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カテゴリ:Guitar Instro( 30 )
ギター・オン・ギター4 モビー・グレイプのRounder他
タイトル
Rounder
アーティスト
Moby Grape
ライター
Skip Spence
収録アルバム
Vintage: The Very Best of Moby Grape
リリース年
(録音)1967年
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ツイッターでわたしをフォローなさっている方は悩まされたかもしれませんが、今日、サンプルのホストにしているアカウントを見てまわり、どんな曲の人気が高いかなんてことを事細かにツイートしました。

それで首をかしげたのは、box.netに置いた曲のほうが、4sharedに置いた曲より、はるかによくアクセスされていることです。

4sharedはそんなに使いにくいのかと思って、自分で前回アップしたヴェンチャーズを聴いてみました。ハッキリ云えることは、box.netよりゴチャゴチャと画面がうるさい、したがってちょっと重い、ということです。box.netはあの調子だから、一目で操作方法がわかるのに、4sharedは慣れないとプレイするのも、それ以外のこと(と婉曲にいってみた)をするのも、一瞬、戸惑うかもしれません。

わたしとしても、できれば全部box.netに置きたいのですが、1アカウント1GBというきつい制限が邪魔なのです。1GBなんてあっという間に使いつぶしてしまいます。さりながら、お客さん方としては、box.netのすっきりしたユーザー・インターフェイスのほうがずっと使いやすいだろうと思います。

まあ、考えたところで意味はないので、やはりbox.net中心に戻そうと思います。ほとんどアクセスがないであろう地味なものは4sharedにもっていくことにします。

それで、二つあるbox.netのアカウントのうち、古いほうがちょっと危ないので、アクセスの少ないものからすこしずつ消していく予定です。落語のアクセスは少なめなので、まずそのへんから削除します。むやみにアクセスが多い人見明とスウィングボーイズは残しておきますが!

◆ 幻の納涼名人寄席 ◆◆
そういえば、正月以来の寄席を企画していると書きましたが、取りやめることにしました。ほとんどアクセスがないわりに、ファイルサイズが大きく、そのうえリスクがあるので、あまりやる意味がないと考えるに至りました。

いちおう、予定していたプログラムだけ以下にあげておきます。ファイル名の順なので、順番には意味がありません。

夏ドロ――三代目三遊亭金馬
須磨の浦風――四代目三遊亭圓馬
扇風機――春風亭柳昇
両国八景――八代目雷門助六
千両みかん――八代目林家正蔵
夏の風物詩――九代目鈴々舎馬風
あきれた紙芝居――あきれたボーイズ
船徳――八代目桂文楽
三味線ラ・クンパルシータ 三味線セントルイスブルース――三味線豊吉
声帯模写――古川ロッパ
夏の医者――桂枝雀
佃祭――五代目古今亭志ん生

「千両みかん」は十代目金原亭馬生のもののほうがいいかもしれません。落語にはじつにさまざまなサゲがありますが、「千両みかん」のサゲほどめまいをおこさせるものはほかにないでしょう。

一説によると「千両みかん」は、現在も創業の地・神田須田町で商売をつづけている、果物屋兼フルーツパーラー「万惣」のコマーシャルとしてつくられた噺だそうです。同じくコマーシャルとしてつくられた「王子の狐」よりよくできていると思います。

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まあ、CM落語では「百川」のトップは動かないでしょうが、肝心の料亭「百川」が店を閉じてしまったのが弱いと思います。「千両みかん」を聴けば、暑い日に万惣で冷たいものなんてけっこうだねえ、と思うし、「王子の狐」を聴けば、いちど扇屋の卵焼きというのを食してみよう、なんて思いますからね。おっと、いま調べたら、扇屋は料亭を閉じ、卵焼きの販売だけをつづけているそうです。年一回の「王子の狐を聴く会」もなくなってしまったのでしょうか。

◆ ロック・グループによるギター・アンサンブル ◆◆
弱いといえば、8ビート版「ギター・オン・ギター」は第2回目にして早くも、ちょっと弱いつなぎ目にさしかかります。微妙なギター・アンサンブルなのです。どう微妙かは、実例を聴いていただいたほうがわかりが早いと思います。以下のサンプルはバックトラックのみですが、ヴォーカルが載ったライヴ・ヴァージョン(歌入りスタジオ録音は存在しない)よりずっといい出来です。

サンプル Moby Grape "Rounder" (backtrack only)

こういうギター・リックは好みで、プレイ・アロングしたくなります(というのは口先だけ。引越以来、ギターに弦を張ってすらいない)。左右のギターが重なりそうになる一瞬はスリリングなのですがねえ。ギターを重ねたアンサンブルをやってみようという気はチラッとあるのです。でも、自覚が足りないせいで、ギターを重ねたサウンドというものを「追求」するにはいたっていません。可能性はあったのに、途中で流産してしまった、というあたり。

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エポニマス・タイトルのデビュー盤。全曲をシングルにするなどという大馬鹿なプロモーションをした。わたしが買ったのはリリースからだいぶたった70年代はじめのことで、「ポスター入ってるよ」というシールは貼ってあるけれど、そのポスターの現物は入っていないという情けないものだった。つまらないことを覚えているものだ。

Rounderは、当時は盤にならず、ベストCD「Vintage」ではじめて陽の目を見たのですが、ライヴではやっていたようです。歌入りライヴ・ヴァージョンはたいした出来ではないので、YouTubeのクリップでどうぞ。



イントロはややゆっくりめのテンポなのですが、ヴァースに入ったとたん、ギアが一段シフトしてしまうところが、60年代のバンドです。モビー・グレイプのドラマー、ドン・スティーヴンソンは走る人で、このRounderライヴ録音では、さらにもう一段加速する箇所があります! 最初と最後ではテンポがまったくちがっていて、あらあら、おやおや、です。

◆ はっぴいグレイプ ◆◆
サンフランシスコのバンドというのは、グレイトフル・デッドのフィル・レッシュ、ジェファーソン・エアプレインのジャック・キャサディーと、不思議にうまいベースが多いのですが、モビー・グレイプのボブ・モズリーもちょっとしたプレイヤーで、細野晴臣に強い影響を与えたことはご存知のとおり。Rounderのベース・ラインも、なんだかはっぴいえんどを思い起こさせます。

モビー・グレイプの曲のなかで、はっぴいえんどの音ともっとも近縁性があるのは、このトラックだろうと思います。

モビー・グレイプ He


こればかりでなく、鈴木茂は、何度かグレイプからトーンのヒントを得ていると思います。

モビー・グレイプ Can't Be So Bad


◆ アコースティック・ロック ◆◆
ギター・アンサンブルに話を戻します。モビー・グレイプには、まだ惜しいトラックがあります。

統計をとるには十分なサンプルとは云えないのですが、いくつか見たライヴ・クリップでは、主としてジェリー・ミラーがリードをとっているようですし、スキップ・スペンスがコード・ストローク以外のことをしているものはありませんでした。スタジオでも、リードをとったり、オブリガートを入れたりするのは、ミラーとルイスの役割だったのだろうと想像できます。

これなんかも、もっとギターどうしをよくからめるように考えたら、さらに面白くなっただろうにと思うのですが……。

モビー・グレイプ Someday


つぎはギター・アンサンブルの例というにはちょっときびしいのですが、ギターが気持のいい曲で、またしても、もうすこしきちんとギターを重ねることを考えてちょうだい、とお願いしたくなる曲です。これはYouTubeの音ではつまらないので、自前のサンプルにします。

サンプル Moby Grape "8:05"

最後に、だれか(スキップ・スペンス?)が抜けてすっきりした後期グレイプの、またまたフォークロック系バラッド。これも、ギターはもう半歩なのに、惜しい、というパターン。

モビー・グレイプ It's a Beautiful Day Today


◆ 脇道 ◆◆
関連動画にバッファロー・スプリングフィールドのモンタレーでのFor What It's Worthというのが引っかかって、つい見てしまいました。デイヴィッド・クロスビーがバーズと険悪になって、バッファローの連中と一緒にいたというのは、あちこちに書かれていますが、じっさいのクリップを見たら、クロスビーがいるだけでなく、ニール・ヤングがいないので、大笑いしました。はじめからずっとそういうバンドだったのねー、です。

バッファロー・スプリングフィールド For What It's Worth (Monterey Pop Festival)


考えてみると、バッファロー・スプリングフィールドも三人のギタリストがいて、そのうち二人はソロをとるのですが、ギター・アンサンブルがどうのという曲は思いつきません。二人とも好き勝手にやっているか、どちらかはスタジオに顔を出さないか、ま、そんなあたりでしょう。ジェイムズ・バートンがドブロを弾いたトラックもありました。


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モビー・グレイプ Vintage(ふつうはこの二枚組があれば十分)
Vintage: Best of
Vintage: Best of


Place & The Time
Place & The Time


モビー・グレイプ Moby Grape (1st.) with bonuses
Moby Grape
Moby Grape

グレイプ関係は火にくべたくなる愚作が豊富なのでご用心。モビー・グレイプ名義では20 Granite Creekが最悪、まったく聴きどころナシ。ソロではスキップ・スペンス、ボブ・モズリー、ともに純粋なゴミを生産した。こんなこと、知らないですめばよかったのにと思う、ほとんどすべての盤を聴いてしまった。オリジナル盤では、やはりデビュー盤Moby Grapeが頭抜けて出来がよく、あとはとくにいいものはない。


by songsf4s | 2010-08-24 23:55 | Guitar Instro
ギター・オン・ギター3 ヴェンチャーズのLolita Ya Ya他
タイトル
Lolita Ya Ya
アーティスト
The Ventures
ライター
Bob Harris, Nelson Riddle
収録アルバム
Going to the Ventures Dance Party!
リリース年
1962年
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「恒例」などといっておいて、先月はウェブが使えなかったのでサボってしまった、アクセス・キーワードのリスト、はや今月も下旬になってしまいましたが、昨日までの結果をご覧いただきましょう。

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「パシフィック・パーク茅ヶ崎」にふれたのは、ビリー・ヴォーンのPearly Shellsの記事です。とくにくわしくふれたわけではありませんが、例によってブックマークがわりにこのキーワードをご利用の方がいらっしゃるのでしょう。

「芦川いづみ」キーワードは、毎度どうもありがとうございます、と頭が下がってしまいます。月初めのまだキーワードが少ないとき、「芦川いづみDVDセレクション」というものもランクインしていました。

