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Rudolph the Red-Nosed Reindeer by the Temptations
タイトル
Rudolph the Red-Nosed Reindeer
アーティスト
The Temptations
ライター
Johnny Marks
収録アルバム
Christmas Card
リリース年
1970年
他のヴァージョン
Billy May, the Crystals, Ray Charles, Fats Domino, Dean Martin, Alvin & the Chipmunks, Gene Autry, the Ventures, Paul Anka, the Cadillacs, Willie Nelson, the Melodeers, Lynyrd Skynyrd, Burl Ives, Vaughn Monroe & His Orchestra and so many others!
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Summertimeのときも、ついこのあいだのSleigh Rideのときも、ヴァージョンが多すぎるとボヤきましたが、このRudolph the Red-Nosed Reindeerの検索結果を見て、ひっくり返りました。なんと35種ももっていたのです。たくさんあるだろうとは思っていましたが、まさかこれほどとは思っていませんでした。よく考えもせずに集めてはいけない、という教訓ですので、以て他山の石となしてください。

しかたがないから、とにかく、ひととおり聴いてみました。上記の「その他のヴァージョン」にあげたものは、一部にすぎません。全部書けば、どこかでぜったいにスペルをまちがえるにちがいないし、お読みになる気も起きないだろうと考えたしだいです。これ以外にも、退屈なヴァージョン、馬鹿馬鹿しいヴァージョン、その他いろいろありますが、世の中には、知らないほうが幸せ、ということがらもあるのです!

(2011年12月追記 出来がいいので、無理矢理ここにクリップを押し込みます)
Jingle Cats - Rudolph and Santa Cat


◆ サンタ一家外伝 ◆◆
子ども向けの曲ではありますが、いちおうストーリーらしきものがあるので、歌詞を見てみます。看板に立てたテンプテーションズのヴァージョンは、一般的なものとすこし異なっています。調べてみたら、親切に、だれがどこを歌っているかまで書いてあるものがあったので、それを利用させていただきます。

クリスマス・ソングにはいくつかそういうものがあるのですが、このRudolph the Red-Nosed Reindeerにも、通常、ポップ・ミュージックの世界でいう「ヴァース」とは意味が異なる、前付けの独唱部という意味でのヴァースがあります。略すシンガーも多いのですが、テンプスはちゃんとこの前付けも歌っていますし、ここが彼らのヴァージョンのハイライトのひとつでもあります。では、その前付けのヴァースから。

Paul:
You Know there's Dasher and Dancer and Prancer and Vixen

Dennis:
Comet and Cupid and Donner and Blitzen

Eddie:
Oh, but do you recall

Otis:
The most famous reindeer of all?

Eddie:
Whoa-o-o-o-o

Melvin:
His name is...

「ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、コメット、キューピッド、ドナー、ブリッツェン、いろいろなトナカイがいる、でも、あらゆるトナカイのなかでいちばん有名なトナカイを覚えているかい? その名前は……」

ダッシャーは「ダッシュする」のdashに-erをつけたもの、pranceは踊り跳ねること、vixenは辞書では「口やかましい女、がみがみ女」となっています。でも、色っぽい女性のこともvixenといいます。ドナーは不明。辞書で調べても「サンタクロースのトナカイの伝説的な名前」とあるだけです。おいおい。昔からそうなっているということなので、あきらめてください。

f0147840_1454284.jpgブリッツェンはドイツ語らしく、意味はわかりませんが、「電撃」という意味のblitzからきているのでしょう。例のナチス・ドイツの「電撃作戦」は、ドイツ語では「ブリッツクリーク」といいますが、それと同じ根の言葉だと思います。

ルドルフは「サンタクロースの9番目のトナカイ」だそうですから、サンタのトナカイには、ルドルフの先輩にあたる8頭のトナカイがいることになり、わたしは寡聞にして知りませんが、ダッシャーだのダンサーだのは、その名前なのでしょう。なんだか、浪花節の『清水次郎長外伝』みたいだなあ、と馬鹿馬鹿しい連想をしました。次郎長外伝の三十石船でしたか、あの「寿司食いねえ」のくだりで、森の石松が出てくるまでにずいぶん手間がかかるのと、この歌の独唱部はよく似ています。

f0147840_1411223.jpg各ラインでリードをとっているシンガーのフルネームを書いておくと、登場順に、ポール・ウィリアムズ、デニス・エドワーズ、エディー・ケンドリクス、オーティス・ウィリアムズ、メルヴィン・フランクリンです。デイヴィッド・ラフィンは68年に抜け、この70年リリースのRudolph the Red-Nosed Reindeerのときにはすでにいません。

◆ はぐれ者からヒーローへ ◆◆
さて、ようやくのことでファースト・ヴァースへ。ここからはテンプス版ではなく、一般的な歌詞を使います。テンプスは、ちょっとアドリブが入ったり、割り台詞のようにリードをまわしたり、コール&レスポンス風にしたりといったアレンジをしています。

Rudolph the red-nosed reindeer
Had a very shiny nose
And if you ever saw it
You would even say it glows

