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2011年 08月 23日 ( 1 )
七代目金原亭馬生(すなわち五代目古今亭志ん生)の「氏子中」
 
先日の「千両みかん」にtonieさんが寄せられたコメントを読んで、レスを書こうとしたのですが、コメント欄に収まる長さにはなりそうもないので、記事にすることにしました。

本題の前に、あたくしのミスについて。tonieさんが当該のコメントで、

「東京バージョンが何年かに1度買いたい人のために揃えておくという商人の『美意識』に変更されるのは、なぜでしょうかね。(中略)『万惣』という具体的な店を意識した演目になったときに最初から千両提示で話が固まったのかもしれませんね」

tonieさんは、タイアップ落語についてのあたくしのミスを間接的に指摘していらっしゃいます。「王子の狐」が王子の料亭「扇屋」の宣伝のために作られたというのは大丈夫です。「百川」もコマーシャルだというのも、たぶん大はずれではないはずです。

しかし、いわれて思い出したのですが、「千両みかん」が神田の万惣のためにつくられたかどうかはなんともいえない、というのを読んだか聞いたかしました。tonieさんは、噺ができた「あとで」万惣の商人道を称揚するような演出が生まれた、というように書いていらっしゃるわけです。

ということで、順序としてはそちらのほうが正しい可能性が大である、と謹んで訂正させていただきます。

それでは、tonieさんがコメントでふれていらっしゃる、七代目金原亭馬生、すなわち、後年の古今亭志ん生による「氏子中」を貼り付けます。

古今亭志ん生「氏子中」


古典落語というのは、作者がはっきりしていることは少なく、また、演題はいわば符牒、他と区別するために便宜的につけられたものにすぎないので、別題のヴァリーションは豊富ですし、話の中身ですら、適宜改変されてしまいます。

七代目馬生のこの噺は「氏子中」というより、「町内の若い衆」というべきのようです。まあ、重なり合うところも多い噺なので、どっちでもいいといえばいいようなものですが、「氏子中」は「町内の若い衆」よりバレがきついので、戦前に盤にして売るなんてことができるはずもなく、ひょっとしたら、スケベ心に富むお客を引っ掛けようと会社が改題したのかもしれません。

ほかにも馬生時代の志ん生の録音を聴いたことがありますが、姿は大きく異なれど、噺の運びは後年と大きく違うわけではなく、聴いたとたん、ああ、志ん生だ、とすぐにわかります。

しかし、馬生時代の志ん生は人気が出ず、不遇だったといわれています。後年、ただ高座にあがって、「えー」といっただけで、女の子たちが意味もなく笑いころげる噺家になるとは、師匠自身も思わなかったでしょう。

では、七代目馬生と五代目志ん生はどこがどうちがうのか? こりゃもう「曰く言い難し」というしかないでしょう。

昔のSP盤の録音はあてにならない、テンポとピッチが狂っていることもしばしばだった、と先にお断りしておいて、申し上げますが、だれしも思うのは、テンポのちがい、間の取り方のちがい、抑揚のちがいです。

若さが忌避されたのではないとするなら、ほかに考えようはありません。しいていうと、若いころはスムーズすぎた、といえるかもしれません。噺はスムーズであってほしいものですが、おかしなことに、なめらかさも行き過ぎると、噺家が自在に噺を操っているのではなく、噺が噺家を操っているような印象になるものです。

志ん生は、息子の志ん朝に、アー、ウーとつっかえるのはなんとかならないのか、と文句をいわれたことがあるそうです。ぜったいにつかえない馬鹿テクの持ち主だった志ん朝(その意味で、父親よりも、むしろ先代桂文楽に似ていた)らしい注文です。

そのとき、志ん生は「でもなあ、俺が、うー、というと、客がぐっと前に出てくるんだ」と答えたそうです。

志ん生はなぜ大化けしたか、という重大な設問に対する回答案としては、あまりにも軽率かもしれませんが、ときおり噺が止まってしまうようになったがゆえに、といいたくなります。

六代目三遊亭圓生も、晩年の高座では、よく、つかえて止まっていました。昔はそれが気になったのですが、あとからスタジオ録音の「圓生百席」を聴いて、ときおり噺が止まったほうがいいのではないかと思いました。

