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続Q&Aソングス ゴーフィン=キングの自己レス・アンサー・ソング He Takes Good Care of Your Baby
 
以前、べつのブログで「Q&Aソングス」というシリーズをやったことがあります。そのときには、Answer to Everything: Girl Answer of the 60sというアンサー・ソング集を使ったのですが、最近、またこの種のコンピレーションを見かけたので、どういう選曲なのか、ちょっと覗いてみることにします。

例によって知らない曲がたくさんあるのですが、へえ、といったのはこの曲。本歌と同じく、ジェリー・ゴーフィンとキャロル・キングの共作です。

Carol King - He Takes Good Care of Your Baby


メロディーは原曲のママ、タイトルも原曲のもじりになっているので、たいていの方がすぐに本歌がおわかりでしょう。ボビー・ヴィーの大ヒット曲。山ほどクリップがあるのですが、音の悪いものばかりで、やっとみつけた許容できる音質のものを貼りつけます。

Bobby Vee - Take Good Care of My Baby


もう冒頭の数打でアール・パーマーとわかってしまうほど、どこからどうみてもアールのスネア・ワーク、時代を築いたサウンドです。1963年には、わが家でもこのスネアが毎日のように聴かれていました。って、あたしがかけていたのですが。

この時期のボビー・ヴィーのアレンジャーはアーニー・フリーマン、たいていの場合、彼自身がピアノを弾きながらストリングスをコンダクトしたそうです。この曲も、ストリングス・アレンジメントに心惹かれます。

ボビー・ヴィーの回想によれば、ベースはしばしばジョージ・“レッド”・カレンダー、ギターはハワード・ロバーツかバーニー・ケッセルがプレイしたそうです。オーヴァー・スペックといいたくなるようなメンバーです。しかし、ハリウッド音楽界では、こういう「スペック」はいたってノーマルでした。

この豪華なボビー・ヴィー盤にくらべると、キャロル・キングのセルフ・アンサー・ソングは、バッキングは彼女のピアノのみ、わずかにヴォーカルをダブル・トラッキングしていることだけが色づけです。

むろん、これはデモだったのでしょう。調べるとDora Dee & Lora Leeというデュオらしきアーティストの名義によるHe Takes Good Care Of Your Babyがリリースされたことがあるようです。

さて、アンサー・ソングというのは、たいていの場合、メロディーは原曲のものを流用します。違いは、当然ながら、歌詞にあらわれます。まずは原曲、Take Good Care of My Babyの歌詞から。

My tears are fallin'
'Cause you've taken her away
And though it really hurts me so
There's somethin' that I've got to say

Take good care of my baby
Please don't ever make her blue
Just tell her that you love her
Make sure you're thinkin' of her
In everything you say and do

Oh, take good care of my baby
Now don't you ever make her cry
Just let your love surround her
Paint a rainbow all around her
Don't let her see a cloudy sky

Once upon a time
That little girl was mine
If I'd been true
I know she'd never be with you

So, take good care of my baby
Be just as kind as you can be
And if you should discover
That you don't really love her
Just send my baby back home to me

Well, take good care of my baby
Be just as kind as you can be
And if you should discover
That you don't really love her
Just send my baby back home to me

Oh, take good care of my baby
Well, take good care of my baby
Just take good care of my baby

というわけで、ちょっと浮気のようなことをしたばかりに、愛する女性を失うことになった男が、彼女の新しいボーイフレンドに、「俺のベイビーを大事にしてくれよ、お願いだから彼女を悲しませたりしないでくれ」と訴える、いかにもジェリー・ゴーフィンらしい、すぐれたセントラル・アイディアをたくみに展開するストーリーです。

あまり時間がないのですが、コピーしてもってこられるものもないので、自前でやるしかなく、特急でHe Takes Good Care of Your Babyの歌詞を聞き取ります。やっつけ仕事なので、誤脱はご容赦願います。簡単な英語なので、ご自分で修正できるでしょう。

タイトルからおわかりのように、こちらは女性のほうが、かつてのボーイフレンドに語りかける形になっています。まずは前付けヴァース。

Your tears were fallin'
When he took me away
But darlin' now I'm cryin' too
And there's somethin' that I have to say

というように、原曲にほぼ一対一対応させてあります。まあ、当然、そうでなければいけないところです。ここで明かされるのは、別れるときにあなたが泣いたけれど、いまはわたしが泣いている、という、オヤオヤな現状ですw

つづいてファースト・ヴァース。

He takes good care of your baby
He never ever makes me blue
Though he's thinking of me
And always says he loves me
I can't help wishing it were you

これも原曲のファースト・ヴァースに対応させてあります。あなたが頼んだとおり、彼はわたしのことを大事にしてくれているわよ、でも、愛しているといわれるたびに、彼ではなく、あなただったらよかったのに、と思ってしまうの、という、いまのボーイフレンドはもうぜんぜん立場がないという、オイオイな展開です。

