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カテゴリ:クリスマス・ソング( 56 )
The Christmas Song その3 by Booker T. & the MG's
タイトル
The Christmas Song
アーティスト
Booker T. & the MG's
ライター
Mel Torme, Robert Wells
収録アルバム
In the Christmas Spirit
リリース年
1966年
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最初にあげたヴァージョン・リストのうち、半分以上はオミットするつもりだったのですが、腹の立つものはなく(検索でヒットしても、はじめからよくないことがわかっているものはプレイヤーにドラッグしなかったのだから当たり前だが)、言及と無視の線引きはなかなかむずかしくて、ちょっと往生してしまいました。まあ、行き当たりばったりでやってみます。

◆ ブラック・シンガー ◆◆
悪いものはないとはいったものの、テンプス、スプリームズ、ジャクソン5、ミラクルズといったモータウン勢は全滅で、いいものがありません。ブラック・シンガーには向いていない、という意味ではなく、アレンジ、プレイがどれもこの曲には合っていないのです。ドラムが活躍するべき曲ではないし、ベースもあくまでも控えめにやるべきでしょう。つまり、ドラムとベースのサウンドで勝負したモータウンとしては、やりようがない曲なのです。

f0147840_2333166.jpgこのところ、フェンダーベースのシンコペーションや三連符が癇に障るようになってしまいました。中学生のとき、ラスカルズのベース(チャック・レイニーのプレイ)が、ときおり四分三連を放り込むのに仰天した前科がわたしにはあるのですが、あれは子どものときの話、四十年以上たって四捨五入で還暦ともなると、ゴチャゴチャとよけいな音を使って、ちょこまか動きまわるベースは下品だと感じます。

ベースの本分はグルーヴ、4分の表拍だけだってグッド・フィーリンはつくれます。4分の表拍で勝負できないなら、そのベースは下手なのです。四分三連のような小手先の子ども騙しをむやみにやるベースは、まず三流と思っておけば間違いありません。有名なベース・プレイヤーにその手合いが多いのはご存知の通り。

f0147840_23335427.jpgモータウンのクリスマス・ソングは、60年代終わりのものが多く、全盛期の録音はあまりありません。その弱さがこのThe Christmas Songの各ヴァージョンにもろに出たと感じます。スタッフの質が落ちて、屋台骨が傾いているのです。ベースのひどさに腹を立てているだけといえばそれまでなのですが、でも、あえていわせてもらうなら、モータウンにドラムとベース以外のなにがあるというのだ、です! 去年、テンプスのRudolph the Red-Nosed Reindeerを賞賛しましたが、あれは例外で、セヴンス・コードを使ったブルージーなアレンジであり、ミディアム・テンポだったから成功したのでしょう。

f0147840_23341948.jpgモータウンが全滅となると、ブラック・シンガーは寂しいことになるのですが、そのなかで、アイズリー・ブラザーズ盤は、歌はともかくとして、アコースティック・ギター一本のアレンジは楽しめます。とりわけ、モータウンの四分三連大馬鹿ベースを聴いたあとだと、ちょこまか動きまわるベースのないことがたいへんな福音のように思えてしまいます。

ジェイムズ・ブラウンのクリスマス・アルバムは、思ったほど頓狂ではなく、いいトラックもあるのですが、The Christmas Songは「どうだろうなあ……」という感じです。悪いとはいいませんが、とくにJBの柄に合った曲でもないような気がします。このへんはお好みなので、けっしてダメとはいいません。特定の趣味の方には向いているでしょう、という感じです。

◆ ブッカー・T&ザ・MG's ◆◆
今日はこの曲に鳧をつけるつもりなので、時間切れまでにできたところで終わりとします。よって、ここからは、いつ終わってもいいように、切り捨てるわけにはいかないものから優先して見ていくことにします。

f0147840_23373923.jpg去年のクリスマス・ソング特集で、MG'sのクリスマス・アルバムは期待はずれだった、と書きました。いかにもMG'sらしいスタイルでアレンジされた曲は一握りで、オルガンばかりが目立つスロウなレンディションが多く、「おう、なにかい、クリスマスってのはキリスト教の行事かなんかかよ」と言いがかりをつけたら、「当たり前だ、宗教行事だ」といわれて、振り上げた拳のもっていきどころがなくなり、憤懣やるかたないといった感じのアルバムです。そりゃそうでしょ、MG'sを聴こうという気分のときに、心のなかに十字架のじの字もキリストのキの字もないに決まっているじゃないですか。たとえクリスマス・アルバムだって、血湧き肉躍るビートを期待します。

しかし、ここがヴァージョン較べの妙というものなのですが、ほかのものと並べてみると、MG'sのThe Christmas Songは一頭抜きんでて聞こえます。ブッカー・ジョーンズのコピーをしたことがあるので、いまひとつ尊敬の気持ちが湧かないのですが、この曲のラインの作り方なんか、やはりみごとというべきで、ただボケッとオルガンを弾いていたわけではなかったことがよくわかります。興味深いメロディーの改変で、MG's盤Mrs. Robinsonに通じる魅力があります。

ダック・ダンという人も、ただ野太いだけかと思っていたのですが、やはり頭がいいのだということが今回のヴァージョン較べでわかりました。モータウン4種のベースがみな四分三連、二分三連を駆使して、コマネズミのように走りまわっているのに対し、ダック・ダンはドンとかまえて、大石内蔵助のように動きません。ベースというのはそうあるべき楽器なのです。

◆ オーケストラもの ◆◆
当家では、ヘンリー・マンシーニはけなさないことになっていますが、このThe Christmas Songも、やはりうまいものです。最初のリード楽器をトロンボーンにしたのも、いつもながら的確な選択ですし(こういうフワッとした曲だから合うのであって、速めの曲には向かない)、その背後で鳴っている、右チャンネルの管のアンサンブルも美しく、前半は文句のつけようがありません。

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後半もまたマンシーニらしくヴォーカル・ハーモニーをリードにしていますが、わたしとしてはこのコーラスのミキシング、バランシングが気に入りません。もっとオフにして、バッキングのような使い方のほうがよかったのではないでしょうか。マンシーニはコーラスのそういう使い方で成功している実績(たとえばCharade)があるので、なおのことそう思います。

ネルソン・リドルのThe Christmas Songは、その名もNatという、ナット・コール・ソングブックに収録されたものなので、コールのThe Christmas Songからご本尊のヴォーカルを消し、ピアノで置き換えたようなアレンジなので、カラオケといえなくもありません。しかし、中間部でのヴァイオリンはハンパじゃなくうまいですなあ。世が世なら、そして土地が土地なら、ポップ・オーケストラのセッションになど出てくるはずのないクラスの人だったりするのかもしれません。

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ジャッキー・グリーソンのものは、ある特定の層の需要に応えるためのものなので、「グリーソンにしては意外なアレンジ」などというものはありません。良くも悪くも、つねに同じ品質で、ダラッと体の力を抜いて、昔日のよしなしごとなどを思い起こすようにできています。その限りにおいては、グリーソンのThe Christmas Songもけっこうなものですが、この種のロウ・キーなラウンジ・ミュージック(つまり「もろのムード・ミュージック」)がお好みでなければ、a must to avoidです。

◆ ギタリストたち ◆◆
去年手に入れたクリスマス・アルバムでもっともうれしかったのは、アル・カイオラ&リズ・オルトラーニのSound Of Christmasでした。Ultra Loungeのクリスマス篇に入っていたHoliday on Skisがすばらしく、なんとかアルバムを聴きたいと思っていたのです。Holiday on Skisほどすばらしいものはほかにありませんでしたが、それは覚悟の前、全体としては、なかなかいいアルバムでした。

今年の夏に集中的に取り上げた映画テレビ音楽では、カイオラを褒めたり貶したり、じつに忙しかったのですが、詰まるところ、プロのギタリストというのはみなうまいので、勝負は上手い下手とは無関係なところで決まる傾向があり、そのことをいっていたのです。どこで勝負が決まるかというと、アレンジ、サウンド、録音、といった要素です。

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ギターの場合、いや、ほかの楽器もそうですが、とくにエレクトリック・ギターの場合、どういうトーンを選択(あるいは創造)するかも重要です。アル・カイオラという人も、独特のサウンドをもっていて、それが利点にもなれば欠点にもなり、それで各種映画テレビ音楽をあれこれ取り上げたときに、褒めたり貶したり忙しいことになってしまいました。

このThe Christmas Songについては、妙にいじらず、いつもの自分のサウンドでやっていて、それが楽曲に合っているので、文句がありません。こういう風に、メロディーだけを弾いて、それでも楽しませるのが、いちばんむずかしいんだよなあ、と溜め息が出ます。

f0147840_23524539.jpgチェット・アトキンズはいつものチェットよりやや控えめにプレイしています。まあ、曲調からいって、暴れるのは不可なので、当然ですが。ただ、2枚あるチェットのクリスマス・アルバムのうち、こちらは録音が新しく、バンドのレベルが落ちていますし、録音とバランシングも繊細さが足りません。モータウン同様、ちょこまか動きまわる落ち着きのないベースが癇に障ります。

トニー・モトーラという人は、50年代から60年代にかけてのNYのギタリストにとって、70年代以降のハリウッドにおけるトミー・テデスコに似た位置にあり、若い連中にとっての「親父さん」だったようです。ヴィニー・ベルはモトーラに深甚な感謝を捧げていました。トミー・テデスコ同様、面倒見のいい人だったのでしょう。

f0147840_23561549.jpgギタリストたちに慕われるには、ただ人柄がいいだけではダメです。だれもが認めるだけの力量がなくてはいけません。モトーラは、その点でもトミー・テデスコ同様、十分な資格を持っていることは、このThe Christmas Songを聴くだけでも手に取るようにわかります。じつにもってうまいものです。ただ、わたしの好みからいうと、エラ・フィッツジェラルドかなんかのように、メロディーラインを崩すのは下品で、モトーラのプレイはやりすぎと感じます。アル・カイオラやビリー・ストレンジのストイシズムのほうがずっと楽しめます。

