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2010年 10月 21日 ( 1 )
静かな破滅、騒々しい破滅―小松左京『こちらニッポン』と広瀬正『ツィス』 その3

1970年代は「危機の時代」でした。いや、正確にいうと「危機ブームの時代」でした。公害に対する危機感が頂点に達したからなのか、ノストラダムスのブームのおかげか、日本沈没のおかげか、なんだかよくわかりませんが、野坂昭如の「この世はもうじきおしまいだ」がヒットするようでは、たしかにおしまいのような気配が漂っていたのでしょう。

野坂昭如 マリリン・モンロー・ノー・リターン


久しぶりに聴くとすごいですね。いや、久しぶりじゃなくてもすごかった記憶がありますが。いえいえ、作家としてはやはりたいした方だと思います。好きな短編がいくつもあり、ときおり読み返したくなります。つねづね、『火垂るの墓』の妹のように静かに死ねたらと願っています。

◆ 災厄のCシャープ ◆◆
これまでの二回、小松左京の『こちらニッポン……』に並べて、広瀬正の『ツィス』(1971年、河出書房新社刊)を外題に掲げてきたのですが、やっと再読を終わりました。何回も読んでいるのに、よく忘れられるものだと感心してしまいます。

神奈川県の海岸の町、C市で、若い女性が、妙な音に悩まされていることを精神科の医師に訴えます。医師は音響学の専門家を紹介し、この女性の聴覚(絶対音感がある)をテストした上で、機材をC市に持参し、市の協力を得て予備調査をおこないます。

C市にはPという海岸のホテルがあるというので、茅ヶ崎と断定してかまわないでしょう。ホテルはパシフィック・パークと措定して、小説中の描写と矛盾しません、他のC市に関わる描写(東海道線が通っているなど)もすべて茅ヶ崎を指し示しています。

調査の結果、「ツィス」すなわちCシャープの純音が持続的に鳴っていると考えられると発表されます。細かいことを思いきり端折ると、この「ツィス」音はしだいに大きくなっていき、はじめは一握りの人にしか聞こえなかったものが、ほとんどの人が聞こえるようになり、やがて生活に支障を来すほどの騒音になっていきます。

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広瀬正という人は、工科出身で、しかもサックス・プレイヤーだったという経歴の持ち主です。これは小説にもストレートに反映され、代表作の『マイナス・ゼロ』では昭和初期の家電製品や音響製品の考察に生かされたり、『エロス』では戦前の音楽状況(紙恭輔が登場する!)や、主人公がつくる曲にそれが反映されています。

『ツィス』でも、やはり「音」というものが、音楽的かつ音響学的に考察されます。そんなことはわからなくてもかまわないのですが、ドミナントやサブドミナントがなにを指すか(あるいはコードで、IとかIVとかVとかがなにを意味するか)を知っていると、ニヤニヤしたり、感心したりすることができるのが『ツィス』という、「無人都市」小説なのです。

たとえば、こういう描写はどうでしょう。

「耳に聞こえてくる純音が非常に強くなると、一緒に高調波の音が聞こえてくるようになる。たとえば自動車レースで、マフラーをつけない、ものすごいエキゾースト・ノイズが、倍音をともなった、より太く、たくましい音に聞こえる、あれだね」


こういうことを書ける小説家はそうたくさんはいません。若いころ、広瀬正を特別な人と思っていた所以です。

もちろん、綿密な調査をすることで有名な作家でしたから、調べもしたでしょうが、経歴(というか本来の嗜好というべきか)に由来する素養も、この空想物語に堅牢無比の土台をあたえています。広瀬正の小説がどれも腐らないのは、無数の事実がきわめて論理的に配置されているおかげでしょう。

◆ 音の擬似イヴェント ◆◆
ツィス音はしだいに強くなっていき、C市はもちろん神奈川県全体に被害がおよび、そこまでいけば、当然、東京でも先行きが憂慮されるようになります。もちろん、自治体や政府は対応せざるをえなくなり、いっぽうでさまざまな社会現象も起きます。

