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タグ:ネルソン・リドル ( 7 ) タグの人気記事
サンプラー Blue Moon その2 by Frank Sinatra
タイトル
Blue Moon
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Lorenz Hart, Richard Rodgers
収録アルバム
Sinatra's Swingin' Session
リリース年
1961年
他のヴァージョン
The Marcels, Elvis Presley, Bob Dylan, Julie London, the Ventures, Bruce Johnston, Cliff Richard, Ten Tuff Guitars, Percey Faith, Paul Weston, Jimmy McGriff, Jorgen Ingmann, Santo & Johnny, Leroy Holmes, Sy Zentner, Sam Cooke
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前回は、月の出がすごく遅くなって見えないなどと書きましたが、それはちょっと前のことで、すでに「すごく早くなって見えない」のだと、あとから気づきました。いや、わたしが夕食後の散歩に出かけるころには、西に沈んでしまっていたのです。それが、さらに遅くなって、今日は見えました。

本日もBlue Moonを2種類聴こうと思います。これまた、軽率なことをいったと思うのですが、前回、「この曲のオーソドキシー」などと気軽に書いてしまいました。漠然としたイメージでいったにすぎず、特定のヴァージョン、とくにオリジナルを念頭にして書いたわけではありません。

Blue Moonは戦前の映画、Hollywood Partyでジーン・ハーロウ(!)が歌う曲として書かれたものの、そのシーンは撮られず、のちにManhattan Melodramaという映画に使われたそうです。



第二次大戦まえはこんな感じですね。われわれがイメージするスロウ・バラッドというのはたぶん1950年代の産物で、昔はみなゆっくりというわけではなく、50年代のクルーナーならスロウに歌う曲でも、1930年代にはミディアム・テンポで歌うという一般的傾向があると思います。

しかし、このシンガーはだれなのでしょうか。ウェブ時代の悪い傾向で、どのサイトも、すべて同じことしか書いてなくて、最初に書いただれかがシンガーの名前を明示しなかったために、その後の孫引きサイトもみな名前が書いてありません。マーナ・ロイなのでしょうか。

◆ 「シナトラ文化」恐るべし ◆◆
さて、今夜の主役はフランク・シナトラのBlue Moonです。

「橋本忍『複眼の映像 私と黒澤明』と小林信彦『黒澤明という時代』」という記事でふれた橋本忍の本に、野村芳太郎が『ジョーズ』を絶賛したという話が出てきます。野村芳太郎がどういう点を褒めたかというと、『ジョーズ』という映画はOKカットしか使っていない、というのです。

やはり映画監督の映画の見方はちがいます。たしかに、素人が見ても、日活アクションなど、ああ、ここは撮り直したかっただろうな、と同情するショットが往々にしてあります。しかし、撮り直せば、フィルムと時間を消費することになります。OKではないがこの程度ならやむをえない、というショットが生き残って、上映されることになってしまうのです。

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野村芳太郎にフランク・シナトラのBlue Moonを聴かせたら、きっと絶賛するでしょう。OKカットしかない映画のような出来なのです。フランク・シナトラのみならず、プレイヤーもスタッフも完璧な仕事をしています。たとえば、ギタリストとしては録り直したかっただろうなあ、なんて思う一瞬はまったくないのです。全員が、俺は自分の仕事を完璧にやったぞ、と満足したテイクにちがいありません。

サンプル Frank Sinatra "Blue Moon"

この年までいろいろなものを聴きましたが、これほどどこにも隙のない録音はほかに思いつきません。プレイヤーはノーミス、間奏のサックス(たぶんプラズ・ジョンソン)がすばらしいし、ビル・ミラーのピアノのオブリガートにもしばしば耳を引っ張られます。

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むろん、ネルソン・リドルのオーケストレーションは弦、管ともにすばらしいし、エンジニアリングはステイト・オヴ・ディ・アート、世界の頂点にあったハリウッドのスタジオだけがつくれるみごとなサウンド・レイヤーを組み上げています。順序が逆になりましたが、シナトラも、技術的にはこの時期が頂点だったなあ、としみじみするようなヴォーカル・レンディションです。

わたしがずっとハリウッドの音楽産業を調べてきたのは、世界でただ一カ所、ハリウッドだけがこういうゴージャスなサウンドを生み出せたのはなぜか、ということが知りたかったからです。

◆ アーヴ・コトラー、ビル・ミラー、ジョー・コンフォート ◆◆
シナトラのセッションというのは、パーソネルが公開されているケースは少ないのですが、Blue Moonは数少ない例外で、プレイヤーの名前がわかります。以下、フランク・シナトラ・セッショノグラフィーのコロンビア時代のページの記載を貼りつけます。

Frank Sinatra (ldr), Nelson Riddle (con, a), Buddy Collette, Chuck Gentry, William Green, Plas Johnson, Wilbur Schwartz (r), Carroll Lewis, Vito "Mickey" Mangano, George Seaberg, Clarence "Shorty" Sherock (t), George Arus, Gail Martin, Tommy Pederson, Tom Shepard (tb), Al Viola (g), Joe Comfort (b), Bill Miller (p), Kathryn Julye (hrp), Irv Cottler (d), Emil Richards (per), Victor Bay, Alex Beller, Kurt Dieterle, Jacques Gasselin, Louis Kaufman, Murray Kellner, Joseph Livoti, Mischa Russell, Gerald Vinci, William Weiss (vn), Alvin Dinkin, Stan Harris (vl), Ossip Giskin, Armond Kaproff, Eleanor Slatkin (vc), Frank Sinatra (v)

フランク・シナトラがメンバーを決めるわけではなく、アレンジャーの注文でコントラクターが集めたのだろうと思いますが、それでも「常連」はいます。ギターのアル・ヴィオラは「シナトラのギタリスト」といわれています。ピアノのビル・ミラーは1950年代初めから「シナトラ一座」の「座付きピアニスト」をシナトラの引退まで務めました。スタジオ入りする以前の、シナトラがひとりでアルバムの曲をリハーサルし、仕上げていくときにピアノを弾いたのもミラーです。

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アル・ヴィオラのような位置のドラマーはいなかったのではないかと思いますが、しいていうと、アーヴ・コトラーがシナトラ・セッションのストゥールに坐ることが多かったようです。

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「ミスター・タイム」というニックネームがなにに由来するかは知りませんが、ふつうに考えれば、タイムが精確だということでしょう。繊細な技の持ち主ではないように感じますが、タイムはキッチリしています。

上記のメンバーで、あとはわたしが知っているのはバディー・コレット(アルトを中心とした木管)、エミール・リチャーズ(マレットおよびパーカッション)、エリナー・スラトキン(チェロ)、そしてジョー・コンフォート(ベース)といったあたりです。

ジョー・コンフォートは、ナット・キング・コール・トリオのベースぐらいの認識でしたが、シナトラのBlue Moonを聴くと、気持のいいタイムで、スタジオ・プレイヤーとしての必要条件を満たした人だったのだなと思いました。

ナット・キング・コール・トリオ(ジョー・コンフォート=ベース)



◆ Apache以前のヨルゲン・イングマン ◆◆
前回同様、もう一種類、インストをいってみましょう。前回はオルガン・インストだったので、今回はギター・インストにします。Apacheを大ヒットさせたデンマークのギタリスト、ヨルゲン・イングマンの1959年の録音です。

サンプル Jorgen Ingmann "Blue Moon"

一聴、すぐにわかった方もいらっしゃるでしょうが、レス・ポール・スタイルの露骨なコピーです。40年代後半からレス・ポールがはじめた、可変速回転録音によるピッチの変調と、多数のギターのオーヴァーダブによる「サウンド・オン・サウンド」という意味です。

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気持のいいサウンドだから、レス・ポールも長いあいだつづけたのであって、日本に多数のヴェンチャーズ・コピー・バンドが生まれたように、レス・ポールの追随者が生まれても不思議はありません。ヨルゲン・イングマンという人は、レス・ポールのスタイルを拝借することで地歩を築いたのだろうと想像します。このBlue Moonも、グッド・フィーリンのある音作りをしています。

しかし、Apacheではサウンド・オン・サウンドは使わず、ストレートにプレイしています。アメリカで、オリジナルのシャドウズ盤を押しのけて大ヒットするほどの特徴はないのです。

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まあ、ゼムのGloriaがアメリカではヒットせず、(ダジャレじみて恐縮だが)シャドウズ・オヴ・ナイトのひどいローカル・カヴァーがヒットしたことにくらべれば、ヨルゲン・イングマンのApacheがヒットしたのは、とほうもない間違いというわけでもありません。シャドウズのハンク・マーヴィンとヨルゲン・イングマンのあいだには大きな力量の差はないのです。

それにしても、どのヴァージョンをサンプルにしよう、というときに、これほど迷う曲はめずらしいですなあ。ほんとうに出来のいいヴァージョンがそろっていて、オミットするのに苦労します。苦労するのはイヤだから、あと何回かやって、いいものはすべて並べようと思います。


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Sinatra's Swingin Session
Sinatra's Swingin Session
by songsf4s | 2010-09-17 23:55 | Harvest Moonの歌
夏の日々はカラフルな凧とともに飛び去り フランク・シナトラのSummer Wind
タイトル
Summer Wind
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Johnny Mercer, Heinz Meier, Hans Bradtke
収録アルバム
Strangers in the Night
リリース年
1966年
他のヴァージョン
Wayne Newton, duet version with Julio Iglesias by the same artist
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今日は各地で暑さがぶり返したようですが、当地もおそるべき猛暑で、敬老の日の行事で倒れる人でも出るのじゃないかと思ったほどです。

もういくらなんでもタイトルに「夏」とついた歌を取り上げるのは苦しいか、なんて思いかけていたのですが、どうしてどうして、今年の夏はそんな甘いものではないようです。

予定していた夏の終わりの歌は残り2曲、今日はその片方、Summer Windを軽くいってみます。オリジナル記事は、以下の三本です。

Summer Wind その1:Frank Sinatra
Summer Wind その2:Frank Sinatra
Sommervind:Grethe Ingmann

最後のグレタ・イングマンのSommervindは、シナトラのSummer Windの原曲で、デンマーク語で歌われています。オリジナル記事をご覧になればわかりますが、Apacheをヒットさせたヨルゲン・イングマン(そのため、オリジナルのシャドウズ盤はアメリカではヒットせず、それが祟ったか、シャドウズがアメリカでブレイクすることはついになかった)の当時の夫人で、どうみてもローカル版レス・ポール&メアリー・フォードです。

