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Nobody Cares about the Railroads Anymore by Nilsson
タイトル
Nobody Cares about the Railroads Anymore
アーティスト
Nilsson
ライター
Harry Nilsson
収録アルバム
Harry
リリース年
1969年
他のヴァージョン
George Tipton
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もう六月もまもなくおしまいで、今月のMoons & Junes特集も、当初から予定していた曲はほぼ消化しました。積み残したと感じるのは、ハニムーンの歌ぐらいです。

しかし、積み残したにはそれだけの理由があって、つまるところ、どれも帯に短したすきに長しだったのです。ビートルズとメアリー・ホプキンがやっているThe Honeymoon Songは歌詞が退屈、テネシー・アーニー・フォードのThe Honeymoon's Overは、なかなか楽しい曲ですが、早口すぎて聴き取れない箇所多数、デビー・レイノルズのAba Daba Honeymoonも愉快な曲ですが、基本的には童謡だし、なによりも、音の面白さに依存する歌詞で、日本語に移しても意味がない、といった調子です。

最後に選択肢として残ったのは、ケニー・ヴァンスのHoneymoon in Cubaと、ニルソンのNobody Cares about the Railroads Anymoreでした。ケニー・ヴァンスは、ほんとうに好きだといえるのはLookin' for an Echoだけ、でも、ニルソンのNobody Cares about the Railroads Anymoreは子どものころからシングアロングしてきた歌なので、迷いなくニルソンということにしました。

◆ 東京と熱海の関係 ◆◆
それではファースト・ヴァース。

When we got married back in 1944
We'd board that silver liner below Baltimore
Trip to Virginia on a sunny honeymoon
Nobody cares about the railroads anymore

「ぼくらは1944年に結婚し、あの銀色に輝く列車に乗ってボルティモアから南下したものだ、ヴァージニアへの快晴のハネムーンだったなあ、でも、いまではだれも鉄道のことなんか気にしちゃいない」

この曲が書かれたのが60年代終わりなので、このヴァースは四半世紀前の新婚旅行について語っていることになります。ボルティモアのあるメリーランド州とヴァージニア州は隣接していて、メリーランドが北、ヴァージニアが南という位置関係になります。

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ニルソンは特定の車輌と、特定の土地を念頭においてこの曲を書いたのだろうと思います。that silver linerだというのだから、新鋭車輌だったのでしょう。残念ながら、路線のアイデンティファイすらできず、したがって、どこを目指して列車に乗ったのかもわかりませんでした。風光明媚な海岸の保養地などというのが適当と思われるので(いまどき熱海のことを考えているのかよ、という声が聞こえる)、あるいはヴァージニア・ビーチが目的地だったのかもしれません。

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セカンド・ヴァース。

We'd tip that porter for a place of our own
Then send a postcard to your Mom and Dad back home
Did somethin' to ya when you'd hear that "All aboard"
Nobody cares about the railroads anymore

「あの赤帽にチップをやって、二人だけになれる席を見つけてもらったね、それから故郷のきみの両親に葉書を送った、あの『ご乗車願います!』の声にはおどろいたじゃないか、でも、いまではだれも鉄道のことなんか気にしちゃいない」

ここは、夫婦の片方がもういっぽうに語りかけているのでしょう。ニルソンは男だから、まあ、ふつうは夫が糟糠の妻に語りかけているシーンを思い浮かべるでしょう。

二人だけの場所、というのだから、当然ながら、コンパートメントになった列車だということになります。まあ、新婚旅行だし、大陸横断をするわけではないにしても、それなりの長旅なので、相応の設備のある列車なのでしょう。

Did somethin' to yaのところは、ひょっとしたら、「感動しなかったかい?」といっているのかもしれません。いずれにしても、大きく感情が動くことを指していると考えられます。

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最後のヴァース。

We had a daughter and you oughta' see her now
She has a boy friend who looks just like "My Gal Sal"
And when they're married they won't need us anymore
They'll board on an aeroplane and fly away from Baltimore

「わたしら夫婦には娘が生まれた、あんたらにぜひ見せたいような娘さ、彼女には『マイ・ギャル・サル』にそっくりの顔をしたボーイフレンドがいる、二人が結婚したら、もうわたしら夫婦は用なしさ、あの子たちは飛行機に乗ってボルティモアから飛び去るだろう」

daughterとoughtaの韻はなかなか印象的。『マイ・ギャル・サル』がなにを指しているか、正確なところはわかりませんが、たぶん、1942年の映画My Gal Salのことではないでしょうか。しかし、ここでいう「サル」は、リタ・ヘイワースの役名であるサリーのことです。ということは、男なのに、リタ・ヘイワースそっくりの顔をしているという意味なのか、あるいは、ヘイワースの相手役だったヴィクター・マチュアのことをいっているのか、判断しにくいところです。いずれにしても、優男を思い浮かべておけばいいのだろうと思います。

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リタ・ヘイワースとヴィクター・マチュア

◆ グッドフィーリンの担い手たち ◆◆
Nobody Cares about the Railroads Anymoreを収録したアルバム、Harryは充実した盤で、Nilsson Sings NewmanやA Little Touch of Scmilsson in the Night(このアルバムからの曲としては、昨秋、Lullaby in Ragtimeを取り上げたし、つい先日もMakin' Whoopeeを取り上げたばかり)と並んで、昔はよくターンテーブルに載せました。とりわけHarryはよく聴いたのか、ジャケットはみごとに壊れています。

