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アンドルーズ・シスターズ正々堂々表門から駆け足簡単入門
 
今日は横浜から鎌倉まで歩いてきました。帰りに入った喫茶店でアンドルーズ・シスターズが流れていたのですが、わが家には彼女たちの曲をほとんど知らない人がいることがわかったので、あと30分で、できるかぎりたくさん、ヒット曲を並べてみます。

ベット・ミドラーのデビュー盤だったか、アンドルーズ・シスターズの曲のカヴァーをやっていて、わたしはそこからこのコーラス・グループに親しむことになりました。この曲です。

The Andrews Sisters - Boogie Woogie Bugle Boy


ベット・ミドラーもけっこうでしたが、元を聴いたら、なんだ、こっちのほうがずっといいや、でした。

アンドルーズ・シスターズの大ヒットでいまも人口に膾炙しているのは、つぎの曲かもしれません。

The Andrews Sisters - Bei mir bist du schon


つぎの曲も、アンドルーズ・シスターズのヒットとは知らなくても、楽曲そのものは知っている、という方がけっこういらっしゃるのではないでしょうか。邦題は「ビヤ樽ポルカ」。

The Andrew Sisters - Beer Barrel Polka


LPの時代、12曲入りのベスト盤を買って、すごい、全部いい曲だ、と思ったのは、ドリフターズとアンドルーズ・シスターズだけでした。すごい曲が目白押しで、1940年代前半はグレン・ミラーとアンドルーズ・シスターズの時代だったといわれるのも当然だと思いました。

なにを選ぶか、エライ騒ぎなのですが、結局、この曲がいちばん好きかもしれません。すごくいい曲というわけではなく、のんびりしたところが、いつ聴いてもグッド・フィーリンを呼び起こしてくれます。

The Andrews Sisters - Rum and Coca Cola


アンドルーズ・シスターズの曲はアップテンポが多いので、こういうのが入っていると、ベスト盤では目立つ、という面もあるかもしれません。

アップテンポのブギー系統では、歌詞の音韻のよさもあって、つぎの曲がベストのような気がします。

The Andrews Sisters - Beat Me Daddy Eight to the Bar


ちょっと目先を変えます。ヒット曲というわけではないのですが、レス・ポール・トリオとの共演ということでこの曲を。

Les Paul Trio with The Andrews Sisters - It's A Pity to Say Goodnight


うーん、ホント、彼女らのハーモニーはなんともいえずいい味があって、聞き惚れてしまいました。

つぎの曲もマイ・フェイヴです。

The Andrews Sisters - Don't Sit Under the Apple Tree


同じくリンゴの出てくる歌ですが、今度はテンポのゆるいバラッド。

The Andrews Sisters - Apple Blossom Time


はや制限時間いっぱい。駆け足のザ・ベスト・オヴ・ザ・ベスト・オヴ・ディ・アンドルーズ・シスターズでした。


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(アンドルーズ・シスターズは再録音がたくさんあって、どれがオリジナルなのか、じつはわたしにはよくわからない。とりあえず、ということで、いちおうベスト盤をおいておく)
アンドルーズ・シスターズ
Very Best of 40 Greatest Hits
Very Best of 40 Greatest Hits
by songsf4s | 2011-12-18 23:58 | その他
What Are You Doing for New Year's Eve? by Les Paul with Dick Haymes
タイトル
What Are You Doing for New Year's Eve
アーティスト
Dick Haymes
ライター
Frank Loesser
収録アルバム
Christmas Wishes
リリース年
194?年
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当家のクリスマス映画特集に手がかかったために、FC2の三つのブログの更新が滞ってしまいましたが、今日は簡単なものながら、三カ所とも更新したので、ご訪問いただければ幸いです。

黄金光音堂 Q&Aソングス その7 I'll Just Walk On By by Margie Singleton
猫町ぶらり 日なた猫
散歩やせんとて 「名残の秋(には遅すぎるが!)」

◆ ディック・ヘイムズ&レス・ポール ◆◆
一昨年のクリスマス・スペシャルのときに、26日以降、どんなことを書いたのかと眺めてみて、What Are You Doing New Year's Eveを取り上げたことを思いだしました(この曲のタイトルは二種類あり、forがあったりなかったりする)。

すっかり忘れていましたが、いい曲なのに、つまらない解釈ばかりで困ったものだ、ちゃんと歌っているヴァージョンを見つけたい、といったことを(例によって行儀悪く)書いていました。そして、女の歌ではない、若い男がちょっとためらいながら歌うといい、などといっています。

さて、二年たって、そういうヴァージョンが見つかったか? 理想的なレンディションとはいえませんが、これならこの曲の解釈としてフェアウェイからはずれていないと感じるものはありました。

サンプル Les Paul with Dick Haymes "What Are You Doing for New Year's Eve"

歌詞の解釈については、一昨年の記事をご覧になっていただきたいのですが、「知り合ったばかりで、こういうことをいうのは早すぎのはわかっているんだよ、でもね」というように、ちょっとテレながら「いっしょに新年を迎えられたらうれしいな」と誘う歌なので、テンポを落としてしみじみ歌うのには向いていません。

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そこのところがわかっていないノータリンな歌い手ばかりで、一昨年はヴェテラン女性シンガーをひとまとめに山姥呼ばわりするほど怒ってしまいました。まあ、シンガーというのは知的人種ではないので、こういうときはプロデューサーやアレンジャーが舵取りをするべきであり、山姥たちに責任をおっかぶせたのは陳謝して撤回します。どのベンチもアホだったのです。

だいたい、女性が歌うと可愛げのない曲になってしまうので、これは断じて世慣れない若い男の歌です。ということで、レス・ポールはあまり活躍しないけれど、ディック・ヘイムズのヴァージョンは、わたしが考えるWhat Are You Doing for New Year's Eveのありように、もっとも近いものだと感じました。

◆ ヘンリー・マンシーニ ◆◆
一昨年は聴いていなかったWhat Are You Doing New Year's Eveとしては、もうひとつ、ヘンリー・マンシーニのヴァージョンがあります。



べつに悪いところはないのですが、さすがはヘンリー・マンシーニ、と感心するほどの出来でもなく、微妙なところです。よくあるパターンなのですが、Auld Lang Syneにつなぐのは、この曲の場合はどうでしょうかねえ。

歌詞は「いま大晦日のことをいうなんて、頭がおかしいと思われちゃうだろうけれど」といっています。ということは、この歌の「現在」からすると、大晦日はかなり先のことなのでしょう。そういう歌に、大晦日を象徴する曲だからといって、Auld Lang Syneをつなげてしまうと、時間感覚が狂ったようで、あまり気持よくありません。

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しかし、ふと思いました。作詞家はこの曲の「現在」をいつごろと想定したのでしょうか。改めて考えると、これは難問です。わたしがアメリカ人の生活感覚を理解していないせいなのでしょうが、そもそも、なぜ大晦日が重要なのかがわかりません。たとえば、サンクス・ギヴィングや、それこそクリスマスではいけないのか、そこで悩んでしまいます。

まあ、サンクス・ギヴィングもクリスマスも家族が集まる行事であって、恋人たち向きではないということでしょうかね。それに対して、大晦日は家族の行事というニュアンスがあまりないのかもしれません。

どのあたりを想定しているかなどということは気にせず、勝手に解釈すればいいのですが、それにしても、どこにすればいいのかわからず、変なところで考え込ませる曲でした!

