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I Could Have Danced All Night by Robin Ward (『マイ・フェア・レディ』より) その2
タイトル
I Could Have Danced All Night
アーティスト
Robin Ward
ライター
Alan Jay Lerner, Frederick Loewe
収録アルバム
My Fair Lady (OST)
リリース年
1964年
他のヴァージョン
OST, Frank Sinatra, Nat King Cole, Petula Clark, Sylvia Syms, Les Baxter, Shelly Manne, Enoch Light, Edmundo Ros, Perez Prado, the Four Tops
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f0147840_18511085.jpgふと思い出しました。『マイ・フェア・レディ』の原作である『ピグマリオン』の作者、ジョージ・バーナード・ショウの逸話です。

ある女優がショウにいいました。
「あなたとわたしが結婚したら、あなたの知性とわたしの美貌を兼ね備えたすばらしい子供が生まれるでしょうね」
ショウはこう応えました。
「それはやめておきましょう。あなたの知性とわたしの美貌を兼ね備えたらたいへんです」

こういう逸話というのは、あとからつくったものがいっぱいあるので、ほんとうのことかどうか知りませんが、でも、わたしはこういうことをいう人が大好きです。

◆ ハリウッドの魔法のランプ ◆◆
話はあらぬほうに行きますが、1960年代に活躍したゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズというバンドがあります。ゲーリーのお父さんは、ディーン・マーティンとコンビを組んだ「珍道中」もので有名になったジェリー・ルイスです。

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ハーポ、ジェリー、ディノというわけのわからない組み合わせ。しかし、ハーポには嬉しくなる!

ビートルズを見てバンドを組んだゲーリーは、父親のコンダクターの紹介で、隣の隣に住んでいたリバティーのA&R、当時のハリウッドの横綱をフィル・スペクターと東西で分け合っていた、スナッフ・ギャレットのところに行きました。隣の隣なら、しょっちゅう顔を合わせていただろうから、紹介の必要はないだろう、と思ったのですが、それはうちの隣近所みたいな場合のこと。ほら、映画に出てくるじゃないですか。鍛鉄の門があって、門衛がいて、門の向こうは長いドライヴウェイ、しばらく車で走ると(その間、主役の刑事が相棒に「俺たちは商売を間違えたな」とボヤいたりする)、やっと玄関にたどり着くという、そういう豪邸が。ああいうのだとすると、生け垣越しに挨拶なんていうことはありえず、隣がだれかなんて知識としてしかないでしょう。

フィル・スペクターは本質的にロマンティストですが、スナッフ・ギャレットは、子どものときになにを経験したのか、とほうもないリアリストです。ギャレットがゲーリーに会って思ったことは、彼の容貌はロウ・ティーンに好まれるだろう、ということと、親父のコネは大きなプラスだ、ということだけでしょう。プレイボーイズがどういうバンドか、とか、ゲーリーの歌は大丈夫か、とか、そんなことはまったく考慮しなかったと思います。彼のやり方では、バンドはド下手で、歌は歌えない、というのでも、一向に仕事に差し支えなかったのです。

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ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ もちろん、音楽とは関係のない旅芸人一座。ただし、66年、7カ月間だけジム・ケルトナーがストゥールに坐ったことがある。

それはギャレットがどのようにゲーリーのデビュー盤であるThis Diamond Ringをつくったかを見ればはっきりわかります。プレイボーイズはスタジオではプレイしませんでした。ゲーリーは、いちおうプレイしたのに、ミックスト・アウトされた、などと弁解していますが、ギャレットははっきりと「I didn't let the Playboys play」といっています。スタジオに入れてプレイさせると、ひとり3時間で35ドルから50ドル払わなくてはならないので、よけいな人間はスタジオに入れません。ミュージシャン・ユニオンがなんのために存在するかよく考えて発言しろよ>ゲーリー。

