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now listening ジュディー・コリンズ Cook with HoneyとSomeday Soon
 
先日、「お嬢さん、失礼ですが、お名前は?――スターの向こうのガール・シンガーたち」という記事で、ハウディー・ムーンの、というか、ヴァレリー・カーターのCook with Honeyを貼りつけたとき、ジュディー・コリンズのヴァージョンもあったはずなのに、と思ったのですが、クリップが見あたりませんでした。

ではやむをえない、自分のを聴こう(落語「しわい屋」シテュエイション!)と思ったのですが、ファイルを発見できず、ついにその日は聴けませんでした。やっと見つけだしたので、本日はまず、そのジュディー・コリンズ盤Cook with Honeyから。

サンプル Judy Collins "Cook with Honey"

うろ覚えですが、たしか、ヴァレリー・カーターはこのヴァージョンでバックグラウンドを歌ったのだと思います。

しかし、ヴァレリー・カーター/ハウディー・ムーンのセルフ・カヴァーにくらべると、こちらは軽いというか、緊張がないというか、ハウディー・ムーンから逆算すると、ちょっと物足りない出来に感じます。

いや、楽曲というのは、はじめのうちはどうアレンジするのが適切か、見えない場合があるので、ジュディー・コリンズ盤ができたおかげで、ヴァレリー・カーターはやりやすくなったのかもしれません。

このブログのごくごく最初のほうで取り上げましたが、ジュディー・コリンズといえば、まずこの曲が指折られるでしょう。

Judy Collins - Both Sides Now


これまた、ジョニ・ミッチェルのセルフ・カヴァーにくらべると、軽いポップな仕上がりで、偶然なのか、そういう傾向があるのか、どちらなのだろうと首を傾げます。こちらについては、ジュディー・コリンズ盤には相応のよさがあり、いっぽうでジョニ・ミッチェル盤にもやはりおおいなる美点がある、と考えています。

Both Side Nowも好きでしたが、昔いちばん好きだったのはこちらの曲。

Someday Soon - Judy Collins


久しぶりに聴いて、なんだか溜息が出ました。ジュディー・コリンズもけっこうなのですが、バンドが、控えめなのに、実力おおありムードで迫ってきて、なんだよ、だれなんだよ、と驚きました。

すごくてあたりまえのメンバーでした。ドラムはわが愛するジム・ゴードン、ペダル・スティールはバディー・エモンズ、ベースはクリス・エスリッジ、ギターはジェイムズ・バートンとアルバムにはクレジットされています。これでは悪いサウンドなんかつくりたくてもつくれません。いやはや、名手がやると、軽く流しても、うまさがにじみ出てしまうなあ、と呆れました。

もう一曲、昔から好きなのがあります。いい音のものはないので、このアナログ起こしを。やはりジョニ・ミッチェルの曲です。

Judy Collins - Michael from Mountains


わたし自身は宗教的なものは、それだけの理由で十分に嫌いなのですが、日本ではいつのまにか、ジュディー・コリンズの代表作はつぎの曲になってしまったようです。

Judy Collins - Amazing Grace


なんか、うそっくせえー、と思います、偽善の悪臭紛々たる仕上がりでしょうに。こういう面が嫌いで、この人を聴かなくなったのですが、正しい選択だったと、いま聴いて改めて納得しました。

最後に、ジュディー・コリンズに捧ぐラヴ・ソング。この人も、当時はいろいろあったでしょうが、あとで、Amazing Graceが似合うような歌手はやめにしてよかったと思ったのではないでしょうかねえ!

Crosby, Stills & Nash - Suite: Judy Blue Eyes


ウッドストック・ヴァージョンもそれなりに印象的でしたが、スティーヴ・スティルズのベースが入っている、ダラス・テイラーのドラムが入っているという理由で、わたしはこちらのほうが好きです。

しかし、スティルズのアコースティック(この曲では左チャンネルにおかれている)というのは、どうしてこういう音になってしまうのでしょうか。昔も首を傾げ、いまもまた首を傾げました。

以前にも書いたと思いますが、スティーヴ・スティルズのベースもラインの取り方が独特で、それなりに好きでした。ジュディー・コリンズやジョニ・ミッチェルの曲でもベースをプレイしていましたが、どの曲だったか。あ、思いだしました。

いつもそうですが、では、「最後の曲」をもうひとつ!

Joni Mitchell - Carey


なんのことはない、以前、この曲のことを記事(Carey by Joni Mitchell)にしたことがあり、そのときにベースにもふれました。ボケ老人への道を着実に歩んでいるようです!


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ジュディー・コリンズ
the very best of judy collins
the very best of judy collins


ジュディー・コリンズ(5パック)
5CD ORIGINAL ALBUM SERIES BOX SET
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ジョニ・ミッチェル
Blue (Dlx) (Mlps)
Blue (Dlx) (Mlps)


クロスビー・スティルズ&ナッシュ
Crosby Stills & Nash
Crosby Stills & Nash
by songsf4s | 2011-11-27 23:57 | その他
カーティス・メイフィールド・ソングブック4 Gypsy Woman

Gypsy Womanもカヴァーがそれなりにあるのですが、クリップがそろっているので、今日はそれを貼りつけるだけという感じでいってみます。サンプルはもっとも好きなヴァージョンだけの予定です。

それでは例によってインプレッションズのオリジナル・ヴァージョンから。

インプレッションズ Gypsy Woman


ちょっと言葉に詰まるようなアレンジで、なんだか尻がむずむずします。いや、腹は立たないのですが、こういう方向になっちゃうのかなあ、変な趣味だなあ、と思うのです。わたしには面白くもなんともありません。よほどカーティス・メイフィールドとの相性が悪いのでしょう。

◆ カヴァーズ ◆◆
第三者的にいうと、Gypsy Womanは「だれの曲か」といった場合、この人の持ち歌と考えるリスナーがアメリカには多いでしょう。ブライアン・ハイランドによるGypsy Womanのヒット・ヴァージョン。

ブライアン・ハイランド Gypsy Woman


ブライアン・ハイランドのドラム・ストゥールにはハル・ブレインが坐ることもけっこうあったのですが、この曲はちがうようです。サウンドがハルより重く、タイムは中の上ぐらいです。

つぎはブライアン・ハイランド以上にオリジナルから遠い、ボビー・ウォマック盤。ちょっとファンク味が混入しているので、そのあたりで好みが分かれるでしょう。

ボビー・ウォマック Gypsy Woman


昔はボビー・ウォマックの声が好きではなかったのですが、どういうわけか最近はOKになってしまったので、このヴァージョンも、これはこれで悪くないか、です。結果の如何は問わず、「自分のもの」と胸を張って云えるアレンジをするのは重要なことですから。

ボビー・ウォマックのカヴァーというのも並べるとなかなか興味深いのですが、それはいずれ後日ということに。それまではアクセス数をみるかぎり当家では非常に人気が高い、Fly Me to the Moonでもお聴きあれ。一度聴いたら、二度と昔に戻れないヴァージョンです。シナトラ中和剤も効かないと思いますよ。

つぎは、音はたいしたことありません。このヴァージョンがなくても、Gypsy Womanという楽曲の集合的全体像は微動だにしないでしょう。でも、この曲にドアホな映画のショットをかぶせてしまったところがちょっと笑えるので、そういう意味で貼りつけておきます。

ジェイ&・ディ・アメリカンズ Gypsy Woman


この映画はなんなんでしょうか。50年代の後半から60年代前半にかけて、このてのコスチューム・プレイは山ほどあるので、なんともいえません。どなたかご存知ならご教示を願います。

◆ べつのジプシー女 ◆◆
サンプルにふさわしい出来のGypsy Womanはライ・クーダー盤です。

サンプル Ry Cooder "Gypsy Woman"

イントロのギターを聴いた瞬間、これはいい、と思いました。そういう直感はまずはずれないもので、ライ・クーダーのGypsy Womanは、Slide Areaというあまり乗れなかったLPで、もっとも魅力的なサウンドのトラックでした。うまい人はトーンの作り方もうまいものですが、ライ・クーダーはまさにそうで、いつもギター・サウンドのつくりに感心します。

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ドラム・ストゥールに坐ったのはいつものようにジム・ケルトナー。ファースト・ヴァースからコーラスへの移行部でのストレート・シクスティーンスのフィルインに心ときめきます。

くどくも同じことを繰り返してしまいますが、うまい人は魅力的なサウンドをつくるもので、このときのケルトナーのタムタム、フロアタムのチューニングとサウンドはじつにすばらしく、それを精確なタイムと訛りのない端正なアクセントで連打するのだから、気持よくないはずがないのです。

以上で話としてはおしまい。以下はおまけです。タイトルはGypsy Womanですが、同題異曲です。ただし、楽曲とは関係なく、へえ、と思ったのです。

リック・ネルソン&ザ・グループ Gypsy Woman


ファンはおわかりでしょう。ウソみたいに若いジェイムズ・バートンが動いている、めずらしいクリップなのです。スティルは何枚も見ていますが、この時代のバートンが動いているのははじめてみました。リックにスカウトされたのが十七歳のときだったというのだから、このクリップのときは二十三四歳ぐらいでしょうか。ジム・ゴードンほどじゃないにしても、バートンも神童というべきでしょう。

ところで、このクリップでストゥールに坐っているのは、リッチー・フロストなのでしょうか。ふつうならフロストのはずですが、これは変なクリップで、いなければいけないジョー・オズボーンのすがたがなく、なんとなく、バートンだけをつかまえて、とりあえず撮影してしまった、という間に合わせのクリップにも感じます。

だれが映っているにせよ、スタジオでこの曲のストゥールに坐ったのはフロストではありません。ハル・ブレインでしょう。リック・ネルソンは義理堅いのか、ほとんどつねにツアー・バンドのメンバーで録音したらしく、初期のアール・パーマーをのぞけば、たいていはフロストなのですが、たぶん、このときにはもうツアー・バンドを維持しなくなっていたので、ハルを呼んでも気まずいことにはならなかったのでしょう。ベースはいつものようにジョー・オズボーンに聞こえます。


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Impressions/the Never Ending Impressions
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Anthology
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スライド・エリア(紙ジャケットCD)
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ボビー・ウォマック
Collection
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by songsf4s | 2010-12-04 23:39
Cindy, Cindy by Ricky Nelson (OST 『リオ・ブラボー』より その3)
タイトル
Cindy, Cindy
アーティスト
Ricky Nelson (OST)
ライター
traditional
収録アルバム
Rio Bravo
リリース年
1959年
他のヴァージョン
Elvis Presley
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2009年5月7日追記
Cindy, Cindyのパーソネルに関する補足を末尾に加えました。


この連休にはもう役立たないのですが、新聞で「観光客呆然、トンビにあぶらげ」という記事を読んだので、トビ対策をまた繰り返しておきます。

わたしは鳥類学者でもなんでもないので、散歩のときの観察で得た結果にすぎませんが、トビは視力がすぐれ、カラスほどではないにしても頭がよく、そして、カラスなど比較にならないほど高度な飛行技術をもっています。