また、60年代終わりの録音のため、モトーラ盤The Christmas Songでも、この時期の特徴である、ちょこまか動きまわる小人物ベースが、またまた癇に障ります。あの時代のシンガーやリード・プレイヤーはなにをボンヤリしていたのか、いまになると不思議です。主役の前に立ちふさがる奴は、馬鹿野郎、おまえは脇役だ、控えろ、と怒鳴りつけなくてはいけないのに。

◆ クルーナーたち ◆◆
四分三連、二分三連で動きまわる馬鹿馬鹿しいフェンダー・ベースを山ほど聴いたあとだと、たとえば、サミー・デイヴィス・ジュニアのThe Christmas Songのスタンダップ・ベースなど、じつにいいなあ、としみじみします。シンコペートは最小限、ほとんど表拍だけでやっているわけで、こういうのがうまいベースなのです。順番が逆になりましたが、サミー・デイヴィスのヴォーカルもなかなかけっこうです。

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さらに順番が逆ですが、サミー・デイヴィス盤The Christmas Songには、ほかのヴァージョンにはない前付けヴァースがあります。わたしは、たいていの場合、前付けヴァースなんてものは言わずもがなのよけいな付けたりと思っているのですが、このThe Christmas Songの前付けヴァースも例外ならず、ないほうがいい代物です。

わたしはペリー・コモとはほとんど無縁なのですが、改めて彼のThe Christmas Songを聴くと、なるほど、クルーナーの臭みはあまりない、これなら5分ぐらいはじっと聴いていられる、と思います。アルバム1枚だと、拷問でしょうけれどね。コモ盤のスタンダップ・ベースもけっこう。やっぱり、こういう曲にはフェンダーは不向きです。

よほど四分三連フェンダー・ベースに懲りたのか、アンディー・ウィリアムズ盤The Christmas Songもやはり、表拍で勝負のスタンダップ・ベースの音が心地よく感じられます。歌のほうは可もなし不可もなし、歌い上げるところをのぞけば苦にはなりません。

そろそろ時間切れですが、しまった書き落としたというヴァージョンはどうやらないようです。しいていうと、先日のリストにすら入れ忘れたアール・グラント盤がありますが、ご家庭向き安全パイで、わたしは嫌いではありませんが、強くお勧めするほどのものでもありません。同じオルガンものなら、MG's盤のほうがいいでしょう。
by songsf4s | 2008-12-24 23:56 | クリスマス・ソング
The Christmas Song その2 by Herb Alpert & the Tijuana Brass
タイトル
The Christmas Song
アーティスト
Herb Alpert & the Tijuana Brass
ライター
Mel Torme, Robert Wells
収録アルバム
Christmas Album
リリース年
1968年
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以前にも書きましたが、ありとあらゆるツールが利用できるグーグル・ブロガー(たとえば、ここの右側カラムをご覧あれ)の正反対で、エクサイト・ブログはほとんど統計らしい統計がとれず、わずかにわかるのはユニーク・ユーザー数とページ・ヴューほか数種だけです。

このブログをはじめて以来、なぜか病気がちになってしまい、1年半のあいだに数回にわたって寝込んでいるのですが、そういうときには、上記のような数字はいっさい見ません。なにも更新していないのにお客さんがいらしていることを確認するのは、アルコールやタバコなどよりよほど健康に有害なのです。最初に寝込んだ去年八月には、ユニーク・ユーザー数は30程度だったのですが、いまでは200などだったりするので、なおのこと見たくありません。

今回も統計数値はいっさい見ず、ときおり開いて、人間としての誇りを失ったあわれな人たちによるスパム書き込みの有無だけを確認していました。そして昨日、久しぶりに更新したので、病中の数字を見て、ギャッといいました。12月13日土曜に、「470」という、当家のページ・ヴューの最高値が記録されていたのです。

検索キーワード・ランキングを見ると、やはりクリスマス関連の曲が上位を占めていて、おそらく、13日土曜はそういう需要がピークに達したために、当家のページ・ヴューも過去最高を10ほど上まわることになったのでしょう。どうせなら、500ページまでいってくれたら、そろそろやめてもいいと見切りがつけられただろうに、惜しい!

やめるといえば、年初に、年内いっぱいは継続する、と書いた、その「年内いっぱい」がすぐそこに迫っています。来年はどうするのか、いちおう考えたのですが、結論はないので、やるのやめるのといったファンファーレはなしにして、気が向いたときは書き、気が向かなければ書かない、ずっと気が向かなかったら結果的にやめたことにする、というずるずるべったりのダラダラでいってみようと思います。

ということで、本日は先日のつづきで、The Christmas Song (Merry Christmas to You)のヴァージョン検討をやらかしてみます。

◆ ナット・コール盤 ◆◆
この曲の作者のメル・トーメも、シンガーだからして当然、このThe Christmas Songを歌っていますが、もっとも人口に膾炙したヴァージョンは、数種あるナット・コール盤のいずれかでしょう。

最初の1946年録音はトリオだけのものだそうで、これはわが家にはありません。この年のうちに、こんどはストリングスつきでリメイクしていて、こちらはわが家にもあります。

オリジナルの直後にリメイクしたについては、歌詞のどこかを間違えたので、それを修正するためだったという話をWall of HoundのオーナーであるO旦那にうかがったことがありますが、どこをどう間違えたのかは忘れてしまいました。相済みませぬ。どうであれ、わたしの好みは、この1946年の弦つきヴァージョンです。

Nat King Cole - The Christmas Song


1953年には、同じアレンジで、ネルソン・リドルのコンダクトによって、ストリングスの人数を大幅増大して録音しているそうですが、これはわが家にはないのかもしれません。あいまいないい方で恐縮ですが、HDDを検索したら、ナット・コールのThe Christmas Songというのが20種類以上ヒットしてしまったため、時間がなくて全部は確認できず、冒頭の数秒を比較して、手早くダブりかそうでないかを見極めてしまったのです。

f0147840_23521437.jpgさらに、60年代はじめにステレオによるリメイクもしていて、これはわが家にもあります。こちらのナット・コールのヴォーカルは、やはり晩年だなあ、という感じで、低いところにいったときにクラックしています。このへんは好みが分かれるでしょうが、わたしは、クラックする声が嫌いではないので、これはこれでいいと感じます。

たんに聴き慣れているだけかもしれませんが、今回、聴き直しても、ナット・コール盤でこの曲が知られているのは当然だと感じました。じつに据わりのいいヴァージョンです。

◆ ビング・クロスビー盤 ◆◆
据わりがよいといえば、ビング・クロスビーのヴァージョンもやはりけっこうな出来です。ふだん、あまり意識しないのですが、こういう風に「オールスター揃い踏み顔見世興行」をやると、やっぱり、この人はフランク・シナトラ、ナット・コールと並ぶ、史上最強のクルーナーだと感じます。第一声が聞こえた瞬間の印象、手触りが凡百のシンガーとは隔絶しています。何百曲もビルボード・ヒットがあるというのは、ただごとではないのです。

f0147840_23534277.jpgなにしろ、クルーニングなどというものが存在しないときに、クルーニングをはじめたオリジナル世代ですから、歌い方にも「本物だけがもつ厚みと奥行き」というやつがあります。ビングのようなヴォイス・コントロールは、やがて後続の世代によって徹底的に陳腐化され、1960年代の子どもたちに「わが生涯の敵」と罵られることになるのですが、大元まで戻ると、陳腐化する前の迫力があって、オリジネーターはものがちがうのだ、という当たり前のことを再認識します。White Christmasの枕詞がいつまでたっても「ビングの」なのは、そういう意味なのでしょう。

クルーナーは細部のラインのとり方、日本的にいうところの「節回し」にこだわるわけですが、ビングのThe Christmas Songで面白いのは、yuletide carolのところです。ビングのキーはAで、それに即していうと、ここはふつうなら、A-A-B-Aとルートに戻るのですが、ビングはA-A-B-Dbと上がっていて、ここがなかなか風情があります。

よけいなことながら、ビング・クロスビーが神父役で主演するThe Bells of St. Mary'sという映画を手に入れ、昨夜から見はじめているのですが、まだ20分ほどなので、どこへいく話なのかさっぱり見えません。クリスマス・ストーリーだろうと思ってみているのですが、そうじゃなかったら、パアでんねん。

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監督はマルクス兄弟の映画などを撮ったレオ・マケアリー、共演はイングリッド・バーグマン。

いやはや、今年は病中に3種類の忠臣蔵(溝口健二、稲垣浩、深作欣二、どれも長く、全部合わせると10時間を超える!)も見たし、長年、気になっていたThe Bells of St. Mary'sも見たし(いや、まだ途中だが)、すっかり紋切り型人間と相成り候。もちろん、大晦日には、だれのヴァージョンかは決めていませんが、恒例で「穴どろ」を聴くことになるでしょう。「穴どろ」なしには年は越せないのです。年を越したら、こんどは「七福神」「けんげ者茶屋」というぐあいで(ついでに、正月を背景にした雷蔵版オリジナル眠狂四郎の2本目も用意してある!)、農耕民族的暦日コンプライアンスの実現です。

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◆ ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラス盤 ◆◆
去年、取り逃してしまった、The Christmas Songを今年はやるかと思ったとき、だれのだかわからないながら、ファースト・ラインを歌う声が頭のなかに流れました。ファイルをプレイヤーにドラッグし終わり、ひととおり聴いていて、ああ、これだ、と思ったのが、このTJB盤です。いやはや、「そりゃないだろう」ですよねえ、おのおのがた。

