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I Could Have Danced All Night by Robin Ward (『マイ・フェア・レディ』より) その2
タイトル
I Could Have Danced All Night
アーティスト
Robin Ward
ライター
Alan Jay Lerner, Frederick Loewe
収録アルバム
My Fair Lady (OST)
リリース年
1964年
他のヴァージョン
OST, Frank Sinatra, Nat King Cole, Petula Clark, Sylvia Syms, Les Baxter, Shelly Manne, Enoch Light, Edmundo Ros, Perez Prado, the Four Tops
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f0147840_18511085.jpgふと思い出しました。『マイ・フェア・レディ』の原作である『ピグマリオン』の作者、ジョージ・バーナード・ショウの逸話です。

ある女優がショウにいいました。
「あなたとわたしが結婚したら、あなたの知性とわたしの美貌を兼ね備えたすばらしい子供が生まれるでしょうね」
ショウはこう応えました。
「それはやめておきましょう。あなたの知性とわたしの美貌を兼ね備えたらたいへんです」

こういう逸話というのは、あとからつくったものがいっぱいあるので、ほんとうのことかどうか知りませんが、でも、わたしはこういうことをいう人が大好きです。

◆ ハリウッドの魔法のランプ ◆◆
話はあらぬほうに行きますが、1960年代に活躍したゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズというバンドがあります。ゲーリーのお父さんは、ディーン・マーティンとコンビを組んだ「珍道中」もので有名になったジェリー・ルイスです。

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ハーポ、ジェリー、ディノというわけのわからない組み合わせ。しかし、ハーポには嬉しくなる!

ビートルズを見てバンドを組んだゲーリーは、父親のコンダクターの紹介で、隣の隣に住んでいたリバティーのA&R、当時のハリウッドの横綱をフィル・スペクターと東西で分け合っていた、スナッフ・ギャレットのところに行きました。隣の隣なら、しょっちゅう顔を合わせていただろうから、紹介の必要はないだろう、と思ったのですが、それはうちの隣近所みたいな場合のこと。ほら、映画に出てくるじゃないですか。鍛鉄の門があって、門衛がいて、門の向こうは長いドライヴウェイ、しばらく車で走ると(その間、主役の刑事が相棒に「俺たちは商売を間違えたな」とボヤいたりする)、やっと玄関にたどり着くという、そういう豪邸が。ああいうのだとすると、生け垣越しに挨拶なんていうことはありえず、隣がだれかなんて知識としてしかないでしょう。

フィル・スペクターは本質的にロマンティストですが、スナッフ・ギャレットは、子どものときになにを経験したのか、とほうもないリアリストです。ギャレットがゲーリーに会って思ったことは、彼の容貌はロウ・ティーンに好まれるだろう、ということと、親父のコネは大きなプラスだ、ということだけでしょう。プレイボーイズがどういうバンドか、とか、ゲーリーの歌は大丈夫か、とか、そんなことはまったく考慮しなかったと思います。彼のやり方では、バンドはド下手で、歌は歌えない、というのでも、一向に仕事に差し支えなかったのです。

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ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ もちろん、音楽とは関係のない旅芸人一座。ただし、66年、7カ月間だけジム・ケルトナーがストゥールに坐ったことがある。

それはギャレットがどのようにゲーリーのデビュー盤であるThis Diamond Ringをつくったかを見ればはっきりわかります。プレイボーイズはスタジオではプレイしませんでした。ゲーリーは、いちおうプレイしたのに、ミックスト・アウトされた、などと弁解していますが、ギャレットははっきりと「I didn't let the Playboys play」といっています。スタジオに入れてプレイさせると、ひとり3時間で35ドルから50ドル払わなくてはならないので、よけいな人間はスタジオに入れません。ミュージシャン・ユニオンがなんのために存在するかよく考えて発言しろよ>ゲーリー。

ここまではハリウッドの音楽ビジネスでは当然すぎるほど当然のことで、なにも問題はありません。ゲーリーのかわりにドラムを叩いたのはハル・ブレインです。

ギャレットはゲーリーに歌わせてみました。とんでもない歌だったようですが、あわてず騒がず、ダブル・トラックをやらせてみました。ディジタル技術の支援が得られなかった60年代には、ピッチの悪いシンガーの歌をごまかすにはこれが有効だったのです。しかし、ダブル・トラックでも追いつかないほどゲーリーの歌はひどいものでした(ジョージ・マーティンは、ビリー・J・クレイマーに手を焼き、トリプル・トラックにしたといっている)。

それでもギャレットは動じません。まだ最後の手段が残っていたのです。ロン・ヒックリンというエース・スタジオ・シンガーが呼ばれました。彼はゲーリーが歌ったパートを上からなぞり、結局、数人がユニゾンで歌っているようなリード・パートをつくりあげました。最終的にはヒックリンがゲーリーを覆い隠すようにミックスされ、This Diamond Ringはビルボード・チャート・トッパーになりました。