トビはわれわれの死角である背後から来るので、壁を背負えば安心です。たとえば、鎌倉の海岸のように、道路の下にコンクリートの擁壁があるなら、これを背中にすれば確実に来襲を防げます。公園などで、生い茂った樹木を背後にするのも、同じ原理から有効です。ただし、なかには、オアフ島を襲う艦上爆撃機のように、背後の狭い進入路から襲いかかり、小さな脱出路から去っていくハイテクニック・エリート飛行家もいるので、ウィングスパンより大きな隙間がないほうが安心できます。

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不思議なのは、大人数でバーベキューをしていると、まったく無警戒なのに襲撃を受けないことです。人の多さが理由かと思ったのですが、どうやらそうではないようです。視線が四方に向かっていて、死角がないため、襲いにくいのだと思われます。この仮説にしたがって実験してみました。テーブルに向かわず、ベンチに食べ物を置き、二人で向かい合って食べてみたのです。つい警戒の視線をあげてしまうため、明白な結果は得られませんでしたが、偵察には来るものの、ついに来襲はありませんでした。「目が合ったら襲ってこない」という定理を立てても大丈夫でしょう。二人連れでも、お互いに向かい合うようにすると、来襲の確率をぐっと下げることができると思います。

鳶にあぶらげをさらわれれば、食べ物が無駄になるのと交換に、話の種を手に入れられますが、ときには嘴や蹴爪でケガをすることもあるので、やはり警戒したほうがいいでしょう。とくにお子さんがいらっしゃる場合は、要注意です。

◆ テーマ ◆◆
さて、本日は『リオ・ブラヴォー』の最終回です。順番が逆になってしまいましたが、ディミトリー・ティオムキンのスコアは、前回のEl Deguelloばかりでなく、テーマもよくできています。



いかにも50年代の西部劇らしく、スケール感があると同時にリリカルな曲で、こういう時代に育ったからなのでしょうが、西部劇のテーマというと、わたしはこのようなタイプのサウンドを思い浮かべます。こちらもまた、コーラスでマイナーに転調するところ(ヴァースはGではじまるが、ここはBmに行く)が、やはり哀愁路線寄りなのですが、ヴァースはオーソドクスな昔の西部劇の雰囲気を濃厚に漂わせています。

短く切られていますが、エンディングでは、このメロディーに歌詞をつけ、ディノが歌ったヴァージョンが流れます。こちらもわるくありませんが、マイナーにいくところは、歌よりもハーモニカのほうが深い哀調があります。ディノはソロで歌ったリメイクのMy Rifle, My Pony and Meと、この歌ありテーマのカップリングでシングルをリリースしたようです。

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このときはちゃんと「マーティン」と書いていたのに、どこで「マーチン」に化けたのか? 例によって、悪貨が良貨を駆逐したのだろう。

◆ Cindy, Cindy ◆◆
前々回にご紹介した、My Rifle, My Pony and Meを歌ったあと、こんどはリッキーがリードをとり、ディーン・マーティンとウォルター・ブレナンがハーモニーをつけて、もう一曲歌います。



ディーン・マーティンのMy Rifle, My Pony and Meに、スタジオでのリメイクがあったように、リッキーのこの曲にもリメイクがあります。しかも、二種類もあって、どういうことなのかと思います。この二種のリメイクのおもな違いはギター・ソロで、プレイヤーが異なっているように聞こえます。山勘ですが、ひとつはジェイムズ・バートン、もうひとつはそれ以外のギタリストによるものだと思います。さらに山勘をいうと、もうひとりのプレイヤーはジョー・メイフィスだろうと考えています。

sample

f0147840_2320217.jpgバートンのプレイはリックの盤ではあたりまえなので、メイフィスと思われるほうのヴァージョンをサンプルにしました。メイフィスは主としてモズライトのダブルネックを弾いていたようなので、このトラックがモズライトに聞こえるかどうかが、判断の手がかりになりそうです。はて、どうでしょうか?

ピアノはリック・ネルソンのセッションではしょっちゅう耳にしているスタイルなので、山勘のレベルを超えて、もうすこし確度の高い推測ができます。たぶんジーン・ガーフでしょう。

◆ エルヴィスのカヴァー ◆◆
Cindy Cindyはずいぶん昔のフォーク・ソングで、山ほどカヴァーがあるようですが、どういうわけか、わが家には一種類、エルヴィス・プレスリーのヴァージョンがあるだけです。

f0147840_23215424.jpg70年6月にナッシュヴィルのRCAで録音されたトラックで、ギターはジェイムズ・バートン、チップ・ヤング、チャーリー・ホッジーズの三人なので、リードは当然、バンド・マスターのバートンでしょう。耳で聴いてもバートン間違いなしのスタイル、サウンドです。ベースはノーバート・パトナム、ドラムはジェリー・カリガンというメンバーで、この時期のエルヴィスのドラマーとしてはロン・タットのほうが好みですが、カリガンもなかなか悪くないプレイをしています。

いままじめに三回聴いて思いましたが、このバートンのソロはなかなか楽しめます。エリック・クラプトンなんかが典型ですが、ギタリストというのは習慣の奴隷になりがちで、「指なり」の決まりきったソロをやってしまうものです。いや、ほかの楽器でも「指なり」というのはよくあると思いますが、どこへ行くか、はじめから予想がついてしまい、3小節ですでに「またかよ」とあくびが出ているのに、それが64小節もつづいて、リスナーが熟睡してしまうソロというのは、そういう「習慣」の産物です。

f0147840_23232193.jpg古来、インプロヴというのは、この「指なり」との不断の戦いなのですが、たいていの人間は凡庸な頭脳しかもちあわせていないので、人とはちがうことなどできないのです。かてて加えて、「好ましい」と「クリシェではない」を両立させるのはきわめて困難で、「風変わりでクリシェの幣は免れているが、下品で好ましくない」か、または「上品だけれどクリシェの塊で『あくび指南』の最適の稽古台」かのどちらかになりがちです。

ということで、このエルヴィス盤Cindy, Cindyのジェイムズ・バートンのソロは、トーンの作り方のうまさが目立つだけ、プレイとしては地味、という羊の皮をかぶっていますが、そのじつ、当たり前のところに行かないように、じつに注意深くラインをつくっていて、むむ、できるな、と唸らせるプレイです。しかし、OggをMP3に変換するのも面倒だし、どちらにしろ、それほど多くの方がご興味を持つわけではなく、Boxのスペースがもったいないしと、理由は山ほどあるので、サンプルはネグらせていただきます。エルヴィスなので、わたしがアップするまでもなく、そのへんにゴロゴロ落ちています。

次回は、『リオ・ブラヴォー』から連想する二本の映画のどちらかをいってみようと思っていますが、映画を見終わらなかったら、テレビのテーマにしようかとも考えています。

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2009年5月7日補足
コメント欄にあるように、Cindy, Cindyのパーソネルがわかりました。片方はバートンじゃないのではないかというわたしの当てずっぽうはハズレで、こちらもバートンのプレイだそうです。ピアノはジーン・ガーフという推測は当たりでしたが、これは当たって当然というぐらいの明白なプレイです。いやまあ、それをいうなら、ギターだって、バートンといっておくのが、この時期のリックに関しては当然なのですが、それでもギャンブルをやるところがわたしの無鉄砲な投機精神。そういう強引な推測が好きなのです。

面白いのは、ウォルター・ブレナンが参加したヴァージョンは、ハワード・ロバーツとビリー・ストレンジがギターだということです。ブレナンがいるということは、映画ヴァージョンだと思うのですが、サントラではアコースティック一本のように聞こえます。ひょっとしたら、映画ヴァージョンにも、映画には使われなかった別テイクがあるということかもしれません。いったい何種類録音したのやら。

それから、多数派のタイトルをそのまま採用して、Cindy, Cindyとしましたが、リックのヴァージョンは、コメントでいびやまさんがお書きのように、Cindyだけのようです。考えてみると、Cindy, Oh Cindyと混同しやすいので、Cindy, Cindyと繰り返さずに、Cindyひとつにするというタイトルのほうがいいかもしれません。
by songsf4s | 2009-05-05 23:50 | 映画・TV音楽
Moonshine by James Burton and Ralph Mooney
タイトル
Moonshine
アーティスト
James Burton and Ralph Mooney
ライター
Ralph Mooney
収録アルバム
Corn Pickin' and Slick Slidin'
リリース年
1968年
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昨日のゲーリー・バートンは息抜きのつもりだったのですが、LPジャケットのスキャンまでするハメになり、結果的に、いつもより手間がかかってしまいました。

特集だなんていったところで、いつもたいした準備をするわけではなく、最初の数曲を選んだだけでとりかかってしまい、毎度、途中で、この先、どうするのかねえ、と立ち止まっています。Moons & Junes特集も中盤にさしかかり、今日は検索結果リストをまた眺めたりしました。

そういう特集だからしかたないのですが、見れば見るほどスタンダードだらけで、さすがに倦怠をおぼえます。ロックンロール8に対して、スタンダード2ぐらいが望ましいのですが、Moons & Junesに関しては、この比率はちょうど逆ぐらいになってしまいます。

それで、このところ、ヘヴィー・バックビートがむやみに聴きたくなっていた理由がわかりました。ふわふわした曲ばかり聴いていると、栄養バランスが崩れて、自律神経失調症のようになり、自然に躰が実のあるものを要求するのでしょう。食事同様、音楽もやわらかいものばかりでは、体調を崩します。

◆ ジム・ゴードンへの寄り道 ◆◆
躰が腐りそうだ、なにかシャキッとしたものがほしい、と思ったときは、ジム・ゴードンのトラックを集めたフォルダーをプレイヤーにドラッグします。つくってからだいぶ時間がたつので、そろそろアップデイトしたいのですが、まあ、とにかく、トラック・リストは以下のようになっています。

Derek & the Dominos / Why Does Love Got to Be So Sad
The Souther-Hillman-Furay Band / Border Town
Bobby Whitlock / Song for Paula
The Byrds / Get To You
Maria Muldaur / Midnight At The Oasis
B.W. Stevenson / My Maria
Glen Campbell / Wichita Lineman
Dave Mason / Only You Know and I Know
Delaney and Bonnie / Only You Know and I Know
Bobby Whitlock / The Scenary Has Slowly Changed
Joan Baez / Children And All That Jazz
Bobby Whitlock / Where There's a Will There's a Way
Delaney and Bonnie / Where There Is a Will There Is a Way
Art Garfunkel / Traveling Boy
Gordon Lightfoot / Sundown
The Nitty Gritty Dirt Band / Some Of Shelly's Blues
Harry Nilsson / Don't Leave Me
Steely Dan / Rikki Don't Lose That Number
Carly Simon / You're So Vain
Seals & Crofts / Humming Bird
Derek & the Dominos / Evil
Harry Nilsson / Good Old Desk
Dave Mason / World in Changes
The Byrds / Tribal Gathering
Cashman & West / American City Suite
Chris Hillman / Falling Again
Harry Nilsson / Together
Traffic / Hidden Treasure
James Burton & Ralph Mooney / The Texas Waltz
Bread / Dismal Day
Derek & the Dominos / Let It Rain
George Harrison / You
George Harrison / What Is Life
Gary Wright / Stand for Our Rights
John Lennon / Jealous Guy
Albert Hammond / For the Peace of All Mankind
Joe Cocker / Cry Me a River
Mike Post / The Rockford Files
Tom Scott / Blues For Hari
Gabor Szabo / Are You There?

