人気ブログランキング |
2010年 11月 02日 ( 1 )
溝口健二監督『武蔵野夫人』(東宝、1951年、音楽監督・早坂文雄) その1

昔、国木田独歩の『武蔵野』というのは、渋谷を舞台にしているのだということをきき、驚きました。道玄坂を上りきったところは武蔵野台地の外れにあたり、昔は、あのへんはずいぶん寂しいところだったようです。

f0147840_23455092.jpg

わたしが十代のころだって、渋谷の町は道玄坂の途中までしかないようなもので、明治二十年代にはまさに「村」の風景だったのでしょう。江戸時代には、「江戸」の内と考えられていたのは青山まで、渋谷は江戸の外の村落だったのだから、独歩が武蔵野を題材にした小説の冒頭に渋谷の風景をおいたのも、昔ならべつに不思議ではなかったにちがいありません。

f0147840_23461723.jpgそもそも、「武蔵野」といっても広うござんす、なのです。北は川越、南は東京の山手線の内側まで入りこんでいます。上野の「お山」は武蔵野台地の外れと来るのだから、地形学的にはともかくとして、ひとつのイメージでとらえるのは無理というものです。

江戸は武蔵野台地の外れを切り崩して、その残土で海を埋め立ててできた町だから、太田道灌の時代には、そこらじゅうが「武蔵野」だったのでしょう。皇居のなかにはその時代の林が残っているそうですし、われわれも入れる皇居東御苑には、あとからつくったものでしょうが、武蔵野の名残のような雑木林があります。

半村良に『江戸打入り』という、徳川家の歴史でいうところの「神君江戸御打入」、すなわち家康の関東転封(秀吉に遠隔地へと追い払われた)を描いた秀作があります。この長編の最後のほうで、主人公が荒れ果てた江戸城の外に広がる砂浜に立つ場面があります。これが日比谷入江で、現在の日比谷公園のあたり。十六世紀末には江戸城のすぐ外でサーフィンができるほどだったのだから(だれもしなかったが)、徳川氏がどれほど派手に埋め立てたかわかろうというものです。

◆ 武蔵野は遠くなりにけり ◆◆
明治三十年代にすでに小説のテーマになるくらいだから、武蔵野に対する郷愁は江戸の昔からあったようです。斉藤鶴磯の『武蔵野話』(「むさしやわ」)はすでに文化年間(十九世紀初め)に書かれています。江戸後期の人間から見ても、武蔵野は「開発によって失われた」ものだったのでしょう。

東京の「下町」が失われ、気がついたら川を二本もわたったはるか彼方、東京というのはちと苦しい葛飾柴又が、いつのまにか「下町」になっていたのに似て、大岡昇平が『武蔵野夫人』を書いたときには、「武蔵野」といえば、新宿から中央線に乗って、何十分もかけないとたどり着けない場所になっていたようです。

f0147840_23493228.jpg

二十歳ごろ、バンドのために、そのころ住んでいた鎌倉から見ると、地の果てかと思うほど遠い国立や国分寺に通いました。「エラいこってすよ。こないだなんか、雨上がりの日に中央線に乗ったら、吉祥寺あたりから屋根に白いものが見えはじめてビックリ仰天。あっちは雪、それも派手に積もっていて、まるでトンネルの向こうは雪国だった、てやつです。居眠りしているあいだに新潟に行っちゃったのかと思いましたよ。山野浩一の『X列車で行こう』ですぜ、まったく」てなことを、嘘つき弥次郎よろしく大げさに話したら、ずっと年上の読書家が、これを読んでごらんなさいといってわたしてくれたのが、大岡昇平の『武蔵野夫人』でした。

わたしも本を目方で読むような子どもでしたが、ただし、純文学なんか中学生が読むものとてんから馬鹿にしていて、ミステリーやSFしか読まない小僧だったので、『武蔵野夫人』というのは、結局、なんの話なのか、さっぱりわからぬままに読了しました。

だいたい、ラヴ・ロマンスなんて、わたしにわかるのはジャック・フィニーのLove Lettersのような仕掛けのあるものがいいところです、ストレートに愛について書かれると、思いきり引いてしまいます。まして、昔の言葉でいう「よろめき」、不倫をあつかったものときては、キャッチャーとセンターぐらい守備範囲がちがいます。

f0147840_23511648.jpg

そもそも、国立駅(「くにたち」。以前、だれか日本の作曲家の英文バイオを読んでいたら、National University of Music卒業とあり、首をかしげた。芸大ならTokyo University of the Artsだ。長考一番、そうか、わかった、国立音大だ!)のあたりをウロウロしていては、武蔵野もへったくれあったものではなく、大岡昇平の描いた風景は、わたしが練習の行き帰りに電車から見る風景とはおよそかけ離れていました。

結局、この読書が残したものは、「ハケ」という言葉と、「恋ヶ窪」という地名だけでした。

◆ 早坂文雄のスコア1 ◆◆
もはや二十歳の小僧ではなく、あれから数十年、この世の光と影の両方を見たことでもあるし、小説ではなく、映画なら、ああいう世界にも関心が湧くかもしれないと思い、溝口健二の『武蔵野夫人』を見ました。

f0147840_23533190.jpg

結果は、うーん、です。登場人物たちの心理とふるまいは、依然としてわたしには共感できません。スタンダールの『ボヴァリー夫人』を元にしたものなのだそうですが、フランス文学という奴がまた、わたしにとっては父の従兄弟の姪の友だちの家の前に住んでいるおっさんが通勤に使う電車の車掌ぐらいに遠い縁戚関係で、まったく興味を持ったことがありません。わたしにとって外国文学とは、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』であり、アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』なのでして、フランス文学といえそうなのもの(いえないかもしれない)で好きなのは、アレクサンドル・デュマとジョルジュ・シムノンぐらいです。

しかし、そこはやっぱり映画、小説とちがって、光と影と音で表現されるのでありまして、圧倒的な絵があり、音があります。これだけで小説『武蔵野夫人』とはまったく異なった感興を映画に覚えました。手を触れると感染しそうな登場人物たちの色と欲の思惑は隔離して、目に見えるもの、耳に聞こえるものだけで捉えるなら、『武蔵野夫人』はそれほど悪くない映画です。

f0147840_23523545.jpg

いまからプロットを書いて、それにスクリーン・キャプチャーをはめこんで、という時間の余裕はないので、それは次回に先送りさせていただきます。今日は『武蔵野夫人』のサウンドトラックを切り出していたので、最後にサンプルをすこし上げておくことにします。映画から切り出したので、タイトルは当然、わたしが適宜つけたものです。

サンプル 早坂文雄「メイン・タイトル」
サンプル 早坂文雄「帰郷」

順番なので、まずオープニング・クレジットで流れる曲から。二曲目は、ヒロイン田中絹代の従兄弟である片山明彦が戦地から故郷に帰り、歩いて家に向かう途次で流れるものです。

『赤いハンカチ』以来、久しぶりに、音楽が鳴っているところはすべて切り出し、トラックごとに切り分けて、MP3に圧縮しました。全22曲、どれでも行ける状態なので、そのあたりは次回に。


metalsideをフォローしましょう



武蔵野夫人 [DVD]
武蔵野夫人 [DVD]


武蔵野夫人 (新潮文庫)
武蔵野夫人 (新潮文庫)
by songsf4s | 2010-11-02 23:07 | 映画・TV音楽