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カテゴリ:風の歌( 27 )
On and On by Ned Doheny
タイトル
On and On
アーティスト
Ned Doheny
ライター
Ned Doheny
収録アルバム
Ned Doheny (eponymous title)
リリース年
1973年
他のヴァージョン
Dave Mason and Cass Elliot
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昨日は、ちょっと「息継ぎ」のために休ませていただきました。HDDから追い出す必要のあるものを整理したり、この三月ほどの演芸番組のエアチェック・ファイルをバックアップしたり(わが家のHDDのなかにあるもので、これがいちばん大事!)、見るひまのなかったデッドのヴィデオを片づけたり、デッドのライヴのアーカイヴにいって、すこし72年のファイルをそろえてみたり、目がまわるほど忙しい「休み」でした。

30分ばかり、ギターも弾いてみました。今日の曲、On and Onで気になるところがあるので、とってみたのです。よく考えると、この曲を風の歌特集にもってくるのは、かなり無理があるのですが、すでに30分の「資本を投下」してしまったので、無理矢理、回収することにさせていただきます。

「風の歌」特集をはじめたはいいけれど、案外、言葉のヴァリエーションはすくなく、wind、breeze、gale、whirl(またはwhirlwind)ぐらいしか思いつきません。ビューフォート風力階級の表現が日常語とは乖離して感じられるのは、このためではないかという気がします。今日は、かろうじて風の縁語といえるblastが出てくるのですが、果たして風なのかどうなのか……。

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ウェスト・ハリウッドにはドヒーニー・ロードという道がある。こういう風に道に人名がつけられるのは、建設資金を出したか、そこにランドマークとなるような邸宅を構えていたか、または、その両方が考えられる。ドヒーニー家は石油で稼いだのだそうだが、ネッドにとって、そういう家に生まれたことがよかったのかどうか……。

◆ またしても戦争? ◆◆
そもそも、歌詞の意味もよくわからないので、取り上げるべきか否か、ちょっと悩みました。まあ、センテンス・レベルでわからないのではなく、なにを指しているのかがわからないだけなので、放りだすような形になりますが、やってやれないことはなかろうと考えました。それではファースト・ヴァース。

On and on the story goes
It appears to have no end, no begining
And though the battle's fairly far
It would seem there's little chance of ever winning

「話はどこまでもどこまでもつづく、まるで終わりも始まりもないように、戦いは遙か彼方でおこなわれているが、ほとんど勝ち目はないように思える」

どうなんでしょうか、ヴェトナム戦争の歌とみなしていいのでしょうか? すくなくとも、この曲をリアルタイム(作者はネッド・ドヒーニーだが、オリジナルはデイヴ・メイソン=キャス・エリオット盤で、こちらは71年リリース、すなわちヴェトナム戦争が最悪の局面を迎えた時期)で聴いた人間の多くが、ヴェトナム戦争を思い浮かべたことは間違いありません。

ブリッジ。

I've been left out in the rain
If it were up to me the sun would shine again
It looks grim from where I stand

「ぼくは雨の中に取り残された、まるでもう一度太陽が輝くかどうかはぼくの責任だといわれているみたいだ、ここからはそれは気味悪く見える」

このブリッジも、反戦歌であるという仮定に立って解釈することは可能です。from where I standも、「立っている場所」であると同時に「立場」すなわち政治姿勢ともとれます。

◆ 道理と押韻 ◆◆
セカンド・ヴァース。

The ruins of another fight
Reach out across the wood
Voices in a dark sky
They sing a song
That sounds all wrong
Such a reason has no rhyme
I got to do it my way

「べつの闘いの廃墟が森の向こうからやってくる、暗い空の声はなにからなにまでまったくまちがった歌をうたう、そんな道理に筋を通せるはずもない、ぼくは自分のやり方でやるしかない」

reach outに、ほかに意味があるかと思って辞書を見ましたが、やはり「手を伸ばす」類似のものしかありませんでした。4トップスのReach Out, I'll Be Thereです。

rhymeとreasonがセットで使われると、ふつうはwithout rhyme or reasonなどの形で、「道理もヘチマもない」「理屈もなにもない」という熟語になります。ここはsongとのからみで出てくるところが困りますが、ダブル・ミーニングのようなものなのでしょう。ここもまた戦争のことをいっていると解釈できます。

最初とはすこしだけちがうブリッジ。

I've been left out in the rain
If it were up to me the sun would shine again
It makes no difference where I stand

「ぼくは雨の中に取り残された、まるでもう一度太陽が輝くかどうかはぼくの責任だといわれているみたいだ、ぼくの立場からいえば、どちらでもまったくちがいはない」

◆ 突風か爆風か、はたまた破局か? ◆◆
最後のヴァース。

Horse and rider move as one
To fly before the blast
Take care not to stumble
Straining for that destiny
Some half remembered dream
Knowing it must crumble
Knowing it must crumble

「馬と騎手は突風に襲われるまえに飛ぼうとして、一体になって移動している、その運命に押しひしがれて、転ばないように気をつけろ、消えてしまうことがわかっている思い出しかけた夢」

ここはさっぱりわかりません。馬と騎手はなにかを象徴しているのでしょうが、わたしにはよくわかりません。blastは風ではなく、第二義の「《口》《感情の》爆発、激しい非難; 急激な災厄、打撃」のほうである可能性もあります。しかし、そうだとすると、この風の歌の特集にこの曲を登場させるのは不可となってしまうので、ここは嫌でも応でもなんらかの風だと思っていただきましょう!

修飾関係もあやふやです。Straining for that destinyは、まえにもあとにもつながっていないように思えます。やむをえないので、まえの行を修飾しているものと無理矢理に解釈しておきました。thatがなにを指すのかも見当がつきません。

◆ 微妙な違和感 ◆◆
歌詞はおおむね退屈ですが、曲は非常に魅力的です。ネッド・ドヒーニー(アクセントは第二シラブル、すなわち「ヒ」にあるし、長音記号もつく)自身のデビューより先に、この曲が世に出たのもむべなるかなと思います。

したがって、先に聴いたのはデイヴ・メイソンとキャス・エリオットのデュエット盤でした。トラフィックからつづく縁で、ブルー・サム時代のデイヴ・メイソンは、見かけたら買っていました。買った順序はメチャクチャですが、いま調べたら、CBSの1枚目まではすべてLPでもっているようです。

メイソンのソロとしては、ブルー・サムの1枚目、ソロ・デビュー盤であるAlone Togetherがいちばんいいと感じます。これがよかったおかげで、あとの盤に違和感を覚えながらも、しばらくは付き合ってしまいました。

そもそも、ブルー・サムの4枚のうち、Dave Mason Is AliveおよびHeadkeeperはライヴ盤、スタジオ盤はAlone TogetherとDave Mason and Cass Elliotしかありません。よく聴いたといえるのは、Alone Togetherだけです。

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Dave Mason "Alone Together" front.
畳んだときに表になるのは、真ん中のタイトルが書いてある部分。わが家にあるもっとも凝ったLPジャケット。

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Dave Mason "Alone Together" inside.
ひっくり返すとこんな感じ。帽子型に切り抜かれた一番上の部分の真ん中に小さな穴が空いているが、これはピンナップ用。一番下がポケットになっていて(半円形の切り抜きはレーベル用窓)、盤はここに収める。

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Dave Mason "Alone Together" marble vinyl disk.
ジャケットにここまで凝ると、盤はふつうのものというわけにいかなくなったのだろう、マーブル模様になっている。おかげで盤質が悪く、針圧をかけなければならなかった。

Dave Mason and Cass Elliotも、悪いアルバムではないのですが、なにかが足りないと感じました。よく聴いたのはA面の冒頭3曲、すなわち、Walk to the Point、On and On、To Be Freeまでで、たいていはここで針をあげていました。

いや、3曲もあれば、投下した資本は回収できたといえます。だから、そんなに悪い印象はもっていないのですが、どこかに違和感があって、やがて聴かないアルバムになってしまいました。その違和感の正体が判明したのは、ずっと後年のことです。

◆ センス・オヴ・タイム ◆◆
ネッド・ドヒーニーを聴いたのは、Proneがリリースされたときなので、70年代終わりか80年代はじめでしょう。On and Onが収録されたデビュー盤を聴いたのもそのときなので、数年遅れということになります。アルバム・オープナーのFinelineもいい曲ですが、ハッとしたのは、On and Onのほうです。メイソン=エリオット盤を聴かなくなってだいぶたっていたので、はじめは、だれのヴァージョンで知っているのかわからなかったくらいです。

このセルフ・カヴァー・ヴァージョンを聴いて思いましたね。メイソン=エリオット盤は、やはり楽曲のもつ潜在性を十分に引き出してはいなかったのだと。若いころのドヒーニーはそういうタイプなのだし、メイソンもエリオットもあのとき、すでにヴェテランだったので、単純に比較するわけにはいきませんが、それでも、ドヒーニーのさわやかなサウンドとヴォーカルには敵するものではありません。On and Onはネッド・ドヒーニー盤にかぎります。

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Ned Doheny "Ned Doheny" front cover.

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Ned Doheny "Ned Doheny" back cover.

ネッド・ドヒーニー盤にはほかにもよさがあります。グルーヴです。わたしはゲーリー・マラバーにはあまり縁がなく、それほど多くはもっていませんが、ネッド・ドヒーニーの盤で聴くかぎり、いいグルーヴの持主です。仮にほかの条件は同じだとしても、ドラマーの差で、わたしはネッド・ドヒーニー盤をとります。

で、メイソン盤のクレジットを改めて見ると、ドラマーはラス・カンケル。じゃあ、当たり前じゃんか、といまになれば思います。まだドラマーの「ストライク・ゾーン」が広かった若いころでも、あとになって嫌悪しか感じなくなるドラマーは、やはりはじめから虫が好かなかったのです。

センス・オヴ・タイムというのはじつに正直です。意識の表層下のレベルで、自分固有のタイムが、特定のドラマーのタイムを拒否した結果が、原因不明の不定愁訴のような違和感として、わたしの意識の表層にのぼったにちがいありません。いまでは、はっきりとわかります。メイソン=エリオット盤On and Onは、バッド・グルーヴなのです。

◆ 上品なギターの扱いとコードのセンス ◆◆
ネッド・ドヒーニーが、さわやかなグッド・フィーリンをもっていたのは、若いころだけだということは、後年のアルバム、Life After Romanceで劇的なまでに明らかになりますが(もうひどいのなんの、正真正銘、一回聴いただけ。二度と聴く気の起きない無惨な盤)、逆にいえば、最初の2枚は、なんともさわやかな盤なのです(3枚目のProneも、Life After Romanceのように無惨なものではないが、やはり、リリースを見送られたのは理由がなかったわけではないと感じる出来)。

セカンドのHard Candyは、すこしプロフェッショナルな仕上がりになり、ウェル・メイドといってもいいほどですが、デビュー盤はもう、愚直とすら感じる、いわゆる「誠実な」サウンドです。グルーヴとグッド・フィーリンのみ。

そのグッド・フィーリンの源泉は、ゲーリー・マラバーのドラミングばかりではありません。ネッド・ドヒーニーの盤を聴いて、まず感じるのは、アコースティック・ギターの扱いのよさです。フォークやカントリーでの扱いとは異なります。エレクトリックのように、アコースティックを扱うのです。良くも悪くも品のよいミュージシャンなのですが、その上品さはアコースティック・ギターの扱いに端的に表現されています。オープナーのFinlineや、Hard Candy収録のSwingshiftやGet It Up for Loveなどにおける、ふつうならエレクトリックを使うであろうところでの、アコースティックのカッティング&ストロークは非常に印象的でした。

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Ned Doheny "Hard Candy" front cover.

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Ned Doheny "Hard Candy" back cover.

On and Onでいうと、ヴァースとブリッジのあいだにストップ・タイムがあり、ギター・リックを入れていますが、ここはふつうならエレクトリックでやるところでしょう。ネッド・ドヒーニーの盤は、ギター・ソロよりも、こういう細部でのギターの扱いがなかなか印象的なのです。

On and Onのコードは、とりわけヴァースはシンプルです。イントロはEm7-Dm7の繰り返し、ヴァースに入ると、前半はDm-C-Bb-F、後半はDm-C-Bb-Dmという進行になっています。最後だけ前半と後半で変えているあたりも、なかなかクレヴァーです。

ブリッジは、C-E7-F-C-E7-F-C-Dm-Bbで、E7が非常にきいています。ふつうならGにいきたくなるところを、代用コードにしたのでしょう。また、最初のFは2小節分の長さがあり、コードはそのまま動かなくていいのですが、エレクトリックは(ここはまだとれていないので、あくまでもご参考のみに)、F7-Abm7-Abm7-C-Bb-Fといった感じで素早く動く装飾を入れ、ベースもそれに合わせるように動いています。こういうささやかな表現に、ネッド・ドヒーニーの特長があらわれていると感じます。なかなかクールな響き。

ゲーリー・マラバーは控えめにやっていますが、そういうときにこそ、グルーヴの善し悪しが重要になるわけで、いいバックビートを叩いています。ストップ・タイムからの戻りなどで見せるささやかなフィルインも、タイム、アクセント、ともによく、けっこうなドラミングです。この人を目的に盤を買おうとまでは思いませんが、初期のネッド・ドヒーニー盤のグッド・フィーリンは、この人のプレイなくしては実現しなかったのは明らかです。

◆ ロンドン=ハリウッド人脈 ◆◆
改めて、メイソン=エリオット盤On and Onを、ドラムはないものと思って聴いてみました。しかし、ドラムはないものと思えるなら、たいていの盤はみなよく聞こえることになってしまう道理で、そんなことは無理だとわかっただけでした。どう聴いても、ラス・カンケルのバックビートと、春先のウグイスのようにアクセントになまりのあるタム(チューニングまたはヘッド自体もよくない)が耳についてしまいます。とくにパラディドルのダサさには怒髪天を衝く一歩手前、沸騰寸前。

キャス・エリオットというシンガーは、そういってはなんですが、ハーモニーをつけたときにいい響きになる声をもっています。ママズ&パパズのときからそうで、たとえば、Dream a Little Dreamのように、彼女がソロとった曲ではなく、デニー・ドーハティーのリードの上に乗ったときのほうがいいと感じます。彼女自身にもその自覚があったのではないでしょうか。だから、メイソンとのデュエットがつづくことを望んだのでしょう(メイソンのほうは、あくまでもワン・ショットと考えていたそうで、じっさい、これ一枚だけに終わった)。On and Onでも、ブリッジのハーモニーはいいと感じます。

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"Dave Mason & Cass Elliot" front cover (LP).
ダブル・ジャケットだが、こちらは悪凝りしていない。なかはどうなっているのだ、そっちも見せろというご意見もありましょうが、写真は同じで、ネーム(文字)がないだけ。

何度か繰り返し比較して思ったのですが、メイソン=エリオット盤は、ベースもうるさく感じます。ということは、ミックスにも問題があるということです。ヴォーカルがよく聞こえず、ベースはよく聞こえるというのは、他のタイプの音楽にふさわしいミックスでしょう。

デイヴ・メイソンとキャス・エリオットがデュエットを組むに至った事情というのは知りませんでしたが、メイソン自身の説明を見つけました。

70年ごろ、メイソンはアメリカに移住しますが、当初、旧知のグラム・パーソンズの家に転がり込んで、カウチに寝ていたのだそうです。グラムはしばしばイギリスに滞在しているので、そのときに知り合ったのでしょうが、メイソンがパーソンズ家に居候していたことがあるなどというのは、グラム関係の資料で読んだことはありませんでした。

で、グラムがキャスを知っていて、メイソンをキャスに紹介し、それが機縁になってデュエット・アルバムを録音することになった、というしだい。

On and Onをうたうことになった経緯は残念ながらわかりません。だれか業界の人間がデモを持ち込んだのか、直接にネッド・ドヒーニーに聴かされ、気に入ったのか、どちらの可能性もあります。
by songsf4s | 2008-05-22 22:57 | 風の歌
El Paso その2 by Grateful Dead
タイトル
El Paso
アーティスト
Grateful Dead
ライター
Marty Robbins
収録アルバム
Rockin' the Rhein with the Grateful Dead
リリース年
2004(録音は1972)年
他のヴァージョン
Marty Robbins, the 50 Guitars
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マーティー・ロビンズのことを調べていて、ニアミスをやっていたことに気づきました。Hickory Wind その2のときに、グランド・オール・オプリーが放送されるのはライマン・オーディトリアムからだとを書きました。まちがってはいなかったのですが、1972年からは、オプリーランドのグランド・オール・オプリー・ハウスから放送されるようになったそうで、危ないところでした。確認せずに、大丈夫だろうと見切って書くと、毎度、あとで冷や汗をかきます。

この事実に行き着いたのは、オプリーランドのこけら落としは、マーティー・ロビンズだったという記述を読んだからです。それはいつのことだ、と調べてみて、危なくバーズをありえない時空に送りこむところだったことに気づいたというしだい。調べてみると、ロビンズはオプリーにとってもっとも重要なシンガーのひとりだったようです。

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ライマン・オーディトリアム(上)とオプリー・ハウス

いやはや、それにしても、自分のカントリー・ミュージックに関する知識がいかに頼りないかを再認識するミスとの接近遭遇でした。ハリウッドのことなら、いちいち確認しなくても記憶していることは多いのですが、カントリー・ミュージックを扱うときは慎重に、と改めて思いました。

そもそも、われわれの世代の多くがカントリーと接するようになったのは、たとえば、フライング・ブリトー・ブラザーズ、グレイトフル・デッド、バーズ、ボブ・ディラン、グラム・パーソンズといった非カントリー系アーティストが、60年代終わりから70年代はじめにかけてカントリーへの傾斜を強めた結果でしょう。

ポコ、イーグルズのあたりでカントリーへの傾斜は一般化しますが、わたしの場合、だれよりもまずバーズ、ブリトーズを含むグラム・パーソンズに導かれていきました(したがって、イーグルズ、ポコあたりは、「原因」ではなく、「結果」ないしは「副産物」に見えた。「原因」はあくまでもグラム・パーソンズ)。

f0147840_23282457.jpgつぎに大きかったのは、やはりデッドです。じっさい、たとえば、はじめて聴いたマール・ハガードの曲は、デッドがカヴァーしたMama Triedです。グラム・パーソンズとグレイトフル・デッドの両者がカヴァーした人なので、ひところは、もっとも偉大なコンテンポラリー・カントリー・シンガーはマール・ハガードなのだと思いこんでいました。そして、El Pasoという曲を知ったのも、マーティー・ロビンズというシンガーのことを知ったのも、グレイトフル・デッドを通じてのことでした。

