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2008年 06月 29日 ( 1 )
Nobody Cares about the Railroads Anymore by Nilsson
タイトル
Nobody Cares about the Railroads Anymore
アーティスト
Nilsson
ライター
Harry Nilsson
収録アルバム
Harry
リリース年
1969年
他のヴァージョン
George Tipton
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もう六月もまもなくおしまいで、今月のMoons & Junes特集も、当初から予定していた曲はほぼ消化しました。積み残したと感じるのは、ハニムーンの歌ぐらいです。

しかし、積み残したにはそれだけの理由があって、つまるところ、どれも帯に短したすきに長しだったのです。ビートルズとメアリー・ホプキンがやっているThe Honeymoon Songは歌詞が退屈、テネシー・アーニー・フォードのThe Honeymoon's Overは、なかなか楽しい曲ですが、早口すぎて聴き取れない箇所多数、デビー・レイノルズのAba Daba Honeymoonも愉快な曲ですが、基本的には童謡だし、なによりも、音の面白さに依存する歌詞で、日本語に移しても意味がない、といった調子です。

最後に選択肢として残ったのは、ケニー・ヴァンスのHoneymoon in Cubaと、ニルソンのNobody Cares about the Railroads Anymoreでした。ケニー・ヴァンスは、ほんとうに好きだといえるのはLookin' for an Echoだけ、でも、ニルソンのNobody Cares about the Railroads Anymoreは子どものころからシングアロングしてきた歌なので、迷いなくニルソンということにしました。

◆ 東京と熱海の関係 ◆◆
それではファースト・ヴァース。

When we got married back in 1944
We'd board that silver liner below Baltimore
Trip to Virginia on a sunny honeymoon
Nobody cares about the railroads anymore

「ぼくらは1944年に結婚し、あの銀色に輝く列車に乗ってボルティモアから南下したものだ、ヴァージニアへの快晴のハネムーンだったなあ、でも、いまではだれも鉄道のことなんか気にしちゃいない」

この曲が書かれたのが60年代終わりなので、このヴァースは四半世紀前の新婚旅行について語っていることになります。ボルティモアのあるメリーランド州とヴァージニア州は隣接していて、メリーランドが北、ヴァージニアが南という位置関係になります。

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ニルソンは特定の車輌と、特定の土地を念頭においてこの曲を書いたのだろうと思います。that silver linerだというのだから、新鋭車輌だったのでしょう。残念ながら、路線のアイデンティファイすらできず、したがって、どこを目指して列車に乗ったのかもわかりませんでした。風光明媚な海岸の保養地などというのが適当と思われるので(いまどき熱海のことを考えているのかよ、という声が聞こえる)、あるいはヴァージニア・ビーチが目的地だったのかもしれません。

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セカンド・ヴァース。

We'd tip that porter for a place of our own
Then send a postcard to your Mom and Dad back home
Did somethin' to ya when you'd hear that "All aboard"
Nobody cares about the railroads anymore

「あの赤帽にチップをやって、二人だけになれる席を見つけてもらったね、それから故郷のきみの両親に葉書を送った、あの『ご乗車願います!』の声にはおどろいたじゃないか、でも、いまではだれも鉄道のことなんか気にしちゃいない」

ここは、夫婦の片方がもういっぽうに語りかけているのでしょう。ニルソンは男だから、まあ、ふつうは夫が糟糠の妻に語りかけているシーンを思い浮かべるでしょう。

二人だけの場所、というのだから、当然ながら、コンパートメントになった列車だということになります。まあ、新婚旅行だし、大陸横断をするわけではないにしても、それなりの長旅なので、相応の設備のある列車なのでしょう。

Did somethin' to yaのところは、ひょっとしたら、「感動しなかったかい?」といっているのかもしれません。いずれにしても、大きく感情が動くことを指していると考えられます。

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最後のヴァース。

We had a daughter and you oughta' see her now
She has a boy friend who looks just like "My Gal Sal"
And when they're married they won't need us anymore
They'll board on an aeroplane and fly away from Baltimore