セカンド・ヴァース。ここからが、天下のジェリー・ゴーフィンの本領発揮です。いっておきますが、あたしは、キャロル・キングなんかよりはるかにジェリー・ゴーフィンのほうが好きなのです。

He takes good care of your baby
But ever since we said goodbye
When he puts his arms around me
Memories of you surround me
And darling I can't help but cry

ここは本歌の踏まえ方が一段、高度になっています。2行目は本歌「Just let your love surround her」→アンサー「When he puts his arms around me」、3行目は「Paint a rainbow all around her」→「Memories of you surround me」というように、surroundとaroundの置き場所を入れ替えてあるのです。

さすがはジェリー・ゴーフィン、ただ語り手を男から女へと替えるだけでなく、ふたつの曲を横断して詩の形式美も追求するという力業を披露しています。こういうところがこの人の才能であり、キャロル・キングが一山いくらの凡人に見えるほどの世紀の大ソングライターだったと考える所以です。

つづいてブリッジ。

When you were untrue
I said goodbye to you
But darling can't you see
You let me go too easily

あんなに簡単にあきらめることはないじゃない、となじられた男はまた泣いちゃうでしょうな。それにしても、いまのボーイフレンドがなんとも可哀想な展開ですw

ラスト・ヴァース。

He takes good care of your baby
Just like you wanted him to do
He tries to make me happy
But how can I be happy
When my heart knows
I'm still in love with you

技術的にはみごとなもので、ジェリー・ゴーフィン作品として恥ずかしくない仕上がりです。一度はあきらめた彼女にこんなことをいわれたら、男としては矢も楯もたまらない気分になるでしょう。

さりながら、あたくしは年寄りなので、いろいろな男女関係を見てきたわけでして、こういうケースでは、はからずもよけい者となってしまった男のほうにシンパシーがわきます。おまえら、勝手に別れて、勝手に縒りを戻そうとしやがって、それが人の道か、などと道学者じみた言葉が喉元まで迫り上がってきてしまうわけですな。

まあ、所詮、フィクションのなかの他人の色恋、ほうっておくことにして、本歌のほうのカヴァーを貼りつけましょう。

まず、いまやTake Good Care of My Babyのもっとも有名なヴァージョンになりつつあるこの人たちのものを。

The Beatles - Take Good Care of My Baby


うーむ。べつに悪いとはいいませんが、ジョージがリードですし、あの時代のビートルズですから、ハリウッドの精鋭がプレイしたボビー・ヴィー・ヴァージョンと比較しては失礼でしょう。いまだから、逆算して、魅力があるように錯覚するだけです。この曲を歌うならジョンでしょうに。

そろそろ時間切れ、つぎのヴァージョンでおしまいにします。

Dion & The Belmonts - Take Good Care of My Baby


ふたつ聴いて、ボビー・ヴィーのヴァージョンのレベルの高さを深く噛みしめました。アール・パーマーがいることのすごさ!


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ボビー・ヴィー
Very Best of Bobby Vee
Very Best of Bobby Vee


キャロル・キング
Brill Building Legends
Brill Building Legends
by songsf4s | 2012-02-09 23:59 | 60年代
Who Put the Bomp (in the Bomp Bomp Bomp) by Barry Mann
タイトル
Who Put the Bomp (in the Bomp Bomp Bomp)
アーティスト
Barry Mann
ライター
Barry Mann, Gerry Goffin
収録アルバム
Who Put the Bomp in the Bomp Bomp Bomp
リリース年
1961年
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昨日の「ちょいといけます」に引きつづき、タイトルはおろか、歌詞にも、fool, silly, dumb, ridiculousといった言葉はいっさい出てこない馬鹿ソングを取り上げます。

では、サウンドが馬鹿っぽいのかというと、かならずしもそうとはいえず、どこかに明々白々たる馬鹿っぽさがあるとしたら、バリー・マンの歌い方だけでしょう。

しかし、これはある意味で究極の馬鹿ソングであり、あまたある馬鹿ソング仲間のみならず、仕事にあくせくする作者たち自身も含め、複雑なポップ・ミュージック複合体全体を、永遠に高みから睥睨する、メタ馬鹿ソングでもあるのです。

◆ 世にもブガティーブガティーな歌詞 ◆◆
まずは、歌がはじまるまえの前付けヴァース。

I'd like to thank the guy
Who wrote the song
That made my baby
Fall in love with me

「あの娘をぼくに惚れさせた歌を書いてくれた男に、ぜひとも礼がいいたいものだ」

と、ソングライター自身が書いたのだから、大笑いしたくなりますが、まだ若く、ストラグルの毎日を送っていた彼らとしては、すこし泣きの入った前付けだったのかもしれません。あるいは、若い鵜の群をみごとにあやつり、あがりの大部分を自分の懐に収めていた稀代の鵜飼い、ドン・カーシュナーの不誠実な伝票処理を、すでに直感的に嗅ぎ当てていたのか?