『硝子のジョニー 野獣のように見えて』
『あした晴れるか』
『誘惑』

という三本がセットになったDVDボックスだそうです。『硝子のジョニー』は、宍戸錠、アイジョージとの共演で、芦川いづみは、彼女としてはほとんどスペクトル領域外というべき、汚れ役を演じていました。数十年前に見たきりで、ディテールは忘れてしまいましたが、あまり日活らしさのない映画です。



わたしとしては、お嬢様風の芦川いづみのほうがずっといいと思いますが、女優のキャリアにはこういう役も必要だったのでしょう。でも、やっぱり、こういう映画のほうが……。

あいつと私


大々的に記事にしたときにはなかったクリップを見つけたので、もうひとついってみましょう。豪快なキャメラワークによるオープニング・クレジットは素晴らしいのですが、芦川いづみはなかなか出てきません。でも、いざ登場の段になれば、これがじつに印象的なのです。『俺は待ってるぜ』の北原美枝の登場するところとどっちがいいかってくらいです。

霧笛が俺を呼んでいる


『あした晴れるか』は重要性の低い作品とみなされていますが、わたしは好きです。いきなり昔のやっちゃば(秋葉原駅付近にあった東京青果市場)から、石原裕次郎が三輪トラックに乗って飛び出してくるという、いかにも日活らしい、ただし、陰影のない、したがって評論家がほめない、明朗闊達な映画でした。芦川いづみは、裕次郎を担当する雑誌編集者という役だったような気がします。カチッとした珍妙な黒縁眼鏡をかけて、変なインテリ女性を演じていました。

裕次郎の役はたしかカメラマンで、東京中を写して歩くという話なので、町の風景を見るのが大好きなわたしのような人間は、むやみにストップして、ディテールを確認しながら見ちゃうという、素晴らしい映画です。裕次郎は、佃島に住んでいるという設定だったような記憶あり。映画の出来がどうのなどというまえに、記録された東京に圧倒されます。最後の『誘惑』という映画は未見です。

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『日本のいちばん長い日』『ジム・ゴードン』『八月の濡れた砂』に関しては、たっぷり文字を費やしたので、検索されても不思議はありませんし、こうしたキーワードで当家にいらしても、なんだ、これだけか、と失望なさることはないだろうと思います(まあ、腹を立てる方はいらっしゃるかもしれませんが!)。

「バークレー牧場」については、それほどくわしくふれたわけではないのですが(再見できず、記憶のみに頼って書いた)、そもそも、このドラマにふれている日本語のページなど、ほとんどないでしょうから、粗末な記事でもそれなりに読んでいただけたかもしれません。

バークレー牧場(The Big Valley)オープニング&エンディング・クレジット


いやまったく、けっこうな楽曲、けっこうなサウンド、申し分ありません。ジョージ・デューニングの曲だけ集めて聴いてみたくなります。

Beyond the Reef(「珊瑚礁の彼方に」)は、四回に分けて、マーティー・ロビンズエルヴィス・プレスリーヴェンチャーズ、そして山口淑子(李香蘭)のヴァージョンにふれています。

How High the Moonのキーワードもつねに上位にありますし、ヴォーン・モンローヴェンチャーズの二回に分けてとりあげた(Ghost) Riders in the Skyも同様です。

パトリシア・ニールは、『007は二度死ぬ』のテーマ曲を取り上げたときに、脚本家としてこの映画の製作に参加したロアルド・ダールの夫人としてご紹介しただけで、ほんのわずかな言及しかしていません。相済みません。昔見た『摩天楼』、ちょっと再見したいような気がします(いま『蜃気楼』と書きそうになり、ちがうような気がして、フィルモグラフィーを見た。ボケはじめたかもしれない)。

以上、検索で当家にたどり着かれたかたにも、ブックマークなさっているかたにも、いつものように厚く御礼申し上げます。

◆ Lolita Ya YaとLucille ◆◆
例によって長い枕になりましたが、ここから本題です。比較的最近のことですが、その1その2の二度にわたって、「ギター・オン・ギター」という記事を掲載しました。8ビートの世界では、複数のギターを重ねるのは当たり前、でも、そういうことはめったにしない4ビートの世界にもギター・アンサンブルはある、というので、そういう例をいくつかお聴きいただきました。

しかし、かつてLolita Ya Ya by the Venturesという記事に書いたように、8ビートの世界にも、「当たり前」とはいえないほど、複数のギターの配置の仕方に知恵を絞ったものがあります。今日から数回に分けて、そういうものをお聴きいただく予定です。まずは、そのヴェンチャーズのLolita Ya Yaからです。

サンプル The Ventures "Lolita Ya Ya"

この曲については、オリジナル記事である、上記Lolita Ya Ya by the Venturesで詳細に書いたので、気になることがあれば、そちらをご覧ください。

いや、聴けば聴くほど、ハリウッドのインフラストラクチャーの厚みをひしひしと感じたあげく、圧死しそうになります。多数の楽器をいかに配置するかという設計も素晴らしいし、全員一糸乱れぬ規定演技もお見事、数回にわたるオーヴァーダブをしたであろうに、それをまったく感じさせない録音とミックスダウンも素晴らしく、文句のつけようがありません。

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データがないのですが、やっぱり場所はユナイティッド・ウェスタン、卓に坐ったのはボーンズ・ハウでしょうか。すごい音だとつくづく感心します。

それにしても、こういうアレンジをしてみようというのは、だれのアイディアだったのでしょうか。ボブ・レイズドーフ? ほとんどオーケストレーターの発想で、ロックンロールのニュアンスはありません。

しかし、ロックンロール・ニュアンスのギター・アンサンブルもあります。Lolita Ya Yaが収録されたGoing to the Ventures Dance Partyのひとつ前のアルバム、Mashed Potatoes and Gravyから1曲。

サンプル The Ventures "Lucille"

こちらはリードは2本、せいぜい多いところでも3本とシンプルですし、インフラストラクチャーの厚みというより、個人技の集積というムードです。こんな曲、インストにならんだろうといいたくなりますが、案に相違して、じつに面白い味のあるトラックに仕上がっています。ベンドのかけ方がなんとも微妙で、そのあたりが味の出た理由のような気がします。

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時期的に考えて、リードのひとりはビリー・ストレンジ御大でしょう。もうひとりはだれでしょうか。まあ、トミー・テデスコ、グレン・キャンベル、ジェイムズ・バートン、その他うまい人はいくらでもいるので、特定は困難です。

奇妙なストローク・パターンのリズム・ギターはやはりCKさんだろうと推測します。凡庸なプレイが大嫌いな人ですから。ベースはレイ・ポールマンだろうと思います。何カ所か、遅れているところがあるのは、親指ピッキングのせいでしょう。かつてCKさんに、レイ・ポールマンは親指ピッキングだったという話を伺って、親指では16分は無理では、といったら、そう、だからわたしに仕事が来るようになった、とのことでした。親指だと、アップのときにタイムが乱れやすいと思います。そのあたりは、人差し指一本だったチャック・レイニーも同じで、ダウンのときにタイムが乱れることがあります。ラスカルズのIf You Knewが典型。まあ、レイニーの乱れは味になっていましたが。

ヴェンチャーズには、ほかにもリードを重ねたトラックがありますが、そんなことをいっていると終わらなくなるので、2曲だけにしておき、次回はべつのアーティストのロックンロール・ギター・アンサンブルを聴いてみようと思います。


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Mashed Potatoes & Gravy / Going to Ventures Dance
Mashed Potatoes & Gravy / Going to Ventures Dance

芦川いづみ DVDセレクション
芦川いづみ DVDセレクション


by songsf4s | 2010-08-23 23:54 | Guitar Instro
サンプラー3 ゲーリー・バートンのJune the 15, 1967
タイトル
June the 15, 1967
アーティスト
The Gary Burton Quartet
ライター
Mike Gibbs
収録アルバム
Lofty Fake Anagram
リリース年
1968年
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(リンク修正しました。)
先日、ギターともっとも相性のいい楽器はギターだろうと書きましたが、そのつぎに相性がいいのはヴァイブのような気がします。

これも一昨年のものですが、「June the 15th, 1967 by the Gary Burton Quartet」という記事に、今日はサンプルを補足します。といいつつ、前回のヤングブラッズ同様、ほとんどアクセスはないだろうと予想しているので、肩の力、思い切り抜けています。ウケないことがわかっていてやるのはなんのためなのやら……。

サンプル The Gary Burton Quartet "June the 15, 1967"

アルバムLofty Fake Anagram収録で、メンバーはヴァイブラフォーンのゲーリー・バートンのほかに、ギターがラリー・コリエル、ベースがスティーヴ・スワロー、ドラムがボビー・モーゼズ。

だれも聴かないとわかっていても、これだけでは愛想がないと思うこの心理はなんだよ、とボヤきつつ、もう2曲。こちらはラリー・コリエルとの初顔合わせアルバムDusterからで、ドラムがロイ・ヘインズである以外は、上記メンバーと同じ。

June the 15th, 1967は、悪い出来ではないけれど、ラリー・コリエルがいた時期のゲーリー・バートン・カルテットのベストではありません。あれは、当ブログが季節にしたがって曲を並べていた時期の記事で、日付がタイトルになっていたから取り上げたのであって、内容で取り上げたわけではありません。いや、もちろん、「悪くない」としつこく繰り返しておきますが。

サンプル The Gary Burton Quartet "Ballet"

ベストをあげるなら、Dusterのトラックだろうと思います。非常にいいアルバムなので、どれをあげるか迷うのですが、やはりオープナーのBallet(June the 15, 1967同様、マイケル・ギブス作)はいいプレイです。ラリー・コリエルも微妙にラフ・エッジのあったこのころがいちばん面白かったと思います。

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もう1曲、かなりタイプのちがうものをあげておきます。

サンプル The Gary Burton Quartet "General Mojo's Well Laid Plan"

ジャズ・コンボの曲でこういうのはめずらしいのじゃないでしょうか。ほとんどポップ・チューンというか、ロック・グループがチェンジアップにやるロッカ・バラッドのムードで、モダン・ジャズが好きではなかった中学生(それより前のスウィングなら好きだった)は、ごくふつうのポップ・チューンとしてこのトラックをよく聴きました。いま聴いても、ジャズの臭みと嫌味がほとんどゼロのキュートなトラックだと思います。こういう楽曲を書く人としても、スティーヴ・スワローは好ましいプレイヤーでした。