「赤鼻のトナカイ、ルドルフはピカピカ光る鼻をしていた、もしも実物を見れば、燃え立つほど光っているといいたくなるかもしれないほどさ」

前付けのヴァースの「その名前は……」から、直接にルドルフにつながっています。つづいてセカンド・ヴァース。

All of the other reindeer
Used to laugh and call him names
They never let poor Rudolph
Join in any reindeer games

「ほかのトナカイはみな、彼をあざ笑い、はやし立て、可哀想なルドルフをトナカイ仲間の遊びにいれてやろうとはしなかった」

「call one names」は成句で、悪口をいうことを意味します。童話によくあるパターンに感じますが、それもそのはず、赤鼻のトナカイは「醜いアヒルの子」をベースにして書かれたのだそうです。

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キャプションは歌詞をそのまま引用して「ほかのトナカイはみな、彼をあざ笑い、はやし立てたものだった」となっている。ただし、「だった」がイタリックで強調されている! 壁のトナカイの剥製にはネーム・プレートがあり、Dasherからはじまる8頭の名前がきちんと書いてある。


クライマクスのブリッジへ。

Then one foggy Christmas Eve
Santa came to say
"Rudolph with your nose so bright
Won't you guide my sleigh tonight?"
Then how the reindeer loved him
As they shouted out with glee
"Rudolph the red-nosed Reindeer
You'll go down in history"

「でも、ある霧の深いクリスマス・イヴのことだった、サンタがやってきて、『ルドルフ、そんなに光り輝く鼻をもっているんだから、ひとつそれで、今夜は橇の先導をしてくれないか?』といった、それからはほかのトナカイたちもルドルフのことが好きになり、大喜びで『赤鼻のトナカイ、ルドルフ、おまえは歴史に名を残すだろう』と叫んだのだった」

ちゃんと起承転結があって、いまどきの小学生の作文じみたポップ・チューンなどより、よほどよくできた歌詞です。昔の作詞家というのは、基礎ができていたこと、職人芸をもっていたことを、こういう歌詞を聴くたびに痛感します。

◆ テンプテーションズ盤 ◆◆
ヴァージョンがたくさんあると、だれを看板に立てるか迷うことが多いのですが、この曲については、はじめからテンプス盤と決めていました。わたしはテンプスがとりわけ好きなわけではありませんし、スモーキー・ロビンソンが楽曲提供とプロデュースしていた時代はともかくとして、ファンクに傾斜してからのテンプスにはまったく興味がなく、盤もあまりもっていません。でも、このRudolph the Red-Nosed Reindeerを聴くと、ひとりひとりの声が素晴らしくて、ボケッと曲をもらって歌っただけでナンバーワンR&Bコーラス・グループになったわけではないと、当たり前のことを改めて思います。

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このMotown Christmasというオムニバス盤にも、テンプスのRudolph the Red-Nosed Reindeerは収録されている。

もうひとつ、テンプス盤が面白いのは、ヴァースのメイジャー・コードをセヴンス・コードに変更していることです。この曲のヴァースは、キーがCだとすると、C-Gを往復するだけの単調なもので、あまり面白いとはいえません。これがたいていのヴァージョンに退屈してしまう理由です。C-Gでは和声的な面白みをもたせることができず、アレンジャー泣かせの曲です。じっさい、アレンジャーの苦闘がにじみ出ているヴァージョンがかなりあります。

ヴァースの2つのコードをセヴンスにすることで、コード・チェンジはシンプルなままでも、R&Bらしいグルーヴをつくりだす土台ができるわけで、テンプス盤のアレンジはクレヴァーな変更だと思います(ほかに、レイ・チャールズ盤もセヴンスでやっている。レイ・チャールズのコードの変更については、Rainy Night in Georgiaでもふれた)。

f0147840_147145.jpgじっさい、前付けの独唱部は、それぞれの声のよさとヴォーカル・テクニックの魅力で惹きつけ、ヴァースに入るとバンドのグルーヴで惹きつけるわけで、テンプス盤は群を抜いてよくできています。メンバーは不明ですが、1970年リリースだから、まちがいなくハリウッド録音で、ドラムズはポール・ハンフリーに聞こえます。ベースは微妙なところですが、キャロル・ケイより、ボブ・ウェストに近いと感じます。

40種類近いヴァージョンを聴かなければならないのだから、てんてこ舞いなのに、ほかのヴァージョンはほったらかしにして、すでに何度も聴いているテンプス盤を、今回も繰り返し聴いてしまいました。Rudolph the Red-Nosed Reindeerを聴かなければならないなら、テンプス盤しかありません。

◆ アルヴィン・ストーラー盤 ◆◆
とはいえ、ほかのヴァージョンがすべて退屈なわけではありません。つぎに好きなのは、ドラマーのアルヴィン・ストーラーのヴァージョンです。これはマンボ! じつに楽しいアレンジです。

アルヴィン・ストーラーはビッグバンドの時代から活躍していたドラマーで、50年代にはハリウッドでスタジオ・ワークをするようになったそうです。シェリー・マン、ジャック・スパーリング、ラリー・バンカーなどよりひと世代上の、ジャズ・オリエンティッドなスタジオ・ドラマーということになります。

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アルヴィン・ストーラーのRudolph the Red-Nosed Reindeerを収録したUltra Loungeシリーズのクリスマス篇、Christmas Cocktails Part One。このUltra Loungeのクリスマス篇は、毎年、シーズンになるとよく聴いている。