オリジナル記事にも書いたとおり、フランク・シナトラのSummer WindはアルバムStrangers in the Nightに収録されていますが、ハル・ブレインをはじめとする若手のエースたちのプレイではないと考えられます。

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ネルソン・リドルのアレンジによるアルバムの進行中に、Strangers in the Nightが大ヒットしたために、シングルがアルバムを乗っ取る形でアマルガムをつくったために、メンバーが異なるのです。Summer Windはネルソン・リドルのアレンジなので、プレイヤーもリドル・セッション常連の古手レギュラーたちと推定されます。

サンプル Frank Sinatra "Summer Wind"

サンプルのアクセス数から見て、当家のお客さんにはシナトラ・ファンはあまりいらっしゃらないようですが、シナトラが好きだろうと嫌いだろうと、ハリウッドのサウンドのすごさは上ものには左右されないので、いつも満足させてくれます。

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いや、シナトラの完璧主義のおかげで、プレイヤーは最初のテイクをノーミスでキメなければいけないし(フランク・シナトラのレコーディングでは、通常、テイク1のみで、テイク2はないものと思わなければいけない)、場所はユナイティッド・ウェスタン、エンジニアはビル・パトナムか、またはリー・ハーシュバーグやエディー・ブラケットなどのパトナム門下生たちなので、つねにハイ・レベルの音です。Summer Windで卓に坐ったのはリー・ハーシュバーグだとされています。

◆ ウェイン・ニュートンのカヴァー ◆◆
グレタ・イングマンのオリジナル盤は、いちおう聴くことは聴きましたが、とくに面白い出来ではないので、サンプルは略します(例によって、HDDから削除してしまった!)。いちおう、YouTubeにクリップがありますが、スピーカーを傷めそうなイヤなノイズがするので、貼りつけませんでした。それでも聴いてみたいという方は、YouTubeで検索なさってみてください。

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ほかに、ウェイン・ニュートンのヴァージョンがあります。これまたハリウッド録音と思われるので、サンプルにしました。

サンプル Wayne Newton "Summer Wind"

クリス・モンテイズと同系統の、薄くて軽い邪魔にならない声で、暑いときには悪くないと思います。ウェイン・ニュートンは「ラス・ヴェガスの帝王」なのだそうですが(まあ、シナトラもディノもいないから、繰り上げということ)、こういう声の人が年をとると、どういうことになるのかと思います。あまり聴いてみたい気はしないのですが……。

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Summer Windにもシナトラにもまったく関係ないのですが、今日は記事が短いので、最近見て、思わず頬がゆるんだ写真を拝借して貼りつけます。

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女性は河内桃子、したがってオリジナル・ゴジラの撮影におけるスナップということになる。


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これも同じく一作目のスナップ。左端の巫女姿は河内桃子、その右の神主姿は平田昭彦。



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フランク・シナトラ
Strangers in the Night (Dlx)
Strangers in the Night (Dlx)



ウェイン・ニュートン
Danke Scheon/Red Roses For A Blue Lady
Danke Scheon/Red Roses For A Blue Lady
by songsf4s | 2010-09-12 23:55 | 夏の歌
Pocketful of Miracles その2 by Frank Sinatra
タイトル
Pocketful of Miracles
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Jimmy Van Heusen, Sammy Cahn
収録アルバム
Sinatra's Sinatra
リリース年
1961年
他のヴァージョン
Harpers Bizarre, original soundtrack for a Frank Capra picture "Pocketful of Miracles"(邦題『ポケット一杯の幸福』)
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◆ シナトラ=リドルの黄金コンビ ◆◆
f0147840_028525.jpgこの曲は、映画『ポケット一杯の幸福』のために書かれたオリジナル曲なのだと思いますが(いま調べたら、アカデミー・ベスト主題歌賞にノミネートされているので、やはり映画用に書かれたもの)、それにしては、フランク・シナトラのヴァージョンは映画と同じ1961年の11月に録音されていて、じつに素早いカヴァーです。シナトラがその作品をたくさん歌った作者たち、ジミー・ヴァン・ヒューゼンとサミー・カーンから、直接にアプローチを受けたのかもしれません。

あれほど集めたシナトラの曲のなかにこれは入っていなくて、じたばたしてみた結果、昨日になって、シナトラ・ヴァージョンをようやく聴くことができ、おおいに満足しています。その勢いで、よし、すぐに書いちゃおう、と決めてしまったのです。まだ十数回聴いただけですが、ハーパーズ・ビザールの看板は下ろし、シナトラのほうを立てようかと思ったほどです。

結局、ハーパーズ・ビザールを先に立てたのは、ただひとつ、ハル・ブレイン、キャロル・ケイ、トミー・テデスコというハーパーズ盤のメンバーが、「わたしのリズム・セクション」だからにすぎません。シナトラ盤のグルーヴもけっして悪くはないのですが、小さいころからから親しみ、年をとってからは、金と時間と情熱をかけて、その仕事ぶりを深く研究した人たちがもっているグルーヴは、もはや「わたしのもの」でもあり、なにものにも替えがたいのです。

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『ポケット一杯の幸福』スティル。左からピーター・フォーク、グレン・フォード。フォークはこの映画でアカデミー助演男優賞にノミネートされた。

でも、シナトラ盤も気持ちのよい、晴れやかな仕上がりです。いつも思うのですが、シナトラはミディアムからアップで、バンドのグルーヴに乗ってスウィングするときが素晴らしく、わたしの好みからいうと、テンポのゆるいバラッド、とくにリプリーズ時代のものは「歌いすぎ」に感じます。この曲はミディアム・シャッフル(ブリッジではベースだけ4ビートに変化する)で、シナトラも軽くグルーヴに乗って歌っていて、さすがにうまいレンディションだと感じます。

f0147840_0363243.jpgこの曲のアレンジャーはネルソン・リドルで、セッショノグラフィーのマスター番号から判断すると、同じセッションで、さきにCome Rain or ShineとNight and Dayという重要曲を録音しています。Pocketful of Miraclesで、声がすこししわがれているのは、大物をうたったあとだからでしょうか。それはそれで、味になっていると感じます。

ネルソン・リドルのアレンジメントについていえば、この曲に関しては、ストリングスのラインがなかなか美しいと感じます。また、ブリッジでフルート部隊とグロッケンシュピールに同じフレーズをプレイさせていますが、なるほど、こういうのがオーケストラ・アレンジの要諦なんだな、と思います。

そう考えると、フィル・スペクターやブライアン・ウィルソンのやったこと、つまり、ブライアンのいう「第三の音」を生みだすことも、ある意味でこういう伝統的アレンジ手法を、ロックンロールの文脈にパラフレーズしたにすぎなかったことがわかります。Pet Sounds Sessionsのライナーでだったか、キャロル・ケイが、ブライアンは映画音楽の世界に進むべきだったといっていましたが、いまになって、彼女のいわんとしたことがよくわかりました。ブライアン・ウィルソンは、正規の教育を受けたわけではないのに、ネルソン・リドルのようなアレンジャーたちが使っている、伝統的編曲手法の根幹を自然に理解していたことを、彼女は身近にいて感じたのでしょう。

◆ もはや記憶喪失 ◆◆
もう自分には記憶力があると思ってはいけない、なにごとも調べて確認しないと、間違いを大量生産してしまうことになると自覚、自戒しているのですが、どうやら昨日のPocketful of Miracles その1 by Harpers Bizarreでも、いくつか間違いを生産してしまったようです。

f0147840_0391963.jpg昨夜、泥縄でデイモン・ラニアンの「マダム・ラ・ギンプ」、すなわち、フランク・キャプラの映画『一日だけの淑女』と『ポケット一杯の幸福』の原作を読み返していて、「あれ?」と思いました。クリスマス・ストーリーではなかったのです。

デイモン・ラニアンという人は、「三人の賢者」や「ダンシング・ダンのクリスマス」ここここでも読める。ラジオ・ドラマのMP3もある)やPalm Beach Santa Clausなど、作品数が少ないわりには、多くのクリスマス・ストーリーを書いています。

f0147840_0411088.jpg映画『ポケット一杯の幸福』で、「デイヴ・ザ・デュード」が「マダム・ラ・ギンプ」からリンゴを買うシーンでは雪が降っていたし(いや、これもヴィデオを見返せば、記憶違いだったことがわかるかもしれない!)、テーマ・ソングも「五月のど真ん中なのに、ジングル・ベルが聞こえる」といっているし、もうひとつ、キャプラの代表作『素晴らしき哉、人生!』が、これはもう正真正銘、ガチガチのクリスマス・ストーリーだということもあり、そういうあれこれのせいで、てっきりクリスマス・ストーリーだと思いこんでしまったようです。平伏陳謝。ついでにいうと、映画は確認していませんが、『野郎どもと女たち』も、すくなくとも原作はクリスマス・ストーリーではないし、「ザ・スカイ」が惚れる女性も救世軍の尼さんではありませんでした。もう一度平伏陳謝。

f0147840_0422466.jpgなんだか、食品会社の経営者か政治家か大学高校の運動部のコーチにでもなった気分です。ああいうのをやると、頭ばかり下げることになるな、なんて思っていましたが、どうしてどうして、ブログひとつやっただけでこのていたらくです。

記憶違いの連打に驚いて、あれこれ調べているうちに、デイモン・ラニアンがもう一曲、これは正真正銘折り紙付きのクリスマス・ソング、うちにも10種類以上のヴァージョンがあるはずの有名曲と関係があることがわかりました。犬も歩けば棒に当たる、猫も鳴けば餌をもらえる(これは記憶違いではなく、いま捏造した)、なんでも調べてみるものです。どのクリスマス・ソングかは、その曲を取り上げるときに明かすことにします。明日にでもやります。

