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サイモン&ガーファンクル"So Long Frank Lloyd Wright"―Bridge Over Troubled Water40周年記念盤を巡って
 
Bridge Over Troubled Water40周年記念盤の全曲を検討するつもりはないのですが、あと何曲かサウンドを腑分けしてみようと思います。

わたしはサウンドが好きなので、ヴォーカルにはそれほど強い興味はなく、サイモン&ガーファンクルについても、アコースティック・ギターだけの曲で好きなのはあまりありません。いい曲だとは思っても、それで終わりになってしまうのがほとんどです。

そのなかで例外といえるのは、たとえばLeaves That Are Greenなどがそうですが、それでもなお、ちょっとでもいいから、音を重ねてくれると、好ましさがおおいに増します。

たとえば、Dangling ConversationやOld Friendsなどが、そのような「わずかに音を加えた」好ましい曲の一例ですが、フランク・ロイド・ライトへのオマージュ、So Long Frank Lloyd Wrightも、そのタイプといえます。

「わずか」か否かの境目は、ドラムとフェンダー・ベースのあるなしで、ドラムが強いバックビートを入れていれば、わたしの観点からは「わずかな音」ではなくなるのです。

Simon & Garfunkel - So Long, Frank Lloyd Wright


アート・ガーファンクルはコロンビア大学で建築の勉強をしていて、それでポール・サイモンがこの曲を書いたそうですが、建築家をテーマにした歌というのはほかに知りません。

どなたか、The Late Great Walter Gropiusとか、A Song for Le Corbusierなんてえのをお書きになってみてはいかがでしょうか、ヒットしなくても、ポール・サイモンの曲と並んで、建築家をテーマにしためずらしい歌、と言及されることになるでしょう!

昔のLPにクレジットがあったのかなかったのか、あるいは名前を見たのに、あの時代にはよく知らなかったから忘れてしまったのか、この曲のアレンジはジミー・ハスケルの仕事だということに、今回の再検討で気づきました。

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ショーティー・ロジャーズといっしょに、ボビー・ジェントリーのデビュー・アルバム、Ode to Billie Joeでグラミー編曲賞を得たのがたしか1968年のこと、したがってSo Long, Frank Lloyd Wrightは、ジミー・ハスケルの盛名がもっとも高かったときの仕事ということになります。

The Making of Bridge Over Troubled Waterには、ジミー・ハスケルの仕事ぶりがわずかに出てきます。BとBマイナーでうまくないから、Fシャープのままつづけたほうがいい、マイク(たぶんストリング・セクションのだれか)、いまのきいたか、などといっています。

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アート・ガーファンクルの歌をききながら採譜し、コードを変更して、その場でアレンジし、ストリング・カルテットに指示していった様子がはっきりわかる、貴重なショットです。

たとえば、ビートルズやビーチボーイズなどと同じく、サイモン&ガーファンクルが、スタジオ・タイム使い放題の特権的アーティストだったからこういうことができたのですが、ジミー・ハスケルの仕事の早さのおかげでもあるでしょう。

プロデューサー/エンジニアのロイ・ハリーは、So Long Frank Lloyd Wrightのストリングスを「It's kind of burried, but very tasty」(「やや薄目のミックスにしたが、非常に味わい深いものだった」)といっています。

まさにハリーの言葉の通り、じつにいいラインが出てきます。間奏のフルートのバックグラウンドのラインもいいし、All of the nights we harmonized till dawnの尻尾を、アーティーがずっと伸ばして歌うところのヴァイオリンなど、すごいものです。

ロイ・ハリーがkind of burriedというバランシングも、じつに微妙で、よくこのポイントを見つけたなあ、と感心します。この曲にも、アート・ガーファンクルの薄い声にも、このミキシングがぴったりですし、また、よく聞こえないだけになお一層、ときおり聞こえたときに、おお、いい音だ、とニンマリします。

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ポール・サイモンの曲、ジミー・ハスケルのアレンジ、ロイ・ハリーのエンジニアリングの、バランスのよい三位一体が、このSo Long, Frank Lloyd Wrightの繊細で美しい音を形成しています。

このデュオの歌にケチをつけるわけではないのですが、Bridge Over Troubled Waterというアルバムは、これだけの時間がたってみると、やはりPet Soundsのような、卓越したスタジオ・ワークの産物に思えてきます。そして、そのスタジオ・ワークの中心人物はロイ・ハリーでしょう。

So Long Frank Lloyd Wrightのエンディングのリフレインで、オフマイクの「So long already, Artie」(「もう十分に長いぞ、アーティー」)という声が聞こえます。これはリフレインがあまりにも長いので、ロイ・ハリーが、いい加減に終わりにしたらどうだ、という意味で声をかけたのだそうです。

それでは、この記事もso long alreadyなので、ここらで、ソー・ロングみなさま。


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by songsf4s | 2011-12-13 23:56 | 60年代
Fools Rush In その3 by Brook Benton
タイトル
Fools Rush In
アーティスト
Brook Benton
ライター
Johnny Mercer, Rube Bloom
収録アルバム
40 Greatest Hits
リリース年
1960年
他のヴァージョン
Rick Nelson, James Burton, Frank Sinatra, Glen Miller, Lesley Gore, Julie London, Dion & the Belmonts, Harry James, Doris Day & Andre Previn, Jo Stafford, the Flying Machine, Lita Roza, Bobby Hackett, Elvis Presley
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今日もまたチョンボ訂正からです。一昨日、リック・ネルソンは、Fools Rush Inのあと、つぎの大ヒットであるGarden Partyまで8年もかかった、なんて書いてしまいましたが、じつはFools Rush Inの直後にFor Youがトップ10に入っていました。この2曲の順序を逆に記憶していたための謬りでした。謹んで訂正いたします。The Very Thought of YouやShe Belongs to Meは、はじめから「大ヒット」にカウントしていないので、これはチョンボならず。

◆ グレン・ミラー盤 ◆◆
さっそく昨日のつづきで、残りのFools Rush Inを並べてみます。

もともと、この曲を最初にヒットさせたのはグレン・ミラーで、フランク・シナトラの最初のヴァージョンと同じ1940年にリリースされています。グレン・ミラーの魅力は管のアンサンブルにあるわけで、とくに木管の独特のミックスのしかたと(サックス群の上にクラリネットが乗る)、その結果としてのやわらかい響きで売ったといえるでしょう。この曲では、ミューティッド・トロンボーンも使っているようで、グレン・ミラーの他の曲よりいっそうやわらかいアンサンブルになっています。大ヒットもうなずけるサウンドです。

f0147840_23515155.jpgシナトラの1940年盤と同じ年のこのグレン・ミラー盤は、シナトラ盤とほぼ同じテンポで、全体のムードも似ています。「スウィング時代のバラッド」のテンポ、遅めのミドルといったあたりで、スロウではありません。スウィング・バンドが好きなのは、「ほんとうのスロウ・バラッド」、踊るに踊れないテンポのものはないことで、トミー・ドーシー楽団(つまりシナトラの40年盤)も、グレン・ミラー楽団も、これより遅いテンポでやることなど、チラとも思いつかなかったでしょう。

残念ながら、以後、この曲のテンポは落ちていきます。「スロウの50年代」に入ってしまうからです。このブログをはじめたせいで、50年代の録音と正面から向き合うことになり、おかげさまで、もとからあまり好きではなかったスロウ・バラッドが、天敵に思えてきました。50年代のスロウ・バラッドをどんぶりに山盛りにして聴いていると、そろそろ死んでもいいか、なんて気が滅入ってくるので、とりあえず50年代の録音は棚上げにし、あとで余裕があったらふれることにします。50年代を通じて、楽しいヴァージョンは皆無です。

◆ 中興の祖ブルック・ベントン ◆◆
50年代を通じて、まっしぐらに転落の道をたどったFools Rush Inが、アップテンポのロッカ・バラッドとして奇蹟の復活をするのはいつなのか、そこが気になったのですが、年代順に並べてみて、明瞭にわかりました。1960年のブルック・ベントン盤でよみがえったのです。このヴァージョンがなければ、Fools Rush Inは骨董屋でほこりをかぶることになり、歴史の闇に消えていたでしょう。

f0147840_23571335.jpgブルック・ベントン盤Fools Rush Inは、ビルボード・チャート24位までいった、まずまずのヒットなのですが、うちじゅうひっくり返しても、この曲が録音された経緯についてはわかりませんでした。まあ、それも無理はありません。わたしだって、Fools Rush In史において、ブルック・ベントン盤が決定的な転回点だったと気づいたのは、つい三日前のことなのですから!