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リオン・ラッセル(左)とトミー・“スナッフ”・ギャレット。このコンビがゲーリー・ルイスをつくった「ヒギンズとピカリング」だった。

なんの話をしているかというと、ヘンリー・ヒギンズがイライザ・ドゥーリトルを淑女に仕上げるのはたいへんな「事業」だったけれど、時代が下って、ハリウッド音楽産業がゲーリー・ルイスをスターに仕立てるのはじつに簡単だった、魔法のランプのひとこすりで十分だった、ということです。

ハリウッド音楽界というのは、こうやってヒット曲を大量生産したのですが、では、このノウハウをどこからもってきたのか、と考えると、「お隣さん」だった撮影所しかありえません。『雨に唄えば』を見れば、気の利いた人間なら、これが商売のネタだということを即座に見て取ったでしょう。ゲーリー・ルイスの章を書いていて、イライザのことを思いだし、数十年ぶりに『マイ・フェア・レディ』を見直してみたのでした。

◆ ロビン・ウォード盤 ◆◆
本日は、サントラを離れ、I Could Have Danced All Nightのカヴァー・ヴァージョンをすこし見てみます。一番手はロビン・ウォード盤です。これは映画の公開と同じころに録音されているので、ひょっとしたら、映画は参照せず、ブロードウェイのヒット曲としてカヴァーしたのかもしれませんが、まあ、そのへんはどうでもいいのです。

サンプル

ほんとうはここにプレイヤーを表示できるのに、エクサイトはBoxのウィジェットを貼り付けられません。ローカルなんだからもー。しかたなく、リンクを張りました。自分でやってみたところ、Firefoxでは問題なし、Operaではダウンロードはオーケイ、ストリーミングはNGでした。でも、これはブラウザーの設定に左右されるでしょう。IEは試していません。

f0147840_19214799.jpgこのヴァージョンのなにがいいかというと、なんといっても、ハル・ブレインのプレイです。ゴールド・スターでリヴァーブを深くかけて録音しているのでわかりにくいのですが、たぶん、スネアからタムタムへ一打ずつ(スネアはシンコペートした裏拍)で入っているのですが、その2打とも、キックでアクセントをつけています。こういうときのハルのキックは、じつにもってけしからんほどすばらしいのです。

ときおり繰り出すタムタムやフロアタムのフィルがまたまたけっこう。タム類やキックがこれほどきれいに鳴るスタジオは、ゴールド・スターのほかにはないのじゃないかとさえ思います。もっとも、プレイヤーはヘッドセットをしないかぎり、リヴァーブを通った音をリアルタイムでは聴けないのですが。

後半、ギター・ブレイクの直前に半音転調しますが、その転調直後の小節での、両手ユニゾン8分フィルのイントネーションは彼の「名刺」です。このプレイはめずらしくないのですが、こういうクレシェンドでこのプレイをやるドラマーは、世界にハル・ブレインただひとりなので、すぐにそれとわかります。

この曲のシンガー、ロビン・ウォードと相方のジャッキー・アレンは、ともにスタジオ・シンガーで、前回ふれた、マーニー・ニクソンと同じく、多くの映画やテレビで歌えない女優のスタンドインをしました。ウォード、ニクソンともに、ナタリー・ウッドのスタンドインをやったというので、主張に食い違いがあるかのように見えますが、ひとつの映画のなかで同じ俳優に複数のスタンドインがつくことはめずらしくなかったことが、資料を読むとわかります。同じ曲を中音域がいい人、高音域がいい人という二人のシンガーが歌い、ハイブリッドなスーパー・シンガーを現出させたりしたようです。いかにもハリウッドらしい嘘のつき方で、「素」のものなんかないのですな。

さて、そのロビン・ウォードとジャッキー・アレンのデュオも、毎度ながら非常にけっこう。ロビン・ウォードのWonderful Summerを取り上げたときも書きましたが、どちらかといえば、わたしはジャッキー・アレンの声が好きで、この曲でもやっぱり、アレンの声がいいなあ、と思います。ヴァースもいいんですが、なんたって音域が低くなってからの「ウー・ウー」がたまりません。すばらしい。

これだけいろいろそろった楽しい盤というのは、めったにあるものではありません。LPで再発され、CDで再発され、いまもあちこちにファンがいるのも当然でしょう。

◆ ペット・クラーク ◆◆
ミュージカルのスタイルとはかけ離れたものにばかりいって恐縮ですが、つぎに楽しいのは、ペトゥラ・クラーク盤です。「大部分はアメリカ録音で、アレンジとコンダクトはアーニー・フリーマン」とライナーにあります。フリーマンはハリウッドのアレンジャーで、代表的な仕事はボビー・ヴィーの諸作やシナトラのStrangers in the Nightです。

f0147840_19233965.jpgクレジットはありませんが、まあ、こういうドラミングをするのはハル・ブレインただひとりです。暴れています。キャロル・ケイはペットのハリウッド・セッションではレギュラーだったそうなので、ベースは彼女かもしれません。フェンダーとダノを重ねているように聞こえますが。アレンジとしてはイントロがクール。ベースの8分のグルーヴがまことにけっこうです。このイントロでは、ハルのタムの16分は、最初のほうはちょっと遅れ、二度目はキメています。ハルとしてはこのテイクはボツにしてほしかったでしょう。

