるぜ』は、その「仮寓」の仕掛けをじつに巧みに作り上げています。

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背中は港、タグボートやランチが近くを行き交い、貨物船が遠くに見えます。目の前は港への引き込み線で、しじゅう店の前を汽車(ディーゼルではないのに驚く。映画のための演出だったのか、それとも現実にもまだ汽車があのあたりを走っていたのか?)が貨車を引いて行き来しています。これほど浪漫的設定はちょっとほかに考えられないほどです。

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もうひとつ、主人公は日本には用はない、兄から連絡がありしだい、ブラジルに渡ると宣言しています。これによって、ヒーローは二重に日本の外に置かれることになります。

こういう仕掛けがなぜ必要だったのか、ということは、こうした歌舞伎でいうところの「世界」が好ましく感じられる人には説明不要でしょう。あの時代の日本の息苦しさに対する批評として、このような非日本的道具立てを、フランス映画のような映像で表現したにちがいありません。

いまでもそうかもしれませんが、とりわけあの時代には、観客に大いなる開放感、解放感を与えたに違いありません。70年代にテレビで再見したときでも、やはり「ここではないどこか」に遊ぶ感覚が、この映画の最大の魅力でした。

そうなるだろうとは予想していましたが、なかなか進まないまま、本日もそろそろ制限時間いっぱいです。

今回も、映画から切り出したスコアのサンプルをおきます。レストランで早枝子が働く姿をとらえたモンタージュの背景で流れる音楽です。この曲を聴いて、そうか、ウェスト・コースト・ジャズの時代だったか、と思いました。

サンプル 佐藤勝「Cookin'」

次回は、レストランのセットの構造と、今回ふれた横浜の町を歩くシークェンスの個々のショットを見る予定です。


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俺は待ってるぜ [DVD]
俺は待ってるぜ [DVD]
by songsf4s | 2011-09-17 23:37 | 映画
蔵原惟繕監督、佐藤勝音楽監督『俺は待ってるぜ』(日活)
 
しばらくご無沙汰していた日活アクションですが、今日から数回に分けて、蔵原惟繕の監督デビュー作『俺は待ってるぜ』を、音楽とロケーションを中心に見ていくことにします。

主演は石原裕次郎と北原三枝、jmdbによると、裕次郎にとっては14作目の映画出演、主演としては10作目ぐらいでしょうか。この前が『鷲と鷹』、このつぎが『嵐を呼ぶ男』(該当記事へのリンク一覧はこのページの一番下にもあり)となっています。裕次郎はもっともいい時代のとば口に立っていました。

日活アクションを取り上げるたびに、絵と音の両面でどれほどこのスタジオの産物が非日本的であったかということを書いていますが、その日活アクションのなかでも、この映画ほど日本を全面的に排除したものは、ほかに知りません。

蔵原惟繕はこのとき何歳だったのでしょうか、若い監督の衒い、気取りがファースト・ショットからみなぎって、見るものを圧倒します。

ひとつ間違うと悲惨なことになりかねないほど気負った絵作りですが、石原裕次郎、北原三枝という主役の柄と、横浜港周辺というロケ地のおかげで、みごとに「世界」を作り上げています。

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はじめのうち、水たまりが揺れていて、雨が降っているのだな、と思うのですが、「監督 蔵原惟繕」の文字とともに、揺れが収まります。雨がやんだのです。

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そして、さっきまで不定形の光の揺らめきであったものが、はじめて意味のある像を結ぶと、そこに「Restraurant Reef」というネオンサインの鏡像が浮かびます。高村倉太郎撮影監督による、蔵原監督のデビューへのお祝いではないでしょうか。

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つぎのショットは、大人になって一回目のとき(子どものときに見ているが、なにも記憶がない)、ギョッとしました。

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レストランと汽車とカメラの位置関係のせいでしょうか、すばらしい量塊感(massiveness)にため息が出ます。

このタイトルで流れる石原裕次郎唄う主題歌「俺は待ってるぜ」は、盤のものとは異なるので、サンプルにしました。

サンプル 石原裕次郎「俺は待ってるぜ」(映画ヴァージョン)

横浜港でレストランをやっている元ボクサーの島木(石原裕次郎)は、手紙を投函しにいった帰りに、夜ふけの海に向かってたたずむ女、早枝子(北原三枝)を見かけ、自殺ではないかと疑い、自分の店に連れ帰ります。

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早枝子は、問われるままに、わたしは人を殺したかもしれないと語りはじめます(殺しそうなった相手は、あとで、彼女のつとめるクラブの支配人で、ギャングのボスの弟とわかる)。

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この殺人無言劇の背景に流れる音楽もサンプルにしました。例によってフル・スコア盤は存在せず(佐藤勝作品集に一曲だけ挿入歌が収録されている)、したがってタイトルはわたしが恣意的につけたものですし、モノ・エンコーディングです。

