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On the Street Where You Live by Bob Thompson (『マイ・フェア・レディ』より)
タイトル
On the Street Where You Live
アーティスト
Bob Thompson
ライター
Alan Jay Lerner, Frederick Loewe
収録アルバム
Just for Kicks
リリース年
1959年
他のヴァージョン
OST, Nat King Cole, Shelly Manne, Enoch Light, the Miracles, the Four Tops, Marvin Gaye, Doris Day, Ray Sharpe, Andy Williams, Frank DeVol, Vic Damone, Quincy Jones
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 3月10日追記: サンプルのリンクを修正しました。ご不便をおかけし、申し訳ありません。

当ブログとしてはめずらしいことながら、今日は短く、さっと書いてみようと、この記事に取りかかりましたが、さて、どうなりますか。ヴァージョンがたくさんあるので、半分以上は無視することになるでしょう。

前々回のI Could Have Danced All Night その1のときに、『マイ・フェア・レディ』の他の曲もどっとプレイヤーにドラッグし、ざっと聴きました。最終的に二曲に絞り、どちらにしようかと迷って、オミットしたのが、このOn the Street Where You Liveです。

といっても、楽曲としてどうこうということではなく、I Could Have Danced All Nightにしても、今日のOn the Street Where You Liveにしても、ある特定のヴァージョンだけがすごくよかったわけで、実質的にロビン・ウォードと今日のボブ・トンプソンを比較し、前者のほうがよかったから、I Could Have Danced All Nightにしただけです。で、そろそろ更新しなければならないのに、『マイ・フェア・レディ』以来、見終わった映画はなく、この二番煎じとあいなったというしだい。そういえば、ちょうど八代目三笑亭可楽の『二番煎じ』を聴くのにももってこいの時季ですな。いや、ぜんぜん関係ないのですが。

◆ グルーヴ指向のアレンジ ◆◆
さて、ボブ・トンプソンのOn the Street Where You Liveです。聴いていただくのがなによりでしょう。ロウ・ファイ・ファイルで恐縮ですが、サンプルですので……。

サンプル

トンプソンのリズム・アレンジはいつも楽しくて、弦や管よりリズムのほうばかり考えていたのではないかと思うほどです。こういうアレンジャーはきわめて稀です。ふつう、アレンジャーというのは、メロディー指向というか、弦をどうするか、管をどうするかを考えたものですし、その能力でギャラを得ていたのです。

リズム・セクション、とくにポップ/ロック系では、以前にも書きましたが、プレイヤーがアレンジするのが当然の慣行でした。つまり、たとえば、ドラムならハル・ブレインが、ベースならキャロル・ケイが、ピアノならドン・ランディーが、ギターならトミー・テデスコが自分で譜面を書くものだったのです。ロックンロール時代には、アレンジャーはリズム・セクションには口を出さず、コード・チャートをわたすだけでした。口を出したくても、ハル・ブレインやキャロル・ケイよりいい譜面が書けないから、どうにもならないのです。

例外はブライアン・ウィルソンとビリー・ストレンジです。ともにリズム・セクションのプレイヤーなので、自分で譜面を書けました。いや、ブライアンの場合は、ベース以外の譜面は書かないのですが、ドラムにいたるまで、フレーズは自分でつくっていたことが、Pet Sounds Sessions収録のWouldn't It Be Niceの初期テイクにはっきりと記録されています。入口のフレーズが、自分の指示したものとちがうと、ハル・ブレインのプレイを二度にわたって遮っているのです。

以前、ボブ・トンプソンのことを調べていて、どこかのサイトで、学生時代のトンプソンがドラムを叩いている写真に遭遇しました。それを見て、やっぱりそうか、と膝を叩きました。わたしが大好きなフィーリクス・スラトキンのI Get a Kick Out of Youのアレンジは、ドラムの経験がないアレンジャーには無理ではないかと、ずっと思っていたのです。

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ボブ・トンプソンがアレンジした、フィーリクス・スラトキン指揮のアルバム、Fantasitic Percussion

このOn the Street Where You Liveは、I Get a Kick Out of Youほど、ドラムと全体が密接に縫い合わされているわけではありませんが、アレンジャーがドラム譜を書けるなら、あらかじめ譜面を用意したほうが、スタジオに入ってから細かな打ち合わせをするより、短時間でレコーディングをすませられます。ブライアン・ウィルソンのように、スタジオ・タイムを考えずに録音ができるアレンジャーなど、ほかにはいなかったのです。予算通りに仕事を終えたいなら、完璧な譜面を用意するほうが賢明です。だから、この曲でも、トンプソンはドラム譜を書いたのだろうと推測します。

I Get a Kick Out of Youが収録されたスラトキンのアルバム、Fantastic Percussionでドラムを叩いたのはシェリー・マンだということを、お客さんのオオノさんにご教示いただきましたが、このOn the Street Where You Liveのドラマーも同じタイム、同じアクセントに聞こえるので、おそらくシェリー・マンなのでしょう。ベースがうまいおかげもあるのですが、非常にいいグルーヴで、聴いていて朗らかな気分になります。

◆ オーケストラもの ◆◆
トンプソンのパーカッシヴなアレンジさえご紹介すれば、今日の目的は達したことになるのですが、もうすこしだけつづけます。

つぎに楽しいのはイーノック・ライトのヴァージョンです。こちらもトンプソン盤同様、リズム・アレンジが勝負のヴァージョンです。ボンゴとトラップ・ドラムが狂言まわしをつとめ、つぎからつぎへとめまぐるしく登場人物=リード楽器が交代する、テンポの速いコメディーのようなヴァージョンです。イーノック・ライトのものには、つねにユーモアが揺曳していて、そこが大きな魅力になっています。

