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The Spy Who Came in from the Cold by Billy Strange
タイトル
The Spy Who Came in from the Cold
アーティスト
Billy Strange
ライター
Sol Kaplan
収録アルバム
Secret Agent File
リリース年
1965年(?)
他のヴァージョン
Hugo Montenegro, Sol Kaplan
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気力体力ともに充実からほど遠く、ちょっと休んでしまいましたが、そのあいだにも、ずいぶんたくさんのお客さんにご来訪いただき、感謝に堪えないと同時に、恐縮しております。

まだ快調ではないので、毎日更新というわけにはいかず、またすぐに「今日はやめておこう」ということになるかもしれませんが、その節には、また休みかと閉じていただくのもけっこう、昔の記事などを開いて、ミスをつまみ出していただいたりするのもまたご一興かと思います。なにしろ、いま確認すると記事数190件となっているので、ミスも山ほどあるにちがいありません。

f0147840_1824571.jpgさて、本日の曲。The Spy Who Came in from the Coldという原題ではわかりにくいかもしれませんが、これは映画『寒い国から帰ってきたスパイ』のテーマです。といっても、そんな映画を見た方も少ないかもしれませんが、ジョン・ル・カレのデビュー作の映画化といえば、どうにか通じるでしょうか。さりながら、かつてはエスピオナージュ小説の書き手としては不動のナンバーワンだったル・カレも、冷戦終結後は、お年を召したこともあり、めだった活躍はなかったようなので、もう忘れられたかなと、ちょっと不安が残りますが。

そもそも、とまた古い話になりますが、小説のほうの『寒い国から帰ってきたスパイ』は、英米での評価が高かったわりには、「ディテールの楽しみ」という長編小説の基本において薄味な作品で、同時期に、やはりエスピオナージュ小説でデビューしたレン・デイトン(『イプクレス・ファイル』)のほうが、作家としての資質、細部の表現ということではずっと上と感じたものです。

f0147840_18265369.jpgル・カレが名実ともに第一級の書き手になったのは、『ドイツの小さな町』『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』あたりからという印象です。それにしたって、もっとスッキリと、わかりやすく書けるだろうに、なんだってこのオッサンはこうもまわりくどいのだ、やっぱり腕が悪いのかもな、とちょっとばかりイライラしました。まあ、『ドイツの小さな町』なんか、300ページにおよぶ朦朧たる官僚主義の靄のなかから、終盤にいたって突然、明晰な思考が出現するところに面白味があったので、あれが3ページ目から明晰だったら、薄手な印象になったかもしれません。

f0147840_18281459.jpgで、なんの話でしたっけ? あ、『寒い国から帰ってきたスパイ』でした。子どものときに見たきりなので、映画の印象はまったく残っていません。マイケル・ケイン主演の『国際諜報局』(「国債重宝曲」と変換した! レン・デイトンの『イプクレス・ファイル』の映画化)あたりとゴチャゴチャになっているというか、ま、早い話が忘れちゃいました。

わたしの記憶力ももうゴミ箱行きの腐敗度ですが、あのころはエスピオナージュ映画がまた、通俗、活劇(昔はアクションもののことをこういったのでありますな)、コメディー、シリアス、あれこれこき混ぜてむやみに多く、しかも、子どもだったわたしは、片端からそういうのを見ちゃったわけでありまして、それから40年以上もたったのだから、なにがなんだかわからなくなっても、無理もないと思うのですが……。

◆ 5度のフラット ◆◆
f0147840_18291930.jpg映画のブームに遅れることウン十年、スパイ・ミュージック・ブームというのもありました。エキゾティカ、ラウンジの道が、一本となりの間道に入ったあたりで流行ったわけですが、このあたりの近さというのはよくわかります。ショーティー・ロジャーズ=ヘンリー・マンシーニ=ラロ・シフリン的な映画テレビ音楽の先駆的作品とでもいうべきものを集めた、ライノのCrime Jazzなんていう2枚シリーズの編集盤も、地続きのお隣さんでした。

スパイ・ミュージックというと、わたしはビーバップとアントニオ・カルロス・ジョビンを連想します。ぜんぜん関係ないだろ、なんていうあなたは、ジャンルというものにとらわれすぎています。Mission Impossible(『スパイ大作戦』)とThe Man from U.N.C.L.E.(『ナポレオン・ソロ』)と具体的に曲をあげればわかるでしょうか? スパイ・ミュージック、ビーバップ、トム・ジョビンをつなぐ糸は、5度のフラット、flatted fifthという、あの不協和音すれすれのテンションなのです。

f0147840_18315429.jpgラロ・シフリン盤Mission Impossibleを例にすると、あの曲のコードは、ピアノとベースのリックに合わせて、G-(Bb-)C-G-F-Gというふうに動かしてもいいのですが、基本的にはG7で、なんなら、そのまま動かなくてもオーケイです。この土台の上にフルートのメロディーが入ってきますが、これがまずG-F#-D、つぎがF-E-Dbです。このとき、コードがなにかという問題はちょっと微妙なのですが、キーのGをベースにすれば、2つめの3音つづきの最後のDbが、Gスケールにおける5度のフラットです。

ふつうに考えると、3音ひとかたまりのうち、二つめの最後は、Dbではなく、Cにしたほうが安定します。しかし、それは3つめの3音ひとかたまりまでとっておき、途中に5度のフラットをはさんで、しかも、それを経過音ではなく、降下してきたメロディーの落ち着き先に使っているのです。落ち着き先といったって、これほど落ち着かない落ち着き先はないわけで、この落ち着きの悪さがあの曲の奇妙な感覚のひとつの源泉になっています(5拍子を使っていることも重要ですが)。

f0147840_18365527.jpgThe Man from U.N.C.L.E.はいろいろなヴァージョンがありますが(作曲はジェリー・ゴールドスミス)、Mission Impossibleにそろえて、キーをGとしてメロディーを書くと、G-D-G-D-Db-D-G-F-G-D-Db-D(最初のGだけ低く、あとはそのオクターヴ上)というのがひとかたまりで、コードが3度上がると、このままメロディーも3度上がります。この曲も、5度のフラット、Dbが使われています。

ここで注意していただきたいのは、両者ともセヴンス・コードの感覚だということです。メロディーのなかにGに対するセヴンスの音、すなわちFが使われています。フラッティッド・フィフスというのは、基本的にはセヴンス・コードのなかで使われるものなのです。

◆ ビーバッパーの和声感覚とトム・ジョビン ◆◆
キャロル・ケイの教則ヴィデオを見ていて驚いたことがあります。彼女はギターでコードを弾きながら、ストレートなコードはダサい、わたしたちはつねに代用コードを使った、といって、「たとえば、G7とDb7は基本的に同じコードで、G7と指定されていれば、Db7を弾きます」と、そのサンプルを弾いてみせました。

f0147840_1839999.jpgこれには面喰らいました。面喰らいっぱなしでは情けないので、いわれたとおり、Db7を押さえ、じっと指をにらんでみました。G7とDb7の構成音のうち、両者に共通するのはFの音、すなわち、Db7における3度、G7におけるセヴンスです。それ以外は赤の他人。でも、キャロル・ケイはフラッティッド・フィフスなんだというので、Db7の5度の音を半音下げてみると、なるほど、Db7の5度のフラットはGで、これでG7とDb7はかなり近いものになりました。

さらによく指をにらんでみると、Db7のルートであるDbは、Gスケールでは5度のフラットにあたることに気づきます。5度の音をフラットさせてみると、たしかに「G7とDb7は基本的に同じコード」なのです。笑ってしまうのは、彼女はこの考え方を、ジャン&ディーンの退屈な3コードの曲に適用したということなのですが、それはまたべつの話。

