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メアリー・トラヴァーズ没す その1

まだエリー・グリニッチの追悼記事も終わっていないのに、こんどはPP&Mのメアリー・トラヴァーズの訃報が入ってきました。

昨夜、O旦那のサイト、Wall of Hound(右のFriendsリンクからどうぞ)のBBSで、We'll Meet Againを歌ったヴェラ・リンが健在だということを知り、いや、めずらしい「ニュース」を読むものかな、とうれしくなったのですが、その直後に新聞サイトに行き、メアリー・トラヴァーズの訃報を読みました。ライト前ヒットのあとにセカンド・ゴロでゲッツー、という趣ですな。

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その昔のヴェラ・リン(上)と近影。上品なおばあさんになった。めでたしめでたし。

何度か書きましたが、わたしはフォーク・ミュージックというものをほとんど聴かず、ピート・シーガーを聴けなんていわれたりすると、勘弁してよー、いいドラマーが叩いている盤があれば聴くけどさあ、と無茶苦茶なことをいってごまかしています。

ディランだって、たとえケニー・バトリーのようなタイムの悪い人でもいいから、とにかくだれかがストゥールに坐って、ステディー(またはアンステディー!)・バックビートを叩いてくれないと、15秒から30秒のどこかで眠っちゃうのです。

なぜかといえば、わたしは音楽を、多数の音が累々と積み重なったタブローのようなものと捉えているからであり、地味な線描を見ても、あ、そう、と通り過ぎてしまうのですな。

◆ Do Not Sing Out! ◆◆
この定義から必然的に導きだされることですが、それなりの厚みのあるサウンド・レイヤーを構成しているものなら、たとえフォークでも、楽しめる場合があります。子どものころ、多少は聴いた「フォーク」ミュージックというと、まずキングストン・トリオ、そしてPP&Mでした。

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PP&M

もちろん、どちらもフォーク・ミュージックというより、「アコースティック・ポップ・ミュージック」というほうが実態に近いでしょう。50年代終わりから60年代はじめにかけての「モダーン・フォーク・ミュージック」というのは、正確にいえば、商品になりにくいものに砂糖を加え、口当たりをよくした「商業フォーク」というべきものでした。

Sing Out!系のフォーク・ピュアリストは、このへんはフォーク・ミュージックとは認めないのではないでしょうか。わたしが好きだというのは、そういうことです。ポップ・ミュージックだから聴くのであって、フォーク・ミュージックだから聴くのではありません。

そういう観点から、どのアルバムが好きかというと、子どものころもいまも、Albumです。ポール・バターフィールドやマイケル・ブルームフィールドのプレイは期待はずれですが、全体としては、いい曲を集め、うまく料理したウェル・メイド・アルバムといっていいでしょう。

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PP&M "Album" (1966)

そのつぎはSee What Tomorrow Bringsでしょうかね。あとは、アルバムとして好きというものはなく、個々の楽曲単位で好きなものがあるだけです。

◆ 夏の通り雨のような ◆◆
PP&Mの曲でなにかひとつだけ好きなものをあげるなら、Album収録のSometime Lovin'です。いまこれを書いている段階ではまだアップしていませんが、この曲はサンプルを聴いていただくつもりです。

サンプル Sometime Lovin'

だいたい、PP&Mのハーモニーというのは、合っているんだか、合っていないんだか、よくわからないところがあります。ラインの取り方がしばしばアブノーマルですし、複数の人間によるスラーを多用するので、ときとして、危なくなることがあるのだと思います。そのはずれそうなクリティカル・モーメントが非常に魅力的なのですがね。

ラインが変なところに行くのは、男女混声ハーモニーに由来する、ピッチの取引の結果なのでしょう。ノーマルなラインだと、全員が、ときとして、高すぎたり低すぎたりして、歌えないところにいってしまうので、あっちの無理をこっちにもってきて解決し、とやっているうちに、初期ビートルズのジョンとポールのハーモニーに通じるような、変なところへ行く結果になるのだと考えています。

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PP&M "See What Tomorrow Brings"のフロント。デザインはかのプッシュ・ピン・スタジオ、写真はバリー・フェインスティーン。もっとも好きなアルバム・ジャケットの1枚。曇り空の微妙なニュアンスがいい。

