人気ブログランキング |
<   2008年 09月 ( 14 )   > この月の画像一覧
池玲子と「テリー」が描くニッポンの横顔

最近、一番呆れたことは、わが家の百日紅(サルスベリ)が、いまになって開花したことです。長雨のあとに快晴の暑い日がつづいたので、七月中旬から梅雨明けのような気分になり、「梅雨も明けて、夏本番になったようだから、そろそろ咲くか」と大ボケかましたようです。

二番目に呆れたことは、海外のブログで、寺内タケシの盤に何度か遭遇したことです。いや、とくに恨みも嫌悪もないのですが、うーん、この人が日本の60年代を代表するプレイヤーに見えちゃうのかあ、てえんで、なんか、ふっと力が抜けるんですよねえ。

f0147840_0162060.jpg

三番目に呆れたのは、昨日、当家のユニーク・ユーザー数カウンターが、開設以来はじめて200を超え、219を記録したことです。ご存知の方も多いでしょうが、「ユニーク・ユーザー数」の場合、あなたが当家のことをいたくお気に召し、一日のあいだに百回訪れたとしても、「ユニーク・ユーザー」であるからして、カウンター上は1と記録されます。この点が、同じ人(つまり同じIPアドレス)でも、百回訪れれば、100と記録される通常のカウンターとは異なります。

昨年六月末に当ブログをはじめたころは、ユニーク・ユーザー数カウンターは一日に20から30でした。たまに38なんてなっていると、うわあ、千客万来だなあ、と思っていました。最初に急激な大幅増加を記録したのはクリスマス・ソング特集の最中で、ここではじめて50を超えて当たり前と思えるようになりました。

今年に入ってからは70から80のあいだでうろうろ、たまに100を超えると、今日は来客多数と思っていました。それがまた変化したのが7月からはじめた、映画TV音楽特集の最中でした。120から150のあいだを上下するようになり、二桁に戻ることはめったになくなったのです。

しかし、これは、当家の内容の変化を反映したものではなく、どうやら、ヤフーでの当家の扱いが変わったことが原因のようです。それまでグーグル経由でいらっしゃるお客さんが第一位だったのに、七月からはヤフーが圧倒的な首位になったのです。

日曜から、なんだか多いな、と思いはじめ、昨日は過去最高の「表通りには人垣、うーらーらーら」状態、今日も昨日ほどではないにしても、当家としてはかなり多いほうです。180ぐらいまではいくのではないでしょうか。

なにかの加減で(たとえば管理ソフトウェアのバグ!)、「瞬間風速」として飛びぬけた数字が出ることはあるのですが、三日つづけて多いとなると、やはり、なにがあったのだろう、と考えてしまいます。有名アニメ監督のことをボロクソにいいましたが、幼稚な連中が検索エンジン経由でやってきて、しょーもない書き込みなんかしないように、不本意ながら伏字にしたので、この線はありえません。あとは、最近、いつもとちがうことを書いたとしたら、鈴木清順と検索エンジンのことぐらいです。

◆ 闇鍋リスト ◆◆
貧乏性なので、当家史上最高の数字が出た直後に、二日連続で更新を休むのは気が引けて気が引けて、書く材料なんかなにもないのに、つい、こうやって机に向かってしまい、「行き先はウナギにきいてください」(いうまでもないが「素人鰻」のサゲ)みたいな状態で書いているわけです。

でも、降ってわいたような数十人の「増加分」のお客さんたちが、なにを求めて当家にいらしたのかがわからないので、コーヒー、紅茶、緑茶、それとも強い飲み物、なにでおもてなしすればいいのか、まるっきり見当もつかないのです。検索キーワードのランキングを見ると、Who Put the Bomp(バリー・マンの昔のヒット曲で、当家ではこの記事で詳説している)がいきなりナンバーワンになりましたが、これは、そういう人たちがたくさんいらっしゃったという意味ではなく、ひとりの人がこのキーワードで何度もいらしただけでしょう。全体的な傾向の反映ではなく、ひとりのお客さんのお好みだということです。

結局、なにもわからないので、増えることはいいことだ、理由がなんであろうと、減るよりはずっといい、と、ものすごく鈍感に、大束に片づけておくことにします。だいたい、わたしてえ人間というものは、細かいことにこだわりすぎるのがよくないのです。年もとったことだし、これからは人生のサニー・サイドだけを見て生きたいと願っています。

で、本日はなにもネタがないので、どこぞの料亭のように、古いネタを引っ張り出してみることにしました。いつ書いたかも忘れてしまったのですが、ずいぶん以前に、海外のブログで何回か池玲子を見た、ということを書きました。いま、ShareMinerで検索してみましたが、まだヒットしますね。

「ウナギ」はどこへ向かいはじめたかというと、先日の鈴木清順のつづきで、ブログ時代の海外における日本「文化」(池玲子が日本文化かよ、というご意見もございましょうが、まあ、最後までお付き合いあれ)の話です。

遠まわしに書きますが、「ZipとRARで代表されるようなブログ」で出会った日本の音楽というのを思い出せるかぎり列挙してみましょう。こんなリストになりました。

小野リサ(スペル存じ上げず。これでよい?)
寺内タケシ
フラワー・トラベリング・バンド
モップス
エイプリル・フール
頭脳警察
陳信輝
カルメン・マキ
ジャックス
ハプニングス・フォー
ザ・ピーナツ
サーフ・コースターズ
東京キューバンボーイズ

