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回想のビリー・ストレンジ、その音楽と時代 その7 ジョニー・リヴァーズ、フェンスメン
 
1964年、サンセットのウィスキー・ア・ゴーゴーで録音したという、トリニ・ロペス風のパーティー・サウンドに載せたMemphisをヒットさせる以前に、ジョニー・リヴァーズはいくつかアルバムをリリースしています。

それは知っていたのですが、メンフィスか、ルイジアナのどこかでの録音だろうとみなして、手に入れていませんでした。ほかのはほとんど完璧というくらいに揃えてあるのですが。

しかし、1962年にすでにジョニー・リヴァーズはハリウッドで録音していたことが、あとでわかりました。予断、偏見は禁物とあれほど自戒していたのに!

このときの録音は、いったんはお蔵入りしたものの、64年にMemphisの大ヒットを受けて、キャピトルからリリースされたのだそうです。いくつかいい曲はありますが、たしかに、リリースが見送られたのもしかたないかな、という地味なアルバムです。

ユーチューブには、LPリップを切り分けずに、片面ずつまとめてアップしたものしかありません。これを切り分けてMP3にしたものもアップしたので、以下のクリップは気にしないでください。念のためにおくだけです。

The Sensational Johnny Rivers LP side 1


The Sensational Johnny Rivers LP side 2


まだハル・ブレインがエースになる以前で、ハルのように感じるトラックはなく、アール・パーマーかな、というのがいくつかあるだけです。

キャピトルなので、プロデューサーはニック・ヴェネー(Nick Venetと書くが、tはサイレント、アクセントは第二シラブル)、ビーチボーイズの契約の担当プロデューサーです。ビーチボーイズ関係の本ではたいていコケにされていますが、それほど鈍物ではないとわたしは考えています。

さて、このアルバムがビリー・ストレンジ・ディスコグラフィーにリスト・アップされているのですが、不完全なセッショノグラフィーが、判断をかえってむずかしくしているのです。

問題は、1962年11月5日のセッション・リーダーはグレン・キャンベル、とされていることです。ほかに、ラッセル・ブリッジス(リオン・ラッセル)、デイヴィッド・ゲイツ(のちにブレッド。ギター、ベース、さらにはドラムもプレイした)、ジミー・ボーウェン(アップライト・ベース。のちにリプリーズのプロデューサーとなり、ディーン・マーティン、フランク・シナトラをカムバックさせる)の名前があります。

この日に録音されたのは、Everybody But Me、If You Want It、My Heart Is in Your Hands、と記されています。通常のセッションなら、もう一曲録音されているはずで、それはたぶん、アルバム・クローザーのWalkin' Slowlyだと思います。ギターのサウンドとスタイルがMy Heart Is in Your Handsにそっくりだからです。

そういうものを除外していって、ビリー・ストレンジに聞こえるギター・プレイがあるのはこの曲。

サンプル Johnny Rivers "If You Want It, I Got It"

くどくも念押ししますが、これは上掲のクリップをMP4でダウンロードし、それをWAVに変換して切り分けたのち、MP3に変換したものです。それだけジェネレーションが落ちています。いや、思いの外、ふつうの音質なのですが。

ほかに濃厚にビリー・ストレンジ的感触があるのは、A面の最後のDon't Look Nowのアコースティック12弦のプレイと、B面のオープナー、This Could Be the Oneのエレクトリック6弦です。後者はクリップの頭になるので、面倒なしに聴けます。あ、それからB面の3曲目、Double C, Cinnamon Ciderもそうでしょうが、ソロはありません。

ずっと聴いていって、B面の4曲目と5曲目にはギョッとしました。どこからどう見ても正真正銘のブルーズ・ギターなのです。

ビリー・ストレンジ御大がこんなプレイをしたのは、あとにも先にもありません。いや、それどころか、ハリウッドのギター・プレイヤーが、通常ならしないものと断言できます。

不完全なセッショノグラフィーを隅々まで読んで推測すると、どうやら、これはグレン・キャンベルのプレイのようです。驚きました。まあ、彼らはやれといわれれば、なんだってやってみせたので、ビリー・ストレンジでも、トミー・テデスコでも、要求されればやったでしょうけれど。

しかし、グレン・キャンベルもさすがはハリウッドのエースのひとり、いつもブルーズをやっている、根っからのブルーズ・マンのように錯覚させられます。

もうひとつ、ビリー・ストレンジの1962年のセッション・ワークを聴きます。たぶん、このグループは、ワン・ショットのスタジオ・プロジェクトで、シングルまたはEPを一枚リリースしただけだと思われます。しかし、これがちょっとしたものなのです。

The Fencemen - Sunday Stranger


いやあ、オルガンもかっこいいし、ビリー・ストレンジ御大も、強面のプレイで、すっかり気に入ってしまいました。メンバーはわかりませんが、ドラムは90パーセント以上の確度で、アール・パーマーです。

もう一曲、フェンスメン。

The Fencemen - Sour Grapes


一カ所、ミスピッキングがありますが、いや、かっこいい!

こういうインストゥルメンタルは、散々漁られて、すでにめぼしいものは、各種編集盤に採録されているのですが、それでもなお、こういうふうにシングルのまま放置された好プレイがあるのだから、盤は聴いてみないとわからないものだと、つくづく思います。


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by songsf4s | 2012-03-10 23:40 | 60年代
続The Best of Jim Gordon 01 唯一のリーダー・アルバム、ジョージ・ハリソン、グレン・キャンベルなど
 
(サンプルのリンク、修正しました。陳謝)

「The Best of Jim Gordon補足」なんていうタイトルで、その後に聴いたジム・ゴードンのプレイを並べてきましたが、補足のほうが大きくなりそうな気配なので、今回からテイク・ナンバーをリセットし、ここからはリメイク・セッション、「続The Best of Jim Gordon」の、本日は第一回目とします。

◆ ジム・ゴードン唯一のソロ・アルバム ◆◆
ジム・ゴードンのソロ・アルバムというものがあるというのはどこかで読んだことがあったのですが、やっと現物を聴くことができました。

信じようと信じまいと、わたしは蒐集家ではないので、ブツの入手自体にはいたって不熱心です。たまたま遭遇すればよし、わざわざ探す気はないので、いままでほったらかしにしていましたが、じっさいに聴くと、このJimmy Gordon & His Jazznpops Bandの唯一のアルバムは、探すべきだったかもしれないと思いました。

そういってはなんですが、ハル・ブレインのソロよりずっと面白いと思います。時期のちがい、アレンジャーのちがい、というところでしょうが、全体のサウンドも面白いものがあるし、ジミーのプレイも申し分がありません。

f0147840_001083.jpg

気持のいいグルーヴばかりで、どれをサンプルにしたものか迷い箸をしてしまいますが、ファイル・サイズも考えて、この曲にしてみました。

サンプル Jimmy Gordon & His Jazznpops Band "Flying Dutchman"

このジミー・ゴードン&ヒズ・ジャズポップス・バンドのHog Fatというアルバムは、ボブ・シールのフライング・ダッチマン・レコードからリリースされました。ジム・ゴードンはボブ・シールに気に入られたのか、このレーベルからリリースされたさまざまな盤でプレイしています。

ただし、フライング・ダッチマンのいろいろなセッションに参加した結果として、ソロ・アルバムが制作されることになった、という流れではありません。レーベルの発足直後に、ジミーのアルバムは録音されているのです。

どうであれ、この曲にFlying Dutchmanというタイトルがつけられたのは、レーベル名にちなんだのでしょう。インスト曲のタイトルはどうにでもなりますから。

アルバム・パーソネルは以下のごとし。

Jim Gordon - drums
Gary Coleman - percussion
Victor Feldman - percussion
Buddy Childers - trumpet
George Bohanon - trombone
Tom Scott - saxophone
Jim Horn - saxophone
Mike Melvoin - piano
Don Randi - piano
Jerry Scheff - bass
Don Peake - guitar
Louis Shelton - guitar
Dennis Budimir - guitar

ヴェテランはすくなく、1969年の時点における若手のプレイヤーたちが中心です。とくにギターのドン・ピークとルイス・シェルトンはこのころにハリウッドのスタジオでプレゼンスを強めていったといっていいでしょう。ただし、さすがにうまい、と思ったのはピアノですけれどね。