深く考えずにブルック・ベントン盤Fools Rush Inを聴いていると、ベントン向きのアレンジじゃないなあ、女の子に歌わせたほうがいいサウンドだ、なんて思います。なぜそう感じるのか、理由を必死で考えたのですが、ジョーニー・サマーズのJohnny Get Angryしか思いつきませんでした。

もっとそっくりのものがあったように思うのですが、ほかに出てきたのはマージョリー・ノエルのDans Le Meme Wagon(「そよ風に乗って」という邦題だったと思うが、自信なし)ぐらいで、聴き直してみると、アッと驚く瓜二つとまではいきませんでした。そもそもこれは66年のヒットで、ベントン盤Fools Rush Inのあとに録音されています。そして、それをいうなら、ジョーニー・サマーズのJohnny Get Angryも1962年のヒットなのです。

ブルック・ベントンのキャリアのなかでは、やや浮いている感のあるFools Rush Inの高速アレンジがどこから出現したのはわかりませんが、汚れきった曲を洗濯するには荒療治しかない、という自然の哲理(なわけがあるかよ)にしたがって、まったくちがう曲に変身させようとしたのではないかと推測します。「みごとなアレンジ」も重要ですが、こういう「ドラスティックなアレンジ」によって、瀕死の楽曲が一命をとりとめることがあるのだなあ、と感銘を受けます。

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Brook Benton with Lesley Gore

この天使も怖じ気をふるう大胆な試みは、いつも目配りのするどいライノのアンソロジーのライナーの書き手にすら(相応の理由があって)無視されてしまいましたが、一粒の麦となって、3年後のリック・ネルソン盤でたわわに穂を実らせます。

50年代のあいだにたるみにたるみきったFools Rush Inのネジを、ベントンが思いきり締め上げなければ、この曲は息絶えていたにちがいありません。ベントン盤の出来不出来をいう前に、そのことを強く感じます。リック・ネルソン盤Fools Rush Inをインスパイアすることで、ブルック・ベントン盤は大きな役割を果たしたのです。

◆ レスリー・ゴア盤 ◆◆
リック・ネルソンのFools Rush Inときびすを接して、レスリー・ゴアもFools Rush Inをアルバム・トラックとしてリリースしています。

今日はまちがえないようにと、ボックスのセッショノグラフィー(老眼にはこれがつらい)で確認したところ、1963年9月21日にNYのA&Rスタジオで、クウィンシー・ジョーンズのプロデュース、クラウス・オーゲルマンのアレンジ(初期のレスリーのトラックはつねにこのコンビ)で録音されています。

f0147840_04790.jpgリック・ネルソン盤の録音日時は1963年8月15日、9月にはすでにホット100にチャートインしているので、ブルック・ベントン>リック・ネルソン>レスリー・ゴアという時系列順序です。しかし、レスリー・ゴアは、9月にリックのヴァージョンを聴いて、そのままレコーディングしたと、にわかに断定するわけにはいきません。レスリーは、アルバム・トラックとして、相当数のスタンダードを録音しているので、たんに、そういう流れで出てきた可能性もおおいにあります。

そのへんの道筋は、アレンジから読み取れる場合もあるのですが、この曲については判断できません。クラウス・オーゲルマンは腕のいいアレンジャーで、レスリー・ゴアとアントニオ・カルロス・ジョビンの二人は、オーゲルマンのほうに足を向けて寝られないはずです。

そして、腕のいいアレンジャーというのは、わたしごときが易を立てたところで、黙って坐ればピタリと当たる、なんてぐあいに、あっさり底が割れるような譜面は書かないのです。いくら筮竹をひねっても、「いかにもオーゲルマンらしい、いい譜面だ」なんて卦しか出ないのですな、これが。

よって、当たるも八卦当たらぬも八卦の山勘でいっちゃいますが、クウィンシー・ジョーンズとクラウス・オーゲルマンは、レスリーのセカンド・アルバムの選曲をした段階では、リック・ネルソン盤Fools Rush Inのことは知らなかったのだと思います。とくに近縁性のあるサウンドではないからです。

では、50年代を引きずった堕落アレンジかというと、そこはオーゲルマン、半チクな人間なら、レスリーのために書かれたオリジナル曲だと思ってしまうような、オーセンティックな「ゴア=ジョーンズ=オーゲルマン」サウンドのアレンジを書いています。結論として、どのヴァージョンにも似ていない、いかにもこの時期のレスリー・ゴアらしい、嫌味なところの皆無な、さわやかないいトラックに仕上がっています。

昔から贔屓なので、レスリーの不利になるようなことは、わたしは拷問されてもいわないのですよ。まことにけっこうなトラック、文句ございません。リック盤がヒットしていなければ、シングル・カットしてもよかったと思うほどです。しかし、日の出の勢いのこの時期、レスリーがシングル曲に困るなんてことはなかったので、たとえリック盤がヒットしていなくても、この曲が45回転盤になる可能性はほぼゼロだったでしょう。スタンダード曲はあくまでもLPの埋め草です。埋め草にしては、ゴージャスなサウンドですが。

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(left to right) Quincy Jones, Millie Small and Lesley Gore

それにしてもうまいなあ、と思うのは、弦のピジカートによるオブリガートになにを重ねているのか、何度聴いてもよくわからないことです。たぶん、マリンバとフルートないしはピッコロではないかと思うのですが、もうひとつぐらいは隠し味を入れているかもしれません。こういうところが、一流の一流たる所以です。

レスリーについても書くべきですが、なんせ世に名高い「馬鹿の女王」(すまん、レスリー)、この特集の主役といってもいいシンガーです。まだ何度も登場する予定なので、委細別便にて。

◆ ハリー・ジェイムズほか ◆◆
以上で、タイピングの手間をかけるに足るヴァージョンはすべて見ました。以下、時間の許すかぎり、その他のヴァージョンをつまみ食いします。

f0147840_0194483.jpgどうやら1940年の録音と思われるハリー・ジェイムズ楽団ヴァージョンも、悪いものではありません。ビッグバンドの時代だから、厭世自殺をしたくなるような気の重いサウンドではありません。ただ、グレン・ミラー盤のゴージャスな厚み、トミー・ドーシー盤のシナトラのヴォーカルのような、きわだった魅力がないだけです。でも、ハリー・ジェイムズのプレイがお好きな方は、それなりに満足できるでしょう。

上の「箱」のなかには、ディオン&ザ・ベルモンツと書いたのですが、ディスコグラフィーでみると、どうやらディオンのFools Rush Inは、ディオン単独名義のアルバムAlone with Dionが初出のようです(ディオンのキャリアがややこしいのはファンの方ならご存知でしょう)。たしかに、ベルモンツのバックコーラスは聞こえません。

f0147840_021113.jpg1961年リリースとなっていますが、前年のブルック・ベントン盤の影響は皆無で、50年代を引きずったアレンジのスロウ・バラッド。うっそー、それはないだろう、です。ベルモンツのときのスタイル(もちろん、WondererやRunaround Sueのイメージ)でやったら、ひょっとしたら面白いものができたかもしれませんが、「おれ、ほんとうはジョニー・マティスになりたかったんだ」みたいなヴァージョンで、裏切り者、この50年代の手先めが、と指弾したくなります。60年代きっての突出した堕落Fools Rush Inです。