◆ ヴァージョン一覧 ◆◆
例によって、El Pasoの各ヴァージョンの録音日と収録アルバムを一覧しておきます。この曲のデッドによるスタジオ録音はありません。すべてライヴです。

1971.04.28……Ladies And Gentlemen...The Grateful Dead
1971.08.07……Dick's Picks Vol 35
1972.03.28……Dick's Picks Vol 30
1972.04.24……Rockin' The Rhein
1972.09.17……Dick's Picks Vol 23
1972.09.21……Dick's Picks Vol 36
1972.09.27……Dick's Picks Vol 11
1973.02.28……Dick's Picks Vol 28
1973.10.19……Dick's Picks Vol 19
1974.10.19……Steal Your Face
1976.10.10……Dick's Picks Vol 33
1977.05.19……Dick's Picks Vol 29
1977.10.14……Road Trips Volume 1, Number 2
1980.10.13……Reckoning (remastered CD)

もちろん、わたしがもっていないヴァージョンもたくさんありますし、まだリリースされていないものにいたっては、気が遠くなるほど膨大な量があります。自分で数えたわけではないので、話半分にきいておいていただきたいのですが、一説によると、デッドはEl Pasoを370回ほどステージでやったそうです。アーカイヴ・テープがすべてリリースされたら、とんでもないことになります。

Dick's Pick'sシリーズはどうやら終了らしく、最近はアーカイヴ・テープのリリースは配信に移行しています。フィル・レッシュ&フレンズのリリース状況を見ていると、いずれ、すべてのテープがリリースされる恐れもゼロとはしません。じっさい、そうなる予定だといっているソースもあります。

だれが聴いているのかと思いますが、こんな時代がくるはるか以前から、テーパーたちはライヴ・テープ・トレード雑誌を発行し(それも数種類!)、パーフェクト・コレクションを目指して日夜邁進していたのだから、やはり、相当数のリスナーがいるのでしょう。

ただし、配信をめぐって、ヘッズのボイコット運動があったそうで(デッドの会社がウェブでのファイル交換を禁じた)、どうなることやら。これまでの経緯からいって、デッド(およびiTune)側に非があると感じます。法律を盾にとれば、ヘッズはいよいよ激昂するでしょう。アップルのどん欲さのおかげで、あれは金になることがわかった、だから、タダで配るのはやめろなんて、そりゃ聞けませんよ。「シャンペンとポルシェのライフスタイルのため」とそしられて当たり前です。

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1971年のアルバムGrateful Dead(通称Skull & Roses)の見開きに書かれたファンへの呼びかけ。これを見て、わたしもデッド・オフィスに手紙を送った。デッドヘッズの公式の歴史はここからはじまっている。

◆ 71年と72年のヴァージョン ◆◆
デッドの曲は、同じ楽曲を比較すると、後年にいくにしたがってランニング・タイムが長くなる傾向があります。どの曲もインプロヴが長くなっていくのです。そのなかでEl Pasoは稀な例外です。はじめのころが長く、後年になると、短めになるのです。理由は簡単、最初はテンポが遅かったのです。

f0147840_23563032.jpg盤としてリリースされた最古のEl Pasoである、Ladies And Gentlemen...The Grateful Dead収録の71年4月28日ヴァージョンは、6:36です。マーティー・ロビンズ盤よりはるかに遅い、いかにもワルツというテンポなので、フル・ヴァースをうたえば、これくらいの長さになって当然でしょう。長いあいだ、テンポの速い後年のヴァージョンに馴染んできたので、71年4月28日ヴァージョンは違和感がありますが、虚心坦懐に聴くと、これはこれで悪くないかもしれないと思います。まあ、いかにも、まだ「手に入っていない」というヴァージョンですが。

同じ年の8月7日ヴァージョンでも、まだテンポは遅いままです。4月28日にくらべると、こちらはテンポの遅さがそのまま「ダレ」に聞こえ、やや落ちるパフォーマンスです。これくらいの時期のフィル・レッシュとビル・クルーズマンのプレイがもっともよかったので、それが救いになっていますが、レッシュのプレイの面でも4月28日のほうが面白いと感じます。

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72年3月28日ヴァージョンになると、だいぶテンポアップして、後年の形に近づいたと感じます。じっさい、このヴァージョンは最上のひとつでしょう。ここまでは、ノーマルなワルツでもなければ、ワルツを意識しないほど速いわけでもなく、中途半端なテンポで、クルーズマンがやや叩きにくそうにしていると感じますが、このヴァージョンではリラックスしたいいプレイになっています。わたしは、72年にキース・ゴッドショーが加わってから数年間のデッドがいちばん好きなので、いよいよ黄金時代に突入だ、とワクワクします。

Rockin' The Rheinというアルバムは、トリプル・ライヴ・アルバムEurope '72のアウトテイク集のようなものですが、もっともすぐれたデッドのライヴ・アルバムを生むことになったツアーなので、アウトテイクもいいものがあります。

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Rockin' The Rhein収録の72年4月24日ヴァージョンは、プレイに関するかぎり、やはりもっともいい時期のものだと感じます。冒頭、ボブ・ウィアの声がちょっとかすれているのが難点ですが、もともとヴォーカルで聴かせるバンドというわけでもないので、無視できる瑕瑾にすぎません。

このテイクからは、いよいよゴッドショーがデッドに馴染んできた感じで、彼らしいプレイが聴けるようになります。この72年のヨーロッパ・ツアーを通じてずっとそうなのですが、スネアのチューニングがすばらしく、クルーズマンのプレイを聴いているだけでも楽しくなります。ベストEl Pasoのひとつ。

Dick's Picks Vol.23収録の1972年9月17日ヴァージョンは、テンポをすこし落とし、初期の2ヴァージョンに近くなっています。このテンポはやめたほうがいいと思うんですがねえ、って、いまになってそんなことをいってもはじまりませんが。そもそも、初期ヴァージョンのテンポが遅いのは、ウィアが、速いテンポでスムーズにうたえる自信を持てなかったからだと思うのですが。またしてもデッドの「アレンジ彷徨癖」が出たか、というヴァージョン。

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Dick's Picks Vol.36収録の1972年9月21日ヴァージョンは、日付から明らかなように、Dick's Picks Vol.23と同じツアーの録音です。El Pasoについては、出来不出来の大きな差はなく、どの日もアヴェレージ以上になっています。そのせいで、だんだん、なにがいいんだか悪いんだかわからなくなってきます。耳が馬鹿になるというか。これは良くも悪くも特長のない、アヴェレージ・ヴァージョン。

さらにもうひとつ、同じツアーを記録したDick's Picks Vol 11収録の1972年9月27日ヴァージョンもあります。やっとのんびりテンポを脱して、速くなりました。やっぱり、これくらい速いほうがいいのではないでしょうか。毎日のようにやっていた曲なので、そろそろ気分を変えたくなった、という雰囲気。

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◆ Steal You FaceとReckoning ◆◆
この曲は、どれもみな、そこそこ以上のヴァージョンがそろっていて、書くことがなくなったので、ヴァージョン検討は打ち切りにさせていただきます。さすがは400回近くやっただけのことはあります。「手に入った」曲というべきでしょう。

ざっと聴き直したかぎりでは、やはりRockin' The Rhein収録ヴァージョンが、もっとも好ましく感じます。あなたが多くのデッドヘッズと同じく、Europe '72をすぐれた盤だと考えているなら、Rockin' The Rheinも気に入るだろうと思います。この時期のデッドはほんとうによかったと、しみじみしてしまいます。

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最初に聴いたデッドのEl Pasoは、Steal Your Faceヴァージョンでした。当時、リリースされていたEl Pasoはこれしかなく、あの時点では、悪い出来とは思っていませんでした。この曲が気に入り、作者のマーティー・ロビンズのことも気になったくらいです。しかし、その後、各種ヴァージョンが出そろってみると、もっといいものがたくさんある、という認識にいたりました。

ひとつだけ変わり種ヴァージョンがあります。アルバムReckoningのリマスター盤にボーナスとして収録された、1980年の復活アコースティック・セットでの録音です。この15周年ツアーを記録した、2つのダブル・アルバムから、キース・ゴッドショーが抜け、基本的にわたしの好まないデッドになってしまうので、せっかく復活したアコースティック・セットも、リリース当時は乗れませんでした。選曲も地味で、あまりお楽しみがありませんでした。

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しかし、リマスター拡大版になり、アウトテイクが出てきてみると、そちらのほうにいいトラックが多く、すこしだけ印象が変わりました。もちろん、ブレント・ミドランドが好きにはなりませんが、曲によってはまだ出しゃばっていなくて、ミドランドの声が聞こえないものもあるのです。Reckoning拡大版収録のEl Pasoも出来のいいヴァージョンです。はたと思いましたねえ。80年代、デッドを聴かなくなったのは、デッドがダメになったわけではなく、ブレント・ミドランドがダメだっただけなのだと。

◆ 驚きの94年ヴァージョン ◆◆
昨日もご紹介した、You Tubeにある1994年6月26日ヴァージョンを聴くと、いよいよその感が深まります。90年代のデッドというのは、うちにはあまりなく、ほとんど聴いたことがなかったのですが、意外にいいので驚きました。

f0147840_1104419.jpgもちろん、みんな年をとったなあ、という「落ち着きのある音」ですが、まず第一に、最晩年のジェリー・ガルシアの状態が、想像したよりずっといいことに驚きました。もちろん、声はもう出なくなっていますが(いまでは翌年に没することがわかっているので、声が出ないのは当然と感じてしまう)、ギター・プレイにはそれほど衰えを感じません。60年代終わりから70年代はじめにかけての絶頂期とくらべるわけにはいきませんし、何カ所かミスタッチはありますが、それでも大きな魅力があり、El Pasoでのプレイにかぎるなら、この日のガルシアのギターはベストのひとつです。

ボブ・ウィアがアコースティックを弾いているのにも驚きました。エレクトリック・セットでは、昔はアコースティックを弾くことはありませんでした。Reckoningヴァージョンを聴いても思いますが、El Pasoはアコースティックでやったほうがいいかもしれません。

f0147840_1115854.jpgそして、それよりも驚いたのは、ヴィンス・ウェルニックのピアノです。ウェルニック在籍時(1990-95年)の録音は、うちにはほんの一握りしかなくて、気づいていなかったのですが(お粗末!)、El Pasoでのプレイを聴いて、この人、キース・ゴッドショーよりいいかもしれないと思いました。わたしはピアノを聴かない人間ですが、こういうタイプのピアノは大好きです。

all in all、よし、90年代のデッドも集めるぞ、と興奮した94年ヴァージョンでした。まあ、たいていの人は、ガルシアがハーモニーを外しているのが気になって、落ち着かない気分になったでしょうがね! デッドヘッズというのは、特殊な人種なのです。

◆ 巨大なレパートリーの維持 ◆◆
世間では「セットリスト」というのを事前につくって、その曲をリハーサルしてからツアーに出るのが常識ですが、デッドはちょっとちがいます。いや、リハーサルについては、すくなくとも60年代にはハードにやったそうですが(11拍子のElevenのような曲を、4/4の曲のようにスムーズにやるには、リハーサルを繰り返すしかなかったのだという。これがその後の年月を支える財産になった。ジャイアンツの「地獄の伊東キャンプ」のようなもの)、世間でいうような「セットリスト」は存在しないのです。大ざっぱに決めてはいたようですが、予定になかった曲をやることも多かったそうです。

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これは、ふつうに考えられるように簡単なことではありません。コード進行や構成といったことは、しばらくやっていなくても大丈夫かもしれませんが(デッドはインプロヴが長いので、構成については事前の打ち合わせが役に立たないことが多い)、歌詞はそうはいきません。とくにEl Pasoのように長い曲で、しかも前後の入れ替えがきかないものはきびしいでしょう。

わたしは舞台を見たわけではないのですが、藤山寛美がリクエスト祭とかいうものを何度かやったことがあるそうです。もちろん、寛美の過去のレパートリーに限定するのですが、客がリクエストした演目を、その場でやってみせるという驚天動地の企画です。台詞だけだって、当然、どエラいことですが、衣裳、大道具、小道具を勘定に入れれば、どう考えても不可能にしか思えません。

バンドの場合、芝居よりはずっと楽ですが、それでも、台詞ならぬ歌詞の問題は、努力なしには乗り越えられません。ふつうの歌詞じゃないんですよ。太平洋戦争の宣戦布告文の外交無電のように、おそろしく長い暗号みたいなロバート・ハンターの歌詞ですからね。記憶の助けになってくれるような、ストーリーの流れなんてものはほとんどないのです。

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デッドは、長いジャムの途中で、だれかが「こっちへいこう」とリードしはじめたら(その曲のアイデンティファイアとなるフレーズを繰り返し弾く)、たいていは、そっちへいきます(ひとつだけ、ガルシアががんとしてべつの曲への移行を拒否したことが感じとれる録音があった)。その結果、歌に戻ったときには、予定になかった曲になっていたりするわけで、「いかん、歌詞を忘れた」というわけにはいかないのです。

デッドのライヴは融通無碍なことで知られています。いたってフリーフォームで、その日の気分まかせ、風に吹かれて漂うように、リラックスした、ルースといってもいいムードのステージが愛され、1965年以来、数千回におよぶライヴをおこない、ガルシア没後には、中規模の企業並みの売上げを記録したことさえありました(つまり、むくつけにいえば、世界のどんなバンドより大きな年商があった)。

しかし、懐手ではそんなことは実現できません。厖大なレパートリーのかなりの部分を、つねにステージにあげられる状態にしていたわけで、その裏側には全員の努力があったにちがいありません。ラリパッパで知られたバンドには、じつに不似合いなことですが、どう考えても、ロバート・ハンターの曲をあれだけたくさん覚えるには、努力なしというわけにはいかないはずなのです。

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噺家だって、しばらくやっていなかった噺を高座にあげるときは、おさらいをします。志ん生だって、ぞろっぺえのように見えるけれど、家でちゃんとさらっていたと、息子の志ん朝が証言しています(それでも、あれほどふにゃふにゃに崩れてしまうところが、志ん生の偉大さなのだが!)。志ん生同様、デッドもひどくぞろっぺえのように見えますが、とくにガルシアとウィアはつねに歌詞を忘れないようにする努力をしていたはずです。

El Pasoを聴いていて、ロバート・ハンターの作だけでもひどく覚えにくく、長ったらしい歌詞ばかりなのに、よくまあ、カヴァー曲まで、あんなに面倒な歌詞の曲を選んだものだと呆れ、そして、感心してしまいました。

◆ 50ギターズ盤 ◆◆
わが家にはもうひとつEl Pasoがあります。50ギターズ盤です。毎度同じことを繰り返して恐縮ですが、50ギターズについては、目下、Add More Music(右のメニューにあるリンクからいける)で、順次、ファイルが公開されているところです。El Pasoを収録したBorder Town Bandidoというアルバムも、すでに公開済みで、どなたでもお聴きになることができますので、よろしかったらダウンロードをしてみてください。

f0147840_0334971.jpg50ギターズといえば、「国境の南サウンド」ということになっているわけで(いや、わたしは、AMMのオーナーであるキムラセンセが「これはちょっと」とおっしゃる、ハワイアン・アルバムもそこそこ好きですが)、El Pasoはこのプロジェクトにピッタリの曲です(エル・パソは「国境の北」ですが、まあ、堅いことは抜きにして)。

このアルバムのアレンジャーはアーニー・フリーマン、リード・ギターはトミー・テデスコで、布陣として文句ありません。じっさい、これほどボーダータウンの雰囲気がよく出ているEl Pasoはないのじゃないかと思うほどです。ブラスを加えてさらにメキシコ(いや、エル・パソはアメリカだが!)の雰囲気を強調することなんか不要だと思うほど、ギターサウンドだけで十分にそれらしく感じます。ひょっとしたら、これがもっともオーセンティックなEl Pasoではないかとさえ思います。

わたしが、グレイディー・マーティンより、トミー・テデスコのプレイに馴染んでいるせいもあるでしょうが、やっぱりトミーはいいなあ、と感じます。なんだって弾けた人ですが、ガットがいちばん似合います。そう、ガットを使っていることも、50ギターズ・ヴァージョンがオーセンティックだと感じる理由のひとつでしょう。ムードのあるヴァージョンです。『ワイルド・バンチ』に使ってほしかったほど。

ところで、拝啓、キムラセンセ、グーグルで画像検索をかけたところ、目下、Border Town Bandidoのジャケット写真を公開しているサイトは世界でただひとつ、AMMだけのようです。50ギターズを取り上げるたびに感じるのですが、もうすこし大きな写真を公開なさってはどうでしょうか? きわめていい状態で貴重な盤を聴かせていただいていることには、深甚な感謝をしております。しかし、あの企画の唯一の瑕瑾はジャケット写真ではないでしょうか。稀少性に鑑みて、伏してご一考をお願いするしだいです。当家のアクセス状況を見るかぎりでは、近ごろは画像検索経由でいらっしゃる方も多く(その多くは海外からのお客さんでしょうが)、画像の面でも貢献なさってはいかがかと愚考するしだいです。

というわけで、本日も、AMMからいただいてきたジャケット写真を使用させていただきました。

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by songsf4s | 2008-05-20 23:56 | 風の歌
El Paso その1 by Marty Robbins
タイトル
El Paso
アーティスト
Marty Robbins
ライター
Marty Robbins
収録アルバム
The Essential Marty Robbins 1951-1982
リリース年
1959年
他のヴァージョン
The 50 Guitars, Grateful Dead
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なんとかの歌と題して特集を組むたびに、なにかしら「汚い手」を使って、その曲をそこにもってくるのは無理だろう、というものまで強引に繰り込んでしまうのが、当ブログの恒例となっております。しかし、ざっと見渡して、今月の「風の歌」特集では、まだそういうことはしていないようです(いつも汚い手を使っているので、ちょっと考えたぐらいでははっきりとしない!)。

