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回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その9 アン=マーグレット、ハニーズ、リッキー・ネルソン
 
今回も1963年のセッション・ワークです。

ギター・ソロはないし、派手なオブリガートを入れているわけでもないのですが、へえ、それもプレイしたのですか、という懐かしい曲から。子どものころ、映画も曲もヒットしたと記憶しています。映画から、エンディングのクリップを。

Ann=Margret - Bye Bye Birdie


タイトルは「バイ・バイ・バーディー」なのに、歌は「バーヒー」に聞こえたことが、強く印象に残っています。いま聴いても、やっぱり「バーヒー」といっているように聞こえます。

アン=マーグレットは、ジュリー・ロンドン、ボビー・ジェントリーと同じリーグなので、静かに超オン・マイクで囁いたほうがいいと思いますが、ヒットらしいヒットはこの曲だけでしょう。

1963年は本格的なサーフ・ミュージック・ブームの年で、ビリー・ストレンジもさまざまなサーフ・チューンでプレイしています。

ビリー・ストレンジがビーチボーイズとほぼ同時に関わりを持った、ブライアン・ウィルソンのアウトサイド・プロダクション。クリップがないので、サンプルで。

サンプル The Honeys "Shoot the Curl"

curlというのは、波の先端が丸まったところ、例の「パイプライン」を指すそうで、それをshootするとは、あの空洞をくぐり抜けることだとか。

派手なことはしていませんが、アンプのトレモロをかけた音色もよく、なかなか魅力的なプレイですし、ハル・ブレインも気持のいいグルーヴをつくっていて、好ましい曲です。

リッキー・ネルソンはすでにこのシリーズでふれましたが、こんどはデッカ時代の録音を。

Ricky Nelson - That Same Old Feeling


ふーむ、微妙なトラックです。ベースはジョー・オズボーンに聞こえますが、ドラムはあまりリッチー・フロストのようには聞こえません。だれに近いかというとアール・パーマーです。

ベースがオズボーンなら、ギターもジェイムズ・バートンになりそうなものですが、なにか事情があったのでしょうかね。残念ながら、手元にあるリック・ネルソンのクレジットはインペリアル時代のもので、パーソネルを確認できませんでした。

オン・ミックスのギターはバートン、オフ・ミックスのファズがかかったものはビリー・ストレンジ、という可能性もあるだろうと思います。

ほかに、この時期のリックの曲として、Hello Mister HappinessやI Got a Woman(レイ・チャールズのものとは同題異曲)がリストアップされていますが、手元にあるものは、どちらもジェイムズ・バートンのプレイに聞こえます。オルタネート・テイクがあるのかも知れませんが、そこまでは調べがつきませんでした。

このあいだ、リック・ネルソンの六枚組を通して聴いたのですが、いやはや、すごいものだと思いました。むろん、リックのヴォーカルについては、さまざまなご意見があるだろうと思います。しかし、トラックに関するかぎり、メンバーよし、プレイよし、録音よしで、インペリアル時代はつねに高いレベルを維持しています。リック・ネルソン・セッションはまたとりあげることになるでしょう。


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by songsf4s | 2012-03-17 23:37 | 60年代
回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その2 スピーディー・ウェスト、リック・ネルソンほか
 
ビリー・ストレンジは、幼児のころから両親とともにラジオに出演したり、ステージに立ったりしていましたし、シンガー、ギタリストとして出発したものの、ソングライター、アレンジャーの仕事も多く、また、カントリーに基盤をおきながらも、多様なスタイルの音楽をつくりだしたため、そのキャリアをたどるのは容易ではありません。

時系列にしたがって、あるいはその他の基準にしたがい、系統立ててご紹介するのは放棄し、ゆるやかに時系列をたどりながら、あっちに飛び、こっちに横滑りしながら、彼の音楽を聴いていくつもりです。

オフィシャル・サイトのディスコグラフィーにある曲で、クリップを発見できる最古のものは、ジーン・オークウィンのTexas Boogieですが、わたしにはあまりにも古めかしく感じられ、また、ビリー・ストレンジのプレイとして聞くほどのものではないので、これは略します。

前述のように、幼児のころから音楽を仕事にしていた人なので、どこからキャリアをスタートしたと見るかはむずかしいのですが、七十五歳の記念につくられたバイオDVDを見ていて、最初のターニング・ポイントは、このカントリー・スターとの仕事ではないかと感じました。いや、このころから音源が見つけやすくなるという事情もあるのですが。

まだビリー・ストレンジはサイド・ギターでしたが、1952年のこの仕事は彼にとっては重要だっただろうと思います。カントリー・インストを代表する二人の大物のバッキングです。

Jimmy Bryant and Speedy West - Lover


同じく巨人二人のバッキング。こんどは1954年の録音です。こんな人たちとしじゅういっしょにプレイしていたら、イヤでもうまくなったにちがいありません!

