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【ブリティッシュ・ビート根問い】サーチャーズ篇8 1963年の8
 
前回の補足。

サーチャーズのSick and Tiredを聴いて、ああ、サム&デイヴのあの曲からイントロをいただいたのね、と納得してから、それでは時間的順序が合わないことに思い至り、首をかしげた。

Sam & Dave - I Take What I Want


もう一度、サーチャーズのSick and Tiredを貼り付けておく。

The Searchers - Sick and Tired (live at The Star Club, Hamburg)


どう考えても同じリックなのだが、サーチャーズは63年、サム&デイヴは65年リリースの45である。

アイザック・ヘイズとデイヴ・ポーターがサーチャーズのライヴ盤を聴いた、という線はどうにも考えにくい。ひょっとしたら、両者が土台に利用したのが同じ曲で、いとこ同士の関係なのだろうか。とりあえず、疑問はまったく解消せず。

◆ Mashed Potatoes ◆◆
マッシュ・ポテトというダンス・ステップが流行した関係で、60年代はじめには、タイトルにMashed Potatoと入った曲がむやみにある。いちばん有名なのは、ビルボード・チャート・トッパーになったディー・ディー・シャープのMashed Potato Timeで、わたしも、真っ先にこれを思いだす。

サーチャーズのマッシュ・ポテトはこれとは異なる曲で、たぶんジェイムズ・ブラウンがDessie Rozierの変名で書き、彼のバンドのドラマーであるナット・ケンドリックの名前で1969年にリリースした45回転盤をベースにしている。

The Searchers - Mashed Potatoes (Live)


Nat Kendrick and The Swans - (Do The) Mashed Potatoes


しかし、サーチャーズが参照したヴァージョンは、こちらの可能性もある。ジョーイ・ディー&ザ・スターライターズのヒット・アルバム、Doin' the Twist at the Peppermint Loungeより。

Joey Dee and the Starliters - Mashed Potatoes


しかし、以下の曲のように、基本的にはほとんど同じものがほかにもある、という込みいった事情もある。ドラムはハル・ブレイン。豪快なギターは、グレン・キャンベルかトミー・テデスコあたりだろう。

サンプル Bruce Johnston - Hot Pastrami, Mashed Potatoes, Come on to Rincon Yeah!!!

スターライターズのほうのソングライター・クレジットはRozier、すなわちジェイムズ・ブラウンになっているが、ブルース・ジョンストンのほうは、むろんタイトルが違うからでもあるが、ジョンストン自身の名前がクレジットされている。

もともと、曲と云うほどの特徴的なメロディーまたはリックがあるわけではなく、3コードと「Mashed potatoes!」という叫びを組み合わせただけのものなので、これを変形して自分の曲と云っても、原曲の作曲者だって、いや、それは俺の曲だとは云いにくかろう。

f0147840_20275090.jpg

どうであれ、こういう曲は、ライヴ用に、歌詞を覚える必要もなければ、コードを間違える怖れもない、楽な曲としてレパートリーに組み込まれていたのだろう。Hanky Pankyみたいなものだ。

さらに加えて、マッシュ・ポテトのブームはまだ続いていたはずで、こういう曲をやれば、ごくお手軽に客の共感を得られたにちがいない。そもそも、ジェイムズ・ブラウンは、ライヴの客がマッシュ・ポテトによく反応するので、この曲を録音したそうだし。

◆ I Sure Know a Lot About Love ◆◆
めずらしくも、アメリカの曲のカヴァーではない。イギリス人であるアラン・クラインが、映画化もされた芝居「What a Crazy World」(1963年)のために書いた曲のカヴァー。といっても、オリジナルはクリップがないし、わたしももっていないので、聴けなかった。

The Searchers - I Sure Know A Lot About Love (live)


結局、サーチャーズがめずらしくもイギリスの曲をカヴァーしたケースとして、スコアボードに「イギリス1点」と書き込んでおけばいいのかもしれない。

だが、疑問のトゲが残る。それは、この曲には以下のヴァージョンがあるからだ。

The Hollywood Argyles - Sho Know a Lot About Love (1960)


ハリウッド・アーガイルズというのは、キム・ファウリーとゲーリー・パクストンがでっちあげたスタジオ・グループ。Alley Oopという曲をリリースするためにつくったといっていいほどで、すぐに消滅した。

しかし、そのAlley Oopはビルボード・チャート・トッパーになってしまった。そして、その大ヒット・シングルのB面がほかならぬSho Know a Lot About Loveだったのだ。

ハリウッド・アーガイルズはタイトルをすこし変えているし、ソングライター・クレジットも、アラン・クラインではなく、パクストン=マイズとなっているが、これを別の曲と言い張るのは無理がある。事実上、同一の曲だ。

こうではないだろうか。サーチャーズは、Alley OopのB面として、ハリウッド・アーガイルズのヴァージョンを聴き、カヴァーしようと思った。しかし、著作権管理団体で調べると、この曲はイギリス人、アラン・クラインの作として登録されていた――。

それほどたいした曲ではないのだが、ポール・マッカートニーが何度か繰り返して云っている「馬鹿げたものへの情熱」ということと関係してくるようにも思う。サーチャーズのライヴを聴いていると、しきりにこのポール・マッカートニーの言葉が思いだされるので、いずれ、この点もまとめて検討しようと思う。

ハリウッド・アーガイルズ盤もひどいが(ひどいはずだよ、ドラマーはサンディー・ネルソン!)、さらに後年のこのカヴァーもひどさもひどし、ゲラゲラ笑ってしまった。

The Rainbows - I Sure Know a Lot About Love


レインボウズは、Balla Ballaのインターナショナル・ヒット(といっても欧州止まりで、アメリカではダメだったが)だけが有名で、あれはそれなりにやっているのだが、ライヴのクリップなど見ると、ドラムばかりでなく、リード・ギターもベースもタイムがめちゃくちゃで、なかなか楽しい。いや、馬鹿笑いしておしまいで、まじめに聴くほどのなにかがあるわけではないが!

◆ I Can't Go On (Rosalie) ◆◆
allmusicはいつものボケで、ソングライターをコール・ポーターとしていたため、あさはかなわたしは、「ええ? コール・ポーターがこういう曲を書くのかよ」なんて思ってしまい、ひとりで赤面した。

それは、Rosalieという同題異曲、戦前のミュージカルのテーマ曲であり、サーチャーズがやった曲とはまったく無関係。

いやはや、allmusicのチョンボは毎度面白くてけっこうだが、データベースとしては役立たずの域を超えて、これはもう有害というべきではないか。

サーチャーズがカヴァーしたRosalieは、ファッツ・ドミノと彼のプロデューサーであるデイヴ・バーソロミューの共作、歌ったのもむろんファッツ自身。

サーチャーズのライヴ・ヴァージョンはクリップがないので、かわりにデモを。

The Searchers - Rosalie (demo)


Fats Domino - I Can't Go On (Rosalie)


サーチャーズは歌詞もメロディーもずいぶんと変えている。基本的には泥臭いファッツのレンディションを、軽快なロックンロールに再構成しようと試みたのだと思う。いや、デモではなく、ライヴ・ヴァージョンについてだが。

以前にも書いたが、サーチャーズのドラマー、クリス・カーティスはファッツ・ドミノが大好きだったそうで、リード・ヴォーカルは当然カーティス、「俺が歌う」といってカヴァーしたのだろう。スタジオ盤では、べつにファッツ・ドミノ・ファンという印象は受けないのだが、このあたりがやはりライヴの面白いところだ。

なお、この曲にはほかにディオン&ザ・ベルモンツのカヴァーがある。おっと、そういうアレンジかよ、と戸惑わせるところが愉快なので、いちおう貼り付けておく。

Dion And The Belmonts - I Can't Go On (Rosalie)


ドゥーワップ・グループというのは、じつにいろいろなナンセンス・シラブルを思いつくものだ!