そうしたことを、広瀬正は新聞や雑誌記事などを織り込みながら、悠揚せまらざるテンポで書いていきます。音楽雑誌の座談会という章は、この作家ならではで、マスキング効果(たとえばアナログ盤で、無音部の「リル」ではスクラッチが大きく聞こえるが、音が鳴りはじめるとノイズはほとんど聞こえなくなることに代表される現象)の話を中心に面白く読ませます。

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前半の中心になるのは音響学者ですが、後半は聾唖のイラストレーターの視点から語られます。

ツィスの原因は地震の原因と同じものと想定され、人為的な操作はできず、「自然にやむ」のを待つしかないと学者は主張します。そして、それには数年がかかり、それまでにツィス音は耳栓なしでは一秒もがまんならないほどの強さになると推測されます。

東京都は一千万の都民を疎開させることになりますが、後半の主人公である榊英秀は、ツィス現象にからんで、聾唖のイラストレーターとして有名になったおかげで、都から疎開後の東京をリポートすることを依頼され、都民の財産を保全するための「留守部隊」といっしょに、東京に残ることになります。

昔、ダニエル・ブーアスティンの『幻影の時代』という本があり、そこから擬似イヴェントという言葉が生まれ、SFの世界でも「擬似イヴェントもの」というのが流行りました。『ツィス』も「もしもこれがこうだったら……」という擬似イヴェントものの色彩が強く、広瀬正は、とほうもない音が広大な地域を覆うとなにが起きるか、ということをていねいに描いています。

たとえば、車の走行速度は15キロに制限されてしまいます。市民はみな耳栓をしているので、これは当然ですが、そのあとが「なるほど」でした。疎開が終わって、留守を守る二千人と数百台の車輌しかないという状態になってからは、夜間は45キロに緩和されるというのです。ほとんど人のいない町では、ヘッドライトをつけていると、遠くからでも光でわかるからだというのです。こういうことがリアリティーをあたえ、物語の外壁を堅牢に固めることになります。

◆ 人口ただいま二千人 ◆◆
疎開がはじまると同時に、いろいろ面白いことは起きるのですが、いちいち書いている終わらなくなってしまうので、そのあたりは端折ります。

人死にはほとんどないし、世界滅亡の危機というわけでもない『ツィス』を、この文脈のなかでもちだしたのは、ひとえに疎開後の東京の描写があるからです。前回、映画『地球全滅』と、小松左京の『こちらニッポン』は、都市が無傷のまま、人だけが消えてしまうタイプのディザースターだと書きましたが、『ツィス』もそれに近いのです。

ただし、『こちらニッポン……』と『地球全滅』は生存者を求める話でしたが、『ツィス』はちがいます。市民が留守にする数年のあいだ、少数の人間が東京を管理するのです。都の職員、警察官、消防士たちは組織化され、いくつかの近接する宿舎(帝国ホテルや第一ホテルなど)に住み、都庁機能を受け継いだ第一生命館(むろん、現今の超高層ビルではなく、GHQが使ったのと同じ建物、『日本のいちばん長い日』で、東部軍管区司令部として出てきた建物)などに勤務します。

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イラストレーターの榊英秀は、聾唖者なので運転免許をもてないのですが、交通機関もない無人の東京を動きまわる必要から、特別に教習を受け、免許を得ます。広瀬正は、不遇の時期にたつきとしたクラシックカーの模型で、世界的な作家として名声を得たそうで、主人公に、疎開した人が置いていったT型フォード(フォードを大企業にした大量生産車。広瀬正には『T型フォード殺人事件』という長編ミステリーもある)をあずからせます。このあたりは、作者にとっての「願望充足小説」的な部分なのでしょう。数分の1のスケールのモデルTはつくったことがあるそうですが、ほんとうはフルスケールの本物がいいに決まっています。

