人気ブログランキング |
2008年 06月 11日 ( 1 )
Makin' Whoopee その2 by Eddie Cantor
タイトル
Makin' Whoopee
アーティスト
Eddie Cantor
ライター
Gus Kahn, Walter Donaldson
収録アルバム
N.A. (78 realese)
リリース年
1928年
他のヴァージョン
Nilsson, Frank Sinatra, Nat 'King' Cole, Ray Charles, Jesse Belvin, Billy May, Nelson Riddle, Mel Torme, Bobby Troup, Doris Day, Julie London, Dinah Washington, Nancy Wilson, Esther Phillips
f0147840_2232928.jpg

昨日に引きつづき、今日はMakin' Whoopeeの残りのヴァージョンを見ていきます。

看板にはオリジナルのエディー・キャンター盤を立てました。この曲は1928年のブロードウェイ・ミュージカルWhoopee!の挿入曲として書かれたものだそうです。わたしのもっているこの曲のエディー・キャンター盤は1928年リリースとなっていますが、正確かどうかはわかりません。1928年暮れに舞台にかかったミュージカルの挿入曲が、舞台がヒットかどうかもまだ見極めがつかない年内に、盤としてリリースされたかどうか……。

f0147840_2234435.jpg2年後の1930年には、やはりエディー・キャンター主演で映画化されています。こちらは舞台がヒットした結果なのはまちがいないでしょう。資料を見ると、2色カラーという不思議なことが書いてあります。どんな風に見えるのか、見当もつきませんが。

エディー・キャンターのMakin' Whoopeeには2種類のヴァージョンがありますが、リメイクのほうの年代はわかりません。1928年版を聴いていて気づいたのは、すでにA lot of shoesがあることです。いや、だからといってニルソン盤がオリジナルに忠実な歌詞だったわけでもありません。たとえば、セカンド・ヴァースにあるはずのラインが、1行だけファースト・ヴァースに飛んでいるといった、シャッフル状態なのです。

これくらいの時期の盤を聴くと毎度思うのですが、アメリカの録音はすごいものです。昭和初年の日本の録音、たとえば、藤原義江の「出船の港」と、エディー・キャンターのMakin' Whoopeeを比較すれば、大人と子どもです。どうして、こんな国に戦争をしかけて勝てると思ったのか、不思議でなりません。音楽を聴いても、映画を見ても、技術レベルは比較するのも馬鹿馬鹿しいほどかけ離れていて、兵器産業にいたっては、なにをかいわんやです。

昨日も申し上げましたが、エディー・キャンターのオリジナルから、収入は五千ドルになっています。キャンター盤では、five thousand perではなく、five thousand dollars perとうたっていて、五千ドルであることを保証しています。収入の謎は映画を見ればわかるのかもしれません。

◆ レッキング・クルー関係 ◆◆
f0147840_2240485.jpgこの曲は百パーセント男の歌で、女がうたうべきではないのですが、ナンシー・ウィルソン盤のドラムはハル・ブレインなのです。それだけで、ほかの古めかしいMakin' Whoopeeとは大きく異なるムードになっています。ちょっと、サム・クックのAnother Saturday Nightや、フィル・スペクターのDr. Kaplan's Officeを思いださせるようなプレイで(ただし、タムタムの使い方はあそこまでアブノーマルではない)、なかなか好みです。

ハル・ブレインがいるということは、他のプレイヤーもおなじみの人たちである可能性が高いでしょう。ベースはキャロル・ケイにちがいありません。ギターはカッティングをしているだけなので、推測の手がかりゼロ。ピアノはうまい人ですが、さてだれでしょうかねえ。やっぱり、ハルの独壇場という感じで、控えめながら手数は多く、ヴァラエティーに富んだタムタムのプレイを楽しむことができます。

f0147840_22374390.jpg
左からナンシー・ウィルソン、キャロル・ケイ、プラズ・ジョンソン

パーソネルの面で面白いものとしては、ほかにメル・トーメ&ザ・メルトーンズ盤があります。

Marty Paich……Conductor, Arranger, Piano, Organ, Celeste
Jack Sheldon……Trumpet
Art Pepper……Alto Saxophone, Tenor Saxophone
Victor Feldman……Vibes
Tommy Tedesco……Guitar
Bobby Gibbons……Guitar
Tony Rizzi……Guitar
Bill Pittman……Guitar
Barney Kessel……Guitar
Joe Mondragon……Bass
Mel Lewis……Drums

f0147840_22464381.jpgこのギターの多さはなに? といいたくなります。ちゃんとこれだけの数が聞こえるならまだしも、3本ぐらいにしか聞こえないのです。同じリックを複数のギターが弾くといい響きになるので、それを利用したオブリガートがときおり聞こえてきますが、それだけです。

ただ、メンバーとしては興味深くはあります。トミー・テデスコは、やっとスタジオに入りこんだばかりといったあたりじゃないでしょうか。弾けもしないのに、アコーディオンを子どもに教えて生活費を稼ぐなんていう時代が、やっと終わったというところでしょう。

