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2009年 03月 06日 ( 1 )
I Could Have Danced All Night by Robin Ward (『マイ・フェア・レディ』より) その2
タイトル
I Could Have Danced All Night
アーティスト
Robin Ward
ライター
Alan Jay Lerner, Frederick Loewe
収録アルバム
My Fair Lady (OST)
リリース年
1964年
他のヴァージョン
OST, Frank Sinatra, Nat King Cole, Petula Clark, Sylvia Syms, Les Baxter, Shelly Manne, Enoch Light, Edmundo Ros, Perez Prado, the Four Tops
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f0147840_18511085.jpgふと思い出しました。『マイ・フェア・レディ』の原作である『ピグマリオン』の作者、ジョージ・バーナード・ショウの逸話です。

ある女優がショウにいいました。
「あなたとわたしが結婚したら、あなたの知性とわたしの美貌を兼ね備えたすばらしい子供が生まれるでしょうね」
ショウはこう応えました。
「それはやめておきましょう。あなたの知性とわたしの美貌を兼ね備えたらたいへんです」

こういう逸話というのは、あとからつくったものがいっぱいあるので、ほんとうのことかどうか知りませんが、でも、わたしはこういうことをいう人が大好きです。

◆ ハリウッドの魔法のランプ ◆◆
話はあらぬほうに行きますが、1960年代に活躍したゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズというバンドがあります。ゲーリーのお父さんは、ディーン・マーティンとコンビを組んだ「珍道中」もので有名になったジェリー・ルイスです。

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ハーポ、ジェリー、ディノというわけのわからない組み合わせ。しかし、ハーポには嬉しくなる!

ビートルズを見てバンドを組んだゲーリーは、父親のコンダクターの紹介で、隣の隣に住んでいたリバティーのA&R、当時のハリウッドの横綱をフィル・スペクターと東西で分け合っていた、スナッフ・ギャレットのところに行きました。隣の隣なら、しょっちゅう顔を合わせていただろうから、紹介の必要はないだろう、と思ったのですが、それはうちの隣近所みたいな場合のこと。ほら、映画に出てくるじゃないですか。鍛鉄の門があって、門衛がいて、門の向こうは長いドライヴウェイ、しばらく車で走ると(その間、主役の刑事が相棒に「俺たちは商売を間違えたな」とボヤいたりする)、やっと玄関にたどり着くという、そういう豪邸が。ああいうのだとすると、生け垣越しに挨拶なんていうことはありえず、隣がだれかなんて知識としてしかないでしょう。

フィル・スペクターは本質的にロマンティストですが、スナッフ・ギャレットは、子どものときになにを経験したのか、とほうもないリアリストです。ギャレットがゲーリーに会って思ったことは、彼の容貌はロウ・ティーンに好まれるだろう、ということと、親父のコネは大きなプラスだ、ということだけでしょう。プレイボーイズがどういうバンドか、とか、ゲーリーの歌は大丈夫か、とか、そんなことはまったく考慮しなかったと思います。彼のやり方では、バンドはド下手で、歌は歌えない、というのでも、一向に仕事に差し支えなかったのです。

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ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ もちろん、音楽とは関係のない旅芸人一座。ただし、66年、7カ月間だけジム・ケルトナーがストゥールに坐ったことがある。

それはギャレットがどのようにゲーリーのデビュー盤であるThis Diamond Ringをつくったかを見ればはっきりわかります。プレイボーイズはスタジオではプレイしませんでした。ゲーリーは、いちおうプレイしたのに、ミックスト・アウトされた、などと弁解していますが、ギャレットははっきりと「I didn't let the Playboys play」といっています。スタジオに入れてプレイさせると、ひとり3時間で35ドルから50ドル払わなくてはならないので、よけいな人間はスタジオに入れません。ミュージシャン・ユニオンがなんのために存在するかよく考えて発言しろよ>ゲーリー。

ここまではハリウッドの音楽ビジネスでは当然すぎるほど当然のことで、なにも問題はありません。ゲーリーのかわりにドラムを叩いたのはハル・ブレインです。

ギャレットはゲーリーに歌わせてみました。とんでもない歌だったようですが、あわてず騒がず、ダブル・トラックをやらせてみました。ディジタル技術の支援が得られなかった60年代には、ピッチの悪いシンガーの歌をごまかすにはこれが有効だったのです。しかし、ダブル・トラックでも追いつかないほどゲーリーの歌はひどいものでした(ジョージ・マーティンは、ビリー・J・クレイマーに手を焼き、トリプル・トラックにしたといっている)。