ラリー・コリエルはよくヴォリュームを絞って、アコースティックでコードを入れていましたが、それがもっとも生きているのがこの曲です。ロック・グループの経験があるプレイヤーでないと、こういうコードの入れ方はしないのではないかと思います。ジャズ風味ゼロです。最初のソロ・アルバムでは、カントリー風の曲を歌っちゃったプレイヤーですからね。いや、歌はピッチ外しっぱなしで、おおいにめげましたが。



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The Gary Burton Quartet - Duster
ダスター
ダスター


The Gary Burton Quartet - Lofty Fake Anagram
Lofty Fake Anagram/A Genuine Tong Funeral
Lofty Fake Anagram/A Genuine Tong Funeral
by songsf4s | 2010-05-16 23:51 | Guitar Instro
ギター・オン・ギター2 ジョニー・スミスのWalk Don't RunとStranger in Paradise

今年はいったいどういう気候なんですか。わが住む土地は都の南、海辺なのでマシかもしれませんが、それにしても、この数日、ひどい暑さです。ほんの一週間前には寒い寒い、まるで真冬だ、とボヤいていたら、いまや暑い暑い、まるで真夏だ、です。

べつに気候のせいというわけではないのですが、連休中は毎日更新のつもりだったのに、こと志に反して、結局、隔日よりちょっとマシ程度になってしまいました。

さて、休日明け(まだそうなっていない人もなかにはいらっしゃるでしょうが)、ドンといきたいところですが、今日はあれこれあって、やはり鈴木清順と木村威夫を相手に格闘するだけの余裕がありません。そういうときは例によって、音楽ブログの地を出すことになっています。

◆ Walk, Don't Run ◆◆
先日の「ギター・オン・ギター」はまずまずの好評だったようで、サンプルのアクセスはかなりのものです。Gabor Szaboとボビー・ウォマックに人気が集まり、ハーブ・エリス&レモ・パーミア(パルミエなんていう、なにかの下品な言葉の略称かと思うような表記もあるようだが、固有名詞英語発音辞典の発音にしたがっておいた)のほうは不人気、などと書きましたが、その後、彼らの二曲もアクセスが増えています。

気温が上がると、管楽器の音は聴きたくなくなります。いっぽう、エレクトリック・ギターはどんなシーズンでもつねに好ましいのですが、暑いときはいよいよ素晴らしいサウンドに感じられます。いや、まあ、暑いときはあまり聴きたくないタイプのギターサウンドというのももちろんありますが! あとはハモンドとヴァイブラフォーンでしょうかね、暑いときに好ましい楽器というと。

ということで、安易が安易の羽織を着て安易の披露目をやります。本日は「ヒット作」の安易な続篇、「ギター・オン・ギター2」と参ります。といっても、8ビートの世界ではギター・オン・ギターは当たり前、今日も4ビートです。

あれから、4ビートのギター・デュオとしては、ほかになにがあったっけ、と考えていたのです。すぐに思いあたったのが、これです。

Johnny Smith - 02 Walk Don't Run (HQ)

(2016年9月追記: 自前のユーチューブ・クリップに差し替えた関係で、サンプル音源へのリンクは削除しました。)

ブッキッシュには、ヴェンチャーズのWalk Don't Runのオリジナルはジョニー・スミスのヴァージョンだということはずっと以前から知っていました。でも、じっさいに聴いたのは一昨年のことです。聴いてみれば、いたってノーマルな4ビートの曲で、「あの曲のオリジナル」という意味では、さしたる感懐はありませんでした。

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ジョニー・スミスのセッショノグラフィー

それより、このサウンドは気持いいなあ、と思ったのです。年をとるにしたがって、だんだん強い音から遠ざかり、弱い音の世界に入りこみつつあるようで、そういう気持の変化にぴったりのサウンドだったのですが、もうひとつ重要なのは、ギターでコードを入れていることです。前回も書いたように、やっぱりリード・ギターの隣にはリズム・ギターのコードがある、というのがいちばん落ち着きのいい音なのです。

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ジョニー・スミス・カルテットのリズム・ギター、ペリー・ロペス

Walk Don't Runにはもちろん山ほどカヴァーがあるのですが、ぜひともご紹介したいというほどのものはないし、数が多すぎるので、今日はよけて通らせてもらいます。

◆ Stranger in Paradise ◆◆
たんなる偶然であって、なんの意味もないのかもしれませんが、ジョニー・スミスは、後年ヴェンチャーズがTen Seconds to Heavenのタイトルでカヴァーする、Stranger in Paradiseもやっています。メンバーはWalk Don't Runと同じです。

Johnny Smith Quartet - Stranger in Paradise


Ventures - Ten Seconds to Heaven (Stranger in Paradise)


この曲については、すでに昨年詳述しています。といっても、ひどく忙しない書き方で、駆け足で各ヴァージョンにふれているだけですが。ほかにYouTubeにあるものとしては、パーシー・フェイス盤なんかいいのではないでしょうか。

Percy Faith Orchestra - Stranger in Paradise


バードコールつきのマーティン・デニー盤もそれなりに楽しめます。でも、バードコールをとってしまうと凡庸かも。

Martin Denny - Stranger in Paradise


歌もののいいクリップがないので、この曲のオーソドクスからは外れますが、タイムズのヴァージョンを自前でアップしました。

サンプル The Tymes "Stranger in Paradise"

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知名度の低さが心配なので、よけいなことを書いておきます。So Much in Loveのもっとも有名なヴァージョンはタイムズのものです。


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ジョニー・スミス Walk Don't Run
Walk, Don't Run!
Walk, Don't Run!


パーシー・フェイス
Music of Brazil!/Shangri-La!
Music of Brazil!/Shangri-La!

ベンチャーズ・ジャパニーズ・シングル・コレクション
ベンチャーズ・ジャパニーズ・シングル・コレクション


マーティン・デニー
Quiet Village: The Exotic Sounds of Martin Denny
Quiet Village: The Exotic Sounds of Martin Denny



by songsf4s | 2010-05-06 23:54 | Guitar Instro
ギター・オン・ギター ハーブ・エリス、ボビー・ウォマックほか

土曜は更新をした日にしてはやや少なめ、日曜は目立って少なくなり、やはり連休、お出かけのお客さんも多いようです。

わたしはといえば、連休らしいことはなにもなく、野暮用が少々あるだけなので、お出かけにならないお客さんのために、できるだけ頻繁に更新しようと思っていたにもかかわらず、昨日は睡魔に襲われて、なにか書くどころではなく、そのうえ、スクリーン・キャプチャーを加工するときに、前の『花と怒涛』の設定のまま変更し忘れ、まずい位置で写真をトリミングしたことに気づかず、元ファイルを削除するというミスまでやって、ついに更新できませんでした。

早寝早起きで、5時に目が覚めたときはちょっと肌寒く、カーディガンを羽織ったのです。そのままPCに向かって作業をしていて、気づいたら汗ばんでいました。午後は初夏の気温になるのかもしれません。

このテキストは、つぎの鈴木清順=木村威夫映画の記事として書きはじめたのですが、例によって枕が長くなったので、独立させ、しかも、夜まで待たずにアップすることにしました。昨夜の早寝の埋め合わせです。余裕があれば、一日二回更新というのをやってみようと思います。

◆ ボビー・ウォマックのギター ◆◆
わたしは4ビートは聴かない人間ですが、それは管楽器やピアノの話、ギターだけはそれなりに聴いています。もちろん、ギター・インストとして聴いているのですけれどね。

ギターをリード楽器に使っているものは、世間的なジャンルとは無関係に、すべて「ギター・インスト」というのがわたしの姿勢です。ヴェンチャーズとバーニー・ケッセルは同じジャンルの音楽です。

ただ、4ビートのギター・インストに共通する不満があります。リズム・ギターの欠如です。「ギターをリード楽器にした音楽」がギター・インストである、という定義をしましたが、ほんとうは「ギターを主役とした音楽」というべきであり、その定義ならば、コードを弾く楽器もピアノではダメです。ギター・コードが狭義の「ギター・インスト」の重要なイングリージェントだからです。

Gabor SzaboのアルバムHigh Contrastの最大の魅力は、いうまでもなくジム・ケルトナーのすばらしいドラミングですが、もうひとつ見逃せないのは、ボビー・ウォマックのリズム・ギターです。サボーのリード・ギターは退屈ですが、ウォマックのカッティング、ストローク、オブリガートはじつに味があります。ウォマックの歌はあまり興味ありませんが、ギターはしばしば「面白いなあ」と感じ入ってしまいます。

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High Contrastから一曲いってみましょうか。

サンプル Gabor Szabo with Bobby Womack "Breezin'"

Gabor Szabo (g, el-g); Bobby Womack (rhythm g); Phil Upchurch (el-b); Jim Keltner (d); Felix (Flaco) Falcon (cga); "The Shadow" (Tommy LiPuma) (tamb, gourd); with strings arranged by Rene Hall.

この曲については、すでに詳述しているので、そちらをご覧あれ。

いま、ギターに意識を集中して聴いていたら、すごいドラム・フィルがあり、だれだよ、このドラム、メチャクチャうまいじゃん、なんて馬鹿なことを思ってしまいました。アホか、ジム・ケルトナーを聴くために手に入れたアルバムじゃないか、でした!

