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The Chart Data of The 50 Guitars(50ギターズのチャート・アクション)

今日は通常の更新ではなく、いわば連絡メモのようなものです。右のリンクにあるAdd More MusicのBBSで、50ギターズについて質問したところ、チャート・データの話になったため、それではというので、Top Pop Albums 1955-1985という本の50 Guitarsの項をスキャンしてみました。

当家では50ギターズを何度も取り上げている(末尾のリストを参照)ので、みなさんのなかにもこのプロジェクトの名前をご記憶の方は多いでしょうし、Add More MusicでアルバムのLPリップをダウンロードなさった方も相当数いらっしゃることでしょう。だから、連絡メモであっても、ほかにもご興味をお持ちの方がいるかもしれないと考えた次第です。

データの意味は、左から、チャートイン日付(ピーク・ポジション到達日ではなく、チャート・デビュー日なので、ご注意を)、最高位、チャートイン週数、タイトル、レーベル、マトリクスです。タイトルの末尾にある記号は、[I]はインストゥルメンタル、[G]はgreatest hits compilationを意味します。クリックすると画像が拡大され、表示が切れてしまった部分も見ることができます。

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ただのデータですが、なるほどと思ったことがあります。デビュー盤のセールスは好調だったけれど、その後は低迷し、チャートにかすりもせず、50ギターズ研究のトップランナーであるAMMの木村センセが賞賛なさっていたアルバム、Maria Elenaでチャートに再登場したことになります。出来のよいアルバムだから、セールスもよかったのでしょう。また、たしかこのアルバムからリードがトミー・テデスコになったのだったと思います。

もうひとつ、12月のチャートインが2回、11月が1回、ということから、年2回ないしは3回のリリースのうち、1回はクリスマスの贈答用だったことがわかります。アメリカの場合、本(とくに豪華写真集)やアルバムにはそういう目的も含まれていたことを再認識しました。

2009年2月16日追記

もうひとつ気づいたことがあります。Add More Musicの50ギターズ・ページを見ると、50 Guitars Go Italianoが先で、Maria Elenaがあとのリリースになっているのです。マトリクスを確認すると、50 Guitars Go Italianoのほうが若いので、これでいいように思うのですが、上記のチャート記録では、順番が逆になっています。

マトリクスを割り当ててもリリースしないこともあるので、いったんは棚上げにしたものを、なにかの都合であとからリリースするということもありえないことではありません。なにかイレギュラーなことがあり、この二者のリリース順が入れ替わったのではないでしょうか。


50ギターズの記事一覧

Beyond the Reef
Moon of Manakoora
Santa Claus Is Coming to Town
White Christmas
Cherry Pink and Apple Blossom White
The Breeze and I
El Paso
Magic Is the Moonlight
Quiet Village
Pearly Shells
Fly Me to the Moon

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by songsf4s | 2009-02-15 21:26 | その他
Burke's Law by Herschel Burke Gilbert
タイトル
Burke's Law
アーティスト
Herschel Burke Gilbert (TV OST)
ライター
Herschel Burke Gilbert
収録アルバム
Burke's Law
リリース年
1963年
他のヴァージョン
Si Zentner, Reg Guest, Liberty Soundtrack Orchestra
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まだまだテレビ・サントラをつづけます。連想の糸がどこまでも途切れないのです。60年代はじめ、いかに多くのアメリカ製テレビドラマ(とイギリス製ほんの少々)が放送されていたかわかろうというものです。なにしろ、日本の局の制作能力が微少だったので、プライム・タイムに外国製ドラマをやっていた時代なのです。

いや、当家は、むやみに落語、映画、小説、その他もろもろに脱線するにせよ、いちおう音楽ブログのつもりです。たとえ、60年代初期に、一晩に百種類のアメリカ製ドラマが放送されていたとしても、音楽がつまらなければ、こんなにしつこくテレビ・サントラをつづけたりはしません。改めて大人の耳で聴いても、どれもよくできているのです。

ドラマの出来については、「CSI」「24」「ER」「ブレイクアウト」、その他なんでもいいのですが、日本に輸入されるようなものは、どれもいまのほうがはるかにレベルが上でしょう。しかし、音楽はまったくちがいます。いまどきのドラマのテーマなんて、シーズンの切れ目に入れば忘れてしまいます。しかし、昔のドラマのテーマ曲は、出来のよいもの、忘れがたいものが、それこそ無数にありました。今月いっぱいどころか、来月まで60年代前半のテレビドラマのテーマだけで埋め尽くすぐらい、簡単にできるほどです。カヴァー・ヴァージョンが大量に録音されたことが、こうしたテーマ曲の出来のよさを証明しているでしょう。

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LAPD殺人課のエイモス・バーク警部が、自家用ロールズに乗って豪邸から現場に駆けつけるの景。いまどき、こんな車に乗っている警官がいたら、テロの恰好の標的だろう。

◆ ポップ系のOSTへの進出 ◆◆
昨日のTwilight Zoneはめったにないような泥沼になってしまったので、今日は謎なんかなにもない曲をもちだしました。CMのように短くやっつけようという魂胆です。

本日の「バークにまかせろ」Burke's Lawのテーマは、謎どころか、クレジットを見れば、やっぱりな、というおなじみのハリウッド製音楽です。プロデューサーはスナッフ・ギャレット、エンジニアはエディー・ブラケットとクレジットされているのです。いつものように、ギャレットがお気に入りのスタジオであるユナイティッド・ウェスタンで録音した(ブラケットはウェスタンのエンジニアだったので、スタジオ・クレジットがなくてもわかる)、いつもの音楽なのです。

そして、リリースは1963年ですから、その点でも、謎には出くわさないことになっていて、ドラマーの推測もできます。アール・パーマーです。確率90パーセント。つまり、絶対の自信あり、です。だって、アールのスネアの音が聞こえるのだから、ほかの人であるはずがありません。しかも、この時期にスナッフ・ギャレットがプロデュースした盤のドラマーのほとんどはアール・パーマーだという状況証拠もあるのです。聞こえる音がアールで、状況証拠がアールなのだから、ガチガチに確実です。

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Liberty regulars. (l-r) arranger Ernie Freeman, producer Snuff Garrett, drummer Earl Palmer at United Western Recorder.
何度も使った写真でまことに恐縮だが、そろい踏みはこれ1枚しかない。

ただし、アルバム・トラックについては、アールであるとも、アールでないとも判断できないものがあります。テレビのテーマとアルバム・トラックはべつのセッションで録音された可能性が高く、メンバーが異なっている場合も考えられます。まあ、最後のBurke's Beatなんて曲も確実にアールなので、わたしが判断できない曲(スネアをあまり叩かないソフトな曲は手がかりがない)の多くもアールだろうとは思いますが。

