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関連ありやなしや 夜霧のしのび逢い~霧のカレリア~ブーベの恋人
 
べつに特段の理由やきっかけがあったわけではなく、「そこにあった」から、(よりによって)クロード・チアリのベスト盤を聴いてみました。

そもそも、チアリのヒット曲を記憶しているような気がしただけで、タイトルやメロディーがすぐに思い浮かんだわけではありません。聴いているうちにわかるかもしれないし、思いださないかもしれない、と思い、手早く聴いていきました。ちゃんと思いだしました。

Claude Ciari - La Playa(夜霧のしのび逢い)


わたしと同年代以上の方なら、記憶していらっしゃるだろうと思います。大昔のヒット曲というのは、現代のように蛸壺化していないので、大ヒットすれば老若男女みな知っていました。こういうタイプは好まない小学生だったわたしも記憶していたのは、そういう時代のせいです。

ユーチューブの関連動画は、アーティストも楽曲もぜんぜんお呼びでないのがあがっているときがありますが、この曲の関連動画にこれがありました。

The Spotnicks - Karelia


人それぞれ受け取り方は異なるでしょうが、わたしは、これはかなりするどい「関連」だと笑いました。音楽スタイル、使用楽器、編成は異なるのに、小学生のわたしが苦手としたタイプのマイナー曲のなかでも、本質的なところで、強い近縁性のある曲のつながりだと思います。

あの時代をご記憶の音楽ファンには説明するまでもないことですが、FENはべつとして(わたしがこの局を中心に聴くようになったのは66年終わり)、日本のラジオ局でかかる「洋楽」(この言葉も大の苦手。イヤな時代のイヤな環境を思い起こさせる)というのは、とんでもない闇鍋で、なにが出てくるかわからない不気味なものでした。

まあ、後年、シルヴィー・ヴァルタンやフランス・ギャルやマリー・ラフォレやシェイラやマージョリー・ノエルなんてあたりは懐かしくなったのですが、大部分は、犯罪者が刑務所を懐かしがるような意味でしか懐かしくない音楽でした。なにしろ、「哀愁」が苦手なのだから、日本は逃げ場のない国だったのです。やがてFENしか聴かなくなるのですが、それまでは大変でしたぜ。

生乾きのかさぶたをはがすような気分で、さらに関連動画をたどります。

"Mercato Paesano" from "La Ragazza di Bube" (ブーベの恋人)


これもヒットしました。わが家のレコード・ラックにも45回転盤が収まっていました。わたしはこのタイプを忌避していたので、むろん、愚兄が買ってきたものです。

映画もヒットしたのではないでしょうか。イタリア映画不得手、恋愛映画無関心なので、この映画が公開されたころは、わたしは東宝か日活かアメリカ製アクション映画かフランス製フィルム・ノワールを見ていました。イタリア映画はマカロニ・ウェスタン全盛期になってやっと親しむことになります。

「ブーベの恋人」のメロディーが流れると、「おーんなのー、しあわせ」という日本語が頭のなかで再生されたので、ローカル・カヴァーを探してみました。

ザ・ピーナッツ - ブーベの恋人


だれのヴァージョンがヒットしたのか記憶がありませんが、ザ・ピーナッツないしは他のシンガーのヴァージョンがしばしば流れたのでしょう。いまだに「おーんなのー」が出て来ちゃうのだから、恐ろしいものです。

関連動画を見ていると、このたぐいのヨーロッパ映画哀愁のテーマ曲というのは、当時の一大勢力だったと認めざるをえなくなります。イヤだなあ、勘弁してよ、と思っていた小学生の脳髄にまで深く楔を打ち込んだのだから、すごいものです。

こういうのは、あの時代の特殊な音楽のように記憶しているのですが、じつにたくさんあることを改めて認識しました。日本とヨーロッパの哀愁世界連合のほうが、英米メイジャー・コード枢軸より、じつは優勢だったのではないでしょうか。

フランスはビートルズが失敗した唯一の国(64年はじめのツアーで、オランピア劇場に空席があった)といわれていましたが、この状況ではやむをえないか、と思います。圧倒的な哀愁勢力の存在を、遅ればせながら再認識しました。あれは極東の国の特殊な状況ではなかったようです。

いまになって、この種の音楽をどう思うか? 小学生のときほどの嫌悪感はありませんが、だからといって、こっちのほうが好きだ、とも感じません。まあ、年も年なので、なにごとにつけ、「でなければならない」という意識は薄れ、どちらかというと、ま、なんだっていいや、という気分なだけですが。

小学校のときにも好きだった哀愁はこの程度の湿度でした。

Marjorie Noel - Dans le meme wagon(そよ風に乗って)


ぜんぜん哀愁じゃないような気もしますが、このへんならフランスもオーケイだったのです。



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クロード・チアリ
プレミアム・ツイン・ベスト 夜霧のしのび逢い~クロード・チアリ・ベスト
プレミアム・ツイン・ベスト 夜霧のしのび逢い~クロード・チアリ・ベスト


スプートニクス
霧のカレリア
霧のカレリア


『ブーベの恋人』(マーケットプレイス)
ブーベの恋人 La Ragazza Di Bube (Bebo's Girl) [Import CD from Italy]
ブーベの恋人 La Ragazza Di Bube (Bebo's Girl) [Import CD from Italy]


ザ・ピーナッツ
ドリームCD BOX
ドリームCD BOX


マージョリー・ノエル「そよ風に乗って」収録
ボン・ボン・フレンチ(2)
ボン・ボン・フレンチ(2)
by songsf4s | 2011-09-13 23:50 | 60年代
ハーマンズ・ハーミッツとは誰のことだったのか: ピーター・ヌーンとバリー・ウィットワムの論争 後編
 

クレム・カッティーニとヴィック・フリックとジミー・ペイジ以外に、ピーター・ヌーンがハーミッツの録音に参加したとしていたのは、ハービー・フラワーズとジョン・ポール・ジョーンズという二人のベース・プレイヤーです。

フラワーズ(初期のエルトン・ジョンの盤で名前を知った。エルトン・ジョンが好きだったアル・クーパーにもフラワーズとやったトラックがある)については、たんに名前が挙げられただけで、それ以上の言及はないので、only a couple of sessionsだったペイジと似たようなものなのかもしれません。

しかし、ジョン・ポール・ジョーンズについては、多くのトラックでプレイしただけでなく、アレンジも彼がやったし、ドイツ・ツアーでプレイしたことさえあった、といっています。たしかに、多少ともゼップを聴いたことがあると、これはジョーンズのベースかもしれない、と感じる曲がずいぶんあります。

この曲もジョン・ポール・ジョーンズかもしれません。

Herman's Hermitsr - Mrs. Brown, You've Got a Lovely Daughter


たいていのアメリカ人はgotを「ガット」のように発音するのですが、イギリスの場合、「ゴット」に近い発音する人がよくいます。ペトゥラ・クラークがそうですし、ピーター・ヌーンの発音も「ゴット」のように聞こえます。

ハーミッツの最大の弱点だった、といわれたバリー・ウィットワムは、現在もハーマンズ・ハーミッツの名前を使ってツアーをしているそうです。その点について聞かれたピーター・ヌーンは、当然ながら、愉快には思っていない口ぶりでした。

いや、腹を立てているというより、憫笑のニュアンスです。タイムが悪くてスタジオではプレイさせなかった(ピーター・ヌーンは、ウィットワムは「89パーセントのトラックで不在だった」といっている)といわれたあげく、プレイもしなかった人間がハーマンズ・ハーミッツを名乗ってツアーをしているのだから呆れたものだ、とまでいわれたバリー・ウィットワムは、当然ながら腹を立てたようです。

ウィットワム自身からも反論があったようですが、そちらは読めず、擁護者のウィットワム支持の発言しか見つかりませんでした。しかし、公平にいって、名前を盗んだといわれても仕方のない状況(しいてウィットワムに同情的にいうなら、所有者が明確でないのをいいことに無断で居座った、というあたり)ですから、擁護者の意見には見るべきものがありませんでした。

ちょっと音楽を。のちにカーペンターズがカヴァーしたハーミッツのヒット。

Herman's Hermits - There's a Kind of Hush


ドラムは地味にやっていますが、精確なタイムで文句がありません。好みのタイプです。

バリー・ウィットワムの擁護者は、リンゴ・スターはたとえ何曲かでプレイしなかったにせよ、やはりビートルズのメンバーであることにかわりはない、などと無意味なことをいっています。

それはそのとおりですが、リンゴ・スターは、だれかを雇い、ビートルズと名乗ってツアーなんかしていません。比較されるべきは、お人好しのロジャー・マギンが、バンド名の権利者をはっきりさせておかなかったために、バーズの名前をドラムのマイケル・クラークに盗まれた事件でしょう。

クラークは「89パーセントのトラックで不在だった」ウィットワムを通り越して、99パーセントのトラックで不在だったはずですし、当然、リード・ヴォーカルもとったことがないのに、そういう人間が無縁の輩を雇い、バーズを名乗ってツアーをしたのだから、無茶苦茶です。

裁判所が名前の権利をクラークに与えたといったところで、それはたんなる法律上の問題にすぎず、音楽的に見れば、明白な盗みであることは、だれにだってわかります。

また音楽を。バリー・ウィットワムがストゥールに坐ったライヴです。

Herman's Hermits - You Won't Be Leaving


うーむ。このクリップで聴くかぎりでは、マイケル・クラークにくらべれば、バリー・ウィットワムははるかにドラマーらしくやっていると思います。いや、他のライヴ録音で、16分で驚くべき走り方をしたのを聴いたことがありますが。

ウィットワムも、ハーミッツを名乗ってツアーをしていることには良心の呵責を感じているのでしょう。ただ、ほかに生活する方法がなくて、そういうことをしているのだと想像します。だからピーター・ヌーンの軽蔑がひとしおこたえたにちがいありません。

そもそも、「人物はすごくいいけれど、タイムが悪くてスタジオでは使えなかった」なんて、わたしだったら、死んでもいわれたくありません。「あいつは最低の野郎で、何度も殺してやろうと思ったけれど、ドラムは悪魔のように上手くて、ついに首にできなかった」といわれたいじゃないですか、ドラマーとしては!