とりあえず、いま思い出すのは以上ですが、もちろん、これ以外にも、記憶に残りにくい、この四半世紀ぐらいの、わたしとは縁遠いマイナーなバンドをはじめ、女性シンガーやらなにやら、いろいろな日本人アーティストに出くわしています。

f0147840_0203076.jpg

◆ 三等国転落 ◆◆
すごいでしょ、という話ではないのです。逆です。たったこれだけとは情けない、日本音楽はこの程度なのか、ということです。ほんとうなら、とっさにはリストなんかつくれないほど、とてつもない数になるべきでしょうに。

先日も書きましたが、「Zip&RAR」ブログの世界では、ラテン系が圧倒的にメイジャーで、そのつぎが英語、あとはほとんどプレゼンスなし。出くわしたことのあるものとしては、ギリシャ、エジプト、ロシア、イタリア、台湾、日本などなどがありますが、いずれもごく少数で、台湾、日本は一例しか知りません。

ラテン系が圧倒的勢力だとなにが起こるか? 彼らは英米のロック・グループを好むいっぽうで、自国や同言語文化圏の音楽を、異文化圏への宣伝として、あるいは同朋の需要にこたえるものとして、しばしばRARにするのです。

この自発的自国文化広報活動の成果がどれほどのものか、わたしにはわかりませんが、ゼロということはないでしょう。わたしは、英米の60年代音楽だけで十分にてんてこ舞いしているので、できるだけそういう方面に興味をもたないようにしていますが、気になって、いくつか聴いたものもあります。気の多い人なら、あるいは異文化に強い関心のある人なら、ウハウハでしょう。どこの国のシンガーかわかりませんが、気が遠くなるほど多数の盤が並べられていて、ああ、彼らにとって、この人は美空ひばりみたいな存在なのだろうなあ、ということがわかったことがあります。

今日、申し上げたいことはただひとつ。東京キューバンボーイズと頭脳警察と寺内タケシが同居する(そして池玲子も!)、上記の支離滅裂なリストでおわかりのように、彼らは新旧の日本の音楽に相応の、あるいは、強い関心をもっています。

f0147840_0234783.jpg

ガレージ/サイケデリック系が受けるのは当然で(英語で書かれた60年代世界ガレージバンド大全といったおもむきの本があり、みんなそれを読んで勉強している)、頭脳警察やモップスやハプニングス・フォーやジャックスやエイプリル・フール(松本隆と細野晴臣が在籍し、はっぴいえんどの母体となったバンド)が登場したのは、そういう流れにあるからです。でも、たとえば、ここにゴールデン・カップスが入っていないのは、わたしにはひどくバランスを欠いたことに思えます。たとえるなら、ブリティッシュ・ハードロック系のブログで、ストーンズとディープ・パープルはあるのに、ゼップはない、みたいな異様な眺めです。

f0147840_0241612.jpg

つまり、そういうことなのです。研究が進展していないというのは、知識がバランスよく配分されないということです。しかし、それを海外のリスナーやブロガーのせいにするのは、お門違いでしょう。われわれ日本人は、ラテン系の連中のように、熱心に自国文化の広報活動をやっていません。彼らの、われわれの文化に関する知識がバランスを失しても、当然のことでしょう(もうひとつ、近年の流行である、意味の解体、歴史的コンテクストからの脱出、という傾向も反映されているのだろうが)。

◆ 血の交換 ◆◆
だれがいっていたのか忘れてしまいましたが、戦争もまたコミュニケーションである、という一節を読んだ記憶があります。戦争によってある文化とある文化が接触して、双方に影響を与え合うということです。

同じようなコンテクストで思ったことがあります。江戸時代末期から明治にかけて、日本は海賊同様の流れ者西洋人の餌食になって、金(きん)が大流出します。それだけでなく、とほうもない数の美術品も海外へと持ち去られます。いま、大英博物館にある日本関係の美術品の多くは、そうした盗品同様のものだといっている人もいました。

たしかに、ちょっと腹立たしくはあります。しかし、日本も半島侵略の際に多くのものを盗み、その結果として、焼き物の技術が向上したり、貴重な書籍が現代に伝えられたりもしているので、被害のほうばかり大声で騒ぎたてる資格ははじめからありません。むしろ、こういうように、盗みにあうという、本来なら災厄であることのプラス面に目を向けるべきのような気がします。

f0147840_036275.jpg戦争というのはろくなものではありませんが、視点を変えて見ると、文化圏の衝突であり、両者のもっている「血」のようなものが、情報として交換されるのも事実です。太平洋戦争後、日本はアメリカ文化の洪水に見舞われますが、それだけではありませんでした。日本に駐留したGIのなかには、日本文化に関心をもち、後年、それを自作に生かした人もいます。たとえば、『ファイヴ・イージー・ピーシーズ』を撮ったボブ・レイフェルソン監督や『シブミ』を書いたトレヴェニアンなどです(こちらが受け取ったものに比して、あちらが受け取ったものはじつにもって呆れるほど微々たるものだが、でも、ゼロではないのである)。

RARにされることをありがたがる人はいないかもしれませんが、見方を変えれば、それは無料の宣伝です。海外には、美空ひばりは知らなくても、池玲子は好きだという人間が生まれてしまったにちがいありません。こういうことというのは、いい悪いの問題ではないのです。たんに、そうなってしまっただけです。