わたしはペットのファンなので、歌については文句はありません。さすがにロック系の曲は、やめとけばー、と思うことがありますが、こういう曲なら問題なし。

◆ フランク・シナトラ ◆◆
シナトラはSinatra and Sextet Live in Parisというライヴ盤に収録のものです。キャピトル時代のこの曲があるようですが、それは聴いたことがありません。セクステットのメンバーは、

Al Viola (guitar); Harry Klee (alto saxophone, flute); Bill Miller (piano); Emil Richards (vibraphone); Ralph Pena (bass); Irv Cottler (drums)

f0147840_1931223.jpgアル・ヴィオラはシナトラのレギュラーで、この曲の冒頭でシナトラがわざわざ、ミスター・ヴィオラは世界最高のギタリストで、ものすごく忙しい彼をこのツアーに連れてこられて幸運だったといったことをいっています。アーヴ・コトラーは、ハル・ブレインが、レッキング・クルー以前のハリウッドのレギュラーのひとりとして名前をあげていました。ラルフ・ペーニャ(ほんとうは最後のaにアクセントがつく)もスタジオのレギュラーです。エミール・リチャーズはポップ・セッションでもおなじみのパーカッショニスト。

というわけで、シナトラだから、力の入ったツアーには、ふだんはスタジオの外に出ない人たちを連れていったのでしょう。金がかかるんですぜ、こういうことをやると。娘のナンシーは、はじめてのラスヴェガスのショウに、裏方からプレイヤーにいたるまで、金に糸目をつけずに最高のメンバーを集めたため、当時のサラリーがすべて消えてしまい、父親に「そういうやり方は間違っている」とたしなめられたそうです。収支を考えなさい、ということです(娘のはじめてのナイト・クラブ・ショウなんだ、応援してやってくれとシナトラが頭を下げてまわったため、初日にはハリウッド人種がドッと詰めかけ、ちょっとした見物だったとか)。

f0147840_207572.jpg絶頂期のナンシーですからね、どれほど金のかかったショウだったか想像がつきます。これまた絶頂期のハル、スタジオで稼ぎまくり、クラシック・ロールズを買い集めていたときのハルを、ハリウッドから引っぺがし、ラス・ヴェガスに連れて行くのにどれだけ金がかかったことか! それでもハルは、週末はハリウッドに戻って録音していたといいます。

うちにあるものを聴くかぎりでは、シナトラはビッグバンドやオーケストラといっしょに歌うことが多く、こういうコンボで歌っているのはほとんどありませんが、こういうのも悪くない、と思います。めずらしいから、わざわざタイトルにシナトラとセクステットと書いたのでしょう。

◆ その他の歌もの ◆◆
フォー・トップス盤は、当時はリリースされなかったデビュー盤からのもので、まあ、ボツだよね、という出来です。こういうヴォーカル・アレンジは、ドゥーワップを通り過ぎて、ミルズ・ブラザーズまでいっちゃうのじゃないでしょうか。モータウンらしさはどこにもありません。こういう形で白人市場に食い込もうとしていたのかもしれませんが、それにしても古めかしいというので、あえなくお蔵入りだったのでしょう。歴史の脚注としては面白いのですけれどね。

f0147840_2093629.jpg1956年リリースのシルヴィア・シムズ盤は、うちにある資料で見るかぎりでは、トップ40に到達した唯一のI Could Have Danced All Nightです。わたしの好みとしては、この人はもっと年をとって、声にざらつきが出てからのほうが面白いと思います。

ナット・コールは1963年リリースで、もう晩年ですからねえ、ラルフ・カーマイケルのアレンジはゴージャスですが、それゆえに、厚化粧で衰えを隠さないといけなかったのかな、と考えざるをえません。これはその名もMy Fair Ladyというアルバムからのもので、全曲がこのミュージカルからとられています。他の曲と比較しても、Rain in Spainあたりのほうがいいのではないかと感じます。

◆ インスト ◆◆
f0147840_20174652.jpgオーケストラものでは、イーノック・ライトのものがもっとも楽しめます。キックのアクセントがいいなあ、と思って、カウントしてみたのですが、ありゃ、シンコペートすらしていません。冒頭のブラシによるスネアはシンコペートしているのですが、キックのアクセントはどれも2拍目でした。しかしまあ、始原までさかのぼれば、バックビートそのものがシンコペーションで、2&4は裏拍といえなくないのですがね。