Speedy West & Jimmy Bryant - Freettin Fingers


どうせ徒弟奉公をするなら、こういう本物の「親方たち」のほうがいいに決まっています。若いときにこういうプレイをたっぷり裏から見れば、生涯、慢心することはないでしょう。

徒弟奉公が終わったのか、あるいは、今度の親方がギター・プレイヤーではなく、シンガーだったおかげか、翌1955年にはリード・ギターのプレイが記録されることになります。

Cliffie Stone - Barracuda


1955年のカントリー系の盤としては、ちょっと異質なギター・ソロかもしれません。いや、すこし4ビートのニュアンスが入ってくるウェスタン・スウィングと見れば、本流のスタイルでしょうか。どうであれ、わたしの耳には、カントリーにしては洗練されたプレイに響きます。

1950年代のビリー・ストレンジは、おおむねカントリーの世界で、さまざまなアーティストのバッキングを、ステージやスタジオでおこなういっぽう、ラジオやテレビ、さらには映画でプレイし、歌っていた、といっていいでしょう。

50年代後半にはもうひとりの大スター、テネシー・アーニー・フォードがビリー・ストレンジの顧客リストに加わりますが、フォードのカタログも膨大で、御大がプレイした曲も多いので、その検討は後日ということにします。

われわれの視界でビリー・ストレンジの姿が大きくなるのは、むろん、ヴェンチャーズのデビューからです。どういうわけか、肝心のWalk Don't Runのクリップがライヴばかりで貼りつけようがありませんが、それはひとまずおき、気になるのは、この時期のセッション・ワークです。

ヴェンチャーズのデビューである1960年前後で、なにかギター・ソロが聴けないかと思って探してみました。ちょっと変なソロですが、リッキー・ネルソンのアルバム・トラックをサンプルにしました。

サンプル Ricky Nelson "Make Believe (ver. 2)"

ベア・ファミリーの「The American Dream」ボックスのセッショノグラフィーによると、この曲は、1959年10月27日にハリウッドのマスター・レコーダーで録音されています。

ジミー・ハスケル=アレンジ、ウィリアム・エヴァレット・ビリー・ストレンジ=ギター、リロイ・ヴィネガー=ベース、フランク・キャップ=ドラムズ、ジミー・ロウルズ=ピアノというメンバーでベーシックが録音され、後日、ストリングスや女声コーラス(ブロッサムズ)のオーヴァーダブがおこなわれています。

よけいなことですが、これは、わたしが知るかぎり、フランク・キャップの最古のセッション・ワークです。サーフ・インストの時代になると、けっこうクレジットを見るのですが。

あまり土地鑑のないところで、あれこれ聴きくらべをするというのは思いのほか気力を要するもので、リック・ネルソンにたどりついたら、ホッとして、どっと疲れが出ました。

本日はおおいなる助走、というあたりでおさめ、次回から60年代のビリー・ザ・ボスの八面六臂の大活躍を見ていくことにします。


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by songsf4s | 2012-02-24 23:56 | 60年代
The Best of Jim Gordon 補足2 リッキー・ネルソンのサイケデリック・エラ・アルバム、Perspective
 
今日はツイッター上で、いくつかSmile Sessionsボックスの話題を見ました。史上もっとも有名な未完のアルバムでしょうが、未完というのはやはり弱いといわざるをえません。

「定本」があれば、そこにいたる道筋として、セッションを聴くのは血沸き肉踊る体験になりえますが、Smileの場合は、存在しなかったアルバムが完成した姿を想像する必要があります。

いちおう、ボックスのディスク1は、ありえたかもしれないSmileのリリース・ヴァージョンのようなものが収録されています。しかし、これはあくまでも「仮想」にすぎず、完成品と思えといわれても、困惑します。

ふつうのアルバムなら、想像力によって「完成」できるかもしれませんが、Smileはそうとうアヴァンギャルドが入っていますからね、ふつうの道をたどって、リスナーが再構築するのはほとんど不可能事です。まあ、近々、聴くだけは聴いてみようと思いますがね(センセ、パフューム・ボケはいい加減にして、クレジットぐらいおせーてくだせーな)。

Smile Sessions、箱の中身


この動画、アップローダーの名前がBeachBoysとなっていて、おまえ、そういう名前を使うのはいくらなんでも図々しいぞ、と思ってから、あ、ひょっとしてホンモノかよ、と思い直しました。オフィシャルCM動画かもしれません。

さて、今日もまたブライアン・ウィルソンに立ち向かうだけの余裕がないので、ベスト・オヴ・ジム・ゴードン補足のつづきをします。今回はリック・ネルソンの盤です。

リックのドラマーといえば、デビュー当初はアール・パーマー、その後、レギュラーのツアー・バンドをもってからは、このあいだのPet Soundsの記事でも登場したリッチー・フロストといったところです。

