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2009年 06月 19日 ( 1 )
The Sound of Music (OST 『サウンド・オブ・ミュージック』より その1)
タイトル
The Sound of Music
アーティスト
N/A (OST)
ライター
Richard Rodgers, Oscar Hammerstein II
収録アルバム
The Sound of Music (OST)
リリース年
1966年
他のヴァージョン
The Exotic Guitars, Martin Denny, Mantovani & His Orchestra, Percy Faith, the Hi-Lo's, Doris Day, Vic Damone
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前回の『十戒』に引きつづき、『栄光への脱出』から連想した映画です。『十戒』は映画の内容からの連想でしたが、『サウンド・オブ・ミュージック』はスタッフおよび出演者からの連想です。

『マイ・フェア・レディ』のときにふれたように、マーニー・ニクソンというシンガーがいまして、この人は『栄光への脱出』の音楽監督であるアーネスト・ゴールドと結婚していたことがありました。

ニクソンの映画界でのキャリアは、主として歌えない女優のスタンドインをすることであり、その一例が『マイ・フェア・レディ』のオードリー・ヘップバーンの声だったのですが、この『サウンド・オヴ・ミュージック』では、スタッフとしてではなく、キャストとして出演し、セリフもあるし、もちろん、歌ってもいます。シスター・ソフィアという尼僧を演じているのがニクソンです。

Maria


◆ ハーモニーの歓喜 ◆◆
看板に立てたのはどなたもご存知のテーマ曲なのですが、ただし、わたしがもっとも好きなのはタイトルで流れるThe hills are aliveヴァージョンではなく(いや、こちらもザルツブルクの空撮映像と相まってすばらしいと思うが)、トラップ家の子どもたちが歌う、アンプラグド・ヴァージョンのほうです。



じつになんとも、涙が出そうなハーモニーです。いわばウィーン少年合唱団の遠い親戚といったあたりに分類される響きで、ロックンロールがもたらす「新しい」エクサイトメントの対極にある、古くから認識されてきた音楽の魅力のひとつを体現するもの、といっていいのではないでしょうか(ただし、近代に到るまで、わが日本国は和声を前提としたこのような音楽的歓喜を知らずに来た)。教会音楽的な要素がほの見えます。

◆ ストーリー・ラインの転回点、フィクションの背骨 ◆◆
もうひとつだいじなのは、これが映画のなかでもきわめて重要な場面で流れることです。上記のクリップだけではわからないのですが、トラップ家は女主人を失って以来、トラップ大佐(クリストファー・プラマー)によって、軍隊のようにきびしく運営されてきたという設定になっています。そこにジュリー・アンドルーズ扮するマリアがやってきて、トラップ家に生の喜びがよみがえります。その喜びがもっとも端的に表現されるのが、歌うことであり、踊ることであり、笑うことなのです。

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このクリップの直前、マリアが子どもたちを川遊びに連れだしたことに、トラップ大佐は激怒し、マリアを非難します。しかし、家のなかから歌声が聞こえてきて、「あれはだれが歌っているのだ」とマリアにたずねると、マリアは「子どもたちです」とこたえ、トラップ大佐はその歌声のほうへと引き寄せられていきます。そして、子どもたちの歌のあまりの美しさに、彼もまた人生の喜びを思いだし、我知らず唱和してしまう、という場面なのです。

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現実のゲオルグ・フォン・トラップ大佐はいたって穏やかな人物で、このあたりの人物造形は、舞台や映画のきわめてフィクシャスな部分であると、この記事は指摘しています。

これを読んで、わたしは、さてこそ、と思いました。ここがこの物語の扇の要、もっとも重要な大黒柱であり、これがなければ、物語としてのダイナミズムは失われ、生気のないものになってしまいます。これがあるからこそ、フィクションとして自立できているのです。

そして、その物語としてのリアリティーを堅固に支持しているのが、美しいハーモニーの響き、まさにTha sound of musicであることが、この『サウンド・オヴ・ミュージック』という物語のもっともすぐれている点であり、このシークェンスに感動せずにはいられない理由なのです。音楽と物語がここまで緊密に、お互いの力がなければどちらも成立しないような形で編み合わされたミュージカル映画を、わたしはほかに知りません。

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◆ 感動に感動できるか? ◆◆
映画のなかで、音楽(ばかりとはかぎらないが)に感動するシーンというのは、決定的な困難を抱えています。登場人物がいくら感動したような顔をしても、われわれ観客が「くっだらねー曲だな」と思ったら、もうそれでワヤ、そのシーンが丸ごと吹き飛ぶだけでなく、映画そのものがゴミ箱行きの烙印を押される可能性が高いのです。

f0147840_21223381.jpg音楽を扱いながら、挿入曲がひどいので辟易した映画の代表として記憶しているのは、ブライアン・デ・パーマの『ファントム・オブ・パラダイス』です。天才的作曲家とかいう人物のつくった曲というのが、どれもこれもくだらないものばかりで、こんなものがチャートインするほどビルボードは甘くないぞ、とずっと腹を立てっぱなしでした。先日の記事で、ワンダーズのThat Thing You Doを賞賛したのはそういう意味です。映画のなかの設定どおり、トップテンを狙える曲になっていて、十分なリアリティーを備えているのです。

『サウンド・オヴ・ミュージック』における、この子どもたちの歌うシークェンスがすごいのも、同じような理由によります。観客であるわたしですら涙が出るのだから、子どもたちの親であるトラップ大佐は歓喜のあまり卒倒しそうになるにちがいない、という、ソリッドなリアリティーがこのシーンにはあります。そして、そのリアリティーを裏打ちしているのは、楽曲の美しさであり、このヴァージョンのレンディションの卓越性、具体的には声のミクスチャーのよさと、ヴォーカル・アレンジのよさなのです。

ミュージカルだからでしょうが、この映画の音楽関係のクレジットは通常よりも細分化されています。

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音楽監督兼編曲者としてアーウィン・コスタルがクレジットされていますが、それとはべつに「Vocal Supervision」(歌唱監修)という名目で、ロバート・タッカーという人がクレジットされています。「歌唱監修」の範囲が微妙で、たとえば子どもたちの歌唱指導をしたといった程度の意味かもしれませんが、ヴォーカル・アレンジまでやった可能性もあると思います。アレンジャーというのは、通常は弦と管を職掌としていて、ヴォーカル・アレンジはしないものだからです。The Sound of Musicのヴォーカル・アレンジも、このロバート・タッカーによるものなのだろうと考えています。

『サウンド・オヴ・ミュージック』はもう一回延長し、テーマのカヴァー盤と、他の挿入曲も聴こうと考えています。

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マーニー・ニクソン(中央)

by songsf4s | 2009-06-19 23:58 | 映画・TV音楽