1964年になると、ギャレットのドラマーはハル・ブレインに交代しますが、1963年の段階では、トラップにはアールが坐り、ハルはまだアールのいるセッションではパーカッションをやっていました。

これはギャレットのセッションにかぎりません。たとえば、1962年に録音されたハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスのデビュー曲、The Lonely Bullでは、トラップにはアール・パーマーが坐り、ハル・ブレインはティンパニーをプレイしました。

しかし、63年後半にはハルがアールに肩を並べます。63年晩秋に録音されたと考えられるマーケッツのOut of Limitsでは、ハルがトラップに坐り、アールはパーカッションにまわります。アール・パーマーの活躍はまだまだつづきますが、しかし、押しも押されもせぬキングだった時代は終わり、王冠はハル・ブレインに譲渡されるのです。

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スタジオのマーケッツ。後列右から、アール・パーマー(ティンパニー)、ハル・ブレイン(トラップ)、おそらくジミー・ボンド(アップライト・ベース)、リオン・ラッセル(ピアノ)、前列(ギター陣)右からトミー・テデスコ、不明(ボブ・ベイン?)、レイ・ポールマン、ビル・ピットマン(ダンエレクトロ6弦ベース)の面々。壁の吸音材の形状からユナイティッド・ウェスタンと推測される。

話が逸れました。Burke's Lawのテーマに戻ります。リズム・アレンジというか、ドラムとしては、8ビートと4ビートを行ったり来たりするので、ドラマーがどう処理するかによってニュアンスが変わります。アールは、4ビートのパートについては、ストレートなジャズ・ドラミングをしていますが、8ビートについては、ロック的ニュアンスにならないように叩いています(キックにマイクがあたっていないこと、ドラムのミックスがオフ気味なこともそれを補強している)。したがって、全体的な印象は、楽器編成のせいもあって、まずまずノーマルなビッグバンド・サウンドです。

これが、当時のテレビ音楽の最大公約数的サウンドなのだと思います。ロック的ニュアンスは、テレビのテーマ曲には時期尚早だったのでしょう。いや、だから面白くないということではありません。クライム・ドラマとしては先発の「サンセット77」「サーフサイド6」や「ハワイアン・アイ」にひけをとらない、非常に魅力的なテーマだと思います。

◆ サイ・ゼントナー盤 ◆◆
一握りですが、カヴァーもあります。サイ・ゼントナーは、ハリウッドのプレイヤー(トロンボーン)、アレンジャー、ビッグバンド・リーダーですし、しかも、オリジナルのハーシェル・バーク・ギルバート盤と同じリバティーのアーティストなので、アレンジは異なっても、プレイヤーは重なります。サイ・ゼントナー盤Burke's Lawのドラマーもアール・パーマーにちがいありません。

しかも、ほとんど馬鹿馬鹿しいといいたくなりますが、サイ・ゼントナー盤のプロデューサーも、やはりスナッフ・ギャレットなのです。なに考えてるんだよ>ギャレット。まあ、こちらはFrom Russia with Loveというアルバム・タイトルが示すように、当時の流行だった、スパイ/クライム・ミュージックのカヴァー集なので、企画がちがうといえばそのとおりなのですが。

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Si Zentner & His Orchestra "From Russia with Love"

トラックごとのクレジットはありませんが、アレンジャーはアーニー・フリーマンとビル・ホールマンとなっています。フリーマンは、クレジットはないのですが、ハーシェル・バーク・ギルバートのOST盤でもアレンジをしたと、わたしは考えています。フリーマンもまた、アール・パーマーやレッド・カレンダーなどと同じく、スナッフ・ギャレットのセッションではレギュラーでした(たとえば、ボビー・ヴィーや50ギターズ)。

f0147840_693519.jpgハーシェル・バーク・ギルバートのアルバムも、サイ・ゼントナーのアルバムも、いちおうビッグバンド(および、トラックによってはコンボ)ジャズのスタイルをとっていますが、このメンバーはそのままポップ・セッションに転用できます。

当時のポップ/ロック系セッションを支えていたプレイヤーの多くはジャズ出身なので、ジャズとポップの両者を行ったり来たりしても、べつに不思議でもなんでもないのですが、わたしのように、ポップ/ロック系を聴いてきた人間としては、映画音楽やビッグバンドやときにはストレート・ジャズの盤でも、よく知っている人たちのプレイに出くわして、おやおや、こんなところにもいたんですか、と愉快な気分になることもあります。

◆ リバティー・サウンドトラック・オーケストラ? ◆◆
OST盤CDには、全曲がハーシェル・バーク・ギルバートの作と書いてありますが、べつの資料によると、アーニー・フリーマンがギルバートと共作した曲(Burke's Beat)もあれば、まったく別人の作品もあることになっていて、これだから音楽業界はぞろっぺえだというのです。こういう謎はもううんざりなんですがねえ。まあ、合法的なケースも考えられます。著作権を買い取った場合です。そういうこともめずらしくありません。でも、Burke's Lawのサントラに関しては、たんなる手違いなのではないでしょうか。

f0147840_6125054.jpg当ブログでは何度もご紹介していますが、キャピトルのラウンジ・ミュージックを集めたUltra Loungeシリーズの一枚、第13集TV Town(このタイトルは、ハリウッドが映画の都からテレビの都に変貌した事実を指している?)には、Liberty Soundtrack Orchestraというアーティスト名義のBurke's Law Suitという、駄洒落タイトルのトラックが収録されています。

Burke's Lawのlawは、内容に即していうと、「法律」ではなく、「法則」です。ジーン・バリー扮する(吹き替えは若山源蔵だった)、ロールズを乗りまわすLAPDの富豪警部エイモス・バークが、毎回、かならず箴言じみた一言(「探しているものが見つからないなら、まちがったものを探していることになる」「金で愛は買えないが、有利な立場に立つことはできる」など)をいうことから来ています。「マーフィーの法則」みたいなもので、「バークの法則」なのです。

しかし、lawにsuitをつけると、「訴訟」の意味になります。つまり、Burke's Law Suitというタイトルは、「『バークにまかせろ』組曲」とも読めるし、「バークの訴訟」とも読めるのです。