ジェイムズ・バートン、ジョー・オズボーン、リッチー・フロスト、それに、ジーン・ガーフまたはグレン・ハーディンを擁した超豪華ツアー・バンド(エルヴィス・プレスリーが居抜きで譲ってほしいとリックに申し入れたという伝説がある。じっさい、後年、エルヴィスはジェイムズ・バートンをバンド・マスター兼ギタリストとして迎え入れる)は、維持できなくなり、1963年に彼らはフリーランスになります。

ビートルズ登場以後のリック・ネルソンは低迷し、Garden Partyで復活を果たすまで、ドサまわりをつづけた、というのが一般にいわれているところです。

わたしはハリウッドに関するかぎり、全方位で聴く人間なので、しばしばディテールをおろそかにしてしまいます。ファンとしての基本的な作法である、全作品をいちおう聴いておく、なんてことも怠ってしまうのです。

リック・ネルソンは好きなのですが、それはヒット・アフター・ヒットの時代についてであり、それ以外ではGarden Partyのアルバムを買ったぐらいで、あとは欠落していました。いやはや、すまんことです。

と、リックに怠慢を謝っておき、その低迷期のアルバム、1968年のPerspectiveを、ジム・ゴードンゆえに聴いてみました。

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「アイタッ」でした。リックのヴォーカル・レンディションはともかくとして(すまん)、サウンドはあの時代のハリウッド丸出し、ゴージャスだったのです。

非常に雑駁ないい方になりますが、同時期のモンキーズの曲、たとえば、Someday Manなどと共通する、いわばモダーン・ロックンロール・オーケストラ・サウンドとでもいったものと感じます。

まずはアルバム・オープナー。

Ricky Nelson - When the Sun's Shined Its Face on Me


出だしは、ジミーにしてはいまひとつかな、と思いますが、エンディングにかけてのプレイはなかなかなものです。高速四分三連のフィルインが魅力的。

ドラミングとしてはこちらのほうがすぐれています。

Ricky Nelson - The Lady Stayed With Me


弦のプレイヤーまで列挙されていて、クレジットはむやみに長いのですが、リズム・セクションのパーソネルだけ書き写しておきます。

ドラムズ……ジム・ゴードン
ベース……ジョー・オズボーン、ハーヴィー・ニューマーク
アップライト・ベース……ジミー・ボンド
ピアノ……ドン・ランディー
オルガン……ジョン・フォーリー
ハープシコード……マイク・ルビーニ
ギター……ジェイムズ・バートン、マイク・デイシー、テリー・ボイラン、ジェフ・コマンダー、ジョン・ボイラン、デイヴィッド・コーエン、ラリー・コリエル
パーカッション……ミルト・ホランド、デニス・ブルース、ジョン・クローダー

60年代のハリウッドにしては知らないプレイヤーの多い録音ですが、この時期のツアー・バンドのメンバーも入っているということなのかもしれません。

このアルバムはひとりのアップローダーが徹底的にあげたようで、必要なものはみなクリップがありました。

60年代のジム・ゴードンは、ハル・ブレインにあまりにも似ていて、何度も取り違えています。つぎの曲なんかも、ブラインド・テストされたら、ハル・ブレインと答えかねません。

Ricky Nelson - Three Day Eternity


なかなかけっこうなドラミングです。なぜハルとまちがえやすいのかというと、タイムが似ている、チューニングがそっくり、というのがまず大きな理由ですが、もうひとつ、スティックの使い方、手首の使い方が近いのだと思います。よくスナップをきかせ、「手首でヒットする」タイプなのでしょう。腕力よりも、リストの強さで打つスラッガーというのがいるでしょう? あれです。

そういうタイプの場合、スネアの音は、高めのチューニングと相まって、軽やかになります。それで、スネアのバックビートだけ聴いていると、ハル・ブレインなのだか、ジム・ゴードンなのだか区別がつけられないことが多いのでしょう。

しかも、60年代のハリウッドの若いドラマーは、ハル・ブレインのように叩こうと努力していました。ハルのようなサウンドで、ハルのようなフィルインが叩ければ、仕事はいくらでもあったのです。

ジム・ゴードンはハル・ブレインの推薦によって、ハルが都合をつけられないセッションに名代として行きました。傑出した才能のあるドラマーが、意図的にハル・ブレインに似せようと思って叩いたのだから、そっくりになって当たり前というべきでしょう。

アルバムPerspectiveがリリースされた1968年、リック・ネルソンはすっかりデモードなシンガーになっていました。見ようによっては時代に阿たようなサウンドなので、かえって、似合わないアルバムと受け取られたかも知れません。

しかし、そうした時代のコンテクストから遠くなったいまこのアルバムを聴くと、サウンドとしてはよくできているし、なかには悪くないヴォーカルもあり、いままでこれを聴かなかったのは、先入観による間違いだったと感じます。