他のフライング・ダッチマン・レコードのリリースにも、興味深いものは数多くあるのですが、それは他日のこととします。

◆ ジョージ・ハリソンのWhat Is Lifeからジョージ・ハリソンをマイナスすれば ◆◆
つぎのクリップに行く前に、話の順序として、まずこれを。おなじみの曲です。

George Harrison - What Is Life


これを分解して、ジム・ゴードンのトラックだけを強調したミックスにしたクリップがありました。

George Harrison - What is Life (drums track)


いやはや、なんとも、すげえな、です。フロア・タムがこんなことになっているとは、いまのいままで知りませんでした。うまい人はなんでもうまいのですが、それにしてもジミーのフロア・タムはすごいものです。

こういうぐあいに、聴きたいものをなんでもかんでも分離して聴ける時代が来てくれないものでしょうか。その気になれば、こんなことは簡単なんですがねえ。CDはやめにして、固体素子メモリーで売ればいいだけです。いや、オンラインだってかまいませんが。好きな曲をみな分解して聴きたくなりました。感動的なプレイ。

◆ グレン・キャンベルとジミー・ウェブ ◆◆
グレン・キャンベルの初期のヒット(といっても、それ以前にすでに長いソロ・キャリアがあるのだが。「ヒットが出るようになったころ」と言い換えてもいい)でドラムを叩いたのは、スタジオの同僚、ハル・ブレインではなく、意外にもジム・ゴードンでした。

以前のThe Best of Jim Gordonには、そのなかから、Wichita Linemanを入れておきましたが、もうひとつの代表作であるこの曲もジミーのプレイでした。

Glen Campbell - By the Time I Get to Phoenix


ベースはキャロル・ケイ。この曲でもジミー・ウェブがピアノを弾いたのかもしれません。Wichita Lineman同様、アル・ディローリーの、空間を生かした控えめなサウンド・メイキングがいまも光芒を放っています。

グレン・キャンベルにとって、ブレイクスルーを助けてくれたジミー・ウェブは非常に重要なソングライターだったはずですが、70年代には他のソングライターの曲ばかりになっていきます。

そして、なにがきっかけになったのか、ふたたびジミー・ウェブの曲を歌ったアルバムReunion: The Songs Of Jimmy Webbが74年にリリースされました。

ヒット曲は生まれませんでしたが、いま聴けば、非常によくできたアルバムです。時代に合わせたのか、ドラム・ビートも以前より強調されていて、その面でもおおいに楽しめます。

ただし、問題があります。ドラムは二人クレジットされていて、もうひとりのドラマーはハル・ブレインなのです。

長いあいだ、Wichita Linemanはハル・ブレインのプレイと思いこんでいた人間としては、これは鬼門だなあ、と思うのですが、でも、非常に好ましいプレイなので、もったいないから、誤認の可能性のあることを承知のうえでクリップを貼りつけます。

Wishing Now - Glen Campbell


いや、さすがはジミー・ウェブという曲だし、ギターもいいし(もちろんグレン自身のプレイだろう)、ドラムもグッド・フィーリンで、文句のないトラックです。

エンディングのあたりを注意深く聴いてみて、やはりジミーと判断していいだろうと思いました。ハイ・ピッチの追加タムのサウンドがジミーのものに聞こえます。

出来はわるくないのに、あまり知られていないアルバムなので、もう一曲いきます。

Glen Campbell - Ocean In His Eyes


これはイントロを聴いた瞬間、ジミーだと思いました。スネアがいかにもジム・ゴードンらしいサウンドで鳴っています。とはいえ、この世にだれか、ハル・ブレインそっくりのサウンドがつくれるプレイヤーがいるとしたら、ジム・ゴードンただひとりというぐらいで、つねにミスの可能性はあるのですが!

アルバム・クレジットをコピーしておきます。

Glen Campbell - guitar, vocals
Jimmy Webb - piano
Hal Blaine - drums
Jim Gordon - drums
Joe Osborn - bass
Dean Parks - guitar
Buddy Emmons - pedal steel guitar
Larry Knechtel - keyboards

やはり70年代だなあ、と思います。かつてグレン・キャンベルの相方はビリー・ストレンジだったりしたのですが、ここではディーン・パークスです。

いや、ディーン・パークスもいいプレイヤーです。グレンと二人で、このアルバムではなかなか楽しいアコースティック・ギター・サウンドをつくっています。


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ジョージ・ハリソン
All Things Must Pass (30th Ann) (Dig)
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グレン・キャンベル
Reunion: Songs of Jimmy Webb
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by songsf4s | 2011-12-15 23:56 | ドラマー特集
いまさらのようにPet Soundsを聴きなおしてみる その6 Caroline, Noセッション
 
前回、ベスト・オヴ・ジム・ゴードン補足をやったので、気になって、すこしリストアップし、検索もしてみました。

以前と異なり、面白いブログや、賛成はできないけれど興味深い見解もあったりして、やはり、近々、大々的にやろうと思いました。補足程度ではすまず、ベスト・オヴ・ジム・ゴードン・パート2になるかもしれません。

さて、本日はまたPet Soundsにもどります。今回は、シングルではブライアン・ウィルソンの単独名義でリリースされた、アルバム・クローザーのCaroline, Noです。

毎度同じことを繰り返していますが、Pet Soundsというのは、じつにさまざまな音がコラージュされたアルバムです。

そのストリップ・ダウンを試みたThe Pet Sounds Sessionsでやっと聞こえた音というのもじつに多く、トラッキング・セッションやトラック・オンリーを聴いて、何度もアッといいました。とくに驚きに満ちた曲といくのがいくつかあり、Caroline, Noはそのひとつです。

ではまずリリース・ヴァージョンから。ブライアン・ウィルソン単独名義になったのは、ひとつには、ビーチボーイズの曲としてはきわめて異例ですが、ハーモニーがなく、ブライアンのヴォーカルだけだからでしょう。

Beach Boys - Caroline, No


録音は1966年1月31日に、ブライアンのホーム・グラウンド、ハリウッドのユナイティッド・ウェスタン・レコーダーで、チャック・ブリッツが卓についておこなわれました。

この録音のメンバーは、ビーチボーイズ研究家のブラッド・エリオットによると、以下のようになっています。ただし、楽器の呼び方はエリオットと異なっているものがあります。

ドラムズ……ハル・ブレイン
ヴァイブラフォーン……フランク・キャップ
フェンダー・ベース……キャロル・ケイ
ギター……グレン・キャンベル、バーニー・ケッセル
ハープシコード……アル・ディローリー
ウクレレ……ライル・リッツ
フルート……ビル・グリーン、ジム・ホーン、プラズ・ジョンソン、ジェイ・ミグリオーリ

オーヴァーダブ・セッション
ドラムズ……ハル・ブレイン(in vampとあるが、つまりエンディング・シークェンス入口でのフィルインのことだろう)
フェンダー・ベース……キャロル・ケイ
ハープシコード……アル・ディローリー
テナー・サックス……スティーヴ・ダグラス

またまた謎のパーソネルで、耳で聴いたものとの整合性をとるのに苦労させられます。まあ、Pet Soundsはどの曲もそうなのですが。

リリース・ヴァージョンをいつまで聴いていても、聞こえない音は永遠に聞こえないので、セッションのほうを聴きます。

サンプル The Beach Boys "Caroline, No" (highlights from tracking session)

ヴォーカルが消えてまず驚いたのは、フランク・キャップがプレイしているヴァイブラフォーンです。こんなラインだったとは、ついぞ知りませんでした。美しい。

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ハル・ブレイン(左)とフランク・キャップ

それから、フルートのラインがまた魅力的で、これまたトラッキング・セッションでの驚きでした。管楽器はみなそうですが、フルートも数本重ねたときにもっとも魅力的なサウンドになります。

ライル・リッツがウクレレをプレイしたことになっていて、だとするなら、ハープシコードとほぼ重なるような形でコードを鳴らしているのがそれでしょうか。ほかに選択肢がないからそういうことにするだけで、LPを聴いているあいだは、あれがウクレレだと思ったことはありませんでしたし、いまもってウクレレがあんな音になるかなあ、と思っています。