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イーノック・ライトのOn the Street Where You Liveを収録したコマンド・レコードのオムニバス、Pop Special。もともとはProvocative Percussionというアルバムに収録されたらしい。

前回、ご紹介したLet's Dance Bossa Novaとはちがうアルバムに収録されているのですが、ドラマーは同じひとのようです。この曲でもI Could Have Danced All Night同様、二拍目でキックの強いアクセントを使っています。それだけなら、イーノック・ライトの好みにすぎない可能性もありますが、キックのチューニングとタイムも同一に聞こえます。いやはや、それにしてもめまぐるしいアレンジで、じつに楽しくなります。パート譜を起こすコピイストは大変だったでしょうけれど。

NYからハリウッドに戻って、フランク・ディヴォールは、スタンダード・シンガーのオーケストレーションをたくさんやったひとなので、いかにもそれらしく控えめで上品な管のアンサンブルです。こういうアンサンブルはハリウッドのお家芸で、インフラストラクチャーがこういうスケール感を生みだすのです。おかしなことに、こちらのドラマーもイーノック・ライトのものと同じような、キック一発のアクセントを使っています。こちらは一拍目ですが。

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いつもスロウ&ムーディーなジャッキー・グリーソンは、この曲ではめずらしくアップテンポでやっています。リズム・セクションはストレートな4ビート、管はディクシー気味という、やや違和感のあるアレンジで、偏見かもしれませんが、ジャッキー・グリーソンは、やっぱりスロウ&ムーディーのほうがいいと感じます。

アンドレ・プレヴィンのピアノとリロイ・ヴィネガーのベースというシェリー・マンのトリオは、I Could Have Danced All Nightのほうはかなり変なアレンジでしたが、こちらは素直にミディアムでやっています。わたしはピアノ・トリオが不得手なので、さっぱりわかりませんが。

f0147840_102189.jpgクウィンシー・ジョーンズは、Big Band Bossa Novaというタイトルのアルバムに収録されていますが、ボサ・ノヴァではなく、サンバです。いや、サンバです、はいいのですが、なんじゃこれは、というじつに珍な仕上がりで、絶句してしまいます。中間部でテナーサックスがソロをとるのですが、これがあなた、サックスだけは4ビートのストレートなジャズ・グルーヴ、まわりはずっとサンバというハイブリッド・グルーヴで、意図的なのかもしれませんが、ひどい不発アイディアで、二つの異なった曲を同時に聴かされているような不快感があります。今回聴いたものでは最低の出来。この人、有名なだけで、才能はなかったと、最近は見離しつつあります。悪いものばかりに当たるのです。

◆ 歌もの ◆◆
映画では、この曲は、フレディーという、イライザがまだコクニー丸出しの下品な花売り娘だったころから彼女に気があり、淑女としての彼女に再会してからは、「イライザ命」と心に決めた好青年が歌います。フレディーはイライザに一目会いたいと、ヒギンズの家を訪ねるのですが、イライザに面会を断られてしまい、それでも多幸症状態なので、ヒギンズ邸の周囲を歩きながら、この歌を歌ってしまうわけです。まあ、若者にはありがちな気分なのでしょう。

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これがフレディー。いままさに、音吐朗々とOn the Street Where You Liveを歌っているところ。

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これが「彼女の住む通り」。もちろん、ワーナーのバックロットにつくられたオープンセット。昔の映画はたいへんだ。この映画ではセットなかで競馬をやる!

そういう曲なので朗々と歌いがちなのです。ミュージカルのなかではそれでいいのですが、単独の録音となると、どうでしょうかね。そういうのはわたしの好みではないのです。なんたって、元をたどればがちがちのロック小僧ですからね。

そういうひとだからしかたありませんが、ヴィック・ダモーンはもろに「音吐朗々」世界で、おっとっと、とつぶやいて、つぎのトラックにジャンプ、でした。

そこへいくと、ディノはやっぱり、どこまでも「スタイリスト」です。歌もののなかでは、このディーン・マーティン盤がいちばん懐の深い歌いっぷりで、非常に好ましい出来です。

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Dean Martin "This Time I'm Swingin'"

フォー・トップス、ミラクルズ、マーヴィン・ゲイと、モータウンが3種もあるのが、おやおやです。しかも、モータウン風アレンジはゼロ。メインストリームの上品なスタイルです。全部ハリウッド録音でしょう。モータウンがなぜハリウッドで録音するようになったかは、わたしにとっては追求するに足るテーマで、何度か考えたのですが、こういうメインストリーム・サウンドがデトロイトでは不可能だったこともひとつの理由だと思います。

f0147840_1112346.jpgいや、結果から見れば、この方向は途中で消えた、とはいわないまでも、ものすごく細くなって、スプリームズのアルバムなどに多少の痕跡が残るまでに薄れてしまうので、どうでもいいといえばどうでもいいのですが、トップス、ミラクルズ、ゲイの三者が初期にメインストリーム的なサウンドを試みているというのは、モータウンがスプリームズの「爆発」直前に、そういう方向も模索していたひとつの証左といえます。早い話が、社会階層を上にのぼりたくて、ハリウッド録音を開始したのではないか、という想定に行き着くわけです。