ビッグ・バンド時代には、ベニー・グッドマン、トミー・ドーシー、ハリー・ジェイムズなどの一流オーケストラでプレイし、スタジオ・プレイヤーとしては、ビリー・ホリデイ、メル・トーメ、フランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルドなどのレコーディングに参加したと資料にあります。

面白いのは、バディー・リッチのヴォーカル盤(そういうのがあるのです。盤はもっていませんが、バイオ・ヴィデオで歌っているのを見ました。本気でシンガーに転向するつもりだったとか! 変な人です)でストゥールに坐ったのが、アルヴィン・ストーラーだったことです。

歌をうたうと決めたら、ドラムを叩かないバディー・リッチも面白いのですが、この傑出したドラマーが、自分の歌のバッキングに選んだドラマーがストーラーだったということは、彼が信頼できるプレイヤーだったことを証明しています。ジャズ・ドラマーのなかには、手数ばかり多くて、ドラマーの基本であるタイムがまるでなっていない人がけっこういるのですが、バディー・リッチは素晴らしいタイムをしています。そのバディー・リッチが選んだのだから、ストーラーのタイムのよさはおわかりでしょう。

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ちなみに、バディー・リッチが娘のデビュー盤をプロデュースしたときに、彼が選んだドラマーはハル・ブレインです。ついでにいえば、パーカッションはミルト・ホランド。一流は一流を好むのです。ミルト・ホランドは、リッチが自分で叩かないことを不審に思い、仕事のあとで、なぜハルなのだと訊ねたそうです。彼はひと言「I want the best」と答えたとか。もっとも、このエピソードを文字にしたのは、ハル・ブレイン自身なのですが!

ともあれ、バディー・リッチを信用するなら(わたしは彼のファンなので信用します)、アルヴィン・ストーラーは、50年代のハル・ブレインだったことになるでしょう。そういう人の経歴の詳細もわからなければ、写真すら見つからないのだから、イヤな気分になります。光を当てなければいけないプレイヤーが、まだまだたくさん隠れているのでしょうね。

★★★ 12月22日追記 ★★★
MP3タグの表示をもとに、「アルヴィン・ストーラーのRudolph the Red-Nosed Reindeer」としましたが、久しぶりにライナーを見たら、アーティストの名前はビリー・メイとなっていました。ストーラーはこの曲ではヴォーカルとしてクレジットされています。謹んで訂正いたします。


◆ その他のヴァージョン ◆◆
f0147840_2162527.jpgつぎにくるのは、やはりフィル・スペクターがプロデュースした、クリスタルズのヴァージョンでしょう。ドラムはもちろんハル・ブレイン。バックビートを叩かず、フィルばかり叩く異例のプレイです。ハル以外にもだれかが、コンサート・ベース・ドラムをマレットで叩いているようで、変なアレンジです。12弦ギターのリックがフィーチャーされていますが、これはスペクターの全カタログのなかでも異例のこと。

f0147840_2173968.jpg当たり前のものはあまり面白くないのですが、オリジナルのジーン・オートリー盤はなかなかけっこうで、大ヒットもうなずけます。声もよくて、なるほど一時代を画した人だと感じます。

いい加減なクリスマス・オムニバスに入っていたもので、録音時期がよくわからないのですが、ファッツ・ドミノ盤も好みです。音は新しめですが、歌はいつものファッツのスタイルで、雰囲気があります。

f0147840_221442.jpgディーン・マーティン盤も、オーソドクスなつくりですが、なかなか楽しめます。声がいいんだから、当たり前です。

Speedoのキャディラックスは、R&Bコーラス・グループなので、初期のドリフターズを思わせるような、ドゥーワップ・アレンジでやっています。ドラムが下手で、グルーヴはいただけませんが、ヴォーカル・アレンジは好み。

ポール・アンカ盤はビッグ・バンド・アレンジで、サウンドとしては申し分ありません。クリスマス・ソングには、ビッグ・バンド・スタイルは合っていると思うのですが、なぜか、わが家にはそういうものがすくなく、これから鋭意博捜したいと思っています。だれだかわかりませんが、ドラマーはおおいに好み。

f0147840_225522.jpgレイ・チャールズ盤は前述のようにヴァースのコードをセヴンスに変更していて、それ自体はけっこうなのです。でも、リズムも8ビートにしているのですが、それがピタッとしなくて、いいグルーヴとはいいかねます。彼が50年代、60年代にいっしょにやったバンドにくらべると、数段落ちる、二流のバンドの音です。

スリー・サンズ盤は、毎度申し上げるように、チューバにめげるのですが、ギターはさすがのプレイ。

オーケストラものでは、うーん、とくにいいものはないのですが、しいていうとパーシー・フェイス楽団でしょうか。パーカッションの扱いが面白く感じます。ヘンリー・マンシーニも悪くはありませんが(ドラムが素晴らしい)、いつものアレンジの冴えは感じません。C-Gというか、I-Vなんていうコード進行の曲は、オーケストラ・アレンジには向かないのです。

f0147840_227491.jpgレーナード・スキナード盤は、全盛期ではなく、比較的近年の録音ですが、このバンドらしく、ギターがごり押しするところは楽しめます。似たような位置にあるシカゴ盤より上出来。