サンプル 佐藤勝「Must Have Killed」

裕次郎のこのつぎの映画、『嵐を呼ぶ男』は、映画としての出来はさておき、スコアは驚くべきものだということを以前書きました。しかし、その直前に、もう、これだけの4ビート・スコアをやっていたわけで、日活畏るべし、というか、佐藤勝畏るべしというか、たいしたものです。

本日は、スコアの切り出しに時間を食われてしまったため、まだ物語は動いていませんが、残りは次回に。


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俺は待ってるぜ [DVD]
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by songsf4s | 2011-09-16 23:59 | 映画
セット、ロケ考 (日活映画『赤いハンカチ』より その7)

予告篇の対語はなんだろうなんて思いましたが、そんなものは存在しないから言葉もないのでしょう。overtureの対語として、勝手にundertureという言葉をつくった(preludeの反対はpostludeかと思って調べたら、ほんとうにあった!)アル・クーパーにならえば、「後告篇」てなものでしょうか。

せっかく加工までしながら、置き場所に困って棚上げしてしまった『赤いハンカチ』関係の写真などもあるので、つぎの映画を見終わるまでのつなぎとして、本日は雑多な話でア・ラ・カルトと参ります。

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本文ではふれなかったが、二谷英明が経営しているスーパーマーケットの店内や社長室も出てくる。社長室からはマジック・ミラーで店内が見られるという設定で、スクリーン・プロセスで店内の様子が嵌めこんである。浅丘ルリ子のバスト・ショット用にも異なったアングルから撮った店内のショットが嵌めこんである。

◆ 視覚の快楽 ◆◆
日活無国籍アクションは、非日本的風景を追求しました。若い監督たちは、自分の好きな外国映画をイメージしながら、ショットを積み重ねていったにちがいありません。アメリカ映画よりヨーロッパ映画、とくにフランス映画に範をとることが多かったのだと想像します。たとえば『俺は待ってるぜ』の冒頭は、ジャン・ギャバン主演のメグレ警視ものがはじまるのかと思うような絵作りです。

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後年の山手の丘の邸宅を強調するために、冒頭の「お豆腐屋さ~ん」のあとに浅丘ルリ子の家の内部を見せる。

当然、見る側もそこに注意を払うことになります。『赤いハンカチ』でもっともイマジナティヴなロケとセットは、「山下橋ホテル」のファサードと室内、そしてロビーのデザインです。ほかに視覚的刺激を強く感じるショットを登場順にあげると、

1 冒頭に登場する埠頭と引き込み線(ロケ)
2 警察署の裏庭(セット)
3 ホテル・ニュー・グランドのファサードと階段(ロケ)
4 二谷英明と浅丘ルリ子の家の室内、とくに暖炉のある居間(ロケとセット)
5 「横浜共済病院」のファサード(ロケ)

といったところでしょうか。こうしてみると、ダム工事の飯場や「お豆腐屋さ~ん」にちょっと目を眩まされてしまいますが、『霧笛が俺を呼んでいる』ほど先鋭的ではないにしても、『赤いハンカチ』もまた、「非日本的風景」を追求した映画だということがはっきりします。子どものころ、この映画が好きだった裏には、そういう視覚的快楽もあったのかもしれません。

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4の二谷英明の家(主として浅丘ルリ子のショットだが)は、いまになるとたんなる豪邸にしか見えないでしょうが、当時の最先端のデザインで、明らかに意図的に選択されたスタイルです。

居間が吹き抜けになっていることがまず目を惹きます。また、金属の覆いをかぶせて煙を導く「暖炉」(のようなもの)も尖鋭的です。時代の花形だったスーパーマーケット・ビジネス(たしかにあのころはそうだったのだ!)で大儲けした人間の住まいにふさわしくつくられているのです。

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ガラスだかプラスティックだかの小さなプレートをつなぎ合わせたカーテンのごときものも、演出効果を狙ってのものでしょうが、これまたどこにでもあるものではなく、あの尖端的デザインの家にふさわしいものとして選ばれたにちがいありません。映画美術というのは、なかなか大変であると同時に、雑食性が強く、すごく面白いものだと思います。

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◆ 警察署のバックロット ◆◆
警察署の裏手にある駐車場は『赤いハンカチ』のもっとも大事な舞台のひとつです。

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もちろん、これはセットです。調布撮影所のステージのひとつをめいっぱいに使ってつくられたものでしょう。それでも、署内の廊下まではステージに入りきらないでしょうから、その部分はバックロットに突き出させたのでしょう。

考えてみると、これはなかなか愉快です。劇中の屋外は撮影所の室内につくられ、劇中の屋内は屋外につくられたのです。世界が裏返っているのです。

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警察署裏をセットにしたのは、適当なロケーションが見つからなかった、雪を降らせたかった、舞台劇的ライティングをしたかった、薄明のライティングがロケではむずかしい、などといったことなのかもしれません。