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ウクレレを弾くライル・リッツ。60年代のハリウッドのスタジオでは、アップライト・ベースのプレイヤーとして活躍したが、もともとはウクレレ・プレイヤーとしてスタートしたという。近年はまたウクレレに戻り、アルバムをリリースしている。

ベースはこの曲でも二本、アップライトとフェンダーに聞こえるのに、パーソネルではキャロル・ケイが二回、フェンダーを弾いたことになっています。

まあ、彼女が教則ヴィデオで実演しているように、ピックの音を消すことはある程度までは可能ですが、それでもなお、ベーシックに記録されているのはアップライトに思えます。

ハープシコードといっしょに鳴っているのはギターのような気もするのですが、しかし、グレン・キャンベルとバーニー・ケッセルはエレクトリックをプレイしたのでしょう。前者が12弦、後者が6弦だろうと思います。

この二本のギターはリリース・ヴァージョンではまったく聞こえません。それどころか、前掲のThe Pet Sounds Sessionsのセッション抄録でも、ミックスのせいで判別できません。しかし、Unsurpassed Mastersでは聞こえます。

サンプル The Beach Boys "Caroline, No" (take 3)

12弦ギターは落ち着かず、テイクの合間にTake FiveやGreen Sleevesかなにかを弾いたりしています。バーニー・ケッセルではなく、グレン・キャンベルであろうと推定するゆえんです。

いや、グレンはモズライトをはじめ三本の12弦をもっていたことがわかっていますが、ケッセルの12弦というのは見たことがない、というのも理由のひとつ。

グレン・キャンベルの12弦ギター各種
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Hamer

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Mosrite

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Ovasion Viper

ハル・ブレインはドラムズとなっていますが、最初のパスはプラスティック・ボトルで4拍目をコンとやっているのでしょう。ドラムセットを叩くのはオーヴァーダブのときです。

セッション抄録のほうで、ブライアンが、That's beautiful, Hal, couldn't be any better, reallyといっていますが、これはブライアン自身の発案になる、プラスティック・ボトルのことでしょう。

パーソネルに見あたらないものとしてはさらに、タンバリンとシンバル(のようなもの)が聞こえます。ほかに打楽器系統のプレイヤーがいないので、ハル・ブレインまたはフランク・キャップがオーヴァーダブしたのかもしれませんが、最初から聞こえていることが引っかかります。ハルがひとりですべてをやったのでしょうか。

Pet Sounds全編を貫く特徴のひとつは、意外な楽器の組み合わせですが、ヴァイブと4本のフルートの美しいコンビネーションに、プラスティック・ボトルのエコーのかかったボコンという音は、とりわけ印象に残る意外な組み合わせでした。

どうやらブライアン・ウィルソンは、あらゆる音が頭のなかで鳴っていたようで、レコーディングは、それを頭から取り出して、現実の音に置き換える作業だったようです。

しかし、というか、だから、というか、はじめは聞こえていた二本のギターが、結局、ミックス・アウトされたのは、やはり計算違いの結果なのだろうと思います。頭のなかではいい音で鳴っていたけれど、じっさいにやってみたら、どうも違う、というので、オミットされてしまったのだろうと思います。

結果的に、それでよかったと思います。ほんとうは複雑なのに、耳立つのはパーカッション、ヴァイブ、ハープシコード、フルート、そして、ブライアン・ウィルソンひとりのヴォーカル、というすっきりした仕上がりは、希望ではじまったアルバムの、失望のエンディングにふさわしいと感じます。

と、殊勝なことをいったものの、じつは、ヴォーカルが終わった直後の、ハル・ブレインの派手なフィルインが、ひょっとしたら、この曲のいちばん好きなところかもしれません。

自分がドラマーだったら、こういう、一瞬のプレイで場をさらう、というのをやってみたいと思います。いや、わたしがやっても無駄なんですが。ハル・ブレインだからこそ、抑揚のコントロールによって、印象的なフレーズとして聴かせられたのです。


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ビーチボーイズ
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ビーチボーイズ
The Pet Sounds Sessions
The Pet Sounds Sessions
by songsf4s | 2011-11-01 23:54 | 60年代
James Bond Theme その2 by Glen Campbell
タイトル
James Bond Theme
アーティスト
Glen Campbell
ライター
Monty Norman
収録アルバム
The Big Bad Rock Guitar of Glen Campbell
リリース年
1965年
他のヴァージョン
Billy Strange, John Barry & Orchestra, the Exotic Guitars, The James Bond Sextet, Johnny & the Hurricanes, Roland Shaw & His Orchstra, The Mantovani Orchestra, Count Basie, Si Zentner
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ハリウッドの音楽界ではちょっと名の売れたスタンダップ・ベース・プレイヤーがいた。1933年1月に、彼の両親が可愛い息子にジェイムズという洗礼名をあたえたとき、イギリスにイアン・フレミングという人間がいて、第二次大戦中は英国情報部に籍をおき、退役ののちに作家に転じて、その物語の主人公にどういう名前をつけることになるかなど、神ならぬ身のこと、知りえようもなかった。

毎朝8時半までに、ハリウッド内外に点在するスタジオのどれかに入るのが彼の日常だった。その日はサンセット6050番地だった。いつものように、棺桶のように扱いにくい自分の楽器を運んで、スタジオ1に入っていく。悪童どもの何人かはすでにスタジオ入りしていて、ドアの脇で笑い興じていた。またいつものように、だれかが、昨夜、どこかで仕込んだ下品なジョークを披露したところだろう。

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United Western Recorder, Studio A.

様子がおかしい。「ハイ、ガイズ」という彼の挨拶に、だれも応じないのだ。みな、見知らぬ人間を見るような目で、彼に軽くうなずくだけだった。

気分はよくなかったが、彼はただ肩をすくめて、ブースとは反対の壁のほうに向かった。自分が今日どこに「置かれる」か、彼にはわかっていた。すでにマイクが仮決め位置に立っている。アップライト・ベース用のマイクはひと目でわかる。弦の上に置かれる右手の高さになっているからだ。また移動させられるかもしれないが、とりあえずはそこに立て、ということだ。

彼がマイクの脇にケースを寝かせると、連中がうちそろって、ぞろぞろとやってきた。

「なんだ、なんなんだ? どこで暴動があったって、俺の知ったことじゃないぜ」

「暴動? まさか」

おそろしく背が高いうえに、いつもカウボーイ・ブーツを履いているので、アップライト・ベース・プレイヤーのように見える、いや、どちらかというと、カウボーイそのものに見える白人の大男が、驚いたような顔をしてみせた。

「じゃあ、これはいったいなんなんだ。俺がなにをしたっていうんだ、ビリー」

彼は自分がこの場にいる唯一の黒人であることを意識した。仕事場ではめったにないことだった。

「いや、今日はあなたといっしょに仕事をすることになったようだから、自己紹介をするべきだと思いましてね、ミスター……?」

「おい、怒るぞ。なんの騒ぎだ。今日は俺の誕生日じゃない! サープライズならお門違いだ」

その場の全員を彼はよく知っていた。何度も、イヤになるくらい何度も仕事をした仲間だ。

テキサス生まれのカウボーイは、心外なことをいわないでほしい、という顔をしてから、ニヤッと笑った。

「はじめまして、わたしはストレンジ、ビリー・ストレンジ。ギターを弾きます。そして、こちらが、ハル・ブレイン、グレン・キャンベル、ドン・ランディーの諸君、みないい腕をしていますよ、えーと、ミスター?」

といってビリーは、右手を彼のほうに差し出した。握手を求めているのだ!