これだけアブノーマルなハーモニーがすし詰めになっているのだから、無意識ということは考えられません。はじめはともかく、途中から、このような奇妙なラインを意識してつくるようになっていったにちがいありません。だって、PP&Mの唯一にして最大の財産は、このアブノーマルなハーモニー・ラインなのだから、当然です。

うーん、明日には宍戸錠に戻ろうと思っていたのですが、もう一回ぐらいはPP&Mを書かないと義理が悪そうです。よって、この項も「つづく」とさせていただきます。
by songsf4s | 2009-09-18 01:00 | 追悼
『拳銃〔コルト〕は俺のパスポート』メイン・テーマ その1(OST 『拳銃は俺のパスポート』より)
タイトル
『拳銃は俺のパスポート』メイン・テーマ
アーティスト
伊部晴美(OST)
ライター
伊部晴美
収録アルバム
日活映画音楽集スタア・シリーズ 宍戸錠篇
リリース年
1967年(映画公開年)
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ちょっと道草を食いましたが(その道草でとりあげたトミー・テデスコのアルバムは今日も聴いている)、日活のあれこれを考えようというシリーズに復帰します。漠然と話していても仕方がないので、ここからは映画を見ながら具体的に考えようと思います。

海外で日活ファンが出現したことを契機として、このような記事を書こうと考えたのだから、これから見ていくものも、海外のブログなどで言及されている日活映画から選ぶのが妥当でしょう。

ということで、どこの日本映画and/or日活映画シネマテークでも非常に人気が高く、それなのに製品化が遅れたという、野村孝監督、宍戸錠主演の『拳銃は俺のパスポート』から見ていこうと思います。

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◆ 遅れて見た三本 ◆◆
以前、『狂った果実』を取り上げたときに、これは、ずいぶんあとになって見て、おおいなる衝撃を受けた日活映画の一本だったということを書きましたが、そういうものはあと二本あります。残り二本のうちの一本が、今日の『拳銃は俺のパスポート』です。

わたしが日活をリアルタイムで見たのは、1960年から65年までの小学校時代のことで、中学に入ってからは、1、2本しか見た記憶がなく、以後、1972年2月から3月にかけての池袋文芸座地下における鈴木清順シネマテーク(毎週五本ずつ、計25本を上映した。当時としては過去最大の規模の清順回顧上映だったと思う。初日はたしか2月24日あたりで、大学受験直前だったわたしは、もう勉強なんかしても意味はないと思いつつ、親が許すはずがないのもわかっていたので、第一回の五本は泣く泣くあきらめ、第二回から通った)まで、映画館で日活映画を見ることはありませんでした。

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パスポートは拳銃とはいいながらも、海外逃亡にはやはり日本国のパスポートがないと不便!

高校三年のときに、テレビで鈴木清順の『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』を見て、日活ファンとしてよみがえってからこっち、映画館で見られるチャンスはすくないので、テレビでやっていれば、きわめて熱心に見ていました。昔はTXで昼間にもオンエアしていたので、さんざんにカットされたものですが、相当数を見ることができました。当然、見ないほうがよかったようなものまで見てしまいましたが!

そういうことをしていると、「収穫逓減」という言葉のとおり、未見のものというのはだんだん減っていき、倦怠が忍びこんで、徐々に、期待せずにテレビのスウィッチを入れるようになっていきます。そういう気分のときに、裕次郎追悼番組で『狂った果実』を見て、ビックリ仰天したのですが、それからまもなくだったと思います、『拳銃は俺のパスポート』を見たのは。

◆ 日活スコアの突然変異体 ◆◆
当家は依然として音楽ブログのつもりなので、今回も先に音楽からいきます。伊部晴美による『拳銃は俺のパスポート』のスコアには、だれにでもすぐにわかる明白な特徴があります。

メイン・タイトル


ということで、露骨にマカロニ・ウェスタン風なのです。大ざっぱにいって半分ぐらいはこういう哀愁のノワール歌謡の世界(メイン・タイトルにはテンポなどを変えた変奏曲がある)、残りはストレートな4ビートのキュー(日活印のサウンドですな)といった塩梅です。メイン・タイトルの4ビート・ヴァージョンも登場します。スコアのつくり方としては、さまざまなヴァリアントを配置するのは当然でしょう。

