昨夜、就寝前に渡辺武信『日活アクションの華麗な世界』を拾い読みしました。たまたま「中巻」だったので、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』の項も、制約を受けて書きにくくなるのに、つい読んでしまいました。
数百本の映画を対象にした本だから無理もないのですが、渡辺武信もときおりプロットを勘違いをします。『くたばれ悪党ども』については、当家では前回ふれた、教会のシーンで、金子信雄警部が宍戸錠の父親に化けて信欽三の疑いを解くと、渡辺武信は書いています。じっさいには、実の父親の役を佐野淺夫が演じていて、金子信雄は神父に化け、連絡のために教会で待っていただけです。

いや、『日活アクションの華麗な世界』を批判しているわけではありません。逆です。こういう記憶違い(ないしは「記録違い」)があるということ自体が、他の正しい部分は、やはりメモの助けを借りた、記憶による記述だということを物語っています。とんでもない「記録能力」と記憶力の持ち主です。
いや、記述のミスなどを手がかりとせずとも、『日活アクションの華麗な世界』がおそるべき力業であることは、すぐにわかります。再映されたはずのない映画が山ほど収録されているからです。ひどくオブスキュアな映画がテレビ放映されることは多々ありますが、それにしても、封切りのときに見ただけという作品は相当な数にのぼるはずです。見て、記憶して、メモもとっておいたから、あのような本が残され、われわれがあとから日活アクションを見るための土台を提供してくれているのです。

それにしても、やはり、映画館でメモをとるということのすごさを考えてしまいます。昔の映画評論家はみなそうしていたのですからね。エラいものです。わたしがいまブログでこういうふうに映画のことを気楽に書けるのは、DVDのおかげです。映画とエディターをAlt+Tabのキーストロークだけで切り替えることができるからです。カット割りの確認なんかチョイチョイですからね。映画館で見て、同じことをやれといわれたら、勘弁してもらいますよ。キーストローク一発で数フレーム戻るなんてことは、フィルムが相手ではできません。
そういうことを考えていると、ドーンと地べたに落ちこんで、思いきり謙虚になってしまいます。地べたから見上げると、『日活アクションの華麗な世界』はどこまでも高く聳えたっています。とはいえ、われわれは現代に生きているので、もはや徒手空拳は非現実的、テクノロジーの力を借りて映画を見、そして語るしかなく、その条件において最良の道筋を見いだしていくしかないでしょう。

◆ ジャズ喫茶 ◆◆
鈴木清順の『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』は、見ているときはそうでもないのですが、あとから考えると変なプロットです。
『くたばれ悪党ども』の「その4」に書いたように、宍戸錠はじつに苦心惨憺、手のこんだ方法で組織に潜入するのですが、教会で神父に扮した金子信雄警部に会って連絡をとったばかりに、あらゆるトリックも水の泡、あっさり警察の手先とバレてしまします。金子信雄が写真を撮られ、それで警察官とわかってしまうのです。

信欣三は笹森礼子に宍戸錠を尾行させますが、錠はそれに気づき、銀座裏(だろうと想像する。笹森礼子は築地で錠を見失ったと電話する。築地に近いとなると銀座と考えるのが自然だろう)の「ジャズ喫茶」に引っ張り込んで、組織の内情を探ろうとします。わたしはそういう時代に一歩遅れた世代ですが、あの時代の「ジャズ喫茶」とは、すなわち「ロカビリー喫茶」で、じっさいにやっている音楽はロカビリーです。
サンプル タイトル不明ロカビリー

クレジットされている挿入曲は2曲だけで、このロカビリーは、だれの、なんという歌かもわかりません。まったくの推測にすぎませんが、この映画のために書かれた曲ではなく、ありものをはめこんだのではないでしょうか。どうであれ、英語なんだか日本語なんだかも判然としないディクションには閉口しますが、ドラムのタイムが安定しているおかげもあって、プレイ自体は悪くありません。
このシーンの演出もちょっと奇妙で、印象に残ります。笹森礼子はふつうの表情ではなく、薬物を摂取したように、目をつぶったり(音楽に陶酔しているという意味なのだろうが)、上体をゆらゆらさせたりしています。宍戸錠も、周囲に女性客がたくさんいるなかで、笹森礼子の唇を奪おうとするし(彼女の服に隠しマイクを仕込むためだが)、女性客の歓声がひときわ高まるのと、錠が笹森礼子に迫るタイミングを一致させ、まるで錠の振る舞いに女性客が反応しているかのように演出しています。





鈴木清順のこのようなリアリスティックではない演出は、ファンにとっては魅力のひとつなのですが、会社の上層部が嫌ったのもわからなくはありません。
◆ バカとリコウの化かし合い ◆◆
信欣三は、取引に行かせると見せかけて、宍戸錠と川地民夫を罠に落とします。宍戸錠は、ジャズ喫茶で笹森礼子の服に仕込んだ隠しマイクによって、この罠を察知して脱出に成功します。警察の回し者とわかっても、まだやりようはあると、宍戸錠はクラブ《エスカイヤ》に戻ります。そのときクラブで歌われているのが、「バカとリコウ」という曲です。
サンプル バカとリコウ
歌詞も曲も歌い方もなかなかトボけた味があって、悪くありません。「六三年のダンディ」同様、鈴木清順や宍戸錠の編集盤に収録されてもよかったのではないかと思います。



死んだはずの宍戸錠が帰ってきたので信欣三は驚きますが、錠は、自分が警察の手先であることを明かしながらも、10万じゃ合わない、もっと金が欲しい、といいます。この信欣三と宍戸錠のだまし合いを歌ったので、こういう変な歌詞になったのでしょう
あと少しなのですが、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』はもう一回延長させていただきます。
DVD
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OST
日活映画音楽集~監督シリーズ~鈴木清順

日活映画音楽集~スタアシリーズ~宍戸錠