彼はビリーの右手をガラガラヘビでも見るような目つきでにらみつけた。そして、四人の白人の顔をつぎつぎと見た。みな、にこやかな笑顔だ。ほんとうにルーキーを迎えるような顔つきだった。

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スタジオのコメディアンたち ビリー・ストレンジ(左)、ハル・ブレイン(右)、ドン・ランディー(向こうむき)、コントを演じるの景。

だが、これはなにかの罠にちがいなかった。ルーキー歓迎の罠ではないが、でも、罠以外のなにかであるはずがない。彼はこの四人のことはよく知っていた。馬鹿げたジョークが大好きなのだ。いま自分が、ジョークのネタにされつつあるのがわかった。そして、ここから逃げる道はないことも知っていた。

「お見かけするところ、ベースをお弾きになるようですな、ミスター?」

ハルがそういって、ニヤッと笑った。

彼は肩をすくめた。今日の趣向を理解したのだ。こうなったら、さっさと罠に飛び込んで、そのまま向こう側に通り抜ける以外、脱出する道はない。猟師たちは彼を完全に包囲していた。

「ボンドだよ、ジェイムズ・ボンド。それがなんだっていうんだ、くそったれどもが!」

四人の男たちは爆笑した。笑い転げた。いつまでも笑い転げた。

◆ ビッグ・バッド・グルーヴ ◆◆
一年ぶりに、物語仕立てをやってみました。全部嘘っぱちです。ただし、彼らの日常とキャラクターに関する知識にもとづく嘘っぱちです。でも、じっさいに似たようなことはあったにちがいありません。ジェイムズ・ボンドは、のちにジミー・ボンドを名乗るようになるからです。

ジェイムズ・ボンドは腕のいいプレイヤーでした。スタジオのプロとして赫々たるキャリアを誇っています。わたしの研究分野はポップ/ロック系のセッションなので、よそから、ボンドのジャズ系セッションに関する記述を拾ってくると、彼がいっしょにやったプレイヤーは、チェット・ベイカー、スタン・ケントン、ジェリー・マリガン、チャーリー・パーカー、シンガーではジュリー・ロンドン、ペギー・リー、トニー・ベネット、エトセトラ、エトセトラ。

ポップ系でも永遠につづくリストがありますが、そんなことを書いてもキリがありません。ハリウッドのファースト・コール・プレイヤーで、50年代から60年代にかけて、コンスタントにスタジオ・ワークをつづければ、だれでもアメリカ音楽名鑑みたいなものを抱え込むことになるのです。ただし、その「だれでも」になるのはものすごくむずかしく、「だれでも」の人数はつねに一握りでしかありません。そして、その一握りになってしまえば、フランク・シナトラからフランク・ザッパまで、フィル・スペクターからモンキーズまで、よりどりみどりなのです。

f0147840_0202667.jpg記憶に染みついているボンドのプレイは、スプリームズの1967年のチャート・トッパー、Love Is Here and Now You're Goneです。キャロル・ケイの話によると、この曲では、彼女がフェンダー、ボンドがアップライトで、二人が完全なユニゾンでプレイしたそうです。フェンダーでもタフだろうなと感じるフレージングですが(なによりも、難所が途切れずにずっとつづき、楽をできるところがないのがつらい)、アップライトのプレイヤーにとっては悪夢のラインだったそうで、二人とも大汗をかいたのだとか。

彼女はいっています。ジミーが最後までミスなしに弾きおおせたことに、ほんとうにビックリしたと。リリース・テイクを聴いても、楽じゃなかったであろうことはよくわかりますが、スプリームズのボックスには、別テイクが収録されていて、こちらのほうがベースがよく聞こえます。お持ちの方はご一聴あれ。フェンダーとアップライト、ハリウッドを代表するベース・プレイヤーが、二人とも必死になってプレイしたという伝説の曲です。いや、キャロル・ケイは、これが最悪だったとはいっていません。もっとも困難だった仕事は、『続・猿の惑星』だそうです。

ボンドが不運にもジェイムズというファースト・ネームだったせいで起きたことは、かならずしも悪いことばかりではありませんでした。もうひとりのジェイムズの『ゴールドフィンガー』が巻き起こしたセンセーションのさなか、ジミーのところに、アルバムを出さないか、という話が持ち込まれたのです。そして生まれたのが、ジェイムズ・ボンド・セクステットのJames Bond Songbookです。彼がギタリストであったり、ドラマーであったり、ピアニストであったりすれば、十年前には当然持ち込まれたであろう、リーダーアルバムの話が、名前のおかげで遅まきながら舞い込んだのです。

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長年、ハリウッド音楽史を研究してきた人間としては、ジミーのはじめてのリーダーアルバムは褒めたいのです。もう完全に褒める体勢になっているのです。でも、褒められません。ドラムがわたしの嫌いなジョン・グェランだからです。いや、グェランだって、粗が目立たないものもあるし、だれの名前がついているにせよ、いいプレイなら褒めますが、James Bond Themeでもグェランはなっちゃいません。タイムが悪い人というのは、若いときも、年をとってからも、程度の差こそあれ、いつもタイムが悪いのです。

ほかのメンバーは、バディー・コレット(彼の回想記、Jazz on Central Avenueは、黎明期のLAシーンに光を当てた貴重な参考書だった)、ボビー・ブライアントなどで、グェラン以外にはリトル・リーグと感じるプレイヤーはいません。だから、よけいに、惜しいなあ、と思います。これがアール・パーマー、シェリー・マン、メル・ルイスなどだったら、楽しめるアルバムになったでしょうに、グェラン、それも、駆け出しの時期では話にもなにもなりません。名前を見る前から、音を聴いただけで、いったいだれだ、このド下手のコンコンチキ野郎は、と思いましたが、名前を見たら、やっぱりな、でした。

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◆ ナタリアス「互換サウンド」オヴ・ハリウッド ◆◆
めずらしいジミー・ボンドのリーダー・アルバムがあり、彼にスポットライトを当てるチャンスはこれが最初で最後だろうと、好きでもない盤を先頭に立てましたが、ここからは好みでいきます。

看板にはグレン・キャンベル盤を立てました。こちらのドラマーはハル・ブレインです。グェランの無惨なプレイを聴いたあとだと、それだけで安心しちゃいます。クレジットはないのですが、ハルのほかに、ビリー・ストレンジがアレンジをしたこともわかっています。グレンもラジオ・インタヴューでそういっていますし、かつて、このThe Big Bad Rock Guitar of Glen Cambellの収録曲について、ビリー・ストレンジに質問したこともあります。それについては、Spring Mistの記事に書いたので、ご興味があれば、そちらをご覧あれ。

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Hal Blaine and Glen Campbell.

その記事にも書いたのですが、このへんの盤というのは、ほとんど同じようなメンバーで録音されているので、ときおり、なにがなんだかわからなくなります。仮に、この曲にビリー・ストレンジというアーティスト名が書いてあったら、わたしはのまま信じてしまうでしょう。なにしろ、アレンジャーがビリー・ザ・ボス自身なのだから、ボスのアルバムに雰囲気の似たホーン・アレンジなのです。

グレン・キャンベルは、この曲では12弦を弾いていますが、なじみのあるサウンドではないので、リッケンバッカーなどではなく、グレンが使ったことがわかっている3種類の12弦のいずれかでしょう。可能性のもっとも高いのはオベイジョン。どうであれ、やっぱりハルがいると、背筋がピンと伸びたいいグルーヴになる、ジョン・グェランとはリーグが三つぐらいちがう、と感じるトラックです。

f0147840_0473146.jpgビリー・ストレンジ盤は、グレン・キャンベル盤とメンバーの多くが重なるので、かなり近似したサウンドで、グレン盤と甲乙つけがたい出来です。もっとも大きなちがいは、ビリー・ストレンジ盤では、ハルがオーヴァーダブによる分身の術で、両チャンネルからタムタムやスネアの連打の十字砲火を繰り出していることです。もちろん、たとえば、アール・パーマーなどを呼んで、二人いっしょにプレイすることもありましたが(たとえば、ジャン&ディーンのシングル)、これは左右ともに、ハルのタイムに聞こえます。同一人物ならではの、みごとにタイムが一致したきれいなダブルドラムです。いや、タイムの悪い人の「みごとに」タイムが一致したダブルドラムなんか、まちがっても聴きたくありませんがね!

