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2009年 12月 26日 ( 1 )
三たび『乳母車』と鎌倉駅、そして久生十蘭
 
いよいよクリスマス本番ですね、なんていう挨拶は日本では依然として通用しないのでしょう。25日の夜、スーパーマーケットに行ったら、ちょうど鳥だのチーズだのピザだのを片づけ、蒲鉾や伊達巻きや数の子を並べているところでした。この切り替えの速さには、商売の必然とはいえ、ちょっとばかり鼻白みます。

「クリスマスの十二日間」ははじまったばかりで、年明け六日まではホリデイ・シーズンなのですが、われわれにはわれわれ固有の文化があり、それと衝突する部分は、輸入の際に刈り込まれてしまうということなのでしょう。十二月二十五日には固有の年中行事がないからオーケイ、でも、年末から年明け七日までは予定が詰まっていて、外国文化の入りこむ余地はないのです。

一昨年も、そんな理屈を書いて、ちょっとだけクリスマスのカーテン・コールをやりましたが、今年も一本だけ、クリスマスの十二日間、すなわち、年明け六日の「顕現祭」までを背景にした映画を取り上げるつもりです。

◆ tonieさんの2009年 ◆◆
昨日、当家のレギュラー・コメンテイターのひとり、tonieさんに、今年おおいに楽しんだ曲というのをちょうだいしました。

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わたしにそういうことをいわれたくはないでしょうが、でも、やっぱり「とっ散らかった」選曲ですねえ。このなかでちょっとだけ意外だった(いや、これだけばらけていると、ほんとうに意外なものなどないのだが!)のは、ジェシー・ベルヴィンです。エスター・フィリップスを男にしたようなキャリアをたどったこのシンガーは、ちょっと興味深い存在です。

星野みよ子の「Oka no Hotel」は、tonieさんの冗談です。この『ゴジラの逆襲』の挿入曲を当家で取り上げたとき、タイトルがわからなくて、わたしが歌詞からでっちあげた仮タイトルが「丘のホテル」なのです。ほんとうは「湖畔のふたり」というタイトルなのだという訂正は、この記事に書きました。

tonieさんはわたしよりずっとお若いので、近年のものもお聴きになっています。それがダイアン・バーチなのでしょう。ジョニ・ミッチェルとマリア・マルダーの中間というムードで、なかなかけっこうだと思います。ドラムも、実現の仕方については疑問なきにしもあらずですが、意図は明快に伝わってくるプレイです。昔のようにピッチの高いスネアのチューニングも好みです。スネアはやっぱり、ピーンといえばカーンというくらい高くないと気分が昂揚しません。

ザ・ピーナッツの3曲のうち、2曲は民謡を現代的にアレンジしたもので、なかなか楽しい出来です。この盤を取り上げていた海外ブログもありました。モスラのおかげですねえ。

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リック・ネルソンの2曲は、どちらもギターを聴いてしまいます。Don't Breathe a Wordのほうは、ドラムが不思議です。リッチー・フロストってこういうドラミングをするのでしょうか。だとしたら、誤解していたことを謝っちゃいます。だれか別人だとしても、候補が出てきません。アール・パーマーやハル・ブレインのようには聞こえないのですがねえ。だれなんだかさっぱり見当がつきません。これをサンプルにしましょうかね。

サンプル Rick Nelson "Don't Breathe a Word"

よく思うのですが、ラジオで聴くのと同じように、自分で選んだものより、ひとが選んでくれたものを聴くほうが楽しいようです。

◆ さてわが家では ◆◆
さて、当家の2009年を回顧すると、鬱と体調不良による一カ月の休みではじまる散々な年で、よく年末まで生きていた、などと大げさなことをいいそうになります。明日はないかもしれないというのが、どういう感覚かよくわかりました。いっぽうで、父親の死を見て、すこしだけ死が怖くなくなりました。

こうなってくると、思ったことをそのまま書こう、明日は死んでいるかもしれないのなら、遠慮などしても無意味と、悪く腹が据わってきます。まあ、もともと、世間様のいうことなど馬耳東風でしたが!