このアルバム全体がそうですが、とくにNobody Cares about the Railroads Anymoreは、リラックスしたいいグルーヴで、だれのプレイかものすごく気になります。しかし、国内盤は、かつてのLPも、十数年前に出た最初のCD化でも、クレジットがなくて、だれだかわかりません。ドラムはジム・ゴードンかジム・ケルトナーというところまで可能性を絞り込めましたが、ベースのスタイルは聴き覚えがなく、候補をあげることもできません。かなりうまい人なので、ものすごく気になります。

クレジットがないのではしかたないと思ったのですが、念のために、しばしば調べものでお世話になっている、もっとも充実したニルソン・サイト「Harry Nilsson Web Page」をみてみたところ、ちゃんとパーソネルが書いてありました。国内盤のリリース元が、つねに失礼なリリースの仕方をしていただけだったのです。わたしのように、国内盤しかお持ちでない方のために、クレジットを以下にコピーしておきます。

Bass……Larry Knechtel
Drums……Jim Gordon
Flute……Jim Horn
Guitar……David Cohen
Guitar……Howard Roberts
Piano……Michael Wofford
Piano……Michael Melvoin
Saxophone……Tom Scott

Harry Nilsson……Producer
George Tipton……Arranger

ドラムがジム・ゴードンというのは、そうだろうそうだろう、そうにちがいない、てなもんですが(ゴードンかケルトナーかわかっていなかったくせに、といわれそうだが、これがブログなんかではなく、丁半バクチなら、ジム・ゴードンに張っていた)、ベースがラリー・ネクテルというのは、おっと、でした。

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◆ キャロル・ケイのラリー・ネクテル評 ◆◆
ラリー・ネクテルは、サイモン&ガーファンクルのBridge Over Troubled Waterでピアノを弾いたことで有名なので(わたし自身も、あのアルバムのクレジットで彼の名を記憶した)、ピアニストないしはキーボード・プレイヤーの印象が強いのですが、ベースの仕事もかなりあります。彼のフェンダーベースのプレイでもっとも有名な曲は、バーズのMr. Tambourine Manでしょう。

しかし、60年代中期以降のハリウッドのフェンダーベースといえば、キャロル・ケイとジョー・オズボーンの活躍が圧倒的で、ラリー・ネクテルは鍵盤ができたせいもあって、そちらで活躍するようになります。

キャロル・ケイという人は、プロだから当然でしょうが、プレイの善し悪しについては、妥協のない物言いをします。ちょうど十年ほど前、彼女とさまざまなプレイヤーについて話し合ったときに、たまたまラリー・ネクテルに話がおよびました。そのときの彼女の評価は忘れがたいものです。

「ラリーはピアニストとはいえない。彼のピアノ・プレイは、ドン・ランディーなどのクラスにはとうていおよぶものではない。わたしは、むしろ、彼の才能はフェンダーベースのほうにあったと思う」

あのときは、わたしのほうのテイストが幼かったので、彼女の真意を理解したとはいいかねます。彼女はジャズ・プレイヤーなので、ラリー・ネクテルにかぎらず、ロックンロール系ないしはカントリー系出身のプレイヤーに対する評価は、かなり辛いものばかりです。

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左からドン・ランディー、ハル・ブレイン、デニー・テデスコ(トミー・テデスコの息子)。デニーが製作したレッキング・クルーのドキュメンタリー映画のプロモーションで、最近はかつてのクルーたちがしばしばインタヴューを受けている。

ドン・ランディーはピアノ・トリオでやっていけた人ですが、ラリー・ネクテルはロックンロール・バンドのキーボード・プレイヤー、正規の訓練を受けた一流のピアニストではない、といわれれば、まあ、たしかにそのとおりです。月日がたつにつれて、そして、意識してラリー・ネクテルのピアノを聴いていくうちに、なるほど、ピアニストではなく、「キーボード・プレイヤー」なのだとわかってきました。

そして、バーズのMr. Tambourine Manセッションをテイク1からたどったブートを聴いて、キャロル・ケイがフェンダーベース・プレイヤーとしてのラリーを褒めていたことを思いだしました。たしかに、いいプレイなのです。

Nobody Cares about the Railroads Anymoreを聴いて、キャロル・ケイでもなければ、ジョー・オズボーンでもない、となると、あとはだれだ、チャック・バーグホーファーか、ボブ・ウェストか、はたまた、もっと若い世代か、と悩んでしまいましたが、ラリー・ネクテルといわれば、なるほどそうか、そいつは盲点だった、です。60年代終わりになると、キーボードの仕事が圧倒的に多く、ラリーのフェンダーベースの仕事はほとんどないと思われるのですが、数少ないサンプルが見つかって、得をしたような気になりました。

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フェンダーベースをプレイするラリー・ネクテル。むこうに見えるドラマーはハル・ブレイン。ハルの楽器はすでにオクトプラス・セットになっているので、この写真が撮られたのは1968年以降ということになる。ということは、こちらが認識している以上に、ラリーのフェンダーベースの仕事は多かったのかもしれない。

そういってはなんですが、キャロル・ケイのラリー・ネクテル評は、いまでは、きわめてフェアなものだったと考えています。まあ、そこまではっきり断定しなくてもいいじゃないですか、といいたくなりますが、それはアマチュアの考え方なのでしょう。

ビリー・ストレンジ御大も、やはり、評価をうやむやにはしませんでした。アール・パーマーも好きだ、というわたしに対して、「アールもいいが、彼は二番だ。ナンバーワンはハル・ブレイン、それにベースのナンバーワンはキャロル・ケイ」とはっきりいっていました。ティファナ・ブラスのセッションで知られるオリー・ミッチェルにいたっては、「世界一のトランペッター」と最大級の賛辞を贈っています。

