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2010年 09月 11日 ( 1 )
鈴木清順監督『野獣の青春』(1963年、日活)その8

すでにご承知でしょうが、谷啓没、だそうです。病気ではなく、事故なので、少々気が残るところですが、人間の運命ははかりがたく、こればかりはやむをえません。

あちこちでいろいろなことが云われ、書かれていることでしょうし、それがしばらくはつづくはずなので、わたしがなにか云うこともないから、ほんのすこしだけ。クレイジー・キャッツの一員としてではなく、単独の活動で印象に残っているのは、つぎの曲。



YouTubeのクリップはいつ消えるかわからないので、念のために自前のサンプルもアップしておきました。

サンプル 谷啓「図々しい奴」

『図々しい奴』は、先につくられたテレビ版がヒットして、あとから大映で本編が撮られたと記憶しています。テレビ版では丸井太郎が主演、本編では谷啓が主演という変則的なことになり、なおかつ、テレビ版の主題歌を谷啓が歌っているというややこしいつながりになっています。いや、わたしの記憶が混乱しているだけかもしれませんが。

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『図々しい奴』の本編は二本見たような気がします。それほど悪くなかった、笑えるシークェンスもあった、というように記憶していますが、もう二十年以上再見していないので、あまり当てになりません。

これも記憶ですが、谷啓は逗子開成卒業で、大昔、テレビで懐かしい場所を歩いたときに、逗子のつぎは横浜にまわって、野毛坂下で立ち止まり、ここに劇場があってね、駆け出しのころ、仕事していたんだ、といっていました。

その場所は、子どものころからしょっちゅう通っていたところで、へえ、と思いましたし、映画館や劇場というものが、なかに入らなくても、建物を見るだけでも好きなものですから、妙に印象に残りました。野毛の一帯には、ほんとうにたくさんの映画館や実演小屋があったのですが、いまではもうほとんどなくなってしまい、あのへんに行くたびに、谷啓の「ここに劇場があってね」を思いだします。

◆ 血の収穫の時いたる ◆◆
今日は『野獣の青春』を完結させます。いつもはエンディングまで書いてしまいますが、この映画については、いくつか伏せることにします。『野獣の青春』の場合、エンディングを知っていては、やはりかなり興醒めでしょうから。

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郷鍈治に撃たれた江角英明を助けて、渡辺美佐子未亡人の家に転がり込んだジョーは、まず野本興業に電話をし、小林昭二ボスに、柳瀬志郎と郷鍈治が死に、江角英明が重傷を負ったことを伝え、迎えをよこしてくれるように頼みます。ついでに、三光組はこちらのことをすべてつかんでいるようだ、この分ではいまごろ殴り込みの準備でもしているだろうから、気をつけてください、と云います。

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つづいて三光組の信欽三に電話をし、郷鍈治がやられたことを伝え、野本興業ははなからお宅をつぶす気だったんだ、いまごろ殴り込みの準備をしているだろう、と話します。いよいよ話は煮詰まり、『血の収穫』ないしは『用心棒』エンディングに向かって動きはじめます。

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鈴木清順の映画ではよくあることとはいいながら、『野獣の青春』には、変な人物、思考回路がねじれたか短絡してしまった人びとがたくさん登場し、ふつうの考え方をしない監督が、奇妙な操り方をします。

なんの説明もされないのですが、金子信雄専務(ボスが「社長」だから、「専務」はナンバー2なのだろう)はアルコール中毒のようで、酒の入ったフラスクを手放さず、仕事にもあまり興味がないらしく、たいていは画面の端で飲んだくれています。仕事らしい仕事をしたのは、冒頭でのジョーとのやりとりと、麻薬取引のあとでもめたときに、社長に諌言したことぐらいです。

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だいたい、人物配置からいって、金子信雄はいつもとはちがうところに置かれていますし、その置かれた場所が「専務」などという、なくても差し支えない役どころなので、宙に浮いています。なにか内部的事情があって、無理に役をつくってはめこんだ、という感触があります。

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で、その無理矢理なことをするときに、清順らしく、なんらかの理由で疎外され、仕事に興味を失ってしまったギャング、というじつに変なキャラクターをつくってしまったのだと思います。ストーリー展開にはなにも影響を与えず、ただ酔っぱらっているのです。殴り込みの準備のときなど、最悪の状態で、泥酔して床(青木富夫が投げ落とされた場所。マットが敷いてあるので安全!)に倒れてしまい、意味不明の指示をします。

◆ 本末転倒の親分 ◆◆
対する三光組の親分、信欽三もふつうじゃありません。子分たちが、ヤッパだのドスだの銃だのといった「通常兵器」で武装している脇で、トランクになにかを入れています。

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「いざ出陣という間際に、こいつを放り込んでやる。ドカーン。それで万事おしめえだ」なんていっています。たかがヤクザの縄張り争いだというのに、「縄張りを守る」という目的がどこかに消えてしまい、手段が肥大化してしまっているのです。

これは前振りなのでしょう。「祭」に突入するには「狂気」の踏切板が必要です。「目的達成のための必要最小限の暴力の行使」などという合理を超えたところに入りこまなければいけないのです。早い話がぶち切れてしまったのです。

その野本興業のほうも、たしかに出陣準備中で、「社長」が訓辞などしています。いざ出かけようとすると、ジョーは社長に呼び止められ、おまえは行かなくてもいい、行ってもどうせ高みの見物をするつもりだろう、すっかりネタはあがっているのだ、と図星を指されます。

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だれがそんな馬鹿なことをいったのだ、と叫んでから、ジョーは手当をされて眠っている江角英明に気づき、ハッとします。しかし、これはレッド・へリング、ミスリードで、じっさいには江角英明がバラしたわけではないのですが、どうしてバレたかを書いてしまうと、エンディングの興を殺ぐので、伏せておくことにします。