わが家にはないのですが、You Tubeで見た、というか、聴いたというべきでしょうが、ドン・マクリーン・ヴァージョンも悪くありません。ギター一本で歌っているのですが、コードの扱いにセンスが感じられます。

◆ 「売り子」としての一生 ◆◆
書き落としがあるような気もするのですが、このへんでもういいでしょう。

赤鼻のトナカイの物語は、デパートがクリスマス商戦の宣伝として、無料で配った絵本として生まれたものだそうです。商品を売るための材料だったものが、いつのまにか、なにやら神話じみたものになってしまったところに、アメリカらしさがあらわれているように思います。いや、まあ、日本だって、そちらの方向に傾いているような気がしなくもないのですが……。

f0147840_230591.jpgキャラクターができあがれば、当然、物語のほうも発展し、さまざまなメディアで、さまざまな「外伝」がつくられています。そういう物語を盤にしたものもあり、ウェブで見つけたものを聴いてみました。ルドルフがサンタのところのきた哀れな少年たちの手紙に心動かされ、彼らのさびれたサーカスに、犬のように鳴く猫とか、猫のように鳴く犬とか、そういう、ルドルフと同類のはぐれ者を集めて送り込み、おおいに繁盛させる、なんていう物語が収録されていました。

デパートの宣伝キャラクターという出自だから、そういう話にならざるをえないのでしょうね。もはや夢多き子どもではなく、ちょっとシニカルな大人になったわたしは、そうか、アメリカ人のいう機会均等とは、結局、商売のことなのだな、などとしょーもないことを思ったのでありました。

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by songsf4s | 2007-12-03 00:07 | クリスマス・ソング
New York's a Lonely Town by the Tradewinds
タイトル
New York's a Lonely Town
アーティスト
The Tradewinds
ライター
Pete Andreoli, Vince Poncia Jr.
収録アルバム
Excursions
リリース年
1965年
他のヴァージョン
Dave Edmunds (retitled as "London's a Lonely Town")
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この曲がクリスマス・ソングといえるかどうかは微妙なところで、ご異論もあろうかと思います。しかし、歌詞が明示的なクリスマス・ソングにはなっていなくても、クリスマス・アルバムに収録される曲というのはたくさんあります。I've Got My Love to Keep Me Warmしかり、Let It Snow!しかり。

じっさい、クリスマス・シーズンに町で流れるクリスマス・ソングのなかに、この曲はよく紛れ込んでいます。シャッフル・ビートで、ジングル・ベルがシャンシャン鳴っているのだから、まったく違和感はありません。紛れ込むのもたび重なれば、もはや紛れ込んだとはいえず、正当な地位を確保したといえるでしょう。

◆ 雪をかぶったサーフ・ボード ◆◆
楽曲、サウンドも魅力的な曲ですが、この曲をサーフ・クラシックに、そしてまたクリスマス・クラシックたらしめている大きな理由は、キュートな歌詞にあります。では、ファースト・ヴァース。音符の切れ目と歌詞の切れ目がきれいには一致しないので、意味を優先して行を切りました。

My folks moved to New York from California
I should have listened when my buddy said
"I warn ya, there'll be no surfin' there and no one even cares"

「俺の家族はカリフォルニアからニューヨークに引っ越したんだ。仲間の忠告を聴いておけばよかったよ。こういうんだ。『いっとくけどな、あっちにはサーフィンなんかないんだぜ。だれも気にもしていないんだからな』」

明快な設定で、説明の要はないでしょう。つづいてコーラス。

My woody's outside covered with snow
Nowhere to go now
New York's a lonely town
When you're the only surfer boy around

「外に置いたボードは雪まみれ、どこにも行くところなんかありゃしない、ニューヨークはさみしい町だぜ、サーファー仲間なんかひとりもいないんだからな」

これまた説明不要。雪をかぶったサーフボード、というアイディアを思いついたところで、この曲のヒットと、未来の古典化は保証されたといっていいでしょう。

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最初にNew York's a Lonely Townを聴いたのは、この70年代はじめにリリースされたGolden Summerというオムニバスでのことだった。ビーチボーイズやジャン&ディーンやヴェンチャーズなどの定番だけでなく、ジャック・ニーチーのThe Lonely Surfer、マーケッツのSurfer's Stomp、アネットのBeach Partyあたりも収録し、さらにはフロッグメンのUnderwaterだの、トラッシュメンのSurfin' Birdまで入っていて、非常にありがたい盤だった。LPジャケットを好まれる方もいらっしゃるでしょうから、お持ち帰り用に大きくしたので、いつものように、ご自分のところで必要なら、ご自由にどうぞ。"Golden Summer" double LP surf music anthology from the United Artists, UA-LA627-H2.