ここまではハリウッドの音楽ビジネスでは当然すぎるほど当然のことで、なにも問題はありません。ゲーリーのかわりにドラムを叩いたのはハル・ブレインです。

ギャレットはゲーリーに歌わせてみました。とんでもない歌だったようですが、あわてず騒がず、ダブル・トラックをやらせてみました。ディジタル技術の支援が得られなかった60年代には、ピッチの悪いシンガーの歌をごまかすにはこれが有効だったのです。しかし、ダブル・トラックでも追いつかないほどゲーリーの歌はひどいものでした(ジョージ・マーティンは、ビリー・J・クレイマーに手を焼き、トリプル・トラックにしたといっている)。

それでもギャレットは動じません。まだ最後の手段が残っていたのです。ロン・ヒックリンというエース・スタジオ・シンガーが呼ばれました。彼はゲーリーが歌ったパートを上からなぞり、結局、数人がユニゾンで歌っているようなリード・パートをつくりあげました。最終的にはヒックリンがゲーリーを覆い隠すようにミックスされ、This Diamond Ringはビルボード・チャート・トッパーになりました。

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リオン・ラッセル(左)とトミー・“スナッフ”・ギャレット。このコンビがゲーリー・ルイスをつくった「ヒギンズとピカリング」だった。

なんの話をしているかというと、ヘンリー・ヒギンズがイライザ・ドゥーリトルを淑女に仕上げるのはたいへんな「事業」だったけれど、時代が下って、ハリウッド音楽産業がゲーリー・ルイスをスターに仕立てるのはじつに簡単だった、魔法のランプのひとこすりで十分だった、ということです。

ハリウッド音楽界というのは、こうやってヒット曲を大量生産したのですが、では、このノウハウをどこからもってきたのか、と考えると、「お隣さん」だった撮影所しかありえません。『雨に唄えば』を見れば、気の利いた人間なら、これが商売のネタだということを即座に見て取ったでしょう。ゲーリー・ルイスの章を書いていて、イライザのことを思いだし、数十年ぶりに『マイ・フェア・レディ』を見直してみたのでした。

◆ ロビン・ウォード盤 ◆◆
本日は、サントラを離れ、I Could Have Danced All Nightのカヴァー・ヴァージョンをすこし見てみます。一番手はロビン・ウォード盤です。これは映画の公開と同じころに録音されているので、ひょっとしたら、映画は参照せず、ブロードウェイのヒット曲としてカヴァーしたのかもしれませんが、まあ、そのへんはどうでもいいのです。

サンプル

ほんとうはここにプレイヤーを表示できるのに、エクサイトはBoxのウィジェットを貼り付けられません。ローカルなんだからもー。しかたなく、リンクを張りました。自分でやってみたところ、Firefoxでは問題なし、Operaではダウンロードはオーケイ、ストリーミングはNGでした。でも、これはブラウザーの設定に左右されるでしょう。IEは試していません。

f0147840_19214799.jpgこのヴァージョンのなにがいいかというと、なんといっても、ハル・ブレインのプレイです。ゴールド・スターでリヴァーブを深くかけて録音しているのでわかりにくいのですが、たぶん、スネアからタムタムへ一打ずつ(スネアはシンコペートした裏拍)で入っているのですが、その2打とも、キックでアクセントをつけています。こういうときのハルのキックは、じつにもってけしからんほどすばらしいのです。

ときおり繰り出すタムタムやフロアタムのフィルがまたまたけっこう。タム類やキックがこれほどきれいに鳴るスタジオは、ゴールド・スターのほかにはないのじゃないかとさえ思います。もっとも、プレイヤーはヘッドセットをしないかぎり、リヴァーブを通った音をリアルタイムでは聴けないのですが。

後半、ギター・ブレイクの直前に半音転調しますが、その転調直後の小節での、両手ユニゾン8分フィルのイントネーションは彼の「名刺」です。このプレイはめずらしくないのですが、こういうクレシェンドでこのプレイをやるドラマーは、世界にハル・ブレインただひとりなので、すぐにそれとわかります。

この曲のシンガー、ロビン・ウォードと相方のジャッキー・アレンは、ともにスタジオ・シンガーで、前回ふれた、マーニー・ニクソンと同じく、多くの映画やテレビで歌えない女優のスタンドインをしました。ウォード、ニクソンともに、ナタリー・ウッドのスタンドインをやったというので、主張に食い違いがあるかのように見えますが、ひとつの映画のなかで同じ俳優に複数のスタンドインがつくことはめずらしくなかったことが、資料を読むとわかります。同じ曲を中音域がいい人、高音域がいい人という二人のシンガーが歌い、ハイブリッドなスーパー・シンガーを現出させたりしたようです。いかにもハリウッドらしい嘘のつき方で、「素」のものなんかないのですな。