アップテンポのボビー・デアリン(「ダーリン」読みは当家では廃止した。本来の音からあまりにも遠すぎる)は、歌詞の意味と懸け離れてしまっていて、「いい」カヴァーではないでしょうが、これくらいのほうがわたしは乗れます。ハルでもアールでもない、ジャズ系のドラマーがフィルを叩きまくっています。もう時間切れなので、これが最後、レイ・シャープも悪くありません。
by songsf4s | 2009-03-09 23:56 | 映画・TV音楽
(I'll Build a) Stairway to Paradise by Georges Guetary (OST)
タイトル
(I'll Build a) Stairway to Paradise
アーティスト
Georges Guetary (OST)
ライター
George Gershwin, Ira Gershwin
収録アルバム
An American in Paris (OST)
リリース年
1951年
他のヴァージョン
Paul Whiteman Orchestra, Liza Minnelli, Harpers Bizarre
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このところ、ブログは更新したい、仕事は忙しい、という二律背反に苦しんでいるのですが、ひとつだけいい点があります。いま取りかかっている仕事はハリウッド音楽史なので、「仕事のことをブログに書く」という、妥協の成り立つ余地があるのです。今日は、仕事のための調べもので得た副産物です。

f0147840_1750419.jpgウェスト・コースト・ジャズと映画音楽の関係について、以前調べたことがあります。Hollywood Rhapsodyという映画音楽研究書によると、ジャズ・プレイヤーが、ノン・ジャズ・シーンでプレイしたごく初期の例は、『巴里のアメリカ人』(1951)におけるベニー・カーターなのだそうです。

しかし、さらに調べていると、ちょっと微妙なんです。OSTにはベニー・カーター&ヒズ・オーケストラ名義のものが三曲収録されています。映画には、この三曲にムードが似た、ミディアム・スロウのジャズ・コンボのプレイが出てくるのですが(開巻まもなく、レスリー・キャロンが着せ替え人形のようにつぎつぎに衣装とセットを替えながら踊るシークェンスの一部、ジーン・ケリーとニーナ・フォシュが食事するレストランのシークェンス、大晦日のパーティーのシークェンス)、ドンピシャリ、OST盤そのままの曲というのが見あたらないのです。

ウェブで調べてみると、こういうページが見つかりました。下のほうに、こう書いてあります。

「(MGMに保存された)ファイルによると、ミュージシャンのベニー・カーターとそのグループが"Our Love Is Here to Stay"という曲を演奏する予定、となっているが、完成したサウンドトラックでは彼らの関与は確認できない」

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ちょっとあいまいな叙述で、"Our Love Is Here to Stay"という曲にかぎっては、ベニー・カーターがプレイしたとは確認できない、といっているのか、この曲のみならず、ベニー・カーターのプレイは最終版にはない、といっているのか、どちらとも断言しかねます。最近のOST盤にはベニー・カーターのこの曲は収録されているようです。考えられるのは、「じっさいに録音はした、しかし、編集段階で切られてしまった」でしょうが、もっと奥があるのかもしれません。

ものごとというのは、細かく調べていくと、一般に流布しているのはみな、適当にしつらえた表向きのタワゴトばかりなのだ、という結論になっちゃうのじゃないでしょうかね。われわれはなにか書くときに、時間の都合で原典にはあたらず、二次的材料を参考にする(つまり、史料それ自体ではなく、史料を基に書かれた専門研究書を読んでなにかを書く、といったたぐい)のはしょっちゅうですから、どこかでだれかがきちんと調べてくれなかったために、間違いが流布するというのはよくあることです。

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冒頭に出てくる、ジーン・ケリー(左の窓)が住むアパルトマン。こういう屋根を「マンサード」(英語式)または「マンサール」(仏語式)と呼ぶ。「駒形屋根」という訳語もある。断面が将棋の駒のような五角形だからだ。また、こういう形式の窓を「ドーマー・ウィンドウ」という。マンサードにドーマーはおそらくパリが発祥の地で、関東大震災後に日本でも流行した。以前、東京・神田にはたくさん残っていて、むやみに写真を撮ったが、いまはどうだろうか。まだ残っているだろうが、すごく減ってしまっただろう。いずれにせよ、このアパルトマンのデザインは、みごとにパリのムードをつくっている。

ところで、上記のページは、今日はじめてぶつかったものです。この種のものとしてはIMDbが有名ですが、わたしはあそこが嫌いです。通り一遍のことしか書いてなくて退屈だし、細かく見ようとすると、すぐにレジストしろとうるさいのも癇に障ります。allmusic同様、どこのサイトでも馬鹿みたいにIMDbを引用するのも、癇に障るどころか、あってはならないことだと思います。他人の意見は他人の意見、どこまでいっても自分の意見ではないのだし、情報ソースを一カ所に集約するのはファシズムの萌芽です。

上記サイトはTurner Classic Moviesとあるので、これまたメディア・コングロマリットの囲い込み戦略の一貫でしょうが、内容の面白さ、調査の徹底性、提供データの深さ、使い勝手のよさ、すべての面でIMDbを圧倒しています。ただし、自社が権利を持つものしか扱っていないでしょうね。でも、これを見れば、IMDbのどこがダメかは一目瞭然、こういうものが存在していれば、他のサイトに好影響があるでしょう。これだから競争は重要なのです。

◆ やっと本題 ◆◆
で、本日取り上げる曲は(I'll Build a) Stairway to Paradise、って、ここまでたどり着くのに、ひどく手間どってしまいました。



『巴里のアメリカ人』にはいい曲がかなりあるし、スタンダードになったものも少なくありません。でも、'S Wonderfulなんか、はじめから取り上げるつもりはありませんでした。数十種類のカヴァーがあるに決まっていますからね。そもそも、この曲はそれほど好みというわけでもありません。

I've Got a Crush on Youもありますねえ。I Got Rhythmも有名ですし、Nice Work If You Can Get Itもあるしで、エラいことです。個人的には、I Got Rhythmも好きで、じっさい、この記事を書きはじめたときはこれでいくつもりだったため、ファイル名はI Got Rhythmとし、いまもそのままです。