これはOST盤Burke's Lawのダイジェスト版といったおもむきのトラックです。プレイされている曲は(パーレン内は作曲者)、"Burke's Law Theme" (Gilbert)、"Meetin' At P.J's" (Marks)、"Blues for a Dead Chick" (Mullandro)、"Burke's Beat" (Gilbert-Freeman)です。

f0147840_616562.jpgこれは、しかし、困ったトラックです。すべてを確認したわけではありませんが、おそらく、新たに録音したものではなく、OST盤Burke's Lawのトラックを再編集したものでしょう。当今いうところのリミックスです。すくなくとも、テーマとBurke's Beatはまちがいなく同じものです(ということはつまり、ドラマーはアール・パーマー!)。

となると、リバティー・サウンドトラック・オーケストラという名義はまずいのではないかと思いますが、そのへんがこの業界のいい加減さというか、ひょっとしたら、背後にある権利関係がこの地割れから顔をのぞかせたのかもしれません。つまり、アーティストや作曲者(この場合はハーシェル・バーク・ギルバート)ではなく、企画者や制作者(すくなくともそのうちのひとりがスナッフ・ギャレット)がぜったいの権限をもっていた可能性があるということです。

◆ またしても名義をめぐるミステリー ◆◆
ウェブにOST盤LPのジャケットがあったので、いただいてきました。ちょっとご覧あれ。

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LPのフロント・カヴァーには、ギルバートの名前がありません。サントラの場合、アーティスト名がないのはめずらしいことではないし、表には書かず、バック・カヴァーに記載することもあったので、LPの段階ではアーティスト名がなかった、とまではいえませんが、すくなくとも、表に書くほど重視はされていなかったことははっきりしています。

f0147840_6243076.jpg昔の音楽界というのは、そういうところだったのです。アーティストなんかなんであろうと気にしないのです。音楽をつくるのは会社、もっといえばプロデューサーだったのです。インストの場合、アーティストはお飾りです。名前を空白にするわけにはいかないから、たとえばヴェンチャーズとか、マーケッツとか、ラウターズとか、チャレンジャーズとか、適当なバンドの名前をつけておくのです。どの曲をどのアーティストの名義にするかは、プロデューサーないしは会社が判断することでした。じっさい、録音が終わってからアーティストを決めたことだってあったと考えています。

Burke's Lawのサントラに関しても、ヴェンチャーズのようなギターインスト・バンドの場合と同じだったのだろう、ということが、この名義の混乱から読み取れます。Burke's Lawの企画はあくまでも会社のものであり、ギルバートは依頼された作曲者にすぎなかったから、名前の扱いについては、なにもいえなかったのでしょう。じっさい、関与は作曲の段階まで、せいぜい棒を振るところまででしょう。

アレンジはきわめて重要なので、プロデューサーが子飼いの信頼できるアレンジャーを起用するほうが自然です。だから、OSTのアレンジもアーニー・フリーマンの仕事だろうと推測できるのです。あの時期のスナッフ・ギャレットは、フリーマン抜きでは録音しませんでした(64年になるとその役割はリオン・ラッセルのものになる)。ボビー・ヴィーの録音でも、50ギターズの録音でも、ジュリー・ロンドンの録音でも、分野に関係なく、譜面はフリーマンが書き、たいていの場合、フリーマンがコンダクトし、同時にピアノを弾きました(プレイヤーとしても第一級の腕をもっていた)。

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リバティーを支えたコンビ スナッフ・ギャレット(右)と、フリーマンにかわる新しい相棒リオン・ラッセル、そして、壁に飾られた二人の戦果。LPはボビー・ヴィーだが、ゴールド・シングルはゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズか?

プロデューサーとアレンジャーはしばしば強固なコンビを組みます。フィル・スペクターとジャック・ニーチー、クウィンシー・ジョーンズとクラウス・オーゲルマンといったように。腕のいいアレンジャーなしでは、いいサウンドはつくれないからです。Burke's Lawのときにも、ギャレットはフリーマンをそばにおいて録音をしたと信じる所以です。OSTのCDリイシューではギルバートの作とされているBurke's Beatが、Ultra Lounge Vol.13収録の組曲では、ギルバートとフリーマンの共作とクレジットされていることが、その傍証となります。

1963年にオリジナルLPがリリースされた段階では、ギルバートの重要性は作曲者としてのものであって、それ以上ではなかったのでしょう。会社から見れば、企画の一部を発注した請負業者のひとり、という位置づけです。だれの名義にするかは会社側の一存で決められたのです。だから、リミックス盤をリリースするときに、リバティー・サウンドトラック・オーケストラという、架空のバンドの名義を使うことができたのにちがいありません。

◆ レグ・ゲスト盤 ◆◆
業界事情が生みだす、ロマンティシズムのかけらもない「ミステリー」にお付き合いするのは、そろそろ倦んできたのですが、背後の事情を十分な確度をもって推察できる程度にはハリウッドの歴史を研究してしまったので、なにかあれば、やはり無視して通りすぎることもできず、困ったものです。

f0147840_6352688.jpgBurke's Lawには、わたしの知識の外にあるイギリスで録音されたカヴァーもあるようです。盤はもっていませんが、音だけは聴けました。レグ・ゲストという人のヴァージョンです。どういう人なのかと調べたら、ウォーカー・ブラザーズのセッションでピアノを弾き、スコット・ウォーカーのアルバムでアレンジをした人だそうです。このサイトこのページに書いてありました。

Burke's Lawには無関係なのですが、このインタヴューでレグ・ゲストが、スコット・エンゲル以外のアーティストについていっていることは、わたしにはよくわかります。イギリスもハリウッドと同じように、看板になっているアーティストだけが果実を拾っていき、アレンジャーやプレイヤーなどの(ときには巨大な)貢献をしたスタッフは無視されるというのです。大丈夫、そういうパアな時代は終わりつつあり、ほんとうはだれがすばらしい音楽をつくったのかを究明しようとしている人間は、世界中にたくさんいる、と伝えたくなりました。

アーティストは、セッション・プレイヤーのことには口をぬぐうもので、それはしかたがありません。自分は音楽的には無能な木偶人形であり、自慢できるのは笑顔と歯並びだけの、モデルと大差のない見せかけの看板だった、なんて、だれも認めたくありませんから。誤解があるといけないので、くどく繰り返しますが、レグ・ゲストはスコット・ウォーカーのことを敬意をもって回想しています。スコットのことを褒めるために、ひけらかすものは歯並びしかない、パアなアーティストについてボヤいているのです。