多くのシンガーは、どこかで「大人の音楽」をやりたがるものなんですが、それが考え足らずのコンコンチキだというのです。ほら、小林信彦がいっていたでしょう。コメディアンというのは、みんな、どこかで森繁になりたがるって。あれです。問題外。ロックンロール・シンガーがクラブ歌手の真似なんかして、トチ狂ったのか、おまえは。

フライング・マシンとは、あのフライング・マシンのことか、と気になさっている方がいらっしゃるでしょうから、確認しておきます。そうです、あのSmile a Little Smile for Meのワン・ヒッターです。邦題は「笑ってローズマリーちゃん」でしたっけ? 「ちゃん」はわたしの妄想かもしれませんが。ときおり、あまりのことに、自分の責任であるかのように赤面してしまう邦題というのがありますなあ。

f0147840_0221598.jpgフライング・マシン関係の音源を断簡零墨にいたるまで集めたという、だれも買わないような盤がありまして、それを試聴しただけなのですが、彼らのFools Rush Inは、案外、悪くありません。どうやらデモらしくて、バッキングもアコースティック・ギターとボンゴ(ひどい音。手が痛むのをいやがって、指先だけで叩いている。横着者めが!)とベースだけというもので、ハーモニーもあちこちで外していますが、インティミットな雰囲気があるのは買えます。

なんだか、友だちのうちにいったら、アンプなしのリハーサルの最中で、思わず、頬をゆるめて聴いてしまう、というような雰囲気です。中学のとき、よそのバンドの練習を覗きこんでは、チャチャを入れたのを思いだしました。懐かしい雰囲気があります。こんな褒められ方では、フライング・マシンの連中としては心外でしょうけれど、デモまで聴いてやったんだから、文句をいいなさんな。

◆ エルヴィス・プレスリー&ジェイムズ・バートン ◆◆
エルヴィスのFools Rush Inは、70年代ボックスWalk a Mile in My Shoesには収録されていないのですが、ボックス付属のセッショノグラフィーにはもちろん記載されています。それによると、いや、書き写すのは面倒だし、読めそうな大きさなので、JPEGにします。

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ご覧のように、一週間で30曲録音しているのだから、すごいものです。アルバム2枚半です。

ジェイムズ・バートンの名前が先頭にありますが、この時期のエルヴィスのセッショノグラフィーでは、バートンが参加している場合はつねにそうなっています。一介の平プレイヤーではなく、バンド・リーダーとして雇われたという話なので、スタジオでもバートンがリーダーシップをとり、おそらく、セッション・シートに、ギタリストとしてのみならず、「セッション・リーダー」としても記載されていたのでしょう。それで、セッショノグラフィーでも先頭に書かれているのだと推測します。

それはともかく、逆に気になってくるのは、ジェイムズ・バートン盤Fools Rush Inの録音日時です。ライナーには1971年リリースとしか記載がないのですが、エルヴィスのセッションがキャンセルされたために、プロデューサーのフェルトン・ジャーヴィスの決定で、バートンのソロ・アルバムの録音にその時間を使うことになった、というのだから、エルヴィスのセッショノグラフィーに手がかりがありそうです。

で、この時期の録音状況をにらんでみました。71年リリースだと、70年録音の可能性も排除できないので、70年を見ると、9月のセッション(先日取り上げたSnowbirdもこのときに録音された)がありますが、バートンは参加していないので、これはオミット。

71年のナッシュヴィル・セッションは、3月、5月、6月の3回で、そのすべてにバートンは参加しています。このいずれかのときに、エルヴィスの体調が悪くなり、予定がキャンセルされたのでしょう。Fools Rush Inを収録した一連のセッションは30曲もやっているので、体調はよかったのではないかと推測されます(まあ、30曲の強行スケデュールのために過労で倒れたという推測もできるでしょうけれど)。

f0147840_0264749.jpgとなると、3月か6月。これじゃあ、どっちのヴァージョンを先に録音したのか、やはり判断できません。よって、またしても当たるも八卦当たらぬも八卦の山勘をいいますが、バートンがリック・ネルソンの昔のヒット曲を録音したのを聴いて、エルヴィスもFools Rush Inをやってみようと思いたったのではないかと考えます。バートンにとって、Fools Rush Inは昔なじみの曲、エルヴィスに思いださせてもらうまでもないからです。

長々と脇道の話をしているので、ははあ、と勘づかれた方もいらっしゃるでしょうが、これも褒められるような出来ではないのです。キーも同じAで、基本的には、リック・ネルソン盤を踏襲したアレンジです。ジェイムズ・バートンがいるのだから、まあ、当然でしょうが、アレンジの手間をかけていないことから、本寸法のトラックではなく、ことのついでに録音しただけの、アルバムの埋め草だと感じます。

バンドのグルーヴも気になります。バートンのソロ・アルバムとちがうプレイヤーがいるとすると、ドラムのケニー・バトリーです。バートンのソロは軽快なのに、エルヴィスのトラックはなんだか足を引きずるようなところがあるのは、ドラムのちがいかもしれません。バトリーはタイムがlateなのです。

この曲で面白いのは、エルヴィスがどんな気分でリック・ネルソンのヒット曲をカヴァーしたのかという、その心中のほうです。リックがGarden Partyの大ヒットで、ふたたび脚光を浴びるのは72年のことなので、「おい、リッキー、最近はどうしてる、がんばれよ」といった気分でしょうか。エルヴィスはリックのドラマのファンだったそうです。

◆ ふたたびリック・ネルソン ◆◆
まだいくつかヴァージョンがのこっていますが、もうよかろう、です。50年代の女性シンガーのものは、わたしには退屈で、最後まで聴き通すことすらできません。いつも褒めるジュリー・ロンドンも、Fools Rush Inについては、とくにいうべきこともなし。

結論として、わたしが面白いと感じたFools Rush Inは、リック・ネルソン、ジェイムズ・バートン、フランク・シナトラ40年盤、レスリー・ゴア、グレン・ミラー、フランク・シナトラ47年盤、ブルック・ベントンです。

f0147840_0441832.jpg書きながら、ずっと流していて、やはりリック盤になると、イントロを聴いた瞬間、これだ、とワクワクし、リックの歌が出てくる前に、もうグルーヴに乗っています。

左チャンネルがかなり混んでいるので、正確に聴き取れているかどうか自信がありませんが、ブラシによるスネア、ハイハット、カウベル、フェンダー・ベース、テレキャスター、アコースティック・リズム、そしてピアノという編成のようです。この時期のピアノはもうジーン・ガーフではなく、レイ・ジョンソンでしょう。あとはツアー・バンドのメンバーのみでしょう。意外にいいグルーヴなのが、アコースティック・リズムです。いつものようにリックのプレイだとしたら、ブラシのみならず、ここでもセンスのよさを見せたことになります。

リック・ネルソンは、まだ十六歳のときに、売り込みに来たエルヴィスのバンドとやってみて、使えないと判断し、ジェイムズ・バートンを選択したくらいで、非常にすぐれたリズミック・センスの持ち主なのです。リックの仕事が決まった直後に、バートンとカークランドがエルヴィスのバンドの連中に会い、「すごい話があるんだ、リック・ネルソンが俺たちを雇ってくれたんだぜ」といったら、すっと場がしらけた、という話が残っています。フォンタナやムーアらは、リックに断られたばかりだったのです。

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The first line-up of the Rick Nelson Band. (left to right) James Kirkland, Rick and James Burton