毎度申し上げていますが、この世には百パーセントよいこともないかわりに、百パーセント悪いことというのもありません。明るい表通りとはいえない経路をたどって、異文化の世界に入っていくのも、またひとつのあり方であり、商売人はどういうか知りませんが、わたしは、こういうのもまんざら悪いことではない、よい果実を実らせる種になる可能性が高い、と考えます。

f0147840_0451910.jpg

by songsf4s | 2008-09-09 23:26 | その他
Branded to Kill

こうして更新しているのだから、いちおうPCは動いています。しかし、パーティショニングの最中に固まるという大事故に見舞われ(パーティショニングは何百回もしたが、固まったのははじめて!)、まったくもって不都合なことが山ほど起きました。

トラブルがはじまると、しばしば二次災害も起きます。中間の説明は省きますが、いま起動しているのはたんなる幸運で、BIOSの設定すらできない(ということは、電源スウィッチのオンオフ以外にできることはなにもない!)異常な状態が昨夜から続いていて、ボヤきが出そうになります。今日は完全にばらして、予備のマザーボードにつなげてみるので、またしても、しばらくなにもできなくなるケースを憂慮して、材料もないのに駄話をしにしゃしゃり出ました。

◆ Seijunクイズ ◆◆
PCのトラブルが久々に困惑するほど複雑怪奇なものになってきて、ちょっと疲れてしまい、今朝、起きてからは、復旧に精を出す気すら起きず、ちょっとグレて、昨日、ここに書いたリンクのもう一方、日本映画の英文紹介を読んでいました。

それでは第一問(っていきなりクイズに化ける)。

以下の映画の監督は誰でしょう?

Branded to Kill
Youth of the Beast
Tokyo Drifter


初歩的な愚問でしたね。以下、正解ヴィデオをどうぞ。









Youth of the Beastだけは、タイトルの出てこない映像なので(たぶんタイトル直後のシークェンス)、念のために原題を書いておくと『野獣の青春』。まんまです!

つぎは少しだけむずかしくなります。それでは第二問。以下のタイトルの原題を書きなさい。いずれも直訳英題です。

The Flower and the Angry Waves
Story of a Prostitute
Gate of Flesh


正解ヴィデオ








ついでに、La Marque du Tueurのフランス語版予告編なぞはいかが? わたしはまるっきり一言もわかりませんでした。



◆ ついにきた清順 ◆◆
しかし、おそるべし清順人気。パリでは大きな回顧展があったそうで、日本にいるよりたくさん見られるじゃん、です。思い起こすのはわが清順シネマテーク初体験。72年晩冬から早春にかけての池袋文芸座での回顧展は、5週間で25作品を上映するというもので、大学受験を終え、あとは卒業式を待つばかりだった高校生シネマディクトは、土曜の夜から日曜の朝(シリトーをパクったわけではない)は、毎週、文芸座にいました。しまいには父親に「そこに坐りなさい」といわれ、「いくら受験勉強から解放されたといっても、毎週、朝帰りとは呆れた。少しは慎みなさい」とお小言を食らったほどです。朝7時には帰ると約束し、必ずその約束は守って、映画のあと、終夜営業のラーメン屋で朝食を食べたら、まっすぐに帰っていたのですけれどねえ。

80年代に思ったんですよ。小津、溝口、黒澤という、海外での日本映画三羽烏のつぎに、こんどは成瀬がきた、ということを小林信彦が書いていたのです。ウディー・アレンのせいでしょうね(『アニー・ホール』参照)。で、成瀬まできたのなら、つぎは清順じゃないか、と思うのが人情じゃないですか。

アニメ(このあいだ、ビートたけしが、大有名アニメ監督をボロクソにいっていて、爆笑した。あの宮なんとかの映画は3本ほど見たが、退屈または激怒しただけだった。たけしがいうとおり「女子どもをだまくらかして」小銭を稼ぐ幼稚な詐欺師。民俗学の研究成果をペダンティックに借用、というか、誤用した悪質さには心底激怒した)や、ゴジラなどの挟雑物があり、ちょっと遅れましたが、やっぱりきたな、です。鈴木清順のあの非ハリウッド的映像表現に、非日本人が美を見出すには、それなりに「感性の成熟」が必要で、黒澤ほど単純明快子供向けではないから、アメリカ人はてこずったのでしょう。

オタクだけが日本だと思っている馬鹿者が海外で大増殖しているようですが、宮×なんかに日本を代表されてはかないません。小津、溝口、成瀬、そして清順という大人の趣味もちゃんと押さえてほしいものです。政府もアニメにばかり金を出していないで、こうした監督たちの作品の外国語への翻訳、DVD化、広報活動に、じゃんじゃん金を出さないといかんでしょう。

英語字幕つき『東京物語』を見たことがありますが、あれは日本人にも面白いものです。ほら、『花と怒涛』の英訳タイトルが、The Flower and the Angry Wavesていわれると、この「怒」はangryなのかなあ、と考えるじゃないですか。映画丸ごと一本の字幕を見ると、そういうのがたくさんあって面白いのです。

◆ 無国籍はインターナショナル? ◆◆
日活、というか、Nikkatsuを語る場合、「とりあえず」清順に触れる、というのはすでにコンセンサスというか、ほとんど馬鹿馬鹿しいルーティンに化しているようで、なかには、「それはそれとして」と本題に入る人もいます。あるいは、清順の有名な作品と、自分が語ろうとしている作品を比較するというパターンもあります。