◆ 地名のイメージ ◆◆
セカンド・ヴァース。ここは意味的にコーラスまでつながっているので、コーラスもいっしょに。

From Central Park to Pasadena's such a long way
I feel so out of it walkin' down Broadway
I feel so bad each time I look out there and find

My woody's outside covered with snow
Nowhere to go now
New York's a lonely town
When you're the only surfer boy around

「セントラル・パークからパサディーナまでの遠さったらないぜ、ブロードウェイを歩いていると、ホント、浮いてるなって思う、家の外に置いたボードが雪をかぶっているのを見るたびにむかっ腹が立つ、ニューヨークはさみしい町だぜ、サーファー仲間なんかひとりもいやしない」

LA郊外とはいえ、パサディーナには海がないので、ここはマリブやバルボアのほうがよかったのではないでしょうか。作者のピート・アンドレオーリとヴィニー・ポンシーアは東部出身で、カリフォルニアには(フィル・スペクターの)仕事で滞在したことがあっただけなので、地理不案内だったか、または、リアリティーよりパサディーナという音をとったか、あるいは、カリフォルニア以外の住人にも通りのいい地名がほしかったのかもしれません。地付きの人間ならパサディーナは使わなかったでしょう。

f0147840_2554573.jpgとはいえ、パサディーナに住んでいる人間でも、週末にはマリブやバルボアまでサーフィンに出かけたにちがいないので、まったくのウソでもありません。なにしろ、海の近くの子どもたちが、ダンスと音楽のために、パサディーナより遠い、郡部のエル・モンテまで出かけたという話がジョニー・オーティスの自伝に出てくるぐらいなので、その逆だって十分にありえます。LAというのは、世界でもっとも早く高速道路網が発達した土地なので、車さえあれば、60年代でもそういうことができたのです(このあたりのことは、『LAコンフィデンシャル』をはじめとする、ジェイムズ・エルロイの「暗黒のLA四部作」で描写されている)。

車とサーファーについては、Tell'em I'm Surfin' by the Fantastic Baggysなどで、すでにふれています。

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ジェリー・リーバーとマイク・ストーラーのレーベル、Red Bird/Blue Catレコードの曲を集めた、こういうアンソロジーにもNew York's a Lonely Townは収録されている。


◆ フィル・スペクターの拒絶 ◆◆
ロード・アイランド出身のピート・アンドレオーリとヴィニー・ポンシーアのソングライター・チームは1964年、ジェフ・バリーとエリー・グリニッジにかわる共作者を探していたフィル・スペクターを紹介されます。アンドレオーリがいうように、これは彼らにとって「人生最大のチャンス」でした。二人はスペクターとともに、The Best Part of Breaking UpやDo I Love You(ともにロネッツ)などを書きます。

まだスペクターの共作者兼アシスタント兼ボディー・ガードだった時代に、アンドレオーリとポンシーアはNew York's a Lonely Townを録音し、フィル・スペクターに聴かせました。しかしスペクターは、これはヒットすると思うが、自分のレーベルからは出したくないと拒絶したそうです。どうして、ときいても、スペクターは理由を話さなかったとか。結局、二人はこの曲をスペクターの師匠筋であるジェリー・リーバーとマイク・ストーラーの会社、レッド・バード・レコードからトレイドウィンズの名義でリリースすることになります。

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トレイドウィンズのパブ・ショップ。スタジオ・プロジェクトなので、これはフォト・セッションのみのメンバーである可能性が高い。

アンドレオーリは後年、なぜスペクターが拒否したかについて、もし、New York's a Lonely Townがヒットしたら、自分のアシスタントが独力でヒット曲をつくれることになり、スペクターは自分が「タッチを失った」という事実に直面しなければならないからだろう、といっています。まあ、それもひとつの見方でしょう。

フィル・スペクターは、ライチャウス・ブラザーズが、「スペクターのミュージシャン」と「スペクターのスタジオ」を使って、スペクター・サウンドを丸ごとコピーした(You're My) Soul and Inspirationがチャート・トッパーになったとき、強い不快感を示したと伝えられています。わたしは、スペクターがNew York's a Lonely Townを拒否したのは、Soul and Inspirationに不快感を示したのと、似たような意味ではないかと考えています。

フィル・スペクターは、理想のサウンドを得るために、とてつもないエネルギーを注ぎこんでいます。3時間のセッションで4曲を録音するのが常識だった時代に、シングルのA面一曲だけのために、スペクターは二日間を費やしたのです。彼がいかにサウンド作りに精魂を傾けたかは、エンジニアのラリー・レヴィンが後年、詳細に回想していますが、それは略します。

自分が長い時間と多大な費用をかけて作り上げたものを、たんに真似されるだけでも愉快ではないでしょう。まして、それがずっと短時間で、そしてわずかな費用で簡単にできてしまい、しかもヒットしてしまうのでは、オリジネーターの立つ瀬がないというものです。そういう不快感ではないでしょうか。

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有名なライノのCowabunga the Surf Boxにも、もちろんNew York's a Lonely Townは収録されている。しかし、このボックス、ディスク4は不要だった。ディスク4まですべて60年代のサーフ・ミュージックで埋め尽くせば、ライノの意図どおり決定版になっただろう。ゴミを増やすな>ライノ。画像がひん曲がっているのは、わたしのスキャンや加工が雑なせいではなく、はじめからそういうデザインになっているため。


◆ 迂回した本歌取り ◆◆
しかし、残念ながら、ギター・リック同様、サウンドのテクスチャーには著作権があるとはみなされていませんし、詰まるところ、フィル・スペクターも、彼のサウンドを独力でつくったわけでもないので、だれかが彼の音を「盗んだ」としても(じっさい、彼の「門下生」といえる人々は、ジャック・ニーチーにせよ、ソニー・ボノにせよ、ニーノ・テンポにせよ、みな、大なり小なり「スペクター・サウンド」の盤をつくっている)、すくなくともポップ・ミュージックの世界では、やむえをないことです。

