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そして写真だけが残る(ことになるだろう) その6 スモール・フェイシーズの缶入Ogden's Nut Gone Flake
 
このところずっと、オークションに出して、わが家の書棚から消えるであろう本のことを書いていますが、今日は本ではなく、CDです。ただし、オークションに出すかどうか、これも迷っています。愛着があるから迷っているわけではなく、いらないのに迷っているのです。そのへんのことはあとで書くことにして、写真をご覧いただきましょう。

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写真では、刻み煙草とシガレット・ペーパーが入っているように見えるかもしれないが、たんに葉たばこと紙の写真が入っているにすぎない。

これはスモール・フェイシーズの1967年のアルバム、Ogden's Nut Gone Flakeのオリジナル缶入りLPを、CDで再現したものです。いやもう大馬鹿なものを買ったものです。買った時点においてすら十分に馬鹿だったのですが、あれから幾星霜、大馬鹿はグレードアップしてしまいました。

古書の整理をしている途中にこれが転げだしたので、友だちに、これはさ、なんだよ、スモール・フェイシーズのOgden's Nut Gone Flakeの缶入りってヤツでよ、と見せようとしたのです。さて、お立ち会い、なんと缶が錆びて開かない! 開かないんじゃしようがねえな、「音楽は聴きたくない、缶を見たいだけという方にむいています」といってオークションに出そう、と馬鹿笑いしてその日はおしまい。

しかし、缶が開かないというのはあんまりだなあ、缶詰じゃないんだから、中身はまだ生きているのに、というので捲土重来をはかり、後日、気合い一発、みごとに開缶! というか、廻してダメなら引いてみな、てえんで、力を入れる方向を変えてみたのです。トラブル解決というのは得てしてそういうものでしてね。力づくはしばしば愚策なのです。

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これで終わっていれば、大馬鹿の自乗ですんだのです。ところがどっこい、売る前にこいつをスキャンしておこうとPCのドライヴに入れてみたところ、読んでくれませんでした。発売元がキャッスル・コミュニケーションズなので、チラッとイヤな予感はしたのですが、案の定でした。大量にCDを買う方ならご存知でしょうが、キャッスルは不良品率が飛び抜けて高いのです。わが家では、ほかに2枚廻らなくなったキャッスル製CDがあります。

なんだよ、生まれたときから「缶だけ眺めていたい方には向いています」だったのだな、てえんで、オークション出品はあきらめました。しかし、PC用ドライヴとふつうのプレイヤーは特性がずいぶんちがうのは周知のこと、念のために、CDプレイヤーに入れてみました。お立ち会い、こんどは廻ったのです! なんなんだよー。

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中にはさらに丸めん、ではなく、(たぶん)コースターが6枚入っている。変なサイズのコースターだが。

結論として、廻るか廻らないかはドライヴしだい、五分五分のギャンブル、では、オークションに出品可能か否か? いやはや。「スモール・フェイシーズの代表作のオリジナル缶入りLPをCDで再現した貴重な品。ただし、CD部分については、ドライヴによって読み取り不能の場合があります。その場合でも缶と付録だけは見ることができます。その点、ご承知のうえでお買いあげ願います。最悪の場合、CDではなく、スーヴェニアの役しかしません」てな注記でも入れて売りますかね。だれか買わんか?

◆ 棺の中の悦楽、もとい、缶の中の悦楽 ◆◆
オリジナル缶入りLPならともかく、缶入りCDでは骨董品としては力量不足、やっぱり問題は中味です。

わたしは中学生のとき、スモール・フェイシーズ、というか、スティーヴ・マリオットのファンでした。最初に聴いたのはItchycoo Parkというシングル。初期のシングルは国内ではリリースされず、日本で最初に出た彼等の盤がこの邦題「サイケデリック・パーク」だったと記憶しています。

サイケデリック・パーク


ヴォーカルの好き嫌いは、なんといっても声で決まります。ピッチがどうのこうのなんていうのは、優先順位が低いのでして、まして、テクニックなんか、極論すればヴォーカルに関するかぎり無用の長物、ときには欠点にしかなりません。ポップ・ミュージックとは、本質的にそういう世界なのです。

スティーヴ・マリオットの声は、ラジオで聴いても、盤で聴いてもおおいに好みでした。ピッチをはずすタイプではなく、当時の英国ロック・バンドのリード・ヴォーカルのなかにあっては、上位の一握りに入るテクニックを持っていたことはボーナスにすぎません。