◆ ノスタルジックな木管のアンサンブル ◆◆
LPで聴いていたときも、国内盤CDで聴いても、とくにどうとも感じなかったのに、米盤のベストCDでNobody Cares about the Railroads Anymoreを聴き、おや、と思ったことがあります。

この曲では、右チャンネルに管のアンサンブルが配されています。たぶん複数のサックスの上に複数のクラリネットを載せたものでしょう。国内盤ではなんとも思わなかったのですが、米盤では、この木管のアンサンブルの響きがすごくいいのです。

クラリネットのクレジットがないので、同じ木管であるサックスのトム・スコットとフルートのジム・ホーンが、二人でオーヴァーダブを繰り返したのかもしれません(しかし、Nobody Cares about the Railroads Anymoreにはフィドルも入っているのだが、そのクレジットはまったくないので、ソリスト以外の管と弦のプレイヤーはクレジットされなかっただけかもしれない)。

この曲のグッドフィーリンの最大の源泉は、ニルソンのふわっとしたヴォーカルと、ジム・ゴードンとラリー・ネクテルが生みだすリラックスしたグルーヴですが、米盤を聴くと、右チャンネルの木管のアンサンブルも、大きな貢献をしていることがわかります。かつてのLPのミックスに近いのは、古い国内盤CDですが、そういうことを抜きにして、絶対評価を与えるなら、米盤CDのミックスがいちばん楽しめます。

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by songsf4s | 2008-06-29 23:56 | Moons & Junes
Moonshine by James Burton and Ralph Mooney
タイトル
Moonshine
アーティスト
James Burton and Ralph Mooney
ライター
Ralph Mooney
収録アルバム
Corn Pickin' and Slick Slidin'
リリース年
1968年
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昨日のゲーリー・バートンは息抜きのつもりだったのですが、LPジャケットのスキャンまでするハメになり、結果的に、いつもより手間がかかってしまいました。

特集だなんていったところで、いつもたいした準備をするわけではなく、最初の数曲を選んだだけでとりかかってしまい、毎度、途中で、この先、どうするのかねえ、と立ち止まっています。Moons & Junes特集も中盤にさしかかり、今日は検索結果リストをまた眺めたりしました。

そういう特集だからしかたないのですが、見れば見るほどスタンダードだらけで、さすがに倦怠をおぼえます。ロックンロール8に対して、スタンダード2ぐらいが望ましいのですが、Moons & Junesに関しては、この比率はちょうど逆ぐらいになってしまいます。

それで、このところ、ヘヴィー・バックビートがむやみに聴きたくなっていた理由がわかりました。ふわふわした曲ばかり聴いていると、栄養バランスが崩れて、自律神経失調症のようになり、自然に躰が実のあるものを要求するのでしょう。食事同様、音楽もやわらかいものばかりでは、体調を崩します。

◆ ジム・ゴードンへの寄り道 ◆◆
躰が腐りそうだ、なにかシャキッとしたものがほしい、と思ったときは、ジム・ゴードンのトラックを集めたフォルダーをプレイヤーにドラッグします。つくってからだいぶ時間がたつので、そろそろアップデイトしたいのですが、まあ、とにかく、トラック・リストは以下のようになっています。

Derek & the Dominos / Why Does Love Got to Be So Sad
The Souther-Hillman-Furay Band / Border Town
Bobby Whitlock / Song for Paula
The Byrds / Get To You
Maria Muldaur / Midnight At The Oasis
B.W. Stevenson / My Maria
Glen Campbell / Wichita Lineman
Dave Mason / Only You Know and I Know
Delaney and Bonnie / Only You Know and I Know
Bobby Whitlock / The Scenary Has Slowly Changed
Joan Baez / Children And All That Jazz
Bobby Whitlock / Where There's a Will There's a Way
Delaney and Bonnie / Where There Is a Will There Is a Way
Art Garfunkel / Traveling Boy
Gordon Lightfoot / Sundown
The Nitty Gritty Dirt Band / Some Of Shelly's Blues
Harry Nilsson / Don't Leave Me
Steely Dan / Rikki Don't Lose That Number
Carly Simon / You're So Vain
Seals & Crofts / Humming Bird
Derek & the Dominos / Evil
Harry Nilsson / Good Old Desk
Dave Mason / World in Changes
The Byrds / Tribal Gathering
Cashman & West / American City Suite
Chris Hillman / Falling Again
Harry Nilsson / Together
Traffic / Hidden Treasure
James Burton & Ralph Mooney / The Texas Waltz
Bread / Dismal Day
Derek & the Dominos / Let It Rain
George Harrison / You
George Harrison / What Is Life
Gary Wright / Stand for Our Rights
John Lennon / Jealous Guy
Albert Hammond / For the Peace of All Mankind
Joe Cocker / Cry Me a River
Mike Post / The Rockford Files
Tom Scott / Blues For Hari
Gabor Szabo / Are You There?

