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ラロ・シフリン・フィルモグラフィー2 ヘンリー・レヴィン監督『サイレンサー殺人部隊』中篇
 
リプリーズ・レコード時代のディーン・マーティンのボックスを聴いて思ったのは、なんだよ、このハル・ブレインだらけは、ということです。かのEverybody Loves Somebody以降、ディノのあらゆるレコーディングで、ハルがストゥールに坐ったのではないかと思うほどです。

ディーン・マーティン Everybody Loves Somebody(リメイク45ヴァージョン ハル・ブレイン・オン・ドラムズ)


以前、書肆の求めに応じてハリウッド音楽史を書いたのですが、先様の都合でお蔵入りしてしまいました。いま、そのときにきちんと調べて書いたディノの大復活劇を参照して、三段落ぐらいにまとめようと思ったのです。しかし、そういっては手前味噌がすぎますが(いつものこと!)、入念に練り上げた(呵呵)パラグラフなので、当人にもいまさら切り刻むのは困難、そのまま貼り付けることにしました。

ジミー・ボーウェンが友人の紹介でリプリーズ・レコードに入社することになった顛末(フランク・シナトラ・リプリーズ・レコード会長がじきじきに電話してきた!)から、以下の段落へとつながります。縦組を想定した文字遣いなので、あしからず。

 ボーウェンには、リプリーズで仕事をするなら、ぜひ自分の手でレコーディングしたいと思っていたシンガーがいた。ディーン・マーティンである。希望叶って、彼は六三年の《ディーン・“テックス”・マーティン・ライズ・アゲイン》Dean "Tex" Martin Rides Againから、ディノのプロデュースを引き継いだ。前作が久しぶりにチャートインしたことを受け、同じ路線を行ったカントリーの企画盤だった。しかし、ヒットはしなかった。
 ボーウェンにとっては二枚目のディノのアルバム、六四年の《ドリーム・ウィズ・ディーン》Dream with Deanは、ラス・ヴェガスのショウのあと、いつもラウンジに場所を移して歌っていた曲を、その雰囲気のまま録音するというディノ自身が望んだ企画で、いかにも彼らしい、リラックスしたムードの好ましいアルバムだ。バーニー・ケッセル、レッド・ミッチェル、アーヴ・コトラーというウェスト・コースト・ジャズ生き残り組もすばらしいプレイをしている。だが、このメンバーからわかるとおり、シングル・カットに向くものはないし、ビートルズの嵐が吹き荒れた年には、古めかしく聞こえただろう。

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《ドリーム・ウィズ・ディーン》の録音では一曲足りなくなり、ピアノのケン・レインが、自分が昔、シナトラのために書いた曲をやってみてはどうかと提案し、その曲を録音して仕事は終わった。この埋め草の曲はあとで意味をもつが、LP自体はチャートインしなかった。
 二枚つづけて失敗したボーウェンは、つぎはヒットさせなければ、と覚悟したのではないだろうか。それまでの二枚の保守路線を捨て、ドラスティックな転換を図った。ビートルズ旋風の真っ最中だったことも、この決断に影響を与えただろうし、ディノ自身や会社上層部の同意も得やすかっただろう。
 選ばれた曲は、前作で埋め草として録音され、思わぬ好評を得たケン・レインの曲、〈エヴリバディー・ラヴズ・サムバディー〉Everybody Loves Somebodyだった。最初のジャズ・コンボ・ヴァージョンは、片手がグラスにいっている姿が彷彿とする、いかにもディノらしいインティミットな雰囲気があり、ケッセルのプレイと合わせて、なかなか楽しめる。しかし、これをシングル・カットしようと考えるプロデューサーはひとりもいないだろう。ここからが手腕を問われるところだ。
 ボーウェンは先行するヴァージョンを参照したという。わたしが聴いたことがあるのは、シナトラ、エディー・ヘイウッド、ダイナ・ワシントンの三種だが、ボーウェンはワシントンの名をあげている[*注1]。ボーウェンの構想とアーニー・フリーマンのアレンジへの影響を考えるなら、シナトラ盤よりスピードアップしたヘイウッド盤のミディアム・テンポ、ワシントン盤のストリングスがヒントになったのかもしれないが、いずれも微妙で、直接的な影響は観察できない。
 ボーウェンとフリーマンは、先行ヴァージョンには見られなかった華麗な衣装をつくりあげた。まず、ボーウェンが好んだハル・ブレインをドラムに据え、メインストリーム・シンガーの盤にしては強めのバックビートを叩かせた。ここにアップライト・ベースのみならず、ダノを加えるというスナッフ・ギャレットやフィル・スペクターの手法を適用し(ただし、完全なユニゾンではなく、アップライトと付いたり離れたりする)、エレクトリック・ギターには2&4のカッティング、ピアノには四分三連のコードを弾かせた。そして、左チャンネルには女声コーラス、右チャンネルにはストリングスとティンパニーを載せた。

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 前作にくらべると装飾過多といえるほどだが、ディノという「一昔前のスター」をよみがえらせたのは、ハルのタムにティンパニーを重ねることまでやってみせた、この厚いサウンドにほかならない。〈エヴリバディー・ラヴズ・サムバディー〉は、ビートルズの〈ア・ハード・デイズ・ナイト〉A Hard Day's Nightに替わって、六四年八月一五日付でビルボード・チャートのトップに立った。
 この大ヒットでディノは復活したどころか、キャリアのピークを迎えた。それまでのヒット枯渇が一転してヒット連発となり、秋にはフォロウ・アップの〈ザ・ドア・イズ・スティル・オープン〉The Door Is Still Openがまたしてもトップテンに入った。もちろん、スタッフは変わらず、この曲でもハル・ブレインがストゥールに坐った。そして翌年には、新たな「商品価値」を得たディノをホストにして「ディーン・マーティン・ショウ」がはじまり、九シーズンつづくヒットとなる。
 ディノという大スターが、後半生も「現役のスター」でありつづけることができたのは、〈エヴリバディー・ラヴズ・サムバディー〉というモンスター・ヒットのおかげだった。ジミー・ボーウェンという嵐の時代に適応できる二十代のプロデューサー、いまやアレンジャーとしてヴェテランになりつつあったアーニー・フリーマン、時代を背負う位置に立ったハル・ブレインの力に負うところ大だ。このスタッフはやがて、もうひとりの低迷する大スターも復活させることになる。
 しかし、大きく見れば、ディノがこのように新しい時代のメインストリーマーのあり方を示すことができたのは、ビートルズが「ルールを破壊した」結果だったと考えるべきだろう。

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左からサミー・デイヴィス・ジュニア、ハル・ブレイン、レイ・ポールマン、そしてジミー・ボーウェン。

Dream with Dean収録のオリジナル・レコーディングのクリップはありませんでしたが、ピアノ一台という点が異なるものの、以下のクリップのようなムードです。このクリップでピアノを弾いているのがケン・レインではないでしょうか。

ディーン・マーティン Everybody Loves Somebody(テレビ・ライヴ)


この話を持ち出したのは、ひとつには、「マット・ヘルム」シリーズも、ディノの大復活の延長線上でつくられたといいたかったからです。Everybody Loves Somebodyのヒットによるチャートへのカムバックがなければ、テレビのレギュラー番組も、本編のシリーズも、彼のところには持ち込まれなかったでしょう。

そして、もうひとつはハル・ブレインです。ジミー・ボーウェンはハル・ブレインとアーニー・フリーマンという彼の「手駒」に固執しました。ディノの復活によって、フランク・シナトラをプロデュースするチャンスが巡ってきたとき、ボーウェンはアレンジャーからプレイヤー、さらにはエンジニアにいたるまで、シナトラの従来のスタッフを退け、彼のスタッフである、アーニー・フリーマン、ハル・ブレイン。エディー・ブラケットを配置し、同じようにフランクもビルボード・チャート・トップに返り咲かせます。

いわゆる「シナトラ一家」(アメリカでは「ラットパック」と呼んでいる)はみな義理堅かったように見えます。しかし、その義理堅さは異なった形をとって顕れたように思います。