『荒野の用心棒』の挿入曲、Titoli(「さすらいの口笛」)が日本で大ヒットしたのは65年だったでしょうか。映画としては『夕陽のガンマン』が66年、シリーズとは無関係な、フランコ・ネロ主演の『続・荒野の用心棒』がやはり66年だったと記憶しています。

このうち、音楽ではなく、映画として『拳銃は俺のパスポート』に影響を与えたのではないかと感じるのは、『続・荒野の用心棒』です。でも、それについては映画の中身を検討する次回に先送りとします。

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スコアを書いた伊部晴美(「いべ・はるみ」ではなく「いぶ・はるみ」と読むらしい)は、日活映画でしょっちゅうクレジットを見る人だということしか知りません。『用心棒家業』『ずらり俺たちゃ用心棒』『くたばれ悪党ども』などの宍戸錠映画が彼のスコアですし、いま調べて『赤いハンカチ』もそうだったことを知りました(あくまでもスコアの話。主題歌のほうは萩原四朗作詞、上原賢六作曲)。

うーん、これだけたくさん日活映画のスコアを書いた作曲家が、たとえ、同時上映が中心だったにせよ、ちょいと検索したぐらいではキャリアがわからないというのは、困ったことですねえ。

石坂洋次郎の『若い川の流れ』(田坂具隆監督、石原裕次郎、北原美枝主演で映画化された)のなかで、主人公が友人の作曲家に向かって「おまえが流行歌や映画の音楽のようなくだらない仕事をするようになったら」といいますが、そういう感覚がいまだに残っているのでしょうかねえ。

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どうやったらレコードがヒットするのだ、とマイルズ・デイヴィスにきかれたレス・ポールは、「彼らのために音楽をつくればいいのさ」と答えたそうです。自分のための音楽なんかつくって、ヒットさせようとは、了見が甘すぎるよ、小僧っ子が、とせせら嗤ったわけです。

わたしは、自分のための音楽、自分のための映画、自分のための小説をつくった人には興味がありません。「彼らのために」ものをつくる人たちのほうがはるかに上等な人種だと、子どものころから信じてきました。そのことと、日活映画好きは、当然関係があるのですが、つぶろぐで予告した午前1時が目睫の間に迫っているので、残りは次回に。

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ライフルを組み立てる

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タバコに火をつけ風向きを見る(ここがビルの風陰だったりしたら無意味だと思うが!)

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風向きをたしかめると、おもむろにポイント! こういうショットは盛り上がる。スコープのてかりがいい。

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ターゲットは鞍馬天狗、もとい、アラカン、いやつまり、嵐寛寿郎。この映画では正義の味方ではなく、ヤクザのボスで、鞍馬天狗の杉作に相当するのは深江章喜(いや、目つきの悪いボディーガードだが)。

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ヒット!

by songsf4s | 2009-09-13 01:04 | 映画・TV音楽
憤懣やるかた……いや、あるかもしれない

「つぶろぐ」なんてものになにか書いても、グーグルが拾わないのではないか、なんてことをいったら、たちどころに反証を突きつけられてしまいました。

ご存じない方もいらっしゃれば、以前からご利用の方もいらっしゃるでしょうが、ウェブ上には「ポイント・サイト」というものがあります。わたしは十数カ所に登録し、その半分ぐらいは毎日見ています(つまりポイントを拾っている)。

ご存知の方はご存知のように、そういうところでは検索にもポイントがつきます。広告主のサイトに誘導すること(あるいは広告主のサイトのヒット率を維持ないしは向上させる)を目的とするものですが、たいていは、好きなものを検索してもかまわないので、自分のブログがどう見えるかの確認に使っています。

そういうところがウェブ検索に使っているのはグーグルではなくヤフーです。今日はそういう検索でエリー・グリニッチをキーワードにしてみたところ、当家または黄金光音堂といった本体が引っかかる前に、つぶろぐのほうがヒットしてしまいました。

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ひでえな、実体のあるブログの記事はダメで、実体などないものがヒットするのかよ、無法もいいところだな、と腹を立てましたが、でも、ヤフーだからな、と思い直し、確認のためにグーグルに移動。