リズム・アレンジがこの曲の楽しさの源泉ですが、ギターも、サウンドまで含めてけっこうなものです。イーノック・ライトのギタリストはおおむねトニー・モトーラだったようなので、これもやっぱりそうなのでしょう。うまいし、いいサウンドです。

エドムンド・ロスののんびりしたアレンジもなかなかけっこうです。ドファドレ、ドファレというパターンのリックがずっと裏で鳴っていて(楽器は不明。ピアノ、ギター、マリンバ、プラスもうひとつ、というところか? こういう音の重ね方もうまい)、これがすごく魅力的です。こういうリズムはなんというのでしょうかね。ラテン不案内なのでした。この曲も、チラッと出てくるギターが魅力的です。

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レス・バクスターは例によって華麗なものです。61年リリースなので、当然、ステレオ。やっぱりオーケストラはステレオじゃないとなあ、です。

シェリー・マンもMy Fair Ladyというタイトルのアルバムで、ほかにピアノのアンドレ・プレヴィンとベースのリロイ・ヴィネガーというトリオでやっています。プレヴィンは映画のほうのコンダクトもしていますが、これは57年のリリースなので、それとは無関係です。

f0147840_2023141.jpgそれにしても、テーマのところはむずかしいアレンジです。ドラマーのリーダー・アルバムだから、ちょいとテクニックの一端をご披露というわけでしょうね。ジャズ・コンボじゃなければ、こういうことは複数のパーカッションを使ってやるでしょう。インプロヴに突入し、ストレートな4ビートになってからのほうが、グッド・フィーリンがあります。

ペレス・プラードは、はじまった瞬間に、ダアーッとコケます。トゥイスト・アレンジなのです。どういうこっちゃ。ベースもフラット・ピッキングのフェンダーですからねえ。

サンプル2

でも、このトラックは非常に面白いと思います。ドラムが無茶苦茶なのです。暴れまくっているのですが、タイムがものすごく悪いんです。むやみやたらにフィルインを投入しているのですが、それが全部みとごにラッシュしていて、ひとりでターボをかけてすっ飛んでいっちゃいます。ふつうなら、ドラムとバンドの他のメンバーが別行動になって、異次元に突入してしまうはずです。

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ところがどっこい、うまくつくってあるのです。ドラムが派手に活躍するところは、みなストップタイム、すなわち、バンドの他のメンバーはお休み、完全無音、だから、ドラムは好きなだけ銀河の彼方まで突き進んでいいのです。ドラム・ソロのところだけ、微妙に時間が短縮され、バンドが戻ってくると、またもとのテンポに復帰する、とまあ、そういう構造なのです。これで、なんとか、バンドとドラムがかろうじて歩調を合わせているのです。ただし、1:10台のストップからの戻りで、サックスがつられてラッシュしています。やっぱり人間だから、ドラムがこれだけ走りまくると、引きずられて当然でしょう!

いやあ、目を開かれました。これはただドラムが下手だとかいったことではないと思います。ここにラテン的グルーヴ感覚のキーが隠れているのではないかという気がします。アメリカ的グルーヴとはちがう時間を生きているにちがいありません。そうじゃなければ、爆走するドラムに周りがタイミングを合わせられるはずがありません。いやあ、勉強させてもらいました。
by songsf4s | 2009-03-06 20:24 | 映画・TV音楽
Winter's Here by Robin Ward
タイトル
Winter's Here
アーティスト
Robin Ward
ライター
Gil Garfield, Perry Botkin Jr.
収録アルバム
Wonderful Summer (bonus for the reissue of the album)
リリース年
1964年
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デイモン・ラニアンに関係のある、もう1曲のクリスマス・ソングをすぐにでも取り上げるようなことを書いたのですが、検索してみたら、またしても30種ばかりのヴァージョンがずらっと並んでしまい、そうは問屋が卸さないことがわかりました。

以前から、このヴァージョンがベスト、と思っているものがあればともかく、決定盤またはきわめて異色のアレンジによるヴァージョンというものが見あたらず、看板に立てるものが決められないことも、すぐに取りかかれない理由のひとつです。引っぱるつもりはなかったのですが、来週あたりに取り上げることにします。

f0147840_0452378.jpgデイモン・ラニアンで思いだしましたが、「Guy and Dolls 歌詞」というキーワードで何度か当ブログにいらしている方に申し上げます。この曲の、とくにサミー・デイヴィス・ジュニアのヴァージョンはわたしも大好きです。この曲で検索していらしたということは、リクエスト同然なので、なんとかこじつけの理由を見つけるつもりですから、ときおり検索をかけていただければと思います。いっそ、「リクエスト」をジャンルにして、特集の端境期にでもやりますか。