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なんで「サイケデリック・パーク」だなんていうインチキな邦題がついたかといえば、お聴きになった方はすでにおわかりのように、じっさい、サウンドも歌詞も典型的なサイケデリック・ソングになっているからです。

What will we do there?
We'll get high
What will we touch there?
We'll touch the sky

なんていうコーラスなのだから、局によっては放送不可だったでしょう。「そこでなにをするんだ? ハイになるのさ」はまずいですよ。まあ、中学生はそういうことはいっさい気にせず、ジェット・マシーンを駆使したサウンドと、スティーヴ・マリオットのヴォーカルを楽しみました。

◆ I'm Only Dreaming ◆◆
Itchycoo ParkのB面にはI'm Only Dreamingという曲が入っていました。A面も悪くはなかったのですが、すぐにフリップして、B面のほうをよく聴くようになりました。

I'm Only Dreaming


構成がストレートフォーワードではなく、テンポ・チェンジが入ったりして、組曲的になっているところがいかにもサイケデリック時代という感じですが、楽曲としての出来も、スティーヴ・マリオットのヴォーカル・レンディションも、こちらのほうがA面より一段上です。

この曲は自分のバンドでやろうと思うほど好きでした。しかし、中学生にはちょっと家賃が高すぎて、コピーはしたものの、たしかドラムに却下されて、断念しました。記憶は飛んでいますが、ヴォーカルも賛成はしなかったにちがいありません。シャウトは鬼門でしたからね。ピアノが入っているのも不都合ですし。

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◆ 45オンリーとコンパニオンLP ◆◆
それからまた月日は流れ、大人になってから、シングル盤はかけるのが面倒なので、LPを買っておこうと思い、しばらくのあいだ、盤屋にいくたびにスモール・フェイシーズのところはチェックしていたのですが、見つからないので、そのうち忘れてしまいました。

ずっとあとになって、Itchycoo Parkは45オンリー・リリースだったことがわかりました。昔のイギリスはこのパターンのほうが多かったのは、ご存知の通りです。ビートルズがそうでしたからね。

いや、ビートルズはつねに気にしていたから、なにとなにがコンビになっているかは調べるまでもありません。しかし、たとえばホリーズなど、Bus Stopの45と対になっているLPはFor Certain Because(米盤はStop! Stop! Stop!)だということを知ったのはずいぶんあとになってからのことでした。米盤Stop! Stop! Stop!なら、探すまでもなく、高校一年のときに日本楽器の輸入盤バーゲンですでに手に入れていたのに、そのへんの関係すらわかっていなかったのだから、昔はひどいものでした。

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話をスモール・フェイシーズに戻します。45オンリーだったItchycoo Park b/w I'm Only Dreamingと対になったLPがOgden's Nut Gone Flakeだったのです。スモール・フェイシーズはこの時期がピークだと思います。初期については、聴けるトラックもなくはない、ぐらいのほめ方しかできず、スティーヴ・マリオットの抜けたあとのバンド、フェイシーズは問題外、まったく興味がありません。

いや、スティーヴ・マリオットのつぎのバンド、ハンブル・パイもあまり面白いとは思いませんでしたがね。レイ・チャールズのHallelujah I Love Her Soのカヴァーでは、スティーヴ・マリオットの美質が生かされていたことぐらいしか覚えていません。シンプルは悪いことではありませんが、極度のシンプル、単細胞は好みではありません。ハンブル・パイは直進のみの香車バンドという印象です。スープに浮かんだクルトン程度でもいいから、すこしは知性の味つけが欲しいのですよ。

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◆ 余韻 ◆◆
そういうしだいで、スティーヴ・マリオットが好きでも、結局、買いたくなるのは、Itchycoo Parkとその相方のLP、Ogden's Nut Gone Flakeのみということになり、このLPがCD化されたら買っておこうと思っていたところ、最初に見つかったのがこの缶入りだったのです。いや、缶入りLPがあったということは、友だちからきいていました。だから、それをそのままCDにしたのだろうと、とくに不思議に思わずに買いました。価格も高くありませんでした。20年ぐらいまえのことです。