ということはすなわち、そろそろ、このワイルド・カードを使ってよいタイミングだということで、本日は一枚目を切ります(すくなくとももう一枚は握っている)。いや、いちおう、風という言葉は出てきます。でも、ヒチコックの登場シーンのように、注意していないと見落としてしまうぐらいの「端役」なのです。ヒチコック同様、わりに「浅い」ところに登場するので、お見落としなきよう。いや、見落としたって、いっこうに差し支えないのですがね!

f0147840_23282394.jpgマーティー・ロビンズは、すでにBeyond the Reef(Ghost) Riders in the Skyの2曲を取り上げていますが、いずれも他人の曲で、ロビンズ自身の曲を取り上げるのは、本日のEl Pasoがはじめてです。しかも、これはロビンズの代表作であるのみならず、カントリー・ミュージックのオールタイム・クラシックなのです。

You Tubeにはテレビ・ライヴおよび動画なしのスタジオ録音ヴァージョン(ただし、ヴァースがひとつ切られている短縮版)がありますので、よろしかったらお聴きになってみてください。

もうひとつ、フル・ヴァースのスタジオ録音ヴァージョンもあるのですが、これはあとでご覧になるほうがいいでしょう。歌詞のストーリーをほぼ忠実にドラマ化しているのですが、なんせ主役がスティーヴ・マーティンとくるので、「忠実」の中身が問題なのです。わたしはゾウが出てきたところで爆笑してしまいました。

ついでに、これは明日の分という感じですが、グレイトフル・デッドのEl Pasoもあります。デッドヘッズとしてはちょっと驚きのヴァージョンです。なにしろ、ボブ・ウィアが……いや、くわしいことは、デッドのヴァージョンにたどり着いてからにします。

おそろしく歌詞の長い曲なので、枕はこれくらいにして、歌詞にとりかかります。悪くない曲ですが、曲と歌詞、どちらがヒットに貢献したかといえば、歌詞のほうにちがいないのです。

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エル・パソの位置。中央の緑の矢印。テキサス州の西端に位置する、リオ・グランデ河北岸の国境の町で、すぐ南はもうメキシコ、北はニューメキシコ。エル・パソからほぼ真西に移動して太平洋岸まで行くとサンディエゴにたどり着く。その北はLA。

◆ ファム・ファタールに恋して ◆◆
なにがヴァースやらコーラスやらブリッジやら、よくわからないので、適当に切っていくことにします。

Out in the West Texas town of El Paso
I fell in love with a Mexican girl
Night-time would find me in Rosa's cantina
Music would play and Felina would whirl

Blacker than night were the eyes of Felina
Wicked and evil while casting a spell
My love was deep for this Mexican maiden
I was in love but in vain, I could tell

「ウェスト・テキサスのエル・パソという町で、俺はメキシコ女に恋をした、夜な夜な俺は『ローザの店』に入りびたった、音楽がかかるとフェリーナはくるくると踊りまわったものだ。フェリーナの目は闇夜よりも黒く、みだらで邪な光りで、男に魔法をかけた、俺はすっかりこのメキシコ女の虜になってしまった、だが、この恋が成就するはずがないこともわかっていた」

f0147840_23461841.jpg酒場の名前は、わたしにはRose'sまたはRosie's、つまり「ロージーズ」という音に聞こえるのですが、さまざまなソースによると、正しくはRosa'sなのだそうです。どうやら、テキサスではありふれた店名のようです(ということは、国内盤The Essential Marty Robbinsの歌詞カードはまちがっていることになるが、地元の人間にしかわからないたぐいのことなので、やむをない。デッド歌詞サイトのウェブ・マスターもRosie'sだと思いこんでいたと書いている)。

つぎは起承転結の「承」と「転」の部分。

One night a wild young cowboy came in
Wild as the West Texas wind
Dashing and daring, and drink he was sharing
Wicked Felina the girl that I love

So in anger I challenged his right
For the love of this maiden
He dived with his hand for the gun that he wore
My challenge was answered in less than a heartbeat
The handsome young stranger lay dead on the floor

「ある夜、テキサスの吹き荒れる風のように、荒くれカウボーイが威勢よく店に入ってきて、俺が惚れてるあの邪なフェリーナといっしょに飲みはじめた。俺は腹立ちのあまり、どっちがあの女にふさわしいかとカウボーイに迫った、俺の挑戦に、奴は電光石火で腰の拳銃に手をやることで応えた、つぎの瞬間、ハンサムな見知らぬ若者は床に倒れて死んでいた」

どの節がどこにかかっているのか、修飾関係が微妙なところもありますが、映画なら90分、落語でも20分はかかろうという話を、わずか4分40秒でエンディングに持ち込まなければならないので、すべて棚上げして、先を急ぐことにします。つぎは「転」の後半。

Just for a moment I stood there in silence
Shocked by the foul evil deed I had done
Many thoughts raced through my mind as I stood there
I had but one chance, and that was to run

Out through the back door of Rosa's I ran
Out where the horses were tied
I picked a good one, he looked like he could run
Jumped on his back and away I did ride
Just as fast as I could
From the West Texas town of El Paso
Up through the badlands of New Mexico

「自分がしでかした惨事に呆然として、しばらくのあいだ、俺はその場に立ちすくんでしまった、いろいろな考えが頭を駆けめぐったが、できることはひとつしかなかった、逃げるんだ。ローザの店の裏口を抜けて馬をつないである場所にいき、足の速そうなのを選んで一目散に逃げだした、ウェスト・テキサスのエル・パソから、ニューメキシコのバッドランドを抜けて」

一目山随徳寺を決め込んだ、といいたくなるところですが、それじゃあスティーヴ・マーティンのお笑い版El Pasoになってしまうので、グッとこらえておきます。badlandには「悪地」という訳語があるようですが、熟していなくて据わりが悪いので避けました。「荒れ地」では休耕田みたいですしね。西部劇によく出てくる、ぺんぺん草も生えないような場所をご想像あれ。

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こんなところを逃げていった? エル・パソに近いフランクリン山地。ニューメキシコへ行ったということは北上したことになる。

Back in El Paso my life would be worthless
Everything's gone, in life nothing is left
It's been so long since I've seen the young maiden
My love is stronger than my fear of death

I saddled up and away I did go
Riding alone in the dark
Maybe tomorrow a bullet may find me
Tonight nothing's worse than this pain in my heart

「エル・パソに戻ったら俺の命はないも同然、すべてを失った、もう俺の人生にはなにもない、でも、彼女の姿を見てから長い時がたち、命の危険よりも彼女への想いのほうが強いことがわかった、俺は馬に鞍を乗せ、暗闇のなか、ひとり出発した、明日には弾丸を喰らうかもしれないが、今夜は胸の痛みのほうがはるかにひどい」

And at last here I am on the hill overlooking El Paso
I can see Rosa's cantina below
My love is strong and it pushes me onwards
Down off the hill to Felina I go

Off to my right I see five mounted cowboys
Off to my left ride a dozen or more
Shoutin' and shootin', I can't let them catch me
I've got to make it to Rosa's back door

「ようやくエル・パソを見下ろす丘にたどり着いた、眼下にはローザの店が見える、強い愛に衝き動かされ、フェリーナを目指して俺は丘をくだりはじめた、右手には馬に乗った5人のカウボーイたちが見えた、左手からは、1ダース以上の連中が、叫び声を上げて撃ってきた、奴らに撃たれるわけにはいかない、ローザの店の裏口にたどり着かなくてはならないのだ」

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エル・パソ郊外のランチ

残りは一気に最後まで行きます。

Something is dreadfully wrong for I feel
A deep burning pain in my side
Though I am trying to stay in the saddle
I'm getting weary, unable to ride

But my love for Felina is strong
And I rise where I've fallen
Though I am weary I can't stop to rest
I see the white puff of smoke from the rifle
I feel the bullet go deep in my chest

From out of nowhere Felina has found me
Kissing my cheek as she kneels by my side
Cradled by two loving arms that I'll die for
One little kiss and Felina, good-bye

「まずい、脇腹に焼けるような痛みを感じる、なんとか鞍にしがみつこうとするが、もう力がない、俺は馬から落ちた、だが俺のフェリーナへの愛は強い、なんとか立ち上がる、もう力は残っていないが、立ち止まるわけにはいかない、そのとき、ライフルから白煙が吹き出るのが見え、俺の胸に弾丸が深く撃ち込まれたのがわかった、どこからともなくフェリーナがあらわれ、駆け寄ってきた、フェリーナは俺の頬にキスして、かたわらにひざまずいた、このためなら死んでもいいと思うほど恋いこがれた腕に抱かれて俺はいった、もう一度キスしてくれ、そうしたらお別れだ、フェリーナ」

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◆ カウボーイ・ブーム ◆◆
あんまり長すぎることもあり、また、現在形で押し通すのは日本語に馴染まないので、最後のほうは横着な書き方になってしまいましたが、ストーリーだけはおわかりいただけたと思います。こういう歌詞の場合、細部の表現より、ストーリーテリング、ナラティヴのほうにウェイトがあるので、大ざっぱな日本語ですが、つまるところ、大ざっぱに捉えていただければ十分なのです。

El Pasoがヒットしたあとになっていいだしたことかもしれませんが、テキサスの隣、アリゾナ出身のマーティー・ロビンズは、もうすこし早く生まれていたら、カウボーイになっていたと思うといっています。じっさい、ロビンズの母方の祖父はカウボーイだったのだそうです。20世紀になっても、まだキャトル・ドライヴなんてものをやっていたのでしょうか。

しかし、それよりも大きな動機は、どうやらテレビの西部劇ブームのようです。こちらのほうが、わたしにもわかりやすい動機です。たしかに日本でも、テレビ草創期には、アメリカ製西部劇がたくさん放送されていました。

「ローハイド」「ガンスモーク」「ワイアット・アープ」「カートライト兄弟」「バット・マスターソン」「名犬リンチンチン」(現代なら、リンティンティンと書くだろう!)「ローン・レンジャー」、そして、El Pasoのヒットよりあとになるでしょうが、「ライフルマン」「ララミー牧場」などというのもありました。調べればこの倍はあるでしょう。60年代中期に放送していた「ワイルド・ウェスト」なんていう、ジェイムズ・ボンドと西部劇が合体したみたいな、むちゃくちゃにぶっ飛んだドラマも大好きでした(ずっと後年、ウィル・スミス主演で大仕掛けな本編になったが、テレビ版の小さなトリックやガジェットのほうが面白かったように感じる)。

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上から「ガンスモーク」「名犬リンチンチン」「ローン・レンジャー」「ワイルドウェスト」

ロビンズはこの曲の出来に自信をもっていて、はじめから会社(CBS)に、シングル・カットしたいと申し入れたものの、いくらなんでも4分40秒は長すぎると拒否され、El Pasoは当初、アルバム・カットとしてリリースされたのだそうです。結局、シングル・カットの要求が高まり、59年秋にリリースされ、1960年最初のビルボード・チャートトッパーになりました。カントリー・チャートとのダブル・クラウンです。

f0147840_0111915.jpgマーティー・ロビンズの盤は、いつもみごとなギター・プレイがフィーチャーされていて、それがお楽しみのひとつになっています。El Pasoのギターも立派なプレイですが、残念ながら、このトラックのパーソネルは不明です。録音場所すらわかりません。The Essential Marty Robbinsの、El Pasoの直前の曲はハリウッド録音(ギターはビル・ピットマンとクレジットされている!)、直後の曲はナッシュヴィル録音で、推測も困難です。

ただ、ハーモニーをつけたシンガーはナッシュヴィルの連中(ひとりは、バーズがグランド・オール・オプリーに出演したときのMCである、あのトムポール・グレイザー!)なので、たいした傍証にはならないものの、ナッシュヴィル録音の可能性のほうが高いかもしれません。

いま、いくつかのサイトを見たところ、この曲のギターはグレイディー・マーティンだといっているところがありました。たしかに、マーティンならこれくらいは弾くだろうというプレイです。だとすると、ナッシュヴィル録音ということになります。

どちらの録音にせよ、すばらしいギター・プレイであることに変わりはなく、デッドが数百回にわたって、ライヴでこの曲をプレイした理由のひとつは、ジェリー・ガルシアがこの曲を弾くことを好んだからではないかと推測します。

ということで、グレイトフル・デッドと50ギターズのカヴァーがある理由はおわかりいただけるでしょうが、この2種のヴァージョンについては明日以降に書かせていただきます。

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エル・パソのダウンタウン。住みやすい町だそうだが、たしかに、写真を見ていると、そうだろうなあ、という気がしてくるたたずまい。

by songsf4s | 2008-05-19 23:54 | 風の歌
The Windmills of Your Mind その2 by Dusty Springfield
タイトル
The Windmills of Your Mind
アーティスト
Dusty Springfield
ライター
Michel Legrand, Alan and Marilyn Bergman
収録アルバム
Dusty in Memphis
リリース年
1969年
他のヴァージョン
Noel Harrison, Petula Clark, Vanilla Fudge, Henry Mancini, Paul Mauriat, Percy Faith, Jose Feliciano, Michel Legrand (instrumental theme from the OST), David Grisman (as Clinch Mountain Windmill), the Sandpipers, Art Farmer with the Great Jazz Trio
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プレイヤーの表示をつらつら眺めてみると、Windmills of Your Mindではなく、The Windmills of Your Mindと定冠詞をつけるほうが多数派でした。盤を取り出して確認したところ、オリジナルのThe Thomas Crown Affairサントラ盤も定冠詞をつけていたため、昨日の記事にまでさかのぼって修正しました。

◆ キャロル・ケイとミシェル・ルグラン ◆◆
昨日の記事で、同じThe Thomas Crown Affairで使われているThe Boston Stranglerという曲も、ついでに聴いてみてくださいと申し上げました。その理由は、冒頭でベースだけが単独で聞こえるからです。ファンの方はすぐにお気づきになったはずですが、このプレイヤーはキャロル・ケイです。

馴れた耳なら、だれにいわれなくてもわかるほどハッキリ特長が出ていますが、これはご本人も確認していることなので、まちがいありません。そもそも、わたしがThe Thomas Crown Affairのサントラを買ったのは、CKさんとメールを交換していて、あの映画でプレイしたということをお聞きし、卒然と、あれはいい映画だった、と記憶がよみがえった結果なのです。

サントラCDに収録されている曲のなかにはスタンダップ・ベースが使われている曲もあり、そうしたトラックはもちろん別人のプレイですが、フェンダー・ベースはすべてキャロル・ケイのプレイだろうと思います。CKさんは、ミシェル・ルグランをきわめて高く評価していて、この映画でのプレイはご自分でも気に入っているようです。

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ついでにいうと、ベースだけでなく、The Boston Stranglerのドラムも聞き覚えがあるとお感じになる方が多いのではないでしょうか。ガチガチに大丈夫というわけなく、確率は80パーセントぐらいですが、ハル・ブレインのプレイだろうと思います。ハルは映画の世界ではエース・ドラマーではありませんでしたが、やはり相当数のサントラで叩いているようです。

ノエル・ハリソンのThe Windmills of Your Mindのベースも、CK印がペタッと押してあるプレイになっています。ドラムは非常に控えめなので、だれともつきませんが、ハルではないと感じるプレイもしていません。

テンポがゆるくなったり、元にもどったりするので、見えないところで技術が求められる曲ですが、当然ながら、ハリウッドのクルーはそういうときにこそ力を発揮することになっていて、きわめてスムーズなサウンドをつくっています。

◆ ノエル・ハリソンとミシェル・ルグラン ◆◆
ノエル・ハリソンは、結局、「レックス・ハリソンの息子」という「枕詞」がとれなかった人で、華々しいキャリアがなく、The Windmills of Your Mindで記憶されることになるのではないでしょうか。ほかのヴァージョンとくらべてみて、やっと認識できたのですが、存在感の稀薄な、ノエル・ハリソンのふわふわとした声は、この曲にはふさわしいと感じます。

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ノエル・ハリソン。「アンクルの女」より。

映画では、テーマソングの変奏曲というのがしばしば使われ、サントラのThe Windmills of Your Mindにもインスト・ヴァージョンがあります。ミシェル・ルグラン名義になっているこのヴァリアントは、トラックはノエル・ハリソン盤と同一のもので、ヴォーカルのパートをハープシコードのプレイに差し替えただけではないかと思います。このヴァージョンが映画のどこで流れるのかは記憶していませんが、リード楽器としてハープシコードを選択したのは正解だと感じます。

ライナーによると、The Thomas Crown Affairの音楽は、奇妙な形で制作されたそうです。ミシェル・ルグランはノーマン・ジュイソンに、「監督は二カ月ばかりヴァケーションをとってください」といったそうです。つまり、口を出すな、ということです。

f0147840_2337892.jpgフィルムをみながら、秒刻みのスコアを書くという通常の方法もとりませんでした。一度だけラッシュを見て、その印象をもとに、90分のシンフォニーを書く、もしも結果が気に入らなかったら、新しいスコアをノーギャラで書くといったのだそうです。映画に使われたのは、もちろん、ルグランがフリーハンドで書いたスコアです(ジョン・カーペンターも、Halloweenのスコアは、フィルムを参照せずに書いたといっている。まあ、カーペンターの場合、自分が監督したのだから、明確に記憶していただろうが)。

よくあることですが、The Windmills of Your Mindも、ヴァージョンによってずいぶんコードが異なっています。ノエル・ハリソン盤は、途中、自信のないところがありますが、ファースト・ヴァースとセカンド・ヴァースはEbm-Bb7-Ebm-Eb7-Abm7-Db7-F#-Abm7-Db7-Bb7-Adim-Bb7-Ebmというあたりだろうと思います(サード・ヴァースはかなり異なっているが、まだとれていない)。

ポイントは、EbmからEb7への移行と、Adimです。聴いていると、この二カ所が非常に耳に立ちます。こういうのは、ロック・グループの曲にはあまり見かけないパターンでしょう。

ちなみに、ライヴなので、OSTヴァージョンとは大きく異なりますが、ミシェル・ルグラン自身の歌によるThe Windmills of Your MindがYou Tubeにあるので、ご興味のある方はどうぞ。やっぱりシャンソンになっちゃうねー、でした。

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◆ 歌ものカヴァー ◆◆
キャロル・ケイとハル・ブレインの話が出たついでに、もうひとつ、このコンビのプレイに聞こえるヴァージョンをあげておきます。ペトゥラ・クラーク盤です。The Windmills of Your Mindが収録されたPortrait of Petule/Happy Heartの大部分のトラックは、Arranged and Conducted by Ernie Freemanとクレジットされています。つまり、ハリウッド録音だということです。

f0147840_23431476.jpgペット・クラークのハリウッド録音のアルバムでは、ハルは皆勤賞ではないかとおもうほどしばしばプレイしています。キャロル・ケイもペットのトラックはたくさんやったといっています。まあ、この時期にハリウッドで録音すると、ハル・ブレイン以外のドラマーに当たる確率のほうが低いといっていっていいくらいなのですが!