ハーブ・アルパートという人は、まあ、ぶっちゃけていえば、シンガーとしては箸にも棒にもかからないほど下手です。This Guy's in Loveが大ヒットしたのは、彼の恐ろしく不安定なピッチのおかげではないかと思うほどです。たぶん、その方面(って、どの方面かはさておき)の女性たちは、こういうハンサムだけれど、頼りなげに見える男がお好きなのでしょう。

ハーブ・アルパートだって馬鹿でもなければ、ツンボでもありません。自分のピッチの悪さはよく承知しているはずで、それをプラスに転化できる曲をしばしばうまく見つけています。このThe Christmas SongのTJBヴァージョンがわたしの意識に染みこんだのも、そういうことなのだろうと思います。

Herb Alpert & The Tijuana Brass - The Christmas Song


この曲の特徴のひとつは、The folks dressed up like Eskimosのところの、意外なライン、意外なコードにあります。ということはつまり、「夜霧よ今夜もありがとう」などの系列に属す、素人が歌うとそこに来るたびにみな音を外す、困った罠が組み込まれているのです。ハーブ・アルパートは素人っぽいので、やっぱり、このEskimosはかなり不安定で、こういうのを褒めていいのだろうかと、一瞬、迷いが生まれるほどです。

しかし、この難所での無理もないつまずきに目をつぶるならば(なんだか、近所のカラオケ・バーから聞こえてくるそこらのおっさんの歌に似ていて、ほんとうにこれをみすごしにしていいのだろうか、という気もするが!)、なかなか魅力的なレンディションです。わたしは50年代のイヤッたらしいジャズ・ヴォーカルが大嫌いなのですが、このハーブ・アルパート盤の、そういうもののベタベタした物欲しげなイヤらしさとは完全に手を切っているところは、おおいに好感をもてます。歌のうまさを、いかにもことありげにひけらかすほど世に下品なことはありません。

ハル・ブレインはブラシでシャーとやっているだけで、ドラムは聴きどころがありませんが、ギターは地味ながら、うまさもうまし、立派なものですし、コーラスも効果的で、総合的に見ると、ハーブ・アルパートの堂に入った下手下手ぶりまで含めて(そりゃそうでしょ、これがうまい歌だったら面白くもなんともないのだから!)、これは膨大な数のあるこの曲の全ヴァージョンのなかでも、最上位にくるものといえるでしょう。

◆ コニー・フランシス盤 ◆◆
一時期は、このブログのために、ずいぶんおおぜいの女性シンガーをHDDにおいていたのですが、もともとそれほど好きではないので、もうスタンダードはやらないと決めたときに、ほとんど撤去してしまいました。だから、この曲を検索しても、女性シンガーのものはほんの一握りしかヒットしませんでした。ほんの一握りなのに、いいと感じるものはあまりないのだから、やっぱり女性シンガーは嫌いなのです。

そのなかで唯一嫌みがないのが、コニー・フランシス盤です。この人の声は好きなのですが、典型的な「ベンチがアホ」の罠にはまった人で、プロダクションが素晴らしいと感じるものがなく、みな古びてしまっています。センスのいい人がまじめにプロデュースすると、半世紀ぐらいではびくともしないものなのですが、コニー・フランシスのヒット曲はダメです。いまではみな聴くに堪えないほど古めかしく響きます。

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ただし、ヒットが出なくなったレイター・イヤーズになると、総合力の勝負ということがわかったのか、いいプロダクションが増え、この人の本来的な美質が生かされた盤があることに、ボックスを聴いていて気づきました。わたしは、コニーを聴くなら、だれも相手にしなかった時代のものにかぎると思っています。

ヒット・アフター・ヒットだった全盛期のもののどこがダメかというと、リズム・セクション、とりわけドラムとギターのプレイとサウンドがおそろしく古めかしいことです。したがって、彼女のバックビートのある曲はまったく好みません。Lipsticks on Your Collarなんか、いい曲だと思うのですが、ギターには耳をふさぎたくなります。

このThe Christmas Songは、その全盛期である1959年のリリースですが、神はコニーを見離さず、ありがたいことに、ロック系のアレンジではなく、大ストリングスをバックに歌っていて、やっぱりダサダサのリズム・セクションさえなければ、この人の歌は素晴らしいと感じるレンディションです。最近、よくいっているのですが、日本では美空ひばり、イギリスではペット・クラーク、アメリカではコニー・フランシス、この三人はやっぱりただ者ではないのです。

歌ものでもふれたいものがあとすこし残っていますし、インストものにはまったくふれていないので、もう一回だけ延長して、次回でこの項を終わるつもりです。

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ナット・キング・コール
Christmas Song
Christmas Song
by songsf4s | 2008-12-23 23:56 | クリスマス・ソング
The Christmas Song その1 by the King Cole Trio
タイトル
The Christmas Song
アーティスト
The King Cole Trio
ライター
Mel Torme, Robert Wells
収録アルバム
N/A (78 release)
リリース年
1946年
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先週後半からずっと体調はよく、ひどい眩暈に襲われることはなくなりました。歩いていてときおりバランスを崩す程度で、急激な動きさえしなければ、どうということはありません。やはり、前回のコメントでキムラさんがおっしゃっていた病名はあたりだったようです。調べてみると、2、3週間で自然に治るものだそうで(そもそも治療薬は存在せず、医者がくれる薬はトラベルミンだとか!)、これも当てはまりました。

この数日は起きあがり、PCでいろいろな作業はしているのですが、ブログを再開するにはいたりませんでした。ものを書くというのは、やはり、ある程度の「高圧」が必要なのですが、目下、ひどい「低圧」状態で、なかなか「書きのスレッショルド・レヴェル」に到達できず、平常運転に戻れなかったというしだいです。まだ、以前のように書ける感触はないのですが、時季も時季ですし、去年の古物の流用ですが、いちおうクリスマスの飾りつけもしたので、クリスマス・ソングをひとつだけやってみるか、とデスクに向かってみました。

昨年のクリスマス・ソング特集は、「年内無休」の突貫工事のおかげで、予定した曲をほぼ消化したのですが、しまった、これがもれてしまったか、という痛恨の曲が一握りながらありました。その一曲がこのThe Christmas Songです。

去年の12月25日の記事にも書いたのですが、クリスマス当日は、当然、このThe Christmas Songでいくはずだったのに、ヴァージョン数が多すぎて、忙しさに負けてしまったのです。というわけで、今回は捲土重来、しかし、また負けては元も子もないので、以下にあげた30種ほどしかプレイヤーにドラッグしていませんし、この半分以上をヴァージョン検討からオミットするつもりです。

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Frank Sinatra (複数)
Al Caiola & Riz Ortolani
Chet Atkins
Tony Mottola
The Three Suns
Henry Mancini
Jackie Gleason
Nelson Riddle
Percy Faith
Louis Armstrong & Friends
Mel Torme
The 4 Seasons
The Isley Brothers
The Jackson 5
James Brown
Smokey Robinson & The Miracles
The Temptations
Rick Nelson
The Supremes
The Carpenters
Connie Francis
Doris Day
Andy Williams
Bing Crosby
Johnny Mathis
Perry Como
Sammy Davis Jr.
The King Cole Trio
Nat King Cole [Alternate Take]
Herb Alpert & The Tijuana Brass
Booker T. & The MG's

Nat King Cole Trio - The Christmas Song (Original Recording Without Strings)


◆ まず栗ではじまり…… ◆◆
曲の出来もAクラスですが、クリスマス・ソングらしさは主として歌詞に表現されるものなので、万やむをえず、じつに久しぶりに歌詞の検討をやってみます。リハビリ中の人間にはちょっとキツいのですがね。それではファースト・ヴァース。

Chestnuts roasting on an open fire
Jack Frost nipping at your nose
Yuletide carols being sung by a choir
And folks dressed up like eskimos

「たき火の上で栗が焼け、寒さに鼻の先が赤くなる、聖歌隊がクリスマス・キャロルを歌い、人々はエスキモーのように着込んでいる」

辞書には、「an open fire おおいのない(壁炉の)火」とあるので、文脈によっては室内の煖炉の可能性もあるのですが、このヴァースの残り三行は戸外の描写と思われるので、an open fireも戸外にあるとみなして解釈しました。

ファースト・ラインというのは、その曲のアイデンティファイアとなり、われわれはしばしばこの一行でその曲を記憶することになるので、きわめて重要です。どの文化でも、年中行事というのは特定の食べ物とむすびついているもので、このファースト・ラインはそれを意識したものなのでしょう。

われわれのクリスマスはかなり「なまった」行事で、借り物にすぎず、クリスマスらしさを演出する要素がたくさん抜けていて、焼き栗もクリスマスとはむすびつきません。それでも、たき火の上の栗は香ばしいのだろうなあ、ときおり大きな音をたてて爆ぜるのだろう、などというぐあいに想像力を発動させてしまうこのファースト・ラインは、きわめて好ましく、そしてまた、いかにもクリスマスらしいものに感じます。

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昨年のクリスマス・ソング特集に何度か登場しましたが、Jack Frostは寒気の擬人化で、「ジャック・フロストが鼻をつまむ」というのは、すなわち、寒さで鼻先が赤くなることをいっています。

メル・トーメによると、もうひとりの作者、ボブ・ウェルズは、うだるような夏の日に、冬のことを考えて涼しくなろうとして、やがてこのファースト・ヴァースとなる断片を書いたのだそうです。つまり、歌詞を書くつもりはなく、たんに寒そうなものを思いつきで並べただけだったのだとか!