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あっちゃあ。ヤフーは5ページ目かなんかだから許せるけれど、これは1ページ目ですぜ。キーワードによっては高額で買おうという会社もあるポジションですからねえ。まあ、キーワードの揺れをどこまで許容するかとか、そういうアルゴリズムも関係しているのでしょうが、それにしても、つぶろぐなんてものは、たんなるキーワードの羅列にすぎず、実体はゼロ、なぜそんなもののほうを優先するのだ、つぶろぐを使わない人間は不当に不利な位置におかれるではないか、と完全に沸騰しちゃいましたよ。

しかし、考えてみると、これは利用できます。なにか更新したら、黄金光音堂など他ブログのリンクをつけて、キーワードを羅列しておく、これがいちばん効率的に本体の記事をグーグルに拾ってもらう方法だということを、以上の検索結果は示しているのです。

いや、もちろん、当家の母屋は膨大なテキストを抱えているので、SEO的に云って、グーグルが拾う確率の高い構造であり、キーワードによってはアマゾンより上にいくこともあります。だから、そこに貼り付けたつぶろぐであるということが、グーグルでは有利に働いて、1ページ目に出現したのでしょう(いや、それにしても、同じキーワードを大量に含み、過去の実績もある本体の記事はどこへいったのだ>グーグルよ)。

つぶろぐなんか、ほんの数秒から数分で書けますが、当家の過去の記事には、丸一日以上かけて書いたものがたくさんあるんですぜ! いや、まあ、最近はぜんぜん時間が取れず(なにしろ、ポイントサイトへいってはクリックし、ついでにパートナーといっしょにポイントサイト比較サイトをつくったりしている)、短時間で書けるものしかやりませんが、それでも、小津のことなんか、ずいぶん時間と頭と目と耳を使っていますからねえ。

ということで、つぶろぐにじゃんじゃんキーワードを押し込み、当家やFC2ブログの宣伝をすることに決めました。当家は一銭にもならないロハ・ブログだからどうでもいいのですが、FC2は「猫の餌代を稼ぐ」という大目標を掲げているのですからね。

ということで、当家のつぶろぐに意味不明のことが書いてあっても、気になさらないようにお願いします。グーグルに向かってものをいっているにすぎないと無視してください。ここに貼ってあることで、グーグルがものすごくいいポジションをあたえてくれる可能性があるから、というだけにすぎず、みなさんになにか云いたいわけではないのです。

◆ 論理は思考者を甘やかさない ◆◆
あんまり腹が立ったために、このままこの記事をアップするのはまずいと思い、夕食後、一時間ばかり歩いてきました。すると、だんだん理性が戻ってきて、怒りのあまり、つぶろぐにポイントサイトのほうのリンクをくっつけて、なにも説明しないままポストしたのはまずかったと思い直しました。

つくづく思うのですが、わたしのような凡人には、ある出来事の意味を、瞬間的に、長射程で考えつめることはできません。数時間をかけて、これにはどういう意味があり、自分はどうするべきかということを、ゆっくりと意識にしみこませていくしかないようなのです。そして、わたしにとってはひどく意外な結論に到達しました。一言でいうと、その結論とは、

「このブログがかつてもっていた価値を取り戻すために、以前のように、ほぼ毎日更新するように努力しなければいけない」

なのです。海岸の遊歩道(たんに知識をひけらかすために書くのだが、こういう場合は「プロムナード」とはいわずに、「エスプラネード」esplanadeという。いや、昔、友だちに教えてもらったことを記憶していただけ!)を歩きながら、滾り立つ怒りを抑え、ああしよう、こうしようと、論理をたぐっていったら、そういう結論に行き着いてしまい、ウッソー、と叫びそうになりました。

なぜそういう結論になるのか? 簡単です。黄金光音堂という、できてから僅々三カ月弱のブログへのリンクが、グーグルで1ページ目に来た理由を考えればいいのです。それは、当家に貼り付けたつぶろぐに組み込まれたリンクだったからです。そして――、

1)なんらかの原因によって、「つぶろぐ」そのもののグーグル的価値は目下のところ高い、2)当家のグーグル的価値も、しばしば販売サイトより上に行くほど高い、3)なぜならば、当家はクロウラーの大好物であるテキストおよびキーワードの巨大倉庫であり、4)発足からすでに30カ月近い「歴史」があり、5)Add More MusicやWall of Houndといった、発足から10年以上たつとてつもない老舗にリンクしていて、グーグル的信頼性も高い。