◆ あらすじを少々……音楽ブログになんでや? ◆◆
デイモン・ラニアンの短編小説の多くは、禁酒法時代のブロードウェイ界隈を舞台にしています。登場人物も、同じ人物がときに主役になったり、脇役になったりする連作短編スタイルで、『一日だけの淑女』『ポケット一杯の幸福』の主役のひとり、デイヴ・ザ・デュードも、いくつかの短編に顔を出す(二つ名が示すように)ギャングのボスです。

f0147840_04438100.jpg小津安二郎の戦後映画を「母のいない父子家庭の嫁ぎ遅れた娘を、父親、友人、親戚が心配し、父の老後を案じて結婚を渋る娘を説得し、または騙し、どうにかこうにか結婚させる物語」と単純化することができるならば、ラニアンの短編は「世にも酷薄な行為で人を傷つけ、官憲および世間を敵にまわしてきた悪党(たち)が、思わぬ契機によって、はからずも善行をなしてしまう物語」と単純化することができるでしょう。

もちろん、ファンタシーです。現実のギャングはギャング、現実の娼婦は娼婦、現実の博奕打ちは博奕打ち、ラニアンが描いたようなお人好しのはずがありません。しかし、ファンタシーであるがゆえに、ラニアンの作品群の永続性は保証されてもいます。リアリズム手法全盛の現代には、もうこういう作家はあらわれないでしょう。

『一日だけの淑女』『ポケット一杯の幸福』の原作である「マダム・ラ・ギンプ」はこんな話です。「マダム・ラ・ギンプ」はびっこ(gimp)の老婆で、ブロードウェイ界隈でリンゴを売り歩いて、かろうじて暮らしています。ギャングのボス、デイヴ・ザ・デュードは、ラ・ギンプのリンゴは幸運のお守り(いえ、幸運といっても、博奕のツキのことですが)だといって、彼女を見かければ、いつもリンゴを買ってやっています。

f0147840_0512820.jpgところがある日、デイヴはラ・ギンプがたいへんな苦境に陥っていることを知ります。彼女には娘がいたのですが、物心つかないうちに、スペインに住む妹にあずけていました。その子どもが成長し、スペインのさる伯爵の息子と婚約して、相手の一家に母親を紹介するために、アメリカに里帰りすることになったというのです。

問題は、娘は母親のラ・ギンプが落ちぶれたリンゴ売りだとは知らず、立派な、暮らし向きのよい人間だと思いこんでいることです。ラ・ギンプは格式高いホテルの便箋と封筒をくすね、それで娘に手紙を書き、返信は、ホテルのクラークに頼んで、脇からわたしてもらっていたのです(このあたり、映画では拡大したエピソードが加えられている)。さらに問題なのは、伯爵は、跡取り息子の嫁は立派な家の出でなければならないと考え、この旅で嫁の母親を見定め、結婚を許すかどうかを決めるつもりだ、ということです。

f0147840_154824.jpgここで悪党デイヴは、ボスらしい侠気を発揮し、ラ・ギンプのために一肌脱ぐことに決めます。デイヴは嫁さん(といっても、もちろん素っ堅気ではなく、元ダンサーなんですがね。当然、色っぽい女性でしょう)にラ・ギンプをあずけ、またたくうちに貴婦人に変身させてしまいます。

そのうえで、さる判事(といっても、それはたんなる綽名で、じっさいの稼業は賭けビリヤードをはじめ、各種のきわめてクリエイティヴなイカサマ博奕や、その他の雑多な悪事なんですがね)をつれてきて、これまた貫禄たっぷりの紳士に変身させ、ラ・ギンプの亭主としてキャスティングします。

かくして、この即席の夫婦は港で娘と婚約者の一家を出迎え、「かつてアメリカが沈めたスペインの軍艦を全部浮かべられるほど」の涙が流れることになります。米西戦争のときに、マニラで沈められちゃったスペイン艦隊のことですな。ヴェンチャーズの曲にそういうの(たしかArmadaというタイトル)がありましたっけ。あれはだれがオリジナルだったか。

f0147840_1113222.jpgいやま、それはともかく、このへんで芝居に幕を下ろせば無事だったのですが、デイヴ・ザ・デュードは、各界の名士を招いて盛大な歓迎パーティーを開くことにします。といってもギャングのボスですから、「名士」とはそのじつ、ギャング、密輸業者、泥棒、博奕打ち、ダンサー、お尋ね者、新聞記者、その他の偽物ばかり。

これが騒動のもとで、小説でもちょっとしたトラブルになりますが、映画では、ニューヨークじゅうの悪党たちが、変装して(といっても、タキシードで「正装」しているのですがね)集合しているというので、凶器準備集合罪(かどうかは知りませんが)の疑いをかけられ、警官隊に包囲されるという大騒動になってしまいます。

映画は、この窮境をいかに(キャプラらしい)心温まる結末にもっていくかがクライマクスとなりますが、小説のほうは、そういうゴタゴタはなく、もっとささやかなエンディングになっています。ラニアンが『一日だけの淑女』を見て、ストーリーの改変をおおいに賞賛したのは、このあたりの見せ場の作り方のせいでしょう。自分が『一日だけの淑女』の「著者」と書かれているのを見て、ラニアンはわざわざ「今後は、わたしと『一日だけの淑女』をむすびつけるのはやめてもらいたい、あの映画の出来はほぼ全面的に監督と脚本家の手腕に負っている」とコメントしたと伝えられています。

f0147840_0553688.jpgラニアンは、ストーリーなんか気にしないといっていたそうです。読者はストーリーなんか忘れてしまう、記憶するのはキャラクターだ、というのです。たしかに、印象的な人物ばかりが登場しますが、そのキャラクターを際だたせるのは、世に言う「ラニアン語」による、比喩を駆使した描写でしょう。たしかに、ストーリーは忘れてしまいますが、「いいか、いつもだれかの金に躰をこすりつけているんだ、そうすれば、いつかは金のかけらがこっちにくっつくからな」といった、いかにもラニアンらしい「金言」もまた、けっして忘れられるものではありません。

ウェブで調べていて、レイモンド・チャンドラーのスタイルは、真似すればそれなりにうまくいくこともあるだろう、だが、ラニアンのスタイルを模しても、馬鹿に見えるだけだ、と書いている評を読みました。いや、まったく。ラニアンのスタイルはラニアンにしかできません。「小説とはスタイルである」とするなら、ラニアンほど純粋な小説家はまずいないでしょう。

◆ 謝辞、および、よしなしごと ◆◆
わが家にはフランク・シナトラのPocketful of Miraclesがなく、今回の特集でぜひこの曲を取り上げたいと思い、仲間内に「回状」をまわして、ご喜捨を願ったところ、さっそく「靴下」にそっと入れていってくれた方がいました。どうもありがとうございます>O旦那。おかげで、当ブログが目指している、「楽曲の立体的な肖像の提示」が、このオールタイム・フェイヴァリットについてもでき……いや、すくなくとも試みることができました。

f0147840_1162487.jpgもつべきものは友とはよくいったもので、高校時代にテレビで見たきりで、その後、まったくお目にかかれなかった『ポケット一杯の幸福』を、つい先年、ようやく再見することができたのも、仕事で知り合った友人がエアチェックしたものをダビングしてくれたおかげ、かつて、ふとラニアンを原文で読みたいと思ったら、さっそくペンギン・ブック版のGuys and Dollsを送ってくれたのも中学高校の後輩、なんだ、自分で買ったのはハーパーズのPocketful of Miraclesと、『一日だけの淑女』だけじゃん、でありました。

ところで、今回発見した過去の勘違い記事は、時間の余裕ができしだい修正します。わたしのチョンボの証拠を押さえておきたい意地悪な方は、すぐに証拠保全にとりかかったほうがいいでしょう。

おっと、またしても、忘却とは忘れ去ることなりby菊田一夫をやっちゃいました。『ポケット一杯の幸福』では、アン=マーグレットがデビューしています。いやもう、後年のお色気なんかまるっきりなくて、清楚が清楚の羽織を着て清楚の披露目にやってきたみたいな美少女ぶりで、ぶったまげました。シンガーとしての彼女も好きなのですが(Let Me Entertain Youなんか、じつにけっこうな曲ですぜ)、『ポケット一杯の幸福』を見て惚れ直しました。
by songsf4s | 2007-12-05 00:08 | クリスマス・ソング
It's Only a Paper Moon by Nat 'King' Cole
タイトル
It's Only a Paper Moon
アーティスト
Nat 'King' Cole
ライター
music by Harold Arlen, lyrics by E.Y. Harburg and Billy Rose
収録アルバム
After Midnight
リリース年
1933年(初演、ナット・コール盤は1956年)
他のヴァージョン
Frank Sinatra, Harry Nilsson, Ella Fitzgerald, Lionel Hampton, Dottie Reid, Eddie Heywood, Marvin Gaye, Art Blakey & the Jazz Messengers
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本日は、月の歌となれば、やらないわけにはいかないだろうというスタンダードです。山ほどヴァージョンがあって、どれを看板に立てるか迷うところですが、ヒット・ヴァージョンでもあるし、好きなシンガーでもあるし、いままでに取り上げたことのない人ということで、ナット・“キング”・コールにしました。

◆ 芝居の背景か遊園地の景物か ◆◆
さっそく歌詞を見ていきますが、背景がわからないと設定がわからないという仕組みでして、適宜、脇道に逸れることになりますので、そのあたり、よろしく。

ヴァージョンによる歌詞の異同がありますし、ナット・コール盤は少数派に属すようですが、いちおう彼のヴァージョンに依拠します。いや、ナット・コール盤といっても時期の異なるヴァージョンがあって、ちょっとやっかいなのですが。とにかく、ファースト・ヴァース。

It's only a paper moon
Hanging over a cardboard sea
But it wouldn't be make believe
If you believed in me

「これはボール紙に描いた海の上に浮かぶ、紙の月にすぎないけれど、もしもきみがぼくのことを信じてくれたら、これは本物になるんだよ」

ちょい意訳が入りましたが、まあ、こんなあたりでしょう。

なによりもまず、「紙の月」とはなにか、というのが問題です。この曲には、演劇用語が登場するので、単純に、紙でできた芝居の背景の月と考えておけば、とりあえずいいだろうと思います。そういう前提で解釈して、問題が起きるわけではありません。しかし、ちょっとべつの想像もします。

最近はあまり見ませんが、わたしが子どものころは、観光地に行くと、たとえば、三度笠に振り分け荷物、九寸五分の長脇差という旅人(つまり博徒)の絵と、そのとなりには道中杖に手っ甲脚絆すがたの女性の絵、なんてえものをベニヤ板に描いたものがおいてありました。二人の顔のところには穴が開いていて、そこから顔をのぞかせて記念写真を撮る、という馬鹿馬鹿しい代物です。