それにしても、いきなりウォーカーズの日本公演の写真がでかでかと表示されて、おやおや、というサイトです。ゲーリー・リーズのほかに、もうひとりドラマーがいるのには、さらに大きな「おやおや」ですが! ウォーカーズのドラマーのことは、仲間内で何度か話題になりましたが、ライヴにまで影武者がついた例は稀でしょう。まあ、デッドやオールマンズのダブル・ドラムと同じ効果を狙ったと強弁するかもしれませんがね。こういうのは、ふつうは「サポーティング・プレイヤー」と呼ぶわけですが、そのくせ、実体は「メイン・プレイヤー」なんだから、婉曲表現というのはやっかいです。

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話が明後日のほうにいってしまいましたが、レグ・ゲストのBurke's Lawは、どのスナッフ・ギャレット盤ともかなりニュアンスがちがい、これはこれで楽しい出来です。ゲストもビッグバンド出身だそうですが、英米のちがいだけでなく、録音時期のちがいもあって(レグ・ゲスト盤は1965年リリース)、ギャレットの各種Burke's Lawとは異なり、ゲストのBurke's Lawには、ビッグバンド的ニュアンスは薄く、トニー・ハッチのラウンジ系インスト盤に近い、軽いサウンドです。

音が聴けただけで、アルバムのジャケットも見なければ、レグ・ゲストの顔もわからなかったので、検索してみました。しかし、かすりもしない、バットとボールのあいだが十センチは離れたひどい空振りでした。LPのまま打ち捨てられたものの場合、こういうこともあります。しかし、最後にファウルチップがありました。あるところに、Reg Guest Syndicate "Underworld"は2008年夏にリリース、とあったのです。まもなくCDになるのでしょう。ということで、あとすこし待てば、立派な(あるいは愚劣な)カヴァーで飾ることができたかもしれないのに、ちょっとフライングをしてしまったようです。

ことのついでに、OldiesProject.com presents "The London Sound"なんていうページを見つけました。そちら方面を考究なさりたい方には役に立つかもしれません。わたしは、もうハリウッドだけで十分に堪えているので、遠慮しますが。

それにしても、どうしてこういうぐあいに話が長くなるのか、われながら不可解千万です。今日は数行あれば十分のはずだったのに!

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「サンセット77」のときにご紹介した『ザッツTVグラフィティ』に載せられた乾直明の「バークにまかせろ」紹介。

by songsf4s | 2008-07-14 22:39 | 映画・TV音楽
The Fool of the Year by Johnny Burnette
タイトル
The Fool of the Year
アーティスト
Johnny Burnette
ライター
David Gates
収録アルバム
The Best of Johnny Burnette
リリース年
1961年
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今日も無駄話をしている余裕はないので、簡単に。ジョニー・バーネット、デイヴィッド・ゲイツという、ハリウッドだとそういう組み合わせもあるのね、というシンガーとライターです。

片やテネシー、片やオクラホマ、出会った場所はハリウッド。そういう音楽環境だったなあ、と思うのはまだ早い。出身地の話をはじめると、この曲の関係者はもうてんでんばらばら。カリフォルニアの人間を見つけるほうがむずかしいくらいです。

◆ 馬鹿の王者、受賞理由を語る ◆◆
それではさっそく歌詞へ。コーラスから入る構成です。

My friends all say, 'How could you be so blind?'
I never thought she was the cheatin' kind
I lost my pride
And now I fear that I'm the fool of the year

「友だちみんながいうんだ、『おまえはどうしてそんなめくらなんだ?』って、彼女があんな嘘つきとは思わなかった、まったく面目丸つぶれ、ぼくは今年度ナンバーワンの馬鹿かもしれない」

つづいてファースト・ヴァース。

Ring, ring the bells and spread the word around
The king of fools has at last been found
Let's get together and give a cheer
For I'm the fool of the year

「鐘を鳴らして、ニュースを伝えろ、とうとう馬鹿の王者が発見されたってね、みんな集まれ、声援を送ろう、なんたって、ぼくは今年度ナンバーワンの大馬鹿野郎さ」

ブリッジ。

Get the blue ribbons
Strike up the band
Come see the biggest fool
Believe me, here I stand

「青いリボンをつけろ、演奏をはじめろ、さあ、最悪の馬鹿を見てくれ、嘘じゃないさ、ほら、その証拠がここにいる」

リボンをつけるのは主役の印、演奏はファンファーレでしょう。いわれなくてもわかる、よけいな説明でした。

セカンド・ヴァース。

So you can see why I should get the prize
Since I'm the one who fell for all her lies
So clap your hands and I'll shed a tear
You're lookin' at the fool of the year

「これで、ぼくがこの賞を手にした理由はわかっただろう、彼女の嘘っぱちをみんな信じちゃったんだ、さあ、拍手をしよう、うれしくて泣けてくるね、君たちの目の前にいるのが、今年度ナンバーワンの大馬鹿野郎さ」

◆ 今年度ナンバーワンのドラマー ◆◆
f0147840_23325010.jpg以上、ありがちな歌詞というか、典型的なワン・アイディア・ストーリーです。そういうものは、展開しだいで勝負が決まることになっていますが、どうでしょうか? そこそこの出来ではあるけれど、ヒットに結びつくパンチラインはないと感じます。タイトルをひっくり返すとか、ずらすとか、そういうラインが必要だったのではないでしょうか。じゃあ、おまえが書け、なんて、だれにもいわれないことを前提にして、エラそうに小突きまわしているんですけれどね。

しかし、この曲、イントロが流れた瞬間、ムムッとなります。音としてはかなりなもんです。いや、なんでムムッとするかといえば、わたしはドラム馬鹿、夜目遠目笠のうちもなんのその、まごうかたなきアール・パーマー先生のドラミング。いやまったく、みごなグルーヴです。

アール・パーマーのディスコグラフィーを眺めていて思うのは、彼のピークは60年代はじめだということです。この時期にいい仕事が集中しています。すごく読みにくいでしょうが、いちおうディスコグラフィーをスキャンしてみました。

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Selected 45 discography of Earl Palmer 1960-64

61~62年は寝るひまもなかったにちがいありません。このときは、まさか、ハル・ブレインなんてのが彼を押しのけて、「お疲れでしょう、ゆっくり眠ってください」といわんばかりの八面六臂の大活躍をするとは思わなかったから、毎日ボヤいていたことでしょう。でも、おかげで過労死をまぬかれ、長寿を保たれたのではないでしょうかね。