さて、上述のようなしだいで、今日もクリスマス・ソングは一休みして、昨日のCalifornia Dreamin'に引きつづき、もう1曲、初冬の歌を取り上げます。

ロビン・ウォードの曲は、すでにWonderful Summerを取り上げていますので、彼女のキャリアについてはそちらをご覧ください。Winter's Hereは、Wonderful Summerのストレートな続篇というわけではありませんが、明らかに前作のヒットを意識したものになっています。

◆ いつも青空(ホントに?) ◆◆
それではファースト・ヴァース。

Winter's here
And the rain is falling down
And it's such a lonely town
Now thet winter's here

「冬がやってきた、そして雨が降っている、町はすっかり寂しくなってしまった、冬が来たのだから」

見てのとおりで、なにも付け加えることはありません。基本的に、このヴァースは導入のみで、本体ではありません。つづいてセカンド・ヴァース。

Summer's gone
And the joys that we knew then
Hope to live them once again
Now thet winter's here

「夏が去るのといっしょに、わたしたちのあのころの喜びも去ってしまった、こうして冬になってみると、あの時をもう一度生きたいと思う」

というわけで、これが本体です。この曲がWonderful Summerの続篇だとするなら、彼女、まだあのときのことを引きずっていることになります!

つづいてブリッジ。

I never thoght I'd find a love so true
A summer love to last the whole winter through

「すばらしい愛、冬までずっとつづくような夏の恋にめぐりあうなんて思わなかった」

ここはちょっと「あれ?」となるのですが、現実につづいているといっているわけではなく、はじめからそんなことがあるなんて思っていたわけではない、だから、しかたがないのだ、といっているのです。

最後のヴァース。

Winter's here
But sky is always blue
Every time I think of you
Now that winter's here

「冬がきた、でも、あなたのことを考えればいつも青空、冬がやってきた」

Wonderful Summerを思わせるような、顔で笑って心で泣いて、といった、空元気、痩せ我慢のヴァースと感じます。

◆ ヒットとミスの微妙なあわい ◆◆
サウンドはヒット曲Wonderful Summerをほぼ踏襲していますし、楽曲の出来そのものも悪くはありませんが、Winter's Hereのほうは、バブリング・アンダー・チャート(100位以下)に一週のみ顔を見せただけで終わっています。いま、バブリング・アンダー・チャートを見て、ジャッキー・ウォードという人が78年にA Lover's Question(クライド・マクファーターのヒットのカヴァーでしょう)という曲をやっているのに気づきました。ロビン・ウォードの本名はジャッキー・ウォードなのですが、同一人物でしょうか?

f0147840_0485717.jpgよけいなところに入りこみましたが、Wonderful Summerがトップ40入りし、Winter's Hereがバブリング・アンダーで沈むという、寒暖計の水銀柱の高さに比例する結果になったのは、やむをえないというか、相応のところだと感じます。同じダウナーな歌詞でも、夏ものには甘みが感じられるのですが、冬ものは冷え冷えとした印象になります。テンポもWinter's Hereのほうは遅めですし、なによりも、わたしの好みからいうと、バックコーラスにWonderful Summerのような圧倒的魅力がありません。いや、かなり魅力的なんですよ。でも、Wonderful Summerほどすごくはないのです。

とはいえ、フィル・スペクターの手法を応用し、同じゴールド・スター・スタジオで録ったと思われるサウンドは、Winter's Hereでも失われていません。冬のムードをつくることにも成功しています。結局、問題は、こういうムードは夏の終わりのムードほど歓迎されないということと、どうしても、Wonderful Summerと比較してしまうことにあるでしょう。Wonderful Summerが非常にうまくいっているために、この曲は割を食っています。

このところ、毎度毎度うるさくて恐縮ですが、この曲のドラムもまた、まちがいなくハル・ブレインです。ブリッジの終わりに出てくる、タムタム1打、それにつづく、ストリングスのスタカートを補強する8分音符のアクセント、その直後のライド・ベル、そしてそのまた直後、「ハル・ブレイン署名入り」の得意技、伝家の宝刀「ストップ・タイムからの戻り」のキックとスネアのコンビネーションによるシンコペートした8分の3打、この流れには惚れ惚れします。この一連のプレイだけでも、この曲を聴く価値があるほどです。

◆ バッタもののような正規盤 ◆◆
たまに、インチキくさいリイシュー・レーベルの再発LPなどに、ソングライター・クレジットもなければ、ジャケットの記載とじっさいの曲順(はなはだしい場合は収録曲自体)が異なっているものがあります。

f0147840_051931.jpgわが家にあるロビン・ウォードのWonderful SummerのリイシューCDは、そのようなバッタものではなく、曲数のわりには馬鹿高い国内正規盤なのですが、ソングライター・クレジットがどこにも記載されていません。音楽だけでなく、データにも金を払っているつもりなのに、こういう詐欺同然のインチキ商品を売りつけられると、ムッとなります。ウェブで調べたかぎりでは、Wonderful Summer同様、このWinter's Hereも、ペリー・ボトキン・ジュニアとギル・ガーフィールドの共作のようなので、そのように記載しました。

ついでに検索に引っかかったのですが、You TubeでWinter's Hereを聴くことができます。映像は45回転盤が廻っているだけのものですが!