ディック・ヘイムズ
Christmas Wishes
Christmas Wishes

レス・ポール
Isle of Golden Dreams: The Decca and Capitol Years
Isle of Golden Dreams: The Decca and Capitol Years

ヘンリー・マンシーニ
Greatest Christmas Songs
Greatest Christmas Songs
by songsf4s | 2009-12-27 23:34 | クリスマス・ソング
レス・ポールおよびエリー・グリニッジ・リファレンス

今日は心づもりとしては、黄金光音堂のほうでレス・ポール追悼の5、猫ブログでわが家の茶髪猫の習性(彼女のテーマ・ソングはAll Along the Watchtowerで、おまえはいつも、princess kept a viewだな、と笑っている)、当家でエリー・グリニッジの追悼をやるはずだったのだから大笑いです。しかも、小津映画の残りも「週末には」なんていっているのだから、呆れます。

はっきりいって、ひとつもできませんでした。かわりに、過去の後始末と今後の準備として、久しぶりにサンプルをあげておきました。

レス・ポール・トリオ サンプル1 Melodic Meal
レス・ポール・トリオ サンプル2 Stompin' at the Savoy

以上は、FC2ブログで現在進行中のレス・ポール追悼の参照ファイルです。ギターが好きで、戦後のニュー・レス・ポール・トリオを聴いたことのない方には、ぜひ、とおすすめします。のけぞったり、ひっくり返ったり、七転八倒驚天動地前代未聞プレイの連発です。

8月31日追加

ビング・クロスビー&
レス・ポール It's Been a Long Time


これまたすでに黄金光音堂のレス・ポール追悼で取り上げたトラックです。二人ともシンガーとして、ギター・プレイヤーとして、おそるべきテクニックの持ち主ですが、この曲はテクニックのショウケースではなく、しみじみとしてしまうタイプです。いや、スロウな曲をやっても、やっぱり、うまさがにじみ出てしまいますが。

以上は復習、つづいて予習。エリー・グリニッジ関連です。いずれ記事のなかでまた持ち出すので、いま焦って聴くことはございませんがね。

エリー・グリニッジ(とジェフ・バリー)作 レスリー・ゴア歌 サンプル1
 Maybe I Know
エリー・グリニッジ(とジェフ・バリー)作 レスリー・ゴア歌 サンプル2
 The Look of Love (original)
エリー・グリニッジ(とジェフ・バリー)作 レスリー・ゴア歌 サンプル3
 The Look of Love (overdubbed Christmas mix)

と書いてから、Box.netではなく、Mediafireのほうにアップロードしたことに気づきました。なんたるマヌケ! 時間がないのでこのままにします。Mediafireはストリーミング不可なので、DLしてください。

つづいて、こんどはほんとうにBox.netのほうなので、ストリーミングで、というのがお約束です。

バタフライズのGoodnight Baby
エリー・グリニッジのGoodnight BabyとBaby I Love Youのセルフ・カヴァー
エリー・グリニッジのYou Don't Know
レインドロップスのThe Kind of Boy You Can't Forget

エリー・グリニッジ追悼記事の腹案はまったくないのですが、Be My Babyのカヴァーは、うちにあるものを聴くかぎり、エリー自身のセルフ・カヴァーを含め、まじりっけなしの純粋ゴミばかりなので(しいていうと、サーチャーズ盤だけは、割るほどはひどくないが、一生聴かなくてもまったく差し支えない程度にはひどい。アンディー・キムに至っては、「いまからでも遅くない、あのドラマーを殺しに行こう」と思い立ったが吉日になってしまう)、そっちにいくのは不可、じゃあ、どこへいくか、となると、レスリー・ゴアやジェリービーンズやバタフライズなんてあたりが浮上してくるわけですな。ジェリービーンズですぜ。Do you follow me?

いやまあ、書かないうちに書いたようなことをいうのは大間違いのコンコンチキで、いざとなったら、マイ・ベイビー・ダーズ・ア・ハンキーパンキーなんて歌っているかもしれませんが、その線はまずないでしょう。そっちの方面なら、Doo Wah Diddy-Diddyのほうが百万倍好きです。

以上、予告予告でごまかしの日々かな、あな哀し。まるで選挙宣伝のごとき実質の欠如に慚愧でありまする。政治屋と同じレベルにまで墜ちたら、もう人間としてどん底なので、なんとか公約の一部でも守れるようにしようと思っています。とりあえず、レス・ポールを結末までもっていかないとなあ!
by songsf4s | 2009-08-28 23:54 | 追悼
How High the Moon by Les Paul with Mary Ford
タイトル
How High the Moon
アーティスト
Les Paul with Mary Ford
ライター
lyrics by Nancy Hamilton, music by Morgan Lewis
収録アルバム
The Best of the Capitol Masters
リリース年
1951年
他のヴァージョン
Chris Montez, Joe Pass, Mary Lou Williams, Dave Brubeck Quartet, Harry James, June Christy, Marvin Gaye, MJQ, Ray Anthony, Stan Kenton, Carlie Parker, Chet Baker, Art Tatum, Sara Vaughn, Gloria Gaynor, 3 Na Bossa
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月の歌をとりあげる以上、これは外せないだろうという曲がいくつかありますが、今夜のHow High the Moonも、It's Only a Paper Moonと同等に、あるいはそれ以上に重要な曲でしょう。

なんでこんなにたくさん、と思うほどヴァージョンがありますが、今回はまったく迷いなく、レス・ポール&メアリー・フォード盤が看板と決めました。いや、このヴァージョンがなければ、この曲はオミットしたでしょう。一生に何度か、聴いた瞬間にひっくり返ってしまったトラックというのがありますが、その意味で、このレス・ポールのHow High the Moonは、三本指に入る驚愕の音楽でした。あとの有象無象ヴァージョンは付け足りですが、できるだけ多くに言及するつもりでいます。

◆ 月がなければ闇夜、動詞がなければ無意味 ◆◆
これから歌詞を見ていきますが、はじめにお断りしておきます。

まず、古い曲なので、例によってさまざまなヴァリエーションがあり、エラ・フィッツジェラルドのように、適当な歌詞をその場でつくって歌っている人までいます。ここでは、いうまでもなく、看板に立てたレス・ポール&メアリー・フォード盤にしたがいます。

つぎに、わたしはこの歌詞がさっぱり理解できません。レス・ポールのプレイはじつによくわかりますが、歌詞はおかしなところがあって、明快に意味をとることができません。歌詞は音として聴いているだけで、意味は気にしてもしかたないと、ずいぶん前から投げています。

Somewhere there's music
How faint the tune
Somewhere there's heaven
How high the moon
There is no moon above
When love is far away too
Till it comes true
That you love me as I love you

f0147840_3415423.jpgそもそも、動詞が抜けているから、解釈のしようがなく、また、動詞を補うにしても、どこに補うかで意味が変わるのだから、じつにもって始末が悪いのです。つまり、「How high is the moon?」なのか「How high the moon is」なのか、ということです。だれのヴァージョンだったか、「How high is the moon?」と、isを補って、疑問文にしているものがありました。わたしもそちらにくみしますが、それが正しいという保証はありません。

「どこかで音楽が鳴っている、なんてかすかな音だろう、どこかに天国がある、月はどこまで昇っただろうか、愛する人が遠くにいれば月も見えない、それが実現するまでは、わたしがあなたを愛しているように、あなたもわたしを愛している」

最後の2行は、読んでいるみなさん同様、書いているわたしも、なんのこっちゃ、と呆れています。学校で英語を勉強したふつうの日本人としては、「このthatはいったいどこから出てきたんだ、説明しろ」といいたくなります。複文の2つの部分が、無意味に接続されているのです。ぜんぜんわからないから、「知ったことか!」と大声で叫んでおき、このヴァースは投げます。

◆ 生きているのやら、死んでいるのやら ◆◆

Somewhere there's music
How near, how far
Somewhere there's heaven
It's where you are
The darkest night would shine
If you would come to me soon
Until you will, how still my heart
How high the moon

「どこかで音楽が鳴っている、近いのやら、遠いのやら、どこかに天国がある、そこはあなたがいる場所、あなたがすぐにやってきてくれれば、漆黒の夜も明るく輝くだろう、それまでは、わたしの心は沈黙する、月はどれほど昇っただろう」

f0147840_3433697.jpgといったあたりでしょうか。わからないのは、まず、天国があなたのいる場所だ、というところです。死者に語りかけているというようにも受け取れます。それとも、「あなた」というのは「月」のことなのでしょうか。

ついでに、heartがstillだというのは、心臓が止まっている、と解釈することも可能ですが、それではまるでボビー・“ボリス”・ピケット&ザ・クリプト・キッカーズのお笑い怪奇ソングになってしまいますねえ。

サード・ヴァースもありますが、これまでの2つのヴァリエーションにすぎず、独立したヴァースではないので、解釈はしません。

Somewhere there's music
How faint the tune
Somewhere there's heaven
How high the moon
The darkest night would shine
If you would come to me soon
Until you will, how still my heart
How high the moon