◆ つぎに七面鳥を詰め込み…… ◆◆
つづいてセカンド・ヴァース。

Everybody knows a turkey and some mistletoe
Help to make the season bright
Tiny tots with their eyes all aglow
Will find it hard to sleep tonight

「七面鳥と寄生木の飾りがあれば、クリスマスが華やかになることはだれでも知っている、幼い子どもたちは目を輝かせ、今夜はなかなか寝つけないだろう」

寄生木についても、去年の特集、とくにオーティス・レディングのMerry Cristmas Babyで、クリスマスとセイヨウヤドリギのあいだにどういう関係があるかを検討しています。こうした背景と、寄生木の飾りの下ではキスをしてもよいという習慣も、日本にクリスマスが渡来するときに脱落してしまった属性のひとつです。

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ここで注目したいのは七面鳥です。くどくなりますが、年中行事にそれらしさをあたえる重要な要素のひとつは食べ物です。セカンド・ヴァースでもやはりクリスマスにふさわしい食べ物を登場させたのでしょう。曲はメル・トーメ、詞はウェルズが主で、メル・トーメが補作しているとのことなので、ファースト・ヴァースはウェルズ作ということ以外は、だれがどこを書いたのかわからないのですが。

◆ キャンディーで仕上げ ◆◆
以下はブリッジ。

They know that Santa's on his way
He's loaded lots of toys and goodies on his sleigh
And every mother's child is gonna spy
To see if reindeer really know how to fly

「子どもたちは、橇にオモチャやお菓子を山ほど積んで、サンタがもうすぐやって来ることを知っている、ありとあらゆる子どもたちが、トナカイがほんとうに飛べるのか覗いてみるにちがいない」

この場合のgoodyは、クリスマスであることを考えれば、キャンディーやチョコレートなどの「糖菓」と限定してしまってかまわないでしょう。またしても同じことをいいますが、ここにも食べ物が登場するのは偶然などではなく、クリスマスらしさを演出するためであることはいうまでもありません。

every mother's childの「すべての母の」は、「ひとり残らず」という強意表現です。

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サードにして最後のヴァース。

And so I'm offering this simple phrase
To kids from one to ninety-two
Although it's been said many times, many ways
"Merry Christmas to you"

「そういうしだいで、一歳から九十二歳の子どもたちに、このシンプルな言葉をお贈りしましょう、まあ、いままでに何度となく、そして、さまざまな形でいわれてきたことだけれど、でもとにかく、『メリー・クリスマス・トゥ・ユー』」

久しぶりの記事で、長く遠ざかっていた歌詞の検討などしてしまったので、本日は力尽きてしまいました。音楽面の検討は次回ということにさせていただきます。

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ナット・キング・コール(中古CD、トリオ・ヴァージョンのThe Christmas Songも収録)
Christmas Song
Christmas Song
by songsf4s | 2008-12-22 22:36 | クリスマス・ソング
Auld Lang Syne by Jimi Hendrix
タイトル
Auld Lang Syne
アーティスト
Jimi Hendrix
ライター
traditional, adopted by Robert Burns
収録アルバム
Live at the Fillmore East
リリース年
1990年(1970年1月1日録音)
他のヴァージョン
Beach Boys, Jingle Cats, Brian Wilson, Esquivel, Three Stooges, Guy Lombardo, Bobby Darin, the Spotnicks
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Auld Lang Syneは、もちろん「螢の光」の原曲で、日本では卒業式にばかり歌う(いまどきはもう歌わない?)ので、そういう印象がないかもしれませんが、旧年を送り、新年を迎える歌として、クリスマス・アルバムにはよく収録されています。

とはいえ、つい10分前までは、こんな曲を取り上げるつもりはなかったのですが(耳にタコができるほど聴いていて、これからの一生、二度と聴かなくても、まったく差し支えないと思うわけです、思いませんか?)、ジミ・ヘンドリクス・ヴァージョンをもっていることを思いだしたので、その気になってしまいました。

f0147840_2357919.jpgジミヘンは歌わず、インストでやっているので、歌詞の解釈は省略します。七面倒なのは大嫌いですし、そもそも、よくわからないところがあるのです。ウェブには現代英語訳もあるようですので、そちらをご覧ください。いちおう一般的に歌われている歌詞を以下にペーストしておきます。auld lang syneを、機械的に現代英語に置き換えると、old long sinceです。辞書には「昔、過ぎ去りしなつかしき日々、旧友のよしみ」といった意味であると出ています。

Should auld acquaintance be forgot
And never brought to mind
Should auld acquaintance be forgot
And auld lang syne

For auld lang syne, my dear
For auld lang syne
We'll take a cup o' kindness yet
For auld lang syne

And surely ye'll be your pint-stowp
And surely I'll be mine
And we'll take a cup o' kindness yet
For auld lang syne

We twa hae run about the braes
And pou'd the gowans fine
We've wandered mony a weary foot
Sin' auld lang syne

We twa hae sported i' the burn
From morning sun till dine
But seas between us braid hae roared
Sin' auld lang syne

And ther's a hand, my trusty friend
And gie's a hand o' thine
We'll tak' a right good willie-waught
For auld lang syne


◆ 各種ヴァージョン ◆◆
ジミヘンは、オクターヴ奏法も使って、楽しくやっています。フィルモア・イーストのライヴで、ビル・グレアムの新年の挨拶のあとに出てきます。ということは、1969年12月31日の夜から、ジミヘンはプレイしつづけていたのでしょう。こういう曲をやると、ウッドストックのときのアメリカ国歌を連想しますが、こちらのほうがずっとまともにやっていますし、そもそも、政治的な意味合いのない点が好ましく感じられます。

f0147840_2359889.jpgつぎにいいのは、ボビー・ダーリン盤でしょうか。イントロのオーケストラがすんげえ音で鳴っています。やっぱり潤沢な予算がつく第一級のアーティストの盤というのは、しみったれたところがまったくなくて、うれしくなります。歌詞はクリスマス用に大きく変更されています。というか、auld lang syneという3語が出てくる以外はまったく別物。

昔、FENのジム・ピューター・ショウで、ボビー・デアランという知らない名前がアナウンスされ、だれだろうと思っていると、Splish Splashだの、Dream Loverだのといったボビー・ダーリンの歌が流れ、そのたびにわたしはコケていました。Darinというスペルとの整合性に配慮すると、「デアリン」あたりが適切なようです。昔の人がまちがえてしまったので、もうどうにもなりませんが。

Jimi HendrixのJimiだって、たんなるJimmyの綴り換えにすぎず、発音は同じだから、ほんとうはジミー・ヘンドリクスとするべきだったわけで、これも昔の人の勘違いの一例。Jimi Hendrixをジミ・ヘンドリクスと書くなら、Jimmy Pageもジミ・ペイジとするのが論理的です。さらにいうなら、Tommyも、トミとしなければなりません。Joni Mitchellのジョニだっておかしいのですが、きりがないから、このへんで打ち止め。

ジミヘン並みにイカれたヴァージョンとしては、このクリスマス特集では何度も登場し、もはやおなじみになったであろうエスクィヴァルのものがあります。テレミン(テルミン、セラミンなど、表記はいろいろあり)の演奏をバックに、エスクィヴァル自身が、思いきりリヴァーヴをかけた声で、スペーシーでファーラウトなお別れの挨拶をします。むちゃくちゃに訛った英語とスペイン語のチャンポンなので、挨拶の言葉自体からしてアヴァンギャルド。最後のUntil next time, adiosが、「オンティル」に聞こえます。

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テレミン博士と彼の発明物。垂直のロッド・アンテナに手を近づけるとピッチが下がり、遠ざけると上がる。水平に突き出たループ・アンテナに手を近づけるととヴォリュームが下がる。

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テレミン演奏の第一人者、クララ・ロックリン。こちらのテレミンは、ヴォリューム・コントロールもロッド・アンテナになっている。

ジングル・キャッツは、いうまでもなく、つねにエンターテインしてくれます。残念ながら、この曲ではいつものハーモニーの冴えが感じられませんが。

f0147840_093495.jpgスプートニクス(毎度申し上げるAdd More Musicの「レア・インスト」ページで入手できるので、ご興味のある方は右のFriendsリンクからどうぞ)、ビーチボーイズ、ブライアン・ウィルソン、ガイ・ロンバードは、まともにやっています。

ア・カペラのビーチボーイズというのは、わたしには面白くもなんともありません。ブライアンのソロも、ビーチボーイズ盤のリメイクのようなものです。たとえばパイド・パイパーズみたいに、もっと変な音を使ってくれないものかと思います。60年代に入って、コーラス・グループのヴォーカル・アレンジ/テクニックは退化した、と最近は考えています。40年代、50年代のグループのほうがずっと複雑なアレンジで、楽しめます。

f0147840_0115463.jpgThree Stoogesと書くとわからないかもしれませんが、「三バカ大将」のことです。彼らも、まったくちがう歌詞で歌っています。聴き取りをやっている暇はないので、ネグりますが、なにか三バカ大将らしいギャグが入っているのかもしれません。子どものころ、かなり熱心に見ていました。

以上、年末なので、道草すら短く、本体はもっと短く、八つ当たりもほどほどに切り上げ、駆け足で各ヴァージョンを見ました。もういくつ寝るとお正月、冗談半分だった年内無休宣言も、どうやら達成できそうな雲行きで、ホッとしています。今日が最大のピンチで、適当な曲がないから休もうかと思いました。螢の光が出たからといって、当ブログまで店じまいするわけではなく、明日も「営業」し、2007年を締めくくるつもりですので、よろしくどうぞ。
by songsf4s | 2007-12-30 00:03 | クリスマス・ソング
What Are You Doing New Year's Eve by Bette Middler
タイトル
What Are You Doing New Year's Eve
アーティスト
Bette Middler
ライター
Frank Loesser
収録アルバム
Cool Yule
リリース年
2006年
他のヴァージョン
The Orioles, Donny Osmond, Nancy Wilson, Mary Margaret Ohara, Barbra Streisand, Ella Fitzgerald, the Ramsey Lewis Trio
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What Are You Doing New Year's Eveは、大晦日のことを歌った曲ですが、つい先日も申し上げたように、クリスマスと新年はひと続きのお祝い事なので、これはしばしばクリスマス・オムニバスにとられています。