結局、Stairway to Paradiseにしたのは、ちょうど、わたしの属しているメーリング・リストでこの曲の話になった、ということがひとつ、いいカヴァーがあるというのがひとつ、そして、よけいなカヴァーがなく、聞き比べに時間がかからない、というのが決め手でした。
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オスカー・レヴァントは、パリに留学中のアメリカ人コンサート・ピアニストという役。この3葉は彼の空想のコンサート・シーン。レヴァントは、ピアノ、ヴァイオリン、マリンバ、ティンパニーなどをプレイし、コンダクトもする。ピアノは本職だから当然だが、他の楽器もきちんと絵と音がシンクしていて、安心して見ていられる。わたしは小林旭ファンだが、いまだにギターを弾くシーンは尻がむずむずする。コードなんて簡単なんだから、だれか引っぱたいてでもギターを練習させればよかったのにと思う。楽器を弾くシーンでは、絵と音はかならずシンクさせてほしい。『アマデウス』はつまらない映画だと思ったが、演奏シーンは素晴らしかった。

映画のなかでは、主演のジーン・ケリーではなく、アンリ・ボレルという仇役(いや、当人はそうなっていることに気づいていない好人物)を演じるジョルジュ・ゲターリーが歌っています。ジャズを毛嫌いするレヴューの歌い手という役柄なので、そういう思い入れで歌っているのでしょうが、わたしの知識が薄いので戦前の古いジャズと同じような感覚で歌っているように聞こえてしまいます。

曲調としても、ガーシュウィン流のジャズ傾斜ポップ・ソングで、I'll build a stairway to paradise with a new step everydayの最後がセヴンス・コードになるところがオーソドクス、まさにガーシュウィン式の楷書のジャズ傾斜です。いや、このセヴンスはクリシェといえばクリシェですが、ちょっと魅力的に響くのもたしかです。

◆ ハーパーズ盤 ◆◆
以前にも書きましたが、ハーパーズ・ビザールの最初の三枚のリズム・セクションは、ドラムズ=ハル・ブレイン、フェンダー・ベース=キャロル・ケイ、ギター=トミー・テデスコです。これが最初の三枚の出来がよく、リズム・セクションが交代した最後のアルバム「4」で大崩れに崩れてしまう理由です。

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ハーパーズのI'll Build a Stairway to Paradiseは、3枚目のSecret Life of Harpers Bizarreに収録されたもので、ドラムは依然としてハル・ブレイン、しかも、アレンジャーはかのボブ・トンプソン。このアルバムのなかでは、もっともすぐれたナンバーになっています。

イントロの弦とパーカッションには微妙な東洋趣味が感じられ、トンプソンだから、否が応でも気分はエキゾティカへと傾斜しかけます。しかし、ドラム、ベース(キャロル・ケイ確率99パーセント)、ギター(不明。これはテデスコのスタイルには聞こえない)という右チャンネルに集められたリズム・セクションが入ってくると、いつものハリウッドの音、しかも、かなり好調な日のグッド・グルーヴを堪能することができます。

シャッフルなので、ハルはおおむね3連のフィルインを使っています。なんといっても、1:52から1:53にかけてのタムタムがすごいものです。ピッチと時期から考えて、すでにセットはオクトプラスになっているにちがいありません。オクトプラスのハイ・ピッチのタムが鳴っています。もちろん、こういうタイプではエンディングにかけて盛り上げることになっていて、終盤はフィルが増え、ハル・ブレインここにありと高らかに宣言しています。

f0147840_1824288.jpgトンプソンについては、当家では、有名ではないが、すばらしいアレンジをしていると書いてきました。この曲の弦のアレンジもみごとなものです。ニック・デカーロなんて二流ですが、自己名義のアルバムやカーペンターズのおかげで(日本だけで)有名なのに対し、トンプソンにはそういうものがないために過小評価されているのは、じつに馬鹿げています。だれも音そのものを聴かずに、どこかの半チクなだれかが書いた垢抜けない評価を鵜呑みにしているとしか思えません。自分の耳で聴き、自分が感じたことを、自分の言葉で書く、この最低ラインは、ウェブでも守ってもらいたいものです。

オーケストレーターとして、トンプソンはデカーロのようなマイナーリーガーとは比較になりません。フィーリクス・スラトキンのI Get a Kick Out of Youのパーカッション・アレンジができて、このI'll Build a Stairway to Paradiseのような、味わいのある弦ができるのだから、万能のアレンジャーといいたくなります。まあ、穏当な表現に抑えるなら、非常に高いヴァーサティリティーをもつオーケストレーター、といったあたりでしょうか。

今回、また検索をかけたら、いままで見たことがなかったこういうサイトが引っかかりました。やっと、総合的なリストが手に入ったので、よーし、がんばってみるかと、よせばいいのに、まずい気合いをかけてしまいました。

◆ ポール・ホワイトマンとライザ・ミネリ ◆◆
『巴里のアメリカ人』というミュージカルに使われた曲は、書き下ろしばかりではなく、それまでにガーシュウィン兄弟が書いてきた曲がさまざまな形で「カニバライズ」されているようで、検索したら、ポール・ホワイトマンのヴァージョンが出てきてしまいました。調べる手間をかけていませんが、当然、戦前のものでしょう。



これはこれで、なかなか脳天気な軽ろみがあって、けっこうなムードだと思います。昔の人たちは、自分のうまさをひけらかしたりする意図がなくて、胸くそ悪い気分にならないですむので助かります。毎度いうように、シンガーが自分のうまさに酔っている姿ほどおぞましい見せ物はありません。その対極にあるのが、プレイヤーがグッド・グルーヴを楽しんで演奏している姿です。これは気分のいいヴァージョンでした。

もうひとつ、うちにはライザ・ミネリのものがありますが、こういうのがお好きな方だけが聴けばいいもので、わたしはまったく受け付けませんでした。あれは隣の宇宙の音楽で、わたしの宇宙ではこういうのは流行りません。