◆ Learning the Game ◆◆
なんだか今回は、あっちに傾き、こっちに揺れ、出自に疑問が生まれて、どうも落ち着かないのだが、最後はすっきりとバディー・ホリーの曲。

The Searchers - Learning The Game (live)


Buddy Holly - Learning The Game


コード進行はいかにもバディー・ホリーという感じで(ただし、チェンジのタイミングはいつもより早いが)、例によって非常にやりやすそうな曲で、サーチャーズもそのつもりでカヴァーしたのだろう。ライヴ向きである。

バディー・ホリー自身のものもいくつかのヴァージョンが出回っているが、カヴァーも面白いものが多い。もっともドラスティックに変化させたのは、つぎのアンドルー・ゴールドのヴァージョン。

Andrew Gold - Learning the Game


なんだかひどく懐かしい音だ。70年代はじめのシンガー・ソングライター時代の音に重めのバックビートをつけたという雰囲気。リリースは78年だったと思うが。これは2枚組ベストに入れるべきだっただろう。

ほかに、サー・ヘンリー&ヒズ・バトラーズも、いわゆる「バロック・ロック」風のバラッド・アレンジでなかなか面白いのだが、クリップがないので省略。ボビー・ヴィーのカヴァーも悪くないのだが、これまたクリップがない。

アンドルー・ゴールドやサー・ヘンリーとは逆方向の解釈をしたバンドもある。ストーンズだ。といっても、ミック・ジャガー抜きで、キース・リチャーズが歌っているのだが。

The Rolling Stones - Learning The Game - Live


キース・リチャーズのヴォーカルがこれでいいかどうかは、ストーンズは昔からこうだからとサラッと通り過ぎ(呵々)、アレンジの方向性はよくわかる。

バディー・ホリーの曲の特長は、このLearning the Gameのように、バラッドにしても面白いし、ストレート・ロッカーにしても面白い点にあることを、アンドルー・ゴールドとストーンズの両極端の解釈は教えてくれる。


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ザ・ビッゲスト・バン(ブルーレイ・ヴァージョン) [Blu-ray]
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by songsf4s | 2014-03-01 22:23 | ブリティシュ・インヴェイジョン
【ブリティッシュ・ビート根問い】サーチャーズ篇5 1963年の5
 
サーチャーズの30周年記念3枚組というものに、そこそこ詳しいライナーノーツが付属しているのだが、この盤のディスコグラフィーでも、デビューLPはMeet the Searchers、セカンド・アルバムはSugra and Spiceとしている。

前回、allmusicのディスコグラフィーでは逆になっていると書いたが、ほかに逆順のディスコグラフィーは見つけられなかったので、多数決で、Meet the Searchersのほうをデビュー盤と確定する。いつものallmusicのデタラメにすぎないようだ。

◆ Listen to Me ◆◆
サーチャーズのセカンド・アルバム、Sugar and SpiceのA面5曲目は、バディー・ホリーのロッカ・バラッド。作者はホリー自身とプロデューサーのノーマン・ペティー。

The Searchers - Listen to Me


Buddy Holly - Listen to Me


バディー・ホリーの両輪のひとつはPeggy Sue、Not Fade Away、Rave Onに代表されるような、パワー・コードのロックンロールだが、もうひとつの車輪は、このListen to Meや、ビートルズがカヴァーしたWords of Love、映画『スタンド・バイ・ミー』でも使われたEverydayといった、シンプルなコードのロッカ・バラッドである。

バディー・ホリーの曲は、速いのも、遅いのも、おおむね3コードだし、歌いやすいし、ほんとうにパフォーマーに「やさしく」できていると思う。呵々。

サーチャーズは例によって、オリジナルよりすこしスピードアップしているが、これはテンポの変更がいい結果につながった例だろう。ちょうど、ビートルズのWords of Loveと同じぐらいの速さだ。

◆ The Unhappy Girls ◆◆
A面の最後におかれたThe Unhappy Girlsは、おそらくカール・パーキンズがオリジナル。作者はフレッド・バーチとマリジョン・ウィルキン、前者はカントリー系のソングライターで、代表作はトーマス・ウェイン&ザ・デルロンズやフリートウッズがヒットさせたTragedy。後者はナッシュヴィルで活動したシンガー兼ソングライター、といった程度のことしかわからなかった。

The Searchers - The Unhappy Girls


Carl Perkins - The Unhappy Girls


聴けばわかることを書いて恐縮だが、カール・パーキンズのヴァージョンは、ロカビリー・スタイルで、カントリーに半分重心がかかっている。そのあたりはBlue Swede Shoes以来、変わっていない。

サーチャーズ盤は、主としてトニー・ジャクソンのトレブルをきかせたギターのせいで、カール・パーキンズ盤よりロックンロール・ニュアンスが強くなっていて、これはこれで好ましい。

しかし、トニー・ジャクソンというプレイヤーも、ナメていると、期待以上のプレイをすることがあって、あらら、と思う。この曲なんか、わたしがジャクソンに期待するものの5割増しぐらいの出来である。呵々。

ほかに、ジェイ・チャンス&ザ・チャンセラーズという、ロンドンはソーホーのグループのヴァージョンがみつかった。

Jay Chance & The Chancellors - The Unhappy Girls


録音、リリース時期がはっきりしないのだが、50年代から活動していたそうだし、音からいっても60年代はじめのスタイル、サーチャーズとほぼ同時期のものと推測できる。こちらのヴァージョンのほうが先で、サーチャーズはチャンセラーズ経由でカヴァーした可能性もある。ドラムのタイムは不安定だが、ギター・プレイはなかなか魅力的。

余談。

カール・パーキンズのThe Unhappy Girlsを聴こうとしてフォルダーを開いたら、前回あつかったOne of These Daysをパーキンズも歌っていたことに気づいた。

このカール・パーキンズ・セッショノグラフィーによると、パーキンズのOne of These Daysは1964年10月8日の録音で、サーチャーズよりあと、したがって、重大なミスではなかったのだが。

Carl Perkins - One of These Days


このヴァージョンもなかなか好ましい。パーキンズのヴォーカル・レンディションとギターがいい。

◆ Ain't That Just Like Me ◆◆
B面トップのAin't That Just Like Meはコースターズがオリジナル、作者はキャディラックスのリード・シンガーで一時期コースターズにも在籍したアール・キャロル。プロデューサーは例によってジェリー・リーバー&マイク・ストーラー。

サーチャーズのクリップはライヴしかなかったので、スタジオ録音をサンプルにした。

サンプル The Searchers - Ain't That Just Like Me

The Coasters - Ain't That Just Like Me


たんに慣れているだけなのかもしれないが、コースターズよりもサーチャーズのテンポのほうがいいと感じる。

ライヴを見るとヴォーカルの分担がわかる。

The Searchers - Ain't That Just Like Me [The ES Show - 1964]