ボビー・ウォマックのギターをもう一曲いってみましょう。これまた、過去に取り上げたにもかかわらず、そのときはサンプルをつけなかったFly Me to the Moonです。

サンプル Bobby Womack "Fly Me to the Moon"

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Fly Me to the Moonなんか聴きたくもない、という方も多いでしょうが、このヴァージョンだけは別格です。管のアレンジは好みではありませんが、ギターとオルガンはじつにけっこうなプレイですし、弦もところどころに好ましいラインがあります。

ステレオのほうがいいだろうと、サンプルにはアルバム・ヴァージョンをアップしたのですが、いま、ライノのモノ・シングル・エディットを聴いていて、こっちのほうがいいなあ、と思いました。ほかに二種類あるので、全部比較検討して、あとでファイルを差し替えるかもしれません。

◆ ギター・サウンドの魅力 ◆◆
今日、なにを書こうとしていたかといえば、Gabor Szaboでもなければ、ボビー・ウォマックでもなく、このところよく聴いているアルバムのことです。

サンプル Herb Ellis & Remo Palmier "Triste"

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Herb Ellis & Remo Palmier "Windflower"

リードがギターというだけでは不十分、コードもギターで入れないとダメ、というのは、このアルバムの話だったのです。これはもう聴いた瞬間、気持のいいサウンドだ! と思いましたが、その主たる理由はギター・デュオだということです。どういうプレイをしているかは問題ではなく、ギター・オン・ギター・サウンドが好きなのです。こういう気持のよさは、ピアノには実現できません。ギターならではのコード・サウンドなのです。

ギター・インストで育った人間としては、4ビートのギター・アルバムの多くが安易にピアノを入れてコードを弾かせるのが気に入らず、どうしてギターだけのサウンドをつくらないのだと思います。ギターともっとも相性がいい楽器はギターです。そんなこと、当たり前の話で、ミュージシャンともあろうものが、そんなことすらわからないのか、と腹が立ちます。ごく稀にギター・デュオのアルバムがあり(いま思いだしたが、ハーブ・エリスはジョー・パスともデュオ・アルバムをつくっている)、そういうのを聴くと、やっぱりギター・インストはこうでなくちゃな、ギター・アルバムにピアノ・コードは邪道だ、と思います。

同じアルバムからもう一曲。

サンプル Herb Ellis & Remo Palmier "Close Your Eyes"

どっちのギターがだれ、なんてことはまったくわかりません。いや、よく知っているビリー・ストレンジ&トミー・テデスコのギター・デュオだって、どちらがどちらなのか(ビリー御大ご本人まで含めて)わからないのだから、考えてみてもはじまりません。ギター・デュオのサウンドの心地よい手ざわりを楽しめばいいだけです。

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左からチャーリー・バード、ハーブ・エリス、バーニー・ケッセル



by songsf4s | 2010-05-03 13:36 | Guitar Instro
トミー・テデスコのThe Guitars of Tom Tedesco

馬齢を重ね、背中に鱗やらコケやらが生えはじめるようになっても、毎年毎年、へえ、そういうものがあったのか、といってしまうもので、先日もまた、こんなにいいものがあったとはねえ、と溜息をつく盤がありました。トミー・テデスコの"The Guitars of Tom Tedesco"というLPです。

以前、トミー・テデスコのディスコグラフィーを見たときに、まだ聴いていない盤が数枚あることに気づいたのですが、すぐに忘れてしまう人間なので、そのことを思いだしたのは、現物を聴いてからでした。

オオノさんのブログ、「YxxTxxxを聴く」に、3回にわたって数曲のサンプルがアップされていますので、ギター好きの方はぜひご一聴あれ。
by songsf4s | 2009-09-11 01:41 | Guitar Instro
Stranger in Paradise by Johnny Smith
タイトル
Stranger in Paradise
アーティスト
Johnny Smith
ライター
Robert Wright, George Forrest(原曲はAlexander Borodin)
収録アルバム
The Complete Roost: Johnny Smith Small Group Sessions 1952-1964
リリース年
不詳
他のヴァージョン
The Ventures (as "Ten Seconds to Heaven"), Edmund Ros, Hugo Montenegro, Percy Faith, Stanley Black, Frank DeVol & His Orchestra, the Fantastic Strings Orchestra, Martin Denny, Arthur Lyman, the Tymes, the Four Aces, the Supremes, OST ("Kismet"), Wes Montgomery, George Shearing & the Montgomery Brothers
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久しぶりに、「ふつうの」更新などやってみようかと思います。この記事を書こうと思った動機は、ひとえに、畏友オオノさんのブログ「Yxx Txxxを聴こう」(右側にリンクあり)で、「だったん人の踊り / Stranger in Paradise」という記事を読み、カラヤンとベルリン・フィルによる原曲「だったん人の踊り」を聴いたことに尽きます。まずはともあれ、この曲を思い出せてくださった「隊長」に敬礼!

◆ ヴェンチャーズ ◆◆
f0147840_21355897.jpgわたしがこの曲を知ったのは、小学校六年、熱烈なヴェンチャーズ・ファンだった時期に、Ten Seconds to Heaven(邦題「パラダイス・ア・ゴーゴー」)としてでした。このヴァージョンはいま聴いてもすごく魅力的で、ヴェンチャーズの全カタログのなかで、ベスト・テンに入れます。いまではもうなくしてしまいましたが、EPに収録されていたという記憶があります。アメリカではシングルのみだったのか、アルバムに収録された記録がうちにはありません。

ヴェンチャーズ盤Stranger in Paradiseのどこが魅力的か。インストなので、まずは、トレモロ、リヴァーブ、さらには、もうひとつなにかを重ねたような、リードギターのキラキラした音色です。シャドウズを聴いていても思いますが、ギター・インスト・バンドは、なんといってもまず、ギターのサウンドです。

この時期になると、わたしにはヴェンチャーズのプレイヤーが推測できなくなります。ベースはだれなんでしょうか。ラインの作り方、グルーヴ、ともにそこそこ好みです。アレンジに目を向けると、後半の転調がなかなか効果的。ドラムはメルでしょうかね。とくによくもないけれど、無難にやっています。

◆ ジョニー・スミス ◆◆
f0147840_2136453.jpgジミーではないのでお間違いなきよう。ジョニー・スミスはギタリストです。って、わが家に彼の盤はありません。一度聴いてみたいと思っていたのですが、最近、ウェブで遭遇し、けっこういいじゃん、と思ったのであります。そういうものなので、看板に立てるのは具合が悪いのですが、ヴェンチャーズでは(わたしにとっては)当たり前すぎてつまらない、ではだれだ、と考えると、このジョニー・スミス盤になってしまったのです。録音、リリース・デイトは不明。ポップ系ならともかく、ジャズ系の録音年代測定は、わたしはやりません。でも、モノだということは五〇年代を指し示しています。

盤がないから、すべてが謎で、メンバーもわかりませんが、ドラムとベースのグルーヴは悪くありません。ジャズにしてはいい部類でしょう。

◆ エキゾティカ ◆◆
多忙で調べものをする時間がなく、なにもわからないまま書くことになり、申し訳ありません。オオノさんは、この曲がクラシック「だったん人の踊り」からStranger in Paradiseに化けたのは、ミュージカル『キスメット』のテーマになったときからだろうと書いていらっしゃいます。映画のシーンを見、歌詞を聴くと、そのとおりなのだろう、と思えてきます。ミュージカルだから、歌詞が台詞類似のものになっているわけで、それがシーンに合っているのです。

この曲がポップ・ソングとして人気を得たのは、メロディー・ラインのもつエキゾティズムのおかげでしょう。当然、ラウンジ系の録音がたくさんあります。どれがどうと、着順を決められるほど聴き込んでいないので、順不同というか、プレイヤーにドラッグした順に見ていきます。

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当家では何度か取り上げたバンド・リーダー、エドムンド・ロスは、いきなり銅鑼をかますという「オーセンティックな」エキゾティカ処理をしていて、ゲテが好きなわたしは思わず嬉しくなってしまいます。しかし、ゲテは銅鑼のみ、あとは総じてオーソドクスなラテン風味のラウンジです。悪くはありませんが、もうひと味ほしいところです。

アーサー・ライマンはスロウなレンディションです。どうでしょうねえ。これはこれでいいのかもしれませんが、わたしはもうすこしテンポが速いほうが好きです。

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マーティン・デニーは、霧笛をイメージしたような、おそらくはサックスのうなりではじまります。テンポはアーサー・ライマンと似たようなものですが、こちらにはバード・コールがあるので、ニコニコしてしまいます。

◆ 日本産エキゾティカ? ◆◆
これもまったく正体を知らないのですが、ファンタスティック・ストリングス・オーケストラという名義のStranger in Paradiseが検索で引っかかりました。某ブログによると(ここ以外にこのオーケストラに言及しているところはない)、72年にリリースされた日本製エキゾティカだそうです。へえ、そういうのがあったんですねえ。

こんな時期に、日本でエキゾティカをやってみようと考えた方は、ちょっとした先駆者で、日本ビクターの担当ディレクター氏のお名前を知りたいところです。面白い話があるのではないでしょうか。お客さんのなかに、このShadow of Your SmileというLPをお持ちの方がいらしたら、ちょいとジャケットをひっくり返して、録音データなどをご教示いただけないでしょうか? お待ちしていますよ。

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フェンダーベースのグルーヴもけっこうですし、ドラムもまずまず、しかし面白いのは、一部にエレクトリックな処理が忍び込んでいることで、やがて細野晴臣がエキゾティカからテクノへとたどった道筋を予見しているかのごとくです。ノコギリ(ミュージカル・ソーといわなきゃいかんのでしたっけ)かはたまたテレミンかという、「お化け」サウンドが、エキゾティカというより、コミカルな味になっているところがやや珍で、エキゾティカとしては訛っていると感じますが、リギッドにオーセンティシティーを要求する分野ではなく、もともと雑食性なのだから、これはこれで独自のエキゾティカといっていいでしょう。

きっと中古屋では安いでしょうから、みなさん、発掘に精を出してみましょう。って、こういうことを書くから値段がつりあがるのか。

◆ ラウンジ系 ◆◆
エキゾティカ群にくらべると、ハリウッドのアレンジャー、オーケストラ・リーダーである(そして、たしか映画音楽もやっていたと思う)フランク・ディヴォールになると、ぐっと上品になります。ハリウッドというところは、こういう音楽をつくらせると天下無敵です。インフラストラクチャーが音楽をつくるのです。いや、具体的にはやはり録音がよくて、しかも金をかけているから、弦にスケール感があり、立体的な音像になっているところが賞味のしどころでしょう。

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立体的ということでは、パーシー・フェイスのほうが上かもしれません。Stranger in Paradiseは、ちょっとマントヴァーニが混入して、フォルテシモ過多ですが、例によってフレンチホルンの使い方なんぞは、なかなかオツです。

英国ラウンジ界の重鎮、スタンリー・ブラックのStranger in Paradiseは、当家では何度か取り上げたアルバム、Tropical Moonlightに収録で、上品なラテン・ピアノ。わたしはけっこう好きです。良くも悪くも、ニオイが強くなく、無色透明なところがいいのです。

◆ ジョージ・シアリング、ウェス・モンゴメリー ◆◆
仕事の中断は一時間と決めたそのリミットが迫っているので、急ぎに急ぎます。ウェス・モンゴメリーは2種類、アルバムFingerpickin'収録のものと、ジョージ・シアリングとモンゴメリー兄弟の共演盤のものです。やはり前者のほうが楽しめます。初期のものなので、オクターヴ奏法がないおかげで、そういってはなんですが、ギターインストらしい魅力があるのです。

晩年のウェスのサウンドの純化は、じつにもって呆れけえるほどすげえものだ、と感心しますが、神棚に祀ってそれでおしまい。ふだん楽しむのだったら、オクターヴはあまり使わない初期のノーマルなプレイのほうがずっとマシ。オクターヴ奏法は、「うまい」と感心するだけで、面白いとか楽しいとか、そういうもんじゃありません。アクロバットと音楽とどちらが好きか、といわれたら、わたしの場合、サーカスは遠慮します。