さて、そのロビン・ウォードとジャッキー・アレンのデュオも、毎度ながら非常にけっこう。ロビン・ウォードのWonderful Summerを取り上げたときも書きましたが、どちらかといえば、わたしはジャッキー・アレンの声が好きで、この曲でもやっぱり、アレンの声がいいなあ、と思います。ヴァースもいいんですが、なんたって音域が低くなってからの「ウー・ウー」がたまりません。すばらしい。

これだけいろいろそろった楽しい盤というのは、めったにあるものではありません。LPで再発され、CDで再発され、いまもあちこちにファンがいるのも当然でしょう。

◆ ペット・クラーク ◆◆
ミュージカルのスタイルとはかけ離れたものにばかりいって恐縮ですが、つぎに楽しいのは、ペトゥラ・クラーク盤です。「大部分はアメリカ録音で、アレンジとコンダクトはアーニー・フリーマン」とライナーにあります。フリーマンはハリウッドのアレンジャーで、代表的な仕事はボビー・ヴィーの諸作やシナトラのStrangers in the Nightです。

f0147840_19233965.jpgクレジットはありませんが、まあ、こういうドラミングをするのはハル・ブレインただひとりです。暴れています。キャロル・ケイはペットのハリウッド・セッションではレギュラーだったそうなので、ベースは彼女かもしれません。フェンダーとダノを重ねているように聞こえますが。アレンジとしてはイントロがクール。ベースの8分のグルーヴがまことにけっこうです。このイントロでは、ハルのタムの16分は、最初のほうはちょっと遅れ、二度目はキメています。ハルとしてはこのテイクはボツにしてほしかったでしょう。

わたしはペットのファンなので、歌については文句はありません。さすがにロック系の曲は、やめとけばー、と思うことがありますが、こういう曲なら問題なし。

◆ フランク・シナトラ ◆◆
シナトラはSinatra and Sextet Live in Parisというライヴ盤に収録のものです。キャピトル時代のこの曲があるようですが、それは聴いたことがありません。セクステットのメンバーは、

Al Viola (guitar); Harry Klee (alto saxophone, flute); Bill Miller (piano); Emil Richards (vibraphone); Ralph Pena (bass); Irv Cottler (drums)

f0147840_1931223.jpgアル・ヴィオラはシナトラのレギュラーで、この曲の冒頭でシナトラがわざわざ、ミスター・ヴィオラは世界最高のギタリストで、ものすごく忙しい彼をこのツアーに連れてこられて幸運だったといったことをいっています。アーヴ・コトラーは、ハル・ブレインが、レッキング・クルー以前のハリウッドのレギュラーのひとりとして名前をあげていました。ラルフ・ペーニャ(ほんとうは最後のaにアクセントがつく)もスタジオのレギュラーです。エミール・リチャーズはポップ・セッションでもおなじみのパーカッショニスト。

というわけで、シナトラだから、力の入ったツアーには、ふだんはスタジオの外に出ない人たちを連れていったのでしょう。金がかかるんですぜ、こういうことをやると。娘のナンシーは、はじめてのラスヴェガスのショウに、裏方からプレイヤーにいたるまで、金に糸目をつけずに最高のメンバーを集めたため、当時のサラリーがすべて消えてしまい、父親に「そういうやり方は間違っている」とたしなめられたそうです。収支を考えなさい、ということです(娘のはじめてのナイト・クラブ・ショウなんだ、応援してやってくれとシナトラが頭を下げてまわったため、初日にはハリウッド人種がドッと詰めかけ、ちょっとした見物だったとか)。

f0147840_207572.jpg絶頂期のナンシーですからね、どれほど金のかかったショウだったか想像がつきます。これまた絶頂期のハル、スタジオで稼ぎまくり、クラシック・ロールズを買い集めていたときのハルを、ハリウッドから引っぺがし、ラス・ヴェガスに連れて行くのにどれだけ金がかかったことか! それでもハルは、週末はハリウッドに戻って録音していたといいます。