後半でシャウトしている聴き慣れない声は誰かと思ったら、ドラムのクリス・カーティスだった。いや、クリス・カーティスの声はサーチャーズ・ファンなら知っているが、それはあのハイ・ハーモニーであって、こんな低い音域で歌うのはめずらしい。トニー・ジャクソンもマイク・ペンダーも、シャウトはイヤだといって、カーティスが歌うことになったのかもしれない。

この曲はホリーズのヴァージョンがもっとも人口に膾炙しているのではないだろうか。パーロフォンからの彼らのデビュー・シングルだった。

The Hollies - (Ain't That) Just Like Me


オフィシャル・ホリーズ・ウェブサイトのディスコグラフィーによれば、彼らのAin't That Just Like Meは1963年3月1日リリースなので、サーチャーズより早いことになる。サーチャーズは、コースターズ盤ではなく、ホリーズ盤に依拠してテンポを決めた可能性が高いと思う。

ボビー・カムストックのカヴァーというのもあるが、このディスコグラフィーが正しければ、カムストック盤は1964年3月14日リリースで、ホリーズないしはサーチャーズのヴァージョンをベースにしているのではないだろうか。

Bobby Comstock - Ain't That Just Like Me



◆ Oh My Lover ◆◆
B面の2曲目はまたオブスキュアなもので、オリジナルはシフォーンズ、作者はシフォーンズの生みの親であり、彼女たちの大ヒット、He's So Fineを書いたロニー・マック(Memphisのヒットがあるギター・プレイヤーのロニー・マックとは別人。RonnieとLonnie)。

The Searchers - Oh My Lover


The Chiffons - Oh My Lover


この曲自体はまったく有名ではないが、シフォーンズはHe's So Fineの大ヒットがあり、イギリスの連中はみなガール・グループを聴いていたのだから、B面かアルバム・トラックとして知り、カヴァーしたのだと推測できる。

ロニー・マックはHe's So Fineのプロデュースをし、このシングルがチャートを上昇しはじめた時までは生きていた。彼の雇い主であったトークンズが急いでゴールド・ディスクを手配したが、出来上がった時には、マックはガンに斃れていたという。

ジョージ・ハリソンは後年、My Sweet LordはHe's So Fineの盗作であると、ロニー・マックの楽曲出版権をもつトークンズの会社に訴えられ、敗訴しているが、まあ、それほどまでに、あの時代のイギリスの連中はガール・グループをよく聴いていたのだ、と云える(苦しいw)。

ということで、サーチャーズはまたしても、人気のあるシンガーの非有名曲を選択し、他のバンドに「渋いじゃん」といわせようとしたのだと思う。あはは。


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The Hollies Greatest Hits
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Sweet Talkin Girls: The Best of
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by songsf4s | 2014-02-18 21:51 | ブリティシュ・インヴェイジョン
魂も凍る二月のThis Is THE DAY――バディー・ホリー、リッチー・ヴァレンズ、ビッグ・バッパー
 
二月三日は節分だという意見もありますが、年中行事というのは新暦ではどうしても不思議なことになりますし、恵方巻というのは西のもので、鬼と罵られ、豆をぶつけられた側の東国人としては、どうも違和感があります。

やはり、二月三日といえば、バディー・ホリー、リッチー・ヴァレンズ、ビッグ・バッパーの命日でしょう。この三人が同じ日に没した経緯は、「American Pie by Don McLean その1」という記事に書きましたので、ご存知ない方はそちらを参照なさっていただければ幸いです。

じつは、すでにツイッターでバディー・ホリー特集のようなものをやってしまったので、この記事は同様の選曲になりそうです。ツイッターでわたしをフォローされている方には、あまり用のない記事になるであろうことを、先回りしてお詫びしておきます。

いやでもなんでも、バディー・ホリーの命日なので、この曲ではじまるのは前世からの定め。

Buddy Holly - That'll Be The Day


バディー・ホリー・フォロワーというと、ついうっかり、ボビー・ヴィーだの、トミー・ローだの、ボビー・フラーだのといった人たちを指折ってしまいますが、じつはキング・オヴ・バディー・ホリー・ファンズは、この人たちでしょう。

The Beatles (The Quarrymen) - That'll Be The Day


ビートルズのルーツとして、ブラック・ミュージックをあげていくこともできるでしょうが、究極においてなにがインスピレーションだったのだ、と突き詰めていくと、やはりバディー・ホリーとエヴァリー・ブラザーズのアマルガムではないかと思います。

ポール・マッカートニーの会社は、バディー・ホリーの楽曲の権利を持っていますが、しかし、どちらが近いかと云えば、それはもう、ジョン・レノンでしょう。ジョンの歌の向こうにはバディー・ホリーのすがたがいつも揺曳しています。

バディー・ホリーの曲でとくに好きなもの、となると、まず指を折るのがこれ。

Buddy Holly - Not Fade Away


ジョン・カーペンターの『クリスティーン』はなんともはやつまらない映画でしたが、1950年代にクリスティーンがデトロイトの工場で誕生する場面はモノクロで、バディー・ホリーのNot Fade Awayが流れ、クリスティーンが走っているショットで画面に色がつき、現代へと時代が移ったことが示され、音のほうもバディー・ホリーからべつのNot Fade Awayへと変化していくという、音楽がわかっている監督にしかできない技を見せてくれました。

バディー・ホリーのオリジナルに接続された後年のカヴァーはこのヴァージョン。

Tanya Tucker - Not Fade Away


記憶では、ディストーションのかかった派手なギターのあたりから、こちらのヴァージョンへと遷移したような気がするのですが、ユーチューブでは確認できませんでした。

Not Fade Awayはうんざりするほどたくさんカヴァーがありますが、やはり、グレイトフル・デッドのテーマ曲、と云いたくなります。デッドのNot Fade Awayは40種類以上リリースされていますが、これは1971年の録音。

Grateful Dead - Not Fade Away


やはり80年代のずぶずぶに崩れたデッドにくらべると、このころはまだ折り目がパリッとしていて、いいサウンドだったなあ、としみじみします。ソロに入ると、ガルシアがすっ飛んでいくのも快感です。

わたしはバディー・ホリーの没後、数年たってから音楽を聴くようになったので、彼の曲はほとんどカヴァーで知りました。最初はもちろん、これに決まっています。

The Beatles - Words of Love


聴くだけではなく、中二のときのバンドでやっちゃいました。3コードの曲だともうダボハゼでした。

つぎの曲なんかも、バディー・ホリーを本気で聴こうと思った理由のひとつです。ジム・ゴードン・オン・ドラムズ。

The Nitty Gritty Dirt Band - Rave On


アコースティック・リズム・ギターでゴリゴリとドライヴしちゃうところが、ほとんど感動的といっていいくらいです。

つぎの曲もやはり、バディー・ホリー楽曲独特の、パワー・コードによるドライヴ感を再現しようとして書かれたパスティーシュといっていいでしょう。

The Bobby Fuller 4 - I Fought The Law (And The Law Won)


スティーヴ・ウィンウッドとバディー・ホリーとはあまり結びつかない感じで、なぜこの曲を歌ったのか、ちょっと不思議ではあるのですが、しかし、ウィンウッドが歌うと、やはり彼独特のなにものかになるなあ、と感じます。