シナトラは、ボーウェン=フリーマン=ブレイン=ブラケットで世紀のカムバックを成し遂げたあとも、このヒット・レシピには固執しませんでした。ハル・ブレインは2曲のチャートトッパーをはじめ、彼にいくつもヒットをもたらしたのに、ついに「シナトラのドラマー」にはなりませんでした。フランク・シナトラは古い付き合いを途絶えさせることなく、その後も、ネルソン・リドル、ビリー・メイといった昔馴染みのアレンジャーを起用しました。これも彼の義理堅さゆえのことなのでしょう。

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「シナトラ会」の会合 集合したかつてのシナトラのアレンジャーたち。左から、ビリー・メイ、ドン・コスタ、会長その人、そしてゴードン・ジェンキンズ。まるで「生きているアメリカ音楽史」たちの記念写真。

いっぽう、ディーン・マーティンは、彼に再び栄光をもたらしたスタッフを大事にしつづけたように見えます。だから、以後、可能なかぎりハル・ブレインが彼のセッションのストゥールに坐るように気を配ったのではないでしょうか。まあ、なかば成田山のお札みたいな験かつぎだったのかもしれませんが。

ハル・ブレインはポップ・フィールドではキングでしたが、映画の世界はべつです。彼が音楽映画以外でスコアもプレイした例は、それほど多くないでしょう。AIPのビーチ・ムーヴィーなどは、ハル・ブレインだらけのスコアがあったりしますが、一般映画ではそれほどプレイしていないと思います。

それなのに、マット・ヘルム・シリーズでは、ハルのプレイがそこらじゅうにばら撒かれているのはなぜか、と考えると、むろん、映画スコアにも8ビートが求められる時代になったからという側面もあるでしょうが、同時に、ディノの希望もあったのではないか、という気がしてきます。カムバック以後のディノは、ハル・ブレインをヒットのお守りのように思っていたのではないでしょうか。いや、まったくの憶測ですが。

◆ ラウンジ・タイム ◆◆
今回で『サイレンサー殺人部隊』は完了のつもりだったのですが、なぜこの映画はハル・ブレインだらけなのか、と考えているうちに、脇筋に入り込んでしまったので、今日はちょっとだけ聴いて、次回完結ということにします。

『サイレンサー殺人部隊』よりカー・チェイス・シークェンス


ここはちょっと笑いました。マット・ヘルムが「フランス警察に告ぐ。この車にはinnocentな(=無辜の)女性が乗っている」と表示する(!)のですが、それでも警察は撃ってきます(音声認識して文字に変換する技術もすごいがw)。それでディノがつぶやきます。

「フランスの男らしいぜ。この世にinnocentな(=清純な)女の子がいるなんてことは、てんから信じていないとくる」

まあ、フランスだとかイタリアだとかいった国に対して持っているイメージは、わたしの場合もマット・ヘルムと似たようなものです!

いったん、追跡者を振り切ったところで、ハープシコードをあしらったけっこうなラウンジ・ミュージックが流れるのですが、あまりよく聞こえないし、すぐに終わってしまうので、サンプルにしました。

サンプル Lalo Schifrin "Suzie's Themre"

一難去ってまた一難、警察のつぎは悪漢に追跡されますが、こんどは「この文字が読めるとしたら、車間距離を詰めすぎです」とテールに表示されるので、また笑いました。この手のジョークは豊富な映画で、それでうかうかと最後まで見てしまったのでありました。

もう一曲、ラウンジ系のものをサンプルにしました。

サンプル Lalo Schifrin "I'm Not the Marrying Kind"

この曲は、最後にディノのヴォーカル・ヴァージョンも出てきますが、サブ・テーマという感じで、二種のインスト・ヴァージョンも使われます。おおむねノーマルなラウンジ・ミュージックなのですが、途中で入ってくるギターがベラボーにうまいところが、いかにもこの時代のハリウッドらしいところです。ハワード・ロバーツなのかトミー・テデスコなのか、はたまたクレジットされていないギタリストなのか、そのへんはわかりませんが。

ベースはアップライトなので、当然、キャロル・ケイではなく、未詳のプレイヤーによるものです。このセットのときは、ドラムもハル・ブレインではなく、アール・パーマーだろうと推測できます。


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ディーン・マーティン
Dino: The Essential Dean Martin
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by songsf4s | 2011-07-09 22:58 | 映画・TV音楽
ラロ・シフリン・フィルモグラフィー1 ピーター・イエイツ監督『ブリット』中篇
 
前回は、『ブリット』という映画自体にはふれませんでした。アクション映画の里程標、転換点となった作品ですから、いまさら、という気もしますが、ごくかいつまんで書いておきます。

サンフランシスコ市警のフランク・ブリット警部補(スティーヴ・マクウィーン)は、上院議員(かなにからしい)のチャーマーズ(ロバート・ヴォーン)が小委員会の参考人として出席させようとしている男を、保護するように命じられます。

『ブリット』フル パート2


この証人は「組織」の金を盗んでシカゴから逃亡してきたギャングで、ブリットは男をホテルに閉じ込め、部下二人とともに警護にあたりますが、部下がシフトについている夜間に、二人組の襲撃を受けて、証人も警官も撃たれてしまいます。

ブリットは、証人がだれに、どのように襲撃されたかを追及しつつ、いっぽうで、襲撃後、まもなく病院で死亡した証人の遺体を隠し、捜査のために死を隠蔽します。死の前日、証人を乗せたタクシーの運転手(ロバート・デュヴァル)の証言などをヒントにし、やがて、証人と思われていた男が、じつは別人だとわかり……。

◆ 「例のあの場面」 ◆◆
映画のシーンのタイプとしての「カー・チェイス」という言葉が広く使われるようになったのは、『ブリット』以後のことだったという記憶があります。

『ブリット』 カー・チェイス・シークェンス


このフェンダー・ベースもやはりキャロル・ケイでしょう。本格的な追いかけっこがはじまるまでの、サスペンスを高めていく演出と編集もちょっとしたものですし、ラロ・シフリンも、サスペンスの醸成におおいに貢献しています。

なにしろこちらは十五歳だったので、むろん、大興奮でした。いまになると中程度の出来に見えるかもしれませんが、当時は、こんなものははじめて見た、とおおいに驚きました。

たとえばジェイムズ・ボンド・シリーズのなにかで、カー・チェイス・シーンというのをすでに見ていたはずですが、そういうものとはまったく異なるものと受け止めました。

その違いはなにか? ひとことでいえば、リアリズムです。撮影方法もディテールの演出も編集も、当時としては非常に先端的で、以後、こういうものを見るたびに、『ブリット』が切り拓いた土壌の上にできたものだと、つねに意識したほどです。

その後、驚くべきカー・チェイス・シーンはいくつも見ていますが、それでもなお、今回の再見でも、これはこれでよくできたシークェンスだと感嘆しました。坂の使い方は斬新ですし、カメラに車がぶつかってくるところにも、車載カメラの「一人称視点」にも、転がるホイール・キャップにも、転倒するバイクにも、すごい、すごい、とびっくりした記憶が、あざやかによみがえりました。カー・チェイスをこのように演出したのはピーター・イエイツをもって嚆矢とする、といって大丈夫でしょう。

◆ ヒットマンの影 ◆◆
『ブリット』にも当然ながらさまざまなタイプの音が使われていますが、たとえばラウンジ的なもの、ロック・ニュアンスの強い曲といったものは次回にまわすことにし、今回は、もうひとつサスペンスフルなタイプの音楽を貼りつけておきます。

『ブリット』よりIce Pick Mike


証言者が銃撃を生き延びたので、ヒットマンはこんどはひそかに病院で襲撃しようとしますが、この男に病室をきかれた医師がブリットに知らせたために、襲撃は失敗し、男は逃走します。ブリットが逃走するヒットマンを追う、夜の病院内でのシークェンスに使われたのがこの音楽です。

ただし、このクリップは盤にするために再録音されたステレオ・トラックを使っています。べつにこちらだって悪くはないのですが、しいて優劣をつけるなら、やはり映画用のオリジナル・レコーディングのほうが、強いエッジがあって、好ましく感じます。

そういうニュアンスの違いに関心をもたれる方は多くはいらっしゃらないでしょうが、いちおう、モノーラルの映画ヴァージョンもサンプルとしてアップしておきます。

サンプル Lalo Schifrin "Ice Pick Mike" (original mono recording)

