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岡本喜八監督『日本のいちばん長い日』 その3

これまでの2回は、ただ俳優の顔と役名を並べただけなので、プロットがぜんぜんわからないでしょうが、まだたいしたことは起きていないのです。軍部、とくに陸軍の抵抗にあって、政府はポツダム宣言受諾に踏み切れず、結局、天皇ご親裁となり、受諾が決まる、というあたりまでです。

当然、降伏反対、断固継戦を主張する人びとも紹介され(これまでにふれた人を役者の名前でいえば、黒沢年男、中丸忠雄、井上孝雄、高橋悦史、田崎潤)、波乱も暗示されます。

◆ 「老悪童」たち ◆◆
東宝映画だから当然ですが、『日本のいちばん長い日』のキャストは、あるときは黒澤映画に見えたり、あるときは東宝特撮映画に見えたりします。いや、若大将映画に見えたり、駅前シリーズに見えたりはしませんが!

しかし、他社の映画を思いだすシークェンスもあります。

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竜岡晋(石渡荘太郎宮内大臣)と中村伸郎(木戸幸一内大臣)

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北竜二(蓮沼蕃〔しげる〕陸軍中将、侍従武官長)

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この中村伸郎と北竜二の組み合わせは、小津映画ファンにはおなじみです。『秋日和』、『彼岸花』、『秋刀魚の味』という晩年の三部作で活躍する「老悪童」たちを演じたからです。さらに佐分利信や笠智衆が加わると完璧なんですが、どうであれ、これも意識的なキャスティングであり、意識的なショットでしょう。

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小津安二郎『秋刀魚の味』 左から中村伸郎、三宅邦子(背中)、北竜二、笠智衆

天皇はラジオ放送を通じて国民に直接、無条件降伏の決定を知らせる決断をします。歴史がどうこうということを離れていうなら、この決断のおかげで、映画のストーリーテリングの核ができあがり、以後、この放送を中心に話が動くことになります。

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石田茂樹(NHK荒川技術局長)

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加東大介(NHK矢部国内局長)

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森野五郎(NHK大橋八郎会長)

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北村和夫(佐藤内閣官房総務課長)

もちろん、徹底抗戦派のクーデター計画もプロットのいっぽうの柱であり、映画は彼らの策動を追いますが、いずれ、若手将校たちの話は放送の件と合流することになります。この両者がないと、映画としては苦しい展開になったでしょう、というか、映画化しようなどとは、だれも考えなかったでしょう。いっこうに話がまとまらない閣議だけでは客が全員寝ちゃいます。

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佐藤允(古賀秀正少佐、近衛師団参謀)

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久保明(石原貞吉少佐、近衛師団参謀)

「王城の警衛」、天皇のボディーガードであるはずの近衛師団の将校たちが、クーデターを企図するのだから、毎度ながら帝国陸軍のメンタリティーというのはよくわかりません(ま、天皇をダシにした、「維新の志士」とかいう、薩摩や長州のテロリストどもの親類だと思えばいいのかもしれない)。事態は二・二六事件に似た相貌を帯びはじめます。

◆ 長老たち ◆◆
いっぽう、ライヴか録音かでもめていた天皇の放送は録音と決まり(閣議の議題になる!)、その準備がはじまります。

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神山繁(宮内省加藤総務局長)

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浜村純(宮内省筧庶務課長)

天皇が放送局に来てスタジオで録音するなどというのはありえないわけで(当時のJOAKは田村町にあったのだから、宮城の「ほんの筋向かい」だが!)、宮内省の役人たちが場所の選定をしたりします。浜村純の宮内省職員はドンピシャリ。

いっぽう陸軍では、荒尾大佐の発案で、長老たちが集められ、部下の妄動を抑える、という一札を入れることになります。

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小瀬格(若松只一陸軍次官) 左は荒尾大佐(玉川伊佐男)

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岩谷壮(杉山元陸軍元帥)

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今福正雄(畑俊六陸軍元帥)

このあたりからすこしテンポが速くなり、描写が立体的になり、「映画の娯しみ」がふくらみはじめます。

ちょうどいまの時期を扱っているところにもってきて、政治家、官僚、軍人しか出てこないので、みな正装しているため、じつに暑そうな画面になっていて、冬に見たほうがいい映画なのですが、とりわけ、クーデターの首謀者のひとり、畑中少佐(黒沢年男)があちこち駆けずりまわって、口角泡を飛ばして議論する様は、見ているだけで熱中症になりそうです。

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坂を上るので、北の丸(近衛師団)か市ヶ谷台(陸軍省)に向かっているのかと思ったのですが、ついた先は、なぜか低地の第一生命館です。暑さと畑中少佐の不屈の闘志を描くために、高台から低地に向かうという地理的リアリズムは捨てたのかもしれません。

戦後、第一生命館は進駐軍に接収され、GHQが置かれたことはよく知られていますが、太平洋戦争中はここに東部軍管区司令部が置かれていたそうです。むろん、わたしはその時代を知っているわけではありませんが、映画やドキュメンタリーでおなじみの「東部軍管区発表」という例の空襲警報の出どころです。