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ジョージ・シアリングはそれほど得手ではありません。グルーヴがトロいなあ、と思ったのですが、1961年、しかもジャズだから、まあ、やむをえません。ジャンルで差別はしない平等主義を貫くなら、この程度では「グルーヴ」とかなんとかいうのは十年早い。ロイ・ナップ・パーカッション・スクールにでもいって、基礎から勉強でしょう。

◆ 歌もの ◆◆
フォー・エイシーズはかのLove Is A Many-Splendored Thingのグループなので、何匹目かのドジョウ狙いのアレンジです。いつもいつもあのド派手アレンジばかりとはいかないと思うのですがねえ。まあ、ちょっと笑えるので、座布団は取り上げずにおきます。

どちらかというと、わたしにはタイムズ・ヴァージョンのほうが好ましく思えます。主としてリードヴォーカルの声の問題なのですが。

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トニー・ベネットも悪くはありません。バックグラウンド・コーラスのアレンジおよびサウンド、いや、録音、音像というべきか、そのへんもなかなか好みです。

スプリームズは、うーん、ま、いらないでしょう。もともと好きではないのですが、ダイアナ・ロスの声は、最近、うちではエンガチョです。

以上、ものすごい駆け足、調べものもいっさい省いてしまい、相済みません。カラヤンとベルリン・フィルもちょっとしたものなので、ぜひ、オオノ隊長のブログにいらっしゃり、試聴なさるよう、お勧めします。
by songsf4s | 2009-02-06 22:07 | Guitar Instro
Breezin' by Gabor Szabo
タイトル
Breezin'
アーティスト
Gabor Szabo
ライター
Bobby Womack
収録アルバム
High Contrast
リリース年
1971年
他のヴァージョン
Geoge Benson
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「おれは、古いんで損したのは清盛の溲瓶と、そいから岩見重太郎のわらじだけだ」――古今亭志ん生「火焔太鼓」

ぎっくり腰にかかると、ひどいときにはその場に釘付けにされたようになって、それっきり動けなくなるという話をきいたことがあります。ぎっくり腰ではありませんが、十日ほど前、わたしも、「それっきり動けない」というのを経験しました。

幸い、寝転がって読書をしている最中にきた発作だったので、寝るのに困る場所ではありませんでしたが、ものすごい眩暈に襲われたときには、ただ、うわ、やばい、今度こそ、はい、それまでヨか、と思いました。

しかし、即死もせず、気も失わず、ただ悪寒、悪心、異常発汗、心悸亢進、過呼吸といったいつもの症状と闘うだけの発作とわかると、枕から頭を一センチ持ち上げることすらできない完全無力状態に意識がいき、こう思ったのです。

「このまま動けないと清盛の溲瓶だ」

f0147840_23535478.jpgいや、ふつう、ただ溲瓶〔しびん〕といえばいいわけで、「清盛」は不要です。それがただの溲瓶ではなく、「清盛の溲瓶」になってしまうのだから、いかにしつこく「火焔太鼓」を聴いたか知れようというものです。まあ、『平家物語』に出てくる清盛の死に様がひどいことも頭の片隅にあるわけですがね。志ん生が「清盛の溲瓶」というくすぐりを考えたときにも、『平家物語』が頭にあったのでしょう。

結局、その場で即死することもなく、数時間、寝たり醒めたりしてじっと耐えているうちに、しだいに頭を持ち上げることぐらいはできるようになり、溲瓶のお世話になることもなく(そもそも、そんなものははなからないので、たとえ必要になっても、どうにもならなかったのだが)、五時間後には、這ってトイレにたどり着きました。

で、もうすっかり健康かというと、そのへんはあやふやです。十日ほど前に、再度発作があるまでは、順調に快方に向かっていると思っていたわけで、今回も、だいぶよくなったと思った瞬間、また「その場に釘付け」にしてかつ「清盛の溲瓶」にならないという保証はありません。じっさい、百パーセントの健康体という自覚はまったくなく、どちらかというと、いまだ療養中の身と思って毎日を過ごしています。

でもまあ、音楽を聴いたり、タイプをしたりといったことも、長時間でなければできるようになったので、そろそろ、ゆっくりとブログも復活させようと思います。寝込んでいるあいだは、ログインもせず、ただときおり開いて、ぐあいの悪いコメントが書き込まれていないかチェックしていただけですが、数日前、久しぶりにログインして、アクセス数を見たら、毎日更新していたときとあまり変わらぬ数字でした。こういうのを見ると、早く再開しなければと焦るので、ログインしなかったのですけれどね。ともあれ、亭主留守中も訪問してくださったお客様方に厚く御礼申し上げます。

◆ ケルトナー、ウォマックの非ジャズ的ガッツ ◆◆
強烈な発作に襲われた日に取り上げようと思って、資料を読んで準備していた曲には錯雑した背景があるので、それは棚上げにして、今日は楽な曲、例によって「いまよく聴いている曲」を、ということで、ガーボウア・サボーのBreezin'を軽くやって、早々に退散しようと思います。

例によって、わたしはサボーのギターには関心がなく、前回のBacchanal同様、ジム・ケルトナーのドラミングを聴いているだけです。いや、ケルトナーのドラミングだけにかぎれば、ほかの曲のほうがいいのですが(たとえばAmazonやFingersやJust a Little Communication)、Breezin'は、ジョージ・ベンソンのカヴァーで人口に膾炙しているし、夏向きでもあるような気がするので、これを看板にしました。

そもそも、当家のサボー=ケルトナー・シリーズは、Bacchanalでのケルトナーのドラミングがすさまじいので、ほかのサボーの盤でのプレイはどうなっているのだ、という好奇心からはじまったことです。Bacchanalのつぎにケルトナーが参加したサボーのアルバム、1969はまったくの期待はずれ、ケルトナーはぜんぜん活躍していませんでした。

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そして、本日取り上げる1971年のアルバム、High Contrastは、Bacchanalと1969の中間ぐらいの感じです。Bacchanalほど派手には叩いていませんが、この時期のケルトナーのポップ/ロック系セッション、たとえばニルソン(Without You)やジョン・レノン(Imagine)のときほど、スパルタ的地味地味プレイの極北でもなく、ほどほどに活躍していて、なかなか楽しめます。

High Contrastというアルバムのもうひとつの魅力は、Breezin'をはじめ、楽曲の提供もしているボビー・ウォマックのセカンド・ギターです。Fly Me to the Moon その1 by Bobby Womackのときにもチラッとふれたように、ボビー・ウォマックという人は、ギター・プレイもなかなか魅力的で、興味深い歌伴をすると思っていましたが、ギター・インストという文脈でも面白いバッキングをしていて、いささか感銘を受けました。

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これでリードが面白ければいうことがないのですが、そこはよくしたもので、この盤でもサボーのプレイは、ガッツもなければ、目覚ましいパッセージの一小節もなく、退屈の極みです(そもそもギブソンJ-160Eをアンプに通さないでほしい。わたしはこのギターを持っているが、1ピックアップで、しかも、サウンド・ホールのネック側の脇に取り付けられているため、アンプに通してもつまらない音色にしかならない。ジョン・レノンがそうしたように、アコースティックとしてコード・ストロークに使うべきギターである)。危うくヘナチョコ根性なしフュージョンに堕すところを、ウォマックとケルトナーのガッツあふれるプレイが救っています。だいたい、この手のふやけたジャズ系ギターインストは大嫌いなので(ストレートなジャズは嫌いではないが、ロックに色目を使ったものにロクな代物はない)、ケルトナーじゃなければ、はじめから聴いたりしません。

◆ すまじきは宮仕え哉 ◆◆
ハル・ブレインも好きだし、好調のときにかぎれば、ジム・ゴードンはそれ以上にすごいと思いますが、ジム・ケルトナーというのはなんとも不思議な人です。いや、もちろん上手いことは間違いありません。手はそこそこ動くけれど、フィルインで走る、突っ込むのタイムおそ松くんジョン・グェラン・タイプでもなく、きわめて正確なプレイをします。

じゃあ、どこが不思議かというと、「叩かない」ことです。すくなくとも70年代中盤までのジム・ケルトナーは、無茶苦茶に正確なタイムに裏打ちされた端正なグルーヴを提供するだけで、ハル・ブレインやジム・ゴードンのような、派手なフィルインはめったに叩かなかったのです。ジョン・レノンの盤における彼のプレイはその典型です。

もちろん、プロフェッショナルは仕事の種類に応じてスタイルを使い分けますが、ジム・ケルトナーは極端な地味好みでした。ほぼ同じ時期にスタートしたジム・ゴードンのすごさには、デレク&ザ・ドミノーズの段階で気づいているのに、ジム・ケルトナーのプレイですさまじいと感じたのは、ゴードンより遅れること十年、ライ・クーダーのBorderlineでのことです。鷹がいかに巧妙に爪を隠していたかわかろうというものです。

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70年代終盤にいたって、なにか心境の変化が起こり、羊の皮をかなぐり捨て、狼の本性を顕すことにした結果が、Borderlineにおける超絶プレイの連発かと思っていましたが、68年のBacchanalを聴いて、ジャズ系のときは叩きまくっていたことがわかりました。

そして、その3年後、ジョン・レノンやニルソンのヒット曲でプレイし、第一線のポップ/ロック系ドラマーとして活躍しはじめた年に、ジャズ系では、というか、ストイックに叩かなければならない歌伴とはちがう、インストではどのようなプレイをしていたかというのが、このHigh Contrastの興味の焦点でした。じっさいに聴いて、やはり「文脈しだい」なのだということがよくわかりました。そうしてかまわなければ、あるいは、そうするほうが適切ならば、やっぱり派手に叩いているのです。

それにしても、すまじきは宮仕え、歌伴になると、みんなストイックになるんだなあ、と思わざるをえません。ケルトナーは地味の極北ですが、それをいうなら、ジム・ゴードンだって、ニルソン(Everybody's Talkin')やグレン・キャンベル(By the Time I Get to PhoenixおよびWichita Lineman)やマリア・マルダー(Midnight at the Oasis。すごいプレイだと思うが、そう思うようになったのは四十をすぎてからのことで、ヒットしていたときにはなんとも思わなかった)のときなんか、無茶苦茶に地味です。

