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鎌倉駅と『乳母車』(石原裕次郎、芦川いづみ主演、田坂具隆監督、1956年日活映画)

なんだかくどい話になってしまいましたが、「狂った果実 by 石原裕次郎 (OST 日活映画『狂った果実』より) その2」と、「Nikkatsuの復活 その2」で、二度にわたってふれた、鎌倉駅の階段について、今日は決着をつけようと思います。

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田坂具隆監督の『乳母車』に、この階段が出てくることはちゃんと記憶していて、いつかそちらを確認するといいながら、ここまで引っ張ってしまったのは、ひとつにははるか昔のテープが傷んで見られなかったためです。いえ、VHSではスクリーン・ショットをとれないので、見られても同じことですが。

やっと借金を返済する気になって、『乳母車』を見たはいいのですが、見終わって、スクリーン・ショットを格納するフォルダーを開けたら、まったくなんにも撮れていないことがわかり、一昨日も昨日も更新できませんでした。

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VOBをAVIに変換するといいのではないか、なんて思い、DVDdecrypterとGordian Knotでやってみたのですが、昔はオーケイだったGordian Knotが、新しいヴァージョンではなぜかエラーばかりでダメでした。

ではプレイヤーを替えるかというので、ほかのものを試したところ、VLCでうまくいったものの、これも問題ありでした。ひとつは、マウス・クリックしか方法が見あたらず、キーボード・ショートカットがわからないため、ひどく面倒だということ。もうひとつは、吐き出される静止画がPNGで、JPEGよりサイズが大きくなってしまい、HDDを圧迫しかねないことです。PNG→JPEGの一括自動変換は可能ですが、できればよけいなパスはかませずに済ませたいものです。

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そうこうしているうちに、一度はダメだったGOMプレイヤー(ほかのことはともかく、キャプチャーに関するかぎり、これがいちばん手際よくできる)でのISOイメージからのキャプチャーが、なにも設定変更などしないのに、なぜか以前のようにちゃんとできるようになり、話はぐるっと輪を描いて元に戻りました。

はじめからGOMでやろうとしたのに、それがうまくいかなくて、リッピングやらAVIへの変換やら他のプレイヤーのインストールやら、その他、あれこれと大騒ぎをしたのに、これはどういうことだよ、でした。

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まあ、あれこれインストールしているうちに、なにかDLLでも書き換わって、GOMのトラブルを引き起こしていた原因が除去されたのでしょう。だから、ジタバタしたのもまったくのムダではなかったということにしておきます!

◆ 階段話はつづく ◆◆
さて、鎌倉駅の階段です。昔の記事をご覧あれといっても、だれもご覧なぞしてくださらないのは目に見えているので、冗漫ながら、『狂った果実』の階段と、わたしが撮った最近の階段の写真を、古いキャプションごと、ここに再掲します。

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この階段を囲む鉄の手すりもまったく記憶がない。最近の改装ではなく、大昔に作り替えたのだと思う。やはり裕次郎が主演した『乳母車』に、芦川いづみが、家を出る母親をこのプラットフォームで見送るシーンがあったが、いつかチャンスがあったら、ここが映っていないかどうか、あの映画を確認してみたい。

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東京方向に向かって撮影している。したがって、背後が逗子・横須賀方向。平日の午前中だからこんな写真が撮れたが、週末になると、ここはつねに大混雑。

さて、その確認の結果はつぎのようなものでした。いや、そのまえにシテュエーションを説明しておきます。宇野重吉扮する夫が、外に女(新珠三千代)をつくり、子供まで産ませたことを知っていながら、妻の山根壽子は夫を苦しめようという気持と、経済的な理由から問題を放置していました。しかし、娘の芦川いづみにそのことを責められ、結局、家を出ることになります。

その決定的な夜、母が出て行った直後に帰宅した芦川いづみが、母を止めようとあとを追って鎌倉駅に駆けつけ、東京行き終電車に乗ろうとしていた山根壽子を連れ戻そうとするという場面です。

鎌倉駅での最初のショットは、芦川いづみが改札を通るというだけのなんでもないものですが、これだけでわたしは「あれ?」となってしまいました。

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現在の鎌倉駅では、このように改札を通る人間が、直角に曲がって線路下の通路に入る場所は、一カ所しかありません。江ノ電との連絡改札口です。