ここで肝心なのは、ビーバッパーの和声感覚では、セヴンス・コードの場合、5度のフラットはごく当たり前に入りこんでくるテンションだということです。わたしは、これがスパイ・ミュージックの背景にあると考えています。

f0147840_1841973.jpg5度のフラットといえば、ボサ・ノヴァです。トム・ジョビンの曲には、5度のフラットを使ったものがたくさんあります。この音が、あのフワフワした浮遊感の源泉なのです。ジョビンはどこでこの手法を思いついたか。もうその答えは書きました。ビーバップです。もっと細かいことまでわかっています。ジュリー・ロンドンのアルバム、Julie Is Her Nameでのバーニー・ケッセルのギター・プレイが、トム・ジョビンのインスピレーションの源泉でした。いうまでもなく、バーニー・ケッセルもビーバッパーです。

一度は放棄されたビーバップの特徴的サウンドである5度のフラットが、60年代にボサ・ノヴァとなってアメリカに戻り、ブームを巻き起こしたのは、たぶん、プレイヤーたちの観点からいうと、「知っている音楽」だったからでしょう。50年代から60年代にかけてのハリウッドのスタジオ・プレイヤーのうち、ジャズ出身の人たちは、みなビーバップ世代だったのです。たとえば、アール・パーマー、キャロル・ケイ、トミー・テデスコはビーバッパーでした。

でもって、そこから、スパイ・ミュージックへとつながる隠れた糸を白日のもとに提示できれば、われながらたいしたものだと思うのですが、これがさっぱりわからないのです。きっと、作曲家たちもビーバップ世代だったからだ、なんてえんで片づけたら、張り倒されちゃうかもしれませんが、それが当たらずとも遠からずなんじゃないでしょうか。

ビーバップの特長をひと言でいうと、いや、もちろん、わたしの個人的な見方にすぎませんが、「それまでは不協和とみなされていた音を和音のなかに取り込んだ」ことにあると思います。5度のフラットは、小指の先端のようにささいな音ですが、見かけ以上に重要な音なのです。

◆ ソル・キャプラン盤 ◆◆
さて、肝心のThe Spy Who Came in from the Coldです。わが家にある3つのヴァージョン、どれもコードがわかりにくいのですが、そのなかで比較的聴き取りやすいビリー・ストレンジ・ヴァージョンの冒頭は、Dm-Amの繰り返しになっていて、メロディーの頭は、E-F#-Ab-A-B-C-D-E-Bという流れです。Dmなのに、ナインスの音であるEからはじまるというのは、すでにしてかなり変ですが、それはおいておき、Abの音が使われているところも、コードはまだDmなので、これは5度のフラットということになります。この曲もわが「スパイ・ミュージックの基本原則」に添っているのです。

f0147840_18462173.jpgわたしの手もとにあるこの曲のヴァージョンは三つ、ソル・キャプラン(映画監督のジョナサン・キャプランのお父さん)、ヒューゴー・モンテネグロ、ビリー・ストレンジです。ソル・キャプランはこの曲の書き手で、わが家にあるのは怪しげな編集盤に収録されたものですが、たぶんこれがオリジナルにしてOSTヴァージョンでしょう。

映画の公開は65年暮れということなので、録音もそのころということになりますが、全体的な印象は、50年代的、クライム・ジャズ的です。当時、これを聴いたら、やや古めかしい印象が残るか、なにも印象が残らないかのどちらかだったのではないでしょうか。アレンジとしては、基本的にはビッグバンド・スタイルで、管の種類とミックスの仕方、ヴォイシングはわりにノーマルですし、リズムは4ビートなのです。

f0147840_18503661.jpg65年暮れというと、ジェイムズ・ボンド・シリーズはもう『サンダーボール』ですし、マカロニ・ウェスタン・ブームもすでにはじまっています。ジェイムズ・ボンドとマカロニ・ウェスタンの共通点は、ギターの使い方にひとつのポイントがあるということです。James Bond ThemeとA Fistful of Dollars(『荒野の用心棒』)を思いだしていただければ、わたしのいわんとすることはおわかりでしょう。

OSTのThe Man from U.N.C.L.E.もビッグバンド的アレンジですが、中間部のギターとオルガンのユニゾンに60年代中期的なセンスを強く感じます。Mission Impossibleもビッグバンド的アレンジですが、キャロル・ケイのプレイするフェンダー・ベースの扱いに新しさがありますし(つまり非ビッグバンド的)、フルートをリード楽器に使うことで、50年代的になるのをまぬかれていますし、そもそも肝心のグルーヴがロック的ニュアンスになっています。

ソル・キャプランのThe Spy Who Came in from the Coldには、そういう60年代的要素は皆無です。とはいえ、もはや50年代も、60年代も、ひとしなみに遠くなってしまった現代にあっては、どちらも同じように古めかしいわけで、あの時代を知らない人には、この差はどうでもいいことでしょう。ソル・キャプラン盤もけっして悪いものではなく、勇ましいアクションもの的アレンジとしてアヴェレージの出来だと、いまになれば思います。

◆ ヒューゴー・モンテネグロとビリー・ストレンジ ◆◆
テンポの早いほうから遅いほうへと3種のヴァージョンを並べると、ソル・キャプラン→ヒューゴー・モンテネグロ→ビリー・ストレンジの順です。この順序は同時に、勇ましいニュアンスから物悲しいニュアンスへの変化でもあります。

f0147840_18561878.jpgヒューゴー・モンテネグロはアレンジャーで、バンド・リーダーとしていくつかの盤があります。シングルとしては、The Good, the Bad and the Ugly(『夕陽のガンマン』)の大ヒットがあります。ちょっと話が混雑してしまいますが、この曲のドラムはまちがいなくハル・ブレイン、ベースはキャロル・ケイ(ご本人に確認済み)です。モンテネグロの盤は、ハル・ブレイン周辺のプレイヤーによって録音されていました。

OST盤を抑え込んで『夕陽のガンマン』をヒットさせただけのことはあって、モンテネグロはなかなかするどいセンスの持ち主だと感じます。The Spy Who Came in from the Coldも、ソル・キャプランの無骨なアレンジから一転して、なかなか繊細なつくりに変えています。

そもそも、冒頭のリード楽器がなんなのかわからなくて困惑します。レズリー・スピーカーに通したギターか、はたまた、なんらかの新奇な電子楽器か。イフェクト類のギミックを使わずに、ストリングスやパーカッションなどだけで、「寒い」ムードをつくっているあたりはさすがで、ソル・キャプラン盤には感じなかった、メロディーのなかに秘められた叙情性を引き出したヴァージョンといえます。

f0147840_18572241.jpgビリー・ストレンジ盤はさらに叙情的です。3種のなかでもっともテンポが遅く、管と薄いギターコード、ピアノのオブリガート、パーカッション、極端なオフミックスのドラムはというぐあいで、しかも、ビリー・ストレンジはメロディーを弾くだけというミニマリズム的アレンジで、ソル・キャプラン盤の対極にあります。

こうなると、どれがいいかはお好みというほかはありません。勇ましいビッグバンド・サウンドがいいか、メロディーラインの美しさを引き出したヒューゴー・モンテネグロ盤か、二重スパイものの映画にふさわしい孤独な味わいのあるビリー・ストレンジ盤か、それぞれによさがあって、なんとも判断のしようがありません。

映画そのものがあまり有名ではないために、埋もれてしまった印象がありますが、スパイ・ミュージックを集めるなら、いずれかのヴァージョンをもっていてもよい曲だろうと思います。5度のフラットによるスパイ・ミュージックという共通点はあっても、マイナーコードのなかで5度のフラットを使うと、またちょっと異なる味わいが生まれることを、この曲は示していると感じます。