リック・ネルソンを聴くなら、やはり60年代初期だと思いますが、ハリウッドのエースたちのプレイを聴くなら、Perspectiveは捨てがたいアルバムです。


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リック・ネルソン
Another Side of Rick / Perspective
Another Side of Rick / Perspective


ビーチボーイズ
Smile Sessions
Smile Sessions


ビーチボーイズ(LP)
Smile Sessions [Analog]
Smile Sessions [Analog]
by songsf4s | 2011-11-03 23:54 | ドラマー特集
アル・クーパーのポップ・カヴァーとオリジナル ブラッド・スウェット&ティアーズ篇2

前回のMorning Gloryは、スティーヴ・カーツのようなトンチキにしては、ずいぶん渋い曲を選んだものだと不思議に思い、アル・クーパー自伝をぱらぱらやりました。

書いてありました。カーツの分として(Meagan's Gypsy Eyesのほかに)もう一曲必要で、アル・クーパーがティム・バックリーを聴かせ、カーツが気に入ったので、アレンジもアルが書いたそうです。キャリア全体を見渡して、わたしはアル・クーパーの選曲の才能を信頼しているので、やっぱりな、それなら筋が通ると納得しました。カーツにはティム・バックリーに目をつけるセンスはありません。

◆ 暴君対暗殺者 ◆◆
「アル・クーパーの」といいながら、前回のMorning Gloryのリード・ヴォーカルはスティーヴ・カーツという羊頭狗肉でしたが、今回は大丈夫、正真正銘、アル・クーパーのカヴァーです。

しかし、このWithout Herについては、以前、詳述していて、いまさら書き加えるべきことはとくにありません。当然ですが、ギターはカーツではなく、アル・ゴーゴーニがプレイしています。考えてみると、ゴーゴーニに交代することをよくカーツが納得したものです。

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アル・ゴーゴーニ(右)とトレイド・マーティン

のちの内紛、アル・クーパー追放は、案外、こんなところに胚胎していたのかもしれません。アル・クーパー排斥の先頭に立ったのはスティーヴ・カーツとボビー・コロンビーだそうです。アルはその直前に、カーツのギターが進歩しないので首を切ろうとして、逆襲にあったようです。音楽の才能はゼロ付近だけど、政治の才能はあったのね>カーツ。

決定的な敗因は、バンドの顧問弁護士がカーツの兄弟だったことです。まったく、マヌケなことをやったものです。のちにどこでもそうなりますが、だれがバンド名を持っているか、はじめにはっきりしておくべきだったのです。マイケル・クラークにバーズの名前を盗まれたロジャー・マギンも大マヌケですが、アル・クーパーもいい勝負です。

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ブルーズ・プロジェクト。真ん中がスティーヴ・カーツ、その左、ブルーのシャツがアンディー・カルブ。そのうしろにアル・クーパー。アンディー・カルブは走ったり、チューニングが狂ったまま弾いたりしたが、ときおりすばらしいフレーズが飛び出した。タイムは訓練で矯正できるが、無能は矯正できない。アンディー・カルブにしておけばよかったのに!

いや、もっと大きな間違いは、メンバーを選ぶ段階でカーツでかまわないと思ったことです。ギタリストなんて掃いて捨てるほどいるのに、よりによってわたしより下手なプレイヤーを選んだのが、そもそもの間違いだったのです。アンディー・カルブのようなプレイヤーがいては自分の出番がない、カーツなら下手だから、リードは俺がとると出しゃばってもオーケイだ、なんてスケベ根性だったのではないでしょうか。それ以外にカーツにギターをもたせる理由を想像できません。

◆ アル・クーパー盤ほか、各種ヴァージョン詰め合わせ ◆◆
それではBS&T盤のサンプルから。

サンプル Blood Sweat & Tears "Without Her"

オリジナルはニルソンですが、サンプルに行く前にYouTubeのクリップを。

ニルソン Without Her スタジオ・ライヴ/ギター・ヴァージョン


さらにクリップを。

リック・ネルソン Without Her


リックのヴァージョンがあるとは知りませんでした。今回知ったヴァージョンのなかでベスト。もっていないので、欲しくなりました。やっぱりリックはいい声をしています。

グレン・キャンベル Without Her


ジャック・ジョーンズもカヴァーしているとは知りませんでした。弦の扱いのムードなどはニルソン盤を踏襲しています。

ジャック・ジョーンズ Without Her


BS&T盤をのぞけば、オリジナルからもっとも遠いカヴァー、ハーブ・アルパート盤。

ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラス Without Her


ニルソン・トリビュートで録音された、ロバート・ラムとカール・ウィルソンともうひとり知らないシンガーのトリオ。比較的近年のものなので、とくに面白くはありませんが、ビーチカゴ・サブセットという趣の組み合わせが可笑しいので貼りつけておきます。

ロバート・ラム、カール・ウィルソン他 Without Her


◆ ニルソン盤 ◆◆
ニルソンのWithout Herは、ミックスのヴァリエーションを無視していえば、2種類あります。オリジナルとAerial Pandemonium Balletに収録された別テイクです。別テイクのほうは、ニルソンのヴォーカルを重ねていて、このほうがずっと面白いので、サンプルはそちらを。

サンプル Nilsson "Without Her" (remix ver.)