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はじめは、この赤い線のように芦川いづみが歩いたと考えた。この図は、表駅から裏駅(江ノ電側)に向かって見ている。したがって、右が東京方面、左が逗子・横須賀方面。手前が下り1番線、向こうが上り2番線である。つまり、以下の写真のキャメラと同じ向きになっている。

そのように仮定して以後のショットを見ていくと、またしても「あれ?」と疑問が湧いてきます。

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背後にテアトル鎌倉(映画館、現存せず)が見えているので、上り二番線にレンズを向けていることがわかります。しかし、江ノ電との連絡通路を通ってきたのなら、芦川いづみの動きから考えて、逆向き、すなわち一番線側、表駅側が見えなくてはいけないのです。

そういう細かいことにはこだわらなかったのかもしれません。しかし、もうひとつの可能性は、わたしはまったく記憶していないものの、通路と直角になる改札口が昔はあったのだということです。こちらのほうが可能性が高いでしょう。なぜなら、芦川いづみの家は江ノ電沿線ではなく、材木座あたりにあるという設定だと想像されるからです。

だから、江ノ電は使わず、タクシーかバスで駅に着き、表駅の改札から構内に入り、現実の鎌倉駅での人の動きを正確になぞった結果、ああいうキャメラの動きになったのだと考えるほうが自然のように思います。

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つまり、このシークェンスでの芦川いづみも、『狂った果実』の石原裕次郎および津川雅彦とほぼ同じ動線をたどってプラットフォームに立ったということです。ただし、裕次郎たちは下り1番線の電車に飛び乗ったのに対して、芦川いづみは、上り2番線に向かって立つ母親に声をかけるというところで、向きが逆方向になったわけです。

◆ 「ロケ嫌いの田坂組」 ◆◆
そもそも、『乳母車』を再見しようと考えた理由は、『狂った果実』冒頭で捉えられていた階段の手すりの形に見覚えがなかったからです。

しかし、その後、木村威夫の『映画美術』で、『乳母車』では、階段のセットをつくった、ああいうものは「ピックアップ」といって、現実にあるものをコピーするだけの作業だから、退屈きわまりない、といっているくだりを見つけ、それなら、どのようにロケとセットをつないだのか確認したいと思ったのです。そのことは「Nikkatsuの復活 その2」という記事に書きました。

さて、細かくこのシークェンスを検討して、へへえ、と唸りましたね。うっそー、そういう風につないじゃうのー、てなものです。ちょっと重複しますが、また鎌倉駅プラットフォームに戻ることにします。

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テアトル鎌倉の表には『?人船』と『オセロ』というタイトルが見える。1956年の映画ということで調べたら、前者は稲垣浩監督、三船敏郎主演の『囚人船』、後者はソ連映画だとわかった。洋画邦画をチャンポンでかけていたらしい。

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ここまでは鎌倉駅でのロケです。以下はスタジオでのショット、木村威夫が、「実物をコピーするだけだから面白くもなんともないが、仕事だからまじめにつくった」というセットでの撮影になります。

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背景は書き割りではなく、スクリーン・プロセスによる合成。スタジオだからと思っていると、ここで上り電車が入線してきてギョッとする。

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木村威夫が、山根壽子に「よろけ縞」の着物を着せた、といっているが、それがこの着物。よろけたような曲線だからだろう。手ぬぐいなどにも使われる伝統的な柄。いや、ここで愕くのは、美術監督が衣裳のデザインもしたということだ。ほかの映画では、森英恵と衣裳の相談をしたといっているので、やがて分業化されるのだろうが、ただし、森英恵にいろいろ注文をしているので、衣裳デザインは美術監督の職掌という原則に変わりはなかったのだろう。

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もはや当初の目的などどうでもよくなってしまったが、はじめはこの手すりの形を確認したかったのだ!