それにしても、ここでいう『寒い国』とはたぶん東ドイツかソヴィエトのこと、冷戦時代式にいえば「東側」をいっているわけで、これを冬の曲に繰り込んでしまうのは、またまたちょっとインチキなのです。でも、『寒い国から帰ってきたスパイ』は、アクションから頭脳戦へという、エスピオナージュ小説の変化の分岐点になった作品で(その発展型がいわゆる国際陰謀小説)、いわばインチキの総本家なので、まあ、よろしいでしょう、と強引にまるめこんじゃいます。
by songsf4s | 2008-02-10 15:59 | 冬の歌
Cold Cold Cold by Little Feat
タイトル
Cold Cold Cold
アーティスト
Little Feat
ライター
Lowell George
収録アルバム
Sailin' Shoes
リリース年
1972年
他のヴァージョン
remake of the same artist
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このところ、スタンダードを取り上げていないことに気づいたのですが、いまプレイヤーにドラッグしてある100曲ほどの歌のなかには、スタンダードはありません。はて面妖な。

いままで、困ったときに頼りにしていたのはスタンダードです。そういってはなんですが、なにしろ1955年以降は、雑駁下品な子ども音楽であるロックンロールの時代、季節感のような、繊細かつ上品なことは薬にもしたくない連中の時代です。アメリカ音楽においては、1955年以降、秋という季節は存在しないも同然で、自然と、それ以前の音楽に比重がかかりました。

それが、なぜここへきて、スタンダードを頼りにできなくなったのか? 冬の歌だってうんざりするほどあるはずなのです。一月に入ってから何度か、クリスマス・ソングが冬の歌を、レイモンド・チャンドラーいうところの「カニバライズ」していることにふれました。クリスマス・ソングでもなんでもない、たんなる冬の歌を、みなクリスマス・ソングに繰り込んでいるのです。やはり、このカニバライゼーションの被害は思ったより甚大で、たいていのものはもう呑み込みおわったということなのだと思います。残ったのは、一握りのダウナーな冬の歌だけなのです。

その結果、当ブログもこのところ、ロック・エラの歌ばかり取り上げる結果になっているのだということが、いまになってやっとわかりました。「自由意思による選択」なんていいますが、こういう初歩的手品に引っかかっているのに、気づかないことはしょっちゅうあるのでしょう。

自由意思による選択だか、むりやりつかまされたカードだかわかりませんが、本日も雑駁下品なロックンロールです。そう、「わたしの時代」の音楽です。当ブログには、スタンダードを好む方もずいぶんいらしているようなのですが、残念ながら、もうすこし暖かくなるまでお待ちいただくしかないようです。どうかあしからず。わたしのせいではなく、クリスマス商人たちの陰謀です。

◆ 桃と梨とココナツ ◆◆
例によって歌詞から見ていきます。2ヴァースをひとまとめにいきます。以下は、あてにならない国内盤ではなく、当時の米盤LPに付された歌詞であるにもかかわらず、正確とはいいかねます。しかし、ローウェル・ジョージの歌い方のせいもあり、また、文脈からの推測を拒む支離滅裂な歌詞でもあるため、当方にもなにをいっているのか聴き取れないところがあり、推測もできず、そのままとしました。また、オリジナルとリメイクのあいだでも異同があります。

Cold, cold, cold
Cold, cold, cold
Freezing, it was freezing in that hotel
I had no money, my special friend was gone
The TV set was busted so she went along
I called room, room service
I'm down here on my knees
I said a peach or a pear, or a coconut please
But they was cold

Well it's been a month since I seen my girl
Or a dime to make the call
'Cause it passed me up, or it passed me by
Or I couldn't decide at all
And I'm mixed up, I'm so mixed up
Don't you know I'm lonely
All the things I had to do
I had to fall in love
You know she's cold

「寒い、寒い、寒い、あのホテルは凍えるようだった、俺は一文無し、特殊な友だちは逃げてしまった、テレビが壊れて、彼女はいなくなった、俺はルーム・サーヴィスに電話し、頼むから、ピーチかペアかココナツをもってきてくれ、といった、でも、連中は冷たかった、彼女と付き合うようになってからひと月たつ、電話をかける小銭、そいつが俺をあきらめるか、そいつが俺を通りすぎるのか、おれにはぜんぜんわからないからだ、俺は混乱している、ひどく混乱している、俺はさみしいんだ、よりによって恋に落ちるなんて、彼女は冷たい」

きちんとわかって書いているなんて思ったら大間違いで、よくわかりませんし、深く考えずに、ほとんどインプロヴで、適当に日本語に移しました。わかっているのは、じつはこれは「寒さ」を歌った曲ではあっても、冬の歌ではないということです。

f0147840_23531950.jpgcoldとは、cold turkeyすなわち禁断症状のことを指しているのでしょう。空っとぼけて、冬の歌に分類しちゃいましたけれどね。そういういい加減な分類をやったのは、この曲がはじめてじゃないし、冬の歌をクリスマス・ソングに分類するより悪質というわけでもありませんし。だって、寒い、寒い、寒いと、タイトルで三回も繰り返しているのだから、ドラッグのことなんか考えない平和で呑気な人なら、冬の歌だって思うでしょうに!

ピーチだのペアだのを日本語にせずにおいたのも、そういうことです。まずはpeach。辞書には「《俗》 アンフェタミンの錠剤[カプセル剤] 《桃色をしている》」とあります。coconutはコカインのことであると辞書にあります。これは語の音韻からの連想か、または色からの連想でしょうか。pearの裏の意味はわかりませんが、前後にあるものから、どうせろくなものではないと想像がつきます。

special friendという奇妙な言いまわしは、はじめは「特殊な女性」のことをいっているのかと思いましたが、流れから考えれば、ドラッグの供給元をいっているとみなせます。TVにもなにか裏の意味があるのだろうと思いますが、わかりません。bustには、逮捕の意味もあります。

セカンド・ヴァースはチンプンカンプンです。混乱している、というのだから、クスリが切れた譫妄状態を、思いつく言葉をわかりにくく並べて表現しているのではないでしょうか。まあ、禁断症状と女性のことが重なっている、つまりドラッグとセックスをともに失ったことはわかりますが、女性のことだって、現実なのか、妄想なのか、わかったものではありません。

it passed me upも意味不明で、itが直前の名詞を受ける代名詞には思えず、cold turkey状態を指しているような気がします。

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◆ 接近した時期の2つの録音 ◆◆
最近はあまり省略せずにやっているのですが、American Pieを宙ぶらりんにしたくなくて、体調が快復しないままちょっと無理をしてしまい、いまになって気力喪失におそわれているもので、今回はサード以下のヴァースを略させていただきます。混乱状態、譫妄状態をうたっているので、当然ながら言語も混乱していますし、そもそも、以上の2ヴァースをちょっと変形し、インプロヴもまじえながら繰り返しているだけなのです。

f0147840_23563590.jpgこの曲のスタジオ録音は2種類あります。2枚目のSailin' Shoesと4枚目のFeats Don't Fail Me Nowでの、Tripe Face Boogieとのメドレーです。Tripe Face Boogieのほうも、2枚目で単独の曲としてやっているので、メドレーを構成する2曲がともに再録音です。

同じ曲だし、テンポもほぼ同じ、録音時期がかけ離れているわけでもないので、それほど大きく異なった印象はありません。あいだにDixie Chicken1枚をはさんだだけで、すぐにリメイクしなければならないほど、オリジナルの出来が悪いとも思えず、このリメイクの理由は推し量りかねます。案外、Feats Don't Fail Me Nowの録音が行き詰まり、強引に過去の曲をメドレーに仕立てて、埋め草に使っただけかもしれません。

f0147840_002470.jpgどちらの録音のほうがいいか、というと、これまた、どちらでもいいだろうという出来です。アルバムとしては、Sailin' Shoesのほうが好ましいので、オリジナルのほうが、いいときに録音されたムードはもっているように感じます。しかし、これも好きずきです。バンドがまだどこへいくのか見えないときのほうが面白いと感じるか、方向が定まって、安定状態に入ったほうがいいと見るか、です。むろんケース・バイ・ケースですが、しいていうなら、わたしは前者のほうが面白いと感じるにすぎません。