Blind Faith - Well Alright


バディー・ホリーのバラッドの代表作を入れておきます。

Buddy Holly Story - True Love Ways


むろん、わたしは後追いなので、この曲もカヴァーから入りました。

Peter and Gordon - True Love Ways


こういう風に簡単にやっては申し訳ないのですが、時間がなくなってきたので、運命の飛行の同乗者たちの曲をひとつずつ。まずはリッチー・ヴァレンズ。アール・パーマー・オン・ドラムズ。

Ritchie Valens - Come on Let's Go


記憶しているのはアール・パーマーだけですが、リズム・ギターはキャロル・ケイ、ベースはレッド・カレンダー、なんていうメンバーかもしれません。リードはリチャード・ヴァレンズエラ自身によるものだったような気がします。

つぎはビッグ・バッパーことJ・P・リチャードソンの代表的ヒット。

Big Bopper - Chantilly Lace


以上、はなはだ簡単ですが、バディー・ホリー、リチャード・ヴァレンズエラ、J・P・リチャードソンの三人をしのんで曲を選んでみました。


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バディー・ホリー(ボックス)
Not Fade Away: The Complete Studio Recordings & More
Not Fade Away: The Complete Studio Recordings & More


リッチー・ヴァレンズ
Complete Ritchie Valens
Complete Ritchie Valens


ビッグ・バッパー
Hello Baby: Best of the Big Bopper
Hello Baby: Best of the Big Bopper


グレイトフル・デッド
The Grateful Dead (Skull & Roses)
The Grateful Dead (Skull & Roses)


ピーター&ゴードン
Ultimate Collection
Ultimate Collection


ビートルズ
Anthology 1
Anthology 1


ビートルズ
Beatles for Sale (Dig)
Beatles for Sale (Dig)


ニッティー・グリッティー・ダート・バンド
Uncle Charlie & His Dog Teddy
Uncle Charlie & His Dog Teddy


ボビー・フラー・フォー
I Fought the Law & Other Hits
I Fought the Law & Other Hits


ブラインド・フェイス
Blind Faith
Blind Faith


タニヤ・タッカー
TNT
TNT
by songsf4s | 2012-02-03 23:58 | 追悼
American Pie by Don McLean その4
タイトル
American Pie
アーティスト
Don McLean
ライター
Don McLean
収録アルバム
American Pie
リリース年
1971年
f0147840_2354283.jpg

◆ 3コードの魔力 ◆◆
最初に聴いたバディー・ホリーの曲は、ビートルズによるWords of Loveでした。聴いたどころか、中学のバンドのときにやりました。アマチュアというのは、好きな曲をカヴァーするわけですが、それ以前にもっと重要な考慮点があります。「できる」か「できない」かです。Words of Loveは「できる」曲でした。つまり、すごく簡単だったということです。

ひどく乱暴な言い方になってしまいますが、バディー・ホリーの曲というのは、コードを3つ知っていればできます。Words of Loveのほかにも、Everyday、Not Fade Away、Rave On、Peggy Sue、Oh Boyというぐあいに、すぐにその例を列挙できます。Well Alrightも、やはり3コードの変形といっていいでしょう。3コードというのは、ロックンロールが見くだされる理由のひとつにもなりましたが、やはり、いまふりかえっても、結局、本質はここにあるのではないかと感じるほど、重要な特質だったと思います。

f0147840_2355371.jpgバディー・ホリーが3コードのパターンをつくったわけでは、もちろんありません。しかし、たとえば、Rave Onなどに強く感じますが、「3コードで押しまくる快感」を端的に伝えるという意味で、バディー・ホリーは抜きんでた存在です。

60年代にバディー・ホリーの曲を伝えた人たちは、おそらく、ギターをもったほんの数日後に、いや、ひょっとしたらその日に、バディー・ホリーの曲を歌ったのではないでしょうか。デビューしてから、子どものころを思いだして、ここが原点だということを強く意識しながらカヴァーしたのだろうと想像します。あくまでも、プレイする側の観点にすぎませんが、バディー・ホリーの諸作には、「プレイすることの楽しさ」のエッセンスが凝縮されていると感じます。

デッドといっしょにNot Fade Awayを弾き、ドン・マクリーンに合わせてAmerican Pieを弾いていて、いまさらのようにそんなことを考えました。いや、じつは、ほんとうに考えたのは、つぎはRave Onにしようか、それともWell Alrightにしようか、ということですが! シンプルなコードでグルーヴをつくることには、麻薬的快感が潜んでいます。

◆ 聖なる店への参拝 ◆◆
コーラスをはさんで、冒頭のように、ドラムとベースがなくなり、テンポ・チェンジをして、ドン・マクリーンとピアノだけになる最後のヴァース。

I met a girl who sang the blues
And I asked her for some happy news
But she just smiled and turned away
I went down to the sacred store
Where I'd heard the music years before
But the man there said the music wouldn't play

「ぼくはブルーズをうたう女の子に出会い、なにかいいニュースはないかい、ときいた、でも、彼女はただ微笑んだだけで、背を向けてしまった、何年も昔によく音楽を聴いた聖なる店に行ってみたけれど、店の人間は、もう音楽はかからないといった」

f0147840_065823.jpgブルーズをうたう女の子といえば、当然、ジャニス・ジョプリンのことでしょう。ただ微笑んで背を向けた、というのは、彼女の死のことと解釈できます。ドン・マクリーンにとって、彼女は希望の灯だったのかもしれません。

聖なる店は、具体的にはわかりませんが、レコード・ストアまたはライヴ・ジョイントと解釈できます。そこでももう音楽がかからないということは、バディー・ホリーの死から10年たって、ジャニスの死によってふたたび音楽は死んだ、というあたりでしょうか。

正直にいって、わたしには、このへんの実感はまったくありません。ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソン、ジミ・ヘンドリクスの死がつづいたときも、奇妙な偶然があるものだと思いはしたものの、特別な感懐はありませんでした。英雄崇拝的に音楽を聴いた時期がなかったわけではありませんが、それはロウ・ティーンのころのことで、このときにはもう高校生ですから、だれも崇拝しないことによって、大人になろうとしていたのでしょう。大人は対象と距離をとるものですから。

ただ、「聖なる店」という感覚には共感できます。わたしも小学生のころは、毎日かならず、放課後に近所の楽器屋をすべてまわり、金色燦然たるご神体、ギターやシンバルやスネアに手を合わせてから、社務所に向かい、45回転や33回転の「お札」を一枚一枚ていねいに拝見したものです。お百度詣りどころか、大願成就が5、6回あってもおかしくないくらい、熱心に詣でました。

◆ 父と子と聖霊と3コードの名において ◆◆
わたくしごとはさておき、ヴァースの後半へ。

And in the streets the children screamed
The lovers cried, and the poets dreamed
But not a word was spoken
The church bells all were broken
And the three men I admire most
The father, son, and the holy ghost
They caught the last train for the coast
The day the music died

「通りでは、子どもたちは叫び、恋人たちは泣き、詩人は夢見ていたが、言葉はひと言として語られなかった、教会の鐘はすべて壊れ、ぼくがもっとも敬愛する父と子と聖霊の三人は海岸へ行く最後の列車に乗ってしまった、あの音楽が死んだ日に」