ちらっと出てくるタムタムのプレイを頼りに卦を立てるだけですが、このドラムはアール・パーマーではないでしょうか。いや、ラリー・バンカーやスタン・リーヴィーのプレイに通じているわけではないので、たんなる山勘のようなものですが。

リード楽器に使うこともあれば、あるいはちょっとしたオブリガートのこともありますが、ラロ・シフリンはほんとうにフルートの好きな人だと、この曲を聴いても思います。

次回は、上述のように、いくつかタイプの異なる、非アクション映画的な曲をあげ、『ブリット』を終えるつもりですが、それにしては残った曲数が多く、「後篇」で終わらなかった場合はどういえばいいのかと悩みつつ、今回はおしまい。


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by songsf4s | 2011-07-06 23:44 | 映画・TV音楽
ラロ・シフリン・フィルモグラフィー1 ピーター・イエイツ監督『ブリット』前篇
 
そんな大見得きって大丈夫かと自分に問うと、あまり大丈夫でもないかな、という頼りないこたえが返ってきましたが、以前からずっとやろうと思っていた、ラロ・シフリンの映画スコアの跡づけにとりかかろうと思います。

本来、そういうことをやるときは、ほぼ全作品を見なおし、聴きなおし、全体の構図をつかみ、しかるのちに細部の位置づけをおこなうべきなのだろうと思います。でも、そういうことをいっていると、いつまでもとりかかれないので、事前の再見は抜きで進めます。

予断もなし、といいたいところですが、そもそも、予断があるからラロ・シフリンがスコアを書いた映画を数本見直してみようと思ったのです。60年代終わりに起きた、オーケストラ・スコアからのテイクオフ、ジャズ・ニュアンスの強い8ビート・スコア誕生の最大の原動力となったのは、ラロ・シフリンではないか、という予断です。

記憶をたどると、どうも、そんな気がしてきたので、じっさいにそうなのかどうかをたしかめようというのが、この「ラロ・シフリン・フィルモグラフィー」シリーズの目的です。

◆ プレリュード ◆◆
ラロ・シフリンのキャリアを見渡し、あと知恵で考えて、最初に重要なのはどの曲かというと、なんといっても『スパイ大作戦』のテーマです。この曲については、「Mission Impossible by Lalo Schifrin」という記事で詳細に検討しているので、ここでは細かいことを略させていただきます。

トム・クルーズ主演による本編のほうでも、テレビ・シリーズと同じ曲が使われているので、お客さんのどなたもよくご承知でしょうが、いちおう、クリップだけ貼りつけておくことにします。

スパイ大作戦


5拍子、5度の半音下(フラッティッド・フィフス)の多用、というジャズ的要素が濃厚な曲なのですが、レンディションないしはサウンドの感触は、ロック/ファンク的で、これがターニング・ポイントでなくてなんだというのだ、という音です。

その背景には、ドラム=アール・パーマー、ベース=キャロル・ケイという、8ビートの分野のエース・プレイヤーの参加がありますが、ラロ・シフリンも、後年の言葉でいうなら、ジャズ・ロックないしはフュージョン的な、折衷的サウンドを目指してアレンジ、コンダクトしたのだろうと思います。その意図に沿って、ジャズ・プレイヤーとして出発し、ポップやR&Bの分野でエースとして活躍していたアール・パーマーとキャロル・ケイが選ばれたのではないでしょうか。

◆ タイトル・シークェンス ◆◆
『スパイ大作戦』の翌々年、1968年公開の『ブリット』は、映画としても大きな転回点になった作品ですが、子どものわたしは音楽にもおおいに惹かれました。改めて聴きなおしても、ちょっとしたものでした。

『ブリット』オープニング・タイトル


アクション映画というのはこういう風にはじまってほしい、といいたくなる、わたしがもっとも好むタイプのオープニング・シークェンスの絵と音の組み合わせです。

あの時代のタイトルのつくり方を知らないと、ニュアンスがおわかりにならないかもしれませんが、文字の扱いも、60年代前半の典型的なスタイルとは異なり、シンプルで渋い方向へとシフトしていて、歴史に残る映画というのは、やはり「いいぞ!」という雰囲気を濃厚に漂わせて登場するのだな、と感心しました。

アメリカ議会図書館のJazz on the Screenデータベース(毎度、お世話になっている三河のOさんが教えてくださった)によると、この映画の録音には以下のプレイヤーが参加しているそうです。

Inc: Bud Brisbois, trumpet; Milt Bernhart, trombone; Bud Shank, flute; Plas Johnson, tenor sax; Howard Roberts, guitar; Michael Melvoin, piano; Ray Brown, Bill Plummer, Max Bennett, Carol Kaye, acoustic double bass; Stan Levey, Larry Bunker, Earl Palmer, drums.

テーマに関しては、フェンダーベースは一小節でキャロル・ケイとわかるサウンドとプレイです。『スパイ大作戦』のコンビでドラムもアール・パーマーといいたくなりますが、あまりアールらしいサウンドには聞こえません。ラリー・バンカーないしはスタン・リーヴィーではないでしょうか。

台詞が入ったところで、ベースだけになりますが、ここはフェンダーではなく、アップライトです。レイ・ブラウンのプレイでしょうか。この曲のほかの箇所はフェンダーのみであって、アップライトと重ねているようには聞こえませんが、このあたりは微妙なので、ハリウッドのポップ系セッションでは広くおこなわれていたように、二本のベースを重ねた可能性もあると思います。

このメンバーは、ジャズ系とポップ系の混成部隊といえなくもありませんが、管のプレイヤーはもともと分野を問わずに仕事をするものですし、リズム・セクションも、60年代中期以降のハリウッドでは、両方の分野でプレイする人のほうが多かったくらいです。

『ブリット』フル パート1


あるいは、ひょっとしたら、作曲者、アレンジャーの明快なヴィジョンによって、トップ・ダウンでこういう音ができたわけではないのかもしれません。プレイヤーのほとんどが、分野を横断して仕事をしていたために、自然に折衷的なグルーヴが生まれた可能性だってあると思います。

議会図書館のデータベースには、リチャード・ハザードとジョージ・デル・バリオという二人のオーケストレイターがクレジットされています。この二人の譜面は、ノーマルなビッグバンド・スタイルで書かれていたのではないでしょうか。

しかし、いざ、録音がはじまり、音を出してみると、とりわけキャロル・ケイのせいで、ファンク色の強いものになったので、コンダクターであるラロ・シフリンがそれをそのまま生かすことにした、という可能性もあると感じました。

本日はテーマのみしか取り上げられなかったので、次回も『ブリット』をつづける予定です。


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ブリット(OST CD)
ブリット(Bullitt)
ブリット(Bullitt)
by songsf4s | 2011-07-01 23:55 | 映画・TV音楽
祝 オフィシャル・ゲーリー・チェスター・ウェブサイト誕生 その10 インストゥルメンタル篇
 
震災からこのかた、映画をやっていないので、とりあえず、スコアのほうに重心をおく形でなにかやってみようと、重い腰を持ち上げ、一本だけ見ました。あと二、三本みたら、そのシリーズにとりかかろうと思っています。伝統的なオーケストラ・スコアのパラダイムからの脱出がポイントです。

また、何回にも分けて微細に検討したりするせいで、気楽に映画のことを書けなくなるので、軽い映画を一、二回でさっと軽く書く、というのもやろうかと考えています。そのようなレベルのものなら、見るのも楽ですし。

このところずっと、アクセス・キーワードは成瀬巳喜男関係が多く、リクエストをされているかのごとくなので、『稲妻』『女が階段を上るとき』『放浪記』『山の音』のうちのいずれかを書こうとも考えています。

あとは白木マリの映画、そして、久しぶりの日活アクションも控えています。やはり、日活を書くのがいちばん気分が昂揚します。

◆ ファランテ&タイチャー ◆◆
ゲーリー・チェスター・シリーズは、このところ、大物がつづいたので、今日は箸休めとしてインストゥルメンタルものを並べます。

まずはスウィング時代からの生き残り、トランペット・プレイヤーにしてビッグ・バンド・リーダー、レス・エルガートが時代に合わせて若向きにシフトしたトゥイスト・アルバム、The Twist Goes to Collegeから。