Herman's Hermits - The End of the World


ピーター・ヌーンはこの曲がフェイヴだといっています。スキーター・デイヴィスのヒット・ヴァージョンより、ジュリー・ロンドン盤のほうが好きですが、ハーミッツ・ヴァージョンも悪くありません。ヴォリューム・コントロールでミュートしながらのギターがなかなかけっこうなサウンドです。

これはオミットのつもりだったのですが、久しぶりに聴いたら、やはり捨てがたく感じたので、最後にもう一曲。

Herman's Hermits - No Milk Today


マージー・ビートをはじめとする初期ブリティッシュ・ビートは、自分が本格的に音楽に傾斜し、プラモデルを買うのをやめ、小遣いをすべて音楽関係に投入しはじめたときに聴いたので、ギター・インスト同様、無条件で好ましく感じます。

この際、ジェリー&ザ・ペイスメイカーズ、サーチャーズ、スウィンギング・ブルー・ジーンズ、ピーター&ゴードン、ゾンビーズと一気に駆け抜けるか、なんて思わなくもないのですが、ほかにやるべきことがあるので、それはやめておきます。

要するに、ハーミッツだって、べつに悪いことはない、むしろ、いまのほうが、時代がまたぐるっとまわって、こういう徹底したポップ指向を軽侮する人は少なくなったのではないかと思うのですが、まあ、よそさんのことはわからないので、このへんでおしまい。


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ハーマンズ・ハーミッツ
Very Best of
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by songsf4s | 2011-09-11 23:53 | ブリティシュ・インヴェイジョン
ハーマンズ・ハーミッツとは誰のことだったのか: ピーター・ヌーンとバリー・ウィットワムの論争 前編
  
これまた、先日、ツイッターに書いたのですが、ハーマンズ・ハーミッツのピーター・ヌーンのインタヴューを読みました。

セッション・プレイヤーの関与について、どの程度語っているかが興味の焦点でしたが、それはともかく、とりあえず一曲、彼らのヒットを。

Herman's Hermits - Just A Little Bit Better


誤解を避けるためにはっきりさせておきますが、ハーマンズ・ハーミッツは「ロック・グループ」ではありません。「ポップ・グループ」です。そして、ピーター・ヌーンは「十二、三歳の少女が対象だった」とはっきりいっています。その点をお忘れなく。マーケティングのうえでつくられた商品なのです。

ハーマンズ・ハーミッツ・ファンだった小学生のわたしは(ターゲット年齢層に属していたが、性別は間違えたらしい!)、まずI'm into Something Good、Mrs. Brown You've Got a Lovely Daughter、I'm Henry VIII, I Am、Can't You Hear My Heartbeatといったヒット曲を収録したEPを買い、その後の新しい曲は45回転盤を買いました。そのなかの一枚がこのJust a Little Bitでした。

毎度のことですが、あんなにしょっちゅう眺めていた邦題を忘れました。邦題というのは、歌のなかに出てこないし、同じような単語の順列組み合わせに過ぎず、また、日常、読んでいる英文資料にはいっさい登場しないこともあって、半世紀近くもたつと記憶から飛んでしまいます。長考一番、やっと思い出しました。たぶん「恋はハートで」でしょう。

つづいてデビュー・ヒット、ジェリー・ゴーフィン&キャロル・キング作、これは邦題をちゃんと覚えています、「朝からゴキゲン」でした。

Herman's Hermits - I'm into Something Good


ブリティッシュ・インヴェイジョン・グループというのは、みな身奇麗で、ポップな曲を明るく歌っていました。おおむねストーンズのせいといってかまわないと思うのですが、いつのまにか、ブリティッシュ・ロックだけが持ち上げられ、マージー・ビート・グループなどは、ライト級として、脇に追いやられたことには、いつも書いているように、強い違和を感じています。

まあ、われわれの世代だけが楽しめばいいのであって、ストーンズ以後の汚づくり反逆ポーズ・バンドだけが60年代イギリスだという大誤解なんか、ほうっておけばいいのですが、自分がみた音楽の歴史をすりかえられたような気分も残るので、すこしは抵抗しようと、前回までのDC5シリーズに続き、ハーマンズ・ハーミッツという、お子様向けグループのことをちらっと書いてみようと思ったしだいです。

さらにヒットは続く、これまたアメリカ製楽曲、フィル・スローン&スティーヴ・バリー作、いや、スローンいわく、バリーは忙しくて、「俺ひとりで書いた」という大ヒット、「あの娘にご用心」

Herman's Hermits - A Must to Avoid


高校になってから、この曲のタイトルを思い出し、mustの名詞としての用例だったことに気づきました。音楽はいつだって英語学習の友でした。ふつうは肯定的に使う名詞のようで、それを否定的に使った点にフィリップ・スローンのささやかな工夫があるのでしょう。

さて、リード・シンガーのピーター・ヌーン(ハーマン)のインタヴューです。選曲はだれがやっていたのだ、という質問に、プロデューサーのミッキー・モストと自分が相談して決めた、と答えています。ピーターは、モストは天才的だし、自分もいい耳をしていた、といっています。ピーター・ヌーンというのは、このように、謙遜をしないキャラクターのようです!

笑ったのは、「ローリング・ストーン」誌の記事についてきかれ、「Rolling Stone never interviewed me. Being a very independent and far more intelligent member of the British Music Scene, I avoided it and treated it with the contempt it deserved and now deserves」と答えていることです。

「ローリング・ストーンは俺にインタヴューしたことなんかない。俺はイギリス音楽シーンのいたって独立不羈にしてきわめて知的なメンバーだから、連中を忌避してきたし、昔も今も変わらぬ彼らの価値に見合った侮蔑的態度で接してきた」

わっはっは! ごもっとも。たしかに、ローリング・ストーンほど軽蔑に値する雑誌はありません。音楽業界の人間で、これほど明快にあのアホ馬鹿音痴雑誌を否定した人はいないでしょう。これだけでも、ピーター・ヌーンを偉人と称えたくなります!

ついでにいうと、だれもが馬鹿にする「16」誌を賞賛しているのもご立派。たしかに、ピーター・ヌーンは、自分でいうとおり、independentで付和雷同しない人物のようです。むろん、彼も認めているとおり、「16」誌はハーマンズ・ハーミッツ(やビートルズやDC5も)のアメリカでの成功を助けてくれたからでもありますが。

さらに、音楽は芸術だと主張するアホ馬鹿ローリング・ストーンがぜったいに褒めないであろう歌を(誇りをもって高らかに)つづけましょう。カーター=ルイス作、これまた邦題を覚えていました、「ハートがドキドキ」。

Herman's Hermits - Can't You Hear My Heartbeat


いまになれば、べつにどうということはありませんが、この三連ストロークによる間奏は、子どものとき(好き嫌いはさておき)すごく気になりました。

さて、いよいよ本題。セッション・プレイヤーの関与です。

といっても、ずいぶん昔のベストCDのライナーでも言及されたくらいで、ハーミッツはスタジオではプレイしなかったというのはなかば公然の事実で、このインタヴューの興味は、当事者がどう語るか、にあります。

ピーター・ヌーンは、ごく初期はハーミッツだけで録音したし、自分たちだけでもちゃんとできるタイプの曲ではプレイした、といっています。たとえば、I'm into Something Goodなど、輪郭がぼけたプレイなのが気になっていたので、やはりそうか、でした。

彼は、バンドの最大のウィーク・ポイントはドラマーのバリー・ウィットワムだった、といっています。タイムが悪かったのだと。しかし、人柄はすごくいいので、首にできず、やむをえず、スタジオではセッション・プレイヤーを使うことにした、といっています。そして名前が出てきたのがクレム・カッティーニ(やっぱり!)でした。

クレム・カッティーニはイギリスの代表的セッション・ドラマーで、トーネイドーズのメンバーとしてデビューし、キンクスのごく一部のトラックでプレイしたことや、ベイ・シティー・ローラーズのヒット曲などでプレイしたことが知られています。デイヴ・クラークも、DC5のトラックではなく、後年の「デイヴ・クラーク&フレンズ」のときに、カッティーニがドラムをプレイし、それが誤解のもとになったといっていました。

また一曲。この曲のギターはだれか、というのが問題です。

Herman's Hermits - Silhouettes


ご存知の方はご存知、ハーミッツの録音ではジミー・ペイジがしばしばプレイした、という説が、昔からあちこちに書かれていました。このインタヴューで、ピーター・ヌーンは、一度は、Silhouettesのギターはペイジだった、とコンファームしました。

しかし、注釈によると、のちに、この曲のギターはヴィック・フリックだったと訂正し、フリックも、自分がプレイしたとコンファームしたとのことです。納得!