これで最後なのですが、むずかしいヴァースです。通りで叫ぶ子どもというと、あのころ頻発した学園紛争を思い浮かべますが、そのあとの恋人たちと詩人にうまくイメージがつながりません。ヒエロニムス・ボス的構図が見えるのみです。

f0147840_085822.jpg教会の鐘がすべて壊れたというのは、「無音」すなわち音楽が死んだことであると同時に、無神論の拡大と解釈できるでしょう。神とキリストと聖霊がそろって最後の列車に乗った、ということも、それを補強しているように見えます(馬鹿なことを書きます。父はC、子はF、聖霊はG、三位一体とはC-F-Gの3コード!)。自明のことですが、holly ghostには、バディー・ホリーの名が埋め込まれていることも、意図したものでしょう。

このthe coastがthe Coastすなわち西海岸だとすると、なにか具体的なことを指していることになりますが、それはよくわかりません。ニューヨーク郊外に生まれ育ったマクリーンには、なにかが西へと去った感覚があったのかもしれません。

f0147840_022582.jpg宗教から話をドーンと落としちゃいますが、生き残ったクリケッツの3人が、西のハリウッドに拠点を移した、なんていう含みも、ひょっとしたらあるかもしれません。いや、ないかもしれませんがね!

たんなる言葉の連想にすぎませんが、「最後の列車」から、モンキーズの最初のヒット、Last Train to Clarksvilleも思い浮かべます。モンキーズを「究極の商業主義」と見るのなら、この連想は見当はずれではないのかもしれません。ある立場にとっては、モンキーズは「究極の音楽の死」なのではないでしょうか。いや、個人的には、それをいうなら、アメリカ音楽ははじめから死んでいたのではないか、と思いますが。

◆ 4ピース・コンボのメタファー ◆◆
かくして、長い叙情的叙事詩は最後のコーラスに入り、伝統的なシング・アロング・スタイルでエンディングを迎えます。

f0147840_0544056.jpgあんまり長いので、なんのことか脈絡を失ってしまったような気分ですが、最後に思うことは、意味はどうであれ、また立場のちがい、歴史観のちがい、音楽観のちがいはあれ、この曲は音韻としてすぐれたラインが多く、いやでも記憶し、すぐにシング・アロングしたくなるという意味で、やはり、非常によくできた歌だということです。

そろそろ体力気力の限界なので、詳細な音楽的検討は避けますが、ひとつだけだいじなことがあります。アレンジ、楽器構成がちがうので見落としそうになりますが、G-C-G-Dというコード進行を繰り返す、シンプルなAmerican Pieのコーラスの構造は、バディー・ホリー的、もっと正確にいえば、Peggy Sue=Not Fade Away=Sheila=I Fought the Law的になっています。要するに、多くの人が「バディー・ホリー的」と考えるエッセンスを取り入れているということです。

ジョン・レノンがこの曲をフェイヴァリットにあげたのも、つまるところ、歌詞よりも、そこのところが理由ではないかという気がします。ボビー・ヴィーよりも、トミー・ローよりも、ほかのだれよりも、バディー・ホリーのスタイルを深いところで血肉化した、真のバディー・ホリー継承者だった人ですから。

マクリーンは、あの時代、友だちはみなエルヴィスのファンだった、でも、彼はバディー・ホリーのほうが好きだった、といっています。ホリーと、彼をバックアップするクリケッツの3人が一体となった姿に心を捉えられたのだそうです。この点はわたしも共感を覚えます。

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バディー・ホリーとクリケッツが活躍した時代というのを直接には知りませんが、クリケッツが4ピースのギター・コンボという、60年代の標準的なロック・バンドの祖型だったことは知っています。わたしも、ロウ・ティーンのころは「バンド」、正確にはスモール・コンボ以外には、あまり興味がありませんでした。あれはどういう意味なのでしょうか。4人の人間が、それぞれの道具を手に、ひとつのことを成し遂げようとする姿への強い共感というのは?

なんだか、American Pieという歌から離れはじめているような気もするのですが、音楽が死んだ日とは、すなわち、4人組が解体された日と見ることもできそうです(じっさいには、あの事故以前に、すでにクリケッツはバラバラになっていた)。音楽が死んだ日に明らかになった真実とは、結局、バディー・ホリー=われわれは孤独である、ということかもしれません。

ミス・アメリカン・パイとは、すなわち人間の絆であり、American Pieは、バディー・ホリーの死後10年のあいだに、みごとに解体されていった人間の絆を歌った曲だ、なんていうクソまじめで、尻がむずむずする結論はいかが?

なんたって、あなた、パイを丸のまま食べる人間はいないわけで、あれははじめから切り離される宿命を背負って焼き上がるのでありましてな。これが正解じゃなくて、なにが正解かと、世界のAmerican Pie研究者に訴えたいくらいなもんですよ!

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by songsf4s | 2008-02-04 23:55 | 冬の歌
American Pie by Don McLean その3
タイトル
American Pie
アーティスト
Don McLean
ライター
Don McLean
収録アルバム
American Pie
リリース年
1971年
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◆ バディー・ホリーとデッド ◆◆
昨日は、体調を崩したのはバディー・ホリーの呪いか、なんて書きましたが、今日は目覚めたら、温暖な当地にはめずらしい「豪雪」で(なんていったら雪国の人が笑い死にするであろう、10センチにも満たない積雪)、こりゃAll My Trialsになってきたな、なんて馬鹿なことを思いました。いや、山中鹿之助の「われに艱難辛苦を与えたまえ」か。

当ブログをよく訪れる方はご承知でしょうが、わたしは古くからのデッド・ヘッドです。グレイトフル・デッドがショウのエンディングやアンコールで、しばしばバディー・ホリーのNot Fade Awayをやったことは、ヘッズにとっては常識中の常識で、クイズの1問目にもならないほどです。

録音も山ほどリリースされています。ヴィデオ類も併せると、正規リリースだけで40種類を超えます。ヴァージョンの多いのがあたりまえのデッドのレパートリーにあっても、とりわけ多い曲で、もっとも重要なレパートリーのひとつでした。なんたって、信じがたいことですが、「フリ」までつくのです。I wanna tell you how it's gonna beで、ガルシアとウィアがそろって、右腕を前に突き出し、人差し指で客を指さすんですからねえ。はじめて見たときはひっくり返りました。

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I wanna tell you how it's gonna be

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My love is bigger than Cadillac

盤としてのデビューは、71年のダブル・ライヴ・アルバムGrateful Dead(通称Skull and Roses)です。しかし、近年になって、Skull and Rosesのボーナス・トラックとして、Oh Boyが追加されたのには、またまた驚きました。これはNot Fade Awayとは対照的に、このヴァージョンのみ、1種類しかリリースされていません。リハーサルなし、その場の思いつきでやったのじゃないかと思うほどの出来です。

f0147840_0253178.jpg幸い、クルーズマン=レッシュが絶好調のときですから、不揃いな出だしを切り抜けたあとは、なかなかけっこうなグルーヴで、それが救いになっていますが、一回だけで、二度とやらなかったのも、そうだろうなと納得してしまいます。とくに、ボブ・ウィアのハーモニーがボロボロです。いや、つまり、いつも以上にひどい、という意味ですが。

Not Fade Awayはともかくとして、バディー・ホリーのOh Boyという曲とデッドのスタイルをご存知の方なら、聴かなくても容易に想像がつくであろうように、これほどデッドに不似合いな曲もそうはないだろうというほどです(Words of Loveよりは「似合う」でしょうが!)。それでも、ちょっとやってみるか、と思ったのは、どういう意味なんだろうと思います。