例によって、バランスをとるために、ハードなもの、ソフトなもの、両方を塩梅よく並べてありますが、スタンダードのせいで惰弱になった心身を引き締めるのに最適なトラックとなると、このリストでいえば、サウザー・ヒルマン・フューレイ・バンドのBorder Townや、B・W・スティーヴンソンのMy Mariaのように、ミディアム・アップで叩きまくっている曲でしょう。気分爽快になること請け合いです。

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デレク&ザ・ドミノーズのWhy Does Love Got to Be So Sadは、スタジオ録音ではなく、フィルモアのライヴ、それもCDはべつのテイクがあるのですが、このフォルダーにドラッグしてあるのは、最初のLPのときのヴァージョンです。

高校のとき、渋谷のBYGでこのアルバムがかかって、イントロのライド・シンバルのプレイに震えました。こんなに美しいライドははじめて聴く、と思ったのです。だから、勘違いしないでいただきたいのは、わたしはクラプトン・ファンなんてものではないということです。つねにエリック・“ノー・インスピレーション”・クラプトンと、罵倒しています。頭が空っぽで、ただ手を動かすだけのギタリストは大嫌いなんです。歌にいたっては、わざわざ下手だなんていうのも馬鹿馬鹿しいくらいで、問題外のひどさですしね。

つまりですな、ドラムを聴くということは、つねにそういう傾向があるのですが、だれがうたっていようが、だれが弾いていようが、どんなに嫌いなヤツであろうが、そんなことは関係ないのです。ジム・ゴードンやハル・ブレインのクラスになると、上に載っかっているものが軽かったり、ダサかったり、馬鹿だったり、下手だったりすると、肩のひと揺すりで振り落としてしまうのです。

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◆ ジェイムズ・バートンとラルフ・ムーニー ◆◆
今日はなにも準備していなかったので、軽く(ほんとうに軽く)、なにかインストでも取り上げようと思ったのですが、派手なドラムが聴きたくなり、ブログに関係のないジム・ゴードンを聴いてしまったので、もうシンデレラ・タイムまであますところ一時間弱、考えている余裕はゼロ、よって、ジム・ゴードンが叩いた、ジェイムズ・バートン&ラルフ・ムーニーのMoonshineにしました。

60年代のインスト・アルバムではいたってふつうのことですが、Moonshineを収録したCorn Pickin' and Slick Slidin'という盤も3時間のセットを3回やっただけのものだそうです。午前の部からはじめれば夜にはLP一枚が手に入るのです。

メンバーは、ジェイムズ・バートンがギターとドブロ、ラルフ・ムーニーがペダル・スティール、ジョー・オズボーンがベース、リズム・ギターがアル・ケイシー、そしてドラムがジム・ゴードンです。

メンバーからすれば、すごいものになってもおかしくなかったのですが、50年代のジミー・ブライアントとスピーディー・ウェストのインスト(その多くで、まだ若かったビリー・ストレンジがリズム・ギターを弾いた)の再現という企画意図で、もろのカントリーなのです。

もちろん、バートン、ムーニーはカントリーでも活躍できるのですが、ドラムはねえ。やはり、派手に叩きまくるわけにはいきません。だから、ジム・ゴードンを聴くには適した盤とはいえないのです。しいていうと、ベスト・オヴ・ジム・ゴードンにも入れておいたThe Texas Waltzでのサイドスティックのプレイが、テクニック的には興味深くはあります。しかし、Moonshineでは、ミスもあったりして、活躍しているとはいえません。

◆ カントリー・インスト ◆◆
いま、読み直して、カントリーのインストは面白くないといっているみたいだな、と思いました。そんなことはありません。ドラムを聴くなら、ほかのタイプの音楽がいいと思いますが、カントリーのギタリストには、だれでもご存知のチェット・アトキンズをはじめ、そのチェットのロール・モデルだったマール・トラヴィスだの、当ブログでも昨秋、ご紹介したジョー・メイフィスとか、すごい人がゴロゴロしています。テクニックだけでいうなら、半チクなジャズ・ギタリストなんて、こういうカントリーの大物にくらべたら子どもだとすら思います。

同じように、ジェイムズ・バートンといえども、カントリーのコンテクストでプレイすると、ジョー・メイフィスあたりにはとうてい太刀打ちできないと感じます。やはり、それぞれの人に合った音楽スタイルというのはあるのです。カントリーは、極論するなら、速さ、手数の勝負です。ジェイムズ・バートンはそういうタイプのギタリストではありません。

なんだか、竜頭蛇尾の記事になってしまいましたが、Moonshineはただの看板、スタンダードで腐りそうになった心身の健康を取り戻すには、ジム・ゴードンのバックビートが薬効あらたかであるといいたかっただけです。
by songsf4s | 2008-06-15 23:48 | Moons & Junes
Snow Queen その2 by Roger Nichols & the Small Circle of Friends
タイトル
Snow Queen
アーティスト
Roger Nichols & the Small Circle of Friends
ライター
Gerry Goffin, Carol King
収録アルバム
Roger Nichols & the Small Circle of Friends
リリース年
1967年
他のヴァージョン
The City, the Association
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昨日はジェリー・ゴーフィンの歌詞を霞ませてしまったものがあるといいながら、それがなにかを説明するところまでたどり着けませんでした。さっそく、そのことから。

◆ デモーニッシュなプレイ ◆◆
歌詞も歌も、そのほかあらゆることを吹き飛ばし、シティー盤Snow Queenを支配しているのは、ジム・ゴードンのドラミングです。いやもう、すげえのなんの、ジム・ゴードンはすごいと百も承知していて、それでもやっぱり、すげえなあ、と何度もため息が出る、強力なドラミングです。ピッチも悪ければ、いつもグルーヴに乗りそこなうキャロル・キングのヴォーカルなんか、ひとたまりもなくこなごなに吹き飛ばされています。

f0147840_00532.jpgハル・ブレインとジム・ゴードン、この二人の大きな違いは、ハルがおおむね安定して力を発揮するのに対し、ジム・ゴードンは調子の波が大きいことです。もともと気分にムラがあったのかもしれません。あるいは、薬物依存の結果だったのかもしれません。いずれにせよ、ジム・ゴードンというドラマーは二人います。ひとりは、この世のものとは思えないビートを叩くデーモン、もうひとりは、ごくまっとうな生業に精を出しているような、律儀で安定したビートを叩くふつうの人間です。