◆ 盛者必滅の理 ◆◆
ジョニー・バーネットというと、You're SixteenかDreamin'ということになっています。たしかに、両方ともいい曲ですし、前者にはリンゴ・スターの有名なカヴァーがあるので、それもむりないとは思います。でも、盤を聴いてみれば、ほかにも捨てがたい曲がけっこうあります。

f0147840_23373174.jpgスウィンギング・ブルー・ジーンズがカヴァーしたIt Isn't Thereなんかも、なかなか面白い出来ですし、今日取り上げたThe Fool of the Yearだって、好調時ならチャートインしていたのではないかと感じますし、お蔵入りしたというカール・パーキンズ作のFools Like Meなんかも、どうしてリリースしなかったんだよ、といいたくなる出来です。

初期はジェリー・アリソンが叩いたようですが、途中からアール・パーマーがストゥールに坐ったおかげで、ドラミングを聴いているだけでも、こりゃすげえな、と思います。アールだけでなく、プロデューサーのスナッフ・ギャレット、アレンジャーのアーニー・フリーマンというのは、ボビー・ヴィーを売り出したのと同じスタッフで、いかにも60年代初期のハリウッドらしい、溌剌としたサウンドを楽しむことができます。

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ジョニー・バーネット(左)とグレン・キャンベル(右)

ボビー・ヴィーがリバティーに入社して最初の録音は、「スプリット・セッション」だったそうです。通常は3時間のセッションで4曲を録音します。「スプリット」とは、この3時間4曲を半分に割って、二人のシンガーのシングルAB面を録音することです。

で、ボビー・ヴィーとセッションをスプリットしたのが、ジョニー・バーネット。ボビーは、バーネットの録音(Dreamin'だった)を聴きながら、あっちはヒット曲だけれど、俺のはダメだ、と思ったそうです。ボビーは、ジョニー・バーネットの録音のあまった時間を分けてもらうだけの、たんなる付録の立場だったのです。

f0147840_23433528.jpgしかし、そのあとのキャリアは逆転します。ジョニー・バーネットは、すぐに右肩下がり、ボビー・ヴィーは飛ぶ鳥を落とす勢いになります。いま、音を聴いても、資料を読んでも、どこでそんな差がついたのか、読み取るのは簡単ではありません。もっとも明白なことは、オールドン・ミュージック(バリー・マンのWho Put the Bompの記事を御参照あれ)の曲は、ボビー・ヴィーにいっているということです。ギャレットが、なぜバーネットにオールドンからの曲を廻さなかったのか、そのへんは手がかりがないのでわかりませんが、これがバーネットのキャリアの失速の原因かもしれません。

しかし、いま聴いて、オールドンであろうがなかろうが、かなりいい曲があったのに、ヒットしなかったことが引っかかります。あるいは、プロモーションのリソース配分が原因のひとつかもしれませんし、ティーン・アイドルとしては、ボビー・ヴィーのほうが役柄にピッタリだったということもあるかもしれません。まあ、そういうことは、いまあれこれ想像しても、詮方ないことで、どうでもいいといえば、どうでもいいのですが。

半世紀の時間がたってみれば、わたしの耳に聞こえるのは、アール・パーマーの飛び跳ねるようなビートと、おそらくはアーニー・フリーマンの仕事であろう、脳天気なアレンジメントだけです。いまの時代、これほど底抜けに明るい音は、たとえサザン・カリフォルニアでだって、もうつくれないにちがいありません。

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ディスコグラフィーのスキャンと貼り合わせに思わぬ時間を食ってしまい、あれこれ書く余裕がなくなってしまいました。たまには手早く終わるのも、お互いの身のためかもしれないので、これでいいのでしょう。
by songsf4s | 2008-04-19 23:56 | 愚者の船
Summertime Blues by Eddie Cochran その2
タイトル
Summertime Blues
アーティスト
Eddie Cochran
ライター
Eddie Cochran, Jerry Capehart
収録アルバム
The Eddie Cochran Box Set
リリース年
1958年
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他のヴァージョン
live version of the same artist, The Beach Boys, Bobby Vee, the Who x 3 version (Live at the Monterey International Pop Festival, Live at the Woodstoc Festival, Live at Leeds) Blue Cheer, the Ventures


◆ エヴァーグリーンなオリジナル ◆◆
われわれの世代の大多数がこの曲を最初に認識したのは、1968年のブルー・チアのカヴァー・ヒットのときでしょう。ブルー・チアからさかのぼって、エディー・コクランのオリジナルにたどり着いた場合、コクラン盤のロカビリー的な軽さにギョッとすることになります。

ビートルズのTwist and Shoutからアイズリー・ブラザーズ盤へ、あるいは、デイヴ・クラーク5のDo You Love Meからコントゥアーズ盤にたどり着いたときの印象によく似ています。異なるのは、わたしの場合、Twist and ShoutとDo You Love Meは、いまでもビートルズ盤、DC5盤のほうがオリジナルよりはるかによいと考えているのに対し、Summertime Bluesについては、ブルー・チア盤より、コクラン盤のほうがずっとよいと思うようになったことです。

この差はなにかというと、抽象的な言い方になってしまいますが、制作姿勢のちがいだろうと考えます。アイズリーズのTwist and Shoutも、コントゥアーズのDo You Love Meも、その時代の常識にもたれかかっただけの安易なサウンド、たんなるクリシェにすぎなかったと感じます。要するに、流れ作業でつくっただけのものという印象で、楽曲のもつポテンシャル以外には、どこにも聴きどころがありません。

f0147840_23481539.jpgコクランのSummertime Bluesはまったくちがいます。わかりやすい言い方をするなら、元気いっぱい、やる気が前面に出て、はつらつたるグルーヴが形づくられているのです。スタジオ・ワークおよびアレンジの経験と知識が積み重なり、あるレベルに達したときに、これはいける、という手ごたえのある楽曲を書くことができ、おおいなる希望をもってこの曲をレコーディングしたにちがいない、と想像できるような音になっているのです。

◆ 先鋭的なベースのアレンジ ◆◆
ボックスに付属するセッショノグラフィーによると、この曲は1958年5月にハリウッドのゴールドスター・スタジオで、以下のメンバーによって録音されました。

エディー・コクラン: ギター、ヴォーカル、ギター(オーヴァーダブ)
コンラッド(コニー)・“ガイボー”・スミス: エレクトリック・ベース
アール・パーマー: ドラムズ
(おそらくは)シャロン・シーリーおよびジェリー・ケイプハート: ハンドクラッピング

コクランはアコースティック・リズムとエレクトリック・リズムの両方を弾いています。コニー・スミスのフェンダー・ベースは、いまではなんの違和感もないでしょうが、この時期はまだアップライトが主流ですから、フェンダー・ベースを使った例は多くありません。レイ・ポールマンだって、まだギタリスト一本槍だったのではないでしょうか。

f0147840_23504360.jpgいや、そんなことはおいておくにしても、シンプルながら、各要素が注意深く配置され、どれひとつといっていらないものはなく、ハンド・クラッピングにいたるまで、すべてが重要なのですが、そのなかでも、ベースは決定的に重要な役割を果たしています。ベースにハマリング・オンをさせるというのは、「発明」とすらいってよいと思います。