例によって、バランスをとるために、ハードなもの、ソフトなもの、両方を塩梅よく並べてありますが、スタンダードのせいで惰弱になった心身を引き締めるのに最適なトラックとなると、このリストでいえば、サウザー・ヒルマン・フューレイ・バンドのBorder Townや、B・W・スティーヴンソンのMy Mariaのように、ミディアム・アップで叩きまくっている曲でしょう。気分爽快になること請け合いです。

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デレク&ザ・ドミノーズのWhy Does Love Got to Be So Sadは、スタジオ録音ではなく、フィルモアのライヴ、それもCDはべつのテイクがあるのですが、このフォルダーにドラッグしてあるのは、最初のLPのときのヴァージョンです。

高校のとき、渋谷のBYGでこのアルバムがかかって、イントロのライド・シンバルのプレイに震えました。こんなに美しいライドははじめて聴く、と思ったのです。だから、勘違いしないでいただきたいのは、わたしはクラプトン・ファンなんてものではないということです。つねにエリック・“ノー・インスピレーション”・クラプトンと、罵倒しています。頭が空っぽで、ただ手を動かすだけのギタリストは大嫌いなんです。歌にいたっては、わざわざ下手だなんていうのも馬鹿馬鹿しいくらいで、問題外のひどさですしね。

つまりですな、ドラムを聴くということは、つねにそういう傾向があるのですが、だれがうたっていようが、だれが弾いていようが、どんなに嫌いなヤツであろうが、そんなことは関係ないのです。ジム・ゴードンやハル・ブレインのクラスになると、上に載っかっているものが軽かったり、ダサかったり、馬鹿だったり、下手だったりすると、肩のひと揺すりで振り落としてしまうのです。

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◆ ジェイムズ・バートンとラルフ・ムーニー ◆◆
今日はなにも準備していなかったので、軽く(ほんとうに軽く)、なにかインストでも取り上げようと思ったのですが、派手なドラムが聴きたくなり、ブログに関係のないジム・ゴードンを聴いてしまったので、もうシンデレラ・タイムまであますところ一時間弱、考えている余裕はゼロ、よって、ジム・ゴードンが叩いた、ジェイムズ・バートン&ラルフ・ムーニーのMoonshineにしました。

60年代のインスト・アルバムではいたってふつうのことですが、Moonshineを収録したCorn Pickin' and Slick Slidin'という盤も3時間のセットを3回やっただけのものだそうです。午前の部からはじめれば夜にはLP一枚が手に入るのです。

メンバーは、ジェイムズ・バートンがギターとドブロ、ラルフ・ムーニーがペダル・スティール、ジョー・オズボーンがベース、リズム・ギターがアル・ケイシー、そしてドラムがジム・ゴードンです。

メンバーからすれば、すごいものになってもおかしくなかったのですが、50年代のジミー・ブライアントとスピーディー・ウェストのインスト(その多くで、まだ若かったビリー・ストレンジがリズム・ギターを弾いた)の再現という企画意図で、もろのカントリーなのです。

もちろん、バートン、ムーニーはカントリーでも活躍できるのですが、ドラムはねえ。やはり、派手に叩きまくるわけにはいきません。だから、ジム・ゴードンを聴くには適した盤とはいえないのです。しいていうと、ベスト・オヴ・ジム・ゴードンにも入れておいたThe Texas Waltzでのサイドスティックのプレイが、テクニック的には興味深くはあります。しかし、Moonshineでは、ミスもあったりして、活躍しているとはいえません。

◆ カントリー・インスト ◆◆
いま、読み直して、カントリーのインストは面白くないといっているみたいだな、と思いました。そんなことはありません。ドラムを聴くなら、ほかのタイプの音楽がいいと思いますが、カントリーのギタリストには、だれでもご存知のチェット・アトキンズをはじめ、そのチェットのロール・モデルだったマール・トラヴィスだの、当ブログでも昨秋、ご紹介したジョー・メイフィスとか、すごい人がゴロゴロしています。テクニックだけでいうなら、半チクなジャズ・ギタリストなんて、こういうカントリーの大物にくらべたら子どもだとすら思います。

同じように、ジェイムズ・バートンといえども、カントリーのコンテクストでプレイすると、ジョー・メイフィスあたりにはとうてい太刀打ちできないと感じます。やはり、それぞれの人に合った音楽スタイルというのはあるのです。カントリーは、極論するなら、速さ、手数の勝負です。ジェイムズ・バートンはそういうタイプのギタリストではありません。

なんだか、竜頭蛇尾の記事になってしまいましたが、Moonshineはただの看板、スタンダードで腐りそうになった心身の健康を取り戻すには、ジム・ゴードンのバックビートが薬効あらたかであるといいたかっただけです。
by songsf4s | 2008-06-15 23:48 | Moons & Junes
$1000 Wedding by Gram Parsons その2
タイトル
$1000 Wedding
アーティスト
Gram Parsons
ライター
Gram Parsons
収録アルバム
Grievous Angel
リリース年
1974年
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「$1000 Wedding by Gram Parsons その1」よりつづく。

◆ 闇に消えたテープ ◆◆
あとで伝記を読んでわかったのですが、グラム・パーソンズは、フライング・ブリトー・ブラザーズのセカンド・アルバム、Burrito Deluxeですっかり嫌気がさし、数年のあいだ隠遁状態だったのだそうです。

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The Flying Burrito Brothers "Burrito Deluxe" まだグラムが在籍しているのに、グラムがまったく感じられない奇妙なアルバム。買ったとき、割りたくなった。すくなくとも、グラムのカタログからは抹消してよい。A&M首脳陣は、マスターを聴き、これで君たちのキャリアは終わる、べつのものをつくれ、といった。彼らはさらに録音をつづけたが、事態はいっそう悪化しただけだった。この「もうひとつのセカンド・アルバム」のセッションが、グラムの没後、さまざまな形でリリースされた。しかし、このときに録音されたという、$1000 Weddingのオリジナル・ヴァージョンはどこへいったのだ?

そのあいだ、なにをしていたかというと、あちこちに出かけて、遊んでいたようです。なにしろ、莫大な信託財産があるので、生活には困らず、これがかえって彼のキャリアを迷走させたように感じます。

最初は、まだマンソン・ファミリーの再襲撃におびえていたテリー・メルチャーの家に転がり込んで、しばらくのあいだ、セッションを繰り返したそうです。よし、というので、メルチャーをプロデューサーにして、グラムの初のソロ・アルバムにとりかかったはいいけれど、メルチャーはコンソールに突っ伏して寝込む、グラムはグランド・ピアノに吐く、というていたらくで、まともなセッションではなかったようです。二人ともひどいアル中、グラムにいたってはドラッグのほうでもすごかったのです。

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Sid Griffin "Gram Parsons: A Music Biography," Sierra Records, 1985. わたしが知るかぎり、最初に出版されたグラムに関する本。この本によって、没後、グラムの名声が高まっていることを知った。「音楽伝記」という副題が示すように、いわゆる伝記ではなく、関係者へのインタヴューで構成されている。エミールー・ハリスのインタヴューは、音楽のことに話を限定する、と気を遣っているが、なあに、エミールー自身がのちに非常に思わせぶりなことをいっている。どうであれ、グラムの妻はエミールーに猛烈な嫉妬をした。この二人がただの友だち、ただの仕事仲間であるはずがない、と信じさせるほど、グラムとエミールーの歌は相和していた。

このときに10曲ほどが録音されたそうですが、ある日、グラムがA&Mのオフィスにやってきて、そのテープをもちだしたきり、その後、発見されていないそうです。あまりのひどさに、グラムが廃棄したか、自宅の火事のときに焼いてしまったのではないでしょうか。

ブリトーズの末期から、グラムはキース・リチャーズにべったりになり、ソロ・アルバムの挫折のあとは、イギリスに渡って、主としてリチャーズの家に滞在し、税金の問題から、ストーンズがフランスに逃げだしたときにも、リチャーズについていっています。Exile on Main Streetのいくつかのトラックには、グラムが参加しているという噂があり(キースは肯定も否定もしていない)、グラム・ファンはその鑑定に忙しいようですが、わたしは興味なし。

グラムがストーンズからなにか得たかもしれませんし、ストーンズ、とくにキース・リチャーズはグラムからなにか得たのかもしれませんが、具体的なものとしてはなにも残っていません。しいていえば、Contry Honkでしょうが(グラムがいなければ、ストーンズのカントリーへの傾斜はなかった)、だからどうした、です。

Shots from so called "the lost weekend" of Gram Parsons and Keith Richards.
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グラム・パーソンズとキース・リチャーズの「失われた週末」の記録。一番下の写真の女性はアニタ・パレンバーグ。グラムとキースはこのときドラッグ中毒の治療を受けていて、二人でうたったり、ギターを弾いたりで、苦痛に耐えていたとか。

グラムがこの「失われた週末」から帰還できたのは、たぶん、エミールー・ハリスというシンガーに出会ったおかげでしょう。フランスからもどった(ありていにいえば、尋常ではないグラムの振る舞いに耐えかねたキースに追い出された。グラムのような人間とつきあえるのは、彼と同等に尋常ではない人間だけだろうが、キース・リチャーズほど尋常ではない人間も耐えられなかったということは、一考に値する!)グラムは、クリス・ヒルマンらの助言で、ワシントンまでこの無名のシンガーを見にいき、イマジネーションを刺激されます。すなわち、新しいジョージ・ジョーンズとタミー・ウィネットの誕生!

しかし、なにごとも真っ直ぐには進まないグラムの人生にあっては、アルバム・プロジェクトもすんなりとはいかず、ああだこうだの紆余曲折があり(とりわけ、プロデューサーとして招聘したマール・ハガードとのゴタゴタ)、またイギリス旅行があったりしたあげく、エミールーとの出会いから一年近くのち、ようやくスタジオに入ります。初日から、共同プロデューサーのリック・グレッチ(たび重なるイギリス滞在で知り合った)が胆石で入院するという蹉跌が起こります。さすがは名にし負うトラブル・メイカー、手の込んだ遠隔トラブルを引き起こして、GPプロジェクトはスタートします。

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◆ 妻が隠す夫の惨たる状態 ◆◆
グラムのソロ・デビュー作、GPがたちまちチャートを駆け上がっていたら、むしろ、彼のその後の名声はなかったのではないでしょうか。すこしだけ、世間より先を歩いてしまったアルバムだと感じます。「カントリー・ロック」はオーケイでしたが、ロック・シンガーがうたう「もろのカントリー・アルバム」は、まだ不可だったのです。

しかし、わたしはこのアルバムから、カントリー臭味は感じません。きわめてオリジナルなミュージシャンだったグラムは、どこかのジャンルに収まる以前に、ひとりで一ジャンルを形成するタイプでした。わたしがこのアルバムから聴き取ったのは、ほかのなにものでもない、純粋な「グラム・パーソンズの音楽」でした。

裏話を読めば、たいていの作品はさんざんな状況でつくられているもので、GPのときのグラムも最低の状態だったようです(スタジオにも付き添ってきた妻は、ひどい状態をプレイヤーたちに見せないために、グラムをパーティションの外に出さなかったという。バッド・トリップしていたのだろう)。しかし、わたしの耳には、人生のどん底で、右も左もわからぬまま、ボンヤリとつくったアルバムにはとうてい聞こえません。そもそも、グラムがうたおうとしていたのは、暗く深い底でもがく魂だったのだから、現実の人生のどん底と、表現されたどん底の状態が区別できないのかもしれませんが。