50年代に活躍したリズム・セクションのプレイヤーの多くが、60年代に起きた変化の結果、仕事を失っていくのですが、ビル・ピットマンは例外のひとりで、50年代に多くの録音を残しているにもかかわらず、60年代のロック/ポップ系セッションでも活躍をつづけます。

f0147840_2250315.jpg
髭を生やしたトミー・テデスコとキャロル・ケイ

しかし、これだけギターを集めたのなら、もっと活躍させろ、とマーティー・ペイチに一言文句を云いたくなります。活躍するのはアート・ペパーのテナーだけです。メル・ルイスとジョー・モンドラゴンのグルーヴはなかなかけっこうなんですが、アレンジには不満が残ります。メル・トーメのことにはなにもふれませんでしたが、どこにいるのかもわかりません。名義はどうであれ、これはメルトーンズのアルバムで、この曲ではソロ・ヴォーカルは出てこないのです。

◆ ダニー・トーマスほか ◆◆
レイ・チャールズ盤はチャートインしています。といっても、46位というマイナー・ヒットですが、ロックンロール時代にチャートインしたMakin' Whoopeeは、このヴァージョンだけです。わたしとしては、このドラムはまったく気に入らないので、とくに好きなヴァージョンというわけではありません。ライヴだから、二流のドラマーだったのでしょう。

f0147840_22572266.jpgレイ・チャールズのヴォーカル・レンディションも、べつにどうということはありません。面白いのはオーディエンスの反応のほうです。これだけみごとに、「細かく」ウケた様子を記録した盤というのはほかに知りません。細かい、というところが肝心です。歌詞の細部に反応しているのです。クラブならこういうこともあろうかと思いますが、どう聴いてもホールです。

落語の場合も、客の反応が鈍かったり、たいして可笑しくもないところでウケたりすると聴く気が失せ、逆に反応がよいと噺が引き立ちますが、レイ・チャールズのMakin' Whoopeeはそれに近いところがあり、客の力でそこそこ聴けるヴァージョンになっています。というか、客の反応がなければ、あまり聴く気にならないヴァージョンです。軽くうたうほうがいい曲だし、べつの方向なら、ニルソンのように極限まで繊細にうたうべきであって、レイ・チャールズのレンディションはニルソンにはくらべるべくもありません。

f0147840_22585872.jpg軽さを追求したのは、ドリス・デイとダニー・トーマスのデュエット盤。女性シンガーにはよくあることですが、若いころはすごくいい声だったのに、という人がいます。ドリス・デイも、初期のものを聴くと、いいなあ、と思います。逆にいうと、いや、それはいわないほうがいいですね。

ドリス・デイとダニー・トーマスのデュエットによるMakin' Whoopeeは、1951年の録音ですから、いい声の時期です。しかし、ドリス・デイひとりでは、それほど面白いものにはなからなかったでしょう。ダニー・トーマスの合いの手がいいのです。The judge says you pay 6 to herの直後に、Ouch!と当たり前のことを云うのですが、それでも可笑しいのは、タイミングと抑揚がいいということです。テレビの人気者だったそうですが、このタイミングならさもあらんと感じます。

f0147840_230191.jpg女性シンガー向きではないといいつつ、また女性シンガーですが、ジュリー・ロンドン・ヴァージョンは、これはこれでいいかもしれないと感じます。声がいいは七難隠すと申しましてな(いわないってば)、ジュリーの声は、いつ聴いても、どんな曲を聴いても、やっぱりいいのです。このヴァージョンを聴いていると、こんないい女を家に置いて、外で遊びまわる馬鹿もいないだろうに、と思っちゃって、リアリティーからいえば、失敗ヴァージョンということになってしまいますが、声がいいから、ほかのことはどうでもいいんです。

ジュリー・ロンドン盤Makin' Whoopeeのアレンジはアンドレ・プレヴィンです。プレヴィンのピアノはともかく、彼のアレンジというのはあまり聴いたことがないのですが、なかなか面白いところもあって、ちょっと聴いてみようかという気になります。この曲のピアノも、当然、プレヴィン自身のプレイなのでしょう。

◆ ジョー・ペシ盤なんぞはいかが? ◆◆
読んでいるみなさんにはわからないことだから、こんなことは書かなくてもいいのですが、前の段落を書いてから、長考に入ってしまい、さて困ったな、と手をこまねいていました。

男性シンガーでは、あとはフランク・シナトラ、ナット・コール、ジェシー・ベルヴィン、ドクター・ジョンのものがあります。どれも悪くはありません。シナトラはいつものシナトラだし、ナット・コールはわたしがもっとも好きなトリオの時代のものだし、ジェシー・ベルヴィンはいい声をしているし、ドクター・ジョンのピアノはさすがです。でも、だからどうだというほどでもないような気がします。

f0147840_236974.jpg
f0147840_2363464.jpg

じゃあ、だれのヴァージョンなら聴きたいかなあ、というので長考に入ってしまったのです。シンガーではないのですが、たとえば、ダニー・デヴィートみたいなキャラクターが「演じる」べき曲だと思うのですよ。ジョー・ペシなんかでもいいですねえ。