ジム・ゴードンがデーモンになった日にあたったプレイヤーたちは、美しいビートに涙を流しもしたでしょうが、同時に、自分がいてもいなくてもいい塵芥に成り下がったことも痛感し、彼のプレイを愛し、同時に憎んだことでしょう。

キャロル・キング、ダニー・クーチ、チャールズ・ラーキーというシティーのメンバーたちは、幸運であり、同時に不運でした。ジム・ゴードンがこれほど気分よくプレイしている日はそう多くないのです。ほかの三人は、ジム・ゴードンの光り輝く圧倒的なプレイのまえに、ジェリー・ゴーフィンの歌詞とともに、ヌルの世界に送りこまれてしまいました。I only have eyes for youではなく、I only have ears for you, Jimmyです。

だれだったか、歌舞伎役者が、歌舞伎の見得というのは、いわばズームのようなもので、観客の目をぐーっと惹きつけるためのものだといっていました。たしかに、そういうことというのは起こるようです。ジミーがデーモンになった日には、わたしにはほかの音は聞こえなくなります。

◆ ワルツ・タイム、ジミーズ・タイム ◆◆
このNow That Everything's Been Saidというアルバム全体を通して、ジム・ゴードンは好調を維持しています。しかし、つぎつぎに霊感にうたれたフレーズを、正確かつデモーニッシュに表現しているこのSnow Queenは、とりわけ抜きんでています。これほど独創的なワルツ・タイムのプレイを、わたしはほかに知りません。

f0147840_022492.jpgジム・ゴードンは、ワルツ系を好んだ形跡があります。たとえば、バーズのGet to You(The Notorious Byrd Brothers収録)でのプレイ。Get to Youはヴァースが5拍子、コーラスがワルツ・タイムという変則的な曲ですが、5拍子というのは、3+2に分解できるので、ワルツ・タイムの変形とみなすことができます。変拍子もなんのその、ジム・ゴードンはGet to Youでも、4/4の曲のようにフィルインを叩きまくっていますが、とくにコーラスでのワルツ・タイムのプレイが際だっています。

しかし、このSnow Queenでのワルツ・タイムのプレイのまえでは、Get to Youでの名演も、いささか霞んでしまうほどです。イントロからして、もう千両役者が登場したことをひしひしと感じます。なにしろ、この地球でかつてスティックを握った人間のなかで、もっともタイムがよいと目されるドラマーですし、これは彼がふつうの人間の日ではなく、デーモンに変身した日の録音なので、1小節で十分にデーモンの出現を感じとれます。すごいドラマーというのは、最初の一打からすごいのです。

f0147840_034819.jpgそして、歌が出てくる直前、開幕のベルのようなロールの美しいこと! 当ブログでは、何度かジャズ・ドラマーをボロクソにこき下ろし、できもしないくせに、汚いロールなんかやるんじゃない、と罵倒したことがありますが、その正反対の霊、じゃなくて、例がここにあります。こういうロールを聴いて育ったドラム・クレイジーが、タイムの悪い半チクなジャズ・ドラマーの子供だましプレイなんかを聴いていられるかどうか、つもってもみなさいというのですよ。

タイム・キーピング以外のことはなにもしない「空の小節」でも、うまいドラマーは聴いていて楽しいものです。「デーモンの日」のジム・ゴードンはその最右翼で、デレク&ドミノーズのLet It Rainなんか、ライド・シンバルとバックビートを聴いていれば、あっというまに時間が過ぎていきます。

f0147840_045781.jpgこのSnow Queenのようなドラミングに出合うと、微細にプレイを分析したくなるのですが、そういうことは、すでにアカウントをとってあるもうひとつのブログ、「ドラム・クレイジー」(暇になるであろう五月には店開きしたいと思っている)でやるべきことのようなので、ここではできるだけ簡単に、とくに印象的なところだけかいつまんでみます。

ファースト・ヴァースからファースト・コーラスへのつなぎ目のところ(0:55あたり)に出てくる、シンコペートしたフロア・タムの一打からスネア、そしてシンバルへというフィルインが、最初のハイライトでしょう。何度か出てくるロールは、一カ所をのぞいてどれもみごと(3:10あたりのものはちょっとミスっている)。「空の小節」と同じパターンのスネアでも、強弱を変えてアクセントをつけるプレイもすばらしく、とくに1:25あたりからはじまる、強いアクセントの左手だけによる2打からロールへという一連のプレイは、惚れ惚れします。

このアルバムから、ドラミングだけあれば、ほかのものはいらないと感じるレベルの曲をあげておくと、Why Are You Leaving(ボビー・ウィットロックのSong for Paulaを思い起こさせるタムタムからフロア・タムへのフィルがみごと)、I Don't Believe It(ジム・ゴードンのシャッフルはハル・ブレインほどいいとは思わないが、これはかなりいい部類)の2曲。

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左からChris Wood, Rick Grech, Jim Gordn, Reebop