ヴィック・フリックについては、つい最近もまた、「ジェイムズ・ボンド・テーマはだれがつくったのか: ヴィック・フリック・ストーリー」という記事に書きました。

わたしは、ジミー・ペイジはセッション・ギタリストとして一流になれるほどの精確なプレイができるタイプとは見ていないので、フリックがプレイしたというほうが、はるかに自然に感じます。ペイジは一部の曲でプレイしたのでしょうが、ピーター・ヌーンがいうように、レギュラーではなかったのでしょう。

この曲も、最初のインタヴューでは、ジミー・ペイジだったといっているのですが、じっさいにはどうなのでしょうか。ピーターが、自分と同じく、アレン・クライン一族に食い物にされた被害者といっている、サム・クックのヒットのカヴァー。

Herman's Hermits - A Wonderful World


ハーマンズ・ハーミッツについて長々と書くなんてのは、野暮の骨頂のような気もするのですが、偉そうにそっくり返ったローリング・ストーン誌だったら、十二歳の少女のための音楽をつくっていたバンドのことなど、ぜったいに褒めないことに思い至り、ピーター・ヌーンと同じく、独立不羈で付和雷同せず、きわめてインテリジェントな人間として(わっはっは)、ローリング・ストーンを徹底的に侮蔑するために、この際、やったろうじゃねえか、と思い直しました。

ということで、次回もまたピーター・ヌーン・ミーツ・ゼップです。


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ハーマンズ・ハーミッツ
Very Best of
Very Best of
by songsf4s | 2011-09-09 23:40 | ブリティシュ・インヴェイジョン
The Better of the Dave Clark Five 最後はベスト・オヴ
  
三島由紀夫の「太宰が浮かんで安吾が沈むとは、石が浮かんで木の葉が沈むようなものだ」というせりふはご存知でしょう。はじめてこれを読んだとき、太宰嫌いのわたしは快哉を叫びました。

デイヴ・クラーク・ファイヴが沈んだのも、わたしにとっては木の葉が沈むような椿事でした。ロッカー大得意、バラッド秀抜、リードヴォーカル超絶、ソングライティング卓越、ドラマー派手、ほかになにがいるのだ、というほどすべてを併せ持っていたのに、ユニフォームを着た、エド・サリヴァンがひいきにした、リードギターが15分もつづく退屈なソロをしなかった、といったつまらない理由で忘却されたのは、ロックンロールの歴史における最大の意外事です。

ロン・ライアンのDC5回想は示唆に富んだ面白いものでした。なによりも、DC5はキャンプまわりの芸人のなかでトップ・ランクだった、というのははじめての知見で、そうだったのか、と膝を叩きました。

ビートルズやキンクス以下、みな馬鹿げた契約をして、働いても働いても、マネージメント・オフィスとレコード会社だけが儲けていた時代に、二十一歳だったのでしょうか、自分のバンドをセルフ・マネージメントしていた若者が、EMIを相手に、なぜあれほど強硬というか巧妙というか、すばらしい交渉をやってのけられたのか納得がいきませんでした。

しかし、USベースの稼ぎ頭だった、とわかったら、だいぶ像がはっきりしてきました。キャンプ回りで有名だったということは、それだけですでにおおいに有利な立場にあります。会社のほうから契約「してもらいに」いく状況です。

もうひとつ、大いに稼いでいたのなら、自分でスタジオ・タイムを負担し、レコード会社の助けなしに原盤制作できたのも当然だったことになります。これで疑問解決です。

下手な考え休むに似たり、本日の一曲目は当時としては究極のラウド&ヘヴィーだった初期のヒット。

The Dave Clark Five - Any Way You Want It


このシリーズではバラッドを中心に並べてきましたが、リアルタイムのファンの多くは、DC5といえば、こういうタイプのサウンドを思い浮かべるのではないでしょうか、とくに初期はこのタイプのシングルがずらっと並びます。

マックス・ワインバーグは、この曲のとんでもないエコーが気になり(だれだって気になる)、御大に直接たずねています。DCは笑いながら、スタジオの裏手にいいコンクリートの壁があってね、と種を明かしていました。

録音というのは、そういうものであってほしいものだ、とわたしも笑いました。なんとかすごい音が録れないかと、みな変なことをやったものです。卓の前に坐っているばかりが録音ではないんだぜ、と思います。

いや、いまは卓の前ですべてを生み出せなければ、エンジニアとして一流ではないのでしょう。それは理解できますが、年寄りとしては、昔の音のほうに、やはり味わいを感じるというだけです。

同じタイプのトラックで、だれもが記憶しているのは、このコントゥアーズのカヴァー。いや、オリジナルなんか鎧袖一触、小指の先で吹っ飛ばすほど、マイク・スミスのヴォーカル・レンディションとDCのサウンドづくりは強力です。

The Dave Clark Five - Do You Love Me


わたしの観点からは、イントロ・ドラム・リックは、一打足りないのですが、あれ、足りないじゃん、とチラッと頭の片隅に引っかかるところが、かえってフックになっています。

計算したのでしょうかねえ。いや、しまった、と思ってから、プロデューサーとして、ミスはつねに魅力の一部、と考え直したのかもしれません。インタヴューで、しきりにドラミングのミスの話をしていましたから。

いまになるとわかりにくいかもしれませんが、当時としては、とてつもなく音圧の強いサウンドで、イギリスのみならず、アメリカを見渡しても、これほどすごい音を作っていた人はほかにいなかったのではないでしょうか。DCが私淑したスペクターだって、これほどの厚みは実現していません。

アーティスト・イメージというのは馬鹿にならないもので、反逆的ポーズなんていうのに、われわれ子どもはコロッと騙されたりしました。しかし、ユニフォームを着て、身奇麗にし、深々とお辞儀をして、にっこり笑い、手を振るのも商売なら、体制を嗤い、客を足蹴にするのもまた商売、どちらも商売にすぎません。

だったら、わたしは、これは芸術よ、なんていって盤を売りつける詐欺師より、これはただの商品、それ以上のものではない、よけいな期待はするな、とはじめから宣言して商品を売りつける商売人のほうが好きです。お芸術商人は陰湿で不愉快です。偉そうにするのは、タダで盤を配ってからにしてもらいたいものです。

ずっとバラッドを中心にやってきたので、もはやその系統の曲に大事な積み残しはなく、自然にロッカー、シャウターへと向かいます。つぎは、わがDC5フレンド、キムラセンセがコメント欄で、これがマイク・スミスのベストと断じられた曲を。

The Dave Clark Five - Concentration Baby!


わたしは、フィル・スペクターの強い影響下でつくられていた時期のDC5に執着がありますが、マイク・スミスの力量がこの曲に十分に発揮されているという点では、まったく異論がありません。

ジョン・レノンが一度だけDC5に言及したことがあります。「自分たちの曲でもっとも気に入っているのはどれか?」という記者の質問に、この曲をあげました。

The Dave Clark Five - Glad All Over


質問がアホだから、うんざりして、ビートルズの曲ではなく、そのときヒットしていた他人の曲をあげたのでしょう。でも、ほかにいくらでも曲があるのに、DC5のGlad All Overを選んだということは、それなりに意味があったのではないでしょうか。

Glad All OverはDC5の最初の大ヒットですが、すでにそのサウンドの特徴は明瞭にあらわれています。卓越した楽曲とアレンジメント、エコーを駆使した録音、ストレートで力強いビート、マイク・スミスの圧倒的ヴォーカル、コーラスというより、厚い「集団ヴォーカル」の突進、こういったものにプラスすることの、甘みの淡いあっさりした叙情性のある(これまた「集団ヴォーカル」による)バラッド群によって、彼らは多くのヒットと、忘れがたいオブスキュア・トラックを生みました。

もう一曲、ごく初期のストレート・ロッカーを。

The Dave Clark Five - Thinking of You Baby


どこからこういうアレンジが生まれことやら! ブライアン・ウィルソンも、ときおり、絶句するようなアレンジをしますが、DC5も、こうすればこうなると、計算があったのだろうか、と考え込んでしまうアレンジがかなりあります。このThinking of You Babyも、よくぞこんなグルーヴを発明した、と思います。

これまで、デニス・ペイトンのサックスにふれていないことを思いだしました。DC5の場合、ノーマルなブロウ・テナーもやらないではありませんが、サックスの主な用途は、ベースとやキック・ドラムと協力して、厚みのある低音部をつくることです。

DC5は、リーダーのDC以外が、だれも目立とうという気がなかったようで、いまさらのように、チーム・ワークのよさに感心します。とりわけ、デニス・ペイトンは地味な仕事をきっちりやっています。

当時だって、すごい音だとは思っていましたが、いま、そこにある、トランジスター・ラジオから、当たり前のように流れてきた曲でもあったので、DC5の特殊性をほんとうの意味で感じ、理解していたとはいえなかったのだなと、今回、すこし距離をとりながらまとめて聴き直してみて、改めて思いました。

まだヒット曲の積み残しがあるのですが、べつにすべてを網羅しなければならないというものではないし、そもそも、ノン・ヒットにスポットを当てようと思ってはじめたことなので、そろそろ店じまいにします。

最後の曲はBecause、なんていう手もあったでしょうが、それもしゃらくさいので、いまのいままでわたしも知らなかった曲にしました。

マイク・スミスとマンフレッド・マンのマイク・ダボの1976年のアルバムから。後年のポール・マッカトニー、ジョージ・ハリソン、リンゴ・スターの曲とはべつものです。

MIke Smith & Mike D'Abo - Free As A Bird


クリップの説明によると、これは2008年のマイク・スミスの葬儀のときに流された曲だそうです。マイク・スミスに安らかな眠りを。


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デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 1-Glad All Over/Return!/American Tour
Vol. 1-Glad All Over/Return!/American Tour


デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 2-Having A Wild Weekend/Weekend In London/Coast To Coast
Vol. 2-Having A Wild Weekend/Weekend In London/Coast To Coast


デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 3-I Like It Like That/Try Too Hard/Satisfied With You
Vol. 3-I Like It Like That/Try Too Hard/Satisfied With You


デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 4-5x5/You Got What It Takes/Everybody Knows
Vol. 4-5x5/You Got What It Takes/Everybody Knows


デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 5-Five By Five 1964-69/If Somebody Loves You
Vol. 5-Five By Five 1964-69/If Somebody Loves You


デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 7-Rarities,Hits & Singles Tracks
Vol. 7-Rarities,Hits & Singles Tracks
by songsf4s | 2011-09-08 23:55 | ブリティシュ・インヴェイジョン
The Better of the Dave Clark Five オブスキュア・トラックから見たDC5 その4
 
デイヴ・クラーク・ファイヴは、日本ではあまり人気がなかったようで、とどのつまりが、Becauseだけのグループと世の中ではみなされているようです。

しかし、ブルース・スプリングスティーンのドラマー、マックス・ワインバーグのように、DC5を見て人生が変わった、という人がいるほど、アメリカでは、かつては絶大な人気を誇りました。デイヴィッド・レターマンだったか、マイク・スミスをゲストに迎えて、俺の人生を変えた男と紹介していましたし、ホール・オヴ・フェイムへのインダクションのときに、トム・ハンクスは大熱演で子供のときのアイドルを賞賛しました。

64年から66年にかけてなら、DC5はビートルズのつぎにビッグなイギリスのアーティストだったといって大丈夫でしょう。そして、印税率からいって、メンバーが手にした金はビートルズを上まわっていたのではないでしょうか。あの時代、ツアーでの移動は自家用機で、なんていうのはDC5だけだったにちがいありません。

前回、LPリイシューがまったくといっていいほどなかった理由を書きました。これが忘却の最大の原因だと思いますが、「サイケデリックの断絶」を超えられなかったのもまた、忘れられた理由のひとつだろうと思います。影響力の問題です。

DC5と対照的なグループを措定すればはっきりします。たとえばヤードバーズです。彼らのアメリカ・ツアーは売り上げからいえば、DC5の足元にも及ばなかったでしょうが、ジェフ・ベックのデモーニッシュなギターは、自分でプレイしていた若者に強い影響を与え、サンセットのガレージ・バンド群の勃興の背景になりました。

バンドをやっている連中から見れば、DC5は、清潔なユニフォームをまとい、きれいに髪をセットアップして、エド・サリヴァンとにこやかに握手する、古めかしいバブルガムのバンドになってしまったのです。

しかし、時代のコンテクストというのは、いまではたいした意味がありません。ただ裸の音がそこにあるだけです。そろそろそのことに気づいてくれるといいのだが、と思ったのも、DC5を大々的にやってみようと考えた理由のひとつです。

このシリーズは、デイヴ・クラークと相方のマイク・スミス、レニー・デイヴィッドソン、デニス・ペイトンのソングブックのつもりで曲を選んできました。また、オブスキュアと銘打ったので、できるだけヒット曲を避け、アルバム・トラックやB面曲を中心にかけてきました。

しかし、そろそろその方針では苦しくなってきたので、今回は二つのルールをまとめてやぶって、カヴァーの大ヒット曲から入ります。DC5にとっては唯一のビルボード・チャート・トッパー、作者にしてオリジナル盤のシンガーはボビー・デイ。

The Dave Clark Five - Over And Over


ビルボード上では1965年のヒットですが、日本では66年はじめのヒットでした。最初に知ったのがCatch Us If You Can、そのつぎにヒットしたのがOver and Overと、わたしは記憶していますが、この順序は英米のディスコグラフィーとは矛盾します。二曲のあいだはそんなに接近していないのです。

日本ではリリース順が狂って、Catch Us If You Canが遅れ、Over and Overがきびすを接する形になったのか、あるいはわたしの記憶違いか、そのあたりはわかりません。はっきりした記憶のある方はどうぞコメント欄に。

Catch Us If You Canもそうでしたが、この曲もDCの「フライパンのような」ハイパー・ハイ・チューニングのスネアによる四分三連が小学生には大きな魅力でした。今にして思いますが、このチューニングは、やはり、AMラジオでもはっきり聴こえるようにという配慮だったのでしょう。

Gだったか、Cだったか、中学のバンドメイトがハーモニカをもってきたとき、この曲の間奏をやってみました。いまギターがないので、キーを確認できませんが、自分でやったときはG-Cにしました。コードはこの二つだけなので、Gキーのハーモニカなら、どの音を吹いても合ってしまい、間違えたくても間違えられない仕組みになっています。なるほど、ハーモニカというのはそういうものなのかと納得しました。

いちおうボビー・デイのオリジナルも聴いてみます。

Bobby Day - Over and Over


ドラムはアール・パーマーだったような記憶があるのですが、いまは確認できません。これを聴くと、なるほどと思います。ブリティッシュ・インヴェイジョン・グループがアメリカのR&Bチューンをカヴァーすると、たいていの場合、テンポ・ダウンし、ビートを重くします。典型はビートルズのTwist & Shoutです。DC5のOver and Overも、同じ方針によるサウンド構築です。

すこし時期が飛びますが、67年のシングルへ。これまたDC5が書いた曲ではないのですが、たんに外部の曲というだけで、DC5ヴァージョンがオリジナルではないでしょうか。どうであれ、他のヴァージョンというのをわたしは知りません。レス・リード&バリー・メイソン作。

The Dave Clark Five - Everybody Knows


リップシンクながら、このクリップから、リードはレニー・デイヴィッドソンとわかります。Everybody Knows以下のコーラス・パートでは、マイク・スミスの声がめだちますが!

67年でこれですからね。ミュージック・フェアかと思っちゃいます。ジェフ・ベックとヤードバーズに狂ったガレージ・バンドの観点からは、お呼びでないもいいところだったでしょう。

曲がまた、いや、ネガティヴにいうつもりはないのですが、エンゲルベルト・ハンパーディンクのRelease Meのコンビによるもので、いかにもそういうタイプのバラッドとくるわけで、子どもには受けなかったでしょう。

これは、主観的には「DC5の最後のヒット」、記憶にある最後のDC5のシングルです。ビルボード・チャートを見ても、この曲が43位でトップ40にとどかず、以後はバブリング・アンダーが二曲あるだけでなので、アメリカでも最後のヒットといっていいようです。

思うに、サイケデリックのギャップを乗り越えられなかったDC5は、ロックンロールから大人のバラッドへというシフトを試してみたのではないでしょうか。レターメンじゃあるまいし、そういうのは向いていないと思うのですが、ダウンヒルに入ると、人はいろいろ考えるものですから。

今回のために67年を中心に10曲リストアップしたのですが、ここまでくると、ファンもあまり聴かない時期なので、ユーチューブでは軒並みはずれ、クリップが見つかりません。

そんななかで、かろうじて見つかったデイヴ・クラーク&マイク・スミス作のバラッド。

Dave Clark Five - 34-06


気になる方もいらっしゃるだろうから、書いておきますが、タイトルは番地です。69年のシングル、(If) Paradise (Is Half as Nice)のB面としてリリースされたようです。A面のほうはエイメン・コーナーの大ヒットで、競作になったのか、それともたんなる後追いのカヴァーだったのか、そのへんはわかりませんが、すぐれたオリジナル曲が売りものだったバンドが、カヴァーばかりになっていくところに、終わりのときが近いことが暗示されています。

さらに末期のシングルを。こんどはA面のアップテンポ曲。なんだかスティーヴィー・ワンダーのFor Once in My Lifeに似ていますが、それはひとまずおいて……デイヴ・クラーク&マイク・スミス作、69年夏のシングル。

The Dave Clark Five - If Somebody Loves You


65年ごろとはずいぶんサウンドの手触りが違いますが、時代とともに変化するのは当然のことで、この時期のDC5としては、これは最良のサウンドだと思います。67年からオーケストラを多用するようになりますが、それがもっとも成功した曲といえるでしょう。だれがアレンジしたのかわかりませんが、管は好みです。

マイク・スミスはいつもコンボ・オルガンかピアノでしたが、この曲ではハモンドをプレイしていて、時代は変わるんだなあ、と思います。子どものころはVoxやフェンダーのコンボ・オルガンの音はあまり好きではありませんでしたが、いまになると、マイク・スミスはコンボ・オルガンのほうが似合うのに、と思います。

まあ、それは40年以上たって思うことであって、人はそのときそのときに最善と思うことをするしかないのですが。

後期になるとクリップがごくわずかしかなく、やむをえず、はじめのほうに遡って、デイヴ・クラーク&レニー・デイヴィッドソン作のロッカ・バラッドを。

The Dave Clark Five - I Said I Was Sorry


うーん。この曲は、いちどはかけようかと思ったのですが、そのときに選んだ他の曲にくらべて、いまひとつの出来というか、ちょっとメランコリックなところが気に入らなくてオミットしました。

ところが、68年から69年にかけての曲を聴いたあとで戻ると、すごくいい曲に聞こえました。それだけ64年から66年にかけてのDC5がすごかったということでしょう。

本日のラストは、またカヴァーですし、オーセンティックなDC5サウンドでもありませんが、明るくて軽快な曲です。1967年のシングル、最後のトップ40ヒットとなった、ジョニー・マーサー&ハリー・ウォーレン作のスタンダード。

The Dave Clark Five - You Must Have Been a Beautiful Baby


最後のビルボード・トップ40ヒットで、日本でもすくなくともビート・ポップスではよく流れていたのを記憶しています。青空がどうしたとかいう邦題でした。ほかのことはともかく、イントロは、オーセンティックなDC5サウンドではないものの、よくできていて、印象に残りました。Penny Laneを意識したのかもしれませんが。

気になる方もいらっしゃるでしょうから、You Must Have Been a Beautiful Babyの割にノーマルなヴァージョンも貼り付けておきます。こちらなら、ジョニー・マーサーとハリー・ウォーレンの曲だということが納得いくでしょう。