うちにあるこの曲のヴァージョンは、どれも好みではありません。だれか、いい声をした若い男性シンガーのものでもあるといいのですが、女性シンガーが大部分で、みな面白くありません。いや、「いい声をした若い男性シンガー」の正反対、たとえば、ランディー・ニューマンやトム・ウェイツが歌っても、味が変わって面白いのじゃないかという気がするのですが、女性シンガーでは話になりません。歌詞そのまんまのレンディションで、なにも付け加えられもしなければ、楽曲の隠れた一面を引き出すこともできていません。

f0147840_23483620.jpgしたがって、今日の看板にしたベット・ミドラー盤は、看板なしというわけにはいかないから、という意味しかありません。ろくなヴァージョンがないので、恒例の聴きくらべもしません。個別に各ヴァージョンを見ていくと、頭に血がのぼって大殺戮をはじめかねませんし、そもそも年末、みなさん同様、わたしもバタバタしだしたので、手早くすませたほうがお互いの利益であります。

あくまでも、すでに、Baby It's Cold OutsideMoon of Manakooraを取り上げているフランク・ラーサーの、さらなるすぐれた歌の紹介として、お読みいただければと思います。シンガーはこの際、無視してください。重要なのは楽曲だけです。

◆ ジャックポット・クエスチョン ◆◆
ベット・ミドラーは、大衆音楽の世界で通常いう意味での「ヴァース」ではなく、「前付けの独唱部」という意味での「ヴァース」を歌っていますが、多くのシンガーが略していることでわかるように、たいした意味はないのでそれは略し、本題であるファースト・ヴァースへいきます。女言葉は使いません。男性シンガーが歌うべき曲だと思うので、男言葉でいきます。

Maybe it's much too early in the game
But I thought I'd ask you just the same
What are you doing New Year's
New Year's eve

「ちょっと気が早いかもしれないけれど、結局、いつかはたずねることになるのだから、同じことだと思ったんできくけれど、きみ、大晦日の夜はどうしているの?」

セカンド・ヴァース。

Wonder whose arms will hold you good and tight
When it's exactly twelve o'clock that night
Welcoming in the New Year
New Year's eve

「大晦日の夜、十二時ちょうど、新年を祝っているとき、いったいだれがきみをしっかり抱きしめているんだろうね」

マイナーに転調するブリッジ。

Maybe I'm crazy to suppose
I'd ever be the one you chose
Out of the thousand invitations you'll received
But in case I stand one little chance
Here comes the jackpot question in advance
What are you doing New Year's
New Year's Eve

「数えきれないほどお誘いがあるなかで、きみが選ぶのはぼくだなんて想像したら、頭がおかしいということになるかな、でも、ほんのささやかなものでも、チャンスがあるかもしれないから、早めにとんでもない質問をするよ、『大晦日の夜はなにをしているんだい?』」

あとは、ヴァースのいずれかやブリッジを繰り返すだけで、もう新しい言葉は出てきません。

◆ どこを切ってもみな金太郎 ◆◆
試聴したもののなかに、ファースト・ラインのtoo earlyを、too lateと変えているものがありました。それもひとつの考え方かもしれませんが、どんなものでしょうか。設定というか、背後にあるストーリーを考えると、やはりearlyであるべきだと感じます。

とくに男の場合は、earlyでなければ設定が生きません。たぶん、知り合ったばかりという設定でしょう。だから、大晦日のことをきくなんて、いくらなんでも気が早すぎるのです。でも、男はもう一目惚れで、自分が抑えられなくなっているわけです。

f0147840_23495485.jpg女性シンガーが歌ったものは面白くないというのは、そこです。こういう気の早さというのは、男のものです。女性はもっと慎重なものです。逆に、too lateと変えて歌っている女性シンガーのヴァージョンは、女が自信満々なのがうかがえて(「あたしにくらべれば、先約なんか問題じゃないでしょ」)、あまり気持ちがよくありません。

「なんて馬鹿なことをいっているのだろう、お先走りもいいところだ」という自嘲、自信のなさを裏側に感じさせつつ、でも、ここは生涯に一度の勝負、度胸だ、と無理をしているような雰囲気が出せれば理想ですが、そんなヴァージョンはうちにはありません。言葉の向こう側にある世界を読み取れず、人間の心の奥行きに対する理解の欠如した、薄っぺらくて平板な、俗っぽい解釈ばかりです。

そろいもそろって、スロウな4ビート、アップライト・ベース、ピアノ、ブラシによるスネアとフット・シンバルといった編成の、ウソみたいに典型的な「カクテル・バーBGM」ばかりで、ほとほとうんざりします。紋切り型が、紋切り型の羽織を着て、紋切り型の披露目にきたといわんばかりの、どこで切ってもみんなおんなじ金太郎飴です。

f0147840_23505578.jpg彼女たちは「スタンダード曲の歌い方」という規範が、どこかにあると思っているのでしょう。そんなものは存在しません。そんなものが存在するなら、オリジナル盤がひとつあれば十分、カヴァーなど無価値ということになってしまいます。ありもしない空想の規範にしたがって歌うから、骨董品のレプリカに堕しているのです。うまい素人がカラオケで歌っているのと同じこと、いや、金を取るぶんだけ、プロのほうが悪質なのが、唯一の違いでしょう。歌うというのは、「裸の楽曲」に素手で立ち向かうことのはずです。

◆ 山姥の墓場にて ◆◆
歌手というのは、多くの場合、歌がうまいから歌手になったわけで、わが身を考えれば、歌のうまさなんか、だれも問題にしない、二束三文、一山いくら、ということに思い当たるのが知性というものでしょう。しかし、歌手、とくに女性歌手という人種はみなとほうもないナルシストらしく、自分のうまさだけは非凡だと思っている節があります。シンガーが気持ちよく自分の歌に酔っているのにつきあわされるほど、腹立たしいことはありません。

f0147840_23531865.jpg自分が世界一のシンガーだなんて夢にも思ったことのない人、男なら、そう、いま思ったのですが、デイヴィー・ジョーンズなんか、この曲にはいいんじゃないでしょうか。もちろん、現在ではなく、モンキーズ時代のデイヴィー・ジョーンズということですが! 頼りなさそうな、でも、どこかしぶといところもある若い男、というのがベストです。女性なら、Johnny Angelのころのシェリー・ファブレイなんかどうでしょう。たどたどしく、でも誠実に歌ってくれたりすると、すごくウレシイ曲です。

それにしても、ヴェテラン女性シンガーというのは、可愛げというものがかけらもなく、「歌のうまさ」という卒塔婆が林立する墓場に迷い込んだようで、なんとも背筋の寒くなる大顔見世お化け大会でした。下手くそなうえに、たいした魅力もないオリオールズ盤が、なんだか光明のように感じられ、錯覚とわかっていながら、思わずすがりたくなってしまいました。

あなたがシンガーなら、この曲を「古典的名曲を歌う大歌手」などという、聴く側には迷惑なだけの世にも馬鹿馬鹿しい思い入れからもっとも遠いところで、軽いポップ・ソングのようにうたえば(たとえば、ハーパーズ・ビザールあたりの雰囲気で)、成功間違いなしです。いい曲なのです。ダメなのは大歌手気取りの悪臭を安香水のように盛大にまき散らす山姥たちであって、楽曲にはなんの責任もありません。だれか、安香水なしで、さわやかにやってくれる人はいないものでしょうか。来年のいまごろまでに見つけられるといいのですが。
by songsf4s | 2007-12-29 00:02 | クリスマス・ソング
Warm December by Julie London
タイトル
Warm December
アーティスト
Julie London
ライター
Bob Russell
収録アルバム
Calendar Girl
リリース年
1956年
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ジュリー・ロンドンの曲はついこのあいだ、I'd Like You for Christmasを取り上げたばかりですが、当ブログでは彼女はVIP待遇でして、わたしはいっこうにかまわないので、みなさまもどうかおかまいなく。

Warm Decemberは純粋なクリスマス・ソングではありませんが、最近はクリスマス・コンピレーションに採録されるようになってきたようです。Let it Snow!Baby It's Cold OutsideI've Got My Love to Keep Me Warmなどにも同じことが起きたわけで、この曲も将来はクリスマス・クラシックになるのかもしれません。そうなるかどうかは、ある程度は歌詞の「許容度」にかかっていますので、まあ、ご覧あれ。

クリップがないので、サンプルを。

サンプル Julie London "Warm December"

◆ 二分の一のコタツ ◆◆
それではファースト・ヴァース。

I'll keep you warm in December
Warm when the cold breezes blow
My arm so lovin', a kind of havin'
To melt the sleet and snow

「わたしは十二月にあなたを暖めてあげる、冷たい風が吹きつけるときに暖かくね、わたしの腕は愛情いっぱい、そしてちょっと欲張り、だからみぞれや雪を溶かしてしまうのよ」

というわけで、内容的にわかりにくいところはどこにもありません。十二月が未来のことになっているので、ほんとうなら、十一月には取り上げなければいけなかったことになりますが。形容詞としてのhavingなんて、歌でお目にかかったことはないのですが、そう歌っていると思います。ジュリー・ロンドンはディクションが非常にいいので、間違いが起きる確率は低いのです。つづいてセカンド・ヴァース。

This heart that glows like an ember
Longs to be loved just by you
If it could be so then you keep me so
Warm in December too

「熾火のように燃えるわたしのハートは、ただあなただけに愛されたがっている、だとしたら、あなたもそうしてくれなくちゃ、十二月にわたしを暖かくしてね」

いやはや、こりゃまたどうも、という歌詞ですが、そういうのが多い人なのです。お色気で売った人でして、アン=マーグレットのアルバム・タイトルじゃありませんが、「独身者の天国」bachelor's paradiseがキーワードなのです。ピンナップのようなジャケット・デザインをご覧あれ。