ペットのWindmills of Your Mind(盤の記載では定冠詞がない)は、いかにも彼女にふさわしいアレンジになっています。さすがはアーニー・フリーマンというべきでしょう。プレイも歌もアヴェレージ以上の出来です。ただ、この曲については、わたしはもっともテンポが速いほうがいいのではないかと感じます。ペットらしさという意味では、このテンポがいいのでしょうが。

f0147840_2345084.jpgもうひとつ、ハル・ブレインがプレイしたThe Windmills of Your Mindがあります。サンドパイパーズ盤です。ああいうグループなので、どの曲も、すごいというほどよくもなければ、腹が立つほどダメということもなく、いろいろな意味でほどほどの、BGM的な音ですが、そのかぎりにおいては、サンドパイパーズのThe Windmills of Your Mindも、それなりに楽しめる出来です。ハル・ブレインも、ほどほどに活躍しています。

世にいわれるほど、ダスティー・スプリングフィールドのDusty in Memphisがすぐれた盤だとは思いませんが(メンフィスのプレイヤーのグルーヴはポップ系の曲には合わない。メンフィスのよさを感じるのはSon of a Preacher Manなど、一握りのトラックだけ。ランディー・ニューマンのJust One Smileなどはまったくいただけない)、このアルバムに収められたThe Windmills of Your Mindは、オリジナル以外ではもっともすぐれたものと感じます。これだけがトップ40にチャートインしたのも当然でしょう。You Tubeには動画はありませんが、音だけならダスティーのThe Windmills of Your Mindも聴くことができます。

f0147840_23533564.jpgなにがいいかというと、The Windmills of Your Mindでは、ダスティーの声が彼女のほかのどんな盤よりもすばらしく聞こえることです(といっても、数枚しか聴いたことがないのだが)。じっさい、このアルバムのほかの曲を聴いても、これほどいい感じで声がしゃがれて、テクスチャーのでているトラックはありません。キーもちょうどよかったのでしょう。低いところにいって、声がクラックする瞬間がじつに魅力的です。

メンフィスのリズム・セクションでポップ系の曲をやる意外性、というベンチの狙いはまったくの机上の空論、下手な考え休むに似たりだと思います(レジー・ヤングが下手に聞こえるのは、不向きな曲が多いからだろう)。しかし、ほかのことはどうあれ、ダスティーのすばらしい瞬間を記録できたのだから、まんざら無駄な遠出でもなかったといえるでしょう。

◆ オーケストラものカヴァー ◆◆
オーケストラものには、あまりいいと感じるものはありません。パラドキシカルな言い方になってしまいますが、本来がオーケストラ向きの曲だからだろうと思います。対比の魅力がなく、いずれもクリシェに堕していると感じます。

f0147840_23552052.jpg長いあいだ、ヘンリー・マンシーニにささやかな偏見をもっていました。子どものときに、ヘンリー・マンシーニがカヴァーしたLove Theme from Romeo and Julietが大ヒットしたのですが、これが大嫌いだったのです。ヘンリー・マンシーニのThe Windmills of Your Mindを聴くと、そのLove Theme from Romeo and Julietを思いだします。

双方ともピアノをリード楽器にしているから、ということだけでなく、楽曲自体がちょっと似たところがあると感じます。その後、好みも変わって、いまではポップ・オーケストラをよく聴くようになっていますし、なかでもヘンリー・マンシーニはスーパーAクラスだと思いますが、それでもやはり、Love Theme from Romeo and Juliet(ドラムはハル・ブレインだが)はあまり好きではなく、そして、それに似た雰囲気をもつ、マンシーニ盤The Windmills of Your Mindも、やはり気に入りません。

パーシー・フェイスは、この曲をアルバム・タイトルにしたほどで、力が入っているのですが、どうでしょうかねえ。OST収録のヴァリアントと同じように、ハープシコードをリード楽器に使っていますが、その分だけOST収録のインスト・ヴァージョンに似てしまったと感じます。テンポを遅くしてしっとりとやるヴァージョンが多いのに、パーシー・フェイスはOSTに近い速めのテンポでやっていること自体はけっこうですが、それも特長を出せなかった一因で、やや皮肉な結果になっています。

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ポール・モーリアはイントロのストリングスのフレージングが、どこからどう見てもポール・モーリア以外の何者でもなく、思わず笑ってしまいます。こういうムードで売った人だからなあ、と思います。ポール・モーリア・ファンには十分に楽しめる出来でしょう。

◆ 変わり種ヴァージョン ◆◆
f0147840_0122183.jpgスタジオ録音とは異なるものですが、You Tubeにはホセ・フェリシアーノのThe Windmills of Your Mindもあります。わたしの好みからいうと、ややパセティックすぎますが、フェリシアーノというのはそういう人なのだから、そんなことをいってもはじまりません。この曲は演歌的にやったほうがいいと感じる方にとっては、あるいはこれがベスト・レンディションかもしれません。スタジオ盤は悪くない出来です(ヴィデオを見て、やっぱりいろいろよぶんなテンションをつけているなあ、と思った。ギタリストとしては当然だが)。

さて、残ったのは変わり種がふたつ。ひとつは、いわずと知れたヴァニラ・ファッジ盤です。もう、ヴァニラだとしかいいようのないアレンジでやっています。この年になると、こういうのはいいんだか悪いんだか、さっぱりわかりません。

f0147840_0124696.jpgヴァニラ・ファッジのThe Windmills of Your Mindは、先日取り上げたSeason of the Witchに近いアレンジといっていいでしょう。ヴァニラのアレンジのひとつのパターンがこれでした。思いきりテンポを落とし、大仰に、おどろおどろしくやるのです。十代の子どもはこういう音が好きなので、わたしもそれなりに聴いていましたが、この曲が収録されたアルバム、Rock & Rollのころには、怪獣映画に飽きた小学生のように、もうヴァニラ・ファッジはたくさんだと思っていました。

年をとってみると、こういう音にかすかなノスタルジーを感じますし、子ども(この場合はわたしのことではなく、ヴァニラのこと)というのは可愛いなあ、とも感じます。こういう風にやるのがアーティスティックだと思いこんでいたのでしょうねえ。大人には思いつかないことです。まあ、それだけのことで、いまとなっては60年代のスーヴェニアの意味しかないでしょう。

f0147840_013322.jpgどん尻に控えしは、デイヴィッド・グリスマンのブルーグラス・ヴァージョン。タイトルもClinch Mountain Windmillsとなっているので、同じ曲といっていいかどうかも微妙ですが、しかし、The Windmills of Your Mindのメロディーをテーマにした一種のジャム、という表現ならかまわないでしょう。使用楽器はフラット・マンドリンとバンジョーのみで、おおむね、グリスマンのマンドリンを聴かせるためのトラックといえます。

グレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアは、晩年、しばしばデイヴィッド・グリスマンといっしょにサイド・プロジェクトをやっていて、そこに、ハル・ブレインがパーカッションで加わることもあり、グリスマンという人はなかなか気になる存在です。Clinch Mountain Windmillsが収録されたDawg Duosというアルバムには、ハル・ブレインも参加していますが、前述のように、マンドリンとバンジョーのデュオ曲なので、Clinch Mountain Windmillsではハルはプレイしていません。

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類は友を呼ぶ。ジェリー・ガルシア(左)とデイヴィッド・グリスマン。

◆ その他の寿限無寿限無 ◆◆
これで終わりかと思ったら、まだアート・ファーマー盤がありました。わたしは日活映画を浴びるほど見たので、こういうフリューゲルホーンを聴くと、なんだか日活みたいだなあ、と思います。『銀座の恋の物語』の開巻まもなく、物干しでトランペットを吹いていた、あの遠景の人物はアート・ファーマー? 無理矢理こじつけてみると、あのころの日活映画の音楽には、ジャズ・プレイヤーがたくさん参加していたので、ある種のシンクロニシティーがあって当然なのでしょう。

余談はさておき、アート・ファーマー盤も出来は悪くありません。ジャズというより、ジャズ・ミュージシャンによるポップ・オーケストラ・アルバムというおもむきで、ジャズのほうからも、ポップのほうからも、あまり相手にされないアルバムでしょうけれどね。まじめに聴き直してみて、ベースは非常にうまいと感じました。グッド・グルーヴの持主です。面倒がらずに名前を確認したら、エディー・ゴメスという人だそうです。

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それにしても、You Tubeで検索をかけると、じつにもって呆れかえるほど多数のThe Windmills of Your Mindがありますなあ。バーバラ・ルイス・ヴァージョンなんてのがあったので、思わず聴いちゃいましたが、ひどいバッド・グルーヴで辟易しました。わたしは彼女のファンなのですが、出来のいいのはほんの一握りだと思います。You Tubeにアップしただれかさんは、ライノのベスト盤のジャケットを使っていますが、この盤にはThe Windmills of Your Mindは収録されていません。

さらにいくつか聴いてみましたが、いいものというのは、そうそうゴロゴロしているものではないということがよくわかっただけでした。しいていうと、意外にもマット・モンローのものが好ましい出来に感じました。だいたい、この曲は大仰にアレンジしたくなるところがあるので、そこをぐっとこらえて、軽くやるとうまくいくのです。そういう意味でマット・モンロー盤のアレンジとレンディションは正解でしょう(ただし、サブリミナルみたいなスライド・ショーは見ないほう身のため!)。
by songsf4s | 2008-05-18 23:55 | 風の歌
The Windmills of Your Mind その1 by Noel Harrison
タイトル
The Windmills of Your Mind
アーティスト
Noel Harrison
ライター
Michel Legrand, Alan and Marilyn Bergman
収録アルバム
The Thomas Crown Affair (OST)
リリース年
1968年
他のヴァージョン
Dusty Springfield, Petula Clark, Vanilla Fudge, Henry Mancini, Paul Mauriat, Percy Faith, Jose Feliciano, Michel Legrand (instrumental theme from the OST), David Grisman (as Clinch Mountain Windmill), the Sandpipers, Art Farmer with the Great Jazz Trio
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ノーマン・ジュイソンの『華麗なる賭け』(The Thomas Crown Affair、1968年)は、いろいろな意味で非常に印象的な映画でした。なによりもまず、スプリット・スクリーンを多用した映像表現に、子どもは驚きました。強く印象に残っているというとことは、それまでこういう映像は見たことがなかったのでしょう。ストーリーや俳優たちのことでもいろいろ思いましたが、音楽もまた印象に残るものでした。

映画音楽なので、先に映像つきで聴いていただいたほうがよさそうです。You TubeにThe Windmills of Your Mindが流れるシーンがあります。このシーンについても思うことがありますが、それはあとまわしにして、もうひとつ、この動画も、よろしかったらご覧になってみてください。このThe Boston Stranglerという曲についても、あとでふれるつもりです。

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◆ 「解決」しない歌詞 ◆◆
さて、とりあえず歌詞を見ておきます。かなり感覚的で、そのまま英語で聴くだけにしておいたほうが、まだしも意味が了解できるだろうと思います。でも、そういっては身も蓋もないので、日本語に移す努力をしてみますが、なによりもまず(要するに言い訳ですが)、主部が明示されていないということをご了解いただきたいと思います。だから、ルートに戻って「解決」しない曲のように、据わりが悪いのです。それではファースト・ヴァース。ヴァージョンによってかなり異同がありますが、ここではオリジナルのサウンドトラック盤(ノエル・ハリソン盤)にしたがっておきます。

Round like a circle in a spiral
Like a wheel within a wheel
Never ending or beginning
On an ever-spinning reel
Like a snowball down a mountain
Or a carnival balloon
Like a carousel that's turning
Running rings around the moon
Like a clock whose hands are sweeping
Past the minutes on its face
And the world is like an apple
Whirling silently in space
Like the circles that you find
In the windmills of your mind

f0147840_23252651.jpg「螺旋のなかの環のように、車輪のなかの車輪のように円を描き、終わりもなければ、始まりもなく、永遠にめぐりつづける糸車のように、山を転がり落ちる雪玉のように、カーニヴァルの風船のように、廻りつづける回転木馬のように、月のまわりで環を描く、分を刻みながら時計の針が文字盤を一周するように、音もたてずに宙を旋回する、心のなかの風車が環を描くように」

うーん、納得しているわけではないのですが、べつにまちがっているわけでもなく、じっさい、このようなことをいっているので、ご諒解あれ。つづいてセカンド・ヴァース。

Like a tunnel that you follow
To a tunnel of its own
Down a hollow to a cavern
Where the sun has never shone
Like a door that keeps revolving
In a half-forgotten dream
Or the ripples from a pebble
Someone tosses in a stream
Like a clock whose hands are sweeping
Past the minutes of its face
And the world is like an apple
Whirling silently in space
Like the circles that you find
In the windmills of your mind

「トンネルのなかのトンネルをたどるように、穴をたどってけして陽の射しこまぬ洞窟へと、忘れかけた夢のなかで回転しつづけるドアのように、あるいはだれかが小川に投げ込んだ小石が起こした波紋のように、分を刻みながら時計の針が文字盤を一周するように、この世界は心のなかの風車が環を描くように音もなく回転する林檎」

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あれこれいわずにサード・ヴァースへ。

Keys that jingle in your pocket
Words that jangle in your head
Why did summer go so quickly?
Was it something that you said?
Lovers walk along a shore
And leave their footprints in the sand
Is the sound of distant drumming
Just the fingers of your hand?
Pictures hanging in a hallway
And the fragment of a song
Half-remembered names and faces
But to whom do they belong?
When you knew that it was over
You were suddenly aware
That the autumn leaves were turning
To the colour of her hair

「ポケットのなかでジャラジャラする鍵のように、頭のなかで渦巻く言葉のように、なぜ夏はあっという間に終わってしまうのだ? なにかまずいことをいってしまったせいなのか? 恋人たちは渚をそぞろ歩き、砂に足跡を残す、あれは遠くの太鼓の響きなのか、それとも手に握った指の音なのか? 廊下にかかる絵、歌の切れ端、思いだしかけた名前と顔、でも、すでに終わったことがわかっているのだったら、その名前と顔はだれのものなのだ、そして、ふいに、木の葉が彼女の髪の毛と同じ色に紅葉しているのに気づく」

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◆ 映画の時間が止まるとき ◆◆
映画のなかにはよく、ストーリーの流れという面では重要ではない、叙情的なシーンというのがあります。そういうシーンでは、しばしばテーマ曲が流れることになっています。もっとも有名な例としては、『明日に向かって撃て』(Butch Cassidy and the Sundance Kid)のRaindrops Keep Fallin' on My Headが流れるシーンがあります。

こういう付録のようなシーンがいつから生まれたのかわかりませんが、わたしが子どものころには、それほど多くはなかったような気がします。おそらく、ミュージカル映画からの借用として誕生したのではないかと思うのですが、自分が見た映画のなかで、その種のものとして印象に残っているのは、まず、ビートルズのA Hard Day's NightのCan't Buy Me Loveが流れるシーンです。

A Hard Day's Nightは一種の音楽映画なので、たいていは「必然性」、つまり、ビートルズがステージなどでうたう、という形で歌が出てくるのに、このシーンはそういうものではなかったために、強く印象に残りました。同じ映画のなかで拗ねたリンゴが町を放浪するシーンも同じような味わいがありました(You Tubeの映像は正しいが、音はビートルズのThis Boyに差し替えている。本来はインストのThis Boy)。さらにいえば、Help!のAnother Girlのシーンなども同類と感じます。

音楽映画ではなく、ふつうの映画で、音楽と映像の結合による「詩」を感じたのは、ロベール・アンリコの1967年の映画『冒険者たち』(Les Adventuriers)での、複葉機とトラックが「ダンスする」シーンでした。この映画は、当時の中学生、というか、われわれの学校では一大センセーションとなり(おもにジョアナ・シムカスの魅力による!)、わたしも数回見ていますし、どこかの名画座でやっているという情報が伝わると、そのたびに数人は見にいっていました。

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もちろん、映画としてすぐれていたからですし、ジョアナ・シムカスも圧倒的でしたが(あの目!)、いまでもときおりヴィデオをかけて、ちょっとだけ見るのは「トラックのダンス」シーンです。なにしろ、映画音楽には手を出さないことにしていたのに、思わずサントラ・シングルを買ってしまったほどで、あのころ、この曲とそれが流れるシーンにどれほど惚れこんでいたかがわかろうというものです(このアラン・ドロンがうたうテーマ曲は、映画には出てこない。映画のサントラはB面に収録されたJournal de Bordのほう。You Tubeの映像は、うまくない編集がされているが、チラッとだけ、複葉機とピックアップ・トラックのダンス・シーンが織り込まれている。ロベール・アンリコの傑作を再編集するとは、このヴィデオの作成者、神をも恐れぬ太い肝っ玉の持主!)。

こういうシーンは、プロモーション・フィルム、そしてその後のプロモーション・ヴィデオの先駆といっていいでしょうが、そのような流れのなかで、やはり強い印象に残ったのが、本日の曲、The Windmills of Your Mindが流れる、『華麗なる賭け』のグライダーのシーンでした。わたしの頭のなかでは、ビートルズ映画、『冒険者たち』、『華麗なる賭け』、そして『明日に向かって撃て!』という順序で、この系譜はつながっています。いまになれば、明らかですが、これこそが未来につながるメインラインだったと思います。

この曲は、多少ともヒットしたのはダスティー・スプリングフィールドのヴァージョンだけなのですが、じつに多くのカヴァーがあります。楽曲の出来がいいということももちろんあるでしょうが、あのグライダーのシーンが強い印象をあたえたことも、理由のひとつではないかと思います。