映画のことやら、ガーシュウィン兄弟とアーサー・フリードの契約のことやら、いろいろ書きたいことはあるのですが、今回はボブ・トンプソンに時間をとられたので、なにかまたミュージカルを取り上げるときにでもふれることにします。

あー、でも、ちょっとだけ。20年ほど前にこの映画を再見したときも思ったのですが、『巴里のアメリカ人』のジーン・ケリーとオスカー・レヴァントのコンビは、『銀座の恋の物語』の石原裕次郎とジェリー藤尾に投影されていると思います。『夜霧よ今夜もありがとう』のような露骨なコピーではありませんが、ケリー=レヴァントの男たちの暮らしのムードを、日本的に、しかし、どこかで微妙に非日本的な味を残しつつ、『銀座の恋の物語』は翻案したと思います(ストーリーはまったく異なり、そちらにはべつのネタがある)。わたしは、どちらのセット・デザインも好きです。昔は、馬鹿リアリズムに毒されていない美術監督がいっぱいいて、楽しい画面をつくってくれたものです。

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by songsf4s | 2009-02-14 18:17 | 映画・TV音楽
The Best of Earl Palmer その14

前々回にふれた、当家のお客様であるOさんに、アメリカ議会図書館サイトのJazz on the Screenというデータベースを教えていただきました。ここでアール・パーマーを検索すると、伝記のフィルモグラフィーにあげられている映画より多くの作品がヒットします。

それで、アールがいっていたことを思い出しました。余裕があれば、このベスト・オヴ・アール・パーマーはサントラ篇までいくつもりですが、明日のことはわからないので、さきに書いておきます。

アールが生涯でもっともむずかしかった仕事のひとつとしてあげているのは、『ザカライア』という映画のサントラです。このサントラについては、画面に映っているドラマーがプレイしたと誤解している人が大部分らしく(無理もないのだが!)、You Tubeでもまちがったクレジットになっているし、海外のジャズ関係のサイトでもまちがった記述をしていたので、伝記から原文を引用します。正しいことを書いているサイトは見あたらず、本を読まない人が多いことを痛感しました。

f0147840_23401453.jpgAugust 1970 (SIX DATES) - Zachariah, MGM. That's the hardest session I ever did. They made a movie called Zachariah, a real hokey satire on cowboy days. Elvin Jones played a gunslinger. In his big scene, instead of saying "Draw," he says, "Gimme them drumsticks" and plays a big solo.
Jimmy Haskell was the composer. Jimmy's a guy that did a little bit garbage of anything. "Oh yeah, we can do that." Probably at a lesser price, too. That kind of guy works the shit out of you, because he's aiming to please. He'll go past breaks, rush you, come in with the score half-written and write the rest right there. One of the last times I worked for him, Jimmy was sitting there eating peanuts from his pocket writing the score.
Anyway, somehow or other the sound got messed up. The drum solo had to be played all over again. Jimmy told the producers, "Oh yeah, we can do that."
I said, "Wait a minute. I'm not going to do this. I'm not going to fucking do this, man."
Haskell said, "Why?"
"Do you know who this is? I can't match Elvin, nobody can. The man is a genius." Finally I said, "All right. Give me two hours." I took my lunch and a Moviola machine and some music paper, went across the alley into a little room, and transcribed Elvin's whole solo. Took me two-and-a-half hours to write out a five-minute solo. Then I played it. I not only got paid overtime, I got a bonus when they realized how hard that was and how near it came to being perfect.

--Tony Scherman "Backbeat: Earl Palmer's Story," p.138-39

書き写しただけで疲れてしまったので、逐語訳は勘弁願います。かいつまんでいうと、『ザカライア』という映画でエルヴィン・ジョーンズがドラム・ソロをやるシーンがあったのですが、現場での同録に失敗して、オーヴァーダブしなければならないことになり、ここでは「安請け合いのなんでも屋」と書かれているジミー・ハスケルが、この仕事をアール・パーマーに依頼しました。

そんな馬鹿なことができるか、あれをだれだと思っているんだ、エルヴィン・ジョーンズだぞ、エルヴィンの真似ができるドラマーなんかいるもんか、といった、アールとしてはいちおういわなければならないことをいい、結局、彼はソロをすべて譜面に起こし、みごとに欠落したサウンドトラックを完成した、というお話です。

英文解釈の補助として三点申し上げます。Gimme them drumsticksのthemは、目的格ではなく、thoseという意味です。ブッキッシュに書き直すと、"Give me those drumsticks"となります。works the shit out of youは、「人使いが荒い」「とんでもないことをやらせる」といったあたりでいいでしょう。

また、Moviolaというのはフィルム編集機で、ジョグ・ダイアルでDVDのフレームを前後に行ったり来たりするように、自在にフィルムを行ったり来たりすることができます。かつては、これがないと、ドラムソロの映像だけを頼りに譜面を起こすなどということはとうていできませんでした。いまでは、ディジタル・システムを使うケースもあるでしょうが、依然としてフィルム編集の主力はムヴィオラだろうと思います。

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ふつう、ムヴィオラというと、上の写真のようなフラットベッド(デスク)タイプを思い浮かべるが、それでは「ランチとムヴィオラと五線紙をもって、廊下の向こうの小部屋にこもった」というアール・パーマーの話と矛盾する。調べたら、下の写真のようなアップライト・タイプもあることがわかった。これなら移動不可能ということはないだろう。

