人気ブログランキング |
2010年 05月 23日 ( 1 )
玉木宏樹「日活での凄い体験」(『猛毒!クラシック入門』より)

(恥ずかしくもまた訂正の追記 藤田敏八監督に関する思い出の部分で、2ページ分欠落していたJPEGを補いました。5月24日6時50分)

友人が、これを読んでみなよ、と玉木宏樹著『猛毒!クラシック入門』という本をもって遊びに来てくれたので、それを肴に映画音楽話です。

わたしのように、「クラシック」という文字に拒絶反応を起こす方がいらっしゃるといけないので、いきなりクリップをいきます。玉木宏樹というのは、こういう映画のスコアを書いた人です。

『野良猫ロック 暴走集団'71』(藤田敏八監督、日活映画)


わたしの日活通いは1966年までだったので、日活ニューアクションはすっぽり抜け落ち、あとから少しずつ拾って歩いています。「野良猫ロック」シリーズも、『野良猫ロック ワイルド・ジャンボ』と『野良猫ロック セックス・ハンター』の二本しか見ていません。しかも、前者はテレビで見ただけです(「どこかの海岸で藤竜也がランニングする映画」と覚えていたので、タイトルはあとから調べた!)。ということで、この映画に関しては、いつかチャンスがあれば、でした。

◆ 末期の日活 ◆◆
玉木宏樹は元来がヴァイオリニストで、作曲は山本直純に師事したとあって、じゃあ、日活の仕事をして当然だ、です。当家では過去に、山本直純がスコアを書いた映画を二本取り上げています。『霧笛が俺を呼んでいる』と、『拳銃無頼帖 抜き射ちの流』という二本の赤木圭一郎主演作品です。

音楽のほうは知りませんが、『猛毒!クラシック入門』から読み取れる玉木宏樹のキャラクターは、まさに山本直純の弟子という雰囲気で、権威主義のかけらもありません。そのことはあとにして、玉木宏樹の日活の思い出からどうぞ。まずは藤田敏八監督のこと。

f0147840_2313996.jpg

f0147840_6432129.jpg

f0147840_6433279.jpg

f0147840_23154474.jpg

これは最悪のケースを書いているのでしょうが、それにしても、プログラム・ピクチャー一般のありようをかいま見せてくれる記述です。昔の評論家のなかには、プログラム・ピクチャーというものがわかっていない人たちがいたという話を以前書きましたが、『狂った果実』をアート・フィルムと勘違いした人には、ぜひこの玉木宏樹の回想を読んでもらいたいものです。

プログラム・ピクチャーというのは、ピンポイントで狙っていいものをつくりだすわけではないのです。1日4回、年間140試合打席に立つと、大部分は凡打だけれど、なかにはライト前ヒットもあれば、ときにはホームランもある、という、それだけのことなのです。

ほんの短いセンテンスですが、玉木宏樹は末期の日活(つまり、ロマンポルノ移行直前という意味だが)の雰囲気にふれています。

f0147840_23172781.jpg

やっぱりそうか、と思いました。『八月の濡れた砂』のときに、むつひろしのフィルモグラフィーを調べて、ほかになにも出てこず、あれ一本だけだとわかり、どういうことだろう、と思いましたが、映画音楽未経験なのでギャランティーは安くすむから依頼したのではないでしょうか。

もっとも、あれだけの音楽をつくったのに、その後、映画がないというのは不可解ですが。東映あたりが依頼したら、いいスコアを書いたような気がします。むつひろしのほうが、『八月の濡れた砂』で映画にはこりごりしてしまった、というあたりかもしれません。

f0147840_23203914.jpg

「最後の開き直りのような、いさぎよい自由な雰囲気」があったというのも、まさにそうにちがいないと、残された映画から感じます。いや、わたしは、すでに67年の『拳銃は俺のパスポート』や『殺しの烙印』の時点で、「最後の開き直り」を感じますが。

◆ 鈴木清順について ◆◆
つづいて、玉木宏樹がスコアを書いたわけではなく、師匠の山本直純が音楽監督をした、鈴木清順の『殺しの烙印』について。

f0147840_23213820.jpg

f0147840_2321509.jpg

この映画で鈴木清順は堀久作に首を言い渡されてしまったので、あまり大声で笑うわけにはいかないのですが、「殺しと裸」とはよくいったもので、たしかにそういう映画ですねえ、『殺しの烙印』は。いや、会社としては、この言葉で『ゴールドフィンガー』のような映画(いや、『電撃フリント』か?)を規定したつもりだったのでしょうが、相手は鈴木清順、まったく想定外の「殺しと裸」映画をつくってしまったわけです。

何度か書いていますが、あんな映画を無意識につくる人がいるはずもなく、鈴木清順は『殺しの烙印』で会社を挑発したのだと思います。たんに下手くそで失敗しただけなら、会社だって馘首はしなかったでしょう。挑戦状を突きつけられたから、逆上してしまったのです。いや、人減らしの理由があれば、すぐに飛びつくぐらいの悪い財務状態でもあったのでしょうけれど。

◆ 井の中の蛙 ◆◆
日活映画のくだりばかりではなく、『猛毒!クラシック入門』はちょっと面白い本です。

f0147840_23275834.jpg

このへんになるとこちらの研究分野。「はきだめ」なんていえるのは、ものを知らず、音楽を聴く耳ももたない人間だけです。ハリウッド映画のオーケストラの鳴りを聴けば、「はきだめ」なんて言葉はぜったいに出ません。ハリウッドの撮影所のオーケストラが「はきだめ」だったら、ボストンやNYのオーケストラはウィーン・フィルの五、六段上までいってしまいます。

玉木宏樹は、ここで実力のことしかいっていませんが、もうひとつのファクターがあります。収入です。アメリカのスタジオ・ミュージシャンが、ハリウッドで映画音楽の仕事をすることをプレイヤーすごろくの「上がり」と考えたのはなぜかといえば、音楽的にはもちろん、収入の面でも、あれがミュージシャンにとって最高峰だったからです。クラシック系ではありませんが、キャロル・ケイは、最盛期の年収は合衆国大統領の年俸と同じだったといっています。

f0147840_11410100.jpgキャロル・ケイはフリーランスとして映画音楽でプレイしたのですが、それ以前の、だれもが給料をもらってスタジオに勤めていた時代についても、みな高給取りだったとヘンリー・マンシーニが自伝に書いています。あまりにも高給で、スタジオの財務を圧迫するため、50年代後半に撮影所所属のオーケストラは解体されてしまったのです。

当家で過去に取り上げたレコーディング・アーティストで、撮影所の大物だったのはフィーリクス・スラトキンです。20世紀フォックスのコンサート・マスターをつとめました(同時に、フランク・シナトラのコンサート・マスターでもあった)。スラトキンのFantastic Percussionも「はきだめ」の音楽なのでしょうか。やれやれ。

日本の撮影所のオーケストラの話やら、ストラディヴァリの話やら、まだいろいろあるのですが、それは次回にでもまた、ということに。


metalsideをフォローしましょう
by songsf4s | 2010-05-23 23:56 | 映画・TV音楽