こういう話は、いつも歌詞が終わったあとに書くのですが、なんせポップ・ソングそのものを題材としたメタ・ポップ・ソングなので、ちょっとお先走りをしてしまいました。

それでは歌に移ります。コーラスから入る構成です。

Who put the bomp
In the bomp bah bomp bah bomp?
Who put the ram
In the rama lama ding dong?
Who put the bop
In the bop shoo bop shoo bop?
Who put the dip
In the dip di dip di dip?
Who was that man?
I'd like to shake his hand
He made my baby
Fall in love with me

「バンバババンバンにバンをプットしたのはだれなんだ? ラマラマディンドンにラムをプットしたのだれなんだ? バッシュバッシュバーにバップをプットしたのはだれなんだ? ディッディッディディップにディップをプットしたのはだれなんだ? いったいだれなんだ、その男に握手したいよ、彼のおかげで彼女はぼくのものになったんだから」

書いていて馬鹿馬鹿しくならないかって? そりゃなりますよ。こういうナンセンス・シラブルをカタカナに変換すると、ATOKの辞書も汚れますしね。いやまあ、そんなことはいいのですが。でも、つまるところ、これは馬鹿ソング特集なので、歌詞が馬鹿だからといって、作詞家を責めるわけにはいかないのです。それこそ、こんな馬鹿な歌詞を書いてくれた男に握手しなければいけない立場に、わたしもあるのですよ。

で、このヴァースがバンバババッパするところは、見たとおり、ディッパディッパドゥーなのですが、そんなラマラマディンドンばかりいっていては、ブロガーの役目はブガティブガティーシューになってしまうので、ちょっとだけシュルンドゥビドゥーしておきます。

後年、60年代を代表する名作詞家といわれることになるジェリー・ゴーフィンのことですから、ただ馬鹿げたナンセンス・シラブルを書いて、仕事を早く切り上げようとしたわけではないことは、あとにいけばわかりますので、ひとまずここはラーマラマブガティーしてください。

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◆ なんたるディップディディディップディ! ◆◆
やっとたどりついたファースト・ヴァース。

When my baby heard
"Bomp bah bah bomp bah bomp bah bomp bah bomp bomp"
Every word went right into her heart
And when she heard them singin'
"Rama lama lama lama rama ding dong"
She said we'd never have to part
So

「彼女があの『バンバーバーバン、バーバンバーバンバーバンバン』を聴いたとき、言葉のひとつひとつが心に染みこんだ、そして、彼らがあの『ラーマラーマラマラマディンドン』をうたったところで、彼女はいった。『わたしたちはずっといっしょにいなきゃいけないのよ』。だから……」

といって、コーラスにつづくという構成です。

文字にすると、どうってことはないのですが、音だとなんとも可笑しくて、あまりの可笑しさに、人間てえのは哀しい動物だなあ、ラーマラーマラマラマディンドンで一生の大事が決まっちゃうんだから、なんて、襟元が涼しくなったような、うら悲しい気分になることすらあります。つまり、みごとに一場のコメディーを演出したヴァースだということです。

コーラスは最初のものと同じなので飛ばして、セカンド・ヴァースへ。

Each time that we're alone
Boogity boogity boogity
Boogity boogity boogity shoo
Sets my baby's heart all aglow
And everytime we dance to
Dip di dip di dip
Dip di dip di dip
She always says she loves me so
So

「二人きりになるたびに、あのブガティーブガティーブガティーブガティーブガティーブガティーブガティーシューで彼女のハートは燃え上がる、そして、ディッパディッパディップディッパディッパディップに合わせて踊るたびに、彼女はいつも『あなたのことがメチャクチャに好き』というんだ、だから……」

最後のSoは、またコーラスにつながっています。

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左からドン・カーシュナー、バリー・マン、ジェリー・ゴーフィン、アル・ネヴィンズ

◆ 永遠にラマラマディンドン ◆◆
サード・ヴァースのかわりに、セリフが入ります。

Darling, Bomp bah bah bomp bah bomp bah bomp ba bomp bomp. And my honey, lama lama ding dong forever. And when I say, dip di dip di dip, you know I mean it. From the bottom of my heart Boogity boogity boogity shoo.

