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2008年 10月 09日 ( 1 )
The Best of Earl Palmer その5

こういうのは公開するような性質のものではないかもしれませんが、当家が間借りしているエクサイト・ブログにも、ささやかなアクセス解析機能というのがあります。よそとちがって機能はほとんどなく、「解析」など片腹痛いってくらいなものですが、その数少ない機能のひとつに、アクセス・キーワード・ランキングというものがあります。どのようなキーワード検索によって、当家にたどり着いたか、というものです。以下は先月の集計結果です。

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一目瞭然。書き方の異なるものを統合すると、Who Put the Bompが合計227です。こういうケースは、おひとりの方が何度も同じキーワードでいらしたことを示していると思うのですが、それにしては227回は驚くべき数字です。

だれしもそうでしょうが、ブックマークというのは混んでいるもので、ドロップダウンして目的のものを見つけるより、キーワード検索したほうが早かったりします。だから、ブックマークなさらない方も多いのでしょうが、それにしても、227回といえば、30で割っても7回以上ですからねえ、首をひねってしまいます。

近ごろでは、昔のようにブックマークを使わず、その都度、検索するということが多いし、また、ネットカフェなどからのお客さんもいらっしゃるのでしょうから(入館したら、まずなによりも避難路の確認をお忘れなきよう。あれはじつに痛ましい事件でした)、その場合もブックマークは使えないことになります。

だから、この検索キーワード・ランキングというのは、提供者の思惑を裏切って、分析の役には立たないのですが、ときおり、こういう不可解なことが起こるので、まったくの無意味というわけでもありません。

家人が自分のブログにニンジンの花の写真を載せたら、それ以来、いつも「ニンジンの花」というキーワードでやってきてくださる方がいて、一度、コメントになにか書いてくださるといいのだが、といっていますが、わたしも、Who Put the Bomp 227さんがコメントでも書いてくださったら、興味津々で読んじゃいますねえ。なお、先月ほどではありませんが、今月もWho Put the Bompは2番目に多いキーワードです。

◆ Little Richard - Long Tall Sally (1956) ◆◆
この時期のリトル・リチャードは、同時期のエルヴィス同様、ほとんど神懸かりで、どの曲もみな非常に魅力的です。しかし、他とのバランスを考えると、何曲かオミットするべきであり、アール・パーマーのプレイぶりからいえば、この曲はとくに突出はしていないので、はずそうかと思いました。

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でも、これはどう考えても無理なのです。ビートルズのカヴァーがあるというのは、いまでは千金の重みがあります。知らない人を見つけたら仰天するぐらいの有名曲だということですから。そもそも、アール・パーマーは「そのとき、そこにいた人」なのです。だから、この特集で何度かふれたように、プレイの中身と同等に、歴史的楽曲のストゥールに坐っていたという実績そのものも重視する必要があるのです(ついでにいうと、スウィンギング・ブルー・ジーンズもやっているし、キンクスにいたってはこの曲でデビューした。ブリティッシュ・ビート・グループのお好みだったのである)。

なんだか、まるでこの曲でのアールのプレイがよくないような書きっぷりになってしまいましたが、そんなことはありません。前半はアヴェレージ(といっても、アール・パーマーだから、スタンダードはつねに高いのだが)、リー・アレンの間奏では非常に力強いバックビートを叩きだしていて、このあたりは大いに楽しめますし、ホーム・ストレッチに入ってからの短いフィルなんぞは、たいへんにけっこうなものです。

f0147840_061550.jpgなお、この曲は、当時はパット・ブーンのヴァージョンでも大ヒットしています。いまになると笑ってしまうようなレンディションですが、あの時代には、こうした「レイス・ミュージック」(ブラック・ミュージック)市場から、白人市場への「貿易」ないしは「技術移転」はごく日常的におこなわれていました。男女七歳にして席を同じゅうせず、ラジオでの白黒同居はなかったので、そういう「黒白転換」が必要だったのです。

このように、市場越境のために白人が黒人音楽を歌うことを、当時のアメリカ音楽業界は「カヴァーする」と呼びました。これがカヴァー・レコードの本来の意味です。いまでは、このような人種差別の産物だった過去は忘れられ、「日本語でのカヴァー」などと、ギョッとするような使い方さえまかり通っていますが、そういう暗い過去を背負った言葉だということは、「いちおう押さえて」おいたほうがいいのではないでしょうか。

いや、いまさら、この言葉は政治的に不公正である、差別のニュアンスのない言葉で言い換えよ、なんていわれると、非常に困惑するわけで(とりあえず「リメイク」ぐらいしか思いつかない)、そんなことを提案しているわけではありません。言葉の背景を知っておくと、世界観に奥行きが生まれるだろうと思うだけです。