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グラムの歌の魅力は、端的にいえば、(ひどいクリシェをお許しいただきたいが)「甘さと苦さの絶妙のブレンド」で、おそらく、このブレンドを得るには、不幸な人生と大量のアルコールと最高級のドラッグを必要としたのでしょう。ありあまる財産も、不幸を倍加することはあっても、減じることはなかったにちがいありません(バーニー・レドンはグラムに、俺はおまえとちがって働かなければならない、といったそうだが、こんな小さなこともグラムの鬱を増しただろう)。

しかし、アルバムGPが市場で無視されたことは、グラムの状態をさらに悪化させたと思われます。悪いことに、この時期に、カントリー・ロックという「ジャンル」が表舞台に出かかっていました。グラムは、ありとあらゆる「カントリー・ロック・バンド」を呪ったことがあるそうです。

ポコも、イーグルズも、あんなものはバブルガムにすぎない、といったと伝えられていますが、気持はよくわかります。イーグルズのTake It Easyを聴いたとき、わたしが思ったのも似たようなことでした。バーズとブリトーズ(ということはすなわちグラム・パーソンズ)のやったことを水で薄めて売りやすくしたもの、と聞こえたのです。あの時点では、イーグルズはまだマシな部類だと思ってはいたのですがね。

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Ben Fong-Torres "Hickory Wind: The Life and Times of Gram Parsons," Pocket Books, 1991. こちらは通常の伝記。いろいろなことがわかったが、でも、この本で描かれた人物は、アルコールとドラッグにかき乱された支離滅裂な人生を送った無頼漢にしか見えず、たった一曲でもまともな音楽がつくれたようには思えない。グラムの音楽の切れ端すら捉えていない非音楽的伝記。

グラムがなにを目指していたのか、彼の惨憺たる人生から読み取るのは困難です。彼の表現によれば「コズミック・アメリカン・ミュージック」ということになるのですが、これでなにかがわかる人はいないでしょう。ときには、「カントリー・ロックなんかじゃない、カントリーだ」といったこともあるそうですが、これもその場の成り行きから、つい口にした言葉に感じます。

のちに、彼は「伝説のカントリー・ロック創始者」と呼ばれることになりますが、墓の下で、冗談いうな、カントリー・ロックなんかクソ食らえだ、と腹を立てているでしょう。他人がつくった「ジャンル」など、興味がなかったにちがいありません。とくに「カントリー・ロック」という言葉には我慢がならなかったらしく、繰り返し、さまざまな場面で、自分の音楽はカントリー・ロックではないと否定しています。

わたしはグラム・パーソンズの長年の大ファンですが、彼の音楽をカントリーと思ったこともないし、まして「カントリー・ロック」という文脈で考えたことなどありません。繰り返しますが、彼はひとり一ジャンル、他とは隔絶した高みにいます。イーグルズごとき三下と同じジャンルにされたときのグラムの怒りは、わたしの怒りでもあります。大文字の「ザ・シンガー」と、その爪の垢を煎じて飲んだだけの物真似芸人を、同じ地平に並べる馬鹿がどこにいますか。

グラムの不幸は故郷のジョージアにまでさかのぼりますが、しかし、彼に最後まで取り憑いて、その存在そのものをおびやかした最大の不幸は、こういう無理解、あらゆる才能を「パッケージ」してしまう、芸能界のありようそれ自体だったかもしれません。

パーソナル・ライフがどうであったにせよ、彼の音楽人生は、まさに魂の七転八倒、のたうち回って、もがき、苦悶しているようにしか見えません。バンドからバンドへ、プロジェクトからプロジェクトへと、けっして「センテンスを完結」することなく、彷徨っていった彼の軌跡は、のたうち回る魂が、この世に投影された像にすぎないのでしょう。

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グラムと妻のグレッチェン。女優としてのキャリアをなげうって、尋常ならざるシンガーにじつによく尽くしたが、最後は嫉妬の業火に灼き滅ぼされた。

◆ 砂漠のミステリー ◆◆
このようなアル中にしてジャンキーの人生には、トラブルは付きものですが、体調がよくなかったことをのぞけば、$1000 Weddingを収録したセカンド・アルバム、Grievous Angelは、とくにひどいトラブルに見舞われることもなく録音されたようです。グラム自身も、はじめて自分の音楽に満足したことが、残された彼のコメントや周囲の証言からうかがわれます。

しかし、このセカンド・アルバムのニュースや現物が届く前に、思わぬところで、グラムの消息を知ることになりました。新聞の三面記事です。グラム・パーソンズというアメリカの歌手が死亡し、空路ロサンジェルスに運ばれた遺体が盗まれ、翌日、砂漠で火葬されたことがわかった、というミステリアスなニュースでした。グラム・パーソンズの名前を新聞記事で読むとは思っていなかったので、わたしは何度も読み直しました(のちに死因はドラッグ・オーヴァードーズとわかった。グラムの死因がほかのものだったら、かえって驚くが!)。

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このミステリーそのものは、グラムの友人でツアー・マネージャーだった人物が、生前にかわした約束を守って、ジョシュア・トゥリーという砂漠の真ん中に彼の遺体を運び、火葬しただけだったことが、後年、伝記でわかりました。

しかし、わたしとしては、日本の新聞の外報選択基準とは正反対に、遺体がどうなったか、だれが盗んだか、などはどうでもよく、グラムの死それ自体がショックでした。アルバムGPの出来から、つぎの盤をおおいに期待していたのです。なんだ、GPでおしまいか、と気が抜けました。

これまたあとでわかったことですが、セカンド・アルバムの作業は、ジャケット写真の撮影を残すだけで、すべて完了していました。しかし、アーティストの死を販売に利用した、という非難を受けたくなくて、リプリーズ・レコードは、このアルバムのリリースを延期してしまったのだそうです。

だから、彼の死からだいぶたって、セカンド・アルバムGrievous Angelを見たときは、遺作というより、残されたガラクタを寄せ集めたものではないか、と考えました。もちろん、針を落とすまでのことですが!

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◆ 嘆きの天使 ◆◆
グラムが、死の直前に完成したアルバムの出来映えに満足した、というのはよくわかります。楽曲の出来、グラム自身のヴォーカル、そして、エミールーとのヴォーカル・コンビネーション、さらにはバンド(ジェイムズ・バートン、グレン・ハーディン、ロン・タットというエルヴィスのバンド、のちのエミールーの「ホット・バンド」)のプレイ、すべてがGPの延長でありながら、いちだんと洗練され、完成度の高いものになっています。

なによりも、グラムのヴォーカルが重要です。彼が死の直前にどこまでたどり着いたかは、ほかならぬ$1000 Weddingから聴き取ることができます。もう歌いだしからしてすごいのです。

Was a $1000 weddingとうたうグラムの声! ピッチの揺れ! これがgreat voiceじゃなくて、どこにgreat voiceなんてものがあるのか。Hot Burrito #1の"I'm your toy"のラインで、高校生の魂を震えさせたあのクラッキングは、よりいっそう深みを増していました。グラム・パーソンズ・トリビュート・アルバムなんてものが出ていますが、わたしは興味のかけらももったことがありません。グラム以外の人間の声で、グラムの歌なんか聴いて、いったいどうするというのか? 気がふれているとしか思えません。グラム・パーソンズが偉大である理由は、あの声にしかないのです。

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Gram Parsons with the Shilos. 学生時代のフォーク・グループ、シャイローズ。右から二人目がグラム。

もちろん、彼が残した楽曲に魅力がないということではありません。でもねえ……。われわれは記録された音楽の時代に生きているんですよ。19世紀に生きているわけではありません。この意味がわかりますか? たとえ歌い手は死んでも、歌声は残るのです。ニセモノはまったく不要じゃないですか。そこにホンモノがちゃんとあるのに! まあ、よろしい。トリビュート・アルバムというのは、悪質な商売人たちが、脳足りんのリスナーから小銭を巻き上げるために考え出した、ろくでもない「エンジニアリング」にすぎないので、そんなもののことは放っておきましょう。

残念ながら、没後にリリースされたものも、やはり「エンジニアリング」のたぐいです。わたしもすこし脳足りんなところがあるので、グラムに関しては断簡零墨まで食指が動き、いくつか買ってしまいました。いい瞬間がなかったわけではありません。しかし、その話は、近々控えているグラム・パーソンズの再登場のときにでもします。グレン・ハーディン、ロン・タット、ジェイムズ・バートンといった、晩年のグラムを支えたミュージシャンたちの仕事ぶりについても、そのときに書くとします。

ひとつだけ書いておくと、$1000 Weddingにおけるロン・タットのドラミングはみごとです。ダブルですが、トラップも、オーヴァーダブらしきタムも、非常に効果的なプレイをしています。彼らの素晴らしいプレイがなければ、グラムが満足して死ぬことはなかったにちがいありません。

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by songsf4s | 2008-04-29 04:38 | 愚者の船
Fools Rush In その3 by Brook Benton
タイトル
Fools Rush In
アーティスト
Brook Benton
ライター
Johnny Mercer, Rube Bloom
収録アルバム
40 Greatest Hits
リリース年
1960年
他のヴァージョン
Rick Nelson, James Burton, Frank Sinatra, Glen Miller, Lesley Gore, Julie London, Dion & the Belmonts, Harry James, Doris Day & Andre Previn, Jo Stafford, the Flying Machine, Lita Roza, Bobby Hackett, Elvis Presley
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今日もまたチョンボ訂正からです。一昨日、リック・ネルソンは、Fools Rush Inのあと、つぎの大ヒットであるGarden Partyまで8年もかかった、なんて書いてしまいましたが、じつはFools Rush Inの直後にFor Youがトップ10に入っていました。この2曲の順序を逆に記憶していたための謬りでした。謹んで訂正いたします。The Very Thought of YouやShe Belongs to Meは、はじめから「大ヒット」にカウントしていないので、これはチョンボならず。

◆ グレン・ミラー盤 ◆◆
さっそく昨日のつづきで、残りのFools Rush Inを並べてみます。

もともと、この曲を最初にヒットさせたのはグレン・ミラーで、フランク・シナトラの最初のヴァージョンと同じ1940年にリリースされています。グレン・ミラーの魅力は管のアンサンブルにあるわけで、とくに木管の独特のミックスのしかたと(サックス群の上にクラリネットが乗る)、その結果としてのやわらかい響きで売ったといえるでしょう。この曲では、ミューティッド・トロンボーンも使っているようで、グレン・ミラーの他の曲よりいっそうやわらかいアンサンブルになっています。大ヒットもうなずけるサウンドです。

f0147840_23515155.jpgシナトラの1940年盤と同じ年のこのグレン・ミラー盤は、シナトラ盤とほぼ同じテンポで、全体のムードも似ています。「スウィング時代のバラッド」のテンポ、遅めのミドルといったあたりで、スロウではありません。スウィング・バンドが好きなのは、「ほんとうのスロウ・バラッド」、踊るに踊れないテンポのものはないことで、トミー・ドーシー楽団(つまりシナトラの40年盤)も、グレン・ミラー楽団も、これより遅いテンポでやることなど、チラとも思いつかなかったでしょう。

残念ながら、以後、この曲のテンポは落ちていきます。「スロウの50年代」に入ってしまうからです。このブログをはじめたせいで、50年代の録音と正面から向き合うことになり、おかげさまで、もとからあまり好きではなかったスロウ・バラッドが、天敵に思えてきました。50年代のスロウ・バラッドをどんぶりに山盛りにして聴いていると、そろそろ死んでもいいか、なんて気が滅入ってくるので、とりあえず50年代の録音は棚上げにし、あとで余裕があったらふれることにします。50年代を通じて、楽しいヴァージョンは皆無です。

◆ 中興の祖ブルック・ベントン ◆◆
50年代を通じて、まっしぐらに転落の道をたどったFools Rush Inが、アップテンポのロッカ・バラッドとして奇蹟の復活をするのはいつなのか、そこが気になったのですが、年代順に並べてみて、明瞭にわかりました。1960年のブルック・ベントン盤でよみがえったのです。このヴァージョンがなければ、Fools Rush Inは骨董屋でほこりをかぶることになり、歴史の闇に消えていたでしょう。

f0147840_23571335.jpgブルック・ベントン盤Fools Rush Inは、ビルボード・チャート24位までいった、まずまずのヒットなのですが、うちじゅうひっくり返しても、この曲が録音された経緯についてはわかりませんでした。まあ、それも無理はありません。わたしだって、Fools Rush In史において、ブルック・ベントン盤が決定的な転回点だったと気づいたのは、つい三日前のことなのですから!