それでもギャレットは動じません。まだ最後の手段が残っていたのです。ロン・ヒックリンというエース・スタジオ・シンガーが呼ばれました。彼はゲーリーが歌ったパートを上からなぞり、結局、数人がユニゾンで歌っているようなリード・パートをつくりあげました。最終的にはヒックリンがゲーリーを覆い隠すようにミックスされ、This Diamond Ringはビルボード・チャート・トッパーになりました。

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リオン・ラッセル(左)とトミー・“スナッフ”・ギャレット。このコンビがゲーリー・ルイスをつくった「ヒギンズとピカリング」だった。

なんの話をしているかというと、ヘンリー・ヒギンズがイライザ・ドゥーリトルを淑女に仕上げるのはたいへんな「事業」だったけれど、時代が下って、ハリウッド音楽産業がゲーリー・ルイスをスターに仕立てるのはじつに簡単だった、魔法のランプのひとこすりで十分だった、ということです。

ハリウッド音楽界というのは、こうやってヒット曲を大量生産したのですが、では、このノウハウをどこからもってきたのか、と考えると、「お隣さん」だった撮影所しかありえません。『雨に唄えば』を見れば、気の利いた人間なら、これが商売のネタだということを即座に見て取ったでしょう。ゲーリー・ルイスの章を書いていて、イライザのことを思いだし、数十年ぶりに『マイ・フェア・レディ』を見直してみたのでした。

◆ ロビン・ウォード盤 ◆◆
本日は、サントラを離れ、I Could Have Danced All Nightのカヴァー・ヴァージョンをすこし見てみます。一番手はロビン・ウォード盤です。これは映画の公開と同じころに録音されているので、ひょっとしたら、映画は参照せず、ブロードウェイのヒット曲としてカヴァーしたのかもしれませんが、まあ、そのへんはどうでもいいのです。

サンプル

ほんとうはここにプレイヤーを表示できるのに、エクサイトはBoxのウィジェットを貼り付けられません。ローカルなんだからもー。しかたなく、リンクを張りました。自分でやってみたところ、Firefoxでは問題なし、Operaではダウンロードはオーケイ、ストリーミングはNGでした。でも、これはブラウザーの設定に左右されるでしょう。IEは試していません。

f0147840_19214799.jpgこのヴァージョンのなにがいいかというと、なんといっても、ハル・ブレインのプレイです。ゴールド・スターでリヴァーブを深くかけて録音しているのでわかりにくいのですが、たぶん、スネアからタムタムへ一打ずつ(スネアはシンコペートした裏拍)で入っているのですが、その2打とも、キックでアクセントをつけています。こういうときのハルのキックは、じつにもってけしからんほどすばらしいのです。

ときおり繰り出すタムタムやフロアタムのフィルがまたまたけっこう。タム類やキックがこれほどきれいに鳴るスタジオは、ゴールド・スターのほかにはないのじゃないかとさえ思います。もっとも、プレイヤーはヘッドセットをしないかぎり、リヴァーブを通った音をリアルタイムでは聴けないのですが。

後半、ギター・ブレイクの直前に半音転調しますが、その転調直後の小節での、両手ユニゾン8分フィルのイントネーションは彼の「名刺」です。このプレイはめずらしくないのですが、こういうクレシェンドでこのプレイをやるドラマーは、世界にハル・ブレインただひとりなので、すぐにそれとわかります。

この曲のシンガー、ロビン・ウォードと相方のジャッキー・アレンは、ともにスタジオ・シンガーで、前回ふれた、マーニー・ニクソンと同じく、多くの映画やテレビで歌えない女優のスタンドインをしました。ウォード、ニクソンともに、ナタリー・ウッドのスタンドインをやったというので、主張に食い違いがあるかのように見えますが、ひとつの映画のなかで同じ俳優に複数のスタンドインがつくことはめずらしくなかったことが、資料を読むとわかります。同じ曲を中音域がいい人、高音域がいい人という二人のシンガーが歌い、ハイブリッドなスーパー・シンガーを現出させたりしたようです。いかにもハリウッドらしい嘘のつき方で、「素」のものなんかないのですな。

さて、そのロビン・ウォードとジャッキー・アレンのデュオも、毎度ながら非常にけっこう。ロビン・ウォードのWonderful Summerを取り上げたときも書きましたが、どちらかといえば、わたしはジャッキー・アレンの声が好きで、この曲でもやっぱり、アレンの声がいいなあ、と思います。ヴァースもいいんですが、なんたって音域が低くなってからの「ウー・ウー」がたまりません。すばらしい。