というわけです。この「グーグル的価値」はどこからきたかといえば、膨大なテキスト、頻繁な更新、これしかないのです。そして、かつてはしばしば200を超え、300に迫ることもあった(現在のほぼ倍)ユニーク・ユーザー数と、月間8000~9000のページ・ヴュー(現在は6000~7000程度)を取り戻せば、さらに価値は高まることになります。

というわけで、いったんは、一銭も稼がないくせに、とほうもない時間と手間を要求する最悪の大赤字火の車ブログ、いずれ閉鎖しようと考えた当家は、じつはパートナーとわたしにとっての(グーグル的には)最大のアセットらしいということが、ぼんやりと理解できたのです。いやはや、大逆転の醜いアヒルの子・赤鼻のトナカイ物語でした。

ということで、当家の記事が他サイトのPV数増加に直結する「バールのようなもの」なのかどうかをしばらく観察し、有効であるとわかれば、いったんは黄金光音堂に移した重心を、再度、当家のほうに移し替えようと思います。

ただし、昔のように、丸一日かけるなどということはもうできそうもありません。密度は薄く、テキストは短く、更新頻度は低く、になってしまうでしょうが、放置ないしは削除の危機は回避されたと断言していいだろうと思います。ということで、改めて、今後とも当家をよろしくお願いいたします。
by songsf4s | 2009-09-11 23:59 | その他
トミー・テデスコのThe Guitars of Tom Tedesco

馬齢を重ね、背中に鱗やらコケやらが生えはじめるようになっても、毎年毎年、へえ、そういうものがあったのか、といってしまうもので、先日もまた、こんなにいいものがあったとはねえ、と溜息をつく盤がありました。トミー・テデスコの"The Guitars of Tom Tedesco"というLPです。

以前、トミー・テデスコのディスコグラフィーを見たときに、まだ聴いていない盤が数枚あることに気づいたのですが、すぐに忘れてしまう人間なので、そのことを思いだしたのは、現物を聴いてからでした。

オオノさんのブログ、「YxxTxxxを聴く」に、3回にわたって数曲のサンプルがアップされていますので、ギター好きの方はぜひご一聴あれ。
by songsf4s | 2009-09-11 01:41 | Guitar Instro
Nikkatsuの復活 その2

もうどなたもご記憶がないでしょうが、今年の四月に、『狂った果実』を四回にわたって取り上げたとき(その1その2その3その4)、ロケ地散歩をしました。そのなかで、鎌倉駅の階段のまわりを囲う手すりの形が見覚えない、やはりこのあたりが登場した田坂具隆監督の『乳母車』を見返す機会があったら、あちらではどういう形になっていたかたしかめたいと書きました(「狂った果実 その2」)。

依然として『乳母車』は見返していないのですが、木村威夫著・荒川邦彦編『映画美術 擬景・借景・嘘百景』という本を読んでいたら、木村威夫がこのシーンの美術に言及していました。

映画美術―擬景・借景・嘘百景(アマゾン・リンク)
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これを読んだら、なおのこと、『乳母車』のこのシークェンスを再見したくなってきましたが(山根寿子が上り東京行きの、たしか2号車あたりのボックス席に坐り、見送りに来た芦川いづみと話すところがあって、そこがロケなのか、セットなのか見極めたい)、ともあれ、階段の周囲の手すりをたしかめたいといっても、『狂った果実』はロケ、『乳母車』はセットの可能性ありとくるのだから、微妙なことになってしまいました。

まあ、木村威夫も、このような「ピックアップ」は実物を忠実にコピーするだけだから、面白くもなんともないといっているわけで、参考にはなるのでしょうけれどねえ。

現場で起きたことをプロが回想するとじつに面白いものだと、毎度のことを再確認しました。小津安二郎の日本間のサイズはタダゴトではない、あれは美術の浜田辰夫とふたりで、苦心の末にたどり着いたものにちがいない、なんてコメントも、評論家人種の口からは絶対に出てこないもので、千鈞の重みがあります。

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『乳母車』の石原裕次郎と芦川いづみ。寺の境内のシーンもやはり九品仏でロケーションをしたと木村威夫は証言している。印象的な撮影だった。