◆ 終電のあとで ◆◆
お読みになっている方もお疲れでしょうし、わたしもキャプチャーと写真の並びの確認でくたびれましたが、鎌倉駅のシーンだけは一気にやってしまおうと思います。

結局、芦川いづみは麹町の「叔母さん」の家に行くという母を止められず、悄然と帰路につきます。

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そこへ、遅れて駆けつけた宇野重吉が姿を見せるのですが、これがやはり正面や背後からではなく、左手から斜めにフレームに入ってきます。

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こういうところまで細かく演出する監督とキャメラマンが、俳優に現実とは異なる動線をたどらせる可能性は低いので、やはりわたしが記憶していない改札口が昔はあったにちがいありません。

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父と娘が改札に向かって歩きはじめると、灯りが消される。終車が行くと、最後の乗降客を追い出すように灯りが消されるのはいまでも変わらない。だから、リアリズムなのだが、ここではシンボリズムでもある。

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向こうに見えるネオンサインは「ステーション食堂」と読めるが、記憶にない。

美術監督自身が回顧してくれると、映画の見方も変わるもので、今回の再見ではなんども「へえ」と思いました。せっかくだから、「美術監督・木村威夫といっしょに見る『乳母車』」をもう少しつづけたいと思います。なんたって今回は裕次郎の出番がなかったわけで、このまま終わりにするのはどうにも具合が悪いですしね。

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by songsf4s | 2009-10-29 23:57 | 映画
『東京流れ者』訂正

先日もちょっとふれた木村威夫の『映画美術』を読んでいて、あちゃあ、と叫びました。

『東京流れ者 by 渡哲也 (OST 『東京流れ者』より その1)』という記事の写真キャプションで、「『東京流れ者』では、渡哲也が赤坂の事務所から外を見る(上)たびに、葉を落とした立木とその向こうの東京タワー(下)が見える」と書きました。

ところが、『映画美術』の『東京流れ者』に関する章で、木村威夫と聞き手の荒川邦彦はこういう対話をしているのです。

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TBSタワーだそうです! いやはや。赤坂には土地鑑がない、というか、子どものころ、あのへんをうろうろしたことはなく、仕事でしばしば行くようになったのは1980年代のことなので、そんなものがあるとはまったく知りませんでした。そもそも、映画のショットを見直してくださいな。

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こんなショットでは東京タワーと誤解しても無理はないでしょうに。木村威夫の『映画美術』に収録されたスティルを見れば、疑いが生じるのですけれどね。

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たしかに、これを見ると東京タワーではありません。でも、映画ではこういう縦長のショットにはなりませんからね。鈴木清順=木村威夫に「だます」意図があったのだとしたら、わたしはコロッとやられてしまったクチです。木村威夫は、「東京タワーの偽物」という意図はない、たんなるTBSタワーのショットにすぎない、勘違いするほうがおかしいのだ、といっていますが。

荒川邦彦がこの対話でこだわっているのは、あの映画にはほんものの東京タワーのショットがあったはずだ、それが鈴木=木村コンビの詐欺の餌撒きであり、のちの「偽物の東京タワー」を本物と思いこませるための伏線だったのではないか、ということです。

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たしかに、荒川邦彦のいうとおり、わたしも冒頭でこのショットを見たせいで、「TBSタワー」を見たときも、なんの疑いもなく東京タワーだと思いました。

しかし、木村威夫は、そんなことはない、たまたまあの枯れ木のことを知っていて、その向こうにTBSタワーがあり、その組み合わせで撮っただけだ、といっています。つまり、だいじなのは枯れ木のほうであって(あの木に決まるまでに手間取ったといっている)、タワーではないというのです。

たぶん、じっさいに起きたことは、木村威夫の記憶の通りなのでしょう。でも、『東京流れ者』は『望郷』と縁戚関係にある映画であり(『赤い波止場』を経由した間接の関係かもしれないが)、やはり『望郷』の親戚である『紅の流れ星』に出てくる首都高の回数券のような、故郷を思うよすがが必要です。だから、渡哲也扮する「不死鳥のテツ」がふと見上げる視線の先に、つねにあのタワーがあると、だれだって東京タワーだと思います。鈴木清順がそのことを意識していなかったとは思えないのですがねえ。

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いやはや、人間の視覚というか、認知機能というのはじつに当てにならんものですなあ。観念が先行して、『東京流れ者』というタイトルに、赤白に塗り分けたタワーが出てくれば、裸の目で観察し、判断することは放棄して、即座に「東京タワーである」と決めつけてしまうのです。

いつも肝に銘じているのですよ。他人の意見はまったく無用無益、自分の耳で聴き、自分の考えにしたがって、自分の言葉で書く、それ以外に音楽を聴き、語る方法は存在しない、とね。