「ダーリン、バンパバンボパンボバン、ぼくのハニー、永遠にラマラマディンドンするよ、それに、ぼくがディップディディップディディップディといったら、ただの言葉じゃなくて、本気なんだ、心の底からブガティーブガティーブガティーシューするよ」

このセリフがポイントで、ジェリー・ゴーフィンがこの曲でいいたかったことはここに凝縮され、また、作詞意図の説明にもなっていると思います。このセリフのナンセンス・シラブルは、いずれもI love youで置き換えると、すっきり意味がわかるようになっています。

結局のところ、ポップ・ソングの歌詞はI love youの言い換えにすぎず、いくらがんばっても、I love you以外の歌詞を書くことはできない、リスナーが望んでいるのはただ一言、I love you foreverだけなのだから、といったあたりの受け取り方でよろしいのではないでしょうか。

◆ オールドンのクリーンアップ・トリオ ◆◆
ジェリー・ゴーフィンとバリー・マンという組み合わせでは、やはりオールドン・ミュージックという音楽出版社の話にならざるをえませんな。もう時間がないので、駆け足で。

オールドン・ミュージックというのは、アル・ネヴィンズ(スリー・サンズのギタリスト。ヴィニー・ベルはネヴィンズの後任だった)とドン・カーシュナーなる人物が設立した会社で、ニール・セダカとハワード・グリーンフィールド、ジェリー・ゴーフィンとキャロル・キング、バリー・マンとシンシア・ワイルといった、すぐれたソングライター・チームを擁し、60年代前半のアメリカ音楽産業をハリケーンのごとく席巻しました。

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オールドン一家記念写真。だれがだれなのかよくわからないが、後列左から3人目がルー・アドラー、その隣がアル・ネヴィンズ、その隣がドン・カーシュナー夫妻。

オールドンのウェストコースト・オフィスをあずかっていたルー・アドラーがいっています。NYから届いた曲を、たとえば、ボビー・ヴィーとそのプロデューサーのスナッフ・ギャレットのところにもっていく、ギャレットが「オーケイ、これを録音しよう」といったら、「それはけっこうだけれど、うちとしてはB面もいただきたい」といい、ギャレットが「それは困る」といったら、「では、その曲はよそへもっていかせてもらいます」といえる立場にあったのだそうです。

シングルのA面とB面は、印税配分では平等です。A面がヒットして盤が売れれば、たとえB面が魚雷がどうしたとかいうアホ馬鹿インストでも、同じ配分で印税が支払われます。だからオールドンは、かならずB面にも自社の曲を使えと強制したと、ルー・アドラーはいっているのです。プロデューサーとしては、これは拒否したいのです。自分が書いた曲をすべりこませれば、たっぷり儲けられるわけで、制作者側の既得権だったのですが、オールドンはそれすらも奪ってしまう力をもつにいたったというしだい。

f0147840_0145850.jpgで、その会社の3番打者チームの作曲家がバリー・マン、4番打者チームの作詞家がジェリー・ゴーフィンです。まだ夫婦単位のチームが固定化していなかったのか、はたまた鵜飼いの気まぐれか、この組み合わせは稀で、ほかにあと1、2曲しか共作を確認できないと、マン=ワイル研究家の某氏がAdd More MusicのBBSに書いていました。でも、このWho Put the Bompを残せば、このチームはあとはなにもつくらなくてもオーケイです。よくぞ書いたり、よくぞうたったり、よくぞリリースしたり、です。

でも、二人がなにを思って、Who Put the Bompを書いたのか、ちょっときいてみたい気はします。ソングライターのことも忘れないでくれ、という願いなのか、俺たちはなんてくだらない仕事をしているのだろうか、というボヤキなのか、所詮、リスナーが聴きたいのはI Love Youだけだ、俺たちは毎日そういうものを書いてメシを食っているのさ、という自嘲なのか。

もちろん彼らは、この曲が自分たち自身を標的にしていることを自覚していたでしょう。でも、あの1961年という時点までさかのぼって考えると、この曲には「仮想敵」があったような気もします。それは旧世代のソングライターたち、現在、スタンダードといわれている楽曲群を書いた、いわゆる「ティンパン・アリー」の人びとです。

このあと、バリー・マンは夫人のシンシア・ワイルの作詞により、We've Gotta Get Out of This PlaceやMagic Townといった、一群のソーシャル・コンシャスな曲で、いわゆるブリルビル系ライターのなかでは異彩を放つことになります。ジェリー・ゴーフィンのほうは、60年代後半にあのGoin' Backを書きます。いろいろな技は弄しても、結局、目的地はI Love Youでしかない、ティンパン・アリー流のポピュラー・ソングに違和を感じていなければ、Who Put the Bompのような曲は書かなかったのではないでしょうか。

◆ どうせ馬鹿なら ◆◆
この曲については、かつてAdd More MusicのBBSで、二度にわたって大熱弁をふるってしまい、またそれを繰り返す気力がないのですが、多少は盤としての出来にもふれておかねばならないでしょう。

バリー・マンといえば、ソングライターということになっていますが、わたしは、シンガーとしても好きです。ただし、また、おおいなる異論があることを承知で書かざるをえませんが、いわゆるシンガー・ソングライター的なノリでつくられた後年のアルバムは、わたしには退屈で、好きなのはこのWho Put the Bompの時期、お気楽なティーンポップをうたっていたころだけです。

なんせ、この時期は、時代の気分なのでしょうが、むやみに元気なんです。シンガーとしてのバリー・マンの代表作は、もちろんこのWho Put the Bompですが、同じLPに入っている、War PaintやFind Another Foolなんかもじつに楽しい曲で、思わず、ゴミもホコリもチリもすべて詰め込んだ3枚組CDまで買ってしまったほどです。

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ドン・カーシュナー、シンシア・ワイル、バリー・マン。伝説に反し、このようにオールドンのオフィスで曲を書いたのはごく初期だけで、すぐに自宅で書くようになったという。そりゃそうでしょう。フロアじゅうにピアノが溢れていて、お互いの音が入り混じり、なにを弾いているかわからなかったというのだから!

