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ロマン・ポランスキー監督『The Ninth Gate』(ザ・ナインス・ゲイト)と隠秘への衝動
 
年初に、今年は映画のほうに力を入れようと思ったのですが、やはり音楽よりずっと手間がかかり、また、予定外の出来事もあって、そちらの記事を書いたりと、なかなか思うようにいきません。

それでも、見る本数は増えていて、これから取り上げるつもりの映画のリストだけはどんどん長くなっています。それを消化するために、またいっぽうで、いつも映画の記事がとてつもなく長くなるのをなんとかしたくもあって、今年は一本の映画に割く紙数(ウェブ上では「バイト数」とでもいっておくのが妥当だろうが)も減らしたいと思っています。具体的には、記事を割らずに、一回で書き終わることが目標です。

週末、ふと、ロマン・ポランスキーの『ザ・ナインス・ゲイト』(配給会社の表記は「ナインスゲート」だが、まったく気にくわない。一単語ではないのだから、区切り記号をつけるべきである。どうせ邦題はアイデンティファイアではない、つまりほんとうの意味でのタイトルではないので、ここでは無視する。正確なタイトルはThe Ninth Gateである)を再見したくなりました。

『ザ・ナインス・ゲイト』予告編


ロマン・ポランスキー、ジョニー・デップ、フランク・ランジェラのコメント


はじめにお断りしておきますが、オカルティズム、なかでもとくにサタニズムを題材とした映画ですし、人はたくさん死にますが、ホラー映画ではないので、流血はごく微量、近年のアクション映画の百分の一にもならないでしょう。むろん、首が転がったり、はらわたが流れ出たりすることもありません。

稀覯書専門のせどり業者、ディーン・コルソー(ジョニー・デップ)は、出版社経営者にして名高い収書家のボリス・ボールカン(フランク・ランジェラ)に呼ばれ、一冊の本を示されます。

コルソーは表紙を一瞥するや、アリスティード・トルキア著「影の王国の九つの門」(The Nine Gates of the Kingdom of Shadows)、1666年(こういうゾロ目というのはしばしば邪悪なものであると考えられている)ヴェニスで刊、異端審問で焚書となり、もはや三冊しか現存しない、現在の所有者はファーガス、ケスラー、テルファーの三人、と即座にいいます。

ボールカンは、そのうち一冊だけが本物だと主張します。そして、彼の手元にあるものはテルファーが所有していた巻で、彼の家族が売ってくれた、そして、テルファーはその翌日に自殺した(アヴァン・タイトルでその自殺が描かれている)といいます。

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ボールカンは「デロメラニコン」(Delomelanicon)という書物を知っているか、と尋ねます。悪魔が書いたと云われる本だろう、伝説にすぎない、というコルソーに、ボールカンは、いや、実在した、トルキアは「デロメラニコン」をもっていた、そして彼の「影の王国の九つの門」に収録された挿絵版画は、「デロメラニコン」から引用したものだ、といいます。

ボールカンは、自分が所有している巻が真正だと信じているが、ポルトガルとフランスに行って、他の二種と厳密に比較し、もしも他の巻が真正だとわかったら、なにがなんでもそれを手に入れて欲しい、とコルソーに依頼します。

かくして、コルソーは探索の旅に出発し、謎と部分的解決と殺人とミステリアスな女に遭遇します。

なにを語るかが重要な映画もありますが、ロマン・ポランスキーはスタイルの人なので、上掲のインタヴューで「雰囲気がなにより重要だ」といっているとおり、この映画の最大の美点は、開巻からエンディングまであるムードで貫かれ、それが終始崩れないことです。

長いので、頭の四分ほどをご覧になっていただければ十分ですが、ポランスキーのいうアトモスフィアとはどういうものかを実例で。英語版クリップは埋め込み不可なので、ドイツ語吹き替えクリップを貼りつけます。

The Ninth Gateドイツ語版パート9


これは、コルソーがパリに行き、ケスラー男爵夫人(バーバラ・ジェフォード)の所有する三冊目の「影の王国の九つの門」を調査するシーンです。

隣の部屋にいる男爵夫人の姿を横移動で捉えるショットと、そのあと、ふたたび同じような横移動で、こんどは男爵夫人の不在を捉えるところは、微妙なキャメラの動かし方に感銘を受けました。