もちろん、映画だってそうでなくてはいけないのです。自分の目で見、自分の耳で聴き、自分の頭で考えなければ、たとえ吹けば飛ぶようなウェブの記事であっても、一語たりとも書くべきではありません。であるにもかかわらず、その自分の頭が完全な機能停止状態になるケースがあることを、この「偽の東京タワー」は証明しているのです。

こういう陥穽がそこらじゅうにあるのだ、音を聴くときも、絵を見るときも、それを忘れてはいかんぞよ、という鈴木清順=木村威夫コンビの親切な忠告なのだと思っておきます。


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by songsf4s | 2009-10-14 23:48 | 映画
忘れられた映画『チビッコの大脱走』(The Little Ones)

ノーマルな更新をする余裕はないので、いつもなら枕で片づけるような話題を少々。

形式上、「忘れられた」としましたが、どちらかというと「知られざる」映画というべきかもしれません。冷たく云えば「だれも見なかった」映画がもっとも実態に近いような気もします。

だれにでも断片的な記憶というものがありますが、音楽だの映画だのの記憶というものは、つねに断片化の危機にさらされています。『日活アクションの華麗な世界』の著者、渡辺武信のような人は例外というか、エイリアンの血が混じっているのだと思います。ふつうはあんなにきちんと記憶できるものではありません。

あの映画はなんといったっけな、なんてことは、みなさんもしょっちゅう口にしたり、思ったりなさっているでしょう。気になるものはできるだけ調べるようにしているので、「子どものころに見たメキシコの映画で、プロレスラーがクスリの力で強くなり、最後に体が崩れて死んでしまう怖い映画」なんていうのも、20年ほど前に徹底調査をして、邦題を確認しました(だが、もう覚えていない! 訳書のあとがきに書いたから、それを見ればわかると安心してしまった)。

このときの徹底調査でも、さらに数年後(1993年だったか)、べつの本のために調べたときにも、ついに判明しなかった映画があります。それが本日のタイトルにした映画です。

手がかりは以下のとおり。

・1965年に見た
・場所は横浜ピカデリー(松竹系)
・主人公は当時のわたしと同じぐらい(小学校六年)の少年二人
・この二人は家出をし、リヴァプールからロンドンに旅する
・船に乗りたいといってロンドンに行くのだが、最後に、保護した警官に、なぜリヴァプールで船に乗らなかったのだといわれ、ビックリする。リヴァプールに港があることを知らなかった、という設定。

というように、手がかりは豊富なのですが(渡辺武信ほどではないが、けっこう細かいことを記憶していた)、それだけでは見つけられないということを痛感しました。あとから調べてタイトルが判明しやすいのは、自分以外にも多くの人が見て、それを印象にとどめている映画、というものなのだということを痛感しましたね。だれも見なかった映画は、だれも言及しないのです。なんでも見ている双葉十三郎の本に出てこないようでは、見込みは薄いと認めざるをえませんでした。

◆ データベース ◆◆
映画好きの方はウェブ上のデータベースのいずれか、またはすべてをご利用なさっていることでしょう。わたしも、必要に迫られるとのぞいています。このあいだから、やるといってやっていない、クリフ・リチャードの記事のために、Movie Walkerに調べに行きました(なんだか、いまのトップページは下品で、紹介しただけのわたしが赤面する。サイトのタイトルより、その横の広告の文字のほうが数倍も大きいとは無茶苦茶である。恥を知れ、恥を)。

ある映画の公開年を確認するのが目的だったのですが、ついでに「公開年度別作品一覧」という検索ボックスを使って、60年代中期の映画のリストを公開順に眺めてみました。67、68年とみたところで、あ、そうだ、あの映画は65年のはずだ、と思いだし、65年を検索してみました。

1965年公開映画リスト

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映画の中身、質とはまったく関係なく、ただの記号として同等に並べられる「リストのアナーキズム」がたいへんに愉快で、見ていて爽やかな気分になります。いや、「ああ、あの映画はどこそこで見た」といった記憶がどっとよみがえったりもするのですが。

さて、目的の映画は、なんのことはない、最初にタイトルがそれらしいと感じた映画を開いて、あらすじを読み、あっさりアイデンティファイできました。

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そういってはなんだが、よほど原稿料が安いのだろう。下手くそな日本語で、頭の悪いまとめ方をしている。意味をとれない箇所があるではないか。だが、もはや見られる確率は低いので、この大昔のだれかさんが書いた意味不明のあらすじだけが頼りなのだ。なんという現実!