アール・パーマーはコクランのセッションのレギュラーで、ほかにもたくさんやっています。この曲では軽くやっていますが、安定感はさすがです。

◆ 「オリジナル・ゴールドスター・ギャング」のエディーに敬意を表して寄り道 ◆◆

ゴールドスターはフィル・スペクターのホームグラウンドとして知られていますが、そもそも、あのスタジオにたむろって、未来の音をつくりだそうとした異常なほど若いプロデューサーという意味では、エディー・コクランのほうが先輩です。

フィル・スペクターのおかげで、ゴールドスター・スタジオは、4連のEMI製プレート・エコーによるハイパー・ウェットなサウンドでその名を馳せましたが、共同オーナーのスタン・ロスによると、初期のゴールドスターは、むしろ、ナッシュヴィルに近いクリスピーなサウンドで知られ、コンボの録音に適した、狭いスタジオBのほうがよく利用されたとのことです(スペクターの一連のヒット曲は、エコーが接続された広いスタジオAで録音された)。ゴールドスターのスタジオBで録音された、クリスピーなサウンドの曲としては、Summertime Bluesとほぼ同時期の(そして、やはりアール・パーマーがドラム・ストゥールに坐った)リッチー・ヴァレンズのLa Bambaが有名です。

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在りし日のゴールドスター・スタジオ。1956年ごろ撮影。

スタジオそのものは売却ののち、火災で焼失し、10年ほど前にきいた話では、コンビニの駐車場になってしまったそうですが、それでも魂は死なず、ウェブ上でオフィシャル・サイトとして余生を送っています。2、3年前に見たときからほとんど更新されていないようですが、バッファロー・スプリングフィールドのFor What It's Worthの録音が難航した話などは、非常に興味深く読みました。ドラムがタコだから録音がスムーズにいかんのだ、といいたいようです。

スタン・ロス、デイヴ・ゴールドという共同経営者のどちらかが、スペクターの最初のセッションでやってきたサンディー・ネルソンはひどいドラマーだったと証言していて(インサイダーの評価は正直というか、無情というか)、ネルソンのインスト盤で叩いたのはネルソン自身ではなく、アール・パーマーであるというわが年来の説を裏づけてくれたことには、いまでも感謝しています。

f0147840_155267.jpgドラマーだといっている人間が自分の盤で叩いていないのだから、ツアー用ヴェンチャーズがスタジオに入れてもらえなかったり、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスの盤で、アルパートがトランペットをプレイしていなかったりしても、べつに驚くには当たらないことになります。TJBのトランペットがお好きな方は、オリー・ミッチェルをお聴きになればよいわけで、なんなら、ハワイに行けば、引退したミッチェルの週末の趣味のバンドをライヴで聴くこともできます。

ビリー・ストレンジは、オリー(オリヴァー)・ミッチェルを評して「世界一のトランペッター」といっています。多少割り引いて受け取るにしても、ビリー・ザ・ボスがいっしょにやったプレイヤーのなかでは、ナンバーワンだということになります。しばしば管が大きくフィーチャーされているビリー・ストレンジのアルバムでトランペットをプレイしたのは、つねにミッチェルだったそうです(ビリー・ストレンジもまた好みをハッキリいう人で、ドラマーのナンバーワンはハル・ブレイン、ベースはキャロル・ケイと断言し、自分のセッションにはつねにこの二人を呼んでいた)。ということは、ビリーがアレンジとコンダクトをしたナンシー・シナトラの盤でも、しばしばミッチェルがプレイしたと考えてよいことになります。ちなみに、テンプテーションズのMy Girlでも、ミッチェルはプレイしたとキャロル・ケイはいっています。

◆ 最後のツアーでの録音 ◆◆
今日は片づけなければいけない盤が山ほどあるのに、本領発揮で(自分でいってりゃ世話がない)道草を食ってしまいました。

エディー・コクランのSummertime Bluesには、もうひとつ、ライヴ・ヴァージョンがあります。なかなかよいパフォーマンスですし、時期を考慮に入れるなら、録音も悪くありません。バックビートも安定していて、ちょっとしたものなのですが、だれなのかよくわかりません。このボックスをお持ちの方ならよくおわかりでしょうが、セッショノグラフィーと、トラック・リスティングが別個になっていて、自分でセッショノグラフィーを読み解き、トラック・リスティングにはめ込んでいかなければならないという、非常に親切なつくりになっているのですね、これが。

f0147840_2355151.jpg細かい文字をなんとか読んでみた結果、このセッショノグラフィーに出てくるSummertime Bluesのライヴ録音は、どうやら、死の旅となった最後のイギリス・ツアーでのテレビ出演時のものだけらしいとわかりました。このツアーに関しては、アンディー・ホワイト(ビートルズのLove Me Doで叩いたことが知られているが、セッション・プレイヤーなので、当然、多数のレコーディングがある)とブライアン・ベネット(のちにシャドウズ)と、さらにひとりのドラマーの名前がありますが、ホワイト、ベネットのどちらも安定したプレイヤーなので、この二人のどちらかなのではないでしょうか。

◆ オリジナルに忠実なオマージュ ◆◆
タイムラインとしては、わが家にあるものでつぎにくるのは、1961年のボビー・ヴィー盤で、アレンジはコクラン盤を踏襲したというか、ドラムもコクラン盤と同じアール・パーマーですし(彼のプレイそのものは、こちらのほうがニューオーリンズ・フィール横溢の楽しいものになっている)、ほとんどコピーみたいなカヴァーですが、今回、久しぶりに聴き直して、なかなか悪くないと感じました。

f0147840_23565871.jpg古い環境で録音されたものを、新しい機材でアップデイトしようと意図したのではないか、なんて思います。「原作に忠実な翻案」といった趣きです。ボビー・ヴィーのプロデューサー、スナッフ・ギャレットは、コクランと同じリバティーに所属し、年齢も近かったことから(ここにもまた早熟の才能がいたのです)、コクランをプロデュースしたこともあり、彼がイギリス・ツアーから無事に帰国していれば、すぐに二人でスタジオに入っていたはずです。そんなことから、コクランの死の翌年に録音されたこの曲は、ギャレットとヴィーがコクランに捧げたオマージュだったと想像がつきます。