このへんが音楽と落語は決定的に違うのかもしれません。音楽に関しては、つかえたほうがいいなどとはけっして思いませんが、落語はスムーズであることがかならずしも善ではないタイプの芸なのだと思われます。

立川談志はそのへんのことをどう考えていたのか知りませんが、なんとななく、スムーズに運ぶのを嫌っているような雰囲気は感じます。

談志、志ん生師の墓を掃苔す


なるほど、腹のあたりは生焼きで、なんて、ちゃんと「黄金餅」を引用しながら話しています。

tonieさんが当該のコメントで引用していらした立川談志のことば。

《「富久」「黄金餅」「火焔太鼓」「風呂敷」「氏子中」いいヨォ……。「芝浜」「鰍沢」酷いよォ……。》だそうです。

おおむね賛成です。「黄金餅」は嫌いですが、志ん生のものの出来が悪いというより、噺自体が悪趣味なので好かないだけです。いいときの「らくだ」みたいで(よくないときの志ん生の「らくだ」はいただけない)、仏をいっさんに焼き場に運ぶ終盤のスピード感はちょっとしたものです。

志ん生の「芝浜」と「鰍沢」はたしかにいただけません。いや、「鰍沢」という噺自体、三遊亭圓朝一世一代の愚作というべきで、なにが「お材木で助かった」だ、くだらないにもほどがある、てえんで、だれが演っても、サゲの馬鹿馬鹿しさに索然とします。いや、サゲはしばしば馬鹿馬鹿しいものと相場は決まっています。それをことさらに馬鹿馬鹿しいと感じるのは、噺が気に入らなかったときです。

山中の冬の夜をいかに演出するか、というところが腕の見せ所ということなのでしょうが、鰍沢のような噺をやるのが大看板の義務になっているなんていうのは、三遊派のもっともよろしくないところです。六代目三遊亭圓生もよく鰍沢をやりましたが、こちらもまた好きではありませんでした。

志ん生の「富久」「火炎太鼓」がいいのは、談志にいわれるまでもないし、ましてや、あたくしがいまさら、やいのやいのいうまでもないことです。

落語をあとから追いかけるときに、イの一番に聴く噺ですが、だれにだってお初というのはあるもの、古今亭志ん生の十八番をお聴きになったことがない方だっていらっしゃるでしょうから、いちおう貼りつけます。

古今亭志ん生「火焔太鼓」1


古今亭志ん生「火焔太鼓」2


以前書きましたが、「しびん」という言葉を単独で発することができず、どうしても「清盛の」と枕詞がついてしまうのは、もちろん、この「火焔太鼓」のせいです。

志ん生のくすぐりはたちまち体に染みこむので、「幼少のみぎり」も単独ではいえず、「頼朝公ご幼少のみぎりのしゃれこうべ」と長くなってしまうのも、志ん生のせいです。

古今亭志ん生「火焔太鼓」3


いやはや、なんともいえない味があって、何度聴いても、やっぱり途中ではやめられません。志ん生のものを聴いてしまうと、この噺はほかの噺家のものでは聴きたくなくなりますが、ひとりだけ、息子の古今亭志ん朝のものだけは、やっぱり親子だなあと感心します。志ん朝のものもユーチューブにあるので、ご興味があれば関連動画をクリックしてみてください。

これはめずらしいのかどうか知りませんが、志ん生の火炎太鼓には、サゲちがいがあります。よほどの志ん生ファンでないと、とくに興味はわかないと思いますが、せっかく手元にあるので、サンプルにしました。

全体をお聴きいただくべきでしょうが、いろいろ面倒なので、甚兵衛さんが大名(細川家だといわれる)の屋敷を出て、帰路に着いたところからどうぞ。

サンプル 古今亭志ん生「火炎太鼓」サゲちがい

やはり、「いつものやつ」のほうがいい、というところでしょうか。


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古今亭志ん生
古今亭志ん生 名演大全集 1 火焔太鼓/黄金餅/後生うなぎ/どどいつ、小唄
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古今亭志ん生(「どんどんもうかる」と注記があるので、サゲちがいのほうが収録されているのだろう)
古今亭志ん生 名演大全集 2 火焔太鼓(どんどんもうかる)/搗屋幸兵衛/たぬさい/一眼国
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by songsf4s | 2011-08-23 23:55 | 落語