じつは、グレン・キャンベル盤より、ビリー・ストレンジ盤のほうがいいと思います。しかし、ついこのあいだのThe Man from U.N.C.L.E.でも、ボスのヴァージョンを看板に立てたので、今回は遠慮したのです。

◆ エキゾティック・ギターズ ◆◆
f0147840_057086.jpgイタロ・カルヴィーノは『非在の騎士』を書きましたが、ハル・ブレインは「偏在の鼓士」、あの時代の音楽空間のあらゆる地点にあまねく存在しました。エキゾティック・ギターズ盤James Bond Themeのドラムもハルでしょう。がしかし、ハルを聴くなら、ビリー・ストレンジ盤のほうがはるかに楽しい出来で、こちらはべつのお楽しみを追求するべきです。

グレン・キャンベル盤と自分自身の盤でのビリー・ストレンジのアレンジは、ホットな方向、OSTに近いものを、もっとずっとタイトなリズム・セクションで、バリバリに強面なサウンドにしたのですが、エキゾティック・ギターズはそういう性質のプロジェクトではありません。ギターによるイージー・リスニングです。したがって、クールなサウンドで統一されています。

エキゾティック・ギターズ・プロジェクトのリードギターはアル・“サムシン・ステューピッド”・ケイシーです。いや、この曲の場合は、アル・“サーフィン・フーテナニー”・ケイシーです。あの曲では、アストロノウツも三舎を避ける派手なリヴァーブをかけてバリバリやっていましたが、James Bond Themeでのアルは、チラッとそれを思いださせます。

f0147840_103742.jpgSurfin' Hootenannyのようなホットなサウンドではありませんが、ビリー・ストレンジやグレン・キャンベルのプレイと並べて聴くと、エキゾティック・ギターズ盤James Bond Themeのギターはリヴァーブが強めで、スパイっぽい雰囲気がより濃く出ています。オルガンやフルートの使用も適切ですし、さらなるお楽しみは、ベース(百パーセントの自信はないが、キャロル・ケイに聞こえる)が、ときおり動きまわってくれることです。

ギターによるイージー・リスニングという、このプロジェクトのコンテクストのなかでJames Bond Themeを聴くと、「あれ?」と感じるのですが、そこから切り離して、他のハリウッド録音のギターものJames Bond Themeと並べてみると、これはこれでいいじゃないか、と感じます。こういうことがあるから、縦軸ばかりではなく、ときおり、横軸で並べなおして聴いてみるべきなのです。

◆ ビートルズのJames Bond Theme? ◆◆
以上で今日の目的はだいたい果たしたので、あとは「ロス・タイム」です。

f0147840_141836.jpgビートルズのJames Bond Themeというのをご記憶でしょうか? たまたま、わたしは、66年3月に、『サンダーボール作戦』を見たその足で、『ヘルプ!』と『ア・ハード・デイズ・ナイト』の二本立てを見たので(小学生はタフだ、と初老のわたしは思う。一日に映画を三本も見るなど、考えただけで腰が痛くなってくる)、記憶に焼きついています。

もちろん、「ビートルズのJames Bond Theme」といってはまずいわけで、映画『ヘルプ!』のスコアの一部として使われたJames Bond Theme風のインスト、といわなくてはなりません。そっくりだけど、ちがう曲だし、ビートルズのだれひとりとしてプレイしたわけでもないのです。盤の記載もただ「(instrumental)」とあるだけで、名前すらつけられていないトラックです。

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で、これがほんの15秒ほどの短い断片なのですが、なかなか楽しいのです。オーケストラのサイズからくる力強さもありますし、シタールがチラッと顔を出したりするところも笑えるし、録音もよくて、本家の映画にも使わせてあげたくなるような出来です。

f0147840_1135434.jpgRed River Rockで知られるジョニー&ザ・ハリケーンズのヴァージョンは、すごくいい出来というわけではないものの、ちょっと楽しいところもあります。ドラムのタイムもスタイルもいただきかねますが、ギターのサウンドはなかなか面白く(リッケンバッカーの6弦か? ヒルトン・ヴァレンタインを想起させる)、細部で楽しませてくれます。

◆ オーケストラもの ◆◆
オーケストラもののなかでは、ローランド・ショウ&ヒズ・オーケストラのヴァージョンが面白いと感じます。イントロの広がりのあるサウンドを聴いただけで、あ、まじめにやっているな、と感じます。なんか、失礼な言い方に見えるでしょうが、なにかが大ヒットすれば、便乗企画が大量に生まれる業界なので、まじめにやっていないものがたくさんあるのです。

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なぜイントロだけで、「これはいい」と感じるのかというと、まずなによりも、ドラムとアップライト・ベースがうまいのです。このドラマー、非常に好きなタイムとスタイルです。それと、OSTがホーンでやっているあのB-C-Db-Cのラインをストリングスでやっているのも面白いと感じる要因のひとつです。そして、音の空間配置がいいので、イントロが流れた瞬間、ムムッと身構える、というわけです。

ショウについては、ロンドン・レコードのインハウス・アレンジャーで、テッド・ヒースやフランク・チャックフィールドとの仕事がある、といった程度のことしかわかりません。このJames Bond Themeを収めたThemes from James Bond Thrillers(1966)をはじめ、More Bond Themes、Music for Secret Agentsなどといったアルバムを自身の名義で数枚出しているようです。

f0147840_1195426.jpgマントヴァーニも悪くありません。007 Suiteという総タイトルで、From Russia with Love、Never Say Never Againなどとのメドレーに仕立てています。だれが考えてもマントヴァーニが得意なのはRussiaのようなタイプの曲に決まっているのですが、James Bond Themeも破綻がなく、マントヴァーニらしい大きなサウンド(ときに、大きすぎて笑ってしまうのだが)でやっています。

◆ ボンド、ジミー・ボンド ◆◆
レグ・ゲスト・シンディケートなど、まだいくつか言及するに足るヴァージョンがありますが、こちらの体力、集中力の限界がきたので、このへんで切り上げることにします。

ベース・プレイヤーのジェイムズ・ボンドの名前は、ずっと「ジミー・ボンド」なのだと思っていました。クレジットではたいていこの名前だからです。たしか、キャロル・ケイが書いていたのだと思いますが、007のせいで、ジェイムズと名乗るのをやめ、ジミーに変えたのだそうです。ボンドなんて、難読奇姓というわけではないし、ジェイムズにいたってはアメリカでもイギリスでも、雑踏する町に立って、そこらを見渡して目に入る男のうち、何割かはこの名前だろうというくらいだから、同じように迷惑した人がたくさんいたことでしょう。

名前で思いだしました。小林信彦の『大統領の晩餐』だか『大統領の密使』だか、どちらかに登場する人物。ジェイムズ・ボンドが『二度死ぬ』のときに日本にやってきて、そのときにキャシー鈴木とのあれやこれやの結果、子どもが生まれたというのです。その名も鈴木ボンド! まあ、講談や芝居でお馴染みの鈴木主水(もんど)を知らないと笑えないのですが、わたしは同じころに、ちょうど久生十蘭の「鈴木主水」を読んでいたので、大笑いしました。いや、「鈴木主水」は十蘭の代表作で、いたってまじめな短編ですよ。そこのところを混同なさらないように!