サイケデリックの戦火もおさまってはや幾歳月(先日、数十年ぶりに『喜びも悲しみも幾歳月』を再見して感銘を受けた。ファースト・ショットは観音崎灯台。松竹大船撮影所に近いからか!)、いま、しらふで聴くと、Ogden's Nut Gone Flakeは混乱したアルバムに思えます。「ペパーズの子」としても、とくに成功した部類とはいえないでしょう。もっとも、バンドの状態としては悪くないので、印象がよくならないのは、主として、楽曲の出来がそれほどよくないせいです。そのなかで、非常に印象的な曲。

Afterglow


こういう曲を楽しむには、いまのわたしはtoo oldですが、子どものころならもっとも好んだタイプのサウンドなので、年をとったいまでもそこそこ楽しめます。

◆ ケニー・ジョーンズ ◆◆
しかし、スモール・フェイシーズ盤Afterglowを「おおいに」楽しむのを阻害する最大の要因は、わたしの年齢ではなく、ケニー・ジョーンズのドラミングです。

ケニー・ジョーンズという人は奇っ怪です。二重人格かと思ってしまいます。むやみにタイムのいい日と、不安定な日があるのです。Itchycoo Parkは抜群のタイム感で、まったく文句のないグルーヴ。I'm Only Dreamingも同じく。しかし、Afterglowは、あちこちで蹴躓いています。まずヴァースに入る直前の最初のフィルイン、16分のパラディドルがすでに無茶苦茶にlate、許容範囲を超えた遅れで、わたしがプロデューサーなら、この大事なポイントを黙過することはありえません。即座にホールドしてリテイクです。

f0147840_16234428.jpgケニー・ジョーンズは、チャーリー・ワッツのような、バックビートからしてすでに不安定なタイプではありません。フィルインにいったときにタイムが前後に揺れるタイプです。だから、断定するのがむずかしいのですが、それでもやはり、Itchycoo Parkの抜群のグルーヴは別人によるものではないでしょうか。

キンクスは、メンバーのミック・エイヴォリーが叩くこともあったものの、いっぽうで、だいじな曲ではセッション・プレイヤーを呼んだことが、レイ・デイヴィーズの自伝に書かれています。スモール・フェイシーズも、キンクスと同じパターンだったような気がします。ケニー・ジョーンズが叩かなかったシングルもあったのでしょう。

◆ エインズリー・ダンバー ◆◆
Afterglowはいい曲なのですが、年をとってタイムの許容範囲がすごく狭くなってしまったいまのわたしには、肉体的、物理的につらいグルーヴです。でも、この曲には、ちょっとしたカヴァー・ヴァージョンがあるのです。これはクリップが見つからないので、ファイルをアップしました。盤を見つけるのが面倒なので、OggファイルからMP3に変換しました。

サンプル Flo & Eddie "Afterglow"

フロウ&エディーは、ハワード・ケイランとマーク・ヴォーマンという、タートルズの二人のフロントが独立したデュオです(初期のタートルズのトラックはハル・ブレインをはじめとするセッション・プレイヤーの仕事なので、これまた実質的にフロウ&エディーにすぎなかったといえる。Happy Together以降はジョニー・バーバータが叩いたのだろう)。ヒット曲はありませんが、彼らのハーモニーは、フランク・ザッパのいわゆる「タートル・マザーズ」時代のアルバムや、TレックスのMetal Guruなどの曲でも聴くことができます。



フロウ&エディー盤Afterglowのドラマーはエインズリー・ダンバーです。こういうドラミングは好きずきでしょうが、スモール・フェイシーズ盤Afterglowで叩いたと想定されるケニー・ジョーンズより、はるかにタイムが精確なのは客観的事実であって、好みの入りこむ余地はありません。

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わたしの古びた容器のなかにはまだ十二歳のドラム小僧が保存してあるので、いまでも、こういう叩きすぎのドラミングを聴くと、ちょっと盛り上がってしまったりするのでした。

スモール・フェイシーズからフロウ&エディー、エインズリー・ダンバーと話は流れましたが、缶入りOgden's Nut Gone Flakeはどうしたものでしょうかね。不用なのに、売りにくいという、じつに始末に悪い代物です。


スモール・フェイシーズ2枚組ベスト
Small Faces
Small Faces

フロウ&エディー
The Phlorescent Leech & Eddie/Flo & Eddie
The Phlorescent Leech & Eddie/Flo & Eddie
by songsf4s | 2010-03-22 19:39 | その他