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2009年 03月 17日 ( 1 )
ドラマーの声 その2

3月18日追記 サンプル1のリンクを修正しました。ご不便をおかけてして申し訳ありません。

今回はナンシー・シナトラのThese Boots Are Made for Walkingの後半を、と考えていたのですが、予定を変更させていただき、『フルメタル・ジャケット』とThese Boots Are Made for Walkingの記事の後半はさらに先送りとさせていただきます。

先日、「ドラマーの声」という記事を掲載したのですが、その記事を書く前提になったコメントを投稿された方から、また非公開のコメントがあり、まだ前回の記事では委曲を尽くしていなかったらしいことがわかったので、再度、ドラマーの声とプレイの関係について論じます。

◆ 声はすれどもプレイは聞こえず ◆◆
まず、サンプルをお聴くください。ビーチボーイズのI Get Aroundセッションのテイク8と9です。

サンプル1

登場人物の判断がむずかしいのですが、トークバックでテイク・ナンバーをいっている声は(よりによって)マイク・ラヴにきこえます。なぜマイク・ラヴなんかがブースにいたかというと、おそらくこのセッションでは、ブライアンはフロアにいてベースをプレイしていたからだと考えます。わきからちょっと口を挟んでいるのは、エンジニアのチャック・ブリッツでしょう。この人の声はPet Sounds Sessionsのあちこちに記録されているので、ビーチボーイズ・ファンにはお馴染みです。SOTではブライアンに次ぐ「出演率」で、助演男優賞の対象といっていいほどです!

トークバックではテイク7といっていますが、SOTではテイク8と記録されています。ブライアンもよくやるのですが、素人なので、テイクナンバーを間違えた可能性があります。ブースの人物は重要ではないので、これくらいでいいでしょう。

さてフロアには、ビーチボーイズのメンバーとハル・ブレインとリオン・ラッセルがいたと思われます。カウントインの声は、このテイク8からハル・ブレインになります(テイク6までは不明の人物がやっていた)。

スティックを叩き合わせながらカウントしているハルは、このテイクでドラムをプレイしたのか? 厳密にはノーです。スネアでバックビートを叩いたのはデニス・ウィルソンか、または、ハル・ブレイン以外のドラマー、それもあまりタイムのよくない、16分のパラディドルでラッシュするプレイヤーです。このテイクでも、最初の16分からもう突っ込みまくっています。

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では、ハル・ブレインはなんのためにこのセッションに参加し、あまつさえカウントインまでしているのか? それはスネアないしはタムタムのリムを16分で叩いたと思われる「パーカッション」のためです。バックビートのうしろで、カラカラカラカラ16分で鳴っている打楽器が聴き取れるでしょう。

テイク9の後半、このリムの16分とタムタムやフロアタムの16分が交互にプレイされるところがあります。ここまで聴けば、ハル・ブレイン・ファンは、なーるほど、と納得します。このタムタムからフロアタムへの16分の正確なパラディドルは、明らかに彼のタイムなのです。ハル・ブレイン印がデカデカと捺してあります。だから、カウントの主はハルでも、スネアを叩いたのはハル以外のドラマー、ハルはパーカッションだった、というケースがあり、声がすればドラムを叩いたと断じてよい、とはいえないことになります。

◆ プレイは聞こえれども声はせず ◆◆
逆のサンプルをお聴きいただきましょう。同じくI Get Aroundのセッションからですが、SOTには「Track Only」と書かれています。ただし、これは間違いだろうと思いますが、そのへんについては後段で。

サンプル2

このテイクでカウントしているのはハル・ブレインではありません。だれかビーチボーイズのメンバー、たぶんブライアンかデニスではないでしょうか。しかし、そのプレイたるや、すごいものです。どの16分も正確でスピード感がありながら、ラッシュすることはありません。もちろん、わたしにはハルのプレイに聞こえます。

トラック・オンリーというSOTの記述は間違いではないかといったのは、これはリリース盤のトラックではないからです。リリース盤は、デニスがトラップに坐った、16分が前後に揺れる、ノッキングする車のようなトラックが使われているのです。「トラック・オンリー」という言葉は、ふつうはリリース盤からヴォーカルを抜いたものを指すので、このSOTの記述は誤りです。

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では、テイク番号のないこのトラックはなんなのか? そこまではわたしにもわかりません。トラップ・ドラムのみでパーカッションはないので、デモまたは初期テイクなのかもしれません。ここにパーカッションを加えることになり、デニスがやってみたけれど、うまくいかず、ハルがパーカッションにまわり、かわってデニスがトラップに坐ったのかもしれません。ここでだいじなのはそのことではないから、経緯の想像はやめておきます。

肝心なのはこういうことです。ハル・ブレインの声がはっきり聴き取れるトラックでは、ハル・ブレインはトラップ・ドラムをプレイしていない、逆にハルの声がまったく聞こえず、ブライアンまたはデニスがカウントしているトラックなのに、ハル・ブレインのドラムが聞こえるものもある、ということです。つまり、声は決定的な手がかりにはならない、ということです。

では、なにが決定的かといえば、わたしの考えでは、それぞれのドラマーに固有のタイム、チューニング、サウンド、プレイ・スタイル、シグネチャー・プレイです。これを頼りに判断するのがいちばん確実だと思います。タイムとプレイ・スタイルがハルのものに思え、しかも、カウントインでハルの声が聞こえれば、そのときはじめて声が補強証拠として意味をもちます。声だけではなにも判断できません。はっきり声がわかっても、そのセッションにその人物が立ち会ったことがわかるだけで、なにをプレイしたのか、なにもしないで突っ立っていただけなのか、そこまでは判断できないのです。

