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2009年 09月 26日 ( 1 )
忘れられた映画『チビッコの大脱走』(The Little Ones)

ノーマルな更新をする余裕はないので、いつもなら枕で片づけるような話題を少々。

形式上、「忘れられた」としましたが、どちらかというと「知られざる」映画というべきかもしれません。冷たく云えば「だれも見なかった」映画がもっとも実態に近いような気もします。

だれにでも断片的な記憶というものがありますが、音楽だの映画だのの記憶というものは、つねに断片化の危機にさらされています。『日活アクションの華麗な世界』の著者、渡辺武信のような人は例外というか、エイリアンの血が混じっているのだと思います。ふつうはあんなにきちんと記憶できるものではありません。

あの映画はなんといったっけな、なんてことは、みなさんもしょっちゅう口にしたり、思ったりなさっているでしょう。気になるものはできるだけ調べるようにしているので、「子どものころに見たメキシコの映画で、プロレスラーがクスリの力で強くなり、最後に体が崩れて死んでしまう怖い映画」なんていうのも、20年ほど前に徹底調査をして、邦題を確認しました(だが、もう覚えていない! 訳書のあとがきに書いたから、それを見ればわかると安心してしまった)。

このときの徹底調査でも、さらに数年後(1993年だったか)、べつの本のために調べたときにも、ついに判明しなかった映画があります。それが本日のタイトルにした映画です。

手がかりは以下のとおり。

・1965年に見た
・場所は横浜ピカデリー(松竹系)
・主人公は当時のわたしと同じぐらい(小学校六年)の少年二人
・この二人は家出をし、リヴァプールからロンドンに旅する
・船に乗りたいといってロンドンに行くのだが、最後に、保護した警官に、なぜリヴァプールで船に乗らなかったのだといわれ、ビックリする。リヴァプールに港があることを知らなかった、という設定。

というように、手がかりは豊富なのですが(渡辺武信ほどではないが、けっこう細かいことを記憶していた)、それだけでは見つけられないということを痛感しました。あとから調べてタイトルが判明しやすいのは、自分以外にも多くの人が見て、それを印象にとどめている映画、というものなのだということを痛感しましたね。だれも見なかった映画は、だれも言及しないのです。なんでも見ている双葉十三郎の本に出てこないようでは、見込みは薄いと認めざるをえませんでした。

◆ データベース ◆◆
映画好きの方はウェブ上のデータベースのいずれか、またはすべてをご利用なさっていることでしょう。わたしも、必要に迫られるとのぞいています。このあいだから、やるといってやっていない、クリフ・リチャードの記事のために、Movie Walkerに調べに行きました(なんだか、いまのトップページは下品で、紹介しただけのわたしが赤面する。サイトのタイトルより、その横の広告の文字のほうが数倍も大きいとは無茶苦茶である。恥を知れ、恥を)。

ある映画の公開年を確認するのが目的だったのですが、ついでに「公開年度別作品一覧」という検索ボックスを使って、60年代中期の映画のリストを公開順に眺めてみました。67、68年とみたところで、あ、そうだ、あの映画は65年のはずだ、と思いだし、65年を検索してみました。

1965年公開映画リスト

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映画の中身、質とはまったく関係なく、ただの記号として同等に並べられる「リストのアナーキズム」がたいへんに愉快で、見ていて爽やかな気分になります。いや、「ああ、あの映画はどこそこで見た」といった記憶がどっとよみがえったりもするのですが。

さて、目的の映画は、なんのことはない、最初にタイトルがそれらしいと感じた映画を開いて、あらすじを読み、あっさりアイデンティファイできました。

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そういってはなんだが、よほど原稿料が安いのだろう。下手くそな日本語で、頭の悪いまとめ方をしている。意味をとれない箇所があるではないか。だが、もはや見られる確率は低いので、この大昔のだれかさんが書いた意味不明のあらすじだけが頼りなのだ。なんという現実!

いやはや、地味な映画ですねえ。話題性がなにもありません。データを読んで、なるほど、だれも問題にしないのも無理はないと思いました。イギリス映画だし、監督は有名ではないし、よくロードショー封切になったものです。

スタッフ、キャストのなかで、知っている名前はマルカム・ロキャだけです。ロックヤーという読みはまちがっている、ロキャまたはローキャという表記が妥当であるということは、「Snowfall by Henry Mancini」という記事で書きました。

話を戻しますが、自分の記憶でも、とくに名作だとか、印象深いとか、そういうわけではないのです。なぜ記憶に残ったかと云えば、

・主人公が同年代だった。
・ビートルズを聴きはじめたときだったので、リヴァプールに強い関心があった。
・めずらしく兄が、おまえはこの映画を見るべきだ、といって連れて行ってくれた。そろそろロードショー館にもひとりで入れるようになれ、とも云われ、指定席とはどういうもので、どうすればそこに坐れるかということも実地に教えられ、指定席の客は座席まで案内されるのだということを知った。

といったあたりです。もうひとついうと、子どものころのわたしは家出願望が強く、その点でも主人公たちに強く共感しました。じっさい、わたしは中学入学とともに「家を出」て、寮に入りました。呵々。べつに無銭旅行がしたかったわけではなく、わが家ではない、遠くのどこかに行きたかっただけなのです。

枕にしようと思った話題にすぎないので、結論じみたものはありません。ひとつだけ思うのは、きわめてプライヴェートなレベルに降りていくと、世に傑作だの名作だのといわれるものは、それほど重要性をもたない、愛惜おくあたわざる作品とは、えてして、他人がだれも関心をもたず、自分だけがよさを理解していると自認するものである、ということです。

◆ Telstar the Movie: The Joe Meek Story ◆◆
これだけの記事では愛想がなさすぎるかと思い、アップしたあとで、また書き継いでいます。

いま手元にあって、もっとも気になる映画はこれ。

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ジョー・ミーク少年

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45回転盤のレーベルをそのままロゴにした?


しかし、検索してみたら、ゲイのためのサイトに飛び込んでしまった! オッと、そういう話かよー。まあ、いいか。でも、小太りだったクレム・カッティーニはふつうのデブにされてしまい、ちょっと可哀想かも。


by songsf4s | 2009-09-26 23:56 | 映画