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オリジナル盤は、LP倍サイズのピンナップ付きだったのだそうですぜ、ご同輩。お互い、一歩遅れましたな。ピンナップ付きだった、といっているサイトはあるのですが、ジャケ写のみで、ピンナップはスキャンしてくれないんですよ。よほど他人には見せたくない写真にちがいありません。

間奏ののち、エンディングへ。

If it could be so, then you keep me so
Warm in December
Ooh it's cool in December
Please keep me warm in December too

「そういうことならば、あなたもわたしにそうしてくれなくちゃ、十二月に暖めてね、ああ、十二月はクール、お願いだから、十二月にはわたしを暖めてね」

f0147840_023096.jpgこの場合のcoolは、寒いのか、楽しいのか、その両方なのかよくわからないので、そのままにしておきました。

ウソか本当か知りませんが、人間が四人集まるとコタツひとつに相当する熱を発するそうです。それなら満員電車が暑いのも当然のこと、猫一匹でもけっこう暖かいものですし、先日は犬のおかげで凍死をまぬかれたご婦人もいらしたということですから、人間二人ならけっこう暖かいのでしょうね、いえ、わたくしはよく知りませんが。

◆ カレンダーの裏側 ◆◆
音のほうは、アップテンポの4ビートで、かったるいところがまったくない、軽快な仕上がりです。しかし、テンポは変わっても、ジュリー・ロンドンの歌い方はいつもとそれほどちがうわけではなく、精いっぱいの「大声」で歌ってはいますが、やっぱり、ふつうの基準からいえば、ソフトに囁きかけているも同然です。こういうジュリーもけっこうなものです。

f0147840_092882.jpg聴けば聴くほどいい曲だなあ、と思います。いまになって、クリスマス・コンピレーションに採録されるようになったのもよくわかります。さりげないバッキングは、ハリウッドのプレイヤーの実力をひしひしと感じさせるもので、なにをするわけでもないけれど、非常に気持ちのいい出来です。ベースのグルーヴよし、オブリガートのピアノはみごと、ミューティッド・トロンボーンと、それと対比をなすハリウッド十八番の流麗なストリングス・アレンジがまたけっこう。夫君でもあったプロデューサーのボビー・トループの愛情が感じられます。

この曲の作者ボブ・ラッセルは、作詞のほうを主としていたそうで、BrazilやFrenesiといったラテン・スタンダードの英語詞も書いているとのことです。それはいいのですが、Maria Elenaの英語詞もやったといわれて、「あれ?」となってしまいました。

Maria Elenaのもっとも有名なヴァージョンは、ロス・インディオス・タバハラスのものでしょう。わが家にあるカヴァーも、ここから派生したインストゥルメンタル盤が大部分です。ビリー・ストレンジ、シャドウズ、50ギターズ、バハ・マリンバ・バンド、ライ・クーダー、エキゾティック・ギターズ、いずれもインストです。

でも、なんだか歌ものを聴いた記憶もあったので、検索をかけてみたら、エイムズ・ブラザーズとナット・キング・コールのヴァージョンがありました。しかし、どちらもスペイン語(でいいのだと思いますが)で歌っています。

ほかにも、MisirlouとTabooという、これまた歌が不似合いな曲に英語詞をつけています。Misirlouの歌もので、わが家にあるのはフランキー・レイン盤のみ(いや、植木等の日本語版もありますが、ボブ・ラッセルは無関係)、Tabooの歌ものはうちにはありません。なんだか、妙な曲ばかりに歌詞をつけている人ですねえ。いや、Warm Decemberには、珍なところはまったくありません。誤解なきよう。いい曲です。


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ジュリー・ロンドン(CD)
CALENDAR GIRL
CALENDAR GIRL


ジュリー・ロンドン(MP3アルバム)
Calendar Girl
Calendar Girl
by songsf4s | 2007-12-28 00:11 | クリスマス・ソング
Father Christmas by the Kinks
タイトル
Father Christmas
アーティスト
The Kinks
ライター
Ray Davies
収録アルバム
Come Dancing With the Kinks: The Best of the Kinks 1977-86
リリース年
1977年
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◆ いいだしかねて…… ◆◆
キンクスのレイモンド・ダグラス・デイヴィスは、わたしにとってはもっとも重要なソングライターです。中学のときから聴きつづけ、いまでもロックンロール史上最高の作詞家と思っているのだから、たぶん棺桶に入るときも、まだ同じように思っていることでしょう。

f0147840_00783.jpgレイモンド・ダグラスは、その長い長いキャリアのなかで、クリスマス・ソングのようなものを2曲だけ書いています。ひとつは本日のFather Christmas、もうひとつはアルバム、Arthur or the Decline and Fall of the British Empireに収録されたAustraliaという曲です。

後者は、「クリスマス・ソング」といっては強引の誹りをまぬかれないものです。We'll surf like they do in the U.S.A., we'll fly down to Sidney for a holiday, on a sunny Christmas dayという一節が、クリスマスに関係するだけだからです。もっとも、わたしのような得手勝手な人間は、あっさり「RDのクリスマス・ソングのひとつ」といってはばかりませんが。

じゃあ、本日のFather Christmasは、正真正銘のクリスマス・ソングか、というと、これがまた、すくなくとも、ふつうの人が楽しいときに聴く曲ではないのはたしかです。ダウナーなのです。まあ、レイモンド・ダグラスがストレートなクリスマス・ソングを書くはずもなく、彼の長年のファンとしては、これくらいのダウナーは当たり前と受け取るのですけれどね。

とまあ、そのような事情があって、ついに本番の特集のあいだはこの曲を持ち出すことができず、特集の尻尾、フェイドアウトというか、コーダというか、はみ出した場所に配置することになりました。

The Kinks - Father Christmas


◆ トナカイの災難 ◆◆
それでは歌詞を見ていきます。やや長めですが、Baby It's Cold Outsideのようなことはありませんから、しばらくご辛抱を。ファースト・ヴァース。

When I was small I believed in Santa Claus
Though I knew it was my dad
And I would hang up my stocking at Christmas
Open my presents and I'd be glad

「幼いころはサンタクロースを信じていた、もっとも、それが父親だということはわかっていたけれどね、クリスマスには靴下を吊し、プレゼントを開けては喜んだものさ」

dadとgladの脚韻はなかなかです。RDらしさをチラリと感じます。それにしても、この幼時の回想は、のちの嵐の予感をすでにはらんでいます。つづいてセカンド・ヴァース。

But the last time I played Father Christmas
I stood outside a department store
A gang of kids came over and mugged me
And knocked my reindeer to the floor

f0147840_013937.jpg「でも、最後にサンタクロースを演じたとき、つまりデパートの外にサンタの恰好をして立ったんだけれどね、そのとき、子どもの一団がやってきて、俺に襲いかかり、俺のトナカイを床に殴り倒してしまったんだ」

長じてサンタのアルバイトをする語り手は、あまり仕合わせのよい人生は送っていないのでしょう。そこにこの設定のポイントが隠れていると感じます。弱者が弱者に襲いかかる構図です。

◆ サンタの災難 ◆◆
以下はコーラス。いくぶん変形しながら、以後、繰り返し歌われることになるパートです。

They said:
Father Christmas, give us some money
Don't mess around with those silly toys
We'll beat you up if you don't hand it over
We want your bread so don't make us annoyed
Give all the toys to the little rich boys

「奴らはこういうんだ、サンタのおっさん、金を寄こせよ、あんな馬鹿みたいな玩具で俺たちの邪魔をするんじゃねえぞ、そんなもの渡したら、ぶちのめしてくれるからな、ほしいのは現ナマさ、だから邪魔するのはやめろ、そんな玩具なんか、みんな金持ちの小僧どもにやっちまえ」

breadはもちろんパンのことです。そのまま受け取っても結果は同じことですが、ここは俗語の「現ナマ」の意味でいっているのでしょう。

f0147840_03475.jpgこういうことがらというのは、時代にかかわらず存在したのですが、昔はそれをストレートに表現しなかったわけで(60年代のこのタイプの曲として、ロイ・オービソンのPretty Paperを取り上げています)、その点に時代の変化を感じます。

サード・ヴァース。

Don't give my brother a Steve Austin outfit
Don't give my sister a cuddly toy
We don't want a jigsaw or Monopoly money
We only want the real McCoy

「俺の弟に『600万ドルの男』の扮装なんか寄越すんじゃねえぞ、妹に可愛い玩具もいらない、俺たちはジグソー・パズルも、『モノポリー』ゲームの玩具の金もいらない、ほしいのはホンモノだけだ」

スティーヴ・オースティンは、ドラマ『600万ドルの男』でのリー・メイジャーズの役名だそうです。知りませんでしたが。われわれが幼いころ、『月光仮面』の扮装をして遊んだのと同じようなことなのでしょう。ウルトラマンだの、仮面ライダーだの、それぞれの世代に、それぞれのお好みがあるでしょうが。

◆ 玩具のかわりにマシンガン ◆◆
フォース・ヴァース。

But give my daddy a job 'cause he needs one
He's got lots of mouths to feed
But if you've got one, I'll have a machine gun
So I can scare all the kids down the street

「でも、うちの親父に仕事は寄こせ、親父には仕事が必要なんだ、食わせなければならない口がいっぱいあるんだからな、でも、おまえがもっているなら、俺にマシンガンをくれ、街にいる小僧どもみな震えあがらせてやるんだ」

えらいことをいう子どもですが、よそごとといってはいられない状況が日本にも伏在していて、ちょっと怖さを感じます。この歌を書いてからずいぶんたってからのことですが、レイ・デイヴィスは、連れの女性の財布を奪った男を追いかけ、脚を撃たれたそうです。ひょっとしたら、そのとき、自分がかつて書いたこの曲のことを思いだしたかもしれません。

