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2009年 09月 30日 ( 1 )
ハーマンズ・ハーミッツの映画『レッツ・ゴー! ハーマンズ・ハーミッツ』(ミセス・ブラウンのお嬢さん)

先日、クリフ・リチャードとシャドウズの『太陽をつかもう!』(Finders Keepers)をとりあげたとき、同じころにハーマンズ・ハーミッツの映画も見たような気がしたのですが、タイトルを思いだせなくて検索してみました。

『レッツ・ゴー! ハーマンズ・ハーミッツ』というそうで、いかにも映画館を出たときにはもう忘れていること保証付きといいたくなる、凡庸が凡庸の羽織を着て凡庸の披露目にきたようなタイトルです。よく、こんなタイトルで金をかけてスーパーインポーズやらポスターやらなにやらをつくったものだと、むしろ感心しますな。原題はMrs. Brown You've Got a Lovely Daughterすなわち、ビルボード・チャート・トッパー「ミセス・ブラウンのお嬢さん」です。

f0147840_047282.jpgMrs. Brownがビルボードのトップに立ったのが1965年、この映画の日本公開が68年、製作も同年なので、曲がヒットしてから3年もたっています。こういうタイミングの悪さの裏には、きっとやむにやまれぬ事情があったにちがいありません。早い話が、セールスは危機的状況にあり、まだ商品価値があるうちに、昔の大ヒット曲をネタにもう一稼ぎしてから店仕舞い、といったあたりじゃないでしょうか。

それにしても、なにか思いださないかと粘ってみたのですが、この映画、見たということしか記憶になく、中身はきれいさっぱり忘れてしまったようです。ショットひとつ記憶にありません。考えてみると、68年ですから、時期からいって、見に行ったこと自体が不思議といっていいほどで、覚えていないのも無理はないか、と思います。

1968年には日本もサイケデリック一色になっていました。この年にどんな盤を買ったかつらつら考えると、なによりもラスカルズを3枚買ったことが思いだされます。とくにOnce Upon a Dreamと、その直前のシングルIt's Wonderfulはサイケデリックに強く傾斜したものでした。

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ジミヘンのAxis: Bold As Loveを買ったのもこの年でしょう。キンクスのSomething Elseも同様。バターフィールド・ブルーズ・バンドのEast-Westを買って、マイケル・ブルームフィールドのプレイに仰天したのもこの年でした。この時期、もっとも好きだったシンガーはスティーヴ・ウィンウッドで、SDGのベストと、トラフィックの1枚目は68年に買ったと思います。トラフィックのデビュー盤のイギリスでのリリースは67年でしょうけれど。

このへんのアーティストをご存知の方なら、15歳のわたしがどういうロックンロール・キッドだったか、アウトラインはおわかりだろうと思います。ハーマンズ・ハーミッツの盤を買ったのは小学校六年のときだけなので、もうほとんど縁は切れていました。それなのに映画を見に行ったのだから、奇妙というか、人間はそういうものというか、どういうことだよと、中学三年のわたしを問いつめたくなります。

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どうであれ、映画は印象的ではなく、もはやハーマンズ・ハーミッツ・ファンだった時代ははるか彼方に去り、ギターをギュイーンとやりたい年ごろの少年は、ぜんぜんべつの方向を見ていたのでした。翌年、有楽町のみゆき座に朝から並んで『イージー・ライダー』を見たときのショックと、なんたる落差。

◆ 蜜月 ◆◆
しかし、季節はめぐるサークル・ゲーム、いまでは少年の潔癖、峻烈な批判精神など、跡形もなく消え去っているので、ハーマンズ・ハーミッツだって、べつにどこも悪いことはないじゃないか、と思います。

ミッキー・モストという人は、プロデューサーというより、古き良き時代の「A&Rマン」として、きわめて有能だったと思います。ピーター・ヌーンにはピーター・ヌーンの、ジェフ・ベックにはジェフ・ベックの、それぞれの持ち味があり、それを十分に見極めて、「アーティストとレパートリー」を結びつける役割を十全に果たしたから、大量のヒットを残せたのでしょう。