妙なものだと思いますが、アル・クーパーはニルソン盤Without Herのアレンジが気に入っていたようです。にもかかわらず、というか、だからこそ、というべきかもしれませんが、BS&T盤Without Herのアレンジは、ニルソン盤とはおよそ似ても似つかないものになっています。アレンジャーの、同業アレンジャーに対する敬意の表明のように感じます。

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ひるがえって、それ以外の盤はちょっと情けない状態です。譜面を盗んだとまではいえませんが、アル・クーパーが「バロックなストリングス」といっている弦のムードは、ほとんどのカヴァー・ヴァージョンが利用しています。盗み盗まれ切磋琢磨の業界かもしれませんが、プライドはないのか、といいたくなります。

そもそも、アレンジによって楽曲に異なった相貌をあたえることこそ、音楽の快楽の根源にあるもののはずで(つまり表現の問題をいっているのだ)、それを放棄するシンガー、プロデューサー、アレンジャーというのはいったいなんなのだ、という強い疑問を感じます。

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アル・クーパーのアレンジを先に聴き、あとからニルソンのオリジナルを聴いたわたしは、おおいに驚きました。そのときも、そしていまも依然として、Without Herは、アル・クーパーのアレンジ、サウンド・メイキングがベストだと確信しています。

あとは、ニルソンのリミックス・ヴァージョンとリック・ネルソンがあれば、Without Herは十分でしょう。


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ブラッド・スウェット&ティアーズ
Child Is Father to the Man (Exp)
Child Is Father to the Man (Exp)


アル・クーパー自伝増補改訂版
Backstage Passes & Backstabbing Bastards: Memoirs of a Rock 'n' Roll Survivor
Backstage Passes & Backstabbing Bastards: Memoirs of a Rock 'n' Roll Survivor


ニルソン Pandemonium
Aerial Ballet/Pandemonium Shadow Show/Aerial Pandemonium Ballet
Pandemonium


リック・ネルソン
Another Side of Rick / Perspective
Another Side of Rick / Perspective


by songsf4s | 2010-11-27 23:54
Fools Rush In その1 by Rick Nelson
タイトル
Fools Rush In
アーティスト
Rick Nelson
ライター
Johnny Mercer, Rube Bloom
収録アルバム
Rick Nelson Sings "For You"
リリース年
1963年
他のヴァージョン
James Burton, Glen Miller, Frank Sinatra (several versions), Lesley Gore, Brook Benton, Julie London, Dion & the Belmonts, Harry James, Doris Day & Andre Previn, Jo Stafford, the Flying Machine, Lita Roza, Bobby Hackett
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ヴァージョンが山ほどある曲はできれば避けたいのですが、そうもいかないことが多く、本日のFools Rush Inも、馬鹿ソング特集をやろうと思った動機のひとつなので、花も嵐も踏み越えます。

いいヴァージョンの多い曲ですが、看板にはリック・ネルソンを立てました。多少の迷いもなかったわけではないのですが、まあ、この曲はこのヴァージョンで決まりだろうというくらい、昔からリックのものが好きなのです。そのへんのくわしいことは後段で。

◆ 天使も三舎を避ける ◆◆
それではファースト・ヴァース。

Fools rush in where angels fear to tread
And so I come to you, my love, my heart above my head
Though I see the danger there
If there's a chance for me, then I don't care

「愚か者は天使も足を下ろすのをこわがる場所に踏み込んでいく、だから、愛しい人よ、僕はこうしてここに来たんだ、もう無我夢中さ、たしかに危険を感じるけれど、チャンスがありさえすれば、そんなこと、かまうものか」

my heart above my headの解釈はいくぶん問題ありかもしれません。辞書には、above one's headで「……の理解力を超えて」とあります。この場合は、ハート=感情は理知の理解を超えている、といったあたりになり、もう気持ちの昂ぶりを抑えられない、ぐらいの意味と考えればいいと思います。

f0147840_235314100.jpgジョニー・マーサーの曲を取り上げるたびにいっていますが、いやもう、うまいものです。発想、展開ともにきちんとしていて、やはりアメリカ音楽史上最高の作詞家のひとりだと思います。

佳作秀作目白押しの人なので、これくらいでは代表作とはいわれないかもしれませんが、やはり光るものがあります。このヴァースでは、ファースト・ラインから、so I came to youにつなげる展開のあざやかさに惹かれます。ま、意味としては「オレ馬鹿だから、こんなところに来ちゃったのよ」といっているだけですが、ふつうにいえばなんでもないことを、印象深く表現することこそが、作詞家という職業の要諦なのですよ、おのおのがた。