RDの父親は長いあいだ失業していたと自伝に書かれています。RD自身、若くして失業し、職業安定所にいって、父親にばったり会ってしまったときのことを、父の胸中を思いながら、感慨深げに回想しています。

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最初のものとはいくぶん異なるブリッジ。

Father Christmas, give us some money
We got no time for your silly toys
We'll beat you up if you don't hand it over
We want your bread so don't make us annoyed
Give all the toys to the little rich boys

「サンタのおっさん、金を寄越しな、くだらない玩具なんかどうでもいいんだよ、金を寄越さないなら、ボコボコにしてやるからな、俺たちがほしいのは金だ、だから邪魔すんじゃねえ、そんな玩具なんか、みんな金持ちの小僧どもにやっちまいな」

最後のヴァース。

Have yourself a merry merry Christmas
Have yourself a good time
But remember the kids who got nothin'
While you're drinkin' down your wine

「みなさんには愉快な、愉快なクリスマスをどうぞ、どうか楽しいひとときをお過ごしください、でも、ワインを飲みほすときには、なにひとつもたない子どもたちのいることをお忘れなく」

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◆ 有害な正直さ ◆◆
レイ・デイヴィスは、カクテル・パーティーで思わず本音をいってしまうような人なのだと思います。他人のネクタイを褒められず、首にぶら下げるより、そこに首をぶら下げるほうが似合う、などといってしまうタイプの人です。じっさい、自伝のなかで、パーティーは嫌いだとはっきりいっていますし、ひどいパーティーのことも書いています。

f0147840_093878.jpgそれが彼とキンクスのキャリアに大きな災いをもたらしたこともありましたが(不愉快なことをしつこくいうアメリカ音楽家組合関係者を殴り倒し、以後、アメリカ市場から長いあいだ閉め出されたのもそのひとつ)、ひとつだけはっきりいえることがあります。正直で、誠実な人間であり、きれいごとの嘘っぱちはいわない、ということです。

クリスマスにこんな曲を聴きたいリスナーがいるとは、レイモンド・ダグラスも考えてはいなかったでしょう。それでも、こういう曲を書いてしまう人なのです。RDはほとんどつねに、Right place, wrong timeまたはWrong place, right timeの人でした。しかし、人々の目が同じところに集まっているときに、ふと、その反対側に視線をやることこそ、鋭敏な詩人の最大の資質です。

せっかく、きれいにクリスマス・ソング特集をやってきたのだから、こんな曲、持ち出さなければいいのに、と思いつつ、もっとも愛するソングライターの、ダウナーな曲を取り上げずにはいられないのだから、RD同様、わたしもWrong place, right timeかもしれません。「本番」が終わるまで日延べしたことが、わたしのせめてものみなさまへの気遣いです。


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キンクス
Come Dancing: Best of Kinks 1977-86 (Hybr) (Dig)
Come Dancing: Best of Kinks 1977-86 (Hybr) (Dig)
by songsf4s | 2007-12-27 00:04 | クリスマス・ソング
Christmas Album Gallery

本日はクリスマス・ソング特集番外篇として、夏にやったTropical Sleeves Gallery以来のアルバム・ギャラリーをお贈りします。

クリスマス・アルバムもいろいろなタイプのデザインがありますが、やはり、イラストがもっとも多いようです。

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イラストはもちろんノーマン・ロックウェル

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ノスタルジックな風景や人物の絵もあります。

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イラストはまだありますが、目先を変えるために、こんどは写真によるものを見てみましょう。まずは風景写真。

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こんどは人物ないしはアーティストの写真。

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人形、模型などの立体物によるイラスト、とでも呼ぶべき「演出写真」もたくさんあります。

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イラストものに戻ります。こんどはコンポジション風のものや、水彩画など、ちょっとタイプのちがうものを。

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つぎは変わり種を何枚かご覧いただきます。

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アメリカ空軍が徴募宣伝用に配布したクリスマスLP。Country Christmasというタイトルが示すとおり、中身は通常のクリスマス・オムニバス。

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NORAD(北米防空総指令部)のサンタクロース現在位置追跡情報は有名だが、これはそのサンタ追跡情報放送と音楽を組み合わせたものらしい。中身を聴いたわけではないので、よくわからないのだが。

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50年代終わりのシングル盤らしい。いったい、どういう音楽なのか。

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Christmas in Congoと書いてある!

まだこの3倍ほどのアルバム・ジャケットを集めたのですが、文字のみのデザインのものをはじめ、残りは来年のクリスマス・ソング特集で、ということにします。

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by songsf4s | 2007-12-26 00:08 | クリスマス・ソング
サンタクロース・アイ・アム・橇(ソーリ) by トニー谷
タイトル
サンタクロース・アイ・アム・橇(ソーリ)
アーティスト
トニー谷
ライター
トニー谷, 宮川哲夫, J.Piearpont, 多忠修
収録アルバム
ジス・イズ・ミスター・トニー谷
リリース年
1953年
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当初のプランでは、今日は当然、The Christmas Song (Merry Christmas to You) でいくはずだったのです。でも、HDDを検索したら、またしても50ヴァージョンほど、ぞろぞろと出てきてしまいました。

なにしろイヴ、いろいろあるから、50種類もThe Christmas Songを聴くのは無理かもしれない、となれば、もうナット・キング・コール盤に絞るしかない、という結論になりました。

でも、そこでふと、馬鹿馬鹿しいオルタナティヴを思いつき、わが家で投票したところ、ナット・コールより、トニー谷のほうが「うち」らしい、ということになってしまいました。人生、一寸先は闇、板子一枚下は地獄、クリスマス・ソング特集は、とんだアンチ・クライマクスを迎えることになったんざんす。

いったいトニー谷のどこが「うち」らしいのか、依然としてわたしにはよく理解できないのですが、なにしろ、今夜はクリスマス・イヴ、メリー・クリスマス&メニー・クリシミマス。泣く子と地頭とお母さんには勝てないざんす。ナット・コールの絶唱は来年でよいということにしちゃいました。どうかゆるされよ。

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では、レディース・エンド・ジェントルメン、おとっちゃん、おっかさん、グッド・アフターヌーン、お今日は、グッド・イヴニング、お今晩は、ティス・イーズ・ミスター・トニー谷ざんす。

トニー谷「サンタクロース・アイ・アム橇」


◆ ノオ・マネー、サンザン・苦労ス ◆◆

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かなり読みにくいでしょうが、これはオリジナルの45回転盤かSP盤に付された歌詞カードを写真製版したものらしいので、仕方がないのです。読むより、聴いたほうがずっと早いのですが、ま、今夜はクリスマス・イヴ、メリー・クリスマス&メニー・クリシミマスだから、ゆるされよ。

字のつぶれているところを補足しておくと、「白い髭 白い雪」、それから、「橇よ ハバハバ 鈴が鳴る」、下段のほうでは「滑るよ 滑る ボクの橇」や、セリフの冒頭「ああ、痛え、ぶつかっちゃった」など。

サンザン・クロースまではセリフで、「紅い帽子」から「ひっくり返れば、I'm ソリ」までが歌です。そのつぎの行頭は字がつぶれていますが、「臺詞」と書いてあります。セリフのことです。昔のものなので、正字で書いてあるだけです。

メロディーはJingle Bellsなので、これでトニー谷盤をご自分で再現することも、かならずしも不可能とは断言できないでしょう。Try it, and have a sanzan kurisimi-mas time.

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3行目は「一生ケンメ散々雪が降ってくる」と書いてあります。最後から2行目は、「ズス・イズ・汚ねえ煙突だなァ」とありますが、トニー谷はここではナマった発音はしていません。ふつうに「ジス・イズ」といっているので、これは誤植。

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ここは「可愛い 寝顔 素敵ざんスノオ(Snow) 朱い唇 悩ましざんスノオ マイ・プレゼント 何にスノオ そっと置けば オオ ワンダフル ワンダフル ワンダフル 雪が降る ドキリンコンコン ドキリンコン 心臓が高鳴る 高鳴るハート ぼくの胸」と書いてあります。「ワンダフル ワンダフル 雪が降る」のラインが、Jingle bells, jingle bells, jingle all the wayのメロディーです。

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1行目は前のヴァースの尻尾がここに飛んだのですが、「察して頂戴 アイム・橇(ソオリ)」と書いてあります。つづいてまたセリフになり、音楽のほうはKiss of Fireへと変化します。

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これが最後で、1行目は「あたしゃ しがないニコニコかぎょう ざんすからネー」とあります。ニコニコ稼業とは、わたしよりお年を召した方ならご記憶でしょうが、「ニコヨン」すなわち日雇い労働者のことです。辞書には「職業安定所からもらう定額日給が二四〇円で、一〇〇円を一個として、二個四であったからいう」と書いてあります。こういう俗語は、時代が変わると、なんのことかわからなくなってしまうものです。英語の歌でも、こういうものがあるのに、見当違いな解釈をしているのだろうなあ、なんてんで、ギョッとします。

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◆ 鬼が笑う気にもならない十年後の話 ◆◆
トニー谷について、わたしごときがいうべきなにものかがあるはずもありません。日本人であるなら、一度は聴いておくべき音楽(かどうかの判断は保留するとして)です。日本文化の文脈においては、とほうもなく「突出」した人で、いまだにインパクトを失っていないと思います。

クリスマス・ソング特集は、コーダのようなつもりで、もう何日かつづけます。西欧文化的には、クリスマスを過ぎても、「クリスマス・シーズン」はまだ年明けまでつづくのです。なにも考えずに、クリスマス・カードにMerry Christmas and a Happy New Yearと書いている方もいらっしゃるかもしれませんが、ひと続きのものだから、そう書くのです。よって当ブログもそういう方針をとります。