ハル・ブレインだって、シナトラが歌っているときに、派手なフィルインなんか入れませんからねえ。宮仕え、歌伴というのは、そういうものなのです。まあ、Strangers in the Nightのときのハルなんか、ほとんどなにもせず、ひたすら隠忍自重、耐えがたきを耐えるのですが、最後に、健さんと池部良よろしく、ほんのささやかな隙を衝いたフィルインで、ハル・ブレインここにあり、とデカデカと署名したあたり(ブライアン・ウィルソンのCaroline Noのフェイドアウト直前でも、やはり、一瞬のフィルインで「署名」をしている)、やはり、ゴードン、ケルトナーの二人のジムとは、器がひとまわりちがうと感じますが、まあ、ハルは例外、宇宙人ですからね。

◆ Two to Tango ◆◆
以前にも書きましたが、ジム・ケルトナーほど数多くのダブル・ドラムをやったプレイヤーをわたしは知りません。ジム・ゴードンと組んだジョー・コッカーのMad Dogs and Englishmenツアーをはじめ、キース・ムーン、チャーリー・ワッツ、アントン・フィグ(これは最低だったが!)、そしてリンゴ・スターなど、すぐに思いつくだけでも、じつにさまざまなプレイヤーと、さまざまなシテュエーションでダブル・ドラムを組んでいます。

今日、たまたま、リリース以来数十年ぶりに、Concert for Bangladeshを見たのですが、このときのリンゴとのダブル・ドラムは、なかなか楽しめました。ダブル・ドラムというのは不思議なもので、上手いプレイヤーが二人そろえばそれでオーケイとはいきません。ジャン&ディーンのいくつかのトラックにおけるアール・パーマーとハル・ブレインにしても、ジョー・コッカーのときのジム・ゴードンとジム・ケルトナーにしても、文句のない組み合わせのはずなのですが、どうもしっくりこなくて、それぞれ、単独で聴いたほうが面白いと感じます。

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たとえば、グレイトフル・デッドのビル・クルツマンとミッキー・ハートが典型ですが、二人のドラマーのタイムが大きく異なり、そのズレが気になってしかたないことがあります。デッドの場合、片方が正確、片方がすこしearlyなのですが、ジム・ゴードンとジム・ケルトナーのように、どちらも非常に正確なのに、やはりズレが気になる場合があるのだから、わけがわかりません。

Concert for Bangladeshのジム・ケルトナーとリンゴ・スターの場合、リンゴはややearlyで、すこしズレるはずだという先入観があるのですが、意外にもしっくりとおさまっています。タイムのズレが小さいからなのでしょうが、それよりも、もっと微妙なところで、両者の呼吸が合っているせいではないかという気もします。

それから、ケルトナーにもリンゴにも関係がないのですが、久しぶりに聴いて、ほほう、と感じたことがあります。「ハリウッド・ホーン」という臨時の名をあたえられたホーン・セクションが、なんとも気持ちのいい分厚い音を出していることです。Somethingなんか、むむうと唸りますぜ。ジョージが一瞬、笑いそうになっているのは、ホーンが予想外の厚みで攻めてきたので、ギョッとしたのだと思います。

ジョージ・ハリソンはメンバー紹介で、the Hollywood Horn led by Jim Hornというだけで、ほかのメンバーにふれていませんが、じつは、ジム・ホーンがいちばんペエペエで、残りの人たちのほうが大物ぞろいなのです。トランペットは大エースのオリー・ミッチェル、トロンボーンとテナーは、ともにウェスト・コースト・ジャズ時代からの生き残り(このあともさらにずーっと生き残って活躍する)であるルー・マクリアリーとジャッキー・ケルソーですからね。文字通り、ハリウッドのスタジオではお馴染みのレギュラーたちなのです(それがなんだって、NYのマジソン・スクエア・ガーデンくんだりまで出張っていったのか、そこはよくわからないのだが!)。

話をケルトナーに戻します。そもそもダブル・ドラムというのは面白いものではなく、どんなドラマーも単独で聴いたほうが味わいがあります。しかし、しいて好ましいダブル・ドラムをあげるなら、ジム・ケルトナーとミルト・ホランドのコンビではないでしょうか。

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ライ・クーダーのアルバムで、ケルトナーと組むとき、ホランドはほとんどつねにティンバレスをプレイし、トラップに坐ることはありません。でも、二人のドラマーの組み合わせ、ということを考えたとき、まっさきに思い浮かべるのはこのコンビです。タイムのズレに悩まされずに二人のドラマーのコンビネーションが聴いてみたいという方は、ライのParadise and Lunchをお試しあれ。

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いまだ体力不十分で、明日も状態がいいと予想するわけにはいかないのですが、目下のところは、最低でも二日にいっぺんぐらいの割合で更新をしようと考えています。映画TV音楽に復帰するにはもう数日かかりそうに思えるので、あと2、3曲、今日のように、なにも資料を読む必要がなく、フリーハンドで書けるものを取り上げることになるでしょう。
by songsf4s | 2008-08-20 23:57 | Guitar Instro
Out of Limits by the Marketts
タイトル
Out of Limits
アーティスト
The Marketts
ライター
Michael Z. Gordon
収録アルバム
Out of Limits
リリース年
1963年
他のヴァージョン
The Ventures, the Challengers, the Pyramids
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本日の曲、Out of Limitsついては、すでにTwilight Zoneの記事で簡単にふれています。ということはつまり、その時点ではこの曲を改めて取り上げるつもりはなかったのです。しかし、よくよく考えると、この曲にある程度の重要性があることは認めざるをえず、明日の記事への「経過音」として、取り上げておくべきだという気がしてきました。したがって、今日の記事は、Twilight Zoneの記事とやや重なることをあらかじめお断りしておきます。

◆ まぎらわしい出自 ◆◆
最初に聴いたこの曲のヴァージョンは、ヴェンチャーズ盤、それもThe Ventures in Space収録のスタジオ録音ではなく、Ventures in Japan Vol.2(定冠詞が抜けているのはわたしの責任ではない。盤にそう書いてあるのだ!)収録のライヴ録音です。そのあとでIn Space収録のスタジオ盤を聴き、ずっと後年、マーケッツのオリジナルを手に入れる、という順序でした。

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Ventures in Japan Vol.2 CDでは「イン・ジャパン」は1枚に統合されてしまったので、このジャケット・デザインも打ち捨てられた。ついでに、再生速度もノーマルに戻したほうがよかったのではないか?

この順序になにか意味があるわけではありません。意味があるのは、1965年に聴いた、ということです。このとき、なにを思ったかというと、1)曲はTwilight Zone(邦題「ミステリー・ゾーン」)のテーマに似ている、2)タイトルはドラマの「アウター・リミッツ」に似ている、3)ドラマの「ミステリー・ゾーン」と「アウター・リミッツ」はよく似ている、4)こうしたもろもろの近縁関係はどういうことなのだ? たんなる偶然なのか、それとも意味があるのか? といったことでした。

Twilight Zoneのときに書きましたが、ドラマのほうは、「アウター・リミッツ」のほうが後発で、1965年にはまだ放送中だったと思います。同じファンタスティックな話柄のドラマ・シリーズですが、「アウター・リミッツ」のほうがSF寄りで、しかも、下品というか、直截でした。いまでも覚えているエピソードに、宇宙からやってきた岩石型の生物が人を襲うというものがありましたが、こういうのが典型的な「アウター・リミッツ」的話柄で、ファンタシー寄りの「ミステリー・ゾーン」は取り上げないタイプのものです。

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いや、そんなことはどうでもいいのです。小学生のわたしは、Out of Limitsという曲が、Twilight Zoneのテーマのリフを利用しているのに、Twilight Zoneというタイトルではなく、Out of Limitsというタイトルになっているのが、なんともまぎらわしく、どうなっているのだろうかと、すごく気になりました。

◆ 商機ここにあり ◆◆
いまにして思えば、マーケッツのベンチ、すなわちジョー・サラシーノの思惑は、まさにそこにあったのだろうと思います。Twilight Zoneのテーマはだれでも知っているが、首尾一貫した「楽曲」とはいえず、シングル・カットのしようがなかった、Outer Limitsは、ドラマはヒットしているのに、テーマはほとんどアヴァンギャルドで、メロディーらしいメロディーもなく、だれにも覚えられない……ここに掘るべき金脈があるではないか、というわけです。

結果として、Twilight Zoneに似た曲と、Outer Limitsというタイトルをそのままいただいた、だれもが、なんとなく、ふたつの大ヒット・ドラマの「両方の」テーマと誤認識するのを妨げる意図をまったく持たないシングルができあがったのでしょう。つまり、誤認識大歓迎、まちがえて買ってね、勘違いして聴いてね、という無茶苦茶な企画なのです。

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左からOut of Limitsの作曲者マイク・ゴードン、ハル・ブレイン、そして、プロデューサーのジョー・サラシーノ

Outer Limitsを放送していたABCから訴訟も辞さずと威されたとかで、Outer Limitsというタイトルは、Out of Limitsに変更せざるをえなくなりましたが(Ventures in Japan Vol.2では、MCはThe Outer Limitsとまちがったタイトルで紹介している)、サラシーノとしては、それくらいは想定の範囲内だったのでしょう。どうであれ、ビルボード3位にまでのぼる大ヒットになったのだから、タイトル変更はなんの害も及ぼさなかったにちがいありません。

ジョー・サラシーノは、いわば「便乗の帝王」です。ニッチを見つけ、金のにおいを嗅ぎわける鼻のよさは、じつにもって天晴れ、見上げたものだよカエルのなんとかです。ふたつのよく似たヒット・ドラマのテーマ曲が、どちらも親しみにくく、ヒットを金に結びつけるのに失敗している、この二つの「両方に同時に」便乗してやれ、なんて、ふつうは思いつきませんよ。ここまでくれば、便乗も芸術、いや、そこまでいかなくても、「技」といっていいでしょう。

◆ 各ヴァージョン ◆◆
ジョー・サラシーノの商売のうまさについては、つぎに予定している曲にも関係があるので、今日はそちらには踏み込まずにおきます。

オリジナルのマーケッツ盤のドラムはもちろんハル・ブレイン、リードギターはおそらくトミー・テデスコでしょう。トミーは譜面どおりに弾いただけで、どうというプレイではありませんが、ハルは派手に叩いています。でも、マーケッツ盤Out of Limitsのもっとも魅力的なところはフレンチ・ホルンだと感じます。

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チャレンジャーズ盤Out of Limitsも、ドラムはハル・ブレインですが、アレンジにとりたてて工夫がなく、あまり面白いカヴァーではありません。