深く考えずにブルック・ベントン盤Fools Rush Inを聴いていると、ベントン向きのアレンジじゃないなあ、女の子に歌わせたほうがいいサウンドだ、なんて思います。なぜそう感じるのか、理由を必死で考えたのですが、ジョーニー・サマーズのJohnny Get Angryしか思いつきませんでした。

もっとそっくりのものがあったように思うのですが、ほかに出てきたのはマージョリー・ノエルのDans Le Meme Wagon(「そよ風に乗って」という邦題だったと思うが、自信なし)ぐらいで、聴き直してみると、アッと驚く瓜二つとまではいきませんでした。そもそもこれは66年のヒットで、ベントン盤Fools Rush Inのあとに録音されています。そして、それをいうなら、ジョーニー・サマーズのJohnny Get Angryも1962年のヒットなのです。

ブルック・ベントンのキャリアのなかでは、やや浮いている感のあるFools Rush Inの高速アレンジがどこから出現したのはわかりませんが、汚れきった曲を洗濯するには荒療治しかない、という自然の哲理(なわけがあるかよ)にしたがって、まったくちがう曲に変身させようとしたのではないかと推測します。「みごとなアレンジ」も重要ですが、こういう「ドラスティックなアレンジ」によって、瀕死の楽曲が一命をとりとめることがあるのだなあ、と感銘を受けます。

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Brook Benton with Lesley Gore

この天使も怖じ気をふるう大胆な試みは、いつも目配りのするどいライノのアンソロジーのライナーの書き手にすら(相応の理由があって)無視されてしまいましたが、一粒の麦となって、3年後のリック・ネルソン盤でたわわに穂を実らせます。

50年代のあいだにたるみにたるみきったFools Rush Inのネジを、ベントンが思いきり締め上げなければ、この曲は息絶えていたにちがいありません。ベントン盤の出来不出来をいう前に、そのことを強く感じます。リック・ネルソン盤Fools Rush Inをインスパイアすることで、ブルック・ベントン盤は大きな役割を果たしたのです。

◆ レスリー・ゴア盤 ◆◆
リック・ネルソンのFools Rush Inときびすを接して、レスリー・ゴアもFools Rush Inをアルバム・トラックとしてリリースしています。

今日はまちがえないようにと、ボックスのセッショノグラフィー(老眼にはこれがつらい)で確認したところ、1963年9月21日にNYのA&Rスタジオで、クウィンシー・ジョーンズのプロデュース、クラウス・オーゲルマンのアレンジ(初期のレスリーのトラックはつねにこのコンビ)で録音されています。

f0147840_04790.jpgリック・ネルソン盤の録音日時は1963年8月15日、9月にはすでにホット100にチャートインしているので、ブルック・ベントン>リック・ネルソン>レスリー・ゴアという時系列順序です。しかし、レスリー・ゴアは、9月にリックのヴァージョンを聴いて、そのままレコーディングしたと、にわかに断定するわけにはいきません。レスリーは、アルバム・トラックとして、相当数のスタンダードを録音しているので、たんに、そういう流れで出てきた可能性もおおいにあります。

そのへんの道筋は、アレンジから読み取れる場合もあるのですが、この曲については判断できません。クラウス・オーゲルマンは腕のいいアレンジャーで、レスリー・ゴアとアントニオ・カルロス・ジョビンの二人は、オーゲルマンのほうに足を向けて寝られないはずです。

そして、腕のいいアレンジャーというのは、わたしごときが易を立てたところで、黙って坐ればピタリと当たる、なんてぐあいに、あっさり底が割れるような譜面は書かないのです。いくら筮竹をひねっても、「いかにもオーゲルマンらしい、いい譜面だ」なんて卦しか出ないのですな、これが。

よって、当たるも八卦当たらぬも八卦の山勘でいっちゃいますが、クウィンシー・ジョーンズとクラウス・オーゲルマンは、レスリーのセカンド・アルバムの選曲をした段階では、リック・ネルソン盤Fools Rush Inのことは知らなかったのだと思います。とくに近縁性のあるサウンドではないからです。

では、50年代を引きずった堕落アレンジかというと、そこはオーゲルマン、半チクな人間なら、レスリーのために書かれたオリジナル曲だと思ってしまうような、オーセンティックな「ゴア=ジョーンズ=オーゲルマン」サウンドのアレンジを書いています。結論として、どのヴァージョンにも似ていない、いかにもこの時期のレスリー・ゴアらしい、嫌味なところの皆無な、さわやかないいトラックに仕上がっています。

昔から贔屓なので、レスリーの不利になるようなことは、わたしは拷問されてもいわないのですよ。まことにけっこうなトラック、文句ございません。リック盤がヒットしていなければ、シングル・カットしてもよかったと思うほどです。しかし、日の出の勢いのこの時期、レスリーがシングル曲に困るなんてことはなかったので、たとえリック盤がヒットしていなくても、この曲が45回転盤になる可能性はほぼゼロだったでしょう。スタンダード曲はあくまでもLPの埋め草です。埋め草にしては、ゴージャスなサウンドですが。

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(left to right) Quincy Jones, Millie Small and Lesley Gore

それにしてもうまいなあ、と思うのは、弦のピジカートによるオブリガートになにを重ねているのか、何度聴いてもよくわからないことです。たぶん、マリンバとフルートないしはピッコロではないかと思うのですが、もうひとつぐらいは隠し味を入れているかもしれません。こういうところが、一流の一流たる所以です。

レスリーについても書くべきですが、なんせ世に名高い「馬鹿の女王」(すまん、レスリー)、この特集の主役といってもいいシンガーです。まだ何度も登場する予定なので、委細別便にて。

◆ ハリー・ジェイムズほか ◆◆
以上で、タイピングの手間をかけるに足るヴァージョンはすべて見ました。以下、時間の許すかぎり、その他のヴァージョンをつまみ食いします。

f0147840_0194483.jpgどうやら1940年の録音と思われるハリー・ジェイムズ楽団ヴァージョンも、悪いものではありません。ビッグバンドの時代だから、厭世自殺をしたくなるような気の重いサウンドではありません。ただ、グレン・ミラー盤のゴージャスな厚み、トミー・ドーシー盤のシナトラのヴォーカルのような、きわだった魅力がないだけです。でも、ハリー・ジェイムズのプレイがお好きな方は、それなりに満足できるでしょう。

上の「箱」のなかには、ディオン&ザ・ベルモンツと書いたのですが、ディスコグラフィーでみると、どうやらディオンのFools Rush Inは、ディオン単独名義のアルバムAlone with Dionが初出のようです(ディオンのキャリアがややこしいのはファンの方ならご存知でしょう)。たしかに、ベルモンツのバックコーラスは聞こえません。

f0147840_021113.jpg1961年リリースとなっていますが、前年のブルック・ベントン盤の影響は皆無で、50年代を引きずったアレンジのスロウ・バラッド。うっそー、それはないだろう、です。ベルモンツのときのスタイル(もちろん、WondererやRunaround Sueのイメージ)でやったら、ひょっとしたら面白いものができたかもしれませんが、「おれ、ほんとうはジョニー・マティスになりたかったんだ」みたいなヴァージョンで、裏切り者、この50年代の手先めが、と指弾したくなります。60年代きっての突出した堕落Fools Rush Inです。

多くのシンガーは、どこかで「大人の音楽」をやりたがるものなんですが、それが考え足らずのコンコンチキだというのです。ほら、小林信彦がいっていたでしょう。コメディアンというのは、みんな、どこかで森繁になりたがるって。あれです。問題外。ロックンロール・シンガーがクラブ歌手の真似なんかして、トチ狂ったのか、おまえは。

フライング・マシンとは、あのフライング・マシンのことか、と気になさっている方がいらっしゃるでしょうから、確認しておきます。そうです、あのSmile a Little Smile for Meのワン・ヒッターです。邦題は「笑ってローズマリーちゃん」でしたっけ? 「ちゃん」はわたしの妄想かもしれませんが。ときおり、あまりのことに、自分の責任であるかのように赤面してしまう邦題というのがありますなあ。

f0147840_0221598.jpgフライング・マシン関係の音源を断簡零墨にいたるまで集めたという、だれも買わないような盤がありまして、それを試聴しただけなのですが、彼らのFools Rush Inは、案外、悪くありません。どうやらデモらしくて、バッキングもアコースティック・ギターとボンゴ(ひどい音。手が痛むのをいやがって、指先だけで叩いている。横着者めが!)とベースだけというもので、ハーモニーもあちこちで外していますが、インティミットな雰囲気があるのは買えます。

なんだか、友だちのうちにいったら、アンプなしのリハーサルの最中で、思わず、頬をゆるめて聴いてしまう、というような雰囲気です。中学のとき、よそのバンドの練習を覗きこんでは、チャチャを入れたのを思いだしました。懐かしい雰囲気があります。こんな褒められ方では、フライング・マシンの連中としては心外でしょうけれど、デモまで聴いてやったんだから、文句をいいなさんな。

◆ エルヴィス・プレスリー&ジェイムズ・バートン ◆◆
エルヴィスのFools Rush Inは、70年代ボックスWalk a Mile in My Shoesには収録されていないのですが、ボックス付属のセッショノグラフィーにはもちろん記載されています。それによると、いや、書き写すのは面倒だし、読めそうな大きさなので、JPEGにします。

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ご覧のように、一週間で30曲録音しているのだから、すごいものです。アルバム2枚半です。