Branded to Killに比肩する、あるいは凌駕すると評判が高いのが、A Colt Is My Passport、すなわち、野村孝監督、宍戸錠主演の『拳銃[コルト]は俺のパスポート』です。これはまったくもって正論、わたしも大好きな映画ですが、日本ではまったく知られていない作品が(わたしも、20年ほど前にはじめて見た)、海外で日活アクションの代表作として有名になってしまったのにはびっくり仰天です。

日活が傾いて、多くのファンが去ったあと(わたしも、最後に見たのは1967年、えーと、タイトルは忘れたが、裕次郎主演、川地民夫、梶芽衣子共演で、裕次郎がクラブのオーナー、川地がその片腕で、ボスに隠れて売春斡旋をしていて、そこから窮地に陥るという話だった。時期が近いので、『夜霧よ今夜もありがとう』にムードが似ていた)、この『拳銃は俺のパスポート』や、『皆殺しの拳銃』のような佳作が生まれたのは、なんとも皮肉で、タイミングが悪すぎたため、国内での評価が低くなってしまったわけです。

いや、そもそも、映画関係の文筆に携わっている人の大部分が見ていなくて、評価が「低い」のではなく、評価が「存在しない」のでしょう。この映画について書いている文章は、わたしは渡辺武信の(ほとんど追悼文のような)賛辞しか読んだことがありません。さすがにあの人は、最後まで見届けただけでなく、客が知らないところで、いい映画を撮る若い監督が輩出しはじめたことに注目していたのです。

それをよくまた海外のファンが見つけたものだ、驚くべきことだ、というべきか、海外のファンだからこそ、日本での評価とは無関係に、裸の目で見て、こいつはすごい、と思ったのであって、あたりまえのことと考えるべきか……まあ、後者でしょうね。

◆ 同病相憐れむ ◆◆
べつに当家の看板を映画へと塗り替えるつもりはありません。いまは音楽を聴ける環境にはないので、なにも聴かなくても、フリーハンドで書ける駄話でつないでいるだけです。

なぜ、こんなことに興味を持って、海外のサイトにいっては、読み漁っているかというと、なんだか他人事に思えないというか、bird of a featherのような気がするのです。お互い、向きは正反対ですが、自分が生まれ育った文化の土壌にはないものの絵を、細部にいたるまで鮮明に描こうと努力をしているわけですよ。だから、彼らが、どういうアティテュードで日活映画に向き合っているかがものすごく気になるのです。

わたしとハリウッド音楽の関係のように、奥深いところまで日活映画を研究している人はまだいないようです。これはやむをえません。わたしがLPやCDや書籍やウェブによって、無尽蔵ともいえる豊富な材料を得ているのに対し、彼らが接することのできるフィルムは一握りに過ぎないからです。そして、日本では古いアメリカ音楽に対する関心がそれなりに高い(つまり「お客さん」がいる)のに対し、アメリカでは、苦労してウェブサイトやブログをやっても、それほど多くの関心を喚ぶとは思えません。だから、がんばれ、日本政府は応援しなくても、日本国民は応援するぞ、といいたくなるのです(そういえば、そろそろアメリカ政府が公式にわたしに感謝の意を表してもだれも驚かないと思うのですが、そんな話はぜんぜんききませんねえ。キャピトル・レコードから金一封のうわさもないし、もちろん、キャピトルの宣伝のために、当ブログを丸ごと買収したいなんて話もまだ持ちこまれません。かくして、心ならずも、当ブログは依然としてノン・プロフィット・ベースです)。

『拳銃は俺のパスポート』が評判になったのは驚くべきことだと書きましたが、考えてみると、あの映画はフィルム・ノワールで、じつは外国人にも理解しやすいのです。とりあえず、宍戸錠が日活を代表するスターになってしまいましたが、これが裕次郎へ、そして、最後にアキラにたどりついたとき、われわれははじめて、海外の日活研究の深さに震撼すればいいのでしょう。アキラがわかるのは東洋人(ジョン・ウーもこのブームに一役買ったか?)だけなのか、それとも、欧米でもファンが生まれるのか、じつに興味深いところです。
by songsf4s | 2008-09-07 16:02 | その他
The Saddest Song by Gordon Waller
タイトル
The Saddest Song
アーティスト
Gordon Waller
ライター
Gordon Waller
収録アルバム
Gordon
リリース年
1972年
f0147840_23514820.jpg

また今日も、あちらをこちらに連動させるのではなく、こちらをあちらに合わせる企画で、当家のこれまでの流れとはまったく無関係な曲です。

昨日のボビー・ウィットロック同様、ゴードン・ウォーラーといっても、すぐにおわかりになる人がどれだけいらっしゃるか、じつに心もとないのですが、ピーター&ゴードンのゴードンといえば、ああ、とおっしゃる方は、当家の場合はそれなりにいらっしゃるのではないでしょうか。

長いあいだ音楽を聴いていると、変な経緯でわが家の棚に収まっている盤というのがいくつかあるのですが、このGordonというアルバムも、手に入れたのはかなりオフビートな状況で、「えっ、これが?」とコケそうになりました。