◆ 驚愕の先進性 ◆◆
歌詞はなんだかよくわかりませんが、レス・ポールのギター・プレイは、大昔の人がやろうとしたことが、こんなに隅々までよくわかっていいものだろうか、というくらいに明瞭です。あまりにもよくわかりすぎて、はじめて聴いたときはビックリ仰天しました。あと半歩でロック・ギターです。軽く15年は先取りしていた勘定になります。

f0147840_3454791.jpgそもそも、歌のあいだに長くて派手なギター・ソロを挟む、という考え方がこの時代にあったのでしょうか。わたしの知るかぎり、そんなものはありません。仮定の話ですが、たとえレス・ポールが下手だったとしても、こういう構成をとったことだけで、きわめて先進的で、60年代後半のロック・バンドがやったことを、すでに50年代はじめにやっていたことになります。

レス・ポールは歌わないので、ヴォーカルとギターという変則的なデュオだから、両方にスポットを当てなければならないという、このデュオの特殊事情から導きだされたにすぎないスタイルなのでしょうが、背後の事情がどうであれ、形式として、未来を先取りしていたことに変わりはありません。

f0147840_3472243.jpgそしてまた、ギターのサウンドといい、スタイルといい、とても1951年録音のものとは思えません。60年代後半に、いわゆる「ギター・ヒーロー」たちが多用するイディオムが、すでに使われているのです。

ギターのサウンドそのものも、ストレートなトーンではありません。彼自身が開発したディレイ・マシンが使われているのです。アタッチメントの多用という60年代後半のトレンドがここでもまた先取りされています。太陽の下、新しいものなどないのだ、すべては焼き直しなのだ、というペシミズムに賛成したくなるほどの、じつにもって、なんともけしからんレスターおじさんの先進性です。

この時代にはおそらく弦はレギュラー・ゲージです。そんなもん、見たこともさわったこともないだろうが>メタル小僧ども。無茶苦茶な太さと張力で、Fを押さえただけでも息切れがしちゃうのですよ。わたしらオールド・タイマーは、子どものときにちゃんとそういう太い弦を経験しているのでわかりますが、そういうもので、そして、あのアップ・テンポのアレンジで、速いパッセージを弾きまくり、あろうことか、ベンドまで連発しているレス・ポールはとんでもない人です。ジミヘンがアコースティック12弦でダブル・チョークをやったのを見たときもひっくり返りましたが、レス・ポールもたいした腕力です。風が吹いただけでも音が鳴ってしまうような、いまどきのフニャフニャ弦を弾いている小僧どもにはぜったいにわからない、超絶プレイです。

ちなみに、ソロに使ったギターは、レス・ポール自身が細工した改造エピフォンだそうです。まだ、ギブソン・レス・ポールはできていなかったのです。

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たいした知識はないのですが、たとえば、チャーリー・クリスチャンとか、タル・ファーロウといった、いくぶん時代が近い人たちのプレイを思い浮かべても、レス・ポールはまったくのエイリアンです。クリスチャンもファーロウも、われわれが「昔のジャズ・ギター」といったときにイメージするプレイ・スタイルのスペクトルに、ちんまり収まっています。でも、レス・ポールはひとり一ジャンル、まったく桁外れです。クリスチャン、ファーロウは、「歴史のお勉強」という感じで、ふむふむ、なるほど、昔はそういう風にやっていたのね、という感じで収まりかえって聴きましたが、レス・ポールは椅子から飛び上がり、ベッドから転げ落ち、「ウッソー! そんなのありかよ!」と叫んじゃいました。

◆ 元祖ハード・ドライヴィング・グルーヴ ◆◆
いや、音楽なのだからして、トータルとしてのサウンドも重要です。ここがまたレス・ポールのすごいところで、サウンド的にも「明日の音を今日に」(フィル・スペクターの会社のキャッチフレーズ)の人です。

f0147840_3521892.jpgレス・ポールがこの曲をリリースしようとしたとき、キャピトルの担当者は反対したそうです。すでに75種類ものヴァージョンがあり、どれもヒットしなかった、そもそも歌詞が意味を成していない(それはそのとおり! 会社の人間もたまには正しいことをいう)といったのだそうです。しかし、レス・ポールはいつもの調子で、そんなくだらないことは忘れろ、俺のはイントロからもうヒット間違いなし、靴のなかでタップしたくなり、曲が終わる前に疲れ果てるほどのリズムなんだ、と主張したそうです。

いや、じっさい、たいしたロッキン・ビートです。たんに8ビートを使っていないだけで、ベニー・グッドマンのいくつかのトラックのように、ものすごいドライヴのしかたをするグルーヴで、その点でもベッドから転げ落ちました。

f0147840_354683.jpgさらにレス・ポールがすごいのは、トラックはすべて自分でオーヴァーダブしたということです。ギタリストだけがエイリアンで、ひとりで未来にぶっ飛んでしまい、まわりが1951年にへばりついていると、非常にまずい事態になりかねないのですが、「まわり」も自分でやっているのだから、安心です。じっさい、うまくはないのですが、ベース・ラインの作り方はやはり先進的です。プロデューサーが目指しているものを百パーセント理解したプレイです。

というわけで、エミット・ローズ、トッド・ラングレン、アンドルー・ゴールドたちは、あ、それからポール・マッカトニーも、それとわからないほど時間がたってから、無自覚にレス・ポールの後塵を拝してしまったわけです。ほんとうにエイリアンだったのだと思います。ふつう、これほど全部まとめてなにもかも未来の先取り、なんてことはできるもんじゃありません。

レス・ポール盤How High the Moon(ホラ吹きおじさんレス・ポールのいうところの「76番目のヴァージョン」)は、9週間にわたってビルボード・チャートのナンバーワンの座を維持したそうですが、それくらいのことは当然でしょう。実験的、未来的サウンドが、同時に非常にポップなものになり、おおいに売れる結果になったということでは、ビートルズのStrawberry Fields Foreverや、ブライアン・ウィルソンのGood Vibrationsの先祖でもあったのです。

◆ ロイド・デイヴィスの右手 ◆◆
これだけぶっ飛んだ盤のまえでは、どんな名演名唱も、地べたを這う虫にすぎません。がしかし、まあ、せっかく集めたのだから、ちょっとつきあってみましょう。数だけはうんざりするほどあるんです。

有象無象のなかでは、デイヴ・ブルーベック盤が気に入りました。いや、デイヴ・ブルーベックにも、ポール・デズモンドにも、わたしは興味がないし、じっさい、この曲の二人のインプロヴも、ただただ長ったらしくて退屈なだけですが、お立ち会い、ドラムがいいのです。ライド・シンバルの刻みを聴いているだけで、9分間があっという間に終わりました。

f0147840_355630.jpgこのドラマー、ロイド・デイヴィスという人ですが、ぜんぜん有名じゃないですねえ。これだけ素晴らしいライドの刻みができるドラマーが絶賛されなかったのだとしたら、ジャズ・プレイヤーとジャズ・ファンのタイム感に問題がある、または、より穏当な言い方をすると、彼らはわたしのような老いたるロック小僧とは異なる時間、勝手な解釈の時間を生きているのでしょう。

マックス・ローチをはじめて聴いたとき、ひっでえタイムだな、チャーリー・ワッツかよ、と思いましたが、ジャズというのは、タイムの正確性、グルーヴのよさなど気にしないのでしょう。ロック小僧的感覚でいうと、このロイド・デイヴィスの右手はジム・ゴードンのつぎのつぎのつぎのつぎぐらいにはうまいと感じます。これがものすごい絶賛だということが、ジャズ・ファンには理解できないでしょうけれどね。

もちろん、ジム・ゴードンのほうが素晴らしい右手をしているし、絶好調時の彼は左手も正確で美しいビートを連打します。ロイド・デイヴィスも、サイドスティックはなかなかきれいで、これもジム・ゴードンのつぎのつぎぐらいのうまさだと感じました。そもそも、うまい人は、サイドスティックのサウンド自体がきれいな響きになるものでして、ロイド・デイヴィスはジム・ゴードンのようにきれいな響きをつくっています。なかなか快感のグルーヴ。