コメディアンのタイムをもった、ハンサムでない、というか、チンチクリンな俳優がうたうと、すごく味わいがあるのではないかという気がします。おまえ、浮気って柄かあ、みたいな男が「まあ、聴いてくれよ」と、ヌケヌケと美人の女房を裏切った噺をして、挙げ句の果てに、「なんだって、こんなひどい目に遭わなきゃなんないんだ、俺がなにをした? 女たちが俺を放っておかないのは俺の罪じゃない」といって肩をすくめる、というしだい。そんな曲なのだと思うのですよ。

f0147840_2392571.jpg
ジョー・ペシ

ニルソンは、そういうイメージの正反対のレンディションですが、あそこまで完璧にやれば、文句も出ず、なるほど、この曲のメランコリックなレンディションというのもありだな、と納得するから、それでいいのです。でも、あとのシンガーは中途半端な色男ぶりで、ちがうんじゃないかなあ、と感じます。シンガーが悪いというより、曲とシンガーのマッチングに味がないのです。

結局、ニルソン以外では、エディー・キャンターがいいな、となるのは、そのへんなのです。キャンターのレンディションは、わたしがイメージする、ジョー・ペシ・ヴァージョンに近いのです。もっとすっトボけてくれたほうがいいのですが、他のヴァージョンにくらべれば、飄逸味があります。しいてほかに同系統をあげると、ドリス・デイの相方をやったダニー・トーマスでしょう。あのムードで、うたうというより、小咄を語るようなレンディションが正解だろうという気がします。

f0147840_2311121.jpg
ダニー・トーマス

◆ 蛇足、蛇足、蛇足 ◆◆
歌詞が魅力的な曲であり、音楽というより、ストーリーというべきものなので、インスト・ヴァージョンは原理的にそれほど面白いものにならないのは、どれひとつとして聴かなくても、はなから想像がついてしまいます。

ものすごく有名な曲だから、だれでもどういうストーリーか知っている、ということを前提にしてアレンジするしか方法がないんです。これは大きな弱点です。ひとりで立っていられないトラックだということですから。ネルソン・リドルも、ビリー・メイも、そういう前提でアレンジしていると感じます。なんとかユーモラスな味を出そうとしているのですが、はなからヴォーカル・ヴァージョンを聴けばそれですむ話じゃないか、と思ってしまいます。

f0147840_23141779.jpg
f0147840_23143999.jpg

ジュリー・ロンドンの旦那、ボビー・トゥループのピアノ・トリオ・ヴァージョンも退屈です。まあ、わたしがピアノ・トリオを毛嫌いしているというだけのことかもしれませんが、でも、やっぱり、そういう曲じゃないでしょう。シンガーでもあるのだから、うたえばいいのに。

f0147840_23162969.jpg『LAコンフィデンシャル』のサントラに入っていただけですが、ジェリー・マリガン&チェット・ベイカー盤もあります。これはアンサンブルの面白味がまったくありません。まあ、ジョニー・キャッシュとボブ・ディランのデュエットみたいな味がなくもない、とはいえますが、ということはつまり、相手の存在を気にかけないデュエットだということです。そもそも、どのシーンで出てきたんだっけ、というくらいで、まったく記憶がありません。記憶がないということは、映画のなかでの使い方も、べつに感心するようなものではなかったということです。

エスター・フィリップス、ダイナ・ワシントンという女性シンガーも、まったくお呼びじゃありません。女がうたうと、愉快なはずの歌詞が、いきなり不愉快になります。たんに浮気男を懲らしめているだけの歌になってしまうのです。ジュリー・ロンドン・ヴァージョンはそこをうまく避けていますし、声がいいから許すという感じで、ナンシー・ウィルソンは、ハル・ブレインとキャロル・ケイのグルーヴがよく、とりわけ、ハルのタムタムが楽しいから、まあいいか、というだけです。

じつは難曲なんだなあ、とため息が出ます。曲がシンガーをきびしく振り落としてしまうのです。満足できるヴァージョンは、わたしの場合、ニルソン盤のみ、まあいいか、というのが、エディー・キャンター盤、ドリス・デイ&ダニー・トーマスのデュエット盤というところです。

現実のヴァージョンが退屈なため、今日はつねにdistractされたままで、そこにあるヴァージョンを聴いても、ありえたかもしれないヴァージョンのことばかり考えてしまいました。日本ではだれかなあ、ということも考えました。パッと思い浮かんだのはトニー谷。つぎに思い浮かんだのは、尻取りをしているわけじゃないのですが、谷啓。谷啓ならまだまにあうのに、と思ったのですが、この歌詞の味わいを日本語に移せるか、と考えたところで、やっぱり幻だ、と納得しました。

f0147840_23192126.jpg
Makin' Whoopee: Capitol Sings Broadway このアルバムには、エディー・キャンターのリメイク盤Makin' Whoopeeが収録されている。

by songsf4s | 2008-06-11 23:44 | Moons & Junes