1973年の夏休みに、友人がヨーロッパ旅行をすることになりました。土産はなにがほしい、ときかれたので、そりゃもちろん日本にはない盤だな、とこたえました。たまたま、あの時期、60年代中期のブリティッシュ・ビートが懐かしく感じられて、デイヴ・クラーク・ファイヴだの、ジェリー&ザ・ペイスメイカーズだの、サーチャーズだの、そういったグループの名前を書いてわたし、このなかのどれかがあったらよろしく、と頼みました。

f0147840_2355554.jpg

この友だちが、60年代のブリティッシュ・ビートに詳しければ、そんなことは起こらなかったと思うのですが、ロンドンのレコード屋に入って、わたしのリストを店員に見せ、このどれかのグループの盤はあるか、ときいたのだそうです。その結果、手に入った盤が、今日の主役、ゴードン・ウォーラーの(たぶん)最初の(そしてたぶん最後の)ソロ・アルバムです。

これを「はい、おみやげ」と渡されたとき、わたしはどういう顔をしたのでしょうかねえ。間髪入れずに満面の笑みを浮かべたとは思えません。どちらかというと、戸惑ったのではないでしょうか。たとえばの話、わたしがロンドンに住むの日本演芸ファンで、東京に旅する友だちに、ツービートの昔の画像がほしい、といったとするじゃないですか? それで友人が買ってきたのが、ビートたけし監督の最新の映画のDVDだったら、ふつう、コケるでしょう?

ピーター&ゴードンのアルバムがあるといいなあ、あったら買ってきて、といったとき、わたしの頭のなかでは、かつて聴いた、♪Please knock me away and don't allow the day~とか、♪When I see her comin' down the street, I get so shaky and I feel so weak~なんてえのが、4チャンネル・ステレオで流れていたりするわけですな。それがあなた、じっさいに手渡されたのは、どこかの若い農夫が、鶏小屋で今日の夕食用に絞めるトリの物色をしているようなジャケットのLPですからね、「これはなに?」と喉元まで出かかりましたよ。

f0147840_003277.jpg

しかし、これは旅の土産です。わたしへの好意で買ってきてくれたものです。アメリカ合衆国の歳末の習慣のように、もらった贈り物をデパートに交換にいくなんて発想は大和民族にはありませんな。わたしはにこやかに「へえ、めずらしいものがあったね、どうもありがとう」と受け取りました。ほかになにができるというのです!

しかし、人生はあざなえる縄のごとし、人間万事塞翁が馬、百パーセントいいこともないかわりに、百パーセント悪いこともありません。いかにもあの時代らしい、ジェイムズ・テイラーのボツ作品みたいなこのGordonを聴きながら、ピーター&ゴードンを懐かしがったものですが、それがいまはどうです。ピーター&ゴードンは、その後、LP、CD合わせて数枚の盤を手に入れました。でも、このGordonはその後、まったく見かけません。このときに入手していなければ、この盤を聴く可能性はゼロだったにちがいないのです。

そもそも、その後もなにも、あの時代だって、輸入盤屋でこのLPを見たことがなかったのです。ふつう、そういうことはありませんよ。どんなにめずらしいものを買っても、どこかの店で見かけて、おれは1980円で買ったけれど、この店はいくらだろう、なんて思ってチラッと見たりするじゃないですか。この盤に関しては、そういうことが一度もありませんでした。いかに売れなかったかわかろうというものです。

あの時代、ピーター&ゴードンからしてもう茗荷の宿、だれも話題にもせず(ジェイムズ・テイラーのおかげで、ピーター・エイシャーが脚光を浴びていたにもかかわらずですぜ!)、そのだれも知らないデュオの片割れのソロなんて、リリースの瞬間に忘却の彼方だったのでしょう。だから、CD化なんかされなかったにちがいありません。

あとで思いましたね。ロンドンのレコード屋の店員は、西も東もわからないお上りさんが迷い込んできて、自分がなにを探しているのかもわかっていないことを宣伝するかのように、メモなんか渡すから、ピーター&ゴードンはアウト・オヴ・プリントです、とウソをつき、売れなくて困っていたゴードン・ウォーラーのソロを押しつけて、してやったりと笑っていたにちがいない、ってね。

わたしがその場にいたら、店員など相手にせず、棚を自分で見て、日本まで持ち帰るに値する盤を相当数拾い出したにちがいありません。でも、そうなっていたら、このGordonを聴いた可能性はゼロです。だから、なにが幸いし、なにが災いするかわからないというのですよ。

f0147840_02285.jpg

◆ Just for old times' sake ◆◆
昨日のボビー・ウィットロックのSong for Paulaのときにも書きましたが、こういうものは時間がたつと、自動的に「名盤」になってしまう傾向があります(じっさい、検索したら、「名盤」として売っている中古屋があった。まあ、「折り紙付きの駄作」なんていったらだれも買わなくなるから、多少の誇大広告はやむをえないし、作物の優劣は人それぞれの見方によるが、それにしてもなあ……)。

いや、箸にも棒にもかからない愚作なら、わたしも取り上げません。本日の看板としたアルバム・オープナーのThe Saddest Songをはじめ、I Won't Be Your RuinやBefore You Go to Sleepなど、なかなか悪くない曲が2、3あります。

そもそも、わたしはデュオ時代のゴードン・ウォーラーの声が好きでした。このアルバムはデュオのときとはまったくコンテクストが異なりますし、ゴードンも意識的にスタイルを変えていますが、元がいいので、こういう形で歌っても、ピーターがプロデュースしていたジェイムズ・テイラーの、タイムのよくない人に特有の、頭を押さえつけられるような鬱陶しさはなく、いたってあと口のよい盤になっています。