Dean Martin - You Must Have Been a Beautiful Baby


次回は落穂ひろいをやります。時期にとらわれず、これまではオミットしてきたヒット曲をならべる予定です。


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デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 1-Glad All Over/Return!/American Tour
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Vol. 7-Rarities,Hits & Singles Tracks
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by songsf4s | 2011-09-06 23:51 | ブリティシュ・インヴェイジョン
The Better of the Dave Clark Five オブスキュア・トラックから見たDC5 その3
 
そろそろ、デイヴ・クラーク・ファイヴのその後を決定したともいえる、EMIとの契約のことを書かないといけないと思うのですが、マックス・ワインバーグによるDCインタヴューがどこかに行ってしまったので、数字を確認できず、弱ったな、です。

まあとにかく、一曲いきます。66年にヒットした、デイヴ・クラーク&レニー・デイヴィッドソン作のロッカー。

The Dave Clark Five - At the Scene


これも66年に買ったベスト盤収録曲のなかで、とくに好きだった一曲です。

デイヴ・クラークはケレンの人なので、ドラムでもビシッと見得を切りますが、プロデューサーとしても、ケレンの重要性がよくわかっていて、ドラム・リックも含めて、いいイントロをたくさんつくっています。

At the Sceneのイントロは盛り上がりますし、ドラミングも総じてうまくいき、好ましいトラックになっています。

もう一曲、同じ時期のもの、ただし、バラッドを。デイヴ・クラーク&デニス・ペイトン作。

The Dave Clark Five - I Miss You


DC5の盤は長いことアウト・オヴ・プリントでした。わたしが知るかぎり、日本でのLPリイシューは一回だけ、それもベスト盤のみでした。なぜリイシューがなかったかは、マックス・ワインバーグのThe Big Beatに収録されたDCインタヴューを読んでやっとわかりました。

デイヴ・クラークというのは驚くべき人物です。彼は直接にレコード会社と契約するのではなく、楽曲だけを一定期間、一定の条件で貸し出す、いわゆる「原盤リース契約」をEMIと結びました。

原盤リース契約は現代ではごく一般的ですが、60年代にあっては少数派で、時代を先取りしたビジネス・スタイルでした。ミッキー・モストを見習ったのか、あるいはジョー・ミークの背中を見ていたのかもしれません。

DCはクレヴァーな若者でした。音楽ビジネスというものをよく研究し、すべてのトラブルの原因はマネージャーにあると見抜いたのでしょう、セルフ・プロデュースの道をとっただけでなく、セルフ・マネージメントが最善だと判断し、すべてのビジネス・マターをみずからおこないました。たぶん、二十一か二、大学生の年齢のときにです。

数字は忘れましたが、デイヴ・クラークはEMIに乗り込んで、その時点のプロデューサー印税率の最高値をきき、それにさらに上乗せしたレートで、自分がプロデュースした原盤をEMIにリースする、という契約を結んだのです。

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左からマイク・スミス(リード・ヴォーカル、キーボード)、リック・ハクスリー(ベース)、レニー・デイヴィッドソン(リード・ギター)、デイヴ・クラーク(ドラムズ、リーダー、プロデューサー、マネージャー)、デニス・ペイトン(サックス、アコースティック・ギター)。ハーモニーは全員参加だったことを、このマイク・セッティングも示している。

また、非常に不利な契約を強いられたビートルズの、たしか倍ほどのアーティスト印税率も契約に盛り込まれていました。たぶん、一発屋と思われたから、そんな提示が受け入れられたのだろう、とデイヴ・クラーク自身はいっています。しかし、二十歳そこそこでそこまでやったのだから、たいしたネゴシエイターぶりです。

セルフ・マネージメントによる中間搾取の排除、きわめて高い印税率、そして、アメリカでの大成功のおかげで、御大デイヴ・クラーク以下、全員が札束を抱えて引退し、その後もそれぞれに順調だったおかげで、たぶん、リイシューがなかったのです。

よく、ゴミもホコリもチリも、なんでもかんでもすべてリリースするアーティストがいますが、そのほとんどは金詰まりが理由でしょう。ビートルズだって、ジョージ・ハリソンが借金を抱えたことが、アンソロジー・シリーズのリリースにつながったといわれているほどですから。

まとめると、こうなります。原盤の権利はEMIではなく、デイヴ・クラーク自身が保持していたために、会社が勝手にリイシューすることはできなかった、しかも、DCが経済的に困ることはなく、その面からもリイシューの必要はなかった、これがDC5の盤が極度に入手困難だった理由です。

つぎは、あのころはよくあった、楽曲としてはバラッドなのに、ぜんぜんバラッドらしくないアレンジ、サウンドをかぶせた、典型的なミッド・シクスティーズ・スタイルの曲を。デイヴ・クラーク&デニス・ペイトン作。

The Dave Clark Five - Do You Still Love Me


塵芥までリイシューしたあげくに、大々的なツアーを繰り返して、衰えた姿をさらさなくてすんだのはまことに慶賀に堪えません。しかし、逆にいえば、70年代以降、いっさいのプロモーションをしなかったことになり、そのために、DC5は幻のバンドになってしまったのだから、痛し痒しです。

つぎはデイヴ・クラーク&マイク・スミス作のストレートなバラッド。フォー・トップスのヒット曲とは同題異曲です。

The Dave Clark Five - Bernadette


やっぱりコードが素直ではありません。だから、バラッドでも甘さに辟易することがなく、いまになると、DC5というのは、じつは、バラッドを得意としたグループだったのではないかという洞察に至ったりするわけですが。

いま、思いだしたことを、忘れないうちに書いておきます。たぶん1965年のことだろうと思いますが、全米ツアーのおり、NYのクラブに行ったデイヴ・クラークは、そこに出演していたバンドが気に入り、ツアーのオープニング・アクトとして起用しました。

それが、ヤング・ラスカルズだったというのだから、さもありなん、と笑いました。ラスカルズのディノ・ダネリとデイヴ・クラークよく似たタイプのドラマーで、ともに、明るく、派手で、ケレン味たっぷりのショウマンでした。デイヴ・クラークが惚れ込むドラマーがこの世にいるとしたら、それはディノ・ダネリにちがいありません。

いや、まじめに考えると、フィル・スペクターのファンだったデイヴ・クラークは、やはりハル・ブレインのドラミングを研究したと思います。DCの明るく華やかなサウンドとプレイは、ハル・ブレインに通じるものです。

ちょっと時期が前後して、65年にもどります。デイヴ・クラーク&マイク・スミス作。

The Dave Clark Five - I'll Be Yours My Love


いかにもマイクらしい歌いっぷりで、好きだったなあ、と遠い目つきになってしまいます。いや、自分で歌うなら、アイルービーヨーズと、ヴァースのバッキングをやりたいですけれどね。

ドラムも自分でやりたくなるようなプレイで、これまた楽しいアレンジです。この曲にかぎったことではなく、レニー・デイヴィッドソンはよく使うのですが、ジャランという短いアルペジオないしはゆっくりしたコード・ストロークが、この曲でもドラマティックな味を加えています。これもDC5サウンドの大事な一部でした。

60年代の他のヒットメイカーとちがい、デイヴ・クラーク・ファイヴはすっかり忘れ去られた、と思っていたのですが、今回、検索してみて、相当オブスキュアな曲もユーチューブにあがっていることがわかりました。

われわれの世代が、ことのほか深い愛惜の念をもって懐かしんでいるのか、ようやくリイシューの成果が上がって、DC5があの当時「ビートルズのつぎにビッグ」だったことが理解されてきたのか、そのへんはわかりませんが、どうであれ、これだけ多くの曲が聴けるようになっていたのはうれしい驚きでした。

したがって、いままで、かけたいと思って見つからなかったのはただ一曲だけ、本日最後の曲は、このDC5特集で最初の自前サンプルです。

アルバムI Like It Like Thatから、デイヴ・クラーク&レニー・デイヴィッドソン作。

サンプル The Dave Clark Five "A Little Bit of Love"

かなり地味な曲ではありますが、じつに面白い展開で、最初に聴いたときは、へえ、といってしまいました。歌いだしのところのメロディーとコードの展開は大好きです。いやはや、それにしても、よくヴァースに戻れたものだ、といいたくなるような、変なコードの展開です。

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ミディアム・バラッドでDCがスネアをハード・ヒットするのは毎度のことで、Hurtin' Insideのようにブラシを使うほうが例外でした。このミディアム・テンポのバラッドでのスネアがまたいいサウンドで、改めて惚れ直します。プレイ・スタイルにはハル・ブレインの影響を感じます。

DCは、やりたいことを百パーセント実現できるだけの十分なテクニックは持ち合わせず、しばしば拍を食うミスをする人でしたが、プロデューサーとして、ドラマーとして、なにがしたいのかはプレイから明快に伝わってきますし、じつにいいドラミング・センスをもっていました。

次回の選曲をまだしていませんが、フリーハンドでどかどか曲があふれてくる状態は終わりました。次回は、カヴァー曲が中心になりそうな気もします。

でも、オミットしたヒット曲がずいぶんあるので、「ベスト・オヴ」をやれば一回分は軽く埋まりそうですし、探せば、まだオブスキュアな佳曲もかなりありそうな気もして、なんとも予想ができませんが、次回完了の可能性もあり、ということで本日はおしまいです。


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by songsf4s | 2011-09-05 22:47 | ブリティシュ・インヴェイジョン
The Better of the Dave Clark Five オブスキュア・トラックから見たDC5 その2
 
昨日、ツイッターには書いたのですが、先月下旬に、ジェリー・リーバーが没したそうです。

何度も追悼記事を書いたせいで、そういう話をするのはやめようと思いました。自分自身が年をとって、死の可能性が高まっているのだから、これから、かつて好きだった人たちの死はどんどん増えていくことを覚悟せざるをえず、気が重くなったのです。