◆ パス、ケントン、アンソニー、ジェイムズ、MJQ ◆◆
f0147840_356049.jpgつぎは、一転して、アンプラグドしたジョー・パスのソロ・プレイ。エレクトリックで何枚か聴いていますが、今回、はじめてアコースティックのプレイを聴いて、この人はアンプラグドしたほうがずっといいと感じました。やっぱり、無茶苦茶にうまいですねえ。

f0147840_3564094.jpgスタン・ケントンはアンサンブルで聴かせる人なので、わたしのようなジャズ嫌いのポップ・ファンも楽しめる、襟を正したアレンジになっています。ジャズ・プレイヤーの強制猥褻陰部露出ではなく、華麗な衣装をまとった美しい「サウンド」です。彼のHow High the Moonはヒットしたそうですが、当然でしょう。でも、あんまりHow High the Moonっぽくないメロディー・ラインです。

f0147840_3575739.jpgレイ・アンソニーも、さすがに人気者、楽しいサウンドになっています。ドラムも悪くないグルーヴですし、レイ・アンソニーのソロも、ピッチがいいので(といっても、アル・ハートのような、「超」がつくほどの正確なピッチではないですが。どうして、ジャズ・トランペッターというのはピッチの悪い人が多いのでしょうか。高音部でフラットしないプレイヤーはめったにいないという印象です)不愉快になりません。なによりも短いのがいい! 基本的にはダンス・バンドなのでしょうね。それも一流の。

f0147840_3585659.jpgつぎはハリー・ジェイムズでしょうか。ビッグ・バンドですから、モダン・ジャズのコンボのように、長ったらしいソロ廻しで退屈することはありません。他のヴァージョンよりテンポが遅く、なかなかムードがあって、伊達男ハリー・ジェイムズにふさわしいと感じます。ヴォーカルの名前がわかりませんが、なかなかけっこうな歌いっぷりです。

f0147840_3595818.jpgMJQは今回集めたもののなかでもっともスロウにはじまります。これじゃあ眠るなあと思っていたら、ちゃんと後半はテンポを速くしています。ムードはあります。でも、6分は長すぎ。

ピアノはわからないので、若きアート・テイタムのプレイは、いいんだか悪いんだかよくわかりませんでした。うまいのでしょうけれど、So what?でした。手が素早く動いていますねえ、目にもとまらぬ早業、一着でゴール。だから、なんだよ? 一着でゴールすることが音楽の目的か?

◆ ヴォーカルもの ◆◆
ジューン・クリスティーは、声がいいので、それだけでそこそこ聴けますが、バックの管のアレンジもなかなかゴージャスで、楽しめます。ドラムはスネアのチューニングが低すぎるし、フィルインでときおり突っ込みますが、昔の人としてはまずまずのタイムでしょう。ただし、ベースとズレています。たぶん、責任はベースのほうにあるのでしょう。

サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルドは、基本的に歌および音楽を勘違いしていると思います。不快以外のなにものでもありませんでした。

f0147840_421268.jpgこれにくらべたら、フワフワととらえどころのないクリス・モンテイズの歌のほうがずっと楽しめます。モンテイズはもともとガチガチのロックンローラーだったのが、A&Mなどという会社に入ったばかりに、生まれもつかぬオカマ声のオカマ・スタイルで歌わされるハメになったわけですが、それがポップの世界、お客さんが喜びそうな方向にねじ曲げちゃうのです。それだけでも、サラ・ヴォーンやエラ・フィッツジェラルドなんかより、ずっと上等な音楽だということがわかります。ドラムは例によってハル・ブレイン。

f0147840_475043.jpgマーヴィン・ゲイ盤は、声の若さというのは格別だなあ、と思わせるものです。まだ歌がうまくないぶん、声のよさが際だっています。これだけの美声があったから、後年の成功があったのでしょう。長生きしたら、またこういう方面に回帰したかもしれません。年をとったマーヴィン・ゲイのスタンダード・アルバムなんて、ちょっと聴いてみたかったな、と思います。

まだ、いくつかヴァージョンが残っていますが、もういいでしょう。残る人生のあいだ、How High the Moonはもう二度と聴かなくていい、という気分になりました。

◆ またブロードウェイ ◆◆
この曲もまた、まったくもー、いやになるほどまた、ブロードウェイ起源だそうですが、その手のことを調べるのはゲップが出るほどやったので、今回は省略させていただきます。レス・ポール盤のすごさのまえでは、楽曲なんかどうだっていいや、です。わけのわからない歌詞を解釈するハメになったので、作詞家の顔を見てやりたいような気もしなくはありませんが、もう疲労困憊、限界です。
by songsf4s | 2007-09-27 23:56 | Harvest Moonの歌
Vaya Con Dios by ナンシー梅木
タイトル
Vaya Con Dios
アーティスト
ナンシー梅木
ライター
Larry Russel, Inez James, Buddy Pepper
収録アルバム
アーリー・デイズ1950-1954
リリース年
未詳(オリジナルは1953年)
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コメントでtonieさんがお書きになっているように、日本ではナンシー梅木の芸名で、そしてアメリカではMiyoshi Umekiとして活躍された梅木美代志さんが、去る8月28日、ミズーリ州リッキングで亡くなられました。享年七十八。息子さんによれば、ガンの合併症が原因だったそうです。

f0147840_0351937.jpg日本の新聞は外電そのままの簡単な記事を掲載しているだけですが、わたしが見たニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、シカゴ・トリビューンは、彼女のストーリーをきちんと書いています。どこで活躍したにせよ、どこで亡くなったにせよ、彼女は日本人なのですが。

直接にアメリカの各紙の記事を訳出しかけたのですが、トラブルは避けたいので、記事をもとに彼女のキャリアを以下にまとめます。この「小伝」では、わずらわしいので、「です」「ます」ではなく、「だ」「である」にします。また、内容はわたしの知見にもとづくものではないので、そのつもりでどうぞ。

◆ ナンシー梅木小伝 ◆◆
梅木美代志は、鉄工所経営者の娘、九人兄妹の末っ子として、1929(昭和4)年5月8日に、小樽に生まれた。子どものころはラジオから流れてくる歌舞伎とアメリカのポップ・ミュージックが好きだったが、両親がアメリカの音楽を嫌ったため、布団にもぐって、頭からバケツをかぶって歌の練習をした。

終戦後、小樽駐屯地のクラブで、一晩に90セントのギャラでGIのバンドの歌手として歌うようになった。ラジオから流れてくるダイナ・ショア、ペギー・リー、ドリス・デイなどのアメリカの歌手の影響を受けたという。

やがてナンシー梅木の芸名でラジオやテレビに出演するようになり、日本RCA(とあるが、現在の日本ビクターか?)と契約し、アメリカン・ポップ・スタンダードを録音した。1955年、あるタレント・スカウトの目にとまり、彼女はニューヨークにむかった。まもなく、マーキュリー・レコードと契約を結び、さらにテレビにも出演するようになった。そうした番組のひとつ、「アーサー・ゴドフリー・ショウ」を見たジョシュア・ローガン監督が、彼女を次作の『サヨナラ』に起用し、アカデミー助演女優賞の獲得につながる。

f0147840_032779.jpg1958年12月、ロジャーズ&ハマースタインのブロードウェイ・ミュージカル『フラワー・ドラム・ソング』に、パット・スズキとともに主演に起用された。このミュージカルは2年にわたって上演され、59年にはこの演技によって梅木はトニー賞最優秀女優賞にノミネートされた。

「タイム」誌は、「彼女の温かみのある演技は、魔術的な鎮静作用ともいうべきものを生み、劇場全体をリラックスさせる」と伝えている。

61年にこのミュージカルが映画化されたときも梅木は主演した。映画出演としては、ほかに『Cry for Happy』(61年、共演グレン・フォード)、『The Horizontal Lieutenant』(62年、共演ジム・ハットン)『A Girl Named Tamiko』(63年、共演ローレンス・ハーヴィー)などがある。

f0147840_0373748.jpgテレビ出演としては、シテュエイション・コメディー『The Courtship of Eddie’s Father』(ビル・ビグスビー主演)がもっともよく知られていて、これは1969年から72年までつづいた。また「ドナ・リード・ショウ」「ドクター・キルデア」「ローハイド」「ミスター・エド」をはじめ、多数の番組にゲスト出演している。『The Courtship of Eddie’s Father』の終了とともに、梅木はショウ・ビジネスから引退した。

テレビ局重役だったフレデリック・オーピーとの結婚は長くつづかず、68年、ドキュメンタリーのプロデューサー兼監督のランダル・フッドと再婚したが、76年には死別した。梅木はノース・ハリウッドで映画編集機材レンタルと大学向け映画プログラム企画のビジネスをしていたが、5年ほど前に引退して、ミズーリに移った。

長男のマイケル・フッド氏によれば、彼女は芸能界でのキャリアを語ることを好まなかったという。彼女が息子の前で見せた過去の片鱗は、死の四カ月ほどまえ、孫に日本の歌を教えたときのことだけだった。