◆ Little Richard - Slippin' and Slidin' (Peepin' and Hidin') (1956) ◆◆
これまた、古典だからオミットできなかった曲です。同時代のものとしてはバディー・ホリーやワンダ・ジャクソンのカヴァーがあり、後年になると、ジョン・レノンが例のRock'n'Rollでやっています。

また、60年代はじめにドラマーのサンディー・ネルソンのヴァージョンがありますが、これはおそらくアール・パーマー自身のプレイです。音楽業界の慣行をご存知ない方は、そんな馬鹿な、と思うかもしれませんが、ドラマーが自己名義のインストゥルメンタル盤でプレイしないこともあったのです。ハーブ・アルパートのトランペットといわれるものが、じつは(主として)オリー・ミッチェルのプレイだったのと同じです。ヴェンチャーズがスタジオではプレイしなかったのだから、なんだって起こりうるのです。

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プラズ・ジョンソン、ルネ・ホール、アーニー・フリーマンというメンバーで、ドラムがアール・パーマーではなかったら、そのほうが異様なほど不自然。彼らはしじゅう同じセッションでプレイしていた。

サンディー・ネルソンは、バイクの事故かなにかでプレイできない時期があり、そのため、スタンドインとしてアール・パーマーが呼ばれたらしい、という説明をキャロル・ケイにききました。彼女はそういう話をどこかからきいただけなのでしょうが、しかし、それはどうかな、と首をかしげます。その理由についてはこの特集が60年代に入ってから書きますが、わたしは、重要なトラックについては、サンディー・ネルソン名義のものははじめからアールのプレイだと考えています。バイクの事故というのは事実かもしれませんが、それとアール・パーマーの起用は無関係とみなしています。

サンディー・ネルソン盤Slippin' and Slidin'のドラミングは、おおいに好みです。やはり、60年代になるとアールのプレイも成熟するし、録音技術の進歩によってドラム・サウンドにダイナミズムが生まれます。したがって、この曲については、オリジナルでもアールがプレイした、という実績だけを書いておくことにします。

◆ Roy Montrell - (Every Time I Hear That) Mellow Saxaphone (1955) ◆◆
他人の賛同が得られるかどうか微妙なのですが、わたしはこの曲が妙に好きで、アールのドラミング抜きでも取り上げたくなります。リズム&ブルーズのメインラインではなく、歌詞にも出てくるマンボ的な要素の混入というか、ジャンプ・ブルーズのラテン的変形というか、そういうところに味わいがあります。ロイ・モントレルというシンガーのなんともいえない愛嬌も好ましいですしね。

アール・パーマーのドラミングもおおいにけっこうです。イントロやヴァースで使っている、ブラシによるタムタムからスネアへというパターンにも工夫が感じられますし(楽曲に合わせて適切なリズム・パターンを考案することも、スタジオ・ドラマーの重要な能力のひとつ)、ストップ直前のスネアでの非常に強い2、3打のアクセントなども、ビシッと決まっていて、気持ちよく聴けます。

◆ Charles Brown - I'll Always Be In Love With You (1956) ◆◆
以前、この特集の楽曲は主として、Crescent City Soul: The Sound of New Orleans 1947-1974、The Specialty Story、そして、ファッツ・ドミノのThey Call Me the Fat Manという三つのボックス・セットからとっていると書きました。じっさい、これでだいたいカヴァーできるのですが、その枠組の外に出なければならないこともあり、その一例がこの曲です。

f0147840_0302185.jpgチャールズ・ブラウンも、Crescent City Soulにとられた曲がありますが、それはこのI'll Always Be In Love With Youではなく、べつの曲です。その理由は自明です。このI'll Always Be In Love With Youには、ニューオーリンズの味が希薄なのです。50年代終わりに、ハリウッドで録音した、と書かれていたら、そのまま信じてしまうほど、南部ないしはルイジアナ・スワンプから、おそろしく遠いところにあるサウンドです(じっさい、チャールズ・ブラウンはLAでも多くのトラックを録音していて、危険を感じるが、アールのディスコグラフィーでも56年になっているし、ブラウンのアルバムのトラックデータでも、この曲はニューオーリンズ録音となっている。管のサウンドやベースから考えても、ハリウッド録音の線はないだろうと思う)。

その最大の理由は明るくポップな楽曲そのものでしょうが、その明るさを裏から保証しているのは、アール・パーマーのいとも軽快なスネアです。飛躍した考えに思えるかもしれませんが、このスネアを聴いていると、「ああ、アールはもう『ニューオーリンズのドラマー』であることをやめたのだな」という気がしてきます。ローカルな土着的サウンドの臭味を消した、どの土地にもっていっても理解されであろう、ユニヴァーサルなサウンドでありプレイだと感じます。

つまり、アールは、より大きな「アメリカのドラマー」への道を歩みはじめているということですが、そこにたどり着く前に、まだあと数曲は見ておかなくてはなりません。


by songsf4s | 2008-10-09 23:58 | ドラマー特集