◆ 他のヴァージョン ◆◆
この曲の代表的なヴァージョンというと、やはりシティーではなく、ロジャー・ニコルズ盤をあげるべきでしょう。ヴォーカルもアレンジもこちらのほうが上です。ドラムはハル・ブレインの可能性を感じますが、ロジャー・ニコルズ自身は後年のインタヴューで、このトラックにかぎったことではなく、アルバム全体のプレイヤーとしてのことながら、チラとも聞いたこともない名前をあげていました。

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サイドスティックのプレイなので、プレイヤーの特定は困難ですが、タイムもプレイ・スタイルも端正で、無名の人には思えません。そういうことはおいておくとしても、ヴォーカルの声(こういうことは録音の仕方にも左右される。エンジニアはラリー・レヴィン)とアレンジに雰囲気があり、総体としては、キャロル・キング盤よりこちらのほうが、上ものは楽しめます。シティー盤のほうがすぐれている点は、ジム・ゴードンのドラミングだけです。

このRoger Nichols & the Small Circle of Friendsというアルバムは、アレンジャー陣が目を惹きます。ニック・デカロ、マーティー・ペイチ、ボブ・トンプソン、モート・ガーソンと、最初の3人は、当ブログでもなんらかのかたちで取り上げた人たちです。Snow Queenのアレンジはニック・デカロによるもので、アヴェレージの出来ですが、悪くありません。

f0147840_0202417.jpgもうひとつ、アソシエイションのヴァージョンがあります。Waterbeds In Trinidadという、もうヒットが出なくなった時期の、だれも買わなかったようなアルバムに収録されたものですが、これはこれで悪くない出来です。もともと、いいとか悪いとかいったグループではなく、バックトラックはスタジオ・プレイヤー、ヴォーカルはハーモニーばかりなので、スタジオ・シンガーがかわりにやってもわからないようなもので、勝敗の分かれ目は、アーティストの状態ではなく、楽曲の出来、アレンジ、プロダクションにあります。腐った時期でも、ある程度のレベルは維持できるということです。

このヴァージョンも、シティー盤同様、やはりドラムに尽きます。こちらのドラマーはハル・ブレインと推定して問題ないでしょう。上ものが弱いときには、自分が前に出て、場をさらうことをつねとしているハルですから、ピッチの高い追加タムも駆使しつつ(時期的に、すでにオクトプラス・セットのコンサート・タムは実戦配備済み)、フィルを叩きまくっています。デーモンに変身した絶好調日のジム・ゴードンのプレイより先に出すわけにはいきませんでしたが、こちらも十分に楽しめます。
by songsf4s | 2008-01-25 23:39 | 冬の歌
Stormy Monday その2 by Bobby Bland
タイトル
Stormy Monday
アーティスト
Bobby Bland
ライター
T-Bone Walker
収録アルバム
The Best of Bobby Bland
リリース年
1962年
他のヴァージョン
T-Bone Walker, Lee Michaels, Lou Rawls, Them, the Allman Brothers Band, Derek & the Dominos (boot), the McCoys, ?(Question Mark) & the Mysterians, Mountain
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◆ 健忘症をひとつ克服 ◆◆
昨日のつづきで、本日はStormy Mondayの残るヴァージョンを一覧しますが、そのまえに、あとから思いだしたことを。

コメントで、nk24mdwstさんも、ジョージ・フェイムとズート・マニーがフット・ベース(ペダル・ベース)を使っていることを指摘していらっしゃいますが(前者は1枚所持、ろくに聴いていなかった。後者は高校のときに友だちのを脇から聴いたことがあるのみ)、わたしも昨夜、更新してからコーヒーをいれているときに、オルガンのフレーズが頭のなかに流れ、あっとなりました。

f0147840_2355548.jpgライ・クーダーのWhy Don't You Try Meです(Borderline収録)。これもスタジオでフット・ベースを使ったケースです。ただし、コーラスではフェンダー・ベースも入っていて、フット・ベースが聞こえるのは、ドラムが入ってこないヴァースのみですし、ドロウバー・セッティングはいかにもオルガンという感じの輪郭のないもので、リー・マイケルズのような、フェンダーと聴きまちがえかねない、アタックの強い音ではありません。

◆ ニンジンやピーマンも食べなさいといわれたので ◆◆
さて、本題。

Stormy Mondayは本来、典型的なブルース・コード進行なのですが、リー・マイケルズはブルース・コードではやっていません。いや、おおむねブルース・コード進行なのですが、装飾的によけいなコードを入れていて(キーをCとするなら、Em7、Dm7、E♭m7、D♭m7といったコード)、ハモンドの響きも相まって、これが非常に効果をあげています。わが家にあるStormy Mondayは、みなこのコード進行を使っているとばかり思いこんでいましたが、Tボーン・ウォーカーは通常のブルース・コード進行でやっていました。

f0147840_23562429.jpgとなると、よけいなコードがどこで加えられたかが問題になりますが、マイケルズほど大々的には使っていないものの、1962年のボビー・ブランド盤で、すでにちらっと出てきています。以後のカヴァーは、みなブランド盤を踏襲したことになります。当然でしょう。わたしはこのよけいなコードがあるから、この曲が好きなのです。マイケルズ盤は、このコードをほとんど前面に押し立て、ブルースでありながら、同時にブルースにはない叙情性も加えていて、そこが素晴らしいのです。

わたしは、ブルースはひとまわり(12小節)聴けばたくさん、LPまるごとはおろか、1曲聴くのもつらいという人間なので、Tボーン・ウォーカー盤はまるごとパスです。だいたい、ギターのチューニングが合っていないと思うのですが、ブルース系はチューニングが甘い人が多いようで、これが業界標準、要するに「味」なのでしょう。わたしにはわからない味ですが。