第一生命館はすでに建て替わっていますが、皮一枚残す気色の悪い建築法で、ファサードの列柱だけは保存されました。建築学者はみなこのファサードを絶賛するのですが、素人の目には四角い棒がただ並んだ鶏小屋の化け物にすぎず、かつて近代建築行脚をしたときも、フィルムと現像代の無駄だから、この建物は素通りしました。いまだに嫌いです。わたしが好きなのは「装飾への強い意志を持ったデザイン」を有する建築だけです。

さて、汗だくになって四角い棒のあいだを駆け抜けた畑中少佐を迎えたのはこの人。

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石山健二郎(田中静壱陸軍大将、東部軍司令官)

田中静壱〔しずいち〕大将の写真を見ると、まったく雰囲気がちがいますが、わたしは石山健二郎が好きなので、かまわん、かまわん、です。「なにをしにきた!」と畑中少佐を一喝するところも、堂に入った将軍ぶりで、大向こうから声がかかりそうです。

もっとドンドン顔写真を並べるつもりだったのですが、そろそろ時間切れ、次回は「サスペンス映画」らしいところに入れるので、もっとスピードアップしたいものです。

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by songsf4s | 2010-08-07 23:49 | 映画
岡本喜八監督『日本のいちばん長い日』 その2

前回の『日本のいちばん長い日』その1で、この映画の英訳題がJapan's Longest Dayというのは不都合だと書いたところ、いつも当ブログを裏から支えてくださっている三河のOさんから私信をいただきました。

『日本のいちばん長い日』のスコアは佐藤勝が書いたのですが、Oさんによると、その佐藤勝のCDなどでは「The Emperor and a General」という英語題名が使われているそうです。この単数形の「将軍」は、当然、阿南惟幾大将を指しているのでしょう。Japan's Longest Dayではあんまりなので、こちらの英訳題を使ってほしいものです。

◆ 日本男子の半分 ◆◆
さて、前回に引きつづき、今日も思考停止して、『日本のいちばん長い日』のキャストを登場順に見ていこうと思います。

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中丸忠雄(椎崎二郎陸軍中佐)

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加藤武(迫水久常内閣書記官長)

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川辺久造(木原通雄内閣嘱託)

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玉川伊佐男(荒尾興功陸軍大佐)

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井上孝雄(竹下正彦陸軍中佐)

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二本柳寛(大西瀧治郎海軍中将、軍令部次長)

ここらで一休み。ただ写真に人名と役職をつけているだけですが、これが案外神経を使うもので、もう疲れつつあります。いやはや。

迫水〔さこみず〕久常内閣書記官長は加藤武が演じています。昔、この人の『大日本帝国最後の四か月』という本を読みましたが、行文から受けた印象は、加藤武のようなタイプではありませんでした。いかにも帝大出の切れ者という雰囲気で、無骨なところは感じられませんでした。

最近は知りませんが、昔は大西瀧治郎中将は、多くの人が知っていた軍人で、「特攻隊の生みの親」といわれていました。じっさいには特攻隊の発案者ではないそうですが、その後、特攻隊の強力な推進者になったという点については、歴史的に疑義はないと思います。『日本のいちばん長い日』では、大西中将はかの「二千万特攻論」をふりかざして東郷外相に迫ります。

「外相、もうあと二千万、二千万の特攻を出せば、日本は、かならず、かならず勝てます!」
「大西さん、勝つか負けるかはもう問題ではないのです。日本の国民を生かすか殺すか、ふたつにひとつの――」
「いや、もうあと二千万、日本の男子の半分を特攻に出す覚悟で戦えば――」


ふーむ。これだけでは狂人にしか思えませんが、人間というのはそう単純なものではなく、大西瀧治郎は真珠湾攻撃計画の立案者でもあり、すぐれた知性の持ち主であったことを推測させる業績もあります。

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小林旭の「ダイナマイトが百五十屯」も非現実的な数字ですが、二千万人の特攻隊、日本の男子の半分というのも、植木等ですら歌わないだろうという、呆れかえった数字ですな。いま首都圏の人口はどれくらいでしたっけ。東京、神奈川の老若男女をすべて合わせるとそれくらいの数字ですか。冗談じゃありません。

1945年3月10日の東京大空襲の死者が約10万と推計されています。広島や長崎の死者もその前後の数ですし、ドレスデン空襲もやはり10万前後の死者といわれています(日本人は東京大空襲や長崎広島のことは大騒ぎするくせに、同じ時期に、やはりアメリカの爆撃によってドレスデンが瓦礫の山になったことを知らなすぎる。自分の苦しみだけ騒ぎ立て、他者の苦しみに無神経というのは、個人だったら鼻つまみものだ。なお、捕虜としてドレスデン空襲を経験したカート・ヴォネガットは『屠殺場5号 あるいは子供十字軍』を書き、ジョージ・ロイ・ヒルによって映画化された)。それを見れば、二千万人の特攻という数字がいかに馬鹿馬鹿しいか一目瞭然です。