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以上で「小伝」を終わります。各紙は『サヨナラ』の内容をかなりくわしく伝えていますが、その点はすべて省略しました。直接に映画を見ることもできますし、この映画の梗概については日本語の文章がたくさんあるので、そちらを参照なさるか、または、わたしが利用した新聞記事をご覧ください。

◆ ヴァイア・コン・ディオス ◆◆
以上で今夜の更新の目的は果たしたのですが、せっかくなので、彼女の残したカタログから一曲、選んでみました。このアルバムのなかでいちばん出来がよいという意味ではなく、最後の歌として、これがいいのではないかと考えただけです。「あなたとともに神がましますように」というタイトルが理由です。

オリジナルかどうかはべつとして、最初にこの曲をヒットさせたのはレス・ポールとメアリー・フォードのコンビで、1953年夏にビルボード・チャート・トッパーになっています。ナンシー梅木盤は、レス・ポール=メアリー・フォード盤の直後の録音と考えられます。

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『サヨナラ』のスティル 左からジェイムズ・ガーナー、マーロン・ブランド、レッド・バトンズ、梅木美代志

ナンシー梅木盤Vaya Con Diosの歌詞は、レス・ポール=メアリー・フォード盤とは構成も内容もいくぶん異なり、セカンド・ヴァースを飛ばしてサード・ヴァースにつなげ、日本語詞のサード・ヴァースとブリッジを入れる余裕をつくっています。

おそらくは南米のどこかの田舎町が舞台で、恋人または夫と遠く離れている女性の独白という形式をとった歌です。すこし歌詞を見てみましょう。ファースト・ヴァースとコーラス。

Now the hacienda's dark
The town is sleeping
Now the time has come to part
The time for weeping

Vaya con Dios my darling
May God be with you my love

農園は暗くなり、町は眠りについた、別れの時、涙の時がきた、ヴァイア・コン・ディオス・マイ・ダーリン、神があなたとましますように、といった意味でしょう。スペイン語はわからないのですが(突っ込みお待ちしていますよ>nk24mdstさん)、vaya con diosをそのまま英訳すると、go with godとなるそうで、旅路にある愛しい人のために祈っているのでしょう。

ナンシー梅木盤では、以下の日本語のブリッジとヴァースが加えられています。

楽しい夢 想い出よ 二人だけの喜び
忘れないであの夜を いまごろはどこにいるのだろう

お休みなさい恋人よ 街の灯も消えました
今宵また夢でお話ししましょ

◆ シンガーは死して歌声を遺す ◆◆
急いで音源だけを手に入れたので、データがわからないのですが、ナンシー梅木盤は、コーラス部分や後半のヴァースなどをデュエットで歌っています。これがなかなか素晴らしい響きなのです。ナンシー梅木自身のダブル・トラックのように聞こえますが、だとしたら、日本ではずいぶん早い時点でこの手法を試みたことになるでしょう。しかし、日本の音楽をよく知っているわけではないので、なんともいえません。いずれ、知識が追いついたときには訂正する可能性もあります。

f0147840_0543724.jpgアルバム全体を通して、Ice Candyの素晴らしい印象を裏切るものではなく、もっと早く聴くべきだったと後悔しています。しかし、当ブログで彼女の歌うIce Candyをとりあげたおかげで、とにもかくにも、彼女の他の録音にたどり着くことができたので、それでよしとします。なにもしないよりは、遅れてもなにかするほうがまし、という歌もあるくらいですから。20世紀以降のパフォーマーは、こうしてメディアのなかになにかを遺し、後世に伝えられるのは、パフォーマー自身にとっても、われわれにとっても幸運なことなのだと改めて思いました。

梅木美代志さんのご冥福をお祈りします。


◆ 補足(2007年9月8日) ◆◆
Vaya Con Diosについて、その後、いくつかのことがわかったので、補足しておきます。

まず、tonieさんからいただいた、「アーリー・デイズ」のライナーの記載について。ナンシー梅木は、1950年3月4日の初録音以来、日本ビクターに25曲を録音し、Vaya Con Diosは、53年11月録音、翌年2月のリリースとのことです。また、レス・ポール=メアリー・フォードのスタイルを参考に、ナンシー梅木自身によるダブル・トラック・レコーディングをおこなったそうです。レス・ポールの発明は、意外に早い段階で日本でも取り入れられたことを確認できました。

レス・ポールが最初に多重録音をおこなったのは1947年のLoverのことで、これはインストゥルメンタルでした。ヴォーカルでダブル・トラッキングを最初におこなったのはパティー・ペイジと思われ、曲はTennessee Waltzでした(1950年?)。レス・ポールは、どうやら自分の発明を盗まれたように感じたらしく、すぐにメアリー・フォードのヴォーカルも入れて、Tennessee Waltzをリリースしています。

1953年のVaya Con Diosについては長いストーリーがあります。ナンシー梅木盤の誕生にもいくぶん関係があるので、しばらくご辛抱を。

レス・ポールは1953年春にこの曲のアニタ・オデイ盤を聴き、即座にレコーディングすることを決めます。しかし、キャピトルはすでに彼らのつぎのシングルとして、I'm a Fool to Careを50万枚プレス済みで(レス・ポールというのはかなり話し好きな人らしく、ジョーク連発のあいだに挟まって出てくる数字ですから、話半分、あるいはそれ以下に受け取っておくほうが安全です)、これが障碍になりました。

レス・ポールは「そんなものはトイレに流すか、地下室に放り込んでしまえ」といったそうです。自分が録音したものなのですが! いや、そもそも、この盤はのちにリリースされているので、トイレには流さず(詰まっちゃいます!)、一時的に地下室に放り込んだだけだったようです。

キャピトルの担当者はすぐにVaya Con Diosを見つけ、折り返しレス・ポールに電話して、「これはひどい代物じゃないか」といったところ、レス・ポールは「ひどい代物だったんだ。歌詞を変えたんだよ。ずっとよくなっている」と言い返しました。あれこれやりとりがあって、「つぎのシングルをVaya Con Diosにしないなら、今後、わたしから手に入るのはリズム・トラックだけになるぞ」というレス・ポールの「脅迫」に、会社側が屈する形になりました。

つい長々と書いてしまいましたが、このエピソードをご紹介したのは、彼が「歌詞を変えた」といっているからです。レス・ポールは以下のように説明しています。

「なぜ歌詞を変えたかというと、May god be with you, my darling, may god be with you, my loveというところが、ぴったりはまって聞こえなかったからだ。Vaya con Dios, my darling, may god be with you, my loveと歌ったほうがはるかにいい。みんな、これはどういう意味だろう、と首をひねるにちがいない。あるいは、ディスクジョッキーが番組のなかで説明できるように、意味を印刷して配ってもいい。どちらにしろ、だれもが「いったい、これはどういう意味だ?」と思うに決まっている。大ヒットまちがいなしさ」

まったく仰せのとおり。こういう鋭敏さがなければ、彼のヒット連発はなかったにちがいありません。しかし、Vaya Con Diosの出足は遅れたそうです。B面のほうが先にヒットしてしまったからです。たしかに、そちらの曲も「キラー」だから、無理もありません。B面はI Really Don't Want to Know、すなわち、日本でもさまざまなカヴァーが生まれた「知りたくないの」だったのです。

刺身のつまのはずだったレス・ポールの話が長くなりましたが、これで、ナンシー梅木盤がどのヴァージョンをもとにしたかがわかりました。アニタ・オデイ盤ではなく、レス・ポール=メアリー・フォード盤です。コーラスの歌詞が同じだからです。

以上、ナンシー梅木については「アーリー・デイズ」のライナー、レス・ポールについてはThe Best of Capitol Mastesのライナーを参照しました。tonieさん、ご協力ありがとうございます。

(わたしと同じように、そういうことに関心を抱く人もいるかもしれないので付け加えておきます。Vaya Con Diosでは、ギブソンが最初につくったレス・ポール・モデルのゴールド・アーチトップのプロトタイプを使ったそうです。のちにメイン・ギターとなるブラック・アーチ・トップはまだ届いていなかった、といっています。)
by songsf4s | 2007-09-07 23:56 | 追悼
In the Good Old Summertime by Les Paul with Mary Ford その2
タイトル
In the Good Old Summertime
アーティスト
Les Paul with Mary Ford
ライター
Ren Shields, George Evans
収録アルバム
The Best of the Capitol Masters
リリース年
1950年
他のヴァージョン
Nat 'King' Cole
 