◆ 古典的にして清新な脚韻 ◆◆
セカンド・ヴァース。

Fools rush in where wise men never go
But wise men never fall in love, so how are they to know?
When we met, I felt my life begin
So open up your heart and let this fool rush in

「愚か者は賢い人間がけっして行かない場所に飛び込んでいく、でも、賢い人間はぜったいに恋などしないのだから、彼らにはわかるはずがない、きみに会ったとき、ぼくは人生がはじまったと思った、だから、心の扉を開いて、この愚か者を飛び込ませてくれないか」

f0147840_23542989.jpgジョニー・マーサーは、昨日取り上げたFools Fall in Loveのジェリー・リーバーとは正反対で、ティンパン・アリーに巣くったわけではないものの、旧派の代表的作詞家なので、ファースト・ヴァースも、このヴァースも、じつにきれいに韻を踏んでいます。その形を崩したくなくて、途中で行を割りたくなる箇所も我慢したのだから、行末をにらんでみてください。goとknowの脚韻なんて、ありふれていそうで、じつはあまりないだろうと思います。beginと、rush inも、なるほどねえ、と感心しました。韻はクリシェにつながるハイウェイですが、うまくやれば、やはりきれいなものです。

以上で歌詞はおしまい、この曲は2ヴァースのみで、ブリッジもサード・ヴァースもありません。多くのヴァージョンでは、どちらかのヴァースを繰り返し、サード・ヴァースのかわりにしています。

◆ ロッカバラッド・キング ◆◆
リック・ネルソンの歌を褒めている文章というのを読んだことがありません。「水で薄めたエルヴィス」というデビュー時の評価が、生前はもちろん、没後にいたるまで、ずっとついてまわったという印象です。

f0147840_2357628.jpgじゃあ、へそ曲がりとしては、ここでひとつ褒めてみようか、と思うのですが、そう簡単には問屋が卸さず、「けなさなければならないほど嫌味なシンガーではない」というあたりです。でも、イヤったらしい歌い方のシンガーが多いなかで、このさっぱりとしたあと口のよさは、ちょっとした美質といっていいのではないでしょうか。

というと、リックの歌が下手だといっているみたいに受け取られかねませんが、そんなことはありません。バラディアとしての資質は十分以上にもっています。そもそも、ポップ/ロックの世界では、シンガーの最大の財産は、テクニックではなく、声の質です。それも、ただのいい声では不十分で、スタジオ・ギミックを適用しやすい声なら完璧なのです。

f0147840_2358860.jpgその代表がカレン・カーペンター。仮に彼女がうちにきて、目の前に立ち、イフェクターを通さない「素」でうたっても、わたしはぜんぜん感心しないでしょう。あれはスタジオ技術の結晶ともいうべきもので、イフェクターの助けがあって、はじめて特長のあるいい声になったのです。あれは、ほら、ご存知でしょうが、ビートルズとアビー・ロード・スタジオのエンジニアが「ADR」(Automatic Double Recordingの略だったか。一般的には「フランジャー」という)と呼んでいたイフェクターによって、数十人のカレン・カーペンターの複製をつくり、「電気的大合唱」にした声なのです。

そういう意味では、リック・ネルソンのほうが大先輩です。ダブル・トラック、リヴァーブ、それにたぶんディレイも駆使して、スタジオにしか存在しない、すばらしい声をつくりあげたと思います。この声は、残念ながら、リックが好んだロックンロール系の曲には不向きで、プロデューサーだった父親のオジー・ネルソンが好む、バラッド系の曲でおおいに効果を発揮しています。

ロック系の曲をうたうには、リックの声はやさしすぎますが、デビュー直後にロッカ・バラッドという金脈を発掘してからは、テレビ・ドラマのアイドルではなく、シンガーとしてのリック・ネルソンのキャリアは巡航速度に到達し、安全圏に入ったと感じます。

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ネルソン家の人びと。ドラマのセットは、じっさいのネルソン邸のコピーだったので、写真を見ても、ドラマなのか、現実なのか、判然としない。

Fools Rush Inは、リックの好みというより、父親の好み(彼の若いころにヒットした曲なので)だったようですが、アップテンポのロッカ・バラッドに仕上げることで、双方が満足できるものになったと感じます。いや、20年契約という太っ腹な条件でリックを獲得しながら、ヒットが出なくて気を揉んでいたデッカも、この曲で一息ついたことでしょう。もっとも、それはぬか喜びで、つぎにヒットらしいヒット(Garden Party)が出るまでに、じつにこのあと8年も要することになってしまうのですが!