オリジナルでは、ローウェル・ジョージの声が若々しいのも魅力です。この曲を歌うには、ういういしすぎるぐらいに若い声です。ひょっとしたら、リメイクの理由はそれかもしれません。Feats Don't Fail Me Now収録の再録音ヴァージョンのほうが、ヴォーカルの落ち着きがいいからです。でも、逆にいえば、ちょっとぎこちなさのあるオリジナルのほうが、不安定な魅力がありますし、この曲の内容にも合っていると感じます。

◆ 流行のグルーヴ ◆◆
リトル・フィートが日本で話題になったのは、3枚目のDixie Chickenでのことでした。記憶では、まずDixie Chickenを買い、そのあとでデビュー盤とSailin' Shoesを買い、そして4枚目のFeats Don't Fail Me Nowという順番でした。当時買ったのはここまでです。

f0147840_23581813.jpgよくあることですが、Dixie Chickenまでは、上昇していく面白さがありました。とくに2枚目のSailin' Shoesを聴いたときは、この時点でこのバンドに気づいているべきだった、そうしていれば、つぎのアルバムをおおいに期待し、Dixie Chickenの登場にもっと興奮しただろう、と思いました。残念ながら、そうではなかったために、4枚目のFeats Don't Fail Me Nowを聴いたとき、悪くはないと思いながらも、軽い失望を味わい、つぎの一枚に期待がもてず、付き合いが終わってしまいました。なんだか、興味をもったときには、もう終わっていたという印象です。

Dixie Chickenで面白く感じたのは、独特のグルーヴでした。あの時代の流行ということもあったのですが、すこしタイムがlateで、微妙に引きずるグルーヴだったのです。Cold Cold Coldのようにテンポが遅めの曲だと明瞭ではありませんが、Dixie Chickenぐらいのテンポだと、軽く引きずるグルーヴの面白さがありました。

これが魅力でもあったのですが、Feats Don't Fail Me Nowで、なんとなく嫌気がさしてしまったのも、いま考えれば、たぶんこのグルーヴのせいだと思います。はじめのうちは、リッチー・ヘイワードのドラミングに魅力を感じましたが、すぐに飽きてしまい、ジム・ゴードンやバリー・J・ウィルソンのような長い付き合いにはなりませんでした。80年代に入って、好みのドラマーをもう一度集め直しはじめたときには、もうリッチー・ヘイワードは無縁なドラマーになっていました。いま聴いても、「時代の気分」に乗せられていただけだろう、という感じで、好ましさも懐かしさもありません。

f0147840_014088.jpg結局、ローウェル・ジョージの(多くの人が好むスライド・ギターではなく)ヴォーカルだけが、いまのわたしにとって残った唯一のフィートの魅力です。ただし、「時代の気分」に乗せられるということに関しては、もう経験したくてもできないので、その点はいくぶんかの懐かしさを感じます。そういうのは学生時代までだったようで、70年代中盤に入ると、時代の気分に対する嫌悪感に支配されるようになり、同時代の音楽には関心を失いました。時代の気分に乗せられた「最後の気の迷い」、若さと愚かさの記憶として、ちょっとだけ愛しいような気がします。

そして、これも時間が生んだパラドクスの小さな一例でしょうが、当時はとくに好きだったわけではないCold Cold Coldが、いまになると、悪くない曲に感じられます。いや、Dixie ChickenやEasy to SlipやWillin'より好きになったわけではありませんが、ローウェル・ジョージのシンギング・スタイルにピッタリ寄り添った曲だということが、年をとってよくわかるようになりました。

音と関係ないのですが、ニーオン・パークのカヴァー・イラストレーションにも、当時は惹かれました。とくにSailin' ShoesとDixie Chickenは気に入っていて、Feats Don't Fail Me Nowの出来にはがっかりしました。入れ物と中身は別物のようでいて、こういうふうに微妙に相関しているときもあり、いまもって「ジャケ買い」に走ってしまうことがあります。まあ、それも音楽を聴く楽しみのひとつということにしておきましょう。そして、ジャケットを楽しむなら、やはりLPにしくはないと、久しぶりにSailin' Shoesを引っ張り出して思いました。

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by songsf4s | 2008-02-06 23:56 | 冬の歌
American Pie by Don McLean その4
タイトル
American Pie
アーティスト
Don McLean
ライター
Don McLean
収録アルバム
American Pie
リリース年
1971年
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◆ 3コードの魔力 ◆◆
最初に聴いたバディー・ホリーの曲は、ビートルズによるWords of Loveでした。聴いたどころか、中学のバンドのときにやりました。アマチュアというのは、好きな曲をカヴァーするわけですが、それ以前にもっと重要な考慮点があります。「できる」か「できない」かです。Words of Loveは「できる」曲でした。つまり、すごく簡単だったということです。

ひどく乱暴な言い方になってしまいますが、バディー・ホリーの曲というのは、コードを3つ知っていればできます。Words of Loveのほかにも、Everyday、Not Fade Away、Rave On、Peggy Sue、Oh Boyというぐあいに、すぐにその例を列挙できます。Well Alrightも、やはり3コードの変形といっていいでしょう。3コードというのは、ロックンロールが見くだされる理由のひとつにもなりましたが、やはり、いまふりかえっても、結局、本質はここにあるのではないかと感じるほど、重要な特質だったと思います。

f0147840_2355371.jpgバディー・ホリーが3コードのパターンをつくったわけでは、もちろんありません。しかし、たとえば、Rave Onなどに強く感じますが、「3コードで押しまくる快感」を端的に伝えるという意味で、バディー・ホリーは抜きんでた存在です。

60年代にバディー・ホリーの曲を伝えた人たちは、おそらく、ギターをもったほんの数日後に、いや、ひょっとしたらその日に、バディー・ホリーの曲を歌ったのではないでしょうか。デビューしてから、子どものころを思いだして、ここが原点だということを強く意識しながらカヴァーしたのだろうと想像します。あくまでも、プレイする側の観点にすぎませんが、バディー・ホリーの諸作には、「プレイすることの楽しさ」のエッセンスが凝縮されていると感じます。

デッドといっしょにNot Fade Awayを弾き、ドン・マクリーンに合わせてAmerican Pieを弾いていて、いまさらのようにそんなことを考えました。いや、じつは、ほんとうに考えたのは、つぎはRave Onにしようか、それともWell Alrightにしようか、ということですが! シンプルなコードでグルーヴをつくることには、麻薬的快感が潜んでいます。

◆ 聖なる店への参拝 ◆◆
コーラスをはさんで、冒頭のように、ドラムとベースがなくなり、テンポ・チェンジをして、ドン・マクリーンとピアノだけになる最後のヴァース。

I met a girl who sang the blues
And I asked her for some happy news
But she just smiled and turned away
I went down to the sacred store
Where I'd heard the music years before
But the man there said the music wouldn't play

「ぼくはブルーズをうたう女の子に出会い、なにかいいニュースはないかい、ときいた、でも、彼女はただ微笑んだだけで、背を向けてしまった、何年も昔によく音楽を聴いた聖なる店に行ってみたけれど、店の人間は、もう音楽はかからないといった」

f0147840_065823.jpgブルーズをうたう女の子といえば、当然、ジャニス・ジョプリンのことでしょう。ただ微笑んで背を向けた、というのは、彼女の死のことと解釈できます。ドン・マクリーンにとって、彼女は希望の灯だったのかもしれません。