バートンの、シンコペーションを強調した、オブリガートとカッティングの中間のようなプレイも、タイムのよさがあらわれていて、これも全体のグッド・グルーヴに寄与しています。レイ・ジョンソンと推測されるピアノは、「上のほう」の味つけをやっていて、サウンドに明るさ、華やかさを加えています。

総じて、必要なものが適切に、過不足なく配置されていて、アレンジャーとエンジニアの名前が知りたくなります。アレンジャーだけは、いつものようにジミー・ハスケルとクレジットされていますが、エンジニアの名前がわからないのは、じつに遺憾です。

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ジミー・ハスケル。あちこちでいろいろな証言を残していて、ハリウッド音楽史研究者にとっては非常にありがたい人物。ハスケルとリック・ネルソン・バンドについては面白い話があるが、この特集で、リックはもう一度登場する予定なので、今回は出し惜しみした。

リック・ネルソンの初期のトラックは、エイブ・“バニー”・ロビンのマスター・レコーダーで録音されていましたが(エンジニアもオーナー自身)、このスタジオが「近代サウンド・レコーディングの父」デイヴィッド・パトナムのユナイティッドに買収されてしばらくたってから、リックも「親元」のユナイティッドに引っ越したそうです。

したがって、Fools Rush Inも、ユナイティッドでの録音にちがいありません。それなら、このバランシングも当然でしょう。御大パトナム自身がみずから卓に坐るのは、ナット・コールだの、ビング・クロスビーだのという、パトナムに挨拶したい大物が来たときだけだったようですが、パトナム門下にも腕のいいエンジニアがたくさんいました。

いつも思うのですが、すぐれたトラックには、その土地の音楽的インフラストラクチャーが反映されているものです。リック・ネルソンのFools Rush Inには、音楽都市ハリウッドが黄金時代のとば口に立ったことを感じさせる、なんともいえない華やかさがあり、それがつねにわたしの耳を引っぱるのです。

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Rick Nelson Sings "For You" リックが契約を更新せず、デッカに乗り換えたことに腹を立てた、リックのもとのレーベルであるインペリアルのルー・チャドは、さまざまな嫌がらせの一環として、Rick Nelson Sings for YouというまぎらわしいタイトルのLPもリリースした。引用符のあるなしなどどうでもいいようなものだが、このアルバムに関しては、デッカ盤を指す場合には引用符を落としてはいけない!

by songsf4s | 2008-04-03 23:55 | 愚者の船
The Coldest Night of the Year by Nino Tempo & April Stevens
タイトル
The Coldest Night of the Year
アーティスト
Nino Tempo & April Stevens
ライター
Barry Mann, Cynthia Weil
収録アルバム
The Best of Nino Tempo & April Stevens
リリース年
1965年
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いつまでも正月休みというわけにもいかない、そろそろまじめに更新しようと思って、昨日、winter、snow、coldという三つのキーワードでHDDを検索してみました。「いや、あるもんだねえ」と、幇間につぎつぎと「山号寺号」を並べられた若旦那みたいなことをいってしまいました。

八代目春風亭柳枝の『山号寺号』のように、「おかみさん拭き掃除」だの、「看護婦さん赤十字」だの、「時計屋さん今何時」だのといったおかしな山号寺号に類するハズレもあります。Cold TurkeyやCold Heartなんて曲も、フィービー・スノウ、ジョニー・ウィンター、エドガー・ウィンターなんていう人も、冬にはなんの関係もありません。

f0147840_0184395.jpgそういうハズレを取り除いても、思ったよりたくさんあるもので、ファイルを全部ドラッグしたら、プレイヤーが雪国の家のようにきしむのじゃないかと思うほどです。呆れるのは、何年も前に買ったものなのに、まったく記憶のない曲がかなりあることです。もっていても、もっていることすら知らないのでは、なんのために盤を買うのかわからなくなってしまいますが、音楽を聴くというのは、まあ、こんなものなのは、みなさまご存知のとおり。すべてHDDに取り込んで、検索をかけられるようになったのは、たいへんな福音です。

アルバムという枠組みをはずし、縦割りではなく、横割りで音楽を聴いてみよう、ということが、このブログをはじめた動機のひとつでしたが、いざやってみると、あまり注目していなかったトラックに改めて注意を向ける、というサイド・イフェクトがありました。

本日の曲、ニーノ・テンポ&エイプリル・スティーヴンズのThe Coldest Night of the Yearは、もっていることすら知らなかったなんていう、ひどい待遇を受けていた曲ではありません。でも、彼らのベスト盤にはほかにもいい曲がかなりあり、とくに出来がいいものとは思っていなかったのに、ほかの冬の曲のあいだにはさまって出てくると、いままで思っていたよりずっといい曲に感じられました。コンテクストというのは面白いもので、こういうことがあるから、ときおり、アルバムの枠組みをはずして曲を聴くのは有益なのです。

◆ 新Baby It's Cold Outside ◆◆
それでは、歌詞を見ていきます。バリー・マンとシンシア・ワイル作品の本ブログ二度目の登場です。男女デュエットを想定した曲なので、ニーノ・テンポが歌うラインは[N]、エイプリル・スティーヴンズが歌うラインは[A]、そして、二人で歌うところは[B]という印を付けました。

[A]Baby baby it's late and you'd better go, it's after three
[N]Honey please have a heart, just look at that snow, take pity on me
[N]I can hear that north wind blowing and the fire is oh so warm
[A]Well I know you should be going but how can I send you out in that storm

エ「ベイビー、もう遅いわ、帰ったほうがいいわよ、もう三時をまわっちゃったもの」
ニ「そんな冷たいことをいうなよ、あの雪を見てごらん、もっとやさしくしてくれよ、北風が吹きすさんでいるのが聞こえるじゃないか、暖炉の火の暖かいことったらないぜ」
エ「あなたを帰さなければいけないのに、あの吹雪のなかに送り出すなんてできないわよね」

つづいてコーラス。

[N]Baby its cold out there
[A]And it's getting colder
[N]Baby it's cold out there
[B]Getting colder, matter of fact, better cuddle up here, it's the coldest night of the year

「外はひどい寒さだし、まだどんどん寒くなっている、じっさい、ここで抱き合っていたほうがずっといい、一年でいちばん寒い夜なんだから」

この二人がどういう関係で、なぜ男は深夜、彼女の家を去らねばならないのかは説明されていません。三時に帰っても、妻が納得するようには思えない、だから不倫ではない、と仮定しても、三時でもなんでも、帰らなければならない背景はうまく想像できません。明るくなってから男が出ていくのを近所に見られるのをはばかっている?

つづいてセカンドにして最後のヴァース。

[A]Baby baby I know if you wanted to, you'd brave the snow
[N]But I haven't been well, I might catch the flu or a cold in my nose
[N]Lets snuggle close together while the whole world turns to ice
[A]Just the victims of the weather, sending you home now just wouldn't be nice

エ「その気になれば、あなたが雪なんかものともしないのはわかっている」
ニ「でも、おとなしくしていたわけじゃないから、インフルエンザか鼻風邪にかかってしまうかもしれない」
ニ「世界が氷に変わっていくあいだ、ぴったりくっついて抱き合っていようじゃないか」
エ「天気のせいだものね、いまあなたをうちに帰すわけにはいかないもの」

そして、コーラスを繰り返してフェイドアウトします。

◆ 兄弟と夫婦 ◆◆
f0147840_0112245.jpgこういう歌をうたっている男女デュオですが、ニーノとエイプリルは、ひとつ違いの兄と妹のコンビです。エイプリルのほうは50年代はじめにトップ・テン・ヒットがあったのですが、彼女のキャリアを好まない恋人のせいで一度は引退しました。ニーノほうはセッション・プレイヤーとして活躍していましたが、カムバックした妹とデュオを組み、アトランティックと契約して、Deep Purpleがチャート・トッパーになりました。しかし、その直後にビートルズのアメリカ上陸があり、彼らのキャリアは瞬くうちに尻すぼみになっていきました。