うちにあるものを聴くかぎりでは、シナトラはビッグバンドやオーケストラといっしょに歌うことが多く、こういうコンボで歌っているのはほとんどありませんが、こういうのも悪くない、と思います。めずらしいから、わざわざタイトルにシナトラとセクステットと書いたのでしょう。

◆ その他の歌もの ◆◆
フォー・トップス盤は、当時はリリースされなかったデビュー盤からのもので、まあ、ボツだよね、という出来です。こういうヴォーカル・アレンジは、ドゥーワップを通り過ぎて、ミルズ・ブラザーズまでいっちゃうのじゃないでしょうか。モータウンらしさはどこにもありません。こういう形で白人市場に食い込もうとしていたのかもしれませんが、それにしても古めかしいというので、あえなくお蔵入りだったのでしょう。歴史の脚注としては面白いのですけれどね。

f0147840_2093629.jpg1956年リリースのシルヴィア・シムズ盤は、うちにある資料で見るかぎりでは、トップ40に到達した唯一のI Could Have Danced All Nightです。わたしの好みとしては、この人はもっと年をとって、声にざらつきが出てからのほうが面白いと思います。

ナット・コールは1963年リリースで、もう晩年ですからねえ、ラルフ・カーマイケルのアレンジはゴージャスですが、それゆえに、厚化粧で衰えを隠さないといけなかったのかな、と考えざるをえません。これはその名もMy Fair Ladyというアルバムからのもので、全曲がこのミュージカルからとられています。他の曲と比較しても、Rain in Spainあたりのほうがいいのではないかと感じます。

◆ インスト ◆◆
f0147840_20174652.jpgオーケストラものでは、イーノック・ライトのものがもっとも楽しめます。キックのアクセントがいいなあ、と思って、カウントしてみたのですが、ありゃ、シンコペートすらしていません。冒頭のブラシによるスネアはシンコペートしているのですが、キックのアクセントはどれも2拍目でした。しかしまあ、始原までさかのぼれば、バックビートそのものがシンコペーションで、2&4は裏拍といえなくないのですがね。

リズム・アレンジがこの曲の楽しさの源泉ですが、ギターも、サウンドまで含めてけっこうなものです。イーノック・ライトのギタリストはおおむねトニー・モトーラだったようなので、これもやっぱりそうなのでしょう。うまいし、いいサウンドです。

エドムンド・ロスののんびりしたアレンジもなかなかけっこうです。ドファドレ、ドファレというパターンのリックがずっと裏で鳴っていて(楽器は不明。ピアノ、ギター、マリンバ、プラスもうひとつ、というところか? こういう音の重ね方もうまい)、これがすごく魅力的です。こういうリズムはなんというのでしょうかね。ラテン不案内なのでした。この曲も、チラッと出てくるギターが魅力的です。

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レス・バクスターは例によって華麗なものです。61年リリースなので、当然、ステレオ。やっぱりオーケストラはステレオじゃないとなあ、です。

シェリー・マンもMy Fair Ladyというタイトルのアルバムで、ほかにピアノのアンドレ・プレヴィンとベースのリロイ・ヴィネガーというトリオでやっています。プレヴィンは映画のほうのコンダクトもしていますが、これは57年のリリースなので、それとは無関係です。

f0147840_2023141.jpgそれにしても、テーマのところはむずかしいアレンジです。ドラマーのリーダー・アルバムだから、ちょいとテクニックの一端をご披露というわけでしょうね。ジャズ・コンボじゃなければ、こういうことは複数のパーカッションを使ってやるでしょう。インプロヴに突入し、ストレートな4ビートになってからのほうが、グッド・フィーリンがあります。

ペレス・プラードは、はじまった瞬間に、ダアーッとコケます。トゥイスト・アレンジなのです。どういうこっちゃ。ベースもフラット・ピッキングのフェンダーですからねえ。

サンプル2

でも、このトラックは非常に面白いと思います。ドラムが無茶苦茶なのです。暴れまくっているのですが、タイムがものすごく悪いんです。むやみやたらにフィルインを投入しているのですが、それが全部みとごにラッシュしていて、ひとりでターボをかけてすっ飛んでいっちゃいます。ふつうなら、ドラムとバンドの他のメンバーが別行動になって、異次元に突入してしまうはずです。