紙の月とは、どうやらそういうもののことも指したのだと思われます。それは、つぎのような写真がたくさん残されていることからうかがわれます。

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この歌のおおもとをたどっていくと、ベン・ヘクト(乱歩編のアンソロジーでヘクトのミステリー短編を読んだ方もいらっしゃるでしょう)とジーン・ファウラー作のThe Great Magooというブロードウェイの芝居の挿入曲として書かれたそうです。この芝居はコーニー・アイランド遊園地で働く人間を題材にしたものだそうで、想像するに、アメリカの遊園地には、この写真撮影用の「紙の月」があったのではないでしょうか。だから、記念写真が山ほど残されているのだと思います。

f0147840_054228.jpgそこまで考えると、単純に芝居の背景の紙でできた月というところから一歩踏み込んで、劇中のコーニー・アイランド遊園地には「紙の月」があり、その前で女の子に語りかけるといったシーンで歌われたものではないか、などというところまで入りこんでいきます。

まあ、どちらに考えても、歌の意味が変わるわけではありません。この月は紙に描いた偽物にすぎないけれど、ぼくのことを信じてくれれば、これは「ごっこ」(make-believe)ではなくなる、つまり、本物になるんだよ、といっているわけです。1933年、日本でいえば昭和8年、東京中が毎晩「東京音頭」を踊り狂った年の作品ですから、たわいのない設定は、突っ込みの対象ではなく、味わうべき対象です。

◆ sailする空と月 ◆◆
セカンド・ヴァース。

It is only a canvas sky
Sailing over a muslin tree
But it wouldn't be make believe
If you believed in me

「モスリン地の木の上に浮かぶ、ただのキャンヴァスに描いた空にすぎないけれど、きみがぼくのことを信じてくれれば、本物になるんだよ」

f0147840_0572342.jpgファースト・ヴァースと同工異曲で、月を空に置き換えただけのことです。最近はあまりいわないようですが、モスリンは織物の名称です。布を切ってつくった木の押し絵のようなものをいっているのでしょう。

空がsailするのはすこし奇妙に感じますが、辞書には「The moon was sailing high」という用法が載っています。雲もsailというとあります。空も月も雲も静止しているというより、浮動している感じがするわけで、それを反映した表現なのでしょう。ヴァージョンによって、sailはファースト・ヴァースの月に使い、セカンド・ヴァースの空にはhangを使っているものもあります。

◆ ホンキートンク・パレードとペニー・アーケイド ◆◆
つぎはブリッジ。

Without your love
It's a honky-tonk parade
Without your love
It's a melody played in a penny arcade

ここがいちばん引っかかった箇所です。honky-tonk paradeというのは、どうやら演劇用語で、出来の悪い芝居を意味するようです。honky-tonkの本来の意味は南部の安酒場のことですから、そういう場所での出し物のようだ、というので、騒々しいばかりで内容のない芝居をhonky-tonk paradeと皮肉ったのだろうと想像するのですが(小さな芝居一座が西部をまわって、酒場で芝居をやるというシーンをなにかの映画で見た記憶があることを付け加えておきます)、これは当たるも八卦当たらぬも八卦のたぐいですので、あまり信用なさらないように。

f0147840_122221.jpgpenny arcadeというのは、当今のゲームセンターのようなものですが、昔は、コインを入れると短い映画を写す機械(いわゆる「ニッケル・オデオン」または「ニケロディオン」。大きなスクリーンに映写するわけではなく、双眼鏡のような形のものから小型テレビのようなものを覗きこむ仕組みなので、ひとりしか見られない)もおかれていたようで、わたしは、そういう映画の音質の悪い音楽のことを思い浮かべました。大昔のことですが、近所のデパートの屋上で、そういう機械で短編漫画映画を見たことがあるんです。日本にもそういうものがあったと証言しておきます。

したがって意味としては「きみの愛がなければ、この世はまるで出来の悪い芝居、きみの愛がなければ、この世はまるでペニーアーケードに流れる音楽のようなもの」というあたりで、愛がなければ意味がない、ということをいいたいわけです。

◆ 人生は安手のサーカス ◆◆
つづいてサードにして最後のヴァース。

It's a Barnum and Bailey world
Just as phony as it can be
But it wouldn't be make believe
If you believed in me

またしても辞書が頼りのラインが登場です。リーダーズ英和辞典には、つぎのような記述があります。

バーナム P(hineas) T(aylor) ~ (1810-91) 《米国の興行師・サーカス王; James A(nthony) Bailey (1847-1906) と共に Barnum & Bailey Circus を成功させた》

文脈から考えて、バーナムとベイリーのものはとくに質のよいサーカスではなかったのでしょう。「この世はまるでバーナムとベイリーのサーカスみたいなひどい偽物さ、でも、きみがぼくを信じてくれるなら、本物になるんだよ」といった意味になります。

f0147840_135225.jpgここまで触れずにきましたが、believe inというのは、わたしが子どものころには、「(存在、実在などを)信じる」という意味であって、「きみのいうことを信用しよう」といいたいのなら、I believe youといわなければいけない、I believe in youでは意味が変わってしまうと教わりました。ラヴィン・スプーンフルのDo You Believe in Magicのような用法が正しいということです。

しかし、この曲が書かれたころには、たぶん、用法のそのような明快な分化はおこなわれていなかったのではないでしょうか。日本語でも戦前と現今では意味、用法が変わった言葉や句はたくさんあります。人によってはif you believe to meと歌っているのは、believe inの現代的な意味との衝突を嫌った結果なのだろうと思います。もっとも、日本の教育現場では、believe to meという言いまわしも、教えていないのではないかと思います。あまり見かけない用法です。

◆ またしてもシナトラ=リドル ◆◆
さて、ここからは各種ヴァージョンの検討ですが、いやもう、こんなに往生した曲はありません。なんといっても、スタンダードなので、ジャズのほうのヴァージョンが多いのにへこたれました。ジャズというのは、わたしの理解するところでは、すくなくとも戦後のものは、インプロヴにプライオリティーをおく音楽です。したがって、楽曲はインプロヴのためのヴィークルにすぎず、途中からは、メロディーは意味を失い、コード進行だけを借りるという状態になるわけですよね。そんな状態で、ヴァージョンの聴き比べなどやっても、あまり意味がないように思えるのです。

でもまあ、そういっては身も蓋もないので、とりあえず、ヴォーカルものだけでも見ていきましょう。

f0147840_19041.jpgなんといっても、わたしの好みはフランク・シナトラ盤です。あやしい編集盤でもっているだけなので、出所不明なのが困りものです。シナトラは何度かこの曲を録音しているようですが、わたしがもっているものは1940年代の音ではありえないので、1960年のSinatra's Swingin' Session!!!収録のヴァージョンと思われます。

これはキャピトルでの最後の盤で、アレンジャーはネルソン・リドルです。じっさい、ものすごい管のアレンジとサウンドで、リドルにちがいないと感じます。いまディスコグラフィーで確認したのですが、どうやら、わたしがもっている編集盤は、このLPのトラックを全曲収録しているらしく、いま、ひととおり聴き直しましたが、充実のアレンジ、卓越したプレイ、圧倒的なサウンドで、たとえヴォーカルがシナトラでなくても、十分に楽しめる出来です。

◆ 決定的な時期に録音されたマーヴィン・ゲイ盤 ◆◆
つぎは、あまり賛成が得られないでしょうが、マーヴィン・ゲイ盤が気に入っています。いや、1963年のものですから、ゲイの歌はまだ若くて、味わいのあるものではありません。でも、ドラムが好みなんです。正確さと強さを兼備したこのプレイヤーは、アール・パーマー以外に考えられません。いいプレイです。

f0147840_111551.jpgデトロイト派にはご異存がおありでしょうが、キャロル・ケイが参加する以前から、モータウンはハリウッドで録音していたという証拠がまさに、この1963年のA Tribute to the Great Nat King Coleというマーヴィン・ゲイのアルバムだと感じます。こんな音がデトロイトでつくれるのなら、はじめからモータウンはハリウッドのプレイヤーを必要としなかったでしょう。これがハリウッドでないなら、モータウンのハリウッド録音などゼロなのだという意見に賛成してもいいくらいに、ガチガチのハリウッド・サウンドです。モータウンLA問題にご興味がおありの方はぜひ聴いておくべき盤だと確信します。

つぎはエラ・フィッツジェラルド盤ですが、これまた編集盤収録で、録音時期がわかりません。しかし、ヒット曲集に収録されているので、ヒット・ヴァージョンではないかと感じます。声がすごく若くて、ミディアム・テンポで、力まずに歌っているところが好ましく感じます。こんなにいい感じに歌っていた人が、後年、なんであんなにイヤッったらしく「歌いまわす」ようになったのか、不思議というしかありません。年をとってからのエラは、わたしがもっとも嫌悪するタイプのシンガーです。「まわすな、こねるな、素直にやれ」とくり返しておきます。うろがまわって、歌い方を忘れたのでしょう。年はとりたくないものです。

ニルソン盤は、アウトテイクを没後にリリースしたもので、評価の対象外です。ものすごくスロウにやっていて、あの盤の他の曲と色合いを一致させています。ただ、歌詞の内容から考えて、軽く歌うべき曲のように思われるので、オリジナルLPへの収録が見送られ、ニルソンが生きているあいだはリリースされなかったのは当然だと感じます。

f0147840_1204420.jpg映画『ファニー・レイディー』のなかで歌われた、ジェイムズ・カーンのヴァージョンもあります。カーンは意外にいい声をしていて、しかも素直に歌っていて、拾いものでした。

わたしはジャズ・ファンではないので、よく知らない人のものもあります。調べれば簡単にわかるのでしょうが、時間がないので省略します。わが家にはドティー・リードという女性歌手のヴァージョンがあります。エラより速く、シナトラに近いテンポですが、バックのプレイも合わせて、なかなか心地よい出来です。可愛らしい声で、ちょっと気になるシンガーです。声のよさには、どんなテクニックもかなわないのだ、とまた思うのでした。