「わたしら夫婦には娘が生まれた、あんたらにぜひ見せたいような娘さ、彼女には『マイ・ギャル・サル』にそっくりの顔をしたボーイフレンドがいる、二人が結婚したら、もうわたしら夫婦は用なしさ、あの子たちは飛行機に乗ってボルティモアから飛び去るだろう」

daughterとoughtaの韻はなかなか印象的。『マイ・ギャル・サル』がなにを指しているか、正確なところはわかりませんが、たぶん、1942年の映画My Gal Salのことではないでしょうか。しかし、ここでいう「サル」は、リタ・ヘイワースの役名であるサリーのことです。ということは、男なのに、リタ・ヘイワースそっくりの顔をしているという意味なのか、あるいは、ヘイワースの相手役だったヴィクター・マチュアのことをいっているのか、判断しにくいところです。いずれにしても、優男を思い浮かべておけばいいのだろうと思います。

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リタ・ヘイワースとヴィクター・マチュア

◆ グッドフィーリンの担い手たち ◆◆
Nobody Cares about the Railroads Anymoreを収録したアルバム、Harryは充実した盤で、Nilsson Sings NewmanやA Little Touch of Scmilsson in the Night(このアルバムからの曲としては、昨秋、Lullaby in Ragtimeを取り上げたし、つい先日もMakin' Whoopeeを取り上げたばかり)と並んで、昔はよくターンテーブルに載せました。とりわけHarryはよく聴いたのか、ジャケットはみごとに壊れています。

このアルバム全体がそうですが、とくにNobody Cares about the Railroads Anymoreは、リラックスしたいいグルーヴで、だれのプレイかものすごく気になります。しかし、国内盤は、かつてのLPも、十数年前に出た最初のCD化でも、クレジットがなくて、だれだかわかりません。ドラムはジム・ゴードンかジム・ケルトナーというところまで可能性を絞り込めましたが、ベースのスタイルは聴き覚えがなく、候補をあげることもできません。かなりうまい人なので、ものすごく気になります。

クレジットがないのではしかたないと思ったのですが、念のために、しばしば調べものでお世話になっている、もっとも充実したニルソン・サイト「Harry Nilsson Web Page」をみてみたところ、ちゃんとパーソネルが書いてありました。国内盤のリリース元が、つねに失礼なリリースの仕方をしていただけだったのです。わたしのように、国内盤しかお持ちでない方のために、クレジットを以下にコピーしておきます。

Bass……Larry Knechtel
Drums……Jim Gordon
Flute……Jim Horn
Guitar……David Cohen
Guitar……Howard Roberts
Piano……Michael Wofford
Piano……Michael Melvoin
Saxophone……Tom Scott

Harry Nilsson……Producer
George Tipton……Arranger

ドラムがジム・ゴードンというのは、そうだろうそうだろう、そうにちがいない、てなもんですが(ゴードンかケルトナーかわかっていなかったくせに、といわれそうだが、これがブログなんかではなく、丁半バクチなら、ジム・ゴードンに張っていた)、ベースがラリー・ネクテルというのは、おっと、でした。

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◆ キャロル・ケイのラリー・ネクテル評 ◆◆
ラリー・ネクテルは、サイモン&ガーファンクルのBridge Over Troubled Waterでピアノを弾いたことで有名なので(わたし自身も、あのアルバムのクレジットで彼の名を記憶した)、ピアニストないしはキーボード・プレイヤーの印象が強いのですが、ベースの仕事もかなりあります。彼のフェンダーベースのプレイでもっとも有名な曲は、バーズのMr. Tambourine Manでしょう。

しかし、60年代中期以降のハリウッドのフェンダーベースといえば、キャロル・ケイとジョー・オズボーンの活躍が圧倒的で、ラリー・ネクテルは鍵盤ができたせいもあって、そちらで活躍するようになります。

キャロル・ケイという人は、プロだから当然でしょうが、プレイの善し悪しについては、妥協のない物言いをします。ちょうど十年ほど前、彼女とさまざまなプレイヤーについて話し合ったときに、たまたまラリー・ネクテルに話がおよびました。そのときの彼女の評価は忘れがたいものです。

「ラリーはピアニストとはいえない。彼のピアノ・プレイは、ドン・ランディーなどのクラスにはとうていおよぶものではない。わたしは、むしろ、彼の才能はフェンダーベースのほうにあったと思う」