レス・エルガート Frenesi


Frenesiには山ほどヴァージョンがありますが、当家ではかつて、トミー・テデスコのものをサンプルとしてアップしました。それを再度、貼り付けておきます。

サンプル Tommy Tedesco "Frenesi"

もう一曲、レス・エルガートの同じアルバムから、これまたおなじみの曲のトゥイスト・アレンジ。

レス・エルガート In the Mood Twist


1962年のエルガートのヴァージョンは、おそらく、1959年のアーニー・フィールズのロックンロール・ヴァージョンに刺激を受けたものでしょう。そちらも貼り付けておきます。

アーニー・フィールズ・オーケストラ In The Mood


こちらのアレンジとドラムはアール・パーマーです。じっさい、アーニー・フィールズは名前だけで、主体となったのは、アール・パーマー、プラズ・ジョンソン、ルネ・ホールといった、あの時代のハリウッドのエース・スタジオ・プレイヤーたちだったようです。

◆ ヴィニー・ベル ◆◆
ちょっと時期が跳んで、つぎは1969年のヒットです。Exodus(映画『栄光への脱出』)のテーマのカヴァーで知られるピアノ・デュオ、ファランテ&タイチャーのもうひとつの大ヒット曲。これまたOSTをさしおいてのヒットでした。

ファランテ&タイチャー(ヴィニー・ベル=シタール・ギター) Midnight Cowboy


映画では、ギターになにかイフェクトをかけてやっていますが、ファランテ&タイチャーのカヴァーでは、ヴィニー(ヴィンセント)・ベルがエレクトリック・シタールをプレイしています。シタール・ギターの音もヒットの要因になったのでしょう。

そのヴィニー・ベルのエレクトリック・シタールをフィーチャーしたアルバム、Pop Goes Electric Sitarの全曲を、ほんのすこしずつダイジェストしたむちゃくちゃなクリップがあったので貼り付けておきます。

ヴィンセント・ベル digest from Pop Goes Electric Sitar


これではドラムを聴くというわけにはいかないので、このアルバムからサンプルをひとつアップしました。リー・ヘイズルウッド作で、1966年にシナトラ親子が歌ってビルボード・チャート・トッパーになったあの曲。

サンプル Vincent Bell "Somethin' Stupid"

オリジナルのシナトラ盤ではドラムはハル・ブレインでした。同じ時代を生きたというだけのことなのですが、チェスターの仕事はやはり、いやでもアール・パーマーやハル・ブレインと比較されてしまいます。

◆ アル・カイオラとスリー・サンズ ◆◆
ヴィニー・ベルより前の世代のNYのエース・セッション・ギタリスト、アル・カイオラのトラックでも、当然、ゲーリー・チェスターはプレイしています。もっとたくさんあるはずですが、ディスコグラフィーにはほんの一握りしかリストアップされていないので、この曲を。

サンプル Al Caiola "Never on Sunday"

このTuff Guitars Tijuana Styleというアルバムでは、カイオラはほとんどすべてのトラックでレズリー・ギターをプレイしています。いつものカイオラのトーンのほうがいいと思うのですが、どんなアーティストも、ときにはチェンジアップが必要なので、やむをえないところです。

最後の曲。スリー・サンズはギター・バンドではありませんが、リード楽器のひとつはギターです。

サンプル The Three Suns "Love Letters in the Sand"

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スリー・サンズの初代ギタリストは、のちにドン・カーシュナーとオールドン・ミュージックを設立するアル・ネヴィンズですが、このときはだれかのべつの人でしょう。ネヴィンズがプレイしなくなってからは、バッキー・ピザレリやほかならぬヴィニー・ベルなど、さまざまなプレイヤーが入れ替わり立ち変わり録音したようです。

NYのギター・インストというと、もうひとり、トニー・モトーラという大物がいます。モトーラのトラックでもチェスターはプレイしているはずですが、いまのところ、どのアルバムでプレイしたかは判明しません。いずれわかるのではないかと期待しています。


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ファランテ&タイチャー
Ferrante & Teicher - Greatest Hits
Ferrante & Teicher - Greatest Hits
by songsf4s | 2011-06-27 23:48 | ドラマー特集
祝 オフィシャル・ゲーリー・チェスター・ウェブサイト誕生 その4 ニール・セダカ篇
 
当ブログではかつて一度だけ、ゲスト・ライターを迎えて、わたしは読む側にまわったことがあります。「日本の雪の歌」という特集を組み、「霧の中のトニー」さんに書いていただいたときのことです(「日本の雪の歌」特集が気になる方はこのページの一番下にあるリンクからどうぞ)。

そのトニーさんが、今朝、当家のゲーリー・チェスター・トラックス・シリーズにふれて、ニール・セダカのことをツイートされていたのを読みました。いずれにせよ、どこかでニール・セダカの回というのをやる予定だったので、ちょうどいいから、今日は他動的にニール・セダカと決めました。

まあ、いろいろございましょうが、ドラムを基準にしてみると、ニール・セダカの数々のヒットのなかでも、この曲をオープナーにするのが妥当でしょう。

ニール・セダカ Calendar Girl


久しぶりでしたが、ちゃんとつくってあって、じつに気持よく聴けました。アレンジ、サウンド、プロダクションの重要性を再確認させられるトラックです。プロダクションで手を抜かなければ、半世紀後に聴いても、歴史のお勉強をしている気分にはならず、リラックスして自然にヒット・チューンを楽しむ気分になれます。

大昔のことなので、ドラムがハイテクニックをひけらかしたりするのはポップ・チューンではご法度ですが、きっちりしたタイムで遅滞なく曲をエンディングまで運んでいくところが、まさにスタジオ・エースの技と感じます。

シンバルなし、両手ともスネアによる、こういうマーチング・ドラムのヴァリエーションは、えてしてかったるくなりがちですが、それはもちろん下手なプレイヤーの場合で、本物のプロはそういうことはありません。もたつきのないところが賞味のしどころでしょう。

ドラムがどうのこうのではなく、ニール・セダカが書いたものでどの曲が好きかとなると、まず指を折るのがこれ。

ニール・セダカ Breaking Up Is Hard to Do


なるほど、これなんか、まさにリトル・エヴァのLoco-Motionと同じドラマーだ、と感じます。現在のマスタリングではキック・ドラムがはっきり聞こえるのですが、きれいなタイムでやっています。メトロノーム的なプレイではありますが、「いいメトロノーム」です。

Breaking Up Is Hard to Doには無数のカヴァーがありますが、それは後まわしにして、ニール・セダカのヒット曲をもうひとつ。

ニール・セダカ Happy Birthday Sweet Sixteen


しばらくニール・セダカを聴いていませんでしたが、どの曲もよくできていて、アーティスト・イメージはとりあえず横に置き、純粋に楽曲を検討しなおしたほうがいいと感じます。

ゲーリー・チェスターはここでもほとんどメトロノームですが、大昔の歌伴はたいていこんな感じでした。この曲で面白いのは、スネアのサウンドとプレイが同時期のアール・パーマーを連想させることです。

ボビー・ヴィー Take Good Care of My Baby (Earl Palmer on drums)


ボビー・ヴィーで思い出しました。「京南大学入学──東宝映画『エレキの若大将』のスコア」という記事(6月20日追記 正しくは「加山雄三「ブーメラン・ベイビー」映画ヴァージョン(東宝映画『海の若大将』より)」という記事のほうだった。まちがえたもののほうも関連記事なので削除せずに残しておく)で、加山雄三が「ブーメラン・ベイビー」を書くときに意識していたのは、ボビー・ヴィーだろうと書きましたが、まとめてニール・セダカを聴いてみて、思いのほかダブル・トラックを多用していることに気づきました。加山雄三にインスピレーションを与えたのは、ボビー・ヴィーのみならず、ニール・セダカの可能性もあるかもしれません。

ゲーリー・チェスターとは関係がないのですが、ちょうど雨の季節でもあるので、70年代にハリウッドで録音され、ビルボード・チャート・トップへのカムバックをなしとげた大ヒット曲をおまけとして貼り付けておきます。

ニール・セダカ Laughter in the Rain


当家は2007年6月下旬にスタートしたので、デザイン用のダミー記事として、このLaughter in the Rainを題材にしたのですが、結局、本番の記事にすることはなく終わってしまいました。