◆ 最強のツアーバンド ◆◆
リックのFools Rush Inは、バッキングに関するかぎり、他のどのヴァージョンもホコリのなかに置き去りにする素晴らしさで、平均点以上のリックのヴォーカルに、バッキングの楽しさを加えた総合点で、最終的にトップ、というように見ています。

なんたって、ギターがジェイムズ・バートン、ベースがジョー・オズボーンなんですからね。いや、二人ともまだスタジオ・プレイヤーにはなっていません。リック・ネルソン・バンドのレギュラーとして給料をもらい、いっしょにツアーし、レコーディングもツアー・バンドのままで(すくなくとも1960年ごろから)やっていたのです。

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ごく初期のリック・ネルソン・バンド。芳紀十六歳の国民的ティーネイジ・アイドルと、これまたティーネイジャーだったジェイムズ・バートン(右)。まだジョー・オズボーンは参加していなくて、このときのベースはジェイムズ・カークランド。

これほど強力なツアー・バンドは、当時、ほかになかったでしょう。ドラムのリッチー・フロストも、エースとはいえないまでも、もとはスタジオ・プレイヤーで、タイムは悪くはありません。つねにツアーに帯同したわけではなく、準レギュラーだったピアノのレイ・ジョンソン(プラズ・ジョンソンの兄弟)も悪くないプレイヤーです。

ほうっておけばスタジオに引っぱられてしまう腕の持ち主に給料を払うのは、かなりの負担になるので、リックぐらいの大きな稼ぎがないと、とうてい維持できなかったでしょう。エルヴィスがしきりに、「居抜き」でこのバンドをリックから買い取ろうとした、という噂も十分に信憑性があります。

じっさい、後年、ジェイムズ・バートンはエルヴィスのツアー・バンドに入り、間奏の直前、エルヴィスが「Take it for me James」を連発することになります。ジェイムズ・バートン・ファンとしては、昔からほしかったプレイヤーを獲得できて、エルヴィスもうれしかったのだろうな、と感じます(そして、ソロ・アルバムのレコーディングにジェイムズ・バートンを迎えたグラム・パーソンズも、Grievous Angelの間奏の入口で「Take it for me James」のセリフをいう誘惑に勝てなかった)。わたしらの世代が、名のみ高かったジェイムズ・バートンの動くすがたを見られたのも、エルヴィスの衛星中継ライヴのおかげでした。カメラがエルヴィスばかり追って、バートンの手の動きがよくわからず、イライラしまくったものです。

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ミスター・テレキャスターとそのギター。ウッソー、テレキャスじゃなくて、グレッチじゃん!

Fools Rush Inのときには、リック・ネルソンのキャリアははっきりと下降線を描きはじめていましたが、バンドはこの時期がもっとも充実していたと感じます。バートンのオブリガートや間奏は、素人が聴いてうまいと思う子どもっぽいものではありません。でも、目立たないながらも、さまざまなテクニックを織り込んだ、じつに渋い、同時に、あざやかなプレイです。もういつでも、フルタイムのスタジオ・プレイヤーに転身できるまでに成熟しています。このとき、バートンはまだ二十二、三歳なのですが。

片やバートンの幼なじみだったジョー・オズボーンは、いまになるとわかりにくいのですが、1960年代はじめという横軸で見たら、こんなプレイをしている人はほかにいないだろうというほど、ブンブンいわせています。あの時期、このサウンドとプレイは目立ったにちがいありません。

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ミスター・テレキャスターとそのギター。ウッソー、テレキャスじゃなくて、リッケンバッカーじゃん!

まだキャロル・ケイはギターを弾いている時期で、このころのハリウッドのフェンダー・ベースはレイ・ポールマンの一手販売でした(そもそも、レコーディングでは、フェンダー・ベースよりスタンダップ・ベースを使うことのほうが多かった)。レイ・ポールマンのベースは穏やかなもので、オズボーンのようにギラギラしたプレイをする人はほかにいなかったのです。

こういう場合、エンジニアリングも重要です。オジー・ネルソンは他のプロデューサーとちがって、低音をカットしなかったと、初期のリックのセッションでストゥールに坐ったアール・パーマーが証言しています。エンジニアというより、プロデューサーの判断で、同時代の他の盤より低音を(結果的に)強調するサウンドになり、そこにジョー・オズボーンのスタイルがうまくはまったのです。リックは、ブライアン・ウィルソンと同じように、父親の関与を嫌っていましたが、悪いことばかりでもなかったことになります。まあ、リックが主導権を握っても、やはり低音を強調したでしょうけれど。

オズボーンがリック・ネルソン・バンドに入った1960年ぐらいから、この1963年ぐらいまでは、たとえリックがいなくても十分に楽しめるほど、バートンとオズボーンのプレイが冴えわたり、この二人がいるというだけで、リックの盤はなんでも聴いてしまいます。