◆ 山下公園のギター ◆◆
以前にも触れたことがありますが、われわれの世代は日活アクションの全盛期(がいつかということについては、かつてはそれなりのコンセンサスがあったものの、いまではちょっと揺らぎつつある。でも、それはべつの話。一般に1950年代終わりから1961年ぐらいまでとされる)には間に合いませんでした。

これもすでに書いたことですが、わたしは1960年ごろから、母親(熱烈な裕次郎ファン)や兄(サユリスト!)のお供で日活映画を見ていたので、それなりの下地がありました。十代半ばで一時遠ざかったものの、高校三年のときに鈴木清順のエッセイを読み(「ガロ」か「話の特集」に掲載されたものだったと思う)、また日活ファンとして甦って以来、あとはオフなし、ずっとオンでした。

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ところが、同世代には日活ファンというのがほとんどいなくて、ぜんぜん話が通じないのです。VCRというものが当たり前になって以降、もう一度、友人たちに薦めたこともあります。でも、これもほとんど成果なしでした。

考えてみると、「セールスマン」であるわたしのほうも、自分が売り込もうとしているものに万全の信頼をおいていたわけではなかったので、相手が乗ってこないのも無理もないことでした。

たとえばですね、わたしは(宍戸錠も近年、あれが日活のベストとコメントしていた)『赤いハンカチ』が大好きで、何度見たか勘定できないほどです。それでも、ジョーさんが素晴らしいと賞賛していた、ホテル・ニューグランドの内と外のシークェンス(最上階のレストランにいる浅丘ルリ子と、山下公園外のイチョウにもたれかかった石原裕次郎のショットの切り返し)ですら、ここがいい、と断言するのをためらってしまうのです。

赤いハンカチ [DVD]
赤いハンカチ [DVD]

なぜか? 裕次郎がイチョウに立てかけたギターのせいです。わたしは、こういうものは、ちょっと古い映画を見るときに受け入れなければいけないことのひとつ、「取引」の一部として、見なかったことにしてしまいます。でも、わたしから『赤いハンカチ』を薦められた友人たちは、こういうディテールの古めかしさに、いちいち引っかかってしまい、物語に入れないようなのです。

いや、そんなのは些末なことだ、本質的な欠陥ではない、と断言できるパワーがこちらにあれば、「折伏」も不可能ではないのかもしれませんが、わたし自身が、あのギターはよけいだよな、と思っているのだから、言葉も尻すぼみになってしまうのです。

赤いハンカチ予告編


◆ 絵空事のなかの絵空事 ◆◆
というような事情から、べつにひきこもったり、クローゼットに隠れたわけではないのですが、日活映画について、ふだん口にすることはなくなりました。鈴木清順のシネマテークがあっても、だれにも声をかけずにひとりで見に行き、やっぱり『俺たちの血が許さない』のアキラはいいなあ、松原智恵子はこれが代表作ではないか、などと自分にだけ語りかけ、自分だけで納得していました。まるでトレイドウィンズのNew York's a Lonely Townです!

イン・ザ・クローゼットではないのですが、でも、やはりいくぶんか恥ずかしく思っていたこともたしかです。渡り鳥シリーズ、とくに『大草原の渡り鳥』なんか、日活が好きじゃないと、失笑する人が多いのですよ。なんで北海道で西部劇やってるのよ、ありえないじゃん、というわけです。

そこでわたしが、「いや、これでいいのだ、娯楽映画というのはそういうものだ、リアルだと思って見ているものだって、じつは日活ウェスタンと懸隔のない絵空事なのだ、映画とは生まれついての絵空事である、という理解に到達すれば、北海道や九州で西部劇をやることになんら問題はない」なんて反論ができればいいのですがねえ。残念ながら、やっぱりわたしも、「日本で西部劇をやるのは奇妙だな」と思っているので、日活映画は馬鹿馬鹿しいと云われれば、その点は認めざるをえない、と引っ込むしかないのです。

日活映画を見ることであまり自虐的にならないように、わたしはひとつの拠り所をつくりました。「昔の日本を見る」というサイドキックを見つけたのです。こういうことなら、映画の出来不出来は関係ありません。

いや、ロケでとらえられた昔日の日本など、スタジオと関係ないだろう、ほかの会社の映画だっていいはずだ、といわれそうです。たしかに、ある程度まではその通りです。東宝特撮映画に描かれた街も見所満載です。とはいえ、やはり、かつてはアメリカと同様に、スタジオ特有のタッチというものがあり、日活は特別な味をもっていました。