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ところがどっこい、うまくつくってあるのです。ドラムが派手に活躍するところは、みなストップタイム、すなわち、バンドの他のメンバーはお休み、完全無音、だから、ドラムは好きなだけ銀河の彼方まで突き進んでいいのです。ドラム・ソロのところだけ、微妙に時間が短縮され、バンドが戻ってくると、またもとのテンポに復帰する、とまあ、そういう構造なのです。これで、なんとか、バンドとドラムがかろうじて歩調を合わせているのです。ただし、1:10台のストップからの戻りで、サックスがつられてラッシュしています。やっぱり人間だから、ドラムがこれだけ走りまくると、引きずられて当然でしょう!

いやあ、目を開かれました。これはただドラムが下手だとかいったことではないと思います。ここにラテン的グルーヴ感覚のキーが隠れているのではないかという気がします。アメリカ的グルーヴとはちがう時間を生きているにちがいありません。そうじゃなければ、爆走するドラムに周りがタイミングを合わせられるはずがありません。いやあ、勉強させてもらいました。
by songsf4s | 2009-03-06 20:24 | 映画・TV音楽
I Could Have Danced All Night (OST) (『マイ・フェア・レディ』より) その1
タイトル
I Could Have Danced All Night
アーティスト
OST
ライター
Alan Jay Lerner, Frederick Loewe
収録アルバム
My Fair Lady (OST)
リリース年
1964年
他のヴァージョン
Robin Ward, Frank Sinatra, Nat King Cole, Petula Clark, Sylvia Syms, Les Baxter, Shelly Manne, Enoch Light, Edmundo Ros, Perez Prado, the Four Tops
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前回、つぎもビートルズのサントラを、と書いたのですが、例によって予定変更で、ちょうど見終わった『マイ・フェア・レディ』の曲を取り上げます。

なんだか気色の悪いカタカナで、自分で書くなら『マイ・フェア・レイディー』です。語尾の音引きをなんでもかんでもむやみに切り捨てるのは正書法の観点からはきわめて好ましくないし、「レディー」ではreadyを想起します。ladyは「レイ」ディーです。そもそも、この映画はこの単語の発音の仕方がテーマなのだといっていいくらいで、配給会社のボンヤリ担当者だって、現物を見ればそれがわかり、あえて「レイ」としたはずなのですが、たぶん、配給会社の人は映画を見ないのでしょう。

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それはともかく、My Fair Ladyというと、With a Little Bit of Luck(「運がよけりゃ」)、On the Street Where You Live、Get Me to the Church on Timeといった曲も有名ですし、The Rain in Spainが楽しいとか、Wouldn't It Be Loverly?できまりだろうとか、なんといってもI've Grown Accustomed to Her Faceの面白うてやがて悲しき味がすばらしいとか、いろいろございましょう。そういうところがミュージカルの大きな魅力なのだから、当たり前です。

そうはいっても、あれもこれもとはいかないので、カヴァー・ヴァージョンをあれこれ並べてみた結果、I Could Have Danced All Nightに面白いものがあったので、この曲に決めました。Rain in Spainのようなタイプの曲も好きなのですがね。

◆ 「メイフェア」レイディー ◆◆
多くの方がこのミュージカルのストーリーをご存知でしょうが、念のためにプロットをざっと書きます。舞台のほうは知らないので、映画のほうです。

ロンドンの花売り娘イライザ・ドゥーリトルは、あることがきっかけとなり、自分のコクニー訛りを恥じ、たまたま町で見知った音声学者ヒギンズ教授のところに行き、正しい、つまり、社会階層が上の人々が使う英語を教授してほしいと頼みます。「いい英語」を話すことは、すなわち社会階層を上がることを意味する、というのがポイントであって、言葉そのものの善し悪しは二の次です。身なりがそうであったように、言葉遣いも階級を表していたわけで、日本でも昔はそうでした。現代の政治家の言葉遣いをきいていると、日本にもそういう時代があったことなど、とうてい信じられませんが。