ニーノはフィル・スペクターの片腕としても知られています。ということはつまり、ニーノ&エイプリルのセッションでも、スペクターのギャングがプレイしたことになります。Deep Purpleのドラマーはアール・パーマー、レーベルがホワイト・ホエールに変わってからのAll Strung Outはハル・ブレインと思われますが、The Coldest Night of the Yearはほとんどドラムが聞こえず、だれとも判断しかねます。いずれにしても、歌を引き立てるだけの地味なバッキングです。オブリガートを弾いているスパニッシュ・ギターのプレイヤーなど、ちょっと気にかかるのですが。

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この曲を書いたのは、バリー・マンとシンシア・ワイルです。コーラスのI-IV-V進行(じっさいのキーに即していえばB-E-F#)は、バリー・マンが書き、フィル・スペクターのプロデュース、ライチャウス・ブラザーズの歌でチャート・トッパーになったYou've Lost That Lovin' Feelin'と同じコード進行なので、似たような雰囲気があります。この曲はYou've Lost That Lovin' Feelin'のヒットからまもない録音のせいか、アレンジャーのジミー・ハスケルは、コーラスで盛り上げるようなアレンジを採用してはいませんが、いまになると、大編成によるスペクタレスクな音にしておけばよかったのに、と思います。

でも、ニーノとエイプリル、とくにニーノの鼻にかかった声は好みなので、これはこれでいいのかもしれないと思います。エイプリルも、とくに囁き声のときはなかなかけっこうなのですが、かすかに太い感触があり、それが彼女を大スターにするのを妨げたと感じます。

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明示されているわけではありませんが、やはりどことなく不倫のにおいのする歌です。それさえなければ、Baby It's Cold Outsideと同工異曲で、なんならクリスマス・ソングに繰り込んでもかまわないのではないかと思いますが、この翳りはクリスマス向きではないので、ありがたく冬の曲として頂戴しました。

f0147840_0271263.jpgジェリー・ゴーフィンとキャロル・キング、ジェフ・バリーとエリー・グリニッジという、バリー・マン=シンシア・ワイル同様、ソングライター・チームとしてヒットを連発した夫婦がやがて破鏡の嘆をかこったのに対し、わたしの知るかぎり、バリー・マン=シンシア・ワイルはいまでも夫婦で、そういう仲のよさがあったから、シンシア・ワイルは、あくまでもシャレとして、不倫のにおいのある歌詞を夫の作曲に託すことができたのかもしれません。翳りがあるといいましたが、それがイヤな印象をあたえないのは、そのへんに理由があるような気もします。
by songsf4s | 2008-01-06 23:57 | 冬の歌
Distant Shores by Chad & Jeremy
タイトル
Distant Shores
アーティスト
Chad & Jeremy
ライター
James William Guercio
収録アルバム
Distant Shores
リリース年
1966年
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ついさっきまで、今日は同じチャド&ジェレミーでも、この曲ではなく、夏の曲を集めた編集盤にしばしば採られている秀作、A Summer Songをやるつもりでいました。A Summer Songのほうがわかりやすく、訳しやすい歌詞だし、チャートでも上位にいったからです。

でも、わたしが熱心に音楽を聴きはじめたときには、A Summer Songはすでに過去の曲で、はじめてリアルタイムで聴いたこのデュオの曲はDistant Shoresのほうでした。サウンドとしてもA Summer Songより複雑で、全体としてはDistant Shoresのほうが好みに合っているのです。

あわててウェブで検索したところ、ちゃんとオフィシャル・サイトがあり、しかも、現役のわりにはきちんとしたつくりだったので、助かりました。ご存知の方も多いでしょうが、現役のアーティストのオフィシャル・サイトは、ツアー・スケデュールとストアばかりに力を入れ、過去のことはネグッてしまうことが多く、調べものの役には立たなかったりするのです(ヴェンチャーズに代表されるように、過去のことを根掘り葉掘りしてほしくないグループもたくさんありますし!)。

◆ 前 史 ◆◆
f0147840_23364165.jpg大ヒット曲A Summer Songを収録した彼らのデビュー盤は、ジェイムズ・ボンドのヒットで日の出の勢いだったジョン・バリーと、バリーがエンバーを去ってからは、ザ・フーで有名なシェル・タルミーのプロデュースのもと、ロンドンで録音されましたが、ビートルズが蹴破ったドアからなだれをうってアメリカに乱入した、デイヴ・クラーク5、ハーマンズ・ハーミッツ、ピーター&ゴードンなどの他のブリティッシュ・グループ同様、彼らもアメリカでのほうが人気があったので、たぶん、イギリスに帰っているひまがなかったという理由からでしょう、セカンド・アルバムはアメリカで録音されます。

チャド・ステュワートのセカンド・アルバムに関する回想はあいまいな書き方で、ニューヨーク滞在中の録音というように読めますが、プロデューサーはジミー・ハスケルだったといっています。彼らのツアー・スケデュールに合わせるために、ハスケルがわざわざニューヨークまで出向いたようで、異例のことです(といっておきますが、わたしは、そうは思っていません。ハリウッド録音でしょう。ハスケルを何日か拘束してNYに呼ぶには金がかかります。ワールド・アーティスツのように吹けば飛ぶようなレーベルがそんなことをするとは、ちょっと考えにくいのです。録音する土地の人間を起用するのが一般的なあり方です。いや、例外もいくつかあるのですが)。

この盤を録音するころから、彼らは所属レーベルに大きな不満をもつようになり、悪名高きアレン・クラインに出会ったことによって、またたくまに話がつき(だから、いくら評判が悪くても、彼を頼りにするアーティストがつぎからつぎへとあらわれたのでしょう)、CBSに移籍することになります。3枚目のBefore and Afterはニューヨーク、4枚目のI Don't Want to Lose You Babyはロンドンで録音されたようです。

f0147840_2340274.jpgこのころ、二人はフィル・スペクターのYou've Lost That Lovin' Feelin'のセッションを見学し、チャドは強い感銘を受けたようです。「あとになって、自分が同じようなことを試みることになるとは、このときは思ってもみなかった」といっていますが、これを読んでわたしは、やっぱりね、と思いました。チャド&ジェレミーの60年代終わりの音楽的な大混乱は、ひとつにはスペクターに端を発していたのでしょう(もうひとつは、いうまでもなく、だれひとりとして被害を受けなかった者はなかった「ペパーズ・ショック」です)。

f0147840_2342056.jpgブライアン・ウィルソンですら、スペクターを知ったがゆえに、歴史に残る大方向転換をやったくらいなので、チャド&ジェレミーが足取りを乱されても不思議でもなんでもありませんが、やはり、器に合わないことはするものではありません。いや、あの出来の悪い60年代終わりの2枚のアルバムを「幻の名盤」といっている人たちもいるので、これはわたしの意見、それも少数派意見かもしれませんが、サウンド作りはともかく、マテリアルの貧弱さは目を覆うばかりで、あれが彼らの命取りになったのは当然でしょう。あの程度のものがヒットしてしまっては、血反吐を吐きながら書いているソングライターたちが浮かばれません。サウンドはきわめて重要ですが、すぐれた楽曲を前提にしなければ、なんの意味もないのです。

◆ いわゆる「アーティスティック・フリーダム」! ◆◆
ちょっとお先走りと寄り道をしてしまいましたが、これでやっと、今回の主役、Distant Shoresにたどり着きました。

チャドはこの4枚目のLPについて、65年のロンドン・セッションの残りものと、新録音のごった煮だが、にもかかわらず、このアルバムは自分たちの歴史の里程標になった、なぜならば、タイトル・カットをふくむ3曲は、ウェストコースト・セッションだったからであり、みずからの裁量でトラックをつくること許されたからだといっています。