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小林信彦『大統領の密使』表紙(上)とp.62本文。昭和46年早川書房刊。

by songsf4s | 2008-07-20 23:58 | 映画・TV音楽
Younger Girl by the Lovin' Spoonful
タイトル
Younger Girl
アーティスト
The Lovin' Spoonful
ライター
John Sebastian
収録アルバム
Do You Believe in Magic
リリース年
1965年
他のヴァージョン
The Critters, the Hondells
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本日も「日本の雪の歌」特集再開までのつなぎとして、レギュラープログラムをお送りします。

たとえば、春の歌を取り上げる場合、ほとんどはキーワードによってタイトル検索をおこなうか、記憶しているタイトルのなかにキーワードが含まれているものを並べてみて、そこから選択しています。しかし、ふと、歌詞がよみがえって取り上げることもあります。

もちろん、以前から好きで、どの季節をあつかったものかは承知していて、その時季を手ぐすね引いて待ち受けていた、という曲も、少数ながらあります。今日のYounger Girlはそのタイプ、昔から好きで、よくシングアロングしていたので、歌詞も記憶していた、というものです。わたしにとってはもっとも春らしい春の歌、昔からもっとも好きだった春の歌が、本日のYounger Girlなのです。

◆ 春にしてこの世にあらわれいづる ◆◆
どのような構成だと考えればいいのか迷う曲なのですが、そのへんのことはあとで検討することにして、ここでは冒頭に出てくる部分を仮にヴァースとし、そのつぎの部分をコーラスとみなして、そのように呼んで歌詞を見ていきます。では、ファースト・ヴァース、かもしれない部分。

She's one of those girls
Who seems to come in the Spring
One look in her eyes
And you'll forget everything
You have ready to say
And I saw her today

「彼女は、春になるとあらわれるように見える女の子、ひと目彼女の瞳を見たら、口にしようとしていたことなんかみんな忘れてしまう、ぼくは今日は彼女に会ったんだ」

わたしは、この曲のすべてはファースト・ラインにあると思っています。ファースト・ラインは、イントロやコーラスと同等に、あるいはそれ以上に重要です。われわれは多くの場合、ファースト・ラインかコーラスを頼りに、楽曲をアイデンティファイするからです。人間でいえば顔にあたるのが、ファースト・ラインといえるでしょう。そして、無数のファースト・ラインのなかで、Younger Girlの冒頭は、わたしにとっては五本指に入るほど印象深いものでした。

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Find That Tuneというソング・ファインダー本(上)と、この本のファースト・ライン・インデクスのサンプル(下)。われわれは、ファースト・ライン、イントロ、コーラス、そして音によるフック・ラインなどによって曲を記憶し、あとでアイデンティファイするので、タイトルを忘れた曲を見つけだそうとすると、こういうものが必要になることもある。いまではウェブがあるのだから、オンラインのソング・シソーラスをつくればいいのにと思うが、そういうものはほとんどない。グレイトフル・デッドの曲については、歌詞の全文検索ができるサイトがあるが、ほかにそういうものがあるのだろうか。

those girls who seems to come in the spring「春になると出現するように感じる女の子」なんてものが、一般的な了解事項であったり、フレーズとして熟していたりするとは思えません。でも、このように歌詞にされると、うん、たしかにそんなタイプの女の子というのはいるな、という錯覚が起きます。

アソシエイションのWindyに、And Windy has stormy eyes「ウィンディーは嵐のような目をしている」というフレーズが出てきますが、これまた、「嵐のような目」というのがどういう意味なのかわからないまま、なんとなく、そんな女の子がいそうな気がしてきます。そういう意味で、Younger GirlとWindyは似たような印象をあたえる曲です。

こういうことは感覚的に捉えておけばいいことですが、野暮を承知であえて贅言を弄します。人間は冬眠しないのだから、春になって突然、湧いて出てくるなんてことはありえません。だからseem toといっているのですが、なぜ「そう見える」かといえば、とりあえず思うことは、コートや上着を脱ぎ、軽装になるから、また、動きも軽やかになるから、というあたりでしょう。

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ラヴィン・スプーンフルとソニー・ボノ(左から二人目)

you have ready to sayというラインもイレギュラーで、気になるのですが、文法問題は煩瑣になるので、深入りせずにおきます。

(2008年3月5日追記 コメントでのキムラさんのご指摘にしたがって、わたしのまちがった文法知識にもとづく、one of those girls who seemsというラインをめぐる、関係代名詞のあとの単数形と複数形の扱いに関する記述を削除しました。)

◆ 少女にとっての「トラブル」 ◆◆
つづいて、コーラスのように思われる部分。

A younger girl keeps a-rollin' 'cross my mind
No matter how much I try
I can't seem to leave her memory behind
I remember her eyes, soft dark and brown
Said she'd never been in trouble, or even in town
A younger girl keeps a-rollin' 'cross my mind
No matter how much I try
I can't seem to leave her memory behind

「あの年下の子の面影が揺曳する、どうしても彼女の記憶がまとわりついてくる、彼女の濃い茶色をしたやさしい目が忘れられない、彼女はいままでトラブルになんかあったことがない、それどころか街にいったこともないといっていた」

f0147840_22402436.jpgコーラスというなら、A younger girlからher memory behindまでと考えるのが適当かもしれませんが、そのあいだにはさまった部分がなんなのかわからない(じつはこれがヴァース?)ので、全体をコーラスとみなしました。ただ、あとになると、a youngerからbehindまでを分離してうたっているので、いかにもコーラスといえるのは、この部分だけでしょう。

Said she'd never been in trouble, or even in townの"or"は、ラヴィン・スプーンフル盤では聞こえません。この文脈で、orがあるとないでは、解釈も変わってしまうのですが、意味をよくよく考えると、orがあるのに、うたわなかっただけと思えます。他のヴァージョンはorを発音しています。

この「トラブル」が指し示すものはボーイフレンド、もっとはっきりいうなら、色恋沙汰です。つまり、彼女は「経験」がない、「うぶ」だということを婉曲にいっているのだと考えます。

◆ 少女と女のあわい ◆◆
冒頭と同じメロディーに戻るので、仮にセカンド・ヴァースとみなせる部分。

And should I hang around
Actin' like her brother?
In a few more years
They'd call us right for each other
But why?
If I wait I'll just die

「彼女のそばにいて、兄のようにふるまうべきなのだろうか? ほんの2、3年もすれば、ぼくたちは似合いの二人だといわれるようになるだろう、でも、どうして(待つのだ)? そんなに待ったら死んじゃうよ」

ということはつまり、恋愛対象とするには、彼女はちょっと若すぎるということですね。いくつぐらいを想定すればいいのでしょうか。十四五歳あたり? この年になると、そういえば、そんなこともあったなあ、と思うだけですが、かつてはリアリティーを感じた一節です。

いまどきのことはよく知りませんが、似たようなナイーヴな感情をもって、ミドルティーンの女の子に接する若者も、まだいるのではないでしょうか。残念ながら、相手は男の子たちが信じたがっているほどナイーヴではない、というのは、現代のティーネイジャーにかぎった話ではなく、昔からそうだった、とくだらない証言をしておきます。

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しかし、現実のすったもんだはどうあれ、このヴァースは、ハイティーンぐらいの男の子の心のありようを確実に捉えていますなあ。劫を経て、甲羅に苔が生えるようになると、このような恋のありようには赤面しなくもないのですが、でも、ポップ・ソングがときに表現するこういう叙情性こそが、かつて自分の心を捉えたものだったこともたしかです。

以下、コーラスを繰り返し、冒頭に戻ってフェイドアウトします。

◆ 交叉神経系のような構成 ◆◆
歌詞のところでは棚上げにしてしまった構成の問題から片づけます。仮にヴァースと呼んだ冒頭部分のコード進行は、

Dm-Em-F-G-Dm-Em-F-G-Dm-Em-F-G-Bb-G

それに対して、仮にコーラスとした部分のコード進行は、

C-G-C-D-G-Am-D-C-G

となっています。キーはなにかというと、Cではないかと思います。つまり、ヴァースとコーラスが逆だと感じるのです。それでも、仮に冒頭をヴァースとして、つぎの部分をコーラスとしたのは、歌詞のせいです。二番目の部分の歌詞が繰り返しになっていて、これはコーラスの特長を備えています。冒頭部分のメロディーは、後半では異なる歌詞を載せられていて、これはヴァースの性質なのです。

整理すると、「本来ならヴァースに使うべきメロディーをコーラスに使い、コーラスに使うべきメロディーをヴァースに使うという、逆転した、または、交叉した構成をとった異例の曲である」ということです。音としては、この曲の冒頭部分は、たとえばShe Loves Youのように、コーラスから入っているように聞こえるのですが、歌詞はそうなっていないのです。なんとも不思議な感じのする曲です。

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1971年にリリースされたThe Lovin' Spoonfulの2枚組ベスト盤、24 Karat Hits。じつによく聴いた盤だが、おそろしくノイジーになってしまったので、とうの昔にお役御免にし、ホコリをかぶっていた。しかし、ウェブではこのジャケット写真が見あたらなかったので、飾りとして復活させてみた(黄ばみがひどかったので、大々的にレタッチを施すハメになってしまったが)。決定版に近い選曲だったが、She's Still a Mysteryがもれているのは大きな欠陥。