これだけいろいろそろった楽しい盤というのは、めったにあるものではありません。LPで再発され、CDで再発され、いまもあちこちにファンがいるのも当然でしょう。

◆ ペット・クラーク ◆◆
ミュージカルのスタイルとはかけ離れたものにばかりいって恐縮ですが、つぎに楽しいのは、ペトゥラ・クラーク盤です。「大部分はアメリカ録音で、アレンジとコンダクトはアーニー・フリーマン」とライナーにあります。フリーマンはハリウッドのアレンジャーで、代表的な仕事はボビー・ヴィーの諸作やシナトラのStrangers in the Nightです。

f0147840_19233965.jpgクレジットはありませんが、まあ、こういうドラミングをするのはハル・ブレインただひとりです。暴れています。キャロル・ケイはペットのハリウッド・セッションではレギュラーだったそうなので、ベースは彼女かもしれません。フェンダーとダノを重ねているように聞こえますが。アレンジとしてはイントロがクール。ベースの8分のグルーヴがまことにけっこうです。このイントロでは、ハルのタムの16分は、最初のほうはちょっと遅れ、二度目はキメています。ハルとしてはこのテイクはボツにしてほしかったでしょう。

わたしはペットのファンなので、歌については文句はありません。さすがにロック系の曲は、やめとけばー、と思うことがありますが、こういう曲なら問題なし。

◆ フランク・シナトラ ◆◆
シナトラはSinatra and Sextet Live in Parisというライヴ盤に収録のものです。キャピトル時代のこの曲があるようですが、それは聴いたことがありません。セクステットのメンバーは、

Al Viola (guitar); Harry Klee (alto saxophone, flute); Bill Miller (piano); Emil Richards (vibraphone); Ralph Pena (bass); Irv Cottler (drums)

f0147840_1931223.jpgアル・ヴィオラはシナトラのレギュラーで、この曲の冒頭でシナトラがわざわざ、ミスター・ヴィオラは世界最高のギタリストで、ものすごく忙しい彼をこのツアーに連れてこられて幸運だったといったことをいっています。アーヴ・コトラーは、ハル・ブレインが、レッキング・クルー以前のハリウッドのレギュラーのひとりとして名前をあげていました。ラルフ・ペーニャ(ほんとうは最後のaにアクセントがつく)もスタジオのレギュラーです。エミール・リチャーズはポップ・セッションでもおなじみのパーカッショニスト。

というわけで、シナトラだから、力の入ったツアーには、ふだんはスタジオの外に出ない人たちを連れていったのでしょう。金がかかるんですぜ、こういうことをやると。娘のナンシーは、はじめてのラスヴェガスのショウに、裏方からプレイヤーにいたるまで、金に糸目をつけずに最高のメンバーを集めたため、当時のサラリーがすべて消えてしまい、父親に「そういうやり方は間違っている」とたしなめられたそうです。収支を考えなさい、ということです(娘のはじめてのナイト・クラブ・ショウなんだ、応援してやってくれとシナトラが頭を下げてまわったため、初日にはハリウッド人種がドッと詰めかけ、ちょっとした見物だったとか)。

f0147840_207572.jpg絶頂期のナンシーですからね、どれほど金のかかったショウだったか想像がつきます。これまた絶頂期のハル、スタジオで稼ぎまくり、クラシック・ロールズを買い集めていたときのハルを、ハリウッドから引っぺがし、ラス・ヴェガスに連れて行くのにどれだけ金がかかったことか! それでもハルは、週末はハリウッドに戻って録音していたといいます。

うちにあるものを聴くかぎりでは、シナトラはビッグバンドやオーケストラといっしょに歌うことが多く、こういうコンボで歌っているのはほとんどありませんが、こういうのも悪くない、と思います。めずらしいから、わざわざタイトルにシナトラとセクステットと書いたのでしょう。

◆ その他の歌もの ◆◆
フォー・トップス盤は、当時はリリースされなかったデビュー盤からのもので、まあ、ボツだよね、という出来です。こういうヴォーカル・アレンジは、ドゥーワップを通り過ぎて、ミルズ・ブラザーズまでいっちゃうのじゃないでしょうか。モータウンらしさはどこにもありません。こういう形で白人市場に食い込もうとしていたのかもしれませんが、それにしても古めかしいというので、あえなくお蔵入りだったのでしょう。歴史の脚注としては面白いのですけれどね。

f0147840_2093629.jpg1956年リリースのシルヴィア・シムズ盤は、うちにある資料で見るかぎりでは、トップ40に到達した唯一のI Could Have Danced All Nightです。わたしの好みとしては、この人はもっと年をとって、声にざらつきが出てからのほうが面白いと思います。