メアリー・アン・マコールという人は、歌い方が嫌いなタイプなので、気に入りませんでした。くどいのはダメ。

◆ 楽曲不要の自己至上主義プレイ ◆◆
さて、インスト盤ですが、いわゆる「インスト」はゼロで、ジャズ・プレイヤーのものばかりです。ちょっと退屈しましたが、いちおう、名前だけ並べておきます。チャーリー・パーカー、ライオネル・ハンプトン、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ、エディー・ヘイウッド。

f0147840_1231749.jpgそんな風にプレイするなら、楽曲なんか選ぶ必要ないじゃんか、適当にコードを並べればいいだけだろ、メロディーさえつかわなければ、著作権使用料を払う必要もないのに、バッカみたい、でした。彼らは自分たちのためにプレイしているのであって、ギター・インスト・バンドのように、リスナーやオーディエンスのためにプレイしているわけではないということなのでしょう。

唯一、エディー・ヘイウッドという人のものだけは、きちんとアレンジされ、ダンサブル(といっても、現在のダンスじゃ毛頭ござんせんがね)かつリスナブルな出来で、エンターテインしてくれています。
by songsf4s | 2007-09-24 23:51 | Harvest Moonの歌
Oh You Crazy Moon by Frank Sinatra
タイトル
Oh You Crazy Moon
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Johnny Burke, James Van Heusen
収録アルバム
Moonlight Sinatra
リリース年
1966年
他のヴァージョン
Wendy Clare, Wes Montgomery
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Moon River、Blue Moonときたのだから、つぎもヘヴィー級の曲を予想されたかもしれませんが、すこし軽いものを選びました。

軽いといっても、ジミー・ヴァン・ヒューゼンの曲ですし、フランク・シナトラとウェス・モンゴメリーがやっているぐらいで、吹けば飛ぶような曲というわけでもありません。たんに、ヒットしてから70年近くたったので、忘れられてしまっただけです。Blue Moonのつぎにこれをもってきたのには、それなりの理由があるのですが、それは歌詞を見ていけばおわかりになるでしょう。

◆ ブルームーンを脇から見れば ◆◆

When they met, the way they smiled
I saw that I was through
Oh, you crazy moon
What did you do

「あの二人が出会ったときの、あの微笑みを見て、ぼくはもうおしまいだと思った、まったく、この気のふれた月めが、いったいなにをやらかしてくれたんだ」という歌詞なので、いや、すでにタイトルだけで想像がつくでしょうが、ちょっとオフビートで、変わっています。

Blue Moonにも出てきますが、月は男女を結びつけるもの、という常識があることになります。なんだか、六月に取り上げたJuneとMoonの連想にすぎないようにも思えますが、彼らがそう考えているのだから、わたしがなにをいってもはじまりません。

Blue Moonでは、語り手は願いが叶って、最後には月が金色になってしまうのですが、こちらは逆で、月がその魔力でよけいなことをしたために、割を食ったほうが、月に文句をつけているという趣向です。この曲が書かれた1930年代終わりの時点でも、こういう裏返しが、ちゃんと裏返しのシャレだと通じるほど、月で男女が結ばれるという曲が山ほどあったのだと想像できます。

And when they kissed, they tried to say
That it was just in fun
Oh, you crazy moon
Look what you've done

「あの二人はキスしておいて、ほんの冗談だなんていってた、この気のふれた月めが、自分のやったことを見ろっていうんだ」

なにも説明の要はないとみなし、ブリッジへいきます。

◆ 裏を行くワン・アイディア・ストーリー ◆◆

Once you promised me, you know
That it would never end
You should be ashamed to show
Your funny face my friend

「けっして終わるようなことはないって約束したじゃないか、よく平気でそのヘンテコな顔をさらせたものだな」なんてあたりでしょう。どのツラさげて俺のまえにあらわれやがった、といいたいのであります。

And there they are, they fell in love
I guess you think that you're smart
Oh, you crazy moon
You broke my heart

「あの二人を見ろよ、すっかり恋に落ちちゃったじゃないか、おまえ、してやったり、なんておもってるんだろう、まったくもう、この気のふれた月めが、おまえのおかげこっちは失恋だ」

というわけで、Blue Moonの裏返しというか、立場を変えて、「月の魔力」について語った曲と読み取れます。

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ジミー・ヴァン・ヒューゼン(ピアノ)とフランク・シナトラ

西欧文化では、月は人を狂気へと誘うものとされていて、lunatic=気違いじみた、という単語は、見ればおわかりのように、月の女神lunaからきています。lunaticが意味するのは、月の影響で人がそうなるということにすぎず、月そのものが狂的だというわけではないのですが、この歌では、月そのものがクレイジーとされ、語り手が、あんな馬鹿なことをしやがって、と責めたてるわけで、一般の月の歌、愛の女神への感謝の歌の裏をいったところが、唯一のアイディアであり、趣向となっています。この曲をとりあげた動機もその一点にありました。

◆ ビッグ・バンドを録る最後のチャンス ◆◆
f0147840_0455123.jpgこの曲のシナトラ盤は66年のリリースですが、録音は65年の終わりで、アレンジャーはネルソン・リドルです。この時期、つまりシナトラが徐々に回復し、Strangers in the Nightの大ヒットで完全復活を遂げ、その余勢を駆って、ナンシーとのデュエットによるSomethin' Stupidまでチャート・トッパーになるという時期にあって、ネルソン・リドルがヒットにからめなかったのは、彼の腕が落ちたわけではなく、時代との波長がすこしだけズレたにすぎません。これだけ時が過ぎれば、そんなことは気にならず、ただただゴージャスなアレンジを楽しめばよいと感じます。

お持ちの方はよくご存知のように、そりゃもう、リプリーズ時代のシナトラだから、サウンドは素晴らしいものです。リドルのアレンジも手に入ったもので、こういうゴージャスな管のアンサンブルはそうそう聴けるものではありません。ローウェル・フランクという人の録音もたいしたものです。

おそらく、この時期のシナトラというのはあまり注目されていないのだろうと思いますが、ビッグ・バンド・スタイルの音楽をやるにはほとんど最後のチャンスといってもいいくらいの時期で、出来のよいアレンジ、ハイ・レベルなプレイとアンサンブル、すぐれた録音技術がそろって、間然とするところがありません。

ドラマーも、なにをするというわけでもないのに、なかなか印象的なグルーヴで、ぜひ名前を知りたいものだと思います。アクセントで入れるライド・ベルのフィルなど、あざやかなものですし、間奏でのサイドスティックによる2&4も端正で、好みです。きっと名のあるプレイヤーでしょう。

◆ Aチーム ◆◆
しかし、ウェンディー・クレアという女性シンガーによる、この曲のオリジナル・ヒット・ヴァージョン(1939年、すなわち昭和14年リリース)を聴くと、なるほど、本来はこういう曲か、と納得がいきます。上述のような歌詞なので、やはり女性シンガーが歌ったほうが、可愛らしく月に文句をいっているような感じになって、曲の趣向が生きていると感じます。

戦前のビッグ・バンド音楽の第一の存在意義は、ダンスのバック・ミュージックを提供することにあるので、このウェンディー・クレア盤も、シナトラ盤よりややテンポが速く、踊れるようになっていますが、そのなかでも、ある種の雰囲気をうまくつくっていて、なるほど、ヒット曲だったのだな、と思います。

f0147840_0471446.jpg古いことになると、なかなか調べがつかず、ウェンディー・クレアというシンガーについてはよくわかりませんでしたし、現在、手に入る編集盤に収録されるのも、この曲ともう一曲だけのようです。でも、好みの声、好みのシンギング・スタイルです。かろうじて一枚だけ見つかった写真を入れておきますが、歌もこの写真から受ける印象とズレのないものです。

ライターの片方、作曲をしたジミー・ヴァン・ヒューゼンはいまさら説明の要もないほどで、主としてハリウッドで映画の主題歌や挿入曲を、それもとりわけビング・クロスビーのために書いた人で、数々のヒットがあります。シナトラが歌ったジミー・ヴァン・ヒューゼンの曲の一覧というのがありますが、このOh You Crazy Moonをはじめ、なんと合計84曲もあります。これを一堂に集めると、Sinatra Sings Jimmy Van Heusenというソングブック・ボックスができてしまうわけで、シナトラがもっともたくさん歌った作曲家にちがいありません。

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Aチーム ジミー・ヴァン・ヒューゼン(左)とジョニー・バーク

作詞家のジョン・バークは、調べてみると、アーヴィング・バーリンのシカゴ・オフィスの営業からスタートして、そこでソングライティングをするようになり、やがてハリウッドに移り、ヴァン・ヒューゼンとのコンビで数々のヒット曲を生むことになったのだとか。サミー・カーンは彼らのことを「Aチーム」と呼んだそうですが、彼らの曲のリストを見ると、なるほどAチームだったのだろうと思います。

でも、わたしのような後年の人間が見ると、目を引くのは、シナトラもカヴァーしましたが、ハーパーズ・ビザールのセカンド・アルバム、Anything Goesに収録されたPocketful of Miraclesも彼らの作品であることです(フランク・キャプラが自作『一日だけの淑女』を戦後にリメイクした『ポケット一杯の幸福』の主題歌)。

もうひとつ、バークはMistyの作詞家といわれて、ああ、そうだったのか、と驚いたことも書き加えておきます。

f0147840_0545957.jpgわが家にはもうひとつ、ウェス・モンゴメリーのヴァージョンがあります。ウェスが完全にイージー・リスニングのプレイヤーとなってからのアルバム、California Dreamingに収録されたもので、それ以上でも、それ以下でもない出来です。つまり、聴いていて不快ではないし、オクターヴ奏法によるサウンドからは初期にはあったノイズがすっかりとれ、きれいなプレイですが、それ以上のなにかを感じるわけでもありません。

わたしの苦手なグレイディー・テイトが、スティックではなく、ブラシでプレイしているので、アクセントのつけ方がダサいとか、タイムがあまりよくないといった彼の欠点がこの曲ではめだたず、ドラマーのやり方が疳に障ると、その曲全体が丸ごと不愉快になる、わたしのような人間には福音ではありますが。