 
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「In the Good Old Summertime
by Les Paul with Mary Ford その1」
よりつづく)

◆ 発明家的サウンド・メーカー ◆◆
現代のアマチュア・ギタリストの多くは、レス・ポールというと、人物ではなく、ギブソンのギターを思い浮かべるでしょう。こんなギターです。

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レス・ポールのプロトタイプを弾くレス・ポール
それでもかまわないのですが、このギターを開発した人がどういうキャリアをもつかを知ると、ギブソン・レス・ポール・モデルというギターがなにを目標にして開発されたかもわかってきます。ここではくわしくふれる余裕はないので、興味がある方は、この記事などをご覧になってみてください。

ウェブは信用できない、という方には、こういう本もあります。

f0147840_20232354.jpgこれは「A History of Record Production」という副題にあるとおり、レコーディング技術の歴史を説いた本で、ほかに類書を知りません。そういう本の第1章がレス・ポールに当てられているところに、このギタリストのべつの側面が明瞭にあらわれています。そのべつの側面をすべて省略するわけにもいかないので、できるだけ手短に。

1947年、レス・ポールはラッカー盤(1回だけ録音可能なディスク)を使って30回におよぶ多重録音をおこない、Loverという曲を生み出しました。たんに複数のギター、ベース、ドラムを重ねただけでなく、みずから開発した可変速のカッティング・レイズ(ディスク・カッター)を使ってギターをスピードアップしたり、やはり自分で開発したディレイ・マシンで、ギターにイフェクトをかけたりしました。ギターのイフェクトというのも、レス・ポールの発明のひとつです。そのあたりのことは、上記ページや、上述のMark Cunningham著「Good Vibrations」という本にくわしく書かれています。

これがパティー・ペイジ、または彼女のプロデューサーかマネージメントを刺激し、ビル・パトナムの力を借りた、多重録音によるWith My Eyes Wide Open I'm Dreamingの録音となり、その直後にTennessee Waltzの大ヒットが生まれる、という順序です。

◆ 先進的ギター・プレイ ◆◆
パティー・ペイジのTennessee Waltzと同じ年にリリースされた、このレス・ポールとメアリー・フォードのIn the Good Old Summertimeは、これ以前のHow High the MoonやThe World Is Waiting for the Sunriseのような、この夫婦デュオの大ヒット曲に準じるアレンジで、多重録音どうこうということはうしろに引っ込み、レス・ポールのプレイに引き込まれます。

とにかく、古さを感じないことに驚きましたし、いま聴き直してもやはり、すごいなあ、と思います。後年、ロック・ギタリストが使うイディオムのいくつかは、すでにこの時代にレス・ポールがやっています。ギター・リックに著作権があれば、レス・ポールは60年代に巨万の富を築いたはずです。たとえば、ジェイムズ・バートンのトレードマーク「チッキン・ピッキン」の原型もレス・ポールが示しています。もっと一般的なベンディング(チョーキング)にしても、太い弦の時代なのに、けっこう繰り出しています。痛いだろうなあ、と怖気をふるいますが!

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ホーム・スタジオのレス・ポール。右手前に、ビング・クロスビーがプレゼントしたというアンペクスのテープ・マシンが見える。

聴く前は、レス・ポールというのはジャズ・ギターの人と思いこんでいたのですが、とうていそんな狭い枠組みには収まりません。ふつうのジャズ・ギタリストとレス・ポールが決定的にちがうのは、明るさ、派手さ、です。チッキン・ピッキンなんて、ジャズ・ギタリストは低俗なものと忌避するでしょうし、ベンドや強いヴィブラートやスライド・ダウンも同じでしょう。とりわけ、ディレイなどのイフェクトをかけた音色は、昔のジャズ・ギタリストには我慢ならなかったでしょう。レス・ポールは「格調」などという幻想にはまったく拘泥していません。派手に「弾き倒し」ています。ロック・ギターの発明者がいるとしたら、わたしはレス・ポールだと思います。

リズムは2ビート系だったり、ワルツ・タイムだったり、ものすごく速い4ビートだったりで、けっして「ストレート8フィール」など出てきませんが、フレージング、イントネーションのニュアンスは、あと一歩でロック・ギターです。チャーリー・クリスチャンやタル・ファーローには懐かなかった親近感を、わたしはレス・ポールに懐きます。1960年代の子どもがジミ・ヘンドリクスを聴いたときに感じたショックと同種のものを、1940年代の子どもはレス・ポールのプレイに感じただろうと想像します。

◆ 史上初の「夏の歌」? ◆◆
ここからは付け足りの背景情報です。トリヴィア趣味なので、お急ぎの方はこのへんで切り上げてください。

この曲のことを調べていて、面白いウェブ・サイト興味深いページにぶつかりました。

このページのIn the Good Old Summertimeの解説の冒頭は、「歌と季節との結びつきを確立した曲があるとしたら、この1902年の傑作はそれを決定的にした」となっています。そんな歴史的重要性をもつとは知らず、歌詞を簡単に片づけてしまい、失礼しました! 1902年といえば、日本では明治末、手一杯に店を広げているつもりですが、とてもそこまでは手も心も届かないと弁解しておきます。

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ここに掲載されている、当時のものと思われる譜面の表紙には面白いことが書かれています。

ちょっと読みにくいでしょうが、タイトルの下に小さく「Waltz Song」とあるのです。元々はワルツ・タイムだったことがわかります。レス・ポールはワルツではやっていません。

◆ レス・ポール盤のアレンジ ◆◆
わたしがもっているレス・ポールとメアリー・フォードのThe Best of the Capitol Mastersには、レス・ポールの自作解説がついていて、このIn the Good Old Summertimeについて、録音にいたった経緯を語っています。

シャーマン・フェアチャイルドという人物(フェアチャイルド・セミコンダクター社の設立者で、発明家、投資家、企業家のあのフェアチャイルドのことでしょう。レス・ポールも発明家でしたから)の招待で、メアリー・フォードといっしょにリーナ・ホーンを見るために、「ダウンタウン・ソサエティ」というクラブに入っていくと、3人組の黒人ヴォーカル・グループが、この曲をものすごくアップテンポにして(really rockin' it upといっています)歌っていたのだそうです。

レス・ポールはメアリーに、すぐにもどる、といって、タクシーを拾って家に帰り、車を待たせておいたまま、エピフォンか「ザ・ログ」(レス・ポールの自作ギター)でこの曲をテープに録音し、急いでまたクラブにもどりました。夫は洗面所にでもいっているのだと思っていたメアリーは「ずいぶん長いトイレだったわね!」といったとか。

すべての楽器を自分でオーヴァーダブする人ですから(エミット・ローズやトッド・ラングレンやアンドルー・ゴールドの先祖でもあったことになります)、タクシーを待たせたまま録音したものが、そのまま盤になったとは思えず、ダウンタウン・ソサエティの黒人ヴォーカル・グループに触発された、アップテンポのアレンジを忘れないようにするためのデモだったと思いますが、この人の才気を示すエピソードではあります。

わたしのような後世の人間は知らなかったのですが、In the Good Old Summertimeは、当時の人はだれでも知っているような曲で、昔の曲だからひどくのどかなものとみなされていたのだと想像します。それをレス・ポールは意外なアレンジにして提示したのではないでしょうか。マーセルズのむちゃくちゃに速いBlue Moonみたいなものなのだと想像します。
by songsf4s | 2007-07-17 20:40 | 夏の歌
In the Good Old Summertime by Les Paul with Mary Ford その1
タイトル
In the Good Old Summertime
アーティスト
Les Paul with Mary Ford
ライター
Ren Shields, George Evans
収録アルバム
The Best of the Capitol Masters
リリース年
1950年
他のヴァージョン
Nat 'King' Cole
 
 
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◆ 1世紀以上昔の曲 ◆◆
パティー・ペイジのOld Cape Codからの連想の糸は、ひとつはブルース・ジョンストンのDisney Girlsへとつながっていますが、もうひとつはレス・ポールへとつながっています。

レス・ポールのこの時期の曲ならどれでもいいのですが、たまたま季節をあつかったものは、わが家ではこの曲ぐらいしか見あたらず、たまたま出来もよいので、このIn the Good Old Summertimeを聴くことにします。

これはものすごく古い曲のようで、The Great Song Thesaurusを調べると(わが家ではエルヴィス以前の曲を調べようとすると、これ以外に頼りになる資料がないのです)、1902年の作品となっています。百年以上前の曲!