ナット・コールは1963年リリースで、もう晩年ですからねえ、ラルフ・カーマイケルのアレンジはゴージャスですが、それゆえに、厚化粧で衰えを隠さないといけなかったのかな、と考えざるをえません。これはその名もMy Fair Ladyというアルバムからのもので、全曲がこのミュージカルからとられています。他の曲と比較しても、Rain in Spainあたりのほうがいいのではないかと感じます。

◆ インスト ◆◆
f0147840_20174652.jpgオーケストラものでは、イーノック・ライトのものがもっとも楽しめます。キックのアクセントがいいなあ、と思って、カウントしてみたのですが、ありゃ、シンコペートすらしていません。冒頭のブラシによるスネアはシンコペートしているのですが、キックのアクセントはどれも2拍目でした。しかしまあ、始原までさかのぼれば、バックビートそのものがシンコペーションで、2&4は裏拍といえなくないのですがね。

リズム・アレンジがこの曲の楽しさの源泉ですが、ギターも、サウンドまで含めてけっこうなものです。イーノック・ライトのギタリストはおおむねトニー・モトーラだったようなので、これもやっぱりそうなのでしょう。うまいし、いいサウンドです。

エドムンド・ロスののんびりしたアレンジもなかなかけっこうです。ドファドレ、ドファレというパターンのリックがずっと裏で鳴っていて(楽器は不明。ピアノ、ギター、マリンバ、プラスもうひとつ、というところか? こういう音の重ね方もうまい)、これがすごく魅力的です。こういうリズムはなんというのでしょうかね。ラテン不案内なのでした。この曲も、チラッと出てくるギターが魅力的です。

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レス・バクスターは例によって華麗なものです。61年リリースなので、当然、ステレオ。やっぱりオーケストラはステレオじゃないとなあ、です。

シェリー・マンもMy Fair Ladyというタイトルのアルバムで、ほかにピアノのアンドレ・プレヴィンとベースのリロイ・ヴィネガーというトリオでやっています。プレヴィンは映画のほうのコンダクトもしていますが、これは57年のリリースなので、それとは無関係です。

f0147840_2023141.jpgそれにしても、テーマのところはむずかしいアレンジです。ドラマーのリーダー・アルバムだから、ちょいとテクニックの一端をご披露というわけでしょうね。ジャズ・コンボじゃなければ、こういうことは複数のパーカッションを使ってやるでしょう。インプロヴに突入し、ストレートな4ビートになってからのほうが、グッド・フィーリンがあります。

ペレス・プラードは、はじまった瞬間に、ダアーッとコケます。トゥイスト・アレンジなのです。どういうこっちゃ。ベースもフラット・ピッキングのフェンダーですからねえ。

サンプル2

でも、このトラックは非常に面白いと思います。ドラムが無茶苦茶なのです。暴れまくっているのですが、タイムがものすごく悪いんです。むやみやたらにフィルインを投入しているのですが、それが全部みとごにラッシュしていて、ひとりでターボをかけてすっ飛んでいっちゃいます。ふつうなら、ドラムとバンドの他のメンバーが別行動になって、異次元に突入してしまうはずです。

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ところがどっこい、うまくつくってあるのです。ドラムが派手に活躍するところは、みなストップタイム、すなわち、バンドの他のメンバーはお休み、完全無音、だから、ドラムは好きなだけ銀河の彼方まで突き進んでいいのです。ドラム・ソロのところだけ、微妙に時間が短縮され、バンドが戻ってくると、またもとのテンポに復帰する、とまあ、そういう構造なのです。これで、なんとか、バンドとドラムがかろうじて歩調を合わせているのです。ただし、1:10台のストップからの戻りで、サックスがつられてラッシュしています。やっぱり人間だから、ドラムがこれだけ走りまくると、引きずられて当然でしょう!

いやあ、目を開かれました。これはただドラムが下手だとかいったことではないと思います。ここにラテン的グルーヴ感覚のキーが隠れているのではないかという気がします。アメリカ的グルーヴとはちがう時間を生きているにちがいありません。そうじゃなければ、爆走するドラムに周りがタイミングを合わせられるはずがありません。いやあ、勉強させてもらいました。
by songsf4s | 2009-03-06 20:24 | 映画・TV音楽