今日はここまでとして、各ヴァージョンの検討は明日以降にさせていただきます。
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『華麗なる賭け』は基本的にはケイパー映画で、銀行襲撃がひとつのクライマクスになっているが、そこに保険会社の調査員であるフェイ・ダナウェイと、実業家にして強盗の首魁スティーヴ・マクウィーンの微妙な駆け引きが加わり、オフビートなケイパー/ラヴ・ストーリー映画になっていた。

by songsf4s | 2008-05-17 23:54 | 風の歌
Hickory Wind その2 by Gram Parsons
タイトル
Hickory Wind
アーティスト
Gram Parsons
ライター
Gram Parsons, Bob Buchanon
収録アルバム
Grievous Angel
リリース年
1974年
他のヴァージョン
The Byrds, Emmylou Harris
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今日の曲であるHickory Windにも、グラム・パーソンズにも、ぜんぜん関係のないことですが、フィル・スペクターの諸作でエンジニアをつとめ、後年、A&Mの録音部門をあずかり、A&Mのスタジオを設計したラリー・レヴィンが亡くなったことを、右のリンクからいけるO旦那のWall of Houndで知りました。

f0147840_23314979.jpgラリー・レヴィンというと、どうしてもフィル・スペクターの話になってしまい、A&Mのことがないがしろにされがちですが、A&Mがゴールド・スターなどを使っていた初期はともかくとして(いや、そのときにはレヴィンはゴールド・スターのエンジニアだったのだから、これも無視はできない)、60年代後半以降のA&Mの音は、直接間接にラリー・レヴィンの影響下にありました。ブログをはじめてみると、レヴィンのA&Mでの仕事も非常に気になってきて、そういうインタヴューはないものかと思っていた矢先の死でした。

享年八十とのことで、つらつら勘定してみると、ラリー・レヴィンはフィル・スペクターのひとまわり上ということになります。意外にお年を召していたことになりますが、エンジニアは経験がものをいうので、三十代以後の仕事が知られているのは、考えてみれば当然です。

なにはともあれ、一時代を築いたエンジニアに合掌。

◆ Hickory Windヴァージョン一覧 ◆◆
さて、昨日は歌詞の検討をするだけで終わってしまったので、今日はHickory Windの各ヴァージョンを見ていくことにします。コードは三つだけのシンプルな曲なので、勝負はどのようにレンダーするかにかかっています。

まず、オリジナルのバーズ盤があり、これは現在までに2種類がリリースされています。第一はもちろん、オフィシャル・リリース盤。それから、近年リリースされたLegacy Editionという、Sweetheart of the Rodeoの拡大版に収録された別テイクがあります。さらに、ブート同然のハーフ・オフィシャル盤ですが、ひところ、しばしば見かけたLive at Piper Clubに収録されたライヴ・ヴァージョンもあります。

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The Byrds with Gram Parsons, 1968. (l-r) Kevin Kelley, Gram Parsons, Roger McGuinn, Chris Hillman

グラムのソロ・レコーディングとしては、まず、遺作Grievous Angelに収録された、ライヴをよそおったスタジオ・ヴァージョンがあります。さらに、これまた近年リリースされた、The Complete Reprise Sessions収録のヴァリアントもあります。ソロ・デビュー盤のプロモーション・ツアーにおけるラジオ出演時のライヴ・パフォーマンスを記録したアルバムもリリースされていますが、このときはHickory Windはやらなかったようです。

エミールー・ハリスは、グラムの相方としてデビューしていて、Grievous Angel収録のリメイク・ヴァージョンのHickory Windでもハーモニーをつけています。そしてグラムの死後、カントリー・スターとなったエミールーは、折に触れてGP作品を取り上げています。代表作であるHickory Windも当然、かなり早い段階で録音し、ライヴでもしばしばうたっているようです。

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Gram Parsons with Emmylou Harris on "Fallen Angels" tour, 1973.

Hickory Windは、現在では押しも押されもせぬカントリー・クラシックなので、その後、山ほどカヴァー・ヴァージョンが生まれていますが、年代的に守備範囲ではないので、今回は、バーズのオリジナルとアウトテイク、GPのセルフ・カヴァーとそのアウトテイク、そしてエミールー・ハリスのカヴァーだけを検討します。

◆ Sweetheart of the Rodeoとバーズ ◆◆
バーズは、The Notorious Byrd Brothersの制作中にデイヴィッド・クロスビーを馘首したため、トリオになってしまいました。たんなるツアー用ドラマーで、音楽的にはなにも貢献していなかったマイケル・クラークもその直後に抜けました(スタジオでは、デビュー盤はハル・ブレインがプレイした。バーズの主張とは裏腹に、シングルのみならず、アルバム・トラックの大部分もハル。セカンド・アルバム以降はいまだに資料が出てきていないが、わたしは多くがジム・ゴードンのプレイと考えている。そろそろ材料が出るのではないだろうか。御用伝記作者がいくら隠しても、真実はいずれ顕れる)。

デュオではリップ・シンクのテレビ出演すらままなりません。グラム・パーソンズが加入する直前のバーズは、なんでも吸い込む真空状態にあったのです。グラムとクリス・ヒルマンのマネージャー(姓名からフィル・スペクターの養子ではないかと思うが、確認できず)が同じだったため、その縁からグラムが生き残りのバーズとセッションをし、その場で雇われることになりました。

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The Byrds at the Troubadour, LA, 1968, with Gram Parsons and Roger McGuinn in front.

ロジャー・マギンはグラム・パーソンズの加入について、キーボード・プレイヤーを雇ったつもりだったのだが、その正体はじつはハンク・ウィリアムズだった、とボヤいています。クリス・ヒルマンはもともとブルーグラス・バンドのマンドリン・プレイヤーだったので、グラムがバーズに持ち込んだものは、my kind of musicだといっています。マギンはもとフォーキーではあるものの、カントリーへの傾斜は、バーズ時代にはウィンク程度も見せたことがありませんでした。

マギンにいわせれば、グラムは「モンスター」だったかもしれませんが、どうであれ、その時点では、マギンはGP的音楽観に目を開かれた気がしたにちがいありません。グラムと出会って以降、しばらくはカントリー・ステーションばかり聴いていたというのだから、短いあいだではあったものの、新しい地平が開けた思いだったのでしょう。いくらグラムとクリスがそちらの方向へ引きずり込んだといっても、マギンが全面的に拒否すれば、あんな結果にはならなかったはずです。

そして、Sweetheart of the Rodeoという、ロック・バンドによる「もろ」のカントリー・アルバムが録音されることになります。

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◆ マギンとGPの確執 ◆◆
Sweetheart of the Rodeoから、最終的にグラムのトラック(自作曲、カヴァーともに)の多くが抹消されたり、マギンやヒルマンのヴォーカルに差し替えられた経緯については、ナンシー・シナトラのSummer Wineのときに、流布されている説を書いておきました。簡単にいえば、グラムとリー・ヘイズルウッドの会社LHIの契約がまだ有効で、CBSがグラムのヴォーカルをリリースすることは法律的に禁じられていたというのです。

f0147840_010237.jpgしかし、じっさいには、それほど単純な問題でもなかったようです。LHIとバーズのレーベル、CBSとのあいだで交渉がもたれ、この問題は解決しているのです。金銭でケリをつけたか、または、ヘイズルウッドがCBSに貸しをつくる(小さな会社のオーナーとしては、十分に利益を期待できる)ということで解決したと推測できます。じっさい、手打ちになっていなければ、グラムがリードをとった一部のトラックだって、リリースできないはずなので、解決していないはずがないのです。

f0147840_0145067.jpgこの時期のバーズのプロデューサー、ゲーリー・アシャーは、晩年のインタヴューでべつの観点を提示しています。簡単にいうと、バーズがあまりにもバーズらしくなくなるのを防ぎたかった、ということです。グラムのヴォーカルが減らされ、マギンとヒルマンのヴォーカルが増やされたのは、これが理由だったとするほうが、契約トラブル説より筋が通っているように思えます。

のちに、グラムがヨーロッパ・ツアーの途中で、南アフリカへのツアーを拒否し、結果的にバーズを抜けることになった遠因はここにあるのでしょう。グラムは、Sweetheart of the Rodeoがあのような形になったことの責任はマギンにあると考え、しばしばそのことを口にしていたと伝えられています。つまり、アシャーとマギンが共謀して、グラムのプレゼンスを極小に抑えたということです。たぶん、これが正解ではないでしょうか。

いや、アシャーとマギンの措置を非難しているわけではありません。このときのバーズはマギンとヒルマンのバンドであり、グラム・パーソンズはたんなる雇われメンバーです。マギンがバーズとしてのアイデンティティーを保とうとしたのは当然のことです。ただ、あの時点でもっとグラムのトラックがリリースされていれば、Sweetheart of the Rodeoの価値はいっそう高まったにちがいないと思うだけです。

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Roger McGuinn and Gram Parsons. ロジャー・マギン(手前)とグラム・パーソンズ

◆ オリジナルHickory Wind ◆◆
Sweetheart of the Rodeoは、おおむねナッシュヴィルで録音されたということになっています。しかし、セッション・メンバーから考えて、ハリウッドで、すくなくともオーヴァーダブはおこなわれたと考えられます。当時のCBSの売り方は、ロック・バンドが「オーセンティックな」カントリーをやった、ということに力点を置いているので、建前として、ナッシュヴィル録音を強調したにすぎないでしょう。しかし、そのへんはどうでもいいことで、重要なのはグラムの曲とヴォーカルのみ、あとはいまになると贅肉です。

高校生の耳にも、Hickory Windはきわめて印象的で、Sweetheart of the Rodeoのなかでもっとも際だったトラックでした。ただし、すでにフライング・ブリトー・ブラザーズのデビュー盤を聴いていたので、はじめからバーズのアルバムとは思わず、「グラム・パーソンズがいるバンド」のアルバムとして聴きました。グラム・パーソンズ作品がたった二曲しかなかったのには失望しましたが、そのどちらもがすぐれたトラックだったので、いちおう満足しました(もう一曲はOne Hundred Years from Now。クラレンス・ホワイトのストリングベンダーのプレイも合わせて、こちらもやはりクラシック)。

シンプルなコード進行とワルツ・テンポ、そしてなによりも、茫洋たるグラムのレンディションのせいでしょうが、はじめて聴いたときから、ノスタルジーの美が濃厚な曲だと感じました。

ケヴィン・ケリーだったにせよ、だれかセッション・ドラマーだったにせよ、サイドスティックは正確なタイムできれいなプレイをしています。ベースはこの曲にはやや不向きなプレイで(ミックスのせいもある)、おそらくはクリス・ヒルマン自身でしょう。

このヴァージョンを印象深いものにしているもうひとつの要素は、途中から加わってくるハーモニーです。すくなくとも二人のハーモニー・シンガーがいることが聴き取れますが、マギンの声のような感じはせず、クリス・ヒルマンの印象しかありません。ひょっとしたら、ヒルマンのダブルの可能性もあると思います。グラムの声とよくマッチしていて、ここにブリトーズでのグラムとクリスのデュエットの原点があります。

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Chris Hillman (left) and Gram Parsons, 1969.

すべてを合わせて、これがグラム・パーソンズの代表作とされているのも当然というヴァージョンでしょう。

◆ ある夜のオプリーでの出来事 ◆◆
バーズはナッシュヴィルでのセッションの途中、グランド・オール・オプリーに出演しました。最初にうたった曲は、デッドもカヴァーしたマール・ハガードのSing Me Back Homeだったそうです(のちにブリトーズでグラムはふたたびこの曲をうたっている)。

Sing Me Back Homeが終わって、MCに「つぎの曲は?」ときかれ、Life in Prisonといったら、MCは「またマール・ハガードの曲だね」とよけいなことをいったそうです。つまり、カントリー界では重要なレーベルだったCBSの強引ともいえる推薦があったにせよ、長髪の若僧たち(じっさいには、彼らはこのとき、それまでより髪を短くしていたが)をライマン・オーディトリアムのステージに上げるにあたっては、オプリーにふさわしい曲をやる、という事前の合意があったということでしょう。

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The Byrds at the Grand Ole Opry with Gram Parsons singing lead.

ところがそのとき、グラムが脇からマイクをとり、「よくグランド・オール・オプリーを聴いていた、うちのおばあちゃんに捧げる曲をやります。Hickory Windというタイトルで、ぼくが書きました」といったのだそうです。これは打ち合わせになかったことで、他のメンバーはやむをえず合わせるハメになりました。この一事をとっても、グラム・パーソンズというのが、いかにバンドの一員となるには不向きな人間かということが、じつによくわかります!

これで話はメチャクチャになりました。「合意」が守られなかったのだから、当然です。グラムはのちにいっています。Hickory Windをうたっている最中にも、MCたちがステージの袖で、叫び、床を踏みならし、怒っていたのが見えた、と。カントリー音楽界のボス的存在だったロイ・エイカフにいたっては「ひきつけを起こしていた」とまでいっています。この2曲だけで、バーズはステージから引きずり下ろされたとしているソースもありますが、これは定かではありません。

グラムの独走は、けっして褒められたことではありませんし、わたしがバーズのメンバーだったら、楽屋に戻ったあとで、グラムに二、三発喰らわせずには収まらなかっただろうと思います。でも、Hickory Windの「封切り」がオプリーだったというのは、愉快でもあるし、象徴的でもあると思います。
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オプリーは、さまざまなことがらに加えて、ほかならぬグラム・パーソンズ(カントリー・ミュージックの救世主といってもいいはず)の傑作を最初に世に紹介する名誉も得たのだから、いまからでも遅くない、グラムの墓に詣でて、あのときの非礼を謝っておくべきです。とくに、グラムがオリジネーターとなった、いわゆる「ならず者カントリー」の歌い手としてのちに売り出した、このときのMC、トムポール・グレイザーは、グラムに大きな借りがあります。

まあ、グラム自身は、腹を立てるどころか、うたいながら、してやったりと、内心、大笑いしていたでしょうけれどね。

◆ その他のバーズ・ヴァージョン ◆◆
やっぱりこんなものがあったか、と思ったのが、2枚組CDに拡大されたSweetheart of the Rodeoに収録されて陽の目を見た、Hickory Windのアウトテイクです。ナッシュヴィル・セッションでのテイク8とあります。つまり、ナッシュヴィルではうまくいかず、結局、ハリウッドに戻ってオーヴァーダブしたものが、リリース・ヴァージョンだったことになります。

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この初期テイクの段階では、ピアノやフィドルがなく、なによりも重要なのは、ハーモニー・ヴォーカルもまだないことです。骨組だけのスカスカしゃりこうべヴァージョンで、利点はグラムのヴォーカルがよく聞こえることぐらいです。

いや、いくらGPファンでも、このナッシュヴィル録音の段階では、とうてい完成品にはほど遠いと感じます。レコード・プロダクションの観点から見れば、これではリリースできないのは明らかで、ハリウッドでのオーヴァーダブは正しい判断だったと思います。バーズ盤Hickory Windの最大の魅力は、もちろんグラムのヴォーカルですが、クリス・ヒルマンのハーモニーもやはり重要な要素なのです。

バーズのHickory Windは、もう一種類、ヨーロッパ・ツアーの途次、ローマのパイドパイパー・クラブで、1968年5月2日(ツアー・スケデュールから考えて、この日付は怪しい)に録音されたと記載されているヴァージョンがあります。

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しかし、これはどうでしょうねえ……。バンジョー(ゲストのダグ・ディラードのプレイ)が入った珍なヴァージョンで、なんなのこれは? と思います。ところどころに入るマギンの12弦もまったく場違いだし、歌も、なんだかなあ、です。そもそも、ハーモニーはクリス・ヒルマンではなく、マギンがうたっていますが、これもよろしくありません。貴重な録音といえるのでしょうが、このヴァージョンは歴史に記録されなくても、まったく差し支えないでしょう。

◆ Grievous Angelでの復活 ◆◆
ブリトーズのライヴはブートも含めて山ほどあるようですが、グラムがいた時期のものは稀で、あまり興味をもったことがありません。一枚だけ、グラムがまだいるセカンド・ラインアップのブートを聴いたことがありますが、Hickory Windはやっていません(ドラムがマイケル・クラークだというだけで、おおいにへこたれた)。グラムとクリス・ヒルマンという、オリジナル・ヴァージョンをうたった二人がいるのだから、やって当然のはずなのですが、グラム在籍時のブリトーズがHickory Windをやった形跡はないようです。

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The First Lineup of the Flying Burrito Brothers. (from upper left to lower right) Gram Parsons, Chris Ethridge, "Sneaky" Pete Kleinow and Chris Hillman.

この曲がふたたびよみがえるのは、グラムのセカンド・アルバムにして遺作、Grievous Angelでのことです。LPではB面のトップに置かれた、Northern Quebec Medleyと題するスタジオ・ライヴの一部として、Cash on the Barrelのつぎにうたわれています。メドレーといっても、短縮はせず、Hickory Windはフル・ヴァースをうたっています。

このヴァージョンを聴いて感じるのは、なによりもグラムの成長です。バーズ・ヴァージョンの5年後に録音されていますが、じつにいいシンガーになったなあ、と思います。バーズのHickory Windは、ビタースウィートなノスタルジーに重心がありましたが、グラムのリメイク・ヴァージョンは、より「重い」レンディションです。バーズ盤には、ヒコリーの風を感じれば、まっすぐ少年時代に戻れるというオプティミズムがありましたが、Grievous Angelヴァージョンでは、少年時代は文字通りfar away feelとなり、二度と戻れないのだと感じさせます。

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Gram Parsons and Emmylou Harris, 1973.