聖なる店は、具体的にはわかりませんが、レコード・ストアまたはライヴ・ジョイントと解釈できます。そこでももう音楽がかからないということは、バディー・ホリーの死から10年たって、ジャニスの死によってふたたび音楽は死んだ、というあたりでしょうか。

正直にいって、わたしには、このへんの実感はまったくありません。ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソン、ジミ・ヘンドリクスの死がつづいたときも、奇妙な偶然があるものだと思いはしたものの、特別な感懐はありませんでした。英雄崇拝的に音楽を聴いた時期がなかったわけではありませんが、それはロウ・ティーンのころのことで、このときにはもう高校生ですから、だれも崇拝しないことによって、大人になろうとしていたのでしょう。大人は対象と距離をとるものですから。

ただ、「聖なる店」という感覚には共感できます。わたしも小学生のころは、毎日かならず、放課後に近所の楽器屋をすべてまわり、金色燦然たるご神体、ギターやシンバルやスネアに手を合わせてから、社務所に向かい、45回転や33回転の「お札」を一枚一枚ていねいに拝見したものです。お百度詣りどころか、大願成就が5、6回あってもおかしくないくらい、熱心に詣でました。

◆ 父と子と聖霊と3コードの名において ◆◆
わたくしごとはさておき、ヴァースの後半へ。

And in the streets the children screamed
The lovers cried, and the poets dreamed
But not a word was spoken
The church bells all were broken
And the three men I admire most
The father, son, and the holy ghost
They caught the last train for the coast
The day the music died

「通りでは、子どもたちは叫び、恋人たちは泣き、詩人は夢見ていたが、言葉はひと言として語られなかった、教会の鐘はすべて壊れ、ぼくがもっとも敬愛する父と子と聖霊の三人は海岸へ行く最後の列車に乗ってしまった、あの音楽が死んだ日に」

これで最後なのですが、むずかしいヴァースです。通りで叫ぶ子どもというと、あのころ頻発した学園紛争を思い浮かべますが、そのあとの恋人たちと詩人にうまくイメージがつながりません。ヒエロニムス・ボス的構図が見えるのみです。

f0147840_085822.jpg教会の鐘がすべて壊れたというのは、「無音」すなわち音楽が死んだことであると同時に、無神論の拡大と解釈できるでしょう。神とキリストと聖霊がそろって最後の列車に乗った、ということも、それを補強しているように見えます(馬鹿なことを書きます。父はC、子はF、聖霊はG、三位一体とはC-F-Gの3コード!)。自明のことですが、holly ghostには、バディー・ホリーの名が埋め込まれていることも、意図したものでしょう。

このthe coastがthe Coastすなわち西海岸だとすると、なにか具体的なことを指していることになりますが、それはよくわかりません。ニューヨーク郊外に生まれ育ったマクリーンには、なにかが西へと去った感覚があったのかもしれません。

f0147840_022582.jpg宗教から話をドーンと落としちゃいますが、生き残ったクリケッツの3人が、西のハリウッドに拠点を移した、なんていう含みも、ひょっとしたらあるかもしれません。いや、ないかもしれませんがね!

たんなる言葉の連想にすぎませんが、「最後の列車」から、モンキーズの最初のヒット、Last Train to Clarksvilleも思い浮かべます。モンキーズを「究極の商業主義」と見るのなら、この連想は見当はずれではないのかもしれません。ある立場にとっては、モンキーズは「究極の音楽の死」なのではないでしょうか。いや、個人的には、それをいうなら、アメリカ音楽ははじめから死んでいたのではないか、と思いますが。

◆ 4ピース・コンボのメタファー ◆◆
かくして、長い叙情的叙事詩は最後のコーラスに入り、伝統的なシング・アロング・スタイルでエンディングを迎えます。

f0147840_0544056.jpgあんまり長いので、なんのことか脈絡を失ってしまったような気分ですが、最後に思うことは、意味はどうであれ、また立場のちがい、歴史観のちがい、音楽観のちがいはあれ、この曲は音韻としてすぐれたラインが多く、いやでも記憶し、すぐにシング・アロングしたくなるという意味で、やはり、非常によくできた歌だということです。

そろそろ体力気力の限界なので、詳細な音楽的検討は避けますが、ひとつだけだいじなことがあります。アレンジ、楽器構成がちがうので見落としそうになりますが、G-C-G-Dというコード進行を繰り返す、シンプルなAmerican Pieのコーラスの構造は、バディー・ホリー的、もっと正確にいえば、Peggy Sue=Not Fade Away=Sheila=I Fought the Law的になっています。要するに、多くの人が「バディー・ホリー的」と考えるエッセンスを取り入れているということです。

ジョン・レノンがこの曲をフェイヴァリットにあげたのも、つまるところ、歌詞よりも、そこのところが理由ではないかという気がします。ボビー・ヴィーよりも、トミー・ローよりも、ほかのだれよりも、バディー・ホリーのスタイルを深いところで血肉化した、真のバディー・ホリー継承者だった人ですから。

マクリーンは、あの時代、友だちはみなエルヴィスのファンだった、でも、彼はバディー・ホリーのほうが好きだった、といっています。ホリーと、彼をバックアップするクリケッツの3人が一体となった姿に心を捉えられたのだそうです。この点はわたしも共感を覚えます。

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バディー・ホリーとクリケッツが活躍した時代というのを直接には知りませんが、クリケッツが4ピースのギター・コンボという、60年代の標準的なロック・バンドの祖型だったことは知っています。わたしも、ロウ・ティーンのころは「バンド」、正確にはスモール・コンボ以外には、あまり興味がありませんでした。あれはどういう意味なのでしょうか。4人の人間が、それぞれの道具を手に、ひとつのことを成し遂げようとする姿への強い共感というのは?

なんだか、American Pieという歌から離れはじめているような気もするのですが、音楽が死んだ日とは、すなわち、4人組が解体された日と見ることもできそうです(じっさいには、あの事故以前に、すでにクリケッツはバラバラになっていた)。音楽が死んだ日に明らかになった真実とは、結局、バディー・ホリー=われわれは孤独である、ということかもしれません。

ミス・アメリカン・パイとは、すなわち人間の絆であり、American Pieは、バディー・ホリーの死後10年のあいだに、みごとに解体されていった人間の絆を歌った曲だ、なんていうクソまじめで、尻がむずむずする結論はいかが?

なんたって、あなた、パイを丸のまま食べる人間はいないわけで、あれははじめから切り離される宿命を背負って焼き上がるのでありましてな。これが正解じゃなくて、なにが正解かと、世界のAmerican Pie研究者に訴えたいくらいなもんですよ!

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by songsf4s | 2008-02-04 23:55 | 冬の歌
American Pie by Don McLean その3
タイトル
American Pie
アーティスト
Don McLean
ライター
Don McLean
収録アルバム
American Pie
リリース年
1971年
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◆ バディー・ホリーとデッド ◆◆
昨日は、体調を崩したのはバディー・ホリーの呪いか、なんて書きましたが、今日は目覚めたら、温暖な当地にはめずらしい「豪雪」で(なんていったら雪国の人が笑い死にするであろう、10センチにも満たない積雪)、こりゃAll My Trialsになってきたな、なんて馬鹿なことを思いました。いや、山中鹿之助の「われに艱難辛苦を与えたまえ」か。

当ブログをよく訪れる方はご承知でしょうが、わたしは古くからのデッド・ヘッドです。グレイトフル・デッドがショウのエンディングやアンコールで、しばしばバディー・ホリーのNot Fade Awayをやったことは、ヘッズにとっては常識中の常識で、クイズの1問目にもならないほどです。