Oh Carolというヒット曲でよく知られているように、ニール・セダカはかつてキャロル・キングと付き合っていました。月日はめぐり、キャロル・キングはTapestryによって、パフォーマーとして脚光を浴びることになりますが、もういっぽうのニール・セダカは、ビートルズ以降の市場の変貌のなかで忘れられてしまいます。エルトン・ジョンのCrocodile Rockがヒットしたとき、ああ、ニール・セダカか、と懐かしく感じたほど、深い忘却の淵に沈んでしまったのです。

エルトン・ジョン Crocodile Rock


いまはなんでもありの時代ではあるし、恐ろしく昔のことなので、当時を知らない人にはニュアンスがわからないでしょうが、ミュートしたギターのアルペジオなど、長いあいだ忘れていたので、この1972年の時点では、あまりにも古めかしく、それゆえに、かえって新鮮に響いたものでした。ニール・セダカは新鮮に感じるほど古びてしまったのでした。

だから、1975年だったか、Laughter in the Rainを聴いたときは、へえ、まだ生きていたか、てなものでした。ちょうど時代が一巡りしたのも幸いしたのかもしれません。

以前にも書いたと思うのですが、ヒットから見離されていた時期、ニール・セダカは録音でハリウッドのどこかのスタジオにいったところ、ばったりキャロル・キングに会いました。そのとき、彼女は「あんた、いったいこんなところでなにしてるの?」ときいたそうです。スタジオにくるのは録音のために決まっているだろうが、とセダカはいまいましげに回想していました。

キャロル・キングですら、ニール・セダカがスタジオにいるのを見てびっくりしてしまうほど、彼は時代においていかれたということでしょう。Laughter in the Rainは、セダカにとってもっとも感慨の深いヒットだろうと想像します。

◆ Breaking Up Is Hard to Do各種 ◆◆
Breaking Up Is Hard to Doにはいくつか聴くに値するカヴァーがあります。どういうわけか、この曲のカヴァーはどうでもいいものしかクリップがないので、自前サンプルの連打とまいります。

この曲はガール・シンガーが歌ったほうがいいと思うのですが、これなどがその一例。

サンプル Little Eva "Breaking Up Is Hard to Do"

ところ変わって、つぎはハリウッド録音(のはず)。

サンプル Shelley Fabares "Breaking Up Is Hard to Do"

シェリー・ファブレイはべつにシンガーになりたいと思ってはいなかったのでしょう。テレビ・ドラマで有名になったアイドルとして、いきがかりで歌うハメになったJohnny Angelは、じつに歌いにくそうで、聴いていてハラハラしてしまいますが、Breaking Up Is Hard to Doはピッチがジャンプする難所がなく、スムーズなメロディーのおかげか、リラックスして、軽々と歌っています。

つぎはかなり奇妙な改変をほどこした4シーズンズ盤。このねじれの責任者はボブ・クルーあたりでしょうか。

サンプル The 4 Seasons "Breaking Up Is Hard to Do"

変なアレンジなのですが、結局、いかにも4シーズンズらしい音だと感じさせるのだから、やはりたいしたものだと思います。

ほかに、ハプニングス、パートリッジ・ファミリー、カーペンターズなどがあります。ハプニングスも、4シーズンズ同様、強引に自分の土俵に持ってきているところが興味深く、これほどサンプルだらけの日でなければ、アップしてもいい出来です。

ゲーリー・チェスターはブリル・ビルディング・サウンドとは切っても切れない関係にあるプレイヤーなので、次回もそのあたりを予定しています。


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ニール・セダカ
Definitive Collection
Definitive Collection


ニール・セダカ(ベア・ファミリーによる8枚組)
Oh Carol-Complete Neil Sedaka 1956-1966
Oh Carol-Complete Neil Sedaka 1956-1966


ボビー・ヴィー
Very Best of Bobby Vee
Very Best of Bobby Vee


エルトン・ジョン
Don't Shoot Me I'm Only
Don't Shoot Me I'm Only


シェリー・ファブレイ
Shelly / Things We Did Last Summer
Shelly / Things We Did Last Summer


リトル・エヴァ
Locomotion
Locomotion


4シーズンズ
Dawn (Go Away) / Big Girls Don't Cry & Twelve
Dawn (Go Away) / Big Girls Don't Cry & Twelve
by songsf4s | 2011-06-19 22:00 | ドラマー特集
カール・スティーヴンズ(チャック・セイグル)のロッキン・オーケストラ
 
まだ、前回までつづけてきたエキゾティカ・シリーズにケリがついていないのですが、日々、聴くものは変化していき、今日はエキゾティカとまったく無関係ではないものの、分類するならばインストゥルメンタル、あるいはラウンジ、あるいはオーケストラ・ミュージックと呼べる(ただし、横断的なサウンド)盤を聴いていました。

ごちゃごちゃいうまえに、ユーチューブに一曲だけ、そのアルバムのトラックがあったので、貼り付けておきます。はっきりいって、ベスト・トラックでないどころか、ワーストに近いほうなのですが……。

カール・スティーヴンズ&ヒズ・オーケストラ Tea for Two


なにがよくないかというと、ドラムがフィルインでミスっていて、そのミスのありようが気に入らないのです。ストップ・タイムでドラムだけになったときのフレーズはきれいにやってくれないと……。

話はいきなりわき道に入り込みますが、このお馬鹿なTea for Twoを聴いて、もうひとつ似たようなアレンジがあるのを思い出しました。クリップがないので、以前、「ニック・デカロのItalian Graffitiのオリジナル3 Tea for Two後編」という記事のときにアップした自前サンプルを再度貼り付けます。

サンプル Nino Tempo & April Stevens "Tea for Two"

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このアレンジ、サウンドは、わたしのゲテ嗜好を満足させるところがあり、Tea for Twoの好きなヴァージョンのひとつです。

まじめな話、ニーノ・テンポの声は大好きですし(フラットする欠点はあるが。いや、それもチャーム・ポイントになりうるのがポップ・ミュージックというものだが)、アール・パーマーと推測できるドラムのプレイも好みです。

また、いつもはウェル・メイドな方向に向かってしまうハリウッドなのに、ニーノが意図したのか、かなりラフなミキシングで、それも好ましく感じます。

話をカール・スティーヴンズに戻します。このHigh Society Twistというアルバムは、ツイストといえるかどうかはひとまずおき、人口に膾炙した曲をレヴ・アップする、という方針でつくられています。オーケストラと称しているし、管が活躍する曲もあるのですが、ギターが主役のトラックもあります。

サンプル Carl Stevens & His Orchestra "Yellow Roses of Texas"

カール・スティーヴンズというのは、ちょっと面白いキャリアの持ち主で、プロとしてのスタートはシカゴ、50年代終わりにNYに移り、さらに、おそらく1962年にハリウッドに移住して、リプリーズ・レコードのA&Rになっています。

裏方としてのディスコグラフィーは見つかりませんでしたが、マーキュリー・レコードのA&Rの時代にデル・ヴァイキングスのアルバムでコンダクターとしてクレジットされている(ということはすなわち、たいていの場合、アレンジもしたことを意味する)のと、リプリーズで、サミー・デイヴィス・ジュニアのAt The Cocoanut Groveなど、いくつかの盤にアレンジャー、コンダクターとしてクレジットされている(別名のチャック・セイグルで)例がありました。

このHigh Society Twistは、1962年のリリースのようなので、ハリウッド録音かと考えたくなりますが、レーベルはマーキュリー、すなわちチェック・セイグル=カール・スティーヴンズのシカゴ、NY時代の勤め先なので、NY録音と考えられます。

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データからもそういえるのですが、感覚的にも、このドラマーたちはハリウッドのエースたちより一段落ちるタイムで、ひとりはかなり困ったプレイヤーなので、ハリウッドではなく、NYの音に感じられます。そのNY的な欠点が露呈してしまったのがTea for Twoです。

しかし、サンプルにしたYellow Roses of Texasをはじめ、ギターについては、それなりに楽しめるトラックがあります。NY録音であるという仮定に立って、危なっかしい推測をするなら、トニー・モトーラ、アル・カイオラといった、NYの旧世代セッション・ギター・プレイヤーたちの仕事ではないかと思います。とくに、アル・カイオラのサウンドに近縁性を感じます。