ウェンディー・クレアのヴァージョンを収めた戦前ヒット曲集のライナーによると、ほかにグレン・ミラーやメル・トーメがカヴァーしているそうですが、わが家にはなく、聴くことができませんでした。
by songsf4s | 2007-09-15 23:58 | Harvest Moonの歌
Summer Wind by Frank Sinatra その2
タイトル
Summer Wind
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Johnny Mercer, Heinz Meier, Hans Bradtke
収録アルバム
Strangers in the Night
リリース年
1966年
他のヴァージョン
duet version with Julio Iglesias by the same artist, Wayne Newton
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◆ 外国語曲の「訳詞」というもの ◆◆
まずは前回の補足から。

昨日から調べていてわからないのは、この曲の出所です。ソングライター・クレジットから考えて、ドイツの曲にジョニー・マーサーが英語詞をつけたのではないかと思われます。ウェイン・ニュートン盤のほうには、二人の作者しかクレジットされていません。Hans Bradtkeという名前はないのです。つまり、この人がドイツ語詞のライターだということではないでしょうか。

原曲を聴いたことがなく、聴いたところでドイツ語ではわかりもしませんが、ジョニー・マーサーが、原曲に対してある程度は忠実であろうとしたという可能性も否定できません。となると、凧は原曲にあったのかもしれません。このへんは微妙です。

f0147840_1202552.jpgStrangers in the Nightも、(話がややこしくなりますが)ウェイン・ニュートンの代表作であるDanke Schoenの作者にしてオーケストラ・リーダー、ドイツのベルト・ケンプフェルト(固有名詞英語発音辞典では、カタカナにすると「ケンプファト」とでもすればいいような音になっている)の曲ですが、こちらは(幸いにも)もとがインストゥルメンタル曲なので、ドイツ語詞は存在せず、シナトラの録音に際して書かれた「オリジナル英語詞」です。しかし、Danke Schoenはどうなのでしょうね。あるいは、ディーン・マーティンが歌ったVolareは?

こういうことを考えはじめると、頭が痛くなってきます。ジルベール・ベコーの曲を英語にしたLet It Be Me、ジャック・ブレルの曲をもとにしたテリー・ジャックスのSeasons in the Sun、外国語の曲を英語化したものは、それなりの数があるのです。坂本九の「上を向いて歩こう」が、東芝盤をそのままリリースしたものであったのは、幸いでした!

よけいなことばかり書きましたが、外国語の曲に英語の歌詞をつけたものは、歌詞の検討などしないほうがいいのかもしれない、という気がしたのです。ただ、マーサーの歌詞というのは、たとえばMoon Riverあたりでも、ただスムーズなだけではなくて、何カ所か、これはどういう意味だろう、なぜこういうことをいっているのだろうと考えさせる、エニグマティックなところがあるのものたしかです。

◆ A&Rは「事務方」か? ◆◆
ということで、こんどはすっと前回のつづきに移りたいのですが、やっぱり、こちらの橋にも小鬼が待ちかまえています。ここでもまた、昨日は引っかかりを感じながら、残り時間僅少のフルスロットル状態だったために、とりあえず殴り倒して通りすぎたことが、あとで冷静になると、瘤のようにふくれあがってきました。

べつにシナトラだけのことではなく、昔の盤ではめずらしくなかったことなのですが、プロデューサー・クレジットがない、というのが引っかかるのです。Softly, As I Leave You、Strangers in the Night、そして昨日はふれなかったThat's Lifeといった、60年代中期のシナトラのヒット曲をプロデュースしたのがジミー・ボーウェンだとわかるのは、盤に書いてあるからではなく、Sessions with Sinatraに書いてあるからなのです。盤に書いてあるのは、アーニー・フリーマンのアレンジャー・クレジットだけです。

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左から、アーニー・フリーマン、スナッフ・ギャレット、アール・パーマー。こちらはリプリーズではなく、リバティーの音をつくった主役たち。

今回の記事のために検索して見つけたシナトラのディスコグラフィーは、作成者もいっているように、じっさいにはセッショノグラフィーなのですが、やはりプロデューサーの名前はありません。かわりにセッション・リーダーの意味と思われるldrの略字のクレジットがシナトラについています。シナトラがプロデューサーだったというのなら、それでいいのですが、Sessions with Sinatraではジミー・ボーウェンがプロデュースしたとされている曲にも、シナトラはldrとしてクレジットされています。

「これはなに? ここからなにを読み取れっていうんだ?」

と叫びますよ、ホントに。プロデューサーは重要ではない、シナトラとアレンジャーのゲームなのだ、ということでしょうか。プロデューサーはあくまでも「事務方」であると?

たしかに、リーバー&ストーラーやその弟子であるフィル・スペクターが、「これが俺のプロデュースした盤、そしてこの俺がプロデューサー」と言いだすまでは、プロデューサー(ではなく、当時の呼び名はA&R、すなわち、アーティスト&レパートリー・マン)が表面に出ることはなかったわけで、レコード制作の主役とは考えられていなかったのかもしれません。

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60年代に入ってからのシナトラの苦闘ぶりをチャートの数字でご覧いただきたい。項目の意味は、左から、ホット100登場日付、ピーク・ポジション、チャートイン週数、そしてタイトル。数こそあるが、トップ40に届かなかったものがほとんどで、Softly, As I Leave Youでボーウェンが登場するまで、シナトラがほとんど死に体になっていたことがわかる。

ジミー・ボーウェンは、That's Lifeの録音のとき、歌い終わってブースに上がってきたシナトラに「どうだ、ヒットだろ?」といわれ、「いや……残念ながら」とこたえ、「後にも先にも、アーティストにあんな冷たい目でにらまれたことはない」という恐怖を味わいながらも、頭に血がのぼったシナトラの貴重な「もうワン・テイク」を手に入れ(自分のミスが理由でないかぎり、シナトラはリテイクをしなかった。それだけ完璧にリハーサルをしてからスタジオに入るということだが)、それがヒット・ヴァージョンとなりました。

わたしは、プロデューサーのこういう役割を重要なことだと考えますが、昔のシンガーにとっては、たいしたことではないのかもしれません。「キャッチャーのリードがいいだの悪いだのというけれど、キャッチャーがボールを投げるわけではない、ボールを投げて打者を打ち取るのはピッチャーだ」という、昔の投手と同じような立場なのかもしれません。美空ひばりも録音の場をきっちり取り仕切ったそうですが、それが昔の人の当然の常識なのかもしれない、後年の見方で捉えるのは間違いかもしれない、と思えてきました。

抽象論は書くほうも読むほうも疲れるので、今夜はこれくらいで切り上げ、「フィールド」に戻ります。この曲を皮切りに、今後、シナトラは何度も登場する予定なので、なぜ、彼がひとりのアレンジャーに固執することなく、つねに数人に仕事を依頼していたかについては、そのときに改めて考えたいと思います。

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「シナトラ会」の会合 集合したかつてのシナトラのアレンジャーたち。左から、ビリー・メイ、ドン・コスタ、会長その人、そしてゴードン・ジェンキンズ。まるで「生きているアメリカ音楽史」たちの記念写真。

◆ 神の手になる絶妙のバランシング ◆◆
Summer Windはネルソン・リドルのアレンジですから、理屈のうえからは、ジミー・ボーウェンとアーニー・フリーマンがつくった「新しいシナトラのサウンド」ではなく、「昔なじみのシナトラ」の音になりそうです。しかし、じっさいの音は、新しいとまではいえないものの(新しいのは翌年のThat's Lifeのほう)、それほど古くさい音でもありません。イントロを聴いただけで、そう感じます。

f0147840_05590.jpgリズムはミディアム・スロウのシャッフル・ビート、ベースはスタンダップ、ドラムは、はじめのうちはスティックを使わず、フット・シンバルの2&4だけ、薄くミックスされたピアノのシングル・ノートのオブリガート、そして控えめなオルガン、リズム・セクションはそれだけで、あとは、左右の両チャンネルに配されたゴージャスな管がシンコペートした装飾音を入れてくる、というようなアレンジですから、文字面からは、数年前の、いや、十数年前のシナトラと大きなちがいはない、とお感じになるでしょう。ちがいがあるとしたら、マイク・メルヴォインがプレイしたというオルガンのオブリガートだけなのです。

オルガンなんてものは、以前からある楽器ですし、ハモンド・ブーム(ラウンジ方面を追いかけると、そういうものがあったことがわかってくる)は数年前のことで、目新しくもなんともないのですが、こういうことというのは、文脈のなかで捉えないとわからないもので、「シナトラ文脈」においては、なんとも新鮮な音に響きます。

しかし、べつの側面もあることに気づきます。スーパー・プレイもファイン・プレイもなし、どこといってどうというわけではないのに、でも、なんだかむやみに気持ちがいい、という音に出合ったら、とりあえずエンジニアをほめておけ、という大鉄則があります(わが家の地下室で捏造した鉄則ですが)。わたしの性癖をご存知の方は、もう「またかよ」とおっしゃっているでしょう。そう、この曲もリー・ハーシュバーグの録音なのです。シナトラの盤にはエンジニア・クレジットもないので、こういうこともSessions with Sinatraを読まないとわからないのですが。

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スラトキン、リドルの代打でタクトを振る エンジニアはいつも冷遇されるもので、リー・ハーシュバーグの写真は残念ながらわが家にはありません。かわりに、コンサート・マスターだったヴァイオリニストのフィーリクス・スラトキン(リドルはスラトキンに指揮を学んだ)が、ツアー中のリドルに代わってコンダクトしたときのめずらしい写真をどうぞ。チェリストの奥さん、エリナー・スラトキンとシナトラの写真は、次回、シナトラが登場したときにでも。

この本では、ビル・パトナムの弟子筋らしいエンジニアが何度もコメントしていて、Strangers in the Nightを録音したエディー・ブラケットを、これでもか、これでもか、と徹底的にこき下ろし、いっぽうで、リー・ハーシュバーグを大神宮様のように神棚に祭り上げて柏手を打っています。Strangers in the Nightでは、エディー・ブラケットも奥行きとスケール感のある音をつくっていて、けっして悪いエンジニアではないと思いますが(コンソールの前で立ち上がり、踊りながら録音したというエピソードが披露されているので、そういう人間的側面も嫌われたのでしょう)、リー・ハーシュバーグを神棚に祭り上げることについては、当方も異存がありません。