ボビー・ブランド盤は、上述のように、よけいなコードを加えたという功績があります。やっぱり、毎日毎日、コードが三つの曲ばかりやっていると、当のブルース・シンガー自身も退屈するのでしょう。意見が合いました。

f0147840_2358274.jpg?&ザ・ミステリアンズ(クウェスチョン・マーク&ザ・ミステリアンズと読みます。クウェスチョンがファースト・ネームで、マークがラスト・ネーム!)は、なにかの間違いでヒット(1966年のチャート・トッパー、96 Tears)を飛ばしただけの、ボロボロのガレージ・バンドなので、論外、もってのほか、問題外、ゴミのなかのゴミです。じゃあ、買うなよ、とおっしゃるかもしれませんが、これがトップ40道を極める修行のつらさ、「われに艱難辛苦を与えたまえ」って山中鹿之助もいっていると講釈師が教えてくれたでしょ。All My Trialsを歌っちゃいますよ。

マコーイズ盤Stormy Mondayは、リック・デリンジャー(リック・ぜーリンガー)が、ちょっと背伸びをしたがったのでしょう。スティーヴ・ウィンウッドはべつとして、十代のお子様には無理な曲です。でも、わたしも背伸びをしたがる子どもだったので、気持ちは理解できます。この人は中一のときに「ライヴァル」だと思っていた(!)ので、同情的なのです。ディノ・デジ&ビリーとか、スティーヴ・ウィンウッドとか、年齢が近いと、子どものころはものすごく気になりました。

f0147840_01339.jpgヒットの出なくなった末期、すなわち、サイケデリック以後になると、お子様バンドのマコーイズも、じつはそっちへと傾斜していきます。すくなくとも初期はスタジオ・プレイヤーの仕事であったことが、最近のオオノさんの発見で裏づけられましたが、ひょっとしたら、末期は「自立」の努力をしていたのかもしれません。成人以後はあれだけ弾くようになるプレイヤーだから、スタジオではミソっかすというのは、時代も時代ですし、すぐに我慢ならなくなったでしょう。

◆ 若いうちはまだまだワン・オヴ・ゼム ◆◆
f0147840_0121732.jpgすこし聴く気が起きるのが、ヴァン・モリソンのゼム時代のヴァージョン。久しぶりにゼムを聴くと、ヴァンはやっぱり年齢とともに成長して、よくなったタイプだということを確認できます。ゼム時代はまだ、黒っぽくつくっている感じがあり、歌のうまさがさきに聞こえてきてしまうのです。Bang時代もまだそういうところが残っていますが、それがだんだん消えていき、ただふつうに歌うようになって、素晴らしいシンガーが完成する、という正しい道を歩んだと思います。

エラ・フィッツジェラルドなんかが典型ですが、ダメな人は逆の道をたどります。はじめは、一所懸命、ただ素直に歌っていたのが、だんだん慣れてきて、音楽を、楽曲を、そしてリスナーをナメてかかるようになり、うまさばかりがめだって、曲を殺すようになっていくのです。ヴァンの一流ぶりが、この稚いヴァージョンを聴いてよくわかりました。いや、うまいんですよ。うまいだけだから、まだまだなのです。

f0147840_0133738.jpgVan Morrison's Jukeboxという、ヴァンに影響をあたえた曲を集めたオムニバスには、Tボーン・ウォーカー盤Stormy Mondayが収録されていますが、ゼムはTボーンのヴァージョンをベースにしてはいません。あのよけいなコードを入れているのだから、ボビー・ブランド盤を参照したに決まっています。こういう編集盤をつくるときは、先入観にとらわれず、ちゃんと音を聴いて、だれのどの曲のどういうところがその人に影響をあたえたのかを、きちんと検証してくれないと困ります。

f0147840_0151329.jpgルー・ロウルズは、バンドがいいので楽しめます。でも、あのコード進行は使っていないし、速い4ビートなので、Stormy Mondayを聴く楽しみはありません。エー、記憶で書きますが、アール・パーマー(ドラムズ)、ジミー・ボンド(スタンダップ・ベース)、ジョン・ピサーノ(ギター)というメンツだったと思います。ピアノは失念。ライヴではこういうメンバーですが、スタジオではしばしばキャロル・ケイがフェンダーを弾いています。わたしはベスト盤しかもっていませんが、それでもかなりのCK含有率なので、オリジナル盤の多くに参加しているのではないでしょうか。ルー・ロウルズのヴォーカルは……、うーん、暑苦しいのはあまり好まないのですよ。うまいですがね。

マウンテンは、ウッドストックのブートに入っていただけで、これがほしかったわけではないのに、ただくっついてきたというだけのこと。聴きたくもありませんが、いちおう聴きました。めげました。十代のときですら、思いきり馬鹿にしていたくらいで、この年になると、もはや笑う気にすらなりません。堅気の人間は一生聴く必要がありませんし、たとえあなたが、わたしと同類のトップ40ヤクザだとしても、Mississipi Queenだけもっていれば、日常生活にまったく差し支えありません。