さて、こうした苦行の結果、どんなものができあがったか見てみましょう。



You Tubeは微妙にシンクがずれるのですが、ちょっと見たぐらいでは、これがべつのドラマーによるオーヴァーダブだとわかる人はまずいないでしょう。だから、エルヴィン・ジョーンズを絶賛して、サンプルとしてこの画像を埋め込んでいたアメリカのブロガーをあげつらうのは酷なのですが、でも、人間の判断力というのは、その程度の頼りないものなのだということを証明する実例であることは間違いありません。

エルヴィン・ジョーンズ・ファンが、このアール・パーマーのプレイを聴いて、すごい、すごい、と騒ぐのなら、彼らはアール・パーマーのファンにもならなければいけないはずです。そうなっていないのなら、それはたんに聴いたことがないからか、プレイを聴いて判断しているのではなく、有名なドラマーのことを、たんに有名だという理由で「素晴らしいドラマー」と呼んでいるにすぎないことになります。いうまでもなく、すぐれていることと、有名であることは、混同してはいけないことのはずです。

f0147840_23583362.jpgそもそも、ドラム・ソロを基準にしてドラマーを評価するのは間違いです。そんなこともわからずにドラマーの善し悪しをあれこれいうのは、それこそ原始的な「ファン気質」にすぎず、聞くに足る言説とはいえません。ドラムという楽器は、本質的に単独でプレイするようにはできていないのです。アンサンブルのなかで生きる楽器です。だから、プレイの善し悪しもアンサンブルのなかで見なければいけないのです。

エルヴィン・ジョーンズは、アールがいうように「天才」とは思いませんが(タイムで比較するなら、ジム・ゴードンのほうがずっと精密だし、バディー・リッチに劣る。天才というのは、この二人のほうにふさわしい言葉だろう。まあ、モダン・ジャズではタイムを軽視するのだろうが)、ジャズ・ドラマーのなかでは「叩ける」部類の人だと思います。ライドのプレイには独特のムードがあり、その点は賞美できます。

なんだか、エルヴィン・ジョーンズ・ファンをやり玉に挙げた格好になりましたが、痛感するのは、「無心」は至難だということです。禅坊主の言いぐさみたいで恐縮ですが、われわれの精神構造は、どうしても先に「名前」「ラベル」のほうを見てしまい、虚心坦懐に「裸の中身」に無の状態で接することはできないようになっているのでしょうね。音楽、映画を問わず、ハリウッド人種が仕掛けるインチキな「罠」にはまったエルヴィン・ジョーンズ・ファンたちの勘違いは、わたしにとってはひとごとではなく、チビってしまうほど肝を冷やした「他山の石」でした。

◆ B. Bumble & The Stingers - Nut Rocker ◆◆
さて、ベスト・オヴ・アール・パーマー、ハリウッド篇、本日は1962年、アール・パーマーの生涯最良の年に入ります。

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B・バンブル&ザ・スティンガーズというパーマネントなバンドは存在せず、これはスタジオ・プロジェクトで、トラックによってメンバーは変動します。そのへんの舞台裏は、The Complete Al Hazan Storyという、アル・ハザンのじつに楽しく、また示唆に富んだサイトの、B. Bumble and "Nutrocker"というページに詳述されていますので、ご興味があれば、そちらをどうぞ。ただし、1962年秋の録音というのは、ハザンの記憶違いでしょう。62年春にはもうヒットしているので、それ以前に録音されたことになります。

前回、ユナイティッドの響きと、そのエンジニアたちの仕事ぶりを絶賛し、ボビー・ヴィーなどの完璧な音を聴いていると、そこらの盤はバカバカしくて聴けない、なんて大束なことを書いてしまいましたが、ピアノを弾いたアル・ハザンによれば、このNut Rocker(いうまでもないだろうが、原曲は「くるみ割り人形」)は、スタジオではなく、ランデヴー・レコードのオフィスで録音されたそうです。

同じプレイヤーたちの仕事とはいえ、世界でも最先端を行くユナイティッドのようなスタジオで、名匠ビル・パトナムの薫陶を受けた、手練れのプロフェッショナルによって精緻に録音された曲と、そこらのオフィスで素人が録音した曲が同居してしまうのだから、ヒット・チャートというのは面白いものです。ここらが、ポップ・ミュージックならではの味わいといえるかもしれません。

ただし、どこかの家の居間で録音されたという、?&ザ・ミステリアンズの96 Tearsは、ドラムがろくに聞こえない、素人丸出しのひどい録音でしたが、こちらは素人とはいえ、レーベル経営者、さすがに、いわれなければオフィスで録ったとは思えない仕上がりになっています。ピアノのハンマーに画鋲を打って、古めかしいミュージック・ホール的なサウンドを再現したことも、ヒットかミスかの最終結果に影響する工夫でした。

アールは両手でスネアを叩くトレードマークのスタイルで、終始一貫、ホットなプレイをしています。いま聴いても、いかにもヒットしそうなトラックに思えますが、その理由はアル・ハザンとアール・パーマーの熱いパフォーマンスでしょう(プレイヤーたちは時間買いではなく、印税払いだったそうで、それも温度を上昇させる役に立ったのかもしれない!)。中間部でのルネ・ホールーのギターも好みです。

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アル・ハザン。Nut Rockerではエンディングのグリサンドを繰り返したために、しまいには「流血の惨事」になったという。

アル・ハザンは、現場に行くまでなにをやるのか知らず、他人の盤をコピーすることからはじめたので、まだ練習不足で、不満足な仕上がりだといっています。しかし、この企画の推進者であるランデヴーのオーナー、ロッド・ピアースがいうように、そういうラフ・エッジが残っている段階でテープを廻したことにこそ、勝因があったにちがいありません。