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そもそも、その特攻隊員を乗せる戦闘機をどうするのでしょうか。二千万機の戦闘機と搭載する爆弾をつくれる生産力が日本にあれば、戦争に負けるはずがなく、特攻隊だなんていう、窮鼠猫を噛む破れかぶれの戦法など、洟も引っかけられなかったでしょう。

ふーむ。やはり、戦争中のどこかの時点で、まともな判断のできない状態になってしまったのだと思います。大西中将は当初、金と時間をかけて訓練したパイロットを、一回の飛行で貴重な機体もろとも死なせてしまう特攻隊は愚劣な計画だといったそうなので、そのあたりまではきちんとした判断力があったことになります。その後、その無意味な作戦に指揮官として従事し、つぎつぎと自殺飛行に送り出していくあいだに、情緒破綻に陥ったのではないでしょうか。

日活アクション・ファンにとっては、二本柳寛はいつもクールなギャングのボスです。当家で過去に扱った映画でいえば、『霧笛が俺を呼んでいる』『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』のボスが二本柳寛でした。

大人になってから小津安二郎の『麦秋』で、北鎌倉のプラットフォームのシーンの二本柳寛を見て、「ウッソー」と思いましたが、『日本のいちばん長い日』の大西中将役も、日活アクションのときとはまったく異なった演技をしています。『日本のいちばん長い日』で、まず最初に「おや?」と居ずまいをただしたのが、この大西=二本柳登場シーンでした。わたしは二本柳寛が好きなのですが、残念ながら、出番はこのシーンのみ。さても、オールスター映画は忙しないことですわ。

◆ われわれは勝手に戦う ◆◆
さらにキャスト一覧をつづけます。

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八世松本幸四郎(昭和天皇)

さすがに昭和天皇は、「天皇」などと字幕は出ません! キャメラは幸四郎の顔を正面からアップで捉えることはなく、ミドルショット、しかも手前の人物の頭で顔を半分隠したり、背後から撮ったり、手袋をし、椅子の肘掛けを握る手を捉えたりと、間接的に描いています。

こういう顔すらろくに映らない役を松本幸四郎のような役者が演じるのだから、そりゃもう豪儀なものですぜ。ま、天皇だから、「役不足」なんてことはぜったいにありませんがね!

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高橋悦史(井田正孝陸軍中佐)

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三井弘次(新聞記者)

三井弘次は役名なしの新聞記者として登場します。市井の人物を演ずることの多かった俳優ですが、なぜか新聞記者の役も、わたしが知るかぎり三回やっています。あとの二本はいずれも黒澤明作品で、『天国と地獄』と『悪い奴ほどよく眠る』です。『日本のいちばん長い日』のキャスティング・ダイレクター(というクレジットが日本映画にはないのはなぜ?)は、黒澤映画での三井弘次の役どころを意識していたにちがいありません。

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島田正吾(森赳〔たけし〕陸軍中将、近衛第1師団長)

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土屋嘉男(不破博陸軍大佐)

この映画の島田正吾はけっこうでした。こういう人が脇にいると映画に重みと厚みが加わります。近年の時代劇がつまらないのは、こういう、画面に登場しただけで年輪を感じさせる年配の役者が払底したからだと思います。出番は多くないものの、非常に重い役どころに新国劇の重鎮が坐る――いやあ、いまになると、なんとも贅沢だなあ、と溜息が出ます。

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近衛師団司令部の建物は、現在、東京国立近代美術館工芸館となっていて、だれでも内部を見ることができます。さすがは「王城の警衛」、陸軍省とはだいぶ趣のちがう、優雅な煉瓦造のネオゴシック風建築です。十年ほど前、なかに入ったときは、ここで森師団長が殺害されたことは、すっかり失念していました!

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田崎潤(小園安名海軍大佐、海軍航空隊厚木基地司令官)

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平田昭彦(菅原英雄海軍中佐、厚木基地副長)

これは以前、「横浜映画」という記事で書きましたが、この田崎潤と平田昭彦の厚木基地首脳コンビは、『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』の秘密組織の親玉と腹心の組み合わせで、東宝特撮ファンは思わず頬がゆるんでしまいます。

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『日本のいちばん長い日』厚木基地の幹部、田崎潤(手前)と平田昭彦。

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『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』〈赤イ竹〉のボスと幹部。左から平田昭彦、田崎潤、天本英世。

しかし、この小園安名大佐は、終戦のときにもっとも頑強な抵抗をした人で、笑ってばかりもいられません。この『日本のいちばん長い日』が終わっても、まだ数日のあいだ、厚木基地の航空戦力を一手に握って、徹底抗戦を主張しつづけ、政府と海軍首脳を懊悩させることになるのです。終戦の詔勅をきいて、兵士を集め、本日をもって帝国海軍は消滅した、以後、われわれは勝手に戦う、と訓示したというのだから、すごいものです。

しかし、あれだけの戦力を掌握しながら、結局、戦闘機一機出撃させなかったのはなぜなのか、さっぱりわかりません。ただ一回の戦闘に全戦力を投入する覚悟があれば、すぐそこ(いや、つまり房総沖)まで来ていたアメリカ太平洋艦隊の空母を沈めるくらいのことはできたでしょうに。マラリアによる高熱で、ただ朦朧としていただけ?