CBSが彼らに割り当てた新しいプロデューサー、ラリー・マークスは、そのまえのロア・クレインよりも若く、チャドにトラックをアレンジすることを許したそうで、チャドはその新しい権利を縦横に行使して、タイトル・カットのDistant Shoresについては、5種類のテンポの異なるヴァージョンをつくり、最終的にもっともテンポの速いものをリリースしたそうです。

この曲を書いたのは、のちにバッキンガムズ、シカゴ、BS&Tなどをプロデュースして一世を風靡することになる、ジェイムズ・ウィリアム・グェルシーオです。といっても、このときはまったくのペエペエで、チャド&ジェレミーのツアー・バンドのベーシストにすぎなかったのだから、彼の名前が歴史にはじめて記されたのがこの曲だったことになります。オフィシャル・サイトでの扱いも、いたって軽いもので、たぶん、ツアー・バンドの在籍期間も長くなかったのでしょう。この曲をリリースしたころがちょうど運勢の潮目になって、グェルシーオは昇竜の勢い、チャド&ジェレミーは飛び降り自殺同然の急降下をするわけで、あまり思いだしたくない人物なのかもしれません。

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というわけで、グェルシーオの代表作2枚のジャケットを並べておきますが、どちらもあまり好みじゃなくて……。

◆ 夏の終わりのそよ風が…… ◆◆
たいしたものではありませんし、大人が聴くには甘すぎる歌詞ですし、それに日本語にしにくいところがあって、あまりやりたくないのですが、まあ、どんどん端折ってしまうことにして、慣例どおり、歌詞をみていくことにします。

Sweet soft summer nights
Dancing shadows in the distant lights
You came for me to follow
And we kissed on distant shores

ここで気になるのは最後のライン、「そしてぼくたちは遠い岸辺でキスをした」だけです。ここまでのライン同様、ちょっとこっ恥ずかしいといえばこっ恥ずかしいのですが、「遙かなる岸辺で」というところに、若い恋人たちの気分が濃厚にあらわれていると感じます。「ここではないどこか」にいくのが恋というものなのですが、その場所を「遙かなる岸辺」と表現したことに、この歌の成功は依っていると思います。

あとは意味がとりにくかったり、あまり面白くなかったりするので、省略したいところですが、アクセス解析をみると、なにかの曲と「歌詞」というキーワードの組み合わせで当ブログを発見なさった方がかなりいらっしゃるので、そういう方たちのために、いちおう、残るすべてを以下にペーストします。

そのまえに、よけいなお世話のミニ・ティップス。たとえば、Distant Shoresの歌詞を検索なさりたいのなら、「"Distant Shores" 歌詞」というキーワードでは、当ブログのようなところにたどり着いてしまいます。そうではなく、「"Distant Shores" lyrics」とすれば、わたしのところではなく、専門の歌詞サイトにたどり着きます。もちろん、「日本語のページを検索」ではなく、「ウェブ全体から検索」にチェックを入れる必要もあります。グーグルが「歌詞」という日本語を勝手に英訳して、英語の歌詞サイトをあなたのために見つけてくれるようになるまでには、すくなくともあと数週間、ひょっとしたらあと数年はかかるでしょう!

Long quiet hours of play
Sounds of tomorrow from yesterday
Love came for me to follow
And we kissed on distant shores

The careful glance of children playing
Raindrops fall as if they're saying
Quiet thoughts of you caressed by time

The breeze of summer's gone
Whispered memories as nights grow long
You came for me to follow
And we kissed on distant shores

最後のヴァースはちょっといい……かもしれません。「日が短くなり、夏の終わりを告げるそよ風が想い出をささやきかける」、いや、やっぱり、この年になると、ちょっと赤面ものの甘さですね。でも、若いころをチラッと思いださないでもありません。いやはや、思わず声をひそめてしまいました。

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昔見たパブ・ショットでは、チャド・ステュワートはいつもギブソンSGのダブル・ネックをもっているのが印象的だった。ジェレミー・クライドのほうは、ジョン・レノンと同じギブソンJ-160E。当時の定番で、わたしも所持。わたしが買ったころに生産中止になり、いまはレプリカが出まわっているだけなので、ミントならけっこうな値段がつくのだが、飾っておくためではなく、弾くために買ったので……。


◆ またまたいつものハリウッド・ギャング ◆◆
「ウェストコースト録音」というチャドの話から(やっぱり異邦人だと思います。せめて南カリフォルニアぐらいまで地域を限定してもらいたいものです。もちろん、「ハリウッド録音」がもっとも望ましい表現ですが)、またか、とお思いになった方も多いでしょうが、もちろん、この曲のドラムもいつものようにハル・ブレイン、これは銀行レースなみのガチガチ安全パイの推測、そして、おそらくベースはキャロル・ケイです。キャロル・ケイは、チャド&ジェレミーのなにかを録音したといっています(いちいち曲名まで覚えていないのは、めずらしいことではありません。一日にアルバム一枚分のトラック、それを週五日、10年もつづけたのだから、無理のないことです)。

ハル・ブレインの代表作というわけにはいきませんが、こういう静かなバラッドでもハード・ヒットしてくるところが、いかにもハルらしいですし(ハードに聞こえないのは、ミックスがオフ気味になっているからにすぎず、スタジオにいれば、ドカーンという音で聞こえたはずです)、ディレイをかけたと思われるサウンドもなかなか印象的です。

f0147840_2356387.jpgこの曲はチャドが自分でアレンジしたそうですが、それがほんとうなら、アレンジャーとして、悪くない才能をもっていたと思います。イントロとアウトロのギター・リックは、彼自身がそこそこ弾けたのだから当然として、セカンド・ヴァースから入ってくる左チャンネルのストリングスと、右チャンネルのフレンチ・ホルンはなかなか効果的で、「遙かなる岸辺」の雰囲気がちゃんと音として具体化されています。

思うに、この曲は、グェルシーオが、チャド&ジェレミーの最大のヒットであるA Summer Songの続編というか、二匹目のドジョウとして書いたものなのでしょう。曲調も歌詞もよく似ています。ちがうのは、サウンドの奥行きです。A Summer Songは、フォーキー丸出しのシンプルなサウンドでしたが(いや、この曲も好きですが)、こちらは予算がちがうというか、プレイヤーのレベルがちがうというか、ま、その両方でしょうが、時間がたってみると、やはりDistant Shoresのほうが好ましいものと、わたしには感じられます。

◆ 階級社会の逆差別 ◆◆
チャド&ジェレミーは、またとりあげる機会がありそうなので(それも日をおかずに! なんなら、明日さっそく、A Summer Songをやってもいいのです!)、その後のキャリアというか、自殺的急降下ダイヴィングのことはそのときに書くことにさせていただくことにして、今夜はひとつだけ、オフィシャル・サイトを読んでいて、はじめて知ったささやかなエピソードを加えておきます。

f0147840_2357371.jpgジェレミー・クライドはちょっとした良家のお坊ちゃんだったそうで、1952年、祖父の「侍童」として、古典的なヴェルヴェットの衣装で着飾り、エリザベス女王の戴冠式に出席したそうです。のちにデビュー・アルバムがリリースされたあとで、「デイリー・エクスプレス」紙が、このときの写真を掲載したために、ひどい目にあったとジェレミーはいっています。上流階級出身だから、労働者階級の「ロックンロール・プレイグラウンド」にいる資格はない、というレッテルを貼られてしまったというのです。

いやはや、聞きしにまさる階級社会。彼らがイギリスではまったく不人気で、途中からシングル・リリースもされなくなってしまったのは、たんにアメリカでばかり稼いでいて、イギリス・ツアーをしなかったということだけでなく、このあたりにも理由があったのかもしれません。アメリカ人は上流階級風英国人が大好きで、ピーター&ゴードンのピーター・エイシャーなんか、あの時代、イギリスのアーティストにとって、アメリカは天国のようだったといっています。