◆ Herb Alpert & The Tijuana Brass - The Lonely Bull ◆◆
A Taste of Honeyと並ぶ、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスの代表作です。こちらはデビュー曲で、たちまち、インスト・バンドの定番曲になり、わたしの場合は、ヴェンチャーズのカヴァーでこの曲を知りました。ちなみに、ヴェンチャーズ盤The Lonely Bullのドラマーはハル・ブレインでしょう。

f0147840_035453.jpgで、話を混乱させるつもりはないのですが、メル・テイラーは(ヴェンチャーズ盤ではなく)ティファナ・ブラス盤The Lonely Bullでは、自分がストゥールに坐ったと主張していました。ハル・ブレインが回想記のディスコグラフィーにこの曲をあげていたのが気に入らなくて反論した、ということのようですが、TJB盤では、ハルはティンパニーをプレイしただけです(ややこしくて申し訳ないが、ハルがトラップに坐ったのはヴェンチャーズ盤The Lonely Bullのほうである!)。ラジオ番組でそれを明言し、トラップはアール・パーマーがプレイした、といっていました。

別の資料によると、ハーブ・アルパートはこの曲をどう料理するかで迷い、自宅ガレージで何度かデモを録音し、メキシコ音楽風のアレンジにたどり着いたところで、共同でA&Mレコードを設立することになる、パートナーのジェリー・モスと資金を出し合ってスタジオを押さえ、本番の録音をおこなったそうです。

これで、メル・テイラーの誤解は明らかでしょう。彼はアルパートの自宅でのデモでプレイしただけで、本番ではアール・パーマーがストゥールに坐り、ハル・ブレインがティンパニーをプレイしたのです。じっさいに音を聴いても、この繊細なスネア・ワークは、メル・テイラーのものには思えません。だれでも一流のプロフェッショナルのタッチを感じとれる、すぐれたプレイです。

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CTIのプロデューサー、クリード・テイラーをはさんで、ジェリー・モス(左)とハーブ・アルパート

ティファナ・ブラスの1962年のデビュー盤のセッションで、アール・パーマーとハル・ブレインが顔を合わせたのは、なにやら象徴的なことのように思えます。1963年になると、ハル・ブレインはつぎつぎとアール・パーマーの得意先を奪っていきますが、TJBの場合もハルがレギュラーになり、グラミーを得たA Taste of Honeyでも、ハルがプレイしていますし、日本でもっとも有名なTJBの曲であるBitter Sweet Samba(「オールナイト・ニッポン」のテーマ)もハルの仕事です。

以上ですでにおわかりのように、ハーブ・アルパートとTJBも当初は純粋なスタジオ・プロジェクトで、ツアー・グループが組まれるのは、三年後、A Taste of Honeyが大ヒットしてからのことです。トランペットは、ビリー・ストレンジをして「世界一」といわしめたオリー・ミッチェルがプレイしたといわれ、トミー・テデスコ、チャック・バーグホーファーらもTJBセッションの常連でしたが、もちろん、こうした大物プレイヤーたちがツアー・バンドに加わることはありませんでした。

◆ Duane Eddy - The Ballad Of Paladin ◆◆
たしか、邦題は「西部の男パラディン」だったと思いますが、The Ballad Of Paladinはテレビの西部劇のテーマです。

ドゥエイン・エディーは、アリゾナからスタートして、あとはハリウッドとナッシュヴィルで録音したようです。エディーのツアー・バンドにはスティーヴ・ダグラスとラリー・ネクテルというのちのスタジオのレギュラーが参加していたくらいで、ツアー・バンドそのままで録音したトラックも多いのですが、そろそろパーマネントなツアー・バンドの維持がむずかしくなる時期、つまり、それだけの費用を正当化できるほどの大きな稼ぎがなくなる時期で、アール・パーマーがエディーのトラックでストゥールに坐った背景には、そういう事情があるのではないだろうかと思います。レギュラーのツアー・バンドをもたなければ、そのメンバーに義理立てするする必要もなくなるのです。

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ドゥエイン・エディーなのだから、分類するとすれば、もちろんギター・インストなのですが、同じギター・インストでも、この曲は、いわばアル・カイオラ的なオーケストラ付きギター・インストで、アール・パーマーがプレイするにふさわしい曲調といえます。アレンジャーはかのボブ・トンプソン。当ブログは縁があるのか、よくトンプソンの曲を取り上げています。この記事のコメントなどで、トンプソンのことで騒いでおります。

リズム・セクションは、アールのほかに、ベースがジミー・ボンド、ピアノがラリー・ネクテルで、テナーサックスはプラズ・ジョンソンと、ネクテル以外は、この時期のスタジオのレギュラーです。ネクテルがスタジオ・プレイヤーになるのは、もう少し先のことでしょう。

62年のトラックはまだあるのですが、残りは次回に。

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「西部の男パラディン」の原題はHave Gun, Will Travelという。これは「拳銃あり、どこにでも参上」というガンマンの広告の文句で、西部劇ではおなじみの言葉。ドゥエイン・エディーにはHave Guitar, Will Travel、すなわち「ギターあり、どこにでも参上」というアルバムがある。



by songsf4s | 2008-11-12 23:56 | ドラマー特集
Autumn in New York by Felix Slatkin
タイトル
Autumn in New York
アーティスト
Felix Slatkin
ライター
Vernon Duke
収録アルバム
Fantastic Percussion
リリース年
1960年
他のヴァージョン
Frank Sinatra, Stan Kenton, Charlie Parker, Sara Vaughan
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レイ・デイヴィーズの伝記はまだ読み終わらず、補足でのごまかしもそろそろ手詰まりになってきて、今夜はやむをえず、非常手段を使います。

今夜は予定していた秋の歌を取り上げますが、インスト・ヴァージョンだけにして、あまり出来がいいとは思えないヴォーカル・ヴァージョンを丸ごと無視することで、歌詞を解釈する時間を削減しようと思います。そもそも、シンデレラの帰宅時間まであとわずかで、よけいなヴァージョンのことなど書いている余裕はなさそうです。