いやはや、ただスクリーン・キャプチャーを並べ、名前を書いているだけなのですが、時間はあっという間に過ぎ去り、そのくせ映画はまだはじまったばかりで、さっぱり進まず、さらに2、3回は『日本のいちばん長い日』をつづけることになりそうです。ほかの戦争映画も用意しているので、簡単に駆け抜けようと思ったのですが、なかなかどうして、いちばん長い日というだけのことはあります。


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by songsf4s | 2010-08-06 23:47 | 映画
岡本喜八監督『日本のいちばん長い日』 その1

わたしは遅れてきた軍国少年だったので、兵器の実物にさわることと、戦争映画を見ることには熱心な小学生でした。いまでもそうですが、7月4日には米軍基地が一般公開されました。いまはなき空母フォレスタルのエレヴェーター(載せてくれる)や格納庫(入れてくれる)には興奮したし、もちろんF-4の座席にも坐り、操縦桿も握ったし、親指でトリガーカヴァーを跳ねあげたりもしました。

いまは兵器マニアの子どもというのはあまりいないのでしょうが、昔は異常なことではなく、ごく当たり前の性向でした。わたしが子どものころは、太平洋戦争は「オンリー・イエスタデイ」だったのです。

いま振り返って、みずからの「兵器マニア」ぶりをより細かく分類するなら、「兵器デザイン・マニア」という、兵器マニアのなかでもヴィジュアルに片寄った亜種だったと思います。美しい兵器がなによりも好きだったのです。『史上最大の作戦』を見たときは、映画がどうのこうのなんていう前に、ホンモノのメッサーシュミットが飛んでいるのに感動したわけで、小学校のとき、しばしば戦争映画を見たのも、兵器の視覚的美を探求するためでした。

◆ 夏の東宝戦争映画 ◆◆
戦争映画で困るのは、邦画はみな悲惨で暗い、ということです。わたしはシリアスなものは好きではないので、日本製戦争映画は避け、ハリウッド映画ばかり見ていました。それも、太平洋戦線はやはり腹が立つので(『戦場に架ける橋』だなんていう噴飯もののデタラメ映画に出くわしたりする。これはイギリス映画だったが)、欧州戦線をあつかったものを好みました。その典型が『史上最大の作戦』だったのです。

いまはもう題材にしにくいでしょうが、あのころは「もっとも最近の戦争」だったので、朝鮮戦争を舞台にしたものもありました(当時見たものとしては『第八ジェット戦闘機隊』というのがあった。理屈のうえでは『マッシュ』もそうだが、朝鮮戦争らしさなどかけらもない。ヴェトナム戦争のメタファーとしてつくられ、客もそれを承知で見た)。

とはいえ、日本映画にも多少は楽しい戦争映画がなかったわけではありません。とくに、あの時代には恒例だった夏の東宝戦争映画は、「戦争の悲惨さを強調した暗い反戦映画」ではないものばかりでした。『青島要塞爆撃命令』(第一次世界大戦を扱ったもの)や『キスカ』などは、だから日本製は嫌いだ、などとはならずにすみ、気持よく映画館を出ることができました。

古沢憲吾『青島要塞爆撃命令』


昔はわかっていませんでしたが、いまになると、『ナバロンの要塞』にヒントを得たように見えます。一升瓶みたいな爆弾を「マニュアルで」落とすシーンが、じつにのんびりしていてよかったという記憶があります。

丸山誠治『キスカ』


大がかりな鬼ごっこという感じの楽しい映画でした。この直前のアッツ島守備隊の玉砕ばかりが強調されますが、アッツの二の舞にならなかったキスカの脱出作戦を無視するなよ、といつも不満に思っています。

また、夏の大作戦争映画のラインではなかったと思いますが、東宝は『どぶ鼠作戦』(1962年、監督=岡本喜八、出演=加山雄三、佐藤允、夏木陽介)なんていう戦争娯楽映画もつくっていて(その先行作品である岡本喜八の『独立愚連隊』と『独立愚連隊西へ』はあとから見た)、国産戦争映画でも、東宝のものならうんざりする心配はなく、ほとんどすべて見ました。

岡本喜八『独立愚連隊』 trailer


岡本喜八『独立愚連隊西へ』


いま、記憶をまさぐってみましたが、ほかに日本製の「楽しい戦争映画」といっても、東宝以外の撮影所によるものでは、日活の『零戦黒雲一家』(1962年、監督=舛田利雄、出演=石原裕次郎、二谷英明。日活脇役陣が、ギャングと大差のないならず者兵隊になって総出演していたのが楽しかった。よく遊びに行っていた場所でロケがおこなわれ、兄がその話をしていたのを記憶している)ぐらいしか思い浮かびませんでした。

いや、大物を忘れていました。

増村保造『兵隊やくざ』 trailer


戦争は楽しいものだ、と云いたいわけではありません。戦争は悲惨です。でも、「戦争映画」はべつです。戦争映画も、映画である以上、楽しいものであるべきです。戦争映画だけは、他の映画とはちがい、悲惨でなければいけない、なんて理屈はありません。