Penetrationで知られるピラミッズのヴァージョンは、意外に悪くない出来です。かなりパンクなバンドで、タイムなんかクソ食らえという、ひどい出来のトラックがたくさんあるのですが、Out of Limitsは、そこそこまとまっているのです。ドラムがばたつかないのがじつにもって意外千万。キックがやや遅れ気味ですが、けっして突っ込まないのは賞美に値します。

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ヴェンチャーズは、例のE-G-Ab-Gというリフをやっている楽器(オンディオリン?)のトーンが面白く、そこがいちばん印象に残ります。ライヴ・ヴァージョンについては、とくにいうべきことはありません。

Out of Limitsは、Twilight Zoneのテーマでもなければ、Outer Limitsのテーマでもなく、どんなテレビドラマのテーマでもありませんでしたが、つぎは、ジョー・サラシーノがこんどはまちがいなくあるドラマのテーマ曲で成功する話へと進む予定です。

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こちらは、ドミニク・フロンティアによるホンモノのThe Outer LimitsのOST。まちがってもヒットしたりはしないが、これはこれでなかなか興味深い音楽である。音楽のほうはややハイブロウで、ジャケットとマッチしていないといいたくなるが、ドラマのほうはこういう感じだったのだからやむをえない。

by songsf4s | 2008-08-06 23:58 | Guitar Instro
Bacchanal by Gabor Szabo
タイトル
Bacchanal
アーティスト
Gabor Szabo
ライター
Gabor Szabo
収録アルバム
Bacchanal
リリース年
1968年
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本題に入る前に、名前の発音を調べた結果を書いておきます。Gabor Szaboは、カタカナにすると「ガーボウア・サボ」あたりが適切のようです。『固有名詞英語発音辞典』は、英語での発音を主としていますが、しばしば、その固有名詞が属する国が注記してあり、姓、名ともにハンガリー語という注記のある発音のところを見ました。

Szaboというスペルから考えて、Zの音は発音しないのではないかと思い、調べてみたところ、やはり、Zはないものとみなしてよいとわかりました。発音記号としては、最後にuの音がついているので、「サボウ」ないしは「サボー」も可です。アクセントは第一シラブルなので、単独の場合の「茶房」の音ではありません。「XYZ茶房」というように固有名詞と接続された場合のアクセントと同じです。

Gaborのほうは、べつの国の場合、「ガバー」その他の音もあるようですが、Gabor Szaboの場合、ハンガリー生まれだったと思うので、アメリカに渡ってから元の発音を捨てたのでないかぎり、「ガーボウア」でいいようです。ファースト・ネームもアクセントは第一シラブル。

◆ ジム・ケルトナーのべつの顔 ◆◆
最近、もっともビックリしたプレイは、そのガーボウア・サボの1968年のアルバム、Bacchanalに収録されていました(ちなみに、なんでも調べてみるもので、アルバム・タイトルのほうも見た目とはちがう発音だった。最後のaはないものとみなして「バカンル」と発音するのだそうな)。

といっても、サボのプレイに驚いたのではありません。ミドルティーンのころに、ジャズ・アルバムをかなり聴いたなかに、サボのものも一枚ありましたが、そのときも面白いとは感じず、数年前に買った、キャロル・ケイやジム・ゴードンがプレイした、Wind, Sky And Diamondsというアルバムも、なんだかなあ、でした。子どものときもダメ、年をとってからもダメ、ということは、縁のないプレイヤーだということです。

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だから縁を切ったかというと、それが左にあらず。わたしはドラム・クレイジーです。好きなドラマーを聴くためなら、指の運動会じみたクラプトンの無思慮無分別非知的頭脳未発育的ギターにだって耐えられるのだから、たんに「なにをしたいのかよくわからない」程度で、とくに不快というわけでもないサボのギターぐらい、いくらでも耐えられます。

このBacchanalというアルバムのドラマーはジム・ケルトナーです。Tattlerのときにも書きましたが、70年代前半までのジム・ケルトナーは、ストイックなプレイが多く、注目していませんでした。ケルトナーが派手なプレイをするようになるのは、70年代後半からなのだと考えていました。

しかし、このBacchanalを聴いて、認識を改めました。派手なプレイの連発なのです。つまり、ニルソンやジョン・レノンのセッションでは、猫をかぶっていたというか、プロフェッショナルの心構えとして、状況をよく考え、グッド・グルーヴを提供するだけにとどめていたのでしょう。

考えてみれば、いや、考えなくても、これは当然のことです。ライ・クーダーのアルバム、Borderlineでのとんでもないプレイは、一夜にして身につくようなもののはずがありません。元からもっていた技術を、コンテクストに応じて取り出してみせたにちがいないのです。そして、どのあたりからすでにその技術をもっていたかというと、68年にはすでに十分なレベルにあったことが、Bacchanalを聴けばわかるのです。

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◆ 電光石火のプレイ ◆◆
このアルバムの半分ぐらいは、ジム・ケルトナーのすぐれた技術と卓抜な独創性を十分に示すプレイになっているので、曲はほかのものを看板に立ててもよかったのですが、Bacchanalはタイトル・カットでもあり、ロックンロール・ソングのカヴァーではなく、サボのオリジナルであり、そして、ジプシーのルーツに忠実であろうとしたのか、オリエント的というか、エキゾティカ的というか、そういう風味のある曲だという点に鑑みて、これを看板にしました。

このトラックにおけるケルトナーのプレイも唸ります。それも一回や二回ではなく、繰り返し何度も、そして、ドラムが入ってきたその瞬間からずっと、最後の最後まで唸ります。クレジットがなくても、いや、いつも、下手くそ、タイムが悪い、とこきおろしている、ラス・カンケルやジョン・グェランのクレジットがあったとしても、悪かった、俺が耳なし抱一だったと、土下座して謝っちゃうくらい、圧倒的なプレイです。いや、もちろん、陽が西から昇ることはあっても、いつもタイムの悪いドラマーが、突然、こんなにいいタイムになることは、この宇宙の法則に反するので、ありえない仮定ですが。

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われながら狭い了見だった、と反省した点があります。Tattlerの記事で、ジム・ゴードンはアップテンポのときがすばらしいのに対し、ジム・ケルトナーはミディアムのときがよい、なんて書いてしまいましたが、Bacchanalはアップテンポでありながら、ケルトナーはすごいプレイをしているのです。

ちょっとほかに例をおもいつかないぐらい、Bacchanalでのジム・ケルトナーは、ロール連発のプレイをしているのですが、これがみなみごとなタイムで、じつにあざやかなものです。ドラム・クレイジーはこういうビートを聴いていれば、桃源郷にあるも同じです。

前半も十分に楽しいのですが、終盤の3:30をすぎたあたりからは、ドッヒャーとなります。ロールによるフィルインを連発したあとで、ドラムとパーカッションだけのパートに入りますが、このフィルインはうなります。しかし、ここは派手なところだから、ボケッと聴いていてもわかります。そのあとのやや地味なプレイのほうが、難度は高いのです。打楽器だけになってからの数小節はライドを使い、そこからハイハットとスネアのコンビネーション・プレイに移ります。まず、ハイハットのキレのよさに感心するのですが、よく聴くと、ウッソーというプレイをやっているのです。

右手はアクセントを大きく変化させながらハイハットをバシバシやります。音としてはこちらのほうが強くて、よく聞こえます。いっぽう、左手はスネアを叩いているのですが、ロールを入れているのです。いや、その間、ハイハットのプレイはとぎれずにつづいているのですよ。つまり、左手のみによるロールなのです!

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最後にトラップの向こうに坐ったのは数十年前のこと、ロールなんてこともそれっきりやったことがありませんでしたが、わたしはおっちょこちょいなので、いま、床を叩いてきました(仕事机にラディックの軽めのスティックを常備している。ホンモノの馬鹿だとわれながら思う)。両手なら、まだなんとか、ロールにきこえなくもないものを叩けますが、片手では無理でした。まったく問題外です。

何度か聴き直して、ハイハットへの手の戻しが電光石火で、両手でロールを叩いているのに、そう認識できないだけかもしれない、と考え直しました。でも、どちらかというと、片手でやったのだと感じます。いや、たとえ、両手でやったとしても、それならばそれで、ハイハットへの戻りが異様に素早くて、やっぱり超絶プレイです。

どうであれ、こんなにわけのわからないプレイを聴いたのは久しぶりです。最後にこういう解析不能プレイを聴いたのは……そう、やっぱり、ケルトナーのBorderlineでの仕事です。パズラーというか、リドラーというか、ジャグラーというか、ほんとうに困ったドラマーです!

◆ 「見得を切る」ということ ◆◆
このアルバム全体を通して、ケルトナーのタイム、グルーヴは非常に心地よく、これほどすぐれたドラム・アルバムは、そうはたくさんないと感じます。スネアのチューニングも重要ですが、やや高めのウルトラ・ドライ・サウンドで、その面でもまったく文句がありません。そういってはなんですが、このサウンドなら、だれが叩いてもうまく聞こえるかもしれない、といいたくなるほどです! 超一流のプレイヤーというのは、自分の楽器の鳴らし方を熟知しているものなのです。

Bacchanalのつぎに入っている、ドノヴァンのSunshine Supermanでも、ケルトナーは文句なしのプレイをしています。バックビートよし、高速フィルイン完璧です。どうしてこんなに派手に叩きまくっていた人が、一時期、ポップ・セッションでは、「フィルインをゼロに近づける実験中」とでもいうような、ストイックなんて段階は通りすぎて、スパルタ的とでもいうしかない、地味で地味で地味なプレイをするようになったのか、そのほうが謎に思えてきます。

ジム・ケルトナーがはじめてスタジオで叩いたのは、ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズのShe's Just My Styleのセッションでのことだったそうです。それまで、プレイボーイズのセッションでストゥールに坐っていたのは、もちろんハル・ブレインです。

手柄話のように聞こえるのを嫌ったのだと思いますが、なぜ、ゲーリー・ルイスのツアー・バンドに入ったばかりの若者がスタジオに入れたのか、その経緯については、ケルトナーはなにもいっていません。通常ならありえないことです。おそらく、だれか信用できる人間の強い推薦があったのでしょう。

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それでも、万一、セッションが座礁することを恐れたスナッフ・ギャレットは、ハル・ブレインも呼んでおいたそうです。ケルトナーがいうように、もしも彼には手に負えないことが起きたら、即座にハルがストゥールに坐るという意味でしょう。結局、ハル・ブレインがストゥールを奪うことはなく、ケルトナーのドラミングでセッションは無事に終了したようです。いま、アルバムShe's Just My Styleをひととおり聴き直しましたが、ハルのプレイだと感じるトラックはありません。