Al Caiola - Magnificient Seven


カール・スティーヴンズ(チャック・セイグル)はほかにもアルバムがあり、ギターは活躍しませんが、それなりに面白いサウンドで、ちょっと集めたくなりました。

べつに嫌がらせをするわけではないのですが、カール・スティーヴンズのアルバムを取り上げようと思った最大の動機は、このヴァージョンの存在です。

サンプル Tommy Tedesco "Tea for Two"

トミー・テデスコのアルバムだから、当然ハリウッド録音、こちらのドラマーはアール・パーマーです。しかも、リリースはカール・スティーヴンズの盤と同じ1962年。ハリウッドがNYに打っちゃりを食らわすのは、セールスの面では1963年以降だということですが、サウンドのレベルとしては、すでに1962年にこれだけの差が付いていたことが、この二種のヴァージョンにあらわれています。グルーヴがNYの敗因だったのはまちがいないでしょう。

なお、トミー・テデスコのTea for Twoを含むアルバム、Twangin' 12 Great Hitsは、右側のサイド・バーにリンクがあるAdd More Musicの「レア・インスト」ページでサンプル音源をダウンロードすることができます。No. 18がTwangin' 12 Great Hitsです。なかなか楽しいアルバムなので、Tea for Twoがお気に召した方は、AMMをご訪問なさるといいでしょう。


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ニーノ・テンポ&エイプリル・スティーヴンズ
Deep Purple / Sing the Great Songs
Deep Purple / Sing the Great Songs
by songsf4s | 2011-05-17 23:51
フェンダー・ベース・プレイの夜明け その1──コニー・スミスとジョー・オズボーン
 
本題に入る前にお知らせ。散歩ブログを更新しました。

今回の外題は「春の山 土筆尽くされつくづく土筆」です。

それから、当ページ自体も(作業をしたのはわたしではなく、パートナーだが)すこし改変しました。上端に各年度ごとのインデクスへのリンクをつけ、下端には各種特集の一覧をおいて、ナヴィゲートしやすくしましたので、ご利用をお待ちしております。

◆ Lucille ◆◆
さて、コメントをご覧になる方はお気づきでしょうが、先日から、k_guncontrolさんのコメントにお答えしようと、初期のフェンダー・ベース・プレイヤーのあれこれについてコメント欄に書いています。

こういうことは、やはり音そのものを例示しながらのほうがやりやすいので、これまでのポイントの整理を兼ねて、コメント欄から記事本文へと引っ越してつづけさせていただきます。

まず、k_guncontrolさんの最後のコメントの一部を引用させていただきます。

「最初の質問でちょっと言葉が足りなかったのですが、具体例を挙げると"I Saw Her Standing There"などで聴ける、ピック弾きによる8分音符の連続のフレージングと、50年代ロックとは異なるノリは、誰/どの曲がルーツなのか、ということを知りたい、というのがそもそもの主旨でした。」

ビートルズ I Saw Her Standing There


このようにスペシファイすると、一般論と違って、なかなかむずかしくます。わたしは、ルーツはひとつではないと考えます。

第一のルーツは、フェンダー・ベースでもなければ、フラット・ピッキングでもなく、アップライト・ベースによるものではないでしょうか。すなわち、リトル・リチャードのLucilleにおけるフランク・フィールズのプレイです。

リトル・リチャード Lucille


これは史上最初の8ビートの曲で、シンバル、ベース、ギターがそろって8分でプレイしています。こういう発想、グルーヴは、このときに誕生しました。そして、I Saw Her Standing Thereも、ポールはフランク・フィールズと同じようにストレート・エイスによるプレイをしています。

ただし、Lucilleのころには、まだフェンダー・ベースという楽器は一般的ではなく、一握りのプレイヤーしかいませんでした。フィールズももちろん、旧世代のベース・プレイヤーで、アップライトしか使っていません。

◆ Summertime Blues ◆◆
フェンダー・ベースをスタジオ機材として利用した黎明期の大ヒット曲としてわたしが記憶しているのはこの曲、アール・パーマー・オン・ドラムズ、コニー・スミス・オン・ベース、エディー・コクラン、Summertime Blues



ここでコニー・スミスはフェンダー・ベースを8分で、なおかつ、フラットピッキングでプレイしています。スタジオでフェンダー・ベースを使った曲としても、ごく初期のひとつでした。フェンダー・ベースはまだ一般的というには程遠く、ほとんどのトラックではアップライトが使われていました。

以上の二曲を組み合わせると、I Saw Her Standing Thereにおけるポールのプレイ・スタイルは導き出せるとわたしは考えます。典型的な50年代ロックンロールではなく、というのがk_guncontrolさんのお望みですが、50年代にはすでに基本的なものはあったと感じます。

ただし、こういう風にピンポイントでヒントとなったものを狭めて考えていいかどうかは微妙だと感じます。特定の曲やプレイが前提になっているわけではなく、先行する音楽の総体から、なんとなく導き出されたというケースもしばしばあったことでしょう。

したがって、当事者が、これはこの曲がもとになっている、と明言しないかぎりは、ここに淵源がある、と断ずるのは困難だと感じます。「このあたりと想定することができる」ぐらいのニュアンスでしか、第三者には語れないと思うのです。

◆ ジョー・オズボーン登場 ◆◆
ハリウッドのスタジオでは、50年代も押し詰まったころからフェンダー・ベースが必要とされるようになり、キャロル・ケイさんにうかがったところでは、当初はギターが本業のレイ・ポールマンがその役割を担い、ほとんど一手販売の様相を呈したそうです。この状況は63、4年までつづきます。

したがって、ヴェンチャーズのベースはだれがプレイしたか、などと考えるときは、じつはあまり悩まずに、いや、極論するなら、一曲たりとも、一音たりとも聞かずに、状況から、レイ・ポールマンと断定してしまってもかまわないのです。ほかにはプレイヤーがいないも同然だったのですから。

ただし、レイ・ポールマンは親指フィンガリングなので、ちょっと変わったグルーヴのため、今回の考察の対象にはなりません。

63年には、リック・ネルソンがツアー・バンドの維持をやめ、64年ごろからフリーになったジェイムズ・バートンとジョー・オズボーンのスタジオ・ワークが増えることになります。同時に、キャロル・ケイさんがベースをプレイするようになり、また、ラリー・ネクテルのスタジオ・ワークも散見するようになります。

ビートルズのアメリカ上陸と軌を一にして、ハリウッド音楽界に、その後の数年間を支える代表的フェンダー・ベース・プレイヤーが輩出したのは、やはり、ある種の必然だったのでしょう。

ジョー・オズボーンは、たぶん1961年、アップライトのジェイムズ・カークランドに替わってリッキー・ネルソン・バンドのレギュラーになります。つまり、キャロル・ケイさんとちがって、ビートルズ登場以前のベース・プレイが記録されているということです。

時間が足りず、今回はごく初期のプレイが聞ける、リッキー・ネルソンのヒット曲をふたつあげるにとどめます。

Hello Mary Lou


Travelin' Man


じつは、ジョー・オズボーンがプレイしている姿というのは、今回はじめてみました。ツイッターにも書きましたが、あの時代、アメリカで生活していれば、こういうクリップを毎日のように見られたわけで、毎度ながら、彼我の落差に腹立たしさを感じます。

とりあえず、ジョー・オズボーンのプレイがどうこうではなく、リッキー・ネルソンのヒット曲になってしまいましたが、次回、もう少しプレイを中心にいくつか聴くことにします。


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Legacy
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by songsf4s | 2011-04-18 23:36
加山雄三「ブーメラン・ベイビー」映画ヴァージョン(東宝映画『海の若大将』より)
 
今日は久しぶりに休もうかと思ったのですが、昨日の記事に反応して、O旦那がファイルを融通してくださったので、今日はそれをネタにします。

昨日、なにを書いたかというと、映画『海の若大将』で加山雄三が「ブーメラン・ベイビー」を歌うシーンのクリップは、ユーチューブにはなかった、といったわけです。そこでO旦那がその部分を切り出し、AVIにして送ってくださったという次第。