褒めるほどの盤ではないかもしれませんが、まんざら知らない人間でもない、A World Without Loveは好きだった、などというオールド・タイマーのお客さんは、たったのワン・クリック・アウェイなので、ちょっと立ち見などなさってはいかがでしょうか。

f0147840_051037.jpg
ステージのピーター&ゴードン、といわれてもねえ……。こんな写真を見つけようと思ったわけではないが、近ごろはこのパターンがじつに多い。ギターは二人とも昔と同じギブソンJ-160E。顔を見てもわからない人は、ギターで思いだしてくれ、ということか?

by songsf4s | 2008-09-04 23:55 | その他
Song for Paula by Bobby Whitlock
タイトル
Song for Paula
アーティスト
Bobby Whitlock
ライター
Bobby Whitlock
収録アルバム
Bobby Whitlock
リリース年
1972年
f0147840_23535111.jpg

予定ではスティーヴ・ウィンウッド・シリーズの第2段階であるトラフィックへ進むはずだったのですが、家人がいきなりグーグル・ブロガーにアカウントをとって、試しになにか書き込めだなんていうもので、そちらに時間をとられ(おもにLPジャケットのスキャンと合成)、とりあえずウィンウッドは棚上げとせざるをえなくなりました。

しかし、当家が間借りしているこのエクサイトのようなローカルなのとちがって、グーグルは開設したとたん、まだ記事がゼロなのに、アメリカから5人もきて、たまげました。あちこちの国別カウンターでアメリカのお客の多さは知っていましたが、それを自分のところでも経験するとなる、ウーム×3ぐらいです。エクサイトは、あの国別カウンターが使えないのが面白くないですな。いきなり、エクアドル1、ペルー1とかいわれると、へえ、そうかあ、と感慨がありますからねえ。

f0147840_23572492.jpg

じっさい、みなさんには見えませんが、当家だって、すでに数十カ国からお客さんを迎えているのです。写真キャプションはアルファベットにするように心がけているのは、画像検索で海外のお客さんに来ていただくためです。だから、当家でもああいう国別カウンターが出せると面白いのですが、それがエクサイトの制約でままならないのです。

音楽ブログというのは、本来的にローカリズムから解放されているのだからして、ああいうものを出したいとずっと思っていました。あれが出るだけでも、新しいブログが楽しくなり、あちらのためにジャケットのスキャンに精を出しちゃったりするわけです。早く、トータル100カ国を達成し、名前を見ても地図上の位置がわからないような国からのお客さんも迎えたいものです。

そんなわけで、あちらが軌道に乗るまで、当家の更新は滞りがちになるかもしれませんが、どうかご容赦を。

◆ 明け方の幽霊 ◆◆
日本の音楽業界でよく使われる言葉のなかで、もっとも不愉快なのはなにかといえば、迷いなく「幻の名盤」です。なぜ、たんなる「名盤」ではなく、「幻」がつくのか? きまってまさあね、売れなかったから埋もれてしまい、だれも知らない、存在が不確かなものという意味で「幻」となるのですな、これが。

で、わたしは、会社や評論屋がいう「幻の名盤」を大量に製造した世代なのです。つまり、当時のバイヤーであるわれわれの世代の多数派のコンセンサスとして、そんなものはつまらんと断じ、買わなかったせいで、ああしたもろもろの盤は「幻」になったのです。そんな、明け方の幽霊みたいなものを、いまさらだれが聴きたいと思うものですか! 当時、くだらないと思ったものは、いま聴いてもくだらないのです。だれかが一度捨てたゴミを拾うのはルンペンだけですぜ。

しかし、まあ、わたしも長年、盤を買っていて、これが売れなかったのは残念だったねえ、そこそこいいところまでいっていたのに、と思うものはいくつかあります。そういうものがなかなかCD化されないと、だんだんイライラしてきて、ドアホ、おんどりゃ、耳がついとんのか、はよ出さんかい、とCDを売っている人たちに辞を低くしてお願いしたくなってきたりします。

なんでCD化されないんだろう、おかしいなあ、と思っていた盤でも、たとえば、マシュー・フィッシャーの3枚のソロ(Journey's End、I'll Be There、Matthew Fisher)、アラン・プライスのBetween Today and Yesterday、ジョニー・リヴァーズのL.A. Raggae(ドラムはジム・ゴードン、ベースはジョー・オズボーン)などは、ずいぶん遅れましたが、この数年のあいだにCD化され、その点は慶賀に堪えません。いや、確認しておきますが、「わたしは好んでいた」というだけで、「幻」付きであろうがなかろうが、こうしたアルバムを「名盤」などというつもりは毛頭ありません。

f0147840_01071.jpg
f0147840_013296.jpg

f0147840_031275.jpg
f0147840_032991.jpg

当時はそれなりに気に入っていたのに、いまだにCD化されないものも、当然ながらあります。ヤングブラッズのバナナの唯一のソロ・アルバム、Banana & the Bunch "Mid Mountain Ranch"とか、バーズやフライング・ブリトーズに在籍したスキップ・バッティンの"Skip Battin"(ソロ・デビュー盤)などがそうですが、まあ、この2枚は、マイナーだし、当時買った人間だけがときおり引っ張り出して楽しめばいい盤かもしれない、いまの人に用はないだろう、という気もします(まあ、わたしの観点からは、この2枚よりはるかにゴミ箱や棺桶のよく似合うものが山ほどCD化されていて、その点はアンフェアだと思うが、「この世がフェアだなんてだれがいった?」という金言もあるくらいで、まあ、やむをえないところ)。

f0147840_0145984.jpg

f0147840_0152857.jpg
Skip Battin "Skip Battin" いつのまにかCDになっていて、こりゃまた失礼いたしました、だった。バーズ時代の曲同様、Bye Bye Valentinoのように歌詞が面白い曲が多いので、やはり今回も売れないのではないだろうか。なお、盤にならず、テープのまま残っているセカンド・アルバムがあるという話をどこかで読んだ記憶がある。