ドラム=ロン・タット、ベース=エモリー・ゴーディー、ピアノ=グレン・ハーディン、ギター=ジェイムズ・バートンというエルヴィスのバンドに、、ペダル・スティールのアル・パーキンズと、フィドルのバイロン・バーライン、アコースティック・ギターのハーブ・ペダーソンが加わったメンバーも、地味ながらじつにすばらしいプレイをしています。とくにハーディンのピアノ・ブレイクが印象的です。

グラムのソロ・デビューのときから、エミールー・ハリスはハーモニーをつけていますが、ほかのどの曲よりも、Hickory Windでのハーモニーがいいと感じます。バーズ盤でのクリス・ヒルマンのハーモニーも、彼のもっとも印象的なヴォーカルのひとつですが、エミールーもまったくひけをとっていません。

近ごろはみんなそうなってしまうのですが、Hickory Windを収録したGrievous Angelも、拡大リマスター版があり、Hickory Windのオルタネート・テイクというのが収録されています。じっさいには、これは疑似ライヴにするための飾りつけをする以前の、オリジナル・ヴァージョンと思われます(バイロン・バーラインのフィドルもまだ加えられていない)。

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リリース盤のように、拍手、歓声、口笛、瓶が割れる音などの効果音がないぶん、しみじみとしたヴァージョンになっています。じっさい、しみじみが行き過ぎだったのを嫌って、グラムは疑似ライヴに仕立てて、このリメイクをリリースしたのではないかとさえ思います。聴くときの気分しだいでは、ちょっと重すぎると感じることがあるのです。

しかし、それがこの曲の本来の姿かもしれないのだから、あるいはこれを「定本」とみなすべきかもしれないという気もします。録音した時期がかけ離れすぎているので、単純にバーズ盤と比較するわけにはいきませんが、「よそのうち」で録音したヴァージョンにくらべると、このGrievous Angelヴァージョンは、すみずみにまでグラムの意志が貫徹されているのを感じます。ほんとうはこういう風にやりたかった、というヴァージョンでしょう。

作者や歌い手の意思が十全に実現されれば、それでいいものができるとはかぎらず、異なった意思が衝突し合った結果、ベクトル合成されたもののほうがよい場合もままあります。だから、どちらがいいとは断定しませんが、Grievous Angelヴァージョンも、たんなるリメイクではない、充実した仕上がりで、オリジナルに十分に拮抗するか、あるいはそれを上まわるヴァージョンだと考えます。

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◆ エミールー・ハリスのカヴァー ◆◆
エミールー・ハリスはいいシンガーだと思いますが、うちにある数枚を聴いたかぎりでは、惚れるというところまでは行きませんでした。あくまでも、グラムの衣鉢はどのように受け継がれたか、というのがわたしの関心の所在です。

正直にいうと、エミールーがカヴァーしたおかげで、楽曲の価値が変わったように思えた、というグラムの曲はありません。わたしはカントリー・ファンとはいえず、カントリー・ロック・ファンですらなく、あくまでもグラム・パーソンズ・ファンなので、当たり前のことです。

わたしが聴きたいのはあくまでもグラムの声であって、グラムがその後の音楽界にどれほど大きな影響をあたえようと、つまるところ、どうでもいいのです。したがって、ドワイト・ヨーカムだとかなんだとか、そういうシンガーたちに興味をもったこともありません。彼らだって馬鹿ではないのだから、物真似はしないだろうし、そもそも、物真似なんか聴かなくたって、グラムの声は盤に記録されています。

エミールーは、グラムから、声のクラックのさせ方、ピッチの揺らし方を学んだことが、彼女のBlue Kentucky Girlに収録されたHickory Windを聴くとわかります。彼女のグラム・パーソンズ・ソングブックのなかでは、このスタジオ録音のHickory Windは、すぐれた部類に属すと考えます。

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しかし、あえてケチをつけるなら、これは、Hickory Windは、男が少年時代と故郷に思いを馳せながらうたう曲だということを、改めて認識させてくれるヴァージョンです。女の歌ではないのです。カントリー市場に合わせたのでしょうが、エミールーのヴォーカル・レンディションはちょっとパセティックすぎて、バーズ盤、Grievous Angel盤の両方のグラムのヴォーカルにはあった、「乾いた叙情性」がなく、湿り気をあたえすぎたと感じます。

しかし、エミールーをはじめとする、さまざまなシンガーのカヴァーは、グラムがいかに素晴らしいシンガーであったことを証明する傍証なので、たまにはそういうものも聴いてみるのも悪くないと思いました。
by songsf4s | 2008-05-16 23:53 | 風の歌
Hickory Wind その1 by the Byrds
タイトル
Hickory Wind
アーティスト
The Byrds
ライター
Gram Parsons, Bob Buchanon
収録アルバム
Sweetheart of the Rodeo
リリース年
1968年
他のヴァージョン
Gram Parsons, Emmylou Harris
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今日のHickory Windは、五月のトップバッターにしたヤングブラッズのRide the Windと並び、五月は風の歌特集にしようと決めた動機のひとつです。この2曲はちょうど同じころにリリースされていますが、わたしが聴いたのはRide the Windが先でした。先月、グラム・パーソンズの$1000 Weddingでふれたように、Hickory Windが収録された、アルバムSweetheart of the Rodeoの日本でのリリースが遅れたからです。

f0147840_2326123.jpgなにしろ、グラム・パーソンズの伝記もこの曲をタイトルにしたくらいで、いまではGPといえばHickory Windと、だれでも思うほどの象徴性をもつにいたっています。当然、そこにはさまざまな「物語」が付与されることになります。グラムを取り上げられるのはこれが最後になるかもしれないので、できるだけそうしたエピソードを拾うつもりでいます。

そのまえに、やはり曲を聴いておいていただくほうがいいでしょう。You Tubeには、肝心のグラムのヴォーカルによるものは、バーズ・ヴァージョンも、GPのソロ・ヴァージョンも動画付きはありません。しかし、バーズ・ヴァージョンの音だけは聴けますし、キース・リチャーズエミールー・ハリスのものも、こちらは動画付きであります。

以前、You Tubeでグラム・パーソンズを検索したときは、ろくなものがありませんでしたが、その後、質、量ともにずいぶん充実したことがわかりました。なによりもうれしい驚きは、グラムのアマチュア時代のバンド、ザ・レジェンズの音をついに聴けたことです。リトル・リチャードのRip It UpやエヴァリーズのLet It Be Meをやっています。1962年のライヴ録音だから音質は悪いものの、なるほどねえ、と納得のいくパフォーマンスです。

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The Legends 左からジム・スタフォード、ケント・ラヴォア(ロボ)、ひとりおいてグラム・パーソンズ。ドラマーの名前はどのソースを見てもわからない。あるいは、のちにグラムのISBでプレイすることになる、ジョン・コーニールである可能性もゼロではない。

グラムの声ははっきりわかりますし、バンドとしてもなかなかです。グラム、ジム・スタフォード(Spieders and Snakes、My Girl Bill)、ロボ(=ケント・ラヴォア、You and Me and a Dog Named Booh、I'd Love You to Want Me)という三人のシンガーが輩出したバンドなので、ヴォーカルは当然しっかりしていますし、プレイだって、バーズなんかめじゃないほどです(リード・ギターはだれだろう? 3人のリズム・ギタリストしかいない変なバンドと思っていたが、だれかがちゃんとしたプレイをしている)。この音質でも、もしもそれなりの分量があるならば、十分にリリースに値するでしょう。

グラムの没後リリースのなかには、Cosmic American Music: The Personal Tapes 1972のように、最後まで聴けないほどひどいものもありますが、そんなものにくらべれば、このレジェンズのテープは、はるかに価値のある音源だと感じました。十代のグラムが、リトル・リチャードとエヴァリーズを歌っていたことがわかっただけでも大収穫です。

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◆ 松、オーク、ヒコリー ◆◆
Hickory Windがグラム・パーソンズの代表作とみなされるようになった理由のひとつは歌詞にあります。コーラスもブリッジもないシンプルな3ヴァース構成です。まず、GP自身が書いたと伝えられているファースト・ヴァース。

In South Carolina there are many tall pines
I remember the oak tree that we used to climb
But now when I'm lonesome, I always pretend
That I'm getting the feel of hickory wind

「サウス・キャロライナには背の高い松の木がたくさん生えている、みんなでよく登ったオークの木のことを覚えている、でも、さびしくなるといつも、あのヒコリーの風を感じているふりをするんだ」

花尽くしの曲ならありそうな気がしますが(といっても、具体的な例は思い浮かばない)、木尽くしの歌というのは、めずらしいのではないでしょうか。調べてみると、意外なことに、松の種類が世界でもっとも多いのは北米だそうで、60ないし65種が記録されているとあります。アジアにはわずか25種ほどしかないそうです。

当然、北米には、われわれがイメージする松とは、ずいぶん樹形の異なるものがあります。まあ、三蓋松(あるいは「黒板塀に見越しの松」!)は植木職人がつくるものだし、能や歌舞伎の背景に出てくるのはもちろん様式化されているわけで、あれをもとにしてはいけないのですが、浜辺に植林されたものとくらべても、「これがほんとうに松なのかい?」といいたくなるようなものもあります。

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ロッキーマツ(limber pine)

オークについてはトム・ジョビンのThe Waters of Marchのときにふれました。ポイントは、「樫」と訳してしまうと誤解を与えることになると植物学者はいっている、ということでした。近縁の樹木名をあてるのではなく、オークはそのままオークというべきだというのです。

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サウス・キャロライナの沿岸地方に特有のエンジェル・オーク。木登り遊びに向いていそうな樹形。

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こちらは人工植林のノーマルなオークの林。これも木登り遊びにはよさそうに見える。

ヒコリーは、われわれにとっては家具などの材としての名前であり、木として立っているものはなじみがありません。庭園、植物園、低山を歩くことを趣味としているので、ずいぶんといろいろな木を見てきましたが、まだどの種類のヒコリーも実物を見たことがないと思います(まあ、見たのに忘れてしまうことも多いが)。小石川植物園あたりにはあるのでしょうか。

ヒコリーはクルミ科に属すそうですが、たしかに実の写真を見ると、クルミのような形をしています。当然、果樹は食用になるそうですが、なかでもペカン・ヒコリーが美味とあります。そういわれて、ずいぶん昔にペカンのことを調べたのを思いだしましたが、仕事で調べたことは片端から忘れていくので、調べたということ以外、もうなにも覚えていません! 写真では高さがわかりにくいのですが、とにかく、いくつかご覧いただき、イメージをつくっていただきましょう。種類によってはとてつもなく高く伸びるようです。

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テキサス・ペカン・ヒコリー。地面の黒い点は牛。かなり大きな木である。

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これもペカン・ヒコリー。下に立っている人物とくらべていただきたい。

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どれか特定の樹木と風が結びつくとしたら、われわれの文化では松でしょう。源氏物語の昔から松風という熟語があるほどなのだから、松と風は確固とむすびついています。海浜の景色のよいことをいう白砂青松(はくしゃせいしょう)という熟語があるくらいで、松はしばしば海辺に植えられるため、海風と結びつくからにちがいありません。ほかに特定の木と結びつくことがあるのでしょうか? 桜風とか桃風とか楓風とか、そういう言葉は聞いたことがありません。熟しているのは「松風」だけではないでしょうか。

◆ 遠きにあって ◆◆
セカンド・ヴァース。くわしくは後述しますが、ここは共作者のボブ・ブキャナンが書いたといわれています。

I started out younger at most everything
All the riches and pleasures, what else could life bring?
But it makes me feel better each time it begins
Callin' me home, hickory wind

「ぼくはたいていのことはごく若いときからやっている、富と快楽のことをいっているんだ、この世にほかになにがあるというのだ? でも、ヒコリーの風が故郷へと誘う声が聞こえてくると、もっといい気分になる」

ボブ・ブキャナンが後年語ったところによれば、グラムがファースト・ヴァースで故郷での少年時代を書いたのを受けて、セカンド・ヴァースは現在のLAの音楽業界暮らしを描いたのだそうです。all the riches and pleasureが指しているのはそのことでしょう。

最後のヴァース。ここはどちらともつかず、グラムとボブがいっしょに書いたヴァースだそうです。

It's a hard way to find out that trouble is real
In a far away city, with a far away feel
But it makes me feel better each time it begins
Callin' me home, hickory wind

「遠く離れた町で、遠く離れた気分でいると、トラブルが深刻だということはわかりにくいものだ、でも、ヒコリーの風が故郷へと誘う声が聞こえはじめると、いつも気分がよくなる」

ここはやや考えこむところです。it's a hard wayのitは、(to be) in a far way city with a far away feelなのだとみなしておきました。グラムは家族の問題を抱えていたので、わたしはこのヴァースはそのことをいっているのではないかと考えています。つまり、ハリウッドの音楽業界で暮らしていると、故郷の問題を実感できなくなる、といっているのではないでしょうか。

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Gram Parsons with the Byrds GPがいた時期のバーズ。左からグラム・パーソンズ、ケヴィン・ケリー、ひとりおいてロジャー・マギン、クリス・ヒルマン。インタヴューを受けているマギン以外は全員ダレきっている。ということはラジオ出演時の写真か? この写真ではわからないが、プレイ中の写真では、グラムは坐ったまま、ギターを寝かせてボトルネックで弾いたらしいことがわかる。

◆ 過去と現在 ◆◆
アメリカの松やオークやヒコリーのことを調べるだけで力尽きてしまった感じですが、すこしだけこの曲の背景を書いておきます。

1968年、グラムはフロリダのココナット・グローヴへフレッド・ニール(Everybody's Talkin'、Dolphin)に会いに行きました。そこで、旧知のボブ・ブキャナン(ニュー・クリスティー・ミンストレルズ)にばったり会い、ふたりはいっしょにサンタフェ鉄道でLAに帰ることにしました。

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Fred Neil

アメリカの長距離列車だから、たぶん個室だったのでしょう、車中でグラムはギターを取り出し、書きかけた曲を仕上げるのを手伝ってくれないかと、ブキャナンに持ちかけました。ブキャナンはサード・ヴァースについて、「あそこがこの曲のテーマだ。ビジネスだなんだといったタワゴトが山ほどあるせいで、町でなにかを成し遂げるのはおそろしくむずかしい」といっています。

しかし、これはあくまでも作者の片割れ、それも生き残ったほうの意見です。わたしはむしろ、ファースト・ヴァースのほうに強い印象を受けました。ブキャナンのほうは、音楽界での現在の悪戦苦闘に心がいっていたのでしょうが、グラムは少年時代の記憶を呼び覚ます「いい気分」のほうに心がいっていたような気がします。

もちろん、グラムも、ブリトーズ時代の代表作、Sin Cityで、都市で暮らす憂鬱をうたっていますが、Sin Cityには虚飾に対する嫌悪感しかないのに対し、Hickory Windには、ヒコリーの風の記憶がもたらす気分への肯定があります。たとえ過去の記憶という後ろ向きなものであるにせよ、このポジティヴな気分が、この曲を時の流れとともにクラシックに押し上げたのだと、わたしは考えています。

各ヴァージョンの検討は明日以降に持ち越しとさせていただきます。

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by songsf4s | 2008-05-15 23:56 | 風の歌
Borne on the Wind by Roy Orbison
タイトル
Borne on the Wind
アーティスト
Roy Orbison
ライター
Roy Orbison, Bill Dees
収録アルバム
The Legendary Roy Orbison
リリース年
1963年
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昨日のWinds of Barcelonaは、骨休めのつもりだったのに、意外に手間がかかり、今日こそ楽な曲を、と思い、いまプレイヤーにドラッグしてある140曲ほどの風の歌のなかから、歌詞が短くカヴァーがない、ロイ・オービソンのBorne on the Windを選んでみました。しかし、当てごととなんとかは向こうから外れるといいます。どうなりますことやら。

◆ 日暮れと夜明けのあいだ ◆◆
どういう構成と捉えるか、ちょっと迷うところですが、コーラスから入っているのだと考えることにします。といっても、コーラスはタイトルを繰り返すだけのものなのですが、そのあとでヴァースが出てくるのだと思います。ということで、コーラスとファースト・ヴァースをつづけて。

Borne on the wind
Borne on the wind

Between the sunset and the dawn
So tenderly your memory
Lingers with me on and on

「風が伝える、日暮れと夜明けのあいだ、きみの思い出がやさしく、やさしくまとわりつく」

なんだか、お互いに無関係なフレーズをだんごの串刺しにしたようになってしまい、恐縮です。そうなってしまうのだから、どうにもならず。

f0147840_23283416.jpg「風が伝える」とはいっているものの、なにを伝えるのかは明示されていません。さらには、こちらからどこかに「伝わる」のか、向こうからこちらに「伝わってくる」のかも明白ではありません。

三遊亭圓生が、なんの噺の枕だったか、「講釈師なんてえのはじつにもったいぶった話し方をするもので、『四百と四百、合わせて八百の軍勢が』なんていいますが、ならはじめから八百といやあいいんです」といっていました。講釈師は「先生」、噺家は「師匠」なんて差別があるので、そのへんも気に入らなくての八つ当たりでしょうが、まあ、ごもっともであると同時に、それをいっては身も蓋もない、でもあります。

なぜ、四百(「よんひゃく」ではなく「しひゃく」と発音する。講談にはこのような「講釈師読み」という独特の読みがたくさんある)と四百、合わせて八百、なんてもってまわった言い方をするかというと、ひとつは口調を整えるためです。つまり、リズムの問題。もうひとつは、ただ八百といったのでは、たんなる「説明」なので、四百と四百、合わせて八百の軍勢ということによって、稚拙とはいえ、「表現」のレベルにもっていっているのです。

「日暮れと日没の中間」とは、当然、夜のあいだずっと、という意味ですが、それじゃあ面白くない、とか、シラブルが合わないといった理由で、講釈師のようなもってまわった言いまわしになったのでしょう。

◆ 解釈不能 ◆◆
コーラスをはさんでセカンド・ヴァースへ。

You are still with me it seems
A life to live, a love to give
And you will live in my dreams

「いまもまだきみとともあるような気がする、生きるべき生、捧げるべき愛、そしてきみはぼくの夢のなかに生きつづける」

やはり、センテンスになっていないところが多く、だんごの串刺しどころか、串にも刺さらず、ただ転がっているだけのだんご、というおもむきです。最初の行のit seemsも、直前のセンテンスにかかっているのか、直後のふたつのフレーズにかかっているのか、歌い方からも文脈からも判断できません。たぶん単純な倒置で、直前のセンテンスにかかっているのでしょうが。

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ブリッジ。

You don't love me
But you love for me to be in love with you
You lured me on, led me on
But when I fell you were gone

「きみはぼくのことを愛していないけれど、(2行目不明)きみはぼくを誘い、惹きつけつづけたのに、ぼくが恋に落ちたときには、もうきみはいなかった」

残念ながら、長考の余裕がないので、2行目は通りすぎます。どなたか、そんなの簡単じゃないか、という方がいらっしゃったら、コメント欄でつっこんでください。わたしにはよくわかりません。your loveではなく、you loveとうたっているように聞こえますし、歌詞カードもyou、どこの歌詞サイトもyouとしています。そもそも、仮にyour loveだったとしても、わたしには解釈できません。

この曲には2種類のヴァージョンがあります。オリジナルのアルバム・ヴァージョンと、イギリスでリリースされたシングル・ヴァージョンです。ここではThe Legendary Roy Orbisonボックスに収録されたシングル・ヴァージョンにしたがっています。アルバム・ヴァージョンではled meが先で、そのあとでlured meとうたっています。

コーラスをはさんで最後のヴァースへ。

Now a song in my heart
A soft refrain you will remain
To live in my heart again

「いまではひとつの歌がぼくの心にはある、きみはぼくの心に生きつづける、というやさしいリフレインが」

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Alan Clayson "Only the Lonely: The Life and Artistic Legacy of Roy Orbison," Sidwick and Jackson, London, 1989.
いちおう目を通したが、あまりいい本ではなかった。一次情報がなく、文献資料だけに頼り、きわめて恣意的に構成されている。この著者のスティーヴ・ウィンウッド伝も同じような出来で感心しなかった。よけいなことだが、カヴァーにはまだ銀座イエナ書店のタグが貼り付いていて、4400円となっている。まだビルになる以前、木造2階建てだったころのイエナのたたずまいは懐かしくもあるが、値段は高かった!