いつものように、Summer Windでも、ハーシュバーグは絶妙のバランシングをやっています。イントロは、ときにはその盤がヒットになるかミスになるかを左右するほど重要ですが、さすがはハーシュバーグと思うのは、薄くミックスされているだけなのに、ちゃんと存在を主張しているイントロのオルガンのバランシングです。最初の拍を構成する、スタンダップ・ベース、フット・シンバル、オルガン、この響きがじつになんとも素晴らしいのですよ、お立ち会い。これでヘボが歌えばぶち壊しですが、舞台は上々、シナトラ、上手より登場する、なのだから、ここで大向こうから拍手が起きなければ、大向こうのほうがヘボなのです。

◆ シナトラの骨法、ただし、ほんのさわりのみ ◆◆
シナトラの盤を相手に、シナトラを聴かずに、リー・ハーシュバーグを聴くなんていう外道は、広い世間にもそう多くはいないわけで、言い訳程度の粗品で恐縮ですが、シナトラの歌についても少々書きます。歌を云々するのは柄ではないので、かるーく読み流してください。

f0147840_1115213.jpg前回、「やるべきことをちゃんとやっている」といいながら、どこでそう感じるのかということを説明しなかったので、その点について。この曲は三つのヴァースがあるだけで、コーラスもブリッジもありません。こういうときこそ出番なのに、チェンジアップとしての間奏もないのです。つまり、単調になってしまう恐れが強く、カラオケで素人が歌ってはいけないタイプの曲です。

プロ、というか、フランク・シナトラはそういうときにどうするかというと、もちろん、アレンジで味つけを変えもするのですが、シナトラ自身も、ヴァースごとに、ちゃんとニュアンスを変えて歌っているのです。

そよ風のようにそっと忍び入るファースト・ヴァース、Like painted kitesという音韻に合わせ、スタカート気味にすこしアクセントを強めに入るセカンド・ヴァース、E♭からFへと全音転調するサード・ヴァースでは、ピッチが上がるのに合わせて、もっとも強くヴァースに入り、最後はソフトに、ソフトに、歌い終えています。

f0147840_0361016.jpgこういう歌をどううたえばいいか、その方法を熟知しているから、そして、それをみごとにやってのけるだけの力があるから、彼はフランク・シナトラになったのです。これがあるから、繰り返し彼の歌を聴いていると、コーヒーを入れに台所に立ったときに、ついその気になって、「マイ……フィクル・フレン……サマウィン」などと、シナトラになったつもりで、シンコペーションを使いながら(あんなんじゃシンコペーションを使えたことにはならないんだってば>俺)口ずさんでしまうわけですね。困ったものです。

シナトラの独特のシンコペーションのことを書くべきのように思うのですが、まだチャンスはあるので、そのときに、ということにします。

◆ 他のヴァージョン ◆◆
他のヴァージョンに簡単にふれておきます。フリオ・イグレシャスとのデュエットは、最初の小節からいきなりシナトラの声と歌いっぷりの衰えを強く感じるもので、聴かずにおくにしくはなし、です。シナトラだって、やっぱり年をとってしまうのです。

f0147840_029983.jpg「ミスター・ラス・ヴェガス」ウェイン・ニュートンは、いつだったか、ラス・ヴェガス署の鑑識の連中に思い切り馬鹿にされていましたが(『CSI』のエピソードでのことですがね)、ドラマのなかで揶揄のネタにされるほど、彼が有名であり、ラス・ヴェガスの主みたいなものだということです。

シナトラの録音は1966年5月ですが、ウェイン・ニュートン盤Summer Windは、ボビー・ダーリンのプロデュース、ジミー・ハスケルのアレンジで、65年7月に録音され、シングル・カットされています。悪くもありませんが、べつに面白くもないサウンドで、78位止まりというビルボード・ピーク・ポジションは盤のポテンシャルどおりの結果に思えます。

ウェイン・ニュートンという人は、気体のように薄くて軽い声をしていて(いやまあ、声に実体はないので、あらゆる人間の声が気体のように薄くて軽いぞ、といわれちゃいそうですが)、けっこう好きです。ただ、薄くて軽ければそれでいいのか、ということも感じます。やはり芸に幅がなく、飽きがきてしまうのですね。

f0147840_031459.jpg
ウェイン・ニュートン(中央)とトミー・テデスコ(右)

ときおり編集盤に採られる、Comin' on Too Strong(ハル・ブレインがニュートンのケツをイヤッというほど思いきり蹴り上げている!)で、これは面白そうだと思った人も、ほかにはああいう曲がなくて、あれっと思ったのではないでしょうか。ラス・ヴェガスが悪いとはいいませんが、あそこに腰を落ち着けて稼ぐようになるのは、キャリアのごく初期から定められていた運命だったと感じます。まあ、Danke Schoenがあるんだから、食うには困らないでしょう!


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◆ 重要な訂正(2007年9月5日) ◆◆
Wall of Houndの大嶽さんに教えていただいたのですが、ペリー・コモ・ディスコグラフィーに、Summer Windの原曲の作詞家である、Hans Bradtkeに関する記述がありました。

それによると、Summer Windのオリジナルである、Sommervindはデンマーク語で書かれたもので、最初に録音したのは、デンマークのGrethe Ingermannという人だそうです。

ただし、原曲の作者二人はともにドイツ人で、ハインツ・マイヤーのほうは第2次大戦中にデンマークに移住し、その後、さらにアメリカに渡ったとあります。

コメントのなかに、ウェイン・ニュートン盤がアメリカで最初にリリースされたものではないかと書きましたが、ペリー・コモのディスコグラフィーも、そのように「伝えられている」としています。

ペリー・コモ盤は、ウェイン・ニュートン盤と同じ65年に、チェット・アトキンズのプロデュースで、ナッシュヴィルで録音されたとあります。ただし、リリースはされなかったそうです。

ライター・クレジットから、てっきり原曲はドイツ語だろうと思ったのですが、以上のような経緯だそうですので、謹んで訂正いたします。
by songsf4s | 2007-09-03 23:48 | 過ぎ去った夏を回想する歌
Summer Wind by Frank Sinatra その1
タイトル
Summer Wind
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Johnny Mercer, Heinz Meier, Hans Bradtke
収録アルバム
Strangers in the Night
リリース年
1966年
他のヴァージョン
Wayne Newton, duet version with Julio Iglesias by the same artist
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f0147840_23575127.jpg熱烈なフランク・シナトラ・ファンは、ふつう、コロンビアやキャピトル時代、あるいはそれ以前を愛しているもので、リプリーズ時代には思い入れがないようです。わたしが好きなビートルズはRubber Soulまでで、Abbey Roadをロック史上の傑作などとしているものを読むたびに、あんなガラクタの寄せ集めが? まさかね! スタジオ・テクニックでボロを隠したパッチワークじゃないか、と嗤うのに似ているのでしょう。

キャピトルおよびそれ以前と、リプリーズのどちらをとるかといわれたら、わたしはリプリーズ時代、それも1960年代中期を選びます。わたしがよく知っている音の響きが聴き取れるからです。あとからいろいろ読むと、ジミー・ボーウェンが登場したことから、そういう流れ、ほんの一時のものにすぎない寄り道があっただけのようですが、そのへんは後段ですこしふれることにして、まずは音を聴きつつ、歌詞を見ていくことにします。

◆ 去りやらぬ風 ◆◆
この曲の詞はジョニー・マーサーですし、そもそもシナトラだから、録音スタッフ同様、こちらもちょっと緊張しそうになります。冷静に考えれば、マーサーもシナトラも、わたしがなにをしようと気づくはずもないのに!

The summer wind came blowin' in from across the sea
It lingered there to touch your hair and walk with me
All summer long we sang a song and then we strolled that golden sand
Two sweethearts and the summer wind

海を渡って吹いてくる夏の風がたゆたい、きみの髪にまとわりつき、わたしとともに歩む、夏のあいだずっと、わたしたちは歌をうたい、あの黄金の砂浜をそぞろ歩きした、二人の恋人たちと夏の風、といったあたりでしょうか。なんだか、もう手のひらが汗ばんできて、サード・ヴァースまでいけるだろうか、と不安になります。

f0147840_0114874.jpglingerというのは、ふつうはたとえば、記憶が去りやらぬ、とか、香りが残っている、といった場合に使うもので、吹き抜けていく風にこの言葉を使うのは、すこし引っかかります。潮風だから、ということでしょうか。strollは、目的地を目指して歩くことではなく、ぶらぶらと当てもなく歩くことなので、そういう風にイメージしてください。この曲をタイトルにした、ラウンジ系のインスト・アルバムだったら、もうジャケット写真のラフ・デザインはできたようなものです。

◆ 風にさらわれて ◆◆
つづいてセカンド・ヴァース。

Like painted kites, those days and nights, they went flyin' by
The world was new, beneath a blue umbrella sky
Then softer than a piper man, one day it called to you
And I lost you, I lost you to the summer wind


「凧のように、あの日日と夜夜も、飛び去ってゆく、青い傘のような空の下、世界は生まれ変わった、それなのに、笛吹男よりもそれはやさしくきみを誘いだし、わたしは君を失った、夏の風にさらわれて……」てなぐあいでよろしいでしょうか、なんて、いちいち、だれだかわからない天の上の人にお伺いをたてちゃいますよ。

なぜ、凧にわざわざpaintedという修飾がついているのかと、しばらく悩んだのですが、当面の判断としては、大きな意味はない、口調を整えるためになにか形容詞が必要だった、カラフルなイメージがほしかった、といったあたりで片づけています。ほかの可能性としては、Like flying kitesという逃げ道をすぐに思いつきますが、凧はもともと飛ぶものなので、これは非明示的なトートロジーとなり、あまり美しくありません。paintedのほうがずっとよいと感じます。

f0147840_23583985.jpgもうひとつ突っ込むと、凧は、flyはしますが、fly byはしません。糸の届く範囲で留まるものです。それなのになぜ凧を使ったのかと、ジョニー・マーサーの胸中を忖度すると、たぶん、浜辺でよく見るものだからでしょう。ほかに、トビやカモメ、土地によってはアジサシなども飛んでいますが、やはりカラフルなイメージをとったのではないでしょうか。そもそも、日本語には「糸の切れた凧」といういいまわしがあり、この場合、まさにどこへいってしまうかわからない頼りなさがあるのですから、われわれの場合、去ってゆくものの暗喩としての凧をイメージすることが十分に可能です。

piper manと表現されていますが、これはもちろん、pied piperすなわちハーメルンの笛吹き男のことをいっているにちがいありません。シラブルまたは音韻のせいで、pied piperを使わず、piper manとしたのでしょう。ここでいちばんわからないのは、it called to youのitが指すものです。ふつうなら、the worldですが、それでいいのかどうか。the summer windのような気もするのですが……。