録音も山ほどリリースされています。ヴィデオ類も併せると、正規リリースだけで40種類を超えます。ヴァージョンの多いのがあたりまえのデッドのレパートリーにあっても、とりわけ多い曲で、もっとも重要なレパートリーのひとつでした。なんたって、信じがたいことですが、「フリ」までつくのです。I wanna tell you how it's gonna beで、ガルシアとウィアがそろって、右腕を前に突き出し、人差し指で客を指さすんですからねえ。はじめて見たときはひっくり返りました。

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I wanna tell you how it's gonna be

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My love is bigger than Cadillac

盤としてのデビューは、71年のダブル・ライヴ・アルバムGrateful Dead(通称Skull and Roses)です。しかし、近年になって、Skull and Rosesのボーナス・トラックとして、Oh Boyが追加されたのには、またまた驚きました。これはNot Fade Awayとは対照的に、このヴァージョンのみ、1種類しかリリースされていません。リハーサルなし、その場の思いつきでやったのじゃないかと思うほどの出来です。

f0147840_0253178.jpg幸い、クルーズマン=レッシュが絶好調のときですから、不揃いな出だしを切り抜けたあとは、なかなかけっこうなグルーヴで、それが救いになっていますが、一回だけで、二度とやらなかったのも、そうだろうなと納得してしまいます。とくに、ボブ・ウィアのハーモニーがボロボロです。いや、つまり、いつも以上にひどい、という意味ですが。

Not Fade Awayはともかくとして、バディー・ホリーのOh Boyという曲とデッドのスタイルをご存知の方なら、聴かなくても容易に想像がつくであろうように、これほどデッドに不似合いな曲もそうはないだろうというほどです(Words of Loveよりは「似合う」でしょうが!)。それでも、ちょっとやってみるか、と思ったのは、どういう意味なんだろうと思います。

もっとも短絡的な解釈は、要するに、デッドもバディー・ホリー・フォロワーだったのだ、ということです。ガルシアも子どものころは、バディー・ホリーを聴いて、いいなあ、と思っていたのじゃないでしょうか。デッドには不似合いなもう1曲のカヴァー、エヴァリーズのWake Up Little Susieのことも考え合わせると、そういう単純なことと思っていいような気がします。

意外にも、バディー・ホリーを介して、グレイトフル・デッドとボビー・ヴィーとトミー・ローとボビー・フラー、そしてドン・マクリーンは「同類」だったという馬鹿馬鹿しい枕でした。デッドをずっと流しながら、この記事を書いているというだけなんですが。

◆ 悪魔の友は天使の敵か? ◆◆
さて、本題。例によってコーラスをはさんだのち、つぎのヴァースへ。

Oh, and there we were all in one place
A generation lost in space
But no time left to start again
So come on, Jack be nimble, Jack be quick
Jack Flash sat on a candlestick
Cause fire is the devil's only friend

「あそこでぼくらは一カ所に集まった、空間のなかに失われた世代、でも、はじめからやり直している時間は残されていない、だから、ジャックよ、さっさとやれ、ジャックよ、急げ、ジャック・フラッシュは燭台の上に坐った、火は悪魔の唯一の友だから」

f0147840_0285837.jpg60年代に、一カ所にみながまとまったことがあるとするなら、やはりウッドストックでしょう。spaceはたんなる空間ではなく、宇宙空間でしょうか。ウッドストックの年である1969年は、アポロ宇宙船の月着陸の年でもありました。宇宙などという、あらぬ空間に迷い込んでしまった世代、という解釈が成り立ちうるでしょう。ドラッグ関連でいうと、spaceyなんていう形容詞があり、これも連想します。こちらからは、「ドラッグに失われた世代」という解釈が出てきます。

Jack be nimble, Jack be quickは、マザーグースの以下の一節の引用です。

Jack be nimble, Jack be quick
Jack jump over the candle-stick
Jack be nimble, Jack be quick
Jack jump over the candle-stick

f0147840_0311798.jpgマザーグースの意味なんか考えたくもありませんが、考えるまでもなくわかることは、マザーグースではジャックはろうそくを跳び越えるのに対して、American Pieでは、その上に坐ってしまうことです。ここから読み取れることは、「跳び越えそこなった」すなわち「失敗」ということのように思えます。

Jackにはいろいろなイメージがつきまとうので、なかなかやっかいです。まず確認しておくと、これはJohnの愛称だということです。しかし、辞書を見ると、「時にJames、Jacobの愛称」ともあります。ヤコブ(いや、英語ではもちろん「ジェイコブ」)か、なんて聖書にいってしまうと、いよいよ手に負えないので、この方向はこれだけで切り上げます。

Jack and BettyとかJack and Gillのように、平均的男の子のことを指す場合もあります。学校で習ったことで覚えているのは、Jack of all trades=なんでも屋です。辞書を見ていくと、まだまだイヤになるほどさまざまな意味があります。水兵、水夫、警官、憲兵、ジャッキ、機関車、金、その他もろもろ、きりがありません。好きなように解釈しろといわれているも同然です。

f0147840_0373858.jpgしかし、Jack Flashとくれば、どうしてもストーンズの1968年のヒット、Jumpin' Jack Flashということになります。この曲は、内容的なことはさておき、ビートルズになりふりかまわず追従した姿をおおいに嘲笑されたアルバム、Their Satanic Majesty's Requestによる失墜から、「回復」の一歩を踏みだしたもの、「われに返った」ヒットでしたが、ドン・マクリーンは、どうもそんなことは気にしていないようです。

ずっともやもやと解決がつかずに悩んでいる最大のラインは、fire is the devil's only friendです。これはどこかよそでも読んだ記憶があり、引用だと思うのですが、出典がわからないのです。可能性としては聖書、ダンテの『神曲』、ミルトンの『失楽園』あたりが思い浮かぶのですが、うーん、なんでしょうねえ。どなたか解決できる方がいらしたら、ぜひぜひご教示いただきたいものです。

f0147840_041826.jpgここでグレイトフル・デッドを連想するという意見もあちこちで読みました。当ブログでも昨秋取り上げたFriend of the Devilです。ケン・キージーのAcid Test以来のデッドとヘルズ・エンジェルズの長い付き合いは有名ですし、69年12月のアルタモント・スピードウェイ(Altamontは「オルタモント」とは発音しない。喉をつぶす「ア」の音)におけるフリー・コンサートでのエンジェルズの暴行と殺人もあるので、当然の連想だと思いますが、はて、どうでしょうか?

また、Friend of the Devilにはleveeが登場します。土手で悪魔に出会うのです。ほかに土手が出てくる歌といっても、ディランのDown in the Floodぐらいしか思いつかず(洪水なのだから、土手が出てきても当然)、この一致を偶然と見ていいかどうかは、微妙なところですが、どうも、わたしの頭のなかでは、デッドとドン・マクリーンは結びつきません。まあ、冒頭にも書いたように、バディー・ホリー・フォロワーという共通点はあるのですが、ひどく遠い血縁に感じます。

◆ 鬼道に墜ちることなかれ ◆◆
ヴァースの後半。

Oh, and as I watched him on the stage
My hands were clenched in fists of rage
No angel born in hell
Could break that satans spell
And as the flames climbed high into the night
To light the sacrificial rite
I saw satan laughing with delight
The day the music died

「ステージの彼を見ていて、ぼくの憤怒で両手を握りしめた、地獄で生まれた天使のだれひとりとして、悪魔の呪いに打ち勝つことはできない、炎が夜空高く駆け上がり、いけにえの儀式を照らし出すと、悪魔が歓喜で笑っているのが見えた、あの音楽が死んだ日に」

前半からの流れで、これはストーンズのことと解釈できます。「ステージの彼」はもちろんミック・ジャガー。彼らのSympathy for the Devilには、当時、「悪魔を憐れむ歌」といった邦題がつけられていたと思いますが、このsympathyは「共感」と訳すべきでした。sympathyには「同情」の意味はあっても、「憐憫」の意味はなく、意図的かどうかはいざ知らず、「憐れむ」という誤訳はひどいミスリードだったと思います。いや、これは脇道。