◆ 秀作「濫造」の異常期 ◆◆
Younger Girlは、ラヴィン・スプーンフルのデビュー盤に収録されたアルバム・トラックで、シングル・カットはされていません。なんでそんなもったいなことを、と思いますが、デビューからのシングルのラインアップを見ると、Do You Believe in Magic、You Didn't Have To Be So Nice、Daydream、Rain On The Roofというように、代表的ヒットがつづくのだから、カットするチャンスがなかったのだと考えるしかないようです。

f0147840_2381280.jpgでも、Younger Girlだけでなく、Did You Ever Have to Make up Your Mind(デビュー盤収録)も、Didn't Want to Have to Do It(Daydream収録)もシングルにならなかったというのは、やはり、なんという浪費だ、と思います。クリエイティヴィティーのピークにあるとき、才能あるソングライターは、不必要なほどたくさんいい曲を書いてしまうのでしょうね。そして、ひとたびヒットが止まったら、たいていの場合はそれっきりなのだから、ヒット・チャートというのはじつに恐るべき戦場です。

Younger Girlにかぎっていえば、Dm-Em-F-Gという冒頭のコード進行が、デビュー・ヒットのDo You Believe in Magicと同じだったことも、シングル・カットの障碍になったのかもしれません。サウンドから受ける印象は異なるのですが、同じ進行だということはいかんともしがたいですから。

f0147840_23115950.jpgジョン・セバスチャンは、この曲ではオートハープを弾いていて、ドラムレスであることもあって、これが支配的な楽器になっています。とくに、冒頭部分では四分三連のストロークを使っているのが印象的で、オートハープのリズムが変わるだけで、全体のグルーヴと色合いが大きく変化します。All My Lovingで、ジョン・レノンがヴァースは四分三連のストロークを弾き、コーラスでは「チンク」に切り替えて、ヴァースとコーラスがまったく異なる色合いをもつようにしていますが、あれと同じです。

オートハープという楽器は弾いたことがないのですが、基本的には大正琴を和音化したようなものと理解しています。ボタンを押し、どの弦を弾くか考えずに、ジャランと全部の弦をストロークすれば、ボタンに対応する和音が出る、という仕組みです。したがって、メロディーを弾くには向かない楽器だと思っていましたが、世の中には、変なことにあえて挑戦したがる人もいるので、これでインストをやることもあるのだそうです。

また、マウス・ハープと同じように、使える音がかぎられているので、いくつかのタイプがあり、キーによって使い分けるようです。つまり、(じっさいにそういうものがあるというのではないが)たとえばC、G、F、Am、Dm、Emといった系統の和音は出せても、Bb、Eb、Ab、Cm、F#mなどは無理、というタイプがある、といったようなことなのでしょう。あらゆるコードを弾けるようにしたら、ボタンの数は非現実的なまでにふくれあがってしまうのだから、当然でしょう。また、弦の数は36本というのが主流だそうです。

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下のほうに見えるボタンのひとつひとつがコードに対応していて、これを押すと、向こう側に隠れたメカニズムが、指の代わりに弦を押さえるようになっている、のだと思うが、ひょっとしたら、マイナーやセヴンスに切り替えるボタンもあるのかもしれない。

◆ クリターズとホンデルズ ◆◆
ヒット・ポテンシャルのある曲を、オリジナル盤のアーティストがシングル・カットしないと、カヴァー・ヒットのチャンスが生じます。この曲には、ニューヨークのクリターズと、LAのホンデルズの二種類のカヴァーがあり、どちらも66年春にシングルとしてリリースされ、ともにホット100には入りましたが、トップ40には到達しませんでした、それぞれ42位、52位ですが、出来からいって、妥当なところに落ち着いたと感じます。ラヴィン・スプーンフルのオリジナル盤なら20位台は確保できたでしょうが、クリターズ盤やホンデルズ盤には無理だったでしょう。

f0147840_23222533.jpgこの二者の比較なら、ビルボードの順位どおりで、クリターズ盤のほうがよいと感じます。テンポを変えたりなどの大きな変更のしにくい曲(やりたければ、どんなアレンジでもできるが、やはり曲の生き死にには配慮しなければならない)なので、使用楽器は異なっていても、印象としては、ラヴィン・スプーンフル盤とそれほど大きく変わりません。わたしがもっているLPでは、ベースのミックスがうるさいのが難ですが、ラヴィン・スプーンフル盤の代用品としては、まずまずの出来でしょう。ということはつまり、ラヴィン・スプーンフル盤があれば、クリターズはいらない、ということですが!

ホンデルズ盤は、妙に間の抜けた歌い方をしていて、なんだよ、これは、と思います。しかも、セッション・メンバーは以下のようになっているのです。

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貼りつけてみたら、やっぱり読めなかったので、ヴォーカルについては飛ばし、楽器に関する部分だけ書き写すと、Randy Thomas: keyboards, Richard Burns: bass, Glen Campbell: guitar, Al Ferguson: guitar, Bill Cooper: guitar, Wayne Edwards: drums, Charles D. Britz: unknownとある。

ファースト・コール・プレイヤーはグレン・キャンベルとチャールズ(チャック)・ブリッツ(楽器は不明となっているが、ストリング・ベース・プレイヤーなので、フェンダー・ベースとのダブルで、アップライトをプレイしたのではないか)のみで、あとは、「だれだよ、そいつ」という名前ばかりです。

ドラムなんかひどいもので、サイドスティックの最初の一打をミスり、むちゃくちゃに遅れていますし(どこに耳をつけてるんだ>プロデューサー。リテイクだろうが!)、その後もずっと遅れ気味で、乗り物酔いにかかったみたいになるバッド・グルーヴです。

f0147840_23323177.jpgこういうスタジオ・プロジェクトというのは、その日によってメンバーが替わるので、いいトラックはいいけれど、ダメなのは箸にも棒にもかからないものと相場は決まっています。52位というホンデルズ盤Younger Girlのスロットは、セバスチャンの曲のよさに助けられたところが多分にあったのでしょう。まじめにつくれよな、だれも知らないドラマーなんか呼ぶな>ゲーリー・アシャー、てえんで、ちょっと不機嫌になる出来です。

まあ、アシャーというのは、こういう安上がりの粗製濫造盤を無数につくって稼いだ人だから(そして、60年代とはそういう時代であり、ハリウッドとはそういう土地だった)、いってもはじまりませんがね。ゲーリー・アシャーほど、かつての過小評価の反動がいきすぎて、ウルトラ過大評価をされている人もそうはいないでしょう。わたしは、アシャーは二流の人と考えています。ひどい盤が多すぎるからです。一流の人は、得点が多いだけでなく、失点も少ないものなのです。
by songsf4s | 2008-03-04 23:40 | 春の歌
Spring Mist by Glen Campbell
タイトル
Spring Mist
アーティスト
Glen Campbell
ライター
Glen Campbell
収録アルバム
The Big Bad Rock Guitar of Glen Campbell
リリース年
1965年
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本日も、ゲストライターTonieさんによる「日本の雪の歌」特集に割り込んで、レギュラープログラムをお送りします。Tonieさんからはつぎの記事が届いているのですが、Tonieさんの記事とわたしの記事を交互に掲載するというのは避けたいので、もうすこし記事がそろうのを待とうと考えています。特集の再開を待ち望んでいる方には恐縮ですが、もう数日、お待ち願えればと思います。遅くとも週末ぐらいには再開したいと考えています。

◆ スター誕生以前 ◆◆
さて、本日はインストゥルメンタルなので、歌詞はありません。今日取り上げたグレン・キャンベルのSpring Mistを収録したアルバム、The Big Bad Rock Guitar of Glen Campbellは、ときおりご紹介しているキムラセンセのサイト、Add More MusicでLPリップのMP3を試聴することができます。ご興味のある方は、右のリンクからAMMのほうにいらして、「Rare Inst. LP's」というページを開き、5番目のジャケットをクリックしてください。