あれこれ文句をつけましたが、この曲のなかで、わたしはこのヴァースがいちばん好きです。カラフルな凧、真っ青な夏の空、幸せな気分で蒼穹を見上げていたら、夏の風といっしょに笛吹男が忍び寄って、だいじな人をさらっていっちゃったんですね。でも、笛吹男はなにを暗喩しているのでしょうか? いや、答は風のなかに。

◆ じつは「過ぎ去った夏を想う歌」 ◆◆
この曲にはコーラスやブリッジはなく、このままサード・ヴァースに進んで、繰り返しがあって、フェイド・アウトします。ここで、さすがはシナトラ、ちゃんとやるべきことをやっている、と思うのですが、そのあたりのことはあとで書くことにして、歌詞を片づけます。これが終わらないと、汗も止まらないものですから。

The autumn wind, and the winter winds, they have come and gone
And still the days, those lonely days, they go on and on
And guess who sighs his lullabies through nights that never end
My fickle friend, the summer wind

「秋の風、冬の風は、ただやってきて、そのまま去ってゆくだけ、そして、あの日々、あの孤独な日々は、過ぎ去らずに、いつまでもつづく、終わらぬ夜をため息とともに子守唄をうたいつづけてすごすのはだれだと思う? わたしの気まぐれな友、夏の風よ」

このヴァースは解釈しにくいところがなく、読んで字のごとくです。ひとつだけ、ふーむ、と思うのは、マーサーのべつの曲を連想させることです。my fickle friendというフレーズを見て、なにか思いださないでしょうか。そう、彼がヘンリー・マンシーニの注文で書いたMoon Riverのもっとも有名なフレーズ、多くのリスナーの心に強く響くあの「My Huckleberry friend」です。

f0147840_042559.jpgジョニー・マーサーは、Moon Riverのために(いや、歌詞ができていないのだから、そういうタイトルが付いていたわけではないのですが)2種類の詞を書き、ヘンリー・マンシーニにわたしたそうです。マンシーニは一読し、my Huckleberry friendという強い一節があるという理由で、即座に、こちらの歌詞を使うことに決めたと自伝でいっています。Summer Windのmy fickle friendを聴くと、どうしてもMoon Riverを連想してしまいます。たんなる空想ですが、わたしはマーサーが自作の「引用」に近いことをしたのだと考えています。

むやみにカテゴリーを増やすのもなんなので、この曲は「去りゆく夏を惜しむ歌」に分類するつもりですが、このヴァースで、正確には「過ぎ去った夏を回想する歌」だということがわかります。したがって、「現在時」はいつでもかまわないことになります。

このタイプの歌もけっこうあって、シナトラ自身、ほかにも似たようなシテュエーションの曲を歌っています。やっぱり、このカテゴリーを登録するべきような気がしてきました。シナトラだから、奮発して、カテゴリーをつくりましょう!

念のために、フェイド・アウトでの「去りぎわのつぶやき」も書いておきます。相手がシナトラとマーサーだと、ゲーリー・アメリカ国債が相手のときなどとは、手のひらを返すように態度がコロッと変わっちゃうのです。

The summer wind
Warm summer wind
Mmm the summer wind


◆ スタッフのパッチワーク ◆◆
この曲は、わたしのような60年代育ちがあれこれ考察をはじめると、永遠にとまらなくなってしまうような、じつになんとも微妙な時期の、絶妙な「谷間」で録音されています。1966年4月11日録音のStrangers in the Nightの直後、5月16日の録音なのです。この2曲のあいだにある35日間のなんと微妙なことよ!

Strangers in the Nightの直後だし、同じアルバムに収録するための曲なので、ふつうなら、両者はほぼ同じスタッフで録音されるものです。ところが、ここが微妙な狭間の微妙たる所以でして、左にあらず、なのですよ、お立ち会い衆。Strangers in the Nightのアレンジャーはアーニー・フリーマン(2年前のSoftly, As I Leave Youで初起用された、シナトラのスタッフとしては新顔)、Summer Windは、1953年以来、シナトラのために多くのアレンジをしてきたネルソン・リドルなのです。

さらにいうと、Strangers in the Nightのビルボード初登場は5月7日付。えーと、じっさいの日にちと、ビルボードの日付には、たしかいくぶんのズレがあったと思うのですが、早いのか遅いのか忘れてしまいました。そのせいでさらに微妙になってしまいますが、プロデューサーのジミー・ボーウェンはこの曲に勝負を賭けていたので、すでに大ヒットの手応えは、5月の第2週には感じていたはずです(いや、リリース前からわかっていたはずで、じっさい、ボーウェンは事前プロモーションに金と手間をおおいにかけている)。

f0147840_0181339.jpgでは、アルバムの録音のほうは、Strangers in the Nightのヒットに合わせてはじまったかというと、そうではないらしいのです。Sessions with Sinatraによると、アルバムのほうはシングルとは別個に企画が立てられ、すでに進行していたときに、Strangers in the Nightがヒットして、この曲を中心にしたアルバムへと計画が変更されたというのです。

アレンジャーが異なっても、ふつうのアーティストの場合は、それほど大きな影響はないかもしれません。しかし、シナトラはちがいます。とくに、この時期のシナトラは。ボーウェンがプロデュースし、彼の手駒だったアーニー・フリーマンがアレンジとコンダクトを担当した場合、重要なプレイヤー、つまりリズム・セクションのプレイヤーもボーウェンの手駒だったのに対し、ネルソン・リドルの場合は、正確なパーソネルはわからないのですが、従来からシナトラのセッションで活躍してきた、つまり、リドルがよく知っているメンバーで録音されたようなのです。

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左からサミー・デイヴィス・ジュニア、ハル・ブレイン、レイ・ポールマン、そしてジミー・ボーウェン。ボーウェンはリプリーズに入った当初から、「ラットパック」の一員、シナトラの盟友であるディーン・マーティンのプロデュースを希望し、1964年、Everybody Loves Somebodyによって、ディノをチャートのトップに返り咲かせた。これがシナトラを刺激し、ジミー・ボーウェンの起用とSoftly, As I Leave Youのヒット、ひいてはStrangers in the Nightのナンバーワンへとつながった。

ボーウェンのスタッフでは、アーニー・フリーマンのつぎに重要なのはハル・ブレインです。ボーウェンは「時代遅れになりつつあるシンガー」(ハッキリそういっています)をチャートに戻すために、「リズム・セクションを入れ替えた」といっています。プロデューサーとしては当然の方針で、これはのちのちまで、さまざまなアーティストに適用されていますし、いまもあるだろうと思います。

彼がはじめてシナトラと仕事をしたSoftly, As I Leave Youでは、ハル・ブレインがはじめてシナトラのセッションに呼ばれました。ボーウェンがシナトラ(および自分自身)のために描いた絵図の中心にはハルがいたのです。つぎにハルがプレイしたことがハッキリしているのはStrangers in the Nightです。ハルはこの曲について「Be My Babyのビートを変形して適用した」と回想しています(これを読んでわたしは、そうだったのか、とひっくり返りました。たしかに、Be My Babyビートのソフト・ヴァージョンです)。

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フランク・シナトラ(左)とネルソン・リドル(中央)。シナトラはなにを興奮しているのか、どうやら、仕事の最中にはよく起こる、緊張の一瞬のようだが。

では、同時期に、Strangers in the Nightのフォロウ・アップとして、おそらくあらかじめシングル・カットも視野に入れて録音されたであろう、Summer Windのドラマーもハルかというと、うーん、ものすごく微妙ですが、たぶんちがうと思います。ハルらしい、微妙なところでの強いアクセントが見られないからです(ほとんど猫をかぶったようなプレイをしているStrangers in the Nightですら、フェイド・アウトではちゃんと「俺だ、わかるだろ?」というリックを叩いている)。ネルソン・リドルは、やはり、彼が信頼してきたドラマーを使ったのではないでしょうか。

◆ 複雑な時、複雑なオール・ブルー・アイズ ◆◆
この時期のシナトラの気持ちは揺れていたと想像します。エルヴィスとロックンロール攻勢にはかろうじて耐えたかに思われる(いや、じっさいには、エルヴィスはボディー・ブロウとなったと思いますが)この大歌手は、60年代に入って急速に影が薄くなっていきました(皮肉なことに、シナトラと同じころに、エルヴィスも「底」を経験するのですが)。

そこへあのビートルズとブリティッシュ・インヴェイジョンですから、だれだって、先行きを考えます。なんとか、いまの時代に合った歌とサウンドでチャートに返り咲きたい、と思ったからこそ、若いジミー・ボーウェンにA&Rをやらせたみてたにちがいありません。そして、Softly, As I Leave Youは、大ヒットではないにせよ、とにかく、ビートルズ旋風のさなかに、この「時代遅れになりつつある」歌手がチャート・ヒットを生み出すという、中くらいの満足を生みます。

ふつうなら、ここでジミー・ボーウェンとアーニー・フリーマン、そしてハル・ブレインの連続起用で、この路線を突っ走るはずです。でも、シナトラはそうしませんでした。ネルソン・リドルやゴードン・ジェンキンズという昔なじみに戻ったり、またべつの若いアレンジャー/プロデューサー、クウィンシー・ジョーンズを起用したり、傍目には迷走に見える行動をします。そして、なにがあったのか、再びボーウェンとアーニー・フリーマンを起用して、じつに久しぶりにチャートのトップに返り咲くのです。

でも、ここでもまたシナトラは、当たり前の行動はせず、アルバムはネルソン・リドルに任せたわけで、一見するところ、不可解というしかありません。

時計を見れば、もう写真の準備をはじめないと間に合いそうもない時刻になったので、そんな予定ではなかったのですが、この稿の決着は明日以降へ持ち越しとさせていただきます。土台、シナトラを、それもほかならぬ1966年のシナトラを、一回で片づけられると思ったのが大間違いでした。
by songsf4s | 2007-09-02 23:56 | 過ぎ去った夏を回想する歌