映画『ミセス・ブラウン』は、もうハーマンズ・ハーミッツが下降期すら通り過ぎて、「消滅期」に入ってから製作されていますが、その二年前にHold Onという映画がつくられています。

Hold On trailer


この予告編を見て、一瞬だけ出てくるWhere Were You When I Needed Youという曲が、知っているのにアイデンティファイできず、しばらく考えて、ようやく、ああ、グラス・ルーツか、と思いだしました。

Where Were You When I Needed Youの段階では、まだグラス・ルーツが存在していなくて、フィル・スローンとスタジオ・プレイヤー、それにドラム・ストゥールにはエンジニア/プロデューサーのボーンズ・ハウが坐って録音されたそうですが、この曲もミッキー・モストに提供されたことは失念していました(Hold Onのサントラをもっていて、そこにちゃんと収録されているのだから、「知らなかった」わけではないが、まったく記憶していなかった)。

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小学校6年のときに最初に買ったハーマンズ・ハーミッツの盤は、「あの娘にご用心」すなわち、スティーヴ・バリーとフィル・スローンが書いたShe's a Must to Avoidです。

サンプル She's a Must to Avoid

記憶が薄れてしまいましたが、たしか、ハーマンズ・ハーミッツのアメリカ・ツアーのとき、ミッキー・モストがスローンに連絡を取り、曲を書いてくれないかと依頼したのだったと思います。これもあやふやで、べつのときのことととりちがえているかもしれませんが、パートナーのスティーヴ・バリーは乗り気ではなく、ほとんどスローンがひとりで、短期間に数曲書いて、モストにわたしたということでした。

その一曲がShe's a Must to Avoidで、1966年はじめにビルボード8位までいっています。わたしはもう中学入学直前ですが、このシングルはよく聴きました。いや、いま思いだしましたが、これより前に、Just a Little Bit Better(邦題失念)のシングルと、Mrs. Brownなどが入ったEPを買いました。その後、Listen Peopleまで買って、それで終わりになったと思います。There's a Kind of Hushは、ラジオで聴いて存在は認識していましたが、買いませんでした。

サンプル Just a Little Bit Better

わたしがハーマンズ・ハーミッツを買ったのはごくわずかなあいだで、フィル・スローンがハーマンズ・ハーミッツのために曲を書いたのもたぶん一度だけ、結局、65年から66年ぐらいが彼らの人気のピークで、以後は右肩下がりの一本道でした。

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あの時代はEPをよく買った。このジャケットはアメリカの中古盤屋で見つけたが、これと同じものをまだもっている。価格は30ドルだそうだが、安いのだか高いのだか、さっぱりわからない。

68年に彼らの映画を見に行く必然性はまったくないのですが、それでも出かけたのは、たぶん、あの時代らしさといっていいのでしょう。なにしろ、好きなアーティストが動く姿など、見る機会がほとんどなかったのです。

ずっと後年、NHKがエド・サリヴァン・ショウのダイジェストをやったときに、はじめてラスカルズのクリップを見て、文字での知識の通り、ディノ・ダネリがスティック・トワーリングをやっているのを確認したってくらいで、動画に関するかぎり、日本は真空状態でした。だから、そういうものを見るチャンスがあれば、昔ちょっと好きだったという縁だけで、映画館まで足を運んだのです。

まあ、こういう映画が、映画の世界では無視され、忘却の淵に沈むのは、しかたないのでしょう。同時代のファンによって「消費される」ためにつくられたものだったのですから。ただ、それをいうなら、映画というのは本質的に、同時代の人間に「消費」されるもののはずで、とくにクリフ・リチャードの映画やハーマンズ・ハーミッツの映画だけが差別されなければならない、合理的な理由は、わたしには見つけられないのですが……。
by songsf4s | 2009-09-30 23:51 | 映画・TV音楽