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それを貼り付ければいいのですが、日本の映画会社は剛毅で、ユーチューブで宣伝なんかしてもらわなくても会社がつぶれたりはしないという考えのようですから、たとえわたしがアカウントを作ってアップしても、すぐに消されて面倒なだけ、よって今回は音だけにしました。

サンプル 加山雄三「ブーメラン・ベイビー」(映画ヴァージョン)

冒頭でコールサインをいっているのでおわかりのように、これは若大将がアマチュア無線を使って自分の歌を放送するというシーンで、テープに録音したものに合わせて、さらにライヴでヴォーカルとギターを重ねるわけです。

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1963年の映画ですからね、日本ではだれもまだ「ダブル・トラッキング」なんて言葉は知らなかったのではないでしょうか。シナリオ・ライターや監督が思いつくアイディアではなく、加山雄三自身の発案にちがいありません。

では加山雄三は、どこからこのアイディアを得たのか? わたしはボビー・ヴィーだと思います。

アール・パーマー・オン・ドラムズ、ボビー・ヴィー、Rubber Ball



もちろん、ボビー・ヴィー自身が考えたわけではなく、プロデューサーのスナッフ・ギャレットか、アレンジャーのアーニー・フリーマンの考えで、ダブルトラッキングによるハーモニーが、ボビー・ヴィーのスタイルになっていったのでしょう。

加山雄三の「ブーメラン・ベイビー」は、ボビー・ヴィーが歌ってもぴったり合うにちがいない曲調で、弾厚作はボビー・ヴィーに当てて書いた可能性すらあると考えています。

以上、資料提供はO旦那でした。many many thx!


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海の若大将 [DVD]
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若大将キャンパス DVD-BOX
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by songsf4s | 2011-04-01 23:53
One Monkey Don't Stop No Show その5
 
おはようございます。

3月24日、今日はスタートが遅れました。液晶の不調がはなはだしく、そろそろ見切り時、新しいものを買うしかない雰囲気ですが、それも時間がかかるし、今日は停電も予定されていて、更新は滞りがちか、または完全にストップするかもしれません。

とりあえず、一曲いってみます。ジム・ケルトナー・オン・ドラムズ、ライ・クーダー、Get Rhythm, when you get the blues, you better get rhythm!



やはり液晶はなかなか静まってくれず、四苦八苦です。買物に行くにしても、もう少し雨の可能性が下がってくれないと困るような空で、思案投げ首。

さっき、はたと、四半世紀前に福島県二本松市に取材に行ったことを思い出しました。まだ雑誌編集をやっていたころのことです。二本松に、核シェルターをつくって、普段からそこで生活している人がいるということで、それで4ページぐらいで構成しろと指示されたのです。

正直いって気が進みませんでした。気持はわかるような気もしたし、いっぽうで、そういう、大多数の人から見れば奇妙な行動をする人に話をうかがい、それを記事にするというのは、心理的手続きが面倒なことになりそうでした。

福島日帰りというのも、車だと早朝出発、深夜帰京、たぶん自宅には帰れず、編集部で寝ることになるので、それも憂鬱でした。あのころは編集部にちゃんとソファベッドがあったのですがね。

でまあ、とにかくカメラマン、そのアシスタント、そして私という三人組は、早朝に東京を発って、昼下がりにそのお宅につきました。うー、どうも思い出すのも気が重く、そもそもほとんどなにも覚えていないようで、あらら~、です。

ジム・ケルトナーのドラミングをもうひとつ、Gabor Szabo, Bacchanal



そのお宅は、というか、核シェルターですが、田畑と家がまだらになった、平らな土地に、道路から少し引っ込んで建っていました。敷地のなかに核シェルターがあるのではなく、核シェルター化した住宅を建て、日常、そのなかで暮らしていらしたのです。

その家のご主人は、なんというか、これといって特徴のない、いかにも農村地帯に生まれ育ったという朴訥な感じの人で、三十代半ばぐらいだったでしょうか、奥さんとお子さんのたしか三人暮らし、ひょっとしたらお子さんは二人だったかもしれません。

当然ながら、なぜこのようなものをおつくりになったのか、核戦争の可能性は強いとお感じになるか、といった気持のことと、どの程度の強度があるのか、空気汚染に対する備えは、何日ぐらいなら閉じこもっていられるか、などといったスペックをうかがったはずですが、そのあたりの細かいことはなにも記憶していません。ご主人は、自分の資力でできるものはかぎられている、ずいぶん妥協した、といったことをおっしゃっていたとだけ記憶しています。

陽が傾きかけたころ、われわれは辞去し、帰路につきました。こういう適切な距離のとり方が判断しにくい題材はいやだなあ、と憂鬱な気分でした。「面白い!」なんていえるようなものではなかったし、かといって「ばっかじゃないの」と笑い飛ばすこともできず、どういう方向から記事を書けばいいのか、さっぱりわかりませんでした。このシェルターをどう感じているのか、自分の気持がわからないのだから、それも当たり前です。

アラン・プライス、House That Jack Built



いや、この話には結論はありません。その後、どういう風に記事にしたかはほとんど記憶がないのです。きまじめなご主人を傷つけるような記事は書かなかったと思います。たぶん、これが意味のある行為なのかどうかは判断できない、意味があると信じてこういうことをした人を批判することは自分にはできない、意味がなかったと証明されることを祈る、といった、ニュートラルなところに落とし込んだのではないでしょうか。そういう性分ですから。

地図で見ると、二本松市は海岸から30キロ以上離れているので、津波の被害はなく、地震の被害だけですんだでしょう。あの厚いコンクリートの箱は平屋だったので、激震にも耐えたのではないでしょうか。

耐えたとなると、あのご一家はどうなさっていることやら。シェルターの有効性が証明されたのか、それとも、役に立たなかったのか、あるいは技術的には有効だったけれど、食糧の備蓄がないとか、保守を怠って密閉性が低下したとか、なにかトラブルに見舞われたのか。

そもそも、あのときまだ幼かったお子さんはすでに成人しているはず。こういうことをいうのはなんですが、それだけの年月のあいだ、家族が安定しているという保証もありません。経済的な苦難に見舞われ、あの土地を手離し、すでにシェルターは存在しない可能性もあります。

音楽ではなく、日本の原子力発電がどのような論理と仕組みでおこなわれてきたか、という解説。裏づけとなる知識、データをわたしはもちあわせませんが、人の話の論理は追えるので、この方のお話は納得がいきました。



上記クリップが消えた場合は、いちおう以下をチェックなさってください。

原子力保安院の大ウソ暴露!(関東エリア未放送)

もうひとつ、原発関係のリンクを。もううんざり、明日の役に立たない、という方もいらっしゃるでしょうが、その場合は無視されればいいだけですから。

鶴岡憲一「東電と経産省が増幅した原発災害」

わたしと同姓ですが、血縁などまったくありません。読売の記者だった時代は、同姓だったせいで、署名を見ると記事を読んでいました。上記は、告発というより、起きたことの客観的な俯瞰なので、この非常事態が収まったあとで、有権者としてどう行動するべきかを考えるときに、思い出されればいいのではないかと思います。

ツイッター経由で得た情報で、有用と思えるものをもうすこしつづけます。

RTでまわってきたもので、ツイートされた方のことは判断できませんが、

「ボトル水の衛生基準は水道水より低く…ということを流したら、風評被害テロリスト扱いされそうな昨今」

というのを見かけ、思い出しました。愚兄はずっと水処理プラントの仕事をしてきたのですが、つねに、売られている水より水道水のほうがずっと安全だ、あんなものを買うのは馬鹿だ、なにが入っているかわかったものではない、といいつづけています。とくに、自分の住む横須賀市の上水道について、よそより安全、といっています。

上記のツイートを見た瞬間、兄の話を思い出しました。どう考えるかはあなたしだいです。わたしは、ボトル詰めの水というものに疑いをもっています。

エリス・レジーナ&トム・ジョビン、Waters of March、すまん、またそのまんまだった。



もうひとつツイッター情報。以前書きましたが、原発危機以来、team_nakagawa (東大病院放射線治療チーム)をフォローしています。そのごく最近のツイートを引用します。