では、この1965年のShe's Just My Styleに、1968年のBacchanalでの圧倒的なプレイの予感があるかというと、ノーといわざるをえません。タイムと技術に問題はないのですが、なんといえばいいのか、感覚的表現で申し訳ないのですが、「見得の切り方」をまだ知らない、と感じます。「色気」がないのです。

ジャズ・ドラミング(ケルトナーの出自はこちら)と、ロック・ドラミングが決定的にちがうのは、後者ではタイムが高いプライオリティーをもつことと、もうひとつは「見得」を切る必要があることです。正確にプレイすればいいわけではありません。コントラストを強くし、ビートの輪郭をはっきりさせなければいけませんし、必要ならば、大向こうウケするスタンドプレイ、派手な身振りも入れるべきなのです。

これは、具体的にはビートの強弱、とくに左手のハードヒットの使い方によって表現されます。手首だけを使ったジャズ・ドラマーのような2&4では、ロックンロールらしさは出ないのです。

◆ 変形レギュラー・グリップ ◆◆
You Tubeでさまざまなドラマーを見ていて、レギュラー・グリップを使うプレイヤーのスティックの握り方には共通点があることに気づきました。ドラム教師が教える握りとはいくぶん異なるのです。

通常、左手のスティックは、まず親指と人差し指の付け根に深くはさみ、さらに中指と薬指のあいだにそれを通します。これがレギュラー・グリップです。そして、中指はとくに押さえる感じではなく、軽くスティックの上からかぶせるようにします。プレイの際にも、中指の役割はあくまでも補助的なものです。親指のコントロールだけでプレイする、ぐらいの感じで、あとの指にはあまり力を入れてはいけないのです。

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ハル・ブレインのレギュラー・グリップ。やはり、やや強めに握っているように見える。

ところが、ラスカルズのディノ・ダネリとプロコール・ハルムのB・J・ウィルソンの握りと構えを見ると、この「中指には力を入れず、軽く押さえるだけ」という一般的な教え方とは正反対で、むしろ親指のほうが「添えてあるだけ」じゃないかと思うくらい、中指と人差し指でしっかり握っているのです。

また、かまえもすこし変です。ふつう、左手のスティックは腕に対して直角ぐらいにかまえることになっています。しかし、ダネリやBJのかまえは、もっとずっと「オープン・スタンス」で、腕とスティックの角度は120度ぐらいはありそうです。

こういうのを見ると、実験せずにはいられない人間なので、片手ロール同様、自分でも彼らのようにスティックを扱ってみました。それで、彼らがそういうイレギュラーなプレイ・スタイルにたどり着いた理由がわかりました。

昔はレギュラー・グリップが当たり前で、モダーン・グリップは使われていませんでした(あとから生まれたから「モダーン」といわれる)。それは、細かいプレイを正確にやるには、レギュラーのほうが適しているからです。それに対して、モダーンはハード・ヒットに適しています。腕の力をロスなくスティックのヒットにつなげられるのが、モダーン・グリップの特長です。バシーンとスネアを「しばき」たいのなら、モダーンのほうがいいのです。つまり、ロックンロールという、常時、間断なく、スネアのハード・ヒットが要求される音楽形式のせいで、モダーン・グリップが必要とされるようになったのです。

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ハル・ブレインのモダーン・グリップ。ハルはレギュラー・グリップの時代に育ったが、仕事では状況に応じてグリップを使い分けたようだ。

ディノ・ダネリやBJの変則スタイルは、グリップはレギュラーのままで、ロックンロール的なハード・ヒットをしようとして生まれたものにちがいありません。じっさいにやってみて、はっきりわかりました。

中指と人差し指でしっかり握り込み、腕とスティックの角度を120度ぐらいに「開き」、親指ではなく、中指と人差し指の腹を使うように(まあ、いくぶん誇張したが)すると、レギュラー・グリップでも、モダーンに近いハード・ヒットが可能なのです。

◆ ありえたかもしれない未来 ◆◆
ジム・ケルトナーはジャズ出身です。当然、グリップはレギュラーです(80年代のヴィデオではモダーンも使っている)。ディノ・ダネリやB・J・ウィルソンのような、ダンス・バンドでみずから鍛えた自己流ドラマーとはちがいます。若いころは「正しい」ドラミングをしようと心がけていたにちがいありません。だから、中指と人差し指はほとんど浮かせるように軽く握り、手首を柔軟に使って、正確なスティック・コントロールをしようとしたはずです。つまり、「基本に忠実なプレイ」です。

ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズでのケルトナーのプレイが、タイムは正確であるにもかかわらず、魅力的に聞こえないのは、基本に忠実なスタイルに由来する、メリハリのなさが原因だろうと考えます。スネアのサウンドも弱いし、ポイントでは、もっときちんとヒットしてほしいと感じます。

ロックンロール・ドラミングでは、「いくときにはガーンといく」ことが重要です。「見得を切る」とはそういう意味でいったのです。(昔の)ジャズ・ドラマーの多くは、見得を切るのを嫌っているか、多少は切っても「大見得」ではないか、あるいは、見得の切り方ひとつ知らない山出しの唐変木の野暮天野郎か、そのいずれかです。

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幸い、ケルトナーはジャズ・ドラマーに共通する悪弊であるバッド・タイム病には罹患していませんでした。おそらくは、生まれつきタイムがよかったのでしょう。そして、ハル・ブレインのような、見得の切り方にかけては世界一のドラマーを、咫尺の間に観察できる機会も豊富にありました(ケルトナーがハルのキックのチューニングを盗もうと努力したことはWindyのときに書いた)。ボンクラではないのだから、この仕事に必須の要素がなんであるかは、瞬くうちに理解したにちがいありません。

プレイボーイズにいたのはほんの数カ月のことで、その後、70年のジョー・コッカーのMad Dogs & Englishmenツアーにおける、ジム・ゴードンとのダブル・ドラムで注目浴びるまで、どこでなにをしていたかというと、主としてアヴァンギャルド・ジャズをやっていたそうです(じっさい、ジョン・レノンに会う以前に、小野洋子と知り合っていたという。お忘れかもしれないが、小野洋子は「そっちのほう」の人だった)。

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そういうジャズ方面での活動の結果が、Bacchanalへの参加なのでしょう(といっても、Bacchanalはアヴァンギャルドではない)。たしかに、ジャズ・ドラマーらしいプレイですが、それは、ロック色が強くないという意味にすぎず、コンサーヴァティヴなジャズ・ドラミングとは百万光年も隔たっています。ロックンロールでもなければ、旧来のジャズともちがう、ほかに類似したプレイヤーを思いつかない、きわめて独自性の強い、個性的なスタイルです。

ケルトナーに柔軟性、適応力がなく、仮にロック/ポップ系セッションのお呼びがかからなかったら、いったいどういうドラマーになっていただろうか、ひょっとしたら、その後の「フュージョン」とやらいう、リスナーをナメた、ふやけきった音楽に渇を入れる存在になったのではないか、とすら感じるほど、可能性に満ちたドラミングです。まあ、幸か不幸か、彼の力はあっという間に認められ、ジム・ゴードンと並ぶ、70年代の顔ともいうべきドラマーになってしまい、70年代のジャズの変貌に、ケルトナーが関与していくことはなかったのですが……。

◆ ふたたび「ロック的」と「ジャズ的」 ◆◆
前述したように、ガーボウア・サボの1967年のアルバム、Wind, Sky And Diamondsでは、数曲でジム・ゴードンがストゥールに坐っています。わたしは、ジム・ゴードンとジム・ケルトナーは70年代の二大ドラマーであり、どっちがすごいかとなると、写真判定ものだと考えています。

ジム・ゴードンのピークは、薬物中毒のせいもあって、60年代終わりから70年代前半であるのに対して、ジム・ケルトナーが本領を発揮しはじめるのは70年代終わりのことであり、80年代に入って金字塔的プレイを残しています。

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それなのに、なぜこうなるのだ、と思うことがあります。同じガーボウア・サボのアルバムで、時期的にも近い録音なのに、Wind, Sky And Diamondsでのジム・ゴードンのプレイは、しっくりこないのです。若すぎた、ということかもしれませんが、同じ年に、彼はバーズのGet to Youで、とんでもないハイハットのプレイをしてます。むちゃくちゃに早熟だったプレイヤー、「天才少年」だったドラマーに向かって、若すぎた、という言いぐさはないのです。

これはやはり適性なのだろうと考えるしかありません。ジム・ゴードンの卓越性は、ストレート・ロックンロール、ヘヴィー・バックビートのある音楽でのみ発揮されるものなのでしょう。それに対して、ジム・ケルトナーはもともとジャズをやっていたのだから、ポップ/ロックに色目を使ったジャズ・プレイヤーの奇妙なアルバムでも、ジャズでもなければ、ロックでもない、新しいスタイルの実験をできるだけの柔軟性をもっていたのでしょう。

これは、彼らよりひとつ前の世代である、ハル・ブレインとアール・パーマーについてもいえます。ロック系ドラミングではハルのほうがアールよりすぐれたプレイをしていますが、ひとたびジャズ・コンボのコンテクストにおかれると、ハル・ブレインは派手な見得を切って大向こうを唸らせることはなくなります。これまた適性なのだと考えるしか解釈のしようがありません。

でも、まだわからないことがあります。ジム・ケルトナーは、ガーボウア・サボの1969年のアルバム、その名も1969でもストゥールに坐っています。同じリーダーだから同じようなコンテクストだし、翌年のプレイなのだから、もっとすごくなっている、と期待するのが人情でしょう。ところがどっこい、こちらはつまらないのです。いったい、どういうことなのでしょう。

録音ないしはマスタリングもよくないと思います。リミッターをかけたような音です。ベースもよくありません。Louis Kabok(またしても読めない。ケイボックか?)という、Bacchanalと同じベースですが、Bacchanalではアップライトを弾いていたのに対し、1969ではフェンダーを弾いています。アップライトは悪くないのですが、フェンダーはいただけません。フェンダーでの経験が浅く、ミュートの仕方がわかっていなかったのでしょう。

でも、そういう明白なことだけでなく、なにか、もっと根本的なところ、微妙なところで、おかしいのです。同じケルトナーがやっても、アルバムによってこれだけ大きなちがいが生まれるのだから、ジャズ的資質、ロック的資質、などと簡単に分けてはいけないのだろうと思います。

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by songsf4s | 2008-07-04 23:35 | Guitar Instro