アンドレオーリとポンシーアのNew York's a Lonely Townは、仮に「パクリ」だとしても、出来のよい、そして上品なパクリです。この程度の上品な「いただき方」ならば、「パクリ」とはいわず、「インスパイア」された、と婉曲にいうのが適当でしょう。リヴァーブのかけ方だって、スペクターのように極端ではありませんし、カスタネットを使ったわけでもありません(まあ、歌詞の設定上、ジングル・ベルをシャンシャン鳴らす必要があり、カスタネットが入りこむ余地もなければ、その必要もはじめからないのですが)。

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ジャケ写をスキャンせずに、いただきものですませようとしたのですが、ウェブで見つかったのは豆粒みたいなのがほんの2、3枚でした。どうやらすでに廃盤のようなので、やむなく自分でスキャンしました(「しわい屋」そのまんまの馬鹿咄)。(当ブログとしては)大きくし、裏もスキャンしておいたので、必要な方はご自由にお持ち帰りいただき、ご利用ください。武士は相身互い。"Excursions" by the Tradewinds, front and back.

じっさい、もしそのようなものがあるとしたら、彼らの「独創性」は、スペクターの手法をいかに換骨奪胎して、応用問題を解いたか、ということにあるでしょう。「サーフ・ミュージックに材を得た、スペクター風味のトラックと、ビーチボーイズ風味のヴォーカル・アレンジによる、クリスマス・ソング風の冬のノヴェルティー・ソング」という、おそろしく迂回した、危なっかしい本歌取りに成功したことが、この曲をクラシックにしたのです。

エコーにどっぷり漬けて、なにがなんだかわからなくしてしまうような「いただき方」は、彼らはしていません。もっとも強くフィル・スペクターの色が感じられるのは、各楽器の音を分離せず、ひとつの音に融合させている点です。わたしはフィル・スペクター・サウンドの核心は、楽器の音の融合と、「音の外側に広がる残響」だと思っているので、このアンドレオーリとポンシーアの方針には共鳴します。ある人の手法の本質を把握し、それを応用することと、「パクリ」は本質的に異なるものです。

◆ 本家による本歌取りのコピー ◆◆
New York's a Lonely Townは、「最後のサーフ・ヒット」といわれることもあります。この曲のヒット以後、サーフ・ミュージックがヒット・チャートに登場することはないからです。1963年をピークに、すでにサーフ・ミュージックは衰退していたのであって、たまたま最後になっただけでしょう。そもそも、歌詞の内容はサーフ・ミュージックのヴァリエーションですが、サウンドとしてはサーフ・ミュージックらしさは感じられません。

f0147840_1495120.jpgその「最後のヒット」から11年たった1976年、I Hear You Knockin'のデイヴ・エドマンズがこの曲を、彼の国籍に合わせて、London's a Lonely Townと改題、改作してカヴァーしています。これはハリウッド録音で、バッキング・コーラスはブライアン・ウィルソン、ブルース・ジョンストン、テリー・メルチャー、カート・ベッチャーがやったと、これを収録したサーフ・アンソロジー、Pebbles 4のライナーはいっています。非常によくできたカヴァーですが、なにか新しいものを付け加えたわけではなく、残念ながら、ストレート・コピーに終わっています。

いくつかジャケット写真を示しておきましたが、トレイドウィンズのNew York's a Lonely Townは、無数の編集盤に収録されています。ダブっても省略せずに圧縮してHDDに収めてあるのですが、三種の音を聴いて、もっともきれいなのは、Cowabunga the Surf Box収録のものだと感じました。しかし、ここが皮肉なところですが、もっとも音の悪い、テイチク製国内盤Mind Excursion収録ヴァージョンが、もっとも心地よく感じられます。リヴァーブによる「ボカし」効果が、音の悪さにマッチしているのです。こういうことがあるので、盤をつくるのは、そして、それをヒットさせるのは、むずかしいことなのだと痛感します。

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こちらは、ピート・アンドレオーリ(アンダース)とヴィニー・ポンシーアのもうひとつのスタジオ・プロジェクトであるイノセンスのジャケット。
The cover of the Innocence's self-titled album. The Innocence was another studio project by Pete Andreoli and Vinnie Poncia.

by songsf4s | 2007-12-02 00:06 | クリスマス・ソング
Pretty Paper by Roy Orbison
タイトル
Pretty Paper
アーティスト
Roy Orbison
ライター
Willie Nelson
収録アルバム
The Legendary Roy Orbison
リリース年
1963年
他のヴァージョン
Willie Nelson
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クリスマス・ソング、とくにこの半世紀ぐらいにできたものは、おおむね明るく華やかなもので、そうでないものも、せいぜい「しめやか」といったあたりです。悲しい歌、つらい歌というのはあまりありません。今日はやや例外的な、苦味のあるクリスマス・ソングを取り上げます。