Japan's Longest Day(日本のいちばん長い日) trailer


◆ 不都合なタイトル ◆◆
毎度、新しい映画に入るときは前置きが長々しいのですが、今回は一段と長くて、いやはや、です。しかし、フォン・クラウゼヴィッツもかの『戦争論』でいっています。「単独の理由で起こる戦争はない」のです。はじまるまでにあれこれややこしいイザコザがあるのが戦争というものなのです(これは男女間の「紛争」にも当てはまる。「開戦」に至る長い歴史を踏まえたうえでなくては、「男女間地域紛争」の解決もおぼつかない)。

まあ、戦争についてはいろいろ立場があるので、その点に配慮し、「戦争」を肯定するわけではない、「戦争映画」を肯定するだけだ、てなあたりでご了解いただけたものとして話を進めます。ま、小理屈ですがね。

さて、『日本のいちばん長い日』です。日本の戦争映画で、太平洋戦争を扱ったものとしては、『日本のいちばん長い日』は「楽しく見られたもの」の筆頭でした。原作の意図も、映画製作の意図も、「戦争は悲惨である」路線に添ったものだったのでしょうし、シリアスな作品なのですが、「それはそれとして」ボク除けの反戦は神棚に祀ってしまい、たんに戦争を背景にしただけのサスペンス映画として楽しみました。

『日本のいちばん長い日』は東宝創立35周年記念映画ということで、オールスター・キャストだったこともおおいに魅力的でした。いや、オールスター・キャストならいい、というわけではありません。オールスター・キャストゆえに失敗した映画のほうが圧倒的に多いでしょう。『日本のいちばん長い日』は、オールスター・キャストがうまくいった稀な映画だと思います。

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ともに第二次大戦を扱ったという共通点しかないのですが、タイトルが暗示するように、東宝は『史上最大の作戦』すなわち「もっとも長い日」(The Longest Day)を意識していたにちがいありません。『史上最大の作戦』は、オールスター・キャストがそこそこ機能した映画でもありました。

それにしても、『日本のいちばん長い日』の英訳題がJapan's Longest Dayとは困ったものです。海外の日本映画ファンは、タイトルだけ見て、『史上最大の作戦』のチープなニセモノか、と敬遠するのではないでしょうか。愚かなタイトルを付けたものです。Emperor's Decisionとかなんとか、いまからでも遅くないから別英題をつくったらどうでしょうか>東宝。どんなタイトルでも、『史上最大の作戦』のニセモノと誤解されるよりはマシです。

◆ 「俳優名鑑」の楽しみ ◆◆
『日本のいちばん長い日』の「日」は、8月14日から翌日の終戦詔勅放送までの24時間を指していますが、映画は7月26日の「ポツダム宣言」の発布から受諾にいたる経過を説明することからはじまり、8月14日正午ごろの御前会議のシーンになってタイトルが出るまでに20分以上かかります。史上最長のアヴァン・タイトル・シークェンスかもしれません。

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ということで、プロットとしては、ポツダム宣言受諾の詔勅が下ってから、じっさいにそれが国民に知らされるまでの、軍部を中心とするさまざまな人びとの動きを追い、無事に終戦にこぎ着けるまでの物語、といったぐあいに要約していいでしょう。

上掲の予告篇にも、「日本映画俳優名鑑」と出てきますが(いや、戦争映画なので女優はほとんど登場せず、「男優名鑑」というべきだが)、いまになると、製作から長い時間が経過した分、よけいに「オールスター」の度合いは高まって感じられます。物故したり、引退したりした人は、現役のときより重みが加わった印象になるものですし、その後の俳優活動で重みを増す人もいるからです。映画の見方としてちょっと奇妙かもしれませんが、しばらく、登場順にキャストを見ていこうかと思います。

『日本のいちばん長い日』は、オープニング・クレジットがなく、エンディングでキャストが出ますが、これがビリング順ではなく、登場順になっています。そのあたりも、エンド・タイトルでABC順にキャストを並べた『史上最大の作戦』に範をとったのかもしれません。オールスター・キャスト映画の場合、ビリングを決めようとするとトラブル続出になるからでしょう。

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宮口精二(東郷茂徳外務大臣)

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戸浦六宏(松本俊一外務次官)

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志村喬(下村宏情報局総裁)

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三船敏郎(阿南惟幾〔これちか〕陸軍大臣)

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笠智衆(鈴木貫太郎総理大臣)

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黒沢年男(畑中健二陸軍少佐)

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山村聡(米内光政海軍大臣)

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香川良介(石黒忠篤農務大臣)

『日本のいちばん長い日』は、大雑把に分けて、政府側の動きと、「抗戦派」ないしは「本土決戦派」の若い士官たちの動きを追った映画ですが、冒頭は閣議での「会議は踊る」状態を描いているので、まだ本土決戦派は黒沢年男しか紹介されていません。

ビリングをつけるなら、主演=三船敏郎、共演=山村聡、笠智衆というあたりで、中心となる俳優は冒頭で紹介されています。この3人については、文句のないキャスティングです。むろん、歴史上の人物だから、その人物にどういう評価を与えるかによって、キャスティングの考え方も変わるでしょうけれど。