Who Put the Bompを聴いて思うのは、バリー・マンは献身的シンガーだということです。あの馬鹿馬鹿しいセリフは、馬鹿馬鹿しいがゆえに、投げやりに、または、控えめにやったら、面白くもなんともなくなってしまいます。そういう芸事の原則をよく承知していたのでしょう、バリー・マンは大オーヴァーの熱演で、ブガティーブガティーシューだの、ラマラマディンドン・フォレヴァーだのといって、恋人に迫っています。

こういうときに、「おまえだって木の股から生まれてきたわけじゃあるまい、父もいれば母もいるだろう、恥を知れ、恥を」なんていっちゃいけないのです。照れて、フテて、投げやりにやってもしかたありません。やるなら、本気の熱演あるのみ。馬鹿をやるなら、どこまでも馬鹿に徹すること。そうじゃなければ、馬鹿をやる甲斐がありません。

もうひとついっておきたいのは、バックのサウンドです。ビートも重く、ドラムとギター・カッティングが生みだすグルーヴも軽快で、じつによくできたトラックです。ベース・ラインをサックスでなぞるサウンドも、60年代初期のものでたまに見かけるだけのスタイルですが、わたしは大好きです。じつにいいサウンドだと思うのですがねえ。

勢いのあるグルーヴに乗って、バリー・マンのヴォーカルも気持ちよさそうだし、バック・コーラスもまじめに馬鹿をやっていて、ティーン・ポップ特有のふやけた甘さのいっさいない、じつに好ましいプロダクションです。まじめにつくっておけば、半世紀たっても腐らないものだなあ、と感じ入ります。

◆ ソングライター長屋物語 ◆◆
便利なので、つい、わたしも「ブリル・ビル」という言葉を使ってしまいましたが、それはとんでもない見当違いなのだと、ブリル・ビル系の代表と名指しされるライターのひとり、ドク・ポーマス(Save the Last Dance for Me)がいっているそうです。

f0147840_044046.jpg「ブリル・ビルはロックンロールの故郷だとかいう話をしょっちゅう耳にする。まったくそんなことはない! ブリル・ビルは、あの古くさくて野暮なブロードウェイ・ミュージカルのライターたちの住み処だ。それに、連中はわれわれのことが大嫌いだったのさ」

古くさいティンパン・アリー系のポップ・ミュージックと、60年代のロックンロール・ソングを区別する言葉として、「ブリル・ブル」が持ち出されるのですが、ドク・ポーマスは、じっさいには、ブリル・ビルはティンパン・アリーが高層ビルになっただけの場所だといっているのです。

これには、あちゃあ、でした。ブリル・ビルって、考えてみると、典型的なアール・デコ様式の建物なんですよね。アール・デコといえば、1930年代の様式です。なるほど、ファサードの写真を見ただけで、ここはロックンロールが生まれる場所ではない、と直覚しなければいけなかったのでした。

いつも思うのですが、だれかがなにかをいったからといって、それを検証せずに踏襲してはいけないのです。こういう実体と乖離した言葉というのは、そこらにゴロゴロしているわけでしてね。ほら、「バーバンク・サウンド」なんてありもしない絵空事だと、以前、いったでしょ。あれと同じです。まあ、音楽のことなら罪は軽いのですが、政治だの行政だのはこればかりですから、お互い、眉だけはつねに濡らしておきましょう。

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モート・シューマン(左)とドク・ポーマス。この人は妙に気になる。伝記があるなら読んでみたい。モート・シューマンも、後年、フランスに渡り、シャンソン歌手モルト・シューマンに変身するという、わけのわからない一生を送った。

by songsf4s | 2008-04-17 23:55 | 愚者の船
It Might As Well Rain Until September by Carol King
タイトル
It Might As Well Rain Until September
アーティスト
Carol King
ライター
Gerry Goffin, Carol King
収録アルバム
The Colpix Dimension Story, The Dimension Dolls
リリース年
1962年
他のヴァージョン
Bobby Vee
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◆ ソングライターは透明人間か ◆◆
See You in Septemberにつづき、もう一曲、夏の歌なのに、タイトルには「九月」とあるものを取り上げます。