◆ 稀有のバラッド・シンガー ◆◆
歌詞にこんなに手間取るとは思いませんでした。肝心なのは音のほうで、歌詞は気にしたこともなかったのです。

ロイ・オービソンというと、いまではOh, Pretty Womanということになっていますが、この曲は、イギリス・ツアーで、アメリカのシンガーとしてはだれよりも早くビートルズ現象に遭遇し、ビートルズのようなスタイルでやってみようと考えて書かれたもので、オービソンのメインラインからはすこし外れたところに位置すると考えます。

では、どのようなものが本線かというと、Only the Lonely、Blue Bayou、In Dreams、Crying、Falling、(Say) You're My Girl、Leah、そして、本日のBorne on the Windのような、バラッド、ロッカ・バラッドにこそ、ロイ・オービソンの真骨頂があると思います。

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今日はこのLPをスキャン、合成しなければならないのかと思っていたら、ありがたいことによそで見つかり、ラッキーと思ったのだが……。

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よくよく見比べたら、うちにある国内盤は微妙にデザインがちがっていることがわかった。これは80年代はじめのリイシューなのだが、もともとのデザインにヴァリエーションがあったのか、それとも、国内盤独自のものなのか、そのあたりは不明。

そういうタイプの美声だから、といってしまえばそれまでなのですが、ロイ・オービソンという人は、わたしにとっては微妙な、そして、不思議な位置にあります。そもそも、美声のバラッド・シンガーはあまり好きではないのですが、ロイ・オービソンは、一見、そのタイプでありながら、彼の声、歌にはまったくイヤな味を感じないのです。

その理由は、なんて考えても、わかるはずがありません。ひと口に美声といっても、声の質は人それぞれで、ロイ・オービソンも、ロイ・オービソンだけの独特の美声をもっているから、といった、当たり前じゃんか、ということしか思いつきません。

子どものころには、Oh, Pretty Womanしか知りませんでしたし(それもヴェンチャーズがカヴァーした曲の元歌としての関心だった)、FENのジム・ピューター・ショウでかかって気に入ったのもOnly the Lonelyぐらいでしたが、ひとたび盤を買ってからは、ずっと好きなシンガーでありつづけています。


◆ フラメンコ的コード進行? ◆◆
それほど妙なところにいくわけではありませんが、Borne on the Windのコード進行はちょっと印象的です。コーラスこそF-Dm(またはF-Fmaj7-Dm、またはF-Am-Dmのパターン)とノーマルですが、そのあと、ヴァースにはいると、Ab-G-F-G-F-Eといって、コーラスのFにもどるのです(Abなんていう妙なところではじまるので、この部分をヴァースといっていいのかどうか、いまだに躊躇う)。このAbへの転調と、G-F-Eの移動が、ちょっと強引ながら、なかなか印象的です。

ヴァースの最後のEが、そのままブリッジの頭になって転調したような感覚をあたえながら、ヴァースとほぼ同じF-G-F-Eと動くところも、フラメンコのようなリズム・アレンジと相まって、ちょっと風変わりなムードがあります。

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変なことを思いだしました。トミー・テデスコの教則ヴィデオというのがあります。爆笑もので、教則ヴィデオといっていいのかどうか、よくわからないのですがね。このヴィデオでトミーが何度も繰り返している「哲学」とでもいうべきものは、「スタジオ・ワークはプラグマティズムである」ということです。その例として持ち出されたエピソード。

ある西部劇映画の録音で、音楽監督が、だれかフラメンコ・ギターを弾けないか、といいました。そのときのギター陣はバーニー・ケッセル以下の大物ばかりだったのですが、だれも手を挙げないので、トミーが、俺が弾ける、といったそうです。弾いたことはなかったけれど、弾けるだろうと思ったというのです。で、なにをやらされるのかと思ったら、オープンEを、4分+8分×2のタンタタ、タンタタというリズムでストロークしただけ! これが騎兵隊突撃の場面。つぎに半音上げて、Fメイジャーをまた同じリズムでストローク。これがインディアン突撃の場面。これを見て、並み居る大物ジャズ・ギタリストたちが、口をあんぐりだったとか。

トミー・テデスコは、オープンEとFメイジャーをジャンジャジャ、ジャンジャジャとストロークしただけで、倍のギャラを手にしました。彼は、これがスタジオ仕事のプラグマティズムだというのです。結果がすべてであって、すぐれたプレイか、正しい奏法か、などというのはどうでもいいことだ、必要ならガットギターをピックで弾けばいい、というわけです。

なんでこれを思いだしたかというと、G-F-G-F-Eと動くくだりが、トミーが弾いた「騎兵隊対インディアン」によく似ているのです。疑似フラメンコというおもむき。

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◆ バディー・ハーマンとフロイド・クレイマー? ◆◆
どことなくフラメンコのようなムードのある曲ですが、それは曲調、コード進行のみならず、アレンジとプレイとサウンドもそうなっているからです。わたしはハリウッドの全盛期に育った世代で、カントリーではなく、ポップの世界でナッシュヴィルが強かった時代はよく知らないのですが、Borne on the Windを聴いていると、ナッシュヴィルでもなかなか洗練された録音がされていたのだな、と思います。ハリウッド世代にも納得のいく立体的な音像の構築だと感じます。

うちにあるボックスにはなにも書いていなくて、たんなる印象、憶測なのですが、この曲のドラムはバディー・ハーマンに聞こえます。フロアタムが彼のサウンド、プレイではないかと感じるからです。このフロアタムがじつにいいのです。ピアノもときおりフロイド・クレイマーのようなフレーズを弾くので(これも印象的)、ドラムもハーマンである確率はかなり高いと思います。よく考えると、かなりイヤなノリの曲ですが、ハーマンを筆頭に、さすがは手練れのプロフェッショナル、まったく違和感のない、立派なグルーヴをつくっています。

なお、歌詞のなかでふれた2種のヴァージョンのちがいについては、どちらかを選択しなければならないほど大きな差異を感じませんでした。アルバム・ヴァージョンのほうが、女声コーラスが大きくミックスされていて、やや大仰に聞こえるかな、という程度です。

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Oh, Pretty Womanもけっこうだし、Only the Lonelyもいい曲ですが、ロイ・オービソンは薄っぺらいアーティストではなく、ライターとしてもシンガーとしても、やはり一時代を築いただけのことはある厚みをもっています。ほかにも佳曲、秀作が目白押しで、ヒットがほとんどなかったMGM時代だって、いい曲があります。Oh, Pretty Womanのようなタイプの曲はあまりありませんが、Only the Lonelyがお好きな方なら、ベスト盤を聴いてみる価値は十分にあるでしょう。
by songsf4s | 2008-05-14 23:56 | 風の歌
Winds of Barcelona (a.k.a. El Presidente) by Herb Alpert & the Tijuana Brass
タイトル
Winds of Barcelona (a.k.a. El Presidente)
アーティスト
Herb Alpert & the Tijuana Brass
ライター
Sol Lake
収録アルバム
Volume 2
リリース年
1963年
他のヴァージョン
remake and retitled version of the same artist, Wes Montgomery, the Mexicans
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グレイトフル・デッドの曲というだけでも十分に疲れるのに、あろうことかUncle John's Bandなどやってしまったので、消耗がはげしく、本日は息抜きのインストです。

インストだとばかり思っていたら、ヴォーカル・カヴァーがあった、なんていう曲は山ほどあります。Telstarなんて、歌ものにするのは無理だろうと思う曲にまでヴォーカル・ヴァージョンがあるのだから、じつに油断がなりません。ソニー・ジェイムズのApacheとか、キャシー・カービーのSpanish Flea(タイトルからして珍だから当然だが、歌詞もなかなか珍、仕上がりもよい)なんてえのもあります。で、やむをえず、かなりしつこく検索してみましたが、Winds of Barcelonaはインストと断定して(すくなくとも現在のところは)大丈夫でしょう。

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バルセロナの海。帆を張ってくれないと風があるのかないのかわからない。

さきまわりしていっておくと、allmusicのエントリーは、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスとウェス・モンゴメリーのヴァージョンのみです。メキシカンズのヴァージョンはエントリーがありません。

近ごろ、海外のブログなどで、平気でallmusic(AMG)のレヴューを引用しているところがありますが、どういう神経なのかと思います。最近は多少はマシになったのかもしれませんが、ウィキペディア以下の信頼性しかありませんぜ、あそこは。大昔、AMGを見つけたころ、いくつかレヴューを読みましたが、耳が聞こえないだけでなく、音楽と音楽史の知識もないと腹ばかり立ったので、最近は作曲者データとうちにないヴァージョンの確認だけに利用しています。要するに電話帳レベルだということです。

電話帳に載らない電話番号があるように、AMGに載らない曲や人も多いので、この面でも過度に信頼するのは危険です。いや、そもそも、なにかを書くときにだいじなのは自分自身だけであって、他人の意見なんかどうでもいいことです。

Uncle John's Bandに出てきたギャズデン・フラグのモットーは、Don't Tread on Meかもしれませんが、わたしのモットーは、稲垣足穂がいった「誰にも似ないように」です。いや、当ブログのモットーではなく、わが人生のモットーという意味です。

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◆ ソル・レイク・ソングブック ◆◆
さて、本題。本日の曲、Winds of Barcelonaの作者であるソル・レイクは、The Lonely Bull(オリジナル・タイトルはTwinkle Starだったが、ハーブ・アルパートが改題した)やThe Mexican Shuffleを書いた人です。日本ではBitter Sweet Sambaもよく知られています。

f0147840_0501856.jpgキャリアはよくわかりませんが、ハーブ・アルパート関係の資料には彼の友人と書かれています。ほかでは見かけないので、アルパートの周辺で音楽活動をしていた人と考えています。アルパート同様、The Lonely Bullの大ヒットで人生が一変したのではないでしょうか。ほかに資料がないので、iMDbの短い記述を引用しておくと、1911年シカゴ生まれ、91年没、本名Solomon Lachoffとなっています。裏をとれなかったので、参考程度に受け取っておくように願います。

泥縄で、いまTJBのアルバムからソル・レイクの曲だけ抜き出してみました。1962年のThe Lonely Bullから1968年のThe Beat of the Brassまでの10枚のアルバムで、15曲を取り上げています(シングルのみのリリースで、ベスト盤に収録されたものも含む)。ソル・レイクの資料は少ないので、参考までにタイトルを列挙しておきます。

The Lonely Bull
Winds of Barcelona
Marching Thru Madrid
More And More Amor
The Mexican Shuffle
El Presidente (Winds of Barcelonaの改作)
Salud Amor Y Dinero
Green Peppers
Bittersweet Samba
Memories Of Madrid
Cantina Blue
Mexican Road Race
Bo Bo
Cowboys and Indians
A Beautiful Friend
She Touched Me

さらに追求なさりたい方は、ハーブ・アルパートの詳細な45回転盤ディスコグラフィーなどを参照されるとよろしいでしょう。

ハーブ・アルパートのアレンジと、TJBのサウンドというフィルターを通ったあとなので、判断がむずかしくなりますが、概して好きなタイプの曲が多く(いちばん有名なThe Lonely Bullがいちばんつまらないかもしれない)、TJB以外のソル・レイクの曲を探してみたくなります。

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ハーブ・アルパートとティファナ・ブラス。ということらしいが、このバンドがこの世に出現したのは盤デビューから4年もたった1966年のこと。それ以前はたんなるスタジオ・プロジェクトにすぎず、ツアー・バンドは存在しなかった。A Taste of Honeyの大ヒットがTJBを実体化させたのである。

◆ TJBのオリジナルとリメイク ◆◆
この曲には短い歴史しかありません。1963年のハーブ・アルパート&TJBのセカンド・アルバムVolume 2(なんともインスピレーショナルな命名!)で、Winds of Barcelonaとしてデビューし、つぎのアルバム、South of the Border(1964年)で、異なったアレンジとサウンドに改作され、El Presidenteと改題されています。

カヴァーは後述するとして、まずTJBの2作のみについて。シンプルなコード進行ながら、なかなか印象的なメロディー・ラインの曲で、Winds of Barcelona、El Presidente、どちらもけっこうだと思います。

f0147840_114056.jpgWinds of Barcelonaのほうがテンポが速く、パーカッションが活躍するリズミックなアレンジですが、ドラムはミックスト・アウトされています。この時期はまだハル・ブレインではなく、The Lonely Bull同様、アール・パーマーがトラップに坐っているはずですが、むしろ、ボンゴのビートのほうが印象的で、アールはこちらをプレイしたような気すらします。しかし、ハル・ブレインもThe Lonely Bullのときから、パーカッションで参加しているので、ボンゴはハルの可能性もあります。どうであれ、ソリッドな素晴らしいグルーヴのボンゴです。

f0147840_131879.jpgEl Presidenteは、最初の大ヒットであるThe Lonely Bullのフォーマットに回帰したアレンジで、またしても闘牛場ムードというか、スペイン・ムードというか、そんな方向になっています。テンポはWinds of Barcelonaより遅く、パーカッションではなく、トラップ・ドラムが中心になっています。しかし、このドラマーはだれでしょうか。アール・パーマーにもハル・ブレインにも聞こえません。

大ヒットのフォーマットに忠実であろうとすることに否定的な考えはもっていませんが、シングル・カットするなら、El Presidenteではなく、Winds of Barcelonaのほうだったような気がします。El Presidenteはスネアのチューニングが低すぎるせいもあって、グルーヴがやや鈍です。この2種の比較でいうなら、El Presidenteも悪くないものの、どちらかというと、Winds of Barcelonaのほうが好みです。

◆ ウェス・モンゴメリーのカヴァー ◆◆
Winds of Barcelonaはウェス・モンゴメリーの曲だと思っている方もけっこういらっしゃるのではないでしょうか。アルバムCalifornia Dreamingのなかで、もっとも印象的なトラックでした。

f0147840_161941.jpgうまいギタリストというのは掃いて捨てるほどいますが、わたしにとってウェス・モンゴメリーは、チェット・アトキンズと並んで、人間には思えないプレイヤーです。全編オクターヴ奏法で通すということ自体、どうかしているとしか思えませんが、Winds of Barcelonaは、そのなかでも、もっともありえないプレイです。ただオクターヴで弾くだけでも面倒なのに、TJBヴァージョンよりずっと速いテンポで、この忙しい曲をあわただしく弾いているのですからね。しかも、いくつめのテイクか知りませんが、ノーミスの完璧なプレイです。

こうなっちゃうと、わたしにいえることはひとつしかありません。「うまければいいってものじゃない」です!

しかし、よくしたもので、アレンジも録音もバックのプレイもダサダサで、中学生のとき、友人のを脇から聴いて、ケッと馬鹿にしたのも無理はないと、いま聴いても思います。とくにドラムがヘボ。ちょっとタイムが速く、突っ込み気味なのは、ジャズ・ドラマーの不正確なタイムに鑑みて目をつぶるとしても、あのフィルインはなんですか。あそこはドラマーの見せ場なのに、見得の切り方ひとつ知らないのだから呆れます。

だから、ポップ・フィールドのセッションがほんの一握りのプレイヤーの一手販売になってしまったのでしょう。ポップでは正確さと「演出」が必要なのです。ジャズ・プレイヤーの大多数はタイムが不正確で、演出を苦手とするか、または嫌っていたように思います。もっといいアレンジャー、もっと腕のいいプレイヤーたちでやれば、このアルバムはずっとよくなったでしょう。中学生にナメられるようなドラマーを使っちゃいけませんぜ。

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ウェス・モンゴメリー。ピックは使わず、フィンガリングだったのだから、唖然とするしかない。まあ、あのやわらかいサウンドはピックでは出ないが、それにしてもねえ……。

ウェスがポップ(当時はイージー・リスニングといっていた)にシフトしたこと自体は、わたしはジャズ・ファンではないので、べつにどうとも思いません。人間は食べなければなりませんからね。でも、そっちの方向に行くのなら、もっときちんとやるべきだったと思います。いま聴くと、アルバムとしてはみな中途半端な出来に感じます。

◆ イギリスを徘徊する謎のメキシコ人 ◆◆
もうひとつ、ウェブで見つけたザ・メキシカンズというグループのヴァージョンもあります。これは1966年のThe World Of Tijuanaというアルバムに収録されたものだそうです。正体不明なのですが、英デッカの盤で、要するに、イギリス人によるTJBサウンドのコピーのようです。

f0147840_1114013.jpgそういう性質のものですから、馬鹿馬鹿しいといえば馬鹿馬鹿しく、またイギリス人の贋造癖が出たか、といいたくなります。しかし、イギリス製模造品はどれもよくできていて、噛んでみないと真贋がわからなかったりします。このところ、イギリス人=贋金作り説を展開していますが、この盤もその有力な補強になってくれます。

しかし、なんでイギリス人はそれほどアメリカ音楽の模造品を必要としたのか、そこのところがよくわかりません。日本製模造品は、しばしば日本的バイアスがかかっているので、国内向けの「翻訳」ということで理解できますが、イギリス人の場合、そんなものが必要とは思えず、わけがわかりません。たんにアメリカ製品に市場を席巻されたくないということでしょうか。これは今後の課題とさせていただきます。

TJBのWinds of Barcelonaと、ウェスのカヴァーだけあれば、この曲については十分だろうと考えます。
by songsf4s | 2008-05-13 23:55 | 風の歌
Uncle John's Band by Grateful Dead その2
タイトル
Uncle John's Band
アーティスト
Grateful Dead
ライター
Robert Hunter, Jerry Garcia
収録アルバム
The Golden Road (1965-1973)
リリース年
1970年
他のヴァージョン
various live versions of the same artist, Phil Lesh & Phriends
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この曲をご存知ない方には、やはり先に聴いておいていただいたほうがいいでしょう。You Tubeにスタジオ・ヴァージョンがあるので、よろしければお聴きになってみてください。動画はありませんが、昨日あげておいたライヴより、こちらのほうがUncle John's Bandの本来の姿だと感じます。