2007年8月30日補記

tonieさんのコメントにあるとおり、まちがってタイトルを単数形にしていたため、複数形に修正しました。

以下はtonieさんのコメントから。

「A Distant Shore」にせず、「Distant Shores」という複数形なのは、あちこちで何度もwe kissedなのでしょうか? それとも渚というのは、存在自体が一カ所でもshores的要素をもっているという理解なのでしょうか。nightなどにもsがついているのであちこちで何度もwe kissedな気がします。

「あちこちで何度もwe kissed」というtonieさんの見解にわたしも賛成です。こういうとき、ソングライターは、シラブルや口調のよさを考慮しているという側面もあるだろうとは思いますが。
by songsf4s | 2007-08-26 23:56 | 夏の歌
Mornin' Glory by Bobbie Gentry
タイトル
Mornin' Glory
アーティスト
Bobbie Gentry
ライター
Bobbie Gentry
収録アルバム
The Delta Sweete
リリース年
1968年
他のヴァージョン
Bobbie Gentry and Glen Campbell
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◆ 土に還っても聴きつづけたい曲 ◆◆
棺桶にいっしょに入れてほしいアルバム13枚とか、墓の下でも歌いたい曲42曲とか、くだらない遊びをやったことがありますが、このブログをはじめて以来、どういうわけか、そういうわがオールタイム・ベストには当たりませんでした。これまた、四季折々の歌という枠組みがもたらしたものです。

今回はやっと、土になってからも聴きつづけたい42曲のなかでも、最上位にくる曲の登場です。といっても、この曲については、よそで徹底的に書いてしまったので、もうなにも書くことは残っていないようです。それくらい、子どものころから大好きだった曲なのです。よって、今回は百万言を費やすかわりに、みなさんに音そのものを聴いていただきたいと思います。この曲はMP3で手軽に聴くことができるのです。

f0147840_23371545.jpg右のFriendsリンクの先頭にあるAdd More Musicにいらっしゃり、トップページに並んでいるリンクのなかほど、「An Ode to Bobbie」をクリックしてください。ボビー・ジェントリー特集のトップ・ページが開きますので、ちょっとスクロール・ダウンしてください。なかほどに各アルバムのページへのリンクがあるので、2枚目のDelta Sweeteをクリックします。そのページの左側のソング・リスティングのあたりに「ダウンロードはこちらから」というリンクがあるので、これをクリックすると、アルバムの全曲をひとまとめにしたZIPファイルのダウンロードがはじまります。

上の「他のヴァージョン」としてあげた、ボビー・ジェントリーとグレン・キャンベルのデュエット盤も同じところにありますので、よろしかったら、またボビー・ジェントリー特集ページのトップにもどり、4枚目のBobbie Gentry and Glen Campbellをダウンロードしてください。

どちらのアルバムもLPリップですが、かなりいい状態で、ノイズはほとんどないと思います。なお、このファイルをプレイするには、ZIPに対応した解凍ソフトと、MP3に対応したメディア・プレイヤーが必要です。

◆ 危険な、危険な、ものすごくあぶない歌詞 ◆◆
音については書き尽くしましたし、みなさんもお聴きになったでしょうから、もう書くことはなにもないといっていいくらいです。残るは歌詞の細部ぐらいなのですが、これは書いたものかどうか、ちょっとためらいます。

いわゆる「後朝」(「きぬぎぬ」と読みます。意味は辞書をご覧になってください。文字から想像できるでしょうが)のことを歌った色っぽい歌詞なんです。「後朝」の場合、「後朝の別れ」と熟すように、別れの含意があるようですが、ボビー・ジェントリーのこの「朝顔」という曲にはそういう意味合いはなく、目が覚めてからの幸せな気分を歌っているだけです。危ないところは選り分けることにして、とにかく、歌詞を検討していくことにしましょう。

Good mornin' mornin' glory
Good mornin' what's your story
Good mornin' where'd you spend the night
Where did your night dreams take you
Sorry but I had to wake you
Oh I just had to make you
Shed your precious mornin' light on me

f0147840_23391593.jpgご覧のとおり、語り手の女性のほうが先に目覚め、となりで眠っていた夫ないしは恋人を起こして、朝の「語らい」をしている(ものすごく遠まわしな婉曲表現だということにご注意。ほんとうは、語らいなんてものじゃなくて……)という設定です。夫婦だとしたら、結婚後まもないはずで、わたしは恋人だと考えています。長年連れ添った夫婦が、毎朝こんな色っぽい状態になっていたら、まともに日常生活を送れません!

わたしはこの盤を中学三年生のときに買いましたが、中学生にはじつにもって毒な歌詞でした。もちろん、ロックンロール小僧は、歌詞を理解するために、英語だけはまじめに勉強していましたから、これくらいの歌詞だと意味はほぼわかっちゃったのです。いや、じっさいには中学生の妄想のさらに先をいく、露骨な歌詞だったことが、大人になってわかったのですけれどね!

恋人の目を覚まさせ、「Oh I just had to make you shed your precious mornin' light on me」すなわち「あなたのすてきな朝の光をわたしに浴びせてほしかった」というのは、まあ、どうにでも解釈してください。未成年には「あなたの微笑みがみたかった」あたりの安全な解釈を推奨します。成人はどのようにでも想像をたくましくしてください。危ないところをぜんぜん避けてないなあ。

◆ さらにのろけはつづく ◆◆

Oh good mornin' sleepy baby
You know, I'm thinking maybe
I love you even more today
Every time you go to sleep
I'm jealous of the dreams
That keep you away from me

f0147840_234233.jpg犬も食わないのは夫婦げんかばかりとはかぎらないわけで、のろけというのも、つきあっていられなかったりします。セカンド・ヴァースは大甘のコンコンチキ。あの空前絶後のセクシー・ヴォイスで、しかも無茶苦茶なオンマイクで、リスナーの耳に口を寄せてささやくように歌うんだから、こりゃもうたまらんというヤツです。

後半、毎晩あなたが眠りにつくたびに、あなたを遠くに連れ去る夢に嫉妬する、というのは、なかなかキュートなラインです。この曲にはそういう側面はゼロですが、ボビーはちょっとしたストーリーテラーで、作詞家としての才能もたっぷり持ち合わせていて、小説家になっても成功したのではないかと思うほど、人物描写のうまい人でした。

Good mornin' mornin' glory
I'll have to thank the sandman
For he's let you wake up in my arms again

「サンドマン」は「砂男」とそのまま訳されることもありますが、眠りの精のことで、当然、子守唄にはよく登場します。いまパッと思いだせるのは、Lullaby in Ragtimeの「You can tell the sandman is on his way」というラインです。「サンドマンはもうこっちにむかっているよ」とは、すなわち、そら、もうまぶたが重くなってきたね、といっているわけです。わたしはゴードン・ジェンキンズがアレンジしたニルソン歌うこの曲を、昔、死ぬほど何度も聴きました。いまでも、シナトラなどを聴いていて、あ、ジェンキンズだ、とわかるくらいにです。

寄り道終了。このラインは、また今朝も、わたしの腕のなかであなたを目覚めさせてくれたのだもの、サンドマンに感謝しなくちゃね、といっているわけです。のろけまくっております。

◆ 「朝顔」のほんとうの意味 ◆◆

Oh, come on darling time to get up
I have your breakfast table set up
Its such a lovely morning to see
And I have my mornin' glory with me

ダーリン、そろそろ起きる(目覚めるではなく、ベッドから出る)時間よ、朝食のしたくができたわよ、ほんとうにいい朝よ、それにわたしの朝顔がいっしょにいるんだしね、といったあたりでしょうか(8月27日に間違いに気づき、こっそり修正)。なんか、むちゃくちゃにリアルだなあ、と感じてしまってはまずいのかもしれませんが、でもやっぱり、この恋人たちの朝の描写は、赤面するほどリアルだと思います。

f0147840_23454153.jpg目が覚めてもなかなかベッドから出られないというのは、夫婦じゃないに決まっているわけで、朝のひとときを終わらせるのが惜しくてしかたのない、ホットな恋人たちにちがいありません。いつまでもそうしているわけにはいかないからこそ、「さあ、起きてご飯を食べましょう」という言葉が出てくるのです。みなさんも身に覚えがあるでしょうに!