◆ にぎわう街角で ◆◆
曲としても好きなのですが、このPretty Paperを忘れがたいものにしているのは、60年代前半のポップ・チューンとしてもまれな、そして、クリスマス・ソングとしてもめずらしい題材をあつかった歌詞です。では、ファースト・ヴァース、といいたいところですが、ヒット・ヴァージョンであるロイ・オービソン盤も、作者のウィリー・ネルソンのセルフ・カヴァー盤も、ともにコーラスから入っているので、まずはコーラスから。

Pretty paper, pretty ribbons of blue
Wrap your presents to your darling from you
Pretty pencils to write "I love you"
Pretty paper, pretty ribbons of blue

「きれいなラッピング・ペーパーと、きれいな青いリボンで、愛する人へのプレゼントを包み、きれいな色鉛筆で「愛しているよ」と書く、きれいなラッピング・ペーパー、きれいな青いリボン」

どちらの盤もコーラスを前に出した理由は、ヴァースを聴けばわかるので、後述します。ここまでは尋常な、ただし、ちょっとジンとくるクリスマス・ソングになっています。

それでは(やっと)ファースト・ヴァース。

Crowded street, busy feet hustle by him
Downtown shoppers, Christmas is nigh
There he sits all alone on the sidewalk
Hoping that you won't pass him by

「混み合う街角、道を急ぐ人々の足が彼の脇を行き交う、ダウンタウンの買い物客、もうすぐクリスマス、そのなかで、彼はあなたが自分を無視して通りすぎないようにと願いながらただひとり歩道に坐っている」

f0147840_025588.jpg近年は見かけなくなりましたが、わたしが子どものころには、道ばたに坐って物乞いをしている人たちがどこの町にもいました。豊かになり、無駄がいっぱいある世の中になったおかげで、空き缶や段ボールなどの廃物を集めたり、コンビニやファースト・フード店の残り物をもらうことで生きていけるようになり、公道での物乞いはしないですむようになっただけで、この歌に登場する「彼」のような境遇の人がいなくなったわけではないのは、ご存知のとおり。いまも、この歌のアクチュアリティーは失われていません。

ハッピーなコーラスから入った理由は、これでおわかりでしょう。クリスマスの楽しげな買い物客でにぎわう店でプレゼントを買い、外に出た瞬間、その正反対のものを見る、という落差を利用するためです。

◆ 人生の立体像 ◆◆
以下はセカンドにして最後のヴァースですが、それが作者の狙いでしょうから、直後にコーラスをつなげてみます。

Should you stop? better not, much too busy
You're in a hurry, my how time does fly
In the distance the ringing of laughter
And in the midst of the laughter he cries

Pretty paper, pretty ribbons of blue
Wrap your presents to your darling from you
Pretty pencils to write "I love you"
Pretty paper, pretty ribbons of blue

f0147840_052499.jpg「あなたは立ち止まろうかと思う、いや、やめたほうがいい、忙しすぎる、あなたは道を急いでいる、光陰矢のごとしとはよくいったものだ、遠くのほうで笑い声が起こる、その笑いのさなかに彼は泣きだしてしまう。きれいなラッピング・ペーパーと、きれいな青いリボンで、愛する人へのプレゼントを包み、きれいな色鉛筆で「愛しているよ」と書く、きれいなラッピング・ペーパー、きれいな青いリボン」

対照的な境遇にある二人の人物が、ある日のある瞬間、街角で出会ったその一瞬をみごとにとらえ、われわれの生きているこの現実を、空間のまま立体的に歌のなかに封じ込んだ、みごとな歌詞です。

◆ ロンドン録音? ◆◆
わたしはロイ・オービソンのファンですし、ヒット・ヴァージョンでもあるので、オービソン盤を看板に立てました。しかし、オービソン盤とウィリー・ネルソン盤は甲乙つけがたい出来というか、時代がちがうので、比較するわけにはいかないと感じます。

この曲は62年に書かれたもので、その時点でウィリー・ネルソンが自分で歌ったものはリリースされていません(このときのデモを収録した盤があるらしいが未聴)。オリジナルはロイ・オービソン盤と思われます。ボックスのライナーによると、ウィリー・ネルソンが、オービソンのレーベルであるモニュメントのオーナー、フレッド・フォスターにデモを聴かせ、フォスターがこの曲をオービソンのクリスマス・シングルにすると決定したようです。

f0147840_095370.jpgオービソンは長いイギリス・ツアーの最中だったため(このとき、ビートル・マニアに遭遇し、のちにビートルズのスタイルを取り込んだOh Pretty Womanを生むことになる)、録音はロンドンでおこなわれたとライナーにあります。しかし、それはどうでしょう。アレンジはビル・ジャスティスで、ナッシュヴィルでデモをつくったとあります。だとしたら、それはデモではなく、ベーシック・トラックではないでしょうか。ピアノはフロイド・クレイマーのプレイに聞こえます。

クレイマーが弾いたものを採譜すれば、ロンドンのプレイヤーにも似たようなタッチは出せたでしょうが、そんな面倒なことをするくらいだったら、クレイマーが弾いたテープをロンドンにもっていき、オービソンのヴォーカルとストリングスをオーヴァーダブするほうがよほど簡単だし、よけいな費用もかからず、まちがいがありません。わたしは、この曲のステレオ・ミックスの左チャンネルにひとまとめになっているリズム・セクションは、ナッシュヴィルで録音されたものと考えます。