 通りには人っ子ひとり見えなかった。車もいなかった。日劇の前のガードにも電車は走っていなかった。
(略)
 歩行者と車がいないだけでなく、歩道も車道も、清掃局と衛生局の手で清掃され、塵ひとつ残っていなかった。だから、まるで特撮映画用の模型のセットのように見えた。(略)
 たしかに、東京の町は変わり果てた姿になっていた。東京都内は、昨夜から、留守部隊関係の建物がある所以外は、電気も水道もガスも、供給が完全に止まってしまった。東京は、ゆうべ、死んでしまったのだ。
 どのビルも、どの店も、固くシャッターが閉ざされていた。が、数寄屋橋交差点の向こうの銀座の町は、けっして、くちはてたゴースト・タウンではなかった。衛生局によって薬品洗滌されたビルの肌は、つやつやと輝き、店々の看板は生き生きとした色彩を見せていた。それはマダム・タッソーの蠟人形にも似た妖しい美しさがあり、初夏の陽射しを受けて、いまにもわらわらと溶けはじめるのではないかとさえ思われた。
 圧倒的なむなしさが、まわりをとりかこんでいる。これは、エドワルド・ムンクの“叫び”の正反対であり、しかも究極的には同一なのではあるまいか。(後略)

といったように銀座付近が描かれています。広瀬正は銀座生まれの京橋育ちだったか、その逆だったかで、『マイナス・ゼロ』には昭和七年の銀座から京橋にかけての精密な描写があります。

銀座生まれのミュージシャンだから、四丁目の山野は、時代こそ異なれ、『マイナス・ゼロ』にも『ツィス』にも登場させていて(『エロス』にも登場させたかもしれない)、どういうわけか、広瀬正の登場人物と一緒にあの店にはいるのは心躍る経験です。

◆ 須臾のディザースター ◆◆
日本を沈没させるために、小松左京が長々とていねいに手順を踏んで、読者のだれもがプレート・テクトニクスの専門家になったような気がしはじめたころ、やっと日本を沈ませたように、広瀬正も、長々と音と騒音と人間の感覚を論じ、われわれの社会が騒音にどう反応するかを綿密に描写してから、東京を無人にします。

嗚呼、それなのに、無人になってからエンディングまでのあいだのなんと短いことよ。疎開拒否の残留者を捜したり、江戸橋付近で大火災が起こり、これが窃盗団の陽動作戦とわかって(「ダイ・ハード」シリーズは得々としてこの手を繰り返しているが、すでにエド・マクベインが「87分署」シリーズの「デフ・マン」ものでやっていたし、ほぼ同時期に広瀬正も『ダイ・ハード3』のような絵図を描いてみせている)、鍛冶橋(もちろん、日銀を連想させようとして選ばれた場所)に急行して捕物になる、なんていうエピソードはありますが、あんなに手間暇かけて完成させた「無人東京」を、作者は惜しげもなくほんの20ページほどで崩壊させてしまいます。

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このアンチ・クライマクスと、エピローグの謎解きは、直木賞選考委員のあいだで不評だったそうですが(ほんの数作書いただけで急死したせいもあって、候補には何度もなったが、ついに受賞はなかった)、まあ、擬似イヴェントとしてもやや強引で、九仞の功を一簣に虧く、なのかもしれません。

でも、わたしは年をとってバランスということを気にしなくなったので、エンディングがうまくいっていないとしても、それがなんだ、と思います。200ページまではすごく面白くて、最後の25ページがそれほど面白くなかったとしても、ミステリーの謎解きとはちがうのだから、わたしは気にしません。肝心なのは、200ページまでの充実した時間です。しかも、『ツィス』は、わたしがもっとも好きな「無人都市」ものなのだから、ソリッドなリアリティーをもって無人都市を描き出してくれればそれで十分です。

昔とちがって、最近の映画は、CGで水や火や爆発をリアルに描けるようになったおかげで、とてつもない大災厄を視覚化できるようになりました。それがダメだというのではありませんが、ドゥームズデイ・ディザースターのファンとしては、やっと実現してみたら、なんだか味気ないなあ、と軽い失望を味わいました。

それに対して、小松左京の『こちらニッポン……』や広瀬正の『ツィス』のような小説は、いつ読んでも感興が湧きます。われわれに視覚的想像力をフルスロットルで働かせるように要求するタイプの物語だからでしょう。

今後も恐るべきディザースターを描く映画はあらわれるでしょう。そういうものもつねに興味深いだろうと思いますが、いっぽうで、文字で構築されたディザースターの魅力が色褪せることもないにちがいありません。


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by songsf4s | 2010-10-21 23:57 | 書物