目をつぶると、芦川いづみが鎌倉駅の通路を歩く姿が見えてきます。何度も見た映画なのに、今年見た映画でもっとも印象に残ったのは『乳母車』です。急いで付け加えますが、傑作のなんのといっているわけではありません。同じ田坂具隆監督の、姉妹編といいたくなる『陽のあたる坂道』のほうが、破綻がなく、ずっと出来がいいと思います。

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でも、毎度申し上げるように、好きとか嫌いとかのレベルに降りてくると、子どもか猫のようなもので、器量不器量、出来の善し悪しなどはどうでもよくなってしまうのです。『乳母車』がもっとも「印象に残った」というのは、評論的なレベルでの「作品の出来」をあれこれいっているわけではないのです。たんに、いくつか、たまらなく愛おしいショットがあるだけです。

まずなによりも、夜の鎌倉駅のシークェンスです。「鎌倉駅と『乳母車』」という記事を書いたときに、もちろん、何度も繰り返しこのシークェンスを見ましたし、スクリーン・ショットも何十枚もつくりました。

やはり、そういうことをすると、映画館で見たり、ヴィデオを流して見ているのとは、ちょっとちがう見方になっていくのでしょう。だんだん、昔の鎌倉駅のディテールというか雰囲気がよみがえってきて、まるでジャック・フィニーの『ふりだしに戻る』の主人公のように、失われた過去がさわれそうなほどリアルに感じられてきました。

プラットフォームに立つと、向こうにテアトル鎌倉が見えるのも大きな魅力です。あの映画館はいつごろなくなったのか忘れてしまいましたが、わたしが頻繁に鎌倉駅を使った1970年代にはまだありました。

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また、母親を見送った芦川いづみが悄然と歩いていると、父親がやってきて、肩を並べて通る改札の向こうには、駅前のネオンサインが見えます。このショットにもやはりノスタルジーを感じます。

今回、『乳母車』を見直して、かつては気づいていなかった「映像に封じ込められた時代」の封印を解いたような気分でした。それだけ年をとったのだと思います。

◆ Duran's Wake ◆◆
ノスタルジーなどというものは、極度にプライヴェートなもので、こういうことをお読みになっても無意味だろうとは思うのですが、わたしに書く自由があるように、みなさんにも読まない自由があるので、つづけさせていただきます。

「夜の鎌倉駅」というと、わたしのなかには確固たるイメージがあります。それは、昭和三三年発行の「別冊宝石第78号 久生十蘭、夢野久作読本」に収録された座談会で語られている、久生十蘭の通夜の鎌倉駅です。

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久生十蘭という人は、エッセイというものを書かず、みずからを語らなかったことで知られています。いまになれば、そういう考えはもっともだと思いますが、若いころは「作り手は作物だけ残せばいい」とは達観できず、やはり人物にも興味があったので、この宝石の座談会と、同じ追悼号に収録された今日出海や幸子夫人の回想をおおいなる関心をもって読みました。

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この座談会を手に入れたのは二十歳前後、鎌倉に住んでいるころだったので、ひと気のない夜更けの鎌倉駅を明確に頭のなかに思い描きながら読みました。もちろん、あのころは改築以前、ここで語られているのと同じ旧駅舎です。貨物エレベーターというのは、プラットフォームの外れ、逗子寄りにありました(いまもあるかもしれない)。

f0147840_0112226.jpg『肌色の月』の封切日だとありますが、これは久生十蘭の遺作(といっても、途中から幸子夫人が書き継いだものらしいが、継ぎ目はわからない。長年、十蘭の口述筆記をやったせいか、スタイルが似てしまったらしい。この追悼号に収録された夫人のエッセイも、締めくくりが十蘭のような突き放した文章になっている)を映画化したものです。

土岐雄三はそうはいっていないのですが、『肌色の月』の封切りだった(MovieWalkerによれば1957年10月8日、十蘭が没したのは10月6日)ということと、鎌倉駅が水浸しだったということから、わたしの頭のなかでは、テアトル鎌倉に『肌色の月』がかかっているイメージができあがってしまいました。

もちろん、そのころ、わたしは幼児、鎌倉の駅や町のことも知りはしませんが、それでもよすがとなるものは、後年、毎日のように見ていたので、想像に困るということはありません。

久生十蘭が没したのが1957年、乳母車が封切られたのが1956年、わたしの頭のなかで「昔の鎌倉駅」として、両者が二重露光され、ほとんど手に取れそうなほどソリッドなイメージに成長したのだと感じます。身体半分ぐらいは、『乳母車』の夜の鎌倉駅に入りこんでしまったような気分です。全身入れたら楽しいだろうなあ、と本気で思います。

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今年見た映画でもっとも強く印象に残ったのは『乳母車』だったというのは、そういうことです。身勝手な人間だから、映画としての出来などほったらかしで、自分の快感原則のみでものをいっているのにすぎないのでした。


乳母車
乳母車 [DVD]
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リック・ネルソン
Very Thought of You/Spotlight on Rick
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久生十蘭『肌色の月』
肌色の月 (中公文庫 ひ 2-1)
肌色の月 (中公文庫 ひ 2-1)

久生十蘭短篇選 (岩波文庫)
久生十蘭短篇選 (岩波文庫)
もっとも新しい久生十蘭精華集。好ましい選択である。
by songsf4s | 2009-12-26 23:27 | その他