もっとも短絡的な解釈は、要するに、デッドもバディー・ホリー・フォロワーだったのだ、ということです。ガルシアも子どものころは、バディー・ホリーを聴いて、いいなあ、と思っていたのじゃないでしょうか。デッドには不似合いなもう1曲のカヴァー、エヴァリーズのWake Up Little Susieのことも考え合わせると、そういう単純なことと思っていいような気がします。

意外にも、バディー・ホリーを介して、グレイトフル・デッドとボビー・ヴィーとトミー・ローとボビー・フラー、そしてドン・マクリーンは「同類」だったという馬鹿馬鹿しい枕でした。デッドをずっと流しながら、この記事を書いているというだけなんですが。

◆ 悪魔の友は天使の敵か? ◆◆
さて、本題。例によってコーラスをはさんだのち、つぎのヴァースへ。

Oh, and there we were all in one place
A generation lost in space
But no time left to start again
So come on, Jack be nimble, Jack be quick
Jack Flash sat on a candlestick
Cause fire is the devil's only friend

「あそこでぼくらは一カ所に集まった、空間のなかに失われた世代、でも、はじめからやり直している時間は残されていない、だから、ジャックよ、さっさとやれ、ジャックよ、急げ、ジャック・フラッシュは燭台の上に坐った、火は悪魔の唯一の友だから」

f0147840_0285837.jpg60年代に、一カ所にみながまとまったことがあるとするなら、やはりウッドストックでしょう。spaceはたんなる空間ではなく、宇宙空間でしょうか。ウッドストックの年である1969年は、アポロ宇宙船の月着陸の年でもありました。宇宙などという、あらぬ空間に迷い込んでしまった世代、という解釈が成り立ちうるでしょう。ドラッグ関連でいうと、spaceyなんていう形容詞があり、これも連想します。こちらからは、「ドラッグに失われた世代」という解釈が出てきます。

Jack be nimble, Jack be quickは、マザーグースの以下の一節の引用です。

Jack be nimble, Jack be quick
Jack jump over the candle-stick
Jack be nimble, Jack be quick
Jack jump over the candle-stick

f0147840_0311798.jpgマザーグースの意味なんか考えたくもありませんが、考えるまでもなくわかることは、マザーグースではジャックはろうそくを跳び越えるのに対して、American Pieでは、その上に坐ってしまうことです。ここから読み取れることは、「跳び越えそこなった」すなわち「失敗」ということのように思えます。

Jackにはいろいろなイメージがつきまとうので、なかなかやっかいです。まず確認しておくと、これはJohnの愛称だということです。しかし、辞書を見ると、「時にJames、Jacobの愛称」ともあります。ヤコブ(いや、英語ではもちろん「ジェイコブ」)か、なんて聖書にいってしまうと、いよいよ手に負えないので、この方向はこれだけで切り上げます。

Jack and BettyとかJack and Gillのように、平均的男の子のことを指す場合もあります。学校で習ったことで覚えているのは、Jack of all trades=なんでも屋です。辞書を見ていくと、まだまだイヤになるほどさまざまな意味があります。水兵、水夫、警官、憲兵、ジャッキ、機関車、金、その他もろもろ、きりがありません。好きなように解釈しろといわれているも同然です。

f0147840_0373858.jpgしかし、Jack Flashとくれば、どうしてもストーンズの1968年のヒット、Jumpin' Jack Flashということになります。この曲は、内容的なことはさておき、ビートルズになりふりかまわず追従した姿をおおいに嘲笑されたアルバム、Their Satanic Majesty's Requestによる失墜から、「回復」の一歩を踏みだしたもの、「われに返った」ヒットでしたが、ドン・マクリーンは、どうもそんなことは気にしていないようです。

ずっともやもやと解決がつかずに悩んでいる最大のラインは、fire is the devil's only friendです。これはどこかよそでも読んだ記憶があり、引用だと思うのですが、出典がわからないのです。可能性としては聖書、ダンテの『神曲』、ミルトンの『失楽園』あたりが思い浮かぶのですが、うーん、なんでしょうねえ。どなたか解決できる方がいらしたら、ぜひぜひご教示いただきたいものです。

f0147840_041826.jpgここでグレイトフル・デッドを連想するという意見もあちこちで読みました。当ブログでも昨秋取り上げたFriend of the Devilです。ケン・キージーのAcid Test以来のデッドとヘルズ・エンジェルズの長い付き合いは有名ですし、69年12月のアルタモント・スピードウェイ(Altamontは「オルタモント」とは発音しない。喉をつぶす「ア」の音)におけるフリー・コンサートでのエンジェルズの暴行と殺人もあるので、当然の連想だと思いますが、はて、どうでしょうか?

また、Friend of the Devilにはleveeが登場します。土手で悪魔に出会うのです。ほかに土手が出てくる歌といっても、ディランのDown in the Floodぐらいしか思いつかず(洪水なのだから、土手が出てきても当然)、この一致を偶然と見ていいかどうかは、微妙なところですが、どうも、わたしの頭のなかでは、デッドとドン・マクリーンは結びつきません。まあ、冒頭にも書いたように、バディー・ホリー・フォロワーという共通点はあるのですが、ひどく遠い血縁に感じます。

◆ 鬼道に墜ちることなかれ ◆◆
ヴァースの後半。

Oh, and as I watched him on the stage
My hands were clenched in fists of rage
No angel born in hell
Could break that satans spell
And as the flames climbed high into the night
To light the sacrificial rite
I saw satan laughing with delight
The day the music died

「ステージの彼を見ていて、ぼくの憤怒で両手を握りしめた、地獄で生まれた天使のだれひとりとして、悪魔の呪いに打ち勝つことはできない、炎が夜空高く駆け上がり、いけにえの儀式を照らし出すと、悪魔が歓喜で笑っているのが見えた、あの音楽が死んだ日に」

前半からの流れで、これはストーンズのことと解釈できます。「ステージの彼」はもちろんミック・ジャガー。彼らのSympathy for the Devilには、当時、「悪魔を憐れむ歌」といった邦題がつけられていたと思いますが、このsympathyは「共感」と訳すべきでした。sympathyには「同情」の意味はあっても、「憐憫」の意味はなく、意図的かどうかはいざ知らず、「憐れむ」という誤訳はひどいミスリードだったと思います。いや、これは脇道。

当時の印象を正直にいうと、Sympathy for the Devilを聴いて、ストーンズは「立ち直った」と思いました。We Love Youだなんていう、ふやけた偽善よりははるかにマシだと、いまでも思います。ビートルズの真似ではないことも買えます。いや、裏返しにした真似だったのかもしれません。Sgt. Pepper'sにうろたえて、ド阿呆な方向に切ってしまった舵を、あわてて反対側に切り直しただけとも見えますし。

しかし、商売の手段としてサタニズムを利用することについては、愚劣の極みだと考えます。わたしは宗教心に欠ける人間ですが、それゆえに、オカルティズムも冗談の一種としか思っていません。サタニズムを商売に利用することの悪は、それが人間の心のもっとも弱い部分を操作する行為だということにあります。とくに若者はサタニズムに傾斜しがちだと、自分の若いころを振り返っても思います。