しかし、できあがった絵から感じるのは、この警察署裏が「異次元」化しているということです。『赤いハンカチ』が子どもにも強い印象を残したのは、この警察署裏のセットのせいもあったと思います。ほんとうなら、あれだけの銃声がして、署内からだれも出てこないのは奇妙なのですが、それを感じさせないのは、あのセットが舞台劇的な空間になっているからです。

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われながら、どうしてそういうよけいなことを考えるのかと思うのですが、この架空の警察署はどこにあるのでしょうか。わたしはずっと昔から、中華街にいって、たまたま加賀町署の前を通ると、「『赤いハンカチ』だ」と思っていました(「神奈川県警加賀町署」のオフィシャル・サイトへ)。

もうなくなってしまったかと思ってグーグル・マップで見たら、昔と同じファサードだったのでビックリしました。でも、よく見ると、建て替えたのだけれど、ファサードは保存した、という東京銀行協会(旧状はわたしのべつのブログに示した)や工業倶楽部などと同じ形でした。

背後に新しい建物ができたので、もはやバックロットは存在せず、わたしの「幻視の愉しみ」はエンド・マークを打たれてしまいました。

加賀町署は中華街に接していて、山下橋ホテルで逮捕された石原裕次郎が連行されるならここしかないという場所にあります。ロケハンのとき、当然、舛田利雄監督もこの警察署のたたずまいに目をとめただろうと思います。いや、映画ではついにファサードが登場しなかったのは、「異次元性」を補強する結果になったので、あれでよかったのだと思いますが。

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◆ 黒澤明のベスト100 ◆◆
そんなものを探していたわけではなく、なにかべつの映画のデータを探していたのですが、たまたま「黒澤明が選んだ映画ベスト100」といったリストにぶつかりました。

娘さんとの対話を文字に起こしたもので、各監督につき一作品という条件がつき、あとから年代順に並べ替えたものだそうです。黒澤明関係のいずれかの本に収録されたもののようで、なにも英語で読まなくてもよさそうなものですが、元になった本をもっていないので、このような迂遠なことになりました!

作品よりも監督自身について語られているものも多く、厳密にベストを選んだというわけではないでしょう。思いついた百人の監督を並べてみた、ぐらいに受け取っておくほうが安全です。

それから、わたしは黒澤明を信奉しているわけではないことも申し上げておきます。好きな映画もあれば、『静かなる決闘』『白痴』『生きる』『素晴らしき日曜日』のように、おおいにへこたれたものもたくさんあり、最後まで見られなかったものすらあります。しかし、それでもなお、このリストは興味深く感じます。

もっとも意外だったのは、38番目に登場する、『足ながおじさん』です。黒澤明は「これはきちんとつくられた映画だよ。ぼくは不器用だから、フレッド・アステアのような人にはまいっちゃうし、なんといってもレスリー・キャロンがいいよね」といっています。

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この映画は、当家でも先日、「Astaire the Drummer その1 『足ながおじさん』」として取り上げています。自分でも取り上げたぐらいだから、嫌いではないのですが、でも、わたしなら『足ながおじさん』はフレッド・アステアの代表作にすら選ばないでしょう。

黒澤明の『足ながおじさん』短評はべつに不賛成ではないのですが、『バンド・ワゴン』や『イースター・パレード』より素晴らしいかというと「はて?」です。

『足ながおじさん』のように他力本願的に幸せになる物語というのは、ひとつのジャンルを成しているといっていいほどで、それはそれでおおいに魅力があるとは思うのですが、この映画のフレッド・アステアのダンスにはすでに昔日の輝きはありません。結局、黒澤明がこの映画のどこに『バンド・ワゴン』にまさる魅力を見いだしたのかはわかりませんでした。

当然、百人のうちに入ってしかるべき監督でも、どの作品を選ぶかという点は興味があります。成瀬巳喜男は『浮雲』、小津安二郎は『晩春』、川島雄三は『幕末太陽伝』というのは諸手を挙げて賛成ですし、山中貞雄は『人情紙風船』ではなく、『丹下左膳余話 百万両の壺』をもってきたところに味がありますが、溝口健二は『西鶴一代女』というところで、そうくるか、でした。

いや、こんなことを書いていたら永遠に終わらないので、今日はこれくらいにしておきます。このリストはまたネタにするかもしれません。それにしても、黒澤明という人は、実作者ではなく、評論家なのかと思うほど、こまめに映画を見ていたのだなあ、と呆れてしまいました。

つぎはハリウッド映画のつもりだったのですが、前回、金子信雄のことを書いていて気が変わりました。またしても日活アクションでいきます。
 

by songsf4s | 2010-01-17 22:43 | 映画