当時の印象を正直にいうと、Sympathy for the Devilを聴いて、ストーンズは「立ち直った」と思いました。We Love Youだなんていう、ふやけた偽善よりははるかにマシだと、いまでも思います。ビートルズの真似ではないことも買えます。いや、裏返しにした真似だったのかもしれません。Sgt. Pepper'sにうろたえて、ド阿呆な方向に切ってしまった舵を、あわてて反対側に切り直しただけとも見えますし。

しかし、商売の手段としてサタニズムを利用することについては、愚劣の極みだと考えます。わたしは宗教心に欠ける人間ですが、それゆえに、オカルティズムも冗談の一種としか思っていません。サタニズムを商売に利用することの悪は、それが人間の心のもっとも弱い部分を操作する行為だということにあります。とくに若者はサタニズムに傾斜しがちだと、自分の若いころを振り返っても思います。

ドン・マクリーンがアルタモント・フリー・コンサートの会場にいたかどうかは知りませんが、American Pieから読み取れることは、彼は敬虔な人間らしいということです。わたしのように宗教心のない人間でも、ストーンズがサタニズムを商売に利用し、ナイーヴな子どもたちの心を操作したことを不快に感じるのだから、マクリーンが「憤怒」したのも当然でしょう。

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以上、このヴァースは比較的あいまいなところがなく、マンソンのテイト=ラビアンカ事件とウッドストックのあった69年夏から、アルタモント事件のあった同年12月までを歌ったものと思われます。カルトのサタニズムと商売人のサタニズムが凱歌をあげた半年です。

なお、アルタモント・フリー・コンサートを「反ウッドストック」とする見方があるようですが、わたしはそうは思いません。ウッドストックとアルタモントは同じコインの両面にすぎず、善と悪という概念で見るべきものではないでしょう。まあ、わたしは、おおぜいの人間が家畜のように一カ所に詰め込まれているのを見るだけで吐き気に襲われる体質だということにすぎませんが、直感的に、ウッドストックもアルタモントも、ともにひどい間違いだったと思います。

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ウッドストックは、音楽が死んだ日ではなく、「音楽の意味がすり替えられた日」でした。いや、わたしにとって「音楽が死んだ日」があったとしたら、1969年8月16日です。あれ以後、わたしには「頼るべきものがなく」、個々のミュージシャンとの個別の取引きだけを独力でしてきたように感じます。

まだ体調が万全ではなく、写真の加工とアップロードを考えると、今日はこのへんが限界のようです。なんだか引っぱっているようで恐縮ですが、もう一回で完結とさせていただきます。残るはあと1ヴァースです。
by songsf4s | 2008-02-03 23:56 | 冬の歌
American Pie by Don McLean その2
タイトル
American Pie
アーティスト
Don McLean
ライター
Don McLean
収録アルバム
American Pie
リリース年
1971年
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バディー・ホリーのことを取り上げたとたん、体調が悪くなって、こりゃ祟りか、なんて思いました。しかし、お岩さんの祟りなら四谷にお詣りすれば回避できることになっていますが、バディー・ホリーの祟りは、どこへいって仁義を切ればいいのかわかりません。まあ、あまりにもヘヴィーな歌詞に、こちらの体力が追いつかなくなっただけでしょう。まだ元気いっぱいではありませんが、幸い、熱はないので、匍匐前進でつぎのヴァースを読むことにします。

いうまでもないことを、いまさらのようにいいますが、歌の解釈は人それぞれです。つまるところ、われわれは自分が聴きたいことを聴き取るだけなのです。

American Pieは、1950年代から60年代いっぱいの音楽の変化と同時に、アメリカ現代史をうたっています。わたしには、あの時代を生きた、アメリカ音楽が大好きな日本の子どもとしての記憶と知識しかないので、解釈はもっぱら音楽史に偏りがちです。公民権運動をめぐる出来事や、学生運動をはじめとする、社会史に属することへの知識は一握りしかありませんし、実感にいたってはまったくありません。ワッツ暴動やシカゴ7にもふれているのだ、としている記事をウェブで読みましたが、そのへんはわからないので、下手にふれるのは避けました。そのあたりをお含みおきください。

◆ ディランと転がる石 ◆◆
コーラスをはさんでつぎのヴァースに入ります。

Now for ten years we've been on our own
And moss grows fat on a rollin' stone
But that's not how it used to be
When the jester sang for the king and queen
In a coat he borrowed from James Dean
And a voice that came from you and me

「この十年のあいだずっと、ぼくらはだれにも頼れなかった、そして、転がる石に苔が厚くむしていった、でも、ジェイムズ・ディーンに借りた上着を着て、きみやぼくの声で、道化師がキングとクウィーンのためにうたった時代には、そんなことは起こらなかったものだ」

この十年のというのは、当然、1959年からの十年間、バディー・ホリーが不在だった時期のことです。転がる石からストーンズを連想する方もいるでしょうが、直後にジェイムズ・ディーンが出てくることから、Like a Rolling Stoneをうたったボブ・ディランのこととわかります。

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「転がる石に厚く苔がむす」というのは、「転石苔むさず」ということわざの逆なので、ありえないことが起きたといっていると解釈できます。ありえないこと、というのは、フォーク・シンガーがロックンロールをうたうことでしょうか?

f0147840_033292.jpgしかし、「道化師」すなわちディランが王と王女のためにうたったころには、そんなことはなかった、というのだから、「ロック転向」以前のディランのことと解釈可能です。王と王女とはだれにことかわかりませんが、ウェブでは、ピート・シーガーとジョーン・バエズのことだといっているところがありました。わたしは、キングといえば、当然、エルヴィスを思い浮かべますが、ドン・マクリーンはフォーキーだったのだから、やはりここはピート・シーガーと解釈するほうが据わりがいいようです。レコード・デビュー以前、マクリーンはシーガーの世話になっています。

◆ 王と道化師 ◆◆

Oh, and while the king was looking down
The jester stole his thorny crown
The courtroom was adjourned
No verdict was returned
And while Lennon read a book of Marx
The quartet practiced in the park
And we sang dirges in the dark
The day the music died

「王が見下ろしているあいだに、道化師は茨の冠を盗んだ、法廷は審理を延期し、陪審員はだれももどらなかった、レノンがマルクスを読んでいたあいだ、カルテットは公園で練習し、ぼくらは暗闇で葬送歌をうたった、音楽が死んだあの日に」

道化師が茨の冠(当然、キリストへの言及)を盗んだというのは、ディランが王座を奪ったと解釈できますが、王はだれかという問題はやはり残ります。ピート・シーガーが「見下ろして」いたのなら、フォーク・ミュージックのオーセンティシティーへのこだわりのことでしょうか。王がエルヴィスであっても、似たようなことかもしれません。60年代のエルヴィスはステージに立たず、映画でしか顔を見せませんでした。

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ピート・シーガー(上)と若き日のディラン

あのころ、ディランやシーガーやエルヴィスをめぐって大きな裁判があったという話は読んだことがありません。ウェブでは、ジョン・F・ケネディー暗殺犯とされたオズワルドの審判が、オズワルド自身も殺されたためにうやむやになったことだ、といっているところがあります。音楽の外に目を向ければ、たしかにあれは、60年代前半でもっとも注目を浴びた法廷だったでしょう。シカゴ7のことだという意見については、わたしには判断する知識がありません。

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法廷から出るリー・ハーヴィー・オズワルド(中央)と銃を突きつける男

And while Lennon read a book of Marxのところを、Lenin read a book of Marxと聴き取っているところがあったので、ビックリしてしつこく聴き直してみました。音としてはレーニンである可能性もなしとはしませんが、ここにレーニンが出てくる意味がわからないので(60年代アメリカ史の登場人物ではない)、やはりLennonということにしておきます。

しかし、ジョン・レノンが左翼化するのは60年代終わりのことなので、ここに「マルクスを読んでいた」と出てくるのは、それはそれでちょっと違和感があります。初期のビートルズに左翼的なところは皆無なので、カール・マルクスではなく、グラウチョ・マークスのことだとでも解釈しないかぎり、64、5年の話だとすることはできません。64年2月にビートルズがはじめてアメリカの土を踏んだとき、いまでも映像を見ることができる爆笑の記者会見の結果、彼らは「マルクス兄弟の再来」と呼ばれました。ジョン・レノンは当然ながら、史上最高の皮肉屋グラウチョ・マークスに擬されるでしょう。

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カール(左)とグラウチョ。ジョンはどっちのマルクスを読んだ?