そのせいか、構成がはっきりしません。1ヴァースのみのようにも思えるのですが、2ヴァースなのかもしれません。それくらいに短いので、以下にすべての歌詞を書き写します。他の人のヴァージョンをベースに、レス・ポール&メアリー・フォード盤に合わせて修正しました。

In the good old summertime
In the good old summertime
Strolling down the shady lanes
With my sweetheart, mine
I hold his hand, and he holds mine
That's a very good sign
That he's my tootsy-wootsy
In the good old summertime

「古きよき昔の夏 木陰の小径を恋人とそぞろ歩き わたしは彼の手をとり 彼はわたしの手をとる」といった、たいした意味があるとは思えない、でも、グッド・フィーリンはある歌詞です。

tootsy-wootsyという見慣れない単語がありますが、リーダーズ英和辞典で調べると、tootsを見よとなっています。

toots [t_ts] _《口》
_n. [voc.] 《女性に向かって》 ねえ, あんた, おまえ, 娘さん, ねえちゃん, よう, かわいこちゃん; 娘, 女.

オンラインの「Dictionary.com」では、スラングで「足」footのことである、となっていて、19世紀なかばに生まれた語としています。昔の流行語なのでしょう。

足という単語が、女性を指す単語に化けるところから、アメリカ男性の美脚妄想へと進むのは、どこかよそにおまかせします。この言葉を、女性であるメアリー・フォードが男性をたたえるものとして歌うと、ある種の倒錯美のようなものになるのかもしれませんが、そのへんのことは非ネイティヴにはよくわかりません。どちらにしろ、21世紀のネイティヴにはもう古くさい言葉に思えるのではないでしょうか。

ということで、わたしにもわかること、サウンドのほうに話を転じます。

◆ 50年代サウンドへの(痛い)寄り道 ◆◆
話は飛びますが、中学のときに、わたしが好んで聴いていたさまざなアーティストがカヴァーしていた、チャック・ベリーを聴いてみたくなりました。あのころは、国内ではチャック・ベリーの盤がなにもなくて(このへんに60年代の「現在絶対主義」があらわれています。同時代の変化が激しすぎて、ほんのすこし以前の音楽がどんどん見捨てられていったのです)、生まれてはじめて輸入盤のオーダーという大冒険をすることになりました。当時の国内盤LPの標準的な価格が1800円ぐらいだったと思いますが、これは結局、数カ月の時間と4000円以上の費用を要しました。

そのようにして手に入れただいじな盤を、わくわくしながらターンテーブルに載せたのですが、その期待は一瞬にしてしぼみました。というより、「爆縮」といっていいくらいの強い失望でした。ドラムはオフで聞こえず、それがむしろ幸いに思えるほどダメなタイムでした。では、チャック・ベリーのギターが面白いかというと、それほどでもなかったのです。すでにジミ・ヘンドリクスやマイケル・ブルームフィールドを聴いたあとですからね。

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わたしが買ったのはこれではなく、Greatest Hitsのほうなのですが、スキャンが間に合わなかったので、とりあえずこれで。

いまのわたしは、このドラマーに対する評価は変えていないものの、チャック・ベリーのカタログ全体に対しては、相応の愛着をもっています。しかし、中学生にはいまのわたしのような歴史的パースペクティヴなどもちようもなく、また、同情心もなかったので、ものすごく正直な反応をしたのだと思います。「なんだよ、この古くさい音は」という感想を得ただけで、4000円は煙となって消えてました。4000円の痛みに中学生は泣きました。

◆ レス・ポールの「ニュー・サウンド」 ◆◆
こういう経験があったので、自分が育った60年代以前の盤を買うときは、これも神の思し召し、一度は経験しなければならないのだから、まあ、我慢して聴きましょう、ぐらいの気分で、期待などしないようになっていました。

しかし、レス・ポールの盤だけは、そういう覚悟が馬鹿みたいに思えました。志ん生の「火焔太鼓」のおかみさんみたいに、甚兵衛さんに「そこの柱につかまれ、ビックリして坐りションベンするんじゃねえぞ」とあらかじめ注意しておいてもらいたかったくらいです。こんなに斬新なサウンドに出合う予定ではありませんでした。

こういうことというのは、文字でいってみてもどうにもなりませんね。ギタリストなら、一度はレス・ポールを聴いてみるべきです。サウンドというものに興味のある人は、レス・ポールを抜きにしては、アメリカの録音技術の発展は語れないことを思い知らされるでしょう。時代を超越したすごみのあるサウンドです。

(以下、「In the Good Old Summertime
by Les Paul with Mary Ford その2」
につづく)
by songsf4s | 2007-07-15 23:49 | 夏の歌
Old Cape Cod by Patti Page
タイトル
Old Cape Cod
アーティスト
Patti Page with Vic Schoen & His Orchestra
ライター
Claire Rothrock, Milt Yakus, Allan Jeffrey
収録アルバム
A Golden Celebration
リリース年
1957年
 
 
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以前、友人に、フィルコの電蓄でパティー・ペイジのTennessee Waltzを聴かせてもらったことがあります。衝撃を受けました。LPとはまったくちがう音で鳴っていたのです。こういうものは、CDはおろか、LPで聴いてもダメだ、蓄音機か電蓄で、SP盤を聴かなければいけないのだ、と思いました。SPに閉じこめられていた「音の手ざわり」が、真空管アンプならではのやわらかさで宙に解放された一瞬の感動は忘れがたいものです。

しかし、わが家には蓄音機も電蓄もないので、わたしは、ときおりCDを引っ張り出して、(あろうことかBOSEのスピーカーで)パティー・ペイジを聴きます。前言を翻すようですが、CDでもやっぱり、ほかでは味わえない雰囲気が感じられます。もちろん、SPで聴ければ申し分ないのですが、CDでも、独特な音の手ざわりがそこにあります。パティー・ペイジというのは、はじめからそういうシンガー、リアルタイムで聴いても懐かしい人だったのではないでしょうか。パティーの懐かしさは、Tennessee Waltzよりも、むしろこの曲に凝縮されていると思います。

◆ タラの岬にて ◆◆
このOld Cape Codという曲には季節は明示されていません。なぜ夏の歌にくりこんだかはあとで説明するとして、とりあえず、ファースト・ヴァースを見てみましょう。

If you're fond of sand dunes and salty air
Quaint little villages here and there
You're sure to fall in love with old Cape Cod

砂丘と潮風が好きなら、そして、ここかしこに古風な可愛い村がある風景がお好みなら、きっと懐かしいコッド岬に惚れ込んでしまうでしょう、って、なんだか不動産屋の手先みたいな歌詞です。じっさい、わたしは不動産屋のサイトをたくさん見てきました。コッド岬は「アメリカン・ドリーム・ハウス」がたくさんあることで有名だからです。

リーダーズ英和辞典を見てみましょう。
Cape Cod
_n. ケープコッド, コッド岬 《Massachusetts 州の砂地の半島》

ファースト・ラインに砂丘が出てきた意味がこれでおわかりですね。地理のサイトまでは見なかったので、なぜ砂地の岬が形成されたかは知りません。いえ、まだ辞書を閉じないでください。つぎのエントリーも重要です。
Cape Cod cottage
_n. ケープコッドコテージ 《一階[一階半]建ての木造小型住宅で傾斜の急な切妻屋根と中央の大きな煙突を特徴とする》

建築史では、この「ケープ・コッド・コテージ様式」というのは、りっぱな一人前の術語です。アメリカ人が「あんな家に住めたらなあ」と夢想するスタイルなのです。いったことはないので、講釈師の張り扇にすぎないのですが、コッド岬にはまだこの様式の古いコテージが数多くあるのです。

どういえばいいんでしょうねえ、京都郊外の古い一郭、たとえば嵯峨野あたりを、伊豆半島の先端にもっていって、軽井沢みたいにした、という感じでしょうか。いや、伊豆は温暖だから、もっと北ですね。北海道のどこか、としておきましょう。そのような土地です(って、どのような土地?)。講釈師の張り扇が破れかかっているので、この話題はうやむやにして逃げます。