ついでに、かつてハリウッドで活躍したギタリストである、ペリー・ボトキン・ジュニアのお父さん、ペリー・ボトキン・シニア(当たり前のことを書いて申し訳なし)のプレイを聴くことができました。レス・ポール風で、なかなかけっこうなプレイです。アルバムを聴きたくなりました。
by songsf4s | 2007-12-07 00:02 | 冬の歌
Wonderful Summer by Robin Ward
タイトル
Wonderful Summer
アーティスト
Robin (Jackie) Ward
ライター
Gil Garfield, Perry Botkin Jr.
収録アルバム
Wonderful Summer
リリース年
1963年
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ロビン(ジャッキー)・ウォードのWonderful Summerは、一部方面では隠れた大ヒット曲でして、ガチガチのクラシック、裏スタンダード、ま、なんでもいいのですが、かなり有名な曲で、いまさらこれをやるかよ、といわれそうでもあり、逆に、またいで通ればトーシロー扱いという、やっかいな代物なのです。

すでにWonderful Summer文献は汗牛充棟、下のほうは腐りかけているぐらいで、その上に載っかるのは申し訳ないようなものですが、まあ、「ホームグラウンド」でおなじみの人たちがつくったつくった盤なので、楽をしたい一心で、今夜はこれ、と決めました。なにも目新しいことは書きませんので、あまり期待しないでください。そういう材料は、数年前に某BBSで出尽くしてしまったのです。今夜はそういうものの二番煎じ(にはちょっと季節が早すぎますが、って、落語のことですけれど)、寄せ集めのベスト盤みたいなものです。ちゃんと手元の材料は全部使って、これひとつあればほかはいらない、という決定版を目指して書きますが、「目指す」と「実現する」では天と地の開きがあるのです。「目指せ! 安値世界一」と叫んでいる電気店があるじゃないですか。目指すのは自由なのです。

◆ シャイな男の子のドリーム・ガール ◆◆
この曲はペリー・ボトキン・ジュニアとギル・ガーフィールドのサウンドと、ジャッキー・ウォードのヴォーカル、そして、もうひとりのシンガー(ジャッキー・アレンという名前だとか)の声がすべてで、歌詞は付け足りのようなものにすぎませんし、大人にはそれほど面白いものではありませんが、少年少女および若者向けのものとしては、わるくない仕上がりです。

I want to thank you for giving me
The most wonderful summer of my life
It was so heavenly
You meant the world to me
And anyone could see that I was so in love

「一生でいちばん素晴らしい夏を過ごさせてくれてどうもありがとう、天に昇ったような心地で、あなたがこの世のすべてだった、だれが見てもわたしが恋をしていることがわかったでしょう」

I'll Think of Summer同様、おーい、だれか受付かわってくれ、といいたくなるような甘さです。ともあれ、ジャッキー・ウォードは「ロビン・ウォード」という架空のキャラクターを「好演」しています。もちろん、スタジオ・テクニックの助けがあってのことですが、そういうことはすべて後段で。

I want to thank you for giving me
The most wonderful summer of my life
I never will forget
That summer day we met
You were so shy and yet you stole my heart away

f0147840_012045.jpg最初の2行はファースト・ヴァースと同じなので省略して、「わたしたちが出会ったあの夏の日のことをけっして忘れない、あなたはシャイだったのに、そのくせしっかりわたしのハートを盗んでしまった」てなあたりです。

ここがこの曲のフック・ラインのひとつと感じます。これを聴いたシャイな男の子はちょっと安心したでしょうし、シャイじゃない女の子のほうは、そうそう、そういうのっているのよ、と納得したでしょう。いやはや、男が書いた曲だから、当然そうなるでしょうが、それにしても、このしおらしさは非現実的で、やっぱり昔はこういう子が「ドリーム・ガール」だったのでしょうね、自分が昔どう思っていたかはさておき。

◆ やっぱりひと夏の恋 ◆◆
以下はブリッジ。

We strolled along the sand
Walking hand in hand
Then you kissed me and I knew
That I would love you my whole life through

なんだか性転換したみたいで気色が悪いので、女の子っぽく書くのはやめにして、たんなる説明だけにします。ここは手をつないで砂浜を歩き(Summer Wind同様、strollを使っています)、チャンスを狙っていた男が、ふと、立ち止まり、どうしたの、と見上げた彼女に……といった「通常の手順」をいっているのでしょう。