ある方にお願いして、煮沸によるヨウ素の濃度変化を検証する実験を、水道水中に含まれるI-131を対象に行いました。その結果、水道水を煮沸すればするほど水蒸気だけが飛んで、I-131が濃縮されました。もし、煮沸しようとされている方がいれば、直ちにやめるようお伝え願います。

海水を煮詰めると塩ができてしまうのと同じで、水道水を煮立てても、ヨウ素131は飛ばず、濃度が高まるだけだ、ということです。ご注意を。

アール・パーパー、Percolator Twist


by songsf4s | 2011-03-24 09:46
One Monkey Don't Stop No Show その1 夜の部
 
3月20日ここから夜の部に入ります。

ロング・ウォーク完了。不覚にも小さなマメをつくってしまいました。なんか痛いなとは思ってはいたのですが、マメになっているとは思いませんでした。これも地震後、閉じこもっていた影響のようです。

音楽、今宵の一曲目は、タイトルから意味を読み取らないでね、といいたくなるトッド・ラングレン、I Saw the Light。



今日は予定通り、横須賀市阿部倉の勝手に命名「白木蓮街道」に行って来ました。横浜横須賀道路のアンダーパスを境に二分される長い並木で、大楠隧道まで、二百本ほどあるでしょうか。ちょっとした眺めです。低地のほうは満開の木もありますが、横横道路と大楠隧道のあいだは日当たりが悪いので、まだ数日かかりそうです。

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昨日今日、ずいぶんいろいろな花を見ました。柊南天、馬酔木、蕗のとう(花ではない?)、桜、白木蓮、木蓮、辛夷、連翹、木瓜、姫踊子草、犬のフグリ、各種の桜や梅、木五倍子などなど。木五倍子(きぶし)は、なんだかひどく春らしいものに感じます。それから、柳の新芽も強力。

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「気に染まぬ風もあろうに柳かな」

きょうはどういうわけか、むやみにお客さんが多いのですが、原因なんか当てずっぽうもでてこないので、深く考えずに通り過ぎます。なにか気に入らないということであれば、どうぞコメントに。

さて、お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、「まだ原発マッチポイントがつづく夜もロックンロール5」という記事に、バリー・マン&シンシア・ワイルの研究者でいらっしゃるMann-iaさんが、詳細なるコメントを書かれていらして、そろそろそれにお答えしなければいけないと思います。

まず、そのからみでこの曲をどうぞ、ロネッツ、I Wonder。ハル・ブレイン、派手ですぜ。



エコー・チェンバーによるエコー、ないしはリヴァーブは、どのようなことを狙って利用されるか、と考えると、やはり一様の目的で使われるわけではなく、いくつかの効果があるから、深さや、カヴァーする範囲が変化するのでしょう。

たとえば、思いつきでいうだけですが、リヴァーブは、

・ドラマティックなサウンドを構築するため
・「はろばろしさ」をあたえて、この世の外にいる感覚を生み出すため
・ピッチやタイムを不明瞭にして、技術の不足をごまかすため
・声や楽器の音を好ましい響きになるように変形するため

といった用途に使われます。

これはいい曲であるというわけではなく、何度か問題になったので、いちおうクリップを貼り付けるだけです。ロネッツ、Walking in the Rain。



もう一曲貼り付けて、ちょっと中断します。ひげ剃って頭洗わないと。じゃなくて、ロネッツ、You Baby



さて再開。ほんとうに今日はどういう風がどちらから吹いているのか、いずれにせよ強風で、わが家も揺れていますが、当ブログのカウンターもちょっとした騒ぎになっています。ガイガーカウンターだったら大変です。

そういえば、個人でガイガーカウンターをもっていて、USBかなんかでPCにつないで、リードアウトをリアルタイムで流している方たちがけっこういらっしゃるそうですね。不思議な世の中になったものです。それが、はからずも東電の日本国民に対するテロ攻撃のおかげで、にわかに脚光を浴びちゃったのだから、I'm too old for this、目が廻る、といいたくなります。

今日はもうご政道批判、テロ企業攻撃はしないので、どうかお平らに。いや、明日はまたやるでしょうけれど、カウンター増大が不気味で。

いきなり、リヴァーブの話にもどります。では、フィル・スペクターはなんのためにあれほど深くリヴァーブをかけたのか。だれでも答えられる設問ですね。だれも見たことのなかった圧倒的な大空中楼閣を構築し、そのなかでドカーンというドラマを展開して、われわれ客を呆然とさせたかったのです。

ポイントはドラマティズムです。これだけ押さえればフィル・スペクターのことはほとんどわかったも同然、と突然、香具師の口上じみてしまいました。がまの油を売りつける手つきが見えちゃいますな。

さて、Mann-iaさんのコメントの一部を抜き出します。

鶴岡さんの引かれた音源に深く首肯しつつ、
The Ronettesの"I Wonder"や
"I Wish I Never Saw The Sunshine"あたりも加えませんか。

はい。I Wonderは大好きです。まあ、お見通しでしょうが。もちろん、この曲もスターはハル・ブレイン。とりわけ、タムタムとキックの音は圧倒的。ハルは、ゴールドスターのエコーを通ると、自分のキックがどういう音になるか熟知していたにちがいありません。

いや、ジム・ケルトナーは、生のハル・ブレインのキックのサウンドを絶賛していましたがね。なんとかあの音を盗んでやろうとしたが、結局、ハルの音には似せられなかった、と。つまり、あれはラディックのセットの音というより、ハル・ブレインの脚の音だということでしょう。

そして、そのケルトナーがうらやんだthat beautiful bass drum soundは、鉄板エコーを通過すると、かつてだれも聴いたことのなかったドラマティックな音像に変身します。まあ、わかりきった話を言い換えているだけのレトリックにすぎず、すまんことです。

どうであれ、I Wonderでもストップタイムになると、ハルの"脚"音が聞こえるので、そのへんに意識の片足をおいてお聞きになってみてください。

あ、そうだ、忘れていたことを急いで書き添えます。You Babyでドラム・ストゥールに坐ったのは、ハル・ブレインではなく、アール・パーマーです。地味ですが、あれはあれで渋い楽しみのあるドラミングだと思います。

もう一曲、Mann-iaさんご推奨、ロネッツ、I Wish I Never Saw the Suinshine、アゲイン、アール・パーマー・オン・ドラムズ。



ドラムズはアールだというのは推測ですが、ま、大丈夫です。このへんは区別がはっきりつきます。わたしを信じなさい。わたしが、ハル・ブレインではなく、アール・パーマーだというのは、百パーセントの自信があるときです。
で、このドラミングもすごいし、リヴァーブを通ったあとのスネアのサウンドも圧倒的ですなあ。こういうサウンドをイメージした人はやっぱり只者であるはずがありません。

もう一カ所、Mann-iaさんのコメントを引用します。

"You Baby"でも同様ですが、
ダンス系ではなくメロディー系の作曲家Barryの楽曲では、
Halの腕力と脚力の見せ場はそもそも設けづらいでしょう)。


もちろん、そういう風にもいえるでしょう。ただし、穏やかなバラッドだからドラムはやりようがない、ともいえない面があり、ハル・ブレインはとりわけ、奇襲作戦の上手として知られているわけですよ。ビーチボーイズなんか、何度も隙間から攻撃を仕掛けきますし、フランク・シナトラでもやっています。それを今夜のお別れの曲にして、寝不足解消をはかってみます。

フランク・シナトラ、ウィズ・ハル・ブレイン・オン・ドラムズ、Strangers in the Night、スタジオはユナイティッド・ウェスタン、卓についたのはリー・ブラケット。さすがはビル・パトナムのスタジオ、こちらのリヴァーブもちょっとしたものです。

あ、そうそう。ポイントは、シナトラがマイクから離れたとき、ハルがどういう振る舞いに出るかです。こういう外角のボールの出し入れは、いかにもハル・ブレイン、感服します。パアなロック・ドラマーと決定的にちがうのは、こういう自己主張と気遣いの鋭敏繊細なバランスのとり方です。



これは何度も書いていますが、ハル・ブレインはこの曲でのドラミングに回想記でふれています。「Be My Babyビート」をベースに、ちょっと味付けを変えてみた、と。おわかりですな、両方のビートの共通点は。

では、おやすみなさい。
by songsf4s | 2011-03-20 18:38