ドン・マクリーンがアルタモント・フリー・コンサートの会場にいたかどうかは知りませんが、American Pieから読み取れることは、彼は敬虔な人間らしいということです。わたしのように宗教心のない人間でも、ストーンズがサタニズムを商売に利用し、ナイーヴな子どもたちの心を操作したことを不快に感じるのだから、マクリーンが「憤怒」したのも当然でしょう。

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以上、このヴァースは比較的あいまいなところがなく、マンソンのテイト=ラビアンカ事件とウッドストックのあった69年夏から、アルタモント事件のあった同年12月までを歌ったものと思われます。カルトのサタニズムと商売人のサタニズムが凱歌をあげた半年です。

なお、アルタモント・フリー・コンサートを「反ウッドストック」とする見方があるようですが、わたしはそうは思いません。ウッドストックとアルタモントは同じコインの両面にすぎず、善と悪という概念で見るべきものではないでしょう。まあ、わたしは、おおぜいの人間が家畜のように一カ所に詰め込まれているのを見るだけで吐き気に襲われる体質だということにすぎませんが、直感的に、ウッドストックもアルタモントも、ともにひどい間違いだったと思います。

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ウッドストックは、音楽が死んだ日ではなく、「音楽の意味がすり替えられた日」でした。いや、わたしにとって「音楽が死んだ日」があったとしたら、1969年8月16日です。あれ以後、わたしには「頼るべきものがなく」、個々のミュージシャンとの個別の取引きだけを独力でしてきたように感じます。

まだ体調が万全ではなく、写真の加工とアップロードを考えると、今日はこのへんが限界のようです。なんだか引っぱっているようで恐縮ですが、もう一回で完結とさせていただきます。残るはあと1ヴァースです。
by songsf4s | 2008-02-03 23:56 | 冬の歌
American Pie by Don McLean その2
タイトル
American Pie
アーティスト
Don McLean
ライター
Don McLean
収録アルバム
American Pie
リリース年
1971年
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バディー・ホリーのことを取り上げたとたん、体調が悪くなって、こりゃ祟りか、なんて思いました。しかし、お岩さんの祟りなら四谷にお詣りすれば回避できることになっていますが、バディー・ホリーの祟りは、どこへいって仁義を切ればいいのかわかりません。まあ、あまりにもヘヴィーな歌詞に、こちらの体力が追いつかなくなっただけでしょう。まだ元気いっぱいではありませんが、幸い、熱はないので、匍匐前進でつぎのヴァースを読むことにします。

いうまでもないことを、いまさらのようにいいますが、歌の解釈は人それぞれです。つまるところ、われわれは自分が聴きたいことを聴き取るだけなのです。

American Pieは、1950年代から60年代いっぱいの音楽の変化と同時に、アメリカ現代史をうたっています。わたしには、あの時代を生きた、アメリカ音楽が大好きな日本の子どもとしての記憶と知識しかないので、解釈はもっぱら音楽史に偏りがちです。公民権運動をめぐる出来事や、学生運動をはじめとする、社会史に属することへの知識は一握りしかありませんし、実感にいたってはまったくありません。ワッツ暴動やシカゴ7にもふれているのだ、としている記事をウェブで読みましたが、そのへんはわからないので、下手にふれるのは避けました。そのあたりをお含みおきください。

◆ ディランと転がる石 ◆◆
コーラスをはさんでつぎのヴァースに入ります。

Now for ten years we've been on our own
And moss grows fat on a rollin' stone
But that's not how it used to be
When the jester sang for the king and queen
In a coat he borrowed from James Dean
And a voice that came from you and me

「この十年のあいだずっと、ぼくらはだれにも頼れなかった、そして、転がる石に苔が厚くむしていった、でも、ジェイムズ・ディーンに借りた上着を着て、きみやぼくの声で、道化師がキングとクウィーンのためにうたった時代には、そんなことは起こらなかったものだ」

この十年のというのは、当然、1959年からの十年間、バディー・ホリーが不在だった時期のことです。転がる石からストーンズを連想する方もいるでしょうが、直後にジェイムズ・ディーンが出てくることから、Like a Rolling Stoneをうたったボブ・ディランのこととわかります。

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「転がる石に厚く苔がむす」というのは、「転石苔むさず」ということわざの逆なので、ありえないことが起きたといっていると解釈できます。ありえないこと、というのは、フォーク・シンガーがロックンロールをうたうことでしょうか?

f0147840_033292.jpgしかし、「道化師」すなわちディランが王と王女のためにうたったころには、そんなことはなかった、というのだから、「ロック転向」以前のディランのことと解釈可能です。王と王女とはだれにことかわかりませんが、ウェブでは、ピート・シーガーとジョーン・バエズのことだといっているところがありました。わたしは、キングといえば、当然、エルヴィスを思い浮かべますが、ドン・マクリーンはフォーキーだったのだから、やはりここはピート・シーガーと解釈するほうが据わりがいいようです。レコード・デビュー以前、マクリーンはシーガーの世話になっています。

◆ 王と道化師 ◆◆

Oh, and while the king was looking down
The jester stole his thorny crown
The courtroom was adjourned
No verdict was returned
And while Lennon read a book of Marx
The quartet practiced in the park
And we sang dirges in the dark
The day the music died

「王が見下ろしているあいだに、道化師は茨の冠を盗んだ、法廷は審理を延期し、陪審員はだれももどらなかった、レノンがマルクスを読んでいたあいだ、カルテットは公園で練習し、ぼくらは暗闇で葬送歌をうたった、音楽が死んだあの日に」

道化師が茨の冠(当然、キリストへの言及)を盗んだというのは、ディランが王座を奪ったと解釈できますが、王はだれかという問題はやはり残ります。ピート・シーガーが「見下ろして」いたのなら、フォーク・ミュージックのオーセンティシティーへのこだわりのことでしょうか。王がエルヴィスであっても、似たようなことかもしれません。60年代のエルヴィスはステージに立たず、映画でしか顔を見せませんでした。

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ピート・シーガー(上)と若き日のディラン

あのころ、ディランやシーガーやエルヴィスをめぐって大きな裁判があったという話は読んだことがありません。ウェブでは、ジョン・F・ケネディー暗殺犯とされたオズワルドの審判が、オズワルド自身も殺されたためにうやむやになったことだ、といっているところがあります。音楽の外に目を向ければ、たしかにあれは、60年代前半でもっとも注目を浴びた法廷だったでしょう。シカゴ7のことだという意見については、わたしには判断する知識がありません。

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法廷から出るリー・ハーヴィー・オズワルド(中央)と銃を突きつける男

And while Lennon read a book of Marxのところを、Lenin read a book of Marxと聴き取っているところがあったので、ビックリしてしつこく聴き直してみました。音としてはレーニンである可能性もなしとはしませんが、ここにレーニンが出てくる意味がわからないので(60年代アメリカ史の登場人物ではない)、やはりLennonということにしておきます。

しかし、ジョン・レノンが左翼化するのは60年代終わりのことなので、ここに「マルクスを読んでいた」と出てくるのは、それはそれでちょっと違和感があります。初期のビートルズに左翼的なところは皆無なので、カール・マルクスではなく、グラウチョ・マークスのことだとでも解釈しないかぎり、64、5年の話だとすることはできません。64年2月にビートルズがはじめてアメリカの土を踏んだとき、いまでも映像を見ることができる爆笑の記者会見の結果、彼らは「マルクス兄弟の再来」と呼ばれました。ジョン・レノンは当然ながら、史上最高の皮肉屋グラウチョ・マークスに擬されるでしょう。

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カール(左)とグラウチョ。ジョンはどっちのマルクスを読んだ?