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ジェリー・リーバー(左)とマイク・ストーラー。伝記映画を作るなら、中年以降のジェリー・リーバーはロバート・デニーロに演じてもらいたい。

しかし、「ロックンロールをつくった男たち」の片割れの死となると、さすがに、感慨があります。昨日はNYタイムズとLAタイムズの追悼記事を読みました。やはりアメリカ現代史の偉人の死だけに、どちらもよく調べた丁寧な記事でした。

この二つがあれば、とくにわたしがなにか書く必要もない、リーバー&ストーラーの伝記すら読んでいない人間にたいしたことが書けるはずもない、と思わなくもないのですが、できれば、いずれ、ジェリー・リーバーの仕事についてなにか書こうと思っています。

◆ ワイルド・ウィークエンド ◆◆
さて、ベター・オヴ・ザ・デイヴ・クラーク・ファイヴの二回目です。

前回は間違いだらけの状態で公開することになり、公開してから必死で直し、どうにか文章として格好がついたのは午前二時のことでした。それまでの二時間のあいだにいらした五十数人のお客さんには、お詫び申し上げます。

最後の四曲は二〇分ほどのあいだに選んで探して貼りつけて書くというスクランブル、文字校もせずにアップしたくらいで、書き忘れが山ほどありました。自分自身のための覚え書きとして、今後、書き落とさないようにがんばれよ、というリストを。

・ベースのアレンジ
・エコーの問題
・EMIとの契約
・なぜLPリイシューがなかったか
・なぜ忘れられたか
・ソングライターとしてのレニー・デイヴィッドソン

てなあたりを、今後、徐々に書いていこうと思います。

それでは、本日はバラッドではなく、ロッカーでスタートします。デイヴ・クラーク&マイク・スミス作、映画『五人の週末』の主題歌。

The Dave Clark Five - Having a Wild Weekend


デイヴ・クラークは、マックス・ワインバーグに、ドラムがフロントのバンドなんてほかにはなかった、といわれ、だって、マイク・スミスが、俺はフロントなんかイヤだ、というから、しかたがなかったんだ、と答えていました。

このクリップにはそれがよくあらわれています。フロントであるはずのスミスが、いちばんうしろで歌っているんですから、笑っちゃいます。シャイな人だったようですが、しかし、ロン・ライアンは、戦争中に生まれた労働階級の子どものつねで、マイクはファイターだった、といっています。いや、むろん、シャイであることと、ファイターであることは矛盾しませんが。

主題歌と書きましたが、これははじめから意図されたものではなく、英版ではCatch Us If You Canといっていたものが、米版ではHaving a Wild Weekendと変更されたために、結果的にこの曲がテーマになってしまっただけです。

しかし、盛り上がる曲です。マイク・スミスの力量が遺憾なく発揮されていますし、DCもこういうストレートな曲ではいいドラミングをします。「フライパンを叩いたような」といわれたスネアのハイ・チューニングがぴったりはまるタイプの曲です。

大ヒット曲は避けようと思ったのですが、DC5を知っているのは、わたしらの世代が最後、後年のリイシューというのはわたしが知るかぎり一回だけ、それもベスト盤のみだったので、わたしらの世代にとっては自明の曲でも、いまではまったく自明などではないでしょうから、『五人の週末』の大ヒットした本来の主題歌も聴いてみましょう。

レベルが低くて聴きにくいのですが、映画からとったクリップにしました。タイトル・シークェンスです。デイヴ・クラーク&レニー・デイヴィッドソン作。

The Dave Clark Five - Catch Us If You Can


小学校のとき、このスネアの三連がたまらなく好きでした。いかにも十二歳の子どもが好みそうなサウンド、プレイです。DC5はしばしばハーモニカを使いましたが、この曲がもっとも成功した例でしょう。

小さなことですが、イントロのフィンガーティップスを聴くと、エコーのかけ方がみごとだと改めて感心します。デイヴ・クラークは、もっとも影響を受けたミュージシャンとしてフィル・スペクターをあげています。さもありなん、です。

1963年から68年という彼らの全盛期のエンジニアはエイドリアン・ケリッジという人で、現在のベストCDも、クラークとケリッジがリマスターしたとあります(エンジニアの名前は、コメントでtonieさんのご指摘を受けて修正。あとから過去の記事を調べたら、自分でエンジニアのことを書いていたので、それを再利用した!)。

この曲は日本でも(「若さをつかもう」という恐るべきタイトルで!)かなりエア・プレイがありました。わたし自身、DC5というバンドを認識したのはこの曲を聴いてのことで、すぐにEPを買いました。

そのEPには、ほかにHaving a Wild Weekend、I Like It Like That、そして残るもう一曲はクリップでどうぞ。本日最初のバラッドにして、わがオールタイム・フェイヴ、デイヴ・クラーク&マイク・スミス作。

The Dave Clark Five - Hurtin' Inside


中学のバンドでDC5のものを二曲やりました。Come HomeとこのHurtin' Insideです。Come Homeをやったのは、コードが単純(C-Am-F-Gタイプ)でテンポが遅い、したがって中学生にもできそう、という面が多分にあって、とくにフェイヴというわけではありません。

しかしHurtin' Insideは、その後も、このときのバンドメイトと会い、ギターがあれば、よく歌いました(近ごろ歌っていないな、Mよ)。循環コード依存のわかりやすい進行なのですが、循環コードをうまく組み合わせて使えるのもソングライターの才能のひとつです。

つぎもバラッド、ふたたびデイヴ・クラーク&マイク・スミス作、こちらはちょっとコードが複雑です。

The Dave Clark Five - Your Turn to Cry


すばらしい! オルガンの使い方、メロディーラインとコードの意外性(お得意のオーギュメントの導入)、そして甘さ控えめの乾いた叙情性、これこそがプリ・サイケデリック時代の音楽だ、といいたくなります。

「サイケデリックの断層」というものがありました。1967年を境にして、音楽タイプ、サウンドの手触り、楽曲の構造と外観、そしてパフォーマーが大きく変化し、1967年以降、急速に人気を失っていた「被害者」がたくさん生まれました。ロックンロールが直面した、大人になるための通過儀礼といっていいでしょう。

デイヴ・クラーク・ファイヴは、「サイケデリックの断層」を越えられなかった代表的アーティストです。古めかしい音楽スタイルに固執した、と断じることもできるでしょうが、これだけ時間がたってしまうと、その時代その時代の「明日への意思」など、どうでもいい塵芥に見えます。大事なのは音そのものの手触りだけです。

サイケデリックの断層を越えられなかったおかげで、それ以前の、わたしにとってはもっとも音楽的に幸福だった時代の空気が、彼らの音楽には真空パックされていると感じます。

なかでも、とりわけあの時代を空気を濃厚をまとった曲がありますが、このYour Turn to Cryなどはその代表で、当時は知らず、90年代のCDリイシューではじめて聴いたにもかかわらず、ああ1965年だ、横浜の裏町を徘徊し、楽器屋の前に立ち尽くし、若葉町の三本立て映画館でナポレオン・ソロを見ていた十二歳の俺がこの歌のなかにいる、と涙が出そうになりました。

そして、つくづく思うのです。日々サウンドが変化した時代は、毎日が興奮だったが、でも結局、サイケデリックもウッドストックも、なくてもいっこうにかまわなかった、1965年のほうがずっと楽しかった、と。

しかし、冷静になれば、時代の変化のなかでさまざまなものが失われ、忘れられていくからこそ、過去への執着が生まれ、当時は当たり前に思っていたものが、じつはソリッド・ゴールドだったことを認識できるのだから、このディレンマは受け入れるしかないという諦念にいたります。

オブスキュアという看板を裏切ってしまいますが、つぎはアップテンポのヒット曲を。といってもマイナーコードですが。デイヴ・クラーク&マイク・スミス作。

Dave Clark Five - Try Too Hard


これは1966年に買ったベスト盤の収録曲のなかでも、とくに好きなトラックでした。スネアをいつもより少し低いチューニングにして、でもいつものように四分三連と、さらにストレート・シクスティーンスも織り交ぜて攻めるドラミングは、いま聴いてもDCらしい、いいプレイだと思います。

四分で押し通すとベースとキック・ドラムとそれにかぶさるピアノがつくる直線的なグルーヴ、そして、マイク・スミスを中心に全員一丸となった典型的なDC5コーラスを両輪に、力強く突き進むのを聴いていると、DC5はもともとサッカー・クラブだったというデイヴ・クラークの話を思い出します。

毎回、LP片面分、すなわち六曲はやろうと思っているのですが、つぎが今日の六曲目です。デイヴ・クラーク&マイク・スミス作。

Dave Clark Five - New Kind of Love


この記事の冒頭のほうで、DC5のベースのアレンジのことを書くのだ、と宣言したのに、前回と異なり、その話題にふさわしい曲が出てきませんでした。やっと最後に登場です。

この曲のイントロで(いや、その後も同じプレイをしているらしいのだが、歌が入ってくるとわかりにくくなる)、リック・ハクスリーは部分的に16分を使っています。

こんな変なスタイルのベースは、DC5以外では聴いたことがありません。そして、彼らはしばしばこのアレンジを使っているのです。前回取り上げた曲では、Sometimesがそうですし、To Meでも16分を使っていました。

わたしは、これはレニー・ハクスリーのスタイルというより、プロデューサーのデイヴ・クラークの好みだったのだと考えています。スペクターに私淑しただけに、さまざまな面で、人のやらないことをやり、独特のサウンド構築をした人なので、無意識におかれた音などあるはずがなく、すべては計算の結果として配置されたに違いありません。