「カルテット」はビートルズ、「公園」とは、ビートルズがツアーに使った全米各地のball parkすなわち球場のことでしょうか。シェイ・スタジアムやキャンドルスティック・パークでの写真や映像をご覧になったことがあるでしょう。後者はビートルズの最後の公演地として有名です。

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暗闇で葬送歌をうたった、というのは、バディー・ホリーほど心を捉えるパフォーマーには出会わなかったことをいっているのでしょう。もちろん、ケネディー暗殺に対する思いも重ねていると思われます。

◆ さまざまな夏 ◆◆
またコーラスを繰り返して、つぎのヴァースへ。

Helter skelter in a summer swelter
The birds flew off with a fallout shelter
Eight miles high and falling fast
It landed foul on the grass
The players tried for a forward pass
With the jester on the sidelines in a cast

「炎暑の夏の大混乱、鳥たちは核シェルターとともに飛び去った、8マイルの高さまで達し、急速に落下している、それは草地に激突し、プレイヤーたちはフォーワード・パスを試みた、サイドラインの道化師も巻き込んで」

f0147840_0325241.jpgビートルズにHelter Skelterという曲があるということはよろしいでしょう。ベヴァリー・ヒルズのロマン・ポランスキー邸を襲い、シャロン・テイトたちを惨殺したチャーリー・マンソンは、のちに、この曲に啓示を受けたと主張したことも、常識の部類でしょう。まあ、少なくとも、われわれリアル・タイム世代には。オウム真理教の事件があったとき、マンソンとテイト=ラビアンカ事件を思いだした方もたくさんいらっしゃることと思います。

f0147840_0355455.jpg「鳥たち」は、直後に「8マイルの高さ」が出てくることから、Eight Miles Highというドラッグ・ソングと目される歌をつくった、バーズを指していることがわかります。

夏の大混乱が指すものはなにか。ここでいう「夏」は、「サマー・オヴ・ラヴ」すなわち1967年の夏と思われます。この年の夏に開かれた「モンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァル」にバーズは出演しています。あの夏はまさしく「大混乱」のときでした(ワッツ暴動があった1964年夏のことを指しているとする記事を読みましたが、わたしにはそのへんのことはわかりません)。

しかし、マンソンへの言及を考えると、同時に1969年の夏のこともいっているように思われます。マンソンがロマン・ポランスキー邸を襲ったのが69年8月8日、その直後の8月16日にウッドストック・コンサートがはじまります。こちらの夏も「大混乱」でした。

「核シェルター」とはなにか。とりあえず思いつくのは、「フォーク・ロック」というジャンルです。フォーク・ロックの定義は差し控えますが、一般的に「フォーク・ロック・ブーム」といわれるものは、きわめて短命でした。日本のような地の果てにいると、なんだか、はじまったときにはもう終わっていた、ぐらいの印象です。「急速に落下している」から、わたしはそのことを思い浮かべます。

Itという代名詞が指すものは、核シェルター、すなわちフォーク・ロックと考えられます。「草地」から、だれでも「グラス」「葉っぱ」を連想するでしょう。フォーク・ロックはドラッグ文化のなかで雲散霧消した、という解釈はいかが?

ウェブで読んだ解釈で面白いと思ったものがあります。自然芝の球場の場合(60年代には人工芝の球場はほとんどなかったはず)、ファウル・エリアの大部分は土で、芝が敷いてあるのは、フェア・グラウンドに接したごくわずかな部分である、そこに落ちたということは、「もうちょっとでヒットだった」という意味だ、というのです。うがちすぎのたぐいですが、おもしろいうがちではあります。

f0147840_0473669.jpg「フォーワード・パス」は、地に墜ちたフォーク・ロック、ないしはフォーク・ミュージックをなんとか前進させようということでしょうか(ラン・プレイとパス・プレイのちがいは、後者は一発逆転のロング・パスがあること、というのもフットボール・ファンなら連想するでしょう)。このへんにはまったく自信なし。細かい話ではなく、音楽そのものを前進させる、でしょうかね。playerの解釈も微妙です。しばしば、「経営ゲーム」の参加者をプレイヤーと呼ぶわけで、会社側の目論見を皮肉っている可能性もあると思います。

f0147840_0562219.jpgサイドラインにいる、ということは、ゲームには参加していないことになります。道化師すなわちディランは、「プレイ」の枠外に自分をおいたということでしょうか。Blonde on Blondeのあと、バイク事故の結果、しばらく人前にすがたを見せず(このとき、のちにBasement Tapesとして世に出たものが録音された)、復帰後のJohn Wesley Hardingから、Nashville Skyline、Self Portraitにいたる時期の、非アンガジェマン的、マニエリスム的中道主義(当時はもっとひどいことをいわれましたねえ。「退嬰的」「反動的」あたりが、フォーク・ピュアリストの平均的意見じゃないでしょうか。いえ、わたしはこの時期のディランがもっとも楽しいと思っています)を指しているかもしれません。

◆ 音楽が死んだ日に明らかになった真実 ◆◆

Now the half-time air was sweet perfume
While the sergeants played a marching tune
We all got up to dance
Oh, but we never got the chance
'Cause the players tried to take the field
The marching band refused to yield
Do you recall what was revealed
The day the music died?

「ハーフタイムの空気は甘い香りがした、軍曹がマーチを演奏しているあいだ、ぼくらはみな立ち上がって踊った、でも、ぼくらにはチャンスなんかなかったのだ、プレイヤーたちが戦闘を開始しようとし、マーチング・バンドは服従を拒んだからだ、音楽が死んだ日になにが白日の下にさらされたか覚えているかい?」

「ハーフタイム」とは「サマー・オヴ・ラヴ」、1967年夏のことでしょう。「甘い香り」はあの「われわれの意思によって世界は変えられる」という楽天主義と同時に、グラスの匂いをいっているのかもしれません。軍曹はもちろん、Sgt. Pepperすなわちペパー軍曹、マーチング・バンドはビートルズでしょう。

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ここの「プレイヤー」は、エスタブリッシュメントのことを指しているように感じます。保守主義者がtake the fieldすなわち戦闘を開始しようとしたため、楽天主義は打ち砕かれた(「チャンスはなかった」)という歴史認識をいっているのではないでしょうか。個人的には、あれは自壊現象だったと考えていますが。

音楽が死んだ日に明らかになったこと、というのはわたしにはわかりません。しいて想像すると、所詮、ポップ・ミュージックはビジネスである、ビジネスの冷徹な現実の前では、音楽それ自体は無力だ、といったあたりでしょうか。

ちょっと息切れがしてきましたし、こういうエニグマティックな歌詞を解釈しても、たんに「解釈のヴァージョン」を増やすだけにすぎず、なにかいったことにはならない、というペシミズムに取り憑かれそうになります。ドン・マクリーンが解説を拒んでいる(詩人としては当然でしょう)ことだけを頼りに、なんとかあと一回がんばってみるつもりです。
by songsf4s | 2008-02-02 23:55 | 冬の歌