ボビー・ヴィーは、ハードコアな音楽ファンからはナメられがちなシンガーですが、スナッフ・ギャレットのプロデューシングは力が入っていますし、アール・パーマー、ハル・ブレイン、レッド・カレンダー(超大物!)、アーニー・フリーマン(多くの曲のアレンジとコンダクトもやった)、ハワード・ロバーツといった人たちのすぐれたプレイと、ユナイティッド・ウェスタン・スタジオの音響特性と(当時の)最新の機材による、すぐれた録音を楽しむことができます。

エディー・コクランのSummertime Bluesを、なんとかステレオで聴けないものだろうか、なんて無い物ねだりをしている方がいらしたら、かわりにボビー・ヴィー盤を聴くといいと思います。非常に出来のよいストレート・カヴァーです。

つぎは1962年のビーチボーイズ盤です。これはデビューLP、Surfin' Safariのアルバム・トラックで、トラックのアレンジはコクラン盤を忠実になぞっています。ビーチボーイズだからといって、この曲に4パートのハーモニーがついちゃったりするわけではありません(うしろでは「アー」というハーモニーをやっていますが)。

f0147840_00072.jpgドラムはアール・パーマーではなく、ハル・ブレインでしょう。ハル・ブレインの参加は、Surfin' U.S.A.からだと思いこんでいるビーチボーイズ・ファンがいらっしゃるようですし、そのように書いているソースもあるようですが、安定したタイムに着目すれば、デニス・ウィルソンではなく、プロフェッショナルであることは一目瞭然です。仮にハルでなかったとしても、だれかスタジオ・プレイヤーにちがいありません。あの時代のキャピトルは、素人をスタジオでプレイさせるほど甘い会社ではありませんでした。

ここまでは、いわば「コクラン時代」のカヴァーで、以後、この曲はドラスティックな変貌を遂げます。

◆ クラシック:作者から切り離されたもの ◆◆
上述のように、われわれの世代は、この曲をブルー・チアのヴァージョンで知りました。しかし、最近まで気づいていなかったのですが、それ以前に重要なカヴァーがあり、これこそ、Summertime Bluesが、作者やパフォーマーから切り離され、独り立ちした楽曲、すなわち「クラシック」へと成長するきっかけとなりました。

それが、ザ・フーのモンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァルでのライヴ・ヴァージョンです。これは67年6月のものですから、ブルー・チア盤より1年早いのです。そして、このヴァージョンがなければ、ブルー・チアは、あのアレンジを思いつかなかったにちがいありません。

f0147840_02247.jpg複数のヴァージョンが錯綜してしまいましたが、時間順にしたがって、まずザ・フーの67年ヴァージョンについて。この日のキース・ムーンは好調とはいえず(いや、もともとタイムは不安定なところがあるのですが)、ピート・タウンジェンドも後半疲れたのか、お呼びでないコードを弾いちゃったりして、とくに出来のよいヴァージョンとはいえません。しかし、この曲をこういう風にハード&ヘヴィーにアレンジして、大きな注目を浴びたイヴェントでやったこと自体が、この後のSummertime Bluesという曲の運命を決定したわけで、オリジナルのつぎに重要なヴァージョンです。

ザ・フーというのは、ふつうの曲を「ストレートに」カヴァーしても、こういう音になってしまうところがあると思います。マーサ&ザ・ヴァンデラーズの軽快なチャールストン・チューン、Heat Waveのハード&ヘヴィーなザ・フーのカヴァーは昔から大好きなのですが、あれは、「こういう風にアレンジしよう」と意識的にやったというより、自分たちでもできるようにしたら、なんとなく、ああなってしまっただけ、というように聞こえます。

エディー・コクランは、他のロカビリー出身のシンガー同様、イギリスでおおいなる人気を博したのですが、ザ・フーのだれか、おそらくはピート・タウンジェンドが、まだガキのころに、コクランのヴァージョンに強い感銘を受け、このカヴァーにつながったのだろうと思います。バディー・ホリー・フォロワーだったジョン・レノンのことを思いだしたりするわけです。

◆ 古いパンツを漂白した強力洗剤 ◆◆
f0147840_072433.jpgつぎにくるのが、1968年、オリジナルからちょうど10年後、ふたたびビルボード・チャートにこの曲を登場させたブルー・チアのカヴァーです。かつて某所で、フリジド・ピンクのThe House of the Rising Sunのことを書くときに、ブルー・チアのSummertime Bluesと並ぶ「有名曲ファズ化ヒット」とくだらないことをいったのですが、最近、海外のブログで、「60's Fuzz Rock」というキャッチフレーズでブルー・チアを紹介しているところに出くわし、だれでも思うことはいっしょか、と笑いました。「ファズ・ロック」なんてジャンルはないでしょうに。

しかし、改めて聴くと、これはファズ・ボックスを通した音ではないですね。だから、くだらないことはいわないほうがいいっていうのに>俺。おそらくはマーシャルに過負荷をかけて、「自然に」(過負荷が自然かよ、と突っ込まれそうなので、カギ括弧に入れて「保護」してみました)歪みをつくりだしたのでしょう。ハウリング寸前の音に聞こえるので、安全圏を通りすぎて、ヴォリュームをあげたのでしょう。ファズとディストーションは似たようなものですが、あえてどちらかに分類するとしたら、これはファズではなく、ディストーションです。ジミヘンの「ナチュラルな」音に近いと感じます。

f0147840_0395878.jpg念のために、Vincebus Eruptum(ラテン語でしょうか、意味はさっぱりわかりません)というアルバム全体をひととおり聴いてみましたが、やはりファズは使っていないようです。また、Summertime Bluesを聴くかぎりでは、ドラムのタイムが悪くないように思えたので、その点にも注意をしてみましたが、それほどほめたものではないにしても、めだったもたつきや突っ込みがあるわけではなく、ガレージ・バンドのレベルを超えていると感じました。ジョン・グェランなんかよりマシなタイムです(そんなこっちゃまずいんだぜ、わかってるのかよ>グェラン)。デッドのビル・クルーズマンも非常にタイムのよい人でしたが、ベイ・エイリアのバンドは、サンセット・ストリップの連中などより、ずっとレベルが上だったように思います。やっぱり、ハリウッドから遠く離れていると、自助努力するしかないのだろうな、なんてくだらないことを考えたりして。

◆ Instant Jimi Hendrix Kit ◆◆
ブルー・チア盤がヒットした当時、わたしは中学3年で、急速にテイストが大人になりつつあり、すでに、こういうサウンドを子どもっぽいと感じるようになっていましたし、ジミヘンのコピー・バンドのように聞こえて(じっさい、聴き直しても、この印象は変わりません)、あまり感心しませんでした。