◆ クラシック奏者にあるまじきしゃれっ気 ◆◆
フィーリクス・スラトキンといっても、「ああ、あの人か」というのは、フランク・シナトラの熱烈なファンと、変わり者のクラシック・ファンぐらいでしょう。彼が長年にわたって20世紀フォックスおよびシナトラのコンサート・マスターをつとめたことは、The Theme from A Summer Place by Percy Faith and His OrchestraおよびSummer Wind by Frank Sinatra その2で、二度にわたってふれています。

クラシック界での評価は低いそうですから、結局、スラトキンという人は、息子のようにだいじにしていたという、フランク・シナトラと「心中」したも同然といえるかもしれません。しかし、クラシックの世界でもなければ、本職のヴァイオリンでもなく、スラトキンの評価は、意外なところで上昇しつつあります。ラウンジ・ミュージックの世界です。

わたしがスラトキンの音ではなく(音だけなら、20世紀フォックスの映画を見れば、かならず聴いて「しまう」ことになる)、名前にふれたのは、キャピトルのラウンジ・ミュージックを集大成した、Ultra Loungeというシリーズの3枚目、Space Capadesという盤でのことでした。

f0147840_011958.jpgこの盤に収録された、スラトキンのI Get a Kick Out of Youにはひっくり返りました。I get a kick out of youという、文字を見るだけでもシナトラの顔と声を連想せずにはいられないフレーズを、なんと、ティンパニーでやっちゃったのだから、思わず「ブハー」と吹きましたぜ。いくらハリウッド映画界で活躍した人でも、仮にも正規の教育を受けたクラシック奏者が、こんないたずらっ気、ウィット、芸人気質をもっていちゃいかんだろう、と思いましたね。これでは、本職のエンターテイナーが形無しというものです。

◆ すがすがしいアレンジとプレイ ◆◆
Ultra Loungeというシリーズは、選曲が楽しいので好きなのですが、玉に瑕は、ライナーが素っ気なく、データがわからないケースが多いことです。フィーリクス・スラトキンというのが、どういう人なのかわかったのは、右のリンクからいける「Yxx Txxxを聴く」のオオノ隊長と、Session with Sinatraという本のおかげでした。

わかってくると、いよいよ、I Get a Kick Out of Youを収録したアルバムが聴きたくなってきました。そして、ついこのあいだ、ようやく念願かなって、このFantastic Percussionを聴くことができました。素晴らしいのひと言です。

全体に、アレンジにウィットが感じられるのがなによりも好ましい点ですが、ハリウッド音楽界の重鎮がコンダクトしたのだから、すべてのプレイヤーがハイ・レベルで、それぞれがやるべきことを十全にやっていることが、この盤をいまでも生き生きとした、古びないものにしていると感じます。うまい人たちばかりが、アレンジメントとコンダクトにしたがって、きっちりとプロフェッショナルな仕事をした盤というのは、一点の曇りもなく、正月の神棚のように清々として、すがすがしく、じつに気持ちのよいものです。

ラウンジとエキゾティカは、隣どうし、背中合わせの分野ですが、そこにはおのずから相違があります。Fantastic Percussionは、エキゾティカではなく、ラウンジに属すものですが、Autumn in New YorkとCaravanだけは、エキゾティカのムードをもっています。それは主としてメロディーが醸し出すものですが、それがたまたま、さまざまなパーカッションと出遭った(それがそもそものこの盤の企画趣旨ですから)結果、半歩以上エキゾティカに踏み込んだサウンドになったのでしょう。どうであれ、なかなか魅力的なサウンドです。

◆ スロウ・バラッドの耐えがたい卑猥さ ◆◆
残り時間僅少なので、他のヴァージョンと歌詞については明日に持ち越し、といつもならいうところですが、このまま放擲します。たいして面白い曲ではないですし、残るヴァージョンは、シナトラを含めて、いや、チャーリー・パーカーも含めて、みな気に入りません。どのヴァージョンも、所詮、猥褻なスロウ・バラッドを猥褻にやっているだけのことで、「わたしのストリートには顔を出さない」(レイ・デイヴィーズ・フレーズ)タイプの音楽です。

スロウ・バラッドに「感情をこめる」気色の悪さ、卑猥さは、スラトキンの清々とした、すがすがしいヴァージョンを聴くことで、いっそう明瞭になります。わたしは、アップテンポで全力疾走するチャーリー・パーカーは好きですが、スロウ・バラッドをスロウに、感情をこめてやるサックスには、パーカーも含めて耐えがたい卑猥さを感じます。パーカーは、ジャズ・プレイヤーにしてはめずらしくロックンロール・スピリットの感じられる人だと思っていましたが、このAutumn in New Yorkにはがっかりしました。サラ・ヴォーンと同じレベルの卑猥さです。シナトラも、この曲についてはいいとは思いません。卑猥とはいいませんが、感情過多です。

f0147840_084693.jpgしいていえば、スタン・ケントンは、よけいな感情移入などなしに、「しらふ」で、さらっとやっているところが、それがこの人の身上とはいえ、やはり好ましく感じられます。すくなくとも、チャーリー・パーカー盤のような卑猥さは感じません。だからといって、べつに素晴らしくもないですがね。

やっぱり、フィーリクス・スラトキン盤のさっぱりした味わいの前では、どれも凡庸なスロウ・バラッドを、凡庸または猥褻にやっただけのつまらないものばかりです。じつはどれも、せいぜい30秒ほどしか聴きませんでした(サラ・ヴォーンは5秒ぐらい!)。それ以上は我慢のならない猥褻さです。
by songsf4s | 2007-11-08 23:45 | 秋の歌