いやはや、地味な映画ですねえ。話題性がなにもありません。データを読んで、なるほど、だれも問題にしないのも無理はないと思いました。イギリス映画だし、監督は有名ではないし、よくロードショー封切になったものです。

スタッフ、キャストのなかで、知っている名前はマルカム・ロキャだけです。ロックヤーという読みはまちがっている、ロキャまたはローキャという表記が妥当であるということは、「Snowfall by Henry Mancini」という記事で書きました。

話を戻しますが、自分の記憶でも、とくに名作だとか、印象深いとか、そういうわけではないのです。なぜ記憶に残ったかと云えば、

・主人公が同年代だった。
・ビートルズを聴きはじめたときだったので、リヴァプールに強い関心があった。
・めずらしく兄が、おまえはこの映画を見るべきだ、といって連れて行ってくれた。そろそろロードショー館にもひとりで入れるようになれ、とも云われ、指定席とはどういうもので、どうすればそこに坐れるかということも実地に教えられ、指定席の客は座席まで案内されるのだということを知った。

といったあたりです。もうひとついうと、子どものころのわたしは家出願望が強く、その点でも主人公たちに強く共感しました。じっさい、わたしは中学入学とともに「家を出」て、寮に入りました。呵々。べつに無銭旅行がしたかったわけではなく、わが家ではない、遠くのどこかに行きたかっただけなのです。

枕にしようと思った話題にすぎないので、結論じみたものはありません。ひとつだけ思うのは、きわめてプライヴェートなレベルに降りていくと、世に傑作だの名作だのといわれるものは、それほど重要性をもたない、愛惜おくあたわざる作品とは、えてして、他人がだれも関心をもたず、自分だけがよさを理解していると自認するものである、ということです。

◆ Telstar the Movie: The Joe Meek Story ◆◆
これだけの記事では愛想がなさすぎるかと思い、アップしたあとで、また書き継いでいます。

いま手元にあって、もっとも気になる映画はこれ。

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ジョー・ミーク少年

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45回転盤のレーベルをそのままロゴにした?


しかし、検索してみたら、ゲイのためのサイトに飛び込んでしまった! オッと、そういう話かよー。まあ、いいか。でも、小太りだったクレム・カッティーニはふつうのデブにされてしまい、ちょっと可哀想かも。


by songsf4s | 2009-09-26 23:56 | 映画
Nikkatsuの復活 その2

もうどなたもご記憶がないでしょうが、今年の四月に、『狂った果実』を四回にわたって取り上げたとき(その1その2その3その4)、ロケ地散歩をしました。そのなかで、鎌倉駅の階段のまわりを囲う手すりの形が見覚えない、やはりこのあたりが登場した田坂具隆監督の『乳母車』を見返す機会があったら、あちらではどういう形になっていたかたしかめたいと書きました(「狂った果実 その2」)。

依然として『乳母車』は見返していないのですが、木村威夫著・荒川邦彦編『映画美術 擬景・借景・嘘百景』という本を読んでいたら、木村威夫がこのシーンの美術に言及していました。

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これを読んだら、なおのこと、『乳母車』のこのシークェンスを再見したくなってきましたが(山根寿子が上り東京行きの、たしか2号車あたりのボックス席に坐り、見送りに来た芦川いづみと話すところがあって、そこがロケなのか、セットなのか見極めたい)、ともあれ、階段の周囲の手すりをたしかめたいといっても、『狂った果実』はロケ、『乳母車』はセットの可能性ありとくるのだから、微妙なことになってしまいました。

まあ、木村威夫も、このような「ピックアップ」は実物を忠実にコピーするだけだから、面白くもなんともないといっているわけで、参考にはなるのでしょうけれどねえ。

現場で起きたことをプロが回想するとじつに面白いものだと、毎度のことを再確認しました。小津安二郎の日本間のサイズはタダゴトではない、あれは美術の浜田辰夫とふたりで、苦心の末にたどり着いたものにちがいない、なんてコメントも、評論家人種の口からは絶対に出てこないもので、千鈞の重みがあります。

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『乳母車』の石原裕次郎と芦川いづみ。寺の境内のシーンもやはり九品仏でロケーションをしたと木村威夫は証言している。印象的な撮影だった。