しかし、今回、聴き直してみて、これが当時の子どもたちのイマジネーションを捉え、ビルボード・チャートを駆け上がっただけでなく、日本のアマチュア・バンドもこぞってコピーしたのは、無理もないと思いました。お座敷芸みたいなワン・アイディアですが、そのかぎりにおいては、時代の気分をうまくすくいあげ、いいところを衝いています。

つまり、こういうことです。この曲は「あなたにもできるドゥー・イット・ユアセルフ一夜漬け簡単ジミヘン・サウンド・キット」なのです。ジェイムズ・ヘンドリクスというのは、かなり複雑なキャラクターで、それは彼が生前にリリースした3枚のスタジオ・アルバムに濃厚にあらわれています。たとえ彼のギター・プレイをコピーできたとしても(でもねえ、弦の張り方が異常なので、かなり困難なのです)、あのムードをつくりだしている枝葉までは再現することはできません。それは、熱烈なジミヘン・フォロワーだったロビン・トロワーの脳天気なサウンドを聴けばわかります。

こういうもののレプリカ、といってわるければ、「あんな感じの音」をつくるには、おおいなる簡略化をしなければならないわけで、その出来のよいサンプルないしは方法論を示したのがブルー・チアのSummertime Bluesだったのでしょう。

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奥様、いかが? これが新製品、ブルー・チアですのよ。ご主人の煮染めたようなパンツも、あっというまに新品同様に真っ白くなります。一度おためしあれ。でも、難聴になる恐れがあるので、使いすぎにはくれぐれもご注意! 一度で十分ですのよ。

ブルー・チアというのは、なんだかパンツが白くなる洗剤みたいな名前ですし、じっさいにそういう商品名の洗剤があったそうです。何枚目だったか、彼らのアルバムに、洗剤の箱みたいなデザインのものがありました(若い方は、昔の洗濯石鹸はみな粒状で、同じようなサイズの箱に入っていた、なんてことは想像できないでしょうけれど)。

しかし、60年代のサンフランシスコ・ベイ・エイリアのバンドなのだから、そんな呑気な話であるわけがありません(彼らのマネージャーはヘルズ・エンジェルズ出身だったとか!)。じっさいには最高級のLSDを指す隠語からとられたのだそうです。

◆ 江戸の敵を長崎で討つ ◆◆
f0147840_0355424.jpg上記の一覧のように、ザ・フーのSummertime Bluesは、ふつうに聴けるものだけでも3種類あります。1969年のウッドストック・フェスティヴァルでのプレイは、記憶にはなかったったのですが(当時の正規盤サントラに収録されていたかどうかも記憶になし)、今回、聴き直して、モンタレーから2年たっているので、バンドのアンサンブルに成長が見られ、出来はよくなっています。

いや、ザ・フーのようなバンドの場合、「成長」はかならずしもポジティヴにばかりは捉えられないのですが、このときの演奏はモンタレーのときよりまとまっています。キース・ムーンもこちらのほうが好調で、得意技の、ほとんどロールに近い超高速パラディドルもキメています。これをミスると、キース・ムーンを聴く楽しみがないわけでして。

f0147840_0375140.jpgそして、やっと翌1970年、ライヴ盤Live at Leedsに収録されたヴァージョンがシングル・カットされ、ザ・フーのヴァージョンもめでたくチャートインすることになります。ここへくるまで、彼らとしてはずっと、チャートではブルー・チアに先を越されたことが不快だったでしょう。

歴史的意義をとっぱらって、単純にどのヴァージョンがいいかというと、もっとも疾走感のあるウッドストック・ヴァージョンが、わたしには好ましく感じられます。Leedsのほうが録音もよくなって、まとまっていますが、キース・ムーンの出来がいまひとつと感じます。

◆ 恐るべき時代錯誤 ◆◆
やっと終わった、と思ったら、まだ残っていました。ヴェンチャーズ盤です。忘れていい出来なので、忘れそうになりました。ヴェンチャーズにかぎらず、インスト・バンドというのは、オリジナル・ヒットがないわけではありませんが、おおむね、過去および同時代のヒット曲を焼き直すことで稼いでいます。ヴェンチャーズの代表作であるWalk Don't RunとSlaughter on 10th Avenueが、ともに大昔の曲のカヴァーだったことを思いだしてください。

f0147840_0432942.jpgしかし、サイケデリックの時代を通過すると、インスト・バンドは非常に苦しくなっていきます。大昔の曲の焼き直しを持ち出す雰囲気ではなくなるいっぽうで、同時代のヒット曲はインストにしにくいものが増えてくるし、そもそも、ギターインスト・バンドという存在自体の有効期限が切れてしまったような時代になるわけで、ヴェンチャーズはこの三重苦を背負うハメになります。テレビドラマのヒットに便乗したHawaii 5-Oの幸運な大ヒットがなければ、あの苦しい時期を乗り切れたかどうか微妙だとすら思えます。

いずれにしても、インスト・バンドがほんのかすかにでもアクチュアリティーをもつ時代は完全に終わり、ヴェンチャーズは以後、音楽的に意義のあるものをつくれなくなっていきます。シャドウズについても同じことがいえます。

ヴェンチャーズのSummertime Bluesは、大昔の曲の焼き直しではなく、同時代の曲の焼き直しのパターンです。つまり、依拠したのはエディー・コクラン盤ではなく、ブルー・チア盤なのです。アルバム全体がひどい出来で、カラス避けに菜園にでもぶら下げたほうが、聴くよりはマシな使い道でしょう。とりわけSummertime Bluesは目も当てられないひどさです。時代に合わせようとしたことが裏目に出て、かえってものすごく古くさい音になっています。そもそも、ブルー・チアはファズではなく、過負荷によるディストーションだっていうのに、ヴェンチャーズはファズ・トーンでチープにやっているのです。もう退場のときがきたということでしょう。ゾンビとなってまだ彷徨っていますが、知ったこっちゃありません。彼らは1965年ごろにその役割をまっとうして死にました。

これにて、正真正銘、わが家にあるSummertime Bluesの棚卸しを完了です。ハード&ヘヴィーには十代なかばでさよならをいったのに、なんだっていまごろ、こんなものを聴いているのか、これを年寄りの冷や水といわずになんという、です。こういうヘヴィーなヴァージョンの連打なんて、もう二度とないように願っています。あー、疲れた。
by songsf4s | 2007-08-28 23:57 | 夏の歌