とりわけ阿南惟幾は毀誉褒貶があると思います。この映画では、三船敏郎が演じているのだから、阿南大将を製作者がどう見ているかは明らかでしょう。たんに役としてみると、この陸軍大臣はきわめて微妙な立場にあり、ものすごくむずかしい役どころだと思いますが、さすがは三船、たいしたものだと思います。

しかし、つらつらおもんみるに(お盆も近いので抹香臭くなった)、1967年には、オールスター・キャストの重みもそれほどたいしたことはなく、物語のほうを楽しみました。キャスティングに味が出たのは、なかば以上、歳月のおかげです。東宝特撮映画を見ていても、キャスティングが楽しいのですが、これまた歳月のおかげ。古い映画を見るのは、新作を見るのとずいぶん異なった意味のあることに、改めて気づかされました。

キャストを並べるなんてバカみたいではありますが、次回もさらに顔と役と名前を見てみようと思います。


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決定版 日本のいちばん長い日 (文春文庫)
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by songsf4s | 2010-08-05 23:51 | 映画
デニス・ホッパー監督『イージー・ライダー』(1969年) その6

『イージー・ライダー』とはぜんぜん関係ないのですが、昨日見ていて爆笑した『Frank Sinatra Spectacular』というショウの一コマ、サミー・デイヴィス・ジュニアのセグメントからのクリップ。途中からいろいろなシンガーの物真似になりますが、ディーン・マーティンの真似がムチャクチャに楽しいのです。



もうひとつ、いま途中まで見たディーン・マーティンをホストに70年代から80年代にかけてつづいたテレビ番組、Celebrity Roastのフランク・シナトラの回から、ピーター・フォーク、というか「LA市警のコロンボ警部」のスピーチ。扮装もコロンボのまま、いうことなすことコロンボそのままでスピーチをし、毎度、容疑者を怒らせてしまう例のくどい「いじり方」でシナトラを困らせます。



スピーチ・テーブルの両側はもちろんホストのディノとゲストのシナトラ、パネルは、ロナルド・レーガン、オーソン・ウェルズ、ジーン・ケリー、テリー・サヴァラス、ドン・リクルズ、レッド・バトンズ、アーネスト・ボーグナインなどなどの人びとです。

タイトルのroastというのは「こきおろす」といった意味で、Dean Martin's Celebrity Roastは毎回、大物ゲストを俎上に載せ、パネリストがよってたかってウィットに富んだイジメをするというもので、10シーズンほどつづいた長寿番組でした。

◆ リズムの変化 ◆◆
さて、『イージー・ライダー』。今日はなんとか最後の曲、ロジャー・マギンのBallad of Easy Riderにたどり着こうと思っています。

ワイアットはビリーほどキンキラの娼家になじめず、敵娼に、外に出ないか、といい、ビリーとその敵娼もいっしょに、マルディ・グラで賑わうニューオーリンズの町に出ます。

マルディ・グラのシークェンスは「芝居」はなしで、四人が歩くすがたをそのままキャメラ(アリフレックスかなにかに替え、手持ちで撮影している。ここだけ画調が異なる)で捉えただけに見えます。このドキュメンタリー・タッチのチェンジアップはなかなか効果的で、そのままタブレット(コミューンを出発するときにもらったもの)を服用しての、トリップ・シーンへとつながります。このシーンにかぎらず、幻想シーンというのはそれほど面白いものではないので、とくにいうことはありません。

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ニューオーリンズに入ってから、編集のリズムが変化して、グッド・グルーヴが消えるように感じます。ここまでの編集のリズムはいいのだから、これは意識的なのではないでしょうか。幻想シーンからあいだになにもはさまず、そのまま、おそらくは帰路についたところなのでしょうが、またライドのシーンが出てきます。このシークェンスがそれまでとは微妙に感触が異なるように思います。

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ここで流れるささやかなインストゥルメンタル、エレクトリック・フラッグのFlash, Bam, PowはOST盤には収録されていません。これは1967年AIP製作の『白昼の幻想』(監督=ロジャー・コーマン、脚本=ジャック・ニコルソン、出演=ピーター・フォンダ、デニス・ホッパー、ブルース・ダーンというぐあいに、『イージー・ライダー』のプロトタイプのようなスタッフとキャスト)に使われたトラックの使いまわしです。それで『イージー・ライダー』のOST盤には収録されなかったのでしょう。

『白昼の幻想』は全編にエレクトリック・フラッグの音楽が流れますが、マイケル・ブルームフィールド・ファンが聴いても、とくに面白いものではありません。ハスケル・ウェクスラーの『アメリカを斬る!』(Medium Cool)のOSTもとくにブルームフィールドのプレイがどうこうというものではありませんでした。ついに見そびれてしまったBehind the Green Doorも、ブルームフィールドのプレイを聴くために見るほどのものではないだろうと推測しています。

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『白昼の幻想』は公開当時に見たきりなので、いいも悪いも、記憶なし。考えてみると、『白昼の幻想』は「全編にロックンロールを流す」映画だったわけで、その意味で『イージー・ライダー』に先行するものだったのに、当時はその点をとくに重視しませんでした。AIP製作だから、ジャンル映画、音楽映画の一種と捉えたのかもしれません(『イージー・ライダー』公開後のリヴァイヴァルで見た可能性もある)。トリップ・シーンが話題になったので見ましたが、とくに面白かったという記憶はありません。

Roger Corman - The Trip (1967) trailer


うーん、トレイラーを見ても、まったく記憶を刺激されず、完璧に忘れてしまったようです!