そして、Fools Rush Inにはオマケがあります。ドラマーのリッチー・フロストはハイハットだけを叩き(このテンポで16分なので、当然、両手でやらなくてはならない)、スネアはリックがプレイしたというのです。

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アール・パーマー(左)のセットを叩くリック・ネルソン。たんなるお遊び写真かと思っていたが、リックは大まじめだったのかもしれない。わたしだったら、よりによってアール・パーマーの前でスティックを振りまわしたりはしないが……。

スティックよりはごまかしがきくブラシのプレイではあるし、ミックスはフロストのハイハットがオンで、スネアはオフですが、それにしても、ときおり入れる16分も乱れはなく、やるじゃん、です。8番バッターより頼りになるピッチャーがいるのと同じような感じで、これはやはり才能というべきでしょう。聞こえるところに関するかぎり、きれいなブラシ・ワークです。まあ、オズボーンみたいなベースがいると、ドラムも引き立つものなんですがね。

◆ ジェイムズ・バートンの「セルフ・カヴァー」 ◆◆
70年代後半、ディスコの嵐が吹き荒れると、盤だけではなく、ラジオ番組も聴くものがなくなりました。やむをえず、時間の都合がつくかぎり、できるだけFENのジム・ピューター・ショウを聴く生活になりました。70年代に入った時点で、すでにビートルズ以前の音楽に回帰しつつあったのですが、ディスコ・ミュージックのあまりの猖獗ぶりに、先行きをはかなんで、こうなったら、昔の音楽を本気で集めようと思い、ジム・ピューターを師匠に選んだのです。

ある日(月曜から金曜まで、毎日25分の帯番組だった)、「明日はリッキー・ネルソンだよ」とジム・ピューターがいったので、わたしは新しいテープを用意して翌日を待ちました。この2日つづきのリック・ネルソン特集は、いま思い返せばビギナー向けの構成で、大瀧詠一の番組のようにマニアックな曲はありませんでしたが、いい曲ばかりで、十分に満足できるものでした。

そのなかで一曲、最後のアナウンスのバックに流れたインストだけは、その後、長いあいだ入手できなかったので、ややマニアックな選曲といえます。イントロでジム・ピューターが割り込み、ジェイムズ・バートン、といったので、寝転がって聴いていたわたしは、むっくり起きあがりました。それがFools Rush Inです。

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ジェイムズ・バートンのFools Rush Inは、リック・ネルソン・ヴァージョンの8年後、1971年に録音されたものです。しかし、キーは同じ、テンポもアレンジもほぼリックのヴァージョンを踏襲したもので、セルフ・カヴァー、いや、リメイクとでもいったおもむきの仕上がりなのです。

ちがうのは、当たり前ですが、リックの歌のかわりに、ジェイムズ・バートンのドブロがリードをとっていることです。このドブロがまたうまいんです。じつにきれいな音で、うなっちゃいます。グラム・パーソンズのアルバムでは、ドブロばかり弾くので、もっとテレキャスターを使ってくれよ、と思ったほどで、バートン自身もドブロを好んだようです。

いまも聴きながら書いているのですが、いやもうすばらしい。ジム・ピューター・ショウのリック・ネルソン特集を録音したテープを、繰り返し繰り返し、すり切れるほど聴いた夏のことを思いだします。うっかりすると涙がこぼれるような、美しいプレイです。

間奏では(って、インストには間奏はない、といわれそうですが、リック盤の間奏に相当する箇所、という意味)、それまでうしろでカッティングをしていたテレキャスター(もちろん、バートンのダブル)が前に出て、リックのヴァージョンとほぼ同じラインを弾きますが、8年のあいだにバートンも成長した、と感じる、タイミングが微妙に遅くなった、懐の深いプレイです。ドブロ、テレキャスター、どちらも完璧。

Fools Rush Inを収録したThe Guitar Sounds of James Burtonというアルバムは、エルヴィスの録音のためにスタジオを押さえたのに、肝心のご本尊が来られなくなったので、急遽、バートンのソロ・アルバムの録音に切り替えたというもので、全体を聴くと、準備不足の感は否めません。ほかに面白いものといって、Pork Salad Annieぐらいです。でも、Fools Rush Inのすばらしさは、すべてに補いをつけてくれます。ときには、これ一曲あれば十分、というトラックもあるものなのです。

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ボブ・ルーマン・バンド時代のジェイムズ・バートン(右)とジェイムズ・カークランド(左)。いやはや、バートンの若いこと。十六歳ぐらいか。要するに、このバンドがそのままリックに引き抜かれてしまったようなもので、ボブ・ルーマンは困ったにちがいない。

リック・ネルソンがらみの2ヴァージョンを書くだけで本日は力尽きてしまったので、残りのヴァージョンは後日に繰り越させていただきます。ほかにもいいヴァージョンがあるので、どうぞお楽しみに。
by songsf4s | 2008-04-01 23:54 | 愚者の船