朝顔というタイトルが意味するものは、ここでは恋人のことになっています。わたしは朝顔から男を連想しませんが、英語では、おそらくmorning gloryという語の響きから、不自然には感じないのでしょう。

なーんていうインチキなごたくはもちろん建前で、不自然どころか、朝顔という語は、英語では男性を指すものとして使われる場合があるのです。俗語辞典(リーダーズ英和辞典でもけっこうです)をお持ちの方は、この語を引いてみれば、なんだ、そうだったのか! てえんで、百パーセントこの歌とタイトルの意味が理解できるはずです。この場合、女性にはありえない現象を指しているわけで、男でなければならないのです。源氏物語の朝顔の君が、なんて呑気なことをいっている場合じゃござんせんよ。じつは、ものすごく露骨な歌なのです。

◆ 私生活にちょっと寄り道 ◆◆
以上、歌詞はドキドキものですが、それにもまして、ボビーの歌声は、朝顔の裏の意味なんか知らなくても、たっぷりとドキドキできます。

f0147840_23513115.jpg女性週刊誌的なことを書くべきかどうか、ちょっとためらいもあるのですが、この曲をつくったときに、ボビーのベッドで横に寝ていた男性は、たぶん、プロデューサーのケリー・ゴードンです。たしか、アレンジャーのジミー・ハスケルがいっていたのだと記憶していますが、ボビーとのことが原因で、ゴードンは離婚することになったそうです。ファム・ファタールというところでしょう。容貌もファム・ファタールだし、歌声に至っては、身の破滅になってもいいと感じるほど魅力的です。まあ、盤を聴いていたって、破滅なんかするわけないし、じっさい、中三のときから聴いていても安全だったから、そういう馬鹿なことがいえるわけですけれどね。

ボビーはのちに、ラスヴェガスの老いたるカジノ王と結婚し、すぐに離婚します。やはりハスケルがいっていたのですが、ボビーはつねづね「お金は大事よ。わたしはお金持ちになるの」といっていたそうで、有言実行だったことになります。それで幸せになったかどうかは知りませんが、最後にハスケルがみたときには、車のとなりに息子を乗せ、元気そうだったとのことです。

◆ スタッフについて ◆◆
ジミー・ハスケルは、ウェスト・コースト・ジャズの大立者、ショーティー・ロジャーズと共同でアレンジしたボビーのデビュー盤でグラミーを得ていますが、アレンジの出来としては、同じくロジャーズ=ハスケルのコンビがアレンジした、Mornin' Glory収録のセカンド・アルバムのほうがよいと思います。グラミーはあくまでも大ヒットした盤とその関係者にあたえられるものなので、ヒットしないと、いくら出来がよくても対象外になってしまうのです。そういうきついバイアスがかかっているのだから、グラミーの価値は頭のなかで補正して考えないといけないことになります。Mornin' Gloryのアレンジについていえば、ヴァイオリンよりも、チェロ、ヴィオラなどの音がめだつ部分が好みです。

ボビーの盤を聴く楽しみのひとつは、例によって、ハリウッド強力ギター陣の活躍です。デビュー盤よりセカンド、セカンドよりサードというように、あとにいくほどギターは強力になっていきますが(4枚目はグレン・キャンベルとの共演盤なので、リードは当然グレン。グレンが悪いというのではないが、ほかのプレイヤーの音はめだたなくなる。5枚目はナッシュヴィル録音で、ハリウッドのようなヴァラエティーに富んだギター・プレイは聴けない。いや、テレキャスターのプレイなどはなかなか悪くないが、バラッドでの美しいガットのプレイはない)、このMornin' Gloryでも、なかなか冴えたガットのオブリガートを聴くことができます。第一候補はトミー・テデスコ。ピックでガットを弾いたことで有名なのは、なんといってもテデスコです。

ほかの曲でも大活躍しているハーモニカは、この曲では決定的に重要な役割を果たしています。キャピトルのインハウス・プロデューサーだったトミー・モーガンのプレイにちがいありません。メチャクチャにうまいし、音色がじつにきれいです。

f0147840_23474139.jpgデビュー盤では、これまたウェストコースト・ジャズの大物、レッド・ミッチェルがアップライト・ベースをプレイしたそうですが、Mornin' Gloryのベースもアップライトなので、またミッチェルがプレイしたのかもしれません。キャロル・ケイもボビーの盤ではプレイしたといっていますが、彼女が登場するのは早くてつぎのサード、ひょっとしたらグレンとの共演盤だけかもしれません。

なんにせよ、素晴らしいスタッフに囲まれ、それでも、我を押し通したボビーのこのセカンド(ケリー・ゴードンは完全に尻に敷かれていたようで、いわばイグゼキャティヴ・プロデューサーとして神棚に祭り上げられ、はしごを外されて、ボビーが主導権をとったらしい。ボビーは後年、クレジットはどうであれ、じっさいにはすべてわたしが自分でプロデュースした、女だからクレジットされなかったのだ、といっている)は、彼女の代表作であり、40年聴きつづけたいまも、ときおりプレイヤーにドラッグして、しみじみと聴き入ってしまいます。しゃれこうべになっても聴きたい曲ベスト13のなかでも、五本指に入れます。

◆ グレンとのデュエット盤 ◆◆
ボビーは、デビュー盤のモンスター・ヒットに最後まで苦しめられました。いまでも、ボビー・ジェントリーというと、Ode to Billie Joeということになっていて、あの曲が好きではないわたしは、40年間、ずっとうんざりしつづけています。あんなのより出来のよい曲をボビーは山ほど書いています。そもそも、歌詞だけに価値がある曲なので、音楽というより、ラップみたいなもの、といってわるければ、短編小説のようなものと思うべきでしょう。

f0147840_23484612.jpg以後はまったく鳴かず飛ばずで、しまいには、売り出し中のグレン・キャンベルの引き立て役をやらされるハメになるのですが、皮肉にも、これがヒットしてしまい、またまたボビーのキャリアを邪魔することになります。なぜ引き立て役かというと、スタッフは完全にグレンのレギュラーで固められているからです。いや、ハリウッドだから、どちらのスタッフも似たようなものですが、プロデューサー/アレンジャーが、グレンの側のアル・ディローリーだというのが決定的で、サウンドは完全にグレンのスタイル(いや、つまり、アル・ディローリーのサウンドという意味ですが)で、お膳立てが整ったところに、ボビーが乗っかっただけなのです。

Mornin' Gloryも、テンポが速すぎて、ボビーのオリジナル盤にあった、朝、ベッドでぐずぐずしている色っぽさはかけらもありません。まあ、男女デュエットでこの曲を情緒たっぷりに歌ったら、まちがいなくラジオから締め出しを食らっちゃいますけれどね。というわけで、つまらない出来のヴァージョンです、というか、この曲はカヴァーしないでほしかったと思います。

それにしても、この曲については書き尽くしたというわりにはよく書いたものだと、われながら呆れています。それから、朝顔の意味が○×△☆だとしたら、これは夏の歌とはいえないだろうというご意見もあるかもしれませんが、建前としては、ボビーも夏の朝を歌ったことにしているのだと、わたしは考えています。
by songsf4s | 2007-08-25 23:52 | 夏の歌