まだComplete Historyの二枚目までしか来ていないのですが、気長に進めることにして、以下、次回へ。


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デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 1-Glad All Over/Return!/American Tour
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デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 2-Having A Wild Weekend/Weekend In London/Coast To Coast
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by songsf4s | 2011-09-04 23:21 | ブリティシュ・インヴェイジョン
The Better of the Dave Clark Five オブスキュア・トラックから見たDC5 その1
 
今回からしばらく、デイヴ・クラーク・ファイヴのトラックの棚卸しをしようと思います。

ベスト・オヴではなく、ベター・オヴ・ザ・デイヴ・クラーク・ファイヴという変なタイトルにしたのは、かならずしも有名なヒット曲を並べるわけではない、あまり知られていない佳曲を中心に聴く、という意味です。

いや、DC5の場合、この、有名ではない、すなわち、オブスキュアな佳曲というのが山ほどあって、呆然とするほどです。彼らの64年から66年にかけてのアルバムより佳曲含有率が高いのはビートルズだけではないかと思うほどです。

そのデイヴ・クラークがすっかり忘れられたについては、いくつかの理由があると思いますが、そのあたりはおいおい考えていくことにして、まずは一曲行きます。

Glad All Overでもなく、Bits and Piecesでもなく、Do You Love Meでも、Anyway You Want Itでもないので、コケないようにシート・ベルトをしめてください。いや、逆か。シート・ベルトをゆるめてリラックスしてください。バラッドです。デイヴ・クラーク&マイク・スミス作。

The Dave Clark Five - Forever and a Day


DC5のメンバーはみな曲を書き(ただし、ベースのリック・ハクスリーの曲というのは記憶にないが)、それぞれにいいものがありますが、やはりメイン・ライターはデイヴ・クラーク御大とマイク・スミスでしょう。マイク・スミスはスティーヴ・ウィンウッドとどっちがすごいか、というぐらいの歌い手で、そちらの系統の派手な曲を連想しがちですが、バラッドがまたじつにうまいのです。コードの扱いが独特で、やはりピアニスト的だと感じます。

順序が後先になりましたが、The Complete History of the Dave Clark Fiveという7枚シリーズのCDがありまして、これをVol.1から順次プレイヤーに載せ、適当に見つくろっていく、という安直な方針でやります。

ただし、これは必ずしもクロノロジカル・オーダーではありません。このシリーズは米盤LPをベースにしているようですが、アメリカでのリリースはイギリスより遅れたために、順序が混乱しているうえ、映画の都合など、さまざまな理由からダブって収録されている曲もあります。

CD1枚にLP3枚分のトラックが収録されていて、最低限、各LPから一曲ずつぐらいは拾いたいと思いますが、どうなりますやら。最後のあたりはあまりよくないのでオミットし、真ん中あたりを厚く盛ることになりそうです。

いや、それにしても、知られざる好バラッドの多いこと、とても二回や三回では終わりそうもありません。

それでは二曲目。今度もバラッドですが、ミディアム・テンポでバックビート付きです。デイヴ・クラーク&ロン・ライアン作。

The Dave Clark Five - Sometimes


いまになって、あわてて、ロン・ライアンてだれよ、と調べました。ファン・サイトにロン・ライアン・インタヴューがあり、これで完璧にわかりました。

簡単にいうと、初期にDC5のメンバーだったミック・ライアンの兄弟(たぶん兄)で、別のバンドでギターとヴォーカルをやっていた人だそうです。のちにライオット・スクォドをつくりますが、そのドラマーがミッチ・ミッチェルだったと。

ロン・ライアンの話は非常に興味深いもので、DC5ファンと当時のロンドン・シーンに関心のある方は読んで損はないでしょう。

面白いのは、DC5はUSベースで最高のランクだったそうで、なんだか、日本の話を読んでいるようです。日本の場合、ジャズのほうにそういう人が多いのですが、ロック系でも、たとえばスパイダースなどは米軍キャンプの仕事をしたという話を読んだ記憶があります。

また、デイヴ・クラークはドラムを叩かなかったのではないか、という疑いを、ライアンは一笑に付しています(チラッとその疑いが生じる曲もわずかにあるが、わたしはDCはスタジオでプレイしたと考えている)。

そのくだりで話題になった曲を貼りつけます。バラッドばかりでは退屈するので、こんどはロッカーです。デイヴ・クラーク&マイク・スミス作。

The Dave Clark Five - No Time to Lose


もちろんロン・ライアンは、この曲もDC自身が叩いた、と証言しています。ちょっと手こずってテイクを重ねたが、最後はきめた、と。ユーチューブの音質では魅力が伝わりませんが、本物を聴くと、ドラム小僧は燃えます。

Do You Love MeかTwist and Shoutの焼き直しのようなシンプルな曲ですが、たしかに、このドラム・イントロはちょっとしたものです。DCにはこういうガッツがあるから、マックス・ワインバーグやわたしのような当時の子ども(いっしょにしてすまん>マックス)は、DCのプレイに惚れて、ドラマーになりたい、と切に願ったのです。

ファン・サイトにはQ&Aがあり、彼らは自分たちでプレイしたのか、なんて設問もありますが、アンサーは「断じて絶対にイエス!!!」となっています。そういう疑いがもたれた理由のひとつは、残された映像がみなリップ・シンクだからだそうです。

また、同時代のバンドに比べて、コード進行が複雑な曲が多く、ストイックでプロフェッショナルなプレイ・スタイルであることも、疑いをもたれる原因なのだとか。

このあたりは長年のファンにとっては非常に興味深いところです。ギターのレニー・デイヴィッドソンなんか、ソロは極度にシンプル、でも、バッキングではときおり光るプレイがあって、おや、と疑いが湧きます、ホントに。

またデイヴ・クラークのドラミングというのが面白いのです。けっこうミスをするのですが、タイムはきちんとしています。彼がいうように「バディー・リッチなどではない」のですが、当時のロック・コンボのドラマーとしては優秀で、プロデューサー的センスのすぐれたドラミング設計をしています。たんに、たとえばDo You Love Meにあらわれたように、ドラミング設計意図をつねに百パーセント実現するだけのテクニックを持ち合わせていなかったにすぎません。

バンドのドラマーはテクニックで勝負するわけではなく、タイムとキャラクターが重要です。その意味で、デイヴ・クラークは立派なレジデント・ドラマーでした。なにしろ彼自身がプロデューサーであり、マネージャーだったのだから、理想的な状況でもありました。

ふたたびバラッドを。デイヴ・クラークと、サックスのデニス・ペイトン作。

The Dave Clark Five - To Me


リード・ヴォーカルはマイク・スミスには聞こえません。ひょっとして、デニス・ペイトン自身がリードをとったのでしょうか。マイクをくわえて生まれてきたようなマイク・スミスに匹敵する技量ではありませんが、おおいに魅力的な声で、スミスの厚みのある声といいコントラストをなしています。

DC5はしばしば集団になって疾走するようなヴォーカル・アレンジをするので、サウンドの塊として聴いてしまうのですが、その気で聴くと、スミス以外の声が前に出ている曲もかなりあります。しかし、全体的にはよくミックスして、個々の声の違いを意識しないことも多く、この点はDC5のひとつの特徴であり、魅力でもあると感じます。

つぎもまたミディアム・バラッドです。デイヴ・クラーク&レニー・デイヴィッドソン作。

The Dave Clark Five - Everybody Knows (I Still Love You)


リードはマイク・スミスだと思うのですが、三人ほどが団子になって歌っているところがあり、はっきりしません。一番目立つのはスミスの声だというだけです。

DC5の後年のヒットに、Everybody Knowsという曲があって、まぎらわしいのですが、こちらは(I Still Love You)がくっついています。どちらもいい曲なので、たぶんもう一曲のほうもこのシリーズでご紹介することになるでしょう。

どなたもご存知の初期のバラッド・ヒット、日本ではDC5はこの曲だけと思われているBecauseはオミットしましたが、アメリカでの三枚目ぐらいからバラッドの佳曲がつぎつぎと登場し、ため息が出るような豊穣がはじまります。

つぎは、のちに映画『五人の週末』にも登場することになるバラッドの秀作です。デイヴ・クラーク&レニー・デイヴィッドソン作。映画からとったクリップで。

Dave Clark Five - When (from a John Boorman film "Having a Wild Weekend")


デイヴ・クラーク自身が書いたラインでしょうか、ファースト・ヴァースを聴くたびにちょっとしたセンティメントを感じます。

When the world looks dark all around you
All you need is love, I know
All your doubts and fears will disappear
And turn into song

すべての疑いと恐れは消え、やがてそれは歌へと昇華されるだろう、というのですからね。ロックンロールの歌詞のなかでももっとも好きなラインのひとつです。われわれ子どもにとって、音楽とはまさしく、疑いと恐れを雲散霧消させるための装置だったのですから。

しかし、DC5ではだれがヴォーカル・アレンジをしていたのでしょうか。わたしは正統的なハーモニーというのは好まず、ビーチボーイズやアソシエイションのヴォーカル・アレンジには退屈してしまいます。

それはたぶん、ロックンロールにのめり込んだ小学校の終わりが、ブリティッシュ・ビート・グループの全盛にぶつかったためだと思います。ジョン&ポールを筆頭とする、彼らのイレギュラーなヴォーカル・アレンジがつねに身近にあったせいであり、とりわけDC5のハーモニーを死ぬほど繰り返し聴いたからなのだと思います。

Whenも変なハーモニーが大きな魅力になっていますが、つぎも、ハーモニーが変なところに行くので、メランコリーが気にならなくなる曲です。同じくデイヴ・クラーク&レニー・デイヴィッドソン作。