「カルテット」はビートルズ、「公園」とは、ビートルズがツアーに使った全米各地のball parkすなわち球場のことでしょうか。シェイ・スタジアムやキャンドルスティック・パークでの写真や映像をご覧になったことがあるでしょう。後者はビートルズの最後の公演地として有名です。

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暗闇で葬送歌をうたった、というのは、バディー・ホリーほど心を捉えるパフォーマーには出会わなかったことをいっているのでしょう。もちろん、ケネディー暗殺に対する思いも重ねていると思われます。

◆ さまざまな夏 ◆◆
またコーラスを繰り返して、つぎのヴァースへ。

Helter skelter in a summer swelter
The birds flew off with a fallout shelter
Eight miles high and falling fast
It landed foul on the grass
The players tried for a forward pass
With the jester on the sidelines in a cast

「炎暑の夏の大混乱、鳥たちは核シェルターとともに飛び去った、8マイルの高さまで達し、急速に落下している、それは草地に激突し、プレイヤーたちはフォーワード・パスを試みた、サイドラインの道化師も巻き込んで」

f0147840_0325241.jpgビートルズにHelter Skelterという曲があるということはよろしいでしょう。ベヴァリー・ヒルズのロマン・ポランスキー邸を襲い、シャロン・テイトたちを惨殺したチャーリー・マンソンは、のちに、この曲に啓示を受けたと主張したことも、常識の部類でしょう。まあ、少なくとも、われわれリアル・タイム世代には。オウム真理教の事件があったとき、マンソンとテイト=ラビアンカ事件を思いだした方もたくさんいらっしゃることと思います。

f0147840_0355455.jpg「鳥たち」は、直後に「8マイルの高さ」が出てくることから、Eight Miles Highというドラッグ・ソングと目される歌をつくった、バーズを指していることがわかります。

夏の大混乱が指すものはなにか。ここでいう「夏」は、「サマー・オヴ・ラヴ」すなわち1967年の夏と思われます。この年の夏に開かれた「モンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァル」にバーズは出演しています。あの夏はまさしく「大混乱」のときでした(ワッツ暴動があった1964年夏のことを指しているとする記事を読みましたが、わたしにはそのへんのことはわかりません)。

しかし、マンソンへの言及を考えると、同時に1969年の夏のこともいっているように思われます。マンソンがロマン・ポランスキー邸を襲ったのが69年8月8日、その直後の8月16日にウッドストック・コンサートがはじまります。こちらの夏も「大混乱」でした。

「核シェルター」とはなにか。とりあえず思いつくのは、「フォーク・ロック」というジャンルです。フォーク・ロックの定義は差し控えますが、一般的に「フォーク・ロック・ブーム」といわれるものは、きわめて短命でした。日本のような地の果てにいると、なんだか、はじまったときにはもう終わっていた、ぐらいの印象です。「急速に落下している」から、わたしはそのことを思い浮かべます。

Itという代名詞が指すものは、核シェルター、すなわちフォーク・ロックと考えられます。「草地」から、だれでも「グラス」「葉っぱ」を連想するでしょう。フォーク・ロックはドラッグ文化のなかで雲散霧消した、という解釈はいかが?

ウェブで読んだ解釈で面白いと思ったものがあります。自然芝の球場の場合(60年代には人工芝の球場はほとんどなかったはず)、ファウル・エリアの大部分は土で、芝が敷いてあるのは、フェア・グラウンドに接したごくわずかな部分である、そこに落ちたということは、「もうちょっとでヒットだった」という意味だ、というのです。うがちすぎのたぐいですが、おもしろいうがちではあります。

f0147840_0473669.jpg「フォーワード・パス」は、地に墜ちたフォーク・ロック、ないしはフォーク・ミュージックをなんとか前進させようということでしょうか(ラン・プレイとパス・プレイのちがいは、後者は一発逆転のロング・パスがあること、というのもフットボール・ファンなら連想するでしょう)。このへんにはまったく自信なし。細かい話ではなく、音楽そのものを前進させる、でしょうかね。playerの解釈も微妙です。しばしば、「経営ゲーム」の参加者をプレイヤーと呼ぶわけで、会社側の目論見を皮肉っている可能性もあると思います。

f0147840_0562219.jpgサイドラインにいる、ということは、ゲームには参加していないことになります。道化師すなわちディランは、「プレイ」の枠外に自分をおいたということでしょうか。Blonde on Blondeのあと、バイク事故の結果、しばらく人前にすがたを見せず(このとき、のちにBasement Tapesとして世に出たものが録音された)、復帰後のJohn Wesley Hardingから、Nashville Skyline、Self Portraitにいたる時期の、非アンガジェマン的、マニエリスム的中道主義(当時はもっとひどいことをいわれましたねえ。「退嬰的」「反動的」あたりが、フォーク・ピュアリストの平均的意見じゃないでしょうか。いえ、わたしはこの時期のディランがもっとも楽しいと思っています)を指しているかもしれません。

◆ 音楽が死んだ日に明らかになった真実 ◆◆

Now the half-time air was sweet perfume
While the sergeants played a marching tune
We all got up to dance
Oh, but we never got the chance
'Cause the players tried to take the field
The marching band refused to yield
Do you recall what was revealed
The day the music died?

「ハーフタイムの空気は甘い香りがした、軍曹がマーチを演奏しているあいだ、ぼくらはみな立ち上がって踊った、でも、ぼくらにはチャンスなんかなかったのだ、プレイヤーたちが戦闘を開始しようとし、マーチング・バンドは服従を拒んだからだ、音楽が死んだ日になにが白日の下にさらされたか覚えているかい?」

「ハーフタイム」とは「サマー・オヴ・ラヴ」、1967年夏のことでしょう。「甘い香り」はあの「われわれの意思によって世界は変えられる」という楽天主義と同時に、グラスの匂いをいっているのかもしれません。軍曹はもちろん、Sgt. Pepperすなわちペパー軍曹、マーチング・バンドはビートルズでしょう。

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ここの「プレイヤー」は、エスタブリッシュメントのことを指しているように感じます。保守主義者がtake the fieldすなわち戦闘を開始しようとしたため、楽天主義は打ち砕かれた(「チャンスはなかった」)という歴史認識をいっているのではないでしょうか。個人的には、あれは自壊現象だったと考えていますが。

音楽が死んだ日に明らかになったこと、というのはわたしにはわかりません。しいて想像すると、所詮、ポップ・ミュージックはビジネスである、ビジネスの冷徹な現実の前では、音楽それ自体は無力だ、といったあたりでしょうか。

ちょっと息切れがしてきましたし、こういうエニグマティックな歌詞を解釈しても、たんに「解釈のヴァージョン」を増やすだけにすぎず、なにかいったことにはならない、というペシミズムに取り憑かれそうになります。ドン・マクリーンが解説を拒んでいる(詩人としては当然でしょう)ことだけを頼りに、なんとかあと一回がんばってみるつもりです。
by songsf4s | 2008-02-02 23:55 | 冬の歌