なんとも変だ、といまだにまったく納得のいかないのが、本日ご紹介するボビー・ウィットロックの1972年のダンヒル・レコードからのソロ・デビュー盤です。

◆ 上もの抜きの実質的ドミノーズ ◆◆
ボビー・ウィットロックという名前を見ても、ああ、あのウィットロックね、と思う方は一握りでしょう。しかし、たいていの方は、ウィットロックの声だけはご存知です。あのデレク&ザ・ドミノーズのLaylaのコーラスで、下手くそなリード・シンガーの声をかき消すようにして(トム・ベイラーによると、スタジオ・シンガー業界ではこういうテクニックをshadowingと呼ぶ)、「レイーラー!」と叫んでいる人、あれがボビー・ウィットロックです。

わたしは、エリック・クラプトンという人には子どものころからまったく無関心で、久生十蘭のいただきをやると、「若いときから泥臭いものが大嫌い、ギターといえばマイケル・ブルームフィールドの粋なランがなによりの好物、ドラムもジム・ゴードンやバリー・J・ウィルソンの、さっぱりとあとくちのよいフィル以外はてんで受けつけないという生粋の江戸っ子で」てなもんです。いや、生粋の江戸っ子は愚兄までで、わたしはわが家が都落ちしてからの生まれですが。

f0147840_0261179.jpg
左からジム・ゴードン、カール・レイドル、ボビー・ウィットロック。右端のトリムしたところにはあの人物がいるのだが、わたしにとってはいないほうがずっと気持がよい。

クラプトンは大嫌いだけれど、その周囲は大好きというのには、若いころからずっと悩まされていて、いまだに「このヴォーカルとギターが消せたらなあ」と思う盤が何枚かあります。たとえば、はじめてジム・ゴードンとクラプトンが組んだ、あのソロとかですね。After Midnightが入っているやつです。ギターもヴォーカルもいらない、ドラムだけ聴きたい!

その夢を叶えてくれたのが、本日の主役、ボビー・ウィットロックのソロ・デビュー盤です。パーソネルは書いてないのですが、この時期のジム・ゴードンがわからなかったら、そりゃ金ツンボというもので、ドラム・クレイジーの看板を下ろさなければなりませんぜ。トラック1、2、7は、百パーセント確実にジム・ゴードンのプレイです。ベースもカール・レイドルでしょう。

ボビー・ウィットロックは、このあと3枚のアルバムがあるようで、そのうちの2枚、Raw VelvetとRock Your Sox Offは買いましたが、棚におくより、収集車にもっていってもらったほうがいい出来でした。会社というのはトンチキなもので、CD化なんかしないで、そのまま永眠させるべきだった死者を墓から呼び戻し、いち早く蘇生するべきだった盤に、いまだ「大いなる眠り」をむさぼらせています。どこをどう押すと、こういうアクロバティックな勘違いができるのか、半世紀以上生きたいまも、わたしには理解できません。

f0147840_0353385.jpg
Bobby Whitlock "Raw Velvet" たぶんセカンド・アルバム。しいていえば、こちらのほうがRock Your Sox Offよりマシだが、やっぱりつまらない。ジム・ゴードンを期待して買ったわたしは、こんな盤、割ったろうかというくらい怒り狂った。じつになんとも情けない、世をはかなんでしまうほど凡庸なドラミング。

◆ 絶頂期のプレイ ◆◆
ボビー・ウィットロックのデビュー盤を精彩あるものにしている要素は二つ。ひとつはもちろん、楽曲の出来が他のアルバムよりすぐれていること(Where There's a Will, There's a Way、Song for Paula、A Game Called Life、The Scenary Has Slowly Changed、The Dreams of a Hoboは純粋に楽曲として好ましい)、そしてもうひとつは、キャリアのピークにあったジム・ゴードンの凄絶なプレイの連発です。

ふつう、ドラムを楽しむのなら、アップテンポの曲のほうがいいことになっています。ジム・ゴードンでいえば、ドミノーズのライヴ(最近のではなく、昔、ドミノーズのセカンドとしてリリースされたほうの盤)でのLet It Rain、ハル・ブレインでいえば、ガールフレンズのMy One and Only Jimmy Boy、エルヴィスのSpeedwayなんかが典型です。

しかし、それは客の考えであって、プレイヤーはべつの見方をするようです。記憶が薄れてしまったのですが、ハル・ブレインはもっとも気に入っているプレイとして、カーペンターズの曲、たしかWe've Only Just Beganをあげていたと思います。ちょっと意外の感があったのですが、よく考えると、「そういう線もありか」と思えてくる、じつに微妙な選択なんですな、こいつてえものが。

客が好む好まないはべつとして、下手な噺家には人情噺ができないのと同じで(阿佐田哲也が「志ん生も人情噺をやらなければいい噺家なのだが」と書いていたのを思いだす。それはそのとおりなのだが、噺家だって立場もあれば見栄もあるわけで、そう切り捨ててしまうのはちとむごい)、下手なドラマーはバラッドが叩けません。ホンモノのプロフェッショナルは、バラッドがうまいものなのです。そのへんが、成り行きでドラムをやることになったロックバンドのお子様素人衆とは決定的にちがうのです。