◆ We blow it ◆◆
エレクトリック・フラッグのFlash, Bam, Powの流れる夕暮れのライド・シーンが終わると、また焚き火の前での対話です。これが最後の対話なので、重要なものに決まっていますが、ハンソンの長広舌とちがって、このワイアットとビリーの対話は短く、解釈はわれわれにゆだねられています。

ビリーは(例によってハッパをやって)クスクス笑いながら、「やったぜ、俺たちはやったんだ。金持ちだ。やったぜ、やったぜ、俺たちはフロリダに引退だ」とはしゃいでいます。

しかし、ワイアットはニコリともせず、一言「俺たちはしくじった」(We blow it)と云います。それだけなので、どのようにでも解釈の余地はあるのですが、しかし、それほどわかりにくいわけはありません。といって、ここでわたしの解釈を説明するのも野暮なので、やめておきますが。

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ビリーは、ワイアットの云うことが理解できず、どういうことだ、とききますが、ワイアットは「しくじった」と繰り返すばかりです。はじめから、この二人のキャラクターは明瞭に描き分けられていて、ビリーはものごとを単純かつ直截に捉えますが、ワイアットは思索的な人間として描かれています。だから、コカインの取引からはじまったこの「旅」について、ビリーは成功、ワイアットは失敗という、正反対の結論を導きだしたわけです。

つまるところ、これは両者の世界観のちがい、ものごとを見る基準の置き方のちがいを反映しています。ビリーは金と自由と女とドラッグがあればハッピーといういたって形而下的人物なのに対し、ワイアットはもうすこし形而上的で、この世界にも、われわれの人生にも、なにか「意味」があると信じたいのでしょう。

Flash, Bam, Pow~We blow it~It's Alright Ma~Gunshots~End Title


◆ エモーションの欠落 ◆◆
最後の2曲、どちらもロジャー・マギンの歌へといきますが、未見の方は、いくらなんでももうお読みになるのをやめたほうがいいでしょう。あらかじめ知っているよりは、知らないほうがずっといいエンディングですから。

このへんが前半とはタッチがちがうのですが、つぎのライドはいきなり夕暮れの風景で、そのあとにもっと明るいシークェンスがつなげられています。つまり、二日の時間経過をあらわしているのかもしれませんが、そのへんは不明瞭です。

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ここで流れるロジャー・マギンのIt's Alright Ma (I'm Only Bleeding)は、もちろんボブ・ディランのBringing It All Back Homeからのもので、マギンもアコースティックギターとハーモニカのバッキングで歌っています。このマギンの2曲だけは、他のトラックとは異なり、既存のものではなく、『イージー・ライダー』のために録音された(It's Alright Ma)か、新たに書かれたもの(The Ballad of Easy Rider)です。

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最初に見たときは、アコースティックに変化したことにハッとしましたが、いまになると、そこに意味があるともないとも判断しかねます。It's Alright Maが選ばれた理由は、主として歌詞だろうと思われます。「大丈夫だよ、ママ。ぼくは血を流しているだけだ」というタイトルになったコーラスが、この直後の襲撃シーンにつながるからではないでしょうか。

その襲撃シーンですが、これが書きにくいのです。最初に見たときも不思議な感じがしたし、今回の再見でもやはり妙な感じが残ります。ほかに車の見あたらない寂しい道路で、ワイアットとビリーはピックアップ・トラックに乗った男たちに出会います。トラックの男は冗談半分にビリーに銃口を向け、「髪の毛を剪ったらどうだ」と云い、ビリーは中指を突き立てて見せます。

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このつぎのショットが妙なのです。ビリーの「ファック・ユー」に、男たちはとくに感情的な反応を見せず、ただ「ちょっと脅かしてやるか」と無表情に云い、ショットガンを撃ちます。ふつうなら、ここは「ファック・ユー」に色をなすショットをはさんでから発砲なのではないでしょうか。子どものときも、無表情のまま発砲するところがすごく不気味に感じられましたし、いまもって奇妙な感覚をおぼえます。

このシークェンスが奇妙になった原因のひとつは、ピックアップ・トラックの男たちが、おそらく俳優ではなく、素人だからだろうと思います。演技といえるようなものではなく、セリフも棒読みですし、表情に変化らしい変化をつけることもしていません。だから、「不気味な印象を与える演技」をしたわけではなく、たんなる結果にすぎません。

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それでもなお、これは作り手の意図にちがいありません。では、肝心の場面に素人を登場させ、不器用な「演技」をさせたのはなぜか? その答えはすでに自分で書いたようです。たぶん、そのほうがずっと怖いからです。