◆ オールマンズ ◆◆
歐曼兄弟樂團(画像を探していて飛び込んだ台湾の販売サイトにこう書かれていました)ヴァージョンは、例のフィルモア・イーストでのライヴです。この盤は、昔からよく聴いていたつもりだったのですが、考えてみると、In Memory of Elizabeth ReedやWhipping Postの入っている、ディスク2のほうばかり聴いていて、Stormy Mondayの入っているディスク1のほうは、めったに針を載せることもなければ、トレイに入れることもなかったようです。

f0147840_0162375.jpgグレッグ・オールマンがオルガンを弾いているので、ちらっとリー・マイケルズ盤との近縁性を感じますが、ギター・バンドですから、そっちの方向へはいきません。しかし、ハモンドであのコード(オールマンズのキーはGなので、Am7、Bm7、B♭7、A♭7など)をやると、やっぱりいいなあ、と思います。Stormy Mondayという曲は、結局、この装飾的なコードに尽きるのじゃないでしょうか。

ランニング・タイムは10分を超えるので、当然、ソロ廻しがあります。オールマンズだから悪いものではありませんが、アンサンブルを必要とし、2本のギターがからむIn Memory of Elizabeth ReedやWhipping Postのようなお楽しみはありません。ただのソロ廻しです。途中、リズムを変えたりして、ダレないように努力してはいますが、ブルースでのソロ廻しは、どこまでいってもやっぱりブルースでのソロ廻し。それほど面白いものでありません。

◆ ドミノーズ、もとい、ボビー・ウィットロック ◆◆
最後にデレク&ザ・ドミノーズを残しておいたのは、出来のいいヴァージョンだからではありません。あまり音のよくないブートですし、バンドの状態もIn Concertのときほどよくはありません。ただし、ヴォーカルがボビー・ウィットロックなのです。In Concertには、ウィットロックがリードをとった曲がひとつも入っていないので、これを聴いて、やっぱり、じっさいにはスポットをもらっていたのだなと思いました。

だいたい、クラプトンの歌は、歌と呼べるような代物ではなく、いくらうまさをひけらかす歌手はダメといっても、ここまで下手さをひけらかされても困ります。ドミノーズが面白いのは、スタジオではドゥエイン・オールマンがギターでクラプトンを圧倒していること、ジム・ゴードンがすごみのあるプレイをしていること、クラプトンの歌の弱さをボビー・ウィットロックがカヴァーしているおかげです。

いえ、わたしはドミノーズの大ファンなのです。ただし、ギターとヴォーカルの人はぜんぜんいらないのです。ドラムとベースとキーボードだけならば、ツアー・バンドとしては、ロックンロール史上の三本指に入ると思います。

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ドミノーズ 左から無用の人(音は消せないので、せめてもと思い、エアーブラシで顔を消してみました)、ボビー・ウィットロック、ジム・ゴードン、カール・レイドルの素晴らしいトリオ

f0147840_0244698.jpgとにかく、ドミノーズの時代、ジム・ゴードンは絶好調で、In Concertなんか、ほかの音はまったく不要、というか、邪魔な雑音にすぎないから消えてほしい、ジム・ゴードンだけ聴いていれば幸せ、と思うほどです。ジム・ゴードンは素晴らしいプレイをたくさん残していますが、ドミノーズのIn Concertほどすごいプレイは、あとにもさきにもありません。Why Does Love Got to Be So Sadの強烈なライド、Let It Rainの精密なバックビート、ドラマーにこれ以上望むものはありません。

カール・レイドルはとくに好きなベーシストではありませんが、ジム・ゴードンとの相性ということでは、この人がいちばんだったと思います。ドラマーはベースしだい、ベースはドラマーしだい、というところもありますから。

ボビー・ウィットロックがまた好みなのです。でも、ドミノーズでは、クラプトンのヴォーカルを補うだけで、間尺に合わない役どころだなあ、と思います。Laylaのコーラス部で、ウィットロックのシャウトを消してみなさい。クラプトンのシャウトなんて聴けたもんじゃありませんよ。アルバムLaylaの最後に、ウィットロックのバラッドが入っていますが、どうしようもないヴォーカルを死ぬほど聴かされたあとにあれが出てくると、ほんとうに地獄で仏と思います。

ボビー・ウィットロックを聴くならエポニマス・タイトルのデビュー盤でしょう。これは、クレジットはないものの、半数ほどのトラックは明らかにクラプトン抜きのドミノーズによるもので、クラプトン嫌いには、一家に一枚、幸せを呼ぶ秀作です。

がしかし、これがCD化されていないんですねえ。わたしは大昔に買ったLPをリップして、しばしばプレイヤーにドラッグしています。ベスト・オヴ・ジム・ゴードンというプレイリストには、ここから4曲を選んでいます。ストレート・ロッカーのプレイもいいのですが、Song for PauraとThe Scenary Has Slowly Changedという2曲のバラッドでのプレイがまたすごいのです。バラッドのプレイがうまい人が、ほんとうにうまいドラマーです。ドミノーズのライヴと並ぶ、ジム・ゴードンの代表作と考えます。

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ボビー・ウィットロックのデビュー盤Bobby Whitlockのジャケット 上からフロント、バック、フォールド

で、話をドミノーズのブートにもどしますが、録音があまりよくなくて、肝心のジム・ゴードンが聞こえないのです。当てごととなんとかは向こうから外れる、ジム・ゴードンのファイン・プレイ、スーパー・プレイを期待したのに、聴きたくもない下手なヴォーカルと凡庸で死ぬほど退屈な「たんなる指の運動ギター」を聴かされて、おおいにめげました。そのなかで、ヴォーカルがウィットロックに交代する、このStormy Mondayは唯一の救いになっています。残念賞みたいな救いですが。
by songsf4s | 2007-10-17 23:54 | 嵐の歌