そのへんの興味もあって、日活を代表する、いや、日本を代表する美術監督である木村威夫の本を読みはじめたのですが、今日は時間切れ、また「つづく」です。いや、いまのうちにお断りしておきますが、しばらくは気の向くままに日活と日本映画のことを、あっちへふらり、こっちへぶらりと、テキトーに、ダラダラと書いていくつもりです。
by songsf4s | 2009-09-07 23:57 | 映画
Nikkatsuの復活 その1

せっかく「つぶろぐ」というものを使えるようにして、そこに更新のお知らせなどを書くことにしたのに、案の定、無精をしてしまいました。

だいたいが、狭苦しいところに書くのが苦手ですし、そもそも、つぶろぐなんてものでは、グーグルの検索対象にならないような気もします。

いずれにしても、今週はなにやかやと忙しく、どのブログもあまり更新できませんでした。やっとのことでレス・ポール追悼を終えたのが、今週の主な出来事といってもいいくらいです。

映画を見る余裕もあまりなく、宍戸錠のものを途中まで見たくらいです。といっても、すでに何度か見たもので、ブログで取り上げるために印象を新たにしようという意味しかなく、「見る」というのとはすこしちがうような気もします。

◆ ノワールか否かはさておき…… ◆◆
何度か、海外の日本映画関係ブログを眺めているということを書きましたが、最近、もっともホットなトピックスは、クライテリオンから十日ほど前にリリースされた、Nikkatsu Noirという5本立て、じゃなくて、5枚組DVDボックスのようです。

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中身は、

『俺は待ってるぜ』(蔵原惟善監督、石原裕次郎主演)
『錆びたナイフ』(舛田利雄監督、石原裕次郎主演)
『あの護送車を狙え』(鈴木清順監督、水島道太郎主演)
『拳銃残酷物語』(古川卓己監督、宍戸錠主演)
『拳銃〔コルト〕は俺のパスポート』(野村孝監督、宍戸錠主演)

という5本です。これ、映画館でのオールナイトだったら、おおいに客を呼べることまちがいなしのプログラムですねえ。どなたもご存知の秀作から、かつてはヒットせず、時の流れのなかで徐々に秀作という評価をかちえていったものまで、秀作とまずまずの映画がバランスよく配置されているところが、賞味のしどころです。蔵原、舛田両監督のものはデビュー作だというのもいいですねえ。

拳銃は俺のパスポート


FC2ブログのほうで取り上げようと思うので、ここであまり書くわけにはいきませんが、この映画をはじめて見たのはもう三十代の半ば、日活映画のめぼしいもの(と、あまりめぼしくないものも!)はほとんど見たと思いこんでいたときだったので、ビックリしました。

いい意味で「無国籍」な話なので、これが『殺しの烙印』とともに、海外での「日活発見」の先駈けになったのは当然だと思います。しかし、これまでVHSやDVDがリリースされたことはないようで、シネマテークで見た一部ファン(にしてブロガー)をのぞけば、海外の日活ファンの大多数にとっては、幻の名作だったわけで、彼らが発売日を待ち遠しく感じたのも当然でしょう。

◆ 日活とNikkatsuのあいだ ◆◆
という話をしようかな、と思って書きはじめたのですが、なかなかやっかいなテーマで、ちょいちょいと数分で仕上げることができず、今日は粘るのをやめ、後日に再挑戦します。

大草原の渡り鳥


じつは、YouTubeに『拳銃は俺のパスポート』を探しに行って、つい、数本見てしまい、時間がなくなってしまったのです。VHSでもっていたものは、ほとんどダメになって見返せないのですが、この『大草原の渡り鳥』のトレイラーでのテーマ曲のアレンジはじつにいいですねえ。予告編にはしばしば本編とは関係のない音が使われるので、これも『大草原』のほうには出てこない可能性があります。

日活には他のスタジオには感じない、特別な思い入れがあるのですが、それがどのあたりに由来するものなのか、そして、Nikkatsuが、MGMだの20th Century Foxだののように、国際的な映画ファンのコミュニティーで当たり前の言葉になりつつある現在の状況と、わたしの思い入れとの関係をちょっと考えてみたいので、この項は次回へと続きます。
by songsf4s | 2009-09-06 00:11 | 映画