訓練を受けた俳優が「ロングヘアード・フリークにファック・ユーと侮辱され、脅すだけのつもりだったのが気が変わり、怒りのためにわれを忘れて発砲してしまう」演技をしたとしたらどうでしょう? 理に落ちてしまいます。変な言い方ですが、それでは「ちゃんとした理由のある発砲」になってしまいます。じっさい、子どもにすら「なんか変だ」という強い印象を与えたのだから、この「演出」(というか「演出の不在」というべきかもしれないが)は成功だったと思います。

◆ To some other town ◆◆
ワイアットはバイクを停め、ピックアップ・トラックを見送ってから、倒れたビリーのところに駈けつけます。ビリーは「I'm gonna get 'em」(「やっつけてやる」)といい、ワイアットは「いま、助けを呼んでくるから」といって再びバイクに乗ります。

ここも奇妙に感じました。ワイアットはトラックが去った方向へと行くからです。そっちへ行っては危険だろうと思うのですが、まあ、考えてみると、彼がビリーに止めを刺しに戻ってくる恐れがあり、じっさい、トラックは反転してきます。でも、ワイアットは武器など持っていないはずで、どうするつもりだったのかと思います。まあ、理屈ではなく、衝動的な動きということにしておきますが。

トラックの男がワイアットに向かって(正確にはキャメラに向かって)発砲するショットはありますが、ワイアットがどうなったかはわからず、ただバイクが吹き飛び、爆発するショットで終わる、というのはご存知の通り。たいていの観客は、ワイアットも撃たれたものと解釈するでしょう。

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当時はそんなことは思わなかったのですが、今回の再見では、こういう間接的なショットで終わる映画があったなあ、と思いました。なんのことはない、『2001年宇宙の旅』を連想していたのでした。あのサイケデリック・シークェンスが終わって、どこかの室内になってからはわからないことだらけで(ただし、アーサー・C・クラーク版『2001年宇宙の旅』では明快に説明されている)、「で、結局、フランク・ボウマンはどうなったのだ?」と思いましたが、『イージー・ライダー』のエンディングにも似たような感覚があります。

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『2001年宇宙の旅』は1968年公開、『イージー・ライダー』はその直後に製作されているので、ピーター・フォンダ、デニス・ホッパー、テリー・サザーンの三人は、エンディングをむくつけにしない手法のヒントをスタンリー・キューブリックに頂戴したのかもしれない、などと空想しました。

なんだかスッキリしないといえばスッキリしないのですが、音楽の力というのはすごいものだと思います。歌を聴いているうちに、なんとなく腑に落ちてしまうのです。

爆発炎上するワイアットのバイクから、キャメラは空撮で引いていき、ロジャー・マギン歌うBallad of Easy Riderが入ってきて、空撮のままエンディング・タイトルに入ります。二人の生死はあいまいですが、Flow river flow, flow to the seaというマギンの歌が叙情的な感覚を生み、「なんとなく」これでいいような気がするというか、映画を見た、という気分になってしまうのです。その意味で、よくできたテーマ曲といっていいでしょう(またしても連想だが、『黒いオルフェ』の悲劇の翌朝、子どもがギターを持って歌うエンディングを思いだした。輪廻転生的感覚)。



連想といえば、『狂った果実』『八月の濡れた砂』『冒険者たち』も思い起こすわけで、空撮エンディングはあの時代のはやりものだったのかもしれません。

◆ Southern Man ◆◆
当時はもちろんこのエンディングは衝撃的に感じられました。しかし、製作から40年もたったので、衝撃力は当然ながら減じられたと感じます。その分、今回の再見では、「きれいな映画だなあ」とばかり思って見ていました。子どものときは、撮影の美しさをあまり意識していなかったようです。『イージー・ライダー』を、『オリエント急行の殺人』みたいな観光映画のようにいっては具合が悪いかもしれませんが、でも、これほど美しい映画はそうはないでしょう。

もうひとつ、当時は「南部っていうのは怖ろしいところなんだなあ」と思いましたし、じっさいにそういう側面もあったのでしょう(70年代なかばに同級生がテキサスを旅したが、その話をきいて、たんなる思いこみにすぎないが、やはり怖ろしいところだと感じた)。でも、いまになると、レーナード・スキナードがSweet Home Alabamaを歌った心情もわかるし、たんに風体が怪しいよそ者というだけでバットで殴ったり、ショットガンで撃ったりなどはしない大多数のふつうの南部人は、すごく迷惑しただろうなあ、と思います。もちろん、公民権運動の問題をはじめ、南部には抑圧的な伝統があったのだから、火のないところに煙を立てたわけではないものの、彼らにもいろいろ言い分はあっただろうと思います。

ロジャー・マギンの、ではなく、バーズのBallad of Easy Riderのことをはじめ、いくぶんか補足したいこともあるのですが、すでに長すぎるので、ここらでエンドマークとします。次回は季節もので、戦争映画を、と思っています。


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by songsf4s | 2010-08-03 23:53 | 映画・TV音楽