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このへんのやりとりは、物語だからいろいろもってまわったことになりますが、ヒギンズは結局、職業上のチャレンジとして、イライザの頼みを聞き入れます。イライザは自分の人生を根本から変えたいと願い、ヒギンズは挑戦、すなわちゲームとして興味を覚える、というところに、両者の思惑がみごとにすれ違っていることが表現されていますが、これは単純明快すぎる伏線で、エンディングまで一本道できれいに見通せてしまいます。あとは、演出家と演技者が「その場かぎり」のチャームで物語を引っ張っていくしかありません。まあ、複雑なミュージカルというのはないので(『オール・ザット・ジャズ』は例外かもしれない)、これでいいのでしょう。歌があるのですから。

コクニー(ロンドンなまり)の特徴は、オーストラリアと同じく、「エイ」といえず「アイ」で置き換えてしまうことです。高校のとき、オーストラリアから来た交換留学生が、「シー・ユー・マンダイ」などというので面食らいましたが、あれです。「じゃあ、月曜に」というそのMondayが「マンデイ」ではなく「マンダイ」になってしまうのです。イライザはMayfair(高級住宅地、また、社交界も意味する)をコクニーで「マイフェア」と発音してしまいます。これがタイトルの意味です。イライザが「マイフェア」から「メイフェア」へと変身する物語ということ。

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日がな一日、「エイ、エイ、エイ」と発音している。とんと剣術道場。

ここから有名なRain in Spainという歌が生まれます。Rain in Spain mainly stays in the plainといいなさいとヒギンズがいうと、イライザは「ライン・イン・スパイン・マインリー・スタイズ・イン・ザ・プライン」と発音してしまい、ミュージカルのきまりごとにしたがって、Rain in Spainという歌に突入しちゃいます。

コクニーのもうひとつの特徴は、フランス人のように「H」を発音せず、サイレントにしてしまうことです。I hate you!が「わたしはあなたを食べた」といっているように聞こえるのだから、うっかりロンドンなんかに行くもんじゃありません。なにをどう誤解するか想像の外です。

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こちらは「H」の発音練習。きちんと発音すると、息が吹き込まれてバーナーの焔が高く上がる。がんばりすぎで焔がドッと吹き出し、テキストが燃えだした。

日本にも似たような訛りがあります。東京下町訛りです。わが老父など、昔は「広い敷地」なんていうのがすごく発音しにくそうでした。落語ではこういうのをどう発音するかは決まっています。「しろいひきち」です。これじゃあ、江戸っ子以外にはなんのことかわかりません。老父はそこまで極端ではなく「しろいしきち」と発音していました。「ひ」はみな「し」になってしまいますが、「し」は「ひ」にならなかったのです。

◆ 「偉大にして華麗なる英語という言語」 ◆◆
さて、イライザのレッスンはというと、この種の物語の常道で、困難をきわめます。そしてある夜、いや、もう未明近く、ヒギンズはイライザにこういってきかせます。

「頭が痛いのはわかっている。疲れているし、神経はささくれ立っているだろう。でも、自分が成し遂げようとしていることを考えてみたまえ。きみが立ち向かっている相手はなんだ? 偉大にして華麗なる英語という言語だ。これはわれわれの最大の財産だ。人類の魂からかつて生まれたもっとも崇高な思想は、非凡にして想像力に富んだ英語の音韻が織りなす音楽的な布をまとっているのだよ。これこそが、きみが征服しようと決意した相手なのだ、イライザ。そして、きみはみごとに征服するだろう。さあ、もう一度やってごらん」

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いやはや。毎度ながら、イギリス人の事大主義と愛国心の織りなす偉大なる妄想には恐れ入ってしまいます。これくらいじゃないと、命を張って地球を半周し、よその民族から利を貪り、汗血を絞るとるような偉大な事業は成し遂げられないのでしょう。典型的な誇大妄想狂です。井の中の蛙で、どんな言語にも崇高さが織り込まれていることを知らないだけだから、情状酌量の余地があるでしょうが。それにしても、音韻学だからこれですんでいますが、言語学の教授だったら、これほど他言語に無知では商売にならないでしょう。