ジェイムズ・バートンの名前が先頭にありますが、この時期のエルヴィスのセッショノグラフィーでは、バートンが参加している場合はつねにそうなっています。一介の平プレイヤーではなく、バンド・リーダーとして雇われたという話なので、スタジオでもバートンがリーダーシップをとり、おそらく、セッション・シートに、ギタリストとしてのみならず、「セッション・リーダー」としても記載されていたのでしょう。それで、セッショノグラフィーでも先頭に書かれているのだと推測します。

それはともかく、逆に気になってくるのは、ジェイムズ・バートン盤Fools Rush Inの録音日時です。ライナーには1971年リリースとしか記載がないのですが、エルヴィスのセッションがキャンセルされたために、プロデューサーのフェルトン・ジャーヴィスの決定で、バートンのソロ・アルバムの録音にその時間を使うことになった、というのだから、エルヴィスのセッショノグラフィーに手がかりがありそうです。

で、この時期の録音状況をにらんでみました。71年リリースだと、70年録音の可能性も排除できないので、70年を見ると、9月のセッション(先日取り上げたSnowbirdもこのときに録音された)がありますが、バートンは参加していないので、これはオミット。

71年のナッシュヴィル・セッションは、3月、5月、6月の3回で、そのすべてにバートンは参加しています。このいずれかのときに、エルヴィスの体調が悪くなり、予定がキャンセルされたのでしょう。Fools Rush Inを収録した一連のセッションは30曲もやっているので、体調はよかったのではないかと推測されます(まあ、30曲の強行スケデュールのために過労で倒れたという推測もできるでしょうけれど)。

f0147840_0264749.jpgとなると、3月か6月。これじゃあ、どっちのヴァージョンを先に録音したのか、やはり判断できません。よって、またしても当たるも八卦当たらぬも八卦の山勘をいいますが、バートンがリック・ネルソンの昔のヒット曲を録音したのを聴いて、エルヴィスもFools Rush Inをやってみようと思いたったのではないかと考えます。バートンにとって、Fools Rush Inは昔なじみの曲、エルヴィスに思いださせてもらうまでもないからです。

長々と脇道の話をしているので、ははあ、と勘づかれた方もいらっしゃるでしょうが、これも褒められるような出来ではないのです。キーも同じAで、基本的には、リック・ネルソン盤を踏襲したアレンジです。ジェイムズ・バートンがいるのだから、まあ、当然でしょうが、アレンジの手間をかけていないことから、本寸法のトラックではなく、ことのついでに録音しただけの、アルバムの埋め草だと感じます。

バンドのグルーヴも気になります。バートンのソロ・アルバムとちがうプレイヤーがいるとすると、ドラムのケニー・バトリーです。バートンのソロは軽快なのに、エルヴィスのトラックはなんだか足を引きずるようなところがあるのは、ドラムのちがいかもしれません。バトリーはタイムがlateなのです。

この曲で面白いのは、エルヴィスがどんな気分でリック・ネルソンのヒット曲をカヴァーしたのかという、その心中のほうです。リックがGarden Partyの大ヒットで、ふたたび脚光を浴びるのは72年のことなので、「おい、リッキー、最近はどうしてる、がんばれよ」といった気分でしょうか。エルヴィスはリックのドラマのファンだったそうです。

◆ ふたたびリック・ネルソン ◆◆
まだいくつかヴァージョンがのこっていますが、もうよかろう、です。50年代の女性シンガーのものは、わたしには退屈で、最後まで聴き通すことすらできません。いつも褒めるジュリー・ロンドンも、Fools Rush Inについては、とくにいうべきこともなし。

結論として、わたしが面白いと感じたFools Rush Inは、リック・ネルソン、ジェイムズ・バートン、フランク・シナトラ40年盤、レスリー・ゴア、グレン・ミラー、フランク・シナトラ47年盤、ブルック・ベントンです。

f0147840_0441832.jpg書きながら、ずっと流していて、やはりリック盤になると、イントロを聴いた瞬間、これだ、とワクワクし、リックの歌が出てくる前に、もうグルーヴに乗っています。

左チャンネルがかなり混んでいるので、正確に聴き取れているかどうか自信がありませんが、ブラシによるスネア、ハイハット、カウベル、フェンダー・ベース、テレキャスター、アコースティック・リズム、そしてピアノという編成のようです。この時期のピアノはもうジーン・ガーフではなく、レイ・ジョンソンでしょう。あとはツアー・バンドのメンバーのみでしょう。意外にいいグルーヴなのが、アコースティック・リズムです。いつものようにリックのプレイだとしたら、ブラシのみならず、ここでもセンスのよさを見せたことになります。

リック・ネルソンは、まだ十六歳のときに、売り込みに来たエルヴィスのバンドとやってみて、使えないと判断し、ジェイムズ・バートンを選択したくらいで、非常にすぐれたリズミック・センスの持ち主なのです。リックの仕事が決まった直後に、バートンとカークランドがエルヴィスのバンドの連中に会い、「すごい話があるんだ、リック・ネルソンが俺たちを雇ってくれたんだぜ」といったら、すっと場がしらけた、という話が残っています。フォンタナやムーアらは、リックに断られたばかりだったのです。

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The first line-up of the Rick Nelson Band. (left to right) James Kirkland, Rick and James Burton

バートンの、シンコペーションを強調した、オブリガートとカッティングの中間のようなプレイも、タイムのよさがあらわれていて、これも全体のグッド・グルーヴに寄与しています。レイ・ジョンソンと推測されるピアノは、「上のほう」の味つけをやっていて、サウンドに明るさ、華やかさを加えています。

総じて、必要なものが適切に、過不足なく配置されていて、アレンジャーとエンジニアの名前が知りたくなります。アレンジャーだけは、いつものようにジミー・ハスケルとクレジットされていますが、エンジニアの名前がわからないのは、じつに遺憾です。

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ジミー・ハスケル。あちこちでいろいろな証言を残していて、ハリウッド音楽史研究者にとっては非常にありがたい人物。ハスケルとリック・ネルソン・バンドについては面白い話があるが、この特集で、リックはもう一度登場する予定なので、今回は出し惜しみした。

リック・ネルソンの初期のトラックは、エイブ・“バニー”・ロビンのマスター・レコーダーで録音されていましたが(エンジニアもオーナー自身)、このスタジオが「近代サウンド・レコーディングの父」デイヴィッド・パトナムのユナイティッドに買収されてしばらくたってから、リックも「親元」のユナイティッドに引っ越したそうです。

したがって、Fools Rush Inも、ユナイティッドでの録音にちがいありません。それなら、このバランシングも当然でしょう。御大パトナム自身がみずから卓に坐るのは、ナット・コールだの、ビング・クロスビーだのという、パトナムに挨拶したい大物が来たときだけだったようですが、パトナム門下にも腕のいいエンジニアがたくさんいました。

いつも思うのですが、すぐれたトラックには、その土地の音楽的インフラストラクチャーが反映されているものです。リック・ネルソンのFools Rush Inには、音楽都市ハリウッドが黄金時代のとば口に立ったことを感じさせる、なんともいえない華やかさがあり、それがつねにわたしの耳を引っぱるのです。

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Rick Nelson Sings "For You" リックが契約を更新せず、デッカに乗り換えたことに腹を立てた、リックのもとのレーベルであるインペリアルのルー・チャドは、さまざまな嫌がらせの一環として、Rick Nelson Sings for YouというまぎらわしいタイトルのLPもリリースした。引用符のあるなしなどどうでもいいようなものだが、このアルバムに関しては、デッカ盤を指す場合には引用符を落としてはいけない!

by songsf4s | 2008-04-03 23:55 | 愚者の船
Fools Rush In その1 by Rick Nelson
タイトル
Fools Rush In
アーティスト
Rick Nelson
ライター
Johnny Mercer, Rube Bloom
収録アルバム
Rick Nelson Sings "For You"
リリース年
1963年
他のヴァージョン
James Burton, Glen Miller, Frank Sinatra (several versions), Lesley Gore, Brook Benton, Julie London, Dion & the Belmonts, Harry James, Doris Day & Andre Previn, Jo Stafford, the Flying Machine, Lita Roza, Bobby Hackett
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ヴァージョンが山ほどある曲はできれば避けたいのですが、そうもいかないことが多く、本日のFools Rush Inも、馬鹿ソング特集をやろうと思った動機のひとつなので、花も嵐も踏み越えます。

いいヴァージョンの多い曲ですが、看板にはリック・ネルソンを立てました。多少の迷いもなかったわけではないのですが、まあ、この曲はこのヴァージョンで決まりだろうというくらい、昔からリックのものが好きなのです。そのへんのくわしいことは後段で。

◆ 天使も三舎を避ける ◆◆
それではファースト・ヴァース。

Fools rush in where angels fear to tread
And so I come to you, my love, my heart above my head
Though I see the danger there
If there's a chance for me, then I don't care

「愚か者は天使も足を下ろすのをこわがる場所に踏み込んでいく、だから、愛しい人よ、僕はこうしてここに来たんだ、もう無我夢中さ、たしかに危険を感じるけれど、チャンスがありさえすれば、そんなこと、かまうものか」

my heart above my headの解釈はいくぶん問題ありかもしれません。辞書には、above one's headで「……の理解力を超えて」とあります。この場合は、ハート=感情は理知の理解を超えている、といったあたりになり、もう気持ちの昂ぶりを抑えられない、ぐらいの意味と考えればいいと思います。

f0147840_235314100.jpgジョニー・マーサーの曲を取り上げるたびにいっていますが、いやもう、うまいものです。発想、展開ともにきちんとしていて、やはりアメリカ音楽史上最高の作詞家のひとりだと思います。

佳作秀作目白押しの人なので、これくらいでは代表作とはいわれないかもしれませんが、やはり光るものがあります。このヴァースでは、ファースト・ラインから、so I came to youにつなげる展開のあざやかさに惹かれます。ま、意味としては「オレ馬鹿だから、こんなところに来ちゃったのよ」といっているだけですが、ふつうにいえばなんでもないことを、印象深く表現することこそが、作詞家という職業の要諦なのですよ、おのおのがた。

◆ 古典的にして清新な脚韻 ◆◆
セカンド・ヴァース。

Fools rush in where wise men never go
But wise men never fall in love, so how are they to know?
When we met, I felt my life begin
So open up your heart and let this fool rush in

「愚か者は賢い人間がけっして行かない場所に飛び込んでいく、でも、賢い人間はぜったいに恋などしないのだから、彼らにはわかるはずがない、きみに会ったとき、ぼくは人生がはじまったと思った、だから、心の扉を開いて、この愚か者を飛び込ませてくれないか」

f0147840_23542989.jpgジョニー・マーサーは、昨日取り上げたFools Fall in Loveのジェリー・リーバーとは正反対で、ティンパン・アリーに巣くったわけではないものの、旧派の代表的作詞家なので、ファースト・ヴァースも、このヴァースも、じつにきれいに韻を踏んでいます。その形を崩したくなくて、途中で行を割りたくなる箇所も我慢したのだから、行末をにらんでみてください。goとknowの脚韻なんて、ありふれていそうで、じつはあまりないだろうと思います。beginと、rush inも、なるほどねえ、と感心しました。韻はクリシェにつながるハイウェイですが、うまくやれば、やはりきれいなものです。

以上で歌詞はおしまい、この曲は2ヴァースのみで、ブリッジもサード・ヴァースもありません。多くのヴァージョンでは、どちらかのヴァースを繰り返し、サード・ヴァースのかわりにしています。