ところで、当ブログにいらっしゃるお客さん方がキーワードにした曲で、もっとも多いのはどれだと思いますか? White Christmas? ノー。Jingle Bells? ノー。驚くなかれ、ぶっちぎりの圧倒的首位は、Jingle Bell Rockです。これが、この特集の最大の成果だったように思います。

時代とともに、好まれるクリスマス・ソングも当然変化し、「現代の新古典」として、Jingle Bell Rockはトップに立ったようです。10年後、ショッピング・モールに流れるクリスマス・ソングの半数は入れ替わっているかもしれません。

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トニー谷
ジス・イズ・ミスター・トニー谷
ジス・イズ・ミスター・トニー谷
by songsf4s | 2007-12-25 00:02 | クリスマス・ソング
Christmas (Baby Please Come Home) by Darlene Love
タイトル
Christmas (Baby Please Come Home)
アーティスト
Darlene Love
ライター
Phil Spector, Ellie Greenwich, Jeff Barry
収録アルバム
A Christmas Gift for You from Phil Spector
リリース年
1963年
他のヴァージョン
Darlene Love (retitled as "Johnny (Please Come Home)," a non-Christmas song with altnernative lyrics)
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以前にも書きましたが、世の中にはカヴァーしてはいけない曲、カヴァーしても無駄な曲、アンタッチャブルの傑作というものがあります。このフィル・スペクター/ダーリーン・ラヴのChristmas (Baby Please Come Home)はまさに、だれもカヴァーしてはいけない曲、カヴァーしても無駄な曲、イントロからフェイドアウトまで、どこにも瑕瑾のない完璧な傑作です。

◆ And all the fun we had last year ◆◆
それでは恒例により歌詞を見ていきます。じっさい、わたしはこの曲については、何年も前に書き尽くしてしまったので、あとは歌詞の解釈ぐらいしか書くことがないのです。

The snow's coming down
I'm watching it fall
Lots of people around
Baby please come home

「雪が降っている、わたしはそれを見ている、あたりにはおおぜいの人がいる、ベイビー、お願いだから家に帰ってきて」

雪のつぎにおおぜいの人が出てくるのは、たぶん、雪が降ってきて、近所の人がおもてに出、雪だ、雪だ、といっている、ということなのではないでしょうか。そのつぎに、帰ってきて、となるのは、なんとなくわかるような感じはします。みんないる、足りないのはあなただけ、というあたりでは?

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セカンド・ヴァース。

The church bells in town
All singing in song
Full of happy sounds
Baby please come home

「町じゅうの教会の鐘が和して歌うように鳴っている、幸せな音があたりに満ちている、ベイビー、お願いだから帰ってきて」

つづいてブリッジ。ヴァースとはコード進行をわずかに変え、ストップ・タイムを使った、せつない、せつないブリッジです。

They're singing "Deck The Halls"
But it's not like Christmas at all
'Cause I remember when you were here
And all the fun we had last year

「みんなは『Deck the Halls』を歌っている、でも、クリスマスらしさなんかまったく感じない、あなたがここにいて、いっしょに楽しく過ごした去年のことを覚えているから」

曲を聴きながら書いているのですが、ここは涙なくしては聴けない8小節です。どこへいってもにぎやかにクリスマス・ソングが流れている、行き交う人はみな、恋人や家族といっしょにいる、ひとり歩く人はクリスマス・プレゼントの包みをもって楽しげに家路を急いでいる、どの顔も笑顔、笑顔、笑顔なのだから、ひとりぼっちなのは世界で自分ひとり、という気分でしょう。惻々と胸をうつ、いいブリッジです。

サード・ヴァース。

Pretty lights on the tree
I'm watching them shine
You should be here with me
Baby please come home

「トゥリーにはきれいな灯をつけた、わたしはそれが光るのを見つめている、あなたもここにいて、これをいっしょに見なくてどうするの、ベイビー、お願いだから帰ってきて」

このクリスマス・トゥリーがどこにあるのかは明示されていないので、lights on the treeは、自分でつけたのか、あるいは、公共の場のトゥリーで、たんに「そこにある」というニュートラルな表現かはわかりません。でも、自分の家のクリスマス・トゥリーだと受け取ったほうがいいでしょう。さらにいえば、いま飾りつけをしていて、去年のことを思いだし、たまらなくなった、と見るのが適当と感じます。

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スティーヴ・ダグラスのテナー・サックスによる間奏、そして、もう一度ブリッジを繰り返し、最後のヴァースへ。

If there was a way
I'd hold back this tear
But it's Christmas day
Please
Please
Please
Please
Baby please come home

「なにか方法があるのなら、この涙を止めるわよ、でも、今日はクリスマスなのよ、お願いだから、お願いだから、お願いだから、お願いだからベイビー、家に帰ってきて」

◆ Christmas (Baby Please Come Home) の「位置」 ◆◆
この曲については、とくに書くべきことはあまり残っていないようです。史上最高のクリスマス・アルバムのなかで、もっとも重要な場所に配置された、もっとも重要な曲、この曲を聴かせるために、この傑作アルバムはつくられ、曲順が決められたと考えています。

このクリスマス・アルバムの最後に配置されたSilent Nightは、歌というより、音楽をバックにしたフィル・スペクターの挨拶で、いわばあとがきのようなもの、本編ではありません。その前のHere Comes Santa Clausは、軽い仕上げになっていて、これはカーテン・コールのようなものです。

このアルバムのほんとうのエンディング、クライマクスは、さらにそのまえの曲、このChristmas (Baby Please Come Home)であることは明らかです。それは、この曲が、このアルバムのなかで、唯一の新曲、オリジナル曲であることからもわかります。そしてなによりも、完璧に仕上げられたトラックの出来に、それがあらわれています。

四分三連のフィルインをはじめ、この曲でハル・ブレインがどういうプレイをし、それはどのような考えから適用されたかという点については、数年前に長い論考を書いたので、ご興味のある方は、そちらをごらんいただければと思います。

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Christmas (Baby Please Come Home)は、シングル・カットされましたが、ヒットにはいたりませんでした。フィル・スペクターはこの曲に思いを残したようで、のちに同じダーリーン・ラヴのヴォーカルで、Johnny (Baby Please Come Home)と改題、改作して、クリスマス・ソングではない、ふつうの曲として(ただし、オリジナル・トラックを流用し)再録音しています。しかし、クリスマスの浮き立つような華やかさのなかでの孤独というテーマが、いかに切実なものだったかを改めて感じさせるような出来に終わっています。

◆ And all the fun we'll have next year ◆◆
このアルバムは、フィル・スペクターのおおいなる意気込みに反して、ヒットしませんでした。絶頂期にあったスペクターの、この不可解な失敗の原因は、昔からしばしば、その直前のケネディー暗殺事件によって、アメリカ国民がクリスマス気分ではなくなったため、というように説明されています。

「馬鹿が凝り固まっちゃったよ、この人は」と古今亭志ん生が墓の下で笑うでしょう。明治大帝崩御、歌舞音曲停止じゃあるまいし、そんなゴミみたいな説明が、あたりまえのように出版物やライナーに書かれているのを見るたびに、わたしは憤っています。

アホらしいほど初歩的な「初動捜査」手順があります。こういう質問を発してみればいいだけです。じゃあ、ほかのクリスマス・アルバムもみな失敗したのか? ノーです。売れたクリスマス・アルバムはあります(チップマンクス、ナット・コール、ロバート・グーレ、ベルト・ケンプフェルト、マントヴァーニ、ジョニー・マティス、ニュー・クリスティー・ミンストレルズ、アンディー・ウィリアムズのアルバムは、ビルボード・クリスマス・チャートに入っている)。ケネディー暗殺など、まったく無関係であることは、「事件」の端緒のときから明々白々のことでした。

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羊が一匹、気まぐれにふらふらしながら、草を食べていきました。つぎにきた羊は、前の羊が食べていった跡にしたがって、また草を食べながら歩いていきました。つぎの羊もまた前の羊の歩いたとおりにたどりました。やがて踏み固められ、それは道になりました。ただし、ひどく曲がりくねった、遠まわりな道に。

「定説」というのは、おおむね、こういうものだとわたしは考えています。曲がりくねった不自然な「定説」を見るたびに、わたしは疑いをもちます。前に通った羊のことなど、まったく信用しません。ただのぼんやりした気まぐれな羊である可能性のほうが、鋭敏で思慮深い羊である可能性より、はるかに高いのです。

なぜこのアルバムが失敗したかについて、いまのわたしに明快な説明がつけられるわけではありません。今の段階でいえることは、愚にもつかない「定説」はドブに捨てよう、そして、もう一度、あの時代の音楽とフィル・スペクターの音楽の関係を考え直してみよう、ということだけです。

このアルバムの失敗の向こう側には、ちゃんとした音楽的な理由があります。わたしにはそれが「わかって」います。フィル・スペクターがつくろうとした音と、人々が聴きたがっていた音とのあいだに横たわっていた溝を覗きこみ、微細な証拠を採取しましょう。音を聴き、音を考えなければ、音楽のことはわかりません。新聞記事やテレビニュースで、音楽史上の事件を解決しようとする愚は、そろそろやめるべきときがきています。はじめからしてはいけないことをしてしまったのは、明らかではないですか。音楽のことは音楽にきけ、です。

この問題を突き詰めていけば、かならず、60年代の音楽の本質に突きあたるはずです。いまの段階でも、発してみるべき質問がいくつかあります。正しい質問は、解答への扉です。来年のクリスマス特集には、なにか仮説を提出できるでしょう。季節が一巡りするあいだだけやろう、と考えてはじめたこのブログが、一年後にもまだ存在していれば、の話ですが。
by songsf4s | 2007-12-24 00:32 | クリスマス・ソング