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2010年 05月 24日 ( 1 )
玉木宏樹「ストラディヴァリは本当に名器?」(『猛毒!クラシック入門』より)

前回の記事をアップしてから、改めてため息をつきました。結局、『野良猫ロック 暴走集団'71』の音楽は一日で録音してしまったのだな、と。

f0147840_23394922.jpgアール・パーマーの伝記の写真キャプションに、「Album a day, man」つまり「一日でアルバム一枚だぜ」というものがありました。ハリウッドの音楽スタジオは、午前、午後、夜間のそれぞれに一回ずつ、3時間単位のセットで仕事をするルールになっていました。セットとセットのあいだには90分ないしはそれ以上の空きがあり、その時間に食事と移動とセットアップをすることになっていました

(ハル・ブレインは移動とセットアップの綱渡りを回避するために、三つのドラム・セットを用意して、専任セットアップ・マンを雇い、その日に予定されている仕事に合わせて各スタジオに先乗りさせ、セットアップとチューニングを完了させておいた。前の仕事が延びて、スタジオ入りがギリギリになっても大丈夫だったのである)。

この3時間のセットで4曲を録音するのが標準的なやり方で、これを午前、午後、夜間とつづけてやれば合計12曲、LPのAB面が完成します。60年代に入ったあたりから、歌は別個にヴォーカル・オーヴァーダブ・セッションで録音するようになっていきますが、それ以前なら、9時間で歌まで入ったLP一枚を完成するペースで仕事をしていたのです。

もちろん、それ以前に選曲または作曲、アレンジ、写譜、シンガーのリハーサルなどの準備があるのですが、それにしても、いざ本番になれば、9時間で作業を終える慣行でした(ミュージシャン・ユニオンと会社のあいだでそういう取り決めがあった、つまり明文化されたルールだったとしている談話もあるが、裏をとれず。仮にルールだったとしたら、過重労働を回避するためだったのだろうから、昔はもっとたくさん録音したこともあったのかもしれない)。

それ以上時間をかけられるのは、予算の潤沢な特別の仕事だけでした。たとえば、フィル・スペクターはシングルA面のために、リハーサル一日、録音一日などというペースで仕事をしたようですし、ブライアン・ウィルソンもときにとてつもないコストをかけています。ただし、一日ぶっつづけで同じ仕事というのではなく、3つのセットを別々の日にやることのほうが多かったように、残された記録からは読み取れます。

ブライアン・ウィルソンのYou Still Believe in Meセッション


フィル・スペクター伝パート1(ラリー・レヴィンの動いているところはめずらしい。デタラメ伝記の作者マーク・リボウスキーなど見ても腹が立つだけだが!)


昔のハリウッドの場合、インフラストラクチャーが整っていたので、工業製品を製造するように音楽を生み出すことも不可能ではなかったのですが(絶体絶命なら、豊富にあるライブラリー音源も利用できた)、家内工業的に一日で映画一本分の曲を作って録音まで終えたという玉木宏樹の日活での仕事は、すごいものだと思います。

もうひとつ、むつひろしが『八月の濡れた砂』で変奏曲を多用したのは、やはり時間と予算が極端に切りつめられていたからだと納得がいきました。アーティスティックな理由で決まることなどほんの一握り、たいていはスケデュールと予算がものごとを決めていくのです。

◆ 「名器」という「了解事項」 ◆◆
映画スコアの話題ばかりでなく、『猛毒!クラシック入門』には面白いことが書かれています。わたしは「定説」というのが嫌いなので、定説の内容を検証したうえで(ここが重要)、否を唱える話にはおおいに関心があります。たとえば、ストラディヴァリはほんとうにいい音なのか、です。

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ということで、玉木宏樹はきわめて否定的な見解を述べています。さらに『猛毒!クラシック入門』に引用されている佐々木庸一『ヴァイオリンの魅力と謎』には、つぎのように書かれているそうです。

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このように、専門家もストラディヴァリの音をブラインドで聞き分けることができなかったということは、ストラディヴァリの価値はフィクション、神話のたぐいであるという見方に大いなる追い風となります。そもそも、音楽ですからね、それぞれの好みに大きく左右されるにちがいなく、絶対的な価値などというものがあったら、そのほうがよほど驚きます。

卑近すぎる例で恐縮ですが、サイケデリック以降の一時期、ジャズマスターの音を古くさいと思ったけれど、いまではバーンズと並んでとくに好きなギターです。あるいは、コードを弾くならギブソンのアコースティック(たとえばJ-160E)のほうが好きですが、シングル・ノートで弾くならマーティンのほうが向いていると思います。楽器というのは、そういうもののはずです。ユニヴァーサルなものなどないでしょう。

玉木宏樹はあるとき、それなりに値の張るヴァイオリンと、十代のときに16万で買ったヴァイオリンをもってスタジオに行き、両方を弾いて、ディレクターとミキサー(アメリカ式にいえばプロデューサーとエンジニア)に、どちらを使うかを決めてもらったそうです。結果は、なんの留保もなく安いヴァイオリンのほうだったそうです。

f0147840_2348583.jpgトミー・テデスコの自伝、Confessions of a Guitar Playerに、『結婚しない族』という映画のスコアの録音が出てきます。プレイバックを聴いていた音楽監督のミシェル・ルグランがトミーに、ピックで弾いたのか、指で弾いたのか、とたずねました。ファンならだれでも知っているように、トミー・テデスコはフラット・ピッキングによるフラメンコ・ギターの名手です。ぜったいに指では弾きません。しかし、ルグランは、指で弾いてくれ、とトミーに注文し、トミーは了解しました。

教則ヴィデオでやや誇張して実演していますが、トミーは指では満足なプレイ(つまり、目にもとまらぬ超高速ラン)ができないので、このときも譜面台で右手を隠し、ピックを使ってリテイクしました。テイクのあとで全員がブースでプレイバックを聴き、ルグランがいいました。

「トム、素晴らしいプレイだったな。やっぱり指で弾いたほうがずっといい音じゃないか」「そうだね、ミシェル。こっちのほうがずっといい」

いえ、トミー・テデスコはミシェル・ルグランを最高の映画音楽作曲家のひとりと絶賛しています。ただ、われわれの認識能力には限界があり、われわれの感覚器官の精度は低く、じつに簡単にごまかされてしまう、ということをいっているにすぎません。

トミー・テデスコのフラット・ピッキングによるフラメンコ・ギター・プレイ


つまるところ、「価値」というのは、多くの場合、実体などあるものではないのだから、ストラディヴァリの価値が神話であっても、べつになんの不思議もありません。

「価値」とは「人びとの思いこみ」ないしは「暗黙の了解」にほかなりません。一万円札そのものにはなんの価値もなく、「この紙を一万円として流通させる」という黙契こそが「価値」なのです。

だから、ストラディヴァリもまた、「最高の音が出る」という「暗黙の了解」のほうに価値があるのであって、楽器そのものの価値など、どれほどのものでもないでしょう。「はてなの茶碗」が描いたように、茶碗そのものには価値がなくても、天皇の箱書きには高い値が付くのです。

例によって、毎度変わらぬいつもの教訓です。他人の意見などなんの意味もありはせず、自分がいいと思うものだけがいいのであり、「価値」があるのです。


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Tommy Tedesco: Confessions of a Guitar Player : An Autobiography
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by songsf4s | 2010-05-24 23:32 | 映画・TV音楽