ともあれ、イライザは、ヒギンズのこの説得でなにか悟るところがあったらしく(この瞬間にヒギンズを愛してしまったのでしょうな)、つぎに口を開いたときは、ちゃんと「レイン・イン・スペイン・メインリー・ステイズ・イン・ザ・プレイン」と発音できていた、という、まあ、単純な人たちが感動するかもしれない(たぶんしない)シーンとなります。よかったよかったと、イライザ、ヒギンズ、そして相棒のピカリングは大喜びし、ミュージカルなので、これだけのことで一曲歌い、それが終わるとヒギンズとピカリングは寝室に行ってしまいますが、イライザはうれしくて眠気など吹き飛んでしまった、といって、今日の歌に入ります。



◆ アナザー影武者物語 ◆◆
声の質がまったくちがうので、すぐにおわかりでしょうが、オードリー・ヘップバーンのかわりに、主としてマーニー・ニクソンというソプラノ歌手がうたっているそうです。アンディー・ウィリアムズが十代のとき、女優の(男優のではない)吹き替えをたくさんやって、それを足がかりに歌手になったということは知っていましたが、このニクソンというひとのことは知らなかったので、キャリアを読んでみました。へえー、そうだったのー、でした。

もっとも有名なのは、ハワード・ホークス監督の『紳士は金髪がお好き』の挿入歌、Diamonds Are Girls Best Friendのマリリン・モンローの「高音部」だそうです。久しぶりにこのシークェンスを見直してみました。



なるほどなるほど、アップテンポになってからしか記憶にありませんでしたが、前付けヴァースがあり、高音のトリルを歌わなければならないので、ここはソプラノ歌手じゃなければ無理というわけですね。と、のんきなことを書いてから思い直しました。ほんの部分的に、たとえば、だれかが「ソ」まで歌った後を受けて、ラ、シだけを歌うという「木に竹を接ぐ」方式も、スタジオ・シンガーの日常的な仕事の一部だと、トム・ベイラーがいっていたことを思い出しました。彼はその一例として、ゲーリー・パケットの曲で、ゲーリーには無理な高音を途中から歌ったといっていました。

同じ映画でジェイン・ラッセルもこの曲をうたっていましたが、あちらはどうなのか。けっこうな監督がけっこうな女優二人をうまく配したけっこうな映画でした。そして、Diamonds Are Girl's Best Friendという歌も、はじめて聴いたときはひっくり返りました。以来、オールタイム・ファイヴァリットのひとつです。

マーニー・ニクソンはほかにどんな仕事をしているか見ると、二度にわたってデボラ・カーのスタンドインをやっています。『王様と私』と『めぐり逢い』です。『めぐり逢い』で歌うシーンがあったっけ、なんてんで、ラヴ・ストーリーになると、てんで無知のてんで記憶喪失。

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そして、お立ち会い、この種のスタンドインの例として昔からきわめて有名で、子どものわたしでもEPのライナーで読んで知っていたことが出てきました。『ウェスト・サイド物語』でナタリー・ウッドのスタンドインをしたのもニクソンだったのです。いやあ、調べてよかった。これでちゃんと仕事につながってくれました。つい先日、そのあたりを書いたところで、その段落をこれで補うことができます。

そして、『サウンド・オヴ・ミュージック』ではついに、他の女優の声ではなく、画面に登場し、歌ったそうです。シスター・ソフィアという役。えーと、あの映画には尼さんが山ほど登場したので、だれがだれやら思い出せません。いま、出てくるなら冒頭だろうと思い、ちょっと見てみました。やはり、尼さんが総出で歌うMariaのシーンに、ニクソンは出ていました。

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中央がマーニー・ニクソン扮するシスター・ソフィア

なんの目算もなく、やみくもに書きはじめたら、シルクハットから思わぬウサギが跳びだして、時間がなくなってしまいました。久しぶりに二回に分け、カヴァー・ヴァージョンの検討などは次回にさせていただきます。時間をあけず、明日すぐにつづきを、と思っていますが、その場になってみないことにはなんともいえないので、ダメだった場合はご容赦のほどを。
by songsf4s | 2009-03-04 23:55 | 映画・TV音楽