◆ ヴァージョン一覧 ◆◆
各ヴァージョンの検討にとりかかるまえに、今日取り上げる正規盤収録の各種Uncle John's Bandの録音日時と収録アルバムの一覧を以下に示します。このほかに、わが家にない正規盤が10種以上ありますし、ブートやウェブで聴けるテーパーのプライヴェート録音も無数にあるので、とんでもない騒ぎなのです。

1969.11.08……Dick's Picks Vol 16 (jam only)
studio 1970……Workingman's Dead
1970.05.02……Dick's Picks Vol 8
1970.12.23……Workingman's Dead (remastered CD bonus)
1971.04.27……Ladies And Gentlemen ... The Grateful Dead
1971.08.24……Dick's Picks Vol 35
1972.09.17……Dick's Picks Vol 23
1972.09.27……Dick's Picks Vol 11
1974.03.23……Dick's Picks Vol 24
1974.08.06……Dick's Picks Vol 31
1974.10.19……Grateful Dead Movie (DVD and CD)
1977.05.19……Dick's Picks Vol 29
1979.12.26……Dick's Picks Vol 5
1989.10.16……Nightfall Of Diamonds
1990.03.24……Dozin' At The Knick

◆ スタジオ録音 ◆◆
UJBのスタジオ録音は、デッドの最初のアコースティック・アルバムであるWorkingman's Deadに収録されています。Dire WolfEyes of the Worldのときにも書きましたが、Workingman's Deadは、デッド史における最重要アルバムの一枚です。このアルバムで一気にファン層が広がり、現在では自壊現象を起こしそうなほどとほうもなく肥大化している、ラージャー・デッドヘッズ・コミュニティー構築への第一歩だったといっていいでしょう。

f0147840_23483381.jpgそれまでわたしが知っていたデッドは、Anthem of the SunとLive/Deadに記録された、実験音楽のバンドなので、個人的にも、このアルバムをはじめて聴いたときには驚きました。UJBはアルバム・オープナーですから、どんな音なのかわかっていないときに、アコースティック・ギターのイントロが流れてきたのだから、「えっ?」でした。

しかし、意外ではあったものの、デッドの文脈を離れて、もっと大きな時代の文脈からいえば、アコースティック・サウンドへのシフトはごく自然なことで、驚天動地の驚きというほどのことはなく、やっぱりな、と一面で納得もしました。

ビルボード・チャートには反映されませんでしたが、Uncle John's Bandは、当時、アメリカで勃興しつつあった各地のFM局(AM局が短い曲しかかけないのに対して、長い曲やアルバム全体をかけた)ではヘヴィー・ローテーションで流され、デッドというバンドを広く知らしめる結果になったそうです。

f0147840_23493112.jpgそれももっともだというサウンドです。イントロからして、じつに気持のいい音色とグルーヴなのです。ビル・クルツマンとフィル・レッシュのグルーヴというと、それまではハイ・テンション、ハイ・イナージーだと思っていましたが、この二人が、じつはゆったりした、懐の深いグッド・グルーヴもつくれることがこの曲でわかりました。デッドをグルーヴのバンドと考えはじめたのも、このアルバムからです(とくにCumberland BluesとDire Wolfがいい)。

ここからの数年間は、クルツマン=レッシュのグルーヴを聴いているだけでも十分に楽しめるほどなのですが、この転換が起きた理由は、やはり、このアルバムで、それまでとは異なるアプローチが必要になり、表現(ベースでいえばラインの取り方、ドラムならフィルインや変拍子のプレイ)より、グルーヴを強く意識するようになったからではないかと、現在では考えています。

さまざまな意味できわめて重要な、ひょっとしたらデッド史の最大の転換点になった曲が、スタジオ録音のUncle John's Bandです。

◆ 1970年録音2種 ◆◆
f0147840_23543183.jpgUncle John's Bandのもっとも古いライヴ・ヴァージョンは、Dick's Picks Vol.16に収録された69年11月8日のエレクトリック・セットのものですが、これは歌なしで、中間部のAm7にいくところのフレーズを中心としたジャムです。歴史的意義はありますが、それ以上のものではないでしょう。

つぎはDick's Picks Vol 8に収録された、70年5月2日ヴァージョン。これはアコースティック・セットですし、スタジオ録音とほぼ同時期なので、スタジオ盤にもっとも近い雰囲気のあるライヴ録音です。

f0147840_23551379.jpg昔読んだものでは、初期のアコースティック・セットは、ガルシアとウィアの二人だけか、ここにニュー・ライダーズのメンバーが加わるだけだったとされていましたが、アーカイヴ・テープが出てきてみると、フル・メンバーでやっているものがずいぶんあります。この日も、控えめながら、ドラムとベースがちゃんと入っています。わたしは、UJBはアコースティックの曲と考えているので、このヴァージョンは好みです。

このUncle John's Bandの最後には、ガルシアのアナウンスが収録されています。どうやら、第一部のエンディングだったようで、われわれはこれでしばらく引っ込む、つぎはニュー・ライダーズがステージに上がる、そのあとはエレクトリック・グレイトフル・デッドだ、といっています。「アコースティック・デッド」だの、「エレクトリック・デッド」だのというのは、デッドヘッズが使う俗称みたいなものと思っていましたが、ガルシア自身がいっているのなら、これは正式名称なのだな、とよけいなことを思いました。

f0147840_00524.jpgつぎはWorkingman's Deadのリマスター拡大版に収録された、70年12月23日ヴァージョン。これはエレクトリック・セットです。しかし、たんにギターをアコースティックからエレクトリックに持ち替えただけという雰囲気で、アレンジも構成もオリジナルからそれほど遠くないものになっています。

ボブ・ウィアはしばしば音程を外していますし、ガルシアのギターもミス・タッチがありますが、全体の雰囲気は好みです。ストップ・タイムからエンディングにかけての盛り上げもけっこう。最後にガルシアとウィアがThanks a lot, see you laterといっているので(きれいにハモっているので笑ってしまう)、第一部のエンディングだったことがわかります。

◆ 71年から73年まで ◆◆
f0147840_03055.jpg71年最初のものは、Ladies and Gentlemen...The Grateful Deadに収録された、フィルモア・イーストで71年4月27日に録音されたヴァージョンです。まだアコースティック・ヴァージョンの尻尾がついているエレクトリック・ヴァージョンですが、クルツマンがスネアのフレーズをすこし変え、パラディドルを減らし、バックビートを増やしていて、過渡期という印象のプレイです。わたしはこの時期のクルツマンのスネアのチューニングが好きなので、これはこれで悪くないと思います(ミッキー・ハートはドラムではなく、ウッドブロックを叩いているらしい)。全体には、まだアコースティック・ヴァージョンの雰囲気が濃厚に残っています。

Dick's Picks Vol.35収録の71年8月24日ヴァージョンは、スタジオ録音のときのスタイルからすこし離れはじめています。とくにクルツマンが、パラディドルをやめ、あくまでもバックビート中心のプレイをしていることが目立ちます。Uncle John's Bandのヴァージョンとしての出来を云々する以前に、クルツマンのプレイが楽しくて、きれいなライド・ベルやスネアのサウンド、そして、この曲でもついに「攻め」に転じたフィル・レッシュの強いベースのほうを聴いてしまいますが、ヴォーカルもまあまあで、悪くないヴァージョンだと感じます。

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つぎは72年に移り、Dick's Picks Vol 23収録の72年9月17日ヴァージョン。これはちょっと違和感があります。テンポが速すぎるのです。デッドはしばしばテンポを変えますが、これはアレンジ変更の際の手続きのようなもので、どうやるのがいちばんいいか模索する途上での「ためらいキズ」のようなものだと考えています。Uncle John's Bandについては、このテンポはダメだ、と判断したのではないでしょうか。

Dick's Picks Vol 11収録ヴァージョンは、Vol.23のわずか十日後、72年9月27日の録音ですが、テンポはもとにもどっています。テンポがもどったせいか、エレクトリック・アレンジも落ち着きはじめたという印象のあるヴァージョンです。これ以前からすでにキース・ゴッドショーが参加していますが、Uncle John's Bandでピアノがはっきり聞こえるのは、このヴァージョンが最初です。本質的なことではないのですが、ピアノ入りもいいなあ、と感じます。

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73年録音のUncle John's Bandはうちにはなくて(Winterland 1973 - The Complete Recordingsというボックス・セットには73年ヴァージョンが2種収録されている)、つぎは74年に飛び、Dick's Picks Vol 24収録の74年3月23日の2種です。同じセットで2回やったわけではなく、サウンド・チェックでプレイしたものです。そういうものまで正規盤に収録されてしまうのところがいかにもデッドらしいところ。サウンド・チェックでは参考程度の意味しかありませんが、ひとつだけ注目すべきことがあります。ボブ・ウィアがミュートを使っているのです。

◆ 74年の2種 ◆◆
f0147840_0171967.jpgつぎのDick's Picks Vol 31収録の74年8月6日ヴァージョンを聴くと、やはりウィアはあちこちでミュートを使っています。いいんだか悪いんだか、なんとも判断がつきませんが、スタジオ盤からかなり遠いところまできた証左ではあるでしょう。

アコースティック・ヴァージョンが躰に染みこんでいる人間にとっては、かなり違和感があるのはたしかですが、Uncle John's Bandではないと思って聴けば、これはこれでいいのかもしれないと思います。インプロヴに突入すると、まったくべつの曲のような気がしてきてしまうんですがねえ。ジャムが終わって歌にもどると、やっぱりUncle John's Bandなので、かえって驚いてしまうほどです。このヴァージョンからプレイング・タイムが10分を超えるようになるのも偶然ではなく、アコースティックの曲ではなくなり、エレクトリックの曲になった証拠です。

The Grateful Dead MovieおよびそのサウンドトラックCDに収録された、74年10月29日ヴァージョンを聴くと、ああ、やっぱり、72年からこの曲はちょっとダレはじめたのだな、と感じます。いや、このヴァージョンがよくないからではなく、逆に、ピシッとしたパフォーマンスだからです。

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ひところ、ガルシアがこの映画の編集にかかりきりだったというだけあって、どの曲も、無数の選択肢のなかから、非常にいいヴァージョンが収録されています。Uncle John's Bandも、全体としてみれば非常にいい出来だと思います。もちろん、あくまでもエレクトリック・ヴァージョンとしては、という限定つきですが、ガルシアのソロもいいし、ゴッドショーのピアノも、やっとこの曲での落ち着き場所を見つけたと感じます。オーディエンスの反応もよく、UJBがデッドを象徴する曲だというコンセンサスができあがったと感じます。

◆ 70年代後半以降 ◆◆
75年と76年は休眠期があることもあって、うちにはUJBはひとつもありません。正規盤としては、76年のLive at the Cow Palaceに収録されたヴァージョンがあるようですが、この盤はうちにはありません。

Dick's Picks Vol 29収録の77年5月19日ヴァージョンになると、アコースティック・ヴァージョンは遠くなりにけり、べつの曲だと思って聴いたほうがいいムードです。全員、スタジオ盤でやったプレイがどんなだったか、もう忘れちゃったにちがいありません。トーンもスタイルもラインもまったくスタジオ盤には似ていません。デッドの曲はしばしばそうなることになっていますが、この曲もついにジャムのヴィークルになったか、という感じです。ランニング・タイムも11:47と、現在までにリリースされたUJBとしては最長。

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78年(休止期か?)の録音は、うちにないだけでなく、リリースされたものがなく、つぎはDick's Picks Vol 5収録の79年12月26日ヴァージョン。これはちょっとどうも……。キーボードがキース・ゴッドショーからブレント・ミドランドになるのは80年だと思っていましたが、このヴァージョンのキーボードはミドランドで、ハイ・ハーモニーも彼の声です。ミドランドの声とキーボードはわたしの天敵で、三十六計逃げるに如かず。Dick's Picks Vol 5にはもうひとつ、Shakedown Street後半のジャムからなだれ込む、短いUJBが収録されていますが、当然、どうというものでなし。

つぎはずっと飛んで、Nightfall Of Diamonds収録の1989年10月16日ヴァージョン。もう箸にも棒にもかからないというべきでしょう。ほかのだれの声よりも、ブレント・ミドランドの声が大きく、しかも、みごとに外しまくっていて、最後まで聴くことすらできません。

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つぎは買ったことをおおいに後悔した、Dozin' At The Knick収録の1990年3月24日ヴァージョン。ミドランドが不愉快なだけでなく、この時期になると、クルツマンのスネアのチューニングがひどく低くなり、フィル・レッシュが高音部でのにぎやかなプレイをしなくなります。かつて愛したバンドが最後はどうなっていくのかという興味だけしかありません。

◆ その他のヴァージョン ◆◆
もうおしまいにしてもいいのですが、ウェブで手に入れたプライヴェート録音ヴァージョンその他にもふれて、Uncle John's Band棚卸しを完璧に終えておきたいと思います。

1970年1月16日、ポートランドのSpringer's Innで録音と記載されたものは、あらあらという脱力ヴァージョン。まだスタジオ録音もしていない段階での貴重な録音でしょうが、しかし、デモという雰囲気で、アレンジもまだ固まっていないことがうかがわれます。デッド史の脚注でしょう。

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Terrapin Station、Playing in the Band、Jam、Uncle John's Band、I Need A Miracle、Birtha、Good Lovin'、Casey Jonesとつづく1時間14分以上の長いものの一部としてUJBが登場するファイルもあります。録音日時は不明で、タグにはunknow 80's recordingとだけ記載されていますが、ミドランドの声とキーボードが聞こえるので、80年代であることは間違いありません。

UJBの出来がどうこうという以前に、この長丁場をほとんど止まらずに一気にやっているのに呆れます(76年の浅草国際のときのフランク・ザッパ&ザ・マザーズを思いだす)。初期からそうですが、こういうとき、どうやってタイミング出しをしているのかは興味深いところで、いくつか見たものでは、どうやらおもにガルシアが振り返り、ドラマーたちに目、口、手などできっかけを出しているようです。それにしても、それだけでどうにかなるのは、発足以来、生きたまま抜けたオリジナル・メンバーはいないバンドらしいところだと思います(抜けたのは途中加入のメンバーか、ロン・マカーナンとジェリー・ガルシアという在籍時死亡のオリジナル・メンバーのみ)。

でも、80年代のものとしては、このUJBはいいほうの部類なのではないでしょうか。ほんとうにプライヴェート録音かよ、という音質で、テーパー席(デッドのライヴでは、録音するオーディエンスのために特別席が設けられていた!)で録音したものではなく、サウンド・ボードからダイレクトに録ったものに思われます。正規盤並みの音質。UJBも悪くありませんが、ほかの曲のほうはもっとよくて、好調の日の録音です。

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フィル・レッシュのバンド、フィル・レッシュ&フレンズも、Uncle John's Bandをカヴァーしています。世界各地にあるシャドウズやヴェンチャーズのコピー・バンドと似たような存在なのですが、ホンモノがひとり入っているだけで、「ニセモノ感」はおおいに減じられるらしく、デッドのコピーに堕していないところが、このグループの面白いところです(デッド・コピー・バンドというのもけっこうあって、その名もアンクル・ジョンズ・バンドという名前のグループもある)。

フィル・レッシュ&フレンズのUJBはサンバ・アレンジです。後期デッドからブレント・ミドランドを抜いたような音で、ミドランド嫌いのわたしとしては、それなりに楽しめる音です。こうなると、ヴォーカルがピッチを外しているところまでがご愛敬に思えてきます。

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◆ 70年代初期のブート ◆◆
ブートももっています。初期のブートにはよくあったことで、録音日もロケーションも記載されていませんが、音からいって70年代初期、それも70年か71年のものと思われます。あまりいい音質とはいえませんし、モノーラルですが、それでも、70年代後半以降のUJBを聴いたあとだと、やっぱりこのほうがいいと感じます。

かなり出来はいいので、これがどの日の録音か同定したくなってきます。コンプリート・セットリスト・サイト(デッドのライヴがすべて記録されている!)を調べ、このあたりのプライヴェート録音を徹底的に収拾して、きちんと比較すればいいのですが、考えただけでも気が遠くなってしまいます。

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Grateful Dead "San Francisco 1" The early boot LP of the early 70's, recording date unknow, possibly 1970 or 71.
初期のブートをご存知のオールドタイマーなら懐かしいであろう、「品質保証」のブタ印ブート。あのころはこのような無地にスタンプを押したようなジャケットばかりで、デザインされたものは稀だった。ファクトリー・シールぐらい剥がしてスキャンしろよ、といわれそうだが、これにはやむをえない事情がある。それについてはつぎの写真のキャプションをご覧あれ。

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同じブートLPの裏。しかし、これはジャケットに糊づけすらされていない。ジャケットとシールのあいだにはさんであるだけ。おかげで、ひょいと抜き出してスキャンできたので楽だった!

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盤はイエロー・ビニール。レーベルにはアーティスト名やタイトルなどは記載されていなくて、他の盤にも使える汎用のもの。レーベルの円周に沿って、All rights reservedだのなんだのとタワゴトが並べてある。許可を得ずにこのディスクをコピーするのを禁ずる、などといっているが、そういうお手前が海賊盤業者ではないか! オールドタイマーはよくご記憶だろうが、70年代はじめのブートは日本に入ると4000円なんていう価格になったので、恨み骨髄に徹している。柏木にあったあの新×レコードが消えたときは、ボラれまくった人間として快哉を叫んだものである。

年老いたオリジナル・ヘッズだけの考えかもしれませんが、Uncle John's Bandは、やはり本来アコースティックの曲であり、どのヴァージョンがいいかとなれば、なによりもオリジナルのスタジオ録音、つぎがアコースティック・セットのライヴです。エレクトリック・ヴァージョンも、せいぜい72年ぐらいまでの、アコースティック・ヴァージョンの雰囲気を濃厚に残したものがいいと感じます。

いま、元にもどって、はじめから流していますが、Workingman's Deadリマスター拡大版収録のUJBは、エレクトリック・ヴァージョンとしては最良なのではないかと感じました。


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by songsf4s | 2008-05-12 23:58 | 風の歌