あのときは、わたしのほうのテイストが幼かったので、彼女の真意を理解したとはいいかねます。彼女はジャズ・プレイヤーなので、ラリー・ネクテルにかぎらず、ロックンロール系ないしはカントリー系出身のプレイヤーに対する評価は、かなり辛いものばかりです。

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左からドン・ランディー、ハル・ブレイン、デニー・テデスコ(トミー・テデスコの息子)。デニーが製作したレッキング・クルーのドキュメンタリー映画のプロモーションで、最近はかつてのクルーたちがしばしばインタヴューを受けている。

ドン・ランディーはピアノ・トリオでやっていけた人ですが、ラリー・ネクテルはロックンロール・バンドのキーボード・プレイヤー、正規の訓練を受けた一流のピアニストではない、といわれれば、まあ、たしかにそのとおりです。月日がたつにつれて、そして、意識してラリー・ネクテルのピアノを聴いていくうちに、なるほど、ピアニストではなく、「キーボード・プレイヤー」なのだとわかってきました。

そして、バーズのMr. Tambourine Manセッションをテイク1からたどったブートを聴いて、キャロル・ケイがフェンダーベース・プレイヤーとしてのラリーを褒めていたことを思いだしました。たしかに、いいプレイなのです。

Nobody Cares about the Railroads Anymoreを聴いて、キャロル・ケイでもなければ、ジョー・オズボーンでもない、となると、あとはだれだ、チャック・バーグホーファーか、ボブ・ウェストか、はたまた、もっと若い世代か、と悩んでしまいましたが、ラリー・ネクテルといわれば、なるほどそうか、そいつは盲点だった、です。60年代終わりになると、キーボードの仕事が圧倒的に多く、ラリーのフェンダーベースの仕事はほとんどないと思われるのですが、数少ないサンプルが見つかって、得をしたような気になりました。

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フェンダーベースをプレイするラリー・ネクテル。むこうに見えるドラマーはハル・ブレイン。ハルの楽器はすでにオクトプラス・セットになっているので、この写真が撮られたのは1968年以降ということになる。ということは、こちらが認識している以上に、ラリーのフェンダーベースの仕事は多かったのかもしれない。

そういってはなんですが、キャロル・ケイのラリー・ネクテル評は、いまでは、きわめてフェアなものだったと考えています。まあ、そこまではっきり断定しなくてもいいじゃないですか、といいたくなりますが、それはアマチュアの考え方なのでしょう。

ビリー・ストレンジ御大も、やはり、評価をうやむやにはしませんでした。アール・パーマーも好きだ、というわたしに対して、「アールもいいが、彼は二番だ。ナンバーワンはハル・ブレイン、それにベースのナンバーワンはキャロル・ケイ」とはっきりいっていました。ティファナ・ブラスのセッションで知られるオリー・ミッチェルにいたっては、「世界一のトランペッター」と最大級の賛辞を贈っています。

◆ ノスタルジックな木管のアンサンブル ◆◆
LPで聴いていたときも、国内盤CDで聴いても、とくにどうとも感じなかったのに、米盤のベストCDでNobody Cares about the Railroads Anymoreを聴き、おや、と思ったことがあります。

この曲では、右チャンネルに管のアンサンブルが配されています。たぶん複数のサックスの上に複数のクラリネットを載せたものでしょう。国内盤ではなんとも思わなかったのですが、米盤では、この木管のアンサンブルの響きがすごくいいのです。

クラリネットのクレジットがないので、同じ木管であるサックスのトム・スコットとフルートのジム・ホーンが、二人でオーヴァーダブを繰り返したのかもしれません(しかし、Nobody Cares about the Railroads Anymoreにはフィドルも入っているのだが、そのクレジットはまったくないので、ソリスト以外の管と弦のプレイヤーはクレジットされなかっただけかもしれない)。

この曲のグッドフィーリンの最大の源泉は、ニルソンのふわっとしたヴォーカルと、ジム・ゴードンとラリー・ネクテルが生みだすリラックスしたグルーヴですが、米盤を聴くと、右チャンネルの木管のアンサンブルも、大きな貢献をしていることがわかります。かつてのLPのミックスに近いのは、古い国内盤CDですが、そういうことを抜きにして、絶対評価を与えるなら、米盤CDのミックスがいちばん楽しめます。

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by songsf4s | 2008-06-29 23:56 | Moons & Junes