◆ 歴史的建築様式 ◆◆
ついでだし、歌の内容にもまんざら無関係ではないので、建築も見ておきましょう。

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これは新しいものかもしれませんが、チムニーが幅をきかせているところが独特

f0147840_204497.jpg壁面と屋根のテクスチャーを整えてあるのですが、その調和のさせ方に独特の味を感じます。ドーマー・ウィンドウがまた独特。壁面は煉瓦なのに、ここは下見板を使うこのセンス。味わいがあります。

f0147840_20434449.jpgこれもなかなか。下見板がよいのですが、最初のものを見ても、これを見ても、どうもふつうの下見板とは印象がちがいます。板幅に独特の標準があるのかもしれません。

f0147840_20431853.jpgこれは実在のものではなく、開発業者が典型化した様式。傾斜の強い切妻、大きなチムニー、あまりにも紋切り型ですが、お客は、いかにもこれこそケープ・コッドだ、と納得でしょう。

写真を見て、チムニーが特徴だと辞書にあるとおりだ、なんて納得してはいけません。チムニーのあるものを選んだのです。情報操作の初歩です。じっさいにはチムニーのないものもかなりありました。写真を見て思ったのは、屋根は天然スレートかもしれない、ということです。もうちょっと研究したくなりました。

と、引っ張り回されて、混乱したところで、2行目を見直してください。いや、わたしがコピーして進ぜます。

Quaint little villages here and there

建築のお勉強をしたので、この行の意味はおわかりいただけましたね。以上のような様式の可愛らしい建物がぽつりぽつりと建つ村々の風景をいっているのです。quaintは、「古風」と解釈するより、「風変わり」という語義を採用したほうがいいかもしれません。

◆ あざといセールストーク ◆◆
セカンド・ヴァースにいきます。

If you like the taste of a lobster stew
Served by a window with an ocean view,
You're sure to fall in love with old Cape Cod

こんどはレストランの宣伝です(って、ちがうだろーが)。コッド岬の名物はロブスターのシチューなのでしょう。よけいなお節介かもしれませんが、キングコングのように巨大なロブスターが屋根で暴れている、いまどきのわが国の郊外レストランは思い浮かべないほうがいいと思います。コッド岬は古風な土地ですから。

以下はブリッジ。

Winding roads that seem to beckon you
Miles of green beneath the skies of blue
Church bells chiming on a Sunday morn
Remind you of the town where you were born

こんどは教会の宣伝、ではないでしょうね。「曲がりくねった道はまるであなたに手招きするよう 青空の下には何マイルもつづく緑の森 日曜の朝ともなれば教会の鐘が響き 生まれ故郷のことを思いだす」と、あざといといえば、宅地開発業者の豪華カラーパンフレットの「ご挨拶」みたいにあざといのですが、あざとくない作詞家は、あざとくないコピーライター同様、まず成功の見込みはありません。

これを聴いていると、なんとなく里心がついてしまいます。望郷の念に駆られるといいますか。いえ、わたしは生まれ故郷に住んでいるので、望郷の念なんてないんですが、そこはそれ、「エスキモーに北極を売りつける」辣腕不動産業者の技というべきでしょう。いえ、作詞家ではなく、パティー・ペイジの歌い方のことですが。ホントに、わたしの故郷はコッド岬かもしれないと思いこみそうになります。

f0147840_20422031.jpgフロリダのパティー・ペイジ。ドラマーはハル・ブレイン。パティー・ペイジの夫君、チャールズ・オカーランの推薦で、ハルはエルヴィス・プレスリーの映画挿入歌の録音に参加し、ついでに映画そのものにも出演しました。不世出の大スタジオ・エースが、その仕事場をステージからスタジオへとかえる直前の姿。

mornという見かけない単語は、morningの詩語です。本朝でいうと、たとえば、里俗では「幼い」というところを、雅語では「いとけなき」とする、とまあ、そのようなニュアンスです。そのほうがよければ、落語の「たらちね」を思いだしてくださってもけっこう。あの千代女だったかなんだかは、やたらと雅語や漢語を振りまわして、亭主を混迷に陥らせていたでしょう? 要は、古風な海辺の村を表現するために、morningのかわりに、mornという古風な単語を使ったのです。

わが国にも、このmornに対応するような「朝」の雅語はあります。同じ字ですが、「あした」と読むと、雅語になります。わたしは浄土真宗なので、「あした」というと、「朝(あした)の紅顔も夕べには白骨となり」という「法語」の一節を思いだしてしまうのですが、雅語では、夕方といわずに、「ゆうべ」というということもわかったりします。えーと、なんの話でしたっけ?

◆ 避暑地の歌 ◆◆
サード(ラスト)・ヴァースにたどり着きました。

If you spend an evening, you'll want to stay
Watching the moonlight on Cape Cod Bay
You're sure to fall in love with old Cape Cod

こんどは、差詰め、パンフレットの最後のページの写真というところ。夜の湾にきらきら輝く月、とくれば、ふつう、抵抗できないでしょう。どこまでもあざとく、途中でいらぬ反省などせずに押し通してくれました。

以上、ヴァース/ヴァース/ブリッジ/ヴァース、すべての歌詞を並べました。

「あれ? どこが夏なんだ」とお思いかもしれません。しかし、不動産業者にきけばわかりますが、コッド岬はヴァケーションをすごす土地らしいのです。最初に「軽井沢みたい」といったのは、そういうことです。わたしはウェブで、コッド岬の貸コテージの広告をたくさん見ました。

たとえそういう土地だとしても、避暑地とはかぎらない、避寒地じゃないのか、という疑い深いあなた、コッド岬のあるマサチューセッツ州の緯度を地図でご覧ください。冬にはあまりいきたくないところです。まあ、北海道観光は冬が最高という方もいらっしゃいますが、もう一度、ファースト・ラインを見てください。いえ、わたしがここにペーストします。

If you're fond of sand dunes and salty air

砂丘と潮風が好きならばって、これが冬のイメージですか? 北島三郎や森進一なら冬のイメージかもしれませんが、パティー・ペイジですよ。わたしは断じて夏の歌だと主張します。そういっているのはわたしだけではありません。この曲が夏の歌だいうことを当然の前提として踏まえ、べつの曲をつくった人がいるのです。でも、それはまたの機会に。

◆ Patti Page with Patti Page ◆◆
レス・ポールにいわせると、パティー・ペイジが史上初のダブル・トラックをやったのではない、わたしのほうが先だ、ということになるのですが、大ヒット曲と泣く子と地頭には勝てないのでありまして、レス・ポールのほうが先だなんてことを知っている人、覚えている人は、ほとんどいません。いまここで、史上初の多重録音はレス・ポールが実現したと記憶することをお奨めしておきます。

この開発競争については、べつのところの記事をどうぞ。彼女の最初のダブル・トラックのエンジニアはビル・パトナム(「Summer Means Funその2」を参照)だったようです。レス・ポールとパティー・ペイジの競争というより、レス・ポールとビル・パトナムという、レコーディング技術の大先覚者の対決だったわけです。レス・ポールはインストゥルメンタルでやったので、ヴォーカルものとしてはパティー・ペイジのWith My Eyes Wide Open I'm Dreamingが最初なのでしょう。そして、1950年のTennessee Waltzの爆発的ヒットのおかげで、パティー・ペイジとダブル・トラックは、永遠のセットになったのでした。

f0147840_2041418.jpgOld Cape Codを収録したライノのアンソロジーSentimental Journey: Pop Vocal Classics Vol.4 (1954-1959) ライノだから信頼できる編集で、われわれロックンロール・キッドのなれの果てには、老後の指針、もとい、1940年代、50年代の音楽への扉を開くキーになってくれます。

じっさい、このダブル・トラックのヴォーカルの心地よさは、たとうべきものなし、というしかありません。ダブル・トラックの曲は星の数ほどありますが、つねにパティー・ペイジがダブル・トラックの女王でありつづけたのは、この摩訶不思議な声のブレンドが世にもまれなる響きをもっているからでしょう。

コッド岬の不動産屋は、この曲を聴いた瞬間、あちこちの放送局に電話をかけて、この曲をリクエストしたことでしょう。これを聴いたら、だれだってコッド岬にいきたい、できればひと夏を過ごしたい、と思うにちがいありません。それだけで、トップ40入りは保証されたようなものです。いや、ビルボード・ピーク・ポジションは3位。大ヒットしたのです。

これほど説得力のある宣伝はめったにあるものではありません。わたしにそれだけの金があれば、いますぐ手金を打って、ケイプ・コッド湾を見下ろす家を手に入れます。もちろん、大きなチムニーのある下見板の家を。
by songsf4s | 2007-07-12 20:59 | 夏の歌