◆ 山下公園のギター ◆◆
以前にも触れたことがありますが、われわれの世代は日活アクションの全盛期(がいつかということについては、かつてはそれなりのコンセンサスがあったものの、いまではちょっと揺らぎつつある。でも、それはべつの話。一般に1950年代終わりから1961年ぐらいまでとされる)には間に合いませんでした。

これもすでに書いたことですが、わたしは1960年ごろから、母親(熱烈な裕次郎ファン)や兄(サユリスト!)のお供で日活映画を見ていたので、それなりの下地がありました。十代半ばで一時遠ざかったものの、高校三年のときに鈴木清順のエッセイを読み(「ガロ」か「話の特集」に掲載されたものだったと思う)、また日活ファンとして甦って以来、あとはオフなし、ずっとオンでした。

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ところが、同世代には日活ファンというのがほとんどいなくて、ぜんぜん話が通じないのです。VCRというものが当たり前になって以降、もう一度、友人たちに薦めたこともあります。でも、これもほとんど成果なしでした。

考えてみると、「セールスマン」であるわたしのほうも、自分が売り込もうとしているものに万全の信頼をおいていたわけではなかったので、相手が乗ってこないのも無理もないことでした。

たとえばですね、わたしは(宍戸錠も近年、あれが日活のベストとコメントしていた)『赤いハンカチ』が大好きで、何度見たか勘定できないほどです。それでも、ジョーさんが素晴らしいと賞賛していた、ホテル・ニューグランドの内と外のシークェンス(最上階のレストランにいる浅丘ルリ子と、山下公園外のイチョウにもたれかかった石原裕次郎のショットの切り返し)ですら、ここがいい、と断言するのをためらってしまうのです。

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なぜか? 裕次郎がイチョウに立てかけたギターのせいです。わたしは、こういうものは、ちょっと古い映画を見るときに受け入れなければいけないことのひとつ、「取引」の一部として、見なかったことにしてしまいます。でも、わたしから『赤いハンカチ』を薦められた友人たちは、こういうディテールの古めかしさに、いちいち引っかかってしまい、物語に入れないようなのです。

いや、そんなのは些末なことだ、本質的な欠陥ではない、と断言できるパワーがこちらにあれば、「折伏」も不可能ではないのかもしれませんが、わたし自身が、あのギターはよけいだよな、と思っているのだから、言葉も尻すぼみになってしまうのです。

赤いハンカチ予告編


◆ 絵空事のなかの絵空事 ◆◆
というような事情から、べつにひきこもったり、クローゼットに隠れたわけではないのですが、日活映画について、ふだん口にすることはなくなりました。鈴木清順のシネマテークがあっても、だれにも声をかけずにひとりで見に行き、やっぱり『俺たちの血が許さない』のアキラはいいなあ、松原智恵子はこれが代表作ではないか、などと自分にだけ語りかけ、自分だけで納得していました。まるでトレイドウィンズのNew York's a Lonely Townです!

イン・ザ・クローゼットではないのですが、でも、やはりいくぶんか恥ずかしく思っていたこともたしかです。渡り鳥シリーズ、とくに『大草原の渡り鳥』なんか、日活が好きじゃないと、失笑する人が多いのですよ。なんで北海道で西部劇やってるのよ、ありえないじゃん、というわけです。

そこでわたしが、「いや、これでいいのだ、娯楽映画というのはそういうものだ、リアルだと思って見ているものだって、じつは日活ウェスタンと懸隔のない絵空事なのだ、映画とは生まれついての絵空事である、という理解に到達すれば、北海道や九州で西部劇をやることになんら問題はない」なんて反論ができればいいのですがねえ。残念ながら、やっぱりわたしも、「日本で西部劇をやるのは奇妙だな」と思っているので、日活映画は馬鹿馬鹿しいと云われれば、その点は認めざるをえない、と引っ込むしかないのです。

日活映画を見ることであまり自虐的にならないように、わたしはひとつの拠り所をつくりました。「昔の日本を見る」というサイドキックを見つけたのです。こういうことなら、映画の出来不出来は関係ありません。

いや、ロケでとらえられた昔日の日本など、スタジオと関係ないだろう、ほかの会社の映画だっていいはずだ、といわれそうです。たしかに、ある程度まではその通りです。東宝特撮映画に描かれた街も見所満載です。とはいえ、やはり、かつてはアメリカと同様に、スタジオ特有のタッチというものがあり、日活は特別な味をもっていました。