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肝心要の大ラスは書きませんが、クライマクスは書きます。いや、その部分も知らないほうが面白いでしょうから、ここらで読むのをおしまいになさるのもひとつの考えだと思います。

◆ 主演俳優兼格闘技コレオグラファー ◆◆
以上、警告はしたので、クライマクスに入ります。

関ヶ原の決戦は、小林昭二社長邸のすぐ外の河川敷でおこなわれるのですが、車の集団がすれちがいながら撃ちまくるという、なんだか、騎馬軍団の戦いのような形になります。信欽三は、手柄を立てた奴には縄張りの一部をやると「督戦」しますが、つぎつぎにやられてしまいます。

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しまいには「野本をやった者には縄張りを全部やる」なんて叫びます。もう縄張りを守るという目的などどうでもよくなり、利害を超えた次元に突入しているのです。そして、だれも行くものがいなくなり、自分自身でダイナマイトをもって車に乗り込みます。

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小林昭二邸では、ジョーが逆さ吊りにされています。監督自身が明言していますが、これは宍戸錠自身のアイディアなのだそうです。「ただ縛られているんじゃ面白くない。なにか考えはないか」ときいたら、逆さ吊りにしようといったのだそうです。

もちろん、宍戸錠の自己の運動能力に対する信頼が生んだシーンでしょう。細かくカットを割らなくても、逆さ吊りのまま長時間の芝居ができるという確信があったにちがいありません。

信欽三は「クソー、野本の野郎」などといいながら、ダイナマイトごと車を小林昭二邸に突っ込ませ、爆発で家は半壊してしまいます。ムチャクチャな展開ですが、信欽三が正気を失いつつあることは何度か描写されているので、いちおうの「手続き」は踏んでいます。それで納得する観客と、納得しない観客がいるでしょうけれど!

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◆ 約束をやぶりやがって ◆◆
爆発でみな死んでしまっては映画になりません。逆さ吊りになったジョーは、両手でテーブルの上を這って、拳銃をつかみ、間一髪、気を取り戻した小林昭二に応戦します。

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さすがは宍戸錠、このシーンは、スタントなし、細かいカット割りなし(3カット)で、「現実に」演技をします。これだけ動ける俳優は当時だってそうはたくさんいなかったでしょう。宍戸錠にしても、小林旭にしても、こういうところはほんとうにエラいと思います。

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逆さ吊りのまま小林昭二と格闘しつつ、子分を撃ち殺し、ジョーは銃で撃って縄を切るや、小林昭二に真相を吐かせようと、指を一本ずつ撃っていきます。いや、間接的な描写なので、これから見ようという方もご心配なく。

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撃たれたくなくて、きかれたことに素直にこたえたのに、やっぱり撃たれた小林昭二の子どもみたいな言いぐさが笑えます。

「ちきしょう、約束をやぶりやがって」

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ほんとうなら殺しているところだが、生きたまま渡すと約束したので命は助けてやる、といってジョーが立ち上がると、背後で物音がして、ジョーが振り返ると、瀕死の江角英明が階段の上に姿をあらわし、小林昭二を撃ちます。

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「執念深えのは、生かしといちゃいけねえ。ここらがあんたの甘いところだ」といって、江角英明は事切れます。まだキャリアの浅かったこの俳優は、きっとこの三波五郎役を喜んだことでしょう。鈴木清順映画では、いつも気持ちよさそうに演じています。

◆ ミシング・イン・アクション ◆◆
プロットを追うのはこのへんで終わりにしておきます。ここまでのところでも、最後の謎解きに関係のある部分は省略しています。小林昭二が指を撃たれてなにをしゃべったかなんてことを書いてしまうと、話の底が割れてしまうのです。

川地民夫についてあまり書かなかったのも、最後のお楽しみに関係があるからです。「すだれの秀」はこの俳優自身にとっても、忘れがたい役だろうと思います。

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しかし、金子信雄がどうなったのかを書かなかったのは、意図的に伏せたのではなく、どうなったのかわからないからです! 変な風に登場して、居場所がなさそうにしたあげく、最後は酔いつぶれて、あとは生死知れずです。

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プロットとは関係ないのですが、冒頭では目立っていた上野山功一も、途中で「行方不明」になってしまいます。金子信雄の片腕という雰囲気で登場したのに、麻薬取引やその後のジョーの拷問などの場面には登場せず、最後の決戦でチラッとセリフなしで再登場するだけです。たぶん、爆発で死んじゃったのでしょう! プログラム・ピクチャーの場合、こんなことは瑕瑾のうちにも入らないので、つまらない詮索はもうやめます。

『野獣の青春』は、鈴木清順の、ふつうの意味での「技術」が最良の形で生かされた映画であり、同時に、この監督のビザール嗜好が、ふつうの観客にも受け入れられる程度のほどのよさで発現された、バランスがよく、完成度の高い映画です。

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鈴木清順はノーマルな意味での「日活アクション」はほとんど撮りませんでしたが、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』とこの『野獣の青春』だけは、鈴木清順というブランド抜きで、たんなる「日活アクション」として見ても、満足のいく作品です。

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とりわけ、清順的アブノーマリティーがより強く表現されている『野獣の青春』は、『殺しの烙印』や『ツィゴイネルワイゼン』とはまったく異なった次元での代表作といえるでしょう。アーティスティックなものではなく、こちらの世界でもっと映画をとって欲しかったのに、と残念に思うほど、『野獣の青春』は、語の正しい意味で、すぐれた「アクション映画」です。

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by songsf4s | 2010-09-11 23:56 | 映画