◆ ロッカバラッド・キング ◆◆
リック・ネルソンの歌を褒めている文章というのを読んだことがありません。「水で薄めたエルヴィス」というデビュー時の評価が、生前はもちろん、没後にいたるまで、ずっとついてまわったという印象です。

f0147840_2357628.jpgじゃあ、へそ曲がりとしては、ここでひとつ褒めてみようか、と思うのですが、そう簡単には問屋が卸さず、「けなさなければならないほど嫌味なシンガーではない」というあたりです。でも、イヤったらしい歌い方のシンガーが多いなかで、このさっぱりとしたあと口のよさは、ちょっとした美質といっていいのではないでしょうか。

というと、リックの歌が下手だといっているみたいに受け取られかねませんが、そんなことはありません。バラディアとしての資質は十分以上にもっています。そもそも、ポップ/ロックの世界では、シンガーの最大の財産は、テクニックではなく、声の質です。それも、ただのいい声では不十分で、スタジオ・ギミックを適用しやすい声なら完璧なのです。

f0147840_2358860.jpgその代表がカレン・カーペンター。仮に彼女がうちにきて、目の前に立ち、イフェクターを通さない「素」でうたっても、わたしはぜんぜん感心しないでしょう。あれはスタジオ技術の結晶ともいうべきもので、イフェクターの助けがあって、はじめて特長のあるいい声になったのです。あれは、ほら、ご存知でしょうが、ビートルズとアビー・ロード・スタジオのエンジニアが「ADR」(Automatic Double Recordingの略だったか。一般的には「フランジャー」という)と呼んでいたイフェクターによって、数十人のカレン・カーペンターの複製をつくり、「電気的大合唱」にした声なのです。

そういう意味では、リック・ネルソンのほうが大先輩です。ダブル・トラック、リヴァーブ、それにたぶんディレイも駆使して、スタジオにしか存在しない、すばらしい声をつくりあげたと思います。この声は、残念ながら、リックが好んだロックンロール系の曲には不向きで、プロデューサーだった父親のオジー・ネルソンが好む、バラッド系の曲でおおいに効果を発揮しています。

ロック系の曲をうたうには、リックの声はやさしすぎますが、デビュー直後にロッカ・バラッドという金脈を発掘してからは、テレビ・ドラマのアイドルではなく、シンガーとしてのリック・ネルソンのキャリアは巡航速度に到達し、安全圏に入ったと感じます。

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ネルソン家の人びと。ドラマのセットは、じっさいのネルソン邸のコピーだったので、写真を見ても、ドラマなのか、現実なのか、判然としない。

Fools Rush Inは、リックの好みというより、父親の好み(彼の若いころにヒットした曲なので)だったようですが、アップテンポのロッカ・バラッドに仕上げることで、双方が満足できるものになったと感じます。いや、20年契約という太っ腹な条件でリックを獲得しながら、ヒットが出なくて気を揉んでいたデッカも、この曲で一息ついたことでしょう。もっとも、それはぬか喜びで、つぎにヒットらしいヒット(Garden Party)が出るまでに、じつにこのあと8年も要することになってしまうのですが!

◆ 最強のツアーバンド ◆◆
リックのFools Rush Inは、バッキングに関するかぎり、他のどのヴァージョンもホコリのなかに置き去りにする素晴らしさで、平均点以上のリックのヴォーカルに、バッキングの楽しさを加えた総合点で、最終的にトップ、というように見ています。

なんたって、ギターがジェイムズ・バートン、ベースがジョー・オズボーンなんですからね。いや、二人ともまだスタジオ・プレイヤーにはなっていません。リック・ネルソン・バンドのレギュラーとして給料をもらい、いっしょにツアーし、レコーディングもツアー・バンドのままで(すくなくとも1960年ごろから)やっていたのです。

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ごく初期のリック・ネルソン・バンド。芳紀十六歳の国民的ティーネイジ・アイドルと、これまたティーネイジャーだったジェイムズ・バートン(右)。まだジョー・オズボーンは参加していなくて、このときのベースはジェイムズ・カークランド。

これほど強力なツアー・バンドは、当時、ほかになかったでしょう。ドラムのリッチー・フロストも、エースとはいえないまでも、もとはスタジオ・プレイヤーで、タイムは悪くはありません。つねにツアーに帯同したわけではなく、準レギュラーだったピアノのレイ・ジョンソン(プラズ・ジョンソンの兄弟)も悪くないプレイヤーです。

ほうっておけばスタジオに引っぱられてしまう腕の持ち主に給料を払うのは、かなりの負担になるので、リックぐらいの大きな稼ぎがないと、とうてい維持できなかったでしょう。エルヴィスがしきりに、「居抜き」でこのバンドをリックから買い取ろうとした、という噂も十分に信憑性があります。

じっさい、後年、ジェイムズ・バートンはエルヴィスのツアー・バンドに入り、間奏の直前、エルヴィスが「Take it for me James」を連発することになります。ジェイムズ・バートン・ファンとしては、昔からほしかったプレイヤーを獲得できて、エルヴィスもうれしかったのだろうな、と感じます(そして、ソロ・アルバムのレコーディングにジェイムズ・バートンを迎えたグラム・パーソンズも、Grievous Angelの間奏の入口で「Take it for me James」のセリフをいう誘惑に勝てなかった)。わたしらの世代が、名のみ高かったジェイムズ・バートンの動くすがたを見られたのも、エルヴィスの衛星中継ライヴのおかげでした。カメラがエルヴィスばかり追って、バートンの手の動きがよくわからず、イライラしまくったものです。

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ミスター・テレキャスターとそのギター。ウッソー、テレキャスじゃなくて、グレッチじゃん!

Fools Rush Inのときには、リック・ネルソンのキャリアははっきりと下降線を描きはじめていましたが、バンドはこの時期がもっとも充実していたと感じます。バートンのオブリガートや間奏は、素人が聴いてうまいと思う子どもっぽいものではありません。でも、目立たないながらも、さまざまなテクニックを織り込んだ、じつに渋い、同時に、あざやかなプレイです。もういつでも、フルタイムのスタジオ・プレイヤーに転身できるまでに成熟しています。このとき、バートンはまだ二十二、三歳なのですが。

片やバートンの幼なじみだったジョー・オズボーンは、いまになるとわかりにくいのですが、1960年代はじめという横軸で見たら、こんなプレイをしている人はほかにいないだろうというほど、ブンブンいわせています。あの時期、このサウンドとプレイは目立ったにちがいありません。

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ミスター・テレキャスターとそのギター。ウッソー、テレキャスじゃなくて、リッケンバッカーじゃん!

まだキャロル・ケイはギターを弾いている時期で、このころのハリウッドのフェンダー・ベースはレイ・ポールマンの一手販売でした(そもそも、レコーディングでは、フェンダー・ベースよりスタンダップ・ベースを使うことのほうが多かった)。レイ・ポールマンのベースは穏やかなもので、オズボーンのようにギラギラしたプレイをする人はほかにいなかったのです。

こういう場合、エンジニアリングも重要です。オジー・ネルソンは他のプロデューサーとちがって、低音をカットしなかったと、初期のリックのセッションでストゥールに坐ったアール・パーマーが証言しています。エンジニアというより、プロデューサーの判断で、同時代の他の盤より低音を(結果的に)強調するサウンドになり、そこにジョー・オズボーンのスタイルがうまくはまったのです。リックは、ブライアン・ウィルソンと同じように、父親の関与を嫌っていましたが、悪いことばかりでもなかったことになります。まあ、リックが主導権を握っても、やはり低音を強調したでしょうけれど。

オズボーンがリック・ネルソン・バンドに入った1960年ぐらいから、この1963年ぐらいまでは、たとえリックがいなくても十分に楽しめるほど、バートンとオズボーンのプレイが冴えわたり、この二人がいるというだけで、リックの盤はなんでも聴いてしまいます。

そして、Fools Rush Inにはオマケがあります。ドラマーのリッチー・フロストはハイハットだけを叩き(このテンポで16分なので、当然、両手でやらなくてはならない)、スネアはリックがプレイしたというのです。

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アール・パーマー(左)のセットを叩くリック・ネルソン。たんなるお遊び写真かと思っていたが、リックは大まじめだったのかもしれない。わたしだったら、よりによってアール・パーマーの前でスティックを振りまわしたりはしないが……。

スティックよりはごまかしがきくブラシのプレイではあるし、ミックスはフロストのハイハットがオンで、スネアはオフですが、それにしても、ときおり入れる16分も乱れはなく、やるじゃん、です。8番バッターより頼りになるピッチャーがいるのと同じような感じで、これはやはり才能というべきでしょう。聞こえるところに関するかぎり、きれいなブラシ・ワークです。まあ、オズボーンみたいなベースがいると、ドラムも引き立つものなんですがね。

◆ ジェイムズ・バートンの「セルフ・カヴァー」 ◆◆
70年代後半、ディスコの嵐が吹き荒れると、盤だけではなく、ラジオ番組も聴くものがなくなりました。やむをえず、時間の都合がつくかぎり、できるだけFENのジム・ピューター・ショウを聴く生活になりました。70年代に入った時点で、すでにビートルズ以前の音楽に回帰しつつあったのですが、ディスコ・ミュージックのあまりの猖獗ぶりに、先行きをはかなんで、こうなったら、昔の音楽を本気で集めようと思い、ジム・ピューターを師匠に選んだのです。

ある日(月曜から金曜まで、毎日25分の帯番組だった)、「明日はリッキー・ネルソンだよ」とジム・ピューターがいったので、わたしは新しいテープを用意して翌日を待ちました。この2日つづきのリック・ネルソン特集は、いま思い返せばビギナー向けの構成で、大瀧詠一の番組のようにマニアックな曲はありませんでしたが、いい曲ばかりで、十分に満足できるものでした。

そのなかで一曲、最後のアナウンスのバックに流れたインストだけは、その後、長いあいだ入手できなかったので、ややマニアックな選曲といえます。イントロでジム・ピューターが割り込み、ジェイムズ・バートン、といったので、寝転がって聴いていたわたしは、むっくり起きあがりました。それがFools Rush Inです。

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ジェイムズ・バートンのFools Rush Inは、リック・ネルソン・ヴァージョンの8年後、1971年に録音されたものです。しかし、キーは同じ、テンポもアレンジもほぼリックのヴァージョンを踏襲したもので、セルフ・カヴァー、いや、リメイクとでもいったおもむきの仕上がりなのです。

ちがうのは、当たり前ですが、リックの歌のかわりに、ジェイムズ・バートンのドブロがリードをとっていることです。このドブロがまたうまいんです。じつにきれいな音で、うなっちゃいます。グラム・パーソンズのアルバムでは、ドブロばかり弾くので、もっとテレキャスターを使ってくれよ、と思ったほどで、バートン自身もドブロを好んだようです。

いまも聴きながら書いているのですが、いやもうすばらしい。ジム・ピューター・ショウのリック・ネルソン特集を録音したテープを、繰り返し繰り返し、すり切れるほど聴いた夏のことを思いだします。うっかりすると涙がこぼれるような、美しいプレイです。