その瞬間、「一生、あなたのことを愛しつづけることになるとわかった」とくるわけですが、まあ、若いうちというのは、多くの人間がいろいろ面でピュアリストだから、あながち、そんな馬鹿な、とも責められません。とはいいつつも、このように感じるのは各人の裁量に任されてはいますが、それが結果につながるケースは、丼勘定でいって、一千分の一もないでしょう。

I want to thank you for giving me
The most wonderful summer of my life
And though it broke my heart
That day we had to part
I'll always thank you for giving me
The most wonderful summer of my life

また最初の2行は同じで、別れはたまらなくつらかったけれど、一生でもっとも素晴らしい夏をプレゼントしてくれたことは、いつまでも感謝する、というわけで、やっぱり多数派のケースだったわけです。まあ、歌としては、その後、二人は幸せに暮らしましたでは、B面までいってもエンディングにもちこめませんから、ソングライターの都合からいっても、そうならざるをえません。

◆ どっぷりじゃぶじゃぶのリヴァーブ漬け ◆◆
歌詞については、まあ、そういう感じなので、こちらもしらふではやっていられず、いろいろおちょくるようなことをいいましたが、音のほうは強烈です。聴いた瞬間に、フィル・スペクターよりリヴァーブが深いのじゃないかと驚いたのは、この曲と、ガールフレンズのMy One and Only Jimmy Boyぐらいです。それくらい極端なリヴァーブ漬けで、ひとつひとつの音はなんだかよくわかないまでにボカされちゃっています。

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ペリー・ボトキン・ディスコグラフィー1 ボトキンがアレンジをしたニルソンの初期の2枚、Pandemonium Shadow ShowとAerial Ballet

試みに楽器を数えると、ドラム、ベース(スタンダップ、あるいはユニゾンでフェンダーもかぶせたか?)、リズムギター(×2?)、ファズ・ギター(?)、トライアングル(ヴァースのみ)、ウッドブロック(ブリッジのみ、つまり、たぶん、ひとりのプレイヤーがトライアングルとウッドブロックを持ち替えた)、あとはカルテット程度の弦、ジャッキー・アレンのハーモニー(ダブル、一部はトリプルか)、それに波の効果音、といった編成でしょう。

クウェスチョン・マークがあちこちについてしまったのは、リヴァーブのせいです。また、ファズ・ギター風の音ではあるものの、ふつうのファズにも聞こえないので、なにかべつのものかもしれません。効果音的に薄くミックスされているだけですし、リヴァーブでなにもかもぐずぐずに溶けているため、よくわかりません。

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ペリー・ボトキン・ディスコグラフィー2 ボトキンがアレンジしたニルソンの後期の2枚、Du It on Mon DeiとSandman

これだけ深いリヴァーブがかけられるスタジオは、世界でもそうたくさんはありません。まずゴールド・スターと考えて大丈夫です。ずっと昔、この曲のレコーディング・シートはゴールド・スターのものだという話を聞いたような気がするのですが、脳軟化がはじまっているので、たしかではありません。でも、このリヴァーブは書類が不要なほど、ゴールド・スター丸出しです。

ドラムは、この曲からは判断しにくいものの、アルバムのほかの曲から考え、ほとんど、またはすべてハル・ブレインがプレイしたものでしょう。これまたずっと昔、キャロル・ケイとロビン・ウォードのことを話し合ったことがあるのですが、CK氏がプレイしたかどうかは忘れてしまいました。日本では彼女は、ジャッキー・ウォードとしてではなく、ロビン・ウォードとしてかなり人気がある、Wonderful SummerがLPとCDの両方で再発されたくらいだ、といったら、ちょっと驚いていました。

◆ スタジオ・シンガーという職業 ◆◆
f0147840_23552929.jpgジャッキー・ウォードというシンガーは、ロビン・ウォード名義ではアルバムを一枚しか残していませんが、そのキャリアはじつに長く、カラフルで、数年前、正体が判明したときは、われわれの仲間内ではちょっとした騒ぎになりました。

この盤に使った「ロビン」というファースト・ネームは、彼女の娘のものだそうです。ティーネイジャー向けの盤には、ジャッキーよりロビンのほうがそれらしいから、といっています。つまり、この曲を録音したときは、すでに娘役は無理、お母さん女優に転身中みたいな年齢にあったことになります。ペリー・ボトキンとギル・ガーフィールドは、彼女の声を若返らせるために、かなりスピードを遅くして録音した、なんていう眉唾の噂まで流れています。45回転盤を33回転にして聴いてみろ、というのです。いまどきのサウンド・エディターはピッチを落とすくらいのことは簡単にできるので、その気になれば、いまからだって確認できるのですけれどね。なぜやらないかというと、この噂にはサゲがあって、スピードをノーマルに落とすと、ブライアン・ウィルソンの声が聞こえるというのです!