グレン・キャンベルには、By the Time I Get to Phoenixでスターになる以前に、長いキャリアがあります。主としてスタジオ・ギタリストとしてすごしてきたのですが、同時に、ヴォーカル、インスト、両方のアルバムを数枚リリースしています。ブライアン・ウィルソンがプロデュースしたGuess I'm Dumbなんてシングルも、一部方面では有名でしょう。Spring Mistも、そうした雌伏時代に録音されました。

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ハル・ブレインだか、キャロル・ケイだか忘れてしまいましたが、スタジオ仕事の最中にも、ダレた時間帯に、グレンは突然立ち上がって、大声でなにかを歌ったりした、後から考えたら、はじめからシンガーになろうという気があったのだろう、といっていました。

もちろん、シンガーとしてのグレン・キャンベルにも魅力がありますし、いくつか好きな曲もあるのですが、そのへんはいつか折りを見て、強引にこじつけてでも取り上げるつもりでいるWichita Linemanのときにでも書くことにして、今日はあくまでもギタリストとしてのグレン・キャンベルの話です。

◆ グレン・キャンベル・ア・ラ・ビリー・ストレンジ ◆◆
グレン・キャンベルの名前を知ったのは、もちろんBy the Time I Get to Phoenixがヒットして以後のことです。したがって、当時は、グレンがエース・スタジオ・ギタリストだったことなど知りませんでした。

f0147840_2257781.jpgギタリストとしてのグレンのキャリアに注目するようになって以来、仲間内では発掘調査がはじまり、ずいぶんといろいろなアルバムを出していたことがわかってきました。その成果のお裾分けのなかで、このThe Big Bad Rock Guitar of Glen Campbellは、なかなか印象的なアルバムでした。グレンのプレイとしては、バンディッツというスタジオ・グループの名義でリリースされた盤などもなかなかけっこうですが(このLPもAMMで試聴できる)、アルバムとしての仕上がりは、The Big Bad Rock Guitarがいちばんまとまっているように思います。

The Big Bad Rock Guitar of Glen Campbellのプロデューサーはスティーヴ・ダグラス、アレンジとコンダクトはビリー・ストレンジです。当然、プレイヤーたちもいわゆるレッキング・クルーの面々で、もちろんドラムはハル・ブレイン。

アルバム・タイトルが示すように、概してロッカーの多い盤ですが、チェンジアップとして、バラッドも少々入っています。その1曲がグレン自身の作によるSpring Mistです。「春霞」なんてものがアメリカにもあるとは思いませんでしたねえ。グレンの故郷であるアーカンソーでは、春になると日本のように湿度が上がって、ほかの季節には見られない、特有の靄がかかるのでしょうか。ひょっとしてspringは春のことではなく、「温泉の靄」という意味だったりしたら赤っ恥ですが、とりあえず、春のことではないという証明は、グレン本人を含め、だれにもできないはずだと見切っておきます。

グレン・キャンベルの12弦ギター各種
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Hamer

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Mosrite

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Ovasion Viper

グレン・キャンベルは譜面が読めなかったそうで、たとえば、サイト・リーディングにかけては右に出るものがなかったというトミー・テデスコが、わきから譜面を読んでやったりしたことがあったということですが、それはイントロ・リックとか、そういうものの場合で、いつもいつもそうしていたわけではないでしょう。

グレンの仕事は「ワイルドなソロ」だったとハル・ブレインがいっています。つまり、勝負はインプロヴなのだから、たいていの場合は譜面が読めないことは問題にならなかったにちがいありません。60年代中期からは、そういうギター・プレイがさまざまな場面で必要とされるようになったので、譜面が読めないというマイナス・ポイントは、相対的に重要ではなくなっていったと考えています。

f0147840_23274135.jpgとまあ、グレン・キャンベルというスタジオ・プレイヤーをそのように捉えていたのですが、それがまちがっていたとはいわないまでも、Spring Mistは、そのイメージを裏切る曲であり、プレイです。

ビリー・ストレンジの盤に収録されていてもおかしくない曲調ですし、なによりも、ていねいに、かつ、ジェントルにメロディー・ラインを奏でるだけ、というところが、なんともビリー・ストレンジ風なのです。このアルバムのアレンジャーは、ほかならぬビリー・ストレンジその人なのだから、それも当然といえなくもありません。でも、じつは、そのせいばかりでもないと考えています。

◆ いずれがアヤメかカキツバタか ◆◆
The Big Bad Rock Guitar of Glen Campbellには、ビリー・ストレンジ作のSassyという曲が入っています。スタジオにおけるヴェンチャーズの真のギタリストを発見しようとする過程で(わたしにはいまだ特定できないのだが、グレンもヴェンチャーズの相当数のトラックでプレイしたものと考えられる)ビリー・ストレンジと知り合ったとき、彼のアルバムと、ヴェンチャーズのアルバムを、神経をとぎすませて聴いていたので、たまたまグレンのCDに収録されたSassyをかけたら、なんだかビリー・ストレンジのプレイのように聞こえました。

f0147840_23304274.jpgたまたま、ビリー御大との対話の真っ最中だったので、「Sassyは、グレンというより、あなたのプレイに聞こえる、スタイルもサウンドもそっくりだ」と書き送ったら、「Sassyのギターはわたしだ、グレンはあの曲では12弦を弾いた」という回答が届きました。

これはちょうど、そういうことがおこなわれていた可能性も排除できない、と考えはじめた時期でした。「そういうこと」というのは、スタジオ・プレイヤーのリーダー・アルバムでも、かならずしもそのネーム・プレイヤーが弾いているとはかぎらない、ということです。たとえば、ビリー・ストレンジのアルバムを聴いていて、このパートのギターは、ビリー・ストレンジではなく、トミー・テデスコのプレイではないか、と感じたことがあります。

あなたはあの曲ではギターをプレイしなかったのではないか、などとむくつけに尋ねるのもなんなので、遠回しな質問をしてみました。「複数のリード・ギターがからむトラックがあるが、そういう場合、あなた自身がオーヴァーダブしたのか、それとも、トミーやグレンといった他のプレイヤーといっしょに、一回で録ったのか」とうかがってみたのです。回答は、ケース・バイ・ケースである、とのことでした。

それはそうだろうなという、当然の回答です。要は、時間と予算の制約のなかで、最善の結果を得ることが最終目標なのだから、必要とあれば、ビリー・ストレンジ名義の盤であっても、他のギタリストがリードをとるのは、まったく不思議でもなんでもないのです。

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ディーン・マーティンのセッションでのグレン・キャンベル(右端)

だから、グレンのアルバムでも、ビリー・ストレンジがリードをとり、グレンがオブリガートにまわる、ということもあったのでしょう。ビリー・ストレンジ自身がセッションにきていたのだから、彼がつくった曲は、彼自身が弾いたほうが手っ取り早い、というように、いたって合理的、実際的判断を下しただけだと感じます。

とはいうものの、Spring Mistでも、グレンにかわって、ビリー・ストレンジがリードをとったと考えているわけではありません。いや、その可能性もゼロといえないところが苦しいのですが(ライター・クレジットは証拠にならない。楽曲の権利譲渡はしばしばおこなわれていた)、いまのところは、グレンも、ときには穏やかなプレイをやってみることがあったのだ、と考えています。

それにしても、だれが弾いたかを確定するのは、結局のところ、きわめて困難なのだ、という前提でこのアルバムを聴くと、キムラセンセが「レア・インスト」のレヴューに書いていたように、だんだん、なにがなんだかわからなくなり、足下の地面が溶け出したような気がしてくるトラックがあるのも事実です。

こういう「なにが起こるかわかったものではない」という気分のせいで、かつて、50年代から60年代にかけてのハリウッド研究に血道をあげることになってしまったのを、グレンのSpring Mistは思いださせてくれます。

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テネシー・アーニー・フォードとの共演盤"Ernie Sings & Glen Picks" これは70年代のもので、スタジオ・プレイヤーとしての仕事ではなく、新旧カントリー・スターの共演という企画盤。タイトルどおり、歌はフォードにまかせ、グレンはもっぱらギターを弾いている。すべてアコースティックだが、やっぱりすごいな、と感じ入る、みごとなプレイが詰め込まれている。

by songsf4s | 2008-03-03 23:43 | 春の歌