キャロル・キングは、1971年のシングルIt's Too Lateと、それをフィーチャーしたアルバムTapestryのメガ・ヒット(それまでの「ゴールド・ディスク」の尺度では収まらなくなり、RIAAは、このときに「プラチナ・ディスク」をつくったということを読んだ記憶があります)によって、一躍スターダムにのぼりますが、It Might As Well Rain Until Septemberがヒットした1962年には、あくまでもソングライターが仕事であり、歌は余技にすぎず(じっさい、余技以外のなにものでもない歌唱力!)、この曲が初ヒットでした。

夫で作詞家のジェリー・ゴーフィンは1939年2月生まれ(土地はブルックリン)なので、このとき二十三歳、夫の歌詞にメロディーをつけていたキングは1942年2月の生まれなので、ちょうど二十歳という勘定になります。まだ非常に若かったのですが、ソングライター・チームとしてすでに大活躍していて、62年には注文が殺到する状態だったのはご承知のとおりです(1955年以降、ビルボード・チャートに楽曲を送りこんだ回数で比較すると、ずば抜けたナンバーワンであるレノン=マッカトニーについで、ゴーフィン=キングは2位につけているそうです)。いずれにしても、これくらいの年齢でなんらかの実績があって当たり前の業界なのですが。

よけいなことですが、書籍でジェリー・ゴーフィンのことを調べようとすると、「キャロル・キングを見よ」などと書いてある無礼千万なもの(腹が立つので、名指しします。ローリング・ストーンの『Encyclopedia of Rock』。なんたる不見識!)にぶつかり、ウェブで「gerry goffin bio」というキーワードで検索すると、キャロル・キングのバイオにばかりぶつかってしまい、ムッとなります。

いや、ジェンダーとは無関係に腹を立てているので、誤解なきよう。キャロル・キングはパフォーマーとして有名になったから立項されているのであり、ジェリー・ゴーフィンは、2枚のアルバムをリリースしただけで、パフォーマーとしては無名も同然だから、不見識で無礼なローリング・ストーンの辞典は、この大作詞家を、パフォーマーである元夫人のたんなる付録にしてしまったのです。ここで腹を立てなければ、わたしもローリング・ストーンなみの不見識な愚者ということになってしまいます。

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キャロル・キングとジェリー・ゴーフィン

そもそも、歌詞サイトはソングライターのおかげで成り立っているくせに、どこでも、ソングライターではなく、パフォーマーで曲を分類していて、ここでも青筋を立てています。Hound DogやJailhouse Rockを歌ったのはエルヴィス・プレスリーだということはだれでも知っていますが、作者がジェリー・リーバーとマイク・ストーラーだということは、ほとんどのリスナーは知らないわけで、そういうことが、こうした歌詞サイトの構成の仕方に反映されているのでしょう。

たとえ世界中がソングライターを相手にしなくても、わたしだけはがんばるぞ、このアンフェアな世界をほんのすこしでもフェアにしよう、なんてんで、肩に力が入ってしまいます。

◆ 雨よ降れ、九月までずっと ◆◆
閑話休題。いや、重要話題休題。この曲は、冒頭に短い前付けの独唱部(これも「ヴァース」といいますが、ポピュラー・ソングで通常いう「ヴァース」=「連」のことではありません)があり、彼女はボーイフレンドに手紙を書いていることがわかります。したがって、ファースト・ヴァース以下の本体も、その手紙の内容になっています。以下はその独唱部とファースト・ヴァース。

What should I write?
What can I say?
How can I tell you how much I miss you?

The weather here has been as nice as it can be
Although it doesn't really matter much to me
For all the fun I'll have while you're so far away
It might as well rain until September

こっちの天気は最高だけど、そんなのカンケーない、だって、あなたがいないんだもん、いっそ、九月までずっと雨が降ればいいのに、というぐあいで、彼女、かなり荒れています。九月までというのはいいとして、何月からという起点が書かれていませんが、わたしのように枝葉末節、重箱の隅が気になる人間のために、ジェリー・ゴーフィンはセカンド・ヴァースのあとのブリッジで、以下の描写を加えています。

My friends look forward to their picnics on the beach
Yes everybody loves the summertime
But you know darling while your arms are out of reach
The summer isn't any friend of mine

友だちはみんなビーチへのピクニックを楽しみにしている、でも、夏なんか大ッキライと、すねまくっています。ここから読み取れることは、まだ盛夏ではないということです。みんなが盛り上がるのはまだ先のことだからです(ただし、この曲のビルボード・チャート初登場は8月25日付です。このように、歌詞が設定した季節とリリースないしはヒットの時期がズレるのもまれなことではありません)。九月になれば解決するらしいので、See You in Septemberと同じく、二人は学生で、夏休みが障碍になっている、と見ていいようです。

できあがったものだけを見るとわからないことというのはいっぱいありますが、この4行を眺めると、ゴーフィンはいくつかの障碍をうまくクリアしたのだろうと想像します。「夏なんか大ッキライ」という意味のことをいうにしても、歌ではシラブル数が問題になります。I hate the summerではシラブルが足りず、(あの時代の)若い女性が口にするには強すぎます。The summer isn't any friend of mine=夏なんて友だちでもなんでもない、という風にやわらかい表現にし、シラブルも合わせる、これがソングライターの仕事というものです。