ジム・ゴードンも十七歳でデビューしたときから(神童です、ギョッとするようなプレイをしています)、ずっと歌伴をつづけてきたので、じつは、バラッドがすごく上手いんです。

f0147840_0502619.jpg

このボビー・ウィットロックのデビュー盤を買ったときは、こちらもまだ二十歳かそこらのガキで、ドラミングの「味」なんてものはまるっきりわかっていなかったため(でも、ボビー・ウィットロックが聴きたくて買ったのではない。人的コネクションから考えてジム・ゴードンが叩いている可能性は高いと計算し、ジム・ゴードン目当てで買った。そのへんのドラマー本位主義は、ガキのころから終始一貫ブレがなく、われながら立派だと褒めてしまう)、当時はWhere There's a Will, There's a Wayのプレイを好んでいました。とくにブレイクのところのハイハットを使った短いフィルインなんざあ、じつにオツざんすねえ、旦那、とうれしがったものです。

しかし、20年ほど前、掃除かたがた、久しぶりにこのLPを引っぱり出して思ったのは、Song for PaulaとThe Scenary Has Slowly Changedの2曲のバラッドがすさまじい、ということです。この2曲、甲乙つけがたく、まだうじうじと悩んでいるぐらいです。

どちらのバラッドも、後半、エンディングにかけてが圧巻なのですが、Song for Paulaは、冒頭から比較的楽しめるのに対して、The Scenary Has Slowly Changedは、最後の1分に突入するまでは高倉“昭和残侠伝”健の我慢が必要です。最後の一分に入ったら、もう健さんと池部良も、ついでに鶴田浩二まで裸足で逃げだす阿鼻叫喚、襖が蹴破られ、血しぶきが障子を濡らし、背なの唐獅子(あれ? 龍だっけ?)が二つに割れて血がにじむ、大々的なフィルインの連打になります。

たとえば、仮にですね、1秒間を100で割って、0.57秒のところで叩くビートがもっとも気持ちいい、としてみましょう(設定が無理なのは承知のうえ、ま、しばらく付き合いなさいな)。ドミノーズのライヴからこのボビー・ウィットロックのデビュー盤ぐらいの時期のジム・ゴードンは、かなりの確率で、0.55から0.58ぐらいの幅に収まる、「世にも快感の生まれてきてよかったビート」を叩けました。

いや、バックビートだけじゃありません。8分、16分織りまぜて、1小節のなかで12回ビートを叩くとするじゃないですか、このうち3打ぐらいは「エクスタシー・ビート」なのが、この時期のジム・ゴードンの生涯にこのとき以外はないという、ごく短期間しかつづかなかった、すさまじいまでにピンポイントの正確さなのです。

Song for Paulaという曲を聴いていて感じるのは、フィルインでのビートが、つぎつぎにビシビシと正確なところに決まっていくことです。これがもう失神しそうな快感で、この年になると、セックスがなんぼのもんじゃい、絶好調時のジム・ゴードンのビートのほうがよっぽど気持ちいいぜ、といっちゃうほどです(ウソつけ、といわれると、うん、まあ、と自信がなくなるが)。

たとえばの話、ビート・ヒット率というのが計測できるとするじゃないですか。「当たり」のビートを全ビート数で割った数字です。これが超一流のドラマーでも、たとえば平均で.184なんていった、キャッチャーかショートストップかという打率がいいところでしょう。あくまでも仮の話ですよ。で、この時期のジム・ゴードンは、その超一流ドラマーの平均を倍以上の率で軽く上まわって、奇蹟の4割打者だったのです。これだけ正確なビートを数多く連打できる人はまずいませんよ。首位打者でも3分の2は凡打、上手いドラマーでもたいていのビートは「はずれ」なのです。

たとえ、ボビー・ウィットロックがなにもしなかったとしても、ジム・ゴードンのドラミングを聴くだけで元がとれてしまう盤なのです。これでボビー・ウィットロックも状態がいいのだから、なぜこの盤がいまだにCDにならないのか、わたしにはまったくわかりません。まあ、LPをリップしてから、ものすごくていねいにノイズ取りをしたので(ふだんはあまりノイズ取りはせず、どんどん圧縮してしまう。ボビー・ウィットロックのこの盤だけは、まだときおりノイズ取りをしているので、WAVファイルが保存してあり、今回もそこから新たに圧縮ファイルをつくった)、いまさらCDにされても、お母さん、ぼくのあの時間はどこへ消えたのでしょうね、あのボビー・ウィットロックのデビュー盤のノイズ取りに使った時間は、になっちゃうから、もうCDなんかにしてくれなくてもいいのですがね!

f0147840_0553351.jpg

ジム・ゴードンばかり褒めましたが、ボビー・ウィットロックもそこそこ好きです。このデビュー盤を聴いて思ったのは、この人はもともとギター一本もって歌うタイプのシンガーであって、キーボードなんかで世渡りするようになったのは、偶然のいたずら(ちょうどアル・クーパーと同じ)にすぎないのではないか、ということです。この盤でも、アコースティック・ギターの使い方は上手いのに対して、キーボードは終始、凡庸な使い方に堕しています。
by songsf4s | 2008-09-03 23:57 | その他