この仮定が正しければ、この曲もまた、ベーシック・トラックはバディー・ハーマンらの仕事ということになります。この前後のオービソンのセッションでは彼らがプレイしているからです。

◆ ポップとカントリー、60年代と70年代 ◆◆
冒頭にも書きましたが、クリスマス・ソングというのは、ふつうは「アッパー」なもので、この曲のような「ダウナー」は、当時としては異例です。ふつうなら、会社側が渋るものですが、オーナー自身がシンガーに録音を勧めたというのだから、フォスターというのは、なかなか面白い人だと思います。オービソンがほんとうの意味で成功するのも、フォスターのモニュメントと契約してからのことなので、この駆け出しのオーナーはいい耳をしていたのではないかと思われます。

f0147840_0113945.jpgただ、肯定的な材料もあったと思います。救世軍の「社会鍋」(まだやっているのでしょうか?)でわかるように、クリスマス・シーズンというのは、弱者救済のときだからです。マーロン・ブランドが歌って踊る、珍なクリスマス・ミュージカル『野郎どもと女たち』(原作はデイモン・ラニアンのGuys and Dolls。共演はフランク・シナトラ!)では、ブランド扮する博奕打ちの「スカイ」は、救世軍の尼さんに惚れてしまいます。

弱者に目を向けることもまた、クリスマスにふさわしい行為であり、たんにそのことを歌った曲がなかっただけと考えれば、業界的には「新機軸のクリスマス・ソング」とみなすことができるでしょう。しかし、やはり、会社にとっても、オービソンにとっても、ささやかなギャンブルではあったと思います。

女性コーラスとストリングスで甘み加えたアレンジと、オービソンの端正な歌いぶりは、この歌詞のダウナーな側面への抵抗を和らげるような形になっています。ヴァースの苦い現実を無視し、コーラスに意識を集中するなら、おだやかなバラッドに聞こえるでしょう。それがプロデューシングの意図だと感じます。象徴的にいえば、美しい包装紙でくるみ、美しいリボンをかけた、スリックなヴァージョンです。時代を考えれば、妥当な措置だったと思います(ふと、同じ時期にニューヨークで、バリー・マンがティーン・ポップに社会性を持ち込もうとしていたことを思いました)。

f0147840_0153279.jpgそれに対して、79年のウィリー・ネルソン盤は、苦い現実のほうにアクセントが置かれています。なんといっても、「ならず者カントリー」の旗手、「反逆者」といわれた人なので、きれいごとはなしなのです。とはいえ、この人の魅力も、他のすぐれたカントリー・シンガーとおなじように、情感のある歌い方にあります。たんに、その情感が甘さ一辺倒ではなく、苦味とざらつきという新しい味を加えたところが、旧世代のシンガーとはちがうだけです。彼がシンガーとして長い下積みを経験したのは、時代が彼のスタイルに追いつくまでに時間がかかったからでしょう。

f0147840_0164190.jpgウィリー・ネルソン盤には、オービソン盤とは大きく異なる点があります。コーラスの冒頭は、オービソン盤では、G-Dというコード・チェンジですが、ネルソンは、この2つのコードのあいだに、もうひとつコードを加えているのです。ネルソン盤はキーがDなので、そちらに転調して書きますが、D-B7-Aというコード・チェンジになっているのです。このオービソン盤にはないB7がじつに効果的で、ハッとさせられます。オービソンが使っていないことでわかるように、メロディー・ラインからいえばなくてかまわない、飾りのコードなのですが、飾りもまた音楽のだいじな一部です。

オービソン盤はキーが高く、素人が歌うような曲には聞こえないのですが、ネルソン盤を聴くと、わたしもひとつ唸ってみようか、なんて気になります。オービソン盤がメインストリーム・シンガーのスタイルであるのに対して、ネルソン盤はカントリー・シンガーのスタイルになっているということのあらわれですが、ギター一本でもできるようになっているし、コードもいたってシンプルなので、このクリスマスにはあなたもどうでしょうか?

◆ R&B風味のカントリー・アルバム ◆◆
最後に、このPretty Paperをタイトルにしたウィリー・ネルソンのクリスマス・アルバムについて。これはいいアルバムです。よくある、ほらよ一丁上がり的な、毒にも薬にもならない安直なクリスマス・アルバムではありません。ネルソン独特のプライヴェートなヴォーカル・スタイルが、当たり前のクリスマス・ソングに新しい味をあたえています。パーソネルは以下の通り。

Produced by Booker T. Jones

Willie Nelson……vocal/guitar
Jody Payne……guitar
Bee Spears, Chris Ethridge……bass
Paul English, Rex Ludwick……drums
Booker T. Jones……keyboards
Mickey Raphael……harmonica

ブッカー・T・ジョーンズのプロデュースというのは、意外な感じがするいっぽうで、なるほどと思います。オルガンもプレイしているので、曲によってはMG'sのように聞こえる一瞬もあります。クリス・エスリッジは、フライング・ブリトー・ブラザーズのオリジナル・ラインアップのひとり。ネルソン自身のギター・プレイもなかなか味があります。

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by songsf4s | 2007-12-01 00:03 | クリスマス・ソング