Dave Clark Five - Crying Over You


メロディーを歌っているのはマイク・スミスだと思います。ハーモニーのほうはだれの声かはわかりませんが(レニー・デイヴィッドソンか?)、これが典型的なDC5スタイル・ヴォーカル・アレンジだとわたしは考えています。

ただし、しばしばワン・ノート・サンバ状態のシングル・ノートのお経じみたラインになるのは、たとえば、ピーター&ゴードンやサーチャーズなども使っている手法です。DC5の場合、それが固有のスタイルに聞こえるほどなのです。

バラッドで静かに終わる予定だったのですが、ごく初期のラウド&ヘヴィー・ヒットに戻って今回は終わることにします。デイヴ・クラーク&マイク・スミス作。

Dave Clark Five - Bits and Pieces


この曲をビートの面からではなく、ハーモニーの面から聴くという外道なことをやると、DC5って変なバンドだなあ、と思います。左チャンネルは間違いなくマイク・スミスですが、右はマイクのダブルなのか、あるいは別人なのか。まあ、ストップタイムでシャウトするところを聴くと、右もマイクのようですが。

だれがハーモニーを歌ったのであれ、こういう曲調で、こういうコーラスをやってしまうというのは、よく考えるとかなりunusualなことです。当時はモノーラル盤しか知らなかったので、ぼんやり聴き過ごしていましたが、ステレオ・ミックスをはじめて聴いたときは、えー、こんなだったのかよー、と驚きました。

いやはや、DC5は語っても語っても語り尽くせず、中途半端なところですが、以下は次回へと。


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デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 1-Glad All Over/Return!/American Tour
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デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 2-Having A Wild Weekend/Weekend In London/Coast To Coast
Vol. 2-Having A Wild Weekend/Weekend In London/Coast To Coast
by songsf4s | 2011-09-03 23:51 | ブリティシュ・インヴェイジョン
The Instrumental Dave Clark Five ドゥエイン・エディーの落とし子としてのDC5
 
前々回の「ジェイムズ・ボンド・テーマはだれがつくったのか: ヴィック・フリック・ストーリー」という記事に書きましたが、ヴィック・フリックのギターを聴いていて、思い出した曲があります。

The Dave Clark Five - Sweet Memories


これをはじめて聴いたとき、『ア・ハード・デイズ・ナイト』のRingo's Themeみたいだな、と思いました。

じっさい、この曲は彼らの唯一の主演映画『五人の週末』(英題Catch Us If You Can、米題Having a Wild Weekend)の挿入曲だったようです。『五人の週末』は小学校六年のときに一回見ただけなので、記憶から抜け落ちてしまい、後年、CDで聴いたときは、はじめての曲に感じました。

『五人の週末』予告編


なんだか散漫な予告編ですが、映画の出来自体もどうというほどのものではなく(十数年前、アメリカの友人がVHSを見つけてくれて再見できた)、DC5の熱心なファンと、スウィンギング・ロンドンのファッションに興味のある人、そして、断簡零墨までほしいというジョン・ブーアマン・ファン以外には用のないものでしょう。『ポイント・ブランク』から入ったブーアマン・ファンはがっかりすると思います。

しかし、63年から66年までのDC5はつねにハイ・レベルのアルバムをつくっていて、OST盤の出来はちょっとしたものです。Catch Us If You Can、Having a Wild Weekend、Whenの三曲が入っているだけで十分に価値がありますが、New Kind of Love、I Said I Was Sorry、Don't You Realiseといった歌ものはいずれも文句なし、さらに、他のアルバムでは一曲ぐらいしか聴けないインストが五曲も入っていて、その面でも好ましいものになっています。

Sweet Memoriesは、オーセンティックなDC5サウンドとはいえず、映画の挿入曲ということもあって、セッション・プレイヤーの録音をDC5名義にしたのではないか、という疑いが頭をもたげますが、とりあえず判断はできません。

ひとつだけいえることがあります。彼らがEMI(レーベルはColumbia)と契約する以前に、Ember(チャド&ジェレミーの最初のレーベルだった)からリリースしたシングルにもよく似た雰囲気のインストがあります。

The Dave Clark Five - First Love


これは、ドゥエイン・エディーの曲です。

Duane Eddy - First Love First Tears


ドゥエイン・エディーはイギリスで絶大な人気があり、ブリティッシュ・インヴェイジョン時代のバンドのギタリストの多くに影響を与えていますし、前々回に取り上げたヴィック・フリックも、エディーの影響であのようなサウンドをつくったと語っています。

わたしが、ヴィック・フリックを聴いているうちに、なんだかデイヴ・クラーク・ファイヴに似たようなインストがあったな、と思ったのも、あいだにドゥエイン・エディーをはさめば、当然ということになります。

もう少しデイヴ・クラーク・ファイヴのインストを並べてみます。まずは、同じサントラ盤から。

The Dave Clark Five - On The Move


こちらのほうは、セッション・プレイヤーではないか、なんて疑いはまったく感じません。スネアのサウンド、四分三連のフィルをはじめとするプレイ(基本的なタイムは悪くないのだが、けっこうミスが多い。この曲のイントロはかなり危ない)、ともにデイヴ・クラークその人だと感じますし、他のパートのプレイも、録音スタイルもいつものDC5です。

つぎの曲もまた、いかにもDC5らしいサウンドです。前の曲とタイトルが紛らわしいのは困ったものですが。

The Dave Clark Five - Move On


ストレート・ロッカーだから、ドラム・サウンドで判断できるわけですが、バラッドでも、DC5らしいと感じないでもないトラックがあります。

The Dave Clark Five - Theme Without A Name


60年代のポップ・グループによるバラッドの特徴であって、DC5だけの味というわけではないのですが、とりわけDC5のバラッドは、湿度がきわめて低く、さわやかな甘さがあります。

ねっからのファンなので、DC5をあれこれかけていると、止まらなくなります。ヴィック・フリックからの連想で、今回はインスト曲を並べましたが、DC5はマイク・スミスのヴォーカルを中心としたバンドであって、シャドウズのようなインスト・グループではありません。次回以降、数回にわたって、DC5の本線の曲を聴いてみようと思います。


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デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 2-Having A Wild Weekend/Weekend In London/Coast To Coast
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デイヴ・クラーク・ファイヴ
Vol. 1-Glad All Over/Return!/American Tour
Vol. 1-Glad All Over/Return!/American Tour
by songsf4s | 2011-09-02 23:52 | Guitar Instro
続ジェイムズ・ボンド・テーマはだれがつくったのか: モンティー・ノーマンによる原曲(のようなもの)
 
前回の「ジェイムズ・ボンド・テーマはだれがつくったのか: ヴィック・フリック・ストーリー」なる記事をお読みになって、Wall of HoundのO旦那がメールをくださいました。

以前、ジェイムズ・ボンド・テーマの問題を書いたときにも、O旦那にコメントをいただいたのですが、今回はそれを補足する形で、モンティー・ノーマンが、『ドクター・ノオ』のテーマとして加工するようにと、ジョン・バリーに渡したという曲を聴かせていただきました。同じものを以下に貼り付けます。

Monty Norman - Good Sign, Bad Sign


わっはっは! メロディー部分ではなく、あの半音進行の有名なギター・リック(もちろん、昔の子どもはギターを持つとすぐに試したリフ!)が、このGood Sign, Bad Signという曲ではヴァースのメロディーになっているわけで、変な曲、としかいいようがありません!

さて、これだけつくってあれば、この曲の作者がすなわちジェイムズ・ボンド・テーマの作者といえるか否か?

逆のケースを考えたほうがよさそうです。James Bond Themeという曲の作者がジョン・バリーとされていたとしましょう。それに対して、モンティー・ノーマンは、あの曲のギター・リックは、わたしが1959年に書いたGood Sign, Bad Signのメロディーの一部を利用している、したがって、あの曲の作者はジョン・バリーではなく、わたくしモンティー・ノーマンである、という訴訟を起こしたら、どういう結果になったでしょう?

わたしは、モンティー・ノーマン敗訴だと思います。こんな音のきれっぱし、どこにでもある自明のものである、わずか四音の四分音符のみでは著作物とは認められない、以上、原告敗訴、と裁判官は断ずるのじゃないでしょうか。

いや、わずか四つの四分音符ながら、たしかにあれは重要なリックです。でも、それをいうなら、有名なギター・イントロなどにも著作権が認められることになるわけで、昔からそのたぐいは門前払いと決まっています。チャック・ベリーのギター・イントロはコピーし放題なのです。

あのリックを装飾として配置しつつ、一貫した曲を書いたのはジョン・バリーです。法が裁けないのなら俺が裁く、というミッキー・スピレイン流ア・ラ赤いハンカチ風にいうなら、クレジットや裁判所がどういおうと、やはりJames Bond Themeの作者はジョン・バリーです。

そもそも、音楽はメロディーだけで成り立つものではありません。どういうコードをつけ、どういう楽器にどのパートをプレイさせるか、そして、それをどのように録音し、なにを強調してバランシングをおこなうか、こうしたすべてが最終的な音のテクスチャーを決定するのが、モダーン・レコーディッド・ミュージックの本質です。

モンティー・ノーマンはこのリックの作者かもしれませんが、James Bond Themeの作者というには不満足な仕事しかしていないと、わたしは考えます。

前回、ヴィック・フリックのギターを聴いていて、思いだしたものがあるので、つぎはそれを取り上げると予告しました。いちおう、一通り聴きなおし、途中まで選曲もしたので、正真正銘、次回こそはそれをいってみる予定です。


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ジェイムズ・ボンド映画音楽集
Best of Bond: James Bond (Score)
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by songsf4s | 2011-09-01 23:54 | 映画・TV音楽