俳優の吹き替えをしたシンガーのリストを見ると、ウォードの一番古い映画は、このリストでは1953年のPeter Pan、アレンのほうは1954年のAthenaという映画で、二人ともWonderful Summerの録音の10年前から、第一線のスタジオ・シンガーとして働いていたことになります。

ウォードがそういうシンガーであることがわかったのは、ここにもときおりコメントを書き込まれるオオノさんが、パートリッジ・ファミリーのウェブ・サイトでジャッキー・ウォードのインタヴューを見つけたからです。ウォードはジャネット・リーやナタリー・ウッドといった歌えない女優の声の代役をやっただけでなく、スタジオ・シンガーとして、さまざまな盤で歌っています。彼女は、パット・ブーン、フランク・シナトラ、ナット・コール、ビング・クロスビーなどの名前をあげています。パートリッジ・ファミリーのサイトに彼女が登場したのも、この番組の出演者のスタンドインとしてたくさん歌ったからです。もっとも、彼女は、テレビのペイはよくなかった、レコーディング・デイトとコマーシャルで稼いだといっていますが。

彼女のキャリアのことを書いているとキリがなくなるので、これでおしまいにしますが、ハル・ブレインやキャロル・ケイやトミー・テデスコやビリー・ストレンジといった、スタジオ・ミュージシャンと同じように、ジャッキー・ウォードやジャッキー・アレンのようなスタジオ・シンガーがいないと、ハリウッド音楽界は立ちいかなかったのです。

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カリフォルニア・ドリーマーズというグループの名義で、ウォードがコーラスで参加した盤。左がトム・スコットのThe Honeysuckle Breeze、右がガボール・ザボのWind Sky and Diamonds。ともに、ほぼ同時期に、ほぼ同じメンバーで録音され、キャロル・ケイやジム・ゴードンもプレイしているし、トム・スコットのほうにはグレン・キャンベルも参加している。

肝心のこの曲について、彼女がどういっているかを書き落とすところでした。ペリー・ボトキンとは何度も仕事をしたことがあり、この曲ができたときも、デモの依頼を受けたのだそうです。ボトキンの歌い方はブロードウェイ・ミュージカルのようだったけれど、彼女は、ティーネイジャー向けの曲に思える、わたしはそういう風に歌えるといってやってみせ、そのデモが結局、リリース・ヴァージョンになったというしだいだとか。プロですねえ。あとで、十代の男の子からファン・レターがきて困ったそうです。というわけで、アルバムのジャケットで、可愛らしいティーネイジャーの女の子がニッコリ笑っていない不思議も、これで氷解でしょう。

◆ ペリー・ボトキン超簡単プロファイル ◆◆
ペリー・ボトキン・ジュニアもまたカラフルな履歴をもつキャラクターですが、そろそろ時間切れとなってきたので、ほんのすこしだけ。この曲では、ソングライター、アレンジャー、プロデューサーの三役をしていますが、このうちのどれが本業かというと、アレンジャーというべきでしょう。オフィシャル・サイトに、ずいぶん抜けの多いディスコグラフィーがあるので、ご興味のある方はご覧になってください。

わたしがボトキンの名前を覚えたのは、ハーパーズ・ビザールのセカンド・アルバムAnything Goes収録のChatanooga Choo Choo(この曲もハル・ブレインの仕事で、こちらは豪快に叩きまくっている)のアレンジャー・クレジットを見てのことです。それ以前に、ボビー・ジェントリーのLocal Gentryでボトキンの名前を見ているはずですが、そのまえのDelta Sweeteでのジミー・ハスケルのアレンジのほうが強く印象に残り、ボトキンの名前は記憶しませんでした。

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ペリー・ボトキン・ディスコグラフィー3 ボトキンがアレンジしたハーパーズ・ビザールの最初の2枚、Feelin' GroovyとAnything Goes

父親のペリー・ボトキン・シニアもハリウッドで活躍したミュージシャンで、えーと、ギタリストだったと記憶していますが、こうしているいまも脳細胞がどんどん死滅している最中で、記憶が定かでないため、次回、ボトキンの曲が登場するときまでに調べておくことにします。

もうひとつ、書くべきことがありました。じつは、わたしはジャッキー・ウォードより、うしろで歌っているジャッキー・アレンの声のほうが好きなんです。リヴァーブのおかげもあると思いますが、素晴らしい声をしています。でも、こういう風に、うしろでチラッと聞こえるせいで、よけい魅力的に感じるのかもしれません。

ふと思いだすのは、TボーンズのNo Matter What Shape (Your Stomack's In)の女性コーラスです。あれももすごく魅力的ですが、これまたペリー・ボトキン・ジュニアのアレンジなので、コーラスもジャッキー・アレンである可能性が考えられます。

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by songsf4s | 2007-09-06 23:56 | 過ぎ去った夏を回想する歌