そのへんの興味もあって、日活を代表する、いや、日本を代表する美術監督である木村威夫の本を読みはじめたのですが、今日は時間切れ、また「つづく」です。いや、いまのうちにお断りしておきますが、しばらくは気の向くままに日活と日本映画のことを、あっちへふらり、こっちへぶらりと、テキトーに、ダラダラと書いていくつもりです。
by songsf4s | 2009-09-07 23:57 | 映画
Nikkatsuの復活 その1

せっかく「つぶろぐ」というものを使えるようにして、そこに更新のお知らせなどを書くことにしたのに、案の定、無精をしてしまいました。

だいたいが、狭苦しいところに書くのが苦手ですし、そもそも、つぶろぐなんてものでは、グーグルの検索対象にならないような気もします。

いずれにしても、今週はなにやかやと忙しく、どのブログもあまり更新できませんでした。やっとのことでレス・ポール追悼を終えたのが、今週の主な出来事といってもいいくらいです。

映画を見る余裕もあまりなく、宍戸錠のものを途中まで見たくらいです。といっても、すでに何度か見たもので、ブログで取り上げるために印象を新たにしようという意味しかなく、「見る」というのとはすこしちがうような気もします。

◆ ノワールか否かはさておき…… ◆◆
何度か、海外の日本映画関係ブログを眺めているということを書きましたが、最近、もっともホットなトピックスは、クライテリオンから十日ほど前にリリースされた、Nikkatsu Noirという5本立て、じゃなくて、5枚組DVDボックスのようです。

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中身は、

『俺は待ってるぜ』(蔵原惟善監督、石原裕次郎主演)
『錆びたナイフ』(舛田利雄監督、石原裕次郎主演)
『あの護送車を狙え』(鈴木清順監督、水島道太郎主演)
『拳銃残酷物語』(古川卓己監督、宍戸錠主演)
『拳銃〔コルト〕は俺のパスポート』(野村孝監督、宍戸錠主演)

という5本です。これ、映画館でのオールナイトだったら、おおいに客を呼べることまちがいなしのプログラムですねえ。どなたもご存知の秀作から、かつてはヒットせず、時の流れのなかで徐々に秀作という評価をかちえていったものまで、秀作とまずまずの映画がバランスよく配置されているところが、賞味のしどころです。蔵原、舛田両監督のものはデビュー作だというのもいいですねえ。

拳銃は俺のパスポート


FC2ブログのほうで取り上げようと思うので、ここであまり書くわけにはいきませんが、この映画をはじめて見たのはもう三十代の半ば、日活映画のめぼしいもの(と、あまりめぼしくないものも!)はほとんど見たと思いこんでいたときだったので、ビックリしました。

いい意味で「無国籍」な話なので、これが『殺しの烙印』とともに、海外での「日活発見」の先駈けになったのは当然だと思います。しかし、これまでVHSやDVDがリリースされたことはないようで、シネマテークで見た一部ファン(にしてブロガー)をのぞけば、海外の日活ファンの大多数にとっては、幻の名作だったわけで、彼らが発売日を待ち遠しく感じたのも当然でしょう。

◆ 日活とNikkatsuのあいだ ◆◆
という話をしようかな、と思って書きはじめたのですが、なかなかやっかいなテーマで、ちょいちょいと数分で仕上げることができず、今日は粘るのをやめ、後日に再挑戦します。

大草原の渡り鳥


じつは、YouTubeに『拳銃は俺のパスポート』を探しに行って、つい、数本見てしまい、時間がなくなってしまったのです。VHSでもっていたものは、ほとんどダメになって見返せないのですが、この『大草原の渡り鳥』のトレイラーでのテーマ曲のアレンジはじつにいいですねえ。予告編にはしばしば本編とは関係のない音が使われるので、これも『大草原』のほうには出てこない可能性があります。

日活には他のスタジオには感じない、特別な思い入れがあるのですが、それがどのあたりに由来するものなのか、そして、Nikkatsuが、MGMだの20th Century Foxだののように、国際的な映画ファンのコミュニティーで当たり前の言葉になりつつある現在の状況と、わたしの思い入れとの関係をちょっと考えてみたいので、この項は次回へと続きます。
by songsf4s | 2009-09-06 00:11 | 映画