◆ 紙上の判断 ◆◆
だれでもがドラマーのタイムの善し悪しを判断できるわけではありません。では、ほかに方法はないのか? 声より当てになるのは、AFM、すなわち、アメリカ音楽家組合(American Federation of Musicians)のコントラクト・シートです。こんな用紙による、支払いの基礎となる伝票です。

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ハリウッドのスタジオはAFM Local 47(第47支部またはLA支部)の管轄だったので、47という支部名が書かれています。まず、雇用者(この場合はコロンビア・レコード)の名前、担当者署名(テリー・メルチャー)、所在地、曲名などといったことが書かれていますが、それはあまり重要ではありません。だいじなのは、下のほうの欄、プレイヤーと楽器が書かれているところです。

ただし、先頭にはたいていセッション・リーダー、すなわち、コントラクター(このセッションの人員を集めた人物)の名前が書かれます。コントラクターはプレイヤーであることもあれば、そうではないこともあります。ここに書かれたロジャー・ウェブスターはプレイヤーではないでしょう。

以下、ラッセル・ブリッジズ(リオン・ラッセルの本名)、ローレンス・ネクテル(ラリー・ネクテル)、ハル・ブレイン、ウィリアム・ピットマン(ビル・ピットマン)、ジェリー・コルブラック(ジェリー・コールの本名)、ジェイムズ・マギン(ジム・マギン)という順で、名前と住所と所属組合支部番号が書かれ、右側の欄には支払金額と年金積立金額が記入されています。

後日のオーヴァーダブ・セッションがあったりするので、コントラクト・シートも百パーセント確実な証拠にはなりませんが(モータウンは、後年、コントラクト・シートの偽造をやったと噂される)、たいていの場合は信頼して大丈夫です。したがって、サンディー・ネルソンについても、このような証拠がたくさん存在し(多少のセッションなら、ネルソンもやっただろうと考えている)、しかも、はっきりとネルソンの楽器はドラムと書かれていて、ほかに代理となりうる人物がパーカッションなどの名目で参加していない、となれば、十分に考慮に値することになります。

◆ 再度、所見 ◆◆
わたしのように、名目上のアーティストはたいていの場合、ただの木偶人形と考えるリスナーは多くありません。以前、ご紹介した、キャロル・ケイのヴィデオからのクリップで、ペリー・ボトキンが笑いながらいっているように、「Cause they ain't play any good」だったのです。バンドをやっている子どもたちは、楽器がうまく弾けなかったのです。だから、プロのプレイヤーがスタジオで代役をやったのです。だれそれは例外とか、そういうことではありません。まず百人のうち百人がダメだったと思っておくほうが安全です。

ごくたまに、ちゃんとプレイできる子どもというのもいました。ジム・ゴードンみたいに、高校生のころからすごいビートを叩いていたドラマーもいないわけではないのです(でも、そこまでうまいとスタジオが放っておかないから、バンドで有名になる前にプロになってしまう)。そういう場合は、「彼はプレイできた」と証明する必要があります。なにも証拠がなければ、ハリウッドの常識にしたがって、ただカメラの前でニッコリし、プレスコに合わせて口パクで歌い、楽器を弾くような格好をして見せただけ、と考えておくほうが安全です。わたしがこのブログで、プロとアマの役割のちがいについて論じるときは、そういう考え方が前提にあります。明白な証拠がないかぎり、バンドのメンバーはたんなる木偶人形の芸能人と自動的に分類する、ということです。

以上、申し上げたいことは、声が聞こえても、それだけでは、プレイヤーの特定においてはあまり参考にはならない、ということが第一。もうひとつは、ネルソン・ファンのKさんが、非公開コメントで言及されていらっしゃる「契約書」が、AFMのコントラクト・シートを指しているのなら、これは、きちんと読めば(プレイヤーとコントラクターすなわちセッション・リーダーを混同したりといった誤読をしない)立派な手がかりになりうる、ということです。

わたしは手書きということをしない主義なので、どうしても必要と判断しないかぎりは郵便も使いません。逆にKさんはEメイルを好まないということで、コミュニケーションは頓挫しました。しかし、逃げる気はまったくない、証拠があるなら検討する、ということだけはお伝えしたいので、このような記事の形をとることになりました。

声は重要ではありません。重要なのはコントラクト・シート、またはインペリアルないしは録音スタジオの「セッション・ワークシート」です。そこに、プロデューサーやコントラクター(セッション・リーダー)ではなく、ドラマーとしてネルソンの名前が記録され、ほかにドラムを叩けるプレイヤーがいない、というのであれば、その曲を注意深く聴くことによって、ネルソンのタイムを判断する基準を作ることができるでしょう。たとえネルソンの楽器がドラムと記録されていても、ほかにドラムを叩ける人がいれば、それだけで信頼に値しません。たとえば、「パーカッション」と記録されたプレイヤーが、ネルソンの影武者をつとめた可能性が生まれます。

ということで、郵便での連絡はご容赦を願います>Kさん。重要なセッションのコントラクト・シートをお持ちであるなら、その旨をまた非公開コメントとして書いていただきたいと思います。


by songsf4s | 2009-03-17 01:46 | ドラマー特集