2行目の末尾summertimeと、4行目の末尾mineというのは、ジミー・ウェブの本に出てくる、false rhyme(=「疑似韻」?)というものかもしれないと思うのですが、この点はまだ泥縄の勉強中なので、ジミー・ウェブの曲をとりあげるころにはなにか書ける程度の知識を仕込んでおくことにして、ここでは口をつぐみます。

つづくサード・ヴァースの冒頭は、

It doesn't matter whether skies are grey or blue
It's raining in my heart 'cause I can't be with you

「空が曇っていても晴れていても関係ない、あなたがいないんだから、わたしの心のなかはいつも雨」となって、また、「九月までずっと雨が降ればいいのに」と締めくくられます。

f0147840_2175240.jpgディメンションのガール・シンガー/グループを集めたこのような編集盤もある。キャロル・キングがディメンションからリリースした曲はわずかで、オリジナル・アルバムは存在しないため、アルバムとしてはこのような編集盤しかない。

アイディアの核はひとつだけで、恋人に会えないのなら、夏なんか楽しくない、いっそ雨が降ったほうがいいくらい、というものです。あとは、この設定から考えられる派生的ことがらを、いつものジェリー・ゴーフィンらしく、ていねいに展開しているだけです。この「ていねいに展開」できるか否かが、トップ・レベルのソングライターになれるかどうかの分かれ目です。この曲は、彼の代表作とはいえないかもしれませんが、スムーズな展開はいつものゴーフィンで、間然とするところがありません。

◆ デモ盤のリリース?  ◆◆
たんなる譜面より、音になっているほうが、楽曲の買い手としてもイメージをつかみやすいものです。楽曲出版社は、デモ・テープまたはデモ盤をつくって、顧客に曲を売り込みました(もちろん、日本でよくあるように、顧客のほうからオーダーがくることもありました)。ゴーフィン=キングの場合、しばしばキングの歌とピアノでデモをつくっていたようです。このIt Might As Well Rain Until Septemberもそのようにつくられた、ボビー・ヴィー向けのデモだったそうです。

しかし、彼らの楽曲出版社オールドン・ミュージックの社長であるドン・カーシュナーは、このデモがひどく気に入り、ボビー・ヴィーのレコーディングを待たずに、レーベルを設立してこの曲をリリースしたのだそうです。結局、ボビー・ヴィーのほうは、アルバム・トラックとしてこの曲をリリースしただけで、シングル・カットはせず、キャロル・キング盤がヒットしただけで終わりました。

The Colpix-Dimension Storyのライナーにそう書いてあるから、いちおう真に受けて、デモだと考えておきますが、そうかなあ、という気もします。デモをそのままリリースしたために、どの盤でもこの曲の音質は劣悪である、なんてことを書いているサイトがありますが、簡単にそういっていいかどうか。

音質はよくもありませんが、とくに悪くもありません。デモだからといって、とくに音質が悪くなる理由は技術的には存在しません。金をかけずに、3リズム程度のシンプルなバッキングで、安いプレイヤーを使い、短時間で録音するのはデモの常識ですが、ちゃんとしたスタジオを使うことも多いので、デモであることと劣悪な音質とは一直線ではつながらないのです。

できあがったものを聴いて感じることは以下の三点。キャロル・キングのピッチの悪さをごまかすためか、ダブル・トラッキングどころか、最低でもトリプルでヴォーカルが重ねられていること(カーペンターズが機械的にやったことを「マニュアルで」やっている)、ストリングスや女声コーラスも入っていること、ドラムが安定していて、プレイヤーは二流ではないこと(ゲーリー・チェスターではないでしょうか)です。

デモにこんな大金をかけるようなお人好しは、音楽業界ではぜったいに成功しません。まして勧進元はやり手で有名なドン・カーシュナーです。こんな「デモ」をつくるようなことは考えられません。正規リリース盤としての要件を満たした編成なんですからね。

音質の最大の敵はオーヴァーダビングです。ヴォーカルを三回重ねれば音質は劣化します。これはひとつのチャンネルに集中することも可能なので、バックトラックは「隔離」できなくもありません。しかし、ベーシック・リズムのみを先に録音し、あとからストリングスをオーヴァーダブするという方法が当時は広くおこなわれていました。これはベーシック、とくにドラムのプレゼンスを劣化させます。

以上から導き出されるシナリオ。ほんとうにデモだったとしても、ベーシック・リズムとヴォーカルのみの1~3トラックのテープのはずです。これをリリースしようと考えた段階で、大々的なオーヴァーダビングが必要になったはずで、3トラックだとしても、いわゆる「ピンポン」を何度も繰り返す必要が生じ、それが音質をいくぶん劣化させたのだと思います。おそらくはドン・カーシュナーがリリースのときにしゃべっただけに過ぎないであろう、デモがあまりにもすばらしいのでリリースすることにした、などという話は、あまり真に受ける気にはなれませんが、デモではないという証拠があるわけでもないので、以上のような結論にしておきます。