そして、気絶したコルソーが意識を取り戻すと、モーターとなにかがぶつかる音が聞こえ、電動車椅子に坐った男爵夫人のうしろ姿が見え、車椅子の引っかかりがはずれると、一気に燃え上がる隣の部屋に突っ込んでいくところなど、じつにうまい演出で、やっぱり一流の人はちがう、と思わせます。

このシークェンスにかぎらず、『ザ・ナインス・ゲイト』は、全体を通して、セット、色調、撮影、編集、音楽、演技、あらゆるピースがきちんと目的にかなっていて、間然とするところがありません。

とりわけ好きなのは色調とキャメラの動かし方です。上掲クリップでは、ゆっくりとした、かすかな横移動が印象的ですが、映画全体としては、ポイント、ポイントで登場する前方への移動が効果的で、それが雰囲気を決定しているとすら感じます。

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『ザ・ナインス・ゲイト』は、古書にまつわる謎を探求する旅の物語です。キャメラも、前へと、そして、細部へとゆるやかに近づきます。それがわれわれ観客の視線と意識を前方の暗がりへと運んでいきます。

古書を求めてヨーロッパを旅する物語にふさわしく、全体の色調も、革装の古書のように赤茶けているし、音楽もそれにマッチしたサウンドで、ロマン・ポランスキー監督がいう「観客が映画館にいることを忘れるような雰囲気を醸成する」という意図は百パーセント実現されています。

そのサウンドトラックから一曲。ジョニー・デップ演じるディーン・コルソーが、移動している場面などで何度か流れるものです。

The Ninth Gate - 3. Corso


これがもっともポップな曲といっていいでしょう。あとはほとんど古典の風合いの強いオーケストラ曲で、そちらのタイプの曲も、当然ながらキャメラ・ワークや色調、そしてナラティヴ総体によくマッチしています。

ジョニー・デップは、善でもなければ、悪でもなく、この世のノーマルなルールの埒外にあるキャラクターを自然に演じられる俳優ですが(その意味で『パイレーツ・オヴ・カリビアン』の海賊役はよかった)、この映画のディーン・コルソーは、まさしくそのような、正義の味方でもなければ、邪悪な人間でもなく、われわれと同じように欲の皮を突っ張らせながら、同時に、ものごとを探求する心ももち、しかもそのいっぽうで、ルールの埒外にあるキャラクターで、デップの持ち味によく合っています。

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オカルティズムは日本語では「隠秘学」という語をあてます。occultという語の本来の意味が「秘し隠す」だからです。隠されたものを追い求め、明るみに出したい、あるいは密かに実態にふれたいという衝動は、濃度の違いはあっても、われわれのだれもがもっているものでしょう。

『ザ・ナインス・ゲイト』は、サタニズムに関する稀覯書をひとつひとつ調べていくうちに、手がかりが浮かび、そのたびに謎が深まり、人が死に、そして書物が失われてきます。

ジョニー・デップ扮する稀覯書ブローカーが、ビジネスとしてとりかかったはずの探求に、やがて取り憑かれていくように、われわれ観客もゆっくりと対象に近づくキャメラに導かれて、隠秘された謎の深く暗く狭い穴を覗きこむことになります。

そのようにして、われわれを探求という空間に幽閉する、ロマン・ポランスキーの手腕には感銘を受けました。たぶん、隠されたものを暴きたいという欲求は、われわれの心の奥深くから湧きあがるものであり、それが知識の集積としての書物を生んだのでしょう。

書物は「隠蔽」と「暴露」という、一対になった、あるいは相反する概念を同時に体現する「装置」です。そして、映画もまた、なんらかの意味で謎解きです。

映画という謎のなかに、書物という謎を埋め込んだ『ザ・ナインス・ゲイト』は、「隠秘されたもの」を暴露したいというわれわれの本然的欲求についての物語であり、同時に、その暴露欲求がわれわれの心に深く根ざしていることを観客に強く意識させる、じつにミステリアスで魅力的な映画です。


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OST CD
The Ninth Gate
The Ninth Gate
by songsf4s | 2012-01-25 00:01 | 映画