間奏では(って、インストには間奏はない、といわれそうですが、リック盤の間奏に相当する箇所、という意味)、それまでうしろでカッティングをしていたテレキャスター(もちろん、バートンのダブル)が前に出て、リックのヴァージョンとほぼ同じラインを弾きますが、8年のあいだにバートンも成長した、と感じる、タイミングが微妙に遅くなった、懐の深いプレイです。ドブロ、テレキャスター、どちらも完璧。

Fools Rush Inを収録したThe Guitar Sounds of James Burtonというアルバムは、エルヴィスの録音のためにスタジオを押さえたのに、肝心のご本尊が来られなくなったので、急遽、バートンのソロ・アルバムの録音に切り替えたというもので、全体を聴くと、準備不足の感は否めません。ほかに面白いものといって、Pork Salad Annieぐらいです。でも、Fools Rush Inのすばらしさは、すべてに補いをつけてくれます。ときには、これ一曲あれば十分、というトラックもあるものなのです。

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ボブ・ルーマン・バンド時代のジェイムズ・バートン(右)とジェイムズ・カークランド(左)。いやはや、バートンの若いこと。十六歳ぐらいか。要するに、このバンドがそのままリックに引き抜かれてしまったようなもので、ボブ・ルーマンは困ったにちがいない。

リック・ネルソンがらみの2ヴァージョンを書くだけで本日は力尽きてしまったので、残りのヴァージョンは後日に繰り越させていただきます。ほかにもいいヴァージョンがあるので、どうぞお楽しみに。
by songsf4s | 2008-04-01 23:54 | 愚者の船
Summertime by ANYBODY! その2
タイトル
Summertime
アーティスト
Anybody
ライター
lyrics by Ira Gershwin and Du Bose Heyward, music by George Gershwin
収録アルバム
Any Album
リリース年
1933年初演
他のヴァージョン
EVERYBODY!!!
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◆ 出来のよいヴォーカル・ヴァージョン ◆◆
今回は、Summertimeの残る12ヴァージョンを一気に駆け抜けることにします。

ビリー・ステュワートのヴァージョンは大ヒットしていますし、編集盤にもよく採られています。むちゃくちゃにオフビートなアレンジで、だれでも知っている曲を再ヒットさせるには、こういう荒技が必要だということが証明されています(ちなみに、そういう意味で、こりゃスゲエと賛嘆したのは、殺人教唆を疑われたサム・クック未亡人と、喪が明けるのも待たずに結婚したボビー・ウォマック歌うFly Me to the Moonです)。

f0147840_2330134.jpgこういうおっかない声でこんな大騒ぎをしては、赤ん坊は眠るどころか、泣き叫び、しまいにはひきつけを起こすのではないでしょうか。本来は子守唄だなんてことは、四次元の彼方にすっ飛んでいます。でも、ヴォーカルのノリのよさは他のヴァージョンにはないもので(ドラムは好みではありませんが)、こうでもしないかぎり、この曲が大ヒットする可能性はないでしょう。これは55年以降、唯一トップ40入りしたSummertimeですが、それも当然と感じます。

f0147840_22162796.jpgマーセルズは、Blue Moonのとんでもないドゥーワップ・レンディションをヒットさせたことで有名で、ご記憶の方も多いでしょう。Blue Moonにくらべれば、彼らのSummertimeは穏当なアレンジですし、この曲の各種ヴァージョンのなかでは例外的にアッパーな明るいノリで、楽しめる仕上がりになっています。だいぶコードを変えていて、マイナーであるべきところを、メイジャーでやっているみたいですが、これまた、そうでもしないかぎりこの曲はヒットしないだろうと納得してしまいます。さすがは、珍なアレンジを売りものにしていたグループだけのことはあります。マーセルズ盤はトップ40にはとどかなかったものの、ホット100入りしました。

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リック・ネルソンとジェイムズ・バートン(右)

リック・ネルソンを聴く楽しみの半分ぐらいは、ジェイムズ・バートン、および彼の参加以前の、バーニー・ケッセル、ハワード・ロバーツ、ジョー・メイフィスといったハリウッド・シニア・ギタリスト軍団(というほどの年齢ではなかったので、ハリウッド第一世代ギタリスト集団というべきかもしれません。ビリー・ストレンジ、トミー・テデスコらに先行する人たちです)のプレイにありますが、1960年ごろからは、バートンの幼なじみ、ジョー・オズボーンのフェンダー・ベースというお楽しみも加わります。この曲のオズボーンは、ゲラゲラ笑ってしまうほどブンブンいっていて、おかげで退屈しないですみます。これまたホット100ヒット。

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ハワード・ロバーツとバーニー・ケッセル。ケッセルは、セッション・ワークではテレキャスターをよく使ったらしい。トミー・テデスコによれば、テレキャスターが好まれたのは音ではなく、軽量だったおかげだとか!


f0147840_22372830.jpgジョー・メイフィスとダブルネックのモズライト。ビリー・ストレンジによると、メイフィスはごく初期からのモズライト・プレイヤーだった。ヴェンチャーズ・モデル誕生以前からの、である。メイフィスの影響で、ビリー・ストレンジもモズライトを使うようになったのだという。ヴェンチャーズがハリウッドのスタジオにモズライトを広めたなどというのはタワゴトにすぎない。

f0147840_2250224.jpgゾンビーズ・ヴァージョンはデビュー盤のアルバム・トラックです。ミディアム・ワルツ・アレンジで、スロウではないところが救いになっています。コリン・ブランストーンの声は子どものころから好きだったし、この曲にも向いていると感じます。案外な拾いものではないでしょうか。

◆ あまり出来のよくないヴォーカル・ヴァージョン ◆◆
シャロン・マリーは、熱心なブライアン・ウィルソン・ファンしかご存知ないでしょうが、後年、ビーチボーイズがDarlin'として歌った曲の原曲、Thinking 'bout You Babyを、ブライアンのプロデュースで歌った人です。この時期のブライアンは、ビーチボーイズではやりにくいアレンジやサウンド・メイキングの実験を、アウトサイド・プロダクションで試していたようで、いくつかバランスの悪い、デモみたいな出来のものを残しています。

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中央の小さな写真がシャロン・マリー。中央上はグレン・キャンベル、右下はハニーズ。シャロン・マリーの左隣がわからないが、ゲーリー・アシャーか。左上、ブライアンの隣のエンジニアはチャック・ブリッツだろう。

シャロン・マリーのSummertimeはその最たるもので、なんだか珍な音です。実験台にされたシャロン・マリーこそいい面の皮ですが、ブライアンがいなければデビューできたかどうかすら怪しいので、いいようにオモチャにされても(といっても、性的な含意はゼロですよ)文句はいえないでしょう。

f0147840_2304264.jpgライチャウス・ブラザーズ盤は、フィル・スペクターの時代に録音されたものですが、アルバム・トラックなので、例によって巨匠は出馬せず、ビル・メドリーあたりがプロデュースしたのでしょう。立体的で、奥行きのあるサウンドにいくぶん魅力がありますが、しかし、あまり出来がよいとはいいかねます。ドラマーはアール・パーマーでしょうが、とくに活躍はしていません。

ライチャウスは不思議なデュオで、片方だけのソロという曲がけっこうあり、この曲ではボビー・ハットフィールドの声しか聞こえません。You've Lost That Lovin' Feelin'では、ハットフィールドの出番がほとんどなかったことの埋め合わせでしょうか。

f0147840_2323519.jpgバッキンガムズのヴァージョンは、デビュー盤のアルバム・トラックで、ギターとベースのタイムがずれていて、どうにも乗れないグルーヴです。とくにリズム・ギターのプレイとミックスのバランスがよくないと感じます。セカンド・アルバム(わがオール・タイム・フェイヴァリット、Don't You Careを収録)からはハリウッド録音になり、もうすこしましになるのですが。いや、シカゴ録音ということになっているデビュー盤からして、すでにハリウッド録音の可能性もあると昔から疑っているのですが、セカンドほど出来がよくないのも事実なので、ずっと保留しています。

◆ インスト・ヴァージョンひとまとめ ◆◆
最後にインスト盤をまとめてご紹介します。

f0147840_2362095.jpgヴェンチャーズ盤はなかなかけっこうな出来です。ビリー・ストレンジ時代のヴェンチャーズも、後半になるとダブル・リードが増え、ゴージャスなギターのからみが聴けるようになるのですが、Summertimeが収録されたMashed Potatoes And Gravyは、そのダブル・リード時代のピークに録音されているのです。Lucille、Poison Ivy、The Wah-Watusi、Spudnik(のちにSurf Riderと改題される)と、ダブル・リードの傑作トラックが目白押しです。

ビリー・ストレンジの相方であるセカンド・リードはいまだに不明ですが、わたしはトミー・テデスコだろうと推測しています。音からの判断では、このアルバムのドラマーはハル・ブレイン、ベースはレイ・ポールマンです。リズム・ギターはわかりませんが、いつものようにキャロル・ケイだと思っておけば安全でしょう。

Summertimeでのハルは、Spudnik/Surf Riderと似たようなパターンで叩いています。この曲でのダブル・リードは、ハモったりはしないので、Lucilleなどに肩を並べるような出来ではありませんが、それでもけっこうなプレイで、今回聴いたすべてのSummertimeのなかで、もっとも楽しめました。

f0147840_2391117.jpgMG's盤は、彼らのクリスマス・アルバムを思いだす、静かなアレンジのオルガン曲という感じで、ブッカー・T・ジョーンズ以外の3人はあまり活躍しません。今回取り上げた各種ヴァージョンのなかではもっとも子守唄らしいサウンドですが、MG'sの血が騒ぐグルーヴを好む人間としては、あまり聴きどころがありません。

f0147840_23141781.jpgデイヴ・“ベイビー”・コルテスは、The Happy OrganのやRinky Dinkなどのヒットで知られるオルガン・プレイヤーですが、この曲はやや珍な出来です。左手の低音部が変なライン、変な音で、なんとなく葬送曲を思わせます。「死ぬまでは生きるであろう」という、この曲の変な歌詞に合っているといえば合っているのですが……。The Happy Organでは、呆れるほど脳天気なサウンドをつくったコルテスですら、ダウナーなノリになってしまうのだから、恐るべし、Summertime!

f0147840_23182532.jpgストリング・アロングズは、バディー・ホリーのプロデューサー、ノーマン・ペティーがプロデュースした(たぶんテキサスの)ギター・インスト・グループで、Wheelsのヒットが知られています。この曲は、アレンジまたはプレイがピシッとしていなくて、あまり出来はよくありません。リズム・ギターがバランスを欠いて大きくミックスされているのがわかりませんし、まして、そのステレオ定位を左右に揺らすにいたっては、鬱陶しいだけです。派手さはないものの、ツアー用ヴェンチャーズなどより腕は上だと思いますが、この曲のアレンジはいただけません。

以上、わが家にあるSummertimeをすべて聴いてみました(と思うのですが)。二度とこんな馬鹿なことはしたくない気分です。有名なエラ・フィッツジェラルド盤がわが家にはなくて、幸いでした! うまさを前面に押し立てる人はもともと苦手ですし、夏にはぜったいに聴きたくありません。うまさ控えめ、これが夏の歌のポイントです。
by songsf4s | 2007-08-22 23:33 | 夏の歌