でも、ご用心。音楽業界は「ハイプ」の巣です。とりわけ、ドン・カーシュナーのようなやり手の商売人のいうことは、すべてが自分の利益を考慮したうえでの発言ですから、われわれもつねに懐疑的でなければいけません。自分の耳で聴き、自分の頭で考えないと、商売人の思う壺にはまります。

◆ ボビー・ヴィー盤  ◆◆
さて、ボビー・ヴィー盤を聴くと、あっはっは、たしかに、こっちはステレオだし、録音もいいや、と笑ってしまいます。いや、そのことはあとまわしにしましょう。

歌詞を考えると、ヴィーがこの曲をシングルにしなかったのも無理はないと感じます。若い女性がこの曲を歌えば、夏に恋人に会えないことで、すねて、だだをこね、八つ当たりするのも、可愛げがありますが、男が同じことをいっても、しっくりきません。

ドン・カーシュナーが、キャロル・キングの「デモ」を自分の手でリリースしようと決めたのも慧眼だと思いますし、ボビー・ヴィーがこの曲をシングルにしなかったのもまた、いかにも彼らしい選曲眼だと思います。ヴィーではなく、彼のプロデューサーだったスナッフ・ギャレットの選曲眼だろうという意見もあるでしょうが、わたしは、ヴィー自身、かなりいい耳をしていたと考えています。

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ボビー・ヴィーのIt Might As Well Rain Until Septemberを収録した編集盤、The Essential and the Collectable

さて、音質というか、トラックの件。ヴィーのレギュラー・アレンジャーは、フランク・シナトラのStrangers in the Nightのアレンジで知られるアーニー・フリーマンです。ピアノとストリングスの連携の仕方にフリーマンらしさを感じるので、クレジットはありませんが、わたしはフリーマンであろうと考えています。いいストリング・アレンジです。

スタジオとエンジニアは主としてユナイティッド・ウェスタン、主としてボーンズ・ハウだったそうです。この曲もこの組み合わせではないでしょうか。わたしの好きなスタジオと贔屓のエンジニアです。いや、ジャン&ディーンのジャン・ベリーをはじめ、この組み合わせが好きだった人は山ほどいたのですが。

プレイヤーはいろいろですが、ドラムはアール・パーマー、ハル・ブレイン、ジェリー・アリソンの名前があがっています。この曲はアール・パーマーのプレイに聞こえます。時期的にも、ハル・ブレインがアール・パーマーからストゥールを奪うのは、もうすこしあとになります。

ギターについてはハワード・ロバーツ、ベースについてはレッド・カレンダー(超大物!)の名前があがっていますが、このトラックについてはなんともいえません。そもそも、右チャンネルのアップライト・ベースだけでなく、左チャンネルからはダノ(ダンエレクトロ6弦ベース)らしきクリック音が聞こえてきます。当時、ダノを弾いたので知られる人は、ビル・ピットマン、ルネ・ホール、すこし時期が下るかもしれませんが、キャロル・ケイなどです。また、フリーマンがアレンジしたときは、彼がピアノを弾きながらオーケストラをコンダクトしたそうです(バート・バカラックも同じやり方だったとか)。

当時のハリウッドではめずらしいことではないのですが、頭のてっぺんから尻尾の先まであんこがぎっしり詰まったすごいスタッフで、これでは、ダメなトラックをつくるのはきわめて困難で、たとえプロデューサーが居眠りしていても、けっこうなトラックができてしまうはずです。いい音です。

◆ 蛇足: 却下されるであろうお節介な対案 ◆◆
ふと、わたしのなかの素人ソングライターが鎌首をもたげました。この曲は、たんに恋人が遠くにいて、いっしょに夏を過ごせない、というだけの設定ですが、もっとずっときびしい設定に変えてみたらどうでしょう? これから二人で楽しい夏を、と思っていた矢先に、ふられてしまった、という設定です。

そういう設定でも、この歌詞はほぼそのまま流用できます。たんに、響きがより切実になるだけです。元の恋人が、新しい相手と夏を楽しんでいると思うと、いても立ってもいられなくなり、九月までずっと雨が降って、二人が夏を楽しめなくなればいいのに、と呪ってしまうわけです。

悪くないように思うのですが、当時の中庸をよしとするチャートから考えると、ややはみ出した設定かもしれません。ジェリー・ゴーフィン自身、ほぼ同じ時期に、フィル・スペクターとクリスタルズのために、He Hit Meというはみ出した曲を書いて大失敗をしています。やはり、わたしがあの場にいて、「いっそ失恋の歌にしたら?」などとアイディアを出しても、却下されたでしょう。
by songsf4s | 2007-07-05 21:23 | 夏の歌